【実施例1】
【0033】
以下の6つのプロセスにより、日本バルカー工業製のPTFEシート(50mm×50mm)表面に無電解銅めっきを行った。(第1工程)大気圧プラズマ処理によるPTFEシート表面への過酸化物ラジカル基の導入、(第2工程)ポリ4−ビニルピリジン(poly(4-vinylpyridine):P4VP)のグラフト化、(第3工程)未反応のP4VPの洗浄除去、(第4工程)酢酸銅(II)薄膜の作製、(第5工程)大気圧プラズマ処理を用いた酢酸銅(II)の還元による銅ナノ粒子の形成と担持及びサイズの調製、(第6工程)無電解銅めっきの各工程である。
【0034】
本発明で使用した容量結合型大気圧プラズマ処理装置の概念図を
図2に示す。本装置は、13.56MHz高周波電源10、マッチングユニット11、チャンバー12、真空排気系13、電極14、電極昇降機構15、走査ステージ16、走査ステージ制御部から構成されている。前記電極14は
図2(b)に示すように、棒状形状になっており、直径3mmの銅ロッド17に内径3mm、外径5mmのアルミナパイプ18を被覆した構造である。走査ステージ16上に設置したアルミ合金製試料ホルダー19(20mm×50mm)との間にプラズマを発生させた。これにより、誘電体バリア放電条件下でのグロー放電を実現している。電極間距離は2.5mmに設定した。チャンバー12内を10Paまで真空排気した後、Heガスを大気圧になるまで流入し、投入電力を15Wの条件で大気圧プラズマを発生させた。走査ステージを0.7mm/sの速度で走査しながら、プラズマ処理を行った。このとき、マッチングユニット11を利用して反射電力が0Wになることを確認した。ここで、大気圧プラズマの発生に用いることができるガスは、空気、希ガス、ハロゲン系ガス、アンモニア、酸素等であるが、本実施形態ではヘリウムガスを用いた。
【0035】
プラズマ照射時間は、走査ステージ16の走査速度を制御して基板表面に対するプラズマ発生領域の滞在時間で制御する。走査ステージの移動速度は0.7mm/sで固定した。走査ステージが静止した状態でのプラズマ処理において、親水化した領域は棒状電極の中心の直下から前後に5mmずつ、10mmの領域であった。このことから、上記の走査速度においては、1passにつき15秒のプラズマ処理がおこなわれる。プラズマ処理時間の増減はpass回数を変化させることにより行った。
【0036】
また、PTFE基板の濡れ性評価は、超純水に対する静的接触角を静適法により、接触角計(協和界面科学、DropMaster300)を用いて測定した。超純水がPTFE表面に接触して5秒後の接触角を測定した。また、プラズマ処理後のPTFE基板をX線光電子分光法(X-ray Photoelectron Spectroscopy, XPS)による化学構造解析を行った。XPS測定装置はULVAC-PHI製PHI Quantum 2000を用いた。また、走査型電子顕微鏡(SEM)及び原子間力顕微鏡(AFM)による表面形状観察を行った。
【0037】
以下、各処理工程毎に説明する。
(第1工程)
先ず、PTFEシート表面を、アセトン、超純水中でそれぞれ30秒超音波洗浄を行った。それから、15Wの電力を電極間に投入し、大気圧下において誘電体バリア放電を15秒間行った。大気圧プラズマ処理の後のPTFEシート表面の水に対する静的接触角の値は40°を示した。参考のため、
図3にPTFEシート表面を投入電力15Wでプラズマ処理したときの、処理時間に対する水の静的接触角の変化を示す。初期状態では120°程度であった接触角が、15秒のプラズマ処理後40°程度まで減少することが分かった。それ以上処理時間を長くしても接触角は40°程度で一定であった。
【0038】
それから、プラズマ処理後、大気中に1分程度曝すことにより、PTFE表面に過酸化物基の導入を行った。
図4に未処理(大気圧プラズマ処理をしない)及び親水化処理(大気圧プラズマ処理後に大気に曝す)PTFEシートのXPSの測定におけるC1sスペクトルを示す。未処理PTFEシートについて、292.4eVに−CF
2に由来するメインピークが、284.5eV付近にそのサテライトピークが観察された。一方、親水化処理PTFEシートは、−CF
