(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5739085
(24)【登録日】2015年5月1日
(45)【発行日】2015年6月24日
(54)【発明の名称】電動パワーステアリング装置
(51)【国際特許分類】
B62D 6/00 20060101AFI20150604BHJP
B62D 5/04 20060101ALI20150604BHJP
B62D 101/00 20060101ALN20150604BHJP
B62D 113/00 20060101ALN20150604BHJP
B62D 119/00 20060101ALN20150604BHJP
【FI】
B62D6/00
B62D5/04
B62D101:00
B62D113:00
B62D119:00
【請求項の数】3
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2008-234215(P2008-234215)
(22)【出願日】2008年9月12日
(65)【公開番号】特開2010-64663(P2010-64663A)
(43)【公開日】2010年3月25日
【審査請求日】2011年9月6日
【審判番号】不服2014-221(P2014-221/J1)
【審判請求日】2014年1月7日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(73)【特許権者】
【識別番号】304021277
【氏名又は名称】国立大学法人 名古屋工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100080045
【弁理士】
【氏名又は名称】石黒 健二
(74)【代理人】
【識別番号】100124752
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷 真司
(72)【発明者】
【氏名】小笠原 照基
(72)【発明者】
【氏名】向井 靖彦
(72)【発明者】
【氏名】土田 憲生
(72)【発明者】
【氏名】鵜飼 裕之
(72)【発明者】
【氏名】森田 良文
(72)【発明者】
【氏名】横井 彰敏
(72)【発明者】
【氏名】岩崎 誠
(72)【発明者】
【氏名】松井 信行
【合議体】
【審判長】
丸山 英行
【審判官】
出口 昌哉
【審判官】
氏原 康宏
(56)【参考文献】
【文献】
特開平5−238409(JP,A)
【文献】
特開2007−238070(JP,A)
【文献】
特開2005−262926(JP,A)
【文献】
特開平11−1175(JP,A)
【文献】
特開2008−18825(JP,A)
【文献】
特開2000−238655(JP,A)
【文献】
特開平3−178872(JP,A)
【文献】
特開2005−225420(JP,A)
【文献】
特開2004−314767(JP,A)
【文献】
特開2005−247214(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 6/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
舵輪の操舵をアシストするための出力を発生するアシストモータと、
前記舵輪と転舵輪との間で、前記舵輪に与えられたトルクの伝達経路の一部をなすシャフトと、
このシャフトに組み込まれ、前記舵輪側の前記シャフトと前記転舵輪側の前記シャフトとの相対回転変位量に応じて前記舵輪に与えられたトルクを検出するトルク検出手段と、
このトルク検出手段による検出値に応じて、前記アシストモータの通電量を制御する制御手段とを備え、
前記アシストモータは、前記トルク検出手段よりも前記転舵輪側の前記トルクの伝達経路に慣性トルクの作用点を形成し、
前記制御手段は、
前記トルク検出手段による検出値に基づき、前記舵輪の操舵をアシストするための基本アシスト通電量を算出する基本アシスト量算出手段と、
前記トルクの伝達経路に作用する慣性トルクを補償するための慣性補償通電量を算出する慣性補償量算出手段と、
前記基本アシスト通電量および前記慣性補償通電量の少なくとも2つの和を算出する加算手段と、
この加算手段の算出値を補正する補正手段とを有し、
