【実施例】
【0097】
以下に本発明の実施例を説明するが、本発明はこれら実施例に限られるものではない。
【0098】
<細菌の調整>
本実施例で使用した細菌について、その特徴と培養方法を以下に説明する。
【0099】
(1)Pseudomonas sp. 4C-C株
この細菌は、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに平成18年3月13日付けで受託番号FERM P−20840として受託されているセレン酸還元菌であり、メタノールやエタノール等の低級アルコールをエネルギー源として、嫌気条件下で、セレン酸を亜セレン酸に還元する能力を有するセレン酸還元菌である。しかも、この細菌は、硝酸イオンや亜硝酸イオンの存在下においても
、セレン酸の還元と同時に硝酸イオンや亜硝酸イオンを窒素ガスに還元する能力を有している。尚、この細菌は、亜セレン酸を元素セレンに還元する能力も有しているが、その還元速度は低い(電力中央研究所報告V06017参照)。以降の説明では、この細菌をセレン酸還元菌と呼ぶこととする。
【0100】
セレン酸還元菌は、30℃、好気、30rpm、約24時間の条件で、汎用の栄養培地(Nutrient Broth 16.0g/L、NaCl 5.0g/L、pH 7.0)で前培養を行った後、8000rpm、10分間の遠心分離で集菌し、リン酸緩衝液(Na
2HPO
4 9.0g/L、KH
2PO
4 1.5g/L、pH 7.5)への懸濁と、同条件の遠心分離を二回、洗浄のために行い、最終的には適量のリン酸緩衝液に懸濁させて実験に供した。
【0101】
(2)Paracoccus pantotrophus JCM-6892株(旧種名:denitrificans)
この細菌は、セレン酸の還元能力を持たないが、嫌気条件下で亜セレン酸を元素セレンに還元する能力を持つ細菌である。しかも、この細菌は、硝酸イオンや亜硝酸イオンの存在下においても
、亜セレン酸の還元と同時に硝酸イオンや亜硝酸イオンを窒素ガスに還元する能力を有している(電力中央研究所報告V06017参照)。以降の説明では、この細菌を亜セレン酸還元菌と呼ぶこととする。
【0102】
亜セレン酸還元菌は、振とう速度を120rpmとした以外は、セレン酸還元菌と同様の条件で前培養、集菌及び洗浄を行い、最終的には適量のリン酸緩衝液に懸濁させて実験に供した。
【0103】
(3)Desulfovibrio sp. HT-1株
この細菌は、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに平成20年5月21日付けで受託番号FERM P−21577として受託されている硫酸還元菌であり、メタノールやエタノール等の低級アルコールをエネルギー源として硫酸を還元し、硫化水素を生成する能力を有している。この硫化水素によって亜セレン酸が化学的に還元される(電力中央研究所報告V07015参照)。以降の説明では、この細菌を硫酸還元菌と呼ぶこととする。
【0104】
硫酸還元菌は、30℃、嫌気(窒素置換)、120rpm、約1週間の条件で、クエン酸と乳酸を主な有機物源とする硫酸還元細菌用の培地(Na
3(C
3H
5O(COO)
3)・2H
2O 5.0g/L、Na(C
2H
5OCOO) 3.5g/L、酵母抽出物 1.0g/L、MgSO
4・7H
2O 2.0g/L、CaSO
4 1.0g/L、NH
4Cl 1.0g/L、K
2HPO
4 0.5g/L、pH 7.2)で、前培養を行った後、集菌と洗浄をセレン酸還元菌と同様の条件で実施し、最終的には適量のリン酸緩衝液に懸濁させて実験に供した。
【0105】
<分析方法>
