特許第5754598号(P5754598)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5754598
(24)【登録日】2015年6月5日
(45)【発行日】2015年7月29日
(54)【発明の名称】硫黄系正極活物質及び非水系二次電池
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/60 20060101AFI20150709BHJP
【FI】
   H01M4/60
【請求項の数】5
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2012-22694(P2012-22694)
(22)【出願日】2012年2月6日
(65)【公開番号】特開2013-161653(P2013-161653A)
(43)【公開日】2013年8月19日
【審査請求日】2014年7月23日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003218
【氏名又は名称】株式会社豊田自動織機
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100081776
【弁理士】
【氏名又は名称】大川 宏
(72)【発明者】
【氏名】仲西 正孝
(72)【発明者】
【氏名】丹羽 淳一
(72)【発明者】
【氏名】川澄 一仁
(72)【発明者】
【氏名】杉山 佑介
(72)【発明者】
【氏名】幸 琢寛
(72)【発明者】
【氏名】境 哲男
【審査官】 瀧 恭子
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭58−112247(JP,A)
【文献】 特開平01−172382(JP,A)
【文献】 特開平04−264363(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/00−4/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素骨格と、該炭素骨格に結合した硫黄(S)及びヨウ素(I)と、からなり、
該炭素骨格は、ポリアクリロニトリル、ピッチ類、植物原料、ポリイソプレン及び3環以上の六員環が縮合してなる多環芳香族炭化水素から選ばれる炭素源化合物に由来していることを特徴とする非水系二次電池用硫黄系正極活物質。
【請求項2】
前記硫黄(S)は20質量%以上70質量%未満の量で含まれ、前記ヨウ素(I)は0.01質量%以上20質量%未満の量で含まれている請求項1に記載の非水系二次電池用硫黄系正極活物質。
【請求項3】
ポリアクリロニトリル由来の炭素骨格を有し、前記硫黄(S)は30質量%以上70質量%未満の量で含まれ、前記ヨウ素(I)は0.01質量%以上20質量%未満の量で含まれている請求項1に記載の非水系二次電池用硫黄系正極活物質。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の硫黄系正極活物質を含む正極と、負極と、を含むことを特徴とする非水系二次電池。
【請求項5】
請求項4に記載の非水系二次電池を搭載したことを特徴とする車両。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池など非水系二次電池の正極として有用な硫黄系正極活物質と、その硫黄系正極活物質を含む非水系二次電池に関するものである。
【背景技術】
【0002】
非水電解質二次電池の一種であるリチウムイオン二次電池は、充放電容量の大きな電池であり、主として携帯電子機器用の電池として用いられている。また、リチウムイオン二次電池は、電気自動車用の電池としても期待されている。
【0003】
リチウムイオン二次電池の正極活物質としては、コバルトやニッケル等のレアメタルを含むものが一般的である。しかし、これらの金属は流通量が少なく高価であるため、近年では、これらのレアメタルに代わる物質を用いた正極活物質が求められている。
【0004】
リチウムイオン二次電池の正極活物質として、硫黄を用いる技術が知られている。硫黄を正極活物質として用いることで、リチウムイオン二次電池の充放電容量を大きくできる。例えば、硫黄を正極活物質として用いたリチウムイオン二次電池の充放電容量は、一般的な正極材料であるコバルト酸リチウム正極材料を用いたリチウムイオン二次電池の充放電容量の約6倍である。
【0005】