この補正手段は、前記トルクの伝達経路に作用する慣性トルクの内、前記トルク検出手段よりも前記舵輪側の前記トルクの伝達経路に作用する慣性トルクに応じて、前記基本アシスト通電量および前記慣性補償通電量の和に対する補正量を算出し、
前記制御手段は、少なくとも前記加算手段の算出値に前記補正量を加算して前記アシストモータの通電量に対する指令値とすることを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項2】
請求項1に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記制御手段は、
前記トルク検出手段による検出値と前記アシストモータの通電量に対する指令値との位相差を補償するための位相補償通電量を算出する位相補償量算出手段を有し、
前記加算手段は、前記基本アシスト通電量、前記慣性補償通電量および前記位相補償通電量の少なくとも3つの和を算出し、
前記補正手段は、
前記位相補償通電量に対する補正量を算出し、前記基本アシスト通電量および前記慣性補償通電量の和に対する補正量に加算して、前記加算手段の算出値に対する補正量とし、
前記位相補償通電量に対する補正量を、前記基本アシスト通電量の算出条件に応じて算出することを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記舵輪の操舵角と前記転舵輪の舵角との比率を可変するための出力を発生する舵角比可変モータを備え、
この舵角比可変モータは、前記トルク検出手段よりも前記舵輪側の前記トルクの伝達経路に慣性トルクの作用点を形成し、
前記補正手段は、前記舵角比可変モータの慣性トルクに応じて、前記基本アシスト通電量および前記慣性補償通電量の和に対する補正量を算出することを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータの出力により舵輪の操舵をアシストする電動パワーステアリング装置に関するものである(以下、電動パワーステアリング装置をEPSと呼び、操舵をアシストするための出力を発生するモータをアシストモータと呼ぶ)。
【背景技術】
【0002】
従来から、EPSにおけるアシストモータの動作は、主として、乗員により舵輪に与えられるトルクに応じて制御されている。すなわち、舵輪に与えられるトルクは、例えば、ステアリングシャフトに組み込まれたトルクセンサにより検出されて電子制御装置(ECU)に出力される。そして、ECUは、トルクセンサによる検出値に応じて、アシストモータの通電量に対する指令値を算出している。
【0003】
ところで、乗員が舵輪を操舵しようとするとき、舵輪から転舵輪に至るトルクの伝達経路(以下、ステアリング系と呼ぶ)には慣性トルクが作用するため、乗員は、慣性トルクを感じながら舵輪を操舵する。このため、ステアリング系の慣性トルクが強いほど、乗員の操作感性が悪化してしまう。
【0004】
そこで、EPSのECUでは、トルクセンサによる検出値に応じて算出する通電量(以下、基本アシスト通電量と呼ぶ)とは別に、ステアリング系の慣性トルクを補償するための慣性補償通電量を算出する技術が知られている(例えば、特許文献1参照)。そして、特許文献1の技術によれば、ECUは、基本アシスト通電量に慣性補償通電量を加算して通電量の指令値を求め、この指令値に基づいてアシストモータの通電量を制御する。
【0005】
ところで、EPSには、舵輪の操舵角を検出するセンサや、アシストモータのロータ回転角を検出するセンサを具備するものが多いので、ECUは、このような角度の検出値を用いて力学的に慣性トルクを算出することができる。そして、ECUは、角度の検出値を用いて算出した慣性トルクを用いて、慣性補償通電量を算出することができる。
【0006】
しかし、力学的に算出した慣性トルクに基づき慣性補償通電量を算出してアシストモータの通電量制御に利用しても、操作感性は必ずしも良好なものとはならず、最終的には、基本アシスト通電量や慣性補償通電量を算出するための各種パラメータをチューニングすることで操作感性を高めている。そして、このような操作感性の低下傾向は、例えば、コラムに舵角比可変機構を有するEPSのように、ステアリング系に強力な慣性トルクを及ぼす機構等が舵輪の近くに装備されている場合に著しい。