2に由来するピーク強度が減少しており、−C=O(288.5eV)、−C−O(286.2eV)、−C=C−や−CH
2(284.6eV)などに由来するブロードなピークが確認された。この結果は、大気圧プラズマ処理によってPTFE表面が脱フッ素化され、大気中に曝すことにより親水基(過酸化物基)が導入されたことを示している。これにより、PTFE表面の水に対する接触角の減少は、水との極性相互作用の向上に起因するものであることが分かった。
【0039】
図5に大気圧プラズマ処理による親水化処理後のPTFE表面のESRスペクトルを示し、
図6に過酸化物ラジカル基密度のESRスペクトル(3D)を示す。この結果、4×10
11radicals/mm
3の密度で、過酸化物ラジカル基が形成されていることが分かった。
図7は、PTFEシート表面の観察結果を示し、
図7(a)は未処理のPTFEシート表面の状態(左はSEM、右はSTMによる画像)、
図7(b)はプラズマ処理による親水化処理後のPTFEシート表面の状態(左はSEM、右はSTMによる画像)である。この結果、プラズマ処理によるPTFEシート表面の構造変化は観られなかった。つまり、PTFEシート表面の粗面化を抑制できていることが分かった。
【0040】
(第2工程)
次に、プラズマ処理後のグラフト化処理表面に、1.56×10
−3Mに調整したP4VPエタノール溶液を塗布し、P4VP単分子鎖のグラフト化を行った。P4VPエタノール溶液は、調製後の溶液を振動撹拌器でよく撹拌した後、1日以上放置したものを使用した。親水化PTFE基板上にP4VPエタノール溶液を300μL滴下し、2000rpmで20秒間スピンコートを行った。P4VPがPTFE表面に単分鎖状にグラフトされていることをXPS等により確認している。
【0041】
(第3工程)
その後、P4VPコーティングPTFEシートを、ホットエタノールで洗浄することによりPTFE表面と直接接合されていない余剰のP4VPを取り除いた。具体的には、P4VPの良溶媒である45℃のエタノール中で24時間洗浄を行った。最後に示すが、高密着性を獲得するためには、単分子レベルの超薄膜が望ましいことが分かった。
【0042】
図8は、親水化処理後及びP4VPスピンコート後のPTFEシート表面についての洗浄前(点線)と洗浄後(実線)のXPS測定結果を示している。
図8(a)はC1s軌道XPSスペクトル、
図8(b)はN1s軌道XPSスペクトルをそれぞれ示す。ホットエタノールで洗浄することにより、アルキレン鎖由来の284.6eVに中心をもつC1sピーク強度とN1sピーク強度の低下、及び292.4eVのパーフルオロアルキレン基(−CF2−CF2−)由来のピークの増大が確認できた。これは、PTFE表面からP4VPの一部のみが剥離し、大半が良溶媒で洗浄した後でも安定にPTFE表面に滞在していることを意味している。この洗浄では、エタノールを使用しているため、ピリジン基とカルボキシル基、エーテル基、ケトン基などの水素結合は全て解離する。このことから、PTFE基板とP4VPは共有結合を介してグラフト化されていることが分かった。
【0043】
スピン塗布法による高分子膜製膜は、その溶液濃度を変化させることにより膜厚を変化させることができる。そこで、上記の実験よりも十倍高濃度のP4VP溶液を調製し、厚膜を成膜し同様の洗浄操作を行ったところ、洗浄後に得られたC1sとN1s軌道のXPSスペクトル強度が低濃度から成膜し、洗浄した試料と全く一致することが分かっている。また、未処理のPTFEに溶媒乾燥法により堆積させたP4VPを同様に洗浄すると、P4VP由来のXPSピークが完全に消失することも分かっている。これらの結果は、プラズマ処理によってPTFE表面に生成された過酸化物を起点として、その近傍にいるP4VPのみが選択的に相互作用し、耐溶剤性が著しく増強されていることを如実に表した結果といえる。PTFE表面に形成された過酸化物とピリジン環の酸化またはP4VP主鎖の開裂によるグラフト化によって耐溶剤性が向上したと考えている。
【0044】
(第4工程)
グラフト化処理したPTFEシート(P4VP−g−PTFE)表面に、3.9×10
−1Mに調整した酢酸銅(II)水溶液をスピンコート法により塗布した。
【0045】
(第5工程)
