【実施例】
【0025】
以下、本発明を実施例に基づいて説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
〈実施例1〉
本実施例では市販ブタ胃ムチン(PSM)を用いて、PVDF膜上におけるムチンおよびグリコサミノグリカン類の検出を検討した。
(分子マトリクス電気泳動による市販PSMの分離)
特許文献1の方法に従って、市販のPSM(タイプIII、シグマアルドリッチ社製)を分子マトリクス電気泳動法により、以下のようにして分離した。
用いた分子マトリクス電気泳動膜は、PVDF膜(Immobilon-P,ミリポア社製)を適した大きさに切り取り、メタノールに数分間浸した後、0.25%のポリビニルアルコールを含む泳動用緩衝液(0.1Mピリジン−ギ酸緩衝液、pH4.0)に30分間浸すことにより作成した。
電気泳動に供する試料の前処理として、PSM(100μg)を20mMジチオトレイトールおよび8M尿素を含む0.1Mトリス-塩酸緩衝液(pH8.6、10μL)に溶解し、室温で3時間放置した後、250mMヨードアセタミド水溶液(1μL、最終濃度25mM)を加え、室温で1時間、暗所にて静置させた。こうして得られたPSM溶液を分析試料として用いた。
試料溶液の一部(1μL)を、前記の分子マトリクス電気泳動膜上の陰極側の端から1.5cmの位置にスポットし、電気泳動に供した。泳動槽には、セルロースアセテート膜電気泳動装置(EPC105AA型、アドバンテック社製)を使用し、通電条件は、膜の幅1cmあたり1.0mAとし、泳動時間は30分間とした。
【0026】
(膜の化学処理)
泳動後の膜をアセトン中で30分間振とう後、80℃に調整したヒートブロックにて20分間乾燥した。この膜を化学処理液に室温で2時間浸した。化学処理液は、ピリジンとアセトニトリルの1:4の混合溶媒に、無水コハク酸を100mg/mLになるように溶解させた溶液を用いた。
【0027】
(染色)
化学処理後の膜を、0.1%酢酸に溶解した0.1%アルシアンブルー8GX溶液中で20分間振とうした。その後、膜をとりだしメタノールで1分間洗浄した。
【0028】
(染色結果)
染色結果を
図1に示す。上のスポットから順に、コンドロイチン硫酸型プロテオグリカン、ヒアルロン酸、酸性糖鎖を有するムチン、中性糖鎖のみを有するムチン、であることが特許文献1の実施例に記載されている。
図1の左の図は、化学処理液による前処理を行わない従来法でアルシアンブルー染色した結果であり、中性ムチンのスポットが全く染色されていない。一方、右の図は、本発明の方法でアルシアンブルー染色した結果であり、中性ムチンを含む全てのスポットを染色することができた。
【0029】
(糖鎖分析)
次に、前記の本発明の方法により染色されたPSMの中性ムチンのスポットを切り取り、膜ごとアルカリによるβ-エリミネーション反応を行い、ムチンのコアタンパク質から糖鎖を遊離させた。得られた糖鎖の完全メチル化誘導体を質量分析計で測定した結果を
図2(上)に示す。また、従来の方法(特許文献1)により、PSMの中性ムチンのスポットから遊離させた糖鎖の完全メチル化誘導体を質量分析計で測定した結果を
図2(下)に示す。
図2に示すとおり、本発明の方法で染色したスポットから得られたスペクトルは、従来の方法を用いて得られたスペクトルと同様であり、同じ糖鎖が検出された。
この結果、本発明の方法により染色されたムチンは、染色後、質量分析によるO結合型糖鎖の糖鎖分析にも使用できることが分かった。
【0030】
〈実施例2〉
実施例1の膜の化学処理液における「ピリジンとアセトニトリルの1:4の混合溶媒」を「ピリジンとメチルエチルケトンの1:4の混合溶媒」に代えた以外は実施例1と全く同様に処理し、同様な結果を得た。
図3参照。
【0031】
〈実施例3〉
実施例1の膜の化学処理液における「ピリジンとアセトニトリルの1:4の混合溶媒」を「ピリジンとアセトンの1:4の混合溶媒」に代えた以外は実施例1と全く同様に処理し、同様な結果を得た。
図3参照。
【0032】
〈実施例4〉
実施例1の膜の化学処理液における「ピリジンとアセトニトリルの1:4の混合溶媒」を「ピリジンとジオキサンの1:4の混合溶媒」に代えた以外は実施例1と全く同様に処理し、同様な結果を得た。
図3参照。
【0033】
〈実施例5〉
本実施例ではキトサンを用いて、PVDF膜上における多糖の検出を検討した。
(分子マトリクス電気泳動による市販キトサンの分離)
分子マトリクス電気泳動膜は実施例1に記載した方法により作成した。キトサン試料(キトサン10:和光純薬工業)を泳動用緩衝液(0.1Mピリジン−ギ酸緩衝液、pH4.0)に0.5mg/mLの濃度になるように溶解させて得られたキトサン溶液を分析試料として用いた。試料溶液の一部(1μL)を、前記の分子マトリクス電気泳動膜上にスポットし、電気泳動に供した。試料のスポット位置は膜の陽極側の端から1.5cmの位置とし、それ以外の泳動条件は実施例1に記載の方法と同様に行った。
【0034】
(膜の化学処理および染色)
泳動後の膜を室温にて自然乾燥させた。乾燥以外の条件については、この膜を実施例1と同様に化学処理液にて処理し染色した。
【0035】
(染色結果)
染色結果を
図4に示す。
