特許第5730851号(P5730851)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5730851
(24)【登録日】2015年4月17日
(45)【発行日】2015年6月10日
(54)【発明の名称】未脱気液のろ過方法
(51)【国際特許分類】
   B24B 57/00 20060101AFI20150521BHJP
   B01D 37/04 20060101ALI20150521BHJP
   B01D 39/16 20060101ALI20150521BHJP
   B03B 5/00 20060101ALI20150521BHJP
   B01D 61/14 20060101ALI20150521BHJP
   B01D 61/20 20060101ALI20150521BHJP
【FI】
   B24B57/00
   B01D37/04
   B01D39/16 A
   B03B5/00 Z
   B01D61/14 500
   B01D61/20
【請求項の数】6
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2012-503081(P2012-503081)
(86)(22)【出願日】2011年2月23日
(86)【国際出願番号】JP2011053992
(87)【国際公開番号】WO2011108418
(87)【国際公開日】20110909
【審査請求日】2013年9月3日
(31)【優先権主張番号】特願2010-44303(P2010-44303)
(32)【優先日】2010年3月1日
(33)【優先権主張国】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000236702
【氏名又は名称】株式会社フジミインコーポレーテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100117787
【弁理士】
【氏名又は名称】勝沼 宏仁
(74)【代理人】
【識別番号】100187159
【弁理士】
【氏名又は名称】前川 英明
(72)【発明者】
【氏名】森 永 均
(72)【発明者】
【氏名】杉 山 博 保
(72)【発明者】
【氏名】三 輪 直 也
【審査官】 橋本 卓行
(56)【参考文献】
【文献】 特開平05−208121(JP,A)
【文献】 特開平10−166269(JP,A)
【文献】 特開平01−017729(JP,A)
【文献】 特開2002−346312(JP,A)
【文献】 特開2009−269161(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B24B 57/00
B01D 37/04
B01D 39/16
B01D 61/14
B01D 61/20
B03B 5/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
未脱気液をフィルターによりろ過するろ過方法であって、前記未脱気液を前記フィルターでろ過するのに先立って、前記未脱気液の主成分である溶媒と同一種類の溶媒を脱気した脱気液を、前記フィルターに通液させることを含み、前記フィルターに通液させる前記脱気液の容積Xと、フィルター容積Yとの比X/Yが10以上であり、かつ前記未脱気液が研磨用スラリーであることを特徴とする、未脱気液のろ過方法。
【請求項2】
前記フィルターに通液させる前記脱気液の容積Xと、フィルター容積Yとの比X/Yが14以上である、請求項1に記載のろ過方法。
【請求項3】
前記脱気液の溶存酸素濃度が、前記脱気液の飽和溶存酸素濃度の1/8以下である、請求項1または2に記載のろ過方法。
【請求項4】
前記フィルターが疎水性フィルターである、請求項1〜のいずれか1項に記載のろ過方法。
【請求項5】
前記フィルターが不織布タイプのデプスフィルターである、請求項1〜のいずれか1項に記載のろ過方法。
【請求項6】
請求項1〜のいずれか1項に記載のろ過方法を用いる、研磨用スラリーの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は各種の未脱気液、特に研磨材等の微粒子を分散質として含む研磨用スラリーのろ過方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
