【実施例】
【0052】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが何らこれらに限定されるものではない。
【0053】
〔ウイルス〕
以下の実施例に用いた各種のウイルスは以下のとおりである。
YK711及びYK712
それぞれ、Myc-TEV-Flag(MEF)tagで標識したgB(MEF-gB)、又はMyc-TEV-Flag(MEF)tagで標識したgH(MEF-gH)を発現する組換えHSV-1である。Katoらの方法(Kato, A. et al. J Virol82, 6172-6189 (2008))に従い、pYEbac102を含むE. coli GS1783(Jarosinski, K. et al. J Virol 81, 10575-87.)を用いて、2段階Red組換え法(two-step Red-mediated mutagenesis;Jarosinski, K. et al. J Virol 81, 10575-87.)により調製した。
調整方法の概略を
図8に示す。
野生型HSV-1(F)、gB欠損ウイルス及びその復帰変異ウイルス(gB欠損ウイルスにおいて欠失しているgB配列が回復されたもの)
Satohら及びKawaguchiらの方法に従って用意した(Kawaguchi, Y. et al. J Virol 73, 4456-60., Satoh, T.et al. Cell 132, 935-44.)。
HSV-1 GFP
UL3遺伝子及びUL4遺伝子の遺伝子間領域において、Egr-1プロモータの制御下に強化緑色蛍光タンパク質(EGFP)の発現カセットを有する遺伝子組換えHSV-1である。
HSV-2 GFP
UL50遺伝子及びUL51遺伝子の遺伝子間領域において、サイトメガロウイルスプロモータの制御下に強化緑色蛍光タンパク質(EGFP)の発現カセットおよびbacmidを有する遺伝子組換えHSV-2である(J. Virol. 83: 11624-11634, 2009.)。
PRV GFP
gG locusにおいて、ヒトサイトメガロウイルスプロモータの制御下にEGFPを有する組換え仮性狂犬病ウイルスPRV151。Dr. L. W. Enquistから提供を受けた。
HSV-1 GFP及びPRV GFPは、培養細胞中で野生型ウイルスと同様に成長し、感染した細胞内においてのみ蛍光タンパク質を発現する
。
【0054】
〔融合タンパク質、ペプチド等〕
実施例で用いた融合タンパク質やペプチドは、以下のプラスミドを用いて発現させた。
pGEX-NMHC-IIArod
グルタチオンS-トランスフェラーゼとNMHC-IIAのC末端断片(配列番号:1)との融合タンパク質(GST-NMHC-IIArod)を産生するためのプラスミドである。NMHC-IIAのC末端断片のコード領域をpEGFP-ARF296(Sato, M.et al. Mol Biol Cell 18, 1009-17.)からPCRにより増幅することにより構築し、得られたDNA断片をpGEX-4T3(GE Healthcare社)に、GSTとともにインフレームにクローニングした。
pGEX-NMHC-IIBrod
グルタチオンS-トランスフェラーゼとNMHC-IIBのC末端断片との融合タンパク質(GST-NMHC-IIBrod)を産生するためのプラスミドである。NMHC-IIBのC末端断片のコード領域をpEGFP-BRF305(Sato, M.et al. Mol Biol Cell 18, 1009-17.)からPCRにより増幅することにより構築し、得られたDNA断片をpGEX-4T3(GE Healthcare社)に、GSTとともにインフレームにクローニングした。
pME-Ig-NMHC-IIArod及びpME-Ig-NMHC-IIBrod
可溶型NMHC-IIA、可溶型NMHC-IIBである、IgとNMHC-IIA又はNMHC-IIBのC末端断片との融合タンパク質(それぞれ、NMHC-IIArod-Ig及びNMHC-IIBrod-Ig)を産生するためのプラスミドである。
pME-Ig-NMHC-IIArodは、pGEX-NMHC-IIArodと同様の方法で作製した。但し、pGEX-4T-3の代わりに修正したpME18S発現ベクターを用いた。修正pME18S発現ベクターは、N末端にマウスCD150リーダーセグメントを含み、C末端にヒトIgG1のFc領域を含む。Fc領域は、細胞のFc受容体への結合親和性を低下させるために、266位及び267位のロイシンをそれぞれアラニンとグルタミンに変異させ、HSV-1のFc受容体(gE)への結合親和性を低下させるために、467位のヒスチジンをアルギニンに変異させた。
pME-Ig-NMHC-IIBrodも同様の方法で作製した。但し、pME-Ig-NMHC-IIBrodには、NMHC-IIBのC末端断片(配列番号:7)のコード領域は、pEGFP-BRF305(Sato, M.et al. Mol Biol Cell 18, 1009-17.)からPCRにより増幅することにより構築した。
pMxs-NMHC-IIA-puro
プラスミド11347(Addgene社)由来のNMHC-IIAのオープンリーディングフレームは、pMxs-puro(Morita, S. et al. Gene Ther 7, 1063-6.)にクローニングした。このプラスミドをpMxs-NMHC-IIA-puroと呼ぶ。
Flag-MYH10発現ベクター
Uchiyama Y et al. Proc Natl Acad Sci U S A. 2010 May 18;107(20):9240-5.の方法に従って作製した。
pEP98-gB、pPEP99-gD、pPEP101-gL、及びpPEP100-gH(HSV-1糖タンパク質発現プラスミド)
HSV-1のgB、gD、gL、及びgHを発現させるためのプラスミドである。Northwestern Universityから入手した(Pertel, P. E.et al. Virology 279, 313-24)。
pT7EMCLuc
融合効率の定量のために用いた。T7 RNAポリメラーゼをコードするpCAGT7、及びT7プロモータ制御下にホタルルシフェラーゼ遺伝子を有するプラスミドである(Okuma, K.et al. Virology 254, 235-44.)。
pSSSP-NMHC-IIA、pSSSP-NMHC-IIB及びpSSSP-Cre
NMHC-IIA、NMHC-IIBに対するshRNAを発現する安定なcell lineを産生するために、pSSSP-NMHC-IIA及びpSSS-NMHC-IIBを以下の方法で構築した。
NMHC-IIAに対するshRNAをコードするDNA(配列番号:5)を、pmU6のBbsI部位及びEcoRI部位にクローニングした。得られたプラスミドのBamHI-EcoRIフラグメント(U6プロモータ及びNMHC-IIAに対するshRNAをコードする配列を含む)を、pSSSPのBamHI及びEcoRI部位にクローニングし、pSSSP-NMHC-IIAを得た。pSSSPは、ピューロマイシン耐性遺伝子を含むレトロウイルスベクターpMXの誘導体である。
pSSSP-NMHC-IIBも、pSSSP-NMHC-IIAと同様に作製した。但し、NMHC-IIBに対するshRNAをコードするDNAとして、配列番号:11に記載の塩基配列からなるDNAを使用した。
コントロールとして、Creリコンビナーゼに対するshRNAをコードするpSSSP-Creを(Haraguchi, T., et al. FEBS Lett 581, 4949-54.)に従って用意した。
【0055】
〔細胞及び培地〕
実施例で用いた細胞は、以下のとおりである。
CHO-hPILRα細胞及びCHO-hNectin-1細胞:それぞれヒトPILRα又はヒトNectin-1を安定に発現する形質転換体である(Arii, J. et al. J Virol. 83, 4520-7.)
