【文献】
横尾英樹ほか,血清中糖鎖の網羅的解析による肝細胞癌新規バイオマーカーの開発,日本外科学会雑誌,2008年 4月25日,第109巻 臨時増刊号(2),P.144
【文献】
木幡陽,形質膜内在性糖タンパク質のN−結合型糖鎖の特徴とその癌性変化,野口研究所時報,2006年 9月30日,第49号,P.4-20,表IV、第18頁左欄第1−6行
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
被検動物から採取された体液中の請求項1に記載の肝細胞癌マーカーの量を測定し、該肝細胞癌マーカーの量または該肝細胞癌マーカーの量に基づいて算出される値を指標とすることを特徴とする該動物における肝細胞癌診断のための測定方法。
請求項1に記載の肝細胞癌マーカーの量を測定する工程は、予め前記体液中から、該マーカーである糖鎖に結合しているタンパク質と特異的に結合する物質を用いて、該タンパク質と糖鎖を含む複合体を抽出することを含む、請求項2に記載の肝細胞癌診断のための測定方法。
肝細胞癌の予防もしくは治療を必要とする動物に肝細胞癌予防もしくは治療薬を投与した後に該動物より採取された体液中の請求項1に記載の肝細胞癌マーカーの量を測定し、該肝細胞癌マーカーの量または該肝細胞癌マーカーの量に基づいて算出される値を指標とすることを特徴とする、該動物における肝細胞癌の予防もしくは治療効果のモニター方法。
請求項1に記載の肝細胞癌マーカーの量を測定する工程は、予め前記体液中から、該マーカーである糖鎖に結合しているタンパク質と特異的に結合する物質を用いて、該タンパク質と糖鎖を含む複合体を抽出することを含む、請求項4に記載の肝細胞癌の予防もしくは治療効果のモニター方法。
肝細胞癌の予防もしくは治療を必要とする動物に候補薬化合物を投与した後に該動物より採取された体液中の請求項1に記載の肝細胞癌マーカー量を測定し、該肝細胞癌マーカー
の量または該肝細胞癌マーカーの量に基づいて算出される値を指標とすることを特徴とする、肝細胞癌の予防剤もしくは治療剤のスクリーニング方法。
請求項1に記載の肝細胞癌マーカーの量を測定する工程は、予め前記体液中から、該マーカーである糖鎖に結合しているタンパク質と特異的に結合する物質を用いて、該タンパク質と糖鎖を含む複合体を抽出することを含む、請求項6に記載の肝細胞癌の予防剤もしくは治療剤のスクリーニング方法。
前記肝細胞癌マーカーの量に基づいて算出される値が、該検体中の含有量が健常動物と肝細胞癌動物で有位な差がない糖鎖と、該肝細胞癌マーカー量との比を用いて算出した値であることを特徴とする請求項2〜7の何れかに記載の方法。
【背景技術】
【0002】
近年、多くの蛋白質に糖鎖が結合していることが知られるようになり、蛋白質に結合した糖鎖が細胞間での接着もしくは分離などのシグナルになる事や、蛋白質の合成や輸送、分解などの補助的因子としても作用していることが明らかになってきている。
複雑な糖鎖構造の内で、1つの糖の存在だけでも、糖鎖が結合している蛋白質の持つ機能を変えてしまうことが報告されている。例えば、血清中に多量に存在する免疫グロブリンは、そのFc領域にN結合型糖鎖の結合部位を持っている。ここに結合する糖鎖構造のうち、還元末端のGlcNAcにフコースが付加している糖鎖構造を持つ免疫グロブリンと、フコースが付加していない糖鎖構造を持つ免疫グロブリンとでは、免疫グロブリンがもつ抗体依存性細胞障害機能が100倍以上違うということが報告されている。
しかしながら、糖蛋白質糖鎖の精製には膨大な時間を要することや、糖鎖構造の系統的解析方法が未発達であったため、簡便で且つ感度よく定量的に糖蛋白質糖鎖の解析ができていなかった。
【0003】
そういった中、本発明者らの1人である池中らは、HPLCシステムを用いた方法により、糖鎖の一種である Triantennary trigalactosylated structure with one outer arm fucosylation (以下、「A3G3Fo」と称する)が肺癌患者血清中で増加していることを見出した(非特許文献1、2)。また特許文献1には、A3G3Foに基づいて肺癌を検出する癌検出法及びそれに用いる癌検出物質が開示されている。
