特許第5723730号(P5723730)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5723730エミッタ、ガス電界電離イオン源、およびイオンビーム装置
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5723730
(24)【登録日】2015年4月3日
(45)【発行日】2015年5月27日
(54)【発明の名称】エミッタ、ガス電界電離イオン源、およびイオンビーム装置
(51)【国際特許分類】
   H01J 27/26 20060101AFI20150507BHJP
   H01J 37/08 20060101ALI20150507BHJP
   H01J 37/317 20060101ALI20150507BHJP
   H01J 37/28 20060101ALI20150507BHJP
【FI】
   H01J27/26
   H01J37/08
   H01J37/317 D
   H01J37/28 Z
【請求項の数】14
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2011-192272(P2011-192272)
(22)【出願日】2011年9月5日
(65)【公開番号】特開2013-54911(P2013-54911A)
(43)【公開日】2013年3月21日
【審査請求日】2013年8月21日
(73)【特許権者】
【識別番号】501387839
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテクノロジーズ
(74)【代理人】
【識別番号】100100310
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 学
(74)【代理人】
【識別番号】100098660
【弁理士】
【氏名又は名称】戸田 裕二
(74)【代理人】
【識別番号】100091720
【弁理士】
【氏名又は名称】岩崎 重美
(72)【発明者】
【氏名】川浪 義実
(72)【発明者】
【氏名】守谷 宏範
(72)【発明者】
【氏名】武藤 博幸
【審査官】 田邉 英治
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−205426(JP,A)
【文献】 特開平10−092361(JP,A)
【文献】 特開昭62−064017(JP,A)
【文献】 特開2009−301920(JP,A)
【文献】 特開2009−164110(JP,A)
【文献】 特開2011−082056(JP,A)
【文献】 特許第5383620(JP,B2)
【文献】 特開2009−163981(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 27/26
H01J 37/08
H01J 37/317
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオンビーム装置のイオン源に用いられるエミッタであって、
前記エミッタは単結晶金属の基部と、針状の先端部を有し、
前記先端部の頂点部分の形状は三角錐であり、
前記先端部を横から見たときの稜線を前記頂点部分と逆方向からたどったときに傾きが変わる部分における前記エミッタの断面形状が略六角形であることを特徴とするエミッタ。
【請求項2】
請求項1に記載のエミッタであって、
前記先端部の構造が破壊された場合には、アニールを含む再生処理によって、前記先端部を再生可能であることを特徴とするエミッタ。
【請求項3】
単結晶金属の基部と、針状の先端部を有するエミッタと、
前記エミッタの先端方向から離間した位置に開口を有する引出電極と、
前記エミッタの先端近傍にガスを供給するガス供給配管と、
前記エミッタと該引出電極との間に引出電圧を印加して該ガスをイオン化する電界を形成する引出電圧印加部と、
を有し、
前記エミッタの先端部の頂点部分の形状は三角錐であり、前記先端部を横から見たときの稜線を前記頂点部分と逆方向からたどったときに傾きが変わる部分における前記エミッタの断面形状が略六角形であることを特徴とするガス電界電離イオン源。
【請求項4】
請求項3に記載のガス電界電離イオン源において、
前記先端部の構造が破壊された場合には、アニールを含む再生処理によって、前記先端部を再生可能であることを特徴とするガス電界電離イオン源。
