特許第5726537号(P5726537)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許5726537-靭性に優れた二相系ステンレス鋼 図000003
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5726537
(24)【登録日】2015年4月10日
(45)【発行日】2015年6月3日
(54)【発明の名称】靭性に優れた二相系ステンレス鋼
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20150514BHJP
   C22C 38/44 20060101ALI20150514BHJP
   C21D 6/00 20060101ALI20150514BHJP
【FI】
   C22C38/00 302H
   C22C38/44
   C21D6/00 102L
【請求項の数】1
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2011-923(P2011-923)
(22)【出願日】2011年1月6日
(65)【公開番号】特開2012-140689(P2012-140689A)
(43)【公開日】2012年7月26日
【審査請求日】2013年10月21日
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100074790
【弁理士】
【氏名又は名称】椎名 彊
(72)【発明者】
【氏名】三田 洋平
(72)【発明者】
【氏名】中間 一夫
【審査官】 鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】 特開平03−082740(JP,A)
【文献】 特開2003−171743(JP,A)
【文献】 特開2010−222695(JP,A)
【文献】 特開平09−202942(JP,A)
【文献】 特開2004−360035(JP,A)
【文献】 特開平05−132741(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 6/00− 6/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C :0.030%以下
Si:1.00%以下
Mn:1.20%以下
Cr:22〜27%
Ni:4.0〜8.0%
Mo:1.0〜5.0%
N :0.1〜0.3%
S :0.0010超〜0.0200%
Ca:0.0005超〜0.0100%
残部:Feおよび不可避不純物からなる組成を有し、フェライト量が40〜80vol%であり、光学顕微鏡組織観察において、長径が10μm以上のγ相が1mm2あたり80個以上であることを特徴とする二相系ステンレス鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塩化物環境をはじめとする腐食環境で使用される耐食性に優れた二相系ステンレス鋼に関する。本発明鋼は、高靭性かつ塩化物環境下での優れた耐食性を有していることから、石油プラントや海水淡水化装置等のシャフト類、バルブ、フランジ、配管類、計測機器等に使用される。
【背景技術】
【0002】
二相系ステンレス鋼は、オーステナイト相とフェライト相からなるステンレス鋼であり、優れた強度と耐食性、特に塩化物環境下での耐孔食性、耐すきま腐食性を有していることから、石油プラントや海水淡水化装置等の幅広い用途で利用されている。また近年のNi原料価格上昇等の影響もあり、省Niで高強度、高耐食性が得られる二相系ステンレス鋼に対する需要が高まっている。
【0003】
一般に、二相系ステンレス鋼の耐食性は、Cr、Mo等の合金元素によってもたらされており、塩化物含有環境中での耐孔食性を表す指標として、下記式で定義される耐孔食性指数(Pitting Resistance Equivalent:PRE)が広く知られている。すなわち、PRE=Cr+3.3Mo+16N、にて表される。ここで、上式中の各元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を意味し、数値が大きいほど耐食性、特に耐孔食性が高いことを示す。
【0004】
また、合金元素としてW添加することで、塩化物環境中での耐食性が向上することから、上述の式にWを加えたPREW式が提案されている。すなわち、PREW=Cr+3.3(Mo+0.5W)+16N、にて表される。ここで、上式中の各元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を意味する。
【0005】