P4VPと酢酸銅膜を積層したPTFEシートを、投入電力40Wの条件で大気圧プラズマ処理を行い、酢酸銅(II)を還元し、銅ナノ粒子の形成を行った。
図9(a)にCu2p3/2−XPSスペクトルの変化を示す。プラズマ処理時間の増大にともない、932eV付近に出現する金属銅由来のピーク強度の増大と半値幅の狭小化(
図9(b)参照)、サテライトピークの消失からヘリウムプラズマ処理による銅イオンの還元が進行していることが分かった。表面の銅濃度はプラズマ処理時間が300秒で最大値を迎え、その後は強度が低下することが分かった(
図9(b)参照)。一方で、プラズマ処理時間が300秒を越えても半値幅の低下、サテライトピークの出現等は観測されなかったことから、過度なプラズマ処理による酸化銅の形成やエッチングによるピーク強度の低下は考えにくい。
【0046】
SEM、AFMにより観測したプラズマ処理時間に対するP4VP−g−PTFE表面のモルフォロジ変化を
図10及び
図11に示す。プラズマ処理初期過程では、AFMでのみ観測可能であった粒子径10〜20nmの無数の銅ナノ粒子とSEMで検出可能な50nmサイズの粒子が同時に高密度に形成されていた。プラズマ処理時間の増大に伴い銅ナノ粒子の粒子径が増大したことから、銅ナノ粒子の成長が進行していることが分かった。更にプラズマ処理が進むと、銅ナノ粒子は三次元的に成長し、最終的には高さ200nm以上の粒子の形成が確認された。銅ナノ粒子の成長が進行する一方で、プラズマ処理初期過程で観られた粒子径10nm程度の微小粒子の消失と、P4VP−g−PTFE表面に存在する全銅ナノ粒子数の劇的な減少が確認された。本実施形態におけるプラズマ還元処理では、処理時間が150秒で銅ナノ粒子のサイズが平均50nm、処理時間が450秒で銅ナノ粒子のサイズが平均200nmとなった。但し、銅ナノ粒子のサイズには大きなバラツキがある。
【0047】
図12に、P4VP−g−PTFE表面に付着した酢酸銅が、プラズマ処理により分解、還元されて銅ナノ粒子が三次元的に成長する様子を示している。プラズマ処理初期過程において同時に形成された10nmサイズの微小粒子と50nmサイズの比較的大きなナノ粒子間において物質移動が起こっていることを示唆しており、プラズマ下においてオストワルド熟成機構に基づいたナノ粒子の成長が進行していることが考えられる。
【0048】
図13に、金属ナノ粒子のサイズがピークになる前におけるプラズマ処理時間と金属ナノ粒子のサイズと集積密度の概略傾向を示している。本発明において、金属ナノ粒子のサイズが50〜200nmの範囲のとき、その後の無電解めっきによる金属層の密着性が良好であることが分かった。金属ナノ粒子の総量は、プラズマ還元処理の前におけるP4VP−g−PTFE表面に付着した酢酸銅(前駆体)の総量に規制されるので、金属ナノ粒子のサイズの増大に伴ってその集積密度は減少する。例えば、金属ナノ粒子のサイズが300nmになると集積密度は、1×10
8/cm
2となる。これは、1μm四方に1個の金属ナノ粒子が存在することと同じである。
【0049】
(第6工程)
所定のサイズの銅ナノ粒子を表面に担持させたPTFEシートを、市販の銅めっき浴(奥野製薬株式会社製)に浸漬させ、無電解銅めっき薄膜の析出を行った。銅イオン還元処理時間の異なるそれぞれの試料において、無電解銅めっき反応における、その自己触媒作用について調べた結果、銅ナノ粒子径が50nm以上の三次元的に成長した銅ナノ粒子のみが優れた触媒作用を示し、無電解銅めっき浴浸漬後2秒以内に肉眼で無電解銅めっき層の析出が確認できた。一方で、50nm以下の微小サイズのナノ粒子においては、無電解銅めっき反応の開始が確認できなかった。めっき浴中において銅ナノ粒子層が全て溶解していることが原因であった。一方、銅ナノ粒子径が200nmを越えると、該粒子を核として銅の析出は進むが、銅ナノ粒子径の集積密度が低くなるので、銅ナノ粒子間を埋めるのに長時間を要し、膜厚が均一な銅薄膜の形成ができなくなる。従って、金属ナノ粒子のサイズが50〜200nmの範囲で、金属ナノ粒子の集積密度に対する条件は、概ね5×10
8/cm
2より大きいことが好ましい。そして、高密着性で高速に無電解めっきできる条件として、金属ナノ粒子のサイズが50〜100nmの範囲で、金属ナノ粒子の集積密度が、4×10
