(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0038】
以下、図面を参照しつつ、本発明を詳細に説明する。なお、本発明において、格別に断らない限り、「部」は「質量部」を意味し、「%」は「質量%」を意味する。ただし、グリセリドにおける各種構成脂肪酸の「比率」および「%」、ならびに低級アルコール脂肪酸エステル化物における各種脂肪酸エステル化物の「比率」および「%」は、それぞれ構成する脂肪酸の「モル比率」および「モル%」を意味する。
【0039】
<低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物の製造方法>
本発明の一実施形態に係る低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物の製造方法(以下、単に「製造方法」ともいう。)は、EPA(エイコサペンタエン酸、C20:5)グリセリドを含有する原料油脂を、リパーゼを用いて処理して、低級アルコールEPAエステル化物を含む低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物(以下、「本実施形態に係る組成物」ともいう。)を得る工程を含み、前記処理の反応液中における水分含量が0.4質量%以上である。
【0040】
<低級アルコール:定義>
本発明において、「低級アルコール」とは、炭素原子数が1、2または3のアルコール(メタノール、エタノール、n−プロピルアルコール、イソプロピルアルコール)をいう。
【0041】
<低級アルコール脂肪酸エステル化物:定義>
また、本発明において、「低級アルコール脂肪酸エステル化物」とは、脂肪酸を構成するカルボキシル基(−CO
2H)が低級アルコールにてエステル化された化合物をいう。
【0042】
<低級アルコールEPAエステル化物>
また、本発明において、「低級アルコールEPAエステル化物」とは、EPA(エイコサペンタエン酸)を構成するカルボキシル基(−CO
2H)が低級アルコールにてエステル化された化合物をいう。加えて、本発明において、「低級アルコールDHAエステル化物」とは、DHA(ドコサヘキサエン酸)を構成するカルボキシル基が低級アルコールにてエステル化された化合物をいう。
【0043】
<グリセリドの定義>
また、本発明において、「グリセリド」とは、モノグリセリド、ジグリセリド、およびトリグリセリドを含むグリセリン脂肪酸エステルの概念である。
【0044】
<EPA含有グリセリドの定義>
さらに、本発明において「EPA含有グリセリド」とは、モノグリセリド、ジグリセリド、およびトリグリセリドを含むグリセリン脂肪酸エステル化物を構成する脂肪酸残基の一部または全部がEPAである化合物をいい、EPAモノグリセリド、EPAジグリセリドおよびEPAトリグリセリドを含む概念である。本発明において「DHA含有グリセリド」とは、モノグリセリド、ジグリセリド、およびトリグリセリドを含むグリセリン脂肪酸エステル化物を構成する脂肪酸残基の一部または全部がDHAである化合物をいい、DHAモノグリセリド、DHAジグリセリドおよびDHAトリグリセリドを含む概念である。
【0045】
<
図1の説明>
図1は、本実施形態に係る製造方法のフローチャートを示す。本実施形態に係る製造方法では、まず、EPA含有グリセリドを含有する原料油脂を、リパーゼを用いて処理して(
図1のステップS1)、低級アルコールEPAエステル化物を含む本実施形態に係る組成物を得る。
【0046】
<酵素処理(リパーゼを用いた処理)>
本実施形態に係る製造方法では、EPA含有グリセリドを含む原料油脂を酵素(リパーゼ)で処理する。より具体的には、EPA含有グリセリドを含む原料油脂をリパーゼ及び低級アルコールと接触させて、該EPA含有グリセリドにリパーゼを作用させることにより、該EPA含有グリセリドを選択的に低級アルコールEPAエステル化物へと変換させる。
【0047】
<原料油脂>
本実施形態に係る製造方法で使用する原料油脂は、EPAを構成脂肪酸として含むグリセリン脂肪酸エステル(EPA含有グリセリド)を含む油脂であればよく、脂肪酸組成中のEPAの含有量が12質量%以上(通常、20質量%以下)である油脂が好ましい。なお、原料油脂には、DHA(C22:6)等、EPA以外の脂肪酸を構成脂肪酸として含有するグリセリドを含んでいてもよい。原料油脂が、DHAを構成脂肪酸として含有するグリセリドを含む場合、脂肪酸組成中のDHAの含有量が15質量%以下である油脂が好ましい。また、原料油脂に含まれる、EPA以外の脂肪酸トリグリセリドは、多価不飽和脂肪酸のトリグリセリドであってもよい。多価不飽和脂肪酸とは、炭素数16以上でかつ分子内に二重結合を2個以上有する不飽和脂肪酸をいい、上述のEPAやDHAのほか、アラキドン酸(C20:4)、ドコサペンタエン酸(C22:5)、ステアリドン酸(C18:4)、リノレン酸(C18:3)、リノール酸(C18:2)が挙げられる。
【0048】
<油脂>
「油脂」とは、通常、トリグリセリドを意味するが、本発明では、油脂は、ジグリセリド、モノグリセリド等、酵素(リパーゼ)が作用するその他のグリセリドも含んでいてもよい。
【0049】
<原料油脂>
原料油脂としては、例えば、魚油、魚油以外の動物油、植物油、藻類、微生物が生産する油、これらの混合油脂、またはこれらの廃油が挙げられる。
【0050】
魚油としては、イワシ油(EPA8モル%以上20モル%以下)、マグロ油(EPA3モル%以上10モル%以下)、カツオ油(EPA5モル%以上10モル%以下)、タラ肝油(EPA5モル%以上15モル%以下)、サケ油(EPA5モル%以上15モル%以下)、イカ油(EPA10モル%以上18モル%以下)、メンヘーデン油(EPA5モル%以上モル15%以下)が挙げられる。
【0051】
ここで、各魚油におけるEPAの含有量は、該魚油においてグリセリドを構成する脂肪酸としてEPAを含む割合をいう。植物油は通常EPAやDHAを含有しないが、例えば、遺伝子組み換え技術によりEPAやDHAを含有する、大豆油、菜種油、パーム油、オリーブ油等を原料油脂として用いることができる。藻類、微生物由来油としては、Mortierella alpine、Euglena gracilis等によるアラキドン酸含有油、クロメ、アラメ、ワカメ、ヒジキ、ハバノリ、ヒバマタの一種によるEPA含有油、Crypthecodinium cohnii、Vibrio marinus、Thraustochytrium aureum、Shewanella属細菌等によるDHA含有油等、魚油以外の動物油としては、例えば、鯨油、羊脂、牛脂、豚脂、乳脂肪、卵黄油等が挙げられる。また、原料油脂の酸価は通常、0以上2.5以下であり、0以上2以下であることができる。
【0052】
なお、原料油脂は水分を含むものであってもよい。また、本発明において、「廃油」とは、使用済みの魚油、植物性油脂、または動物性油脂であり、水分が含まれていてもよい。原料油脂がEPAおよびDHAの両方を含む場合、得られる低級アルコールEPAエステル化物の割合をより高めることができる点で、原料油脂に含まれる脂肪酸グリセリドを構成する脂肪酸におけるEPAとDHAのモル比率は、EPA/DHA=0.5以上6以下であることが好ましく、1以上3以下であることがより好ましい。
【0053】
<酵素>
本実施形態に係る製造方法で使用する酵素の性状は、粗精製、部分精製、精製のいずれでもよい。また遊離型でもよいし、固定化されていてもよいが、再利用可能である点、酵素処理後の後処理が簡便である点で、前記リパーゼが固定化された固定化酵素であることが好ましい。
【0054】
固定化酵素は、酵素を担体に固定化されたものであってもよい。前記酵素処理の反応液の水分含量が0.4質量%以上であることにより、酵素の安定性が高められる結果、酵素の繰り返し使用が可能になるため、リパーゼが固定化された固定化酵素を使用する場合、固定化酵素を反応液中から取り出して、必要に応じて水等で洗浄後、再度使用することができる。このため、再利用性、取扱性、および経済性に優れている。
【0055】
<担体>
担体としては、イオン交換樹脂、多孔性樹脂、セラミックス、炭酸カルシウム、セライト、ガラスビーズ、活性炭等の有機担体、無機担体、有機無機複合担体が挙げられる。耐久性、リパーゼとの親和性などを考慮すると、担体は、イオン交換樹脂、多孔性樹脂、セラミックスからなることが好ましい。固定化の方法としては、包括法、架橋法、物理的吸着法、イオン吸着法、共有結合法、疎水結合法等が挙げられるが、結合強度が高い点で、包括法、架橋法、または共有結合法が好ましい。原料油脂との接触面積が大きく、かつ、原料油脂中で均一に分散できる点で、固定化酵素は粒子状であることが好ましい。あるいは、固定化酵素は、フィルムや膜に固定化したものであってもよい。
【0056】
固定化酵素が粒子状である場合、粒子状の担体に酵素が固定化されているものであることができる。この場合、担体の粒子径が0.01mm以上3mm以下であることが好ましく、0.05mm以上1.5mm以下であることがより好ましい。また、原料油脂、低級アルコールおよび水との分散性に優れている点で比重は0.2以上2.5以下であることが好ましい。
【0057】
<リパーゼ>
エステル交換を触媒する作用を有する点で、酵素は、例えば、リパーゼであることが好ましい。リパーゼは「リパーゼ(E.C.3.1.1.3)」と国際酵素分類を示すことで、科学的に特定される。
【0058】
<リパーゼの種類>
