(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
配線の断面Pが、[001]を晶帯軸として(100)から(110)への回転方向における(20 1 0)から(1 20 0)の範囲に含まれたいずれかの面に主方位をなす請求項1〜3のいずれかに記載の可撓性回路基板。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の可撓性回路基板が備える配線は、面心立方晶系の結晶構造を有する金属からなる金属箔によって形成される。面心立方晶系の結晶構造を有する金属としては、例えば、銅、アルミニウム、ニッケル、銀、ロジウム、パラジウム、白金、金などが知られており、これらはいずれであってもよいが、金属箔としての利用性から銅、アルミニウム及びニッケルが好適であり、なかでも、可撓性回路基板の配線として主に使用される銅箔が最も一般的である。
【0014】
本発明は、屈曲耐久性や屈曲性に優れた可撓性回路基板を提供し、特に曲率半径が2mm以下であるような高歪み領域で優れた疲労特性を有する可撓性回路基板を提供するものである。この目的を達成するために、本発明では、i)金属箔が高度に配向していること、及び、ii)屈曲部において金属箔の主応力方向の破断伸びが大きいこと、のいずれか一方がかけても本発明のような高屈曲時の疲労破壊に強い可撓性回路基板とはならない。即ち、i)とii)との両方を同時に満足することで、高屈曲時の疲労破壊に強い可撓性回路基板が得られるものである。具体的には、i)面心立方構造の単位格子の基本結晶軸<100>が、金属箔の厚さ方向と箔面内に存在するある一方向との2つの直交軸に対して、それぞれ方位差10°以内の優先配向領域が面積率で50%以上を占め、かつ、ii)屈曲部における稜線から金属箔の厚み方向に切った配線の断面Pに対する法線方向の金属箔の破断伸びが3.5%以上、20%以下である必要がある。
【0015】
金属箔が一般的な電解箔や圧延箔で見られるような多結晶体である場合、高い破断伸びが得られるが、本発明で求める高歪み疲労に対して、疲労特性の高い可撓性回路基板とはならない。一方、集合組織が発達し、配向度が大きくなっても破断伸びが小さい場合は、同様に本発明が求める特性を有する可撓性回路基板は得られない。
【0016】
本発明は、集合組織が発達し、配向度が大きい金属箔であることを条件に、特に高い屈曲特性を求められる可撓性回路基板内の金属箔の破断伸びが重要な因子であることを初めて明らかにしたものである。
【0017】
金属箔は、圧延箔又は電解箔のいずれであってもよいが、高い配向性を得る上で、好ましくは圧延箔であるのがよい。面心立方金属の場合、圧延条件と熱処理条件を工夫することにより、圧延方向と箔面法線方向とにそれぞれ<100>主方位を有する高度に配向した立方体集合組織を有した金属箔を製造することができる。
【0018】
可撓性回路基板の用途に限らず、強い立方体方位を有する金属箔の機械特性の特徴は、破断伸びに異方性があることである。破断伸びは、<100>方向への引張りを行った時、非常に小さな値を取る。一般的に、配向度が増すほど、また、金属箔の厚さが小さくなるほど、<100>方向に引張試験を行った時の破断伸びは小さくなる。面心立方構造の単位格子の基本結晶軸<100>が、金属箔の厚さ方向(箔面法線方向)と箔面内に存在するある一方向(そのひとつが圧延方向である)との2つの直交軸に対して、それぞれ方位差10°以内の優先配向領域が面積率で95%以上を占め、かつ、厚みが18μm以下の一般的な圧延銅箔の場合(以下、便宜上「従来圧延銅箔」と言う)、屈曲部における主応力方向への破断伸びは3.5%には達しない。ここでいう破断伸びとは、金属箔の厚さよりも幅を十分に大きく取った典型的には幅5〜15mmの範囲内でいずれかの幅の試験片を使用し、長さに対して10%/minの歪み速さで引張り試験を行った時の破断に至るまでの伸びをいう。本発明では、以下の実施例に示した測定方法により金属箔の破断伸びを求め、樹脂層と積層させて可撓性回路基板を得た後の値を言うものとする。
【0019】
圧延銅箔の場合、再結晶集合組織は圧延方向、すなわち金属箔の長手方向が<100>方位になる。通常の可撓性回路基板では、基板を抜き出す時、歩留まりを高める点から、回路の長手方向と銅箔の長手方向は一致するように取る。したがって、回路の長手方向を折り曲げる通常の利用形態においては、主応力方向が<100>方向と一致することから、従来圧延銅箔では、繰り返し屈曲に対して高い疲労特性は得られない。
【0020】
このような方位関係で利用する可撓性回路基板の疲労特性を向上させる方法として、本発明では、使用する金属箔の高純度化を図るようにする。これまでに知られている高屈曲用途に用いられる可撓性回路基板では、酸素や銀などの不純物が意図的、あるいは不可避的に含有した銅箔が使用されている。これは、例えば特許文献5にあるように、すべり面に沿ったせん断変形を容易にしたり、電気抵抗の増加を抑制する目的がある。しかしながら、これらの不純物元素は積層欠陥エネルギーを低下させる。本発明者等はこの点に着目した。すなわち、積層欠陥エネルギーが低下すると転位が拡張し易くなり、交差すべりが起こり難く、特に<100>方向に引張った時、伸びが出にくくなる。
【0021】
そこで、本発明では、以下で説明するような所定の優先配向性を示すと共に、好ましくは純度が99.999%以上の金属箔(好適には銅箔)を使用することで、<100>方向の破断伸びを3.5%以上と大きくすることができ、結果として、高歪み領域で繰り返し歪みを加えた時の疲労特性を高めるようにする。金属箔の純度は高い方が望ましいが、製造コストの点から、99.999%、ないし99.9999%のものを使用するのが最も好適である。また、純度が99.999%よりも低い銅箔であっても、酸素濃度が低い無酸素銅箔では、下記実施例に示されるように、狭い条件ながら圧延と熱処理条件によっては、面心立方構造の基本結晶軸<100>のひとつ、例えば[001]軸が、金属箔の厚さ方向(箔面法線方向)に対して方位差で10°以内にある領域が98%以上、99.8%以下である場合、破断伸びが3.5%以上になる領域が存在し、耐屈曲疲労性が良好になる。この理由について現時点では定かではないが、熱処理によって所定の集合組織が得られた無酸素銅箔では、適度な大きさ、体積率で分散する圧延方向に対して<212>方位に対する再結晶残留組織の存在によって<100>方向の破断伸びを大きくするものと推察する。
【0022】
本発明の可撓性回路基板では、その回路を構成する金属箔の試料座標系に対して、金属箔の三次元結晶方位が規定され、その集合組織の集積度は、下記の範囲である。すなわち、面心立方構造の基本結晶軸<100>のひとつ、例えば[001]軸が、金属箔の厚さ方向(箔面法線方向)に対して方位差で10°以内にある領域が面積比で50%以上、望ましくは75%以上、更に望ましくは98%以上を占めるような優先配向を呈し、かつ、金属箔の表面に対して水平な方向である箔面内において、別の基本結晶軸、例えば[100]軸から方位差で10°以内にある領域が面積比で50%以上、望ましくは85%以上、更に望ましくは99%以上を占めるような優先配向を呈するものを使用する。本発明では、少なくとも屈曲部において、上記のような集合組織の集積度を有していればよいが、好適には樹脂層に積層される金属箔の全てが上記のような集積度を有した、いわゆる単結晶ライクの金属箔であれば、配線設計において制約を受けることがなく好ましい。なお、優先配向の中心にある結晶方位を集合組織の主方位と呼ぶことから、本発明で使用する金属箔は、金属箔の厚さ方向が<100>の主方位を有すると共に、金属箔の箔面内が<100>の主方位を有すると言うことができる。
【0023】
集合組織の優先配向の優先度、すなわち配向度又は集積度を表す指標は幾つかあり、X線回折強度、及び電子線回折で得られる局所的な三次元方位データの統計データを用いた客観的なデータに基づいた指標を用いることができる。
【0024】
例えば金属箔が銅箔の場合、X線回折で求めた上記晶帯軸と垂直な(002)からの強度(I)(ここでは、X線回折における一般的な表記方法に従い(200)面の強度としている)が、微粉末銅のX線回折で求めた(200)面の強度(I