しかしながら、上記の特許文献および非特許文献には、特に肺癌に特異的な糖蛋白質糖鎖しか開示されておらず、他組織の癌における糖蛋白質糖鎖については開示されていなかった。
【0004】
肝臓は、血中のほとんどすべての糖蛋白質を合成し分泌しているので、体内で炎症が起きたり、肝臓そのものに障害をきたしたりすると、血清中の糖蛋白質の発現に変動が見られることが知られている。これまで臨床で使用されている肝細胞癌マーカーには、α-fetoprotein(AFP)やprotein induced vitamin K II (PIVKAII)があるが、肝細胞癌でマーカーが上昇するだけではなく、炎症反応などでも上昇が見られる。また早期の肝細胞癌では上昇しないことが多い。つまりこれらのマーカーは、肝細胞癌を検出するための精度や特異性の面において充分なものではなかった。そういった中でAFPについては、フコシル化糖鎖を持つAFPを測定することで、肝細胞癌の診断精度(特異度)を上げることができることが知られているが、肝硬変と肝細胞癌を精度よく区別診断をすることができるマーカーは今のところ存在していない。
【0005】
近年の一連の研究から、肝細胞癌患者の血清中や肝臓細胞前駆細胞で、糖鎖を合成する糖転移酵素の活性が上昇していることや、正常成熟肝臓細胞では見られない糖鎖構造が発現しているという報告がなされてきている。しかし、肝硬変と肝細胞癌を精度よく区別診断をすることができる指標となる分子は見出されていなかった。
このような背景から、肝臓疾患における血清中の糖蛋白質糖鎖の異常を解析し、肝硬変と肝細胞癌を区別し、且つ早期の肝細胞癌を確実に検出する方法が望まれていた。
【発明を実施するための形態】
【0013】
<肝細胞癌マーカー>
本発明の肝細胞癌マーカーは、上記の化学構造式(1)〜(7)のいずれかで表される糖鎖を少なくとも含むものである。
式(1)に示す糖鎖を、以下「A2G2B」と称することがある。
式(2)で表される糖鎖を、以下「A2G0B」と称することがある。
式(3)に示す糖鎖を、以下「A2G1(6)FB」と称することがある。
式(4)に示す糖鎖を、以下「A2G0」と称することがある。
式(5)に示す糖鎖を、以下「M5A」と称することがある。
式(6)に示す糖鎖を、以下「シアル化A2G2Fo2」と称することがあり、該糖鎖は血清中では側鎖としてシアル酸を有するが、公知の方法でこれを削除したアシアロ型(以下、「アシアロA2G2Fo2」と称することがある)を含む。
式(7)に示す糖鎖を、以下「シアル化A2G2B」と称することがあり、該糖鎖も血清中では側鎖としてシアル酸を有するが、公知の方法でこれを削除したアシアロ型(以下、「アシアロA2G2B」と称することがある)を含む。
【0014】
本発明の肝細胞癌マーカーは、肝細胞癌患者の血清に多く含まれる糖タンパク質の糖鎖部分であり、上記糖鎖以外に、該糖鎖にペプチドが結合したものも本発明の肝細胞癌マーカーに含まれる。
【0015】
<肝細胞癌診断方法>
本発明はさらに上記肝細胞癌マーカーの量を測定し、該肝細胞癌マーカーの量または前記肝細胞癌マーカーの量に基づいて算出される値を指標とする肝細胞癌の診断方法も含む。本測定法の検体としては、肝細胞癌の可能性がある被検動物から採取された体液が用いられる。体液としては、血液、リンパ液、髄液、尿及びその処理物などが用いられるが、好ましくは血液、さらに好ましくは該血液を分離して得られる血清が用いられる。また、被検動物としては、肝細胞癌の診断方法の対象として好ましくはヒトである。
【0016】
該検体中の本発明の肝細胞癌マーカーである糖鎖(以下、「マーカー糖鎖」と称することがある)の含有量を測定するためには、該検体に含まれるマーカー糖鎖を、これが結合するタンパク質から切り離す必要がある。マーカー糖鎖をタンパク質から切り離す方法としては、それ自体公知の通常用いられる方法が挙げられるが、具体的には、ヒドラジン分解法や、酵素(N−グリカナーゼ)消化法等が挙げられる。これらのうち、定量的に糖鎖を切断するにはヒドラジン分解法が好ましく、例えば、Y. Otake et al., J Biochem (Tokyo)129 (2001) 537-42に記載の方法等が好ましく用いられる。ここで、ヒドラジン分解法を用いた場合には、ヒドラジン分解によって脱離したアセチル基を再アセチル化する必要がある。具体的には、例えば、K. Tanabe et al., Anal.Biochem. 348 (2006) 324-6.記載の方法等が用いられる。また、シアル化糖鎖の場合には、ノイラミニダーゼ等のシアル酸切断酵素を用いてシアル酸を切断し、イオン交換クロマトグラフィー等を用いて精製することができる。
