(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
ポリフェニレンサルファイド(以下PPSと略す)樹脂に代表されるポリアリーレンサルファイド(以下PASと略す)樹脂は、高い耐熱性、機械的物性、耐化学薬品性、寸法安定性、難燃性を有している。このため、PAS樹脂は、電気・電子機器部品材料、自動車機器部品材料、化学機器部品材料等に広く使用され、特に使用環境温度の高い用途に使用されている。
【0003】
上記のような様々な分野で利用されるPAS樹脂を用いた成形品には、インサート成形法により成形されるものが多く存在する。インサート成形法とは、樹脂の特性と金属又は無機固体等(以下、金属等と略す場合がある)の素材の特性とを生かし、金属等を樹脂に埋め込む成形法である。
【0004】
樹脂と金属等とでは、温度変化による膨張や収縮率(いわゆる線膨張係数)が極端に異なる。このため、成形品の樹脂部が薄肉の場合、金属等がシャープなコーナーを有する場合等においては、成形直後に割れたり、使用中の温度変化で割れたりすることが多い。
【0005】
また、最近では、自動車のエンジン回りの部品にも樹脂を用いるようになってきている。自動車のエンジン回りは温度変化が大きいため、さらに優れた高低温衝撃特性を有する樹脂組成物が求められる。
【0006】
優れた高低温衝撃特性を有する樹脂組成物として、PAS樹脂にα−オレフィンとα,β−不飽和酸のグリシジルエステルとを主成分とするオレフィン系共重合体を配合したもの(特許文献1参照)、PAS樹脂にエチレンと炭素数5以上のα−オレフィンとのオレフィン系共重合体を配合したもの(特許文献2参照)が知られている。
【0007】
上記特許文献1、2に記載される樹脂組成物を用いれば、高低温衝撃特性は改善される。しかしながら、上記のオレフィン系共重合体等の熱可塑性エラストマーは高温で熱劣化を生じやすい。このため、特許文献1、2のようなエラストマーを配合する改善策では、成形時にモールドデポジット(MD)が著しく増加するという新たな問題を生じる。なお、モールドデポジットとは、成形における金型への付着物である。
【0008】
充分な高低温衝撃特性を樹脂組成物に保持させつつ、モールドデポジットの問題を解決する方法として、PAS樹脂と特定のオレフィン系共重合体にさらに特定の酸化防止剤を配合する方法(特許文献3参照)、PAS樹脂に特定のオレフィン系共重合体を配合する方法(特許文献4参照)が知られている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記特許文献3、4に記載の方法によれば、成形品に優れた高低温衝撃特性を付与しつつ、モールドデポジットの問題を解決できるとされている。しかしながら、モールドデポジットの問題については、さらなる改良が求められている。即ち、高低温衝撃特性を従来と同等以上に維持しつつ、モールドデポジットの問題をさらに改善する技術が求められている。
【0011】
また、特にインサート成形品の場合には、溶融樹脂が金型内のインサート部材を回り込む形で流動する場合が多いため、材料となる樹脂組成物に対して、非常に高い流動性が求められる。したがって、PAS系樹脂組成物には、高低温衝撃特性を従来と同等以上に維持しつつ、モールドデポジットの問題をさらに改善するとともに、インサート成形に適した流動性も備えることが求められる。
【0012】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、その目的は、優れた高低温衝撃特性を成形品に付与でき、成形時のモールドデポジットの発生を著しく低減可能であり、インサート成形に適するPAS系樹脂組成物及び当該樹脂組成物を用いたインサート成形品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、共重合成分としてα−オレフィンと、α,β−不飽和酸のグリシジルエステルとを含むオレフィン系共重合体において、この共重合体に含まれるα,β−不飽和酸のグリシジルエステルに由来する共重合成分の含有量が多くなると高低温衝撃特性が高まるものの、成形時のモールドデポジットの発生量が多くなることを見出し、さらに、上記グリシジルエステルに由来する共重合成分の含有量を低減しても、アクリル酸エステルに由来する繰り返し単位等の特定の共重合成分を含めば高低温衝撃特性は改善可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。より具体的には、本発明は以下のものを提供する。
