特許第5736664号(P5736664)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5736664酸化チタン粒子、その製造方法、磁気メモリ、光情報記録媒体及び電荷蓄積型メモリ
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5736664
(24)【登録日】2015年5月1日
(45)【発行日】2015年6月17日
(54)【発明の名称】酸化チタン粒子、その製造方法、磁気メモリ、光情報記録媒体及び電荷蓄積型メモリ
(51)【国際特許分類】
   C01G 23/04 20060101AFI20150528BHJP
   H01L 21/8247 20060101ALI20150528BHJP
   H01L 27/115 20060101ALI20150528BHJP
   H01L 21/336 20060101ALI20150528BHJP
   H01L 29/788 20060101ALI20150528BHJP
   H01L 29/792 20060101ALI20150528BHJP
【FI】
   C01G23/04 B
   H01L27/10 434
   H01L29/78 371
【請求項の数】9
【全頁数】29
(21)【出願番号】特願2010-105973(P2010-105973)
(22)【出願日】2010年4月30日
(65)【公開番号】特開2011-236060(P2011-236060A)
(43)【公開日】2011年11月24日
【審査請求日】2013年3月5日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度 経済産業省 NEDO循環社会構築型光触媒産業創成プロジェクト事業に関する委託研究 産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100137800
【弁理士】
【氏名又は名称】吉田 正義
(74)【代理人】
【識別番号】100148253
【弁理士】
【氏名又は名称】今枝 弘充
(74)【代理人】
【識別番号】100148079
【弁理士】
【氏名又は名称】梅村 裕明
(72)【発明者】
【氏名】大越 慎一
(72)【発明者】
【氏名】所 裕子
(72)【発明者】
【氏名】箱江 史吉
(72)【発明者】
【氏名】角渕 由英
(72)【発明者】
【氏名】橋本 和仁
【審査官】 佐藤 哲
(56)【参考文献】
【文献】 特許第5549939(JP,B2)
【文献】 特開2003−238156(JP,A)
【文献】 特開2010−024111(JP,A)
【文献】 特開平04−224113(JP,A)
【文献】 M.ONODA,Phase Transitions of Ti3O5,Journal of Solid State Chemistry,1998年 2月15日,Vol.136 No.1,Pages67-73
【文献】 C.HAUF et al.,Preparation of various titanium suboxide powders by reduction of TiO2 with silicon,JOURNAL OF MATERIALS SCIENCE,1999年 3月15日,Vol.34 No.6,Pages1287-1292
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01G 1/00 − 23/08
H01L 21/336
H01L 21/8247
H01L 27/115
H01L 29/788
H01L 29/792
Science Direct
CAplus(STN)
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Tiの組成を有し、0〜800Kの温度領域で常磁性金属の状態を維持する微粒子状のTi粒子本体からなり、前記Ti粒子本体を形成した際に、該Ti粒子本体の表面を覆っていたシリカガラスが除去されており、
前記Ti粒子本体の粒径が4〜90nmである
ことを特徴とする酸化チタン粒子。
【請求項2】
前記Ti粒子本体は、
少なくとも500K以上の温度領域で常磁性金属状態の斜方晶系の結晶構造となり、少なくとも300K以下の温度領域で常磁性金属状態の単斜晶系の結晶構造となる
ことを特徴とする請求項1記載の酸化チタン粒子。
【請求項3】
塩化チタンを含む水相を油相中に有する原料ミセル溶液と、中和剤を含む水相を油相中に有する中和剤ミセル溶液とを混合して作製した混合溶液内に、シラン化合物を添加して、前記混合溶液内の水酸化チタン化合物粒子の表面をシリカで被覆させたシリカ被覆水酸化チタン化合物粒子を生成し、
前記シリカ被覆水酸化チタン化合物粒子を前記混合溶液から分離した後、水素雰囲気下で焼成することによりシリカガラス内に前記Ti粒子本体を生成し、
前記Ti粒子本体の表面から前記シリカガラスが除去された
ことを特徴とする請求項1または2記載の酸化チタン粒子。
【請求項4】
塩化チタンを含む水相を油相中に有する原料ミセル溶液と、中和剤を含む水相を油相中に有する中和剤ミセル溶液とを混合することにより混合溶液を作製して、該混合溶液内で水酸化チタン化合物粒子を生成する工程と、
前記混合溶液内にシラン化合物を添加して前記水酸化チタン化合物粒子の表面をシリカで被覆したシリカ被覆水酸化チタン化合物粒子を生成する工程と、
前記シリカ被覆水酸化チタン化合物粒子を前記混合溶液から分離した後、水素雰囲気下で焼成することにより、シリカガラス内に微粒子状のTi粒子本体を生成する工程と、
前記Ti粒子本体の表面を覆っている前記シリカガラスを除去することにより、前記Ti粒子本体からなる酸化チタン粒子を生成する工程と
を備えることを特徴とする酸化チタン粒子の製造方法。
【請求項5】
前記酸化チタン粒子を生成する工程では、
水酸化カリウムエタノール溶液、水酸化ナトリウム水溶液又は水酸化テトラメチルアンモニウム水溶液のうち、少なくともいずれか1種によって前記Ti粒子本体の表面から前記シリカガラスを除去する
ことを特徴とする請求項記載の酸化チタン粒子の製造方法。
【請求項6】
支持体上に磁性材料を固定してなる磁性層を備え、
前記磁性材料に、請求項1〜のうちいずれか1項記載の酸化チタン粒子が使用されている
ことを特徴とする磁気メモリ。
【請求項7】
記録用の記録光が記録層に集光されることで、前記記録層に情報を記録し、読出用の読出光が前記記録層に集光されることで、前記記録層から戻ってくる戻り光の反射率の違いから、前記記録層に記録された情報を再生する光情報記録媒体において、
前記記録層に、Tiの組成を有し、0〜800Kの温度領域で常磁性金属の状態を維持する微粒子状のTi粒子本体からなり、前記Ti粒子本体を形成した際に、該Ti粒子本体の表面を覆っていたシリカガラスが除去された酸化チタン粒子が使用されている