セレン酸と亜セレン酸は、イオンクロマトグラフ分析器ISC−1500にAS12Aカラム(いずれもDionex)を組み合わせて測定した。有機物指標としては、溶解性TOCをTOC−TN測定装置TNC−6000(東レエンジニアリング)で測定した。試料のろ過には、セレン酸と亜セレン酸のみのを測定する場合は、孔系0.2μmの酢酸セルロースろ紙DISMIC−13cp(東洋濾紙)を、TOCも測定する場合は、孔系0.3μmのガラス繊維ろ紙GF−75(東洋濾紙)を用いた。
【0106】
[比較例1]
カラム型の容器にセレン酸還元細菌の包括固定化担体を充填し、上向流で通水する処理装置を作製して、セレン酸還元処理能について検討した。
【0107】
(1)包括固定化担体の作製
以下の4種の包括固定化担体を作製した。
(a)セレン酸還元菌のみ(Ps)
(b)セレン酸還元菌+亜セレン酸還元菌(Ps+Pa)
(c)セレン酸還元菌+硫酸還元菌(Ps+De)
(d)セレン酸還元菌+亜セレン酸還元菌+硫酸還元菌(Ps+Pa+De)
【0108】
各担体ごとに、セレン酸還元菌は、<細菌の調整>において使用した培養液750mLから、亜セレン酸還元菌と硫酸還元菌は同じく培養液500mLから必要に応じて集菌し、集菌と洗浄の後に、細菌懸濁液が15mLとなるように調整した。
【0109】
これを45mLの光硬化性樹脂PVA-SbQ/SPP-H-13(東洋合成工業)と混ぜて、直径9cmのシャーレに注ぎ、両面にメタルハライドランプを20分間ずつ照射して、全体を固めた。その後、固形物をシャーレから取り出して、一辺が1cm弱の立方体となるように切り分けた。
【0110】
できあがった担体は、100mgSe/L相当のセレン酸ナトリウムと1g/L相当のエタノールを加えた表1の人工基質(低塩分)に浸漬した。培地の交換を挟んで1週間ほど馴養したところ、浸漬の直後からセレン酸の還元が確認された。また、担体が元の1.5倍程度の大きさまで膨潤した。この状態の担体を通水実験に用いた。尚、表1におけるTrace Metal Sol.(微量必須元素の混合溶液)は、文献(齋藤利晃ら:主要ポリリン酸蓄積細菌2種の消長に与える亜硝酸の影響、環境工学研究論文集、Vol.46、659-663、2009.)に掲載されているものと同様のものとした。
【0111】
【表1】
【0112】
(2)装置の設定および運転条件
有効容積150mL(内径4cm、高さ12cm)の円筒形カラムに、包括固定化担体のほぼ全量を充填した。カラム内には、エタノールを封入したポリエチレン製の袋(ポリエチレン厚さ:0.05mm厚、3cm×8cm)も設置した。ポリエチレンフィルムのエタノール透過性により、袋内に封入されたエタノールが袋の外に徐放され、一日あたり9mgC(25℃)相当のエタノールが供給される。
【0113】
この装置に、表1の人工基質(低塩分)を通水した。はじめの15日間はセレン酸濃度20mg/Lで流速620mL/d、その後の22日間はセレン酸濃度5mg/Lで流速1300mL/dとした。水理学的滞留時間(HRT)は、それぞれ5.8時間、2.8時間となる。また、供給有機物濃度は、それぞれ15mgC/L、7mg/Lとなる。温度は約25℃とした。尚、嫌気状態とするための窒素置換や通気を行うことなく、運転を実施した。
【0114】
この実験におけるセレン酸及び亜セレン酸の還元能力について、装置容積あたりの還元速度に換算して表記した結果を
図6A及び
図6Bに示す。尚、
図6Aは装置容積あたりのセレン酸の還元速度であり、
図6Bが装置容積あたりの亜セレン酸の還元速度である。また、図中、点線は速度の上限(流入セレン酸の全量が還元された場合の速度)である。尚、セレン酸の還元速度は、セレン酸濃度の減少量をHRTで除したものであり、亜セレン酸の還元速度は、セレン酸濃度と亜セレン酸濃度の合計の減少量をHRTで除したものである。
【0115】
実験開始から15日目まで(流入セレン酸濃度20mg/L)は、セレン酸の8〜9割が還元されており、容積あたりの速度に換算して約70mg/(L・日)であった。固定化した細菌による差は、ほとんど見られなかった。
【0116】