図4の左の図は、化学処理液による前処理を行わない従来法でアルシアンブルー染色した結果であり、キトサンのスポットが全く染色されていない。一方、右の図は、本発明の方法でアルシアンブルー染色した結果であり、キトサンのスポットを染色することができたことがわかる。
【0036】
〈実施例6〉
本実施例ではヒト血清を用いて、PVDF膜上における糖タンパク質の検出を検討した。
(ヒト血清のSDS-ポリアクリルアミド電気泳動)
市販ヒト血清を2-メルカプトエタノールとSDSを含む変性用緩衝液を用いて20倍に希釈し、95℃で5分間処理した。その溶液の4μLをゲル濃度12.5%のSDS−ポリアクリルアミドゲルにアプライし、SDS-PAGE用のトリス・グリシン泳動緩衝液を用いて20分間電気泳動を行った。
【0037】
(血清タンパク質のPVDF膜への転写)
電気泳動終了後のゲルを市販のPVDF膜(イモビロン-P, ミリポア社製)に重ね、NuPAGE(登録商標)トランスファー緩衝液(インビトロジェン社製)を用いて電気的に血清タンパク質を、ゲルからPVDF支持体上に転写した。
【0038】
(膜の化学処理)
本実施例では、前記実施例1〜4において行った化学処理液による処理の前に、予備処理液による処理を行った。
すなわち、転写後の膜を室温で乾燥後、予備処理液に室温で3時間浸した。予備処理液は、蒸留水とアセトニトリル1:4の混合溶液に、無水酢酸を100mg/mLになるように添加した溶液を用いた。その後、膜を取り出し、ドラフト中で室温にて乾燥後、実施例1で用いた化学処理液に室温で2時間浸した。
【0039】
(染色)
実施例1と同様の方法で、化学処理後の膜を染色した。
【0040】
(染色結果)
染色結果を
図5に示す。
図5の左の図は、ProQEmerald(Pro-Q Emerald
488 Glycoprotein Gel and Blot Stain Kit、モレキュラープローブス社)により染色した結果であり、血清中の糖タンパク質が染色されている。中央の図は、前記の化学処理を行わない従来法でアルシアンブルー染色した結果であり、一部の酸性タンパク質のみが染色されている。一方、右の図は、本発明の方法でアルシアンブルー染色した結果であり、ProQEmeraldにより染色した結果とほぼ同様の染色結果が得られた。
【0041】
〈実施例7〉
本実施例では市販ニワトリ由来卵白アルブミン(オボアルブミン)を用いて、PVDF膜上における糖タンパク質の検出およびN結合型糖鎖の解析を検討した。
(オボアルブミンのSDS-ポリアクリルアミド電気泳動)
市販ニワトリ由来卵白アルブミン(5mg、グレードV、シグマ社製)を1mLの蒸留水に溶解させ、2-メルカプトエタノールとSDSを含む変性用緩衝液を用いて2倍に希釈し、95℃で5分間処理した。その溶液の4μLをゲル濃度12.5%のSDS-ポリアクリルアミドゲルにアプライし、SDS-PAGE用のトリス・グリシン泳動緩衝液を用いて20分間電気泳動を行った。
【0042】
(オボアルブミンのPVDF膜への転写)
電気泳動終了後のゲルを市販のPVDF膜(イモビロン-P,ミリポア社製)に重ね、NuPAGE(登録商標)トランスファー緩衝液(インビトロジェン社製)を用いて泳動分離されたオボアルブミンを電気的に、ゲルからPVDF支持体上に転写した。
【0043】
(膜の化学処理)
転写後の膜を室温で乾燥後、予備処理液に室温で2時間浸した。予備処理液は、アセトニトリルとメタノール1:4の混合溶液に、無水酢酸を100mg/mLになるように溶解させた溶液を用いた。その後、膜を取り出し、ドラフト中で室温にて乾燥後、実施例1で用いた化学処理液に室温で2時間浸した。
【0044】
(染色)
実施例1と同様の方法で、化学処理後の膜を染色した。
【0045】
(染色結果)
染色結果を
図6に示す。
図6の左のレーンは、前記の化学処理を行わない従来法でアルシアンブルーにより染色した結果であり、オボアルブミンは全く染色されていない。中央のレーンは、本発明の方法でアルシアンブルー染色した結果であり、従来法でダイレクトブルー(DB-71)により染色した結果とほぼ同様の染色結果が得られた。
【0046】
(糖鎖分析)
分子量44000に相当する染色されたスポットを膜から切り出し1.5mLのサンプルチューブに入れ、10μLの0.25%ポリビニルアルコールを添加した後、10μLの50mM水酸化ナトリウム溶液に浸して45℃にて1時間放置した。ついで、1%酢酸にて中和した後、50mM重炭酸アンモニウム溶液に溶解した2mUのPNGaseF(タカラバイオ社製)をスポット膜に添加し、37℃にて16時間インキュベートした。サンプルチューブ内の残液を別のチューブに移し、スポット膜を200μLの蒸留水で2回洗浄し、洗液を残液と合わせ1%酢酸にてpH5に調整した。この溶液を陽イオン交換固相抽出カートリッジ(Oasis MCX、ウォーターズ社製)に供し、蒸留水1mLにて洗浄した。ろ液と洗液を合わせて凍結乾燥し、得られた残渣を完全メチル化した後、質量分析計で測定した。
得られた質量分析スペクトルを
図7に示す。本発明の方法により染色されたスポットから得られたN結合型糖鎖のシグナル(
図7上段)と従来法であるDB-71で染色されたスポットから得られたN結合型糖鎖のシグナル(
図7下段)は同一であった。
したがって、本発明の方法により染色された糖タンパク質は、染色後、質量分析によるN結合型糖鎖の糖鎖分析にも使用できることが分かった。