(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の解決課題を説明するために、
図1にTEMにおける結像過程を示す。同図の(a)に示すように、観察試料1に対して照射された電子線2は、試料の影響を受けて散乱した散乱波の電子線3と、試料による影響を受けずに透過した非散乱波の電子線4に分かれる。これら電子線は対物レンズ5、後焦点面6を経由し、像面9に結像される。
図1の(b)は後焦点面6を光軸10に垂直な面で示した、回折図形とも呼ばれる図を示す。この後焦点面では非散乱波4は光軸上の一点に収束し点光源像である非散乱波スポット8を結ぶ。同様に、等しい角度で散乱した散乱波3は散乱角度によって定まる後焦点面6上の一点に収束し、点光源像である散乱波スポット7を形成する。このように、後焦点面では散乱波と非散乱波とが分離する。
【0006】
TEMの像コントラストを構成する要素の一つとして、位相コントラストと呼ばれるものがある。これは対物レンズの収差や焦点ずれによって生じる散乱波と非散乱波との間の位相差を利用して得られるものである。この散乱波と非散乱波との間の位相差について説明する。
【0007】
電子線の波長をλ、試料が持つ構造の大きさをdとすると、
図1の(a)内のαで示す散乱角度は下式のように表される。
【0008】
【数1】
加速電圧100kV(波長λ=3.7pm)、dがおよそ10nmの場合を例に挙げると、αは10
-4rad程度となる。対物レンズの焦点距離f=3mmの場合、後焦点面6上の散乱波スポット7と非散乱波スポット8間の距離r は、下式のように示され、その値はおよそ1μmとなる。
【0009】
【数2】
対物レンズが収差や焦点ずれを持つ場合、レンズに入射した電子線はその角度に応じて異なる光路を通過するため、結果として散乱波と非散乱波の間に光路差が生じる。この光路差をχ(α)とすると、下式のように表される。ここで、Csは対物レンズの球面収差係数,・f は焦点ずれ量 (under focus側を正)とする(非特許文献1参照)
【0010】
【数3】
【0011】
位相コントラストはこの光路差χ(α)を用いて下式のように表される位相コントラスト伝達関数PCTF(α)によって結像される。ここで、観察像は位相コントラスト伝達関数よる変調を受けたものとなる。
【0012】
【数4】
【0013】
αが小さな領域においては光路差χ(α)の値が小さくなるため、この位相コントラスト伝達関数は小さな値となる。このことから、試料の持つ構造の大きさdが大きいほどαの値は小さくなるため、情報が伝達されにくくなる。すなわち、大きな構造ほどコントラストを得ることが難しくなる。
【0014】
特に、生体組織・高分子材料といった試料の場合は上記のケースに良く当てはまる。こうした試料の殆どは電子線との相互作用が弱い軽元素から構成され、大きさも数nm以上となるものが多いため、高いコントラストでの観察が困難である。重元素による試料の染色が適用される場合も多いが、染色法には染色そのものによる試料の変質などの課題も抱えており、試料をありのままの状態(in-vivo)で観察する手法が求められていた。
【0015】
そこで、上述した光路差を制御するための位相板と呼ばれる光学素子を、対物レンズの後焦点面、もしくはその近傍に配置する手法が数々開発されてきた。位相板を用いる事で回折角度αが小さな散乱波についても光路差を与える事が可能となるため、これによって高コントラストでの観察が実現される。
【0016】
しかしながら、従来の位相板については、下記に示すような長所短所を有している。特許文献1では直径1μm程度の開口を設けた非晶質薄膜を後焦点面に設置し、薄膜の膜厚の調整によって非散乱波・散乱波間の光路差・を制御することが可能であり、これを利用することで像コントラストの改善が可能となる。しかし、散乱波が薄膜を通過する際の減衰が大きい場合、その軽減対策としては照射電子線の高加速化があるが、加速電圧に反比例して散乱角度が小さくなる事により位相板の設計が困難になるなどの副次的課題を有している。
【0017】
また、特許文献2では、
図2に示すような環状電極を用いた位相板が提案されている。環状電極は光軸と対面する環内側の面を除いて、表面を絶縁体を介して導体で覆った構造となっている。しかし、環状電極を用いた場合、電極内径r
inと電極外径r
outの間の角度へ散乱した電子線は、環状電極によってすべて遮られてしまうため、観察像からは試料構造に関する一部の情報がすべての方向において欠落してしまう。