0)に対してI/I
0≧25である銅箔から所定のパターンを有する配線を形成するがよく、好ましくはI/I
0が33〜150の範囲、より好ましくは50〜150の範囲であるのがよい。ここで、パラメータI/I
0は(100)と(110)の晶帯軸、すなわち共通軸[001]の配向度を表すものであり、立方体集合組織の発達度を表す客観的な一指標である。そして、金属箔が圧延銅箔の場合、これを一定以上の圧延率で強加工をおこなって、その後、熱を加えて再結晶させると、圧延箔面を(001)主方位、箔面内圧延方向を(100)主方位とする再結晶立方体方位が発達する。銅の再結晶集合組織である立方体方位が発達するほど、銅箔の屈曲疲労寿命が向上する。本発明の可撓性回路基板では、I/I
0が25より小さいと配線の屈曲疲労寿命の向上が十分に望めず、I/I
0が33以上であれば屈曲疲労寿命の向上が顕著になる。なお、銅箔の厚み方向のX線回折とは、銅箔の表面(圧延銅箔の場合は圧延面)における配向性を確認するものであり、(200)面の強度(I)はX線回折で求めた(200)面の強度積分値を示す。また、強度(I
0)は、微粉末銅(関東化学社製銅粉末試薬I級、325メッシュ)の(200)面の強度積分値を示す。
【0025】
I/I
0を25以上にするためには、銅箔の再結晶集合組織が得られるようにすればよく、この手段については特に制限はないが、中間焼鈍条件や冷間圧延加工率を対象とする金属箔の種類や不純物濃度に応じて最適化することによって、結晶粒が大きな集合組織であって、かつI/I
0≧25の圧延銅箔を得ることができる。また、例えば樹脂層と圧延銅箔とを積層させて銅張り積層板を得た後、銅箔に300〜360℃の温度が積算時間で5分以上負荷されるような加熱条件を経ることにより、銅箔の再結晶集合組織を得るようにしてもよい。
【0026】
また、集合組織を3次元的な集積度で規定するために、集合組織の主方位に対して10°以内に入る優先配向領域の面積率を用いて特定することもできる。すなわち、金属箔の所定の面がどのような結晶方位を有するかについては、例えばEBSP(Electron Back Scattering Pattern)法、ECP(Electron Channeling Pattern)法等の電子線回折法やマイクロラウエ法等のX線回折法等により確認することができる。なかでも、EBSP法は、測定対象である試料表面に収束電子ビームを照射した際に発生する個々の結晶面から回折される擬菊池線と呼ばれる回折像から結晶を解析し、方位データと測定点の位置情報から測定対象の結晶方位分布を測定する方法であり、X線回折法よりもミクロな領域の集合組織の結晶方位を解析することができる。例えば、個々の微小領域でその結晶方位を特定し、それらをつなぎあわせてマッピングすることができ、各マッピング点間の面方位の傾角(方位差)が一定値以下のものを同色で塗り分け、ほぼ同一の面方位を有する領域(結晶粒)の分布を浮かび上がらせることにより方位マッピング像を得ることができる。また、特定の面方位に対して所定の角度以内の方位を有する方位面を含めてその方位であると規定し、各面方位の存在割合を面積率で抽出することもできる。EBSP法では、ある特定の方位から、特定の角度以内にある領域の面積率を出すためには、少なくとも本発明の可撓性回路基板における回路屈曲領域より大きな領域で、面積率を出すために十分な点数になるように細かく電子線を走査して、その平均的な情報を得る必要があるが、本発明で対象とする金属箔では、対象とする回路の大きさから考えて、0.005mm
2以上の領域において、平均的な面積率を出すために1000点以上測定すればよい。
【0027】
ところで、本発明と特許文献3及び4に記載の発明での組織上の違いは、これらの特許文献の発明の方位規定は、X線で測定した箔法線方向のみの規定であるのに対して、本発明は3次元で規定している点である。屈曲に対して高い疲労特性を得るためには、特に屈曲させた時の主歪み、主応力方向、即ち箔面内の<100>集積度が重要である。また、本発明では、再結晶粒、即ち立方体方位を有する結晶粒の大きさは、平均値で25μm以上であることが望ましい。
【0028】
また、本発明において、特に高屈曲性を求める場合には、可撓性回路基板を形成する金属箔は、厚さ5〜18μmの圧延銅箔を用いるのが良く、好ましくは厚さ9〜12μmの圧延銅箔を用いるのが良い。圧延銅箔が18μmより厚くなると、曲率半径が2mm以下であるような高歪み領域で優れた疲労特性を有する可撓性回路基板を得るのが難しくなる。また、厚さが5μmより薄くなると、金属箔と樹脂層とを積層させる上でのハンドリングが困難であり、均質な可撓性回路基板を形成することが困難である。
【0029】
以上で述べた可撓性回路基板の疲労特性を向上させる第一の方策とは別に、本発明では、高度に配向した単結晶に近い面心立方金属箔の破断伸びを向上させるための第二の方策として、破断伸びの小さい<100>方向が主応力方向にならないように、可撓性回路基板の配線構成を工夫することがあり、具体的には下記の方法が挙げられる。
【0030】
第一の方策で述べたように、圧延及び再結晶条件を工夫することによって、圧延方向と箔面法線方向ともに<100>主方位を有する高度に配向した立方体集合組織を有する金属箔を製造することができる。その上で、配線として回路を切る方向を圧延方向、即ち<100>方向から所定の角度でずらして斜めに回路を抜くことで、屈曲させた際の主応力方向に破断伸びが大きな可撓性回路基板を得ることができる。このような方法により、屈曲部における稜線から金属箔の厚み方向に切った配線の断面Pに対する法線方向(屈曲部における主応力方向)の金属箔の破断伸びが3.5%以上となるようにするためには、上記断面Pが、[001]を晶帯軸として(20 1 0)から(1 20 0)の範囲に含まれたいずれかの面に主方位をなしている必要がある。ここで、晶帯軸と面方位の関係を
図1に示す。(20 1 0)と(1 20 0)は、[001]を共通軸、すなわち晶帯軸とした関係にあり、[001]を軸とした(100)から(110)へ〔(100)から(010)へ〕の回転面内にある。すなわち、これを断面Pの法線方位に対する逆極点図上に示すと、(001)、(20 1 0)、(110)の各面は、
図2に示すようになる。対称性から、逆極点図上では、(1 20 0)は(20 1 0)と同じ位置に表される。本発明における金属箔の金属は面心立方構造である。その単位格子の結晶軸は、[100]、[010]、[001]であるが、本発明では、金属箔の厚さ方向(金属箔の表面に対して垂直方向)に<100>優先方位がある場合、この軸を[001]、すなわち箔面方位を(001)として表記するが、面心立方構造の対称性からこれらの軸を入れ替えても等価であり、勿論これらは本発明に含まれる。
【0031】
そして、箔面内の主方位が、屈曲部の主歪み方向、すなわち屈曲部における稜線から厚み方向に切った際の配線の断面法線方向に対して(配線断面Pに対する垂線に対して)、2.9°〜87.1°〔(20 1 0)〜(1 20 0)〕の角度を有することが必要であり、好ましくは5.7°〜84.3°〔(10 1 0)〜(1 10 0)〕の角度、より好ましくは11.4°〜78.6°〔(510)〜(150)〕の角度、更に好ましくは26.6°〜63.4°〔(210)〜(120)〕の角度、最も好適には30°又は60°〔(40 23 0)、又は(23 40 0)〕であることが望ましい。ここで、〔 〕内は、それぞれの角度に対応する断面Pの面方位を表す。なお、結晶の対称性から、配線断面Pに対する法線が、金属箔面内の基本結晶軸<100>と2.9〜45°の角度を有すると記述することもできる。
【0032】
ここで、屈曲部における稜線から厚み方向に切った際の配線の断面Pとは、例えば
図3に示すように、可撓性回路基板をU字状に屈曲させるとその外側に稜線Lが形成されるが、この稜線Lから可撓性回路基板の厚み方向dに切った際に得られる断面のうち配線部分のものを言う。また、稜線Lとは、可撓性回路基板を屈曲させた状態で、その折り曲げ方向(
