特許第5750742号(P5750742)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5750742
(24)【登録日】2015年5月29日
(45)【発行日】2015年7月22日
(54)【発明の名称】移動体の状態推定装置
(51)【国際特許分類】
   A61B 5/11 20060101AFI20150702BHJP
   G01C 15/00 20060101ALI20150702BHJP
【FI】
   A61B5/10 310A
   G01C15/00 101
【請求項の数】3
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2011-100632(P2011-100632)
(22)【出願日】2011年4月28日
(65)【公開番号】特開2011-245285(P2011-245285A)
(43)【公開日】2011年12月8日
【審査請求日】2013年12月3日
(31)【優先権主張番号】特願2010-105790(P2010-105790)
(32)【優先日】2010年4月30日
(33)【優先権主張国】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度、経済産業省委託研究「ITとサービスの融合による新市場創出事業」産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】興梠 正克
(72)【発明者】
【氏名】蔵田 武志
(72)【発明者】
【氏名】牧田 孝嗣
【審査官】 福田 裕司
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−080539(JP,A)
【文献】 特開2007−151948(JP,A)
【文献】 興梠正克,”ウェアラブルカメラと慣性センサ群のデータ統合に基づくパーソナルポジショニング”,画像ラボ,日本,日本工業出版,2003年 6月 1日,第14巻、第6号,p.9-14
【文献】 興梠正克,”装着型自蔵センサモジュールを用いた歩行者の位置・方位計測技術”,電子情報通信学会誌,日本,社団法人 電子情報通信学会,2009年 4月 1日,第92巻、第4号,p.268-275
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/11
G01C 15/00
JSTPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
移動体に装着されて移動体の加速度ベクトルを計測する加速度ベクトル計測手段と、
移動体に装着されて移動体の角速度ベクトルを計測する角速度ベクトル計測手段と、
前記加速度ベクトル計測手段の出力と前記角速度ベクトル計測手段の出力に基づいて移動体の姿勢角を推定する姿勢角推定装置と、
前記加速度ベクトル計測手段の出力、前記角速度ベクトル計測手段の出力、および姿勢角推定装置の出力に基づいて、重力方向の加速度成分と重力軸回りの角速度成分、進行方向の加速度成分と進行軸回りの角速度成分、横方向の加速度成分と横軸周りの角速度成分の計6つの成分に分解する加速度・角速度成分分解装置と、
得られた判定値に応じてx(xは自然数)個の状態がそれぞれ真か偽を識別すると共に、予め重みパラメータが設定された強識別器と、
を備え、
前記強識別器は、前記加速度・角速度成分分解装置の出力である前記計6つの成分を入力とするN(Nは自然数)個の弱識別器からの出力に前記重みパラメータを乗じて加算することにより前記判定値を得る
ことを特徴とする移動体の状態推定装置。
【請求項2】
請求項1に記載の移動体の状態推定装置において、
前記識別器はそれぞれ異なる、処理対象を判別するための前記6つの成分についての閾値を有している
ことを特徴とする移動体の状態推定装置。
【請求項3】
請求項1に記載の移動体の状態推定装置において、
前記加速度ベクトル計測手段の出力と、前記角速度ベクトル計測手段の出力と、前記姿勢角推定装置の出力とに基づいて前記移動体の進行方向である方位を推定する進行方向推定装置と、
前記加速度ベクトル計測手段の出力と、前記角速度ベクトル計測手段の出力と、前記姿勢角推定装置の出力と、前記進行方向推定装置の出力とに基づいて、前記移動体の位置を計測する測位装置と、をさらに備え、
前記強識別器は、前記6つの成分に加え、さらに前記進行方向推定装置の出力である方位と、前記測位装置の出力である位置を入力として、前記偽の識別を行うことを特徴とする移動体の状態推定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、移動体の位置を計測すると共に移動体が置かれている状態を推定することができる移動体の状態推定装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