【0007】
なお、舵角比可変機構とは、舵輪の操舵角と転舵輪の舵角との比率(以下、舵角比と呼ぶ)をモータの出力により自在に可変するものであり(例えば、特許文献2、3参照)、例えば、車庫入れ等の低速運転時には、操舵角の変化量に対する舵角の変化量を大きくして転舵輪の回転を機敏に行えるようにしたり、高速運転時には、操舵角の変化量に対する舵角の変化量を小さくして舵輪の操舵に対する車両の安定性を高めたりするものである(以下、舵角比可変機構をVGTSと呼び、舵角比を可変するための出力を発生するモータを舵角比可変モータと呼ぶ)。
【特許文献1】特開2005−225420号公報
【特許文献2】特開2004−314767号公報
【特許文献3】特開2005−247214号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記の問題点を解決するためになされたものであり、その目的は、EPSのステアリング系で舵輪の近くに強い慣性トルクを及ぼす機構等が存在する場合でも、最終的なチューニング作業を行うことなく操作感性を改善できるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
〔請求項1の手段〕
請求項1に記載のEPSは、舵輪の操舵をアシストするための出力を発生するアシストモータと、舵輪と転舵輪との間で、舵輪に与えられたトルクの伝達経路(ステアリング系)の一部をなすシャフトと、シャフトに組み込まれ、舵輪側のシャフトと転舵輪側のシャフトとの相対回転変位量に応じて舵輪に与えられたトルクを検出するトルク検出手段と、トルク検出手段による検出値に応じて、アシストモータの通電量を制御する制御手段とを備え、アシストモータは、トルク検出手段よりも転舵輪側のステアリング系に慣性トルクの作用点を形成する。
【0010】
また、制御手段は、トルク検出手段による検出値(以下、トルク検出値と呼ぶ)に基づき、舵輪の操舵をアシストするための基本アシスト通電量を算出する基本アシスト量算出手段と、ステアリング系に作用する慣性トルクを補償するための慣性補償通電量を算出する慣性補償量算出手段と、基本アシスト通電量および慣性補償通電量の少なくとも2つの和を算出する加算手段と、加算手段の算出値を補正する補正手段とを有する。
【0011】
そして、補正手段は、ステアリング系に作用する慣性トルクの内、トルク検出手段よりも舵輪側のステアリング系に作用する慣性トルク(以下、舵輪側慣性トルクと呼ぶ)に応じて、基本アシスト通電量および慣性補償通電量の和に対する補正量を算出し、制御手段は、少なくとも加算手段の算出値に補正量を加算してアシストモータの通電量に対する指令値とする(なお、以下の説明では、転舵輪側のステアリング系に作用する慣性トルクを、転舵輪側慣性トルクと呼ぶ)。
【0012】
トルク検出手段は、舵輪側のシャフトと転舵輪側のシャフトとの相対回転変位量に応じてトルクを検出するという構造上の特徴を有する。そして、このトルク検出手段の構造上の特徴に起因して、舵輪側、転舵輪側慣性トルクは、それぞれ、トルク検出値に対して特異な影響を与えているものと考えられる。
【0013】
そして、舵輪側、転舵輪側慣性トルクがトルク検出値に対し、どのように特異な影響を与えているのか定かではないものの、この特異な影響に起因して、基本アシスト通電量と慣性補償通電量との間に相互干渉が発生し、操作感性低下の要因となっているものと考えられる。
【0014】
そこで、ステアリング系で舵輪の近くに強い慣性トルクを及ぼす機構等が存在する場合に顕著に操作感性が低下することに鑑み、主に、舵輪側慣性トルクがトルク検出値に与える影響に着目する。そして、基本アシスト通電量および慣性補償通電量の少なくとも2つの和の算出値を舵輪側慣性トルクに応じて補正する。
【0015】
これにより、基本アシスト通電量と慣性補償通電量との相互干渉を緩和できるので、EPSのステアリング系で舵輪の近くに強い慣性トルクを及ぼす機構等が存在する場合でも、最終的なチューニング作業を行うことなく操作感性を改善できる。
【0016】
〔請求項2の手段〕