図3中の太矢印)に沿って可撓性回路基板の断面を見た場合に形成される頂点を結んだ線である。なお、例えば後述する摺動屈曲など、稜線Lが可撓性回路基板を移動するような場合も含まれる。また、
図3では、樹脂層1が外側であり、配線2が内側に屈曲された状態を表すが(曲率半径を有する円が内接する側を内側とする)、配線2が外側になる折り曲げ方であってもよいことは勿論である。
【0033】
様々な用途において、ある曲率の強制変位を受けるとき、金属箔は、主として引張、又は圧縮の応力を受ける。屈曲を受けた可撓性回路基板の中で、どの部分が引張又は圧縮を受けるかは、金属箔と樹脂の構成にもよるが、引張と圧縮の中立軸(あるいは中立面)より屈曲の外側である、最も遠い部分が金属の破壊で過酷であることが一般的であり、屈曲部における稜線から厚み方向に切った際の配線の断面法線方向への引張応力が主応力となる。すなわち、屈曲部における配線の主応力方向は、
図3中に矢印21で示した方向であり、典型的には、屈曲部の稜線から金属箔の厚み方向に切った配線断面Pに対する法線方向と等しく、金属箔の厚み方向に配向した[001]軸と垂直に交わる方向である。
【0034】
可撓性回路基板内の金属箔の機械特性を考える時、
図3中の矢印21で示した主応力方向に金属箔を単純引張したときの応力歪み特性が重要な特性となる。ここで、
図4(c)及び(d)の例に示すように、仮に面心立方系の結晶構造を有する金属箔の[100]軸に対して直交する稜線が形成されるように屈曲させた場合、屈曲部での稜線から可撓性回路基板の厚み方向に切った配線の断面は(100)面になるが、屈曲部における稜線から厚み方向に切った際の配線の断面Pが、
図1に示すように、[001]を晶帯軸として(100)から(010)までの回転方向における(20 1 0)から(1 20 0)の範囲(図中の両矢印)に含まれたいずれかの面に主方位をなしていれば、破断伸びを向上させることができる。なお、
図1では(20 1 0)から(1 20 0)の範囲を示したが、面心立方系の結晶構造ではこの範囲に含まれる面と等価な面が存在する。そのため、配線の断面が(20 1 0)から(1 20 0)の範囲に含まれる面と符号の異なる等価な面については本発明に含まれる。
【0035】
第二の方策において、屈曲部における稜線から厚み方向に切った際の配線の断面Pが、(20 1 0)から(1 20 0)の間の特定方位に主方位を有して優先配向していることで、破断伸びが向上する理由は、断面Pの法線方向、すなわち主応力方向に引張応力を引加した時、面心立方構造を有する金属では、すべり面である8つの{111}のなかでも、シュミット因子が最も大きな主すべり面が4面となることから、せん断滑りが良好になり、局所的な加工硬化が起こり難くなるためである。通常の圧延銅箔では、金属箔の長手方向が圧延方向に相当し、
図4(c)や(d)に示すように、その主方位<100>に沿って回路を形成するのが通常である。例えば、特許文献5の実施例は、
図4(d)の形態に相当する。このように、屈曲部における稜線から厚み方向に切った際の配線の断面方位を(100)にすると、屈曲させた際、8つのすべり面のシュミット因子が等価となって8つのすべり系が同時に働き、局所的に転位が蓄積し易くなる。このような従来技術との差異により、第二の方策を採用した可撓性回路基板の耐屈曲特性は、回路の長手方向で折り曲げる通常の利用形態に比べて優れる。
【0036】
可撓性回路基板における断面Pに関し、最も望ましい方位は、屈曲部の主歪み方向、すなわち屈曲部における稜線から厚み方向に切った際の配線の断面法線方向に対して30°又は60°であるが、これは応力方向が、引張の安定方位と一致するためである。以上の機構を考えた時、少なくとも、屈曲部における稜線から厚み方向に切った際の配線の断面Pが、[001]を晶帯軸として、(20 1 0)から(1 20 0)の間の特定方位に主方位を有して優先配向を有していれば良い。
【0037】
すなわち、本発明における第二の方策は、金属箔が面心立方構造を有して、金属箔の厚さ方向が<100>の主方位を有すると共に、金属箔の箔面内が<100>の主方位を有し、かつ、屈曲部における稜線から厚み方向に切った際の配線の断面Pの法線方向が(20 1 0)から(1 20 0)の間の特定方位に主方位を有して優先配向するような配線を備えるようにする。この際、断面Pの法線方向は、好ましくは(10 1 0)から(1 10 0)の間の特定方位に主方位を有して優先配向しているのが良く、より好ましくは(510)から(110)の間の特定方位に主方位を有して優先配向しており、更に好ましくは(210)から(110)の間の特定の方位に主方位を有して優先配向しており、最も好適には(40 23 0)近傍に中心方位を持って優先配向しているのが良い。箔面が(001)を主方位として優先配向している金属箔の場合、例えば箔面内の[001]と[100]とは等価であって、本発明における可撓性回路基板の屈曲部における稜線から厚み方向に切った際の配線の断面Pの主方位は、(1 20 0)から(110)の間の特定方位と記述することも出来、好ましくは(120)から(110)の間の特定の方位に主方位を有して優先配向し、最も好適には(23 40 0)近傍に主方位を持って優先配向しているのが良いと記述することもできる。
【0038】
また、金属箔の厚さ方向が<100>の主方位を有すると共に、金属箔の箔面内が<100>の主方位を有し、かつ屈曲部における稜線から厚み方向に切った際の配線の断面Pが、(20 1 0)から(1 20 0)の間の特定方位に主方位を有するということは、
図2に示す(100)標準投影図のステレオ三角形(stereo triangle)上で逆極点表示したとき、屈曲部における稜線から厚み方向に切った際の配線の断面方位が、(20 1 0)を表す点と(110)を表す点とで結ばれた線分上にあるいずれかの面であると言うこともできる。更に、第二の方策における可撓性回路基板は、金属箔の厚み方向が[001]軸である3(2)軸配向した材料から配線を形成し、屈曲部における稜線から厚み方向に切った際の配線の断面法線が、箔面内における[100]軸との間に2.9°から87.1°の範囲の角度を有するものと言うこともできる。
【0039】
そして、このような第二の方策によれば、屈曲部における主応力方向の金属箔の破断伸びを3.5%以上にすることができ、曲率半径が2mm以下であるような繰り返しの歪み、もしくは応力に対しても金属疲労が起こり難くなり、屈曲性の高い可撓性回路基板が得られる。また、本発明では、上述した第一の方策とこの第二の方策を組み合わせることで、金属疲労特性及び屈曲性に優れた可撓性回路基板をより確実に得ることができ、主応力方向の金属箔の破断伸びが3.5%以上、好ましくは4%以上、より好ましくは9%以上にすることができる。なお、破断伸びの上限については、面心立方構造の単位格子の基本結晶軸<100>が、金属箔の厚さ方向(箔面法線方向)と箔面内に存在するある一方向(そのひとつが圧延方向である)との2つの直交軸に対して、それぞれ方位差10°以内の優先配向領域が面積率で50%、かつ、厚みが18μmである、本発明の範囲で取り得る圧延箔の上限として、20%以下と規定することができるが、銅の単位格子の基本結晶軸<100>が、銅箔の厚さ方向と箔面内に存在するある一方向との2つの直交軸に対して、それぞれ方位差10°以内の優先配向領域が面積率で95%以上を占め、かつ、厚みが12μm以下であるより好ましい形態をとる場合、破断伸びの上限は15%以下である。
【0040】
本発明における可撓性回路基板の樹脂層については、樹脂層を形成する樹脂の種類は特に制限されず、通常の可撓性回路基板で使用されるものを挙げることができ、例えばポリイミド、ポリアミド、ポリエステル、液晶ポリマー、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルエーテルケトン等を例示することができる。なかでも、回路基板とした場合に良好な可撓性を示し、かつ、耐熱性にも優れることから、ポリイミドや液晶ポリマーが好適である。
【0041】