【0014】
(1) カルボキシル末端基を有するポリアリーレンサルファイド樹脂と、オレフィン系共重合体とを含むポリアリーレンサルファイド系樹脂組成物であって、前記オレフィン系共重合体は、共重合成分としてα−オレフィンと、α,β−不飽和酸のグリシジルエステルと、アクリル酸エステルとを含み、前記ポリアリーレンサルファイド樹脂の数平均分子量が1000以上10000以下であり、前記樹脂組成物中の前記グリシジルエステルに由来する共重合成分の含有量が、0.08質量%以上0.20質量%以下であり、前記カルボキシル末端基量(mmol/kg)と前記グリシジルエステルに由来する共重合成分の含有量(mmol/kg)との比が0.35以上1.00以下であるポリアリーレンサルファイド系樹脂組成物。
【0015】
(2) 前記樹脂組成物中の前記α−オレフィンに由来する共重合成分の含有量が、2質量%以上である(1)に記載のポリアリーレンサルファイド系樹脂組成物。
【0016】
(3) 無機充填剤をさらに含む(1)又は(2)に記載のポリアリーレンサルファイド系樹脂組成物。
【0017】
(4) (1)から(3)のいずれかに記載のポリアリーレンサルファイド系樹脂組成物を用い、インサート成形によりインサート部材と一体的に成形してなるインサート成形品。
【0018】
(5) 前記インサート部材が金属である(4)に記載のインサート成形品。
【発明の効果】
【0019】
本発明のPAS系樹脂組成物を用いることにより、成形時のモールドデポジットの発生を著しく低減できるとともに、得られる成形品には優れた高低温衝撃特性を付与することができる。
【0020】
さらに、本発明においては、PAS樹脂の数平均分子量を特定の範囲に調整し、PAS樹脂のカルボキシル末端基量(mmol/kg)とグリシジルエステルに由来する共重合成分の含有量(mmol/kg)との比を特定の範囲に調整することで、樹脂組成物の流動性が高まり成形性が向上する。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の一実施形態について詳細に説明するが、本発明は、以下の実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の目的の範囲内において、適宜変更を加えて実施することができる。
【0023】
<ポリアリーレンサルファイド系樹脂組成物>
本発明のポリアリーレンサルファイド系樹脂組成物(PAS系樹脂組成物)は、カルボキシル末端基を有するポリアリーレンサルファイド樹脂と、オレフィン系共重合体とを含む。先ず、これらの必須成分について以下説明する。
【0024】
[ポリアリーレンサルファイド樹脂]
本発明に用いられるポリアリーレンサルファイド樹脂は、繰り返し単位として、−(Ar−S)−(Arはアリーレン基)を主として構成されたものである。本発明では一般的に知られている分子構造のPAS樹脂を使用することができる。
【0025】
アリーレン基は特に限定されないが、例えばp−フェニレン基、m−フェニレン基、o−フェニレン基、置換フェニレン基、p,p’−ジフェニレンスルフォン基、p,p’−ビフェニレン基、p,p’−ジフェニレンエーテル基、p,p’−ジフェニレンカルボニル基、ナフタレン基等が挙げられる。上記アリーレン基から構成されるアリーレンサルファイド基の中で、同一の繰り返し単位を用いたホモポリマーの他、用途によっては異種のアリーレンサルファイド基の繰り返しを含んだポリマーが好ましい。
【0026】
用途にもよるが、ホモポリマーとしては、アリーレン基としてp−フェニレンサルファイド基を繰り返し単位とするものが好ましい。p−フェニレンサルファイド基を繰り返し単位とするホモポリマーは極めて高い耐熱性を持ち、広範な温度領域で高強度、高剛性、さらに高い寸法安定性を示すからである。このようなホモポリマーを用いることで非常に優れた物性を備える成形品を得ることができる。
【0027】
