特許第5730788号(P5730788)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5730788スパッタリングターゲット及びスパッタリングターゲットの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5730788
(24)【登録日】2015年4月17日
(45)【発行日】2015年6月10日
(54)【発明の名称】スパッタリングターゲット及びスパッタリングターゲットの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/34 20060101AFI20150521BHJP
【FI】
   C23C14/34 A
【請求項の数】4
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2011-548933(P2011-548933)
(86)(22)【出願日】2010年12月3日
(86)【国際出願番号】JP2010071660
(87)【国際公開番号】WO2011083646
(87)【国際公開日】20110714
【審査請求日】2012年5月18日
(31)【優先権主張番号】特願2010-2057(P2010-2057)
(32)【優先日】2010年1月7日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】502362758
【氏名又は名称】JX日鉱日石金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100093296
【弁理士】
【氏名又は名称】小越 勇
(72)【発明者】
【氏名】生澤 正克
(72)【発明者】
【氏名】高見 英生
(72)【発明者】
【氏名】田村 友哉
【審査官】 末松 佳記
(56)【参考文献】
【文献】 特開2000−045065(JP,A)
【文献】 特開2009−287092(JP,A)
【文献】 特開2007−266626(JP,A)
【文献】 特開平08−102546(JP,A)
【文献】 国際公開第2009/142316(WO,A1)
【文献】 Tooru Tanaka,Preparation of Cu(In,Ga)2Se3.5 thin films by radio frequency sputtering from stoichiometric Cu(In,Ga)Se2 and Na2Se mixture target,J. Appl. Phys.,1997年,81 ,p.7619-7622
【文献】 Tooru Tanaka,Characterization of Cu(InxGa1-x)2Se3.5 thin films prepared by rf sputtering,Solar Energy Materials and Solar Cells,1998年 1月,Volume 50, Issues 1-4,p.13-18
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/34−14/46
H01L 31/04−31/078
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルカリ金属を含有し、Ib族元素とIIIb族元素とVIb族元素からなり、カルコパイライト型結晶構造を有し、前記アルカリ金属の濃度が1016〜1018cm−3であり、相対密度が90%以上、バルク抵抗が5Ωcm以下であり、前記アルカリ金属がリチウム(Li)、ナトリウム(Na)、カリウム(K)から選択された少なくとも1つの元素であり、前記Ib族元素が銅(Cu)及び銀(Ag)から選択された少なくとも1つの元素であり、前記IIIb族元素がアルミニウム(Al)、ガリウム(Ga)、インジウム(In)から選択された少なくとも1つの元素であり、前記VIb族元素が硫黄(S)、セレン(Se)、テルル(Te)から選択された少なくとも1つの元素であることを特徴とするスパッタリングターゲット。
【請求項2】
ガリウム(Ga)の、ガリウム(Ga)及びインジウム(In)の合計に対する原子数比(Ga/Ga+In)が0〜0.4であることを特徴とする請求項記載のスパッタリングターゲット。