【0018】
そこで特許文献3では、
図3に示すように、位相を制御するための電極を環状ではなく1本の棒状とし、これを非散乱波スポット8(
図3のA部分)の近傍へ伸ばしている。この位相板は、非散乱波スポット8の近傍へ伸ばされた一本の電極先端から電位を発生させ、散乱波と非散乱波の間に位相差を得る。しかし、
図3のB1、B2の二つの散乱波スポットはそれぞれ電極先端からの距離が異なるため、異なる量の位相変化を受ける。すなわち、位相板によって形成される電位分布が非散乱波スポット8に対して異方的な分布となるため、得られる像に歪みが加わり、空間分解能や像質の劣化に繋がる。
【0019】
また、磁性を利用した位相板として特許文献4に示す報告例がある。これらは環状磁性体中に磁束を閉じ込め、環内外におけるベクトルポテンシャルの差を利用して位相差を付与する。絶縁体を用いない点が長所であるが、位相変化量の制御が困難であるほか、環状の磁性体による散乱波の遮断の問題は依然として存在している。
【0020】
本発明目的は、上記の課題を鑑み、電子線の遮断による像情報の欠落の問題を低減し、かつ電位分布が異方的となる問題を改善することが可能な電子顕微鏡用の位相板を提供することにある。
【0021】
また、本発明の他の目的は、前記位相板を備えた電子顕微鏡を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明においては、上記の目的を達成するため、電子顕微鏡に用いる位相板であって、一つながりの開口部と、開口部内に、開口部外周部から開口部中心へ向かう複数の電極とを備え、複数の電極は、導体もしくは半導体からなる電圧印加層を、絶縁体を介して、導体もしくは半導体からなるシールド層で被覆した構造を有する位相板を提供する。
【0023】
また、本発明においては、上記の目的を達成するため、電子顕微鏡に用いる位相板であって、開口部と、開口部内に、開口部外周部から開口部中心へ向かう複数の電極とを備え、複数の電極は、導体もしくは半導体からなる電圧印加層を、絶縁体を介して、導体もしくは半導体からなるシールド層で被覆した構造を有し、複数の電極の電圧印加層は、相互に電気的に独立している位相板を提供する。
【0024】
更に、本発明においては、上記の目的を達成するため、電子線により試料を観察する電子顕微鏡であって、電子線の光源と、光源から放出される電子線を試料に照射するための照射光学系と、試料の像を結像するためのレンズ系と、試料からの電子線に位相差を与える位相板と、電子顕微鏡を制御する制御部と、制御部に接続され、試料の観察像を表示するため表示部とを備え、位相板は、一つながりの開口部と、開口部内に、開口部外周部から開口部中心へ向かう複数の電極とを備え、複数の電極は、導体もしくは半導体からなる電圧印加層を、絶縁体を介して、導体もしくは半導体からなるシールド層で被覆した構造を有する電子顕微鏡を提供する。
【発明の効果】
【0025】
本発明により、電子線の遮断を低減し、電位分布が異方的となる問題の改善を可能とした位相板を提供することができる。また、その位相板を備えた電子顕微鏡、および電子顕微鏡を用いた位相板制御方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の各種の実施形態を図面に従い説明する。
【実施例1】
【0028】
第1の実施例として、電子線の遮断による像情報の欠落の問題を低減し、かつ電位分布が異方的となる問題を改善することが可能な位相板の構造を示す。位相板は対物レンズ後焦点面近傍に設置して使用されるため、電子顕微鏡の対物絞り板と可換な形状とし、対物可動絞りホルダーに取り付ける事でTEMに容易に組み込むことが可能となる。
【0029】
図5は、本実施例に係わる位相板21を構成する各層を模式的に示した図である。位相板は、対物絞り板16の上に、電極を構成する多層膜12〜15、19を持った構造となっている。電圧を印加するための電圧印加層14を絶縁層13、15で挟み、さらにその表面をシールド層12、19で覆った構造を持つ。対物絞り板16には位相板の開口部作製用孔17が設けられており、破線20で示す開口部作製位置へ位相板の開口部及び電極が作製される。また、完成した位相板は固定用孔18を用いて対物絞りホルダーへ固定された上で使用される。電圧印加層14、シールド層12,19の構成材料は例えばAu, Al, Ti, Cu, Pt, Pd, Si, Geなどの材料が利用可能である。絶縁層13、15を構成する材料は代表的な例としてSiO