ことを特徴とする光情報記録媒体。
【請求項8】
前記Ti粒子本体の粒径が4〜90nmである
ことを特徴とする請求項7記載の光情報記録媒体。
【請求項9】
支持体上に電荷蓄積材料を固定してなる電荷蓄積層を備え、
前記電荷蓄積材料に、請求項1〜のうちいずれか1項記載の酸化チタン粒子が使用されている
ことを特徴とする電荷蓄積型メモリ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化チタン粒子、その製造方法、磁気メモリ、光情報記録媒体及び電荷蓄積型メモリに関し、例えばTi3+を含む酸化物(以下、これを単に酸化チタンと呼ぶ)に適用して好適なものである。
【背景技術】
【0002】
例えば、酸化チタンの代表であるTiは、種々の興味深い物性を有する相転移材料であり、例えば金属―絶縁体転移や、常磁性―反強磁性転移が起こることが知られている。また、Tiは、赤外線吸収や、熱電効果、磁気電気(ME)効果等も知られており、加えて、近年、磁気抵抗(MR)効果も見出されている。このような、様々な物性は、バルク体(〜μmサイズ)でのみ研究されており(例えば、非特許文献1参照)、そのメカニズムは未だ不明な部分も多い。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Hitoshi SATO,他,JORNAL OF THE PHYSICAL SOCIETY OF JAPAN Vol.75,No.5,May,2006,pp.053702/1-4
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、このような酸化チタンの従来における合成方法は、真空中において、約1600℃で焼成したり、約700℃でTiOを炭素還元したり、約1000℃でTiO,H,TiClを焼成することでバルク体として合成されてきた。そして、これまでにTi3+を含むTiOのナノ微粒子(nmサイズ)の報告例はなく、ナノ微粒子化することにより新規物性の発現が期待される。
【0005】
そこで、本発明は以上の点を考慮してなされたもので、従来にない新規な物性を発現し得る酸化チタン粒子及びその製造方法と、それを用いた磁気メモリ、光情報記録媒体及び電荷蓄積型メモリを提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
かかる課題を解決するため本発明の請求項1は、Tiの組成を有し、0〜800Kの温度領域で常磁性金属の状態を維持する微粒子状のTi粒子本体からなり、前記Ti粒子本体を形成した際に、該Ti粒子本体の表面を覆っていたシリカガラスが除去されており、前記Ti粒子本体の粒径が4〜90nmであることを特徴とするものである。
【0007】
また、本発明の請求項2は、前記Ti粒子本体は、少なくとも500K以上の温度領域で常磁性金属状態の斜方晶系の結晶構造となり、少なくとも300K以下の温度領域で常磁性金属状態の単斜晶系の結晶構造となることを特徴とするものである。
【0009】
また、本発明の請求項は、塩化チタンを含む水相を油相中に有する原料ミセル溶液と、中和剤を含む水相を油相中に有する中和剤ミセル溶液とを混合して作製した混合溶液内に、シラン化合物を添加して、前記混合溶液内の水酸化チタン化合物粒子の表面をシリカで被覆させたシリカ被覆水酸化チタン化合物粒子を生成し、前記シリカ被覆水酸化チタン化合物粒子を前記混合溶液から分離した後、水素雰囲気下で焼成することによりシリカガラス内に前記Ti粒子本体を生成し、前記Ti粒子本体の表面から前記シリカガラスが除去されたことを特徴とするものである。
【0010】
また、本発明の請求項は、塩化チタンを含む水相を油相中に有する原料ミセル溶液と、中和剤を含む水相を油相中に有する中和剤ミセル溶液とを混合することにより混合溶液を作製して、該混合溶液内で水酸化チタン化合物粒子を生成する工程と、前記混合溶液内にシラン化合物を添加して前記水酸化チタン化合物粒子の表面をシリカで被覆したシリカ被覆水酸化チタン化合物粒子を生成する工程と、前記シリカ被覆水酸化チタン化合物粒子を前記混合溶液から分離した後、水素雰囲気下で焼成することにより、シリカガラス内に微粒子状のTi粒子本体を生成する工程と、前記Ti粒子本体の表面を覆っている前記シリカガラスを除去することにより、前記Ti粒子本体からなる酸化チタン粒子を生成する工程とを備えることを特徴とするものである。
【0011】
また、本発明の請求項は、前記酸化チタン粒子を生成する工程では、
水酸化カリウムエタノール溶液、水酸化ナトリウム水溶液又は水酸化テトラメチルアンモニウム水溶液のうち、少なくともいずれか1種によって前記Ti粒子本体の表面から前記シリカガラスを除去することを特徴とするものである。
【0012】
また、本発明の請求項は、支持体上に磁性材料を固定してなる磁性層を備え、前記磁性材料に、請求項1〜のうちいずれか1項記載の酸化チタン粒子が使用されていることを特徴とするものである。
【0013】
また、本発明の請求項は、記録用の記録光が記録層に集光されることで、前記記録層に情報を記録し、読出用の読出光が前記記録層に集光されることで、前記記録層から戻ってくる戻り光の反射率の違いから、前記記録層に記録された情報を再生する光情報記録媒体において、前記記録層に、Tiの組成を有し、0〜800Kの温度領域で常磁性金属の状態を維持する微粒子状のTi粒子本体からなり、前記Ti粒子本体を形成した際に、該Ti粒子本体の表面を覆っていたシリカガラスが除去された酸化チタン粒子が使用されていることを特徴とするものである。
また、本発明の請求項8は、前記Ti粒子本体の粒径が4〜90nmであることを特徴とするものである。
【0014】
また、本発明の請求項9は、支持体上に電荷蓄積材料を固定してなる電荷蓄積層を備え、前記電荷蓄積材料に、請求項1〜のうちいずれか1項記載の酸化チタン粒子が使用されていることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明の請求項1及びによれば、従来にない新規な物性を発現し得る酸化チタン粒子を提供できる。
【0016】
また、本発明の請求項によれば、従来にない新規な物性を発現し得る酸化チタン粒子を磁性材料として用いた磁気メモリを提供できる。
【0017】
また、本発明の請求項によれば、従来にない新規な物性を発現し得る酸化チタン粒子を記録層に用いた光情報記録媒体を提供できる。
【0018】
また、本発明の請求項9によれば、従来にない新規な物性を発現し得る酸化チタン粒子を電荷蓄積材料として用いた電荷蓄積型メモリを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明による酸化チタン粒子の構成を示すTEM像である。
