(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
近年、光技術の発展に伴い、通信を電気信号ではなく、光を用いて行なうことが一般となっている。光通信は、電気通信に比べ、大量の情報を早く送ることができるという特徴を有する。
この光通信に用いられる素子の1つとして光路切替素子がある。光路切替素子は、入射光の反射方向、即ち、光路を一の方向から他の方向に切り替える機能を有する素子である。
従来の光路切替素子には、光路の切り替え動作を、一旦光信号から電気信号に変え、この電気信号を再度光信号に変換して行うものが存在する。
しかしながら、この種の光路切替素子においては、各変換の際にエネルギーのロスが生じ、また、電気回路が必要になるなど、素子自体が複雑となる。
【0003】
光の信号は、光のままで光路を切り替えることが望ましく、近年では、マイクロマシン技術による微小ミラーを用いた光路切替素子や加熱により光路長を変化させる加熱型光路切替素子により、光のまま光路を変更する手法も提案されている。
しかしながら、これら二つの方法には、次のような問題がある。
先ず、微小ミラーを用いた光路切替素子では、機械的にミラーを動かすために、動作速度が遅く、また、多数の加工過程によって作製されるため、非常に高価となってしまうという問題がある。
次に、加熱型光路切替素子では、精密な温度制御を必要とするため、温度制御に関する熱設計が難しいという問題がある。また、素子全体を均一な温度に保つために必要な断熱構造を付与するなど、素子全体が大きくなる問題がある。また、熱設計がうまくいったとしても、加熱による切替速度は、せいぜいミリ秒のレベルにとどまる。
また、2つの方法とも、切替後の状態を保持するためには、何かしらのエネルギーが必要である。即ち、微小ミラーを用いた光路切替素子では、微小ミラーを支えるための電力が必要となり、加熱型光路切替素子では、温度保持のための電力を常に供給する必要がある。したがって、省エネルギー化が困難であるという問題がある。
【0004】
これらの問題を解決するため、基板上に相変化部材をグレーティング状に配置し、相変化部材を結晶とアモルファス状態に転移させることにより、照射される光の反射方向を変化させるグレーティング型光路切替素子が提案されている(特許文献1参照)。
この光路切替素子によれば、光路の切替時間が短く、切替後の状態保持にエネルギーを必要とせず、また、安価に製造することができる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者らは、前述のグレーティング型光路切替素子の実用化に向けて鋭意検討を行ったところ、更に以下のような課題が生じた。
相変化部材を結晶状態からアモルファス状態へ相変化させるためには、一旦、相変化部材を融点以上に加熱して熔融させた後、急冷することが必要とされる。
融点以上の加熱操作は、大出力の光照射や通電加熱することで対処可能であるが、急冷操作を行うことに困難がある。
【0007】
通常、相変化部材の急冷は、白金等の熱伝導率が高い金属材料で相変化部材の表面を覆うことで、相変化部材に加えられた熱を外部へ放熱することにより行われる。
しかしながら、グレーティング型の光路切替素子では金属材料を放熱のために使用することが困難となる。なぜならば、相変化部材を金属材料で覆ってしまうと、光路切替素子に入射される光は、金属材料しか感知できず、切替素子として動作しなくなってしまうからである。
こうした観点から、放熱を行うための放熱部材は、光通信波長帯で透明な材料でなければならないが、通常、透明な材料として用いられる樹脂材料等は、放熱作用という点で不利である。熱伝導率が金属に比べ、一桁以上低いからである。
したがって、グレーティング型の光路切替素子の切替には、放熱を行うための適切な熱伝導率を持ち、かつ光通信波長帯で透明である放熱部材の材料と相変化部材の材料とを適切に組み合わせる必要がある。また、それらを組み合わせた素子構造も最適化する必要がある。
【0008】
本発明は、前記知見に基づくものであり、従来における前記諸問題を解決し、以下の目的を達成することを課題とする。即ち、本発明は、光路の切替時間が短く、切替後の状態保持において何らのエネルギーを必要とせず、安価に製造でき、更に、相変化部材の結晶状態からアモルファス状態への相変化を確実に行うことができる光路切替素子、該光路切替素子を有する光ファイバ及び前記相変化部材の相変化を誘起させる相変化誘起方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するための手段としては、以下の通りである。即ち、
<1> 透明基板と
、全体がグレーティング状に配され、熱を加えることにより結晶状態からアモルファス状態に可逆的に相変化し、該相変化に基づき照射される光の反射方向を変化させる複数の相変化部材と、前記相変化部材に接触させて配され、光通信波長帯における複素屈折率の値が2以下であり、熱伝導率が1W/m/K〜50W/m/Kである放熱部材と、を有