樹脂層の厚さは、可撓性回路基板の用途、形状等に応じて適宜設定することができるが、可撓性の観点から5〜75μmの範囲であるのが好ましく、9〜50μmの範囲がより好ましく、10〜30μmの範囲が最も好ましい。樹脂層の厚さが5μmに満たないと、絶縁信頼性が低下するおそれがあり、反対に75μmを超えると小型機器等へ搭載する場合に回路基板全体の厚みが厚くなり過ぎるおそれがあり、屈曲性の低下も考えられる。
【0042】
また、可撓性回路基板を携帯電話のスライド摺動部等に適用する際には、金属箔から形成された配線上にカバーレイフィルム等からなるカバー材を貼り合わせて使用することがあるが、その場合には、配線に掛かる応力のバランスを考慮してカバー材と樹脂層の構成を設計するのが良い。本発明者らの知見によれば、例えば、25℃における引張弾性率が4〜6GPaであると共に厚みが14〜17μmの範囲のポリイミドを樹脂層とし、厚さ8〜17μmの熱硬化性樹脂からなる接着層と厚さ7〜13μmのポリイミド層との2層を有して、かつ、接着層とポリイミド層全体の引張弾性率が2〜4GPaのカバーレイフィルムをカバー材とする構成例や、25℃における引張弾性率が6〜8GPaであると共に厚みが12〜15μmの範囲のポリイミドを樹脂層とし、厚さ8〜17μmの熱硬化性樹脂からなる接着層と厚さ7〜13μmのポリイミド層との2層を有して、かつ、接着層とポリイミド層全体の引張弾性率が2〜4GPaのカバーレイフィルムをカバー材とする構成例などが挙げられる。
【0043】
樹脂層と金属箔とを積層させる手段については、例えば樹脂層がポリイミドからなる場合、ポリイミドフィルムに熱可塑性のポリイミドを塗布し又は介在させて金属箔を熱ラミネートするようにしてもよい(所謂ラミネート法)。ラミネート法で用いられるポリイミドフィルムとしては、例えば、”カプトン”(東レ・デュポン株式会社)、”アピカル”(鐘淵化学工業株式会社)、”ユーピレックス”(宇部興産株式会社)等が例示できる。ポリイミドフィルムと金属箔とを加熱圧着する際には、熱可塑性を示す熱可塑性ポリイミド樹脂を介在させるのがよい。また、樹脂層の厚みや折り曲げ特性等を制御しやすい観点から、金属箔にポリイミド前駆体溶液(ポリアミド酸溶液ともいう)を塗布した後、乾燥・硬化させて積層体を得てもよい(所謂キャスト法)。
【0044】
樹脂層は、複数の樹脂を積層させて形成してもよく、例えば線膨張係数等の異なる2種類以上のポリイミドを積層させるようにしてもよいが、その際には耐熱性や屈曲性を担保する観点から、エポキシ樹脂等を接着剤として使用することなく、樹脂層のすべてが実質的にポリイミドから形成されるようにするのが望ましい。単独のポリイミドからなる場合及び複数のポリイミドからなる場合を含めて、樹脂層の引張弾性率は4〜10GPaとなるようにするのが良く、好ましくは5〜8GPaとなるようにするのが良い。
【0045】
本発明の可撓性回路基板では、樹脂層の線膨張係数が10〜30ppm/℃の範囲となるようにするのが好ましい。樹脂層が複数の樹脂からなる場合には、樹脂層全体の線膨張係数がこの範囲になるようにすればよい。このような条件を満たすためには、例えば、線膨張係数が25ppm/℃以下、好ましくは5〜20ppm/℃の低線膨張性ポリイミド層と、線膨張係数が26ppm/℃以上、好ましくは30〜80ppm/℃の高線膨張性ポリイミド層とからなる樹脂層であって、これらの厚み比を調整することによって10〜30ppm/℃のものとすることができる。好ましい低線膨張性ポリイミド層と高線膨張性ポリイミド層の厚みの比は70:30〜95:5の範囲である。また、低線膨張性ポリイミド層は、樹脂層の主たる樹脂層となり、高線膨張性ポリイミド層は金属箔と接するように設けることが好ましい。なお、線膨張係数は、イミド化反応が十分に終了したポリイミドを試料とし、サーモメカニカルアナライザー(TMA)を用いて250℃に昇温後、10℃/分の速度で冷却し、240〜100℃の範囲における平均の線膨張係数から求めることができる。
【0046】
また、本発明における可撓性回路基板は、樹脂層と金属箔から形成された配線とを備え、いずれかに屈曲部を有して使用されるものである。すなわち、ハードディスク内の可動部、携帯電話のヒンジ部やスライド摺動部、プリンターのヘッド部、光ピックアップ部、ノートPCの可動部などをはじめ各種電子・電気機器等で幅広く使用され、回路基板自体が折り曲げられたり、ねじ曲げられたり、或いは搭載された機器の動作に応じて変形したりして、いずれかに屈曲部が形成されるものである。特に、本発明の可撓性回路基板は屈曲耐久性に優れた屈曲部構造を有することから、摺動屈曲、折り曲げ屈曲、ヒンジ屈曲、スライド屈曲等の繰り返し動作を伴い頻繁に折り曲げられたりする場合や、或いは搭載される機器の小型化に対応すべく、曲率半径が折り曲げ挙動で0.38〜2.0mmであり、摺動屈曲で1.25〜2.0mmであり、ヒンジ屈曲で3.0〜5.0mmであり、スライド屈曲で0.3〜2.0mmであるような厳しい使用条件の場合に好適であり、0.3〜1mmの狭いギャップで屈曲性能の要求が厳しいスライド用途において特に効果を発揮する。
【0047】
本発明における可撓性回路基板の製造方法については、そのひとつとして、i)[001]軸が最終的に箔面法線(金属箔の表面に対する垂線)に配向する立方体集合組織を呈する圧延金属箔と樹脂層とが金属箔の箔面で貼り合わされた複合体を得て、設計上の屈曲の主応力方向、即ち屈曲部における稜線から厚み方向に切った際の配線の断面法線方向を、金属箔面内の[100]主方位に対して2.9°〜87.1°の角度を有して屈曲部の稜線が形成されるように配線するか、ii)配線を構成する金属箔を純度99.999%以上とするか、又は、iii)これらi)とii)の方法を同時に採用するようにすれば良い。
【0048】
この際、金属箔は、必ずしも始めから立方体集合組織を呈している必要がなく、熱処理によって立方体集合組織が形成するようにしてもよく、例えば可撓性回路基板の製造過程、具体的には樹脂層の形成過程で熱処理されて、立方体集合組織が形成するようにしてもよい。すなわち、熱処理することで、<100>軸から方位差10°以内の領域が面積比50%以上を占めるように、単位格子の基本結晶軸<100>のひとつを金属箔の厚さ方向に優先配向させると共に、<100>軸から方位差10°以内の領域が面積比50%以上を占めるように、基本結晶軸<100>の別のひとつを金属箔の表面に対して水平方向に優先配向させるようにすればよい。圧延銅箔の再結晶集合組織は、通常、圧延面方位が{100}であり、圧延方向が<100>である。したがって、圧延面方位として(001)主方位が形成される。また、純度99.999%以上の金属箔を使用する場合、いずれの方位で回路を形成して配線しても破断伸びは3.5%以上を確保でき、設計上の適用範囲が広い可撓性回路基板を形成できる。
【0049】
第二の方策を採用する場合について、より詳しくは、
図3に示すように、例えば可撓性回路基板をU字状に屈曲させると、その外側(曲率半径を有した内接円が形成される方とは反対側)に稜線Lが形成されるが、この稜線Lが、配線を形成する金属箔の[100]軸と直交した状態からα=2.9〜87.1(°)の範囲で傾きを有するようにすればよい。このような状態の例を
図4の(a)及び(b)に示す。ちなみに、
図4の(c)及び(d)は[100]軸に対し稜線が直交した状態(α=0)である。ここで、αが2.9°未満であると屈曲性において明確な効果が確認されない。α=11.4〜78.6(°)であれば屈曲部構造の屈曲耐久性がより一層向上する。なお、本発明においては、上記α=2.9°の場合に稜線から厚みd方向に切った際の配線の断面Pは(20 1 0)面に相当し、α=45の場合には断面Pが(110)面に相当し、α=87.1の場合には断面Pが(1 20 0)面に相当する。また、面心立方構造においては、[100]と[010]は等価であるから、
図4(a)及び(b)に示すような[100]の箔面内直交軸と稜線のなす角αの角度範囲は、[100]と断面P法線のなす角度範囲、及び[100]と稜線のなす角度範囲と一致する。
【0050】