図2】λ−Tiの結晶構造とα−Tiの結晶構造を示す概略図である。
図3】シリカガラス内に本発明による酸化チタン粒子が形成されている微小構造体の構成を示すTEM像である。
図4】シリカ被覆水酸化チタン化合物粒子を作製するまでの説明に供する概略図である。
図5】シリカ被覆水酸化チタン化合物粒子の構成を示す概略図である。
図6】シリカ被覆水酸化チタン化合物粒子の構成を示すTEM像である。
図7】微小構造体のXRDパターンの解析結果を示すグラフである。
図8】シリカガラス内に形成された酸化チタン粒子をシリカガラスから分離する分離処理の説明に供する概略図である。
図9】酸化チタン粒子のXRDパターンの解析結果を示すグラフである。
図10】従来のバルク体と、本発明による酸化チタン粒子の磁化率及び温度の関係を示すグラフである。
図11】β−Tiの結晶構造を示す概略図である。
図12】ペレットサンプルに対しエネルギーの異なるパルスレーザー光を照射したときのペレットサンプルの色相の変化を示す写真である。
図13】ペレットサンプルに対してパルスレーザー光を照射した前後におけるKM値と波長との関係を示したグラフである。
図14】酸化チタン粒子の用途の説明に供するグラフである。
図15】Ti単結晶の温度変化によるβ相とα相の相転移を示すグラフである。
図16】Ti単結晶の電荷非局在ユニットの割合と温度との関係、ギブスの自由エネルギーと電荷非局在ユニットの割合との関係を示す概略図である。
図17】本願発明のλ相からなる試料の電荷非局在ユニットの割合と温度との関係、ギブスの自由エネルギーと電荷非局在ユニットの割合との関係を示す概略図である。
図18】ギブスの自由エネルギーと電荷非局在ユニットの割合と温度との関係を示すグラフである。
図19】光照射時における温度と電荷非局在ユニットの割合との関係を示すグラフである。
図20】パイレックス基板に酸化チタン粒子含有溶液を滴下させたときの様子を示す写真である。
図21】パイレックス基板の表面近傍の切断面を示すSEM像である。
図22】シリカガラス内から取り出した酸化チタン粒子を、近接場光に用いる光情報記録媒体の記録層に用いたときの説明に供する概略図である。
図23】一般的な光情報記録再生装置で用いられている光スポットと、近接場光の光スポットとを、図1に示した酸化チタン粒子1に対して照射したときのイメージを示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下図面に基づいて本発明の実施の形態を詳述する。
【0021】
(1)酸化チタン粒子の構成
図1は、酸化チタン粒子1を透過型電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)にて撮像したTEM像であり、複数の酸化チタン粒子1が互いに結合することなく分散している。これら複数の酸化チタン粒子1は、それぞれ粒径が約8〜14nm程度の大きさにほぼ揃っており、外形が立方体状や、球状、楕円球状等のほぼ同じ粒子状に形成されたナノサイズのTi粒子本体2から構成されている。
【0022】
なお、図1は、製造された酸化チタン粒子1を分級し、粒径が約8〜14nm程度からなる酸化チタン粒子1のTEM像であるが、本発明では、粒径が約4〜90nm程度の酸化チタン粒子1についても製造され得る。また、図1では、TEM像において各酸化チタン粒子1の大きさや形状が明確に分かるようにするために、水酸化テトラメチルアンモニウム(TMAH:tetramethyl ammonium hydroxide)からなる分散液を用い、酸化チタン粒子1を分散させたものである。
【0023】
実際上、このような酸化チタン粒子1は、擬ブルッカイト構造のTiの組成を有し、温度が変化することにより結晶構造が相転移し得ると共に、全ての温度領域(例えば0〜800Kの温度領域)でパウリ常磁性を示し、常磁性金属の状態が保たれ得るようになされている。これにより本発明による酸化チタン粒子1では、従来から知られているTiからなるバルク体(以下、これを従来結晶と呼ぶ)が非磁性半導体に相転移する約460K未満の温度領域でも、常磁性金属の状態を保てる、という従来にない特性を有している。
【0024】
実際上、この酸化チタン粒子1は、約300K以下の温度領域において、Tiが常磁性金属の状態を保った単斜晶系の結晶相(以下、これをλ相とも呼ぶ)となり得る。そして、この酸化チタン粒子1は、約300Kを超えたあたりから相転移し始め、λ相と、常磁性金属状態の斜方晶系のα相とが混相した状態となり、約500Kを超えた温度領域において結晶構造がα相のみとなり得る。
【0025】
この実施の形態の場合、約300K以下の温度領域でのTi粒子本体2は、図2(A)に示すように、結晶構造が空間群C2/mに属し、格子定数がa=9.835(1)Å、b=3.794(1)Å、c=9.9824(9)Å、β=90.720(9)°、単位格子の密度d=3.988g/cmからなるTi(以下、これをλ−Tiと呼ぶ)となり得る。これに対して、約500K以上の温度領域でのTi粒子本体2は、図2(B)に示すように、結晶構造が空間群Cmcmに属し、格子定数がa=3.798(2)Å、b=9.846(3)Å、c=9.988(4)Å、d=3.977g/cmからなるα−Tiとなり得る。
【0026】
(2)酸化チタン粒子の製造方法
本発明では、先ず初めに、図3に示すように、アモルファス構造のシリカガラス3の中に、複数の酸化チタン粒子1が分散して形成された微小構造体4を製造する。その後、微小構造体4のシリカガラス3を除去してシリカガラス3内からこれら複数の酸化チタン粒子1を取り出すことにより、Ti粒子本体2の表面全体からシリカガラス3が除去されて表面全体が外部に露出した微粒子状の酸化チタン粒子1を製造している。
【0027】
ここでは、先ず初めに、図3に示すような微小構造体4を製造する製造方法について説明した後、この微小構造体4のシリカガラス3から酸化チタン粒子1を分離する分離処理について説明する。
【0028】
(2−1)微小構造体の製造方法
図3は、微小構造体4を透過型電子顕微鏡(TEM)にて撮像したTEM像であり、粒径が例えば約4〜90nm程度の大きさにほぼ揃った微粒子状の酸化チタン粒子1が、シリカガラス3内に分散するようにして合成されている。
【0029】
このように酸化チタン粒子1がシリカガラス3内に形成されている微小構造体4は、以下のように逆ミセル法及びゾルーゲル法を組み合わせて製造することができる。具体的には、先ず始めにオクタンと1−ブタノールとからなる油相を有する溶液に、界面活性剤(例えば臭化セチルトリメチルアンモニウム(CTAB(C1633N(CHBr)))を溶解すると共に、塩化チタンを添加して溶解する。
【0030】
