(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明を詳細に説明する。
[炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物]
本発明の炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物(以下、「油剤組成物」という。)は、アミノ変性シリコーンとエステル化合物と非イオン系乳化剤とを含有する。
【0027】
アミノ変性シリコーンは、後述の油剤処理前の炭素繊維前駆体アクリル繊維束(以下、単に「前駆体繊維束」とも表記する。)に対する油剤組成物の親和性および耐熱性の向上に有効である。
アミノ変性シリコーンは、25℃における動粘度が50〜300mm
2/sであり、50〜150mm
2/sであることが好ましい。動粘度が50mm
2/s未満であると、得られる油剤組成物の耐熱性が低下し、耐炎化工程での単繊維間の融着を十分に防止しにくくなる。一方、動粘度が300mm
2/sを超えると、油剤組成物のエマルションの調製が困難になる。また、油剤組成物のエマルションの安定性が低下し、前駆体繊維束に均一に付着しにくくなり、その結果、単繊維間の融着を十分に防止しにくくなったり、前駆体繊維束の集束性が低下したりする場合がある。さらに、耐炎化工程での分繊性が低下し、特にラージトウを製造する場合、単繊維間に斑が発生し、高品質の炭素繊維束が得られにくくなる。
【0028】
アミノ変性シリコーンの動粘度は、JIS−Z−8803、あるいはASTM D 445−46Tに準拠して測定される値であり、例えばウッベローデ粘度計を用いて測定できる。
【0029】
アミノ変性シリコーンは、アミノ当量が1500〜5000g/molであり、1500〜3000g/molであることが好ましい。アミノ当量が1500g/mol未満であると、シリコーン1分子中のアミノ基の数が多くなりすぎ、アミノ変性シリコーンの熱安定性が低下し、工程障害の要因となる。一方、アミノ当量が5000g/molを超えると、シリコーン1分子中のアミノ基の数が少なくなりすぎ、前駆体繊維束との馴染みが悪くなり、油剤組成物が均一に付着しにくくなり、繊維間の融着を十分に防止しにくくなったり、前駆体繊維束の集束性が低下したりする場合がある。
【0030】
アミノ変性シリコーンは、上記式(1)で示される構造を有する。
式(1)中、mは1以上の任意の数である。具体的には、10〜300が好ましく、10〜150がより好ましい。mが10未満であると、油剤組成物の耐熱性が低下しやすくなり、耐炎化工程での単繊維間の融着を防止しにくくなる。一方、mが300を超えると、油剤組成物の粘度が過渡に上昇しやすくなる。その結果、本発明の油剤組成物が付着した前駆体繊維束が繊維搬送ローラー等に巻き付きやすくなり、工程障害を引き起こし、操業性が低下しやすくなる。
【0031】
なお、式(1)中のmは、アミノ変性シリコーンの動粘度を測定し、該動粘度からの推算値として概算することができる。
mを求める手順は、まずアミノ変性シリコーンの動粘度を測定し、測定された動粘度の値からA.J.Barryの式(logη=1.00+0.0123M
0.5、(η:25℃における動粘度、M:分子量))により分子量を算出する。ついで、この分子量からアミノ変性シリコーンの構造を形成するmの値を決定することができる。
mは平均値であるので整数になるとは限らないが、有効数字2桁として以下を四捨五入して表示する。
【0032】
このようなアミノ変性シリコーンとしては、市販品を用いることができ、例えば信越化学工業株式会社製の「x−22−161B」、「KF−8012」、チッソ株式会社製の「FM−3325」などが好適である。
【0033】
エステル化合物は、上記式(2)または上記式(3)で示される構造を有する。
式(2)中、R
1〜R
3はそれぞれ同一または異なって、炭素数8〜16の炭化水素基であり、式(3)中、R
4〜R
7はそれぞれ同一または異なって、炭素数8〜16の炭化水素基である。
R
1〜R
7において、それぞれの炭素数が8未満であると、油剤組成物の耐熱性が低下し、耐炎化工程での単繊維間の融着を十分に防止しにくくなる。一方、炭素数が16を超えると、均一な油剤組成物のエマルションの調製が困難となり、前駆体繊維束に均一に付着しにくくなり、その結果、繊維間の融着を十分に防止しにくくなったり、前駆体繊維束の集束性が低下したりする場合がある。さらに、油剤組成物の粘度が上昇する傾向にあり、操業性が低下しやすくなる。
【0034】
炭化水素基としては、飽和鎖式炭化水素基や飽和環式炭化水素基等の飽和炭化水素基が好ましく、具体的にはオクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ラウリル基(ドデシル基)、トリデシル基、テトラデシル基、ペンタデシル基、ヘキサデシル基等が挙げられる。
【0035】
R
1〜R
7としては、均一な油剤組成物のエマルションを調製しやすい点で炭素数8〜14の飽和炭化水素基が好ましく、水蒸気存在下での耐熱性に優れる点で炭素数12〜16の飽和炭化水素基が好ましい。
【0036】
上記式(2)で示されるエステル化合物(トリメリット酸エステル)、および上記式(3)で示されるエステル化合物(ピロメリット酸エステル)は、上述したアミノ変性シリコーンとの相溶性に優れるため、前駆体繊維束に油剤組成物を均一に付着できる。さらに、優れた機械的物性を有する炭素繊維束を得るための前駆体繊維束の製造に効果的である。
【0037】
本発明の油剤組成物は、トリメリット酸エステルおよび/またはピロメリット酸エステルを含有する。
これらエステル化合物の含有量は、前記アミノ変性シリコーン100質量部に対して、30〜350質量部であり、100〜350質量部が好ましい。エステル化合物の含有量が30質量部未満であると、アミノ変性シリコーンとのバランスが崩れ、油剤組成物が前駆体繊維束に均一に付着しにくくなる。そして、本発明の油剤組成物が付着した前駆体繊維束を焼成して得られる炭素繊維束は、安定した物性を発現しにくくなる。一方、エステル化合物の含有量が350質量部を超えると、アミノ変性シリコーンの割合が少なくなり、油剤組成物が付着した前駆体繊維束の集束性が低下するうえ、該前駆体繊維束を焼成して得られる炭素繊維束の機械的物性が低下しやすくなる。