【請求項3】
全Ib族元素の、全IIIb族元素に対する原子数比(Ib/IIIb)が、0.6〜1.1であることを特徴とする請求項1又は2記載のスパッタリングターゲット。
【請求項4】
アルカリ金属を添加するための化合物として、LiO、NaO、KO、LiS、NaS、KS、LiSe、NaSe、KSeから選択された少なくとも1つの化合物を用い、これらとIb族元素とIIIb族元素とVIb族元素を用いて焼結し、カルコパイライト型結晶構造を有するスパッタリングターゲットを製造することを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載のスパッタリングターゲットの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スパッタリングターゲット、特に薄膜太陽電池の光吸収層として使用される化合物半導体薄膜を製造するためのスパッタリングターゲット及びスパッタリングターゲットの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、薄膜系太陽電池として高効率であるCu−In−Ga−Se(以下、CIGSと記載する)系太陽電池の量産が進展してきている。その光吸収層であるCIGS層の製造方法としては、蒸着法とセレン化法が知られている。
蒸着法で製造された太陽電池は高変換効率の利点はあるが、低成膜速度、高コスト、低生産性という欠点がある。
一方、セレン化法は産業的大量生産には適しているが、InとCu−Gaの積層膜を作製後、水素化セレン雰囲気ガス中で熱処理を行い、Cu、In、Gaをセレン化してCIGS膜を形成するという、手間がかかり、複雑、かつ、危険なプロセスを行っており、コスト、手間、時間を要するという欠点がある。
【0003】
そこで、最近、CIGS系スパッタリングターゲットを用いて、一回のスパッタでCIGS系光吸収層を作製しようという試みがなされているが、そのための適切なCIGS系スパッタリングターゲットが作製されていないのが現状である。
CIGS系合金焼結体をスパッタリングターゲットとして使用し、成膜速度が速く、生産性に優れる直流(DC)スパッタすることは可能ではあるが、CIGS系合金焼結体のバルク抵抗は、通常、数十Ω以上と比較的高いため、アーキング等の異常放電が発生し易く、膜へのパーティクル発生や膜質の劣化という問題があった。
【0004】
一般に、CIGS層にナトリウム(Na)等のアルカリ金属を添加すると、結晶粒径の増大やキャリア濃度の増加等の効果によって、太陽電池の変換効率が向上することが知られている。
これまでに知られているNa等の供給方法としては、Na含有ソーダライムガラスから供給するもの(特許文献1)、裏面電極上にアルカリ金属含有層を湿式法で設けるもの(特許文献2)、プリカーサー上にアルカリ金属含有層を湿式法で設けるもの(特許文献3)、裏面電極上にアルカリ金属含有層を乾式法で設けるもの(特許文献4)、同時蒸着法で吸収層作製と同時、あるいは、成膜の前または後に、アルカリ金属を添加するもの(特許文献5)等がある。
【0005】
しかしながら、特許文献1〜特許文献3に記載の方法は、何れもアルカリ金属含有層からのCIGS層へのアルカリ金属の供給は、CuGaのセレン化時の熱拡散によって行われており、アルカリ金属のCIGS層中での濃度分布を適切に制御することが困難であった。
何故なら、基板としてNa含有ソーダライムガラスを使用する場合は、一方では軟化点が約570°Cであるために、600°C以上の高温とすると亀裂が生じ易く、あまり高温にできないからであり、他方では約500°C以上の高温でセレン化処理しなければ、結晶性の良いCIGS膜を作製することが難しくなるからである。すなわち、セレン化時の温度制御可能な範囲は非常に狭く、上記の温度範囲でNaの適切な拡散を制御することは困難であるという問題がある。
【0006】
また、特許文献4と特許文献5に記載の方法は、形成されるNa層が吸湿性を有するために、成膜後の大気暴露時に膜質が変化して剥離が生じることがあり、また、装置の設備コストが非常に高いという問題もあった。
