【実施例】
【0023】
本実施例では、ブタ大動脈由来水溶性エラスチンのナノ粒子をγ線照射により作製し、ミニブタの皮膚への浸透実験を行うことにより、本来皮膚への浸透が見られない高分子量タンパク質が皮膚中へ浸透することを示した。
【0024】
[ブタ由来水溶性エラスチンの作製]
1)ブタ由来不溶性エラスチンの単離
以下の手順に従ってブタ大動脈脱脂組織からNaCl可溶及びNaOH可溶の不要タンパク質を抽出した。
【0025】
ブタ大動脈脱脂組織(生体組織)を用い、前処理として付着している脂肪や筋肉などエラスチン含量の低い部分を、刃物などを用いて削ぎ落とすことで不要部分の除去処理を行い、その後、アセトン処理や熱水又は熱希薄アルカリ処理などの脱脂工程を行った。次いで、脱脂した生体組織を、ホモジナイザーを用いてホモジナイズすることで細断処理を行った。ホモジナイズした生体組織を、重量の約10倍容量の1M塩化ナトリウムを加え、室温で1時間攪拌してNaCl可溶の不要タンパク質の除去工程を行った。そして、生体組織とNaCl溶液とを分離した。分離したNaCl溶液を、例えば、ビューレット法にて総タンパク質の定量を行い、NaCl溶液中に含まれる総タンパク質量が0.1mg/mL以下になるまで、この操作を5回繰り返し、その後蒸留水で洗浄し、遠心分離(3000rpm、5分)により水切りした。
【0026】
次いで、脱脂した生体組織の重量に対して約10倍容量(重量1g当たり10ml)の0.1N水酸化ナトリウム水溶液を加え、100℃で15分間攪拌し、コラーゲンやアルカリ可溶の不要タンパク質を除去する工程を行った。そして、生体組織とアルカリ性溶液とを分離した。分離したアルカリ性溶液を、例えば、ビューレット法にて総タンパク質の定量を行い、アルカリ性溶液中に含まれる総タンパク質量が0.1mg/mL以下になるまで、この操作を5回繰返した。その後、酢酸を加えて中和し、遠心分離(5000rpm、20分)により洗浄し、残渣を乾燥して不溶性エラスチンを得た。
【0027】
2)ブタ由来水溶性エラスチンの調製
ブタ由来不溶性エラスチンの乾燥重量の10倍容量の0.5Nの水酸化ナトリウムを加え、100℃で30分撹拌した。反応後、溶液を速やかに氷冷し酢酸で中和した。その後、分子量6,000〜8,000以上を分画する透析膜を用いて1週間透析した。その後、凍結乾燥し比較的高分子量のブタ由来水溶性エラスチンを得た。
【0028】
[水溶性エラスチンの分子量と濁度測定]
得られた水溶性エラスチンについて非還元条件下でSDS-PAGEを行い、分子量分布を調べた。ゲル濃度は15.0%、染色法はCBB、分子量マーカーにはタンパク質分子量マーカー「第一」・IIを用いた。その結果、分子量分画6,000〜8,000カットの透析膜を用いたため、分子量8,000以上の比較的高分子量の水溶性エラスチンが得られた。平均分子量は252kDaであった。
【0029】
水溶性エラスチンを濃度2.2mg/mlに調整後、ペルチェ式温度コントローラー付き分光光度計(JASCO:V-560)を用い窒素気流下で濁度測定を行った。測定条件は、波長400nm、温度範囲5〜65℃、温度上昇速度0.5℃/minとした。その結果、温度上昇に連れて濁度の上昇がみられた。また、25℃付近から40℃付近までシャープな立ち上がりをみせた。その後40℃付近から濁度強度は一定となった。
【0030】
[γ線照射によるナノ粒子の作製]
先ず、150nm前後のナノ粒子を作製するのに最適な、γ線照射時の溶液濃度を検討するため、水溶性エラスチンを10mlバイアル瓶に各濃度(2.0mg/ml、5.0mg/ml、10mg/ml)に調整して、温度上昇速度は20℃/minで加熱し、照射温度は60℃、照射量は10kGyでγ線照射を行った。
【0031】
[粒径測定]