し、前記相変化部材は、全体が前記放熱部材で被覆され、かつ、隣接する前記相変化部材間に前記放熱部材が配されない領域を有して前記透明基板上に前記放熱部材を介して間接的に配されることを特徴とする光路切替素子
。
<2> 放熱部材が、インジウム−スズ−酸素、亜鉛−酸素及び遷移金属−酸素のいずれかを含む材料で形成される前記<1
>に記載の光路切替素子。
<
3> 相変化部材が、Ge−Sb−Te系材料及びSb−Te系材料のいずれかで形成される前記<1>から<
2>のいずれかに記載の光路切替素子。
<
4> 長手方向の一端側に前記<1>から<
3>のいずれかに記載の光路切替素子が配されることを特徴とする光ファイバ。
<
5> 前記<1>から<
3>のいずれかに記載の光路切替素子における相変化部材に対し、相変化を誘起させる方法であって、前記光路切替素子に対し、パルス光を照射して前記相変化を誘起させることを特徴とする相変化誘起方法。
<
6> パルス光のパルス幅が50ns〜300nsであり、その出力が照射単位面積あたり1mW/μm
2〜100mW/μm
2である前記<
5>に記載の相変化誘起方法。
<
7> パルス光の波長が300nm〜1,500nmである前記<
5>から<
6>のいずれかに記載の相変化誘起方法。
<
8> 光ファイバの長手方向の一端側からパルス光を導入し、前記光ファイバの長手方向の他端側に配される光路切替素子に前記パルス光を照射する前記<
5>から<
7>のいずれかに記載の相変化誘起方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、従来技術における前記諸問題を解決することができ、光路の切替時間が短く、切替後の状態保持において何らのエネルギーを必要とせず、安価に製造でき、更に、相変化部材の結晶状態からアモルファス状態への相変化を確実に行うことができる光路切替素子、該光路切替素子を有する光ファイバ及び前記相変化部材の相変化を誘起させる相変化誘起方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
(光路切替素子)
本発明の光路切替素子は、少なくとも透明基板と、複数の相変化部材と、放熱部材とを有し、必要に応じて、その他の部材を有する。
【0013】
<透明基板>
前記透明基板の形成材料としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、通信波長域でほぼ透明な部材、例えば、シリカガラス、石英、アルミナなどが挙げられる。
【0014】
<相変化部材>
前記複数の相変化部材は、前記透明基板上に直接又は間接的に配されるとともに、全体がグレーティング状に配され、熱を加えることにより結晶状態からアモルファス状態に可逆的に相変化し、該相変化に基づき照射される光の反射方向を変化させる部材である。
【0015】
前記相変化部材の形成材料としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、Ge
2Sb
2Te
5、Ge
1Sb
2Te
4に代表されるGe−Sb−Te系材料、Sb−Te、Sb
3Te
1に代表されるSb−Te系材料が挙げられる。
なお、前記Ge−Sb−Te系材料としては、例えば、Ge−Sb−Teを選択した場合でも、これ以外の不純物を含むことを排除するものではなく、また、前記Sb−Te系材料としては、例えば、Sb−Teを選択した場合でも、これ以外の不純物を含むことを排除するものではない。
【0016】
前記相変化部材の形成方法としては、例えば、スパッタ法、加熱蒸着法、電子ビーム蒸着法などが挙げられる。
【0017】
全体でグレーティング(格子)を構成する前記相変化部材の1つ1つの幅としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、例えば、100nm〜500nmが好ましい。
前記幅が100nm未満であると、もはや光の回折限界を超え、グレーティングの機能を果たさないことがあり、500nmを超えると、単なる散乱体となることがある。
また、隣接する前記相変化部材間の間隔としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、例えば、100nm〜500nmが好ましい。
前記間隔が100nm未満であると、単なる鏡の作用になることがあり、500nmを超えると、やはり単なる散乱体となることがある。
【0018】
<放熱部材>
前記放熱部材は、前記相変化部材に接触させて配され、光通信波長帯における複素屈折率の値が2以下であり、熱伝導率が1W/m/K〜50W/m/Kである部材としてなる。
前記複素屈折率の値であると、大きな消衰を与えることなく、前記相変化部材に対して光を入射及び反射させることができる。