上記タンパク質とマーカー糖鎖との切り離しの前に、該検体から取得した体液中から、マーカー糖鎖に結合しているタンパク質と特異的に結合する物質、具体的には抗体等を用いて、該タンパク質と糖鎖を含む複合体を抽出しておくと、その後の糖鎖の構造解析の際に効率良く行うことができるため好ましい。該タンパク質と特異的に結合する物質を用いた抽出は、それ自体既知の通常用いられる方法により行うことができる。本願発明のマーカー糖鎖に結合しているタンパク質としては、例えば、表1に記載のもの等が挙げられる。
【表1】
【0017】
かくして遊離されたマーカー糖鎖を、必要に応じて標識する。標識方法は特に限定されるものではないが、質量分析法器を使う場合はイオン化効率を高めるTMAPA (トリメチル(4-アミノフェニル)アンモニウムクロライド)が特に好ましく、蛍光検出器を使う場合は2-アミノピリジンが好ましい。誘導体化方法はTMAPAの場合は例えば、M. Okamoto et al., Rapid Commun Mass Spectrom 9 (1995) 641-3.に記載の方法が用いられ、2-アミノピリジンの場合はY. Otake et al., J Biochem (Tokyo) 129 (2001) 537-42に記載の方法等が用いられる。
【0018】
肝細胞癌マーカーである糖鎖の検出及び含有量の測定方法は、本発明のマーカー糖鎖が検出及び測定できる方法であれば特に制限はないが、順相・逆相高速液体クロマトグラフィー、質量分析、核磁気共鳴、本発明のマーカー糖鎖特異的抗体あるいはレクチンを用いる方法が挙げられる。本発明の肝細胞癌マーカーである糖鎖は、N結合型糖鎖で、簡便且つ高精度で定量的な指標でN結合型糖鎖の一種であるバイセクティング型、ルイスx型の糖鎖構造を検出する方法により検出することができる。本発明において、バイセクティング型糖鎖構造とは、2本分岐型N結合型糖鎖構造に含まれるトリマンノシルコア構造のMan残基の4位にGlcNAcの結合を有するものである。本発明において、ルイスx型糖鎖構造とは、N結合型糖鎖構造の非還元末端のGlcNAc残基の3位にフコースを有するものである。
【0019】
本発明のマーカー糖鎖は、血清中に存在する類似の糖鎖と分離することが非常に困難であるため、液体クロマトグラフィーと質量分析装置を合せて検出、測定する方法(以下、「LC-MS法」と称することがある)あるいは液体クロマトグラフィーを用いて検出・測定する方法が好ましい。また、糖鎖の構造は、何れの方法で分析してもよいが、具体的には例えば、市販のマンノース標準糖鎖を順相(あるいは逆相)液体クロマトグラフィー(以下、「順相HPLC」)にかけて内部標準から算出したマンノース標準糖鎖ピークと、市販のガラクトース標準糖鎖を逆相(あるいは順相)液体クロマトグラフィー(以下、「逆相HPLC」)にかけて内部標準から算出したガラクトース標準糖鎖ピークとの2次元マップ(例えば
図1に示すもの)を作成し、該マップを用いて同定することが望ましい。
【0020】
LC-MS法を用いた本発明のマーカー糖鎖測定方法としては、例えば、以下に詳述する方法が用いられる。液体クロマトグラフィーは安定的に送液できるものであればどのような仕様でもよく、特に限定されるものではない。イオン化法はESIの他、APCIなどでもよいが、ESIが最も好ましい。質量分析装置は四重極型以外、TOF型、イオントラップ型、磁場型、フーリエ変換型のいずれでもよいが、定量性の高い四重極型、感度の高いTOF型、イオントラップ型が特に好ましい。
【0021】
用いるカラムは複数の糖鎖を分離できるものであれば、順相、逆相、吸着いずれのタイプでもよいが、好ましくは逆相系のC8、C18、C30カラムがよく、さらに好ましくはC30カラムがよい。カラムのサイズは特に限定されないが、流速を小さくし、感度を高められる内径が2.1mm以下のものが好ましく、さらには1.5mm以下のものが特に好ましい。