研磨用スラリーと研磨パッドを用いたポリシング加工においては、加工面の表面平滑度および無欠陥性の要求水準が年々高くなってきている。それに伴い、研磨用スラリーに含まれる研磨材等の微粒子の粒子径はより小さいものが選択されるようになってきている。ここで、たとえ平均粒子径の小さい研磨材を選択しても、一般的に研磨材等の微粒子の粒子径は分布をもっており、意図した粒子径に対して極端に大きな粗大粒子が含まれていることもある。このような場合には、その粗大粒子はスクラッチなどの表面欠陥を引き起こす可能性があるため、これを除去することが好ましい。
【0003】
このような液体媒体中に微粒子が分散された研磨用スラリーに含まれる粗大粒子は、通常、フィルターによって除去される。工業的に使用されるフィルターは、樹脂製繊維をコアに巻き付けて成型したものや、樹脂膜に微小な細孔を形成させたものが一般的である。いずれのフィルターであっても、繊維間にできた隙間や膜に形成された細孔に液体を通過させ、通過できない粗大粒子などを除去することができる。しかし、実際に液体をろ過しようとする場合、市販されているフィルターをそのまま利用しようとすると、利用開始直後ではろ過効率が高くない。これは市販されているフィルターは一般的に乾燥しており、開始直後はフィルターの細孔などに液体が浸透しにくく、また細孔内に空気が残存しやすいためであると考えられる。
【0004】
特に粘性を有する液体に関しては、粘性を有さない液体に比べるとろ過開始直後のろ過効率は非常に悪い傾向にある。このため前処理としてフィルターに水を圧入することも考えられるが、そのような方法では細孔内に水が浸透した後はろ過が容易になるものの、フィルターの材質や孔径によっては大きな圧力が必要となり、場合によってはフィルターの破壊圧力以上の圧力が必要となることもある。さらにはそのような高い圧力を得るために強力なポンプが必要となる。また、一般にフィルターの細孔径は分布があり非常に小さな細孔も存在するが、圧力をかけてもそのような小さな細孔には依然として水が浸透しにくい。このように水が浸透しなかった部分はろ過に寄与し得ないため、ろ過効率がさらに低くなる。さらにはろ過に寄与する部分が少なくなることによりフィルターの目詰まりが早く起こるようになり、生産性の悪化を招くこともある。このような現象は、研磨用スラリーのような粘性を有する液体でさらに顕著となる傾向がある。従って、フィルターにより液体をろ過する場合、フィルターの使用前に細孔内部を満遍なく濡らし、フィルター内の空気をできるだけ除去することが好ましい。
【0005】
このような観点から、ろ過前の各種の前処理方法が検討されている。例えば、フィルターと水との両方に親和性を有するイソプロピルアルコール(以下、IPAということがある)等の有機溶媒でフィルターを濡らした後に水をろ過する方法が知られている。また、界面活性剤水溶液等を疎水性多孔質中空糸膜に加圧導入する方法(特許文献1)も開示されている。しかし、これらの方法では、処理後にIPAや界面活性剤などがフィルター細孔内に在留するため、これらを除去するために多量の水等の洗浄液で十分洗浄を行わなければならず、コストや効率の面で課題がある。一方、疎水性多孔質膜を脱気水に浸漬する方法(特許文献2)が開示されているが、本発明者らの検討によれば、フィルターを脱気水に浸漬するだけでは十分な効果が得られず、前処理としては改良の余地があることがわかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平1−119310号公報
【特許文献2】特開平5−208121号公報
【特許文献3】特開昭63−258605号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで本発明の目的は、ろ過効率の改良、およびフィルターの長寿命化を満たすことができる、各種の未脱気液のろ過方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明による未脱気液のろ過方法は、未脱気液をフィルターによりろ過するろ過方法であって、前記未脱気液を前記フィルターでろ過するのに先立って、前記未脱気液の主成分である溶媒と同一種類の溶媒を脱気した脱気液を、前記フィルターに通液させることを含むことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、フィルター使用開始直後、またはフィルター交換直後のろ過効率を改善し、さらにはフィルターのろ過に寄与しない部分を少なくすることによって、長期的なろ過効率も改良し、さらに目詰まりを起こりにくくすることによって、フィルターの長寿命化、すなわちフィルター交換間隔の長期化、またはフィルター通液量の増加、の全てを満たすことができる。この結果、ろ過工程の効率化とコスト低減をも達成できる。これによって、例えば砥粒を分散質として含む研磨用スラリーを高効率かつ低コストで製造することを可能になる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の一実施形態を説明する。