γ線照射によって架橋されたナノ粒子の粒径測定には、NICOMP(Imaging Technology Group、380ZLS)を用い、動的光散乱法(DLS)により行った。各サンプルを3.0mlセルに入れ、セル内の温度を4℃、37℃、60℃に設定し各々8分ずつ測定を行った。γ線を照射した各濃度の水溶性エラスチンの、4℃、37℃、60℃における粒径を表1に示した。照射条件は、照射量10kGy、温度上昇速度20℃/min、照射温度60℃であった。
【0032】
【表1】
【0033】
表1より、2.0mg/ml、10mg/mlの濃度では温度による粒径の変化が大きく、5.0mg/mlの濃度では、どの温度でも100〜150nm程度の粒径を維持しており、今回の目的である150nm前後の粒径を持つナノ粒子を作るのに最適な濃度は、5.0mg/mlであることがわかった。
【0034】
[作製したナノ粒子の収量・収率]
5.0mg/mlに調整した水溶性エラスチン150mlの、γ線照射によって得られたナノ粒子の収量は0.345g、収率は46.0%であった(水溶性エラスチン0.750gを100%としたときの収量と収率)。
【0035】
[ブタ由来水溶性エラスチン及びナノ粒子の
3H標識化]
以下の方法により、水溶性エラスチンから作製したナノ粒子及び水溶性エラスチンの
3H標識化を行った。
【0036】
[
3H標識水溶性エラスチンの作製]
水溶性エラスチン200μgをシリコナイズドエッペンに秤量し、これにTFEを60μl加え、ピリジンを250μl加え、更に、[
3H]無水酢酸をトルエン250μlに放射能が5.0mCiになるよう混合したものを加えた。室温で4時間静置し、次いで、遠心分離で沈殿させ、窒素気流下で溶媒を飛ばした。残渣をTFEに溶解させ、PBS1.0mlを加えたのち、ソニケーターとボルテクスで攪拌し、上記の水溶性エラスチンの
3H標識反応溶液を得た。PBS10ml、2.0mg/10mlの未標識エラスチン500μl、PBS10mlの順番で前処理し、次いで、4℃のPBSをカラム担体が十分冷えるまで流して前処理したSephadex G-25ゲルろ過クロマトグラフィーカラムに、上記の水溶性エラスチンの
3H標識反応溶液を流した。そして、次に、PBS1.0ml、1.0ml、3.0mlを順に流した。
3H標識アセチル−水溶性エラスチン3.0ml(3フラクション×1.0ml)の分画を採取した。得られた
3H標識アセチル-水溶性エラスチンの放射活性は141μCi/mgであった。
【0037】
[
3H標識ナノ粒子の作製]
ナノ粒子200μgをシリコナイズドエッペンに秤量し、これにTFEを60μl加え、ピリジンを250μl加え、更に、[
3H]無水酢酸をトルエン250μlに放射能が5.0mCiになるよう混合して加えた。室温で4時間静置し、遠心分離で沈殿させ、窒素気流下で溶媒を飛ばした。更に、遠心分離(10,000rpm、4℃、10min×3回)で洗浄して、残渣にPBSを500ml加え、遠心分離(10,000rpm、4℃、10min×3回)で洗浄し、残渣にPBSを500μl加えて、
3H標識アセチル−ナノ粒子500μlを得た。得られた
3H標識アセチル−ナノ粒子の放射活性は、9.30μCi/mgであった。
【0038】
[
3H標識水溶性エラスチン及び
3H標識ナノ粒子の放射能]
3H標識アセチル−水溶性エラスチン、及び、
3H標識アセチル−ナノ粒子の放射能を表2に示した。塗布量当たりの放射能で比較した場合、
3H標識アセチル−ナノ粒子の放射能が
3H標識アセチル−水溶性エラスチンの約0.4倍であることがわかった。
【0039】
【表2】
【0040】
[ミニブタ皮膚組織への
3H標識水溶性エラスチン、及び、
3H標識ナノ粒子浸透実験]
ミニブタ皮膚組織を室温で解凍し、5cm