【0022】
溶離液はカラムの性質によって最適なものが選択されるが、C30カラムを使用する場合は、例えば溶離液Aに5mM酢酸アンモニウム水溶液(pH=4)、溶離液Bには5mM酢酸アンモニウム水溶液(pH=4)90%+アセトニトリル10%の混合液などが使われ、サンプル注入前にB液0%〜30%(=A液 100%〜70%:以下A液濃度は省略)の溶液で十分平衡化する必要がある。平衡化時のB液濃度は10〜25%が好ましいが、特に15〜20%が好ましい。
【0023】
サンプル溶液を約20μL注入し、注入と同時に溶離液組成をB液約20%から直線的に約50分かけて約50%まで変化させる。さらに50分から60分までB液組成を約50%一定にすることができるが、グラジエント条件はカラムの種類により制約を受けるものであるため、特に限定されるものではない。質量分析器の測定条件は、本発明のマーカー糖鎖が分離できる範囲であれば、特に限定されるものではないが、例えば、キャピラリー電圧(イオン化電圧)を4000V、ネブライザーガス圧を45psi、ドライガス流量及び温度を10L/分、350℃とすると良好に検出することができる。
【0024】
検出方法は質量分析装置が四重極タイプの場合、SIM(Selective Ion Monitoring)が最も好ましく、この場合検出イオンは、本発明のマーカー糖鎖のいずれか、あるいは内部標準として他の糖鎖を用いる場合にはそのm/z等のイオンに設定する。
TOF型、イオントラップ型の場合はスキャンモードでもよく、この場合は質量範囲を400〜4000に設定することが好ましい。マーカー糖鎖は上述の分析条件において以下の保持時間及びm/zに検出されるが、これらは選択するカラム、溶離液によって変わるため、特に限定されるものではない。また検出するイオンも親イオンに限定されるものではなく、フラグメントイオン、負荷イオン、2量体イオンなど関連イオンであってもよい。
液体クロマトグラフィーを用いて検出・測定する場合には、液体クロマトグラフィーは安定的に送液できるものであればどのような仕様でもよく、特に限定されるものではない。具体的には、例えば、順相HPLCには、Asahipak NH2P-50 4.6mmI.D. x 250mm(shodex社製)のカラム等を使い、流速は0.6ml/min、カラム温度は30℃、溶媒Aを93% アセトニトリル、0.009% 酢酸、25% アンモニア水でpH 6.8に調整した溶液として、溶媒Bを20%アセトニトリル、0.009% 酢酸、25% アンモニア水でpH 6.8に調整した溶液として、溶媒A:溶媒Bの比を75:25でスタートさせ、検体を投入してから180分の間に、溶媒Bの割合を42%まで直線的に増加させ、HPLC解析を、Prominence (Shimadzu社製)を用いて行い、LC station(Shimadzu社製)を用いて各々のピークを定量する方法等が挙げられる。
また、標準糖鎖(例えば、PA-sugar chain M2A, M3B, M4B, M5A, M6B, M7A, M8A, M9A, TaKaRa社製等)の溶出時間を内部標準(マンノースユニット, MU)とし、溶出してくる蛍光標識化糖鎖のMUを算出していき、マンノースユニットによって振り分けられた各々のピークについて、検体間についてピーク面積の定量解析を行うことにより糖鎖含有量とする方法も好ましい。
【0025】
上記の方法により検出されたマーカー糖鎖の含有量または該肝細胞癌マーカーの量に基づいて算出される値を指標として該検体の提供患者の肝細胞癌の可能性が判断される。本発明の肝細胞癌の診断法では、マーカー糖鎖の含有量は絶対量を必ずしも求める必要はなく、上記方法などで検出された個々のマーカー糖鎖固有のピークを数値化することによって求めることができる。この具体的な方法としては、検出された各ピークの高さを数値化する方法と、ピーク面積を数値化する方法等があり、液体クロマトグラフィーでは定量性を有する測定方法であるのでどちらかに限定されるものではないが、LC-MSでは好ましくはピーク面積を数値化する方法が精度がよい。また、本発明のマーカー糖鎖と特異的に認識するレクチンや抗体を用いることにより、通常用いられる方法により該マーカー糖鎖の存在量を測定することもできる。本発明の肝細胞癌の検出物質を検出するのに用いるレクチンとは、N結合型糖鎖のうちのバイセクティング型糖鎖構造に特異的に結合活性を持った物質である。かくして求められるピークを数値化したものを、以下「ピーク強度」と称することがある。