例えば、WO2003/020994号公報(特許文献1)、WO2003/020995号公報(特許文献2)および特開平6−116684号公報(特許文献3)には、一般に二相ステンレス鋼の耐孔食性向上に有効なCr、MoおよびNの含有量およびオーステナイト・フェライト相比を最適化し、W、Cuを含有させて耐食性を高めた二相系ステンレス鋼がそれぞれ提案されている。
【0006】
さらに、WO2005/014872号公報(特許文献4)には、酸化物系介在物の組成および大きさ、単位面積あたりの個数を規定し、耐孔食性を高めた二相系ステンレス鋼およびその製造方法が提案されている。しかしながら、優れた耐孔食性を得るために、酸化物系介在物組成のS濃度を低減するために、合金組成のS含有量を極めて低く規定しているため、製鋼コストが増大するという問題がある。
【0007】
一方で、二相系ステンレス鋼の靭性に関して、σ相析出や475℃脆性が生じた場合は、著しく靭性が低下することが知られており、例えば、特開平1−165720号公報(特許文献5)および特開2008−231464号公報(特許文献6)のように、固溶化熱処理の冷却速度条件を規定する方法が多く提案されている。
【0008】
しかしながら、二相系ステンレス鋼は、一般に脆性破壊を起こさないとされるオーステナイト相とフェライト相の混合組織であるが、ミクロ組織におけるオーステナイト析出状態と靭性の関係については検討されていない。
【特許文献1】WO2003/020994号公報
【特許文献2】WO2003/020995号公報
【特許文献3】特開平6−116684号公報
【特許文献4】WO2005/014872号公報
【特許文献5】特開平1−165720号公報
【特許文献6】特開2008−231464号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
二相系ステンレス鋼の靭性は、合金組成およびオーステナイト・フェライト相比に加え、σ相析出や475℃脆性等の脆化組織による影響が大きい。しかしながら、成分およびフェライト量が同じで、σ相析出や475℃脆性を生じていない場合でも、安定して高靭性を得ることができるわけではない。本発明は、二相系ステンレス鋼のミクロ組織、特にオーステナイト相の析出状態に着目し、靭性に優れた二相系ステレンス鋼を安定して提供することを目的とした。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上述した問題を解消するために、発明者らは鋭意開発を進めた結果、二相系ステンレス鋼の靭性を向上させるには、オーステナイト相の析出状態が靭性に大きな影響を及ぼしうることを見出した。すなわち、二相系ステンレス鋼におけるオーステナイト相は、亀裂伝播抑制効果を有し、靭性向上に寄与しているが、オーステナイト相の長径が10μm未満、或いは、単位面積あたりの存在個数が少ない場合、亀裂伝播効果が小さいことを新たに知見した。
【0011】
その発明の要旨とするところは、
(1)質量%で、C:0.030%以下、Si:1.00%以下、Mn:1.20%以下、Cr:22〜27%、Ni:4.0〜8.0%、Mo:1.0〜5.0%、N:0.1〜0.3%、S:0.0010超〜0.0200%、Ca:0.0005超〜0.0100%、残部:Feおよび不可避不純物からなる組成を有し、フェライト量が40〜80vol%であり、光学顕微鏡組織観察において、長径が10μm以上のγ相が1mm2あたり80個以上であることを特徴とする二相系ステンレス鋼にある
【発明の効果】
【0013】
上述したように、本発明の靭性に優れた二相系ステンレス鋼およびその鋼材は、高靭性かつ高耐食性が求められる石油プラントや海水淡水化装置等のシャフト類、バルブ、フランジ、配管類、計測機器等に使用することができる工業的に極めて優れた効果を奏するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下に本発明の成分範囲の限定理由を説明する。成分含有量に関する%は「質量%」である。
C:0.030%以下
Cは、鋼中に不可避的に含まれる不純物元素であるが、その含有量が多い場合には、固溶化熱処理や溶接等によりフェライト相内または粒界からCr炭化物が生成して、耐食性や靭性の劣化を招く。従って、C含有量の上限値を0.030%以下とする。
【0015】
Si:1.00%以下
Siは、製鋼の際に脱酸材として用いられ、製造および溶接の際の流動性を高める。しかし、Si含有量が多い場合、望ましくない金属間化合物の析出等により靭性の劣化を招くので、その上限値を1.00%以下とする。
【0016】
Mn:1.20%以下
Mnは、Siと同様に製鋼の際に脱酸材として用いられると共に、鋼中に含まれるSを硫化物として固定し熱間加工性を改善する。しかし、Mn含有量が多い場合には耐食性が劣化するため、その上限値を1.20%とする。
【0017】
Cr:22〜27%