これにより、図4(A)に示すように、塩化チタンを含む水相6を、油相中に有した原料ミセル溶液を作製する。ここで、塩化チタンとしては、四塩化チタン(TiCl)を適用できる。また、原料ミセル溶液の作製とは別に、オクタンと1−ブタノールとからなる油相を有する溶液に、界面活性剤(例えば臭化セチルトリメチルアンモニウム(CTAB(C1633N(CHBr)))を溶解すると共に、中和剤を混合する。
【0031】
これにより、図4(A)に示すように、アンモニア(NH)を含んだ水相7を、油相中に有した中和剤ミセル溶液を作製する。ここで中和剤としては、アンモニア水溶液を適用できる。次いで、逆ミセル法によって、原料ミセル溶液と中和剤ミセル溶液とを攪拌混合することにより混合溶液を作製する。このとき、水相中で水酸化反応が起き、図4(B)及び(C)に示すように、混合溶液の水相9内にTi(OH)からなる水酸化チタン化合物粒子10が生成され得る。
【0032】
次いでゾルーゲル法によって、図4(D)に示すように、混合溶液に対しテトラエトキシシラン(TEOS((CO)Si))等のシラン化合物の溶液を適宜添加する。これにより、混合溶液内で加水分解反応が起き、例えば24時間経過後に、図4(E)に示すように、水酸化チタン化合物粒子10の表面がシリカ5で被覆されたシリカ被覆水酸化チタン化合物粒子12を作製できる。
【0033】
次いで、遠心分離を行い、図5に示すようなシリカ被覆水酸化チタン化合物粒子12を混合溶液から分離した後、洗浄して乾燥させることにより、シリカ被覆水酸化チタン化合物粒子12(シリカ5に包まれたTi(OH)微粒子)を混合溶液から抽出する。ここで乾燥させたシリカ被覆水酸化チタン化合物粒子12について透過型電子顕微鏡(TEM)にてTEM像を撮影したところ、図6に示すようなTEM像が得られた。このTEM像からシリカ被覆水酸化チタン化合物粒子12は、粒径が約5nm程度からなる微粒子であることが確認できた。
【0034】
次いで、乾燥させたシリカ被覆水酸化チタン化合物粒子12(シリカ5で被覆されたTi(OH)微粒子)を水素雰囲気下(0.3〜1.5L/min)において所定温度(約1060〜1220℃)で所定時間(約5時間)、焼成処理する。この焼成処理により、シリカ被覆水酸化チタン化合物粒子12はシリカ殻内部での酸化反応により、Ti4+を還元し、Ti3+を含んだ酸化物であるTi(Ti3+Ti4+)粒子本体がシリカ5内に生成される。
【0035】
このようにして、温度変化によりλ相又はα相となり、かつ粒径が一定に揃った微粒子状のTi粒子本体からなる複数の酸化チタン粒子1が、シリカガラス3内に分散して形成されている微小構造体4を作製できる(図3)。因みに、シリカ5による被覆は、粒子同士の焼結を防止する作用も果たし得る。
【0036】
ここで、このようにして製造した微小構造体4について、XRDパターンを測定したところ、図7に示すような解析結果が得られた。図7は、横軸に回折角を示し、縦軸に回折X線強度を示している。図7に示すように、XRDパターンでは、SiO(シリカ)を示すピークが現れていることから、微小構造体4にシリカ5を有していることが確認できた。また、この微小構造体4では、XRDパターンにおいてピークの現れた箇所が、α−TiのXRDパターン(図示せず)とは異なることから、結晶構造がα−Tiではないことが確認できた。なお、このようにして製造した微小構造体4は、元素分析により、Tiと、SiOとの比が13:87%であることを確認し、また、X線蛍光(XRF)分析により、不純物元素が存在していないこと(0.1%未満)を確認した。
【0037】
(2−2)シリカガラス内に形成された酸化チタン粒子をシリカガラスから分離する分離処理
次に、このようにして製造した微小構造体4において、シリカガラス3内に形成された微粒子状でなる複数の酸化チタン粒子1を、当該シリカガラス3内から分離して取り出す分離処理について以下説明する。
【0038】
この場合、図8に示すように、上述した製造方法により得られた微小構造体4を、水酸化カリウムをエタノールに溶解させた水酸化カリウムエタノール溶液(水酸化カリウム濃度 1mol/dm-3)(KOH/EtOH)20内に添加して、水酸化カリウムエタノール溶液20の温度を約40〜60℃に保ち、約12時間放置し、酸化チタン粒子1の表面全体を覆っているシリカガラス3を、当該酸化チタン粒子1の表面から除去する。その後、この微小構造体4を添加したエッチング溶液としての水酸化カリウムエタノール溶液20を、11000rpmで約10分間、遠心分離し、容器21a内に沈殿した沈殿物22を回収する。
【0039】
次いで、沈殿物22を水溶液23内に添加して分散させた後、11000rpmで約10分間、再び遠心分離して容器21b内に沈殿した沈殿物を回収し、この沈殿物を、水で2回、エタノールで1回洗浄する。
【0040】
次いで、この沈殿物を、更にエタノールで洗浄2回を行った後、0.2wt%水酸化テトラメチルアンモニウム(TMAH:tetramethyl ammonium hydroxide)水溶液に分散(振とう処理10分、超音波処理3分)させ、15000rpmで10分間、遠心分離を行うことによって分級する。次いで、容器21c内に上澄み液26と分離して生成された酸化チタン粒子1を回収して分離処理を終了する。なお、このようにして得られたこれら酸化チタン粒子1は、微小構造体4の製造過程において見積った酸化チタンの含有量から理論的にその回収率を算出したところ、70%程度であった。
【0041】
なお、上述した実施の形態においては、エッチング溶液として、水酸化カリウムエタノール溶液20を適用した場合について述べたが、本発明はこれに限らず、要は、エッチング溶液によって酸化チタン粒子1の表面からシリカガラス3を除去できればよく、例えば水酸化ナトリウム水溶液や、水酸化テトラメチルアンモニウム水溶液、或いはこれらの混合溶液等その他種々のエッチング溶液を適用してもよい。
【0042】
例えば、エッチング溶液として水酸化ナトリウム水溶液を用いた場合には、水酸化ナトリウム水溶液(水酸化ナトリウム濃度 3 mol/dm-3)に微小構造体4を添加して、当該水酸化ナトリウム水溶液の温度を約50℃に保ち、約6時間放置することで、酸化チタン粒子1の表面全体を覆っているシリカガラス3を、当該酸化チタン粒子1の表面から除去できた。
【0043】
また、エッチング溶液として水酸化テトラメチルアンモニウム水溶液を用いた場合には、水酸化テトラメチルアンモニウム水溶液(水酸化テトラメチルアンモニウム 1mol/dm-3)に微小構造体4を添加して、当該水酸化テトラメチルアンモニウム水溶液の温度を約70℃に保ち、約48時間放置することで、酸化チタン粒子1の表面全体を覆っているシリカガラス3を、当該酸化チタン粒子1の表面から除去できた。
【0044】
(3)酸化チタン粒子の特性
上述した製造方法によって作製された本発明による酸化チタン粒子1は、次のような特性を有する。
【0045】
(3−1)0〜300Kの温度領域における酸化チタン粒子のX線回折(XRD)測定