請求項2に記載のEPSによれば、制御手段は、トルク検出手段による検出値とアシストモータの通電量に対する指令値との位相差を補償するための位相補償通電量を算出する位相補償量算出手段を有し、加算手段は、基本アシスト通電量、慣性補償通電量および位相補償通電量の少なくとも3つの和を算出する。そして、補正手段は、位相補償通電量に対する補正量を算出し、基本アシスト通電量および慣性補償通電量の和に対する補正量に加算して、加算手段の算出値に対する補正量とし、位相補償通電量に対する補正量を、基本アシスト通電量の算出条件に応じて算出する。
【0017】
上記の相互干渉を緩和するための検討において、トルク検出手段による検出値とアシストモータの通電量に対する指令値との位相差を補償する機能、つまり、EPSの制御系における入出力間の位相差を補償する機能(位相補償量算出手段)を制御手段に追加した場合、位相補償通電量は、基本アシスト通電量の算出条件に大きく影響を受けることが判明した。
【0018】
そこで、位相補償通電量を基本アシスト通電量の算出条件に応じて補正する機能を補正手段に追加する。これにより、EPSの制御系における入出力間の位相差補償に対する信頼性を高めることができる。
【0019】
〔請求項3の手段〕
請求項3に記載のEPSは、舵輪の操舵角と転舵輪の舵角との比率を可変するための出力を発生する舵角比可変モータを備え、舵角比可変モータは、トルク検出手段よりも舵輪側のステアリング系に慣性トルクの作用点を形成する。そして、補正手段は、舵角比可変モータの慣性トルクに応じて、基本アシスト通電量および慣性補償通電量の和に対する補正量を算出する。
この手段は、舵輪の近くでステアリング系に強い慣性トルクを及ぼす機構がVGTSであることを示すものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
最良の形態のEPSは、舵輪の操舵をアシストするための出力を発生するアシストモータと、舵輪と転舵輪との間で、舵輪に与えられたトルクの伝達経路(ステアリング系)の一部をなすシャフトと、シャフトに組み込まれ、舵輪側のシャフトと転舵輪側のシャフトとの相対回転変位量に応じて舵輪に与えられたトルクを検出するトルク検出手段と、トルク検出手段による検出値(トルク検出値)に応じて、アシストモータの通電量を制御する制御手段とを備え、アシストモータは、トルク検出手段よりも転舵輪側のステアリング系に慣性トルクの作用点を形成する。
【0021】
また、制御手段は、トルク検出値に基づき、舵輪の操舵をアシストするための基本アシスト通電量を算出する基本アシスト量算出手段と、ステアリング系に作用する慣性トルクを補償するための慣性補償通電量を算出する慣性補償量算出手段と、基本アシスト通電量および慣性補償通電量の少なくとも2つの和を算出する加算手段と、加算手段の算出値を補正する補正手段とを有する。
【0022】
そして、補正手段は、ステアリング系に作用する慣性トルクの内、トルク検出手段よりも舵輪側のステアリング系に作用する慣性トルク(舵輪側慣性トルク)に応じて、基本アシスト通電量および慣性補償通電量の和に対する補正量を算出し、制御手段は、少なくとも加算手段の算出値に補正量を加算してアシストモータの通電量に対する指令値とする。
【0023】
また、制御手段は、トルク検出手段による検出値とアシストモータの通電量に対する指令値との位相差を補償するための位相補償通電量を算出する位相補償量算出手段を有し、加算手段は、基本アシスト通電量、慣性補償通電量および位相補償通電量の少なくとも3つの和を算出する。そして、補正手段は、位相補償通電量に対する補正量を算出し、基本アシスト通電量および慣性補償通電量の和に対する補正量に加算して、加算手段の算出値に対する補正量とし、位相補償通電量に対する補正量を、基本アシスト通電量の算出条件に応じて算出する。
【0024】
さらに、最良の形態のEPSは、舵輪の操舵角と転舵輪の舵角との比率(舵角比)を可変するための出力を発生する舵角比可変モータを備え、舵角比可変モータは、トルク検出手段よりも舵輪側のステアリング系に慣性トルクの作用点を形成する。そして、補正手段は、舵角比可変モータの慣性トルクに応じて、基本アシスト通電量および慣性補償通電量の和に対する補正量を算出する。
【実施例】
【0025】
〔実施例の構成〕
実施例の電動パワーステアリング装置(EPS)1を図面に基づいて説明する。
EPS1は、