【請求項5】
請求項3に記載のガス電界電離イオン源において、
前記先端部の構造が破壊された場合には、前記エミッタの先端部の頂点部分の形状をアニールを含む再生処理によって再生可能であって、
前記エミッタからイオン放出させるために必要な引出電圧の前記再生処理による累積変動が1%以下であることを特徴とする、ガス電界電離イオン源。
【請求項6】
イオンを放出するガス電界電離イオン源と、
前記ガス電界電離イオン源から放出されるイオンを加速して試料に照射するイオン光学系と、
前記試料から前記イオンの照射によって放出される2次粒子を検出する2次粒子検出器と、
前記2次粒子検出器からの検出信号を前記試料上における前記イオンの照射位置と対応させて2次粒子画像を生成する画像生成部と、
前記2次粒子画像を表示する表示部とを有するイオンビーム装置であって、
前記ガス電界電離イオン源は、
単結晶金属の基部と針状の先端部を有するエミッタと、
前記エミッタの先端方向から離間した位置に開口を有する引出電極と、
前記エミッタの先端と前記引出電極との間の空間にガスを供給するガス供給配管と、
前記エミッタと前記引出電極との間に電圧を印加する引出電圧印加部とを有し、
前記エミッタの先端部の頂点部分の形状は三角錐であり、前記先端部を横から見たときの稜線を前記頂点部分と逆方向からたどったときに傾きが変わる部分における前記エミッタの断面形状が略六角形であることを特徴とするイオンビーム装置。
【請求項7】
請求項6に記載のイオンビーム装置であって、
前記エミッタは、前記先端部の構造が破壊された場合には、アニールを含む再生処理によって、前記先端部を再生可能であることを特徴とするイオンビーム装置。
【請求項8】
イオンを放出するエミッタと前記エミッタの先端方向から離間した位置に開口を有する引出電極とを有するガス電界電離イオン源と、
前記ガス電界電離イオン源から放出されるイオンを加速して試料上に照射するイオン光学系と、
前記試料から前記イオンの照射によって放出される2次粒子を検出する2次粒子検出器と、
前記2次粒子検出器からの検出信号を前記イオンの前記試料上における照射位置と対応させて2次粒子画像を生成する画像生成部と、
前記2次粒子画像を表示する表示部とを有するイオンビーム装置であって、
前記ガス電界電離イオン源のエミッタの先端部の構造が破壊された場合には、アニールを含む再生処理によって、当該先端部を再生するエミッタ再生手段と、
前記エミッタと前記引出電極との間に印加される電圧の変動の累積量と前記イオン光学系の加速電圧との比率を予め定められた基準値と比較することで、前記イオン光学系の軸調整が必要か否かを判断する制御部とを有することを特徴とするイオンビーム装置。
【請求項9】
請求項1に記載のエミッタであって、
前記断面形状は、前記先端部を前記頂点部分側からSEMで見たときの形状であることを特徴とするエミッタ。
【請求項10】
請求項3に記載のガス電電離イオン源であって、
前記断面形状は、前記先端部を前記頂点部分側からSEMで見たときの形状であることを特徴とするガス電電離イオン源。
【請求項11】
請求項6に記載のイオンビーム装置であって、
前記断面形状は、前記先端部を前記頂点部分側からSEMで見たときの形状であることを特徴とするイオンビーム装置。
【請求項12】
請求項1に記載のエミッタであって、
前記断面形状は、前記三角錐の頂点部分より前記基部側であって、前記三角錐の頂点部分より約1μmの範囲内の断面形状であることを特徴とするエミッタ。
【請求項13】
請求項3に記載のガス電電離イオン源であって、
前記断面形状は、前記三角錐の頂点部分より前記基部側であって、前記三角錐の頂点部分より約1μmの範囲内の断面形状であることを特徴とするガス電電離イオン源。
【請求項14】
請求項6に記載のイオンビーム装置であって、
前記断面形状は、前記三角錐の頂点部分より前記基部側であって、前記三角錐の頂点部分より約1μmの範囲内の断面形状であることを特徴とするイオンビーム装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガス電界電離イオン源に用いるのに好適なエミッタ、ガス電解電離イオン源、および当該イオン源を用いたイオンビーム装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ガス電界電離イオン源を搭載し、水素,ヘリウム,ネオンなどのガスイオンを用いた集束イオンビーム(FIB:Focused Ion Beam)装置が知られている。ガスFIBは、現在よく使われている液体金属イオン源からのガリウムFIBのように、試料にガリウム汚染をもたらさない装置である。更に、ガス電界電離イオン源は、そこから発生するガスイオンのエネルギー幅が狭いこと、およびイオン発生源サイズが小さいことから、ガリウム液体金属イオン源と比較してより微細なビームが形成できる。
