特許第5750768号(P5750768)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5750768
(24)【登録日】2015年5月29日
(45)【発行日】2015年7月22日
(54)【発明の名称】糖タンパク質又は多糖類の検出方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/447 20060101AFI20150702BHJP
【FI】
   G01N27/26 315G
   G01N27/26 301B
   G01N27/26 301A
   G01N27/26 315J
   G01N27/26 315F
【請求項の数】11
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2012-12822(P2012-12822)
(22)【出願日】2012年1月25日
(65)【公開番号】特開2013-152132(P2013-152132A)
(43)【公開日】2013年8月8日
【審査請求日】2014年9月11日
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】亀山 昭彦
(72)【発明者】
【氏名】董 偉傑
(72)【発明者】
【氏名】松野 裕樹
【審査官】 黒田 浩一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009-265078(JP,A)
【文献】 特開平9-43243(JP,A)
【文献】 特開平6-107594(JP,A)
【文献】 特開平5-281190(JP,A)
【文献】 特開2010-266431(JP,A)
【文献】 松野裕樹,28. 分子マトリクス(SMME)により分離したムチンの同定法の開発,生物物理化学,2011年,55:40
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/447
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
薄膜上の分離された糖タンパク質又は多糖類を、ジカルボン酸無水物を含む溶液で処理した後、塩基性色素を含有する溶液を用いて染色して検出することを特徴とする糖タンパク質又は多糖類の検出方法。
【請求項2】
前記ジカルボン酸無水物が、無水コハク酸又は無水マレイン酸であることを特徴とする請求項1に記載の検出方法。
【請求項3】
前記ジカルボン酸無水物を含む溶液が、さらに塩基性溶媒を含有することを特徴とする請求項1又は2に記載の検出方法。
【請求項4】
前記塩基性溶媒が、ピリジンであることを特徴とする請求項3に記載の検出方法。
【請求項5】
前記薄膜が、電気泳動用媒体であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の検出方法。
【請求項6】
前記薄膜が、電気泳動用媒体から転写された糖タンパク質又は多糖類を保持する多孔質疎水性ポリマーからなることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の検出方法。
【請求項7】
前記薄膜が、親水性ポリマーを含有する多孔質疎水性ポリマーからなることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の検出方法。
【請求項8】
前記多孔質疎水性ポリマーが、ポリビニリデンジフルオリド(PVDF)であることを特徴とする請求項6又は7に記載の検出方法。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか1項に記載の検出方法で染色された薄膜を用いて、糖鎖遊離処理を行うことを特徴とする糖鎖の遊離方法。
【請求項10】
請求項9に記載の方法で遊離された糖鎖を用いて、分離された糖タンパク質中又は多糖類中の糖鎖構造を解析することを特徴とする糖鎖構造の解析方法。
【請求項11】
請求項1〜8のいずれか1項に記載の検出方法により糖タンパク質又は多糖類を検出するのに用いるキットであって、