図1に示すように、アシストモータ2の出力により舵輪3の操舵をアシストするものであり、主として、乗員により舵輪3に与えられるトルクに基づき駆動制御されている。また、このトルクは、例えば、ステアリングシャフト(以下、シャフトと呼ぶ)4に組み込まれたトルクセンサ5により検出されて電子制御装置(ECU)6に出力され、ECU6は、トルクセンサ5による検出値(トルク検出値)等に応じて、アシストモータ2の通電量に対する指令値を算出している。
【0026】
すなわち、EPS1は、舵輪3の操舵をアシストするための出力を発生するアシストモータ2と、舵輪3と転舵輪7との間で、舵輪3に与えられたトルクの伝達経路(ステアリング系)の一部をなすシャフト4と、シャフト4に組み込まれ、舵輪3に与えられたトルクを検出するトルクセンサ5と、トルク検出値等に応じてアシストモータ2の通電量を制御するECU6とを備える。
【0027】
そして、舵輪3に与えられたトルクが、シャフト4およびラックアンドピニオン機構8等を介して転舵輪7に伝達され、転舵輪7が転舵される。また、アシストモータ2の出力が、トルクセンサ5よりも転舵輪7側のシャフト4に伝達され、さらにラックアンドピニオン機構8に伝達されて、転舵輪7の転舵、つまり舵輪3による操舵がアシストされる。
【0028】
トルクセンサ5は、
図2に示すように、舵輪3の操舵に応じて変化する磁束を発生する磁束発生手段12と、磁束発生手段12で発生した磁束、および所定の電源(図示せず)から与えられる印加電圧に応じて、電気的出力を発生する出力発生手段13とを有する。
【0029】
磁束発生手段12は、例えば、舵輪3側のシャフト4と一体的に回転する磁石14、転舵輪7側のシャフト4と一体的に回転するとともに、磁石14から生じる磁束を集める櫛歯状のヨーク15、軸方向両端がピン16により舵輪3側、転舵輪7側のシャフト4に係止され、舵輪3の操舵に応じて捩れるトーションバー17等により構成されている。
【0030】
出力発生手段13は、ヨーク15により集められた磁束に感磁するホール素子、ホール素子が感磁した磁束の磁束密度、および印加電圧に応じた電気的出力を発生する出力回路等により構成されるホールICである。
【0031】
このような構成により、トルクセンサ5では、舵輪3の操舵によりトーションバー17が捩れると、磁石14とヨーク15とが互いに相対変位するので、ホール素子が感磁する磁束の磁束密度が変化して、出力回路から発生する電気的出力が変化する。このため、トルクセンサ5は、舵輪3に与えられたトルクに応じた電気的出力を発生することができるので、結果的に、舵輪3側のシャフト4と転舵輪7側のシャフト4との相対回転変位量に応じて、舵輪3に与えられたトルクを検出することができる。
【0032】
また、EPS1は、
図1に示すように、舵輪3の操舵角と転舵輪7の舵角との比率(舵角比)を舵角比可変モータ20の出力により自在に可変する周知の舵角比可変機構(VGTS)21をコラムに備える。そして、VGTS21は、例えば、車庫入れ等の低速運転時には、操舵角の変化量に対する舵角の変化量を大きくして転舵輪7の回転を機敏に行えるようにしたり、高速運転時には、操舵角の変化量に対する舵角の変化量を小さくして舵輪3の操舵に対する車両の安定性を高めたりする。
【0033】
ECU6は、
図1および
図3に示すように、各種センサから電気的出力の入力を受けてアシストモータ2の通電量制御等の演算処理等を行うマイコン23、アシストモータ2の駆動回路24等により構成されている。また、マイコン23は、制御処理および演算処理を行うCPU、各種のデータおよびプログラム等を記憶するROMおよびRAM等の記憶装置、入力装置、ならびに出力装置等を含んで構成される周知構造を有する。
【0034】
そして、マイコン23は、各種センサから得られる電気的出力に基づいて、アシストモータ2の通電量制御に必要な各種の検出値を得るとともに,アシストモータ2の通電量に対する指令値を算出する。さらに、マイコン23は、算出した指令値に基づき、駆動回路24に与える制御信号を合成して出力する。この結果、アシストモータ2では指令値に応じた通電が行われ、トルク検出値に応じたアシストが行われる。
【0035】
次に、マイコン23によるアシストモータ2の通電量制御を、