測位の対象を歩行者に限定する歩行者デッドレコニング(PDR)に基づく位置・方位取得手法は、ここ数年深く研究がなされており、多くの報告がなされている。歩行者が持つ制約条件を利用することで、IMU(Inertial Measurement Unit:慣性計測ユニット)を装着するだけで実現できることが明らかになりつつあり、たくさんの成果が出ている分野である。
【0003】
ここで利用されるIMUは、センサ一式をパッケージ化した製品として、市販されており、性能・コスト(重量)の観点からは、ローエンドからハイエンドまで様々な製品が入手可能である。低コストIMUの利用が広がっている。
【0004】
非特許文献1乃至非特許文献4に示されるように、PDRの主な手法は、IMUの装着場所によって、以下の二つに大きく分類することができる。
(1)足先装着型PDR(例えば、非特許文献1、非特許文献2)
(2)腰部装着型PDR(例えば、非特許文献3、非特許文献4)
【0005】
足先装着型PDRは、靴やブーツの中などの足先にIMUを装着することで、足が着地してから離れるまでの間に静止する制約条件を効果的に用いることで、IMUにおけるデッドレコニング処理におけるゼロ速度更新を実現する。それによって、移動速度の推定誤差の累積を抑えることができるため、最近の多くの研究報告では、この手法が用いられている。しかしながら、足先に装着されたIMUは、歩行者が作り出す運動のうち歩行動作以外の重心移動を伴う足先がほとんど動かないような動作(たとえば、椅子に座る/立ち上がる、くぐり抜けるなど)については、十分な精度で感知することは原理的に困難である。
【0006】
一方で、腰部装着型PDRは、人体の重心位置に近い腰部にIMUを装着することにより、歩行者の運動をパターンとして捉えて識別して、その速度や歩幅の大きさの計量を試みるアプローチである。腰部に装着されたIMUは足先装着型PDRの手法のようにはゼロ速度更新を行うことができないが、人の重心の移動を伴う運動を効果的に計測できる特長がある。このため、腰部装着型PDRの手法には、単一のIMUを用いて位置と方位の計測に加えて動作の認識を実現できる利点がある。一方で、加速度と角速度の積算による姿勢と速度の計測は、ゼロ速度更新を行うべきタイミングを検知することが難しいために、低コストIMUによるセンサデータでは実現できない。
【0007】
このため、我々の過去の研究を含め、腰部装着型PDRの手法では、加速度と角速度のデータに対してパターン認識の技術を適用することで歩行動作を検知し、その大きさ(すなわち歩行速度または歩幅)を推定している。(特許文献1、特許文献2)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004−264028号公報
【特許文献2】特開2005−114537号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】E. Foxlin, “Pedestrian Tracking with Shoe-Mounted Inertial Sensors”, In IEEE Computer Graphics and Applications, Volume 25, Issue 6 (November 2005), pp. 38-46, 2005.
【非特許文献2】O. Woodman and R. Harle, “Pedestrian localisation for indoor environments”, In Proc. of the 10th Int. Conf. on Ubiquitous computing (UbiComp), 2008.
【非特許文献3】Tom Judd and Toan V, “Use of a New Pedometric Dead Reckoning Module in GPS Denied Environments”, In Proc. IEEE/ION Poisition, Location and Navigation (PLANS2008), pp. 120-128, 2008.
【非特許文献4】M. Kourogi, and T. Kurata, “Personal Positioning Based on Walking Locomotion Analysis with Self-Contained Sensors and a Wearable Camera”, In Proc. 2nd IEEE and ACM Int. Symp. on Mixed and Augmented Reality (ISMAR2003), pp. 103-112, 2003.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