9/cm
2以上であることが更に好ましい。尚、金属ナノ粒子は、50〜100nmのサイズのものが混在していても構わないが、できるだけ均一なサイズであることが望ましい。金属ナノ粒子のサイズ(粒径)及び集積密度は、SEM画像又はSTM画像を画像処理して測定することが可能であり、あるいはSEM画像又はSTM画像の所定範囲内の全ての金属ナノ粒子の大きさを実測し、個数を数え上げても算出することも可能である。
【0050】
図14は、プラズマ還元処理時間が150秒、300秒、450秒の場合において、無電解銅めっきの浸漬時間による銅析出状況を示したSEM像である。無電解めっき時間が120秒での比較では、プラズマ処理時間が150秒の場合が最も緻密な銅薄膜が得られているが、めっき時間をそれ以上に延ばすと殆ど差は無くなる。因みに、10分の無電解銅めっきによって厚さ10μmの銅薄膜が形成された。
【0051】
そして、
図15に、無電解銅めっき膜の90°剥離強度試験を行った結果を示す。試験には市販されているフォースゲージを用いた。グラフト化したP4VP層が単分子鎖である場合、その密着強度は2.0N/mmを示した(
図15(a))。一方で、
図15(b)に示すように、グラフト化の後、未反応のP4VPを洗浄除去せずに、P4VP層がPTFEと直接連結していない成分を含む場合、テープ試験で剥離するような低密着性の無電解銅めっき層しか得られなかった。剥離された銅膜の表面からP4VP層が検出されたことから、PTFEと直接結合していないP4VP膜界面で剥離していることが分かった。高密着性を獲得するためには、PTFEと共有結合を形成して連結した単分子レベルの超薄膜が望ましいことが分かった。
【0052】
プラズマ還元処理におけるプラズマ発生条件の違いによって、処理時間の増大とともに銅ナノ粒子の三次元的成長と同時に微小サイズのナノ粒子の消失が観測される場合と、プラズマ処理初期過程で観測されていた微小サイズのナノ粒子が、処理時間の進行とともに、その密度は増大し、やがて二次元的に連続した平滑なドメインの形成が観測される場合があることが分かった。前者は、プラズマ密度が高い場合、後者はプラズマ密度が低い場合に生じた。プラズマ密度の差は、銅イオンの還元速度に直接影響を及ぼすことから、プラズマ密度が高い場合には速度論で制御されたナノ粒子の異方成長が、一方でプラズマ密度が低い場合には熱力学的に支配されてナノ粒子の等方的な成長が誘起されたと考えられる。無電解銅めっき反応におけるその自己触媒作用について調べた結果、三次元的に成長した銅ナノ粒子のみが優れた触媒作用を示し、無電解銅めっき浴浸漬後2秒以内に肉眼で無電解銅めっき層の析出が確認できた。一方で、二次元成長したナノ粒子においては、無電解銅めっき反応の開始が確認できなかった。めっき浴中において銅ナノ粒子層が全て溶解していることが原因と考えられる。
【0053】
最後に、より短時間で高密着性の無電解めっき膜を形成するためには、触媒となる金属ナノ粒子の集積密度を高めることが必要である。そのためには、誘電体基材の表面に共有結合する錯化高分子の密度を高める必要がある。それには、P4VPの塗布に用いる溶媒をエタノールから1−ブタノールに変更することにより、グラフト密度が増大し、より多くの銅イオンを担持できるようになることを実験的に確かめている。その理由は、エタノールは沸点が低いため、蒸発過程においてP4VP鎖が伸びず絡まってしまう(糸くずのイメージ)傾向にあるが、沸点の高い1−ブタノールを用いると、P4VP鎖が比較的に伸びた状態になり、PTFE表面の過酸化物ラジカルと反応しやすくなったと考えられる。
【0054】
また、誘電体基材の表面に共有結合する錯化高分子の密度を高めるために、RF電源を用いた水中プラズマ処理によって、誘電体基材の表面にナノスポンジ構造を導入する方法もある。誘電体基材の表面にナノサイズのスポンジ構造を導入することにより、グラフト処理後の基板表面の錯化高分子濃度が増大する。その理由は、誘電体基材の比表面積の増大により、最表面以外にも、基板内部にも錯化高分子がグラフトされたと考えられる。無電解めっきによる金属層の密着強度が飛躍的に増大することを実験的に確かめている。