コポリマーとしては、上記のアリーレン基を含むアリーレンサルファイド基の中で相異なる2種以上のアリーレンサルファイド基の組み合わせが使用できる。これらの中では、p−フェニレンサルファイド基とm−フェニレンサルファイド基を含む組み合わせが、耐熱性、成形性、機械的特性等の高い物性を備える成形品を得るという観点から好ましい。p−フェニレンサルファイド基を70mol%以上含むポリマーがより好ましく、80mol%以上含むポリマーがさらに好ましい。なお、フェニレンサルファイド基を有するPAS樹脂はPPS(ポリフェニレンサルファイド)樹脂である。
【0028】
PAS樹脂は、従来公知の重合方法で製造することができる。通常、副生不純物等を除去するために、PAS樹脂は水或いはアセトン洗浄で数回洗浄した後、酢酸、塩化アンモニウム等で洗浄する。結果、PAS樹脂末端には、カルボキシル末端基を所定量含む。
【0029】
後述する通り、本発明ではPAS樹脂のカルボキシル末端基量を、α,β−不飽和酸のグリシジルエステルに由来する共重合成分の含有量に対して、特定の範囲に調整する必要がある。本発明において、カルボキシル末端基量とは、実施例に記載された方法により得られる値を採用する。
【0030】
本発明に用いるPAS樹脂の数平均分子量は1000以上10000以下である。PAS樹脂の数平均分子量を10000以下にすることで、PAS系樹脂組成物は金型充填時の溶融状態で高い流動性を備える傾向にある。その結果、溶融樹脂は容易に金型内のインサート部材を回り込むことができる。数平均分子量を1000以上にすることで、機械的強度、成形性を有する。したがって、より好ましい数平均分子量の範囲は4000以上9000以下である。なお、明細書中の数平均分子量は、実施例に記載の方法で測定して得られる値を採用する。
【0031】
[オレフィン系共重合体]
オレフィン系共重合体は、共重合成分としてα−オレフィンとα,β−不飽和酸のグリシジルエステルとアクリル酸エステルとを含む。先ず、必須の共重合成分について説明する。
【0032】
本発明においてα−オレフィンは特に限定されず従来公知のものを使用できる。例えば、使用可能なα−オレフィンとしてエチレン、プロピレン、ブチレン等が挙げられる。これらのα−オレフィンの中でも特にエチレンが好ましい。これらα−オレフィンは2種以上を併用することもできる。
【0033】
α−オレフィンを共重合成分として含むことで、成形品には可撓性が付与される。可撓性の付与により成形品が軟らかくなることは、高低温衝撃特性の改善に寄与する。
【0034】
本発明の樹脂組成物において、樹脂組成物中のα−オレフィンに由来する共重合成分の含有量が、2質量%以上であることが好ましい。本発明の樹脂組成物中に上記α−オレフィンに由来する共重合成分が2質量%以上含まれることで、成形品に可撓性を充分に付与することができ、高低温衝撃特性が向上する。
【0035】
α,β−不飽和酸のグリシジルエステルとは、下記の一般式(1)で表される成分である。
【化1】
(式(1)中のR
1は水素又は低級アルキル基を示す。)
【0036】
上記一般式(1)で表される化合物としては、アクリル酸グリシジルエステル、メタクリル酸グリシジルエステル、エタクリル酸グリシジルエステル等が挙げられる。本発明においては、メタクリル酸グリシジルエステルの使用が好ましい。
【0037】
α,β−不飽和酸のグリシジルエステルを共重合成分として含むことで、高低温衝撃特性が向上する効果が得られる。ところが、上記グリシジルエステルに由来する共重合成分の含有量が多くなるとモールドデポジットの問題が顕著になる。従来から、モールドデポジットの原因は、オレフィン系共重合体等の熱可塑性エラストマーが高温で熱劣化することであると考えられている。しかしながら、共重合成分としてα−オレフィンと、α,β−不飽和酸のグリシジルエステルとを含むオレフィン系共重合体の場合、α,β−不飽和酸のグリシジルエステルの使用量を抑えれば、オレフィン系共重合体を使用してもモールドデポジットの問題を抑えることができる。また、後述する通り、特定の共重合成分を特定の量使用し、PAS系樹脂使用量とオレフィン系共重合体の使用量とを調整することで、優れた高低温衝撃特性を実現しながら、モールドデポジットの問題も解決することができる。
【0038】