HL60/NMHC-IIA細胞及びHL60/puro細胞:pMXs-NMHC-IIA又はpMxs-puroを含む組換えレトロウイルスによって形質転換されたピューロマイシン耐性を有するHL60細胞である。具体的には、plat-GP細胞を、pMxs-NMHC-IIA-puro又はpMxs-puroとpMDGとにより共形質転換した。2日後、上清を回収した。HL60細胞に、レトロウイルスを含む形質転換plat-GP細胞の上清を感染させて形質導入し、維持培地に0.5μg/mlのピューロマイシンを加えて形質転換された細胞を選択した。
IC21/NMHC-IIB細胞及び、IC21/puro細胞:Flag-MYH10発現ベクター又はpMxs-puroを含む組換えレトロウイルスによって形質転換されたピューロマイシン耐性を有するIC21細胞である。具体的には、IC21細胞をFlag-MYH10発現ベクターまたはpMxs-puroで形質転換し、2日後から0.25μg/mlのpuromycinを含む維持培地で培養して、形質転換された細胞を選択した。
199培地、Ham F-12培地、1%FCSを加えたRPMI1640培地、1%FCSを加えた199倍地を、様々な種類のVero細胞、CHO細胞、HL60細胞、IC21細胞、HEL細胞へのウイルス感染に用いた。
【0056】
〔抗体〕
実施例で用いた抗体は、以下のとおりである。
gB(1105)、Flag(M2)及びMyc(PL14)に対するマウスモノクローナル抗体:それぞれGoodwin Institute社、Sigma社及びMBL社から購入した。
NMHC-IIAのC末端に対するウサギポリクローナル抗体:Sigma社から購入した。当該抗体は、NMHC-IIAのC末端の11アミノ酸(配列番号:6)をエピトープとして認識する。
実施例4に用いたNMHC-IIAのC末端断片に対するウサギポリクローナル抗体(抗NMHC-IIA血清):上記pGEX-NMHC-IIArodをE.coliで発現させたGST-NMHC-IIArodでウサギを免疫し、通常のプロトコル(MBL社)に従って精製した。免疫したウサギの血清を、抗NMHC-IIArodポリクローナル抗体として用いた。コントロールとなるウサギ血清は、MBL社から購入した。
NMHC-IIBのC末端に対するウサギポリクローナル抗体:Sigma社から購入した。当該抗体は、NMHC-IIBのC末端(1965位から1976位)の12アミノ酸(配列番号:12)をエピトープとして認識する
。
抗リン酸化RLC抗体及び抗RLC抗体は、Cell signaling Technology社から購入した。
【0057】
実施例1:gBと結合する新規HSVエントリーレセプターの探索
<マウス胎児繊維芽細胞(MEF細胞)におけるエントリーレセプターの探索>
MEF細胞又はIC21細胞(マウスマクロファージ様細胞)に、4℃で2時間、YK711を感染させた後、細胞を37℃に移して2分後に回収した。2mMのDTSSP(Piers社)を含むリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で、4℃で2時間処理した後、RIPA緩衝液(1% NP-40, 0.1% Sodium Deoxycholate, 0.1% SDS, 150mM NaCl, 10mM Tris-HCl [pH7.4], 1mM EDTA)中で溶解させた。
遠心分離後に得られた上清を、抗mycモノクローナル抗体(MBL社)を用いた第一の免疫沈降に供し、免疫沈降物をAcTEVプロテアーゼ(Invitrogen社)と反応させた。また、上記上清を、抗Flagモノクローナル抗体(Sigma社)を用いた第二の免疫沈降に供し、免疫沈降物を変性ゲル中で電気泳動によって分離し、銀染により可視化した。
これにより、繊維芽細胞という生体内に広く分布する細胞において、gBと結合するタンパク質を検出することができる。
結果を
図1Aに示す。
次に、MEF細胞のみで見られたバンド(矢印)を切り出し、ゲル中でトリプシン消化を行い、質量分析に供した。質量分析の結果、バンドの一つがNMHC-IIAと同定された。
【0058】
<NMHC-IIAとNMHC-IIBの発現>
Vero細胞及びCos-1細胞において、NMHC-IIA、及びNMHC-IIAと類似した機能を有するNMHC-IIBの発現を、それぞれ抗NMHC-IIA抗体、抗NMHC-IIB抗体を用いて検出した。結果を
図16Aに示す。Vero細胞には、両方発現していたが、Cos-1細胞にはNMHC-IIBのみ発現していた。
【0059】
<免疫沈降>
PILRとMAG以外のHSVのエントリーレセプターを見出すために、膜透過性を有しないクロスリンカーを用いたタンデムアフィニティー精製法を、質量分析法を用いるプロテオミクス技術と組み合わせた方法(Oyama, M. et al. Mol Cell Proteomics 8, 226-31.)を用いた。具体的な方法は以下のとおりである。
Vero細胞に、YK711、YK712又はHSV-1(F)を4℃で2時間感染させた。細胞を37℃に移し、2分後に回収してPBSで洗浄し、プロテイナーゼ阻害剤カクテルを含むTNE緩衝液(1% NP-40, 150mM NaCl, 10mM Tris-HCl [pH7.8], 1mM EDTA)中で溶解させた。遠心分離後の上清を、プロテインA-セファロースビーズと4℃で30分インキュベートしてクリアにした。短い遠心分離の後、上清を、抗Flag抗体又は抗gB抗体と4℃で2時間反応させた。続いてプロテインA-セファロースビーズを加え、回転させながらさらに4℃で1時間反応させた。免疫沈降物は、短時間の遠心分離によって回収し、TNE緩衝液できれいに洗浄した後、抗NMHC-IIA抗体を用いたイムノブロッティングによって分析した。