ろ過対象となる未脱気液
本発明によるろ過方法において、ろ過をする対象となる液体は、脱気処理されていない液体であれば特に限定されない。本発明においては、このような液体を未脱気液という。すなわち、未脱気液に含まれる成分とその未脱気液から除去すべき成分とに応じて、後述するフィルターを選択することにより、任意の未脱気液に対して本発明によるろ過方法を適用することができる。特に、本発明によるろ過方法は、溶媒中に不溶な微粒子成分が分散されている分散液または分散物から、不純物や粗大粒子等を除去する際に好適に用いられる。ここでいう不溶な微粒子成分が分散されている分散液または分散物とは、例えばチンダル現象を示すコロイド溶液やスラリー溶液を指し、研磨用スラリー、顔料分散型フォトレジスト、飲料、医薬品、塗料または化粧品等がこれに該当する。一般に、これらの製品の製造工程においても、前記粗大粒子または不純物を除去することを目的にフィルターでのろ過が行われるが、短期間での目詰まりや乾燥が原因で頻繁なフィルター交換を余儀なくされ、このことから、ろ過効率の向上が特に強く求められている。本発明によるろ過方法を、このようなコロイドやスラリー溶液に適用すると、ろ過効率が向上し、フィルター寿命も延命できるので好ましい。すなわち、溶媒または分散媒と、未脱気液中に分散された粒子の内、望ましい粒子径を有する粒子を透過させ、一方で望ましい範囲より大きい粒子やその他の相対的に大きな不純物成分を除去することを目的に本発明の方法を用いることが好ましい。
【0011】
本発明によるろ過方法を用いてろ過できる未脱気液の具体的な例のひとつは、研磨用スラリーである。研磨用スラリーは、例えば、シリコン基板、シリコンカーバイド基板、金属酸化物、半導体デバイス基板、ハードディスク用基板、ガラス、またはプラスチックなどを研磨するためのものである。この研磨用スラリーは、分散媒中に、酸化物、窒化物、炭化物など、より具体的にはアルミナ、シリカ、セリア、チタニア、ジルコニア、ダイアモンド、窒化珪素、窒化ホウ素などの研磨材粒子を含むものである。本発明によるろ過方法は、このような研磨用スラリーから、原料に含まれる粗大粒子等の不純物のほか、調製時に精製する凝集物や異物を取り除くのに用いることが好ましい。
【0012】
研磨用スラリーなどの微粒子を含む分散液を本発明によるろ過方法を用いてろ過する場合、分散液に含まれる微粒子の平均粒子径は、10〜5000nmであることが好ましく、20〜300nmであることがより好ましい。なお、本発明において平均粒子径とは特に断らない限りBET法によって測定されたものを意味する。なお、平均粒子径の測定方法は他にも光散乱法、レーザー回折法などがあるが、これらによって測定された平均粒子径は、BET法により測定された粒子径と直接比較することは困難である。測定方法の原理などを考慮しながら、BET法以外の方法により測定された平均粒子径をBET法により測定される平均粒子径に換算することができる場合もあるが、原則として直接BET法により測定することが好ましい。
【0013】
また、本発明によるろ過方法は、研磨用スラリーそのものではなく、その原料に適用することもできる。すなわち、研磨用スラリーの原料となる研磨材粒子を含む分散液から粗大粒子、ゲル、異物等を取り除くことを目的として、本発明によるろ過方法を用いることができる。あるいはそれ以外の、各種添加剤溶液中に含まれる未溶解物、異物等を取り除くのに本発明によるろ過方法を用いることもできる。
【0014】
本発明によるろ過方法により未脱気液をろ過する時期は特に限定されない。例えば、研磨用スラリーを容器に充填して販売しようとする場合、研磨用スラリーを製品として容器に充填する前にろ過するときだけではなく、ユーザーが容器から研磨用スラリーを取り出して研磨に使用する前に本発明の方法を用いることができる。さらには、一度使用された研磨用スラリーを再生して再利用しようとする場合にも、本発明のろ過方法を用いることができる。
【0015】
ろ過方法