(1)ジカルボン酸無水物及びジカルボン酸無水物を溶解させる溶液、又はジカルボン酸無水物を含む溶液、及び(2)塩基性色素、又は塩基性色素を含有する溶液、を含むことを特徴とする糖タンパク質又は多糖類の検出用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体由来試料や食品、医薬品などに存在する糖タンパク質又は多糖類を分離し検出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、生体由来試料や食品、医薬品などに存在する糖タンパク質又は多糖類の分離には電気泳動法が好ましく用いられており、具体的には、血清糖タンパク質を例にした場合、SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動、セルロースアセテート膜電気泳動、等電点ゲル電気泳動とSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動を組み合わせた2次元電気泳動等がある。また、ムチン様糖タンパク質やプロテオグリカン型糖タンパク質を例にした場合、アガロースゲルもしくはアガロース/ポリアクリルアミド混成ゲルを用いた電気泳動、又はセルロースアセテート膜を用いた電気泳動等がある。
【0003】
さらに、電気泳動法により分離した糖タンパク質の糖鎖を解析するためには、従来公知の転写法が適用できる。すなわち、電気泳動法により分離された糖タンパク質を、ゲルからポリビニリデンジフルオリド(PVDF、polyvinylidene difluoride)膜に転写した後、該膜上での酵素反応やアルカリ処理によるβ-エリミネーション(β-elimination)反応により糖鎖を切り出し、切り出された糖鎖を質量分析計で解析する方法が用いられる。
【0004】
また、前述の電気泳動により分離されたタンパク質の分離状態を視覚的にとらえるためには、通常染色する方法が用いられる。ゲルのまま染色する場合には、クマシ‐ブリリアントブルーR250、アミドブラック、ポンソーSなどの色素や、銀染色が一般的に利用されている。膜に転写したタンパク質の染色には、上に示した色素の他、インディアンインク、ダイレクトブルー71(DB71)などの色素が利用される。特にDB71は、膜に転写したタンパク質を簡便かつ迅速に染色する方法として広く使われている。一方、糖タンパク質又は多糖類を選択的に染色する場合には、過ヨウ素酸酸化により糖部分を酸化的に分解し、新たに生じるアルデヒド基にアミノ基等の官能基を有する色素を反応させてシッフ塩基を形成させることにより染色する方法、すなわち、過ヨウ素酸−シッフ塩基(periodic acid−Schiff base:PAS)反応により、電気泳動で分離した糖タンパク質を赤紫色に染色する方法が一般的に用いられている(非特許文献1参照)。モレキュラープローブス社から市販されているProQEmerald(Pro-Q Emerald 488 Glycoprotein Gel and Blot Stain Kit)は、アルデヒド基と反応させる色素として蛍光色素をPAS反応に利用した染色キットであり、高感度に糖タンパク質を検出できるとされている。
しかし、この方法は操作が煩雑で結果を得るまでに長時間を要するうえ、糖を分解してしまうため、染色後は、前述のβ-エリミネーション反応を用いた糖鎖の分析が不可能となるという問題がある。
【0005】
一方、たとえばムコ多糖等の、酸性の糖タンパク質は、アルシアンブルーなどの塩基性色素によって染色することが可能であるが(特許文献1参照)、シアル酸、ウロン酸、硫酸などの酸性残基を持たない中性のムチンや中性の多糖類は、この方法では染色されなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Bio-Techniques,8,492-495(1990)
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2009−265078号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、こうした現状を鑑みてなされたものであって、糖タンパク質又は多糖類を染色でき、かつ、染色後の薄膜を用いて糖鎖分析が可能な糖タンパク質又は多糖類の検出方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、分離された、薄膜上の糖タンパク質又は多糖類を、塩基性色素を用いて染色する際に、ジカルボン酸無水物を含む溶液で前処理することにより、酸性残基を持たない中性のムチンや中性の多糖類を染色して検出できることを見いだした。
【0010】
