(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明の一実施形態を説明する。
本実施形態の溶射用粉末は、溶射皮膜を形成する用途、特に、反応性プラズマに曝される半導体デバイス製造装置やフラットパネルディスプレイデバイス製造装置などの部材の表面に当該部材がプラズマエロージョンを受けるのを防ぐために設けられる溶射皮膜をプラズマ溶射により形成する用途で主に使用される。
【0010】
溶射用粉末は、酸化イットリウム(Y
2O
3)粒子からなる。酸化イットリウム粒子は、不可避的不純物などの酸化イットリウム以外の成分を含むことを許容する。ただし、溶射用粉末から形成される溶射皮膜の耐プラズマエロージョン性の向上という観点からすると、酸化イットリウム粒子はできるだけ高純度であることが好ましい。具体的には、酸化イットリウム粒子中の酸化イットリウム含有量、すなわち酸化イットリウム粒子の純度は95質量%以上であることが好ましく、より好ましくは98質量%以上、さらに好ましくは99質量%以上、最も好ましくは99.9質量%以上である。
【0011】
酸化イットリウム粒子のBET比表面積は1m
2/g以上である。酸化イットリウム粒子のBET比表面積が大きくなるほど、溶射用粉末から形成される溶射皮膜中の気孔率が小さくなる結果、溶射皮膜の耐プラズマエロージョン性は向上する。この点、酸化イットリウム粒子のBET比表面積が1m
2/g以上であれば、所要の耐プラズマエロージョン性を有する溶射皮膜を溶射用粉末から形成するうえで特に有利である。溶射皮膜の耐プラズマエロージョン性のさらなる向上という点からは、酸化イットリウム粒子のBET比表面積は1.5m
2/g以上であることが好ましく、より好ましくは2m
2/g以上である。
【0012】
酸化イットリウム粒子のBET比表面積は25m
2/g以下である。酸化イットリウム粒子のBET比表面積が小さくなるほど、溶射用粉末のプラズマ溶射中にプラズマフレームによって過熱を受けて昇華する虞のある微小な酸化イットリウム粒子の量が少なくなる結果、単位量の溶射用粉末から溶射皮膜が形成される効率、すなわち成膜効率(付着効率)は向上する。この点、酸化イットリウム粒子のBET比表面積が25m
2/g以下であれば、所要の成膜効率を実現するうえで特に有利である。成膜効率のさらなる向上という点からは、酸化イットリウム粒子のBET比表面積は22m
2/g以下であることが好ましく、より好ましくは20m
2/g以下である。
【0013】
溶射用粉末の50%粒子径D
50は0.1μm以上であることが好ましく、より好ましくは0.5μm以上、さらに好ましくは1.0μm以上である。ここで50%粒子径D
50とは、粉末中の全粒子の積算体積の50%に達するまで粒子径の小さい粒子から順に粒子の体積を積算したときに最後に積算される粒子の粒子径で表わされる。溶射用粉末の50%粒子径D
50が大きくなるほど、溶射用粉末のプラズマ溶射中にプラズマフレームによって過熱を受けて昇華する虞のある溶射用粉末中の微小粒子の量が少なくなる結果、成膜効率は向上する。この点、溶射用粉末の50%粒子径D
50が0.1μm以上、さらに言えば0.5μm以上、もっと言えば1.0μm以上であれば、成膜効率を実用上特に好適なレベルにまで向上させることが容易となる。
【0014】
溶射用粉末の50%粒子径D
50は10μm以下であることが好ましく、より好ましくは8μm以下、さらに好ましくは7μm以下である。溶射用粉末の50%粒子径D
50が小さくなるほど、溶射用粉末から形成される溶射皮膜中の気孔のサイズが小さくなる結果、溶射皮膜の耐プラズマエロージョン性は向上する。この点、溶射用粉末の50%粒子径D
50が10μm以下、さらに言えば8μm以下、もっと言えば7μm以下であれば、溶射皮膜の耐プラズマエロージョン性を実用上特に好適なレベルにまで向上させることが容易となる。
【0015】
溶射用粉末の50%粒子径D
50に対する溶射用粉末の90%粒子径D
90の比率であるD
90/D
50の値は4以下である。ここで90%粒子径D
90とは、粉末中の全粒子の積算体積の90%以上に達するまで粒子径の小さい粒子から順に粒子の体積を積算したときに最後に積算される粒子の粒子径で表わされる。従って、D
90/D
50の値は、溶射用粉末中の粒子のうち50%粒子径D