また、配線の幅、形状、パターン等については特に制限はなく、可撓性回路基板の用途、搭載される電子機器等に応じて適宜設計すればよいが、本発明の屈曲部構造は屈曲耐久性に優れることから、第二の方策を採用する場合であっても、例えば配線に対する曲げ応力を小さくするためにヒンジ部の回動軸に対して斜め方向に配線するようなことをあえてする必要がなく、屈曲部における稜線に対して直交する方向に沿った配線、すなわち必要最小限の最短距離での配線が可能である。
図4(a)及び(b)は、例えば携帯電話のヒンジ部等に使用される可撓性回路基板を示し、樹脂層1と金属箔から形成した配線2とコネクタ端子3とを有する例である。
図4(a)及び(b)のいずれも、中央付近に屈曲部における稜線Lの位置を示しており、この稜線Lは、配線2を形成する金属箔の[100]軸方向に対して(90+α)°の角度を有する。ここで、
図4(a)は、両端のコネクタ端子3の途中、稜線L付近で配線が斜めに形成された例であるが、
図4(b)のようにコネクタ端子3間を最短距離で配線することも可能である。なお、折り畳み式携帯電話等のように、屈曲部における稜線Lの位置が固定される場合のほか、スライド式携帯電話等のように屈曲部における稜線Lが移動するようなスライド摺動屈曲(
図4(b)に記した太線矢印方向)であってもよい。なお、本発明における可撓性回路基板は、樹脂層の少なくとも片面に金属箔からなる配線を備えるが、必要に応じて樹脂層の両面に金属箔を備えるようにしてもよい。
【0051】
以上、説明してきたように、可撓性回路基板を屈曲させた際の屈曲部において配線を構成する金属箔が、高度に配向していると共に、主応力及び主歪み方向への破断伸びが大きな金属箔を構成させることによって、屈曲半径の小さな高屈曲の繰り返し曲げを行ったときでも、結晶の異方性に起因する局所的な応力集中が起こり難く、また、転位集積が起こり難くなるといった2つの効果により、金属疲労が生じ難く、応力及び歪みに対して優れた耐久性を有し、可撓性回路基板の設計に制約が生じず、折り曲げの繰り返しや曲率半径の小さな屈曲に対しても耐え得る強度を備えて、屈曲性に優れた可撓性回路基板を提供することができる。
【実施例】
【0052】
以下、実施例及び比較例に基づき、本発明をより具体的に説明する。なお、実施例等で用いた銅箔の種類、及びポリアミド酸溶液の合成は次のとおりである。
【0053】
[銅箔A]
市販圧延銅箔、純度99.9%、厚さ9μm。
[銅箔B]
市販電解銅箔、純度99.9%、厚さ9μm。
[銅箔C]
無酸素銅箔、純度99.99%、厚さ9μm、プロセス条件A。
不純物(mass ppm) 酸素:2、銀:18、リン:2.1、硫黄:4、鉄:1.5
[銅箔D]
精製銅箔、純度99.999%、厚さ9μm、プロセス条件A。
不純物(mass ppm) 酸素:2、銀:5、リン:0.01、硫黄:0.01、鉄0.002
[銅箔E]
精製銅箔、純度99.9999%、厚さ9μm、プロセス条件A。
不純物(mass ppm) 酸素:<1、銀:0.18、リン:<0.005、硫黄:<0.005、鉄:0.002
[銅箔F]
精製銅箔、純度99.9999%、厚さ9μm、プロセス条件B。
不純物(mass ppm) 酸素:<1、銀:0.18、リン:<0.005、硫黄:<0.005、鉄:0.002
[銅箔G]
精製銅箔、純度99.9999%、厚さ9μm、プロセス条件C。
不純物(mass ppm) 酸素:<1、銀:0.18、リン:<0.005、硫黄:<0.005、鉄:0.002
[銅箔H]
市販圧延銅箔、純度99.9%、厚さ12μm。
【0054】
[銅箔の製造方法]
銅箔Aと銅箔Hは、市販の圧延銅箔であり、銅箔Bは硫酸銅浴で製造した市販の電解銅箔である。これらはいずれも高屈曲用途品として市販されている銅箔であり、純度は99.9%と市販品としては高いものである。銅箔C〜銅箔Gは本発明者らが加工したものであり、所定の純度の銅素材を黒鉛鋳型内で鋳造凝固し、圧延加工して所定の厚さにしたものである。鋳造インゴットの厚さは10mmであり、冷間圧延で1mmまで落とした後、銅箔C、銅箔D、及び銅箔Eについては、300℃、30分の中間焼鈍を実施した後、9μmまで冷間圧延を実施した(プロセス条件A)。また、銅箔Fは中間焼鈍を行わないで、9μmまで冷間圧延を実施した(プロセス条件B)ものである。更に、銅箔Gは、中間焼鈍温度を800℃で行い、9μmまで冷間圧延を実施した(プロセス条件C)。
【0055】
[ポリアミド酸溶液の合成]
(合成例1)
熱電対及び攪拌機を備えると共に窒素導入が可能な反応容器に、N,N−ジメチルアセトアミドを入れた。この反応容器に2,2-ビス[4-(4-アミノフェノキシ)フェニル]プロパン(BAPP)を容器中で撹拌しながら溶解させた。次に、ピロメリット酸二無水物(PMDA)を加えた。モノマーの投入総量が15wt%となるように投入した。その後、3時間撹拌を続け、ポリアミド酸aの樹脂溶液を得た。このポリアミド酸aの樹脂溶液の溶液粘度は3,000cpsであった。
【0056】
(合成例2)
熱電対及び攪拌機を備えると共に窒素導入が可能な反応容器に、N,N−ジメチルアセトアミドを入れた。この反応容器に2,2'−ジメチル−4,4'−ジアミノビフェニル(m−TB)を投入した。次に3,3',4,4'−ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)及びピロメリット酸二無水物(PMDA)を加えた。モノマーの投入総量が15wt%で、各酸無水物のモル比率(BPDA:PMDA)が20:80となるように投入した。その後、3時間撹拌を続け、ポリアミド酸bの樹脂溶液を得た。このポリアミド酸bの樹脂溶液の溶液粘度は20,000cpsであった。
【0057】
[実施例1]
銅箔Aから銅箔Gまでの7種類の銅箔に上記で準備したポリアミド酸溶液aを塗布し、乾燥させ(硬化後は膜厚2μmの熱可塑性ポリイミドを形成)、そのうえにポリアミド酸bを塗布し、乾燥させ(硬化後は膜厚9μmの低熱熱膨張性ポリイミドを形成)、更にその上にポリアミド酸aを塗布し乾燥させ(硬化後は膜厚2μmの熱可塑性ポリイミドを形成)、300〜360℃の温度が積算時間で5分以上負荷されるような加熱条件を経て3層構造からなるポリイミド層を形成した。次いで、銅箔の圧延方向(MD方向)に沿って長さ250mm、圧延方向に対して直交する方向(TD方向)に幅150mmの長方形サイズとなるように切り出し、
図5に示すように、厚さ13μmのポリイミド層(樹脂層)1と厚さ9μmの銅箔2とを有した片面銅張積層板4を得た。そのときの樹脂層全体の引張弾性率は7.5GPaであった。
【0058】
上記で得られた片面銅張積層板4について、銅箔Aから銅箔Gまでのそれぞれの銅箔2の圧延面2aに対してコロイダルシリカを使用し、機械的、化学的研磨を行なった後、EBSP装置にて方位解析を行った。使用した装置は、日立製作所製FE−SEM(S-4100)、TSL社製のEBSP装置、及びソフトウエア(OIM Analysis 5.2)である。測定領域はおよそ800μm×1600μmの領域であり、測定時加速電圧20kV、測定ステップ間隔4μmとした。配向性の評価は、箔の厚さ方向、及び箔の圧延方向に対して<100>が10°以内に入っている測定点の全体の測定点に対する割合で示した。測定数は各品種個体の異なる5つの試料について実施し、百分率の小数点以下を四捨五入した。また、得られたデータを用いて、隣り合う結晶粒の方位差が15°以上であるものを結晶粒界として結晶粒径の評価を行ない、多結晶体については平均粒径を求めた。結果を表1に示す。
【0059】
【表1】
【0060】