【0038】
非イオン系乳化剤としては公知の様々な物質を用いることができる。例えば高級アルコ−ルエチレンオキサイド付加物、アルキルフェノ−ルエチレンオキサイド付加物、脂肪族エチレンオキサイド付加物、多価アルコ−ル脂肪族エステルエチレンオキサイド付加物、高級アルキルアミンエチレンオキサイド付加物、脂肪族アミドエチレンオキサイド付加物、油脂のエチレンオキサイド付加物、ポリプロピレングリコ−ルエチレンオキサイド付加物などのポリエチレングリコ−ル型非イオン性界面活性剤;グリセロ−ルの脂肪族エステル、ペンタエリスト−ルの脂肪族エステル、ソルビト−ルの脂肪族エステル、ソルビタンの脂肪族エステル、ショ糖の脂肪族エステル、多価アルコ−ルのアルキルエ−テル、アルカノ−ルアミン類の脂肪酸アミドなどの多価アルコ−ル型非イオン性界面活性剤等が挙げられる。これら乳化剤は1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0039】
また、非イオン系乳化剤は、上記式(4)で示されるブロック共重合型ポリエーテル、および/または、上記式(5)で示されるポリオキシエチレンアルキルエーテルであることが好ましい。
上記式(4)で示されるブロック共重合型ポリエーテルは、プロピレンオキサイド(PO)ユニットとエチレンオキサイド(EO)ユニットからなるブロック共重合型ポリエーテルである。
【0040】
式(4)中、R
8〜R
9はそれぞれ同一または異なって、水素原子、炭素数1〜24のアルキル基、または炭素数3〜12のシクロアルキル基である。アルキル基は、直鎖状であってもよく、分岐鎖状であってもよい。
R
8〜R
9は、EO、POとの均衡、その他の油剤組成物成分を考慮して決定されるが、水素原子、あるいは炭素数1〜5の直鎖または分岐鎖のアルキル基が好ましく、より好ましくは水素原子である。
【0041】
xおよびzはEOの付加モル数を示し、yはPOの付加モル数を示す。
x〜zはそれぞれ同一または異なって、1〜500であり、20〜300が好ましい。
また、xおよびzの合計と、yとの比(x+z:y)が90:10〜60:40であることが好ましい。
【0042】
また、ブロック共重合型ポリエーテルは、数平均分子量が3000〜20000であることが好ましい。分子量が上記範囲内であれば、油剤組成物として要求される熱的安定性と水への分散性を共に有することが可能となる。
さらに、ブロック共重合型ポリエーテルは、100℃における動粘度が300〜15000mm
2/sであることが好ましい。動粘度が上記範囲内であれば、油剤組成物の過剰な繊維内部への浸透を防ぎ、かつ前駆体繊維束に付与した後の乾燥工程において、油剤組成物の粘性により搬送ローラー等に単繊維が取られて巻きつくなどの工程障害が起こりにくくなる。
なお、ブロック共重合型ポリエーテルの動粘度は、アミノ変性シリコーンの動粘度と同様にして測定できる。
【0043】
一方、式(5)中、R
10は炭素数10〜20の炭化水素基である。炭素数が10未満であると、油剤組成物の熱的安定性が低下しやすくなると共に、適切な親油性を発現しにくくなる。一方、炭素数が20を超えると、油剤組成物の粘度が高くなったり、油剤組成物が固体になったりするなどして、操業性が低下する場合がある。また、親水基とのバランスが悪くなり、乳化性能が低下する場合がある。
炭化水素基としては、飽和鎖式炭化水素基や飽和環式炭化水素基等の飽和炭化水素基が好ましく、具体的にはデシル基、ウンデシル基、ドデシル基、トリデシル基、テトラデシル基、ペンタデシル基、ヘキサデシル基、ヘプタデシル基、オクタデシル基、ノナデシル基、イコシル基等が挙げられる。これらの中でも、油剤組成物を効率よく乳化するために、その他の油剤組成物成分に馴染みやすい適度な親油性を付与できる点でドデシル基が特に好ましい。
【0044】
nは、EOの付加モル数を示し、3〜20であり、5〜15が好ましく、5〜10がより好ましい。nが3未満であると、水と馴染みにくく、乳化性能が得られにくくなる。一方、nが20を超えと、粘性が高くなり、油剤組成物の構成成分として用いた場合、得られる油剤組成物が付着した前駆体繊維束の分繊性が低下しやすくなる。
なお、R
10は油剤組成物の親油性に関与する要素であり、nは油剤組成物の親水性に関与する要素である。従って、nの値は、R
10との組み合わせにより適宜決定される。
【0045】
非イオン系乳化剤の含有量は、前記アミノ変性シリコーン100質量部に対して、15〜100質量部であり、15〜50質量部が好ましい。非イオン系乳化剤の含有量が150質量部未満であると、乳化しにくく、乳化物の安定性が悪くなる場合がある。一方、非イオン系乳化剤の含有量が100質量部を超えると、油剤組成物が付着した前駆体繊維束の集束性が低下するうえ、該前駆体繊維束を焼成して得られる炭素繊維束の機械的物性が低下しやすくなる。
【0046】
本発明の油剤組成物は、酸化防止剤を含有することが好ましい。
酸化防止剤としては公知の様々な物質を用いることができるが、フェノール系や硫黄系の酸化防止剤が好適である。
フェノール系酸化防止剤の具体例としては、2,6−ジ−t−ブチル−p−クレゾール、4,4’−ブチリデンビス−(6−t−ブチル−3−メチルフェノール)、2,2’−メチレンビス−(4−メチル−6−t−ブチルフェノール)、2,2’−メチレンビス−(4−エチル−6−t−ブチルフェノール)、2,6−ジ−t−ブチル−4−エチルフェノール、1,1,3−トリス(2−メチル−4−ヒドロキシ−5−t−ブチルフェニル)ブタン、n−オクタデシル−3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート、テトラキス[メチレン−3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート]メタン、トリエチレングリコールビス[3−(3−t−ブチル−4−ヒドロキシ−5−メチルフェニル)プロピオネート]、トリス(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシベンジル)イソシアヌレート等が挙げられる。