しかし、正極活物質として単体硫黄を用いたリチウムイオン二次電池においては、放電時に硫黄とリチウムとの化合物が生成する。この硫黄とリチウムとの化合物は、リチウムイオン二次電池の非水系電解液(例えば、エチレンカーボネートやジメチルカーボネート等)に可溶である。このため、正極活物質として硫黄を用いたリチウムイオン二次電池は、充放電を繰り返すと、硫黄の電解液への溶出により次第に劣化し、電池容量が低下する問題がある。
【0006】
硫黄の電解液への溶出を抑制するために、硫黄を含む正極活物質(以下、硫黄系正極活物質と呼ぶ)に、例えば炭素材料等の硫黄以外の材料を配合する技術が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0007】
特許文献1には、硫黄系正極活物質として、炭素と硫黄を主な構成要素とするポリ硫化カーボンを用いる技術が紹介されている。このポリ硫化カーボンは、直鎖状不飽和ポリマーに硫黄が付加されている。特許文献1によると、この硫黄系正極活物質は、充放電の繰り返しに伴うリチウムイオン二次電池の充放電容量低下を抑制できるとされている。以下、充放電の繰り返しに伴って充放電容量が低下するリチウムイオン二次電池の特性を「サイクル特性」と呼ぶ。この充放電容量低下の小さいリチウムイオン二次電池はサイクル特性に優れるリチウムイオン二次電池であり、この充放電容量低下の大きなリチウムイオン二次電池はサイクル特性に劣るリチウムイオン二次電池である。
【0008】
しかし、特許文献1に紹介されている硫黄系正極活物質によっても、リチウムイオン二次電池のサイクル特性を充分に向上させることはできなかった。これは、放電時に硫黄とリチウムとが結合することにより、ポリ硫化カーボンに含まれる-CS-CS-結合や-S-S-結合が切断されて、ポリマーが切断されるためだと考えられる。
【0009】
そこで本発明の発明者らは、ポリアクリロニトリルと硫黄との混合物を熱処理して得られる硫黄系正極活物質を発明した(特許文献2参照)。この硫黄系正極活物質を正極に用いたリチウムイオン二次電池の充放電容量は大きく、かつ、この正極活物質を正極に用いたリチウムイオン二次電池はサイクル特性に優れる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2002-154815号公報
【特許文献2】国際公開第2010/044437号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
ところが特許文献1,2に記載の硫黄系正極活物質を用いたリチウムイオン二次電池は、放電レート特性(所謂Cレート)が低いという不具合があった。本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、水系二次電池のサイクル特性および放電レート特性を向上させ得る硫黄系正極活物質およびこの硫黄系正極活物質を正極に用いた非水系二次電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決する本発明の硫黄系正極活物質の特徴は、炭素骨格と、炭素骨格に結合した硫黄(S)及びヨウ素(I)と、からなることにある。炭素骨格は、ポリアクリロニトリル、ピッチ類、ポリイソプレン、植物原料及び3環以上の六員環が縮合してなる多環芳香族炭化水素から選ばれる炭素源化合物に由来していることが望ましい。
【0013】
また本発明の非水系二次電池の特徴は、本発明の硫黄系正極活物質含む正極と、負極と、を含むことにある。
【発明の効果】
【0014】
本発明の硫黄系正極活物質は、硫黄(S)と共にヨウ素(I)を含んでいる。そのため導電性が向上し、本発明の非水系二次電池によれば放電レート特性が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】実施例の硫黄系正極活物質の製造方法で用いた反応装置を模式的に表す説明図である。
図2】PAN由来の炭素骨格と、その炭素骨格と結合した硫黄(S)と、からなる炭素−硫黄反応物のラマンスペクトルを示す。
図3】実施例において炭素−硫黄反応物とヨウ素とを反応させる際の加熱時の昇温条件を示すグラフである。
図4】放電レート特性を表すグラフである。
図5】1C放電曲線を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の硫黄系正極活物質は、炭素骨格と、炭素骨格に結合した硫黄(S)及びヨウ素(I)と、からなる。ポリ硫化カーボンの硫黄の一部をヨウ素に置換したものを用いることもできるが、(1)ポリアクリロニトリル(以下、PANという)、(2)ピッチ類、(3)植物原料、(4)ポリイソプレン及び(5)3環以上の六員環が縮合してなる多環芳香族炭化水素から選ばれる炭素源化合物に由来する炭素骨格を用いることが好ましい。