製造業、サービス産業(外食、介護、宿泊、ビルメンテナンスなど)の現場の多くにおいて、作業者の生産性と効率の向上のために、作業者の位置と方位に加えてその動作を取得することが強く要望されている。作業者の移動が頻発する現場においては、作業者の動線解析に加えて、作業者の業務に関わる動作認識が、その動線上に紐付けて実現されることにより、作業の効率や生産性を効果的に可視化して、業務の改善のための解析につなげることができる。特に、労働集約型産業において、作業者の効率と生産性の改善は労務費の節減に直結するため、大きなインパクトがある。
【0011】
作業者の動きを捉える手段として、計測手段に自蔵式センサ(加速度・ジャイロ・磁気センサ)を用いるアプローチは有望である。歩行動作を含む人の動作の多くは主としてその角速度と加速度ベクトルに特徴的なパターンが現れるからである。
【0012】
センサ一式をパッケージ化した製品であるIMUは、性能・コスト(重量)の観点からは、ローエンドからハイエンドまで様々な製品が入手可能となっているが、高コスト・高性能(ハイエンド)なIMUを、このような産業に従事する各作業者が装着することは、その重量とサイズの観点から業務内容の妨げとなる恐れがあり、またそのコストの観点からも現実的ではない。
【0013】
したがって、本発明の目的は、移動体のうちでも歩行者に取り付けられた加速度・角速度ベクトル計測手段を含む自蔵式計測手段に基づいて、その位置と方位(姿勢)を計測するとともに、その状態を推定することができる移動体の状態推定装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記のような目的を達成するため、本発明による移動体の状態推定装置は、基本的な考え方として、計測対象を歩行者の動作に限定し、その運動の拘束条件を利用する歩行者デッドレコニング(PDR)に基づくアプローチをとることで、小型・低コストIMUによる実現を可能とし、歩行者の位置・方位の計測に加えて、その動作の種別を取得することで移動体の状態推定を行う。
【0015】
具体的に、本発明による移動体の状態推定装置は、移動体に装着されて移動体の加速度ベクトルを計測する加速度ベクトル計測手段と、移動体に装着されて移動体の角速度ベクトルを計測する角速度ベクトル計測手段と、前記加速度ベクトル計測手段の出力と前記角速度ベクトル計測手段の出力に基づいて移動体の姿勢角を推定する姿勢角推定装置と、前記加速度ベクトル計測手段の出力、前記角速度ベクトル計測手段の出力、および姿勢角推定装置の出力に基づいて、重力方向の加速度成分と重力軸回りの角速度成分、進行方向の加速度成分と進行軸回りの角速度成分、横方向の加速度成分と横軸周りの角速度成分の計6つの成分に分解する加速度・角速度成分分解装置と、得られた判定値に応じてx(xは自然数)個の状態がそれぞれ真か偽を識別すると共に、予め重みパラメータが設定された強識別器と、を備え、前記強識別器は、前記加速度・角速度成分分解装置の出力である前記計6つの成分を入力とするN(Nは自然数)個の弱識別器からの出力に前記重みパラメータを乗じて加算することにより前記判定値を得ることを特徴とするものである。
【0016】
また、この場合に、移動体の状態推定装置において、前記識別器はそれぞれ異なる、処理対象を判別するための前記6つの成分についての閾値を有してることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0017】
本発明の移動体の状態推定装置によれば、歩行者デッドレコニングに基づくアプローチによって、(1)歩行者の位置・方位推定と動作認識を同一データに基づいて実現する枠組みが有効となり、(2)機械学習を用いた動作認識を用いて、位置の補正の利用するによって測位性能が向上し、更には、(3)位置・方位の計測結果を用いてその動作認識の識別率を向上できるように構成された移動体の状態推定装置が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明による移動体の状態推定装置の基本的な構成を説明するブロック図である。
図2】本発明による移動体の状態推定装置における一つの強識別器の処理を示すフローチャートである。
図3】弱識別器における入力データの短期的な変動(正値ピークから負値ピークのパターン)を説明する第1の図である。
図4】弱識別器における入力データの短期的な変動(負値ピークから正値ピークのパターン)を説明する第2の図である。