結果を
図1Bに示す。
MEF-gBを発現するYK711又は野生型HSV-1(F)を感染させたVero細胞の細胞溶解物において、NMHC-IIAは、MEF-gB又は野生型gBと共に沈降した。
また、Vero細胞に変えてCos-1細胞を用いて同様の実験を行い、最後に抗NMHC-IIB抗体を用いたイムノブロッティングによって解析した結果を
図16B及びCに示す。
図16Bは、YK711またはYK712を感染させた結果であり、
図16Cは、野生型HSV-1(F)を感染させた結果である。
NMHC-IIAの場合と同様に、MEF-gBを発現するYK711、又は野生型HSV-1(F)を感染させたCos-1細胞の溶解物において、NMHC-IIBはMEF-gB又は野生型gBと共に沈降し、NMHC-IIBもgBと結合することが確認された。
【0060】
<野生型HSV-1(F)、gB欠損ウイルス、又は復帰変異ウイルスと可溶性NMHC-IIA C末端断片との結合>
NMHC-IIArod-IgはCos-1細胞に産生させた。293T細胞にHSV-1を感染させ、12h後に感染細胞を回収した(A)。また、別の293T細胞にHSV-1糖タンパク質発現プラスミドをリポフェクタミンを用いて導入し、18時間後に細胞を回収した(B)。細胞はNMHC-IIArod-Igと氷上で30分反応させた。細胞を2%FCS入りPBSで洗浄後、二次抗体(PE標識anti-human IgG抗体)と氷上で30分反応させた。細胞は再び2%FCS入りPBSで洗浄し、flow cytometerによって解析を行った。
(A)及び(B)の結果をそれぞれ
図2A及びBに示す。
gB欠損ウイルス感染細胞(YK701(dgB)-infected)は、NMHC-IIArod-Ig(NMHC-IIAのC末端断片とIgとの融合タンパク質)によって認識されなかった(
図2A中段)。一方、野生型HSV-1(F)感染細胞(F-infected)、及び野生型gBを発現するgB欠損ウイルスの復帰変異ウイルス感染細胞(YK702(repair)-infected)は、NMHC-IIArod-Igに認識された(
図2A上段及び下段)。
この結果と一致して、HSV-1のgBトランスフェクタントはNMHC-IIArod-Igに認識され、HSV-1のgDトランスフェクタントは認識されなかった(
図2B)。
これらの結果から、NMHC-IIAのC末端領域がHSV-1のgBと相互作用していることが示唆された。
次に、NMHCIIBrod-IgをCos-1細胞に産生させ、293T細胞にHSV-1糖タンパク質発現プラスミドをリポフェクタミンを用いて導入し、上記(B)と同様の実験をNMHC-IIBについて行った。結果を
図17A及びBに示す。gBを表面に発現する細胞は、NMHC-IIBrod-Igで染色され、NMHC-IIBもC末端領域がHSV-1のgBと相互作用していることが示唆された。
【0061】
実施例2:HSV-1侵入時におけるNMHC-IIAの細胞内での移動
Vero細胞に、野生型HSV-1(F)を4℃で2時間感染させ、37℃に移した後、0分後、2分後、及び15分後に、抗NMHC-IIA抗体を用いた免疫蛍光法(FITC標識した二次抗体を使用)により、NMHC-IIAの細胞内での局在を分析した。
mock感染させた細胞と、HSV-1(F)を4℃で感染させた細胞(0分後)では、NMHC-IIAは細胞質全体に分布していた。HSV-1が侵入を開始すると(37℃に移して2分後及び15分後)、NMHC-IIAの細胞膜付近における濃度が有意に高くなった(
図3A)。
また、mock感染させた細胞、又は野生型HSV-1(F)を4℃で2時間感染させた後37℃に移して15分経過した細胞の細胞表面タンパク質をビオチン化し、アビジンビーズによる免疫沈降を行い、続いて抗NMHC-IIA抗体によるイムノブロッティングを行った。
より具体的には、Vero細胞に、MOI=5のHSV-1(F)を4℃で2時間感染させた。細胞を37℃に移して、2分後及び15分後に氷冷したBPSで4回洗浄し、開裂可能なsulfo-NHS-SS-Biotin(Pierce社)を用いて、15分ずつ2回ビオチン化した。
0.2%BSAを加えて氷冷したDMEMで1回洗浄し、10%FCSを加えたPBSで2回洗浄した後、細胞は、mock処理に供するか、又は、細胞表面のタンパク質から残存したビオチン標識を除去するために、新たに用意した還元溶液(15.5mg of glutathione/ml、75mM NaCl、0.3%のNaOH、10%の仔ウシ血清)による処理を、4℃で20分、2回行った。
0.2%BSAを加えたDMEMで2回洗浄し、1%BSAを加えた5mg/mlのヨードアセトアミド(PBS中)でフリーのSH基をクエンチした後、細胞を回収し、プロテイナーゼ阻害剤カクテルを含むRIPA緩衝液中で可溶化させた。アビジンビーズで沈澱させ、抗NMHC-IIA抗体を用いてイムノブロッティングを行った。
結果を
図3Bに示す。
正常Vero細胞の細胞表面においてNMHC-IIAが発現していること、及び、ウイルス侵入に伴ってNMHC-IIAの細胞表面における量が上昇することを確認した。
さらに、MEF-gBを発現するHSV-1(YK711)を感染させた細胞で抗Flag抗体と共に沈降したNMHC-IIAはビオチン化されていたが、MEF-gHを発現するHSV-1(YK712)を感染させた細胞では、ビオチン化されたNMHC-IIAと同等の分子量を有するタンパク質は検出されなかった(
図3C)。
これらの結果は、HSV-1の侵入により、NMHC-IIAの細胞表面での濃度が増大し、細胞表面のNMHC-IIAがgBと相互作用することを示している。