【0017】
これらの炭素源化合物から本発明の硫黄系正極活物質を製造するには、炭素源化合物と、硫黄と、ヨウ素とを混合し、硫黄及びヨウ素が流出しない密封系にて非酸化性雰囲気下で加熱する方法がある。あるいは、特許文献2に記載されたように炭素源化合物と硫黄とを先ず反応させ、得られた炭素−硫黄反応物とヨウ素とを混合して密封系で加熱することでヨウ素を導入しても本発明の硫黄系正極活物質を製造することができる。以下の製造方法の説明では、後者の方法を用いた場合を主として説明する。
【0018】
(1)PAN由来の炭素骨格と、その炭素骨格と結合した硫黄(S)と、からなる炭素−硫黄反応物は、特許文献2に記載の製造方法で製造することができる。すなわち、硫黄粉末とPAN粉末を含む原料粉末を混合して混合原料とし、硫黄蒸気の流出を防止しつつ、非酸化性雰囲気下で加熱することで製造することができる。これにより、PANの閉環反応と同時に、蒸気状態の硫黄がPANと反応して、硫黄によって変性されたPANが得られる。
【0019】
(1)PAN粉末としては、重量平均分子量が10,000〜300,000程度の範囲内にあるものが好ましい。また、PANの粒径については、電子顕微鏡によって観察した際に、0.5〜50μm程度の範囲内にあるものが好ましく、1〜10μm程度の範囲内にあるものがより好ましい。PANの分子量及び粒径がこれらの範囲内であれば、PANと硫黄及びヨウ素との接触面積を大きくでき、PANと硫黄及びヨウ素とを信頼性高く反応させ得る。
【0020】
硫黄粉体の粒径については、特に限定的ではないが、篩いを用いて分級した際に、150μm〜40μm程度の範囲内にあるものが好ましく、100μm〜40μm程度の範囲内にあるものがより好ましい。またヨウ素は、昇華状態で反応するので、粒径は特に制限されない。
【0021】
PANと硫黄とを先ず反応させる場合、混合原料における硫黄粉末とPAN粉末の混合割合については、特に限定的ではないが、PAN粉末100質量部に対して、硫黄粉体を50〜1000質量部程度とすることが好ましく、50〜500質量部程度とすることがより好ましく、150〜350質量部程度とすることが更に好ましい。
【0022】
硫黄の流出を防止しつつ加熱する方法の一例として、密閉された雰囲気中で加熱する方法を採用できる。この場合、密閉された雰囲気としては、加熱によって発生する硫黄の蒸気が散逸しない程度の密閉状態が保たれていればよい。また、非酸化性雰囲気としては、酸化反応が進行しない程度の低酸素濃度とした減圧状態;窒素、アルゴン等の不活性ガス雰囲気;硫黄ガス雰囲気等とすればよい。
【0023】
密閉状態の非酸化性雰囲気とするための具体的な方法については特に限定はなく、例えば、硫黄蒸気が散逸しない程度の密閉性が保たれる容器中に混合原料を入れて、容器内を減圧状態又は不活性ガス雰囲気として加熱すればよい。その他、硫黄粉末とPANの粉末の混合原料を、アルミニウムラミネートフィルム等の硫黄の蒸気と反応を生じない材料で真空包装した状態で加熱してもよい。この場合、発生した硫黄蒸気によって包装材料が破損しないように、例えば、水を入れたオートクレーブ等の耐圧容器中に、包装された原料を入れて加熱し、発生した水蒸気で包装材の外部から加圧する状態とすることが好ましい。この方法によれば、包装材料の外部から水蒸気によって加圧されるので、硫黄蒸気によって包装材料が膨れて破損することが防止される。
【0024】
硫黄粉体とPAN粉体は、単に混合しただけの状態でもよいが、例えば、混合原料をペレット状に成形した状態としてもよい。また混合原料は、PAN及び硫黄のみで構成してもよいし、正極活物質に配合可能な一般的な材料(導電助剤等)を配合してもよい。
【0025】
加熱温度は、250〜500℃程度とすることが好ましく、250〜450℃程度とすることがより好ましく、250〜400℃程度とすることがさらに好ましい。加熱時間については、特に限定的ではなく、実際の加熱温度によって異なるが、通常、上記した温度範囲内に10分〜10時間程度保持すればよく、30分〜6時間程度保持することが好ましい。上記した方法によれば、このような短時間で硫黄変性PANを形成することが可能である。
【0026】
また、硫黄の流出を防止しつつ加熱する方法のその他の例として、反応によって生成する硫化水素を排出する開口部を有する反応容器中で、硫黄蒸気を還流させながら硫黄粉末とPAN粉末を含む混合原料を加熱する方法を採用できる。この場合、硫化水素を排出するための開口部は、発生した硫黄蒸気がほぼ完全に液化して還流し、開口部からの硫黄蒸気の流出を防止できる位置に設ければよい。例えば、反応容器内の温度が100℃以下程度となる部分に開口部を設けることによって、反応によって生成する硫化水素については開口部から外部に排出されるが、硫黄蒸気は開口部の部分では凝縮して、外部に排出されることなく反応容器中に戻すことができる。