0〜300Kの温度領域において、酸化チタン粒子1のXRDの測定を行った。ここで、図9は、酸化チタン粒子1のXRDパターンの解析結果であり、横軸に回折角を示し、縦軸に回折X線強度を示している。図9に示すように、XRDパターンでは、ピークの現れた箇所が、α−TiのXRDパターン(図示せず)とは異なることから、結晶構造がα−Tiではないことが確認できた。その一方で、このXRDパターンでは、その一部にHigh-pressure相と呼ばれるTiOと同じピークが現れており、High-pressure相TiOが30%程度だけ発現していることが確認できた。
【0046】
ここで、従来結晶については、図10に示すプロット点c1のように、相転移物質であり、温度が約460Kよりも高いと、結晶構造がα−Ti(α相)になり、約460Kよりも低いと、結晶構造がβ−Ti(β相)になることが確認されている。約460Kよりも低い温度領域においてβ相となった従来結晶は、単斜晶系の結晶構造を有し、0K付近において格子欠陥によるキュリー常磁性となり僅かな磁化があるものの、460Kよりも低い温度領域において非磁性イオンになり非磁性半導体となり得る。
【0047】
因みに、約460Kよりも低い温度領域での従来結晶は、図11に示すように、空間群C2/mに属する結晶構造を有し、格子定数がa=9.748(1)Å、b=3.8013(4)Å、c=9.4405(7)Å、β=91.529(7)°、d=4.249g/cmからなるβ−Tiとなる。従って、本発明における酸化チタン粒子1の組成物であるλ−Tiは、結晶構造からもβ−Tiとは異なるものであることが分かる。
【0048】
また、約460K付近の極めて狭い温度領域における従来結晶では、α相及びβ相と異なる結晶構造体となることが確認されており、このときの結晶構造体についてXRDパターンの解析を行い、当該XRDパターンの特徴的なピークを「●」として、図9に示すと、本発明によるλ−TiのXRDパターンのピークとほぼ一致することが確認できた。このことから本発明による酸化チタン粒子1は、従来結晶において約460K付近の極めて狭い温度領域でのみ発現するλ−Tiが約0〜300Kの広い温度領域で安定して発現していることが分かる。
【0049】
(3−2)酸化チタン粒子におけるλ相及びα相の温度依存性
ここで本発明の酸化チタン粒子1は、0〜650Kの温度領域において、低い温度領域で結晶相がλ相になり、所定温度付近からα相が現れ始め、温度が上昇するに従って次第にλ相が減ってα相が増えてゆき、その後α相がλ相よりも多くなり、高い温度領域で結晶相がα相のみになる。また、酸化チタン粒子1は、加熱されてα相のみになっても、再び低い温度領域まで冷却されると、λ相が回復し、λ相及びα相が温度に依存して発現する。
【0050】
(3−3)酸化チタン粒子の磁気特性
次に温度を変化させたときの酸化チタン粒子1の磁気特性について調べた。具体的にはSQUID(Superconducting Quantum Interference Device)を用いた磁束計を用いて、酸化チタン粒子1の磁化率を測定した。これにより、図10に示すプロット点c2のような結果が得られた。このような結果を含め、本発明の酸化チタン粒子1は、温度変化により結晶構造がλ相からα相に相転移することから、0〜800Kの全ての温度範囲でパウリ常磁性であり、常磁性金属の状態が保たれていることが分かった。なお、図10の検証結果では、酸化チタン粒子1が0〜600Kの全ての温度範囲でパウリ常磁性であり、常磁性金属の状態が保たれていることを確認している。
【0051】
このように酸化チタン粒子1は、従来から知られているTi3+を含むバルク体とは異なり、高温から温度を下げてゆくと、460K付近において結晶構造がβ−Tiに相転移せずにλ−Tiに相転移してゆき、全ての温度領域において、α−Tiと近い常磁性金属の特性を常に維持できることが確認できた。
【0052】
(3−4)酸化チタン粒子の電気伝導率
また、酸化チタン粒子1は、結晶構造がλ−Tiのとき、半導体であっても金属に近い電気抵抗率を有し、所定の温度領域で発現するα−Tiについてもλ−Tiとほぼ同じ電気抵抗率を有する。
【0053】
(3−5)酸化チタン粒子の圧力効果
また、本発明による酸化チタン粒子1は、圧力を加えることにより結晶構造の一部がλ相からβ相に相転移する。酸化チタン粒子1は、比較的弱い圧力でもλ相からβ相に相転移し、印加圧力を高くしてゆくと、λ相からβ相に相転移する割合が次第に高くなる。
【0054】
また、圧力が加えられて一部がβ相に相転移した酸化チタン粒子1は、熱を与えて温度を上げてゆくと、所定の温度領域でλ相とβ相とがα相に相転移する。さらに、このようにα相に相転移した酸化チタン粒子1は、冷却されて温度が再び下がると、再びλ相に相転移する。すなわち、本発明による酸化チタン粒子1は、圧力を加えることにより結晶構造をλ相からβ相に相転移させることができると共に、温度変化によって結晶構造をβ相からα相、さらにはα相から再びλ相に相転移させることができる。
【0055】
(3−6)酸化チタン粒子の光照射効果
複数の酸化チタン粒子1からなる粉末試料(以下、これをλ−Ti粉末試料と呼ぶ)に対して所定の圧力を加えて、図12(A)に示すような円盤状のペレットサンプル30を作製した。そして、パスルレーザ光の単位面積当たりのエネルギーを変えて532nmのパルスレーザー光を、ペレットサンプル30に対してそれぞれ照射し、各パルスレーザー光を照射した箇所について観察したところ、図12(B)に示すような結果が得られた。
【0056】
そして、パルスレーザー光を照射する前のペレットサンプルと、パルスレーザー光を照射した後のペレットサンプルとについて外観を比較した。図12(B)に示すように、単位面積当たりのエネルギーがそれぞれ5.3×10−6、1.6×10−5、3.7×10−5、5.3×10−5mJ/μmのとき、各パルスレーザー光の照射箇所ER1´,ER2´,ER3´,ER4´が黒色から茶色に変色することが確認できた。なお、この茶色となった照射箇所ER1´,ER2´,ER3´,ER4´はβ−Tiであった。
【0057】
次に、パルスレーザー光の照射する前のペレットサンプル30と、パルスレーザー光の照射した後のペレットサンプル30とに対して、紫外光から近赤外光(波長300〜1500nm)を照射し、各波長におけるペレットサンプル30の反射率を測定した。そして、これら反射率をクベルカ・ムンク(Kubelka-Munk)の式に適用してKM値を計算し、パルスレーザー光の照射前後におけるペレットサンプル30の反射スペクトルの変化を検証したところ、図13に示すような結果が得られた。図13では、縦軸をKM値(図中「KM factor/a.u」と示す)とし、横軸を波長(図中「Wavelength/nm」と示す)としている。図13から、上側線は、紫外から赤外の波長領域にわたり吸収を持ち、常磁性金属的挙動を示すλ-Tiであることが確認できた。一方、下側線は、反磁性半導体であるβ-Tiと一致としていることが確認できた。