本実施形態に製造方法で使用するリパーゼは、1,3位−特異的であっても、非特異的であってもよい。本実施形態に係る組成物において低級アルコールEPAエステルのモル比率を高くすることができる点で、リパーゼは、1,3位特異リパーゼ、すなわち、トリアシルグリセロールの1,3位にのみ特異的作用する酵素または2位よりも1,3位に優先的に作用する酵素であることが好ましい。
【0059】
<リパーゼの具体例>
リパーゼとしては、例えば、リゾムコール属(Rhizomucor Miehei)、ムコール属(Mucor miehei,Mucor java nicus)、アスペルギルス属(Aspergillus oryzae,Aspergillus niger)、リゾプス属(Rhizopus sp.)、ペニシリウム属(Penicillium roqueforti,Penicillium camembertii)、サーモマイセス属(Thermomyces lanuginose)等に属する糸状菌、キャンディダ属(Candida Antarctica,Candida Rugosa,Candida Cylindracea)、ピヒア(Pichia)等に属する酵母、シュードモナス属(Pseudomonas sp.)、アクロモバクター属(Acromobacter sp.)、ブルクホルデリア属(Burkholderia sp.)、アルカリゲネス属(Alcaligenes sp.)、シュードザイマ属(Pseudozyma sp.)等に属する細菌、豚膵臓等の動物に由来するリパーゼが挙げられる。市販のリパーゼも用いられる。例えば、Rhizopus Delemarのリパーゼ(タリパーゼ:田辺製薬社製)、Candida Cylindacea(リパーゼOF:名糖産業社製)およびPsendomans属のリパーゼ(リパーゼPS、リパーゼAK:天野製薬社製)が挙げられ、固定化酵素としては、Rhizomucor Mieheiのリパーゼ(リポザイムIM60:ノボノルディスク社製、リポザイムRMIM:ノボノルディスク社製)、Candida Antarcticaのリパーゼ(ノボザイム435:ノボノルディスク社製)が挙げられる。
【0060】
<酵素の使用量>
反応に使用する酵素の量は、反応温度や時間等により決定されるため特に規定されないが、遊離型の酵素の場合、一般的には反応液1g当たり1単位(U)以上10,000U、好ましくは5U以上1,000U添加すればよく、適宜設定することができる。ここでの酵素活性の1Uとは、リパーゼの場合はオリーブ油の加水分解において1分間に1μmolの脂肪酸を遊離する酵素量である。固定化酵素を用いる場合は、反応液の質量に対して固定化した酵素が0.1質量%以上200質量%以下、好ましくは1質量%以上20質量%以下(担体の質量を含む質量)になるように添加すればよい。
【0061】
<反応条件>
本実施形態に係る製造方法において、前記酵素処理の反応液は、原料油脂および酵素(固定化酵素を使用する場合は固定化酵素)を含む。前記酵素処理の反応液中における水分含量が0.4質量%以上であることにより、酵素の安定性が高められる結果、酵素の繰り返し使用が可能になり、かつ、酵素反応により生じるグリセリンを水中に誘導させることで、グリセリンが油中で固まるのを防止し、酵素反応を円滑に進行させることができる。前記酵素処理の反応液中における水分含量は、0.5質量%以上であることが好ましく、1質量%以上であることがより好ましく、2質量%以上であるのがさらに好ましく、また、80質量%以下であることが好ましく、50質量%以下であることがより好ましく、例えば0.4質量%以上10質量%以下であることができる。
【0062】
<水分含量>
前記酵素処理の反応液中における水分含量が0.4質量%未満であると、反応により生じるグリセリン等によって、酵素の触媒作用が阻害されることがあり、また、酵素の安定性が低下することがあり、一方、80質量%を超えると、EPA含有トリグリセリドと酵素との接触が少なくなり、低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物中の、得られる低級アルコール脂肪酸エステル化物の含有量が少なくなることがある。なお、水は、反応液中に逐次的に添加してもよいし、連続して添加してもよいし、または一括して添加してもよい。
【0063】
<低級アルコール>
脂肪酸をエステル化してエステル化物を得、かつ、水および油脂の双方と混和することにより酵素反応を円滑に進行させることができる観点から、前記酵素処理の反応液は、前記原料油脂9.5質量部に対して0.1質量部以上2.5質量部以下の低級アルコールをさらに含むことができる。
【0064】
本実施形態に係る製造方法における原料油脂の酵素処理において、低級アルコール(炭素原子数1、2または3のアルコール)は、低級アルコールEPAエステル化物のエステル部位として利用されることができる。
【0065】
低級アルコールEPAエステル化物の収率を高めることができる点で、前記酵素処理の反応液における前記低級アルコールの含有量は、前記原料油脂9.5質量部に対して0.1質量部以上(好ましくは、0.3質量部以上)であることが好ましい。一方、前記酵素処理の反応液における前記低級アルコールの含有量が増えると酵素が失活しやすくなることから、酵素活性を維持できる点で、前記酵素処理の反応液における前記低級アルコールの含有量は、前記原料油脂9.5質量部に対して2.5質量部以下(好ましくは、2質量部以下)であることが好ましい。
【0066】
なお、前記低級アルコールは、前記酵素処理において、前記酵素処理の反応液に前記低級アルコールを連続的に添加してもよいし、段階的に添加してもよいし、または一括して添加してもよい。本発明において、「低級アルコールを連続的に添加する」とは、低級アルコールを継続して添加することをいい、「低級アルコールを段階的に添加する」とは、継続的ではないが、低級アルコールを複数回添加することをいう。
【0067】
また、前記低級アルコールを反応液に段階的に添加する場合、1回に添加する前記低級アルコールの量は、前記原料油脂9.5質量部に対して0.1質量部以上であることが好ましく(0.3質量部以上であることがより好ましい)、一方、2.5質量部以下であることが好ましい(1質量部以下であることがより好ましい)。前記低級アルコールを反応液に段階的にまたは連続的に添加する場合、添加する前記低級アルコールの総量は、前記原料油脂9.5質量部に対して0.1質量部以上であることが好ましく(0.3質量部以上であることがより好ましい)、一方、2.5質量部以下であることが好ましい(2質量部以下であることがより好ましい)。
【0068】
<低級アルコールの具体例>
低級アルコールとしては、水との混和性に優れている点で、メタノールおよび/またはエタノールであることが好ましく、エタノールであることがより好ましい。
【0069】
<反応温度および反応時間>
酵素処理は、反応液の温度を、通常25℃超80℃以下(好ましくは28℃以上、より好ましくは30℃以上、一方、好ましくは50℃以下、より好ましくは45℃以下)にて行うことができる。酵素処理における反応液の温度は、用いる酵素の種類により決定すればよい。また、反応時間は、通常2時間以上48時間以下、好ましくは4時間以上36時間以下である。
【0070】
<酸価>
前記酵素処理では、酵素の安定性をより高めることができる観点で、該酵素処理の反応液の酸価が2以上であることが好ましく、2.2以上12以下であることがより好ましい。
【0071】
本発明において、反応液の酸価は、以下の方法により測定及び算出された値である。前記酵素処理の反応液の酸価が2以上(好ましくは2.2以上12以下)であることは、該反応液中の遊離脂肪酸の濃度が高いことを意味する。すなわち、該反応液中の遊離脂肪酸の濃度を高くすることにより、後述する<反応経路>の欄で説明するように、該反応液中で遊離脂肪酸とリパーゼとが結合する割合が高くなるため、リパーゼ(酵素)の安定性を高めることができる。なお、本発明において、「遊離脂肪酸」とは、脂肪酸エステル化物として存在していない脂肪酸(非エステル結合型脂肪酸)をいう。
【0072】
<酸価の測定方法>
酸価の値は、公益社団法人日本油化学会制定の基準油脂分析試験法(日本油化学会規格試験法委員会編、基準油脂分析試験法(Standard methods for the analysis of fats,oils and related materials):日本油化学会制定、2013年版、1.5 抽出油の酸価)により測定することができる。
【0073】
具体的には、まず、試料(反応終了後の反応液)をその推定酸価に対応する採取量に準じて三角フラスコに正しく測り取り、エタノール/ジエチルエーテル=1/1(w/w)の混合溶媒100mLを加え、試料を完全に溶解させた。次いで、0.1mol/Lのエタノール性水酸化カリウムで滴定し、指示薬として加えたフェノールフタレイン溶液の変色が30秒間以上続いた点を終点とする。酸価は以下の式(3)により算出された。
酸価=5.611×A×F/B ・・・・(3)
(式中、Aは、0.1mol/Lのエタノール性水酸化カリウムの使用量(mL)であり、Bは、試料採取量(g)であり、Fは、エタノール性水酸化カリウムのファクターである。)
【0074】
<反応経路>
アルコールと脂肪酸エステル化物とのエステル交換反応は通常、水の含有量が少ない条件下(例えば、特許文献1の実施例に記載される、水分含量0.1%)でアルコールと脂肪酸エステル化物とを反応させる。その理由として、脂肪酸エステル化物のエステル結合が水によって加水分解されるのを防ぐためであることが挙げられる。