この様な問題は、CIGS系のみに限ったことではなく、一般的に、Ib−IIIb−VIb族元素からなるカルコパイライト型結晶構造を有する太陽電池の製造においては共通の問題であり、例えばCuをAgに代替したもの、GaとIn組成比の異なるもの、Seの一部がSに代替したもの等についても同様である。
【0007】
また、太陽電池用の吸収層を作製する際に、ターゲットを使用してスパッタリングを行うという特許文献があり、それには次のように記載されている。
「アルカリ金属化合物の析出は、有利にはスパッタリング又は蒸着により行う。その際には、アルカリ金属化合物ターゲット又はアルカリ金属ターゲットとセレン化銅CuSeとの混合ターゲット又はアルカリ金属ターゲットとセレン化インジウムInSeとの混合ターゲットを使用することができる。同様に、金属−アルカリ金属混合ターゲット、例えばCu/Na、Cu−Ga/Na又はIn/Naも可能である。」(特許文献4と特許文献6のそれぞれの段落[0027]参照)。
【0008】
しかし、この場合は太陽電池用吸収層を形成する前又は製造中に、アルカリ金属を個別にドーピングする場合のターゲットである。このように、それぞれ個別にドーピングするという手段を採る以上、他の成分との調整をその都度行う必要があり、成分が異なる各ターゲットの管理が充分出ない場合には、成分に変動を生ずるという問題がある。
また、下記特許文献7には、アルカリ金属化合物を蒸発源として他の成分元素と同時蒸着により膜を形成する太陽電池の光吸収層を形成することが開示されている(同文献の段落[0019]及び図1参照)。この場合も、前記特許文献4と特許文献6と同様に、他の蒸着物質との調整(成分及び蒸着条件)が充分行われないと、成分の変動を生ずるという問題がある。
【0009】
一方、非特許文献1には、ナノ粉原料となるメカニカルアロイによる粉末作製後、HIP処理したCIGS四元系合金スパッタリングターゲットの製造方法及び該ターゲットの特性を開示する。
しかしながら、この製造方法によって得られたCIGS四元系合金スパッタリングターゲットの特性については、密度が高かったとの定性的記載があるものの、具体的な密度の数値については一切明らかにされていない。
ナノ粉を使用していることから酸素濃度が高いことが推定されるが、焼結体の酸素濃度についても一切明らかにされていない。また、スパッタ特性に影響を与えるバルク抵抗についても一切記述がない。さらに、原料として高価なナノ粉を使用していることから、低コストが要求される太陽電池用材料としては不適切である。
【0010】
また、非特許文献2には、組成がCu(In0.8Ga0.2)Seであって、その密度が5.5g/cmであり、相対密度が97%である焼結体が開示されている。しかしながら、その製造方法としては、独自合成した原料粉末をホットプレス法で焼結したとの記載があるのみで、具体的な製造方法が明示されていない。また、得られた焼結体の酸素濃度やバルク抵抗についても記載されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2004−47917号公報
【特許文献2】特許第3876440号公報
【特許文献3】特開2006−210424号公報
【特許文献4】特許第4022577号公報
【特許文献5】特許第3311873号号公報
【特許文献6】特開2007−266626号公報
【特許文献7】特開平8−102546号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Thin Solid Films、332(1998)、P.340−344
【非特許文献2】電子材料2009年11月 42頁−45頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上記状況の鑑み、本発明は、一回のスパッタリングで、Ib−IIIb−VIb族元素からなるカルコパイライト型結晶構造の光吸収層を作製するのに適したIb−IIIb−VIb族元素からなるカルコパイライト型結晶構造を有するスパッタリングターゲットを提供するものである。該スパッタリングターゲットは低抵抗であるために異常放電の発生を抑制することができ、かつ高密度のターゲットであるという特徴を有する。