【実施例】
【0050】
本発明に係るシリコンナノ結晶と金属シリサイドナノ結晶凝集半導体材料について、以下に、その製造方法とともに実施例において具体的に説明する。
【0051】
本発明におけるシリコンナノ結晶と金属シリサイドナノ結晶凝集半導体材料の製造は、シリサイドとSiへの相分離を利用しているため、シリサイド形成が可能な金属であれば、すべての場合で可能である。
【0052】
例えば、金属候補として、マグネシウムMg、チタンTi、バナジウムV、クロムCr、マンガンMn、鉄Fe、コバルトCo、ニッケルNi、ジルコニウムZr、ニオブNb、モリブデンMo、ルテニウムRu、ロジウムRh、バリウムBa、ハフニウムHf、タンタルTa、タングステンW、レニウムRe、オスミウムOs、イリジウムIrが挙げられる。
【0053】
これらの金属についてのシリサイドとしては、それぞれMg
2Si、TiSi
2、VSi
2、CrSi
2、MnSi
2、Fe
5Si
3、FeSi
2、CoSi
2、NiSi
2、ZrSi
2、NbSi
2、MoSi
2、RuSi
2、RhSi
2、BaSi
2、HfSi
2、TaSi
2、WSi
2、ReSi
2、OsSi
2、IrSi
2などの安定組成が知られている(V. E. Borisenko Ed., Semiconducting Silicides, Springer 2000 参照)。
【0054】
図1に直流アルゴンイオンスパッタ法でSi基板上に作製した非晶質Si/Mo=12膜を、アルゴンガス雰囲気で800℃、30分熱処理した後の明視野走査電子顕微鏡像を示す。Si/Mo=12膜内に明るく結像する領域と暗く結像する領域が観察された。なお、「Si/Mo=12膜」とは、Mo:Si=1:12の組成の膜ということである。
【0055】
そこで、
図2に示したように、特性X線を解析して、材料分布を調べた。その結果、明るく結像されている領域にはSiが分布し、暗く結像された領域にはMoとSiが分布していることが判明した。つまり、前者はSi結晶領域、後者はMoシリサイド(MoSi
2)結晶領域であると結論できる。
【0056】
さらに、結晶サイズや内部構造を詳しく調べるために、
図3に示すように、Si/Mo=12膜のナノ結晶形成領域の高倍率電子顕微鏡像観察を行った。いずれの領域も、直径10nm以下で、格子縞が観察され結晶が形成されている。
【0057】
要するに、MoとSiの合金が、シリコンナノ結晶と金属シリサイドナノ結晶に相分離されて、両者が凝集している状態となっているのである。また、格子縞が入り組んで観察されるなど、ナノ結晶が重なっており、高密度形成が起こっていることが判る。
【0058】
一方、シリサイド領域の結晶構造を調べるために、上記電子顕微鏡観察中にシリサイド領域の電子線回折を行ったところ、
図4に示すように、主に、MoSi
2のヘキサゴナル結晶層が形成されていることが判った。従って、シリサイド領域には、金属シリサイドナノ結晶が形成されていることとなる。
【0059】
従来技術では、バルクSiをミリングして作製したSiナノ結晶を凝集してナノ結晶薄膜を合成したが、このようなナノ結晶薄膜では、ナノ結晶界面に僅かではあるものの酸化膜などの界面層が形成され(非特許文献3参照)、隣り合うナノ結晶との接合が悪く、電気伝導特性に影響を与えるという問題がある。
【0060】
しかしながら、本発明の製造方法で得られたシリコンナノ結晶と金属シリサイドナノ結晶凝集半導体材料では、
図2及び
図3に示したように、ナノ結晶同士が、酸化膜などの界面層を介さずに接合させることができる。なお、ここで、「ナノ結晶同士」とは、文字通り、ナノ結晶同士であり、シリコンナノ結晶とシリコンナノ結晶、シリコンナノ結晶とシリサイドナノ結晶、シリサイドナノ結晶とシリサイドナノ結晶の間に形成される界面で接合させることができる。
【0061】
シリコンナノ結晶と金属シリサイドナノ結晶凝集半導体材料の形成条件を探索するために、SiO
