【0022】
W/scCO
2μEにおいて、本発明の界面活性剤がなす作用機構、特に本発明の界面活性剤がW/scCO
2μEにおいて、フッ化炭素化合物の界面活性剤と同程度乃至それに匹敵する水分散能力を有するものになる理由については完全には明らかではないが、以下のように推論される。
本発明の界面活性剤は疎水基、例えばイソステアリル基に多くのメチル(CH
3−)枝分れ鎖が存在する。この多くのメチル枝分れ鎖が、超臨界二酸化炭素の自由体積を増大させ、小さな二酸化炭素分子との溶媒和を促進させると考えられる。さらに、イソステアリル基は、炭化水素部分の炭素原子数が18個と多く、一本の疎水鎖として固まって存在するため、TMN−6(炭化水素部分の炭素原子数は12個)やAOT4(炭化水素部分の炭素原子数が9個×2本)に比べて十分な疎水性を持つ。したがって、イソステアリル基は、W/scCO
2μE用界面活性剤の疎水基に必要な高い親二酸化炭素性と疎水性を併せ持つと考えられる。一方で、親水基である硫酸基は、高い親水性を持つが、二酸化炭素に全くなじまない性質(疎二酸化炭素)を持つ。このような全く相反する親媒性の2つの基(イソステアリル基と硫酸基)を併せ一つの界面活性剤分子とすることで、水/二酸化炭素界面への界面活性剤分子の固定化が強まる、すなわち、水相及び二酸化炭素相への分子溶解量が減り、界面への吸着量が増大し、効率的に水を二酸化炭素中に分散する性質が付与されると考えられる。また、親水基に対して非常に嵩高い疎水基を持つため、逆ミセル(親水基を内側、疎水基を外側にしたミセルであり、W/scCO
2μEを維持させる重要な分子集合体)形態の分子充填を安定化させる。
以上のようなことが働き、イソステアリル硫酸ナトリウムは、炭化水素系界面活性剤でありながら多量の水を分散させたW/scCO
2μEの構築を実現したものと推論される。
【実施例】
【0023】
以下、実施例を挙げて、本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
【0024】
<実施例1>
[界面活性剤:イソステアリル硫酸ナトリウム(C
18H
37OSO
3Na)の合成]
100mLのナスフラスコにイソステアリルアルコール(日産化学工業(株)製、製品名:ファインオキソコール180、グレード:FO−180)5.32g(19.7mmol)及び三酸化硫黄/ピリジン錯体(Acros Organics製)3.79g(23.8mmol)を仕込み、ピリジン(関東化学(株)製)30.0mLを添加して内容物を溶解し、50℃で10時間攪拌した。次に氷水で冷やしながら、この反応溶液に炭酸水素ナトリウム水溶液20.0mL(和光純薬工業(株)製の試薬粉末を水20mLに溶解して調製:1.84mol/L)を添加し、そして50℃で10分間攪拌した。
その後、この反応溶液を分液ロートに移し、水相として飽和食塩水(40mL)を、有機相として1−ブタノール(和光純薬工業(株)製、40mL)を添加し、有機相を分取した。そして、残った水相に1−ブタノール40mLを添加し、有機相を分取するという操作を3回繰り返し、反応生成物を抽出した。次に、pH試験紙を用いて水相がアルカリ性であることを確認した後、脱水のため硫酸カルシウム(W.A.HAMMOND DRIERITE社製、DRIERITE[登録商標](ドライアライト)、10−20mesh)を有機相に添加し、その後硫酸カルシウムを濾過により除去した。得られた濾液を減圧濃縮し、固体(NaCl)が析出してくるたびに濾過により固体を除去しながら減圧濃縮を続けた。そして、80℃で真空乾燥させたシリカゲル(関東化学(株)製、シリカゲル60(球状)、粒径63−210μm)及び硫酸カルシウムであらかじめ脱水した展開溶媒(エタノール(和光純薬工業(株)製):ヘキサン(和光純薬工業(株)製)=1:10)を用いてカラムクロマトグラフィーで3回精製することで、目的物である下記式(8)で表されるイソステアリル硫酸ナトリウム1.77gを得た(収率:24.2%)。
【化5】
【0025】
反応生成物であるイソステアリル硫酸ナトリウム約50mgを石英皿上に精秤し、ホットプレート上で加熱(1回目:350℃で約5分間、2回目:450℃で約5分間、3回目:540℃で約10分間)した後、放冷した。ここに硫酸(関東化学(株)製、ELグレード)を50μL添加し、ホットプレート上で上記と同様に加熱することで白煙処理し、さらに電気炉にて600℃で約60分間熱処理した後、放冷した。ここに硝酸(関東化学(株)製、ELグレード)を1mLと純水を適量加え、ホットプレート上にて200℃で加熱することで前記イソステアリル硫酸ナトリウムを溶出させ、デジチューブを用いて純水により50mLに希釈した。この溶液のNa含有量をICP−OES装置(SII(株)製、Vista−PRO)により分析し、あらかじめナトリウムイオン標準液(和光純薬工業(株)製、イオンクロマトグラフ用(Naイオン:1,000mg/L))を希釈して調製した溶液で作成した検量線を用いて算出した。数回の定量分析の平均値として得られた反応生成物のイソステアリル硫酸ナトリウムのNa含有量は5.3wt%(理論値:6.2wt%)であった。