また、前記熱伝導率であると、前記相変化部材を結晶状態からアモルファス状態に相変化させる際に行う急冷操作を適切に実施することができ、前記相変化部材を確実に結晶状態からアモルファス状態に相変化させることができる。
なお、本明細書において、前記光通信波長帯とは、1,000nm〜2,000nmの光の波長帯を示す。
【0019】
前記放熱部材の形成材料としては、前記機能を有する限り特に制限はないが、例えば、インジウム−スズ−酸素、亜鉛−酸素及び遷移金属−酸素のいずれかを含む材料であることが好ましい。
【0020】
前記放熱部材の形成方法としては、例えば、スパッタ法、反応性スパッタ法、ゾルゲル法などが挙げられる。
【0021】
前記放熱部材の前記光路切替素子における配置としては、前記相変化部材に接触させて配される限り特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
なお、この配置例を含めた前記光路切替素子の構成例の幾つかについては、後に図面を用いて説明する。
【0022】
<その他の部材>
前記その他の部材としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、保護部材等が挙げられる。
【0023】
前記保護部材は、前記相変化部材の蒸散防止や酸化防止の目的で配される。
前記保護部材の形成材料としては、特に制限はなく、例えば、石英やZnS−SiO
2等が挙げられる。
また、前記保護部材の形成方法としては、特に制限はなく、例えば、スパッタ法や電子ビーム蒸着法等が挙げられる。
【0024】
<実施形態>
図1は、本発明の一の実施形態に係る光路切替素子10を説明する断面図である。
この光路切替素子10は、透明基板4上に全体が放熱部材9で被覆された複数の相変化部材11が配され、隣接する相変化部材11間にも放熱部材9が配されて構成される。複数の相変化部材11は、透明基板4の一の面方向(図中の左右方向)に亘って所定の間隔を有して配され、全体でグレーティング構造3をなしている。
この光路切替素子10の構成によれば、相変化部材11の左右上下が放熱部材9で覆われて形成されるため、相変化部材11を結晶状態からアモルファス状態に相変化させる際、急冷に必要な放熱作用を充分に得ることができる。
【0025】
図2は、本発明の他の実施形態に係る光路切替素子20を説明する断面図である。
この光路切替素子20では、光路切替素子10と異なり、透明基板24上に直接、相変化部材21が配され、この相変化部材21の側部及び上部、即ち、透明基板24上に配された状態における相変化部材21の露出面全体を覆うように放熱部材29が配され、並びに隣接する相変化部材21間にも放熱部材29が配されて構成される。
この光路切替素子20では、光路切替素子10に比べて放熱作用が弱くなり、相変化部材21を相変化させるために照射するパルス光の照射条件の設定が限られるものの、熱が逃げ難くなるため、相変化部材21の相変化に必要な熱エネルギーを省力化することができる。
【0026】
図3は、本発明の更に他の実施形態に係る光路切替素子30を説明する断面図である。
この光路切替素子30では、光路切替素子10と異なり、透明基板34上に層状の放熱部材39が配され、この放熱部材39上に相変化部材31が配されて構成される。また、相変化部材31の側部及び上部、即ち、放熱部材39上に配された状態における相変化部材31の露出面全体を覆うように保護部材32が配されて構成される。
この光路切替素子30では、光路切替素子20と同様、光路切替素子10に比べて放熱作用が弱くなり、相変化部材31を相変化させるために照射するパルス光の照射条件の設定が限られるものの、熱が逃げ難くなるため、相変化部材31の相変化に必要な熱エネルギーを省力化することができる。
【0027】
図4は、本発明の更に他の実施形態に係る光路切替素子40を説明する断面図である。
この光路切替素子40では、透明基板44上に全体が放熱部材49で被覆された複数の相変化部材41が配されて構成されるが、光路切替素子10と異なり、隣接する相変化部材41間に放熱部材49を配さない構成とされる。
放熱部材49は、光通信波長帯に対し完全な透明ではないため、光路切替素子40に入射される光の一部を吸収してしまう。光路切替素子40では、放熱部材49の体積を減らした素子構造とすることで、放熱部材49が入射光の一部を吸収する影響を低減させることができる。
【0028】
(光ファイバ)
本発明の光ファイバは、長手方向の一端側に本発明の前記光路切替素子が配されて構成される。
前記光ファイバの前記光路切替素子以外の本体部分としては、公知の光ファイバを利用することができる。
前記本体部分に前記光路切替素子を配する方法としては、特に制限はなく、例えば、電子線描画法、レーザー描画法、光描画法で作製する方法が挙げられる。
この光ファイバの構成例を
図5を用いて以下に説明する。
【0029】