本発明の樹脂組成物において、樹脂組成物中のα,β−不飽和酸のグリシジルエステルに由来する共重合成分の含有量は、0.08質量%以上0.20質量%以下である。α,β−不飽和酸のグリシジルエステルに由来する共重合成分の含有量が0.08質量%以上であれば、モールドデポジットの問題を抑えるために上記グリシジルエステルに由来する共重合成分の含有量を減らしても充分な高低温衝撃特性を成形品に付与することができる。α,β−不飽和酸のグリシジルエステルに由来する共重合成分の含有量が0.20質量%以下であれば、上記グリシジルエステルに由来する共重合成分により高低温衝撃特性を向上させたとしても、モールドデポジットの問題を抑えることができる。
【0039】
上記グリシジルエステルに由来する共重合成分に含まれるグリシジル基とPAS系樹脂のカルボキシル末端基とが反応する。この反応によりPPSとオレフィン系共重合体との相互作用が高まり高低温衝撃特性が向上すると推測される。ここで、上記グリシジルエステルに由来する共重合成分の含有量が多すぎると、オレフィン系共重合体のグリシジル基同士が反応する。その結果、樹脂が増粘し樹脂組成物の流動性が低下しインサート成形に適さなくなる。このため、上記の通り、グリシジルエステルに由来する共重合成分の含有量とPAS系樹脂のカルボキシル基末端基量との比(グリシジルエステル含有量/カルボキシル末端基量)を特定の範囲に調整する必要がある。具体的には、比(グリシジルエステル含有量/カルボキシル末端基量)が0.35以上1.00以下である。
【0040】
本発明に使用可能なアクリル酸エステルは特に限定されず、従来公知のものを使用することができる。使用可能なアクリル酸エステルとしては、例えば、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸−n−プロピル、アクリル酸イソプロピル、アクリル酸−n−ブチル、アクリル酸−n−ヘキシル、アクリル酸−n−オクチル等)、メタクリル酸及びメタクリル酸エステル(例えば、メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、メタクリル酸−n−プロピル、メタクリル酸イソプロピル、メタクリル酸−n−ブチル、メタクリル酸イソブチル、メタクリル酸−n−アミル、メタクリル酸−n−オクチル等が挙げられる。これらのアクリル酸エステルの中でも特にアクリル酸メチルの使用が好ましい。
【0041】
本発明においてアクリル酸エステルは、高低温衝撃特性の向上に寄与する成分である。グリシジルエステルに由来する共重合成分の含有量を減らすことにより減少する高低温衝撃特性をアクリル酸エステルに由来する共重合成分、上記α−オレフィンに由来する共重合成分で補う。
【0042】
本発明のオレフィン系共重合体中に含まれるアクリル酸エステルに由来する共重合成分の含有量は、特に限定されないが、10質量%以上40質量%以下であることが好ましい。上記含有量が10質量%以上であれば高低温衝撃特性が優れるという理由で好ましく、40質量%以下であれば耐熱性が損なわないという理由で好ましい。
【0043】
本発明に用いるオレフィン系共重合体は、本発明の効果を害さない範囲で、他の共重合成分を含有することができる。
【0044】
本発明に用いるオレフィン系共重合体は、従来公知の方法で重合することにより製造することができる。
【0045】
本発明の組成物中に含まれるオレフィン系共重合体の含有量は特に限定されない。本発明においては、オレフィン系共重合体の含有量を1質量%以上8質量%
以下にすることが好まし
く、1質量%以上6質量%以下にすることがより好ましい。なお、本発明においては、オレフィン系共重合体の含有量よりも、上記グリシジルエステルに由来する共重合成分の含有量を特定の範囲に調整することや、グリシジルエステルに由来する共重合成分の含有量とPAS系樹脂のカルボキシル基末端基量との比(グリシジルエステル含有量/カルボキシル末端基量)を特定の範囲に調整することが重要である。
【0046】
[無機充填剤]
本発明の樹脂組成物には、機械的強度、耐熱性、寸法安定性(耐変形、そり)、電気的性質等の性能の改良の目的で無機充填剤を配合することができる。これには目的に応じて繊維状、粉粒状、板状の充填剤が用いられる。繊維状充填剤としては、ガラス繊維、アスベスト繊維、カーボン繊維、シリカ繊維、シリカ・アルミナ繊維、ジルコニア繊維、窒化硼素繊維、硼素繊維、チタン酸カリウム繊維、さらにステンレス、アルミニウム、チタン、銅、真鍮等金属の繊維状物等の無機質繊維状物質が挙げられる。特に代表的な繊維状充填剤はガラス繊維、又はカーボン繊維である。