【0075】
これに対して、本実施形態に係る製造方法では、EPA含有グリセリドを含有する原料油脂を酵素処理(リパーゼを用いた処理)して、低級アルコールEPAエステル化物を含む低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物を得る工程において、前記酵素処理の反応液中における水分含量が0.4質量%以上であることにより、酵素安定性を高めることができる。
【0076】
より具体的には、前記酵素処理の反応液中における水分含量が0.4質量%以上であることにより、反応液中に含まれる水分により、原料油脂が加水分解されて遊離脂肪酸が生成する結果、該反応液中の遊離脂肪酸の濃度が高くなる(該反応液の酸価が高くなる)ため、酵素安定性が高められる。
【0077】
反応液中の遊離脂肪酸の濃度が高くなると(すなわち、該反応液の酸価が高くなると)、酵素安定性が高まるのは、以下の機構によるものと推察される。遊離脂肪酸は一般に、タンパク質と結合しやすい。なぜなら、遊離脂肪酸のアルキル鎖部分の疎水性とカルボキシル基部分の親水性部位が、タンパク質分子内の疎水性部位、親水性部位と相互作用しやすいからである。このため、反応液中に遊離脂肪酸が存在することで、タンパク質であるリパーゼに遊離脂肪酸が結合することにより、反応液中の反応基質以外の物質(例えば、反応液中の低級アルコール)がリパーゼに直接接触することにより引き起こされるリパーゼの失活を防ぐことができ、これにより、リパーゼ(酵素)の安定性を高めることができると推察される。
【0078】
一方、前記酵素処理の反応液中における水分含量が0.4質量%未満である場合、リパーゼ(酵素)の安定性を維持することが困難である。その理由としては、反応液中における水分含量が0.4質量%未満と少ないため、原料油脂の加水分解が進行しにくく、その結果、遊離脂肪酸が生じにくいことが挙げられる。よって、遊離脂肪酸とタンパク質との結合が生じ難いため、上述した遊離脂肪酸によるタンパク質(リパーゼ)の失活を防止されず、リパーゼの安定性を高めることが困難であると推察される。
【0079】
<反応生成物>
本実施形態に係る製造方法では、EPA含有グリセリドを含有する原料油脂を、リパーゼを用いて処理することにより、低級アルコール脂肪酸エステル化物を含有する組成物を得ることができ、なかでも、低級アルコールEPAエステル化物を効率的に得ることができる。すなわち、EPA含有グリセリドを含有する原料油脂を、リパーゼを用いて処理することにより、EPA含有グリセリドを低級アルコールEPAエステル化物へと効率的に変換することができる。なお、得られる低級アルコール脂肪酸エステル化物は、低級アルコールEPAエステル化物を含む多価不飽和脂肪酸のエステル化物であることができる。
【0080】
例えば、原料油脂がEPA含有グリセリドおよびDHA含有グリセリドの両方を含むものである場合、上述のリパーゼを用いた処理によって、最終的に得られる本実施形態に係る組成物に含まれる低級アルコール脂肪酸エステル化物において、低級アルコールDHAエステル化物に対する低級アルコールEPAエステル化物のモル比率A(低級アルコールEPAエステル化物/低級アルコールDHAエステル化物)を、原料油脂に含まれる脂肪酸グリセリドを構成する脂肪酸における、DHAに対するEPAのモル比率B(EPA/DHA)より多くさせることができる。
【0081】
この場合、前記モル比率Aおよび前記モル比率Bが以下の式(1)で示される関係を有することが好ましく、式(2)で示される関係を有することがより好ましい。
1.5≦A/B ・・・・・(1)
2.0≦A/B≦25 ・・・・・(2)
【0082】
<低級アルコール脂肪酸エステル化物の含有量、および、低級アルコールEPAエステル化物:低級アルコールDHAエステル化物>
また、最終的に得られる低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物は、低級アルコール脂肪酸エステル化物を40質量%以上90質量%以下含み、該低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物に含まれる低級アルコール脂肪酸エステル化物において、前記低級アルコールDHAエステル化物に対する前記低級アルコールEPAエステル化物のモル比率(低級アルコールEPAエステル化物:低級アルコールDHAエステル化物)は3.0以上30以下であることができ、より具体的には、3.0以上20以下であることが好ましく、3.0以上15以下であることがより好ましい。
【0083】
より具体的には、酵素処理で得られた低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物は、低級アルコール脂肪酸エステル化物を40質量%以上90質量%以下(より具体的には、50質量%以上80質量%以下)含み、前記低級アルコール脂肪酸エステル化物は、低級アルコールEPAエステル化物および低級アルコールDHAエステル化物を、3.0≦(低級アルコールEPAエステル化物/低級アルコールDHAエステル化物)≦30のモル比率で含む(好ましくは、3.0≦(低級アルコールEPAエステル化物/低級アルコールDHAエステル化物)≦20、より好ましくは、3.0≦(低級アルコールEPAエステル化物/低級アルコールDHAエステル化物)≦15)のモル比率で含むことができる。
【0084】
<分子蒸留>
次に、本実施形態に係る製造方法では、酵素処理(リパーゼを用いた処理)(
図1のステップS1)で得られた、低級アルコールEPAエステル化物を含む低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物を蒸留する工程(いわゆる、分子蒸留(一次蒸留)、
図1のステップS2)をさらに含むことができる。
【0085】
分子蒸留(molecular distillation)は、高真空度下で行われる蒸留である。分子蒸留工程により、低級アルコールEPAエステル化物および低級アルコールDHAエステル化物を含む低級アルコール脂肪酸エステル化物の混合物と、該混合物以外の成分(低級アルコール脂肪酸エステル化物以外の脂肪酸モノグリセリド、脂肪酸ジグリセリドおよび脂肪酸トリグリセリド)とを分離することができる。なお、前記混合物以外の脂肪酸モノグリセリド、脂肪酸ジグリセリドおよび脂肪酸トリグリセリドを利用して、低級アルコールの存在下で再度エステル化することにより、低級アルコールDHAエステル化物を得ることもできる。
【0086】
分子蒸留は通常、後述する精密蒸留における真空度よりも高い真空度で行なうことができる。
【0087】
例えば、分子蒸留における温度は、80℃以上200℃以下(好ましくは150℃以上200℃以下)であり、真空度は0.001Torr以上5Torr以下(好ましくは0.01Torr以上1Torr以下)であり、より具体的には、温度140℃以上160℃以下でかつ真空度0.01Torr以上0.1Torr以下である。
【0088】
分子蒸留は、通常、前記低級アルコールEPAエステル化物および前記低級アルコールDHAエステル化物を含む低級アルコール脂肪酸エステル化物の混合物と、該混合物以外の成分とを分離することができる装置を用いて行われ、より具体的には、一般的に市販の分子蒸留装置を使用して行うことができ、例えば、遠心式分子蒸留機、ショートパス蒸留機、流下膜式蒸留機等を用いることができる。特に、ショートパス蒸留機が好ましい。分子蒸留装置では、蒸発管を通して被処理物を揮発させた後、冷却器内に通すことで、液化する低分子成分と、液化しない高分子成分とに分けることができる。
【0089】
また、分子蒸留は、後述する精密蒸留の前に行うことが好ましく、さらには、分子蒸留を行った後で、後述する銀処理を行うことが好ましい。
【0090】
<ピーク強度比>
この混合物のFT−IRスペクトル解析において、1736cm
−1付近に現れるピークの強度に対する、966cm
−1付近に現れるピークの強度の比が0.075以下であることが好ましく、0.07以下であることがより好ましい。
【0091】
<ピーク強度比の意義>
前記混合物のFT−IRスペクトル解析において、1736cm
−1付近に現れるピークは、低級アルコール脂肪酸エステル化物に含まれるエステル結合を示す。また、966cm
−1付近に現れるピークは、低級アルコール脂肪酸エステル化物に含まれる低級アルコール脂肪酸エステル化物の異性化物(トランス二重結合を含む異性化物)を示す(FTIRによるトランス脂肪酸の定量、SHIMAZU APPLICATION NEWS No.430A,株式会社島津製作所)。
【0092】
よって、この混合物のFT−IRスペクトル解析において、1736cm
−1付近に現れるピークの強度に対する、966cm
−1付近に現れるピークの強度が大きいほど、異性化物(脂肪酸に含まれるシス二重結合が異性化して生じたトランス二重結合を含む)が低級アルコール脂肪酸エステル化物に多く含まれていることを示している。したがって、該混合物のFT−IRスペクトル解析において、1736cm
−1付近に現れるピークの強度に対する、966cm
−1付近に現れるピークの強度の比が0.075以下であることは、該混合物に含まれる異性化物が少ないことを示している。
【0093】
<異性化物の定義>
なお、本発明において、ある化合物の「異性化物」とは、ある化合物と分子式は等しいが、該化合物と分子構造の異なる化合物のこと(異性体)をいい、ある化合物をその異性体に変えることを異性化という。