また、セレン酸の還元に比べると遅いが、一定量の亜セレン酸の還元も生じていた。亜セレン酸の還元速度は、3種類の細菌を混合した担体が約25mg/(L・日)であり、他の担体の約15mg/(L・日)に比べて高かった。
【0117】
実験16日目から37日目まで(流入セレン酸濃度5mg/L)では、担体ごとのセレン酸還元速度に差が見られるようになった。最も高速なのはセレン酸還元菌のみの担体(a)で、セレン酸の8割程度が還元されており、速度は約35mg/(L・日)であった。以下、亜セレン酸還元菌混合担体(b)、3種混合担体(d)、硫酸還元菌混合担体(c)の順で速度が下がった。また、これらの還元速度は、セレン酸還元菌のみの担体(a)の約半分であった。
【0118】
亜セレン酸の還元速度は、3種混合担体(d)では約15mg/(L・日)となった。しかしながら、他の担体では、亜セレン酸の還元がほとんど生じなくなった。
【0119】
以上の結果から、包括固定化担体を用いることで、嫌気状態とするための窒素置換や通気を行わずに開放系の連続通水処理を行うことにより、セレン酸を亜セレン酸に還元することが可能であることが明らかとなった。即ち、装置の構成を上向流カラム型とするとともに、セレン酸の還元に必要な量以上の有機物を供給することで、装置内の排水と空気との接触面積が極めて小さい構成として、通性細菌であるセレン酸還元菌に流入水中の溶存酸素を消費させることで、装置内の大部分を嫌気条件とでき、セレン酸還元菌にセレン酸還元能を発揮させるために十分な嫌気状態を保つことができたと考えられた。
【0120】
また、セレン酸還元菌のみを固定化した担体(a)のセレン酸還元速度が、他の担体(b)〜(d)よりも高かったことも注目すべきことである。この傾向は滞留時間の短い条件において目立っていたことから、菌体とセレン酸やエタノールとの接触効率に起因するものと推察される。したがって、担体内の表面付近で基質との接触が容易な空間に、セレン酸還元菌を多く保持できる条件とすることにより、セレン酸の還元速度を高められる可能性があると考えられる。具体的には、セレン酸還元菌のみを固定化する方法に加えて、表面積全体を増やす方法が考えられる。
【0121】
但し、いずれの方法を選んだとしても、元素セレン粒子の蓄積の問題が生じ得る。本実験において、約40日間の実験後には、セレン酸還元菌のみを固定化した担体(a)でも、元素セレンとみられる赤い着色があった。セレン酸還元菌は、セレン酸を亜セレン酸に還元する能力だけでなく、亜セレン酸を元素セレンに還元する能力も僅かながら有している。このことは、セレン酸還元菌において一般的に生じ得ることである。元素セレンが担体内に蓄積するほど、セレン酸還元菌が機能するための有効な空間が狭まるため、セレン酸の還元速度が低下すると予想される。本実験でも、最終的に赤色が濃かった担体(b)〜(d)では、セレン酸の還元速度が低下する傾向を示した。尚、実際の脱硫排水におけるセレン酸の負荷量は、本実験よりも相当に低いと想定されるため、これほど短期間で速度が低下することはないと考えられる。それでも、処理速度の低下にともなう担体の更新が見込まれることは、処理費用の面で考慮すべき課題であると考えられる。
【0122】
[実施例1]
包括固定化担体を用いた場合よりも、より長期に亘って安定したセレン酸還元処理能を発揮することのできる方法について検討した。
【0123】
具体的には、比表面積の大きな担体に菌体を付着させた微生物付着担体をカラムの充填材として、比較例1と同様、上向流で通水する処理装置を作製して、セレン酸還元処理能について検討した。
【0124】
(1)微生物付着担体の作製
担体にはロックウール(日鉄環境エンジニアリング)を用いた。ロックウールは、微細な繊維が集まった粒状綿である。ケイ酸カルシウムを主成分とする素材で、中性付近では溶解や溶出がほとんど見られない。また、単独ではセレン酸や亜セレン酸の吸着能力がないことを事前に確認した。
【0125】