【0026】
<実施例2>
[水/超臨界二酸化炭素/イソステアリル硫酸ナトリウム混合物の相挙動観察−1]
内部が見えるような窓を備えた容積可変型耐圧セル(多摩精器工業(株)製、内径:24mm)を
図1に示すように装置として組み立て、水/超臨界二酸化炭素/イソステアリル硫酸ナトリウム混合物の相挙動観察を行った。
容積可変型耐圧セル内のピストン前部(窓側)に実施例1で得られたイソステアリル硫酸ナトリウム(不純物として13.9%のイソステアリルアルコールを含有する)0.143g(0.386mmol)を仕込み、密閉した後に真空ポンプを用いて容積可変型耐圧セル内を乾燥した。次に容積可変型耐圧セル内の温度を35℃に設定し、容積可変型耐圧セルのピストン前部に二酸化炭素(日本液炭(株)製、純度99.99%以上)20g(イソステアリル硫酸ナトリウム濃度(対二酸化炭素):0.08mol%)を圧入した。そして、容積可変型耐圧セルの温度を75℃まで上げた後、容積可変型耐圧セルのピストン後部の圧力を34.3MPa(350kgf/cm
2)まで上げ、一晩撹拌することでイソステアリル硫酸ナトリウムを二酸化炭素中に溶解させ、透明な均一相が得られるのを目視で確認した。なお、以下に示す容積可変型耐圧セル内の圧力は、容積可変型耐圧セルのピストン後部の二酸化炭素を昇圧・減圧することで調節されるものである。
次にこの均一相の状態から、容積可変型耐圧セル内の圧力を徐々に低下させ、耐圧セル内が曇り始める(界面活性剤が析出し始め、不均一相となる)圧力(以下、相境界圧力と表記)を75℃から35℃まで10℃間隔で測定(目視で確認)した。なお、この状態の相境界圧力は、二酸化炭素中に0.08mol%のイソステアリル硫酸ナトリウムが溶解できる限界の圧力である。
そして、35℃までの相境界圧力を測定した後、6ポートバルブを使用して容積可変型耐圧セル内に水を40μL導入し、透明な均一相が得られるまで75℃、34.3MPa(350kgf/cm
2)で撹拌を行った。
【0027】
透明な均一相が得られたのを目視で確認後、再度容積可変型耐圧セル内の圧力を徐々に低下させ、相境界圧力を測定(75℃から35℃まで10℃間隔)した後、セル内に水を40μL導入するという上記と同様な操作を繰り返し行った。この操作を75℃、34.3MPa(350kgf/cm
2)で均一相が形成されなくなるまで行うことで相境界圧力のデータを収集した。なお均一相は二酸化炭素中に溶解しないはずの量の水が存在する場合は、マイクロエマルション相であり、圧力低下により現れる白濁相はマクロエマルション相であり、相境界圧力はこれらの相の境界の圧力を表す。
(測定)系内に存在する界面活性剤(イソステアリル硫酸ナトリウム、1モル)に対する水のモル比をW
0とし、各W
0における相境界圧力と温度の関係を表1及び
図2に示す。なお、W
0が75.1より大きい条件下では、35〜75℃の温度範囲、40MPa以下の圧力範囲ではマイクロエマルション相の形成は確認されず、水相が分離した析出相のみが現れた。
【0028】
図3は、水/超臨界二酸化炭素/イソステアリル硫酸ナトリウム混合物の相図として、温度・超臨界二酸化炭素の密度に対するW
0Cの関係を示す。ここで、W
0Cは1モルのイソステアリル硫酸ナトリウムが超臨界二酸化炭素中に分散できる水のモル比を表し、W
0から超臨界二酸化炭素に溶解できる水のモル数を減じた値である。また、図中に表記されるμEはマイクロエマルションを意味し、μEで表記される領域ではマイクロエマルションの形成が確認され、それ以外のEで表記される領域ではマクロエマルション相・水相が析出した析出相が形成された。
【0029】
【表1】
【0030】
表1に示すように、40MPa以下の圧力範囲において界面活性剤であるイソステアリル硫酸ナトリウムは35℃でW
0=34.7(15.40MPa)、45℃でW
0=40.5(19.71MPa)、55℃でW
0=63.6(24.22MPa)、65℃でW
0=63.6(26.18MPa)、75℃でW
0=75.1(30.11MPa)と高度にマイクロエマルションを形成可能である。通常、超臨界二酸化炭素中での界面活性剤のマイクロエマルション形成能力はW