【0027】
上記した製造方法のうちで、密閉された雰囲気中で加熱する方法によれば、得られる硫黄変性PANは、元素分析の結果より、硫黄変性PAN中の含有量として、炭素が40〜60質量%、硫黄が15〜30質量%、窒素が10〜25質量%、水素が1〜5%質量程度の範囲となる。
【0028】
また、上記した製造方法の内で、硫化水素ガスを排出しながら加熱する方法では、得られる硫黄変性PANは、硫黄の含有量が大きくなり、元素分析とXPS測定によるピーク面積比の計算結果より、硫黄変性PAN中の含有量として、炭素が25〜50質量%、硫黄が25〜55質量%、窒素が10〜20質量%、酸素が0〜5質量%、水素が0〜5質量%程度の範囲となる。
【0029】
また、得られる硫黄変性PANは、室温から900℃まで20℃/分の昇温速度で加熱した際の熱重量分析による重量減は400℃時点で10%以下である。一方、硫黄粉末とPAN粉末の混合原料を同様の条件で加熱すると120℃付近から重量減少が認められ、200℃以上になると急激に硫黄の消失に基づく大きな重量減が認められる。さらに、硫黄変性PANは、CuKα線によるX線回折の結果、硫黄に基づくピークが消失して、回折角(2θ)が20〜30℃付近にブロードなピークのみが確認される。
【0030】
これらの点から、上記した方法で得られる硫黄変性PANでは、硫黄は、単体としては存在せず、閉環の進行したPANと結合した状態で存在していると考えられる。
【0031】
上記した方法で得られる硫黄変性PANは、未反応の硫黄が存在する場合に、更に非酸化性雰囲気中で加熱することによって、これを除去することができる。これにより、より高純度の硫黄変性PANを得ることができる。
【0032】
非酸化性雰囲気としては、例えば、酸化反応が進行しない程度の低酸素濃度とした減圧状態;窒素、アルゴン等の不活性ガス雰囲気等でよい。加熱温度は、150〜400℃程度とすることが好ましく、150〜300℃程度とすることがより好ましく、200〜300℃程度とすることが更に好ましい。加熱時間が高くなりすぎると、硫黄変性PANが分解することがあるので注意が必要である。熱処理時間は、特に限定的ではないが、通常、1〜6時間程度とすることが好ましい。
【0033】
(2)ピッチ類としては、石炭ピッチ、石油ピッチ、メソフェーズピッチ、アスファルト、コールタール、コールタールピッチ、縮合多環芳香族炭化水素化合物の重縮合で得られる有機合成ピッチ、ヘテロ原子含有縮合多環芳香族炭化水素化合物の重縮合で得られる有機合成ピッチからなる群から選ばれる少なくとも一種を用いることができる。
【0034】
ピッチ類の一種であるコールタールは、石炭を高温乾留(石炭乾留)して得られる黒い粘稠な油状液体である。コールタールを精製・熱処理(重合)することで、石炭ピッチを得ることができる。
【0035】
アスファルトは、黒褐色ないし黒色の固体あるいは半固体の可塑性物質である。アスファルトは、石油(原油)を減圧蒸留したときに釜残として得られるものと、天然に存在するものとに大別される。アスファルトはトルエン、二硫化炭素等に可溶である。アスファルトを精製・熱処理(重合)することで、石油ピッチを得ることができる。
【0036】
ピッチは、通常、無定形であり光学的に等方性である(等方性ピッチ)。等方性ピッチを不活性雰囲気中で熱処理することで、光学的に異方性のピッチ(異方性ピッチ、メソフェーズピッチ)を得ることができる。ピッチは、ベンゼン、トルエン、二硫化炭素等の有機溶剤に部分的に可溶である。
【0037】
ピッチ類は様々な化合物の混合物であり、上述したように縮合多環芳香族を含む。ピッチ類に含まれる縮合多環芳香族は、単一種であってもよいし、複数種であってもよい。例えば、ピッチ類の一種である石炭ピッチの主成分は、縮合多環芳香族である。この縮合多環芳香族は、環の中に、炭素と水素以外にも、窒素や硫黄を含み得る。このため、石炭ピッチの主成分は、炭素と水素のみから成る縮合多環芳香族炭化水素と縮合環に窒素や硫黄等を含む複素芳香族化合物との混合物と考えられる。
【0038】