【0058】
すなわち、ペレットサンプル30は、パルスレーザー光を照射されることにより、λ−Tiからβ−Tiに変化しており、光誘起相転移することが確認できた。このように本発明による酸化チタン粒子1は、室温でλ相からβ相に光誘起相転移するという特性を有することが確認できた。
【0059】
(4)動作及び効果
以上の構成において、逆ミセル法に従って、塩化チタンを含む水相6を油相中に有する原料ミセル溶液を作製すると共に、アンモニアを含んだ水相7を油相中に有する中和剤ミセル溶液を作製し、これら原料ミセル溶液と中和剤ミセル溶液とを混合することにより、Ti(OH)からなる水酸化チタン化合物粒子10を生成する。
【0060】
また、ゾルーゲル法に従って、混合溶液に対しシラン化合物の溶液を適宜添加することにより、シリカ被覆水酸化チタン化合物粒子12を作製し、このシリカ被覆水酸化チタン化合物粒子12を混合溶液から分離した後、洗浄及び乾燥させ、所定温度で焼成処理することで、粒径がほぼ揃った微粒子状でなる複数の酸化チタン粒子1がシリカガラス3内に形成された微小構造体4を製造できる。
【0061】
これに加えて、本発明の製造方法では、このような微小構造体4を水酸化カリウムエタノール溶液20内に添加し、水酸化カリウムエタノール溶液20の温度を約50℃に保って約24時間放置する。或いは、水酸化カリウムエタノール溶液20に替えて、微小構造体4を添加した水酸化ナトリウム水溶液を約50℃に保って約6時間放置する。また、水酸化カリウムエタノール溶液20に替えて、微小構造体4を添加した水酸化テトラメチルアンモニウム水溶液を約70℃に保って約48時間放置する。
【0062】
これにより、この製造方法では、酸化チタン粒子1の表面全体を覆っていたシリカガラス3を、当該酸化チタン粒子1の表面から除去することができ、シリカガラス3内から酸化チタン粒子1を分離して取り出すことができる。従って、本発明では、各表面がシリカガラス3に覆われることなく外部に露出し、かつ粒径が比較的小さく一定に揃った微粒子状でなる複数の酸化チタン粒子1を作製できる。
【0063】
また、この製造方法では、その製造過程において、混合溶液内で水酸化チタン化合物粒子10の表面がシリカ5により覆われることから、当該シリカ5により水酸化チタン化合物粒子10の粒径が小さく形成され、かつ水酸化チタン化合物粒子10の表面に凹凸が少なく均一で滑らかな表面となる。これにより、この製造方法では、水酸化チタン化合物粒子10がこの状態のまま焼成され、水酸化チタン化合物粒子10から酸化チタン粒子1が形成されることから、当該酸化チタン粒子1も粒径が小さく、かつ表面に凹凸が少なく均一で滑らかな表面に形成できる。従って、この製造方法では、酸化チタン粒子1の表面からシリカガラスを除去することにより、粒径が小さく、かつ表面が均一で滑らかなTi粒子本体2からなる酸化チタン粒子1を生成できる。
【0064】
そして、このような製造方法によって作製された酸化チタン粒子1は、低温域でλ相となると共に、高温域でα相となり、さらに高温から温度を下げていった場合に460K以下になっても従来結晶のように非磁性半導体の特性を有するβ相には相転移せずに、常磁性金属の状態が保たれた単斜晶系の結晶相であるλ相に相転移してゆく。かくして、本発明による酸化チタン粒子1では、460K以下の低温域でも常磁性金属の特性を常に維持することができる。
【0065】
このように、本発明では、温度が約460K付近において非磁性半導体と常磁性金属とに相転移する従来におけるバルク体とは異なり、0〜800Kの全ての温度領域において、Tiの組成が常磁性金属の特性を常に維持できるという従来にない新規な物性を発現し得る酸化チタン粒子1を提供できる。
【0066】
このような酸化チタン粒子1は、室温において圧力が加えられることにより、λ−Tiの結晶構造を、β−Tiの結晶構造に相転移させることができる。また、この酸化チタン粒子1は、印加圧力を高くしてゆくと、λ相からβ相に相転移する割合が次第に高くなることから、印加圧力を調整することによりλ相とβ相との割合を調整することができる。さらに、この酸化チタン粒子1では、圧力が加えられてβ相に相転移した場合であっても、熱を与えてゆくことにより、所定温度領域でβ相と残りのλ相とをα相に相転移させることができる。さらに加えて、この酸化チタン粒子1では、温度を上げてα相に相転移させた場合であっても、冷却されて温度を下げることにより、α相を再びλ相に相転移させることができる。
【0067】
また、酸化チタン粒子1では、室温においてパルスレーザー光を照射することにより、λ−Tiの結晶構造を、β−Tiからなる結晶構造に相転移させることができる。また、この場合であっても酸化チタン粒子1では、熱を加えて温度を上げてゆくことにより、約460K以上の温度領域でλ相とβ相とをα相に相転移させることができると共に、冷却されて温度を下げることにより、α相を再びλ相に相転移させることができる。
【0068】
また、この酸化チタン粒子1は、安全性の高いTiのみから構成することができると共に、安価なTiのみから形成されていることから全体として材料費の低価格化を図ることができる。
【0069】
(5)酸化チタン粒子の用途
このような酸化チタン粒子1は、当該酸化チタン粒子1の有する光特性や電気伝導特性、磁性特性を基に、以下のような用途に利用することができる。本発明による酸化チタン粒子1は、図14に示すように、温度が約460Kよりも低いとき、常磁性金属の特性を有するλ相の結晶構造を有しており、例えば光や圧力、電磁、磁場等による外部刺激を与えることで、非磁性半導体の特性を有するβ相に結晶構造を変化させ、磁気特性を可変させることができる。
【0070】
ここで、図14においては、横軸を温度とし、縦軸を磁化率、電気伝導度又は反射率のいずれかとしている。本発明における酸化チタン粒子1では、低温域から高温域まで常磁性金属を維持することから、低温域から高温域まで磁化率、電気伝導度及び反射率が比較的高く保たれている。これに対して外部刺激によって結晶構造が変化したβ相では、非磁性半導体の特性を有することから、α相やλ相と比べて磁化率、電気伝導度及び反射率が低くなっている。このように、この酸化チタン粒子1では、外部刺激を与えることにより、磁化率、電気伝導度及び反射率を変化させることができる。
【0071】
また、この酸化チタン粒子1は、外部刺激が与えられることでβ相に変化しても、温度を上げることにより、常磁性金属の特性を有するα相の結晶構造に変化し、その後に温度を低くしてゆくと、α相の結晶構造を再びλ相に変化させることができる。このように酸化チタン粒子1は、外部刺激によって結晶構造をλ相からβ相に相転移させることができると共に、温度変化によってβ相からα相、α相から再びλ相に相転移させることができるという特性を有しており、このような特性を用いて光スイッチングや、磁気メモリ、電荷蓄積型メモリ、光情報記録媒体等に利用することができる。