【0003】
また、ガス電界電離イオン源はイオンを放出するエミッタとこれに対向して設けられた引出し電極を有し、エミッタと引出電極の間に電圧を印加することでイオンを放出する。ガス電界電離イオン源のエミッタ先端に微小な突起部を持たせることで、イオン源の放射角電流密度が高くなるなどイオン源性能が良くなることが知られている。この微小突起を持たせる方法として、エミッタ基部材料を単結晶金属のタングステンとして、その先端を電解蒸発で先鋭化することが知られている(例えば、特許文献1参照)。また、この微小突起を持たせる別の方法として、エミッタ基部材料となる第一金属とは異なる第二金属を用いることが知られている(例えば、特許文献2参照)。ここで、第一金属としてはタングステンが用いられ、第二金属として貴金属(イリジウム、プラチナなど)が用いられる。
【0004】
エミッタの微小突起は、ガス電界電離イオン源の中で不純物ガス等の影響を受けて、ある程度の時間で壊れる。もし、イオン源の中でこのエミッタの微小突起を再生できれば、この現象がその動作寿命を制限することは無く、実質的にイオン源を連続して使用できる。第二金属として貴金属を用いる方法では、貴金属が枯渇しない限り、加熱のみによって微小突起(ピラミッド構造)を再生することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平7−192669号公報
【特許文献2】特開2008−140557号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、微小突起の再生によってイオンの引出電圧が数%以上に大きく変動する。これによって、イオンビーム装置のイオン光学系の軸調整を行わなければ無くなり、実質的な連続使用はできなくなる。またイオン光学系の軸調整は煩雑な作業で時間がかかる。基部のタングステン単結晶の上に貴金属を配して加熱によって微小突起(ピラミッド構造)を形成するエミッタは、加熱によって先端に同じ形の微小突起を再生できるが(特許文献2参照)、このようなエミッタであっても、エミッタの再生を繰り返すことで引出電圧の累積変動は数%となり、イオン光学系の軸調整が必要となるレベルに達する。
【0007】
本発明は、上記のような課題を解決するためになされたものであり、微小突起の再生を繰り返しても、イオンの引出電圧の累積変動が微小なエミッタ、およびそれを用いたガス電界電離イオン源、イオンビーム装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するため、ガス電界電離イオン源に用いるエミッタの先端部分を予め熱的な変化を収束させた形状とした。すなわち、単結晶金属の基部を有するエミッタ先端の頂点部分を三角錐として、先端を頂点側から見た形状を略六角形とした。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、エミッタの微小突起を再生しても、イオン光学系の軸調整が必要な程度のイオン引出電圧の変動が無いため、ガス電界電離イオン源およびそれを用いたイオンビーム装置の稼働率が高められ、実質的にエミッタが長寿命化したのと同じ効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の一実施形態によるエミッタの先端部の構成図である。
図2】本発明の一実施形態によるガス電界電離イオン源の構成図である。
図3】本発明の一実施形態によるガス電界電離イオン源において、エミッタを複数回アニール処理した場合の引出電圧の変化を表すグラフである。
図4(A)】本発明の一実施形態によるエミッタの先端部の側面の走査電子顕微鏡写真である。
図4(B)】本発明の一実施形態によるエミッタの先端部の先端側から見た上面の走査電子顕微鏡写真である。
図5(A)】従来のエミッタの先端部の側面の走査電子顕微鏡写真である。
図5(B)】従来のエミッタの先端部の先端側から見た上面の走査電子顕微鏡写真である。
図6】本発明の一実施形態によるイオンビーム装置の全体構成図である。