本発明によるろ過方法は、前記の未脱気液をフィルターを用いてろ過することを含んでなる。ここで、本発明によるろ過方法では樹脂製又はグラスファイバー製メディアフィルターが用いられることが好ましい。樹脂製又はグラスファイバー製メディアフィルターとは、未脱気液が通過するフィルター部分が樹脂又はグラスファイバーからなるものをいう。ここで、フィルター部分のすべてが樹脂又はグラスファイバーで構成される必要はなく、例えばフィルターの機械的強度を改良するために芯材として繊維や金属などを含んでいてもよい。ただし、この場合であっても、芯材は樹脂又はグラスファイバーにより被覆されて、ろ過する未脱気液とは直接接触しないことが好ましい。これは、芯材が金属などであった場合には、未脱気液中に好ましくない金属イオンなどが溶出する可能性があるからである。
【0016】
本発明によるろ過方法には、樹脂製又はグラスファイバー製メディアフィルターは樹脂又はグラスファイバーでできたフィルター部分のみからなるものが好ましく用いられる。このようなフィルター部分のみからなるものは、製造工程などの配管内部に組み込むような場合に特に好ましい。また、フィルター部分とそれを内包するカートリッジとから構成されたカートリッジ状のものも用いられる。このようなカートリッジ状フィルターは、フィルター部材が前記した樹脂製又はグラスファイバー製であり、そのフィルター部材がハウジングの内部に固定されている。このようなカートリッジ状フィルターを用いる場合には、ハウジング内側面や、配管との接触部に設けられるパッキングなど、未脱気液に接触する部分が樹脂やゴムで被覆または形成され、未脱気液に接触する部分には、金属が全く使われていないものが好ましい。このような樹脂製又はグラスファイバー製メディアフィルターは、上記のように構造が異なるものの他に、用途が異なるもの、例えば微粒子分離用、微生物分離用など、各種のものが市販されているが、必要に応じて任意のものを用いることができる。
【0017】
フィルター部材に用いられる樹脂またはグラスファイバーの種類は、特に限定されないが、ろ過しようとする未脱気液に対して不活性であることが好ましい。未脱気液が水性である場合、すなわち未脱気液の主成分である溶媒が水である場合には、一般的な樹脂又はグラスファイバーからなるものを用いることができる。具体的には、フィルター部材に用いられる好ましい材料としては、ナイロン、ポリカーボネート、ポリテトラフルオロエチレン(以下、PTFEということがある)、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、セルロースおよびその誘導体、ポリプロピレン、ならびにグラスファイバーが挙げられる。ナイロンの具体例としては、ナイロン6、およびナイロン66が挙げられる。また、セルロースの誘導体としては、水酸基が置換された誘導体が包含され、具体例として、セルロースアセテート、およびセルロースエステルが挙げられる。
【0018】
また、フィルター部材には、親水性のものと疎水性のものとがある。ここで本発明によるフィルター使用開始時のろ過効率改善の効果は、フィルター部材が疎水性である場合のほうが大きいので好ましい。このような疎水性であるフィルター部材を含むものを、本発明においては疎水性フィルターという。フィルター部材が疎水性であるか否かは、フィルター部材を水が透過するか否かで判断することができる。フィルター部材が疎水性である場合には、フィルター部材の表面で水滴がはじかれたり、水を透過させるのに加圧が必要であったりする。このような疎水性フィルターとしては、ポリプロピレン及びポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等が挙げられる。このように疎水性フィルター部材で本発明の効果が大きいのは、フィルター細孔内の空気はフィルター部材の材質が親水性である場合よりも疎水性の場合のほうが滞留し易く、除去しにくいためと考えられる。
【0019】
フィルターは種々のものが市販されているが、例えば、チッソフィルター株式会社製CPフィルター(商品名)、住友スリーエム社製ポリプロ・クリーン(商品名)、日本ポール株式会社製プロファイルII(商品名)又はADVANTEC東洋株式会社製デプスカートリッジフィルター(商品名)等が挙げられる。
【0020】
フィルター部材にはポリプロピレンなどの樹脂からなる繊維をランダムにかつ均一に一定の厚みを持たせて成形した不織布タイプのデプスフィルター、樹脂膜に0.01〜数μm程度の穴を開けて成形されるメンブレンタイプのメンブレンフィルターなどがある。本発明にはいずれのタイプのものを用いてもよいが、本発明の効果がより顕著に発現しやすいので不織布タイプ、特に不織布タイプのデプスフィルターを用いることが好ましい。この理由は、デプスろ過のほうが細孔内の空気の滞留がろ過効率に大きく影響するためであると考えられる。しかしながら、シービングろ過やケーキろ過の場合であっても、細孔内における微粒子除去の効果があるので、本発明のろ過方法を適用することでろ過効率の改良が期待できる。
