特許第5720848号(P5720848)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5720848多面体形状のα−アルミナ微粒子の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5720848
(24)【登録日】2015年4月3日
(45)【発行日】2015年5月20日
(54)【発明の名称】多面体形状のα−アルミナ微粒子の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C01F 7/02 20060101AFI20150430BHJP
【FI】
   C01F7/02 D
【請求項の数】5
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2014-502280(P2014-502280)
(86)(22)【出願日】2013年9月27日
(86)【国際出願番号】JP2013076369
(87)【国際公開番号】WO2014051091
(87)【国際公開日】20140403
【審査請求日】2014年1月16日
(31)【優先権主張番号】特願2012-216517(P2012-216517)
(32)【優先日】2012年9月28日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002886
【氏名又は名称】DIC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100126882
【弁理士】
【氏名又は名称】五十嵐 光永
(74)【代理人】
【識別番号】100146879
【弁理士】
【氏名又は名称】三國 修
(72)【発明者】
【氏名】袁 建軍
(72)【発明者】
【氏名】木下 宏司
【審査官】 佐溝 茂良
(56)【参考文献】
【文献】 特開平06−191836(JP,A)
【文献】 特開平07−187663(JP,A)
【文献】 特開2008−127257(JP,A)
【文献】 特開平07−206430(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01F 1/00−17/00
CiNii
WPI
CAplus(STN)
JSTPlus(JDreamIII)
Science Direct
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム化合物を、モリブデン化合物の存在下で焼成して、モリブデン化合物を含有するα−アルミナ微粒子を得る製造方法であって、
前記アルミニウム化合物中のアルミニウムと、前記モリブデン化合物中のモリブデンのモル比が、モリブデン/アルミニウム=0.03〜3.0の範囲で用いるものであることを特徴とする、モリブデン化合物を含有する多面体形状のα−アルミナ微粒子の製造方法。
【請求項2】
更に焼成時の最高温度が900〜1300℃であり、当該最高温度への昇温を1時間〜10時間の範囲で行い、且つ最高温度における保持時間を5分〜5時間の範囲で行うものである請求項1記載の多面体形状のα−アルミナ微粒子の製造方法。
【請求項3】
更に、焼成の雰囲気はハロゲン化水素ガスを含有する雰囲気を除くものである、請求項1または2に記載の多面体形状のα−アルミナ微粒子の製造方法。
【請求項4】
得られるα‐アルミナ微粒子が、粒径50μm以下でα結晶化率が90%以上であり、且つ[001]面以外の結晶面を主結晶面とする六角両錐形以外の多面体形である請求項1〜3のいずれか一項に記載の多面体形状のα−アルミナ微粒子の製造方法。
【請求項5】
アルミニウム化合物をモリブデン化合物の存在下で焼成し、モリブデン酸アルミニウムを形成する工程と、
該モリブデン酸アルミニウムを分解し、酸化モリブデンとα−アルミナとを得る工程と、を有することを特徴とする、モリブデン化合物を含有する多面体形状のα−アルミナ微粒子の製造方法であって、前記アルミニウム化合物中のアルミニウムと、前記モリブデン化合物中のモリブデンのモル比が、モリブデン/アルミニウム=0.03〜3.0の範囲で用いるものである、モリブデン化合物を含有する多面体形状のα−アルミナ微粒子の製造方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム化合物を前駆体として用い、それらをモリブデン化合物やバナジウム化合物等の金属化合物の存在下に焼成する事で得られる、粒子形状が均整であって略球状のα−アルミナ微粒子の製造方法と当該製法で得られる多面体α−アルミナ微粒子に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミナは耐磨耗性などの機械的強度、化学的安定性、熱伝導性、耐熱性などに優れているため多くの用途があり、研磨剤、電子材料、放熱フィラー、光学材料、生体材料などの幅広い領域で利用されている。