2が挙げられるほかSiN, Al
2O
3などの材料であっても問題ない。製膜は抵抗加熱式真空蒸着装置を用いて行う事が出来るほか、電子ビーム加熱式蒸着、CVD(Chemical Vapor Deposition)、スパッタなどを用いて行う事も可能である。開口部や開口部外郭に形成する棒状電極の加工手段は集束イオンビームのほか、リソグラフィやエッチングを用いて行う事も可能である。
【0030】
図6A、
図6Bは、本実施例の位相板の一例を示す図である。
図6Aの(a)は位相板の概観を、同図の(b)は、(a)中に破線で囲った領域22の部分を拡大したものを、同図の(c)は、(b)中に破線(A-A)で示す部分の断面構造を、同図の(d)は、(b)中に破線(B-B)で示す部分の断面構造を示している。また、
図6Bの(e)は、同
図6Aの(b)と同じ領域22の斜視図を、
図6Bの(f)は、(e)を構成する各層の構造を示した斜視図を示している。
【0031】
図6Aの(a)は前述の手順に従って対物絞り板上に作製した位相板21の概観図であり、同図の(b)に示ように、直径50μm程度の一つながりの円形開口部23が設けられており、開口部23外郭から中心へ向かって伸びる棒状の電極11を複数持つが、開口部23は一つに繋がった状態を維持している。
【0032】
そして、同図の(c)に示すように、電極11の内部には、導体もしくは半導体で構成された電圧印加層24があり、その周囲を絶縁層25が囲み電気的に隔離する。さらに、その表面を導体もしくは半導体で構成されたシールド層26が覆う構造としている。電圧印加層24には電圧が印加され、シールド層26は電気的に接地される。
【0033】
図6Bの(e)、(f)に示すように、計5層の構成となっており、シールド層26、絶縁層25、電圧印加層24、絶縁層25、シールド層26の順に積層されている。電圧印加層24はシールド層26に覆われているため電極先端においてのみ露出する構造となっており、電圧を印加すると電極先端から周囲に対して電位が形成される。
【0034】
このような本実施例の位相板の構造に見るように、複数本の電極11が開口部23中心を取り囲む構造とすることで大きく二つの利点が得られる。
【0035】
一つ目の利点は、上述の特許文献2に示す位相板が有していた電子線遮断の問題が低減される点である。環状電極を持たず、開口部23が一つに繋がっていることにより、特定の大きさに関する試料構造の情報が全て失われてしまうという問題を回避することができる。
【0036】
また、電極の配置は非散乱波スポット8を挟んで対称とならないことが望ましい。後焦点面において電子線は非散乱波スポット8を中心として複素共役な分布となっており、非散乱波を挟んで対称な位置を通過する共役な電子線は試料構造に関して同じ情報を持つ補完的な関係にある。そのため、対称な位置に配置された電極によって複素共役な散乱波が共に遮られた場合、これらに相当する情報は得られる画像から完全に欠落することになる。このような情報の欠落を回避し、かつ対称的な電位分布を得る目的では奇数本の電極を回転対称に配置することが適当であると言える。この方式の例として3本の電極を3回対称に配置した例を
図4に模式的に示した。
【0037】
二つ目の利点は、位相板が形成する電位が非散乱波スポットに対して異方的な分布となることによって観察像が歪む問題が低減される点である。この点に関して、本実施例では、
図4に示すように、非散乱波が通過する開口部中心を複数の電極が囲む構造とすることにより、非散乱波スポットに対して等方的な電位を形成し、共役な散乱波に同量の位相変調を与えることが可能となるため、像の歪みを低減することができる。
【0038】
また、電極が電子線に照射され続けることによる位相板電極の帯電・汚れも電位分布を異方的にする要因となり得る。帯電は特に絶縁体が露出した部分において顕著であり、周囲への不要な電位形成を引き起こす。汚れの付着は位相板電極の絶縁抵抗の低下、電極からの電位形成の阻害といった悪影響を及ぼす。これらは位相板の形成する電位分布を異方的なものし、像を歪ませるほか、付与される位相変化量が変動するといった問題にも繋がる。
【0039】
こうした問題に対しても、
図3に示すように環状電極を廃し、電極を分離させた構造とすることによって、絶縁体の露出する面積を減らし帯電の問題を低減する事が可能である。さらに、それぞれの電圧印加層を電極ごとに電気的に独立した構造とし、各電極へ印加する電圧の大きさを個別に制御することで電位分布の異方性を補正する事も可能となる。このような位相板については、次の実施例2で詳しく述べる。