【0026】
本発明の肝細胞癌の診断法では、上述したマーカー糖鎖の量を指標とする方法と共に、上述したマーカー糖鎖の量に基づいて算出される値を指標とする方法も好ましく用いられる。この具体的な算出方法としては、本発明の測定法で指標とする数値が、被検者の体内の状態を正確に反映するように補正する方法であればいかなるものでもよいが、例えば、処理をする血清液量を使って補正する方法や、処理をするタンパク質重量で補正する方法などがある。さらには病気によって変動しない、もしくは変動が小さい、すなわち、体液中の含有量が健常者と肝細胞癌患者で有意な差がない糖鎖の量(以下、「内部標準」と称することがある)を基準にして、マーカー糖鎖の量との比をとる方法も有効である。
【0027】
上述したマーカー糖鎖の量に基づいて算出される値としては、検体として血清を用いた場合には、上記マーカー糖鎖の量または内部標準で補正した値を用いることができる。ここで、内部標準とは、例えば、検体中の含有量が健常動物と肝細胞癌動物で有意な差がない糖鎖等が挙げられる。
【0028】
本発明の肝細胞癌マーカーは、肝硬変患者と肝細胞癌患者で血清中の存在量が有意に異なるものであり、それらを区別して診断する際に好ましく用いられる。肝硬変とは、肝臓での広範囲の結節形成、広範な繊維化、肝細胞の壊死、肝臓内の血流の現象、ビリルビン分泌の低下、黄疸などを特徴とする。このため肝硬変の病態では、腹水や食道静脈瘤、肝性脳症などの合併症が見られる。本発明において肝硬変とは、HCVが感染した状態で広範な繊維化が見られるが、既存の肝細胞癌マーカーや画像診断(Ultra Sound; US, Computer Tomography; CT, Magnetic Resonance Imaging; MRI)で癌の存在は確認できなく、また肝硬変に伴う合併症も見受けられない状態である。
【0029】
本発明のマーカー糖鎖は健常者では少なく、肝細胞癌患者で顕著に多く存在するため、該肝細胞癌マーカーの含有量または該肝細胞癌マーカーの量に基づいて算出される値が健常者の値より大きいときに、その被検者は肝細胞癌を発症している可能性が高いと診断することができる。また、本発明のマーカー糖鎖の肝細胞癌患者における含有量は肝硬変患者における含有量よりも多いため、本発明のマーカー糖鎖を用いることにより、肝硬変と区別して肝細胞癌を診断することができる。
さらに、本発明の糖鎖マーカーのうち、M5A、A2G0B、A2G1(6)FB、A2G2Bは、早期の肝細胞癌(TNM分類におけるStage I)患者においても健常者との間に有意な差が見られた。したがって、これらのマーカー糖鎖を検出することで、これまでに報告されている肝細胞癌マーカーでは検出できなかった早期の肝細胞癌を診断することができる。
また、本発明の糖鎖マーカーは肝細胞癌のステージが進行するにつれて含有量が増加する傾向にあるので(
図2)、本発明の肝細胞癌マーカーの含有量またはそれから算出される値を指標として肝細胞癌の進行度を見分けることもできる。
なお、本明細書において、TNM分類(Stage I〜IV)とは、国際対がん連合(UICC)によって2002年に出されたTNM分類第6版に基づく肝細胞癌の進行度の分類を意味する(特表2008−505143号公報参照)。
【0030】
<肝細胞癌治療・予防薬の評価方法>
また、肝細胞癌の予防もしくは治療を必要とする動物に肝細胞癌予防もしくは治療薬を投与した後に該動物より採取された体液中の上記肝細胞癌マーカーの含有量を測定し、該肝細胞癌マーカーの含有量またはそれから算出される値を指標とすることによって、該動物における肝細胞癌の予防もしくは治療効果の評価を行うこともできる。
例えば、上記肝細胞癌マーカーの含有量またはそれから算出される値を、肝細胞癌予防薬もしくは治療薬投与前と投与後数日〜数ヵ月の時点において比較し、後者における肝細胞癌マーカーの含有量またはそれから算出される値が低下していれば予防または治療効果があったと判断することができる。
評価対象の動物として好ましくはヒトである。