2基板に堆積したSi/Mo=12膜を、Ar雰囲気で、30分、500、600、700、800、900℃でそれぞれ熱処理したSi/Mo=12膜のRaman散乱スペクトルを
図5に示す。
【0062】
600℃以下の熱処理では、アモルファスSiに類似のピークが観察され、Si/Mo=12膜の相分離が進行していないことが判る。
【0063】
700℃以上の熱処理によって、シリコンナノ結晶が形成され516〜517cm
−1付近にSiの光学フォノンピークが確認された。同時に、253cm
−1、390cm
−1、420cm
−1付近にMoSi
2のヘキサゴナル結晶層からのシグナルが確認された。よって、Mo/Si=12膜からシリコンナノ結晶と金属シリサイドナノ結晶凝集半導体材料を形成する温度はおよそ700℃であると推定できる。
【0064】
図6に、シリコンナノ結晶と金属シリサイドナノ結晶凝集半導体材料のRaman散乱スペクトルの、Mo/Si=12膜の膜厚依存性について示す。アルゴン雰囲気、800℃、30分の熱処理で、膜厚150nm、300 nm、1μmのすべての材料について、シリコンナノ結晶とMoSi
2のヘキサゴナル結晶層の形成が確認でき、シリコンナノ結晶と金属シリサイドナノ結晶凝集半導体材料の形成が起こっていることが判る。
【0065】
図7に、Si/Mo=10膜をアルゴンガス雰囲気で500、800℃、30分熱処理した後のRaman散乱スペクトルを示す。Si/Mo=12膜の場合と同様に、800℃の熱処理で、517cm
−1付近にシリコンナノ結晶からの光学フォノンピーク、253cm
−1、390cm
−1、420cm
−1付近にMoSi
2のヘキサゴナルヘキサゴナル結晶層からのシグナル(
図7中の小さな光学フォノンピーク)が確認され、シリコンナノ結晶と金属シリサイドナノ結晶凝集半導体材料の形成が起こっていることが判る。
【0066】
図8に、スパッタ堆積直後のSi/Nb=12膜と、アルゴンガス雰囲気で700℃、30分熱処理した膜のRaman散乱スペクトルを示す。Si/Mo=12の場合と同様に、700℃の熱処理で、517cm
−1付近にシリコンナノ結晶からの光学フォノンピーク、330cm
−1、345cm
−1付近にNbシリサイドからのシグナルが確認され、シリコンナノ結晶と金属シリサイドナノ結晶凝集半導体材料の形成が起こっていることが判る。
【0067】
図9に、スパッタ堆積直後のSi/W=8膜と、アルゴンガス雰囲気で800℃、30分熱処理した膜のRaman散乱スペクトルを示す。800℃の熱処理で、513cm
−1付近にシリコンナノ結晶からの光学フォノンピーク、が確認され、シリコンナノ結晶の形成が起こっていることが判る。
【0068】
Si/Mo=10、12膜の場合は、光学フォノンピークが517cm
−1付近に観測されたが、Si/W=8膜の場合は、513cm
−1と低波数シフトしている。これは、Si組成の減少により形成されるシリコンナノ結晶サイズが減少したことを示している。
【0069】
また、330cm
−1、448cm
−1付近にWシリサイドからのシグナルが確認され、シリコンナノ結晶と金属シリサイドナノ結晶凝集半導体材料の形成が起こっていることが判る。
【0070】
図10に、スパッタ堆積直後のSi/Ni=10膜と、アルゴンガス雰囲気で550℃、30分熱処理した膜のRaman散乱スペクトルを示す。550℃の熱処理で、513cm
−1付近にシリコンナノ結晶からの光学フォノンピークが確認され、シリコンナノ結晶と金属シリサイドナノ結晶凝集半導体材料の形成が起こっていることが判る。
【0071】
Si/Mo=10、12膜の場合は、光学フォノンピークが517cm
−1付近に観測されたが、Si/Ni=10膜の場合は、513cm
−1と低波数シフトしている。これは、Si組成の減少により形成されるシリコンナノ結晶サイズが減少したことを示している。
【0072】
330cm
−1、345cm
−1付近にNbシリサイドからのシグナルが確認され、シリコンナノ結晶と金属シリサイドナノ結晶凝集半導体材料の形成が起こっていることが判る。
【0073】