【実施例2】
【0040】
第2の実施例は、電極内部の電圧印加層が、電気的に独立した構造を持つ位相板の構造に関するものである。
図7は、第2の実施例の位相板の各電極11内部の電圧印加層24が、それぞれ電気的に独立した構造を持つ位相板の電極周辺領域22を示した図である。
図7の(a)は斜視図、
図7の(b)は、(a)を構成する各層の構造を模式的に示したものである。
【0041】
同図に示すように、実施例1の位相板と同様に、直径50μm程度の開口部23の外郭から中心へ向かって伸びる複数の電極11を持つ。本実施例においても、開口部23は一つに繋がった状態を保っている。しかし、電極11の中心に電圧印加層24があり、電圧印加層24の周囲を絶縁層25が囲み電気的に隔離する。さらに、その表面を導体もしくは半導体で構成されたシールド層26が覆う構造となっている。シールド層26は電気的には接地され、電圧印加層24には電圧が印加される。開口部中心へ伸びた電極は先端のみ断面構造が露出した構造となっており、これにより電極先端に露出した電圧印加層から開口部中心に対して電位が形成される点についても、実施例1と同様である。
【0042】
実施例1と異なる点は、各電極11の内部に作られた電圧印加層24が、それぞれ絶縁層25によって電気的に隔絶されており、各電極に印加する電圧を個別に調整可能である点である。これにより、開口部内に形成される電位分布に異方性を生じた場合の補正が可能となる。
【0043】
本実施例における電圧印加層24、シールド層26の構成材料は、例えばAu, Al, Ti, Cu, Pt, Pd, Si, Geなどの材料が利用可能である。絶縁層25を構成する材料としては、代表的な例としてSiO
2が挙げられる他、SiN, Al
2O
3などの材料であっても問題ない。製膜に用いる装置は抵抗加熱式真空蒸着に限るわけではなく、電子ビーム加熱式蒸着、CVD、スパッタなどを用いても良く、開口部や開口部外郭に形成する棒状電極の加工手段は集束イオンビームのほか、リソグラフィやエッチングも含まれる。
【0044】
図8A、8Bは、実施例2の各電極内部の電圧印加層がそれぞれ電気的に独立した構造を持つ位相板の一例である。
図8Aの(a)は位相板を表から見た斜視図を示したものである。支持母財78の上に絶縁体によって作られた絶縁層25が形成されており、その上に電気的に独立したそれぞれの電極に対して電圧を印加するための電圧印加層24が導体によって形成された構造となっている。位相板の電極を形成する開口部23を持ち、その周囲はシールド層26で覆われた構造となっている。導体を構成する材料としてはAu, Al, Ti, Cu, Pt, Pdなどを用いる事が可能であり、絶縁体を構成する材料としてはSiO
2, SiN, Al
2O
3などを用いる事が可能である。支持母材としてはSi, Geなどのほか、Mo, W, Cu, Ti, Fe, Al, SiO
2といった材料が考えられる。
【0045】
図8Aの(b)は位相板を裏面から見た斜視図を示したものである。支持母財78の一部はシールド層26で覆われており、開口部23の周辺は周囲よりも薄い構造となっている。
図8Aの(c)は位相板を構成する各層を表から裏まで順に示したものである。最も上の図が表面の層、最も下の図が裏面の層にそれぞれ対応する。
図8Aの(d)は、(c)中に破線で囲った電極周辺の領域77部分を拡大したものである。開口部23に各電圧印加層24が集まった構造となっており、それぞれの電圧印加層は各電極へ繋がっている。
図8Aの(d)から明らかな様に、開口部23は、やはり電子線の光軸部で一つに繋がった状態を維持している。
【0046】
図8Bの(e)は位相板を表面から見た図であり、図中破線部C-C、D-D、E-E部分の断面構造を示したものがそれぞれ
図8Bの(f), (g), (h)に対応する。
図8Bの(i)は位相板を対物絞り板上に固定する様子を示した図である。このような形態を取ることにより、位相板を対物絞り板と可換なものとし、対物絞りホルダーへ取りつけて使用することが可能となる。
図8Bの(j)は位相板素子自体に固定用孔18を設けた場合の図である。このような構成をすることによっても位相板を対物絞り板と可換な形状とすることが可能となる。