硫黄系の酸化防止剤の具体例としては、ジラウリルチオジプロピオネート、ジステアリルチオジプロピオネート、ジミリスチルチオジプロピオネート、ジトリデシルチオジプロピオネート等が挙げられる。
これら酸化防止剤は1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0047】
また、酸化防止剤としては、上述したアミノ変性シリコーンに作用するものが特に好ましく、上記の中では、テトラキス[メチレン−3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート]メタンと、トリエチレングリコールビス[3−(3−t−ブチル−4−ヒドロキシ−5−メチルフェニル)プロピオネート]が好ましい。
【0048】
酸化防止剤の含有量は、前記アミノ変性シリコーン100質量部に対して、1.5〜5質量部が好ましく、1.5〜3質量部がより好ましい。酸化防止剤の含有量が1.5質量部未満であると、酸化防止効果が十分に得られにくくなる。そのため、前駆体繊維束の製造過程において前駆体繊維束に付着した油剤組成物中のアミノ変性シリコーンが、熱ローラー等により加熱されて樹脂化する場合がある。アミノ変性シリコーンが樹脂化するとローラー等の表面に堆積しやすくなり、前駆体繊維束が巻き付いて工程障害を招き、操業性が低下する。一方、酸化防止剤の含有量が5質量部を超えると、酸化防止剤が油剤組成物中に均一に分散しにくくなる。
【0049】
さらに、本発明の油剤組成物は、前駆体繊維束に付着させるための設備や使用環境によって、操業性を向上させたり、油剤組成物の安定性や付着特性を向上させたりすることを目的として、帯電防止剤や抗菌剤などの添加物を含有してもよい。
帯電防止剤としては、公知の物質を用いることができる。帯電防止剤はイオン型と非イオン型に大別され、イオン型としてはアニオン系、カチオン系及び両性系があり、非イオン型ではポリエチレングリコール型及び多価アルコール型がある。帯電防止の観点からイオン型が好ましく、中でも脂肪族スルホン酸塩、高級アルコール硫酸エステル塩、高級アルコールエチレンオキシド付加物硫酸エステル塩、高級アルコールリン酸エステル塩、高級アルコールエチレンオキシド付加物硫酸リン酸エステル塩、第4級アンモニウム塩型カチオン界面活性剤、ベタイン型両性界面活性剤、高級アルコールエチレンオキシド付加物ポリエチレングリコール脂肪酸エステル、多価アルコール脂肪酸エステルなどが好ましく用いられる。
これら帯電防止剤は、1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0050】
抗菌剤としては、公知の物質を用いることができる。例えば5−クロロ−2−メチル−4−イソチアゾリン−3−オン、2−メチル−4−イソチアゾリン−3−オン、1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン、N−n−ブチル−1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン、2−n−オクチル−4−イソチアゾリン−3−オン、4,5−ジクロロ−2−n−オクチル−4−イソチアゾリン−3−オン、2−メチル−4,5−トリメチレン−4−イソチアゾリン−3−オンなどのイソチアゾリン系化合物;2−ブロモ−2−ニトロプロパン−1,3−ジオール、2,2−ジブロモ−2−ニトロエタノール、2,2−ジブロモ−3−ニトリロプロピオンアミド、1,2−ジブロモ−2,4−ジシアノブタン、ヘキサブロモジメチルスルホンなどの有機臭素系化合物;ホルムアルデヒド、グルタルアルデヒド、o−フタルアルデヒドなどのアルデヒド系化合物;3−メチル−4−イソプロピルフェノール、2−イソプロピル−5−メチルフェノール、o−フェニルフェノール、4−クロロ−3,5−ジメチルフェノール、2,4,4’−トリクロロ−2’−ヒドロキシジフェニルエーテル、4,4’−ジクロロ−2’−ヒドロキシジフェニルエーテルなどのフェノール系化合物;8−オキシキノリン、2,3,5,6−テトラクロロ−4−(メチルスルホニル)ピリジン、ビス(2−ピリジルチオ−1−オキシド)亜鉛、(2−ピリジルチオ−1−オキシド)ナトリウムなどのピリジン系化合物;N,N',N''−トリスヒドロキシエチルヘキサヒドロ−S−トリアジン、N,N',N''−トリスエチルヘキサヒドロ−S−トリアジンなどのトリアジン系化合物;3,4,4’−トリクロロカルバニリド、3−トリフルオロメチル−4,4’−ジクロロカルバニリドなどのアニリド系化合物;2−(4−チオシアノメチルチオ)ベンズイミダゾールなどのチアゾール系化合物;2−(4−チアゾリル)−ベンズイミダゾール、2−ベンズイミダゾールカルバミン酸メチルなどのイミダゾール系化合物;1−[[2−(2,4−ジクロロフェニル)−4−n−プロピル−1,3−ジオキソラン−2−イル]メチル]−1H−1,2,4−トリアゾール、(RS)−2−(2,4−ジクロロフェニル)−1−(1H−1,2,4−トリアゾールー1−イル)ヘキサン−2−オール、α−[2−(4−クロロフェニル)エチル]−α−(1,1−ジメチルエチル)−1H−1,2,4−トリアゾール−1−エタノール、α−(クロロフェニル)−α−(1−シクロプロピルエチル)−1H−1,2,4−トリアゾール−1−エタノール、1−[[2−(2,4−ジクロロフェニル)−1,3−ジオキソラン−2−イル]メチル−1H−1,2,4−トリアゾールなどのトリアゾール系化合物;2,4,5,6−テトラクロロイソフタロニトリル、5−クロロ−2,4,6−トリフルオロイソフタロニトリルなどのニトリル系化合物;4,5−ジクロロ−1,2−ジチオラン−3−オン、3,3,4,4−テトラクロロテトラヒドロチオフェン−1,1−ジオキシドなどの有機塩素系化合物;3−ヨード−2−プロピニルブチルカーバメート、ジヨードメチル−p−トリルスルホン、2,3,3−トリヨードアリルアルコールなどの有機ヨード系化合物等が挙げられる。これらの中でもイソチアゾリン系の抗菌剤が好ましい。