次に、シリコンナノ結晶と金属シリサイドナノ結晶凝集半導体材料が半導体であることを示し、シリコンナノ結晶と金属シリサイドナノ結晶凝集半導体材料のバンドギャップを見積るために、吸収端の計測を行った。
【0074】
シリコンナノ結晶と金属シリサイドナノ結晶凝集半導体材料の光吸収スペクトルを240〜2600nmの波長範囲で測定し、
図11に示したような、Tauc法によるフィッティングを行うことで、シリコンナノ結晶と金属シリサイドナノ結晶凝集半導体材料の吸収端を求めた。
【0075】
図11に、アルゴンガス雰囲気で800℃、30分熱処理したSi/Mo=12膜の光吸収スペクトルを示す。スペクトルへの薄膜の干渉効果を低減するために、スリガラス状の表面処理を施したSiO
2基板を用いた。その結果、Si/Mo=12膜から合成したシリコンナノ結晶と金属シリサイドナノ結晶凝集半導体材料は、1.5 eVと0.1eVに吸収端を持つことが判った。
【0076】
前者は、シリコンナノ結晶の吸収端、後者は、MoSi
2ナノ結晶の吸収端を示している。シリコンナノ結晶の吸収端は、バルクシリコンの1.1eVよりも大きく、量子サイズ効果によるバンドギャップの増大が確認できる。
【0077】
また、計算シミュレーションから、MoSi
2バルクのヘキサゴナル結晶層は、0.02〜0.07eV程度のバンドギャップを持つ半導体あることが予測されており(V. E. Borisenko Ed., Semiconducting Silicides, Springer 2000, pp.195参照)、MoSi
2ナノ結晶も有限の吸収端を持つ半導体ナノ結晶になったと考えられる。
【0078】
シリコンナノ結晶と金属シリサイドナノ結晶凝集半導体材料は、シリコンナノ結晶とシリサイドナノ結晶が凝集した状態にあるため、それぞれのバンドギャップを活かして、可視から赤外領域にわたる広い吸収を持つ、これは、太陽電池材料としても有効な性質であることを実証するものである。
【0079】
図12に、アルゴンガス雰囲気で、800℃、30分熱処理したSi基板表面上のSi/Mo=12膜の交流電流ジュール加熱における交流温度応答の周波数(f)依存性を示す。基板温度は室温で測定した。Si基板上に堆積したSi/Mo=12膜に、短冊状の金電極を作製し、金電極に200−5kHzの交流電流で周期的にジュール加熱することにより、厚さ方向に1次元交流熱流を発生させ、同時に、金電極中心部の交流温度応答をサーモリフレクタンス法で検出する。
【0080】
金薄膜は一様に発熱するが、厚さ方向に温度勾配が生じる。金電極、Si/Mo=12膜、Si基板からなる熱系の1次元熱伝導方程式について解析解が得られている(非特許文献5参照、)。この解を用いて、Si/Mo=12膜の熱伝導率を算出することができる。
【0081】
金電極の膜厚は100nm、体積比熱容量は2.47×10
6Jm
−3K
−1、熱伝導率は200Wm
−1K
−1、Si基板の体積比熱容量は1.66×10
6Jm
−3K
−1、熱伝導率は148Wm
−1K
−1、Si/Mo=12膜の膜厚は断面の電子顕微鏡観察から200nm、体積比熱容量をSi基板と同じ1.66×10
6Jm
−3K
−1と仮定すると、Si/Mo=12膜の熱伝導率は、2.2Wm
−1K
−1と見積ることができる。
【0082】
Si/Mo=12膜中のSiナノ結晶サイズが10nm以下になることで、熱伝導率がバルクSiの1.5%程度に抑えられる。これは、本発明のナノ結晶凝集材料が、これまでに報告されたSiナノ結晶凝集材料の熱伝導率7.23Wm
−1K
−1(非特許文献6参照)に比べても低く、熱電変換材料として優れた特性を有することを示している。
【0083】
以上、本発明に係るシリコンナノ結晶と金属シリサイドナノ結晶凝集半導体材料及びその製造方法を実施するための形態を実施例に基づいて説明したが、本発明はこのような実施例に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された技術的事項の範囲内でいろいろな実施例があることは言うまでもない。