図3に示すブロック線図を用いて詳細に説明する。なお、このアシストモータ2の通電量制御は、乗員による操舵のアシスト、および乗員の操作感性の向上を両立させることを目的として行われるものである。また、乗員の操作感性は、周知のリサージュ波形を利用して定量的に観察することができる。
【0036】
まず、マイコン23は、トルク検出値に基づき、舵輪3の操舵をアシストするための基本アシスト通電量を算出する基本アシスト量算出手段26と、ステアリング系に作用する慣性トルクを補償するための慣性補償通電量を算出する慣性補償量算出手段27と、トルク検出値とアシストモータ2の通電量に対する指令値との位相差を補償するための位相補償通電量を算出する位相補償量算出手段28と、基本アシスト通電量、慣性補償通電量および位相補償通電量の少なくとも3つの和を算出する加算手段29と、加算手段29の算出値を補正する補正手段30とを有する。
【0037】
基本アシスト量算出手段26は、乗員による舵輪3の操舵をアシストするための基本的な通電量として基本アシスト通電量を算出するものである。すなわち、乗員は、路面から受ける反力やステアリング系各部におけるクーロン摩擦力等に抗して、舵輪3を操舵し転舵輪7を転舵させる必要がある。そして、基本アシスト量算出手段26は、このような操舵に必要なトルクを軽減するためにアシストモータ2からステアリング系に付与すべきトルクに基づいて、基本アシスト通電量を算出する。
【0038】
すなわち、基本アシスト量算出手段26は、乗員が舵輪3を通じてステアリング系に与えたトルクを反映するトルク検出値に基づいて、操舵に必要なトルクを軽減するための基本アシスト通電量を算出する。そして、基本アシスト量算出手段26は、トルク検出値を所定の算出条件に当てはめることで、基本アシスト通電量を算出する。
【0039】
ここで、基本アシスト量算出手段26は、基本アシスト通電量の算出条件を、トルク検出値や、車速を検出する車速センサ33から得られる車速の検出値に応じて可変する。例えば、基本アシスト量算出手段26は、トルク検出値にパワーアシストゲインと称する係数を乗じることで、基本アシスト通電量を算出する。そして、基本アシスト量算出手段26は、パワーアシストゲインをトルク検出値や車速の検出値に応じて可変する。
【0040】
慣性補償量算出手段27は、ステアリング系に作用する慣性トルクを補償して操作感性を向上するための通電量として、慣性補償通電量を算出するものである。慣性補償量算出手段27は、ステアリング系に作用する慣性トルクを力学的に算出するとともに電流値に変換することで、慣性補償通電量を算出する。
【0041】
ここで、ステアリング系に作用する慣性トルクには、シャフト4を含むステアリング系自身の慣性トルク、舵角比可変モータ20の慣性トルク、およびアシストモータ2の慣性トルク等が含まれる。そして、これらの慣性トルクは、ステアリング系、舵角比可変モータ20またはアシストモータ2の回転角に関する情報、ステアリング系、舵角比可変モータ20およびアシストモータ2の慣性モーメント、舵角比可変モータ20およびアシストモータ2のギヤ比、ならびにVGTS21による舵角比等を用いて力学的に算出される。
【0042】
なお、回転角に関する情報には、例えば、舵輪3の操舵角を検出する操舵角センサ34から得られる検出値が用いられる。操舵角センサ34は、トルクセンサ5よりも舵輪3側のシャフト4に装備され、舵輪3側のシャフト4の回転角を検出することで舵輪3の操舵角を検出するものである。そして、操舵角センサ34から得られる検出値が、ステアリング系、舵角比可変モータ20およびアシストモータ2の慣性トルク算出に共通して用いられる。
【0043】
また、アシストモータ2の慣性トルクは、トルクセンサ5よりも転舵輪7側のステアリング系に作用しており、舵角比可変モータ20の慣性トルクは、トルクセンサ5よりも舵輪3側のステアリング系に作用している。
【0044】
位相補償量算出手段28は、トルク検出値とアシストモータ2の通電量に対する指令値との位相差を補償して操作感性を向上するための通電量として、位相補償通電量を算出するものである。すなわち、位相補償量算出手段28は、EPS1の制御系における入力としての「アシストモータ2の通電量に対する指令値」と、出力としての「トルク検出値」との間の伝達特性の位相差、つまり、EPS1の制御系における入出力間の位相差を補償するものである。