これら抗菌剤は、1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0051】
以上説明した本発明の油剤組成物は、特定のアミノ変性シリコーンと、トリメリット酸エステルおよび/またはピロメリット酸エステルと、非イオン系乳化剤とを特定量含有するので、耐熱性が向上し、炭素繊維束製造工程における単繊維間の融着を効果的に防止できる。また、ケイ素化合物の発生を軽減できるので工程障害を低減し、操業性低下を抑制できる。さらに集束性に優れた炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物、および機械的物性に優れた炭素繊維束が得られる。
このように、本発明の油剤組成物によれば、従来のシリコーンを主成分とする油剤組成物の問題と、シリコーンの含有率を低減した油剤組成物の問題を共に解決できる。
【0052】
[炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造方法]
本発明の炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造方法においては、上述したアミノ変性シリコーンと、エステル化合物と、非イオン系乳化剤と、必要に応じて酸化防止剤、帯電防止剤、抗菌剤を配合した油剤組成物を、水膨潤状態の前駆体繊維束に付与する工程(油剤処理)を行い、ついで油剤処理された前駆体繊維束を乾燥緻密化する工程を行う。
以下、炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造方法における各工程について詳しく説明する。
【0053】
(紡糸)
本発明に用いる、油剤処理前の前駆体繊維束としては、公知技術により紡糸されたアクリル繊維束を用いることができる。具体的には、アクリロニトリル系重合体を紡糸して得られるアクリル繊維束が挙げられる。
アクリロニトリル系重合体は、アクリロニトリルを主な単量体とし、これを重合して得られる重合体である。アクリロニトリル系重合体は、アクリロニトリルのみから得られるホモポリマーであってもよく、主成分であるアクリロニトリルに加えて他の単量体を併用したアクリロニトリル系共重合体であってもよい。
【0054】
アクリロニトリル系共重合体におけるアクリロニトリル単位の含有量は、96〜98.5質量%であることが焼成工程での繊維の熱融着防止、共重合体の耐熱性、紡糸原液の安定性、および炭素繊維にした際の品質の観点でより好ましい。アクリロニトリル単位が96質量%以上の場合は、炭素繊維に転換する際の焼成工程で繊維の熱融着を招くことなく、炭素繊維の優れた品質および性能を維持できるので好ましい。また、共重合体自体の耐熱性が低くなることもなく、前駆体繊維を紡糸する際、繊維の乾燥あるいは加熱ローラーや加圧水蒸気による延伸のような工程において、単繊維間の接着を回避できる。一方、アクリロニトリル単位が98.5質量%以下の場合には、溶剤への溶解性が低下することもなく、紡糸原液の安定性を維持できると共に共重合体の析出凝固性が高くならず、前駆体繊維の安定した製造が可能となるので好ましい。
【0055】
共重合体を用いる場合のアクリロニトリル以外の単量体としては、アクリロニトリルと共重合可能なビニル系単量体から適宣選択することができ、耐炎化反応を促進する作用を有するアクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸、または、これらのアルカリ金属塩もしくはアンモニウム塩、アクリルアミド等の単量体から選択すると、耐炎化を促進できるので好ましい。
アクリロニトリルと共重合可能なビニル系単量体としては、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸等のカルボキシル基含有ビニル系単量体がより好ましい。アクリロニトリル系共重合体におけるカルボキシル基含有ビニル系単量体単位の含有量は0.5〜2質量%が好ましい。
これらビニル系単量体は、1種単独で用いても良よく、2種以上を併用してもよい。
【0056】
紡糸の際には、アクリロニトリル系重合体を、溶剤に溶解し紡糸原液とする。このときの溶剤には、ジメチルアセトアミドあるいはジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド等の有機溶剤、または塩化亜鉛やチオシアン酸ナトリウム等の無機化合物水溶液等、公知のものから適宜選択して使用することができる。これらの中でも、生産性向上の観点から凝固速度が早いジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシドおよびジメチルホルムアミドが好ましく、ジメチルアセトアミドがより好ましい。
【0057】
また、緻密な凝固糸を得るためには、紡糸原液の重合体濃度がある程度以上になるように紡糸原液を調整することが好ましい。具体的には、紡糸原液中の重合体濃度が17質量%以上になるように調整することが好ましく、より好ましくは19質量%以上である。
なお、紡糸原液は適正な粘度・流動性を必要とするため、重合体濃度は25質量%を超えない範囲が好ましい。
【0058】
紡糸方法は、上述した紡糸原液を直接凝固浴中に紡出する湿式紡糸法、空気中で凝固する乾式紡糸法、および一旦空気中に紡出した後に浴中凝固させる乾湿式紡糸法など公知の紡糸方法を適宜採用できるが、より高い性能を有する炭素繊維束を得るには湿式紡糸法または乾湿式紡糸法が好ましい。
【0059】
湿式紡糸法または乾湿式紡糸法による紡糸賦形は、紡糸原液を円形断面の孔を有するノズルより凝固浴中に紡出することで行うことができる。凝固浴としては、紡糸原液に用いられる溶剤を含む水溶液を用いるのが溶剤回収の容易さの観点から好ましい。