(2)ピッチ類由来の炭素骨格と、その炭素骨格と結合した硫黄(S)と、からなる炭素−硫黄反応物は、以下の製造方法で製造することができる。すなわち、ピッチ類と硫黄とを含む混合原料を加熱する熱処理工程を含み、その熱処理工程において、ピッチ類の少なくとも一部と硫黄の少なくとも一部とが液体となるように構成する。換言すると、熱処理工程において、ピッチ類の少なくとも一部と硫黄の少なくとも一部とは、液状で接触する。このため、熱処理工程におけるピッチ類と硫黄との接触面積を充分に大きくでき、硫黄を充分に含みかつ硫黄の脱離が抑制された炭素−硫黄反応物を得ることができる。なお、熱処理工程において硫黄を還流する場合には、ピッチ類と硫黄との接触頻度を高めることができ、硫黄をより含有しかつ硫黄の脱離がさらに抑制された炭素−硫黄反応物を得ることができる。
【0039】
なお、得られた炭素−硫黄反応物において、硫黄とピッチ類とがどのように結合しているか、は定かではないが、ピッチ類のグラフェン層間に硫黄が取り込まれているか、或いは、縮合多環芳香族の環に含まれる水素が硫黄に置換されて、C-S結合となっていると推測される。
【0040】
熱処理工程における温度は、ピッチ類の少なくとも一部と硫黄の少なくとも一部が液体となる温度であればよい。なお、ピッチ類に関しては、全体が液体となる温度であるのが好ましい。また、硫黄に関しては、全体が液体となる温度であるのが好ましく、一部が気体となり残りが液体となる温度(すなわち、還流できる温度)であるのがより好ましい。熱処理工程における温度は、200℃以上であるのが好ましく、300℃以上であるのがより好ましく、350℃以上であるのがさらに好ましい。参考までに、石炭ピッチの軟化点は60〜350℃程度である。このため、ピッチ類として石炭ピッチを用いる場合には、熱処理工程を350℃以上で行うのが好ましい。また、350℃以上であれば、石炭ピッチ以外のピッチ類を用いる場合にも、ピッチ類の少なくとも一部が軟化(液体化)する。
【0041】
ところで、熱処理工程における温度が過剰に高いと、ピッチ類が変性(黒鉛化)する場合がある。この場合、ピッチ類に硫黄を充分に取り込めなくなる。このため、熱処理工程における温度は、ピッチ類の変性温度よりも低い温度であることが好ましい。熱処理工程における温度が600℃以下であれば、ピッチ類の変性を抑制できる。熱処理工程における温度は600℃以下であるのがより好ましく、500℃以下であるのがさらに好ましい。さらに、上述したピッチ類の軟化を考慮すると、熱処理工程における温度は200℃以上600℃以下であるのが好ましく、300℃以上500℃以下であるのがより好ましく、350℃以上500℃以下であるのがさらに好ましい。
【0042】
熱処理工程において硫黄を還流する場合、混合原料の一部が気体となり、一部が液体となるように混合原料を加熱すればよい。換言すると、混合原料の温度は、硫黄が気化する温度以上の温度であればよい。ここで言う気化とは、硫黄が液体又は固体から気体に相変化することを指し、沸騰、蒸発、昇華の何れによってもよい。参考までに、α硫黄(斜方硫黄、常温付近で最も安定な構造である)の融点は112.8℃、β硫黄(単斜硫黄)の融点は119.6℃、γ硫黄(単斜硫黄)の融点は106.8℃である。硫黄の沸点は444.7℃である。ところで、硫黄の蒸気圧は高いため、混合原料の温度が150℃以上になると、硫黄の蒸気の発生が目視でも確認できる。したがって、混合原料の温度が150℃以上であれば硫黄の還流は可能である。なお、熱処理工程において硫黄を還流する場合には、既知構造の還流装置を用いて硫黄を還流すればよい。
【0043】
ここで、熱処理工程を如何なる雰囲気で行うかについては特に問わないが、ピッチ類と硫黄との結合を妨げない雰囲気(例えば、水素を含有しない雰囲気、非酸化性雰囲気)下で行うのが好ましい。例えば、雰囲気中に水素が存在すると、反応系中の硫黄が水素と反応して硫化水素となるため、反応系中の硫黄が失われる場合があるからである。また、ここでいう非酸化性雰囲気とは、酸化反応が進行しない程度の低酸素濃度とした減圧状態、窒素やアルゴン等の不活性ガス雰囲気、硫黄ガス雰囲気等を含む。
【0044】
ピッチ類及び硫黄の形状、粒径等は特に問わない。熱処理工程においてピッチ類と硫黄とを液体状で接触させるため、例えばピッチ類の粒径が不均一であったり大きかったりする場合にも、ピッチ類と硫黄とが充分接触するためである。また、混合原料中のピッチ類と硫黄とは、均一に分散しているのが好ましいが、不均一であってもよい。混合原料は、ピッチ類及び硫黄のみで構成してもよいし、正極活物質に配合可能な一般的な材料(導電助剤等)を配合してもよい。
【0045】
熱処理工程における加熱時間は、加熱温度に応じて適宜設定すれば良く、特に限定しない。上述した好ましい温度で加熱する場合には、10分〜10時間程度加熱するのが好ましく、30分〜6時間加熱するのがより好ましい。
【0046】