有効容積1000mL(内径5cm、高さ50cm)の円筒形カラムに、前述のロックウール100mL相当を充填し、体積充填率を約10%とした。また、カラムの前に小型容器を配置して、この中にメタノール封入ポリエチレン袋(ポリエチレン厚さ:0.05mm厚、3cm×6cm)、またはエタノール封入ポリエチレン袋(ポリエチレン厚さ:0.05mm厚、3cm×8cm)を収容し、被処理水を小型容器を介してカラムに通水させることで、カラムに有機物が供給されるようにした。尚、メタノール封入ポリエチレン袋からは、1日に11mgC(20℃)〜18mgC(25℃)相当のメタノールが供給される。また、エタノール封入ポリエチレン袋からは、1日に10mgC(20℃)〜18mgC(25℃)相当のメタノールが供給される。実験開始から55日目まではメタノール封入ポリエチレン袋を用い、実験開始から56日目以降はエタノール封入ポリエチレン袋を用いた。
【0126】
この装置に、表1の人工基質(低塩分)を流速2400mL/dで通水することで、HRTを10時間とした。流入水のセレン酸濃度20mg/Lで実験を始めた後、濃度を10mg/Lに下げて運転を続けた。温度は20〜25℃とした。供給有機物濃度は、4mg/L(20℃)〜8mg/L(25℃)であった。
【0127】
まず、セレン酸還元菌の懸濁液を実験開始から1日の間カラムに循環させることで、ロックウールへのセレン酸還元菌の付着を試みた。この方法では、付着の直後に一定量(流入セレン酸濃度20mg/Lに対して1〜2mg/L)の還元が見られたが(
図7、●:セレン酸濃度、○:亜セレン酸濃度)、還元能力はすぐに衰えてしまった。このことから、単に細菌懸濁液をカラムに通水するのみでは、ロックウールにセレン酸還元菌を十分に付着させることができないものと考えられた。
【0128】
そこで、セレン酸還元菌(培養液6Lからの集菌分)の懸濁液30mLに、300〜500mg/L相当のポリ塩化アルミニウム(無機凝集剤)を添加し、菌体を視認できる大きさまで凝集させた。そして、凝集菌体を含む懸濁液を、実験開始22日目〜49日目にかけて、週に1回の頻度で、カラムに通水した。
【0129】
その結果、付着直後の還元速度の急上昇と、上昇分の半分程度までの低下を繰り返しながら、セレン酸の還元速度が徐々に高まっていった。このことから、凝集後であれば、一過性の通水でも凝集菌体をロックウールに十分に付着させられることが明らかとなった。さらに、実験56日目に、供給有機物をメタノールからエタノールに変更したところ、流入セレン酸のほぼ全量が還元されるようになった(
図7)。
【0130】
次に、ロックウールにセレン酸還元菌、亜セレン酸還元菌及び硫酸還元菌を付着させて実験を行った。セレン酸還元菌(培養液6Lからの集菌分)と亜セレン酸還元菌(培養液 Lからの集菌分)の懸濁液30mLに、300〜500mg/L相当のポリ塩化アルミニウム(無機凝集剤)を添加し、菌体を視認できる大きさまで凝集させた。そして、凝集菌体を含む懸濁液を、実験開始直後と13日目に、カラムに通水した。また、亜セレン酸還元菌(培養液0.5〜1Lからの集菌分)の懸濁液30mLに、300〜500mg/L相当のポリ塩化アルミニウム(無機凝集剤)と2〜5mg/L相当のアクリルアミド−N,N−アクリル酸ジメチルアミノエチル共重合体(高分子凝集剤)を添加し、菌体を視認できる大きさまで凝集させた。そして、凝集菌体を含む懸濁液を、実験開始37日目に、カラムに通水した。さらに、硫酸還元菌(培養液1Lからの集菌分)の懸濁液に、300〜500mg/L相当のポリ塩化アルミニウム(無機凝集剤)を添加し、菌体を視認できる大きさまで凝集させた。そして凝集菌体を含む懸濁液を、実験開始62日目、69日目、及び78日目に、カラムに通水した。
【0131】
また、実験全期間に亘って、エタノール封入ポリエチレン袋を用い、カラムにエタノールを供給した。
【0132】
実験結果を
図8に示す。
図8の還元速度は、