さらに、該Ib−IIIb−VIb族元素からなるカルコパイライト型結晶構造のスパッタリングターゲットを用いて、アルカリ金属濃度を制御したIb−IIIb−VIb族元素のカルコパイライト型結晶構造を有する層、該Ib−IIIb−VIb族元素からなるカルコパイライト型結晶構造を有する層の製造方法及び該Ib−IIIb−VIb族元素からなるカルコパイライト型結晶構造を有する層を光吸収層とする太陽電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは鋭意研究した結果、Ib−IIIb−VIb族元素からなるカルコパイライト型結晶構造を有するスパッタリングターゲットに、アルカリ金属を添加することによって、バルク抵抗を桁違いに低減でき、スパッタの際に異常放電が抑制されることを見出した。本発明は、この知見に基づくものである。
【0015】
すなはち、本発明は、
1.アルカリ金属を含有し、Ib族元素とIIIb族元素とVIb族元素からなり、カルコパイライト型結晶構造を有することを特徴とするスパッタリングターゲット
2.アルカリ金属がリチウム(Li)、ナトリウム(Na)、カリウム(K)から選択された少なくとも1つの元素であり、Ib族元素が銅(Cu)及び銀(Ag)から選択された少なくとも1つの元素であり、IIIb族元素がアルミニウム(Al)、ガリウム(Ga)、インジウム(In)から選択された少なくとも1つの元素であり、VIb族元素が硫黄(S)、セレン(Se)、テルル(Te)から選択された少なくとも1つの元素であることを特徴とする上記1記載のスパッタリングターゲット
3.ガリウム(Ga)の、ガリウム(Ga)及びインジウム(In)の合計に対する原子数比(Ga/Ga+In)が0〜0.4であることを特徴とする上記2記載のスパッタリングターゲット
4.全Ib族元素の、全IIIb族元素に対する原子数比(Ib/IIIb)が、0.6〜1.1であることを特徴とする上記1〜3のいずれかに記載のスパッタリングターゲット
5.アルカリ金属の濃度が1016〜1018cm−3であることを特徴とする上記1〜4のいずれかに記載のスパッタリングターゲット。
6.相対密度が90%以上であることを特徴とする上記1〜5のいずれかに記載のスパッタリングターゲット
7.バルク抵抗が5Ωcm以下であることを特徴とする上記1〜6のいずれかに記載のスパッタリングターゲット、を提供する。
【0016】
また、本発明は、
8.アルカリ金属を含有し、Ib族元素とIIIb族元素とVIb族元素からなり、カルコパイライト型結晶構造を有する薄膜であって、アルカリ金属の膜厚方向の濃度のばらつきが±10%以下であることを特徴とする化合物半導体薄膜
9.アルカリ金属がリチウム(Li)、ナトリウム(Na)、カリウム(K)から選択された少なくとも1つの元素であり、Ib族元素が銅(Cu)及び銀(Ag)から選択された少なくとも1つの元素であり、IIIb族元素がアルミニウム(Al)、ガリウム(Ga)、インジウム(In)から選択された少なくとも1つの元素であり、VIb族元素が硫黄(S)、セレン(Se)、テルル(Te)から選択された少なくとも1つの元素であることを特徴とする上記9に記載の化合物半導体薄膜
10.ガリウム(Ga)の、ガリウム(Ga)及びインジウム(In)の合計に対する原子数比(Ga/Ga+In)が0〜0.4であることを特徴とする上記9記載の化合物半導体薄膜
11.全Ib族元素の、全IIIb族元素に対する原子数比(Ib/IIIb)が、0.6〜1.1であることを特徴とする上記8〜10のいずれかに記載の化合物半導体薄膜
12.アルカリ金属の濃度が1016〜1018cm−3であることを特徴とする上記8〜11のいずれかに記載の化合物半導体薄膜、を提供する。
【0017】
また、本発明は、
13.上記8〜12のいずれかに記載の化合物半導体薄膜を光吸収層とする太陽電池
14.アルカリ金属を添加するための化合物として、LiO、NaO、KO、LiS、NaS、KS、LiSe、NaSe、KSeから選択された少なくとも1つの化合物を用い、これらとIb族元素とIIIb族元素とVIb族元素を用いて焼結し、カルコパイライト型結晶構造を有するスパッタリングターゲットを製造することを特徴とする上記1〜7のいずれかに記載スパッタリングターゲットの製造方法
15.上記1〜8のいずれかに記載のスパッタリングターゲットを用いてスパッタすることにより、上記9〜14のいずれかに記載の化合物半導体薄膜を作製することを特徴とする化合物半導体薄膜の製造方法、を提供する。
【発明の効果】