銅箔Bを除く圧延銅箔はいずれも立方体集合組織を形成しており、銅箔面方位、圧延方向ともに{001}<100>の主方位を有していることが分った。これは、圧延加工された銅箔が、ポリイミドの硬化の際の熱によって再結晶し、再結晶集合組織が形成されたためである。ただし、その程度は品種によって異なり、銅箔A、C、D、及びEの立方体方位に対する配向性が極めて高かった。立方体方位の配向度は、純度が99.9%以上の銅箔ではその純度によらず、銅箔の加工方法に対する依存性が大きかった。これらの銅箔は、800×1600μmの視野において、視野全体が立方体方位を有する粒で構成され、その内部に方位の異なる5μm以下の結晶粒が島状に分散した組織になっていた。島状組織の面積率は2%以下と小さいため、立方体方位を有する再結晶粒は、同じ方位を有して一体化しており、再結晶粒の大きさは、厚さ方向に箔厚と同じ9μmであり、箔面内に800μm以上である。また、銅箔F、銅箔Gの立方体方位を有する再結晶粒は、面積率が高くないため、互いに独立して存在しており、箔面内の平均粒径は、それぞれ25μm、20μmであった。一方、電解銅箔Bは平均粒径1μmの多結晶体であり、殆ど配向性は認められなかった。
【0061】
次に、上記で得られた片面銅張積層板4の銅箔2側に所定のマスクを被せ、塩化鉄/塩化銅系溶液を用いてエッチングを行い、
図6に示したように(但し、配線方向HとMD方向とのなす角は0°である)、線幅(l)が150μmの直線状の配線2の配線方向H(H方向)が、MD方向(<100>軸)に平行になるように、かつ、スペース幅(s)が250μmとなるように配線パターンを形成した。そして、後述する耐屈曲試験用のサンプルを兼ねるように、JIS 6471に準じて、回路基板の配線方向Hに沿って長手方向に150mm、配線方向Hに直交する方向に幅15mmを有した試験用可撓性回路基板5を得た。
【0062】
上記で得られた試験用可撓性回路基板を用い、JIS C5016に準じてMIT屈曲試験を行った。試験の模式図を
図7に示す。装置は東洋精機製作所製(STROGRAPH-R1)を使用し、試験用可撓性回路基板5の長手方向の一端を屈曲試験装置のくわえ治具に固定し、他端をおもりで固定して、くわえ部を中心として、振動速度150回/分の条件で左右に交互に135±5度ずつ回転させながら、曲率半径0.8mmとなるように屈曲させ、回路基板5の配線2の導通が遮断されるまでの回数を屈曲回数として求めた。
【0063】
この試験条件において、屈曲部に形成される稜線が試験用可撓性回路基板5の配線2の配線方向Hに対して直交するよう屈曲を受けることかから、銅回路に印加される主応力、主歪みは、圧延方向に平行な引張応力、引張歪みとなる。屈曲試験後に銅箔の厚さ方向から回路を観察すると屈曲部の稜線付近で圧延方向とほぼ垂直にクラックが入り、破線したことが確認された。屈曲寿命の結果を表1に示す。表1の屈曲寿命は、銅箔の種類ごとにそれぞれ5つ用意した試験用可撓性回路基板の結果の平均である。
【0064】
表1に示した結果から、屈曲疲労寿命は、立方体集合組織の集積度に依存するが、同じ加工方法で作製し、配向度もほぼ同等である銅箔C、銅箔D、銅箔Eの屈曲疲労寿命は大きく異なることが分った。
【0065】
次に、屈曲寿命の支配因子を調べるために、屈曲の主応力、主歪み方向、すなわち圧延方向と平行に引張試験を行った。銅箔単体の特性を調べるために、エッチングする前の片面銅張積層板4から樹脂層を溶解して、銅箔単体での引張試験を行った。ポリイミドを溶解する過程で、銅箔の組織に変化がないことを確認した。
【0066】
引張試験は、銅箔の圧延方向(MD方向)に長さ150mm、箔面内においてこの圧延方向と直交する方向に幅10mmに切り出した試料を使用し、長さ方向に標点間距離100mm、引張速さ10mm/min.で測定した。測定には銅箔の種類ごとにそれぞれ試料を7本用意し、これらを測定して求めた破断応力(破断強度)、及び破断伸びの平均値を表1に示した。
【0067】
その結果、集合組織が発達した銅箔では、破断強度ではなく、破断伸びが屈曲疲労寿命に相関があることが分かった。また、銅箔Bは、強度、破断伸びが共に大きいが、これは、結晶粒の微細な多結晶体であることを反映している。しかしながら、銅箔Bは集合組織が発達していないため、疲労寿命は劣る結果であった。また、立方体集合組織の集積度が同等である純度99.99%の銅箔Cと純度99.999%の銅箔Dを比較すると、銅箔Dの屈曲に対する疲労特性が大きく優れる結果となった。この2つの銅箔の酸素濃度は同じであり、内部の酸化銅の分散量も小さく、同等であったことから、酸化銅による差ではなく、純度が異なることによる破断伸びの差によるものである。
【0068】
以上、実施例1に示した結果より、一般的な高屈曲用銅箔よりも良好な特性を得るためには、基本結晶軸<100>が、金属箔の厚さ方向と箔面内に存在するある一方向との2つの直交軸に対して、それぞれ方位差10°以内の優先配向領域が面積率で50%以上を占めるように、主方位を有しており、かつ、屈曲部における稜線から金属箔の厚み方向に切った配線の断面Pに対する法線方向の金属箔の破断伸びが3.5%以上であることが必要であることが分かった。また、99.999%以上と極めて純度が高く、かつ立方体方位を発達させることにより、破断伸びが向上し、その方向に主応力、主歪みが印加されるような繰り返し屈曲に対して疲労寿命の長い可撓性回路基板になることが分った。
【0069】
[実施例2]
次に、実施例1と同じ方法で作製した銅箔Aと銅箔Eを用いた片面銅張積層板について、
図6に示すように、線幅(l)150μmの直線状の配線2の配線方向H(H方向)がMD方向([100]軸)に対して30°及び45°の角度を有するようにし、かつ、スペース幅(s)250μmで配線パターンを形成した。そして、後述する耐屈曲試験用のサンプルを兼ねるように、JIS 6471に準じて、回路基板の配線方向Hに沿って長手方向に150mm、配線方向Hに直交する方向に幅15mmを有した試験用可撓性回路基板5を得た。
図6は、試験用可撓性回路基板5の配線方向HとMD方向とのなす角を45°の角度で切り出した時の例である。
【0070】
上記で得られた試験用可撓性回路基板5について、実施例1と同じ条件で繰り返し屈曲の疲労試験を実施した。また、試験用可撓性回路基板5の配線方向HとMD方向とのなす角が同じになるように、エッチングする前の片面銅張積層板4から樹脂層を溶解して、長手方向が圧延方向に対して30°及び45°の角度を有するように切り出した150mm×10mmの試料を用いて、実施例1と同様に引張試験を行った。すなわち、銅箔の疲労試験における主応力、主歪み方向は、引張試験の引張方向と一致し、銅箔Aと銅箔Eは、ともに高度に立方体集合組織が発達しているため、疲労試験と引張試験において、同じ結晶方位に主歪みと主応力を受ける。疲労試験、引張試験の結果を表2に示す。
【0071】
【表2】
【0072】
表2に示した試験結果から、主応力、主歪み方向を<100>方位から外すことで、高い疲労特性を得ることができる。これらの方位では破断伸びも<100>方位よりも著しく大きくなり、特に30°の場合、破断伸びと共に疲労寿命も長くなる。
【0073】
以上の実施例2の結果から、高い歪みの繰り返し屈曲に対する可撓性回路基板の疲労寿命と配線を構成する銅箔の破断伸びとの間には、銅箔が高度に配向していた場合、高い相関があることが分かった。実施例1で見られたように、多結晶体では、より高い強度と延性が得られるが、高屈曲用途では有効ではない。しかがって、このような疲労寿命と高度に集積した集合組織を有する条件での破断伸びとの関係は、すべり系が重要な役割を担っており、銅に限らず、同じすべり系を有する面心立方方位金属でも成り立つものであり、積層欠陥エネルギーの異なる金属であれば、破断伸びもより大きくとれることが見込まれ、疲労寿命も大きくなることが期待できる。
【0074】
[実施例3]
純度99.9mass%であり、厚さ12μmの圧延銅箔Hに、合成例1と同じ方法で準備したポリアミド酸溶液aを塗布して乾燥させ(硬化後は膜厚2μmの熱可塑性ポリイミドを形成)、その上にポリアミド酸bを塗布して乾燥させ(硬化後は膜厚8μmの低熱熱膨張性ポリイミドを形成)、更にその上にポリアミド酸aを塗布して乾燥させ(硬化後は膜厚2μmの熱可塑性ポリイミドを形成)、下記条件a〜dに示したように、最高温度180〜240℃の温度が積算時間で10分付加されるような加熱条件を経てポリイミド層(樹脂層)を形成した。
【0075】
次いで、銅箔の圧延方向(MD方向)に沿って長さ250mm、圧延方向に対して直交する方向(TD方向)に幅150mmの長方形サイズとなるように切り出し、厚さ12μmのポリイミド層(樹脂層)1と厚さ12μmの銅箔2とを有した実施例3に係る片面銅張積層板4を得た。
