特許第5748983号(P5748983)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5748983耐焼付き性に優れたアルミ製缶用工具およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5748983
(24)【登録日】2015年5月22日
(45)【発行日】2015年7月15日
(54)【発明の名称】耐焼付き性に優れたアルミ製缶用工具およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 28/04 20060101AFI20150625BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20150625BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20150625BHJP
   C21D 1/06 20060101ALI20150625BHJP
   C22C 38/26 20060101ALI20150625BHJP
   C23C 8/26 20060101ALI20150625BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20150625BHJP
   C23C 8/02 20060101ALI20150625BHJP
【FI】
   C23C28/04
   C22C38/00 302E
   C22C38/60
   C21D1/06 A
   C22C38/26
   C23C8/26
   C23C14/06 P
   C23C8/02
【請求項の数】3
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2010-254701(P2010-254701)
(22)【出願日】2010年11月15日
(65)【公開番号】特開2012-107265(P2012-107265A)
(43)【公開日】2012年6月7日
【審査請求日】2013年8月9日
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】510302098
【氏名又は名称】日本コーテイングセンター株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000109875
【氏名又は名称】トーカロ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100074790
【弁理士】
【氏名又は名称】椎名 彊
(72)【発明者】
【氏名】舘 幸生
(72)【発明者】
【氏名】川名 淳雄
(72)【発明者】
【氏名】岡部 信一
(72)【発明者】
【氏名】宮島 生欣
【審査官】 深草 祐一
(56)【参考文献】
【文献】 特開平11−193447(JP,A)
【文献】 特開平11−222624(JP,A)
【文献】 特開2008−150650(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 8/00−30/00
B32B 1/00−43/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.7%超〜1.0%、
Si:0.5〜1.5%、
Mn:0.2〜0.7%、
Cr:5.5〜9.0%、
Mo+1/2W:1.0〜2.5%、
V+1/2Nb:0.1〜0.6%、
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、ミクロ組織中のM73 系炭化物の大きさが5〜20μm、面積率5〜15%なる工具鋼、またはこの工具鋼に、さらにS:0.060%以下を含有した工具鋼を基材とし、該基材の表面に窒化層を形成し、前記窒化層の上にTi、Zr、Hf、V、Nb、Ta、AlおよびCrの少なくとも1種以上の元素で構成する窒化物、炭化物、炭窒化物の少なくとも1種からなる硬質皮膜を被覆し、さらに前記硬質被膜上にAlとCrの比率を、at.%比でAl:Cr=25〜50:75〜50とするAl−Cr系窒化物による皮膜を被覆してなることを特徴とする耐焼付き性に優れたアルミ製缶用工具。
【請求項2】
請求項1に記載の耐焼付き性に優れたアルミ製缶用工具であって、該請求項1に記載する基材を焼入れおよび高温焼戻しにより、硬度60〜64HRCとしたことを特徴とする耐焼付き性に優れたアルミ製缶用工具。
【請求項3】