50を超える粒子径を有する粒子、すなわち溶射用粉末中の粗めの粒子に関する粒度分布がどの程度ブロードであるかを示す指標となるものである。50%粒子径D
50を大きく超える粒子径を有する粒子、すなわち特に粗めの粒子が溶射用粉末中に多く含まれているほど、溶射用粉末のD
90/D
50の値は大きくなる傾向がある。溶射用粉末のD
90/D
50の値が小さくなるほど、溶射用粉末のプラズマ溶射中にプラズマフレームによって十分に溶融するだけの加熱を受けにくい溶射用粉末中の特に粗めの粒子の量が少なくなる結果、溶射用粉末から形成される溶射皮膜の耐プラズマエロージョン性は向上する。この点、溶射用粉末のD
90/D
50の値が4以下であれば、所要の耐プラズマエロージョン性を有する溶射皮膜を溶射用粉末から形成するうえで特に有利である。溶射皮膜の耐プラズマエロージョン性のさらなる向上という点からは、溶射用粉末のD
90/D
50の値は3.5以下であることが好ましく、より好ましくは3.2以下である。
【0016】
溶射用粉末の安息角は55度以下である。ここで安息角とは、粉末の流動性を示す周知の指標であって、粉末を規定の高さ(例えば288mmの高さ)から水平面上に落下させたときに生じる粉末の山の斜面が水平面に対してなす角度で表される。安息角の小さい溶射用粉末ほど流動性は高い。溶射用粉末の安息角が小さくなるにつれて、粉末供給機から溶射機への溶射用粉末の供給が安定する結果、溶射皮膜から形成される溶射皮膜の耐プラズマエロージョン性は向上する。この点、溶射用粉末の安息角が55度以下であれば、所要の耐プラズマエロージョン性を有する溶射皮膜を溶射用粉末から形成するうえで特に有利である。溶射用粉末から形成される溶射皮膜の耐プラズマエロージョン性のさらなる向上という点からは、溶射用粉末の安息角は52度以下であることが好ましく、より好ましくは50度以下である。
【0017】
溶射用粉末の分散度は4%以上である。ここで分散度とは、粉末の噴流性(フラッシング性)を示す周知の指標であって、規定の大きさのガラス板(例えば、直径10cmの円形ガラス板)の真上で規定の高さ(例えば600mmの高さ)から規定の重量(例えば10g)の粉末を落下させたときに式(1):分散度(%)=[(W−Wg)/W]×100で表される。上式中、Wは落下させた粉末の重量を示し、Wgはガラス板の上に着地した粉末の重量を示す。分散度の高い溶射用粉末ほど噴流性は高い。溶射用粉末の分散度が大きくなるにつれて、溶射機の粉末供給ポートからプラズマフレームに向かっての溶射用粉末の噴射が安定する結果、溶射皮膜から形成される溶射皮膜の耐プラズマエロージョン性は向上する。この点、溶射用粉末の分散度が4%以上であれば、所要の耐プラズマエロージョン性を有する溶射皮膜を溶射用粉末から形成するうえで特に有利である。溶射用粉末から形成される溶射皮膜の耐プラズマエロージョン性のさらなる向上という点からは、溶射用粉末の分散度は6%以上であることが好ましく、より好ましくは7%以上である。
【0018】
溶射用粉末の分散指数は0.4以上であることが好ましく、より好ましくは0.45以上、さらに好ましくは0.5以上である。ここで分散指数とは、(D
90−D
10)/(D
90+D
10)で表される。ただし、D
90は、先に説明した溶射用粉末の90%粒子径を表し、D
10は、粉末中の全粒子の積算体積の10%以上に達するまで粒子径の小さい粒子から順に粒子の体積を積算したときに最後に積算される粒子の粒子径で表わされる溶射用粉末の10%粒子径を表す。溶射用粉末の分散指数が大きくなるほど、溶射用粉末から得られる溶射皮膜の緻密度が向上する結果、溶射皮膜の耐プラズマエロージョン性は向上する。この点、溶射用粉末の分散指数が0.4以上、さらに言えば0.45以上、もっと言えば0.5以上であれば、溶射皮膜の耐プラズマエロージョン性を実用上特に好適なレベルにまで向上させることが容易となる。
【0019】
溶射用粉末の差角は5度以上であることが好ましく、より好ましくは8度以上、さらに好ましくは10度以上である。ここで差角とは、粉末の安息角と崩壊角の差で表される。崩壊角とは、安息角の測定後に規定の衝撃を加えて(例えば、重さ160gの錘を88mmの高さから3回落下させることにより)崩壊させた粉末の山の斜面が水平面に対してなす角度で表される。差角の大きい溶射用粉末ほど噴流性は高い。溶射用粉末の差角が大きくなるにつれて、溶射機の粉末供給ポートからプラズマフレームに向かっての溶射用粉末の噴射が安定する結果、溶射用粉末から得られる溶射皮膜の耐プラズマエロージョン性は向上する。この点、溶射用粉末の差角が5度以上、さらに言えば8度以上、もっと言えば10度以上であれば、溶射皮膜の耐プラズマエロージョン性を実用上特に好適なレベルにまで向上させることが容易となる。