本発明はこれらの知見に基づいて完成に至ったものであり、本発明によれば、以下の発明が提供される。
[1]薄膜上の分離された糖タンパク質又は多糖類を、ジカルボン酸無水物を含む溶液で処理した後、塩基性色素を含有する溶液を用いて染色して検出することを特徴とする糖タンパク質又は多糖類の検出方法。
[2]前記ジカルボン酸無水物が、無水コハク酸又は無水マレイン酸であることを特徴とする[1]に記載の検出方法。
[3]前記ジカルボン酸無水物を含む溶液が、さらに塩基性溶媒を含有することを特徴とする[1]又は[2]に記載の検出方法。
[4]前記塩基性溶媒が、ピリジンであることを特徴とする[3]に記載の検出方法。
[5]前記薄膜が、電気泳動用媒体であることを特徴とする[1]〜[4]のいずれかに記載の検出方法。
[6]前記薄膜が、電気泳動用媒体から転写された糖タンパク質又は多糖類を保持する多孔質疎水性ポリマーからなることを特徴とする[1]〜[4]のいずれかに記載の検出方法。
[7]前記薄膜が、親水性ポリマーを含有する多孔質疎水性ポリマーからなることを特徴とする[1]〜[5]のいずれか1項に記載の検出方法。
[8]前記多孔質疎水性ポリマーが、ポリビニリデンジフルオリド(PVDF)であることを特徴とする[6]又は[7]に記載の検出方法。
[9][1]〜[8]のいずれかに記載の検出方法で染色された薄膜を用いて、糖鎖遊離処理を行うことを特徴とする糖鎖の遊離方法。
[10][9]に記載の方法で遊離された糖鎖を用いて、分離された糖タンパク質中又は多糖類中の糖鎖構造を解析することを特徴とする糖鎖構造の解析方法。
[11][1]〜[8]のいずれかに記載の検出方法により糖タンパク質又は多糖類を検出するのに用いるキットであって、
(1)ジカルボン酸無水物及びジカルボン酸無水物を溶解させる溶液、又はジカルボン酸無水物を含む溶液、及び(2)塩基性色素、又は塩基性色素を含有する溶液、を含むことを特徴とする糖タンパク質又は多糖類の検出用キット。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、塩基性染料を用いて、シアル酸、ウロン酸、硫酸などの酸性残基を持たない中性のムチンや中性の多糖類を染色することができる。また、本発明によれば、従来のPAS反応を用いた方法では不可能であったところの、染色後、薄膜ごとアルカリβエリミネーションなどの方法により、コアタンパク質から糖鎖を遊離させて質量分析することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】市販PSMを分子マトリクス電気泳動にて展開後、染色した結果を示す図であり、左側が従来法によるもの、右側が本発明の実施例1によるものである。
図2】質量分析法による、PSMに含まれる中性ムチンのO結合型糖鎖の分析結果を示す図であり、上段が本発明の実施例1によるものであり、下段が従来法によるものである。
図3】実施例2〜4において、化学処理液における溶媒を代えて染色した結果を示す図。
図4】キトサンを分子マトリクス電気泳動にて展開後、染色した結果を示す図であり、左側が従来法によるもの、右側が本発明の実施例5によるものである。
図5】SDS-ポリアクリルアミド電気泳動で展開したヒト血清をPVDF膜上に転写して染色した結果を示す図であり、左側が、従来法のProQEmerald法によるものであり、中央が従来のアルシアンブルー染色によるもの、右側が本発明の実施例6によるものである。
図6】SDS-ポリアクリルアミド電気泳動で展開した市販のオボアルブミンをPVDF膜上に転写して染色した結果を示す図であり、左側が、従来法のアルシアンブルー法によるものであり、中央が本発明の実施例7によるものであり、右側が従来のDB-71法によるものである。
図7】質量分析法による、オボアルブミンのN結合型糖鎖の分析結果を示す図であり、上段が本発明の実施例7によるものであり、下段が従来法によるものである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、分離された糖タンパク質又は多糖類を染色する検出方法であって、塩基性染色液を用いて染色する前に、ジカルボン酸無水物を含有する溶液で処理することを特徴とするものである。
すなわち、分離された糖タンパク質又は多糖類を、ジカルボン酸無水物を含む溶液で処理することにより、糖の水酸基とジカルボン酸無水物の縮合反応によりカルボン酸基を生成させ、その後塩基性染料液を用いて、染色して検出することを特徴とするものである。
【0014】