Crは、二相系ステンレス鋼の基本成分の一つであり、耐食性を向上させる重要な元素である。基本的な耐食性を満足するために22%以上含有させるが、27%を超えて含有させると有害な金属間化合物の析出を促進し、靭性を劣化させる。従って、Cr含有量は22〜27%とする。
【0018】
Ni:4.0〜8.0%
Niは、オーステナイト安定化元素として用いられ、二相系ステンレス鋼を得るための重要な元素である。オーステナイト・フェライト相比を望ましい値とするため、Ni含有量は4.0〜8.0%とする。
【0019】
Mo:1.0〜5.0%
Moは、ステンレス鋼の耐食性を向上させる非常に有効な元素である。しかし、非常に高価な合金元素であり、5.0%を超えて含有させると金属間化合物の析出を促進し、靭性を劣化させる。従って、Mo含有量は1.0〜5.0%とする。
【0020】
N:0.1〜0.3%
Nは、オーステナイト相に固溶して強度、耐食性を高める有効な元素である。しかし、N含有量が0.3%を超える場合、Cr窒化物析出を促進する。従って、N含有量は0.1〜0.3%とする。
【0021】
S:0.0010超〜0.0200%
Sは、鋼中に不可避的に含まれる不純物元素であり、粒界に偏析して熱間加工性および靭性を劣化させるため、S含有量は少ないほうが望ましい。しかしながら、S含有量を過度に低減することは製鋼時間の長時間化、製造コストの増大を招くため工業上望ましくない。また、Sを硫化物として固定すれば、熱間加工性および靭性を改善することができるため、S含有量は0.0010%超〜0.0200%とする。
【0022】
Ca:0.0005超〜0.0100%
Caは、Sを硫化物として固定し、熱間加工性および靭性の改善に有効な元素である。しかし、Ca含有量が0.0005%以下ではその効果が十分に得られず、0.0100%を超えると非金属介在物が鋼中に多数析出して腐食の起点となり、耐食性が劣化する。従って、Ca含有量は0.0005%超〜0.0100%とする。
【0023】
Al:0.05%以下
Alは、製鋼の際に脱酸材として用いられる。しかし、Al含有量が0.05%を超えた場合、窒化物の析出が促進されるため、その上限値を0.05%以下とする。
【0028】
フェライト量は、二相系ステンレス鋼のオーステナイト・フェライト相比を表す数値であり、機械的性質・耐食性・溶接性・靭性を良好に維持するために重要である。従って、良好な特性を得るために、フェライト量は40〜80vol%とする。
【0029】
本発明者らは、二相系ステンレス鋼のオーステナイト相の析出状態と靭性の関係を検討した結果、オーステナイト相の長径が10μm未満、或いは単位面積あたりのオーステナイト相個数が少ない場合、十分な亀裂伝播抑制効果が得られないことを見出した。従って、良好な靭性が得られるオーステナイト相の析出状態は、光学顕微鏡組織観察において、長径が10μm以上のγ相が1mm2あたり80個以上とする。
【実施例】
【0030】
以下、本発明について実施例によって具体的に説明する。
真空溶解炉にて表1に示す化学成分の100kg鋼塊を溶解し、加熱温度1200℃で径50mmに鍛延した鋼材を、固溶加熱処理(1050℃×30min水冷)を行ったもの供試材とした。試験方法としては、
(1)ミクロ組織観察は、供試材のL面中心部を鏡面仕上げし、10%シュウ酸電解(1A/cm2、30sec)の腐食試験を行った。L面中心部近傍の任意20視野を400倍で観察し、1mm2 あたりに観察される長径が10μm以上のオーステナイト相の個数を求めた。
(2)靭性評価は、供試材の中心部よりシャルピー衝撃試験片(L方向採取ー2mmVノッチ)を作製し、シャルピー衝撃試験を行った。なお試験温度は23℃で行った。
【0031】
【表1】
【0034】
一方、本発明例の二相系ステンレス鋼は、化学成分の最適化によってSによる脆化や炭窒化物およびσ相析出の影響が低減されており、オーステナイト相の亀裂伝播抑制効果に優れたミクロ組織であったため、良好な靭性が得られた。
また、図1に、フェライト量が一定である場合におけるオーステナイト相の析出状態と靭性の関係を示す顕微鏡写真である。この図に示すように、オーステナイト相の亀裂伝播抑制効果を十分に得るためには、(a)から(c)に近づくにつれて高靭性となることから、図1(b)または(c)のようなミクロ組織とする必要がある。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明は、二相系ステンレス鋼の化学成分の最適化およびオーステナイト相の析出状態に着目したものであり、靭性に優れた二相系ステンレス鋼を提供することができる。本発明鋼は、高靭性かつ塩化物環境下での優れた耐食性を有していることから、石油プラントや海水淡水化装置等のシャフト類、バルブ、フランジ、配管類、計測機器等に使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
図1】フェライト量が一定の場合におけるオーステナイト相の析出状態と靭性の関係を示す顕微鏡写真である。
図1