肝細胞癌治療薬としては、例えば、テガフール(一般名ウラシル)、エピルビジン(一般名)、マイトマイシンC(一般名)、フルオロウラシル(一般名)、シクロホスファミド(一般名)、ミトキサントロン(一般名)などが挙げられる。
【0031】
<肝細胞癌治療・予防薬候補化合物の評価方法>
さらに、肝細胞癌の予防もしくは治療を必要とする動物に肝細胞癌予防または治療薬の候補化合物を投与した後に該動物より採取された体液中の上記肝細胞癌マーカー量を測定し、該肝細胞癌マーカーの量またはそれから算出される値を指標とすることによって、該候補化合物の肝細胞癌の予防もしくは治療効果を評価することもできる。
例えば、上記肝細胞癌マーカーの含有量またはそれから算出される値を、候補化合物投与前と投与後数日〜数ヵ月の時点において比較し、後者における肝細胞癌マーカーの含有量またはそれから算出される値が低下していれば、該化合物は肝細胞癌予防薬または治療薬の有力な候補物質であると判断することができる。
候補化合物としては、低分子化合物でもよいし、ペプチドやタンパク質などであってもよい。また、評価対象の動物として好ましくはヒトである。
【0032】
<肝細胞癌診断用、肝細胞癌治療効果評価用、または候補薬化合物の肝細胞癌予防・治療効果の評価用キット>
本発明の肝細胞癌診断用、肝細胞癌治療効果評価用、または候補薬化合物の肝細胞癌予防・治療効果の評価用キットは、本発明のマーカー糖鎖の一種類以上を測定し得る試薬を含む。このような試薬としては、順相・逆相高速液体クロマトグラフィー、質量分析、核磁気共鳴などにおいて標準物質として使用するための上記糖鎖や、本発明のマーカー糖鎖を特異的に認識する抗体やレクチンなどが挙げられる。本発明のマーカー糖鎖を特異的に認識する抗体はポリクローナル抗体、モノクローナル抗体、これらのフラグメントのいずれであってもよく、該マーカー糖鎖を抗原として公知の方法により取得することができる。また、本発明のマーカー糖鎖を特異的に認識するレクチンは上述したようなものが用いられる。
【実施例】
【0033】
次に、本発明を実施例により更に詳細に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り以下の実施例に限定されるものではない。
【0034】
実施例1 肝細胞癌マーカーの決定
(1)検体血清中のマーカー糖鎖存在量の測定
臨床的に肝細胞癌を有すると診断された患者(以下、肝細胞癌)、臨床的にHCV感染を伴う肝硬変を有すると診断された患者(以下、肝硬変)、およびいかなる肝疾患の徴候もない健常者(以下、健常者)としての対象から血清を得た。具体的には、69例の健常者、7例の慢性肝炎、8例の肝硬変、55例の肝細胞癌の患者血清を用いて糖蛋白質糖鎖解析を行った。55例の肝細胞癌患者は、表2に記載のとおり進行状態により4つのステージに分類されている(TNM分類)。69例の健常者血清は、総合医科学研究所でインフォームドコンセントを得て収集した。肝臓疾患患者血清は、香川大学医学部でインフォームドコンセントを得て収集した。検体の詳細は表2のとおりである。
【0035】
【表2】
【0036】
検体の前処理として、採取した血清に9倍量の-20℃アセトンを加えよく混和した。しばらく静置した後、遠心し、上清を除去した。沈殿物を凍結乾燥し、乾燥重量2mgの検体に無水ヒドラジンを加え、100℃、10時間かけてヒドラジン分解し、蛋白質から糖鎖を切り出した。次に特開2005-308697号公報、及びAnal. Biochem. 384, 324-326, 2006に記載の一部の方法を使用し固相抽出型グラファイトカーボンカラム(GL science社製)を使って、ヒドラジンの留去と再アセチル化された糖鎖を精製した。
【0037】
精製した糖鎖を、2-アミノピリジルアミノ化(2-アミノピリジン;PA, Nacarai tesque社製)による蛍光標識を行った。未反応PAを除去するため、固相型セルロースカラムに通液した。固相型セルロースカラムに使用する洗浄溶液を、66.7% 1-ブタノール、16.7% エタノール、100mM 酢酸アンモニウムの溶液として、蛍光標識化糖鎖を溶出するための溶出溶液を、33% エタノール、15mM 重炭酸アンモニウムの溶液とした。得られた蛍光標識化血清糖鎖のプールから、イオン交換クロマトグラフィー(DE52, Whatman社製)によって血清中に存在する中性の糖鎖を分離した。この際に使用する溶液Aを、純水を25%アンモニア水でpH9.0に調整した溶液として、溶液Bを500mM 酢酸アンモニウム溶液を25%アンモニア水でpH9.0に調整した溶液を使用した。