図5】弱識別器における入力データの短期的な変動(正値ピークのパターン)を説明する第3の図である。
図6】弱識別器における入力データの短期的な変動(負値ピークのパターン)を説明する第4の図である。
図7】弱識別器における入力データの短期的な変動(正値から負値のパターン)を説明する第5の図である。
図8】弱識別器における入力データの短期的な変動(負値から正値のパターン)を説明する第6の図である。
図9】強識別器を学習する処理の流れ図をあらわす図である。
図10】強識別器が5つの弱識別器で構成される一例をあらわす図である。
図11】本発明による移動体の状態推定装置における別の実施例を説明するブロック図である。
図12】加速度成分と角速度成分に加えて、位置・方位情報を入力として用いる強識別器を構成する実施例の処理の流れ図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を実施するための一形態について、図面を参照して説明する。図1は、本発明による移動体の状態推定装置の基本的な構成を説明するブロック図である。図1において、1001は角速度ベクトル計測手段、1002は加速度ベクトル計測手段、1003は慣性計測ユニット(IMU)、1004は姿勢角推定装置、1005は加速度・角速度成分分解装置、1011は第1の強識別器(重み付き弱識別器)、1012は第2の強識別器(重み付き弱識別器)、101xは第xの強識別器(重み付き弱識別器)である。ここではx個の動作・状態を識別する装置を構成する例を示している。
【0020】
ここでの加速度ベクトル計測手段1002と角速度ベクトル計測手段1001は、移動体に装着される計測手段であって、移動体の加速度ベクトルと各速度ベクトルを計測する手段である。
【0021】
角速度ベクトル計測手段1002は、ジャイロセンサだけではなくて、磁気センサの差分出力によって角速度を推定する計測手段によっても実装されてもよく、また、加速度ベクトル計測手段1002と角速度ベクトル計測手段1001は一つのパッケージ化された慣性計測ユニット(IMU)1003によって実現される。
【0022】
姿勢角推定装置1004は、加速度ベクトル計測手段1002の出力である加速度ベクトル(センサ座標系)と角速度ベクトル計測手段1001の出力である角速度ベクトル(センサ座標系)を入力として、その姿勢角を推定する装置である。例えば、特開2004−264028号公報に記載されているように、本発明者が開発している姿勢角推定装置を用いることができる。
【0023】
ここで姿勢角とは、世界座標系(NED、North, East Down座標系)における、センサ座標系の姿勢を一意に決定するものであり、二つの座標系間の変換を行う回転行列や四元数などによって表現されうる。
【0024】
加速度・角速度成分分解装置1005は、加速度計測手段である角速度ベクトル計測手段1002の出力である加速度ベクトル(センサ座標系)と、角速度計測手段である角速度ベクトル計測手段1001の出力である角速度ベクトル(センサ座標系)と、更に姿勢角推定装置1004の出力である姿勢角を入力として、移動体に対する重力方向への加速度成分、重力軸回りの角速度成分、進行方向への加速度成分、進行軸回りの角速度成分、側方方向への加速度成分と側方軸回りの角速度成分の計6つの成分の出力データを出力する。
【0025】
出力されたデータは、第1の強識別器(重み付き弱識別器)1011、第2の強識別器(重み付き弱識別器)1012、・・・、第xの強識別器(重み付き弱識別器)101xに入力されて、それぞれの識別器でIMUを装着している移動体の動作が識別される。
【0026】
次に、これらの強識別器について、説明する。
(動作認識のフレームワーク)
強識別器で用いるAdaBoost、または、適応的ブースティング(Adaptive Boosting)は、機械学習のアルゴリズムの一つであり、性能が十分ではない複数の異なる識別器(ただし、誤答率は0.5未満であることが必要であり、これらは弱識別器と呼ばれる)を重み付けによって組み合わせ、最終的に性能が高い識別器を生成する。AdaBoostによって動作認識のフレームワークを構築するためには、解析対象となるセンサデータセットを決定し、これらのデータセットから動作識別を行う弱識別器を定める必要がある。
【0027】
発明による移動体の状態推定装置では、識別器としては、AdaBoostを用いて、識別すべき動作として適切にラベル付されたセンサデータを訓練データとして複数の弱識別器を組み合わせてその重み付けを学習することで、動作認識を実現する構成とする。
【0028】