混合原料中のピッチ類と硫黄との配合比にも好ましい範囲が存在する。ピッチ類に対する硫黄の配合量が過小であると、ピッチ類に充分量の硫黄を取り込めず、ピッチ類に対する硫黄の配合量が過大であると、硫黄系正極活物質中に遊離の硫黄(単体硫黄)が多く残存して、非水系二次電池内の特に電解液を汚染するためである。混合原料中のピッチ類と硫黄との配合比は、質量比で1:0.5〜1:10であるのが好ましく、1:1〜1:7であるのがより好ましく、1:2〜1:5であるのが特に好ましい。
【0047】
なお、ピッチ類に対する硫黄の配合量が過大である場合にも、熱処理工程においてピッチ類に充分な量の硫黄を取り込むことができる。このため、ピッチ類に対して硫黄を過大に配合する場合には、熱処理工程後の被処理体から単体硫黄を除去することで、上述した単体硫黄による悪影響を抑制できる。詳しくは、混合原料中の炭素材料と硫黄との配合比を、質量比で1:2〜1:10とする場合、熱処理工程後の被処理体を、減圧しつつ200℃〜250℃で加熱する(単体硫黄除去工程)ことで、ピッチ類に充分な量の硫黄を取り込みつつ、残存する単体硫黄による悪影響を抑制できる。熱処理工程後の被処理体に単体硫黄除去工程を施さない場合には、この被処理体をそのまま炭素−硫黄反応物として用いればよい。また、熱処理工程後の被処理体に単体硫黄除去工程を施す場合には、単体硫黄除去工程後の被処理体を炭素−硫黄反応物として用いればよい。
【0048】
この硫黄系正極活物質を元素分析した結果、炭素、窒素、及び硫黄が検出された。また、場合によっては、少量の酸素及び水素が検出された。したがって、この炭素−硫黄反応物は、C、S以外に、窒素、酸素、硫黄化合物等の少なくとも一種を不純物として含有する。
【0049】
(3)植物原料としては、コーヒー豆、茶葉、海草、サトウキビ類、トウモロコシ類、果実類、穀物の藁類、糠および籾殻類から選択される少なくとも一種を用いることができる。
【0050】
(3)植物原料由来の炭素骨格と、その炭素骨格と結合した硫黄と、からなる炭素−硫黄反応物は、植物原料と硫黄とを混合して混合物とする混合工程と、混合物を密閉容器に入れ250℃〜600℃で加熱する加熱工程と、を行うことで製造することができる。植物原料と硫黄の混合割合は、質量比で、5:1〜1:5が好ましい。
【0051】
植物原料は加熱により炭素化され低温焼成体となる。この低温焼成体は完全に炭化しておらず、酸素、窒素などのヘテロ原子が一部残った未炭素化物を含む。
【0052】
硫黄は、融点が113℃あるいは119℃であり、300℃付近で流動性のある液体となり、444.6℃で沸騰する。硫黄は高温において水素、炭素、塩素などと反応してH2S、CS2,S2Cl2などを生成する。また硫黄はAuを除くほとんど全ての金属と直接化合して硫化物を作る。そのため、加熱時に植物原料と硫黄は様々な反応をし、植物原料の低温焼成体と硫黄とはなんらかの複合体となっていると考えられる。また硫黄は159℃以上に加熱されるとラジカルを発生する。このラジカルによって植物原料の炭素化が促進される。
【0053】
植物原料と硫黄単体とを加熱することにより、ガス類が発生する。発生したガス類は容器が密閉されているので、容器から漏れない。そのためそのガス類により、密閉容器内に圧力がかかることになる。その圧力のために、上記した様々な反応および炭素化が促進される。
【0054】
混合工程の前にさらに植物原料を乾燥させる乾燥工程を有することが好ましい。植物原料をあらかじめ乾燥させておくことによって水分除去が出来、加熱工程の時間が短縮出来る。さらに加熱工程の後に、加熱後の混合物を150℃〜400℃で真空加熱して加熱工程で発生した不純物を除く不純物除去工程を有することが好ましい。この不純物除去工程によって、加熱工程において発生した余分な硫黄反応物等の不純物を簡便に取り除くことが出来る。
【0055】
(4)ポリイソプレンとしては、天然ゴム及び合成ポリイソプレンの何れも用いることができるが、シス型のポリイソプレンは分子鎖が折れ曲がった構造をとって不規則な形を取りやすく、分子鎖と分子鎖の間に多くの隙間を生じ分子間力が比較的小さくなる為、分子同士の結晶化が起こらず軟らかな性質を持つようになるから、トランス型よりシス型が好ましい。
【0056】
(4)ポリイソプレン由来の炭素骨格と、その炭素骨格と結合した硫黄と、からなる炭素−硫黄反応物は、ポリイソプレンと硫黄粉末とを含む原料を混合して混合原料とする混合工程と、混合原料を加熱する熱処理工程と、を行うことで製造することができる。混合工程は、ポリイソプレンの乾燥物を粉砕し硫黄粉末と混合してもよいし、ポリイソプレンを溶媒に溶解した溶液と硫黄粉末を混合してもよいし、天然ゴムのようなラテックスあるいは生ゴムと硫黄粉末とを混合することもできる。混合手段は、ミキサー、各種ミルなどを用いることができる。