【0021】
さらに、デプスフィルターは次の2種類の形式に大別できる。一つは、平面状のろ紙形状である平面的フィルターである。もう一つは、不織布を円筒コア等に巻きつけたパイプ状フィルターである。このようなパイプ状フィルターは、一般的に、一端または両端は液が漏れないように加工を施され、またカートリッジに収納された形態で取り扱われることが多い。通常、工業的な使用には、カートリッジに収納された、カートリッジ状の立体的またはパイプ状フィルターが好ましく使用される。これは、ろ過面積が大きく、また取り扱い性にも優れるためである。本発明によるろ過方法には、これらのいずれの形状のものも用いることができる。
【0022】
本発明に用いられるフィルターのろ過精度は、ろ過しようとする未脱気液の種類、含まれる成分、除去すべき不純物の大きさなどに応じて任意のものを用いることができる。例えば、一般的な半導体用研磨用スラリーを効率的に除去するためにはフィルターのろ過精度が5μm以下であること好ましく、1μm以下がより好ましく、0.5μm以下がさらに好ましく、0.3μm以下が最も好ましい。このときのろ過精度0.3μmとは、平均粒子径0.3μm以上の粒子を99.9%以上除去するものと定義する。
【0023】
本発明によるろ過方法においては、目的とする未脱気液をろ過するのに先立って、フィルターを処理することが必要である。この処理は、目的とする未脱気液の主成分である溶媒と同一の溶媒を脱気した脱気液を準備し、その脱気液をろ過に用いようとするフィルターに通液させることにより行う。以下、この処理を「前処理」ということがある。ここで、目的とする未脱気液が、溶液ではなく分散液である場合、媒体は一般的に分散媒と呼ばれるが、ここでは便宜的にそのような分散媒も含めて溶媒という。
【0024】
未脱気液が、例えば水性の研磨用スラリーである場合、未脱気液の主成分である溶媒は水である。したがって、水性の研磨用スラリーを本発明による方法を用いてろ過しようとする場合、水を脱気した脱気液を準備し、これをろ過に先立ってフィルターに通液させる。また、脱気される溶媒はろ過しようとする未脱気液に応じて適切に選択されるので特に限定されず、有機溶媒であってもよい。未脱気液の主成分である溶媒が混合溶媒である場合には、その混合溶媒を脱気した脱気液を用いてもよい。ただし、目的とする未脱気液の主成分である溶媒が水である場合に、本発明による効果が強く発現する。
【0025】
さらに、脱気液は本発明の効果を損なわない範囲で任意の添加剤を含んでいてもよい。例えば、様々な還元性脱酸素剤、防腐剤、アルコール等を脱気液に添加してもよい。特に脱気液のフィルターの細孔中への導入を助ける公知の添加剤を用いることが好ましい。
【0026】
また、脱気液はろ過しようとする未脱気液に含まれる成分を含んでいてもよい。すなわち、ろ過しようとする未脱気液が、例えば水性の研磨用スラリーである場合、主となる溶媒である水のほか、研磨材粒子、水溶性高分子化合物、pH調整剤としての酸またはアルカリ、防腐剤、界面活性剤などの各主成分を含んでいる。このとき本発明に用いられる脱気液はこれらの成分を含んでいてもよい。したがって、研磨用スラリーを脱気したもの、あるいは脱気した水に各主成分を溶解または分散させたものを脱気液として用いることができる。
【0027】
このように、ろ過しようとする未脱気液と前処理で使用する脱気液とで成分の構成が近いと、フィルターに脱気液を通液させた後、フィルター中に残存した脱気液の置換が容易になるので好ましい。特に、ろ過しようとする未脱気液を、脱気した溶媒を用いて調製すれば、前処理と、未脱気液のろ過とが継ぎ目無く行うことができ、未脱気液のろ過開始時に、目的とする未脱気液に成分の異なる脱気液が混入して異なった未脱気液となることがないので、ろ過開始時の損失も少なくなるので好ましい。特に、未脱気液をバッチで調製し、順次ろ過していく場合、最初のバッチのみを脱気された溶媒で調製すれば、製造工程上特別な操作が少なく有利である。
【0028】
本発明において、溶媒を脱気して脱気液とする方法は特に限定されないが、気体透過膜の片側に原溶媒を通過させ他の側を減圧する膜式真空脱気(特許文献3等)、真空脱気、溶媒を加熱することによる気体の溶解度の減少を利用する加熱脱気、超音波脱気、溶存酸素を還元性脱酸素剤と反応させる方法などがあり、任意の方法を採用することができる。これらの中でも、初期投資、操作性、脱気効率性の観点から、膜式真空脱気が好ましく、次いで真空脱気が好ましい。