特に、フィラー用途には、化学的、物理的に安定性の高いα結晶の含有量が高く、機器等を磨耗しない球状に近いものが求められており、さらに、アルミナの放熱性を期待する用途では、熱伝導率の高いα結晶化率の高いアルミナでかつ樹脂への高充填を実現するために、粒子の形状が球状に近いものが求められている。
【0003】
α−アルミナの一般的且つ最も安価な製造方法はボーキサイトを原料とするバイヤー法である。バイヤー法においては、原料のボーキサイトから水酸化アルミニウム(ギブサイト)又は遷移アルミナを製造し、ついで、これらを大気中で焼成する事により、α−アルミナ粉末が製造されている。しかしながら、バイヤー法で得られるα−アルミナは不定形の粒子凝集体であり、粒子形状や粒径を制御する事は困難であった。
【0004】
このような背景から、α結晶であり、粒子形状や粒径を制御できるアルミナ合成が注目されている。例えば、水酸化アルミニウム又は遷移アルミナに融点800℃以下のフッ素系フラックスを鉱化剤として添加し、高温焼成することにより、平均粒径2〜20μmであり、[001]面の発達した六角板状のα−アルミナを製造する方法が開示されている(例えば、特許文献1参照)。しかし、この方法では、粒子形状が全て六角板状であるために、優れた研磨性や樹脂への高充填性などを達成し難いという問題がある。
【0005】
球に近いα−アルミナ多面体を合成するために、これまでにも幾つか提案がなされてきた。例えば、アンモニウムを含むホウ素及ぶホウ素系化合物を鉱化剤として用い、バイヤー法で得られた水酸化アルミニウム(ギブサイト)を1200℃以上で焼成する事により、平均粒径1〜10μm、結晶学上C軸に垂直な径DとC軸に平行な高さHとの比(D/H比)が1に近いα−アルミナ粉末を製造する方法が開示されている(例えば、特許文献2参照)。また、ハロゲンガスを雰囲気ガスとして用い、遷移アルミナ及び/又は熱処理により遷移アルミナとなるアルミナ原料を1100℃で焼成する事により、平均粒径0.1−30μm、前記したD/H比が0.5−3の範囲内であるα−アルミナ多面体単結晶粒子を製造する方法が記載されている(例えば、特許文献3参照)。更に、アルミナ原料にフッ素化合物またはフッ素化合物及びホウ素化合物を少量で添加し、得られた混合物を1100℃以上の高温で焼成する事により、平均粒径が0.5〜6μmであり、D/H比が1−3の範囲内であるα−アルミナ多面体を製造する方法が開示されている(例えば、特許文献4参照)。しかしながら、これら特許文献で提供された何れの方法においても、α−アルミナ多面体の製造は[001]面の結晶成長を大幅に抑制できず、球に近い形状形成は理論的にも、実験的にも困難である。
【0006】
多面体α−アルミナ結晶の[001]面の成長を完全に抑制するために、酸化モリブデン(MoO)をフラックス剤として用い、高温焼成する事により、[113]面だけを有する六角両錐形のルビー結晶体形成が報告されている(例えば、非特許文献1参照)。前記非特許文献1は、酸化モリブデンがルビー結晶の[113]面に選択的に吸着し、結晶成分は[113]面に供給されにくくなり、[001]面の出現を完全に抑制できるとするものである。また、特許文献5には、酸化モリブデンとアルミナとほかの助剤との混合物(95%酸化モリブデン含有)を1100℃で焼成する事で、粒径が1mm〜3mmである六角両錐形人工コランダム結晶体を製造する方法が開示されている。
【0007】
しかしながら、これらの方法では、研磨剤や樹脂フィラーとして、幅広い分野で使用され得る球に近く、粒子径が100μm以下のα−アルミナ多面体を製造することが依然として困難である。また、フラックス剤として酸化モリブデンを大量に使用する事から、環境面やコストの面でも問題がある。今までのα−アルミナ合成技術では、[001]面以外の結晶面を主結晶面とし、六角両錐形以外の多面体形状の微粒子を主成分とするα−アルミナ微粒子は合成されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平3−131517号公報
【特許文献2】特開昭59−97528号公報
【特許文献3】特開平7−187663号公報