【0045】
そして、位相補償量算出手段28は、トルク検出値のラプラス変換に周知の位相進み補償要素を乗じてトルク検出値の位相を進ませたものを電流値に変換することで、位相補償通電量を算出する。
なお、位相補償量算出手段28は、EPS1の安定化を図るための一つの機能である。
【0046】
補正手段30は、操作感性を向上するために、基本アシスト通電量および慣性補償通電量の和に対する補正量(以下、第1補正量と呼ぶ)、ならびに位相補償通電量に対する補正量(以下、第2補正量と呼ぶ)を算出し、第1、第2補正量の和を、基本アシスト通電量、慣性補償通電量および位相補償通電量の3つの和に対する補正量とする。
【0047】
まず、第1補正量は、基本アシスト通電量と慣性補償通電量との間に相互干渉が発生しているものと考えて、この相互干渉の影響を除くことにより操作感性を向上させるために算出される。
【0048】
そこで、相互干渉の影響を考察するにあたり、舵輪3側のシャフト4と転舵輪7側のシャフト4との相対回転変位量に応じてトルクを検出する、というトルクセンサ5の構造上の特徴に着目する。そして、このような構造上の特徴に起因して、トルクセンサ5の舵輪3側のステアリング系に作用する慣性トルク(舵輪側慣性トルク)、および、転舵輪7側のステアリング系に作用する慣性トルク(転舵輪側慣性トルク)は、それぞれ、トルク検出値に対して特異な影響を与えているものと考える。
【0049】
そして、舵輪側、転舵輪側慣性トルクがトルク検出値に対し、どのように特異な影響を与えているのか定かではないものの、この特異な影響に起因して、基本アシスト通電量と慣性補償通電量との間に相互干渉が発生し、この相互干渉によって、操作感性が低下しているものと考える。
【0050】
また、ステアリング系で舵輪3の近くに強い慣性トルクを及ぼす機構等が存在する場合に顕著に操作感性が低下することに鑑み、主に、舵輪側慣性トルクがトルク検出値に与える影響に着目する。そして、舵輪側慣性トルクに応じて、基本アシスト通電量および慣性補償通電量の和を補正できるように、補正手段30を構成する。つまり、舵輪側慣性トルクに応じて第1補正量を算出するように補正手段30を構成する。
【0051】
なお、第1補正量の値は、ステアリング系における慣性トルクを含むトルクバランスに基づいて数式を立て、力学的に算出するようにしてもよく、マップデータとして記憶しておいてもよい。
【0052】
そして、EPS1では、舵角比可変モータ20がトルクセンサ5よりも舵輪3側のステアリング系に慣性トルクの作用点を形成しており、舵角比可変モータ20の慣性トルクが舵輪側慣性トルクの大部分を占めているものと考えられる。このため、補正手段30は、舵角比可変モータ20の慣性トルクに応じて第1補正量を算出するように構成されている。また、舵角比可変モータ20の慣性トルクは、慣性補償量算出手段27と同様に、回転角に関する情報を利用して力学的に算出することができる。
【0053】
次に、第2補正量は、位相補償通電量が基本アシスト通電量の算出条件(例えば、パワーアシストゲインの値)に大きく影響を受けることに鑑み、位相補償通電量を基本アシスト通電量の算出条件に応じて補正するために算出される。
なお、第2補正量の値は、ステアリング系における慣性トルクを含むトルクバランスに基づいて数式を立て、力学的に算出するようにしてもよく、マップデータとして記憶しておいてもよい。
【0054】
〔実施例の効果〕
実施例のEPS1によれば、アシストモータ2は、トルクセンサ5よりも転舵輪7側のステアリング系に慣性トルクの作用点を形成し、舵角比可変モータ20は、トルクセンサ5よりも舵輪3側のステアリング系に慣性トルクの作用点を形成する。また、ECU6のマイコン23は、トルク検出値に基づき、舵輪3の操舵をアシストするための基本アシスト通電量を算出する基本アシスト量算出手段26と、ステアリング系に作用する慣性トルクを補償するための慣性補償通電量を算出する慣性補償量算出手段27と、基本アシスト通電量および慣性補償通電量の2つの和を補正するための第1補正量を算出する補正手段30とを有する。
【0055】
そして、補正手段30は、ステアリング系に作用する慣性トルクの内、舵輪側慣性トルクの大部分を占める舵角比可変モータ20の慣性トルクに応じて第1補正量を算出し、マイコン23は、加算手段29の算出値に第1補正量を加算する。