図6における還元速度の同様の方法で算出したものである。実験開始3日目の時点で、流入セレン酸のほぼ全量が還元されることが確認できた。
【0133】
また、
図7及び
図8に示される結果から、流入セレン酸のほぼ全量が還元されていることが確認できた。その際の還元速度は、流入セレン酸濃度が20mg/Lの時に48mg/(L・日)、同じく10mg/Lの時に24mg/(L・日)であった。しかも、いずれの実験においても、150日以上の長期間に亘って、セレン酸還元能が低下することなく維持された。尚、セレン酸の全量が還元されていない時期も一部で見られたが、この時期には空調の不具合があり、温度低下に起因してセレン酸還元菌の還元能力が低下したものと考えられた。
【0134】
また、セレン酸還元菌と亜セレン酸還元菌と硫酸還元菌の3種細菌を付着させた場合には、流入セレン酸濃度の1割に相当する亜セレン酸が還元されていた。また、元素セレンと見られる赤い着色がカラム全体に見られたが、カラム通過後の処理水は無色であり、また、カラムの閉塞による通水速度の減少などの問題も生じなかった。
【0135】
以上の結果から、実施例1における微生物付着担体を充填したカラム装置を使用することで、比較例1の包括固定化担体を充填したカラム装置を使用する場合よりも、長期に亘って安定してセレン酸の還元処理を実施できることが明らかとなった。
【0136】
尚、付着担体として用いたロックウールは、非常に大きな比表面積を持ち、セレン酸還元菌が機能するための空間が包括固定化担体よりも大きい。さらに、元素セレン等の不溶性セレンの蓄積が進んだとしても、担体の交換ではなく逆洗で対処できる構造となっている。これらの特徴から、微生物付着担体は、包括固定化担体よりも長期間の使用に適していると言える。
【0137】
[実施例2]
実施例1の検討結果に基づき、さらにセレン酸処理と亜セレン酸処理の併用について検討した。
【0138】
具体的には、表2に示す条件について、検討を行った。尚、表2において、Psはセレン酸還元菌、Paは亜セレン酸還元菌、Deは硫酸還元菌を意味している。また、単独4の条件ではメタノールを供給したが、それ以外の条件ではエタノールを供給して実験を行った。
【0139】
【表2】
【0140】
また、表2において、未加工の担体は、実施例1で使用したロックウールである。FFは、実施例1で使用したロックウールにハイドロタルサイト(マグネシウム)系の吸着剤を付着させたロックエースFF(日鉄環境エンジニアリング)である。SFは、実施例1で使用したロックウールに活性水酸化鉄系の吸着剤を付着させたロックエースSF(日鉄環境エンジニアリング)である。尚、ロックエースFFとロックエースSFは、亜セレン酸用の吸着材として入手したものである。表1の人工基質(高塩分)を1週間ほど通水し、セレン酸イオンの吸着が見られないことを確認するとともに、十分に付着していなかった吸着剤成分を洗い流した。
【0141】
微生物を付着させる場合、1回の付着で用いた細菌の量は、セレン酸還元菌は培養液1.5Lからの集菌分、亜セレン酸還元菌は培養液0.5Lからの集菌分、硫酸還元菌は培養液1.2Lからの集菌分とした。凝集菌体の作製には、300〜500mg/L相当のポリ塩化アルミニウム(無機凝集剤)と2〜5mg/L相当のアクリルアミド−N,N−アクリル酸ジメチルアミノエチル共重合体(高分子凝集剤)を併用した。凝集菌体を含む懸濁液は、実験開始直後に通水して付着させた。
【0142】
本実験では、実排水の処理条件に近づけるため、表1に示す人工基質(高塩分)を通水し、流入セレン酸濃度:5mg/L、供給有機物(エタノール)濃度:4mgC/Lから段階的に増加、1カラムのHRT:3.8時間として運転を行った。また、運転中は、温度を30℃に制御し続けた。さらに、本実験では、比較例1で使用した150mLの円筒形カラムを使用したことから、実施例1のカラムと比較して内径が小さくなり、その結果としてロックウール充填率が10%から5〜7%に低下した。