【特許文献4】特開2008−127257号公報
【特許文献5】WO2005/054550号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Oishi et al.,J.Am.Chem.Soc.,2004,126,4768−4769
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記実情を鑑み、本発明が解決しようとする課題は、今までに提供されていない略球状のアルミナ微粒子を提供することであり、詳しくは、[001]面以外の結晶面を主結晶面とし、六角両錐形以外の多面体形状の微粒子を主成分とするα−アルミナ微粒子の簡便且つ効率的な製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、アルミニウム化合物を前駆体として用い、それをモリブデン化合物及び/又はバナジウム化合物等の金属化合物の存在下で焼成すると、当該金属化合物がアルミニウム化合物に作用し、比較的低温で、球状に近い多面体のα−アルミナ微粒子を形成すると共に、モリブデン化合物及び/又はバナジウム化合物等の金属化合物を焼成してなる金属酸化物は昇華して除去できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
即ち本発明は、粒径50μm以下でα結晶化率が90%以上であり、且つ[001]面以外の結晶面を主結晶面とする六角両錐形以外の多面体形状であり、モリブデン化合物を含有することを特徴とするα−アルミナ微粒子、および、アルミニウム化合物を、モリブデン化合物の存在下で焼成して、モリブデン化合物を含有するα−アルミナ微粒子を得る製造方法であって、前記アルミニウム化合物中のアルミニウムと、前記モリブデン化合物中のモリブデンのモル比が、アルミニウム/モリブデン=0.03〜3.0の範囲で用いることを特徴とする製造方法、特には焼成時の最高温度が900〜1300℃であり、当該焼成最高温度への昇温を1時間〜10時間の範囲で行い、且つ焼成温度における保持時間を5分〜5時間の範囲で行うものであることを特徴とする、モリブデン化合物を含有する多面体形状のα−アルミナ微粒子の製造方法を提供するものである。また、本発明は、アルミニウム化合物をモリブデン化合物の存在下で焼成し、モリブデン酸アルミニウムを形成する工程と、該モリブデン酸アルミニウムを分解し、酸化モリブデンとα−アルミナとを得る工程と、を有することを特徴とする、モリブデン化合物を含有する多面体形状のα−アルミナ微粒子の製造方法であって、前記アルミニウム化合物中のアルミニウムと、前記モリブデン化合物中のモリブデンのモル比が、モリブデン/アルミニウム=0.03〜3.0の範囲で用いるものである、モリブデン化合物を含有する多面体形状のα−アルミナ微粒子の製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明のα−アルミナ微粒子は、任意形状のアルミニウム化合物を前駆体として用い、モリブデン化合物及び/又はバナジウム化合物等の金属化合物の存在下に焼成することで得られるものであり、粒径が均整であって、[001]面以外の結晶面を主結晶面とする多面体のα−アルミナである。前駆体として用いるアルミニウム化合物と、モリブデン化合物及び/又はバナジウム化合物等の金属化合物との配合比、当該金属化合物の種類や焼成温度、焼成時間や前駆体であるアルミニウム化合物の比表面積や粒子径や形状などを調節することで、得られる多面体α−アルミナ微粒子の形状や粒子径などを制御することができる。さらに、多面体アルミナ結晶のα結晶化率が100%のものも得られ、[001]面以外の結晶面が発達していることにより、球に近い形状のものである。従って、本発明のα−アルミナ微粒子は樹脂フィラー、研磨剤への応用をはじめ、触媒、フォトニックス材料など、産業上幅広い分野への応用展開が可能である。また、本発明の製造方法は、固体粉末同士を焼成するだけでの簡便な工程であり、溶剤や廃液の排出、高価な設備、複雑のプロセス、後処理などがなく、環境負荷を伴わない簡便な製造方法である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】実施例1で得たα−アルミナ微粒子の走査型電子顕微鏡写真である。
図2】実施例1で得たα−アルミナ微粒子のXRDチャートである。
図3】実施例2で得たα−アルミナ微粒子の走査型電子顕微鏡写真である。
図4】実施例3で得たα−アルミナ微粒子の走査型電子顕微鏡写真である。