凝固浴として溶剤を含む水溶液を用いる場合、水溶液中の溶剤濃度は、ボイドがなく緻密な構造を形成させ高性能な炭素繊維束を得られ、かつ延伸性が確保でき生産性に優れる等の理由から、50〜85質量%、凝固浴の温度は10〜60℃が好ましい。
【0060】
(延伸処理)
重合体あるいは共重合体を溶剤に溶解し、紡糸原液として凝固浴中に吐出して繊維化して得た凝固糸には、凝固浴中または延伸浴中で延伸する浴中延伸を行うことができる。あるいは、一部空中延伸した後に、浴中延伸してもよく、延伸の前後あるいは延伸と同時に水洗を行って水膨潤状態の前駆体繊維束を得ることができる。
浴中延伸は、通常50〜98℃の水浴中で1回あるいは2回以上の多段に分割するなどして行い、空中延伸と浴中延伸の合計倍率が2〜10倍になるように凝固糸を延伸するのが、得られる炭素繊維束の性能の点から好ましい。
【0061】
(油剤処理)
炭素繊維束への油剤組成物の付与には、本発明の油剤組成物を水中に分散させて、平均粒子径が0.01〜0.5μmのミセルを形成させた水系乳化溶液(エマルション)を用いる。
ミセルの平均粒子径が上記範囲内であれば、前駆体繊維束の表面に油剤組成物を均一に付与できる。
なお、水系乳化溶液中のミセルの平均粒子径は、レーザ回折/散乱式粒度分布測定装置(株式会社堀場製作所製、商品名:LA−910)を用いて測定することができる。
【0062】
水系乳化溶液は、例えば以下のようにして調製できる。すなわち、アミノ変性シリコーンと非イオン系乳化剤とを攪拌しながら、そこにエステル化合物を加えて分散し、さらに水を加えることで油剤組成物が水中に分散した水系乳化溶液が得られる。
酸化防止剤を含有させる場合は、酸化防止剤を予めアミノ変性シリコーンに溶かしておくことが好ましい。また、帯電防止剤および/または抗菌剤を含有させる場合は、水を加えて水系乳化溶液とした後に添加攪拌することが好ましい。
各成分の混合または水中分散は、プロペラ攪拌、ホモミキサー、ホモジナイザー等を使って行うことができる。特に、150MPa以上に加圧可能な超高圧ホモジナイザーを用いることが好ましい。
【0063】
水系乳化溶液中の油剤組成物の濃度は、2〜40質量%が好ましく、10〜30質量%がより好ましく、20〜30質量%が特に好ましい。油剤組成物の濃度が2質量%未満であると、必要な量の油剤組成物を水膨潤状態の前駆体繊維束に付与することが困難となる。一方、油剤組成物の濃度が40質量%を超えると、水系乳化溶液が不安定となり乳化の破壊が起こりやすくなる。
【0064】
本発明の油剤組成物を水膨潤状態の前駆体繊維束に付与する際、前記水系乳化溶液に、さらにイオン交換水を加えて所定の濃度に希釈して用いること好ましい。
なお、「所定の濃度」は油剤処理時の前駆体繊維束の状態によって調整される。所定の濃度とした分散液を、以下「油剤処理液」という。
【0065】
油剤組成物のアクリル繊維束への付与は、上述した浴中延伸後の水膨潤状態の前駆体繊維束に、油剤組成物の水系乳化溶液を付与することにより行うことができる。
浴中延伸の後に洗浄を行う場合は、浴中延伸および洗浄を行った後に得られる水膨潤状態の繊維束に油剤組成物の水系乳化溶液を付与することもできる。
【0066】
油剤組成物を水膨潤状態の前駆体繊維束に付与する方法としては、油剤組成物が水中に分散した水系乳化溶液に、イオン交換水を加えて所定の濃度に希釈して油剤処理液とした後、水膨潤状態の前駆体繊維束に付着させる手法を用いることができる。
油剤処理液を水膨潤状態の前駆体繊維束に付着させる方法としては、ローラーの下部を油剤処理液に浸漬させ、そのローラーの上部に前駆体繊維束を接触させるローラー付着法、ポンプで一定量の油剤処理液をガイドから吐出し、そのガイド表面に前駆体繊維束を接触させるガイド付着法、ノズルから一定量の油剤処理液を前駆体繊維束に噴射するスプレー付着法、油剤処理液の中に前駆体繊維束を浸漬した後にローラー等で絞って余分な油剤処理液を除去するディップ付着法等の公知の方法を用いることができる。
これらの方法の中でも、均一付着の観点から、前駆体繊維束に十分に油剤処理液を浸透させ、余分な処理液を除去するディップ付着法が好ましい。より均一に付着するためには油剤付与工程を2つ以上の多段にし、繰り返し付与することも有効である。
【0067】
(乾燥緻密化処理)
水系乳化溶液が付与された前駆体繊維束は、続く乾燥工程で乾燥緻密化される。
乾燥緻密化の温度は、繊維のガラス転移温度を超えた温度で行う必要があるが、実質的には含水状態から乾燥状態によって異なることもある。例えば温度が100〜200℃程度の加熱ローラーによる方法にて緻密乾燥化するのが好ましい。このとき加熱ローラーの個数は、1個でもよく、複数個でもよい。
【0068】
(二次延伸処理)
緻密乾燥化した前駆体繊維束には、加熱ローラーにより延伸処理を施すのが好ましい。該延伸処理により、得られる炭素繊維前駆体アクリル繊維束の緻密性や配向度をさらに高めることができる。特に、加熱ローラーにより緻密乾燥化した前駆体繊維束を搬送させながら、ローラー速度を変えることで、1.1〜4倍に延伸することで、得られる炭素繊維前駆体アクリル繊維束の緻密性や配向度をより向上できる。
加熱ローラーの温度としては150〜200℃程度が好ましい。温度が150℃未満であると、可塑化が不完全となり、延伸をかけた際に毛羽等が発生し、続く炭素化工程で繊維束が巻き付いて、工程障害を招き操業性が低下することがある。一方、温度が200℃を超えると、酸化反応や分解反応などが開始され、炭素繊維前駆体アクリル繊維束を焼成して得られる炭素繊維束の品質を低下させる場合がある。
【0069】
乾燥緻密化処理および加熱ローラーによる二次延伸処理を経て得られる炭素繊維前駆体アクリル繊維束は、室温のローラーを通し、常温の状態まで冷却した後にワインダーでボビンに巻き取られる、あるいはケンスに振込まれて収納される。
そして、炭素繊維前駆体アクリル繊維束は焼成工程に移され、炭素繊維束となる。
【0070】
[炭素繊維前駆体アクリル繊維束]