具体的には、分離された糖タンパク質又は多糖類を含む薄膜を乾燥した後、ジカルボン酸無水物を含む溶液(以下、「化学処理液」という。)に該乾燥した薄膜を一定時間浸し、浸された薄膜を、塩基性色素を含有する溶液に一定時間浸し、最後に有機溶媒を含む洗浄液で洗浄することにより、薄膜上の糖タンパク質又は多糖類を染色し、検出する。
【0015】
本発明において、ジカルボン酸無水物は、特に限定されないが、例えば、反応が容易に進行するという点から、無水コハク酸及び無水マレイン酸が好適に用いられる。
本発明において用いられる前記の化学処理液は、ジカルボン酸無水物を溶解した溶液であり、また、本発明においては、化学処理液中に、ジカルボン酸無水物の縮合反応の反応効率を高める目的で、ピリジン、ピコリン、ルチジン、コリジンなどの塩基性溶媒を含有させることが好ましい。また、さらに反応効率を高める目的でジメチルアミノピリジンなどの塩基性触媒を該溶液に添加してもよい。
【0016】
ピリジンなどの塩基性溶媒は、これだけをジカルボン酸無水物の溶媒として用いると、電気泳動後の化学処理において染色の際にバックグラウンドが高くなるため、他の溶媒と混合して化学処理液の溶媒として用いられる。
溶媒又は混合溶媒に用いる溶媒としては、ジカルボン酸無水物を溶解し、ピリジンなどの塩基性溶媒と相溶性があり、且つ、染色の際にバックグラウンドが高くならないものであれば特に限定されないが、好ましくは、アセトニトリル、メチルエチルケトン、アセトン、ジオキサン等が用いられる。
具体的には、例えば、アセトニトリル、メチルエチルケトン、アセトン、ジオキサン等の溶媒、或いは、ピリジンとアセトニトリルの混合溶媒、ピリジンとメチルエチルケトンの混合溶媒、ピリジンとアセトンの混合溶媒、又はピリジンとジオキサンとの混合溶媒等が用いられる。混合溶媒におけるピリジンなどの塩基性溶媒と溶媒の混合割合は、1:1〜1:11であり、好ましくは、1:4である。
そして、前記溶媒又は塩基性溶媒との混合溶媒に対して、ジカルボン酸を、20〜200mg/mL、好ましくは、100mg/mLとなるように溶解したものが、化学処理液として用いられる。
【0017】
糖タンパク質又は多糖類は、薄膜上に分離された状態で存在していれば良く、その分離方法は特に限定されないが、好ましくは、電気泳動法などが用いられる。
本発明において、分離に分子マトリクス電気泳動を行う場合は、用いる装置としては、従来のセルロースアセテート膜電気泳動装置をそのまま用いることができ、具体的には、EPC105AA型セルロースアセテート膜電気泳動装置(アドバンテック)などが使用できる。また分離にゲル電気泳動を行う場合は、従来のゲル電気泳動装置、従来のブロッティング装置をそのまま用いることができる。具体的には、例えばAE-6531P/M型ミニスラブ電気泳動槽(アトー)でゲル電気泳動後、分離したタンパク質をブロッティング装置、例えばAE-6685セミドライブロッティング装置(アトー)によりPVDF膜に転写する方法が使用できる。
【0018】
本発明の検出方法において、上記のようにして分離された糖タンパク質又は多糖類の染色は、電気泳動媒体として用いたアガロースゲル、アガロース/ポリアクリルアミド混成ゲル等のゲルからなる薄膜、又はセルロースアセテート膜等の薄膜上では行なうことができない。
しかし、分離された糖タンパク質又は多糖類を、上記ゲルから、タンパク質を疎水性相互作用によって強く結合保持する性質を有するPVDF等の疎水性多孔質ポリマー膜に転写した後、該疎水性多孔質ポリマー膜上で染色を行なうことができる。
【0019】
本発明において、電気泳動用媒体として、特許文献1に記載された、親水性ポリマーを含有させた、PVDF等の疎水性の多孔質ポリマーからなる薄膜を用いた場合には、転写することなく該薄膜上で染色した後、該薄膜を用いて、アルカリβエリミネーションなどの方法により、コアタンパク質から糖鎖を遊離させて質量分析することができるので、特に好ましい。
該疎水性の多孔質ポリマー膜上に、親水性のポリマーを含有させる方法としては、具体的には、疎水性の多孔質ポリマー膜を親水性ポリマー溶液中に浸漬する方法、疎水性の多孔質ポリマー膜上に親水性ポリマーを塗布する方法等の方法が挙げられる。
【0020】