【0057】
熱処理工程では、ポリイソプレンと硫黄とを反応させる。この反応は、一般には加硫と称されているが、ポリイソプレンの量に対して硫黄の量を過大として反応させ、硫黄を高濃度で含む正極活物質とすることが望ましい。この熱処理工程の温度は、ポリイソプレンの少なくとも一部と硫黄の少なくとも一部とが液体となる条件で行うことが望ましい。このようにすることで、ポリイソプレンと硫黄との接触面積を充分に大きくでき、硫黄を充分に含みかつ硫黄の脱離が抑制された炭素−硫黄反応物を得ることができる。
【0058】
熱処理工程では、あまり高温にすると硫黄が気化するため反応系内の硫黄濃度が低くなる場合がある。そのような場合には、硫黄を還流しながら反応させることが望ましい。このようにすることで、硫黄を充分に含む炭素−硫黄反応物を得やすくなる。熱処理工程において硫黄を還流する場合、ポリイソプレンの融点は約30℃と低いので、硫黄が気化する温度以上の温度であればよい。
【0059】
なお、一般的なゴム材料の加硫は、100℃〜190℃の温度領域で行われる。120℃前後での加硫は低温加硫と呼ばれ、180℃辺りからは高温過加硫と呼ばれる。本発明で行う熱処理の温度は上述の温度領域より高く、加熱温度としては250℃〜500℃が好ましく、300℃〜450℃がより好ましい。また熱処理雰囲気は、上記したピッチ類の場合と同様に行うことができる。
【0060】
混合原料におけるポリイソプレン及び硫黄の形状、粒径等は特に問わない。熱処理工程においてポリイソプレンと硫黄とが液体状で接触するのが好ましいため、ポリイソプレンや硫黄の粒径が不均一であったり大きかったりする場合にも、ポリイソプレンと硫黄とが液体状で接触する条件とすれば、ポリイソプレンと硫黄とが充分接触するためである。また、混合原料中のポリイソプレンと硫黄とは、均一に分散しているのが好ましいが、不均一であってもよい。
【0061】
熱処理工程における混合原料の加熱時間は、加熱温度に応じて適宜設定すれば良く、特に限定しない。上述した好ましい温度で混合原料を加熱する場合には、1分〜10時間程度加熱するのが好ましく、5分〜60分加熱するのがより好ましい。一般的なゴム材料の加硫の時間は、加熱温度にもよるが数分〜数十分で行われる。1時間を超えるような加硫時間は、過加硫と呼ばれ、ゴムとしての性能は下がるとされている。本発明に用いられる炭素−硫黄反応物にはゴム材料に求められるような柔軟性は必要なく、加熱処理の時間は、過加硫と呼ばれる時間より長くしても問題はない。
【0062】
上記製造方法において、混合原料中のポリイソプレンと硫黄との配合比にも好ましい範囲が存在する。ポリイソプレンに対する硫黄の配合量が過小であるとポリイソプレンに充分量の硫黄を取り込めず、ポリイソプレンに対する硫黄の配合量が過大であると、硫黄系正極活物質中に遊離の硫黄(単体硫黄)が多く残存して、非水系二次電池内の特に電解液を汚染するためである。混合原料中のポリイソプレンと硫黄との配合比は、質量比でポリイソプレン:硫黄が1:0.5〜1:10であるのが好ましく、1:1〜1:7であるのがより好ましく、1:2〜1:5であるのが特に好ましい。
【0063】
なお、天然ゴムを主原料とする一般的なゴムの加硫処理は、ゴムに硫黄を加える割合を変えて、ゴムの伸び縮みを変化させる。鎖状構造の生ゴムに硫黄を約3〜6%加えて加熱処理することで弾性ゴム(例えば輪ゴム)が生成し、硫黄が約30〜40%の場合には、硬質ゴム(エボナイト、使用例:電球ソケット、万年筆)となる。通常ゴムの加硫は140℃程度の温度で行われるが、上記製造方法では250〜500℃の高温で行うため、-C=C-二重結合へのSの付加反応と、構造中の-CH2などから水素を引き抜いて硫化水素ガスが発生し、抜いた水素の代わりにSが付加する反応とが生じ、Sの含有量(含硫率)の高い物質が得られる。
【0064】
ポリイソプレンに対する硫黄の配合量を過大とすれば、熱処理工程においてポリイソプレンに充分な量の硫黄を容易に取り込むことができる。そしてポリイソプレンに対して硫黄を必要以上の量で配合したとしても、熱処理工程後の被処理体から過剰の単体硫黄を除去する単体硫黄除去工程を行うことで、上述した単体硫黄による悪影響を抑制できる。詳しくは、混合原料中のポリイソプレンと硫黄との配合比を、質量比で1:2〜1:10とする場合、熱処理工程後の被処理体を、減圧しつつ200℃〜250℃で加熱する(単体硫黄除去工程)ことで、ポリイソプレンに充分な量の硫黄を取り込みつつ、残存する単体硫黄による悪影響を抑制できる。熱処理工程後の被処理体に単体硫黄除去工程を施さない場合には、この被処理体をそのまま炭素−硫黄反応物として用いればよい。また、熱処理工程後の被処理体に単体硫黄除去工程を施す場合には、単体硫黄除去工程後の被処理体を炭素−硫黄反応物として用いればよい。