【0143】
(1)二連の実験結果
二連の実験結果を
図9〜
図11に示す。
図9Aが二連1の前段の結果を示し、
図10Aが二連2の前段の結果を示し、
図11Aが二連3の前段の結果を示している。また、
図9Bが二連1の後段の結果を示し、
図10Bが二連2の後段の結果を示し、
図11Bが二連3の後段の結果を示している。また、図中、●はセレン酸濃度、○は亜セレン酸濃度、×はTOC濃度を表している。▽は細菌の添加を表している。
【0144】
まず、
図9A〜
図11Aに示される二連1〜3の前段の結果について検討する。有機物(エタノール)供給量が4mg/L相当の期間(実験開始から14日目まで)では、3種類とも、処理水中のセレン酸濃度の増加と亜セレン酸濃度の減少、すなわちセレン酸の還元能力の低下が進んだ。そこで、有機物供給量を6mg/L相当に増やして(実験14日目)、セレン酸還元菌の凝集菌体を含む懸濁液を実験18日目に通水したところ、流入セレン酸5mg/Lのうち、半分程度が亜セレン酸まで還元されるようになった。装置容積あたりの還元速度に換算すると、16mg/(L・日)に相当する。その後、還元速度の向上を期待して有機物供給量を8mg/L相当まで増やしたところ(実験28日目)、一時的にセレン酸のほぼ全量が還元されるようになったものの、セレン酸の還元能力は再び低下傾向を示した。以上の結果から、本実施例における運転条件では、有機物供給量を6mg/L以上〜8mg/L未満とすることで、セレン酸還元菌のセレン酸の高い還元能力を維持できることが明らかとなった。
【0145】
次に、
図9B〜
図11Bに示される二連1〜3の後段の結果について検討する。後段における亜セレン酸の処理には、二連1の設定(細菌混合)と二連3の設定(ロックエースSFの使用)が有効であった。
【0146】
また、二連1の後段について、亜セレン酸還元菌と硫酸還元菌は、セレン酸の還元能力を有していないにもかかわらず、前段での有機物供給量を6mg/Lに増やした実験14日目以降はセレン酸の全量が、同じく8mg/Lに増やした実験35日目以降は亜セレン酸の全量が、装置全体として還元できるようになっていた(
図9B)。これは、前段に付着していたセレン酸還元菌が非意図的に後段の担体に植種されたことに起因するものと考えられる。
【0147】
また、二連3の後段について、前段からの亜セレン酸の供給が安定しなかったものの、実験開始から25日目まで、亜セレン酸の全量が除去されていることが確認された(
図11B)。
【0148】
尚、二連2の後段についても、一定量の亜セレン酸の減少が見られたが、亜セレン酸残存量は二連3の後段の結果よりも高かった(
図10B)。
【0149】
以上の結果から、本実験の運転条件にて、前段カラムと併用するための亜セレン酸の処理方法としては、亜セレン酸還元菌の凝集菌体及び硫酸還元菌の凝集菌体をロックウール(未加工)に付着させた微生物付着担体、ロックウールにハイドロサイト系吸着剤を付着させたロックエースFF、ロックウールに活性水酸化鉄系吸着剤を固定したロックエースSFを用いた方法を採用することができるが、特に亜セレン酸還元菌の凝集菌体及び硫酸還元菌の凝集菌体をロックウール(未加工)に付着させた微生物付着担体、ロックウールに活性水酸化鉄系吸着剤を固定したロックエースSFを用いた方法を採用することが好適であることが明らかとなった。
【0150】
(2)単独カラム型での実験結果
単独カラム型での実験結果を
図12〜
図15に示す。
図12が単独1条件、
図13が単独2条件、
図14が単独3条件、
図15が単独4条件である。また、図中、●はセレン酸濃度、○は亜セレン酸濃度、▽は細菌の添加を表している。
【0151】