一方、粉粒状充填剤としてはカーボンブラック、シリカ、石英粉末、ガラスビーズ、ガラス粉、硅酸カルシウム、硅酸アルミニウム、カオリン、タルク、クレー、硅藻土、ウォラストナイトのごとき硅酸塩、酸化鉄、酸化チタン、酸化亜鉛、アルミナのごとき金属の酸化物、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウムのごとき金属の炭酸塩、硫酸カルシウム、硫酸バリウムのごとき金属の硫酸塩、その他炭化硅素、窒化硅素、窒化硼素、各種金属粉末が挙げられる。又、板状充填剤としてはマイカ、ガラスフレーク、各種の金属箔が挙げられる。本発明においては、ガラス繊維、炭酸カルシウム、ガラスビーズの使用又はこれらの併用が好ましい。なお、これらの無機充填剤は一種又は二種以上併用することができる。
【0047】
本発明の樹脂組成物中の無機充填剤の含有量は5質量%以上80質量%
以下であることが好ましい。5質量%より少ない場合には機械的強度等の性能改善の効果が表れ難くなる傾向にあり、80質量%より多い場合には成形作業が困難になるほか、成形品の機械的強度等の物性にも問題が出る場合がある。
【0048】
[その他の成分]
本発明で用いるPAS系樹脂組成物は、本発明の効果を害さない範囲で他の樹脂を含んでもよい。また、成形品に所望の特性を付与するために、核剤、カーボンブラック、無機焼成顔料等の顔料、酸化防止剤、安定剤、可塑剤、滑剤、離型剤及び難燃剤等の添加剤を添加して、所望の特性を付与した組成物も本発明で用いるPAS系樹脂組成物に含まれる。
【0049】
[PAS系樹脂組成物]
本発明の樹脂組成物の調製は、従来公知の方法で行うことができる。例えば、各成分を混合した後、押出機により練り込み押出してペレットを調製する方法、一旦組成の異なるペレットを調製し、そのペレットを所定量混合して成形に供し、成形後に目的組成の成形品を得る方法、成形機に各成分の1又は2以上を直接仕込む方法等、何れも使用できる。
【0050】
本発明の樹脂組成物は、インサート成形に好適な流動性を備える。樹脂組成物の流動性は、使用する樹脂の種類、配合量、樹脂が共重合体の場合には共重合成分の種類、その割合等によって変動するが、本発明においては、主にPAS樹脂の数平均分子量を調整することで好ましい流動性を実現することができる。なお、PAS樹脂の好ましい流動性とは、例えば、315℃、荷重2160gの条件で測定したメルトインデックスが400g/10分以上1500g/10分以下である。
【0051】
<インサート成形品>
本発明のインサート成形品は、上記PAS系樹脂組成物を用い、インサート成形によりインサート部材と一体的に成形してなる。用いる材料が本発明のPAS系樹脂組成物であることを除いては、一般的なインサート成形品と同様である。一般的なインサート成形品とは、成形用金型に金属等をあらかじめ装着し、その外側に上記の配合樹脂組成物を充填して複合成形品としたものを指す。樹脂を金型に充填するための成形法としては射出、押出圧縮成形法等があるが、射出成形法が一般的である。特に射出成形方の場合に、本発明の樹脂組成物のような流動性が求められる。
【0052】
また、インサート部材は特に限定されないが、その特性を生かし且つ樹脂の欠点を補う目的で使用されるため、成形時に樹脂と接触したとき、形が変化したり溶融したりしないものが好ましく使用される。例えば、主としてアルミニウム、マグネシウム、銅、鉄、真鍮及びそれらの合金等の金属やガラス、セラミックスのような無機固体であらかじめ棒、ピン、ネジ等に成形されているものが使用される。本発明においては金属を用いた場合に本発明の効果が顕著に表れる。なお、特に形状等で限定されるものではない。
【0053】
本発明のインサート成形品が奏する効果について
図1を用いて説明する。
図1は縦軸が高低温衝撃特性、横軸が組成物中のグリシジルエステルに由来する共重合成分の含有量(グリシジルエステル量という場合がある)である。実線Pは、共重合成分としてα−オレフィンと、α,β−不飽和酸のグリシジルエステルと、アクリル酸エステルとを含むオレフィン系共重合体を用いた場合の、高低温衝撃特性とグリシジルエステル量との関係を示す線である。破線Qは、共重合成分としてα−オレフィンと、α,β−不飽和酸のグリシジルエステルとを含むオレフィン系共重合体を用いた場合の、高低温衝撃特性とグリシジルエステル量との関係を示す線である。
【0054】