請求項1に記載する工具鋼の基材に焼入れおよび焼戻しを施し、該基材を300〜550℃に保持してNH3 ガスとH2 ガスを用いて該基材の表面に窒化層を形成し、該窒化層にPVD法により窒化物、炭化物または炭窒化物からなる硬質皮膜を被覆し、さらにPVD法によりAl−Cr系窒化物の被覆を形成することを特徴とする耐焼付き性に優れたアルミ製缶用工具の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、飲料缶、電池筐体等のアルミニウム製品の製缶用工具およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、アルミニウム製または鋼製の製缶用工具として、例えば、特開2006−328539号公報(特許文献1)に開示されているように、WCと1%以下の粒成長抑制剤としてのVおよび/またはCrと、5〜10%のCoとを含み、ビッカース硬度を規制した工具用超微粒超硬合金が提案されているが、しかしこの超硬合金は非常に高価である。
【0003】
また、特許第3787872号公報(特許文献2)には、耐摩耗性部品、摺動部品、電気・電子部品、赤外線光学部品、および成形・成型部品として用いられ、高い耐剥離性を有する硬質部材として、炭化タングステンを主成分とする超硬合金、サーメット、セラミックス等が提案されている。しかし、この工具鋼も非常に高価で、かつ低靱性であるため、割れや欠けにより十分な工具寿命が得られない。また、この工具鋼に硬質炭素被膜(DLC等)は密着性が悪く、短期間で剥離するため、十分な工具寿命を得ることができない。また、超硬基材の場合、除膜や再コーティングができないという問題がある。
【0004】
また、特許第3987297号公報(特許文献3)には、切削工具やパンチ、金型等の素材として用いられる高速度鋼、特にその表面にTiNやTiCNの如き硬質膜をコーティングされた粉末高速度鋼と、その表面に硬質膜がコーティングされた高速度鋼工具が提案されている。さらには、特開平2−200783号公報(特許文献4)には、金型材、特に化学蒸着(CVD)膜を施して表面硬化処理した金型材が提案されている。これらについては、いずれもアルミ製缶での耐焼付き性に対する工具ではない。
【特許文献1】特開2006−328539号公報
【特許文献2】特許第3787872号公報
【特許文献3】特許第3987297号公報
【特許文献4】特開平2−200783号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述した特許文献1〜4にて提案されているが、それぞれの問題がある。一方、アルミ製缶用工具としての課題として、基材は比較的安価で、かつ高靱性の鋼を適用することで、鋼材成分組成の制御により被膜との密着性を改善し、かつ被膜の複合化および最表面被膜組成の最適化により、アルミニウム合金加工時の耐焼付き性と被膜の耐剥離性を改善する必要が要請されている。他方、超硬基材ではPVD膜の除膜時にCoが溶出し、基材表面が荒れる問題があり、これを除膜後の研磨によってある程度表面粗度を改善はできるとしても、寸法が変化してしまうという問題が残されているのが実状である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述したような問題を解消するために、発明者らは鋭意開発を進めた結果、本発明に規制する成分組成の基材を用い、特にアルミ製缶における耐焼付き性に優れた工具を実現でき、かつ容易に除膜および再コーティングが可能となり、再利用できることを見出し、発明に至ったものである。
【0007】
その発明の要旨とするところは、
(1)質量%で、C:0.7%超〜1.0%、Si:0.5〜1.5%、Mn:0.2〜0.7%、Cr:5.5〜9.0%、Mo+1/2W:1.0〜2.5%、V+1/2Nb:0.1〜0.6%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、ミクロ組織中のM73 系炭化物の大きさが5〜20μm、面積率5〜15%なる工具鋼、またはこの工具鋼に、さらにS:0.060%以下を含有した工具鋼を基材とし、該基材の表面に窒化層を形成し、前記窒化層の上にTi、Zr、Hf、V、Nb、Ta、AlおよびCrの少なくとも1種以上の元素で構成する窒化物、炭化物、炭窒化物の少なくとも1種からなる硬質皮膜を被覆し、さらに前記硬質被膜上にAlとCrの比率を、at.%比でAl:Cr=25〜50:75〜50とするAl−Cr系窒化物による皮膜を被覆してなることを特徴とする耐焼付き性に優れたアルミ製缶用工具。