図2は、本発明による移動体の状態推定装置における一つの強識別器の処理を示すフローチャートである。一つの強識別器は一つの動作または状態の認識処理装置に対応している。この認識をおこなう処理は、まず、S201において、IMUから加速度ベクトル(3軸・センサ座標系)を取得する。S202において、IMUから角速度ベクトル(3軸・センサ座標系)を取得する。ここで、角速度ベクトルは外部の温度補償テーブルや別のドリフト補償系(たとえば国際公開WO2010/1968に示されるような手法)によってそのオフセット出力が補償されていても良い。S203では、S201とS202で取得された加速度・角速度成分に基づいて、IMUの世界座標系に対する姿勢角を推定する。姿勢角とは、たとえばIMUのセンサ座標系と世界座標系との変換をあらわす回転行列C(3x3行列)によって表現されるものである。
【0029】
S204では、この姿勢角に基づいて、S201で取得されたセンサ座標系での加速度ベクトルを、鉛直方向と進行方向、横方向の3つの加速度成分に分解する。S205では、S203で推定された姿勢角に基づいて、S202で取得されたセンサ座標系での角速度ベクトルを、ヨー軸・ピッチ軸・ロール軸周りの3つの角速度成分に分解する。次に、強識別器の本体処理に入る前の初期化処理をS206で行う。S206では、イテレータ変数iと総和変数Sをそれぞれ0に初期化する。S207では、i番目の弱識別器(i)について、弱識別器のデータセット、すなわち閾値パラメータセットと重み(信頼度)α(i)を取得する。
【0030】
S208では、弱識別器(i)が処理の対象とする角速度成分もしくは加速度成分に対して、弱識別器による処理を適用して、その出力W(i)を{+1, -1}の値として得る。S209では、S208で得られた弱識別器の出力W(i)をS207で取得された重みα(i)に乗じて、弱識別器(i)としての出力O(i)を得る。S210では、出力O(i)を総和変数Sに加算し、イテレータ変数iに+1を加算する。S211では、イテレータ変数がN(学習によって得られた弱識別器の個数)と一致するかを判定し、一致しない場合は、処理S207を実行し、一致する場合はループ処理を終了してS212の処理に移る。S212では、総和変数Sの値の正負判定をおこない、正である場合は、動作もしくは状態Xがあったと判定する。総和変数の値が負である場合は、動作もしくは状態Xがないと判定する。
【0031】
(解析するセンサデータ)
人の重心付近に装着された加速度・ジャイロセンサのデータは、センサの座標系での出力であるため、そのまま学習データとして用いると、ローカルな情報が含まれているために、動作識別の詳細を記述する上では適切でない可能性がある。そこで、人の座標系において、重力方向と進行方向、その二つの方向に直交する外積ベクトル(すなわち側方)の方向の3つの軸に、加速度ベクトルと角速度ベクトルを分解して、それぞれの成分を機械学習の入力データとして用いる。すなわち、加速度ベクトルについて3つの成分、角速度について3つの成分があるので、計6つの成分が解析対象の候補となる。
【0032】
(動作識別に用いる弱識別器)
前述した解析対象となる入力データの各成分の短期的な変動について、
(1)一定の閾値以上の正値のピークに続いて一定の閾値以下の負値のピークが現れるパターン(図3)、
(2)一定の閾値以下の負値のピークに続いて一定の閾値以上の正値のピークが現れるパターン(図4)、
(3)一定の閾値以上の正値のピークだけ現れるパターン(図5)、
(4)一定の閾値以下の負値のピークだけ現れるパターン(図6)、
(5)一定の閾値以上の正値から一定の閾値以下の負値に変化するパターン(図7)、
(6)一定の閾値以下の負値から一定の閾値以上の正値に変化するパターン(図8)などが、弱識別器として利用可能なパターンとして挙げられる。
【0033】
各成分の長期的変動の特徴については、高速フーリエ変換器(FFT)などにより周波数分析を行い、各成分を周波数領域でみたときに、
(A)その成分の周波数領域のパワースペクトラムにおけるピークとなるパワーが、全体のパワーに対して、その比が一定の閾値以上となるパターンが挙げられる。
また、二つの成分間については、
(a)成分間の相互相関が一定の閾値以上、もしくは一定の閾値以下となるパターン、(b)各成分の正・負値ピークを取る時刻間の差分値が一定の中心値±閾値の範囲内であるパターン、
(c)各成分をFFTなどにより周波数領域に変換したときに、そのパワースペクトラムにおいてピークとなる周波数の位相差が一定の中心値±閾値以内に収まるパターン、の3つが弱識別器として利用可能なパターンとして挙げられる。
【0034】
(強識別器の学習方法)