図7】本発明の一実施形態によるイオンビーム装置における、エミッタの再生を含む処理シーケンスを現すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図1図5を用いて、本発明の一実施形態によるエミッタの構成について説明する。
最初に、図1を用いて、本実施形態によるエミッタの先端部の構成について説明する。
図1は、本発明の一実施形態によるエミッタの先端部の構成図である。
【0012】
本実施形態のエミッタ1は、エミッタの基部材料が単結晶金属のタングステンであり、その表面に貴金属であるイリジウムがコートされている。エミッタは単結晶金属からできた基部と針状の先端部からなるが、図1では、エミッタの頂点から1μm程度の範囲の先端部分を示している。
【0013】
このエミッタの製造方法を簡単に説明する。軸方向に結晶方位[111]を合せた、タングステン単結晶の細線(通常はφ0.1〜0.3mmの太さを選ぶ)を、電解研磨によりその先端を先鋭化させる。次に、先端表面の不純物を除く清浄化処理(ここでは電解蒸発)を加え、そこへイリジウムを略単原子層コート(ここではスパッタ蒸着)する。その後に、適切なアニールを加えると、エミッタの頂点近傍1−1が結晶面(211)の拡張によって、三角錐の形状となる。さらに、適切なアニールであれば、頂点1−2が単原子となる。これらの様相は、エミッタ先端の電界イオン顕微鏡(FIM:Field Ion Microscope)像で確認できる。なお、上記は基本的な処理の流れであり、詳細にはいくつものバリエーションがありうる。
【0014】
また、イオン源の使用によりエミッタ先端の形状、すなわち三角錐の部分が破壊されることがあるが、このような場合にはエミッタ形状の再生処理を行うことができる。再生処理とは破壊されたエミッタ先端の形状を三角錐形状に戻す処理のことで、具体的な方法の一つは高真空中で再度アニール処理を行うことである。なお、この処理の中に、エミッタ材料を蒸着などで補給するなどの処理を加える場合もあるが、必須な部分はアニール処理である。
【0015】
本実施形態で特徴的なことは、エミッタ1の頂点近傍1−1と根元(シャンク)部分1−3との間の様相にある。エミッタ1の先端側から上面を見た形状、すなわち上面端部1−4の形状が略六角形をしていることが特徴である。従来の同種のエミッタでは、上面端部1−4の形状は略円であった。これらの様相は、エミッタ先端の走査電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)像で確認できる。なお、エミッタ1の先端側から上面を見た形状とは、エミッタ1をガス電界電離イオン源に装着した状態において引出電極側からエミッタの先端部を見たときの形状ということもできる。またエミッタ1の頂点1−2から所定の距離の断面の形状ということもできる。
【0016】
図1に示すエミッタ1の形状は、熱的な変形が収束した形状であり、さらにアニールを加えても、少なくともイオンの引出電圧の変動が収束した状態である。このことを以下で説明する。
【0017】
図2は、本発明の一実施形態によるガス電界電離イオン源の構成図である。
【0018】
真空容器10の中で、エミッタ1(図2では先端が下側)と引出電極2との間に、エミッタ側が正電位となる引出電圧を印加しながら、ガス放出口部分3からヘリウムガスを供給してやると、ヘリウムガスのイオン化が起こり、エミッタ1の先端からヘリウムのイオンビームが放出される。エミッタ1には、通電加熱および引出電圧印加のための引出電圧印加部4が接続されている。また、エミッタ1の温度は冷却ヘッド20からの伝熱冷却により制御されている。ここで、イオン化するガスはヘリウムに限らず、ガスに合わせてエミッタの温度を適切に制御すれば、ネオンやアルゴンなどの希ガスや水素などが使用できる。
【0019】
図3は、本発明の一実施形態によるエミッタ1ができるまでの様子を現したものである。横軸にエミッタ1の(先端の頂点部構造を形成するのに必要な)アニールの積算時間を取り、縦軸にエミッタ1の(イオン放出を起こすために必要な)引出電圧を取ったグラフである。ここでアニールは約930℃で行った。また、ヘリウムイオンの引出電圧は、エミッタ1の温度を25Kとして、エミッタ1先端のFIM像が明確に見える電圧をプロットした。
【0020】