【0076】
上記で得られた片面銅張積層板4の銅箔側に所定のマスクを被せ、塩化鉄/塩化銅系溶液を用いてエッチングを行い、IPC規格に基づき、線幅150μm及びスペース幅250μmの直線状の配線を有した低速IPC試験用配線2を形成した。この製造過程において、ポリイミド層の形成の際の加熱条件の最高温度を180℃(条件a)、200℃(条件b)、220℃(条件c)、及び240℃(条件d)の4水準とし、また、直線状の配線2の配線方向(H方向)が圧延方向(MD方向)に対して0°、2°、2.9°、5.7°、9.5°、11.4°、14°、18.4°、25°、26.6°、30°、40°、45°、55°、60°、63.4°、78.6°、80°、82.9°、87.1°、88°、及び90°の22水準の角度を有するように、それぞれ配線パターンを形成した。
【0077】
次いで、
図8(b)に示したように、それぞれの配線パターン側の面に、エポキシ系接着剤を用いてカバー材7(有沢製作所製 CVK-0515KA:厚さ12.5μm)を積層した。接着剤からなる接着層6の厚さは、銅箔回路のない部分では15μmであり、銅箔回路が存在する部分では6μmであった。そして、配線方向(H方向)に沿って長手方向に15cm、配線方向に直交する方向に幅8mmとなるように切り出して、IPC試験サンプルとするための試験用可撓性回路基板を得た。
【0078】
一方で、銅箔単体の特性を調べるために、次のようにして引張試験を行った。上記試験用可撓性回路基板5の配線方向HとMD方向とのなす角の関係が同じ22水準になるように、エッチングする前の片面銅張積層板4から樹脂層を溶解して銅箔単体とし、長手方向が圧延方向に対して上記22水準の角度を有するように切り出した長さ150mm×幅10mmの矩形の試料を用意した。この際、ポリイミドを溶解する過程で、銅箔の組織に変化がないことを確認した。引張試験は、長さ方向に標点間距離100mm、引張速さ10mm/min.で測定した。
【0079】
また、EBSPによる組織解析を行なうための試料として、条件a〜dの熱処理条件で作製した片面銅張積層板について、圧延方向に対して、0°、2.9°、30°、63.4°、及び78.6°の5つの角度で切り出した配線パターンの無い試料、合計20枚を作製した。IPC試験サンプルと熱履歴を揃えるために、回路形成エッチングと同じ条件で模擬的な熱処理を加え、更に同じ条件でカバー材を積層した。ただし、銅箔組織に対するこれらの影響は軽微であり、ポリイミド形成時の条件a〜dの熱処理条件によって、銅箔組織が決まることが後に判明している。
【0080】
そして、上記のとおりEBSP測定用に作製した4水準の熱処理条件、及び5水準の角度条件を有する20枚の銅箔Hを基板厚さ方向に研磨し、研磨前の箔面と水平な面を有するようにして、銅箔Hの箔面を露出させた。更にコロイダルシリカを用いて仕上げ研磨して、銅箔Hの組織をEBSPで評価した。測定領域は0.8mm×1.6mmであり、測定間隔は4μmとした。すなわち、1領域の測定点数は80000点である。その結果、条件aから条件dの熱処理条件で熱処理した試料はいずれも立方体集合組織を形成しており、銅箔面方位、圧延方向に{001}<100>の主方位を有していることがわかった。そして、得られた結果を基に、銅箔の厚さ方向と圧延方向に対し、単位格子軸<001>が10°以内になっている点の数をカウントし、全体の点数に対する割合を計算し、平均値を求めた。その結果を表3に示す。同じ加熱条件における試料間のばらつきは1%以下であり、同じ熱処理条件では、銅箔全面にわたって表3に示した集積度を有しているといえる。最高熱処理温度が高く、熱履歴が大きいほど再結晶が進行し、立方体再結晶集合組織の集積度は高くなっていることが分った。また、箔面内の方位解析を行なった結果、圧延方向に対して0°、2.9°、30°、63.4°、及び78.6°の5つ角度で切り出した試料の切り出し方向の主方位は、[100]、[20 1 0]、[40 23 0]、[120]、[150]を有しており、ほぼ所定通りであった。一方、得られたEBSPデータを用いて、隣り合う結晶粒の方位差が15°以上であるものを結晶粒界として解析した、箔面法線方向から見た時の、結晶粒径の評価を行ない、多結晶体については平均粒径を求めた。結果を表3に示す。
【0081】
【表3】
【0082】
IPC試験は、
図8にその模式図を示したように、携帯電話等に使用される屈曲形態のひとつであるスライド屈曲を模擬した試験である。IPC試験は、
図8のように、決められたギャップ長8で屈曲部を設け、片側を固定部9で固定し、反対側のスライド稼動部10を図のように繰り返し往復運動させる試験である。したがって、往復運動させる部分のストローク量に応じた領域において、基板は繰り返しの屈曲を受ける。本実施例では、ポリイミド層(樹脂層)1を外側にして、キャップ長を1mm、すなわち屈曲半径を0.5mm、ストロークを38mmとして繰り返しスライドさせ試験を行なった。試験中、試験用可撓性回路基板の回路の電気抵抗の測定を行ない、電気抵抗の増加で銅箔回路の疲労クラックの進展の度合いをモニタリングした。本実施例では、回路の電気抵抗が初期値の2倍に達したストローク回数を回路破断寿命とした。
【0083】
試験は、上記の条件a〜条件dの4つの熱処理条件について、22水準の角度を有する配線パターンを形成した合計88水準について行なった。それぞれの試験水準では、4本の試験片について測定を行い、回路破断したストローク回数の平均を求めた。回路破断寿命後の銅箔について、スライド方向に直交するようにして銅箔を厚さ方向に切った断面を走査型電子顕微鏡で観察すると、程度の差はあるが、樹脂層側及びカバー材側のそれぞれの銅箔表面にはクラックが発生し、特に屈曲部の外側にあたる樹脂層側の銅箔表面には多数のクラックが導入されていることが観察された。
【0084】
各水準の回路破断寿命の平均値、及び引張試験における破断伸びを表4に示す。表4の角度欄には、回路の長さ方向(配線方向)、すなわち、屈曲部における稜線から厚み方向に切った際の配線の断面Pについて、低指数方向になる場合のみ面指数も示した。
【0085】
【表4】
【0086】
IPC試験における破断寿命(疲労寿命)は、回路長さ方向(H方向)と圧延方向(MD方向)とのなす角、すなわち屈曲部における稜線から厚み方向に切った際の配線断面の法線方向と[100]とのなす角に大きく依存することがわかった。この方位依存性は、条件b、条件c、及び条件dにおいて発現し、立方体方位の集積度が高いほど、繰り返し屈曲に対する疲労寿命が大きく、また、方位依存性が大きい。この方位依存性については、金属箔の厚さ方向に対し、銅の[001]が方位差10°以内にある領域がEBSP法による評価で面積比50%以上を占めるように、<001>主方位が金属箔の厚さ方向に優先配向していると共に、銅の[100]軸から方位差10°以内にある領域がEBSP法による評価で面積比50%以上を占めるように、[100]主方位が金属箔面内で優先配向している場合に発現することが確認された。特に、厚さ方向、及び圧延方向が、それぞれ面積比75%以上、及び85%以上を示して立方体方位の集積度が高い条件cの場合には、疲労寿命が大きく、また、方位依存性の効果が大きくなり、厚さ方向、及び圧延方向が、それぞれ面積比98%以上、及び99%以上を示して立方体方位の集積度が極めて高い条件dでは、更に疲労寿命が大きく、方位依存性の効果が大きいことが分った。
【0087】