【0018】
本発明は、上記の通り、Ib−IIIb−VIb族元素からなるカルコパイライト型結晶構造を有するスパッタリングターゲットに、アルカリ金属を添加することによって、バルク抵抗を低減させ、スパッタの際に異常放電を抑制することができる優れた効果を有する。
また、Ib−IIIb−VIb族元素からなるカルコパイライト型結晶構造を有するスパッタリングターゲット中にアルカリ金属が含有されていることから、アルカリ金属含有層やアルカリ金属拡散遮断層等を別途設ける等の余分なプロセスやコストを削減でき、かつ膜中にアルカリ金属が均一となるように濃度制御することができるという非常に大きな効果を有する。
【発明を実施するための形態】
【0019】
アルカリ金属とは、周期律表のIa元素とも称されるが、本発明では、水素はアルカリ金属に含めない。水素を有効に添加する手段が困難であり、電気的及び組織的特性発現に有効とは認められないからである。
アルカリ金属を添加することにより、1価の元素であるアルカリ金属が、3価の格子位置に置換しホールを放出して、導電性が向上するものと考えられる。
【0020】
したがって、アルカリ金属であれば、上記効果を有するために、どの元素であっても有効であるが、化合物の利用し易さや価格の観点から、Li、Na、Kが望ましい。また、これらの金属は、元素単体では反応性が非常に高く、特に水とは激しく反応して危険なために、これらの元素を含む化合物の形態で添加することが望ましい。
したがって、化合物として入手し易く比較的安価な、LiO、NaO、KO、LiS、NaS、KS、LiSe、NaSe、KSeなどが望ましい。特にSe化合物を用いる場合は、SeがCIGSでは構成材料なので、格子欠陥や別組成材料等を発生させる懸念がないために、より望ましいと言える。
【0021】
Ib族元素は、周期律表のIb族に属する元素であるCu、Ag、Auであり、本発明のCIGS等のカルコパイライト型結晶構造中では、1価の電子価を有する。太陽電池としてはCIGS系が最も生産されているが、CuをAgで代替した材料系の研究開発もなされており、本発明はCuのみならず、他のIb族元素に対しても適用可能である。但し、Auは高価であるために、コストの面からCuやAgが望ましく、中でもCuの方がより低価格であり、太陽電池特性も良好であるために、更に好ましい。
【0022】
IIIb族元素は、周期律表のIIIb族に属する元素であるB、Al、Ga、In、Tlであり、本発明のCIGS等のカルコパイライト型結晶構造中では3価の電子価を有する。上記元素の中でもBはカルコパイライト型結晶構造を作製し難く、太陽電池特性も劣り、Tlは毒性があり、高価であることから、Al、Ga、Inが望ましい。特に、組成によって適切なバンドギャップの調整が容易なGaとInがより好ましい。
【0023】
VIb族元素は、周期律表のVIb族に属する元素であるO、S、Se、Te、Poであり、本発明のCIGS等のカルコパイライト型結晶構造中では6価の電子価を有する。上記元素の中でもOはカルコパイライト型結晶構造を作製し難く、太陽電池特性も劣り、Poは放射性元素であり、高価であることから、S、Se、Teが好ましい。特に、組成によってバンドギャップの調整が可能なSとSeがより好ましい。また、Seのみでも良い。
【0024】
Gaの、Ga及びInの合計に対する原子数比であるGa/(Ga+In)は、バンドギャップや組成と相関があり、この比が大きくなると、Ga成分が大きくなるため、バンドギャップが大きくなる。太陽電池として適切なバンドギャップのためには、この比が0〜0.4の範囲にあることが望ましい。
この比がこれ以上大きくなると、バンドギャップが大きくなりすぎて、吸収する太陽光によって励起される電子数が減少してしまうので、結果として、太陽電池の変換効率が低下するからである。また、異相が現れることで、焼結体の密度が低下する。太陽光スペクトルとの関係におけるバンドギャップの、より好ましいための比としては0.1〜0.3である。
【0025】
Ib族元素の合計原子数のIIIb族元素の合計原子数に対する比であるIb/IIIbは 、導電性や組成と相関があり、0.6〜1.1が望ましい。この比がこれ以上大きいとCu−Se化合物が析出してきて、焼結体の密度が低下する。この比が、これ以上小さいと、導電性が劣化する。この比のより望ましい範囲は、0.8〜1.0である。