【0038】
一方、同時に、同量の血清糖鎖のプールをノイラミニダーゼ(Neuraminidase, Arthrobacter ureafaciens, Nacarai tesque社製)で37℃、12時間処理した後にイオン交換クロマトグラフィーを行い、側鎖にあるシアル酸が切断されたアシアロ糖鎖のみを精製した。
【0039】
上記で蛍光標識化された中性糖鎖群とアシアロ糖鎖群を、順相高速液体クロマトグラフィー(順相HPLC)にかけ、糖鎖の量を蛍光検出器で測定した。順相HPLCには、Asahipak NH2P-50 4.6mmI.D. x 250mm(shodex社製)のカラムを使い、流速は0.6ml/min、カラム温度は30℃、溶媒Aを93% アセトニトリル、0.009% 酢酸、25% アンモニア水でpH 6.8に調整した溶液として、溶媒Bを20%アセトニトリル、0.009% 酢酸、25% アンモニア水でpH 6.8に調整した溶液として、溶媒A:溶媒Bの比を75:25でスタートさせた。検体を投入してから180分の間に、溶媒Bの割合を42%まで直線的に増加させた。HPLC解析を、Prominence (Shimadzu社製)を用いて行い、LC station(Shimadzu社製)を用いて各々のピークを定量した。
【0040】
また、標準糖鎖(PA-sugar chain M2A, M3B, M4B, M5A, M6B, M7A, M8A, M9A, TaKaRa社製)の溶出時間を内部標準(マンノースユニット, MU)とし、溶出してくる蛍光標識化糖鎖のMUを算出していった。マンノースユニットによって振り分けられた各々のピークについて、検体間についてピーク面積の定量解析を行った。
【0041】
糖鎖構造の同定には、市販の標準糖鎖を順相HPLCと逆相HPLCにかけ、順相HPLCの内部標準から算出したMUと、逆相HPLCの内部標準(グルコースユニット, GU3-22, TaKaRa社製)から算出したGUを使い、2次元マップ(
図1)を利用した。
逆相HPLCには、Develosil C30 (Nomura Kagakus社製) 4.6mmI.D.x150mmのカラムを使い、流速は0.5ml/min、カラム温度は30℃、溶媒A を5mM 酢酸アンモニウム(pH 4.0)に調整した溶液として、溶媒Bを10%アセトニトリル、5mM 酢酸アンモニウム(pH 4.0)に調整した溶液として、溶媒A:溶媒Bの比を75:25でスタートさせた。検体を投入してから60分の間に、溶媒Bの割合を42%まで直線的に増加させた。
【0042】
かくして測定、同定された健常者(A)、肝硬変(B)、肝細胞癌(C)のN結合型糖鎖の同定された糖鎖の構造と存在量を表3に示す。表から明らかなように、表3に示す糖鎖は、健常者血清や肝硬変血清中では存在量が少なく、肝細胞癌血清中に非常に多く見られた。また、肝細胞癌、肝硬変以外にも、肝炎、合併症を伴った肝硬変、胃癌、膵臓癌、消化器系疾患、腺腫あるいはポリープ、及び中枢神経系疾患の患者についても同様に測定した値をプロットしたものが
図2である。
【0043】
【表3】
【0044】
(2)マーカー糖鎖の検定
上記糖蛋白質糖鎖解析により決定した肝細胞癌を検出するマーカー糖鎖について、その感度、特異性および、陽性予測値(Positive Predictive Value; PPV)の値を示す。感度は、肝細胞癌を有する検体での各マーカーの陽性率を表す。特異度は、肝細胞癌を持たない検体での各マーカーの陰性率を表す。PPVは、各マーカーが陽性の場合に肝細胞癌を有する確率を表す。この際、肝硬変患者の血清中に見られる各マーカーの存在量の平均値の1.2倍高いカットオフ値を使用した。
表4に示すように、中性糖鎖A2G0Bは感度91%、特異度96%、およびPPV 96%を有した。また中性糖鎖A2G1(6)FBは感度89%、特異度96%、およびPPV 94%を有した。
【0045】