【0029】
本発明による前処理で使用される脱気液は、その中に溶存している酸素濃度が飽和溶存酸素濃度の1/8以下であることが好ましく、1/16以下であることがより好ましい。飽和溶存酸素濃度とは、1気圧の大気に接している水に溶解する酸素の平衡濃度である。飽和溶存酸素濃度は水温に依存するが、本発明においては、使用する温度、一般的には室温である25℃における値をいう。溶媒が水である場合、飽和溶存空気濃度の値は、例えば25℃/1気圧における水の飽和溶存酸素濃度は約8.1mg/Lである。このため、脱気液が水を主成分とするものである場合には、溶存酸素濃度が1mg/L以下、好ましくは0.5mg/L以下であることが好ましい。
【0030】
溶存酸素濃度がこの値よりも多いとフィルター内の親水化または空気除去の効果が不十分になったり、前処理に必要な時間が長くなったりするためである。脱気液中の溶存酸素濃度は低ければ低いほどよいので、本発明の効果を得るという観点からは限定されない。ただし、溶存酸素を過度に低くしようとすると、脱気液の準備に時間とコストがかかりすぎるので注意が必要である。なお、本発明において脱気液中の溶存酸素濃度は、ガルバニ電池型またはポーラログラフ型等の簡便な酸素濃度計を用いて測定することができる。
【0031】
本発明において、前処理は脱気液をフィルターに通液させることにより行われる。この時、フィルター部材の有効面全体を脱気液が通液するようにすべきである。すなわち、フィルター部材の一部だけではなく、より多くの部分を脱気液が通液することによって、ろ過の初期からろ過に有効に寄与する部分を多くし、ろ過効率をより高くすることができる。脱気液が通液しなかった部分は、ろ過効率が改良されないので、そのような部分が多いと全体的なろ過効率の改良が小さくなってしまう傾向にあるからである。このような前処理によって初期のろ過効率が改良される理由は明確ではないが、脱気液を通液させることにより、使用開始前のフィルター部材中の細孔内部が効率よく濡らされ、細孔内の空気が除去されて、未脱気液とフィルター部材との接触面積が増大するためと考えられている。
【0032】
本発明において前処理は、任意の方法および時点で実施することができる。例えば、未脱気液の調製工程の下流側配管にフィルターを組み付け、調製された未脱気液をろ過する前に、脱気液を一時的に配管に流して前処理をすれば、未脱気液のろ過設備とは別の前処理設備を必要とせず、前処理後に連続的に未脱気液のろ過工程に用いることができるので好ましい。また、一旦前処理がなされたフィルターは、乾燥させない限り空気と接触させても本発明の効果を発揮することができる。このため、フィルター部材に脱気液を通液させる専用の装置を準備し、前処理済みのフィルターを多数準備しておいて、必要に応じてフィルターを交換することもできる。このような方法によれば、未脱気液の調製工程に目的とする未脱気液とは異なる脱気液を配管に流す必要が無く、連続的に未脱気液の調製をすることが可能となるので好ましい。
【0033】
また、本発明において前処理は、超音波や振動等の物理的な衝撃を与える方法と組合わせることもできる。これらの方法を組み合わせると本発明の効果がより強く発現する傾向にある。これは、前記したように、フィルターの細孔中に存在する空気がこれらの方法を組み合わせることでより有効に除去されるためと考えられる。
【0034】
本発明による前処理において、フィルター部材に対して通液させる脱気液の量は多いほうがより好ましい。具体的には、脱気液の通液量Xのフィルター部材の容量Yに対する体積比、すなわちフィルター部材の単位体積当たりの脱気液の通液量の比X/Yが5以上であることが好ましく、10以上であることがより好ましい。比X/Yが低すぎると、本発明の効果が十分に表れない傾向にある。これは、フィルター中の細孔内部の空気が効率よく除去されないためと考えられる。一方、フィルター部材の単位体積当たりの脱気液の通液量は多すぎることで本発明の効果が小さくなることは無いので、上限は特に限定されない。ただし、製造効率やコストの観点から過度に多くすることは避けるべきであろう。尚、ここでフィルター部材の容量とは、フィルターの細孔などを含んだマクロ的な容積を指す。具体的には、デプスフィルターにおいてはフィルターメディア部分全体の体積、すなわち成形されたフィルター部材の体積を示す。また、膜形状のメンブレンフィルターにおいては、その膜の体積をさす。さらにプリーツ構造を有するメンブレンフィルターにおいては、筒状フィルター部材の体積、つまりフィルターメディア部分の最外周から最内周までのフィルターメディア部分とプリーツ間の空間を含めた全体の体積を示す。