図5は、本発明の一実施形態に係る光ファイバ50の概要を説明する説明図である。
この光ファイバ50は、線状の本体部分53の長手方向の一端側に光路切替素子60が配されて構成される。
このように形成される光ファイバ50においては、本体部分53の他端側から光源51からのパルス光52により、光路切替素子60の相変化部材を相変化させることができる。
前記相変化部材が相変化すると、その前後で、図示しない光源による入射光の光路を光路切替素子60で変更させることができ、光路切替に伴うスイッチ動作等を実現することができる。
【0030】
(相変化誘起方法)
本発明の相変化誘起方法は、本発明の前記光路切替素子における前記相変化部材に対し、相変化を誘起させる方法であって、前記光路切替素子に対し、パルス光を照射して前記相変化を誘起させる方法である。
前記相変化部材は、前述の通り、結晶状態−アモルファス状態間で可逆的に相変化するが、この相変化に必要な加熱方法としては、融点以上まで加熱し、その後急激に冷却する必要があるため、パルス光照射に基づく加熱方法が最も適している。
【0031】
照射する前記パルス光のパルス幅としては、特に制限はないが、50ns〜300nsが好ましい。
前記パルス幅が50ns未満であると、加熱が不足し熔融できないことがあり、300nsを超えると、加熱のし過ぎにより、急激な冷却ができないことがある。
また、前記パルス光の出力としては、特に制限はないが、1mW/μm
2〜100mW/μm
2が好ましい。
前記出力が1mW/μm
2未満であると、加熱が不足し熔融できないことがあり、100mW/μm
2を超えると、加熱のし過ぎにより、急激な冷却ができないことがある。
また、前記パルス光の波長としては、特に制限はないが、300nm〜1,500nmが好ましい。
前記波長が300nm未満であると、吸収が強すぎるため、加熱制御が困難なことがあり、1,500nmを超えると、吸収が弱すぎることにより熔融できないことがある。
【0032】
本発明の前記光ファイバに配される前記光路変換素子の前記相変化部材における相変化を誘起する場合には、前記光ファイバの長手方向の一端側から前記パルス光を導入し、前記光ファイバの長手方向の他端側に配される前記光路切替素子に前記パルス光を照射することで実施することができる。
【実施例】
【0033】
本発明の実施例として、
図1に示す光路切替素子10の構造を有する光路切替素子を作製した。ここでは、相変化部材の形成材料としてGe−Sb−Te合金を用いた。また、放熱部材の形成材料としてIn−Snの酸化物(ITO)を用いた。この放熱部材の形成材料は、一般的に薄型ディスプレイの電極材料に使用されるが、光通信波長帯である1.55μm付近で吸収係数が小さい材料として選択される。
【0034】
この実施例に係る光路切替素子における前記相変化部材が結晶状態からアモルファス状態に相変化するかどうかを確かめるため、全体を前記放熱部材で被覆させた前記相変化部材の試料に対し、パルス光照射を行った。
このときのパルス光は、パルス幅を150nsとし、パワー密度を数十mW/μm
2程度とした。パワー密度は、焦点を変化させて上記範囲としている。また、試料はあらかじめ、300℃で5分間加熱炉で加熱しており、前記相変化部材は結晶となっている。
この試料に対し、前記パルス光照射を行い、その後、試料全体を加熱した。もし、前記パルス光照射によって前記相変化部材がアモルファスになっているのであれば、その結晶転移温度(160℃〜180℃)以上に再度加熱を行えば、アモルファスは消失するはずである。
図6は、前記試料における反射光強度の温度に対する変化である。この
図6に示すように、前記試料は、温度上昇とともに反射光強度が増加し、結晶の反射光強度と同じ水準になったことがわかる。即ち、再加熱を行う前の状態では、前記パルス光照射により、前記相変化部材がアモルファスになっていたことがわかる。
【0035】
この実施例に係る光路切替素子を用いて光路の切替を試験的に行った。
図7は、実施例1に係る光路切替素子を用いて光路切替を試験的に行った様子を示す図である。
ここでは、光を導入するためのプリズム7(円柱または三角プリズム)に対して、透明基板4側から実施例に係る光路切替素子を配し、クレッチマン配置の試験装置とした。プリズム7と透明基板4との間には、反射を避けるためのマッチングオイルが介在している。
光源1からの入射光は、必要に応じて絞り、レンズ2を通して設計した角度でプリズム7に入射され、グレーティング構造3が形成されている透明基板4の表面に到着する。ここでグレーティング構造3による回折効果を受ける。グレーティング構造3の相変化部材の状態により、回折効果が変化するので、光の進行ルートが変更される。例えば、入射光は、ある相変化状態では、一の方向の反射光5として光検出器6で確認することができ、また、他の相変化状態では、他の方向の一次回折光8として光検出器6で確認することができる。