【表4】
【0046】
一方、J. Gastroenterol. Hepatol. 14. 436-445, 1999、及びCancer Research 53, 5419-5423, 1993に記載のように、既存肝細胞癌マーカーであるAFPは、感度70%、特異度70%(カットオフ値;20ng/ml)であり、AFP-L3は、感度70%、特異度90%、およびPPV 77%と報告されている。さらに、近年、肝細胞癌マーカーであるN結合型糖鎖の一つであるa branch alpha(1,3)-fucosylated triantennary glycanが肝細胞癌患者の血清で増加し肝細胞癌マーカーになることが示されている(Hepatology 46, 1426-1435, 2008)が、感度57%、特異度88%, PPV 81%(HBV陽性の肝硬変、肝細胞癌に限る)である。
【0047】
次に、健常者と肝硬変、肝硬変と肝細胞癌、肝硬変と進行度別肝細胞癌における各糖鎖マーカーの変動の有意性をStudent t-test (P value)を用いて分析した結果を表5に示す。表中、かっこ内は対照群を示し、0.05以下のP valueを得た場合に生物学的に有意な差があると判断される。
【0048】
【表5】
【0049】
表5より明らかなように、本発明の中性糖鎖である各マーカー糖鎖M5A、 A2G0、A2G0B、A2G1(6)FB、A2G2B、及びアシアロA2G2B、アシアロA2G2Fo2 は、いずれも健常者と肝細胞癌患者における値で有意な差を有していた。また、本発明のマーカー糖鎖A2G1(6)FBとA2G2Bは、肝硬変においても健常者と比べて有意な差を有しており、例えば、定期的な検査によりHCV感染から肝硬変、肝細胞癌への病態の進展をトレースする場合に有効に用いられる可能性がある。
【0050】
本発明の糖鎖マーカーのうち特に、中性糖鎖型M5A、A2G0B、A2G1(6)FB、A2G2Bは、早期の肝細胞癌(Stage I)患者においても健常者との間に有意な差が見られた。上述の糖鎖マーカーを検出することで、これまでに報告されている肝細胞癌マーカーでは検出できなかった早期の肝細胞癌を診断することができるようになった。
J. Proteome Res. 8, 595-602, 2009、特表2008-541060号公報には、肝細胞癌マーカーとしてフコシル化ヘモペキシンが開示されている。フコシル化ヘモペキシンは肝細胞癌マーカーとしては、感度92%、特異度92%、PPV 100%とされている。しかし、フコシル化ヘモペキシンを検出することで、早期の肝細胞癌(TNM分類でStage I)を精度よく診断できるかは明らかにされていない。一方で本発明の肝細胞癌マーカーであるM5, A2G0B, A2G1(6)FBやA2G2Bは、上記文献と同等の患者群(全肝細胞癌)においても同程度またはより高い有意性を示している。
【0051】
(3)既存マーカーとの比較
上記(1)で入手した肝細胞癌と診断された患者から得られた検体のうち、既存の肝細胞癌マーカーであるAFP陰性(< 30ng/ml)(21/55検体)、同じく既存の肝細胞癌マーカーであるPIVKAII陰性(< 40mAU/ml)(18/55検体)、AFP陰性且つPIVKAII陰性(11/55検体)の検体における、本発明のマーカー糖鎖の肝細胞癌検出率を表6に示す(肝硬変患者の血清中に見られる糖鎖マーカーの発現量の平均値の1.2倍高いカットオフ値を使用)。AFP, PIVKAIIの値は、外部の検査機関に委託し検査したものである。検査方法は一般的なEIA法を使用している。
【0052】
【表6】
【0053】
表6から明らかなように、本発明の糖鎖マーカーのうちA2G0Bは、AFP陰性の肝細胞癌検体のうち90%(19/21検体)についてカットオフ値以上の値で検出できた。また、PIVKAII陰性の肝細胞癌検体については94%(17/18検体)をカットオフ値以上の値で検出できた。さらに、AFP陰性かつPIVKAII陰性の肝細胞癌検体(11/56検体)についても、91%(10/11検体)をカットオフ値以上の値で検出できた。肝細胞癌における血清中の糖鎖マーカーの発現量と既存の肝細胞癌マーカーであるAFPやPIVKAIIの値の間には相関関係がなかった(
図3及び4)。