【0020】
溶射用粉末のΖ電位の絶対値は10mV以上であることが好ましく、より好ましくは15mV以上、さらに好ましくは20mV以上である。Ζ電位の絶対値が大きくなるほど、静電気力による溶射用粉末中の粒子の凝集が起きにくくなる結果、溶射用粉末の流動性は向上する。この点、溶射用粉末のΖ電位の絶対値が10mV以上、さらに言えば15mV以上、もっと言えば20mV以上であれば、溶射用粉末の流動性を実用上特に好適なレベルにまで向上させることが容易となる。
【0021】
溶射用粉末から形成される溶射皮膜に存在する直径5μm以上の気孔の数密度は3×10
4個/cm
2以下であることが好ましい。この気孔数密度が低くなるほど、溶射皮膜の耐プラズマエロージョン性は向上する。この点、溶射皮膜に存在する直径5μm以上の気孔の数密度が3×10
4個/cm
2以下であれば、溶射皮膜の耐プラズマエロージョン性を実用上特に好適なレベルにまで向上させることが容易となる。
【0022】
溶射用粉末から形成される溶射皮膜の気孔率は3%以下であることが好ましい。気孔率が小さくなるほど、溶射皮膜の耐プラズマエロージョン性は向上する。この点、溶射皮膜の気孔率が3%以下であれば、溶射皮膜の耐プラズマエロージョン性を実用上特に好適なレベルにまで向上させることが容易となる。
【0023】
本実施形態によれば、以下の利点が得られる。
本実施形態の溶射用粉末は、D
90/D
50の値が4以下と小さく、安息角が55度以下と小さく、かつ、分散度が4%以上と大きいため、所要の耐プラズマエロージョン性を有する溶射皮膜を溶射用粉末から形成するうえで極めて有利である。そのうえ、溶射用粉末に含まれる酸化イットリウム粒子のBET比表面積は1〜25m
2/gであり、このことは、所要の耐プラズマエロージョン性を有する溶射皮膜を溶射用粉末から形成するうえで有利であることに加えて、溶射用粉末から溶射皮膜を形成する際の所要の成膜速度を実現するうえでも有利である。そのため、本実施形態の溶射用粉末は、半導体デバイス製造装置やフラットパネルディスプレイデバイス製造装置などのプラズマエロージョンを防止する目的において有用な溶射皮膜の形成に適するものである。
【0024】
前記実施形態を次のように変更してもよい。
・ 前記実施形態の溶射用粉末は、酸化イットリウム粒子以外の成分を含有してもよい。ただし、酸化イットリウム粒子以外の成分の含有量はできるだけ少ないことが好ましい。
【0025】
・ 前記実施形態の溶射用粉末は、プラズマ溶射以外の溶射法を使用して溶射皮膜を形成する用途で使用されてもよい。ただし、プラズマ溶射の場合には、それ以外の溶射法を使用した場合に比べて、耐プラズマエロージョン性の高い溶射皮膜を溶射用粉末から形成することが容易である。従って、溶射用粉末の好ましい溶射法はプラズマ溶射である。
【0026】
次に、実施例及び比較例を挙げて本発明をさらに具体的に説明する。
実施例1〜13及び比較例1〜7においてはそれぞれ、酸化イットリウム粒子(ただし、比較例7では正確には酸化イットリウム造粒焼結粒子)からなる溶射用粉末を用意し、これを溶射することにより厚さ200μmの溶射皮膜を形成した。ただし、比較例1では、溶射用粉末から溶射皮膜を形成することができなかった。
【0027】
参考例1においては、酸化イットリウム粒子を300度の温度で焼結することにより15mm×15mm×2mmのサイズの焼結体を形成した。
実施例1〜13及び比較例1〜7の溶射用粉末及び溶射用粉末から形成された溶射皮膜の詳細、並びに参考例1で使用した酸化イットリウム粒子及び酸化イットリウム粒子から形成された焼結体の詳細を表1に示す。
【0028】
【表1】
【0029】
表1の“Y
2O
3粒子の純度”欄には、各例で使用した酸化イットリウム粒子の純度を測定した結果を示す。
表1の“BET比表面積”欄には、各例で使用した酸化イットリウム粒子のBET比表面積を測定した結果を示す。
【0030】
表1の“D
50”欄には、各例の溶射用粉末の50%粒子径を測定した結果を示す。
表1の“D
90/D