【0094】
例えば、天然油脂を構成するEPA、DHAなどの脂肪酸は、その二重結合が全てシス配位であり、かつ、該二重結合が非共役の構造を有する。脂肪酸の異性化としては、例えば、脂肪酸の二重結合の少なくとも一部がトランス配位に変化することや、該二重結合が共役となる位置に移動すること等が挙げられる。
【0095】
<混合物の組成>
また、後述する精密蒸留で得られる低級アルコールEPAエステル化物の純度をより高めることができる観点で、前記混合物は、低級アルコール脂肪酸エステル化物を90質量%以上含み、前記低級アルコール脂肪酸エステル化物は、低級アルコールEPAエステル化物および低級アルコールDHAエステル化物を以下のモル比率で含むことがより好ましい。
3.0≦(低級アルコールEPAエステル化物/低級アルコールDHAエステル化物)≦30。
【0096】
より好ましくは、3.0≦(低級アルコールEPAエステル化物/低級アルコールDHAエステル化物)≦20である。
【0097】
本実施形態に係る製造方法によれば、上記酵素処理によって、EPA含有グリセリドを低級アルコール脂肪酸エステル化物へと選択的に変換させることができるため、上記分子蒸留工程によって、前記低級アルコールEPAエステル化物および前記低級アルコールDHAエステル化物を含む低級アルコール脂肪酸エステル化物と、他の成分(低級アルコール脂肪酸エステル化物以外の脂肪酸グリセリド、グリセリン)とを、一般的な分離処理にて比較的容易に分離することができる。これにより、後述する精密蒸留工程によって、純度の高い低級アルコールEPAエステル化物を簡便な方法にて効率良く得ることができる。
【0098】
<精密蒸留>
次に、本実施形態に係る製造方法では、分子蒸留(
図1のステップS2)で得られた、低級アルコールEPAエステル化物および低級アルコールDHAエステル化物を含む混合物を蒸留して(精密蒸留、
図1のステップS3)、前記低級アルコールEPAエステル化物以外の低級アルコール脂肪酸エステル化物を分離することにより、低級アルコールEPAエステル化物(好ましくは純度96.5質量%以上、より好ましくは98質量%以上約100質量%以下)を得る工程をさらに含むことができる。
【0099】
精密蒸留(rectification)は上記の分子蒸留と比べて低真空度下で行われる蒸留であって、具体的には、塔内で液と蒸気を向流接触させると共に、適当な還流を行い、液の蒸発と蒸気の凝縮を繰り返すことによって分離の度合いを高める連続蒸留操作であり、液体混合物の分離精製に最も多く用いられる蒸留である。精密蒸留工程により、複数種類の脂肪酸のエステル化物を含む低級アルコール脂肪酸エステル化物から、任意の低級アルコール脂肪酸エステル化物を分離することができる。したがって、本実施形態に係る精密蒸留工程では、前記分子蒸留工程により得られた、複数種類の低級アルコール脂肪酸エステル化物の中から、低級アルコールEPAエステル化物を選択的に得ることができる。
【0100】
精密蒸留は通常、上記の分子蒸留における真空度よりも低い真空度で行うことができる。
【0101】
例えば、精密蒸留における温度は、150℃以上250℃以下(好ましくは160℃以上230℃以下)であり、真空度は0.01Torr以上10Torr以下(好ましくは0.1Torr以上5Torr以下)であり、より具体的には、温度170℃以上220℃以下でかつ真空度0.5Torr以上3Torr以下である。
【0102】
精密蒸留は、通常、前記低級アルコールEPAエステル化物以外の低級アルコール脂肪酸エステル化物を前記低級アルコールEPAエステル化物と分離することができる装置を用いて行われ、より具体的には、精留塔を有する蒸留装置又は流下膜式の蒸留装置を使用して行うことができ、精留塔としては、例えば、棚段式、充填式、又はスプリング式等を用いることができ、特に、棚段構造を有する棚段式又は充填式の蒸留装置を使用することが好ましい。棚段構造を有する蒸留装置では、揮発した物質が上昇するが、物質の種類によって滞留する棚段が異なるため、排出口が付いている棚段まで目的物質が上昇するように棚段が設定されている。また、加熱方式としては、比較的加熱履歴の少ない流下型薄膜式が好ましい。また、精密蒸留の蒸留法としては、バッチ式または連続式のいずれでもよいが、連続式が好ましい。なお、精留塔の理論段数は適宜設定できるが、2段以上、好ましくは5段以上(通常2段以上10以下)が好ましい。
【0103】
また、精密蒸留の回数および順序は限定されない。すなわち、精密蒸留を2回以上(通常2回以上4回以下)行ってもよいし、また、精密蒸留の後に銀処理を行ってもよいし、あるいは、銀処理を行った後に精密蒸留を行ってもよい。さらには、精密蒸留および銀処理を行った後に、精密蒸留を再度行ってもよい。
【0104】
<銀処理>
本実施形態に係る製造方法は、銀処理(本実施形態に係る低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物を銀塩水溶液と接触させる処理)をさらに含むことができる。
【0105】
本実施形態に係る製造方法において、本願発明者らは、前記酵素処理の反応液が水分を含む場合(例えば、前記酵素処理の前記反応液中の水分含量が0.4質量%以上である場合)、該酵素処理において遊離脂肪酸が生じる傾向があることを見出した。
【0106】
本実施形態に係る製造方法によれば、前記酵素処理を行った後に銀処理工程を行うことにより、本実施形態に係る低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物中の遊離脂肪酸の含有量を低減することができる。
【0107】
すなわち、該銀処理によって遊離脂肪酸の含有量を低減することができるため、例えば、本実施形態に係る低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物の酸価を5未満(好ましくは4未満)にすることができる。
【0108】
本実施形態に係る製造方法において、酵素処理で生じた遊離脂肪酸を低減することができる点で、銀処理は、酵素処理後に行うことが好ましく、例えば、酵素処理で得られた前記混合物(例えば第1組成物)について銀処理を行ってもよいし、あるいは、分子蒸留の後に得られた低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物(例えば第2組成物)について銀処理を行ってもよいし、あるいは、精密蒸留の後に得られた低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物(例えば第2組成物)について銀処理を行ってもよい。
【0109】
(銀の濃度)
銀処理で使用する銀塩は、不飽和脂肪酸中の不飽和結合と錯体を形成しうる銀塩であればいずれも使用することができ、例えば、硝酸銀、過塩素酸銀、酢酸銀、トリクロロ酢酸銀、トリフルオロ酢酸銀等が挙げられる。これらの銀塩を、好ましくは15質量%以上、より好ましくは20質量%以上、さらに好ましくは40質量%以上の濃度となるように水に溶解して銀塩水溶液とする。また、銀塩水溶液中の銀塩濃度は、飽和濃度を上限とすればよい。
【0110】
また、銀処理において、銀塩水溶液を回収し、再利用する前に、吸着剤と接触してもよい。上記吸着剤としては、例えば、活性炭、活性アルミナ、活性白土、酸性白土、シリカゲル、ケイソウ土、酸化アルミニウム、酸化マグネシウム等が挙げられ、これらのうちの1種または2種以上を使用することができる。
【0111】
上記銀塩水溶液と上記吸着剤との接触方法は、特に限定されるものではないが、例えば、上記銀塩水溶液中に上記吸着剤を投入し、撹拌する方法や、上記吸着剤を充填したカラムに上記銀塩水溶液を通液する方法等が挙げられる。また、銀塩水溶液を回収し、再利用する前に、希釈・濃度調整することによって、あるいは、有機溶媒で抽出してもよい。回収した銀塩水溶液の濃度調整は、減圧・加熱による水の蒸発により、あるいは比重を測定しながら適宜銀塩や水を加えることにより行なうことができる。
【0112】
また、銀処理において、銀処理対象物(例えば、上記酵素処理で得られた混合物(例えば第1組成物)、または、上記分子蒸留で得られた組成物(例えば第2組成物))に銀塩の水溶液を加え、好ましくは5分以上4時間以下の時間、より好ましくは10分以上2時間以下の時間撹拌することにより、水溶性の銀塩−遊離脂肪酸の錯体を形成させ、該錯体を選択的に銀塩水溶液に溶かすことができる。該銀塩水溶液を除去することにより、遊離脂肪酸を除去することができる。これにより、低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物の酸価を5未満(好ましくは4未満)にすることができる。
【0113】
また、銀処理対象物と銀塩水溶液との反応温度は、下限は銀塩水溶液が液体でありさえすればよく、上限は100℃までで行われるが、低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物の酸化安定性、銀塩の水への溶解性、錯体の生成速度などへの配慮から、10℃以上30℃以下の反応温度が好ましい。
【0114】
銀処理対象物と銀塩水溶液との接触時には、低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物の酸化安定性、銀塩の安定性を考慮し、不活性ガス、例えば窒素雰囲気下で、遮光して行うのが好ましい。
【0115】