前述した強識別器は、AdaBoost(Adaptive Boosting)と呼ばれる枠組みで学習される。図9にその処理の流れ図の一例を示す。本処理の前提として必要となるのは、学習用データ(M個)と弱識別器(N個)である。この学習用データには、世界座標系に合わせた角速度成分、加速度成分、装着者の位置・方位の時系列データが含まれている。
【0035】
処理手順S901では強識別器が使用する弱識別器の個数Nを、学習させる前の段階で設定する。Nの大きさについては、十分大きい値を設定するほど認識精度が向上することが分かっているが、一定値以上では精度向上が飽和する。一方で、Nを大きくするほど認識フェーズで計算コストが比例して高くなる。このため、事前にサンプルデータに対して異なるNの値で学習させ、それを適用した上で、最適と考えられるNの値を設定することが望ましい。S902では、閾値パラメータセットを含む弱識別器をN個分だけ決めて設定する。S903では、事前に準備されている学習用データ(j)(計M個)に対して、重みβ(j)を与えて初期化する。
【0036】
S904では、後述のループの初期化処理をおこなう。イテレータ変数iに0をセットして初期化する。S905では、学習用データの加速度・角速度・位置・方位を弱識別器(i)に適用して、この学習用データに対して最適となる閾値パラメータセットとその重みα(i)(信頼度)を算出する。なお、ここで最適となる閾値パラメータセットの探索範囲は、加速度成分については、+3Gから-3Gの間を0.01G程度の刻み幅と設定すると効果的である。加速度・角速度成分については、このような動作・状態を取る典型的なデータを収集しておき、その範囲を前もって計測しておくと、この値の設定に寄与できる。
【0037】
S906では、学習用データに対して最適となる閾値パラメータセットを用いた弱識別器(i)に適用して、出力W(i){+1 or -1}を得る。S907では、S906で得られた出力W(i)に基づいて学習用データの重みβ(j)を更新する。S908では、ループ処理でイテレータ変数i←i+1と更新する。S909では、イテレータ変数がNに到達したかの判定処理をおこなう。Nと一致していない場合は、S905に戻り、処理を続け、一致した場合は、S910に進む。
【0038】
S910では、S905〜S907で得られた各弱識別器(i)とその重みα(i)に基づいて、強識別器を構成する。
【0039】
図10は、上述のような学習結果により構成された強識別器の一例である。図10は、強識別器が5つの弱識別器で構成される場合を示している。それぞれの弱識別器には異なった成分、重み、閾値が設定されている。それぞれの強識別器は、このような異なったパラメータを持つ一以上の弱識別器により構成されている。
【0040】
本発明の移動体の状態推定装置によれば、歩行者の腰部に装着された低コストIMUを用いて、その位置と方位(姿勢)の推定と同時に、その動作を識別する手法を実現する移動体の状態推定装置が提供される。
【0041】
歩行動作と異なる動作のいくつか(たとえば、腰をかがめてくぐり抜ける動作や椅子に座る動作など)は、ほとんどの場合、特定の場所でしか起きず、したがって、その動作を識別することによってその位置の絞り込みが可能となる。逆に、他の手段によって位置とその属性が特定されていると、その位置で起きうる動作は限定されるため、そのコンテキスト情報は、動作の識別率の向上に寄与する。
【0042】
また、人の姿勢状態(立っているか、座っているか、膝立ちしているかなど)を取得することで、歩行が発生しうる状態かどうかを判定できるため、歩行動作と誤認識されやすい動作を排除することできると期待される。
【0043】
図11は、位置と方位を用いて強識別器の一つを構成した場合の別の実施例である。図1に示した本発明の基本構成に加えて、測位装置1107と進行方向推定装置1106を備える。測位装置1107は、いわゆるPDR(Pedestrian Dead Reckoning)の枠組みなどによって測位対象(歩行者)の位置を推定する装置によって構成可能である。また、進行方向推定装置1106は、前述のPDRの枠組みによって構成可能であり、測位装置1107を構成する上で必須となる構成要素の一つである。
【0044】
データの流れは下記の通りである。まず、IMUによって加速度・角速度ベクトル(3軸・センサ座標系)が計測され、これが、姿勢角推定装置1104と測位装置1107、進行方向推定装置1106、加速度・角速度成分分解装置1105にそれぞれ入力される。なお、姿勢角推定装置1104においては、磁気ベクトル計測手段を別途備え、これによって計測される磁気ベクトル(3軸・センサ座標系)を入力として加えて、地磁気に基づく方位角補正をおこなっても良い。姿勢角推定装置1104では、たとえばセンサ座標系と世界座標系との関係を記述する回転行列C(3x3行列)を姿勢角として推定し、この姿勢角を加速度・角速度成分分解装置1105、測位装置1107,進行方向推定装置1106に入力として与える。