50”欄には、各例の溶射用粉末の50%粒子径及び90%粒子径の値から50%粒子径に対する90%粒子径の比率を計算した結果を示す。
【0031】
表1の“安息角”欄には、各例の溶射用粉末の安息角を測定した結果を示す。安息角の測定は、(株)セイシン企業製の粉体物性測定器“マルチテスターMT−1001”を使用して行った。
【0032】
表1の“分散度”欄には、各例の溶射用粉末の分散度を測定した結果を示す。分散度の測定は、(株)セイシン企業製の粉体物性測定器“マルチテスターMT−1001”を使用して行った。
【0033】
表1の“分散指数”欄には、各例の溶射用粉末の90%粒子径及び10%粒子径の値から分散指数を計算した結果を示す。
表1の“差角”欄には、各例の溶射用粉末の安息角及び崩壊角の値から差角を計算した結果を示す。安息角及び崩壊角の測定は、(株)セイシン企業製の粉体物性測定器“マルチテスターMT−1001”を使用して行った。
【0034】
表1の“Ζ電位の絶対値”欄には、各例の溶射用粉末のΖ電位の絶対値を測定した結果示す。
表1の“使用した溶射機”欄には、各例の溶射用粉末から溶射皮膜を形成するに際して使用した溶射機を示す。同欄中、Aはノースウェストメテック(Northwest Mettech)社製のプラズマ溶射機“Axial III”を表し、Bはプラクスエア(Praxair)社製のプラズマ溶射機“SG-100”を表す。なお、Axial IIIは3電極式で溶射用粉末の供給がプラズマフレームと同軸で行われる一方、SG-100は1電極式で溶射用粉末の供給がプラズマフレームに対して垂直に行われる。
【0035】
表1の“気孔数密度”欄には、各例の溶射用粉末から形成された溶射皮膜、又は焼結体に存在する直径5μm以上の気孔の数密度を測定した結果を示す。
表1の“気孔率”欄には、各例の溶射用粉末から形成された溶射皮膜、又は焼結体の気孔率を、鏡面研磨後の皮膜断面又は焼結体断面で画像解析法により測定した結果を示す。
【0036】
表1の“耐摩耗性”欄には、各例の溶射用粉末から形成された溶射皮膜、又は焼結体の耐摩耗性を評価した結果を示す。具体的には、JIS H8682-1に準じた往復運動平面摩耗試験(abrasive wheel wear test)による炭素鋼SS400の摩耗体積量に対する同じ往復運動平面摩耗試験による溶射皮膜又は焼結体の摩耗体積量の比率が2.75未満の場合には優(◎)、2.75以上2.90未満の場合には良(○)、2.90以上の場合には可(△)と評価した。
【0037】
表1の“プラズマエロージョンを受けた皮膜の表面粗さ”欄には、各例の溶射用粉末から形成された溶射皮膜に対して表2に示す条件でプラズマエッチングを行い、プラズマエッチングによりエロージョンを受けた後の溶射皮膜の表面粗さを評価した結果を示す。具体的には、プラズマエッチングによるエロージョン後の各溶射皮膜で触針式表面粗さ計を使用して測定される平均表面粗度Raの値が、参考例1の焼結体で同じプラズマエッチングによるエロージョン後に測定される平均表面粗度Raの値の150%未満である場合には優(◎)、150%以上175%未満である場合には良(○)、175%以上200%未満である場合には可(△)、200%以上である場合には不良(×)と評価した。なお、プラズマエロージョンを受けた溶射皮膜で測定される平均表面粗度Raの値が小さいほど、溶射皮膜がプラズマエロージョンを受けたときに発生するパーティクルのサイズも小さい傾向が認められた。したがって、溶射皮膜がプラズマエロージョンを受けたときに発生するパーティクルのサイズを推し量る指標としてプラズマエロージョンを受けた溶射皮膜で測定される平均表面粗度Raの値を用いることができる。
【0038】
表1の“耐プラズマエロージョン性”欄には、各例の溶射用粉末から形成された皮膜の耐プラズマエロージョン性を評価した結果を示す。具体的には、表2に示す条件でのプラズマエッチングによる各皮膜のエロージョン量が、同じプラズマエッチングによる参考例1の粉末から形成された焼結体のエロージョン量の160%未満である場合には優(◎)、160%以上170%未満である場合には良(○)、170%以上180%未満である場合には可(△)、180%以上である場合には不良(×)と評価した。
【0039】
【表2】
【0040】
前記実施形態より把握できる技術的思想について以下に記載する。
・ 溶射用粉末の50%粒子径が0.1〜10μmである請求項1〜4のいずれか一項に記載の溶射用粉末。