このようにして得られる本発明の炭素繊維前駆体アクリル繊維束は、本発明の油剤組成物が乾燥質量に対して0.1〜2質量%付着しいていることが好ましく、より好ましくは0.5〜1.5質量%である。油剤組成物の付着量が0.1質量%未満であると、油剤組成物本来の機能を十分に発現することが困難となる場合がある。一方、油剤組成物の付着量が2質量%を超えると、過剰に付着した油剤組成物が、焼成工程において高分子化して、単繊維間の接着の誘因となる場合がある。
なお、「乾燥質量」とは、乾燥緻密化処理された後の前駆体繊維束の乾燥繊維質量のことである。
【0071】
油剤組成物の付着量は、以下のようにして求められる。
メチルエチルケトンによるソックスレー抽出法に準拠し、90℃のメチルエチルケトンに炭素繊維前駆体アクリル繊維束を8時間浸漬させて油剤組成物を抽出し、抽出前の炭素繊維前駆体アクリル繊維束の質量W
1、および抽出後の炭素繊維前駆体アクリル繊維束の質量W
2をそれぞれ測定し、下記式(i)により油剤組成物の付着量を求める。
油剤組成物の付着量(質量%)=(W
1−W
2)/W
2×100 ・・・(i)
【0072】
以上説明したように、本発明の炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造方法は、本発明の油剤組成物を用いるので、集束性に優れた炭素繊維前駆体アクリル繊維束を生産性よく製造できる。
また、本発明の炭素繊維前駆体アクリル繊維束は、本発明の油剤組成物が均一に付着しているので、集束性に優れる。さらに、焼成工程において単繊維間の融着を防止し、かつケイ素化合物の生成やシリコーン分解物の飛散を抑制できるので、操業性、工程通過性が著しく改善される。
また、本発明の炭素繊維前駆体アクリル繊維束を焼成して得られる炭素繊維束は、機械的物性に優れ、高品質であり、様々な構造材料に用いられる繊維強化樹脂複合材料に用いる強化繊維として好適である。
【実施例】
【0073】
以下、本発明について実施例を挙げて具体的に説明する。ただし、本発明はこれらに限定されるものではない。
本実施例に用いた各成分、および各種測定方法、評価方法は以下の通りである。
【0074】
[成分]
<アミノ変性シリコーン>
・A−1:25℃における動粘度が55mm
2/s、アミノ当量が1500g/molであるアミノ変性ポリジメチルシロキサン(信越化学工業株式会社製、商品名:X−22−161B)。
・A−2:25℃における動粘度が90mm
2/s、アミノ当量が2200g/molであるアミノ変性ポリジメチルシロキサン(信越化学工業株式会社製、商品名:KF−8012)。
・A−3:25℃における動粘度が300mm
2/s、アミノ当量が5000g/molであるアミノ変性ポリジメチルシロキサン(チッソ株式会社製、商品名:FM―3325)。
・A−4:25℃における動粘度が12mm
2/s、アミノ当量が430g/molであるアミノ変性ポリジメチルシロキサン(信越化学工業株式会社製、商品名:KF−8010)。
・A−5:25℃における動粘度が450mm
2/s、アミノ当量が5700g/molであるアミノ変性ポリジメチルシロキサン(信越化学工業株式会社製、商品名:KF−8008)。
【0075】
<エステル化合物;トリメリット酸エステル>
・B−1:上記式(2)においてR
1〜R
3が炭素数8のオクチル基であるトリメリット酸エステル。
・B−2:上記式(2)においてR
1〜R
3が炭素数12のドデシル基であるトリメリット酸エステル。
・B−3:上記式(2)においてR
1〜R
3が炭素数16のヘキサデシル基であるトリメリット酸エステル。
・B−4:上記式(2)においてR
1〜R
3が炭素数18のステアリル基(オクタデシル基)であるトリメリット酸エステル。
・B−5:上記式(2)においてR
1〜R
3が炭素数20のエイコシル基であるトリメリット酸エステル。
【0076】
<エステル化合物;ピロメリット酸エステル>
・C−1:上記式(3)においてR
4〜R
7が炭素数8のオクチル基であるピロメリット酸エステル。
・C−2:上記式(3)においてR
4〜R
7が炭素数12のドデシル基であるピロメリット酸エステル。
・C−3:上記式(3)においてR
4〜R
7が炭素数16のヘキサデシル基であるピロメリット酸エステル。
・C−4:上記式(3)においてR
4〜R
7が炭素数18のステアリル基(オクタデシル基)であるピロメリット酸エステル。
・C−5:上記式(3)においてR
4〜R
7が炭素数20のエイコシル基であるピロメリット酸エステル。
【0077】
<非イオン系乳化剤>
・D−1:上記式(4)においてR
8〜R
9が水素原子、x=80、y=30、z=80であり、数平均分子量が8000、100℃における動粘度が400mm
2/sであるプロピレンオキサイド(PO)とエチレンオキサイド(EO)ユニットからなるブロック共重合型ポリエーテル(三洋化成工業株式会社製、商品名:ニューポール PE−68)。
・D−2:上記式(5)においてR
10が炭素数12のドデシル基、n=9であるポリオキシエチレンラウリルエーテル(日光ケミカルズ株式会社製、商品名:NIKKOL BL−9EX)。
【0078】
<酸化防止剤>
・テトラキス[メチレン−3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート]メタンと、ジトリデシルチオジプロピオネートとの混合物(質量比=1:2)。
【0079】
[測定・評価]
<油剤付着量の測定>
炭素繊維前駆体アクリル繊維束を105℃で1時間乾燥させた後、メチルエチルケトンによるソックスレー抽出法に準拠し、90℃のメチルエチルケトンに8時間浸漬して付着した油剤組成物を溶媒抽出した。抽出前の炭素繊維前駆体アクリル繊維束の質量W
1、および抽出後の炭素繊維前駆体アクリル繊維束の質量W
2をそれぞれ測定し、上記式(i)により油剤組成物の付着量を求めた。
【0080】
<集束性の評価>
炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造過程の最終ローラー、すなわち該繊維束をボビンに巻き取る直前のローラー上での炭素繊維前駆体アクリル繊維束の状態を目視にて観察し、以下の評価基準にて集束性を評価した。