また、銀処理対象物と接触後の銀塩水溶液には、水に難混和性の有機溶媒を添加することができる。有機溶媒添加後、有機相を回収することにより、低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物を回収することができる。この場合、水に難混和性の有機溶媒は、銀塩の水溶液100質量%に対して10質量%以上200質量%以下であるのが好ましく、30質量%以上であり、また150質量%以下であることがより好ましい。
【0116】
水に難混和性の有機溶媒としては、例えば、直鎖状脂肪族炭化水素(例えば、n−ペンタン,n−ヘキサン,n−ヘプタン,n−ヘキセン,n−オクタン,イソオクタン等の炭素数5以上10以下の直鎖状脂肪族炭化水素)、環状脂肪族炭化水素(シクロヘキサン,シクロヘキセン,メチルシクロヘキセン等の炭素数5以上10以下の環状脂肪族炭化水素)、芳香族炭化水素(例えば、トルエン,ベンゼン,エチルベンゼン,キシレン,スチレン等の炭素数5以上10以下の芳香族炭化水素)等の炭化水素類、または石油エーテルが挙げられる。なお、前記回収工程は、複数回繰り返し実施することができる。
【0117】
<低級アルコールEPAエステル化物の具体例>
低級アルコールEPAエステル化物は、医薬品、化粧品、食品等の原料として使用することができる。低級アルコールEPAエステル化物としては、例えば、EPAメチルエステル、EPAエチルエステル、EPAn−プロピルエステル、EPAイソプロピルエステルが挙げられ、このうち、EPAエチルエステル(本明細書において、「EPAEE」ともいう。)は、例えば高脂血症、閉塞性動脈硬化等の循環器系疾患治療薬として用いられている。したがって、低級アルコールEPAエステル化物はEPAEEであってもよく、低級アルコールDHAエステル化物はDHAエチルエステル(本明細書において、「DHAEE」ともいう。)であってもよい。
【0118】
<低級アルコールEPAエステル化物の用途>
また、低級アルコールEPAエステル化物および低級アルコールDHAエステル化物は、サプリメント等の食品組成物およびカプセル剤の原料として使用することができる。
【0119】
<作用効果−公知の低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物の製造方法>
本実施形態に係る製造方法の作用効果を説明するにあたり、まず、公知の低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物の製造方法について説明する。
【0120】
<公知の低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物の製造方法>
公知の低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物の製造方法(特許文献1に記載)では、まず、複数の脂肪酸を低級アルコール脂肪酸エステル部位に有する脂肪酸グリセリドを含む原料油脂を、アルカリ性条件下でアルコールと処理することで、脂肪酸グリセリドとアルコールとのエステル交換反応によって、低級アルコール脂肪酸エステル化物を得る。この方法では、複数種類の低級アルコール脂肪酸エステル化物の混合物が得られる。
【0121】
<公知の低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物の製造方法−課題>
複数種類の低級アルコール脂肪酸エステルの混合物から所望の低級アルコール脂肪酸エステルを分離するためには、例えば、条件(例えば、真空度、加熱温度、加熱方法、加熱時間)を非常に厳密に制御した蒸留を行う必要がある。このように、条件の厳しい蒸留を行うことは、製造プロセス上、負担が大きい。
【0122】
例えば、EPA含有グリセリドおよびDHA含有グリセリドを含む油脂をアルカリ性条件下でエステル交換反応を行う場合、EPAとDHAとは炭素数や二重結合数が近似するため、得られる低級アルコールEPAエステル化物と低級アルコールDHAエステル化物と(例えば、EPAEEとDHAEE)を分離するためには、非常に精密に制御された条件下で蒸留することが必要とされ、製造プロセス上、非常に負担が大きい。また、通常、低級アルコールEPAエステル化物および低級アルコールDHAエステル化物の一方のみを単離することが困難であるため、蒸留時にロスが生じる傾向がある。
【0123】
また、蒸留は一般に、大規模な装置を必要とすることが多く、製造コストが増大する傾向がある。さらに、アルカリ性条件下で処理を行う場合、使用するアルカリ性液が廃液として生じるため、該廃液を処理する必要が生じるという問題がある。
【0124】
さらに、上記エステル交換反応では、アルカリ性条件下において、低級アルコール脂肪酸エステル化物に含まれる二重結合に異性化(トランス二重結合の生成など)が生じることがある。異性化は、通常、アルカリ処理や加熱によって生じやすい。
【0125】
低級アルコール脂肪酸エステル化物の異性化物は一般に、通常の不純物除去処理(例えば、蒸留、クロマトグラフィー)では、低級アルコール脂肪酸エステル化物との分離が困難である。したがって、上述したようなアルカリ条件下での処理(以下、単に「アルカリ処理」ともいう。)や加熱処理によって、低級アルコール脂肪酸エステル化物の異性化物(トランス二重結合を有する)が一旦生成すると、低級アルコール脂肪酸エステル化物中からの該異性化物の除去は一般に困難である。すなわち、この異性化物は、低級アルコール脂肪酸エステル化物の純度を低下させる一原因物質である。
【0126】
<本実施形態に係る製造方法の作用効果>
(i)これに対して、本実施形態に係る製造方法によれば、第1に、EPA含有グリセリドを含有する原料油脂を酵素処理(リパーゼを用いた処理)して、低級アルコールEPAエステル化物を含む低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物を得る工程を含むことにより、純度が高い低級アルコールEPAエステル化物を効率良く得ることができる。
【0127】
より具体的には、本実施形態に係る製造方法によれば、アルカリ処理を経なくても低級アルコールEPAエステル化物が得られるため、異性化物の発生を抑えることができる。よって、純度が高い低級アルコールEPAエステル化物を効率良く得ることができる。また、上記本実施形態に係る製造方法では、アルカリを用いる場合のような廃液処理の問題が生じないため、環境に与える影響が少ない。
【0128】
(ii)第2に、前記酵素処理を行うことにより、低級アルコールDHAエステル化物に対する低級アルコールEPAエステル化物のモル比率を高めることができる(具体的には、3.0≦(低級アルコールEPAエステル化物/低級アルコールDHAエステル化物)≦30、好ましくは、3.0≦(低級アルコールEPAエステル化物/低級アルコールDHAエステル化物)≦20)。
【0129】
より具体的には、前記酵素処理を行うことにより、低級アルコールEPAエステル化物および低級アルコールDHAエステル化物を、3.0≦(低級アルコールEPAエステル化物/低級アルコールDHAエステル化物)≦30(より好ましくは3.0≦(低級アルコールEPAエステル化物/低級アルコールDHAエステル化物)≦20)のモル比率で含む低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物を得ることができ、低級アルコールDHAエステル化物に変換されなかったDHAは、DHA含有グリセリドとして残存することになる。
【0130】
低級アルコールEPAエステル化物と、他の成分(主に、DHA含有グリセリド、グリセリン、遊離脂肪酸)およびEPAよりも炭素数が小さい低級アルコール脂肪酸エステルとは、蒸留やクロマトグラフィー等の一般的な不純物除去処理によって比較的容易に分離できる傾向がある。
【0131】
したがって、低級アルコールEPAエステル化物と、低級アルコール脂肪酸エステル化物ではない他の成分およびEPAよりも炭素数が小さい低級アルコール脂肪酸エステルとを分離する際には、上述のアルカリ処理の後に通常行われる、低級アルコールEPAエステル化物と他の低級アルコール脂肪酸エステル化物とを分離するための精密に制御された蒸留を行う必要がないうえに、蒸留時のロスを少なくすることができる。このことから、本実施形態に係る製造方法によれば、低級アルコールDHAエステル化物に対する低級アルコールEPAエステル化物のモル比率を高めることにより、純度が高い低級アルコールEPAエステル化物を簡便な方法にて効率良く得ることができる。
【0132】
原料油脂をリパーゼによって処理する工程においては、EPAを脂肪酸エステル部位として有する脂肪酸グリセリドが、DHAを脂肪酸エステル部位として含有する脂肪酸グリセリドよりも優先的にエチルエステル化されると推測される。このため、後の工程において、低級アルコールEPAエステル化物と低級アルコールDHAエステル化物とのモル比率(低級アルコールEPAエステル化物/低級アルコールDHAエステル化物)を高めることができる。
【0133】
したがって、本実施形態に係る製造方法は、EPA含有グリセリドを含有する原料油脂をまず酵素処理して、低級アルコールEPAエステル化物の含有割合が高められた低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物を得てから、蒸留処理を行なうことにより、異性化物が低減された低級アルコールEPAエステル化物を容易に、かつ、より多く単離することができる点で有用である。