図5】実施例5で得たα−アルミナ微粒子の走査型電子顕微鏡写真である。
図6】実施例6で得たα−アルミナ微粒子の走査型電子顕微鏡写真である。
図7】実施例7で得たα−アルミナ微粒子の走査型電子顕微鏡写真である。
図8】実施例8で得たα−アルミナ微粒子の走査型電子顕微鏡写真である。
図9】比較例1で得たγ−アルミナ(a)と前体γ−アルミナ(b)の走査型電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
α−アルミナの結晶構造は稠密六方格子であり、熱力学的に最も安定的な結晶構造は[001]面の発達した板状である。これまでのα−アルミナの工業的あるいは研究室的な製造方法は、板状或いは[001]を主結晶面とする多面体の製造方法である。そのため、今までの製造方法では、[001]面以外の結晶面を主結晶面とし、粒径50μm以下且つα結晶化率が100%であり、球に近いα−アルミナ微粒子の製造は不可能であった。本発明は、安価なアルミニウム化合物を前駆体原料とし、モリブデン化合物及び/又はバナジウム化合物等の金属化合物の存在下に焼成する事で、モリブデン化合物及び/又はバナジウム化合物等の金属化合物がα−アルミナの[113]面に選択的に吸着し、結晶成分は[113]面に供給されにくくなり、[001]面の発達を抑制する事を利用し、比較的に低い温度下に少量のモリブデン化合物及び/またはバナジウム化合物等の金属化合物が触媒として作用する事で、[001]面以外の結晶面を主結晶面とし、粒径50μm以下で且つα結晶化率が高く、球に近いα−アルミナ微粒子を製造できることを見出したものである。なお、本発明におけるα−アルミナ微粒子は、昇華しきれずにアルミナ表面或いは内部に酸化モリブデンあるいは酸化バナジウム等の、金属化合物に由来する金属酸化物が、少量存在してもよい。
【0016】
[アルミニウム化合物]
本発明において原料として使用するアルミニウム化合物(以下、前駆体と称することがある。)としては、熱処理によりアルミナになるものであれば特に限定されず、例えば、塩化アルミニウム、硫酸アルミニウム、塩基性酢酸アルミニウム、水酸化アルミニウム、擬ベーマイト、遷移アルミナ(γ−アルミナ、δ−アルミナ、θ−アルミナなど)、α−アルミナ、二種以上の結晶相を有する混合アルミナなどが使用でき、これら前駆体としてのアルミニウム化合物の形状、粒子径、比表面積等の物理形態については、特に限定されるものではない。
【0017】
焼成後の形状は、前駆体のアルミニウム化合物の形状が殆ど反映されていないため、例えば、球状、無定形、アスペクトのある構造体(ワイヤ、ファイバー、リボン、チューブなど)、シートなどのいずれであっても好適に用いることができる。
【0018】
同様に粒子径についても、前体のアルミニウム化合物の粒子径は殆ど反映されないため、数nmから数百μmまでのアルミニウム化合物の固体を好適に用いることができる。
【0019】
前駆体アルミニウム化合物の比表面積も特に限定されるものではない。比表面積が大きくなれば、多くのモリブデン化合物及び/又はバナジウム化合物を用いる方が収率の観点からは好ましいものであるが、モリブデン化合物及び/又はバナジウム化合物の使用量を調整する事で、いずれの比表面積のものでも原料として使用することができる。
【0020】
また、前体アルミニウム化合物は、アルミニウム化合物のみからなるものであっても、アルミニウム化合物と有機化合物との複合体であってもよい。例えば、有機シランを用いて、アルミナを修飾して得られる有機/無機複合体、ポリマーを吸着したアルミニウム化合物複合体などであっても好適に用いることができる。これらの複合体を用いる場合、有機化合物の含有率としては、特に制限はないが、球に近いα−アルミナ微粒子を効率的に製造できる観点より、当該含有率は60質量%以下であることが好ましく、30質量%以下であることがより好ましい。
【0021】
[金属化合物]
本発明において、球に近いα−アルミナ微粒子を得る為には、[001]面の発達の抑制をすることが必要であり、この機能を発現する化合物として、金属化合物を用いることを必須とするものであり、特にこの機能が良好に作用する点からモリブデン化合物、バナジウム化合物を用いることが好ましい。
【0022】
モリブデン化合物としては、酸化モリブデンであっても、モリブデン金属が酸素と結合してなる酸根アニオン(MOn−;以下、Mは金属を表す)を含有する化合物であっても良い。同じく、バナジウム化合物としては、酸化バナジウムであっても、バナジウム金属が酸素と結合してなる酸根アニオン(MOn−)を含有する化合物であっても良い。