HSV-1の侵入から15分以内に細胞表面における発現が上昇するというNMHC-IIAの性質は、これまでに報告されたHSV-1のエントリーレセプターには見られないNMHC-IIAに特有のものである。この性質は、HSV-1は細胞への吸着から侵入までに10分から15分のタイムラグがあるという過去の報告と一致するものであり、その現象を説明するものである。このようなタイムラグは、ワクシニアウイルスやインフルエンザウイルスの感染では見られない。
【0062】
実施例3-1:NMHC-IIAの細胞内局在の制御によるHSV-1感染の阻害
NM-IIAの細胞内局在は、NM-IIAのサブユニットである調節軽鎖(Regulatory light chain; RLC)がミオシン軽鎖キナーゼ(myosin light chain kinase; MLCK)でリン酸化されることによって一部制御される。
そこで、MLCKの特異的阻害剤であるML-7が、NMHC-IIAの再配置に及ぼす影響を調べた。具体的には、Vero細胞を様々な濃度のML-7で30分間前処理し、同濃度のML-7存在下で、24穴プレートにおいて、HSV-1 GFPをMOI=1で接種した。接種材料を除去した後、細胞に、同濃度のML-7を含む培地を与えた。
感染の5時間、6時間又は12時間後に、細胞を蛍光顕微鏡(Olympus IX71)で観察するか、Cell Questソフトウエア(Becton Dickinson)を使用してFACSCaliburで分析した。
また、インフルエンザウイルスを用いて同様の実験を行った。
結果を
図4に示す。
ウイルス侵入時の、細胞膜付近におけるNMHC-IIA濃度の上昇は、ML-7によって阻害された(
図4B)。
HSV-1 GFPによる感染もML-7によって用量依存的に阻害されたが(
図4A)、インフルエンザによる感染にはML-7は影響しなかった(
図4C)。
これらの結果は、HSV-1侵入時にNMHC-IIAが細胞表面に移動することを含むNM-IIAの制御が、効率的なHSV-1感染に必要とされることを示した。
NMHC-IIAの移動は、ウイルス侵入の直後におこるシグナルパスウェイの調節によって制御されるものと考えられる。HSV-1の侵入は、細胞膜及び細胞内のカルシウム濃度の急激な上昇を惹起し(Cheshenko, N. et al. Mol Biol Cell 18, 3119-30)、これがMLCKを介したNM-II RLCのリン酸化を引き起こす。
NM-II RLCをリン酸化してNM-IIの局在を制御するMLCKの特異的阻害剤が、ウイルス侵入時におけるNMHC-IIAの移動、及びHSV-1感染を阻害するという今回示された事実は、HSV-1侵入によるカルシウムシグナリングパスウェイの活性化が、NMHC-IIAの移動を引き起こし、gBとの相互作用によるウイルスエントリーを仲介するという仮説をサポートするものである。
【0063】
次に実施例2と同様の方法で、ML-7による前処理を行ったCos-1細胞、又は行っていないCos-1細胞に野生型HSV-1(F)を感染させ、細胞表面タンパク質をビオチン化し、アビジンビーズによる免疫沈降を行った後に、抗NMHC-IIB抗体を用いてイムノブロッティングを行った。
結果を
図18Aに示す。HSV-1を感染させると細胞膜付近におけるNMHC-IIB濃度が上昇したが、ML-7で処理すると当該濃度は著しく低下した。
また、実施例3と同様に、Cos-1細胞を様々な濃度のML-7で30分間前処理し、同濃度のML-7の存在下で、24穴プレートにおいて、HSV-1 GFPをMOI=1で接種し、接種材料を除去した後、細胞に同濃度のML-7を含む培地を与えた。さらに、HSV-1 GFPに代えてインフルエンザウイルスを用いて同様の実験を行った。
結果を
図18B及びCに示す。
図18Bに示すとおり、HSV-1による感染は、ML-7によって用量依存的に阻害された、インフルエンザウイルスの感染はML-7による影響を受けなかった(
図18C)。NMHC-IIBしか発現していないCos-1細胞においてもこのような現象が観察されたことから、NMHC-IIBもHSV-1侵入時に細胞表面に移動し、HSV-1エントリーのための受容体として機能することが示された。
【0064】
実施例3-2:NMHC-IIAの細胞内局在の制御によるHSV-2感染の阻害
HSV-2 GFPについて、実施例3-1と同様の実験をVero細胞を用いて行った。
結果を
図22に示す。HSV-2 GFPによる感染もML-7によって用量依存的に阻害された。
【0065】
実施例4-1:抗NMHC-IIA抗体によるHSV-1感染の阻害
Vero細胞、CHO-hNectin-1細胞、CHO-hPILRα細胞、及びHL60/NMHC-IIA細胞を様々な濃度の抗NMHC-IIA血清又はコントロール血清で30分間前処理した。
24穴プレートで、Vero細胞又はCHO-hNectin-1細胞に、HSV-1 GFPをMOI=1で接種した。1時間ウイルス吸着を行った後、接種材料を除去し、細胞に適切な培地を与えた。
また、24穴プレートで、CHO-hPILRα細胞にHSV-1 GFPをMOI=1で接種し、32℃、1100gで1時間遠心分離した。1時間ウイルス吸着を行った後、接種材料を除去して細胞を洗浄し、適切な培地を与えた。
感染の5時間、6時間又は12時間後に、細胞を蛍光顕微鏡(Olympus IX71)で観察するか、Cell Questソフトウエア(Becton Dickinson)を使用してFACSCaliburで分析した。
結果を
図5に示す。