【0008】
)前記(1)に記載の耐焼付き性に優れたアルミ製缶用工具であって、該前記(1)に記載する基材を焼入れおよび高温焼戻しにより、硬度60〜64HRCとしたことを特徴とする耐焼付き性に優れたアルミ製缶用工具。
【0009】
前記(1)に記載する工具鋼の基材に焼入れおよび焼戻しを施し、該基材を300〜550℃に保持してNH3 ガスとH2 ガスを用いて該基材の表面に窒化層を形成し、該窒化層にPVD法により窒化物、炭化物または炭窒化物からなる硬質皮膜を被覆し、さらにPVD法によりAl−Cr系窒化物の被覆を形成することを特徴とする耐焼付き性に優れたアルミ製缶用工具の製造方法にある。
【発明の効果】
【0010】
以上に述べたように、本発明による、比較的安価な溶製ダイス鋼の中で、優れた強度・靱性を有し、被膜の耐剥離性にも優れる鋼に耐焼付き性に優れるコーティングを実施することで、特にアルミ製缶における耐焼付き性に優れた工具を実現することができる極めて優れた効果を奏するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明に係る限定理由について説明する。
C:0.7%超〜1.0%
Cは、焼入れ性を確保するために必要な元素であり、十分な焼入れ性の確保と高温焼戻しで硬さ60〜64HRCを得るために、0.7超%必要である。しかし、1.0%を超えると、焼入時の残留オーステナイトが増加し、高温焼戻し時に60〜64HRCを得ることができないことから、その上限を1.0%とした。
【0012】
Si:0.5〜1.5%
Siは、製鋼での脱酸、焼入性確保に必要な元素である。しかし、0.5%未満ではその効果が十分得られないため、その下限を0.5%とした。また、焼戻し時の二次硬化促進のためには、その上限を1.5%とした。
【0013】
Cr:5.5〜9.0%
Crは、焼入性を確保するに必要な元素である。しかし、5.5%未満ではその効果が十分でなく、また、9.0%を超えると、一次炭化物の粗大化、凝集部の形成により、複合被膜の密着性が低下することから、その範囲を5.5〜9.0%とした。
S:0.060%以下
Sは、靱性を低下させることから低い方が好ましく、その上限を0.060%とした。
【0014】
Mo+1/2W:1.0〜2.5%
Mo、Wは、焼入性と二次硬化に寄与する析出炭化物を得るために必要な元素である。そのためには、Mo+1/2Wが1.0%必要である。しかし、2.5%を超えると複合被覆の密着性が低下することから、その範囲を1.0〜2.5%とした。
【0015】
V+1/2Nb:0.1〜0.6%
V、Nbは、焼戻し時に微細で硬質な炭化物を析出し、基材硬度を増し、複合被膜の密着性向上に寄与する元素である。しかし、V+1/2Nbが0.1%未満ではその効果が十分でなく、また、0.6%を超えると複合被膜の密着性が低下することから、その範囲を0.1〜0.6%とした。
【0016】
ミクロ組織中のM73 系炭化物の大きさ5〜20μm、面積率5〜15%
ミクロ組織中(光学顕微鏡で観察できる1μm以上のもの)のM73 系炭化物(の総個数のうち90%に当る炭化物)の大きさ、および面積率を規制したのは、マトリックスの組成変形を緩和し、複合被膜の破壊を抑制するもので、そのM73 系炭化物の大きさが5μm未満、面積率が5%未満ではその効果が十分でなく、また、M73 系炭化物の大きさが20μmを超え、面積率が15%を超えると、過大な寸法や過剰量は複合被膜の密着性を阻害することから、その範囲をM73 系炭化物の大きさ5〜20μm、面積率を5〜15%とした。
【0017】
焼入れおよび高温焼戻しで硬度60〜64HRC
焼入れおよび高温焼戻しで硬度を規制したのは、基材の弾性変形もしくは組成変形を抑制し、複合被覆との密着性を確保するためで、焼入れおよび高温焼戻しで硬度60HRC未満ではその効果が十分でなく、また、64HRCを超えると靱性を阻害し、成形工具としての寿命を低下させることから、その範囲を60〜64HRCとした。
【0018】
なお、焼入れは、一般的な工具鋼の適正焼入温度である1020〜1050℃を適用する。高温焼戻しとは、450℃以上の温度での焼戻しを示す。JIS−SKD11およびその改良鋼に適用する焼戻温度には、150〜200℃程度の低温焼戻しと450℃以上の高温焼戻しがあるが、低温焼戻しを適用すると、その後の複合表面処理の温度環境下にて基材の特性が変化するので、特性変化を生じさせない高温焼戻しを適用する。
【0019】