○:集束しており、トウ幅が一定で、隣接する繊維束と接触しない。
△:集束しているが、トウ幅が一定ではない、あるいはトウ幅が広い。
×:繊維束中に空間があり、集束していない。
【0081】
<操業性の評価>
炭素繊維前駆体アクリル繊維束を24時間連続して製造したときに、搬送ローラーへ単繊維が巻き付き、除去した頻度により操業性を評価した。評価基準は以下の通りとした。
○:除去回数(回/24時間)が1回以下。
△:1<除去回数(回/24時間)が2〜5回。
×:除去回数(回/24時間)が6回以上。
【0082】
<単繊維間融着数の測定>
炭素繊維束を長さ3mmに切断し、アセトン中に分散させ、10分間攪拌した後の全単繊維数と、単繊維同士が融着している数(融着数)を計算し、単繊維100本当たりの融着数を算出し、以下の評価基準にて評価した。
○:融着数(個/100本)が1個以下。
×:融着数(個/100本)が1個超。
【0083】
<ストランド強度の測定>
炭素繊維束の製造を開始し、定常安定化した状態で炭素繊維束のサンプリングを行い、JIS−R−7608に規定されているエポキシ樹脂含浸ストランド法に準じて、炭素繊維束のストランド強度を測定した。なお、測定回数は10回とし、その平均値を評価の対象とした。
【0084】
<品質安定性の評価>
先のストランド強度の測定を行った後、連続して10日間焼成を行い、1回/日の頻度で炭素繊維束をサンプリングし、上述した方法と同様にしてストランド強度を測定した。各日のストランド強度の平均値の合計(10日分)の変動係数を算出し、そのバラツキの度合いを品質安定性の指標とした。評価基準は下記の3段階に分類した。
○:変動係数が3%未満。
△:変動係数が3%以上、5%以下。
×:変動係数が5%超。
【0085】
<Si飛散量の測定>
耐炎化工程におけるシリコーン由来のケイ素化合物飛散量は、炭素繊維前駆体アクリル繊維束と、それを耐炎化した耐炎化繊維束のSi元素含有量を蛍光X線分析装置(理学電機工業株式会社製、製品名:ZSX100e)にて測定し、それらの差より耐炎化工程で飛散したSi量を算出し、評価の指標とした。
具体的には、測定サンプルとして、縦20mm、横40mm、幅5mmのアクリル樹脂製板に、炭素繊維前駆体アクリル繊維束または耐炎化繊維束を隙間のない様に均一に巻き付けたものを用い、これを蛍光X線分析装置にセットした。このとき、測定に付す繊維束の巻き長は同一とすることが重要である。その後、通常の蛍光X線分析方法により各繊維束のSiの蛍光X線強度を測定し、検量線を用いて各繊維束のSi含有量を求めた。測定数はn=10とし、平均値を算出し、下記式(ii)によりSi飛散量を求めた。
Si飛散量(mg/kg)=炭素繊維前駆体アクリル繊維束のSi含有量−耐炎化繊維束のSi含有量 ・・・(ii)
【0086】
[実施例1]
<油剤組成物の調製>
予め酸化防止剤を分散させたアミノ変性シリコーンに、非イオン系乳化剤としてブロック共重合体ポリエーテルおよびポリオキシエチレンラウリルエーテルを混合攪拌し、そこにエステル化合物としてトリメリット酸エステルおよびピロメリット酸エステルを加え、油剤組成物の濃度が30質量%になるようにイオン交換水をさらに加え、ホモミキサーで乳化した。この状態でのミセルの平均粒子径をレーザ回折/散乱式粒度分布測定装置(株式会社堀場製作所製、商品名:LA−910)を用いて測定したところ、2μm程度であった。
その後、さらに高圧ホモジナイザーにより、ミセルの平均粒子径が0.2μm以下になるまで分散し、油剤組成物の水系乳化溶液(エマルション)を得た。
油剤組成物中の各成分の種類と配合量(アミノ変性シリコーン100質量部に対する各成分の量(質量部))を表1に示す。
【0087】
<炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造>
油剤組成物を付着させる前駆体繊維束は、次の方法で調製した。アクリロニトリル系共重合体(組成比:アクリロニトリル/アクリルアミド/メタクリル酸=96/3/1(質量比))をジメチルアセトアミドに溶解し、紡糸原液を調製し、ジメチルアセトアミド水溶液を満たした凝固浴中に孔径(直径)60μm、孔数60000の紡糸ノズルより吐出し凝固糸とした。凝固糸は水洗槽中で脱溶媒するとともに5倍に延伸して水膨潤状態の前駆体繊維束とした。
先に得られた油剤組成物の水系乳化溶液を超純水で希釈して、油剤組成物の濃度が1.5質量%になるように調整した油剤処理液を満たした油剤処理槽に、水膨潤状態の前駆体繊維束を導き、水系乳化溶液を付与させた。
その後、水系乳化溶液が付与された前駆体繊維束を表面温度180℃のローラーにて乾燥緻密化した後に、表面温度190℃のローラーを用い2倍延伸を施し炭素繊維前駆体アクリル繊維束を得た。
得られた炭素繊維前駆体アクリル繊維束の油剤付着量を測定し、集束性を評価した。結果を表1に示す。
【0088】
<炭素繊維束の製造>
得られた炭素繊維前駆体アクリル繊維束を、220〜260℃の温度勾配を有する耐炎化炉に通して耐炎化し、耐炎化繊維束とした。引き続き、該耐炎化繊維束を窒素雰囲気中で400〜1300℃の温度勾配を有する炭素化炉で焼成して炭素繊維束とした。
得られた炭素繊維束の単繊維間融着数、ストランド強度、および耐炎化工程におけるSi飛散量を測定した。結果を表1に示す。
【0089】
[実施例2〜
4、6、参考例5、7〜9]
油剤組成物を構成する各成分の種類と配合量を表1に示すように変えた以外は、実施例1と同様にして油剤組成物を調製し、炭素繊維前駆体アクリル繊維束および炭素繊維束を製造し、各測定および評価を実施した。結果を表1に示す。
【0090】
[比較例1〜7]
油剤組成物を構成する各成分の種類と配合量を表2に示すように変えた以外は、実施例1と同様にして油剤組成物を調製し、炭素繊維前駆体アクリル繊維束および炭素繊維束を製造し、各測定および評価を実施した。結果を表2に示す。
【0091】
【表1】
【0092】
【表2】
【0093】
表1から明らかなように、各実施例の場合、油剤付着量は適正な量であった。また、炭素繊維前駆体アクリル繊維束の集束性、その製造過程の操業性は良好であった。