【0023】
前記モリブデン金属が酸素と結合してなる酸根アニオン(MOn−)を含有する化合物としては、高温焼成によって酸化モリブデンに転化することができれば、特に限定しない。例えば、モリブデン酸、HPMo1240、HSiMo1240、NHMo12などを好適に用いることができる。同じく前記バナジウム金属が酸素と結合してなる酸根アニオン(MOn−)を含有する化合物としては、例えば、KVO、NaVO、NHVOなどを好適に用いることができる。これらの中でも、コストの面を考えた場合は、酸化モリブデンあるいは酸化バナジウムを用いることが好ましい。また、酸化バナジウムは酸化モリブデンと比較して毒性が高いため、酸化モリブデンを用いることがより好ましい。
【0024】
[焼成]
本発明の製造方法では、モリブデン化合物及び/又はバナジウム化合物等の金属酸化物の存在下で、前駆体のアルミニウム化合物を焼成することで、[001]面以外の面を主結晶面とし、球に近いα結晶化率がほぼ100%である多面体のα−アルミナ微粒子を形成することを特徴とするものである。この焼成については、焼成温度が700℃を超えると、前駆体のアルミニウム化合物と、モリブデン化合物やバナジウム化合物等とが反応して、モリブデン酸アルミニウム(Al(MoO)あるいはバナジウム酸アルミニウム(AlVO)等を形成する。さらに焼成温度が900℃以上になると、モリブデン酸アルミニウム(Al(MoO)、バナジウム酸アルミニウム(AlVO)等が分解し、形成した酸化モリブデン、酸化バナジウム等の金属酸化物がα−アルミナの[113]面に選択的に吸着し、[001]面の発達を効率的に抑制する働きをする。
【0025】
上記の焼成反応におけるアルミニウム化合物とモリブデン化合物、バナジウム化合物等の金属化合物の使用量としては、α結晶化率の高いアルミナを得ることと、六角両錐形への結晶成長を抑制し、略球状の粒子を効率よく得られる点の観点から、そのアルミニウム化合物中のアルミニウムに対する金属酸化物中の金属のモル比が0.03〜3.0の範囲であることが好ましく、さらに好ましくは、0.08〜0.7の範囲である。
【0026】
また、焼成する時の前駆体であるアルミニウム化合物と、金属化合物との状態は特に限定されず、金属化合物がアルミニウム化合物に作用できる同一の空間に存在すれば良い。具体的には、両者が混ざっていない状態であっても、粉体を混ぜ合わせる簡便な混合、粉砕機等を用いた機械的な混合、乳鉢等を用いた混合であっても良く、乾式状態、湿式状態での混合であっても良い。
【0027】
又、焼成の温度については、最高温度がモリブデン酸アルミニウム(Al(MoO)又はバナジウム酸アルミニウム(AlVO)等の金属酸化物の分解温度以上であれば良く、具体的には最高温度が900〜1300℃の範囲であれば良い。特に球に近く、α結晶化率が90%以上、特に100%のアルミナ微粒子の形成を効率的に行うには、950〜1100℃の最高温度での焼成がより好ましく、970〜1050℃の範囲の最高温度での焼成が最も好ましい。
【0028】
焼成の時間については、所定最高温度への昇温時間を1時間〜10時間の範囲で行い、且つ焼成最高温度における保持時間を5分〜5時間の範囲で行うことが好ましい。α−アルミナ微粒子の形成を効率的に行うには、10分〜3時間程度の時間の焼成保持時間であることがより好ましい。
【0029】
焼成の雰囲気としては特に限定されず、例えば、空気や酸素の雰囲気や窒素やアルゴンなどの不活性雰囲気下で焼成できるが、コストの面を考慮した場合は空気雰囲気がより好ましい。
【0030】
焼成するための装置としても必ずしも限定されず、いわゆる焼成炉を用いることができる。焼成炉は昇華した酸化モリブデン、酸化バナジウムと反応しない材質で構成されていることが好ましく、さらに酸化モリブデン、酸化バナジウム等の金属酸化物を効率的に利用するように、密閉性の高い焼成炉を用いる事が好ましい。
【0031】
[α−アルミナ微粒子]
本発明の製造方法で得られるα−アルミナ微粒子の、形状、サイズ、比表面積等は、前駆体であるアルミニウム化合物と、モリブデン化合物、バナジウム化合物等の用いる金属化合物の種類、使用割合、焼成温度、焼成時間を選択することにより、制御することができる。本発明のα−アルミナは、金属化合物を用いる事から、[001]面以外の結晶面を主結晶面とし、球に近い多面体形状であり、α−結晶のα−アルミナであり、その結晶面は8面以上の多面体を主成分とする微粒子が好適に得られる。[001]面以外の結晶面を主結晶面とするということは、当該[001]面の面積が微粒子の全体の面積に対して、20%以下であるということである。