図8Bの(k)は位相板の各電極に対して独立した電圧を印加するための構成例を示した図である。シールド層26は接地電位とし、接地電位に対して直流電位を持った電源から可変抵抗を用いて分圧した異なる複数の電位を各電圧印加層に対して印加する構成となっている。このような構成とすることにより、一つの電源から複数の電位を生成し、印加することが可能となる。
【実施例3】
【0047】
第3の実施例は、電極内部に電圧印加層を複数持つ位相板の構成に関する。
図9に示す位相板の構造は、実施例2の構造と概ね同じ構造であるが、シールド層26で覆われた電極11の内部に電圧印加層24が分離して形成されていることを特徴とする位相板を構成する各層の構造を示す斜視図である。
図9の(a)では一つの電極11の内部において電圧印加層24が二つに分離している例を示している。他の例として、
図9の(b)に示すように一つの電極11の内部において電圧印加層24が複数層にわたって積層された構造によっても本実施例を実現することは可能である。
【0048】
任意の電圧印加層24へ電圧を印加し、他の電圧印加層24は接地電位とすることで、実施例2に示した位相板と同等の使い方が可能であるほか、それぞれの電圧印加層24へ異なる電圧を印加することにより、形成電位をより細かく制御することが可能となる。また、このような構造により一部の電圧印加層24とシールド層26の間の絶縁が失われた場合においても他の電圧印加層24を代替として用いる事によって位相板を引き続き使用することが可能となり、位相板の長寿命化へも繋がる。
【実施例4】
【0049】
次に、実施例4として、上述した実施例1〜実施例3に示す位相板の変形形状に関する実施例を示す。本変形実施例の代表的な例を
図10に示す。特に電極11の太さは一様である必要はなく、
図10の(a)のように開口部外郭部では太く、開口部中心に向かうに従い、その幅が細くなる形状となっていても良い。位相板の電極11は光軸に垂直な後焦点面内において開口部中心に対して対称な位置へ配置されることが重要であるが、
図10の(a)のような構造とすることで電極11の機械的強度が増し、個々の電極11が後焦点面内から上下方向、もしくは左右方向にずれることを防ぐ効果が得られる。
図10の(b)は異なる例を示した。同図に見るように、電極11の形状は直線状である必要はなく、湾曲した形を持つ、湾曲状の電極が開口部中心へ向かう形状であっても良い。
【実施例5】
【0050】
実施例5は、位相板の電気的特性を計測するための構成の一例に関するものである。位相板電極は電圧印加層24とシールド層26で絶縁層25を挟んだ構造であるため、電圧印加層24とシールド層26の間にはインピーダンスが存在する。これに対して、
図11のように位相板へ基準抵抗器29及び電源28を接続することによってこのインピーダンスの値を計測することができる。このインピーダンスの値は電極先端に付着物27が付着した場合に変化をするため、位相板の各電極11のインピーダンスの値をそれぞれ計測することにより、各電極先端の状態を把握する事が可能となる。この際、位相板へ接続する電源28は交流電源、直流電源どちらを使用しても良い。さらに本実施例による応用の一つとして、電極へ電圧を印加する事による電極先端からの放電や発熱を利用し、電極への付着物を除去する手法についても考えられる。
【実施例6】
【0051】
実施例6は、上述してきた各種の位相板を電子顕微鏡に適用する場合のシステム構成の一例を示すものである。
図12は、実施例1〜実施例4に示した位相板をTEMに搭載し、開口部中心の電位分布の調整を行う機能を備えたシステム構成を示した図である。
【0052】
図12において、電子源30から電子線27が放出され、照射系レンズ31を経由し観察試料1へ照射される。観察試料1を透過した電子線は対物レンズ5、拡大レンズ32を経て蛍光板33に結像する。位相板21は、位相板21を微動するための対物絞り微動機構34へ取り付けられ、対物レンズ5の後焦点面6へ設置される。位相板21への印加電圧は、制御装置35を介して計算機36によって制御される。制御装置35は、照射系レンズ31や拡大レンズ32等の電子光学系も含め、電子顕微鏡の動作全体を制御する。なお、本明細書において、制御装置35と計算機36を総称して制御部と呼ぶ場合がある。
【0053】
オペレータは、表示部である表示装置38に表示されたGUI(Graphical User Interface)としての制御画面を参照しながら入力装置37を操作し、計算機36を使用する。計算機36は、通常のコンピュータ構成を備え、処理部を構成する中央処理部(Central Processing Unit:CPU)と、CPUで実行される各種のプログラムや各種のデータを記憶する記憶部であるメモリや、入力装置37や表示装置38につながる入出力インタフェース部等から構成されている。