【0134】
(iii)第3に、前記酵素処理における水分含量が0.4質量%以上であることにより、反応液中に含まれる該水分により、酵素反応により生じるグリセリンを水中に誘導させることで、グリセリンが油中で固まるのを防止し、酵素反応を円滑に進行させることができる。また、原料油脂が加水分解されて遊離脂肪酸が生成する結果、該反応液中の遊離脂肪酸の濃度が高くなる(該反応液の酸価が高くなる)ため、酵素安定性が高められる。その結果、酵素の繰り返し使用が可能になるため、製造コストの低減および省資源化を図ることができる。したがって、前記酵素処理は、再利用性、取扱性および経済性に優れていることから、小規模スケールでの処理のみならず、大規模スケールでの処理に好適である。
【0135】
<第1組成物>
本発明の一実施形態に係る低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物(以下、「第1組成物」ともいう。)は、低級アルコール脂肪酸エステル化物を40質量%以上90質量%以下(より具体的には、50質量%以上80質量%以下)含み、前記低級アルコール脂肪酸エステル化物は、低級アルコールEPAエステル化物および低級アルコールDHAエステル化物を以下のモル比率で含む。第1組成物は、例えば、上述の酵素処理又は上述の酵素処理とそれに続く銀処理により得ることができる。
3.0≦(低級アルコールEPAエステル化物/低級アルコールDHAエステル化物)≦30
【0136】
上記モル比率は、以下のモル比率であることが好ましい。
3.0≦(低級アルコールEPAエステル化物/低級アルコールDHAエステル化物)≦20
【0137】
上記モル比率は、以下のモル比率であることがより好ましい。
3.0≦(低級アルコールEPAエステル化物/低級アルコールDHAエステル化物)≦15
【0138】
第1組成物は、FT−IRスペクトル解析において、1736cm
−1付近に現れるピークの強度に対する、966cm
−1付近に現れるピークの強度の比が0.15以下(好ましくは0.13以下)であることができる。したがって、第1組成物では、異性化物が低減されている。この第1組成物を上述の分子蒸留に供することにより、異性化物が少ない、第2組成物(低級アルコールEPAエステル化物および低級アルコールDHAエステル化物の混合物)を得ることができる。また、第1組成物は、上述の銀処理によって、遊離脂肪酸の含有量が低減されており、酸価が5未満(好ましくは4未満)であることができる。
【0139】
<第1組成物を用いた分子蒸留>
本発明の一実施形態に係る低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物の製造方法は、上記第1組成物を蒸留して、前記低級アルコールEPAエステル化物および前記低級アルコールDHAエステル化物を含む低級アルコール脂肪酸エステル化物の混合物と、該混合物以外の成分とを分離することにより、後述する第2組成物を得る工程を含む。
【0140】
本実施形態に係る製造方法において、第1組成物を蒸留して、後述する第2組成物を得る工程は、上述の分子蒸留工程に相当する。
【0141】
本実施形態に係る製造方法によれば、第1組成物を蒸留して、後述する第2組成物を得る工程を含むことにより、上述の精密蒸留において低級アルコールEPAエステル化物を選択的に得ることができる。
【0142】
<第2組成物>
本発明の一実施形態に係る低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物(以下、「第2組成物」ともいう。)は、低級アルコール脂肪酸エステル化物を90質量%以上(より具体的には、95質量%以上100質量%以下)含み、前記低級アルコール脂肪酸エステル化物は、低級アルコールEPAエステル化物および低級アルコールDHAエステル化物を以下のモル比率で含む。第2組成物は、上述の分子蒸留処理又は上述の分子蒸留処理とこれに続く銀処理にて得ることができる。
3.0≦(低級アルコールEPAエステル化物/低級アルコールDHAエステル化物)≦30
【0143】
上記モル比率は、以下のモル比率であることがより好ましい。
3.0≦(低級アルコールEPAエステル化物/低級アルコールDHAエステル化物)≦20
【0144】
上記モル比率は、以下のモル比率であることがさらに好ましい。
3.0≦(低級アルコールEPAエステル化物/低級アルコールDHAエステル化物)≦15
【0145】
第2組成物は、FT−IRスペクトル解析において、1736cm
−1付近に現れるピークの強度に対する、966cm
−1付近に現れるピークの強度の比が0.075以下(好ましくは0.070以下)であることができる。したがって、第2組成物では、異性化物が低減されている。この第2組成物を上述の精密(2次)蒸留に供することにより、異性化物が少ない、低級アルコールEPAエステル化物を得ることができる。
【0146】
また、第2組成物は、遊離脂肪酸の含有量が低減されており、酸価が5未満(好ましくは4未満)であることができる。遊離脂肪酸の含量量の低減は例えば、上述の銀処理によって行うことができる。第2組成物は例えば、サプリメント等の食品組成物およびカプセル剤の原料として使用することができる。
【0147】
<第2組成物を用いた精密蒸留>
本発明の一実施形態に係る低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物の製造方法は、上記第2組成物を蒸留して、前記低級アルコールEPAエステル化物以外の低級アルコール脂肪酸エステル化物を分離することにより、低級アルコールEPAエステル化物(後述する第3組成物)を得る工程を含む。
【0148】
本実施形態に係る製造方法において、第2組成物を蒸留して、低級アルコールEPAエステル化物を得る工程は、上述の精密蒸留工程に相当する。
【0149】
本実施形態に係る製造方法によれば、第2組成物を蒸留して、低級アルコールEPAエステル化物を得る工程を含むことにより、低級アルコールEPAエステル化物を選択的に得ることができる。純度の高い低級アルコールEPAエステル化物は例えば、サプリメント等の食品組成物およびカプセル剤の原料として使用することができる。
【0150】
<第3組成物>
本発明の一実施形態に係る低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物(以下、「第3組成物」ともいう。)は、低級アルコールEPAエステル化物を96.5質量%以上(より好ましくは98質量%以上約100質量%以下)含み、かつ、FT−IRスペクトル解析において、1736cm
−1付近に現れるピークの強度に対する、966cm
−1付近に現れるピークの強度の比が0.085以下である。
【0151】
第3組成物は、上述の精密蒸留工程を経て得ることができる。第3組成物は、異性化物の含量がきわめて少ないため、例えば、サプリメント等の食品組成物およびカプセル剤の原料として好適に使用することができる。
【実施例】
【0152】
以下、実施例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は実施例に限定されない。
【0153】
[調製例1(固定化酵素の調製)]
サーモマイセス・ラヌギノーゼ(Thermomyces lanuginose)の400gの溶液(940KLU/mL)を、大川原製作所製流動層造粒装置を用いて1kgのセライト545(ジョンマンビル社、粒径0.02−0.1mm)上に噴霧した。前記リパーゼ溶液はペリスタポンプ(東京理化器械株式会社製)を経由して供給した。100m
3/時の空気流により吸い込み口の空気の温度は57℃であり、そして固定化産物の温度は約40℃であった。固定化終了後、流動層中で更に5分間乾燥して、粒子状の固定化酵素(平均粒子径600μm、比重2)を得た。
【0154】
[実施例1(酵素処理)]
精製魚油(イワシ油、酸価0)1kgをセパラブルフラスコ(容量3L)に入れ、エタノール52.5gを添加した。フラスコを混ぜ、エタノールを魚油中に均一に分散させた。次に、水21g(反応液中の水分含量:2質量%)を入れ、撹拌し、水を魚油−エタノール混合物中に分散させて、反応液を調製した。次いで、実施例1で調製した固定化酵素105gを添加し、サンプル瓶中の大気を窒素で置換してから、撹拌機を使用し、サンプルを150rpm、30℃にて24時間反応させて、EPAEEおよびDHAEEを含む低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物(第1組成物)を得た。反応開始から0時間、2時間、4時間、6時間、および24時間の時点でそれぞれ、反応液200μl採取し、成分分析(低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物中の低級アルコール脂肪酸エステル化物の含有量(質量%)、低級アルコール脂肪酸エステル化物中のEPAEEの含有量(モル%)、低級アルコール脂肪酸エステル化物中のDHAEEの含有量(モル%)、EPAEE/DHAEE(モル比率))を行った。また、反応開始から2時間、4時間、6時間の時点でエタノール52.5gを反応液に追加し、かつ、サンプル瓶中で窒素置換を行った。また、24時間の反応を1サイクルとし、該反応を3サイクル繰り返して行った。各サイクルの終了後に、反応液から吸引ろ過にて油と固定化酵素とを分別し、分別した固定化酵素を反応容器に移し、その後、必要量の油を加えて、次サイクルの反応に繰り返し使用した。さらに、反応開始から0時間、2時間、4時間、6時間、8時間、24時間(反応終了時)の時点で反応液を微量採取して、成分分析を行った。