含有させる親水性ポリマーとしては、ポリマーの構成ユニットに酸素や窒素のようなヘテロ原子を少なくとも一つ含むポリマーであって、水接触角が60°以下の、水との親和性を有するポリマーである。例としてポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール、ポリアクリルアミド、ポリエチレングリコール、ポリエチレンオキシドなどが挙げられるが、特に、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコールが、分離能の点から好ましく、最も好ましいのは、ポリビニルアルコールである。なお、本発明の目的からみて、本発明に用いる親水性ポリマーには、デキストリン等の多糖系のポリマーが含まれないことは当然のことである。
また、その他の親水性ポリマーのうち、ポリエチレングリコール(PEG)、ポリビニルピロリドン(PVP)、或いは、ポリ2-ヒドロキシエチルメタクリレート(2HEMA)は、いずれも、単独で用いた場合には、分離能が不十分であるが、PVAと混合することにより、あるいはビニルアルコールとの共重合ポリマーとして使用することにより分離能が改善され、PVAのみの場合とほぼ同様の良好な泳動パターンを得ることができる。
【0021】
分離された糖タンパク質又は多糖類を含有するこれらの薄膜は、電気泳動後あるいはPVDF膜等の疎水性ポリマー薄膜への転写後、乾燥することにより薄膜に残留する水分を除去し、その後ジカルボン酸無水物を含む化学処理液を用いて処理するのが好ましい。乾燥条件は、薄膜から水分を除去できる方法であれば特に限定されないが、例えば室温で1時間、風乾する方法、あるいはアセトン中に5分間浸漬した後、室温で10分間乾燥する方法、さらに20分間、80℃で加熱乾燥する方法等が挙げられる。
【0022】
また、ジカルボン酸無水物を含む化学処理液を用いた処理方法としては、特に限定されないが、該溶液中に、上記の乾燥した薄膜を一定時間浸漬する方法が、簡便な方法として好ましい。浸漬する時間は、室温で30分以上あればよいが、好ましくは室温で2時間が好ましい。
【0023】
化学処理液に浸漬された薄膜は、次いで、塩基性色素を含有する溶液に一定時間浸漬し、最後に有機溶媒を含む洗浄液で洗浄することにより、薄膜上の糖タンパク質および多糖類を染色する。
用いる塩基性色素は、特に限定されないが、一般的には、フタロシアニン色素の一種である、アルシアンブルーが用いられる。
また、溶液には、0.1%酢酸水溶液に溶解した0.1%アルシアンブルー溶液が用いられる。
さらに、有機溶剤を含む洗浄液としては、メタノールが一般的に用いられる。
【0024】
本発明の方法により染色された糖タンパク質または多糖類は、染色されたスポットを薄膜ごと切り出して、糖タンパク質の場合はアルカリβエリミネーションなどの方法によりコアタンパク質から糖鎖を遊離させ、多糖類の場合は水溶液による抽出などの方法により回収し、質量分析等の方法により、糖鎖分析に適用される。
【実施例】
【0025】
以下、本発明を実施例に基づいて説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
〈実施例1〉
本実施例では市販ブタ胃ムチン(PSM)を用いて、PVDF膜上におけるムチンおよびグリコサミノグリカン類の検出を検討した。
(分子マトリクス電気泳動による市販PSMの分離)
特許文献1の方法に従って、市販のPSM(タイプIII、シグマアルドリッチ社製)を分子マトリクス電気泳動法により、以下のようにして分離した。
用いた分子マトリクス電気泳動膜は、PVDF膜(Immobilon-P,ミリポア社製)を適した大きさに切り取り、メタノールに数分間浸した後、0.25%のポリビニルアルコールを含む泳動用緩衝液(0.1Mピリジン−ギ酸緩衝液、pH4.0)に30分間浸すことにより作成した。
電気泳動に供する試料の前処理として、PSM(100μg)を20mMジチオトレイトールおよび8M尿素を含む0.1Mトリス-塩酸緩衝液(pH8.6、10μL)に溶解し、室温で3時間放置した後、250mMヨードアセタミド水溶液(1μL、最終濃度25mM)を加え、室温で1時間、暗所にて静置させた。こうして得られたPSM溶液を分析試料として用いた。
試料溶液の一部(1μL)を、前記の分子マトリクス電気泳動膜上の陰極側の端から1.5cmの位置にスポットし、電気泳動に供した。泳動槽には、セルロースアセテート膜電気泳動装置(EPC105AA型、アドバンテック社製)を使用し、通電条件は、膜の幅1cmあたり1.0mAとし、泳動時間は30分間とした。
【0026】
(膜の化学処理)