【0026】
アルカリ金属の濃度は導電性や結晶性と相関があり、1016〜1018cm−3であることが望ましい。濃度がこれ以下であると、充分な導電性が得られないので、アルカリ金属添加効果が充分でなく、バルク抵抗が高いために、スパッタ時の異常放電や膜へのパーティクル付着等の悪影響の原因となる。
一方、濃度がこれ以上であると、焼結体密度が低下する。アルカリ金属濃度は、各種分析方法で分析することができ、例えば、焼結体中のアルカリ金属濃度は、ICP分析等の方法で、膜中のアルカリ金属濃度及びその膜厚方向の分布は、SIMS分析等で求めることができる。
【0027】
本発明のターゲットは、その相対密度が90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは96%以上を達成することができる。相対密度は各ターゲットの密度を、各組成の焼結体の真密度を100とした時の比率で表す。ターゲットの密度は、アルキメデス法で測定することができる。
相対密度が低いと、長時間スパッタをした場合に、ターゲット表面にノジュールと呼ばれる突起状形状が形成され易くなり、その部分を基点とした異常放電や膜へのパーティクル付着等の問題が生じることとなる。これは、CIGS太陽電池の変換効率の低下の一因になる。本願発明の高密度ターゲットは、この問題を容易に回避することができる。
【0028】
本発明のターゲットのバルク抵抗を5Ωcm以下、好ましくは4Ωcm以下とすることができる。これはアルカリ金属添加によって、ホールが形成されたことによる効果である。バルク抵抗が高いと、スパッタ時の異常放電の原因となり易い。
【0029】
本発明の膜中のアルカリ金属の膜厚方向の濃度のばらつきは±10%以下、好ましくは6%以下とすることができる。従来の様に、Na等のアルカリ金属をガラス基板やアルカリ金属含有層から、拡散によって供給する場合は、アルカリ金属源に近い部分のアルカリ金属濃度は非常に高く、その部分から遠ざかるにつれて、急速に濃度が減少していき、膜中のアルカリ金属の濃度差は、桁違いのレベルまで大きくなるが、本発明の場合は、均一性が高く、膜にアルカリ金属が含有されたターゲットをスパッタした膜であるために、膜中のアルカリ金属の濃度も膜厚方向においても均一性が高くなるという優れた効果を有する。
【0030】
本発明のスパッタリングターゲット、化合物半導体薄膜及び該化合物半導体薄膜を光吸収層とする太陽電池は、例えば以下の様にして作製することができる。
まず、各種原料を所定組成比及び濃度で秤量して、石英アンプルに封入、内部を真空引きした後、真空吸引部分を封止して、内部を真空状態に保つ。これは、酸素との反応を抑制するとともに、原料同士の反応によって発生する気体状物質を内部に閉じ込めておくためである。
【0031】
次に、石英アンプルを加熱炉にセットして、所定の温度プログラムで昇温していく。この際に重要なのは、原料間での反応温度付近での昇温速度を小さくして、急激な反応による石英アンプルの破損等を防ぐとともに、所定の組成の化合物組成を確実に製造することである。
【0032】
上記の様にして得られた合成原料を篩に通すことで、所定の粒径以下の合成原料粉を選別する。その後、ホットプレス(HP)を行って、焼結体とする。その際に重要なことは、各組成の融点以下の適切な温度とともに、充分な圧力を印加することである。そうすることで、高密度の焼結体を得ることができる。
【0033】
上記の様にして得られた焼結体を適当な厚み、形状に加工して、スパッタリングターゲットとする。このようにして製造したターゲットを用い、アルゴンガス等を所定の圧力に設定してスパッタすることで、ターゲット組成とほぼ同等の組成を有する薄膜を得ることができる。膜中のアルカリ金属の濃度はSIMS等の分析方法によって測定することができる。
【0034】
太陽電池の光吸収層である化合物半導体薄膜は、上記の様にして作製することができるので、この部分以外の太陽電池の各構成部分は、従来の方法を用いて作製することができる。つまり、ガラス基板上に、モリブデン電極をスパッタした後、本化合物半導体薄膜を形成後、CdSを湿式成膜して、バッファー層のZnOや透明導電膜であるアルミ添加ZnOを形成することで、太陽電池を作製することができる。
【実施例】
【0035】