最初のプロットは、超高真空中でエミッタ1の先端に三角錐のピラミッド構造を形成した後に、ヘリウムガスを導入して、引出電圧を測ったものである。その後のプロットは、エミッタ先端の原子をわざと電界蒸発で飛ばした後に、ガスを排気して超高真空中でアニールを加えて三角錐を再生して、再度ガス導入して、引出電圧を測っている。なお、再生のためのアニール時間は毎回適当に振ったものである。図3のグラフから分かることは、アニールによる再生処理を繰り返すことで、エミッタ1の先端に三角錐のピラミッド構造は同じようにできているにも関らず、引出電圧が変化していくことである。このようにアニールの積算時間に伴って引出電圧が変化していく範囲を変化領域と呼ぶ。ところが、アニールの積算時間をさらに延長していくと、引出電圧が変化する領域から、アニールの積算時間に対して引出電圧が変化しない安定領域に推移することが分かった。そこで、変化領域にあるエミッタと安定領域にあるエミッタの形状をSEM像で比較した。なお、後述するように安定領域にあるエミッタでは再生処理のアニールによる電圧変動はほとんど無く、累積でも1%程度(測定ばらつきの程度)に収まるので、安定領域を再生処理前後の引出電圧の変化量で定義することもできる。これによると本実施例での安定領域は再生処理前後の引出電圧の変化量が1%に収まる範囲であるといえる。
【0021】
図4は安定領域に入るまでアニールしたエミッタのSEM写真で、図4(A)は側面を見た像であり、図4(B)は先端側からエミッタの頂点部分を見た像である。同様に、図5は変化領域にあるエミッタのSEM写真で、(A)は側面を見た像であり、(B)は先端側からエミッタの頂点部分を見た像である。従来はアニールの累積時間により安定領域が存在することが知られていなかったので、図5に示す状態でエミッタを使用していた。これらを比較して明確なのは、エミッタの先端側から上面を見たときの上面端部の形状が異なることである。安定領域にあるエミッタでは略六角形の形状であるが、変化領域にあるエミッタでは略円の形状である。すなわち、エミッタ先端の頂点近傍が同じように三角錐をしていても、上面端部付近までの形状変化が収束しないと、引出電圧が変動することが分かる。
【0022】
本実施例のエミッタを用いたガス電界電離イオン源では、エミッタの立上時に、これを安定領域まで成形した後に使用する。安定領域にあるかどうかは前述のようにアニールの累積時間、またはアニールの累積時間に対する引出電圧の変化量で分かる。これによってイオン源の使用によってエミッタ先端の形状が破壊された場合にエミッタ先端の形状を再生しても、再生前に比べて引出電圧変動を抑えることができる。また、予め別装置でエミッタを安定領域まで成形した後に、ガス電界電離イオン源に搭載することでも、同じ効果が得られる。この方法はガス電界電離イオン源の占有時間を減らすメリットがある。エミッタを安定領域の形状まで成形する時間を短縮する方法は、上記のアニール条件以外にも種々考えられるが、本質的なのは最終的に得られるエミッタの先端の上面端部1−4が略六角形の断面形状を有していることである。
【0023】
以上、本実施の形態ではエミッタ1の基部材料をタングステンの単結晶としたが、先端の頂点部分を三角錐にできる材料であれば良く、モリブデンなどの高融点金属の単結晶を使うこともできる。できれば電界で剥がれ難い材料が望ましく、知られている範囲ではタングステンが最も適している。また、本実施の形態では、エミッタ基部材料の表面にコートする貴金属をイリジウムとしたが、基部材料と共にアニールすることで 先端の頂点部分を三角錐にできる材料であれば良く、白金やパラジウムなども使うことができる。ただし、頂点の原子がこの貴金属となるため、電界で剥がれ難い材料が望ましく、知られている範囲ではイリジウムが最も適している。
【0024】
図6に、本実施例におけるイオンビーム装置の全体構成図を示す。
【0025】
イオンビーム装置200は前述したガス電界電離イオン源100とイオン光学系300とを有する。ガス電界電離イオン源100にはエミッタ1、エミッタに対向して設けられた引出電極2、エミッタ1の先端と引出電極2の間の空間にガス供給配管から供給されるガスを放出するガス放出口部分3とを有する。また、放出されたイオンビーム5を試料に集束させて照射するイオン光学系300は、静電レンズ102−1,102−2、アライナー102−4、偏向器103−1,103−2、およびビーム制限絞り102−3を有する。イオン光学系300に含まれるこれらの機器はそれぞれに対して設けられた制御回路102−1′、102−3′、102−4′、103−1′、103−2′、102−2′を通してレンズ系制御器105、偏向系制御器106により制御される。
【0026】