グリシジルエステル量をx1からx2に減少させた場合、モールドデポジットの問題は大幅に改善できる。これがモールドデポジットの発生を抑える効果である。このようにモールドデポジットの問題を大幅に抑えることができるものの、グリシジルエステル量を減らしただけではΔy1分の高低温衝撃特性が減少する。しかし、本発明においては、上記アクリル酸エステルに由来する共重合成分、α−オレフィンに由来する共重合成分を特定の量含有することで、Δy2分の高低温衝撃特性を向上させることができる。
【0055】
モールドデポジットを改善させるためにグリシジルエステル量を0.08質量%未満にし、比(グリシジルエステル含有量/カルボキシル末端基量)が0.35を下回るようになると、グリシジルエステルによる高低温衝撃特性向上の効果も、共重合成分による高低温衝撃特性向上の効果も小さくなる。例えば、
図1中のx3では若干の高低温衝撃特性の向上の効果を奏するが、その効果は非常に小さい(Δy2>>Δy3)。
【0056】
より高い高低温衝撃特性を得る目的でグリシジルエステル量が0.20質量%を超える範囲に調整し、比(グリシジルエステル含有量/カルボキシル末端基量)が1.00を上回るようになると、高低温衝撃特性は大きく向上する。例えば、
図1中のx4では、高低温衝撃特性が非常に高い(y4)。しかし、グリシジルの量がx4の場合、モールドデポジットの問題が大きくなる。
【実施例】
【0057】
以下に、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0058】
<材料>
PAS樹脂1:PPS樹脂、株式会社クレハ社製「W205A」
PAS樹脂2:PPS樹脂、株式会社クレハ社製「W300」
上記PAS樹脂の数平均分子量の測定を行った。具体的には、溶媒として1−クロロナフタレンを使用し、オイルバスで230℃/10分間加熱溶解させて、0.05質量%濃度溶液を調製した。高温ゲル浸透クロマトグラフ法(測定装置;センシュー科学SSC−7000、UV検出器)を行い、標準ポリスチレン換算で数平均分子量を算出した。算出結果はPAS樹脂1で8000、PAS樹脂2で17000であった。また、メルトインデックスは、PAS樹脂1が550、PAS樹脂2が70であった。
【0059】
オレフィン系共重合体1(7L):住友化学株式会社製「ボンドファースト7L」
オレフィン系共重合体2(7M):住友化学株式会社製「ボンドファースト7M」
オレフィン系共重合体3(2C):住友化学株式会社製「ボンドファースト2C」
オレフィン系共重合体4(E):住友化学株式会社製「ボンドファーストE」
オレフィン系共重合体5(CG5001):住友化学株式会社製「ボンドファーストCG5001」
上記オレフィン系共重合体1、2は共重合成分としてエチレン、メタクリル酸グリシジルエステル(GMA)、アクリル酸メチル(MA)を含む。上記オレフィン系共重合体3〜5は共重合成分としてエチレン、メタクリル酸グリシジルエステルを含む。各共重合成分の含有量比の詳細は表1に示した。
【0060】
無機充填剤1:ガラス繊維
無機充填剤2:炭酸カルシウム
無機充填剤3:ガラスビーズ
【0061】
<樹脂組成物>
上述したPAS樹脂組成物を製造する方法は、PAS樹脂、オレフィン系共重合体、さらに必要に応じてその他添加剤をタンブラーもしくはヘンシェルミキサー等で均一に混合し、これをシリンダー温度320℃の二軸押出機で溶融混練させ、実施例及び比較例の樹脂組成物ペレットを作製した。なお、表1のうちガラス繊維、炭酸カルシウム、ガラスビーズはサイドフィーダーを用いて押出機に導入し、溶融混練させた。
【0062】
なお、樹脂組成物のメルトインデックスの測定を行った。具体的には、ASTM D−1238に従って、315℃、荷重2160gの条件で測定した
。
【0063】
実施例及び比較例で用いた樹脂組成物に含まれるカルボキシル末端基量は以下の方法で測定した。(以下の方法は一例である)
(カルボキシル末端基量の測定)
(i)FT−IR測定により、安息香酸のベンゼン環の吸収ピーク3065cm
−1、カルボキシル基の吸収ピーク1704cm
−1でのピーク高さを測定する。それぞれ、0.012、0.143である。したがって、ベンゼン環のC−H結合に対するカルボキシル基の吸収ピークの相対強度は、59.6となる。
(ii)樹脂組成物をプレスしFT−IR測定を行う。ピーク高さ(吸収強度)が3065cm
−1の位置で0.072、1704cm