次に、本願発明の実施例及び比較例について説明する。なお、以下の実施例は、あくまで代表的な例を示しているもので、本願発明はこれらの実施例に制限される必要はなく、明細書の記載される技術思想の範囲で解釈されるべきものである。
【0036】
(実施例1)
原料のCu、In、Ga、Se及びNaSeを、GaとInの原子数比であるGa/(Ga+In)=0.2となり、Ib元素であるCuとIIIb元素であるGaとInの合計に対する原子数比であるCu/(Ga+In)=1.0となり、Naの濃度が1017cm−3となるように秤量した。
【0037】
次に、これらの原料を石英アンプルに入れ、内部を真空引きした後、封止してから、加熱炉内にセットして合成を行った。昇温プログラムは、室温から100°Cまでは昇温速度を5°C/minとし、その後、400°Cまでは昇温速度を1°C/min、その後、550°Cまでは昇温速度を5°C/min、その後、650°Cまでは昇温速度を1.66°C/min、その後、650°Cで8時間保持、その後、12時間掛けて炉内で冷却して室温とした。
【0038】
上記の様にして得られたNa入りCIGS合成原料粉を120meshの篩に通した後に、ホットプレス(HP)を行った。HPの条件は、室温から750°Cまでは昇温速度を10°C/minとして、その後、750°Cで3時間保持、その後、加熱を止めて炉内で自然冷却した。
圧力は750°Cになってから30分後に、面圧200kgf/cmを2時間30分間加え、加熱終了とともに、圧力印加も停止した。
【0039】
得られたCIGS焼結体の相対密度は96.0%、バルク抵抗は3.5Ωcmであった。この焼結体を直径6インチ、厚み6mmの円板状に加工して、スパッタリングターゲットとした。
次に、このターゲットを用いてスパッタリングを行った。スパッタパワーは直流(DC)1000W、雰囲気ガスはアルゴンでガス流量は50sccm、スパッタ時圧力は0.5Paとした。
【0040】
膜厚約1μmのNa含有CIGS膜中のNaの濃度をSIMSで分析した。(最大濃度−最小濃度)/((最大濃度+最小濃度)/2)×100%で得られるNa濃度ばらつきは5.3%であった。以上の結果を、表1に示す。以上から明らかなように、本願発明の目的を達成する良好な値を示した。
【0041】
【表1】
【0042】
(実施例2〜3)
GaとInの原子数比を、実施例2においてGa/(Ga+In)=0.4、実施例3においてGa/(Ga+In)=0.0とした以外は、実施例1と同様の条件で、焼結体の作製、薄膜の作製を行なった。焼結体と薄膜の特性の結果を、同様に表1に示す。
【0043】
上記表1に示すように、実施例2において、相対密度は95.3%、バルク抵抗値3.1Ωcm、アルカリ濃度ばらつき5.9%となり、実施例3では相対密度は95.4%、バルク抵抗値3.3Ωcm、アルカリ金属の濃度ばらつき5.7%となり、いずれも本願発明の目的を達成する良好な値を示した。
【0044】
(実施例4〜5)
Ib元素であるCuと、IIIb元素であるGaとInの合計に対する原子数比をそれぞれCu/(Ga+In)=0.8、Cu/(Ga+In)=0.6とした以外は、実施例1と同様の条件で、焼結体の作製、薄膜の作製を行なった。焼結体と薄膜の特性の結果を、同様に表1に示す。
【0045】
上記表1に示すように、実施例4において、相対密度は94.8%、バルク抵抗値3.2Ωcm、アルカリ濃度ばらつき5.5%となり、実施例5では相対密度は93.5%、バルク抵抗値3.1Ωcm、アルカリ金属の濃度ばらつき5.6%となり、いずれも本願発明の目的を達成する良好な値を示した。
【0046】
(実施例6〜9)
アルカリ金属を添加する際の化合物を、表1のそれぞれに記載するように、実施例6でNaO、実施例7でNaS、実施例8でLiSe、実施例9でKSeを使用した以外は、実施例1と同様の条件で、焼結体の作製、薄膜の作製を行なった。焼結体と薄膜の特性の結果を、同様に表1に示す。
【0047】
上記表1に示すように、実施例6において、相対密度は96.5%、バルク抵抗値3.9Ωcm、アルカリ濃度ばらつき5.5%となり、実施例7では相対密度は95.8%、バルク抵抗値3.7Ωcm、アルカリ金属の濃度ばらつき5.4%となり、実施例8において、相対密度は93.7%、バルク抵抗値3.8Ωcm、アルカリ濃度ばらつき5.7%となり、実施例9では相対密度は93.6%、バルク抵抗値3.7Ωcm、アルカリ金属の濃度ばらつき5.6%となり、いずれも本願発明の目的を達成する良好な値を示した。