泳動後の膜をアセトン中で30分間振とう後、80℃に調整したヒートブロックにて20分間乾燥した。この膜を化学処理液に室温で2時間浸した。化学処理液は、ピリジンとアセトニトリルの1:4の混合溶媒に、無水コハク酸を100mg/mLになるように溶解させた溶液を用いた。
【0027】
(染色)
化学処理後の膜を、0.1%酢酸に溶解した0.1%アルシアンブルー8GX溶液中で20分間振とうした。その後、膜をとりだしメタノールで1分間洗浄した。
【0028】
(染色結果)
染色結果を図1に示す。上のスポットから順に、コンドロイチン硫酸型プロテオグリカン、ヒアルロン酸、酸性糖鎖を有するムチン、中性糖鎖のみを有するムチン、であることが特許文献1の実施例に記載されている。
図1の左の図は、化学処理液による前処理を行わない従来法でアルシアンブルー染色した結果であり、中性ムチンのスポットが全く染色されていない。一方、右の図は、本発明の方法でアルシアンブルー染色した結果であり、中性ムチンを含む全てのスポットを染色することができた。
【0029】
(糖鎖分析)
次に、前記の本発明の方法により染色されたPSMの中性ムチンのスポットを切り取り、膜ごとアルカリによるβ-エリミネーション反応を行い、ムチンのコアタンパク質から糖鎖を遊離させた。得られた糖鎖の完全メチル化誘導体を質量分析計で測定した結果を図2(上)に示す。また、従来の方法(特許文献1)により、PSMの中性ムチンのスポットから遊離させた糖鎖の完全メチル化誘導体を質量分析計で測定した結果を図2(下)に示す。図2に示すとおり、本発明の方法で染色したスポットから得られたスペクトルは、従来の方法を用いて得られたスペクトルと同様であり、同じ糖鎖が検出された。
この結果、本発明の方法により染色されたムチンは、染色後、質量分析によるO結合型糖鎖の糖鎖分析にも使用できることが分かった。
【0030】
〈実施例2〉
実施例1の膜の化学処理液における「ピリジンとアセトニトリルの1:4の混合溶媒」を「ピリジンとメチルエチルケトンの1:4の混合溶媒」に代えた以外は実施例1と全く同様に処理し、同様な結果を得た。図3参照。
【0031】
〈実施例3〉
実施例1の膜の化学処理液における「ピリジンとアセトニトリルの1:4の混合溶媒」を「ピリジンとアセトンの1:4の混合溶媒」に代えた以外は実施例1と全く同様に処理し、同様な結果を得た。図3参照。
【0032】
〈実施例4〉
実施例1の膜の化学処理液における「ピリジンとアセトニトリルの1:4の混合溶媒」を「ピリジンとジオキサンの1:4の混合溶媒」に代えた以外は実施例1と全く同様に処理し、同様な結果を得た。図3参照。
【0033】
〈実施例5〉
本実施例ではキトサンを用いて、PVDF膜上における多糖の検出を検討した。
(分子マトリクス電気泳動による市販キトサンの分離)
分子マトリクス電気泳動膜は実施例1に記載した方法により作成した。キトサン試料(キトサン10:和光純薬工業)を泳動用緩衝液(0.1Mピリジン−ギ酸緩衝液、pH4.0)に0.5mg/mLの濃度になるように溶解させて得られたキトサン溶液を分析試料として用いた。試料溶液の一部(1μL)を、前記の分子マトリクス電気泳動膜上にスポットし、電気泳動に供した。試料のスポット位置は膜の陽極側の端から1.5cmの位置とし、それ以外の泳動条件は実施例1に記載の方法と同様に行った。
【0034】
(膜の化学処理および染色)
泳動後の膜を室温にて自然乾燥させた。乾燥以外の条件については、この膜を実施例1と同様に化学処理液にて処理し染色した。
【0035】
(染色結果)
染色結果を図4に示す。図4の左の図は、化学処理液による前処理を行わない従来法でアルシアンブルー染色した結果であり、キトサンのスポットが全く染色されていない。一方、右の図は、本発明の方法でアルシアンブルー染色した結果であり、キトサンのスポットを染色することができたことがわかる。
【0036】
〈実施例6〉
本実施例ではヒト血清を用いて、PVDF膜上における糖タンパク質の検出を検討した。
(ヒト血清のSDS-ポリアクリルアミド電気泳動)
市販ヒト血清を2-メルカプトエタノールとSDSを含む変性用緩衝液を用いて20倍に希釈し、95℃で5分間処理した。その溶液の4μLをゲル濃度12.5%のSDS−ポリアクリルアミドゲルにアプライし、SDS-PAGE用のトリス・グリシン泳動緩衝液を用いて20分間電気泳動を行った。
【0037】
(血清タンパク質のPVDF膜への転写)
電気泳動終了後のゲルを市販のPVDF膜(イモビロン-P, ミリポア社製)に重ね、NuPAGE(登録商標)トランスファー緩衝液(インビトロジェン社製)を用いて電気的に血清タンパク質を、ゲルからPVDF支持体上に転写した。