本発明の複合表面処理製品の製造方法は、基材となる部材を300〜550℃の温度に保持し、NH3 ガスとH2 ガスを用いて、その基材の表面に、例えばイオン窒化することにより窒化層を形成することは、基材の持つ靱性を生かしつつ、表面層のみを硬化することになる。このことは、この上に形成される硬質被膜の受ける負荷を緩和し、結果的に表面硬化層と硬質被膜の密着性を改善するため、硬質被膜の特性を十分に発揮させることが可能となる。なお、基材保持温度が300℃未満であると、窒化層の形成が不十分であり、550℃を超えた保持温度で処理を行うと、前記焼入れおよび高温焼戻しで調質した基材の硬度が60HRCよりも低下してしまうため、処理温度は300〜550℃とした。
【0020】
硬さの異なる被膜であるTi、Zr、Hf、V、Nb、Ta、AlおよびCrの少なくとも1種以上の窒化物、炭化物または炭窒化物と最表層のAl−Cr系窒化物の積層構造にしたのは、最表層のAl−Cr系窒化物の受ける負荷を下層のTi、Zr、Hf、V、Nb、Ta、AlおよびCrの少なくとも1種以上の窒化物、炭化物または炭窒化物が緩衝し、結果的にTi、Zr、Hf、V、Nb、Ta、AlおよびCrの少なくとも1種以上の窒化物、炭化物または炭窒化物とAl−Cr系窒化物の密着性を改善するために、Al−Cr系窒化物の高硬度特性を十分に発揮させることが可能となる。
【0021】
Al−Cr系窒化物の耐酸化特性について説明する。
Al−Cr系窒化物は、Crのマトリックス中に置換固溶したAlがCrよりも先に外向拡散し、最表面に緻密なアルミナ層を形成し、酸化の進行である酸素の内向拡散を防ぐ保護層となる。このように形成されたアルミナ層および酸化の進行を伴い、形成されるCr酸化層の二重の保護層の効果によって、より高い耐酸化特性を示す。以上のことから高温雰囲気中での基材からなる機械部品、工具、金型等の受ける損傷を軽減でき、基材寿命を延長させることができる。
【0022】
Al−Cr系窒化物のAlとCrの比率は、at.%比でAl:Cr=25〜50:75〜50
Al、Crは、耐酸化性を向上させる元素であるが、しかし、AlとCrの比率が25〜50:75〜50とする。その比率のAlが25未満ではその効果が十分でなく、また、50を超えると延性が低下することから、その範囲を25〜50とした。好ましくは30〜45at.%とする。また、Crは、75を超えるとその効果が十分でなく、また、50未満では延性が低下することから、その範囲を50〜75とした。好ましくは55〜70とする。
【0023】
上述した被膜を設けるには化学蒸着法(CVD法)、物理蒸着法(PVD法)等、種々の方法で被膜形成が可能であるが、鋼種母材への処理温度の関係からくる母材の硬度低下や密着性の問題を考慮すると、PVD法の一種であるイオンプレーティング法が好ましい方法である。
【実施例】
【0024】
以下、本発明について実施例によって具体的に説明する。
アルミ製缶用の成形ツール(径82mm、長さ57mm)を超硬および本発明の鋼材で作製した。なお、本発明の鋼材は1030℃で焼入れした後、530℃での焼戻しを2回実施し、硬度を61.5HRCに調質した後に、以下の表面処理を行った。先ず、本発明の鋼材表面に窒素を拡散させた表面硬化層である窒化層を形成した。処理はラジカル窒化装置を用い、反応ガスであるNH3 、H2 を所定のガス比率で混合し、ヒーター加熱温度を500℃以下の条件の下で2時間の処理を行った。従来の超硬材では窒化層が形成されないため、この処理は行われない。
【0025】
次いで、窒化層を形成した本発明鋼材および超硬材をアークイオンプレーティング装置に入れ、600℃に加熱したヒーターにて1時間加熱した。続いてCrイオンによるボンバードメント処理を行い、金属成分の蒸発源であるCrターゲット、ならびに反応ガスである窒素を導入し、被覆基体温度400℃、チャンバー内圧3Paの条件下にて窒化クロム(以下、CrNと称す)を形成した。
【0026】
さらに、CrNに連続して金属成分の蒸発源であるAl−Crターゲット、ならびに反応ガスである窒素を導入し、被覆基体温度400℃、チャンバー内圧3Paの条件下にてAl−Cr系窒化物を形成し、CrNと合わせて被膜の総厚が4μmになるように処理を行った。
【0027】
上述した製法によって、作製したそれぞれの成形ツールにて、アルミ缶の成形処理を行った。いずれも100万ショット処理後でもアルミ合金の凝着は見られず、正常に成形することができた。しかし、被膜表面を観察すると、基材までは達していないものの、摩耗が進行しており、これ以上の使用は不可能であった。超硬材上の被膜をアルカリ性薬液中にて電解除膜したところ、除膜前には表面粗さRaが0.05μmであったのに対し、0.64μmまで粗度が大きくなった。この荒れた表面を研磨にて除去したところ、直径で約50μm減肉し、寸法的に使用するに値しなかった。一方、本発明の鋼材上の被膜を同様に電解除膜したところ、除膜後の表面粗さRaは0.06μmであり、その後の研磨でも直径で約1μmの減肉に留まり、再利用が可能であった。