抗NMHC-IIA血清は、CHO-hNectin-1細胞へのHSV-1の感染を阻害した。CHO-hNectin-1細胞は、元来HSV-1感染に耐性を有するCHO-K1細胞を、gD受容体のnectin-1を形質導入することにより、HSV-1感受性細胞に変換したものである。反対に、抗NMHC-IIA血清は、CHO-hPILRα細胞へのHSV-1感染を阻害しなかった。これは、CHO-K1細胞がもう一つのgB受容体であるPILRαを過剰発現することによってHSV-1への十分な感受性を獲得したことによるものと考えられる。
CHO-hNectin-1及びCHO-hPILRα細胞は、いずれもNMHC-IIAを内在的に発現する。このCHO-hPILRα細胞における競合的な結果は、NMHC-IIAがHSV-1に対する機能的なgB受容体であるという結論をさらに裏付けるものである。
【0068】
実施例5-1:NMHC-IIA又はNMHC-IIBのノックダウンによるHSV-1感染の阻害
NMHC-IIAの発現をRNAi法によってノックダウンし、ウイルス感染への影響を調べた。
具体的にはVero細胞を、pSSSP-NMHC-IIA又はpSSSP-Creで形質転換し、維持培地に2.5μg/mlのピューロマイシンを加えて形質転換された細胞を選択した。pSSSP-Creで形質転換したピューロマイシン耐性細胞をVero-shCreと呼ぶ。pSSSP-NMHC-IIAで形質転換したコロニー群をそれぞれ単離し、抗NMHC-IIA抗体によるイムノブロッティングにより、NMHC-IIAに対するshRNAを安定に発現する細胞をスクリーニングした。
24穴プレートで、Vero-shCreまたはVero-NMHC-IIA細胞にHSV-1 GFPまたはインフルエンザウイルスをMOI=1で接種した。1時間ウイルス吸着を行った後、接種材料を除去し、細胞に適切な培地を与えた。
感染の6時間後(HSV-1)又は7時間後(インフルエンザウイルス)に、Cell Questソフトウエア(Becton Dickinson)を使用してFACSCaliburで分析した。
結果を
図6A、Bに示す。
HSV-1 GFPの感受性は、NMHC-IIAをノックダウンした細胞(Vero-shNMHC-IIA)で、関連のないshRNAを発現する細胞(Vero-shCre)と比較して低下した(
図6A)。一方で、NMHC-IIAのノックダウンは、インフルエンザウイルスの感染にはほとんど影響しなかった(
図6B)。
実施例4及び5の結果は、NMHC-IIAを内在的に発現する細胞において、HSV-1がNMHC-IIAを機能的レセプターとして利用していることを示す。
また、Vero細胞は、NMHCII-A及びgD受容体であるNectin-1を内在的に発現している(Milne, R. S. et al. Virology 281, 315-328 (2001).)。
Vero細胞上のgD受容体もHSV-1感染を仲介することが既に知られていることから、Vero細胞へのHSV-1感染にgBとNMHC-IIAとの結合が必要であることがここで実証されたことにより、HSV-1の細胞への侵入にはgD及びgBの両方に対する受容体が必要であるという仮説が正しいことが示された。
【0069】
次に、Cos-1細胞におけるNMHC-IIBの発現をRNAi法によってノックダウンした。具体的には、Cos-1細胞を、pSSSP-NMHC-IIB又はpSSSP-Creで形質転換し、維持培地に2.5μg/mlのピューロマイシンを加えて形質転換された細胞を選択した。pSSSP-Creで形質転換したピューロマイシン耐性細胞をCos-1-shControlと呼ぶ。pSSSP-NMHC-IIBで形質転換したコロニー群をそれぞれ単離し、抗NMHC-IIB抗体によるイムノブロッティングにより、NMHC-IIBに対するshRNAを安定に発現する細胞をスクリーニングした。
24穴プレートで、Cos-1-shControl(図中shControl)またはCos-1-NMHC-IIB細胞(図中shNMHC-IIB)にHSV-1 GFPまたはインフルエンザウイルスをMOI=1で接種した。1時間ウイルス吸着を行った後、接種材料を除去し、細胞に適切な培地を与えた。
感染の6時間後(HSV-1)又は7時間後(インフルエンザウイルス)に、Cell Questソフトウエア(Becton Dickinson)を使用してFACSCaliburで分析した。
結果を
図19A〜Cに示す。NMHC-IIBのノックダウンによって(
図19A)、HSV-1の感染が低下したが(
図19B)、インフルエンザイウイルスの感染は変化しなかった。
【0070】
実施例5-2:NMHC-IIA又はNMHC-IIBのノックダウンによるHSV-2感染の阻害
実施例5-1の方法に従って、NMHC-IIAの発現をノックダウンしたVero細胞に、HSV-2 GFPをMOI=1で接種した。コントロールには、Vero-shCreを用いた。
結果を図
23に示す。NMHC-IIAをノックダウンした細胞では、HSV-2感染が抑制されることが確認された。
【0071】
また、同様に、実施例5-1の方法に従って、NMHC-IIBの発現をノックダウンしたCos-1細胞に、HSV-2 GFPをMOI=1で接種した。
結果を図
24に示す。NMHC-IIBをノックダウンした細胞においても、HSV-2感染が抑制されることが確認された。
【0072】
実施例6:膜融合アッセイ
HSV-1を含むエンベロープウイルスは、ウイルス感染のためにエンベロープと宿主細胞の細胞膜との融合を必要とする。HSV-1との膜融合におけるNMHC-IIAの役割を調べるため、膜融合アッセイを行った。