−1の位置で0.003であった。
(iii)測定対象となる樹脂組成物について、上記と同様にして、ピーク高さ(3065cm
−1、及び1704cm
−1)から、ベンゼン環のC−H結合1つに対するカルボキシル基1つの吸収ピークの相対強度を求めると、0.15となった。ベンゼン環にカルボキシル基が1つ置換されている安息香酸の吸収ピークの相対強度から、カルボキシル基がベンゼン環に対して0.25モル%含まれていると求めた。
(iv)樹脂組成物1kg中に含まれる繰り返し単位−(Ar−S)−(Arはベンゼン環)の量は、9.3mol/kgであり、樹脂組成物1kg中に含まれるカルボキシル基は、23mmol/kgとなった。
【0064】
<インサート成形品>
実施例及び比較例の樹脂組成物ペレットを用い、樹脂温320℃、金型温度150℃、射出時間40秒、冷却時間60秒で、金属製ピン(14mm×14mm×24mm)に、樹脂部の最小肉厚が1mmとなるようにインサート射出成形し、実施例及び比較例のインサート成形品を製造した。
【0065】
<評価>
実施例及び比較例のインサート成形品について、高低温衝撃特性及びモールドデポジットの評価を行った。
【0066】
[高低温衝撃特性]
実施例及び比較例のインサート成形品について、冷熱衝撃試験機を用いて180℃にて2時間加熱後、−40℃に降温して2時間冷却後、さらに180℃に昇温する過程を1サイクルとする高低温衝撃試験を行い、成形品にクラックが入るまでのサイクル数を測定し、高低温衝撃性を評価した。サイクル数が100以上のものを「◎」、サイクル数が70以上100未満のものを「○」、サイクル数が50以上70未満を「△」、サイクル数が50未満のものを「×」として評価した。サイクル数、評価結果を表1に示した。
【0067】
[モールドデポジット(MD)の評価]
実施例及び比較例のインサート成形品を成形した後の金型への付着物の量を目視にて評価した。付着量を極めて少ないものを「◎」、付着量が少ないものを「○」、付着量がやや多いものを「△」、付着量が多いものを「×」として評価した。評価結果を表1に示した。
【表1】
【0068】
実施例1〜5の結果から明らかなように、本発明のPAS樹脂組成物を用いて作製したインサート成形品は、モールドデポジットの問題がほとんど生じず、高低温衝撃特性にも優れることが確認された。
【0069】
比較例4〜7は、比較例5、4、6、7の順で、組成物中のα,β−不飽和酸のグリシジルエステルに由来する共重合成分の含有量が多くなる。上記グリシジルエステルに由来する共重合成分の含有量が多くなる程、モールドデポジットの問題が大きくなることが確認された。これに対して、上記グリシジルエステルに由来する共重合成分の含有量が少なくなる程、モールドデポジットの問題を抑えられることが確認された。これらの比較例の結果から、共重合成分としてα−オレフィンと、α,β−不飽和酸のグリシジルエステルとを含むオレフィン系共重合体の場合には、α,β−不飽和酸のグリシジルエステルに由来する共重合成分の含有量が、モールドデポジット及び高低温衝撃特性に関係していることが確認された。なお、これら比較例4〜7は
図1中の破線Qと同じ傾向の挙動を示す。
【0070】
実施例1、2、4、5及び比較例1、2は、比較例1、実施例5、実施例1及び4、実施例2、比較例2の順でα,β−不飽和酸のグリシジルエステルに由来する共重合成分の含有量が多くなる。共重合成分としてα−オレフィンと、アクリル酸エステルとを含むことで、α,β−不飽和酸のグリシジルエステルに由来する共重合成分の含有量を抑えても高低温衝撃特性が高い状態になることが確認された。これら実施例1、2、4、5及び比較例1、2は、
図1中の実線Pと同じ傾向の挙動を示す。
【0071】
比較例1と実施例5の結果から明らかなように、上記グリシジルエステルに由来する共重合成分の含有量が0.08質量%付近を超えると高低温衝撃特性が急激に向上する。
また、比較例1と実施例1の結果から明らかなように、比(グリシジルエステル含有量/カルボキシル末端基量)が0.35付近を超えると高低温衝撃特性が急激に向上する。
実施例2、3と比較例2の結果から明らかなように、上記グリシジルエステルに由来する共重合成分の含有量が0.20質量%付近を超え、比(グリシジルエステル含有量/カルボキシル末端基量)が1.00付近を上回るようになると、モールドデポジットの問題が大きくなる。