【0155】
上述した実施形態に記載された方法により測定および算出された、実施例1(1サイクル目の24時間反応)の反応液の酸価は5.95であり、実施例1(3サイクル目の8時間反応)の反応液の酸価は6.17あった。
【0156】
また、実施例1(1サイクル目の24時間反応)の反応液のFT−IRスペクトル解析(測定装置:1回反射型全反射測定装置MIRacleA(ZnSeプリズム))において、1736cm
−1付近に現れるピークの強度に対する、966cm
−1付近に現れるピークの強度の比は0.12であった。
【0157】
(実施例2〜8(酵素処理))
使用する水の量を5.25g(反応液中の水分含量:0.5質量%)、10.5g(反応液中の水分含量:1質量%)、52.5g(反応液中の水分含量:5質量%)、105g(反応液中の水分含量:9質量%)、210g(反応液中の水分含量:17質量%)、525g(反応液中の水分含量:33質量%)、1050g(反応液中の水分含量:50質量%)とした以外は、実施例1と同様の処理を行ない、EPAEE及びDHAEEを含む、実施例2ないし8の低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物(第1組成物)を得た。
【0158】
なお、実施例3ないし5においては、実施例1と同様に、24時間の反応を1サイクルとし、該反応を3サイクル繰り返して行い、各サイクルの終了後に、反応液から吸引ろ過にて油と固定化酵素とを分別し、分別した固定化酵素を反応容器に移し、その後、必要量の油を加えて、次サイクルの反応に繰り返し使用した。
【0159】
上述した実施形態に記載された方法により測定および算出された、実施例2ないし8の反応液の酸価はそれぞれ2.2以上12以下の範囲内であった。
【0160】
また、実施例2ないし8の反応液のFT−IRスペクトル解析(測定装置:1回反射型全反射測定装置MIRacleA(ZnSeプリズム))において、1736cm
−1付近に現れるピークの強度に対する、966cm
−1付近に現れるピークの強度の比はいずれも0.15以下であった。
【0161】
(比較例1(酵素処理))
使用する水の量を0g(反応液中の水分含量:0%)とした以外は、実施例1と同様の処理を行ない、EPAEE及びDHAEEを含む、比較例1の低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物を得た。
【0162】
(比較例2(酵素処理))
使用する水の量を3.15g(反応液中の水分含量:0.3質量%)とした以外は、実施例1と同様の処理を行ない、EPAEE及びDHAEEを含む、比較例2の低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物を得た。
【0163】
上述した実施形態に記載された方法により測定および算出された、比較例1の反応液の酸価は1.0であり、比較例2の反応液の酸価は1.5であった。
【0164】
実施例1ないし8および比較例1および2の各低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物に含まれる、低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物中の低級アルコール脂肪酸エステル化物の含有量(質量%)、低級アルコール脂肪酸エステル化物中のEPAEEの含有量(モル%)、低級アルコール脂肪酸エステル化物中のDHAEEの含有量(モル%)、およびEPAEE/DHAEE(モル比率)を表1に示す。
【0165】
【表1】
【0166】
表1によれば、実施例1ないし8において、反応開始から2時間で、低級アルコール脂肪酸エステル化物中におけるEPAEEの含有量は急激に増加し、反応時間の増加に伴い、反応液中の低級アルコール脂肪酸エステル化物の含有量が増加するともに、低級アルコール脂肪酸エステル化物中のEPAEEの含有量およびDHAEEの含有量が増加する傾向があり、結果として、反応前の原料油脂に含まれる脂肪酸グリセリドを構成するEPA/DHAの値と比較して、反応液におけるEPAEEの含有量/DHAEE含有量の値を高めることができたことが理解できる。
【0167】
また、実施例1ないし8によれば、前記酵素処理の反応液の水分含量が0.4質量%以上であることにより、酵素の安定性が高められる結果、酵素の繰り返し使用が可能になるため、固定化酵素を反応液中から取り出して再度使用できることが理解できる。
【0168】
さらに、実施例1ないし8によれば、リパーゼを用いた処理において、反応液の水分含量を0.4質量%以上としたことにより、低級アルコール脂肪酸エステル化物の含有量が40質量%以上90質量%以下であり、かつ、DHAEEに対する前記EPAEEのモル比率(EPAEE/DHAEE)が3.0以上30以下である低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物を得ることができた。
【0169】
なお、反応前の原料油脂に含まれる脂肪酸グリセリドを構成する脂肪酸における、EPAの含有量およびDHAの含有量はそれぞれ、18モル%、12モル%(EPA/DHA=3/2)である。このことから、上記処理により、EPA含有グリセリドを含む原料油脂からEPAEEを選択的に得ることができることが理解できる。
【0170】
これに対して、比較例1および2によれば、リパーゼを用いた処理において、反応液の水分含量が0.4質量%未満である場合、酵素の安定性が低く、反応液における低級アルコール脂肪酸エステル化物の含有量が実施例1ないし8で得られた反応液よりも少なかった。
【0171】
[実施例9(分子蒸留処理)]
実施例1で得られた第1組成物を、ショートパス蒸留機(株式会社神鋼環境ソリューション製)を使用して、真空度0.1Torr以下で80℃以上200℃以下の温度にて蒸留し(分子蒸留(一次蒸留))、低級アルコールEPAエステル化物(EPAEE)および低級アルコールDHAエステル化物(DHAEE)を含む低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物(第2組成物)を得た。
【0172】
実施例9で得られた第2組成物のFT−IRスペクトル解析(測定装置:1回反射型全反射測定装置MIRacleA(ZnSeプリズム))において、1736cm
−1付近に現れるピークの強度に対する、966cm
−1付近に現れるピークの強度の比は0.069であり、該該第2組成物に含まれる低級アルコール脂肪酸エチルエステルの含有量はほぼ100質量%であり、第2組成物の酸価は10.1であり、ならびに、第2組成物におけるEPAEE/DHAEE(モル比率)は6.0であった。
【0173】
[実施例10(精密蒸留処理)]
実施例9で得られた第2組成物を、流下型薄膜式の精密蒸留機(株式会社旭製作所製)を使用して、真空度3Torr以下、150℃以上250℃以下の温度、理論段数5段にて蒸留(精密蒸留(二次蒸留))して、EPAEE(第3組成物、純度:ほぼ100質量%)を得た。
【0174】
実施例10のEPAEEのFT−IRスペクトル解析(測定装置:1回反射型全反射測定装置MIRacleA(ZnSeプリズム))において、1736cm
−1付近に現れるピークの強度に対する、966cm
−1付近に現れるピークの強度の比は0.081であり、該第3組成物に含まれる脂肪酸エチルエステル(EPAEE)の含有量はほぼ100質量%であり、該第3組成物の酸価はほぼ0であった。
【0175】
[比較例3(アルカリ処理による低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物の調製およびEPAEEおよびDHAEEの混合物の調製)]
2Lの共栓付き三角フラスコ(アルミホイルにて遮光)に、実施例1で使用したものと同じ精製魚油800g(カールフィッシャー法で測定された水分測定値0.04質量%)を添加した。別のビーカーにエタノール240mLを入れ、水酸化ナトリウム4.8gを添加して、2%(w/w)水酸化ナトリウムエタノール溶液を調製した。この2%(w/w)水酸化ナトリウムエタノール溶液を前記三角フラスコに添加した後、該三角フラスコ内を窒素置換した。次いで、該三角フラスコを30℃恒温水槽に浸して、スターラー目盛り8にて室温(25℃)にて18時間撹拌を行った。その後、反応液を分液漏斗に移し、純水50gを添加して水洗し、約20分間静置した後、下相(水相)を廃棄する洗浄操作を行った。次いで、純水50gを添加して同様の洗浄操作を行った後、同様の洗浄操作をさらに4回(添加する純水の量、1回目:50g、2回目:240g、3回目:240g、4回目:240g)を行った。続いて、油相が中性であることを確認した後、無水硫酸ナトリウムを添加して一晩静置し、4℃で保管することにより、比較例3の低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物を得た。
【0176】
この比較例3の低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物について、実施例9と同様の蒸留処理を行うことにより、EPAEEおよびDHAEEの混合物を得た。
【0177】
比較例3の反応液のFT−IRスペクトル解析(測定装置:1回反射型全反射測定装置MIRacleA(ZnSeプリズム))において、1736cm