これにより、トルクセンサ5の構造上の特徴に起因する基本アシスト通電量と慣性補償通電量との相互干渉を緩和できるので、EPS1のステアリング系で舵輪3の近くに強い慣性トルクを及ぼすVGTS21が存在する場合でも、最終的なチューニング作業を行うことなく操作感性を改善できる。
【0056】
また、マイコン23は、トルク検出値とアシストモータ2の通電量に対する指令値との位相差を補償するための位相補償通電量を算出する位相補償量算出手段28を有し、補正手段30は、位相補償通電量を補正するための第2補正量を算出する。そして、補正手段30は、基本アシスト通電量の算出条件に応じて第2補正量を算出し、マイコン23は、加算手段29の算出値に第1補正量と併せて第2補正量を加算する。
【0057】
位相補償通電量は、基本アシスト通電量の算出条件に大きく影響を受ける。そこで、補正手段30は、位相補償通電量を基本アシスト通電量の算出条件に応じて補正するための第2補正量を算出し、マイコン23は、加算手段29の算出値に第1補正量と併せて第2補正量を加算する。これにより、EPS1の制御系における入出力間の位相差補償に対する信頼性を高めることができる。
【0058】
〔変形例〕
実施例のEPS1によれば、回転角に関する情報として、操舵角センサ34から得られる検出値が用いられ、操舵角センサ34から得られる検出値に応じて慣性トルクが算出されていたが、このような態様に限定されない。例えば、EPS1に、アシストモータ2の回転角や舵角比可変モータ20の回転角を検出するセンサを装備して、アシストモータ2の回転角や舵角比可変モータ20の回転角に応じて慣性トルクを算出してもよい。また、トルクセンサ5よりも転舵輪7側のシャフト4に回転角を検出するセンサを装備し、転舵輪7側のシャフト4の回転角の検出値を、慣性トルクの算出に用いてもよい。
【0059】
また、実施例のEPS1によれば、マイコン23は、位相補償量算出手段28の機能を有し、補正手段30は、位相補償通電量を補正していたが、操作感性の状態に応じて、位相補償通電量の補正機能や位相補償量算出手段28の機能をマイコン23から除いてもよい。
【0060】
また、実施例のEPS1によれば、マイコン23は、EPS1の安定化を図るための一つの機能として位相補償量算出手段28を有していたが、EPS1の安定化を図るための機能は、位相補償量算出手段28に限定されない。例えば、EPS1の安定化を図るための機能として、EPS1の共振による振動を除くための通電量を算出する手段を、マイコン23に追加してもよい。
【0061】
また、実施例のEPS1によれば、舵輪側慣性トルクは、舵角比可変モータ20の慣性トルクとして算出されたが、舵角比可変モータ20以外に、トルクセンサ5の舵輪3側のステアリング系に強力な慣性トルクを及ぼす機器等が存在すれば、このような機器等の慣性トルクを舵輪側慣性トルクに含めてもよい。また、舵角比可変モータ20の慣性トルクが、トルクセンサ5の舵輪3側のステアリング系に慣性トルクを及ぼさない場合でも、補正手段30の機能により、操作感性を高めることができる。
【0062】
さらに、実施例のEPS1によれば、アシストモータ2は、トルクセンサ5よりも転舵輪7側のシャフト4に出力を伝達するものであったが、トルクセンサ5よりも転舵輪7側のステアリング系に慣性トルクの作用点を形成するのであれば、アシストモータ2の配置は特に限定されない。例えば、ラックアンドピニオン機構8のラックまたはピニオンに出力を伝達するように、アシストモータ2を配してもよく、ラックのボールスクリュー部に出力を伝達するように、アシストモータ2を配してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【
図1】電動パワーステアリング装置の構成図である。
【
図3】電動パワーステアリング装置のブロック線図である。
【0064】
1 EPS(電動パワーステアリング装置)
2 アシストモータ
3 舵輪
4 シャフト
5 トルクセンサ(トルク検出手段)
7 転舵輪
20 舵角比可変モータ
23 マイコン(制御手段)
26 基本アシスト量算出手段
27 慣性補償量算出手段
28 位相補償量算出手段
29 加算手段
30 補正手段