2平方にカット後、70%エタノールを含ませた脱脂綿で皮膚表面を軽く拭き、培養液10mlを入れたディッシュに2枚ずつ浮かべた。ディッシュに浮かべたそれぞれの皮膚上に、
3H標識アセチル−水溶性エラスチン、及び、
3H標識アセチル−ナノ粒子を50μl(各々20μg、3.3μg)ずつ塗布後、37℃の炭酸ガスインキュベーター内に静置した。塗布後0h、9h、24hで、7mmパンチとハンマーを用い、塗布部位を打ち抜き回収した。同様の条件で、サンプルを何も塗布しなかったものをcontrolとして回収した。
【0041】
[ミクロトームによるミニブタ皮膚組織の標本作製]
回収した皮膚サンプルを10%ホルマリンに一晩つけ、流水水洗を5h行った。その後以下の方法により脱水作業を行った。
【0042】
サンプルを順次、70%エタノールに入れ(90min、37℃)、80%エタノールに入れ(90min、37℃)、90%エタノールに入れ(90min、37℃)、100%エタノールに入れ(90min×4、37℃)、100%キシレンに入れ(30min×3、37℃)脱水し、次いで、パラフィンに入れ(45min×3、63℃)、そして、パラフィンバス(PB−150)に入れサンプルを包埋した。
【0043】
無処置の皮膚サンプルについては、SAKURA ETPにより、全自動で同様の作業を行った。また、脱水を終えたサンプルは、Tissue-TekIII(Dispensing Console、Cryo Console)を用いてパラフィン包埋を行った。包埋を行ったサンプルの薄切面を滑らかにし十分に冷やしたのち、ミクロトーム(Reichert-Jung,2030BIOCUT)を用いて、8μmの厚さにサンプルを時間別に3枚ずつ薄切し、水に浮かべてスライドガラスにすくい取り、伸展機でパラフィンを伸ばした。十分に伸ばし乾燥させたのち37℃で一晩静置した。
【0044】
[オートラジオグラフィーによる
3H標識サンプルの確認]
37℃で一晩静置したサンプルを、3層用意した100%キシレンに5minずつ、その後100%、99%、95%、85%、75%エタノールに順次浸け、脱パラフィンを行った。脱パラフィンを終えたサンプル(無処置のものを除く)を、暗室で45℃の乳剤(KODAK Autoradiography Emulsion Type、NTB:蒸留水=1:1)に浸け、軽く乳剤を落としたのち、シリカゲルを入れたケースに横に立てて並べ、蓋を閉めビニルテープと黒ビニル袋で遮光し、4℃で3週間静置した。3週間静置後、サンプルを再び暗室で、室温の現像液(KODAK DEKTOL Developer、貯蔵液:蒸留水=1:1(32〜38℃で混合))に2min、固定用の蒸留水に10min、定着液(KODAK Fixer)に5min全て攪拌しながら浸け、その後流水水洗を20min行った。
【0045】
[ミニブタ皮膚組織標本の染色]
以下の方法により、脱パラフィン又はオートラジオグラフィーまで終えたサンプルの染色を行った。脱パラフィンを終えた無処置の皮膚サンプルは、細胞の核を染めるヘマトキシリン・エオシン(HE)染色、エラスチンを染めるエラスティカ・ワンギーソン(EVG)染色、コラーゲンを染めるマッソン・トリクローム(MT)染色の各染色法で処理し、オートラジオグラフィーを行った皮膚サンプルは、ヘマトキシリン・エオシン(HE)染色のエオシンのみの染色で処理した。
【0046】
[ヘマトキシリン・エオシン(HE)染色]
脱パラフィン化したサンプルを、流水水洗したのち蒸留水に浸け、マイヤー・ヘマトキシリン液を軽くなじませ、その同液に5min浸けた。色出しのための流水水洗を10min行い蒸留水へ浸け、95%エタノールで5倍希釈したエオシンに2min浸け、流水水洗を行った。その後、前記と同様にエタノールとキシレンで脱水してパラフィンに封入した。HE染色した皮膚組織切片の光学顕微鏡(Olympus BX50)写真を