具体的には、24穴プレートで、Vero細胞をpEP98-gB、pPEP99-gD、pPEP101-gL、pPEP100-gH(6C)若しくはpMD (VSV-G発現vector)、およびpCAGT7を形質転換し、形質転換体をエフェクター細胞として用いた。
また、24穴プレートで、Vero-shCre又はVero-shNMHC-IIA 1-3細胞をpT7EMCLucで形質転換し、形質転換体を標的細胞として用いた。
内部コントロールとして、CMVプロモータで制御されるRenillaルシフェラーゼ遺伝子をコードするpRL-CMV(Promega社)で、共形質転換した。
形質転換の6時間後、エフェクター細胞を0.04%EDTA(PBS中)で分離し、維持培地で一回洗浄し、標的細胞と18時間共培養した。その後、ホタルルシフェラーゼ及びRenillaルシフェラーゼ活性を、Dual-Luciferase Reporter Assay System(Promega社)とluminometer(Promega社)によりそれぞれ定量した。ホタルルシフェラーゼ活性は、Renillaルシフェラーゼにより標準化した。
結果を
図6C、Dに示す。
NMHC-IIAをノックダウンしたVero細胞を、HSV-1 gB、gD、gH、及びgLを一過性に発現するVero細胞と共培養すると、コントロールshRNAを発現するVero細胞をHSV-1の糖タンパク質を発現するVero細胞と共培養した場合に比較して、膜融合は明らかに減少した(
図6C)。
対照的に、NMHC-IIAのノックダウンは、VSVエンベロープGタンパク質仲介性の膜融合にほとんど影響しなかった(
図6D)。これらの結果は、NMHC-IIAが、HSV-1エンベロープの糖タンパク質との結合を介した効率的な膜融合に必要であることを示す。また、gBとNMHC-IIAとの相互作用が、HSV-1感染における膜融合に関与することが示唆された。
【0073】
同様に、HSV-1との膜融合におけるNMHC-IIBの役割を調べるための膜融合アッセイを行った。
具体的には、24穴プレートで、Cos-1細胞をpEP98-gB、pPEP99-gD、pPEP101-gL、pPEP100-gH(6C)若しくはpMD (VSV-G発現vector)、およびpCAGT7を形質転換し、形質転換体をエフェクター細胞として用いた。
また、24穴プレートで、Cos-1-shControl又はCos-1-shNMHC-IIB 1-3細胞をpT7EMCLucで形質転換し、形質転換体を標的細胞として用いた。
内部コントロールとして、CMVプロモータで制御されるRenillaルシフェラーゼ遺伝子をコードするpRL-CMV(Promega社)で、共形質転換した。
形質転換の6時間後、エフェクター細胞を0.04%EDTA(PBS中)で分離し、維持培地で一回洗浄し、標的細胞と18時間共培養した。その後、ホタルルシフェラーゼ及びRenillaルシフェラーゼ活性を、Dual-Luciferase Reporter Assay System(Promega社)とluminometer(Promega社)によりそれぞれ定量した。ホタルルシフェラーゼ活性は、Renillaルシフェラーゼにより標準化した。
結果を
図19D、Eに示す。NMHC-IIBのノックダウンしたCos-1細胞を、HSV-1 gB、gD、gH、gLを共発現するCos-1細胞と共培養すると、コントロールに比較して膜融合が著しく減少した(
図19D)。一方、NMHC-IIBのノックダウンは、VSV G依存的な細胞融合には影響しなかった。これらの結果は、NMHC-IIBも、HSV-1エンベロープの糖タンパク質との結合を介した効率的な膜融合に必要であること、また、gBとNMHC-IIBとの相互作用が、HSV-1感染における膜融合に関与することが示唆された。
【0074】
実施例7-1:HSV-1の細胞への侵入に対するNMHC-IIAの関与の確認
NMHC-IIAを高レベル且つ安定に発現するHL60細胞(HL60/NMHC-IIA)を樹立した。ヒト前骨髄球株HL60細胞は、NMHC-IIAの発現レベルが低く(Toothaker, L. E. et al. Blood 78, 1826-1833 (1991).)、また、比較的HSV-1の感染に耐性を有することが報告されている(Pientong, C. et al. Virology 170, 468-476 (1989).)。
24穴プレートで、HL60/NMHC-IIA細胞にHSV-1 GFPをMOI=1で接種し、32℃、1100gで1時間遠心分離した。1時間ウイルス吸着を行った後、接種材料を除去して細胞を洗浄し、適切な培地を与えた。
感染の5時間、6時間又は12時間後に、細胞を蛍光顕微鏡(Olympus IX71)で観察するか、Cell Questソフトウエア(Becton Dickinson)を使用してFACSCaliburで分析した。
結果を
図7に示す。
図7Aに、HL60/NMHC-IIA細胞へのNMHC-IIAの過剰発現をウェスタンブロット法で確認した結果を示す。
HL60細胞におけるNMHC-IIAの過剰発現は、HSV-1 GFPが感染するHL60/NMHC-IIA細胞の割合を、コントロールのHL60/puro細胞に比較して著しく増大させた(
図7B及びC)。
HL60/NMHC-IIA細胞へのHSV-1 GFPの感染は、抗NMHC-IIA血清により用量依存的に阻害され、コントロール血清は、同細胞へのHSV-1 GFPの感染にわずかしか影響を与えなかった(
図7D)。
さらに、NMHC-IIAの過剰発現は、HL60細胞のブタアルファヘルペスウイルスへの感受性も増強し、GFP発現仮性狂犬病ウイルス(PRV GFP)による感染、及びHL60/NMHC-IIAにおけるPRV GFPの感染は抗NMHC-IIA血清により特異的に阻害された(