【0028】
なお、密着性の評価としては、スクラッチ試験により評価した。すなわち、基材に複合表面被膜処理を実施した試験片表面に圧子を押し付け、荷重を増加させながら引っ掻き、被膜の割れが生じる臨界荷重を測定する試験である。また耐焼付き性の評価としては、ピン・オン・ディスク試験により評価した。すなわち、基材に複合表面被膜処理を実施した試験片をアルミ合金製のピンに押し付け、試験片を回転させる。そして段階的に荷重を増加させ、摩擦係数μが0.5を超えるまでの摩擦距離にて寿命を評価する試験である。
【0029】
【表1】
【0030】
【表2】
表1に示すように、鋼種A〜Dは本発明鋼であり、鋼種E〜Hは比較鋼である。
【0031】
表2には、表1に示す各鋼種についての基材の特性としては、炭化物サイズ、炭化物面積率、および基材硬さをそれぞれ示した。表2に示すように、No.(1)〜(8)は本発明例であり、No.(9)〜(16)は比較例である。比較例No.(9)〜(12)は、鋼種は本発明鋼であるが、焼戻温度が規制の範囲外であるため基材硬さが低い事例である。
【0032】
比較例No.(13)は、鋼種が比較鋼であり、基材硬さは十分であるが、炭化物サイズが大きい。比較例No.(14)は、鋼種が比較鋼であり、基材硬さがやや低い。比較例No.(15)は、鋼種が比較鋼であり、炭化物面積率が小さく、かつ基材硬さが低い。比較例No.(16)は、鋼種が比較鋼であり、かつ炭化物サイズが大きく、炭化物面積率が大きい。これに対し、本発明例であるNo.(1)〜(8)は いずれも本発明の条件を満たしている。
【0033】
また、表3には、表2で示した本発明例No.(1)〜(8)およびNo.(9)〜(16)における皮膜の特性としての、窒化層の処理温度、有無、硬質被膜の種類、Al−Cr系窒化物の特性と、それに対応した表面処理後の基材の硬度、密着性、耐焼付性について示す。
【0034】
【表3】
表3に示すように、No.1〜25は本発明例であり、No.25〜38は比較例を示す。
【0035】
この表3に示す比較例No.26は、窒化層がないために、密着性が悪い。比較例No.27は、窒化処理温度が高く、基材硬度が低下したために、密着性が劣化した。比較例No.28は、窒化処理温度が低く、窒化層が不十分であるために、密着性が悪い。No.29は、Al−Cr系窒化物のCr含有量が高く、耐焼付性が不十分である。No.30は、Al−Cr系窒化物のCr含有量が低く、密着性が悪く、かつ耐焼付性が不十分である。
【0036】
比較例No.31は、基材硬度が規制以下のために、密着性が悪い。比較例No.32は、基材硬度が規制以下のために、密着性が悪い。比較例No.33は、基材硬度が規制以下のために、若干密着性が悪く、かつAl−Cr系窒化物のCr含有量が高いために、耐焼付き性が不十分である。比較例No.34は、基材硬度が規制以下のために、密着性が悪い。比較例No.35は、基材の炭化物サイズが大きく、かつ、炭化物量が多い。また、Al−Cr系窒化物のCr含有量が低いために、密着性が悪く、耐焼付き性が不十分である。
【0037】
比較例No.36は、基材硬度が低く、また、Al−Cr系窒化物のCr含有量が低いために、密着性が悪く、耐焼付け性が不十分である。比較例No.37は、基材硬度が低く、また、炭化物面積率が小さ過ぎるため、密着性が悪い。比較例No.38は、基材の炭化物サイズが大きく、かつ、炭化物量が多いために、密着性が悪く、耐焼付き性が不十分である。これに対して、本発明例No.1〜25はいずれも本発明の条件を満たしていることから、各特性について優れていることが分かる。
【0038】
以上のように、本発明による、比較的安価な溶製ダイス鋼の中で、優れた強度・靱性を有し、被膜の耐剥離性にも優れる鋼の表面にイオン窒化による窒素層を形成することは素材の持つ靱性を生かしつつ、表面層のみを硬化し、この上に形成する硬質被膜の受ける負荷を緩和し、表面硬化層と硬質被膜の密着性を向上し、かつ、Al−Cr系窒化物による最表面に緻密なアルミナ層を形成し、Cr酸化層との二重の保護層の効果によって、より高い耐酸化特性を発揮し、特にアルミ製缶における耐焼付き性に優れた工具を実現することができる極めて優れた効果を奏するものである。


特許出願人 山陽特殊製鋼株式会社 他2名
代理人 弁理士 椎 名 彊