【0038】
(膜の化学処理)
本実施例では、前記実施例1〜4において行った化学処理液による処理の前に、予備処理液による処理を行った。
すなわち、転写後の膜を室温で乾燥後、予備処理液に室温で3時間浸した。予備処理液は、蒸留水とアセトニトリル1:4の混合溶液に、無水酢酸を100mg/mLになるように添加した溶液を用いた。その後、膜を取り出し、ドラフト中で室温にて乾燥後、実施例1で用いた化学処理液に室温で2時間浸した。
【0039】
(染色)
実施例1と同様の方法で、化学処理後の膜を染色した。
【0040】
(染色結果)
染色結果を図5に示す。図5の左の図は、ProQEmerald(Pro-Q Emerald
488 Glycoprotein Gel and Blot Stain Kit、モレキュラープローブス社)により染色した結果であり、血清中の糖タンパク質が染色されている。中央の図は、前記の化学処理を行わない従来法でアルシアンブルー染色した結果であり、一部の酸性タンパク質のみが染色されている。一方、右の図は、本発明の方法でアルシアンブルー染色した結果であり、ProQEmeraldにより染色した結果とほぼ同様の染色結果が得られた。
【0041】
〈実施例7〉
本実施例では市販ニワトリ由来卵白アルブミン(オボアルブミン)を用いて、PVDF膜上における糖タンパク質の検出およびN結合型糖鎖の解析を検討した。
(オボアルブミンのSDS-ポリアクリルアミド電気泳動)
市販ニワトリ由来卵白アルブミン(5mg、グレードV、シグマ社製)を1mLの蒸留水に溶解させ、2-メルカプトエタノールとSDSを含む変性用緩衝液を用いて2倍に希釈し、95℃で5分間処理した。その溶液の4μLをゲル濃度12.5%のSDS-ポリアクリルアミドゲルにアプライし、SDS-PAGE用のトリス・グリシン泳動緩衝液を用いて20分間電気泳動を行った。
【0042】
(オボアルブミンのPVDF膜への転写)
電気泳動終了後のゲルを市販のPVDF膜(イモビロン-P,ミリポア社製)に重ね、NuPAGE(登録商標)トランスファー緩衝液(インビトロジェン社製)を用いて泳動分離されたオボアルブミンを電気的に、ゲルからPVDF支持体上に転写した。
【0043】
(膜の化学処理)
転写後の膜を室温で乾燥後、予備処理液に室温で2時間浸した。予備処理液は、アセトニトリルとメタノール1:4の混合溶液に、無水酢酸を100mg/mLになるように溶解させた溶液を用いた。その後、膜を取り出し、ドラフト中で室温にて乾燥後、実施例1で用いた化学処理液に室温で2時間浸した。
【0044】
(染色)
実施例1と同様の方法で、化学処理後の膜を染色した。
【0045】
(染色結果)
染色結果を図6に示す。図6の左のレーンは、前記の化学処理を行わない従来法でアルシアンブルーにより染色した結果であり、オボアルブミンは全く染色されていない。中央のレーンは、本発明の方法でアルシアンブルー染色した結果であり、従来法でダイレクトブルー(DB-71)により染色した結果とほぼ同様の染色結果が得られた。
【0046】
(糖鎖分析)
分子量44000に相当する染色されたスポットを膜から切り出し1.5mLのサンプルチューブに入れ、10μLの0.25%ポリビニルアルコールを添加した後、10μLの50mM水酸化ナトリウム溶液に浸して45℃にて1時間放置した。ついで、1%酢酸にて中和した後、50mM重炭酸アンモニウム溶液に溶解した2mUのPNGaseF(タカラバイオ社製)をスポット膜に添加し、37℃にて16時間インキュベートした。サンプルチューブ内の残液を別のチューブに移し、スポット膜を200μLの蒸留水で2回洗浄し、洗液を残液と合わせ1%酢酸にてpH5に調整した。この溶液を陽イオン交換固相抽出カートリッジ(Oasis MCX、ウォーターズ社製)に供し、蒸留水1mLにて洗浄した。ろ液と洗液を合わせて凍結乾燥し、得られた残渣を完全メチル化した後、質量分析計で測定した。
得られた質量分析スペクトルを図7に示す。本発明の方法により染色されたスポットから得られたN結合型糖鎖のシグナル(図7上段)と従来法であるDB-71で染色されたスポットから得られたN結合型糖鎖のシグナル(図7下段)は同一であった。
したがって、本発明の方法により染色された糖タンパク質は、染色後、質量分析によるN結合型糖鎖の糖鎖分析にも使用できることが分かった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7