0から二酸化炭素に溶解する水の量を差し引いたW
0Cで表記されるが、W
0から差し引く値が〜15程度であるため、本発明の界面活性剤であるイソステアリル硫酸ナトリウムのマイクロエマルション形成能は、公知の炭化水素系界面活性剤であるTMN−6(W
0C=20程度)と比較して非常に高いといえる。実際に、
図3には温度・超臨界二酸化炭素の密度に対するW
0Cの関係として水/超臨界二酸化炭素/イソステアリル硫酸ナトリウム混合物の相図が示されるが、W
0Cが高い領域まで、更に幅広い領域でマイクロエマルション相の形成が確認され、前記界面活性剤(TMN−6)より高いマイクロエマルション形成能を有するといえる。
【0031】
<実施例3>
[水/超臨界二酸化炭素/イソステアリル硫酸ナトリウム混合物の相挙動観察−2]
実施例2と同様に、
図1のように組み立てた装置を用いて水/超臨界二酸化炭素/イソステアリル硫酸ナトリウム混合物の相挙動観察を行った。なお、本系ではマーカーとしてp−トルエンスルホン酸ナトリウムを用いた。
容積可変型耐圧セル内のピストン前部(窓側)に実施例1で得られたイソステアリル硫酸ナトリウム(不純物として13.9%のイソステアリルアルコールを含有する)0.143g(0.386mmol)を仕込み、密閉した後に真空ポンプを用いて容積可変型耐圧セル内を乾燥した。次に容積可変型耐圧セル内の温度を35℃に設定し、容積可変型耐圧セルのピストン前部に二酸化炭素(日本液炭(株)製、純度99.99%以上)20g(イソステアリル硫酸ナトリウム濃度(対二酸化炭素):0.08mol%)を圧入した。そして、容積可変型耐圧セルの温度を75℃、容積可変型耐圧セルのピストン後部の圧力を37MPaにして、撹拌することで透明・均一なイソステアリル硫酸ナトリウム/二酸化炭素溶液を得た。次にp−トルエンスルホン酸(和光純薬工業(株)製)0.0392gを水40mLに溶かし、その後、6ポートバルブと高圧ポンプを利用して炭酸水素ナトリウム(和光純薬工業(株)製)で中和することで調製した0.1wt%p−トルエンスルホン酸ナトリウム水溶液をマーカー溶液として40μL添加し、攪拌した。均一な一液相を得たところで、装置に接続した石英窓を有する耐圧分光セル((有)エルテックス製、光路長10mm)を通して分光光度計((株)日立ハイテクノロジーズ製、U−2810)によりUV−Vis吸収スペクトルを測定した。40μLのp−トルエンスルホン酸ナトリウム水溶液の添加・撹拌、UV−Vis吸収スペクトルの測定を繰り返し行うことで、W
0=86.5(W
0C=71.5)までのデータを収集した。
【0032】
図4及び
図5は、各W
0(W
0C)におけるUV−Vis吸収スペクトルを示す。p−トルエンスルホン酸ナトリウムに由来する吸収が300〜340nmに確認され、その吸光度はW
0=57.6(W
0C=42.6)まで増加し続けた(
図4)。一方、W
0=57.6(W
0C=42.6)以上では吸光度の増加はほぼ飽和し、逆に少しずつ減少する傾向が見られた(
図5)。なお測定したW
0においては透明な均一相であることが確認され、目視では析出物は観察されなかった。
【0033】
図6は、W
0又はW
0Cに対するUV−Vis吸収スペクトルの318nmにおける吸光度変化を示す。前述のように、W
0=57.6(W
0C=42.6)までは吸光度の増加が見られ、添加したマーカーのp−トルエンスルホン酸ナトリウム水溶液はマイクロエマルション内部に取り込まれ、超臨界二酸化炭素中に分散していることが確認された。一方、W
0=57.6(W
0C=42.6)以上では、吸光度の緩やかな減少が見られ、目視で明確に析出相が確認されなかったことからWinsor−II型マイクロエマルション相の形成が起こっているものと考えられる。なお、Winsor−II型マイクロエマルション相とは、マイクロエマルション相に取り込まれなかった(分散されなかった)過剰の水が、マイクロエマルションから分離している相のことである。
以上の結果から、W
0C=35程度の水を確実にマイクロエマルションとしてイソステアリル硫酸ナトリウムにより分散できることが明らかであり、公知で炭化水素系の界面活性剤として最高水準であるTMN−6(W
0C=20程度)と比較して約1.5倍以上のマイクロエマルション形成能を有することが明らかである。
なお、マーカーのp−トルエンスルホン酸ナトリウムによりマイクロエマルションの形成が不安定化されていることが考えられ、実施例2のように純水を用いた場合にはより高いW
0Cまでマイクロエマルションを形成していると考えられる。