イオン光学系300を通して、試料ステージ101に固定された試料6にイオンビーム5が照射されると、試料から試料の情報を持った二次電子7が放出される。二次電子7は二次電子検出器104によって検出される。二次電子検出器104からの検出信号はA/D変換器を通して画像生成部104′に入力され、画像生成部104′によってイオンビーム5の照射位置と対応付けられ、試料の画像が生成される。この試料画像がディスプレイ等の表示器110に表示される。
【0027】
イオンの引出電圧が変動してイオン光学系の軸調整が必要となると、エミッタ1やビーム制限絞り102−3の水平位置の調整、アライナー102−4の強度調整、偏向器103−1、103−2のオフセット調整、など煩雑な作業が発生する。これらの一部は、レンズ系制御器105や偏向系制御器106を統合して制御するコンピュータ(図示しない)により自動制御できるが、走査イオン像を見てのユーザの判断を伴ったり、ユーザの手によるメカニカルな位置調整を伴ったりするため、その作業時間によって装置の稼働率が下がる。
【0028】
ここで、図3に示した通り、安定領域にあるエミッタでは再生アニールによる電圧変動はほとんど無く、累積でも1%程度(測定ばらつきの程度)に収まっている。この程度の変化であれば、通常はイオン光学系300の軸調整をやり直す必要は発生しない。しかしながら、イオン光学系300の加速電圧、すなわち試料6に到達するイオンビーム5のエネルギーがイオンの引出電圧と同程度以下になってくると、この程度の引出電圧の変動であっても影響が出る可能性があるため、引出電圧の変動の加速電圧に対する比率によって、軸調整のやり直しを判断する必要がある。従来のエミッタを用いたイオンビーム装置では再生処理後に軸調整を行うことが必須となっていたが、本実施例のイオンビーム装置では以下に示すように引出電圧の比較をすることで軸調整の必要性の有無を判断することによって引出電圧の変化が微小である場合には軸調整を省略することができる。本実施例の上記コンピュータ(図示しない)には、エミッタの再生処理を含む図7のような処理シーケンスをプログラムしてある。エミッタ先端の再生処理を行った後に、引出電圧を測定し、その累積変動値を計算する。
【0029】
累積変動値とは基準時点でのエミッタの引出電圧に対する再生処理後のエミッタの引出電圧の変化量のことである。なお、基準時点としてはエミッタ先端部製造時点を選んでもよいし、前回再生処理直後を選んでもよく、任意の時点を設定することもできる。ただしこの基準時点を前述の変化領域の中で選んでしまうと変動値が大きくなってしまうので、基準時点は安定領域に入った後の時点とするのが望ましい。
【0030】
次に、その累積変動値を加速電圧で割った比率を計算する。その比率が閾値より小さい場合には、処理を終了し、大きい場合にはイオン光学系の軸調整の処理を行って終了する。本実施形態では閾値を1%に設定している。前述したとおり、安定領域の範囲内を基準時点とした場合には再生処理による累積変動が、複数回の再生処理を行った後に、1%以下であるからである。加速電圧を5kVと低くした場合には、エミッタの再生処理を行うと、10回に1回程度の軸調整は必要となったが、調整量も少なくユーザの手を煩わすことが無かった。
【0031】
<その他の形態例>
以上、本発明を適用して好適な実施の形態例について説明してきたが、エミッタ先端の頂点部分を三角錐とする方法は、前述した実施の形態に記載の方法に限られるものでは無い。例えば、超高真空中で、タングステンの単結晶の先端に正電界を印加しながらアニールすることでも形成できる。この場合も、熱的な変化を収束させたエミッタ先端の形状では、先端を上面(当該先端側)から見た形状が略六角形となる。また、エミッタ基部の単結晶金属の結晶方位を適当に選ぶことにより、先端の頂点部分を四角錐とできる可能性もある。この場合に、熱的な変化を収束させたエミッタ先端は、先端を上面から見た形状が略八角形となることが容易に類推される。
【符号の説明】
【0032】
1 エミッタ
2 引出電極
3 ガス放出口部分
4 引出電圧印加部
5 イオンビーム
6 試料
7 二次電子
10 真空容器
20 冷却ヘッド
100 ガス電界電離イオン源
101 試料ステージ
102−1、102−2 静電レンズ
102−3 ビーム制限絞り
102−4 アライナー
103−1、103−2 偏向器
104 二次電子検出器
105 レンズ系制御器
106 偏向系制御器
110 表示器
200 イオンビーム装置
300 イオン光学系
図1
図2
図3
図4(A)】
図4(B)】
図5(A)】
図5(B)】
図6
図7