ロックウール(未加工)にセレン酸還元菌の凝集菌体、亜セレン酸還元菌の凝集菌体、及び硫酸還元菌の凝集菌体を付着させた単独1条件では、有機物(エタノール)の供給量の条件ごとに、特徴的な性質を示した。即ち、4mg/Lの有機物供給量ではセレン酸の還元が進まなかった。一方、供給量を6mg/Lに増やした際には、セレン酸還元菌の凝集菌体を追加しなくても、流入セレン酸5mg/Lの半分程度が亜セレン酸まで還元された。但し、生成した亜セレン酸の還元は進まなかった。さらに有機物供給量を8mg/Lまで増やすと、セレン酸の還元能力がやや高まるとともに、亜セレン酸の還元が進むようになった。最終的には、処理水中のセレン酸濃度が1.5〜2mg/L、亜セレン酸濃度が検出限界以下に落ち着いた。したがって、本実施例の条件においては、セレン酸還元菌の凝集菌体に加えて、亜セレン酸還元菌の凝集菌体及び硫酸還元菌の凝集菌体を担体に付着させることは、亜セレン酸の還元能力を付与するだけでなく、セレン酸の還元能力を高めに安定化させる効果があったと言える。
【0152】
この要因の一つとして、例えば、亜セレン酸の還元が進むことで、亜セレン酸によるセレン酸還元への悪影響が緩和されることが挙げられる。また、他の原因として、多くの微粒子がカラム内で生成していたことが考えられる。例えば、硫酸還元菌の存在と硫酸塩濃度の高い排水組成(表1)から、元素硫黄や硫化物塩が析出することは容易に予想される。これらの微粒子がロックウールに捕捉されると、元来は滑らかなロックウールの繊維の表面に凹凸が生じて比表面積が大きくなり、より多くの細菌を保持できると考えられる。
【0153】
次に、ロックウール(未加工)にハイドロタルサイト系吸着剤が固定されたロックエースFFにセレン酸還元菌の凝集菌体を付着させた単独2条件では、セレン酸の還元が全く見られなかった(
図13)。この原因は、ロックエースFFはハイドロタルサイト系吸着剤が固定されている結果として、ロックウール自体の繊維が目立たない形状であることや、排水にアルカリ分が溶出する(通水後のpHは9.0以上、他のカラムでは8.0程度)こと等によって、細菌の凝集菌体の付着に適していないことによるものと考えられる。
【0154】
次に、ロックウール(未加工)に活性水酸化鉄系吸着剤が固定されたロックエースSFにセレン酸還元菌の凝集菌体を付着させた単独3条件(エタノール供給)及び単独4条件(メタノール供給)では、セレン酸の還元能力及び亜セレン酸の吸着能力ともに優れた結果が得られた。
【0155】
また、エタノールを供給した単独3条件では、6mg/Lで安定したセレン酸還元能が得られ、6mg/Lのエタノール供給量で、セレン酸濃度が検出限界以下となるまで還元されることが確認できた。また、亜セレン酸濃度についても、実験40日目までは検出限界以下、以後も1mg/Lを上回らずに推移した。装置容積あたりの速度に換算すると、セレン酸の還元速度が32mg/(L・日)となり、同じ速度で亜セレン酸の処理も行われていることになる。
【0156】
さらに、メタノールを供給した単独4条件でも、安定したセレン酸の還元が可能であった。具体的には、有機物(メタノール)供給量を8mg/L相当とすれば、セレン酸濃度は1〜1.5mg/L、亜セレン酸濃度は検出限界以下で安定した。
【0157】
単独3条件及び単独4条件において示された結果から、活性水酸化鉄系吸着剤が混合・付着されたロックウールを担体とすることは、亜セレン酸の吸着能力を付与するだけでなく、セレン酸還元菌によるセレン酸の還元能力を著しく高める効果もあることが明らかとなった。
【0158】
推測される要因は、単独1の場合と同様、亜セレン酸による悪影響の緩和と、吸着剤粒子による比表面積の増大であるものと考えられる。但し、亜セレン酸が検出限界以下となっていた時期に、単独1(実験35〜50日目)ではセレン酸が残存したが、単独3(実験23日目以降)では残存しなかった。したがって、セレン酸の還元能力に対しては、亜セレン酸濃度よりもセレン酸還元菌の保持能力の方が大きな影響力を持ち、さらに、硫黄系粒子による保持能力の増大効果よりも吸着剤粒子による保持能力の増大効果が大きいと考えられる。