【0032】
本発明で得られるα−アルミナ微粒子の形状は実質上に球に近い多面体であり、一次粒子に対して、破砕面を多く含み、最も大きな平坦面の面積は構造体の面積の8分の1以下であり、特に最も大きな平坦面の面積は構造体の面積の16分の1以下のものが好適に得られる。例えば、焼成時間を短くする事で、構造体の平坦面が小さくし、球に近い多面体であるα−アルミナ微粒子を形成する事ができる。
【0033】
本発明で得られるα−アルミナ微粒子のサイズは特に限定されないが、フィラーとしての利用では、0.2〜100μmの範囲であり、特に0.5〜50μmの範囲のものが好適に得られる。例えば、粒径の小さい無定形α−アルミナ(<200nm)を前駆体として用いると、粒径が500nm以下の球に近い多面体α−アルミナ微粒子を形成できる。γ−アルミナを前駆体として用いる場合は、前駆体の比表面積、又はモリブデン化合物、バナジウム化合物等の金属化合物の使用割合を高くすると、得られるα−アルミナ微粒子の一次粒子径サイズを大きくすることができる。
【0034】
前駆体として用いるアルミニウム化合物と、得られるα−アルミナ微粒子との比表面積を比較すると、焼成によって大幅に低減していることがわかる。前体アルミニウム化合物の性状と焼成条件にもよるが、得られるα−アルミナの比表面積は0.0001〜50m/gの範囲であり、0.001〜10m/gの範囲のものが好適に得られる。
【0035】
高温での焼成処理により、用いたモリブデン化合物、バナジウム化合物等の金属化合物の殆どは昇華し、α−アルミナを主成分とするアルミナ微粒子を形成する。しかし、昇華しきれないモリブデン化合物、バナジウム化合物等の金属化合物は、酸化モリブデンあるいは酸化バナジウム等の金属酸化物として得られるアルミナ微粒子中に含まれることがある。それらの含有率は10質量%以下であり、特に十分な焼成時間と焼成温度により、それらの含有率を1質量%以下にすることができる。
【0036】
α−アルミナ微粒子中の酸化モリブデンまたは酸化バナジウム等の金属酸化物は、アルミナ微粒子の外表面と内部とに存在している。これらの酸化物は、さらに高温で焼成する事で、除去することができる。また、表面にある酸化物は、アンモニア水溶液又は水酸化ナトリウム水溶液で洗浄することで、除去することもできる。
【0037】
酸化モリブデン、酸化バナジウム等の金属酸化物は高温時にα−アルミナの[113]面に選択的に吸着し、[001]面の発達を効率的に抑制することで、[001]面以外の結晶面を主結晶面としたα−アルミナを形成させることに寄与するものであり、得られるα−アルミナ微粒子の形状はSEM観察により確認できる。酸化モリブデン又は酸化バナジウム等の金属酸化物を触媒とした焼成処理により得られるα−アルミナ微粒子は、通常の方法で得られる板状のα−アルミナ、または[001]面を主結晶面とする多面体とは異なり、[001]結晶面成長は効率的に抑制され、均整で球に近い多面体のα−アルミナ微粒子である。
【0038】
このような構造、形状を有することにより、本発明のα−アルミナ微粒子は、樹脂フィラーとして好適に利用できる。即ち、通常の方法で得られる板状あるいは[001]面が多くの面積を占める板状に近いα−アルミナは樹脂に対して、高充填する事は困難である。これに対して、本発明によるα−アルミナ微粒子は、α結晶化率が90%以上、特には100%であること、球に近い形状を持っていることにより、樹脂に対する充填性が高く、放熱フィラーとして期待できるものである。
【0039】
その際、本発明のα−アルミナ微粒子はそのままの状態でフィラーとして使用することができるが、本発明の効果を損なわない範囲で更に種々の表面処理等を行って使用してもよい。
【実施例】
【0040】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、特に断わりがない限り、「%」は「質量%」を表わす。なお、実施例4及び10は参考例である。
【0041】
[走査電子顕微鏡(SEM)によるα−アルミナ微粒子の形状分析]
試料を両面テープにてサンプル支持台に固定し、それをキーエンス製表面観察装置VE−9800にて観察した。
【0042】
[STEM−EDSによるα−アルミナの組成分析]
断面として作製された試料を炭素蒸着された銅グリッドに乗せ、それを株式会社トプコン、ノーランインスツルメント社製EM−002B、VOYAGER M3055高分解能電子顕微鏡にて組成分析を行った。
【0043】
[X線回折(XRD)法による分析]