【0072】
特に、本発明による酸化チタン粒子1では、その表面に凹凸が少なく、かつその粒径が小さく、例えば約8〜14nm程度の一定の大きさにほぼ揃うように予め形成できることから、磁気メモリや、電荷蓄積型メモリ、光情報記録媒体等において記録層として膜状に成膜させた際に、その粒径が小さく微粒子状であり、かつ表面に凹凸が少ない分だけ、記録面の凹凸を少なくし、記録層の膜厚の均一化や、記録面の平坦化を容易に図ることができる。
【0073】
また、本発明による酸化チタン粒子1を用いた光情報記録媒体では、例えばブルーレイディスクに用いられているゲルマニウムやアンチモン、テルル等の物質を用いずに、酸化チタンを用いることから有毒性も低く、かつコスト低減も図ることもできる。このような光情報記録媒体については後において詳述する。
【0074】
さらに、具体的には、室温において酸化チタン粒子1に所定の光による外部刺激を与え、当該外部刺激により常磁性金属であるλ相から非磁性半導体であるβ相に結晶構造を変化させるという特性を用いて、光スイッチングに利用することができる。
【0075】
また、酸化チタン粒子1は、室温において光や圧力、電磁、磁場による外部刺激を与え、当該外部刺激により常磁性金属であるλ相から非磁性半導体であるβ相に結晶構造を変化させるという特性を用いて、磁気メモリに利用することができる。
【0076】
実際上、このような磁気メモリとして利用する場合には、酸化チタン粒子1を磁性材料として用い、この磁性材料を支持体に固定した磁性層を形成する。磁気メモリは、光や圧力、電場、磁場による外部刺激が与えられると、当該外部刺激により常磁性金属であるλ−Tiから非磁性半導体であるβ−Tiに結晶構造を変化させることにより、磁性特性を変化させ、これを基に情報を記録し得るようになされている。これにより磁気メモリでは、例えば磁性層に照射されるレーザー光の反射率の変化から、記憶された情報を読み出せ得る。かくして、酸化チタン粒子1を磁性材料として用いた磁気メモリを提供できる。
【0077】
また、このような電気伝導特性を有する酸化チタン粒子1を絶縁体中に分散させた場合には、これら酸化チタン粒子1によりホッピング伝導やトンネル伝導によって電荷を移動させることができる。従って、酸化チタン粒子1は、例えば、フラッシュメモリー等の電荷蓄積型メモリのフローティングゲートのような電荷蓄積層に用いることができる。かくして、酸化チタン粒子1を電荷蓄積材料とした電荷蓄積層を用いた電荷蓄積型メモリを提供できる。
【0078】
さらに、酸化チタン粒子1は、自身に磁性特性と電気伝導特性とを有することから、新規な磁気電気(ME)効果があり、これらME効果を用いる技術に利用することができる。また、酸化チタン粒子1は、光特性と電気伝導特性とのカップリングにより、過渡光電流による高速スイッチングにも利用することができる。
【0079】
(6)微小構造体の光誘起相転移現象
次に、上述した「(3−6)酸化チタン粒子の光照射効果」について、さらに詳しく説明する。ここでは、λ相の結晶構造を有する酸化チタン粒子1からなる試料に対し、所定の光を照射する。光により所定の光強度を与えた箇所は、変色してβ相となる。
【0080】
次いで、このβ相となった試料に対し、再び所定の光を照射すると、当該光を照射した照射箇所は、β相からλ相となる。次いで、再びこの試料に対し、所定の光を照射すると、当該光を照射した照射箇所は、λ相から再びβ相に戻る。このように酸化チタン粒子1は、光が照射されるたびに、λ相からβ相、及びβ相からλ相に繰り返し相転移する。
【0081】
(7)酸化チタン粒子の熱力学的解析
ここでは、λ−Tiの生成機構を理解するために、ギブスの自由エネルギー対電荷非局在ユニットの割合(x)を、平均場理論モデルのSlichter and Drickamerモデルを用いて計算した。
【0082】
ここでは、図15に示すように、約460Kより低いときに結晶構造がβ−Ti(β相)となる従来結晶(Ti単結晶)において、β相とα相(半導体と金属)との1次の相転移を、電荷局在系(図15中、単に局在系と示す)と電荷非局在相系(図15中、単に非局在系と示す)との相転移であるとみなした。それに従い、電荷局在ユニット(Ti3+Ti4+Ti3+O5)と電荷非局在ユニット((Ti)3・1/3O5)との割合(x)を秩序パラメータと考えた。ここで、β相とα相の相転移におけるギブスの自由エネルギーGは、以下の数1のように記述される。
【0083】
【数1】
【0084】
なお、この場合、β相(電荷局在系)のギブスの自由エネルギーGをエネルギーの基準に取り、xは電荷非局在ユニットの割合、△Hは転移エンタルピー、△Sは転移エントロピー、Rは気体定数、γは相互作用パラメータ、Tは温度である。
【0085】
α相とβ相の転移エンタルピー△Hはほぼ13kJ mol-1、転移エントロピー△Sはほぼ29J K-1mol-1であると報告されている。次いで、これらの値を用いてギブスの自由エネルギーGを計算し、ギブスの自由エネルギーGと、電荷非局在ユニットの割合xと、温度との関係を調べたところ、図16(A)及び(B)に示すような関係が確認できた。
【0086】
ところでこれとは対照的に、λ−Tiのギブスの自由エネルギーGと、電荷非局在ユニットの割合xのプロットを計算するには、ナノサイズのλ−Tiの理解が必要である。ここでは、ナノサイズのλ−Tiにおける転移エンタルピー△H:5kJ mol-1と転移エントロピー△S11J K-1mol-1を用いる。
【0087】
次に、これらの値を用いて上述した数1によりギブスの自由エネルギーGを計算し、このギブスの自由エネルギーGと、電荷非局在ユニットの割合xと、温度との関係を調べたところ、図17(A)及び(B)に示すような関係が確認できた。ここで図17(B)からλ−Tiでは、全温度領域でエネルギー障壁が電荷局在系(主にβ相)と電荷非局在系(主にα相とλ相)との間に存在することが確認できた。このエネルギー障壁の存在により、λ−Tiは、α相に転移後、温度を下げた後もβ相に転移しないという、ナノ結晶であるλ−Tiの温度依存性を良く説明することができる。このエネルギー障壁を越えてλ相からβ相へ転移、β相からα相へ転移するためには、図18に示すように、パルス光やCW光等の外部刺激が必要になる。また図17(A)及び(B)からは、熱平衡状態において460K以下でβ相が真の安定相になることが分かる。
【0088】
このような熱力学的解析を基にして、今回の光誘起相転移が、532nmのパルスレーザー光の照射によって、一見安定なλ相から真に安定なβ相への相崩壊によって引き起こされたと考えることができる。ここで、λ相の光学吸収は金属吸収であることから、紫外光から近赤外光(355〜1064nmのレーザー光)がこの金属−半導体転移に有効であることが分かる。