【0048】
(実施例10〜11)
アルカリ金属濃度を表1に記載する通り、実施例10で、2×1016cm−3とし、実施例11で、8×1016cm−3とした以外は、実施例1と同様の条件で、焼結体の作製、薄膜の作製を行なった。焼結体と薄膜の特性の結果を、同様に表1に示す。
【0049】
上記表1に示すように、実施例9において、相対密度は93.2%、バルク抵抗値4.7Ωcm、アルカリ濃度ばらつき4.3%となり、実施例10では相対密度は96.6%、バルク抵抗値2.1Ωcm、アルカリ金属の濃度ばらつき8.9%となり、いずれも本願発明の目的を達成する良好な値を示した。
【0050】
(比較例1)
GaとInの原子数比をそれぞれ、Ga/(Ga+In)=0.5とした以外は、実施例1と同様の条件で、焼結体の作製、薄膜の作製を行なった。この場合、Gaの原子数が、本願発明の条件を超えている場合である。焼結体と薄膜の特性の結果を、同様に表1に示す。
【0051】
上記表1に示すように、比較例1において、相対密度は87.3%、バルク抵抗値4.1Ωcm、アルカリ金属の濃度ばらつき5.8%となり、比較例1ではバルク抵抗値とアルカリ金属の濃度ばらつきは、特に問題とならないが、相対密度が低い結果となった。密度向上を目途とする場合には、好ましくない結果であった。
【0052】
(比較例2〜3)
Ib元素であるCuとIIIb元素であるGaとInの合計に対する原子数比を比較例2でCu/(Ga+In)=0.4とし、比較例3でCu/(Ga+In)=1.3とした以外は、実施例1と同様の条件で、焼結体の作製、薄膜の作製を行なった。この場合、比較例2では、Cu/(Ga+In)が、本願発明の条件よりも少なく、比較例3では本願発明の条件を超えている場合である。焼結体と薄膜の特性の結果を、同様に表1に示す。
【0053】
上記表1に示すように、比較例2において、相対密度は85.6%、バルク抵抗値131.3Ωcm、アルカリ金属の濃度ばらつき5.9%となり、比較例3では相対密度は83.7%、バルク抵抗値67.0Ωcm、アルカリ濃度ばらつき5.8%となり、アルカリ金属の濃度ばらつきは、それほど問題とならないが、相対密度が低く、バルク抵抗値が著しく高くなり、悪い結果となった。
【0054】
(比較例4〜5)
アルカリ金属濃度を表1に記載するように、比較例4で、1×1015cm−3とし、比較例5で、1×1019cm−3とした以外は、実施例1と同様の条件で、焼結体の作製、薄膜の作製を行なった。比較例4ではアルカリ金属濃度が低過ぎ、また比較例5ではアルカリ金属濃度高過ぎ、本願発明の条件を満たしていないものである。焼結体と薄膜の特性の結果を、同様に表1に示す。
【0055】
上記表1に示すように、比較例4において、相対密度は93.5%、バルク抵抗値323.2Ωcm、アルカリ金属の濃度ばらつき3.3%となり、比較例5では相対密度は84.9%、バルク抵抗値1.7Ωcm、アルカリ金属の濃度ばらつき9.5%となった。
比較例4では、相対密度及びアルカリ金属の濃度ばらつきは問題ないが、バルク抵抗値が著しく高くなり、悪いとなった。比較例5では、バルク抵抗値は問題ないが、相対密度が低くなり、またアルカリ金属の濃度のばらつきが大きくなるという問題を生じた。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明は、上記の通り、Ib−IIIb−VIb族元素からなるカルコパイライト型結晶構造を有するスパッタリングターゲットに、アルカリ金属を添加することによって、バルク抵抗を低減させ、スパッタの際に異常放電を抑制することができる優れた効果を有する。また、Ib−IIIb−VIb族元素からなるカルコパイライト型結晶構造を有するスパッタリングターゲット中にアルカリ金属が含有されていることから、アルカリ金属含有層やアルカリ金属拡散遮断層等を別途設ける等の余分なプロセスやコストを削減でき、かつ膜中にアルカリ金属が均一となるように濃度制御することができるという非常に大きな効果を有する。
したがって、薄膜太陽電池の光吸収層材として、特に高変換効率の合金薄膜の材料として有用である。