作製した試料を測定試料用ホルダーにのせ、それを理学社製広角X線回折装置[Rint−Ultma]にセットし、Cu/Kα線、40kV/30mA、スキャンスピード1.0°/分、走査範囲5〜80°の条件で測定を行った。
【0044】
[BETによるα−アルミナの比表面積測定]
比表面積はマイクロメリティクス社製Tris star 3000型装置にて、窒素ガス吸着/脱着法で測定した。また、ポアサイズ分布はポア体積分率対ポアサイズのプロットから見積もった。
【0045】
27Al−NMR測定によるα−アルミナ構造体の化学結合評価]
日本電子JNM-ECA600を用いて固体27Al single pulse non−decoupling CNMR測定を行った。ケミカルシフトは装置の自動リファレンス設定で決定した。
【0046】
[蛍光X線によるα−アルミナ微粒子の組成分析]
試料約100mgをろ紙にとり、PPフィルムをかぶせて蛍光X線測定(ZSX100e/理学電機工業株式会社)を行った。
【0047】
[焼成]
焼成は、株式会社アサヒ理化製作所製、AMF−2P型温度コントローラ付きセラミック電気炉ARF−100K型焼成炉装置にて行った。
【0048】
実施例1<γ−アルミナから多面体α−アルミナ微粒子の製造>
γ−アルミナ(和光純薬工業株式会社製、活性アルミナ、平均粒径45μm、BET比表面積137m/g)の8gと酸化モリブデン(和光純薬工業株式会社製)2gとを乳鉢で混合し、前体γ−アルミナと酸化モリブデンとの混合物10gを得た。得られた混合物を電気炉にて1000℃で1時間焼成した。酸化モリブデンの殆どが昇華し、7.6gの粉末を得た。SEM観察により、得られた粉末は[001]面以外の結晶面を主結晶面とし、[001]面よりも大きな面積である結晶面を持つ、粒径が2〜3μmの多面体であることを確認した(図1)。
【0049】
前記で得られた粉末を用いてXRD測定を行ったところ、α−アルミナに由来する鋭い散乱ピークが表れ、α結晶構造の以外の結晶系ピークは観察されなかった(図2)。また、固体27Al NMR測定により、15ppmから19ppmまでの範囲内にα結晶の6配位アルミニウム由来のピークしか観察されなかった。これらは、α結晶化率100%のα−アルミナが形成している事を示唆している。
【0050】
また、BET測定により、前駆体γ−アルミナの比表面積が137m/gであるのに対して、前記で得られた焼成後の粉末のBET比表面積は約0.37m/gであることが分かった。これは粉末が緻密な結晶構造であることを示している。
【0051】
また、得られた粉末中に残存している酸化モリブデンの分析を行った。STEM−EDS分析により、酸化モリブデンがα−アルミナ結晶体の内部と表面に同時に存在していることが分かった。さらに、蛍光X線定量評価データから、粉末の中の酸化モリブデンの量は1.6質量%であることを確認した。
【0052】
実施例2<γ−アルミナから多面体α−アルミナ微粒子の製造>
実施例1で作製した前駆体γ−アルミナと酸化モリブデンとの混合物の1gを1000℃で5分間焼成し、収量が0.80gの粉末を得た。SEM観察により、得られた粉末における表面には、発達した平坦な結晶面は非常に少なく、曲面に近い結晶面を持ち、粒径が2〜5μmの多面体である事を確認した(図3)。さらに、XRD測定により、α結晶化率が100%である事を確認した。
【0053】
実施例3<γ−アルミナから多面体α−アルミナ微粒子の製造>
γ−アルミナ(STREM CHEMICALS社製、平均粒子径40〜70μm,BET比表面積206m/g)の0.5gと酸化モリブデン(和光純薬工業株式会社製)の0.5gとを乳鉢で混合した。得られた混合物を1000℃で1時間焼成し、粉末を得た。SEM観察により、得られた粉末は[001]面以外の結晶面を主結晶面とし、[001]面よりも大きな面積である結晶面を持つ粒径が20〜23μmの多面体である事を確認した(図4)。さらに、XRD測定により、α結晶化率が100%である事を確認した。
【0054】
実施例4<α−アルミナ表面の酸化モリブデンの除去>
実施例1で得られた粉末の0.2gを10%アンモニア水の5mLに分散し、分散溶液を室温(25〜30℃)で3時間攪拌後、ろ過によりアンモニア水を除き、水洗浄と乾燥を行う事で、0.19gの粉末を得た。得られた粉末のXPS測定を行った結果、試料表面に酸化モリブデンが検出されなかった。これはアンモニア洗浄により、α−アルミナ微粒子表面に存在していた酸化モリブデンが完全に除去されたことを示している。
【0055】