【0089】
一方、α相からλ相への戻り反応は、光-熱過程によると考えられる。β相からλ相への光誘起逆相転移は、β相のバンドギャップにおいて、Tiのd軌道から、他のTiのd軌道への励起によって引き起こされ、その後、直接λ相に転移するか、熱的にα相へと加熱された後λ相へと急冷されることが分かった。
【0090】
(8)酸化チタン粒子を記録層に用いた光情報記録媒体
粒径が小さく表面に凹凸の少ない本発明による酸化チタン粒子1は、図19に示すように、パルス光によって結晶構造をλ相からβ相に相転移させることができると共に、光によってβ相からα相に相転移させ、温度が低下することでα相から再びλ相に相転移させることができるという特徴を有している。このことから酸化チタン粒子1は、例えばCD(Compact Disc)、DVD(Digital Versatile Disc)及びBlu-ray Disc(登録商標、以下BDと呼ぶ)等の光情報記録媒体の記録層に用いることができる。この場合、光情報記録媒体は、記録層の初期化、記録層に対する情報の記録、及び記録層からの情報の再生といった3段階を実行し得るようになされている。
【0091】
(8−1)光情報記録媒体の初期化
光情報記録媒体は、情報を記録する前準備として、当該光情報記録媒体全体又はその一部を初期化する。この場合、光情報記録媒体には、光情報記録再生装置の初期化光源から初期化光を記録層の片面側から照射することにより、記録層の初期化を行う。このとき初期化光は、初期化光照射前の照射部分がβ相又はλ相のいずれかであってもα相に転移するのに十分なエネルギーを有する。記録層では、初期化光が照射された部分においてβ相からα相、さらにα相からλ相に相転移させると共に、λ相からα相、さらにα相からλ相に相転移させ、初期化光が照射された部分を全てλ相とすることで、反射率を一様にする。
【0092】
すなわち光情報記録媒体は、例えば光を照射したときの戻り光の反射率と符号「0」又は「1」とを対応付ける場合、この段階では光情報記録媒体のいずれの箇所においても一様の符号「0」(又は符号「1」)となるため、情報が一切記録されていないことになる。
【0093】
(8−2)情報の記録
光情報記録媒体に情報を記録する際には、光情報記録再生装置によって所定の光強度からなる記録用の記録光が記録層内に集光される。光情報記録媒体では、記録光が照射されることにより、目標位置を中心とした局所的な範囲で酸化チタン粒子1の結晶構造が変化してλ相からβ相に相転移し、記録光の焦点近傍(β相)と、その周囲(λ相)との屈折率が異なることとなる。この結果、光情報記録媒体の記録層には酸化チタン粒子1がλ相からβ相に相転移してなる記録マークが形成される。
【0094】
(8−3)情報の再生
光情報記録媒体に記録された情報を読み出す際には、光情報記録再生装置から所定の光強度でなる読出用の読出光が記録層内に集光される。光情報記録媒体は、記録層から戻ってくる戻り光を、光情報記録再生装置の受光素子により検出させ、酸化チタン粒子1の結晶構造の相違(記録マークの有無)により生じる反射率の違いから、記録層に記録された情報を再生することができる。なお、ここで用いる読出光は、記録層に照射した際に、当該記録層の酸化チタン粒子1がλ相からβ相に相転移されない程度の光強度を有している。因みに、上述した実施の形態においては、酸化チタン粒子1がβ相となった状態を記録マークが形成された状態とした場合について述べたが、本発明はこれに限らず、酸化チタン粒子1がλ相となった状態を記録マークが形成された状態としてもよい。ここで、記録光、読出光及び初期化光は、波長が355〜1064nmであればよい。
【0095】
(9)酸化チタン粒子を用いた薄膜合成
次に、図20に示すように、λ−Ti粉末試料(複数の酸化チタン粒子1の集合体)を水に添加した酸化チタン粒子含有溶液を、飽和水酸化カリウム溶液(エタノール/水の1:1混合溶媒)に室温で2時間浸すことで親水化処理をしたパイレックス(登録商標)基板35上に滴下してそのまま広がらせ、この状態のまま酸化チタン粒子含有溶液をパイレックス基板35上に固着させてλ−Ti膜36を成膜した。そして、このパイレックス基板35の表面近傍の切断面についてSEM(Scanning Electron Microscope)像を撮影した。図21に示すように、パイレックス基板35上に酸化チタン粒子含有溶液を適量滴下させただけでも、パイレックス基板35の表面には、膜厚が約500nmのλ−Ti膜36が形成できることが確認できた。そして、膜厚を薄くした薄膜合成にλ−Ti粉末試料を用いた場合でも、酸化チタン粒子1の表面に凹凸が少なく、かつ粒径が小さく微粒子状であることから、λ−Ti膜26の表面の平坦化や、膜厚の均一化を容易に行えることができる。
【0096】
ここで、図22は、シリカガラス3内に形成された微粒子状の酸化チタン粒子1を、分離処理によって、シリカガラス3内から取り出し、近接場光に用いられる光情報記録媒体の記録層40を、これら酸化チタン粒子1によって形成したときの概略図を示している。
【0097】
この場合、光ピックアップ42から発する近接場光L1を記録層40に照射して記録再生を行うこともできる。ここで、図23は、図1に示した本発明による酸化チタン粒子1に対して、一般的な光情報記録再生装置で用いられている直径約300nm程度の光スポットS1を照射したときのイメージと、近接場光の直径約20nm程度の光スポットS2を照射したときのイメージを示している。例えば粒径が約25nm程度でなる複数の酸化チタン粒子1から記録層40を形成した光情報記録媒体では、近接場光を記録再生の際に用いた場合、記録密度として1Tbit inch−2を実現でき、これはBlu-ray Discの約200倍となり、従来よりも記録密度の向上を図ることができる。
【0098】
なお、本発明は、本実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨の範囲内で種々の変形実施が可能である。すなわち本発明は、Tiの組成を有し、0〜800Kの温度領域で常磁性金属の状態を維持するTi粒子本体2からなり、前記Ti粒子本体2は、微粒子状からなり、その表面全体が外部に露出されている酸化チタン粒子1であれば、その他種々の製造方法や粒子形状等を適用してもよい。
【符号の説明】
【0099】
1 酸化チタン粒子
2 Ti粒子本体
3 シリカガラス
4 微小構造体
5 シリカ
10 水酸化チタン化合物粒子
12 シリカ被覆水酸化チタン化合物粒子
図7
図9
図11
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図8
図10
図12
図20
図21
図22
図23