【0035】
本発明によるろ過方法は、各種の液状材料の製造において、任意の段階で使用することができる。さらに、本発明に用いられる未脱気液は、ろ過しようとする液体の媒体と溶存気体以外は同じ成分であるので、不純物の混入などの可能性が低く、製造される液体の品質への影響が少ないという利点がある。このような本願発明によるろ過方法は、前記したように微粒子が分散された液体の製造に用いることが好ましいが、特に研磨用スラリーの製造に用いることが好ましい。
【0036】
本発明を諸例を用いて説明すると以下の通りである。
【0037】
[実施例1〜6]
未脱気液をろ過するフィルター部材として、全長約50cmのデプスフィルター(フィルターサイズ全長約50cm;外径約7cm;内径約2.8cm)を準備し、これを下記に示す前処理条件に従い、脱気水を通液させて前処理を実施した。
前処理条件
脱気水通水速度: 19L/分
脱気水通水時間: 0.25分、0.5分、1分、2分、5分、または30分
脱気水中の溶存酸素濃度: 0.5mg/L
脱気水製造方法: 膜脱気方法(中空糸膜モジュールに超純水を通液し、その外側を真空にすることで溶存している気体を脱気する方法(中空糸:ポリ−4メチルペンテン1、真空圧力:2.7kPa))
【0038】
次いで、未脱気液として未脱気の超純水を準備し、前処理を施したフィルターを用いて下記に示す条件でろ過した時のろ過開始直後のろ過効率(フィルターを通過する未脱気液の流速)を測定することで評価した。
ろ過条件
ポンプ: レビトロポンプLEV300(株式会社イワキ製)
通水条件: 回転数 2500rpm
【0039】
[比較例1〜3]
実施例1と同じフィルターを準備し、これをそれぞれ脱気水、超純水、又はIPAに60分間浸漬するだけの処理を実施した。次いで、実施例1と同様の方法で評価を実施した。尚、脱気水又は超純水への浸漬による処理は、脱気水又は超純水の中にフィルターを浸して60分間静置することにより行った。また、IPAへの浸漬による処理は、フィルターを2cm/秒の比較的遅い速度でIPA中に没入させ、60分間静置した後、フィルターを純水にて洗浄(5L/分、純水500L以上)することにより行った。
【0040】
[比較例4〜6]
実施例1と同じフィルターを準備し、実施例1の脱気水に代えて超純水を用いて前処理を実施した。次いで、実施例1と同様の方法で評価を実施した。
【0041】
実施例1〜6及び比較例1〜6の前処理条件と、得られた評価結果は表1に示す通りであった。
【0042】
【表1】
【0043】
表1から、前処理としてフィルターに対して脱気水を通水させた本発明の方法に対して、脱気水または超純水に浸漬した方法、または脱気されていない超純水を通水させた方法では、高いろ過効率を得ることができないことがわかった。また、IPAに浸漬した方法(比較例3)ではろ過効率改良の効果は見られているが、フィルター中に浸透したIPAを超純水へ置換するのに多量の通水が必要であり、そのための処理時間および処理コストが増加するため実用的ではないものであった。
【0044】
[実施例7及び比較例7]
実施例1とろ過精度が異なるだけで、材質および形状が同じフィルターを準備し、これを下記条件で前処理を実施した。
脱気水通水速度: 15L/分
脱気水通水時間: 3.3分
脱気液の通液量Xのフィルター部材の容量Yに対する体積比X/Y: 40
脱気水中の溶存酸素濃度および脱気水製造方法: 実施例1に同じ
【0045】
次いで、ろ過する未脱気液として平均粒子径が30nmのフュームドシリカを13重量%濃度で含む研磨用スラリーを準備し、前処理を施したフィルターを用いて下記に示すろ過条件でろ過した。その際、ろ過効率を、ろ過開始直後、100L通液時、200L通液時、300L通液時に測定した。また、合計360Lの研磨用スラリーを通液するのに要した時間を測定した。
ろ過条件
研磨用スラリー通液加圧: 0.16MPa
ポンプ: ダイヤフラムポンプ(ウィルデン・ポンプ・アンド・エンジニアリング・カンパニー製)
【0046】
また、比較例8として、脱気水に浸漬して1時間静置したあとのフィルターを用いて、同様のろ過を行った。得られた結果は表2に示す通りであった。
【0047】
【表2】
【0048】
表2の結果から、研磨用スラリーをろ過する場合も、前処理としてフィルターに対して脱気された水を通水させた本発明の方法は、脱気されていない水を通水した場合、または脱気された水に浸漬されただけのフィルターを使った方法よりも高いろ過効率を得ることができることがわかった。