条件b、条件c、及び条件dの結果を詳細に検討すると、屈曲部における稜線から厚み方向に切った際の配線断面Pの法線方向、すなわち主応力方向が銅箔の<100>主方位からずれていたほうが、屈曲に対する回路の疲労寿命が高い。本実施例のIPC試験において、効果が見られたのは、屈曲部の主歪み方向に対し、すなわち屈曲部における稜線から厚み方向に切った際の配線の断面法線方向に対して、2.9°〜87.1°の角度を有する場合であった。これを面指数で表すと、屈曲部における稜線から厚み方向に切った際の配線の断面Pが、[001]を晶帯軸として(20 1 0)から(110)を通り、(1 20 0)までの範囲である。なかでも効果が大きいのは、屈曲部の主歪み方向に対し、すなわち屈曲部における稜線から厚み方向に切った際の配線の断面法線方向に対して、11.4°〜78.6°の角度を有する場合であった。これを面指数で表すと、屈曲部における稜線から厚み方向に切った際の配線の断面Pが、[001]を晶帯軸として(510)から(110)を通り、(150)までの範囲である。屈曲特性は、更に屈曲部の主歪み方向に対し、すなわち屈曲部における稜線から厚み方向に切った際の配線の断面法線方向に対して、26.6°〜63.4°の角度を有する場合に高くなり、最も優れるのは30°と60°の場合であった。これを面指数で表すと、断面Pが、[001]を晶帯軸として(210)から(110)を通り、(120)までの範囲であり、最も優れるのは(40 23 0)及び(23 40 0)近傍にあるときであった。
【0088】
これらの結果と破断伸びとを比較したとき、面心立方構造の単位格子の基本結晶軸<100>が、金属箔の厚さ方向と箔面内に存在するある一方向との2つの直交軸に対して、それぞれ方位差10°以内の優先配向領域が面積率で50%以上を占めるように、主方位を有していた場合、屈曲部における稜線から金属箔の厚み方向に切った配線の断面Pに対する法線方向の金属箔の破断伸びが3.5%以上であれば、その方位に主応力、主歪みを発生させる屈曲に対して、良好な屈曲疲労特性を有することが分かった。一方、<100>優先配向領域の面積率が49%以下の場合、その方向の破断伸びが3.5%以上の値を示しても、良好な屈曲疲労特性は得られなかった。
【0089】
[実施例4]
純度99.99%の銅箔CにAr気流中で180℃〜400℃の5水準の温度で30分間の熱処理(予備熱処理)を加え、実施例1と同じ方法でポリアミド酸溶液aを塗布し、乾燥させ(硬化後は膜厚2μmの熱可塑性ポリイミドを形成)、その上にポリアミド酸bを塗布し、乾燥させ(硬化後は膜厚9μmの低熱熱膨張性ポリイミドを形成)、更にその上にポリアミド酸aを塗布し乾燥させ(硬化後は膜厚2μmの熱可塑性ポリイミドを形成)、300〜360℃の温度が積算時間で5分以上負荷されるような加熱条件を経て3層構造からなるポリイミド層を形成した。次いで、銅箔の圧延方向(MD方向)に沿って長さ250mm、圧延方向に対して直交する方向(TD方向)に幅150mmの長方形サイズとなるように切り出し、
図5に示すように、厚さ13μmのポリイミド層(樹脂層)1と厚さ9μmの銅箔2とを有した片面銅張積層板4を得た。そのときの樹脂層全体の引張弾性率は7.5GPaであった。
【0090】
上記で得られた片面銅張積層板4について、銅箔2の圧延面2aに対してコロイダルシリカを使用し、機械的、化学的研磨を行なった後、EBSP装置にて方位解析を行った。使用した装置は、日立製作所製FE−SEM(S-4100)、TSL社製のEBSP装置、及びソフトウエア(OIM Analysis 5.2)である。測定領域はおよそ800μm×1600μmの領域であり、測定時加速電圧20kV、測定ステップ間隔4μmとした。配向性の評価は、箔の厚さ方向、及び箔の圧延方向に対して<100>が10°以内に入っている測定点の全体の測定点に対する割合で示した。測定数は各品種個体の異なる5つの試料について実施し、百分率の小数点2桁目以下を四捨五入した。また、得られたデータを用いて、隣り合う結晶粒の方位差が15°以上であるものを結晶粒界として結晶粒径の評価を行ない、多結晶体については平均粒径を求めた。結果を表5に示す。
【0091】
【表5】
【0092】
銅箔Cはいずれも立方体集合組織を形成しており、銅箔面方位、圧延方向ともに{001}<100>の主方位を有していることが分った。これは、圧延加工された銅箔が、予備熱処理とポリイミドの硬化の際の熱によって再結晶し、再結晶集合組織が形成されたためである。ここでは、予備熱処理温度が高い程、{001}<100>の配向度は大きくなった。また、<100>方位以外の方位は、上記と同様にEBSP装置によって確認したところ、圧延方向に対して<212>の方位を有し、円相当径が5μm以下の再結晶残留方位が島状に分散していた。但し、400℃で予備熱処理を行った銅箔では、このような島状の組織は殆ど見られなかった。なお、確認された島状組織の面積率は2%以下と小さいため、立方体方位を有する再結晶粒は同じ方位を有して一体化していた。また、再結晶粒の大きさは、厚さ方向に箔厚と同じ9μmであり、箔面内に800μm以上であった。
【0093】
次に、上記で得られた片面銅張積層板4の銅箔2側に所定のマスクを被せ、塩化鉄/塩化銅系溶液を用いてエッチングを行い、
図6に示したように(但し、配線方向HとMD方向とのなす角は0°である)、線幅(l)が150μmの直線状の配線2の配線方向H(H方向)が、MD方向(<100>軸)に平行になるように、かつ、スペース幅(s)が250μmとなるように配線パターンを形成した。そして、後述する耐屈曲試験用のサンプルを兼ねるように、JIS 6471に準じて、回路基板の配線方向Hに沿って長手方向に150mm、配線方向Hに直交する方向に幅15mmを有した試験用可撓性回路基板5を得た。
【0094】
上記で得られた試験用可撓性回路基板を用い、JIS C5016に準じてMIT屈曲試験を行った。試験の模式図を
図7に示す。装置は東洋精機製作所製(STROGRAPH-R1)を使用し、試験用可撓性回路基板5の長手方向の一端を屈曲試験装置のくわえ治具に固定し、他端をおもりで固定して、くわえ部を中心として、振動速度150回/分の条件で左右に交互に135±5度ずつ回転させながら、曲率半径0.8mmとなるように屈曲させ、回路基板5の配線2の導通が遮断されるまでの回数を屈曲回数として求めた。
【0095】
この試験条件において、屈曲部に形成される稜線が試験用可撓性回路基板5の配線2の配線方向Hに対して直交するよう屈曲を受けることかから、銅回路に印加される主応力、主歪みは、圧延方向に平行な引張応力、引張歪みとなる。屈曲試験後に銅箔の厚さ方向から回路を観察すると屈曲部の稜線付近で圧延方向とほぼ垂直にクラックが入り、破線したことが確認された。屈曲寿命の結果を表5に示す。表5の屈曲寿命は、銅箔の予備熱処理温度ごとにそれぞれ5つ用意した試験用可撓性回路基板の結果の平均である。表5に示した結果から、屈曲疲労寿命は、立方体集合組織の集積度が、98.0%以上、99.8%の時に特に大きくなることが分かった。
【0096】
次に、屈曲寿命の支配因子を調べるために、屈曲の主応力、主歪み方向、すなわち圧延方向と平行に引張試験を行った。予備熱処理温度による銅箔単体の特性を調べるために、エッチングする前の片面銅張積層板4から樹脂層を溶解して、銅箔単体での引張試験を行った。ポリイミドを溶解する過程で、銅箔の組織に変化がないことを確認した。
【0097】
引張試験は、銅箔の圧延方向(MD方向)に長さ150mm、箔面内垂直方向に幅10mmに切り出した試料を使用し、標点間距離100mm、長さ方向に引張速さ10mm/min.で測定した。測定には銅箔の予備熱処理温度ごとにそれぞれ試料を7本用意し、これらを測定して求めた破断応力(破断強度)、及び破断伸びの平均値を表5に示した。
【0098】
これまでの結果とは逆に、破断伸びは、<100>集積度(%)が98.0%以上99.8%以下の領域において集積度が増すごとに大きくなった。一方で、島状組織が消失した銅箔では、破断伸びが小さくなった。これは、すべり面が関係しているものと推察される。以上から、破断伸びと屈曲疲労寿命は強い相関があることが確認された。すなわち、<100>集積度(%)が、98.0%以上99.8%以下の集合組織が高度に発達し、かつ破断伸びが3.5%以上のところで屈曲疲労寿命が大きくなることが分った。
【0099】
一方、同じ条件で酸素を0.035質量%含む、純度99.9%のタフピッチ銅にて同じ条件で銅箔を作製して同じ条件で試験を実施したところ、<100>集積度(%)が、98.0%以上でも破断伸びは集積度が大きくなるに従って減少し、3.5%以上の銅箔は得られず、1000回以上の疲労寿命は得られなかった。