【0054】
図13は、
図12の表示装置38に表示される制御画面の一例を示している。制御画面39にはTEMから取得された実空間画像41の他、制御部中のCPU等の処理部で得られる、実空間画像41をフーリエ変換したディフラクトグラム(diffractgram)と呼ばれるパターン40が表示される。このdiffractgramは実空間画像41に含まれる周波数情報を表しており、位相板電極による電子線の遮断によって情報が欠落した部分は電極の影52として現れる。また、diffractgram中に現れる明暗の環53は散乱波と非散乱波の間の位相差によって現れたものであり、散乱波が非散乱波に対して等方的な位相変化を受けている場合には真円、異方的な位相変化を受けている場合には歪んだ形となる。そのため、明暗の環53の歪み量を測定することによって、上述した実施例の位相板が与える位相変化の異方性を判断する事が可能となる。
【0055】
また、
図13の42は像の歪み量に関する情報を表示する領域、43は各電極への印加電圧を表す領域、44は位相板への電圧印加(オン、オフ)を切り替えるボタン、45は電極への印加電圧の基準値を入力する欄、46は印加電圧を調整する際の調整幅の入力欄、47は印加電圧の自動調整を実行するボタン、48は印加電圧の自動調整の詳細を設定するボタン、49は各電極への印加電圧をそれぞれ入力する欄、50は入力した印加電圧の値を制御装置へ設定するボタン、51は像の歪み量の測定を実行するボタン、74は全ての電極への印加電圧を一様な割合で変化させるスライダー、75は印加電圧の変化割合を入力する欄を示す。
【実施例7】
【0056】
第7の実施例として、実施例6の開口部中心の電位分布の調整を行う機能を備えたシステムにおいて、想定される位相板調整の手順について説明する。なお、この手順は、上述のGUIである入出力部を利用したユーザからの入力指示等に基づき、計算機36が実行する各種のプログラムの処理によって実現されるものである。
【0057】
パターン40のdiffractgram中の明暗環53が歪む場合、二つの要因が考えられる。
i).電極11が形成する電位分布は開口部23の中心に対して等方的であるが、非散乱波スポット8の位置が位相板開口部23の中心から外れている。
ii).非散乱波スポット8の位置は位相板開口部23の中心と一致しているが、電極11の形成する電位分布が開口部23の中心に対して等方的となっていない。
【0058】
<手順1>
i)の場合の調整手順を
図14のフローチャートに沿って説明する。まず初めにTEMから像を取得し(54)、フーリエ変換を行い(55)、パターン40としてdiffractgramを取得する。diffractgramに現れる電極の影52の位置を測定し、電極の影52の中心とdiffractgramの中心との差(以下、偏心量と呼ぶ)を評価する(56)。偏心量が比較的大きな値(例えば0.5nm
-1以上)の場合(57)、制御装置35から微動機構34へ制御信号が送られ、偏心量を小さくする方向へ位相板21の位置を機械的に移動させる(58)。このような偏心量の計測と位相板の移動を繰り返し、偏心量が比較的小さな値(例えば0.5nm
-1以下)となった場合(59)、位相板21の機械的な制御は行わず、TEMの偏向コイル76を制御することで電子線の調整が行われる(60)。さらに電子線の調整を繰り返し、偏心量が閾値(0.05nm
-1以下)となった時点で調整は停止する。
【0059】
<手順2>
ii)の場合、位相板の各電極11へ印加する電圧を調整し、位相板の形成する電位分布の異方性を補正する。この調整では電極への印加電圧を所定の電圧幅の中で変動させ、明暗の環53の歪み量が最も小さくなる印加電圧の値を求める作業を繰り返す。一例として、印加電圧を変動させる電圧幅は、
図13に示す調整画面において基準電圧の入力欄45に入力された値をV
ref、調整幅の入力欄46に入力された値をV
adjとした場合、V
ref−V
adjからV
ref+V
adjまでの電圧幅とすることができる。
【0060】
調整の手順を、
図15のフローチャートに沿って説明する。まず任意の電極へ印加する電圧を下限値(V
ref−V
adj)へ設定する(62)。次にTEMから像を取得し(63)、フーリエ変換を行い(64)像の歪み量を評価する(65)。この評価を印加電圧を上限値(V