図7E)。
これらの結果は、NMHC-IIAがHSV-1感染を仲介することを示し、NMHC-IIAを介するウイルスの細胞への侵入は、他のアルファヘルペスウイルスにも保存されていることが示唆された。
【0075】
実施例7-2:HSV-1の細胞への侵入に対するNMHC-IIBの関与の確認
本来NMHC-IIBの発現レベルが低いIC21細胞で、NMHC-IIB細胞を過剰発現させた(
図20A)。このIC21/NMHC-IIB細胞に、HL60/NMHC-IIAと同様の方法で、HSV-1 GFPを接種し、観察した。
結果を
図20Bに示す。IC21細胞におけるNMHC-IIBの過剰発現は、HSV-1 GFPが感染する細胞の割合を、コントロール(IC21/puro細胞)に比較して、著しく増大させた(
図20B及びC)。これらの結果は、NMHC-IIBもHSV-1感染を仲介することを示す。
【0076】
実施例7-3:HSV-2の細胞への侵入に対するNMHC-IIAの関与の確認
ウイルスをHSV-2 GFPとして、実施例7-1と同様の実験を行った。結果を図
25に示す。NMHC-IIAの過剰発現は、HSV-2 GFPが感染する細胞の割合を増大させた。この結果は、NMHC-IIAがHSV-2感染も仲介することを示す。
【0077】
実施例7-4:HSV-2の細胞への侵入に対するNMHC-IIBの関与の確認
ウイルスをHSV-2 GFPとして、実施例7-3と同様の実験を行った。結果を図
26に示す。NMHC-IIBの過剰発現は、HSV-2 GFPが感染する細胞の割合を増大させた。この結果は、NMHC-IIBがHSV-2感染も仲介することを示す。
【0078】
実施例8:アシクロビル(ACC)との作用点の比較
24 well plateのVero細胞を、それぞれ抗NMHC-IIA血清またはコントロール血清、ML-7(20μM)、ACC (40μM) で30分処理し、HSV-1 GFPをMOI=1で接種した。1時間後ウイルス液を除去し、維持培地に交換した。ML-7およびACC処理細胞はそれぞれ薬剤入りの維持培地で培養した。感染6時間後細胞を回収し、蛍光強度をflowcytometerで解析した。図はいずれも相対的な蛍光強度として示した。
Vero細胞へのHSV侵入は、HSV複製阻害薬であるACCによって阻害されない(
図9A)ものの、MLCK阻害薬ML-7(
図9B)やNMHC-IIA抗血清(
図9C)によって阻害された。ACCはすでに広く使われている抗ヘルペスウイルス薬であるが、NMHC-IIAをターゲットとする薬剤・抗体は、ACCとは全く別の作用点であるといえる。
【0079】
実施例9:HSV-1感染によるRLCのリン酸化
Vero細胞を、20μMのML-7で30分mock処理または処理し、野生型HSV-1にML-7の存在下又は非存在下でMOI=50で4℃で2時間mock暴露または暴露した。37℃に移してから15分後に、抗リン酸化RLC抗体又は抗RLC抗体を用いたイムノブロッティングによってRLCのリン酸化を測定した。
結果を
図10に示す。HSV-1の感染により、RLCのリン酸化が亢進すること、及び、MLCKの選択的阻害剤であるML-7により、当該亢進が阻害されることが確認された。
【0080】
実施例10:カルシウムキレーターによるHSV-1感染の抑制
Vero細胞を、50μMのBAPTA-AM で30分mock処理または処理し、野生型HSV-1にML-7の存在下又は非存在下でMOI=50で4℃で2時間mock暴露または暴露した。37℃に移してから15分後に、抗NMHC-IIA抗体を用いた免疫蛍光法により解析した。
結果を
図11Aに示す。BAPTA−AMは、MLCKの活性化に必須なCa
2+のキレーターである。BAPTA-AMの存在下では、HSV-1が感染しても、NMHC-IIAが細胞膜付近に移行しないことが確認された。
また、Vero細胞を、50μMのBAPTA-AM で30分mock処理または処理し、野生型HSV-1にML-7の存在下又は非存在下でMOI=50で4℃で2時間mock暴露または暴露した。37℃に移してから15分後に、イムノブロッティングによりRLCの発現及びリン酸化を測定した。
結果を
図11Bに示す。BAPTA-AMの存在下では、RLCの発現量は変化しなかったが、HSV-1感染によるRLCのリン酸化の亢進が抑制されることが確認された。
次に、Vero細胞に、図示された濃度のBAPTA-AMの存在下又は非存在下で、HSV-1 GFPをMOI=1で感染させた。感染から5時間後に、フローサイトメトリーにより平均蛍光強度(MFI)を測定した。データは、平均値と標準誤差で示す(n=3)。データは、BAPTA-AM非存在下での測定値で標準化した。
結果を
図11Cに示す。BAPTA-AMの濃度依存的に、MFIが減少した。このことは、カルシウムキレーターによってMLCKの活性が阻害されると、細胞内に侵入するHSV-1が減少することを示す。
一方、Vero細胞に、50μMのBAPTA-AMの存在下又は非存在下で、インフルエンザウイルスをMOI=1で感染させた。感染から7時間後にフローサイトメトリーでMFIを測定した。データは、平均値と標準誤差で示す(n=3)。BAPTA−AMの非存在下における平均値は、100%相対的MFIで標準化した。
結果を
図11Dに示す。相対的MFIは、BAPTA−AMの存在/非存在に影響を受けず、インフルエンザウイルスの感染は、カルシウムキレーターによって抑制されないことが確認された。
【0081】
次に、Vero細胞に代えてCos-1細胞を用い、様々な濃度のBAPTA-AMの存在下、又は非存在下で、HSV-1 GFPをMOI=1で感染させた。Vero細胞の場合と同様に、蛍光強度を測定した。結果を