−1付近に現れるピークの強度に対する、966cm
−1付近に現れるピークの強度の比は0.095であり、該反応液に含まれる脂肪酸エチルエステルの含有量はほぼ100質量%であった。
【0178】
このことから、本発明に係る低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物の製造方法(実施例9)によれば、アルカリ処理を行う方法(比較例3)と比較して、低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物に含まれる異性化物の量を低減できた。
【0179】
[調製例2(固定化酵素の調製)]
ジビニルベンゼン(DVB)70質量%とメタクリル酸グリシジル15質量%とDEAEメタクレート15質量%を通常の方法で共重合し、粒子状の樹脂担体を得た。この樹脂担体の平均細孔径は11.5nmで細孔容積は0.5cm
3/g、平均粒子径は0.5mm、比重0.2であった。得られた樹脂担体1kgにRhizopus sp.由来のリパーゼFAP−15(天野エンザイム(株)製155,000u/g)の2質量%水溶液10Lを加え、3時間25℃で攪拌しながら固定化を行った。濾過、洗浄後、真空乾燥器で2時間乾燥し、固定化酵素を得た。
【0180】
[実施例11、12、13、14(酵素処理)]
実施例1の酵素処理において、使用する固定化酵素を、調製例2で得られた固定化酵素に置き換え、表2に記載の酵素量、エタノール量、水分含量に置き換えた以外は、実施例1と同様の方法で1サイクル反応させ、成分分析を行った。なお、実施例13では、反応開始時および反応開始から4時間の時点でそれぞれ、エタノールを105g添加した。実施例14では、反応開始時にエタノールを210g添加した。
【0181】
上述した実施形態に記載された方法により測定および算出された、実施例11の反応液(反応開始から24時間の時点)の酸価は4.6であった。
【0182】
【表2】
【0183】
表2によれば、実施例11ないし14において、反応開始から2時間で、低級アルコール脂肪酸エステル化物中におけるEPAEEの含有量は急激に増加し、反応時間の増加に伴い、反応液中の低級アルコール脂肪酸エステル化物の含有量が増加するともに、低級アルコール脂肪酸エステル化物中のEPAEEの含有量およびDHAEEの含有量が増加する傾向があり、結果として、反応前の原料油脂に含まれる脂肪酸グリセリドを構成するEPA/DHAの値と比較して、反応液におけるEPAEEの含有量/DHAEE含有量の値を高めることができたことが理解できる。
【0184】
また、実施例11ないし14によれば、リパーゼを用いた処理において、反応液の水分含量を0.4質量%以上としたことにより、低級アルコール脂肪酸エステル化物の含有量が40質量%以上90質量%以下であり、かつ、DHAEEに対する前記EPAEEのモル比率(EPAEE/DHAEE)が3.0以上15.0以下である低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物を得ることができた。
【0185】
また、実施例11ないし14の反応液のFT−IRスペクトル解析(測定装置:1回反射型全反射測定装置MIRacleA(ZnSeプリズム))において、1736cm
−1付近に現れるピークの強度に対する、966cm
−1付近に現れるピークの強度の比はいずれも0.15以下であった。
【0186】
[実施例15(銀処理)]
実施例9で得られた低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物(第2組成物)10gを銀塩水溶液(硝酸銀の濃度:50質量%)40gと窒素雰囲気下遮光下で、20℃、20分間混合することにより、該組成物と該銀塩水溶液とを接触させた(表3の試験番号1)。また、上記銀塩水溶液の使用量を変えて同様の処理を行った(表3の試験番号2、3)。
接触後に分離した有機相を廃棄し、残りの当該銀塩水溶液にトルエン40gを添加した後、60℃で1時間撹拌し、EPAEEおよびDHAEEを含むトルエン層を回収した後トルエンを除去して、EPAEEおよびDHAEEの混合物を得た。
【0187】
銀処理前後における酸価およびEPAEEの含有量/DHAEE含有量の値(モル比率)を表3に示す。
【0188】
【表3】
【0189】
表3によれば、本実施例の銀処理によって、EPAエチルエステル/DHAエチルエステルの比率を保持したまま、低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物(第2組成物)の酸価を5未満に低減できたことが理解できる。なお、実施例10で得られたEPAEEについても、本実施例と同様の銀処理を行うことにより、微量含まれる遊離脂肪酸を除去することができた。
【0190】
[実施例16(精密蒸留処理)]
実施例15で得られた、銀処理後の第2組成物を、精密蒸留機(株式会社旭製作所製)を使用して、真空度3Torr以下、150℃以上200℃以下の温度、理論段数5段にて蒸留(精密蒸留)して、EPAEE(第3組成物、純度:ほぼ100質量モル%、酸価:ほぼ0)を得た。
【0191】
実施例16のEPAEEのFT−IRスペクトル解析(測定装置:1回反射型全反射測定装置MIRacleA(ZnSeプリズム))において、1736cm
−1付近に現れるピークの強度に対する、966cm
−1付近に現れるピークの強度の比は0.078であり、該該第3組成物に含まれる脂肪酸エチルエステルの含有量はほぼ100質量%であった。
【0192】
[実施例17(酵素処理、分子蒸留処理及び精密蒸留処理)]
実施例1の酵素処理、実施例9の分子蒸留処理及び実施例10の精密蒸留処理をそれぞれ、1,000倍、2,000倍及び2,000倍のスケールで行った。その結果、本実施例の酵素処理で得られた第1組成物の成分(低級アルコール脂肪酸エステル化物中の低級アルコール脂肪酸エステルの含有量(質量%)、低級アルコール脂肪酸エステル化物中のEPAEEの含有量(モル%)、低級アルコール脂肪酸エステル化物中のDHAEEの含有量(モル%)、EPAEE/DHAEE(モル比率))、前記反応液(混合物)のFT−IRスペクトル解析における、1736cm
−1付近に現れるピークの強度に対する966cm
−1付近に現れるピークの強度の比、ならびに酸価は、実施例1で得られた第1組成物と同様であった。
【0193】
また、本実施例の分子蒸留処理で得られた第2組成物に含まれる低級アルコール脂肪酸エチルエステルの含有量ならびにEPAEE/DHAEE(モル比率)は、実施例9で得られた第2組成物と同様であった。さらに、本実施例の分子蒸留処理で得られた第2組成物のFT−IRスペクトル解析における、1736cm
−1付近に現れるピークの強度に対する966cm
−1付近に現れるピークの強度の比、ならびに酸価は、実施例9で得られた第2組成物と同様であった。
【0194】
さらに、本実施例の精密蒸留処理で得られた第3組成物に含まれるEPAEEの割合は、実施例10で得られた第3組成物と同様であった。さらに、本実施例で得られた精密蒸留処理で得られた第3組成物のFT−IRスペクトル解析における、1736cm
−1付近に現れるピークの強度に対する966cm
−1付近に現れるピークの強度の比、ならびに酸価は、実施例10で得られた第3組成物と同様であった。
【0195】
[実施例18(食品組成物:クッキー)]
下記配合にてクッキーを調製した。ショートニングおよび実施例9で得られた低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物を攪拌機(Kitchen Aid社製Kitchen Aid K5SS)に投入し速度調節レバー6で1分間混ぜ合わせてクリーム状にし、粉末全卵、砂糖を加えミキシングを行った。次に、除々に清水を加え比重を0.8g/mlに調整し、予め混合してから篩った小麦粉とベーキングパウダーを加えてから30秒間攪拌を続けて生地を調製した。得られた生地を冷蔵庫で2時間ねかせた後、厚さ3〜5mm程度に延ばし、型を抜き、180℃のオーブンで13〜15分間焼成し、クッキーを得た。
【0196】
<配合>
小麦粉 200g
ベーキングパウダー 1g
低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物(実施例9) 1g
ショートニング 120g
上白糖 80g
粉末全卵 12g
清水 24g―――――――――――――――――――――――――――――――――
合計 438g
【0197】
[実施例19(ソフトカプセル)]
実施例10で得られた低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物を使用して、内容物が下記の配合であるソフトカプセルを製した。
【0198】
<配合割合>
EPAEE(実施例10) 20%
オリーブ油 50%
ミツロウ 10%
中鎖脂肪酸トリグリセリド 10%
乳化剤 10%
―――――――――――――――――――――
合計 100%
低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物の製造方法は、EPA含有グリセリドを含有する原料油脂を、リパーゼを用いて処理して、低級アルコールEPAエステル化物を含む低級アルコール脂肪酸エステル化物含有組成物を得る工程を含み、前記処理の反応液中における水分含量が0.4質量%以上である。