図1の左側に示した。
【0047】
[エラスティカ・ワンギーソン(EVG)染色]
脱パラフィン化したサンプルを、順次、流水水洗したのち蒸留水に浸け、70%エタノールに浸け、レゾルシンフクシンに2〜3h浸け、100%エタノールに浸け、流水水洗後蒸留水に浸け、鉄ヘマトキシリン液(鉄ヘマトキシリン液I:II=1:1)に10min浸け、色出しのための流水水洗を10min行い、蒸留水へ浸け、ワンギーソン液(ワンギーソン液A:B=20:3)に3min浸け、70%エタノールへ入れた。その後、前記と同様に脱水処理をし、パラフィンに封入した。EVG染色した皮膚組織切片の光学顕微鏡(Olympus BX50)写真を
図1の中央に示した。
【0048】
[マッソン・トリクローム(MT)染色]
脱パラフィン化したサンプルを、順次、流水水洗したのち蒸留水に浸け、媒染剤に20min浸け、流水水洗(3min)後蒸留水へ浸け、カラッチヘマトキシリンに1h浸け、流水水洗(10min)を行った。その後、オレンジGに1min浸け、2バット用意した1%酢酸に順次浸け洗い、フクシン・ポンソー液に10min浸け、2バット用意した1%酢酸に順次浸け洗った。更に、リンタングステン酸に10min浸け、2バット用意した1%酢酸に順次浸け洗い、アニリン青に3min浸け、2バット用意した1%酢酸に順次浸け洗い、2バット用意した100%プロパノールに順次浸け洗った。その後、前記と同様に脱水処理をし、パラフィンに封入した。TM染色した光学顕微鏡(Olympus BX50)写真を
図1の右側に示した。
【0049】
[オートラジオグラフィーによる
3H標識サンプルの浸透確認]
3H標識アセチル−水溶性エラスチン、及び、
3H標識アセチル−ナノ粒子の塗布後、オートラジオグラフィーを行ったエオシン染色の皮膚組織切片の光学顕微鏡(Olympus BX50)写真を撮影し、その結果を、それぞれ
図2と
図3に示した。
【0050】
[結果の解析]
HE染色、EVG染色、MT染色の写真(
図1)から、表皮を構成する細胞(HE染色)、エラスチン(EVG染色)、コラーゲン(TM染色)が観察された。また、
3H標識アセチル−水溶性エラスチン塗布後のオートラジオグラフィー(
図2)と、
3H標識アセチル−ナノ粒子塗布後のオートラジオグラフィー(
図3)から、以下のことが分かった。
【0051】
3H標識アセチル−水溶性エラスチンを塗布したミニブタ皮膚組織(
図2)では、
図2中の矢印で示すように、塗布後0hで角質層に沈着し始め、9hにおいてほぼ沈着するものの、24h経過しても皮膚中への浸透は殆ど見られなかった。一方、
3H標識アセチル−ナノ粒子を塗布したミニブタ皮膚組織(
図3)では、
図3中の矢印で示すように、塗布後0hでは
3H標識アセチル−水溶性エラスチンと同様に、角質層に認められたが、塗布後9hにおいて、角質層上のサンプルの減少につれ表皮への浸透が認められ、
3H標識アセチル−水溶性エラスチンとの差が確認できた。また、塗布後24hでは表皮全体及び真皮上層にまで浸透した。更に、塗布量50μl当たりに含まれるエラスチン量は、
3H標識アセチル−水溶性エラスチンが多いにもかかわらず、放射能は
3H標識アセチル−水溶性エラスチンの約0.4倍と放射活性が低いことから、結果以上にナノ粒子が水溶性エラスチンに比べより皮膚へ浸透している可能性が示唆された。
【0052】
これらの結果から、通常皮膚への浸透が見られない水溶性エラスチンを、γ線照射を行いナノ粒子化することによって皮膚内に浸透させることが確認できた。これはエラスチン自体がナノ粒子として皮膚内に浸透し、皮膚内部で吸収されて皮膚の重要な構成成分になると同時に、エラスチンが新たな経皮投与のDDS担体となりうる可能性があることが示唆された。