【0045】
加速度・角速度成分分解装置1105は、IMUによって入力された加速度ベクトルをセンサ座標系から、鉛直方向・進行方向・横方向の3つの成分に分解する。また、角速度ベクトルについては、ヨー軸・ピッチ軸・ロール軸周りの3つの成分に分解して、合計6つの成分を強識別器111kに対して入力する。測位装置1107は、IMUから得られる加速度・角速度成分と姿勢角推定装置1104から得られる姿勢角、進行方向推定装置1106から得られる進行方向に基づいて、PDRの枠組みなどによって測位対象の位置を計測する装置である。推定結果である位置と不確かさ(たとえば、カルマンフィルタにおける誤差分散共分散行列)を、強識別器111kの入力として与える。なお、測位装置1107の入力である加速度・角速度ベクトルはセンサ座標系ではなく、加速度・角速度成分分解装置1105などによって世界座標系に変換された加速度・角速度ベクトルであっても良い。
【0046】
進行方向推定装置1106は、IMUから得られる加速度・角速度成分と姿勢角推定装置1104から得られる姿勢角に基づいて、測位対象(たとえば歩行者)の進行方向である方位を推定する装置である。PDRの枠組みを用いることによって、測位対象の進行方向を推定し、これを測位装置1107と強識別器111kの入力としてそれぞれ与える。強識別器111kでは、成分分解された加速度・角速度成分と位置・方位を入力として、動作・状態kについて認識処理をおこない、動作・状態kがあったとみなされるときTrueを返し、それ以外の時Falseを返す。
【0047】
図11で構成される、加速度・角速度成分に加えて位置・方位情報を考慮した強識別器を実現するその処理のフローチャートを図12に示す。まず、S1201でIMUから加速度ベクトル(3軸・センサ座標系)を取得し、S1202でIMUから角速度ベクトル(3軸・センサ座標系)を取得する。S1203では、姿勢角推定装置1104によって前記加速度ベクトルと角速度ベクトルに基づいて姿勢角を推定する。S1204では、S1201,S1202で得られた加速度ベクトルと角速度ベクトル、S1203で得られた姿勢角に基づいて、IMUの進行方向を推定する。S1205では、S1201,S1202で取得された加速度ベクトルと角速度ベクトル、S1203で得られた姿勢角、S1204で得られた進行方向に基づいて、位置とその不確からしさを推定する。
【0048】
S1206では、S1201,S1202で取得された加速度ベクトルと角速度ベクトル、S1203で得られた姿勢角に基づいて、加速度ベクトルを鉛直方向・進行方向・横方向の成分に分解し、角速度ベクトルをヨー軸・ピッチ軸・ロール軸周りの成分に分解する。S1207では、S1206で得られた加速度成分と角速度成分、S1205で得られた位置とその不確からしさ、S1204で得られた進行方向を入力として、動作もしくは状態kを判定認識する強識別器による処理をおこない、その判定結果をTrue/Falseで出力する。
【0049】
外食・介護・ビルメンテナンスなどのサービス産業や製造業の現場を、主となるターゲットドメインと捉えて、人の重心付近である腰部に装着されたプロトタイプIMU(加速度・磁気・ジャイロ・気圧センサ)からのデータに基づいて、位置・高度と方位に加えて人の動作を識別する手法として利用可能である。
【0050】
腰部装着型PDRの測位システムとして備えるべき機能としては、歩行者が通常のモードで移動する状態を識別する機能が必要であり、(1)前進歩行+階段昇降、(2)横歩き、(3)後ろ歩きの3つを判別することである。本発明の移動体の状態推定装置では、これらの3つの基本動作に加えて、重心の移動を伴う複数の特徴的な動作を判別することができる構成となっている。動作を識別することで、その動作が発生しうる位置に推定結果を補正することができるほか、位置の推定結果に基づいてその動作の発生頻度を事前確率として用いることで、動作認識の精度を高めることができる。
【符号の説明】
【0051】
1001 角速度ベクトル計測手段、
1002 加速度ベクトル計測手段
1003 慣性計測ユニット(IMU)
1004 姿勢角推定装置
1005 加速度・角速度成分分解装置
1011 第1の強識別器(重み付き弱識別器)
1012 第2の強識別器(重み付き弱識別器)
101x 第xの強識別器(重み付き弱識別器)
図1
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図2
図9
図10
図11
図12