ref+V
adj)まで段階を追って増加させながら繰り返すことにより(66,67,68)、
図16に示すような印加電圧と歪み量の関係が得られる。この関係において最も歪み量が小さくなる値をV
minとし(69)、これを電極への印加電圧として設定する(70)。ここで歪み量が閾値を上回るようであれば更に他の電極についても同様の調整を行う(72)。各電極に対して調整を繰り返し、歪み量が閾値を下回った段階で調整を終了する(73)。ここで前述の歪み量および閾値の例として、歪み量として明暗の環の楕円率を用い、閾値を楕円率1.2とする例が挙げられる。またその他の例として、歪み量として明暗の環53のうち任意のものを二つの幾何学的同心円で挟んだ際の内外の円の半径の比を用い、閾値を外側の円半径:内側の円半径=5:4とする例も挙げられる。
【0061】
上述の手順1、手順2を順に実行する事により、自動的に位相板が与える位相変調を非散乱波に対して等方的なものへ調整する事が可能である。これを目的として、オペレータは
図13の自動調整ボタン47を選択する事により、一連の処理を実行することができる。
【実施例8】
【0062】
また、実施例7に記した手順2については別の実施形態も考えられる。実施例8として、これを手順3として説明する。
【0063】
<手順3>
位相板が形成する電位分布の異方性は、各電極へ印加される電圧のバランスによって変化する。そのため、構成電極のうち1本は電位を固定し、残りの電極への印加電圧を変化させることによって様々な電圧のバランスを検証する事が可能である。このような検証の例として、基準となる印加電圧をV
ref、電圧を変化させる量をV
adjとした場合、各電極への印加電圧をV
ref−V
adj, V
ref, V
ref+V
adjの3段階とする例が挙げられる。この場合に定義される各電極への印加電圧の組み合わせ条件をテーブルにしたものが
図18である。これは3本の電極を持つ位相板において、一本の電極への印加電圧V
1をV
refに固定し、残りの二本の電極への印加電圧V
2,V
3それぞれをV
ref−V
adj, V
ref, V
ref+V
adjの3段階に変化させる場合に考えられる計9種類の組み合わせである。
【0064】
調整の手順は
図17に示すような流れとなる。これは手順2と同様にTEMからの像取得(63)、フーリエ変換(64)、歪み量の評価(65)、印加電圧と歪み量の関係を記録(66)という処理を、
図18に示す各条件を用いて行う(74、75)。評価を行った各条件の中で、最も歪み量が小さくなる条件を決定し(69)、位相板へ設定する(70)。この条件における歪み量が閾値よりも大きい場合、電圧変化量V
adjを変更した上で(76)再度調整を繰り返し、最終的に歪み量が閾値よりも小さくなった段階で調整を終了する。調整の際に用いる各印加電圧の組み合わせ条件については、
図18に示す組み合わせのほか、V
2もしくはV
3の電位を一定とした組み合わせでも良く、また各電極への印加電圧をより多くの段階に変化させても良く、さらに補間計算を用いる事で測定を行っていない条件における結果を推定しても良い。また、各電極への印加電圧の大きさについてもV
refを基準として変化させるのではなく、調整手順を開始した時点での各V
1,V
2,V
3を基準として変化させる組み合わせ条件についても考える事ができる。
【0065】
以上本発明の種々の実施例について説明したが、本発明は上記した実施例に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、上記した実施例は本発明のより良い理解のために詳細に説明したのであり、必ずしも説明の全ての構成を備えるものに限定されものではない。
【0066】
また、ある実施例の構成の一部を他の実施例の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施例の構成に他の実施例の構成を加えることが可能である。また、各実施例の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることが可能である。
【0067】
更に、上述したシステムの各構成、機能、処理部等は、それらの一部又は全部を、例えば集積回路で設計する等によりハードウェアで実現しても良いし、それらの一部又は全部を実現するプログラムを作成することによりソフトウェアで実現しても良いことは言うまでもない。