実施例5<α−アルミナから多面体α−アルミナ微粒子の製造>
α−アルミナ(和光純薬工業株式会社製、一次粒径200−500nm、α結晶化率100%)の0.24gと酸化モリブデン(和光純薬工業株式会社製)の0.06gとを乳鉢で混合した。得られた混合物を1000℃で1時間焼成し、粉末を得た。SEM観察により、得られた粉末の一次粒子は球に近い多面体形状、粒径が0.5〜1μmの微粒子であり(図5)、XRD測定によりα結晶化率の100%からなるα−アルミナであることを確認した。
【0056】
実施例6<水酸化アルミニウムから多面体α−アルミナ微粒子の製造>
水酸化アルミニウム(和光純薬工業株式会社製、平均粒径0.2〜1.0μm)の0.24gと酸化モリブデン(和光純薬工業株式会社製)の0.06gとを乳鉢で混合した。得られた混合物を1000℃で1時間焼成し、粉末0.16gを得た。SEM観察により、得られた粉末は[001]面以外の結晶面を主結晶面とし、[001]面よりも大きな面積である結晶面を持つ粒径が2〜3μmの多面体である事を確認した(図6)。さらに、XRD測定でα結晶化率が100%であるα−アルミナであることを確認した。
【0057】
実施例7<塩化アルミニウムから多面体α−アルミナ微粒子の製造>
塩化アルミニウム(III)六水和物(和光純薬工業株式会社製)の0.8gと酸化モリブデン(和光純薬工業株式会社製)の0.2gとを乳鉢で混合した。得られた混合物を1000℃で1時間焼成し、粉末を得た。SEM観察により、得られた粉末は[001]面以外の結晶面を主結晶面とし、[001]面よりも大きな面積である結晶面を持つ粒径が2〜10μmの多面体である事を確認した(図7)。さらに、XRD測定により、α結晶化率が100%であるα−アルミナであることを確認した。
【0058】
実施例8<γ−アルミナから多面体α−アルミナ微粒子の製造>
酸化モリブデン(和光純薬工業株式会社製)の0.1gを坩堝のふたの中心に置き、次に、γ−アルミナ(和光純薬工業株式会社製、活性アルミナ、平均粒径45μm、BET比表面積137m2/g)の0.4gを酸化モリブデンに触れない様に、その周りに配置した。そこに坩堝をかぶせ、通常とは逆の逆さに向けた状態で、1000℃で1時間焼成した。酸化モリブデンが殆ど昇華し、0.37gの粉末を得た。SEM観察により、得られた粉末は[001]面以外の結晶面を主結晶面とし、[001]面よりも大きな面積である結晶面を持つ粒径が2〜6μmの多面体であることを確認した(図8)。
【0059】
比較例1<γ−アルミナのみの焼成>
γ−アルミナ(和光純薬工業株式会社製、活性アルミナ、平均粒径45μm、BET比表面積137m/g)の0.2gを用いて、実施例1と同様の条件で焼成を行った。SEM観察により、焼成後に得られた粉末の形状(図9(a))は、焼成前のアルミナの形状(図9(b))から変化は見られなかった。また、XRD測定により、焼成後に得られた粉末が、焼成前と同じくγ結晶であることを確認した。触媒として機能をする酸化モリブデンが存在しないために、[001]面以外の結晶面を主結晶面とした、球に近い多面体α−アルミナは形成されないことが確認できた。
【0060】
実施例9<γ−アルミナからの多面体α−アルミナ微粒子の製造>
モリブデン酸アンモニウムの4水和物(和光純薬工業株式会社製)の0.1gとγ−アルミナ(和光純薬工業株式会社製、活性アルミナ、平均粒径45μm、BET比表面積137m/g)の0.4gを乳鉢で混合した。得られた混合物を1000℃で1時間焼成し、粉末を得た。SEM観察により、得られた粉末は[001]面以外の結晶面を主結晶面とし、[001]面よりも大きな面積である結晶面を持つ粒径が2〜5μmである多面体であることを確認した。さらに、XRD測定により、α結晶化率が100%であるα−アルミナであることを確認した。
【0061】
実施例10<γ−アルミナから多面体α−アルミナ微粒子の製造>
γ−アルミナ(和光純薬工業株式会社製、活性アルミナ、平均粒径45μm、BET比表面積137m/g)0.4gとメタバナジウム酸アンモニウムの0.1gとを乳鉢で混合した。得られた混合物を1000℃で3時間焼成することで、粉末0.42gを得た。SEM観察により、得られた粉末は[001]面以外の結晶面を主結晶面とし、[001]面よりも大きな面積である結晶面を持つ粒径が1〜3μmである球に近い多面体であることを確認した。さらに、XRD測定により、α結晶化率が100%であるα−アルミナであることを確認した。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9