なお、動粘度が55mm
2/s、アミノ当量が1500g/molであるアミノ変性シリコーンを用いた実施例1と、エステル化合物の合計含有量が前記アミノ変性シリコーン100質量部に対して345質量部である実施例4で得られた炭素繊維前駆体アクリル繊維束は、他の実施例に比べて集束性がやや劣る傾向にあり、さらに実施例4では操業性も他の実施例に比べて劣る傾向であったが、炭素繊維束の製造工程で問題となる状況ではなかった。
【0094】
また、各実施例で得られた炭素繊維束は、単繊維間の融着数が実質的に無く、ストランド強度が高い数値を示し、機械的物性に優れていた。また、ストランド強度の変動係数の値が小さく、連続製造においても高い機械的物性を安定して発現できることが確認された。さらに、焼成工程におけるSi飛散量も少なく、操業性が良好であった。
なお、アミノ変性シリコーン100質量部に対して、他の成分の合計が67.7質量部、67質量部と少ない
参考例5、9では、他の実施例に比べて、焼成工程においてケイ素化合物が多く飛散したが、問題となるレベルではなかった。
また、炭素繊維束のストランド強度は、油剤組成物の成分の種類や配合量により差が見られた。具体的には、動粘度が90mm
2/s、アミノ当量が2200g/molであるアミノ変性シリコーンと、上記式(2)でR
1〜R
3が炭素数12のドデシル基であるトリメリット酸エステルと、上記式(3)でR
4〜R
7が炭素数12のドデシル基であるピロメリット酸エステルとを併用し、アミノ変性シリコーンの含有量とエステル化合物の合計含有量が同じ、またはアミノ変性シリコーンの含有量が多く、エステル化合物の合計含有量が少ない場合(実施例2、
参考例5)、特に炭素繊維束のストランド強度が高かった。対して、エステル化合物の合計含有量が多い場合(実施例4)は、他の実施例に比べて炭素繊維束のストランド強度が低かったが、複合材料の強化繊維として用いるには十分の強度を有していた。なお、実施例6は、エステル化合物の合計含有量が多かったが、アミノ変性シリコーンとエステル化合物の配分、それらを分散させる非イオン系乳化剤の含有量のバランスが良く、炭素繊維束は比較的高いストランド強度を示した。
【0095】
さらに、各実施例における品質安定性の評価(すなわち、ストランド強度の変動係数)は、油剤組成物の成分の種類や配合のバランスにより差異が見られた。具体的には、アミノ変性シリコーンとして、動粘度が90mm
2/s、アミノ当量が2200g/molであるアミノ変性シリコーン、あるいは動粘度が300mm
2/s、アミノ当量が5000g/molであるアミノ変性シリコーンを用い、エステル化合物として上記式(2)でR
1〜R
3が炭素数12のドデシル基あるいは炭素数16のヘキサデシル基であるトリメリット酸エステルと、上記式(3)でR
4〜R
7が炭素数12のドデシル基あるいは炭素数16のヘキサデシル基であるピロメリット酸エステルを併用し、トリメリット酸エステルとピロメリット酸エステルがそれぞれアミノ変性シリコーン100質量部に対し50質量部あるいは67質量部である実施例2、3および6において、他の実施例よりも特に安定したストランド強度の発現性を有していた。
【0096】
一方、表2から明らかなように、エステル化合物の合計含有量がアミノ変性シリコーン100質量部に対して400質量部と多い比較例1の場合、油剤付着量は適正な量であり、焼成工程におけるSi飛散量が少なく良好であったが、得られた炭素繊維前駆体アクリル繊維束の集束性や、その製造過程における操業性が各実施例に比べて著しく劣っていた。また、炭素繊維束は、単繊維間の融着数が多く、工業的に連続生産することは困難であった。さらに、ストランド強度が著しく低いうえに、その変動係数も大きく、安定してストランド強度を発現できず、品質安定性に劣っていた。
アミノ変性シリコーン100質量部に対して、エステル化合物の合計含有量が14質量部と少ない比較例2の場合、得られた炭素繊維束は、各実施例と同程度のストランド強度を示したが、焼成工程におけるSi飛散量が極端に多かった。さらに、ストランド強度は他の比較例よりは良好であったが、その値は安定して得られず、連続製造する過程での変動が大きく、品質安定性に劣っていた。
動粘度が12mm
2/s、アミノ当量が430g/molであるアミノ変性シリコーンを用いた比較例3の場合、炭素繊維前駆体アクリル繊維束の集束性や、その製造過程における操業性が各実施例に比べて著しく劣っていた。また、炭素繊維束は、単繊維間の融着数が多く、工業的に連続生産することは困難であった。さらに、実施例2に比べるとSi飛散量が多かった。
【0097】
動粘度が450mm
2/s、アミノ当量が5700g/molであるアミノ変性シリコーンを用いた比較例4の場合、水系乳化溶液が付与された前駆体繊維束を緻密乾燥化する際に、ローラー上に析出したシリコーンの粘性により繊維束がとられ、ローラーに繊維束が巻き付く工程障害が発生した。また、得られた炭素繊維束は、単繊維間に融着がみられた。
エステル化合物として、上記式(2)、(3)のR
1〜R
7が炭素数18のステアリル基であるトリメリット酸エステル、ピロメリット酸エステルを用いた比較例5、および上記式(2)、(3)のR
1〜R
7が炭素数20のエイコシル基であるトリメリット酸エステル、ピロメリット酸エステルを用いた比較例6の場合、炭素繊維前駆体アクリル繊維束の集束性がやや劣っていた。加えて、油剤組成物の粘度が上昇したため、炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造における操業性が著しく低下した。そのため、工業的に連続操業することが困難であった。さらに、ストランド強度の変動係数が大きく、品質安定性に劣り、安定した製品が得られなかった。
非イオン系乳化剤の含有量が、アミノ変性シリコーン100質量部に対して110質量部と多い比較例7の場合、炭素繊維前駆体アクリル繊維束の集束性や、その製造過程における操業性が各実施例に比べて著しく劣っていた。さらに、得られた炭素繊維束は、単繊維間に融着がみられた。