図21Aに示す。BAPTA-AMの濃度依存的にMFIが減少した。このことは、カルシウムキレーターによってMLCKの活性を阻害すると、NMHC-IIBのみ発現している細胞においても同様に、細胞内に侵入するHSV-1が減少することを示す。また、HSV-1に代えて、インフルエンザウイルスを感染させた場合、カルシウムキレーターによる感染への影響は観察されなかった。
【0082】
実施例11:MLCKのドミナントネガティブ変異体によるHSV-1の感染の抑制
空の発現プラスミド(Vector)、又はMCLKのドミナントネガティブ変異体の発現プラスミド(Dn-MLCK)で形質転換したVero細胞を、4℃で2時間、mockインキュベートし、又は野生型HSV-1にMOI=50で暴露した。
続いて37℃に移して、15分後に、抗リン酸化RLC抗体又は抗RLC抗体を用いたイムノブロッティングによりRLCの発現及びリン酸化を測定した。結果を
図12Aに示す。データは、独立した3つの実験の代表例を示す。
VectorはpCI-neoでPromegaから購入した。ドミナントネガティブ変異体発現プラスミドはJ. Physiol 570: 219-235, 2006のものを使用した。
Vectorで形質転換した細胞では、HSV-1の感染によりRLCのリン酸化が増加したが、ドミナントネガティブ変異体で形質転換した細胞では、当該増加が抑制された。
図12Bに、同結果から、全RLCタンパク質量に対するリン酸化RLCタンパク質の相対量を求めた結果を示す。相対量は、Vectorで形質転換した後mock感染させた細胞(Mock+Vector)におけるRLCのリン酸化量を100とし、Vector又はDn-MLCKで形質転換した後HSV-1を感染させた細胞(それぞれHSV-1+Vector、HSV-1+Dn-MLCK)におけるRLCのリン酸化量を求めた結果である。データは、平均値と標準誤差で示した(n=3、two-tailed Student's t-test)。HSV-1+Vectorでは、RLCのリン酸化が著しく亢進し、またMLCKのドミナントネガティブ変異体によって、当該リン酸化の亢進がほとんど抑制されていることを確認した。
次に、Vector又はDn-MLCKで形質転換したVero細胞に野生型HSV-1 GFP (
図12C)、又はインフルエンザウイルス(
図12D)を、MOI=1で感染させ、感染から5又は7時間後にフローサイトメトリーでそれぞれ解析し、平均蛍光強度(MFI)を求めた。データは、平均値と標準誤差で示す(n=3、two-tailed Student's t-test)。Vectorを感染させた細胞における平均値は、100%相対MFIで標準化した。
Vectorで形質転換した細胞にHSV-1を感染させた場合と比較して、Dn-MLCKで形質転換した細胞におけるHSV-1の侵入は60%程度であり、HSV-1の侵入が著しく抑制されていることが確認された。一方、インフルエンザウイルスを感染させた場合は、Dn-MLCKで形質転換した場合、むしろインフルエンザの侵入が増加した。
以上、実施例9〜10の結果は、MLCKシグナルによって、NMHC-IIAの細胞内局在の変化やHSV感染が制御されていること、従って、このMLCKシグナルを阻害することによってHSV-1感染を抑制できることを、さらに示すものである。
【0083】
実施例12:マウス角膜感染モデルに対するMLCK阻害剤の効果 (感染前投与)
ICRマウス(メス5週齢)の角膜を注射針で軽く傷つけたのち、20μMのML-7入り培地または、ML-7を含まない培地を10分間隔で二回点眼した。さらに、10分インキュベート後、HSV-1(F)株を5×10
5PFU/eyeで接種したのち、涙中のウイルス力価、角膜炎症状、マウスの生存を調べた。
結果を
図13に示す。ウイルス接種2日後のウイルス力価(
図13A)、5日後の角膜炎症状(
図13B)のいずれも、ML-7処理をおこなったマウスは、未処理のマウスに比べて有意に低下していた(A;p<0.001, B;p<0.05)。さらに、ML-7処理群ではマウスの生存率も有意に上昇していた(
図13C)。
これらの結果は、HSV-1によるNMHC-IIAの利用が生体内においてもおこなわれていることを示すと同時に、ML-7のようなNMHC-IIAの制御にかかわる薬剤が、新しくヘルペスウイルスの治療・予防薬、特に予防薬として使用できる可能性を示唆する。
【0084】
実施例13:マウス角膜感染モデルに対するMLCK阻害剤(ML-7)の効果 (感染同時投与)
28匹ずつのICR(メス/5週齢)マウスの角膜を注射針で傷つけたのち、20μMのML-7入り培地または、ML-7を含まない培地とMedium199に希釈した5×10
5のHSV-1(F)を同時点眼し、21日観察を行った。
結果を
図14に示す。
図13と比して、ML-7処理群ではマウスの生存率がさらに有意に上昇していた。
【0085】
実施例14:マウス角膜感染モデルに対するMLCK阻害剤(BAPTA-AM)の効果
28匹ずつのICR(メス/5週齢)マウスの角膜を注射針で傷つけたのち、50μMのBAPTA-AMを10分間隔で2回点眼した。さらに、10分インキュベート後、Medium199に希釈した5×10
5のHSV-1(F)を点眼し、21日観察を行った。Mock-treat群は50μMのBAPTA-AMの代わりに0.2%DMSO in Medium199を使用した。
結果を
図15に示す。BAPTA−AM処理群の生存率は、Mock-treat群に比較して有意に高かった。この結果は、MLCK阻害剤が、ヘルペスウイルス感染症の治療・予防薬として有用であることをさらに示すものである。