【0065】
混合原料は、ポリイソプレン及び硫黄のみで構成してもよいし、正極活物質に配合可能な一般的な材料(導電助剤等)を配合してもよい。
【0066】
天然ゴムは完全には精製されていない材料であり、非常に安価である。このため、上記製造方法によると、例えばPAN等の炭素材料を用いる場合に比べても、安価に製造できる。一般的に天然ゴムには非ゴム成分として、タンパク質、脂肪酸、炭水化物、灰分などが合わせて6〜7%程度含まれるが、このような材料を用いた場合でも硫黄系正極活物質として機能する材料を得ることができる。
【0067】
また、ポリイソプレンは加熱することで容易に液体状にできる。このため、ポリイソプレンと硫黄とは熱処理工程において充分に接触し、ポリイソプレンや硫黄の粒径等を特に考慮する必要はない。
【0068】
(4)ポリイソプレン由来の炭素骨格と、その炭素骨格と結合した硫黄(S)と、からなる硫黄系正極活物質を元素分析すると、硫黄(S)と炭素(C)とが大部分を占め、少量の酸素及び水素が検出される。硫黄(S)と炭素(C)の組成比は、原子比(S/C)で1/5以上の範囲で含まれていることが望ましい。この範囲より硫黄が少ないと、非水系二次電池用正極に用いた時に充放電特性が低下する場合がある。
【0069】
(5)3環以上の六員環が縮合してなる多環芳香族炭化水素(Polycyclic aromatic hydrocarbon、PAH)は、ヘテロ原子や置換基を含まない芳香環が縮合した炭化水素の総称であり、四員環、五員環、六員環、そして七員環からなるものがあるが、このうち、本発明では、ベンゼン環の構造である六員環が直鎖に3環以上連なった構造をもつアセン類、及び、3環以上の六員環が直鎖でなく折れ曲がった構造をもつ化合物などのうち少なくとも一種と硫黄とを用いることが好ましい。
【0070】
複数の芳香環が辺を共有しながら直鎖状に連なった多環芳香族炭化水素であるアセン類としては、2環のナフタレン、3環のアントラセン、4環のテトラセン、5環のペンタセン、6環のヘキサセン、7環のヘプタセン、8環のオクタセン、9環のノナセン、及び10環以上の芳香環が連なったものがあり、これらの群から選ばれる少なくとも一種を用いることができる。中でも安定性が高い3環〜6環のものが望ましい。
【0071】
また、3環以上の六員環が直鎖でなく折れ曲がった構造をもつ多環芳香族炭化水素としては、フェナントレン、ベンゾピレン、クリセン、ピレン、ピセン、ペリレン、トリフェニレン、コロネン、及びこれらより多くの環以上の芳香環が連なったものがあり、これらの群から選ばれる少なくとも一種を用いることができる。
【0072】
(5)3環以上の六員環が縮合してなる多環芳香族炭化水素(Polycyclic aromatic hydrocarbon、PAH)は、ヘテロ原子や置換基を含まない芳香環が縮合した炭化水素の総称であり、四員環、五員環、六員環、そして七員環からなるものがあるが、このうち、本発明では、ベンゼン環の構造である六員環が直鎖に3環以上連なった構造をもつアセン類、及び、3環以上の六員環が直鎖でなく折れ曲がった構造をもつ化合物などのうち少なくとも一種と硫黄とを用いることが好ましい。
【0073】
複数の芳香環が辺を共有しながら直鎖状に連なった多環芳香族炭化水素であるアセン類としては、2環のナフタレン、3環のアントラセン、4環のテトラセン、5環のペンタセン、6環のヘキサセン、7環のヘプタセン、8環のオクタセン、9環のノナセン、及び10環以上の芳香環が連なったものがあり、これらの群から選ばれる少なくとも一種を用いることができる。中でも安定性が高い3環〜6環のものが望ましい。
【0074】
また、3環以上の六員環が直鎖でなく折れ曲がった構造をもつ多環芳香族炭化水素としては、フェナントレン、ベンゾピレン、クリセン、ピレン、ピセン、ペリレン、トリフェニレン、コロネン、及びこれらより多くの環以上の芳香環が連なったものがあり、これらの群から選ばれる少なくとも一種を用いることができる。
【0075】
(5)3環以上の六員環が縮合してなる多環芳香族炭化水素から選ばれる化合物由来の炭素骨格と、炭素骨格と結合した硫黄と、からなる炭素−硫黄反応物を製造するには、ピッチ類又はポリイソプレンの場合と同様に行うことができる。
【0076】
熱処理工程では、多環芳香族炭化水素と硫黄とを反応させる。この反応は、多環芳香族炭化水素の量に対して硫黄の量を過大として反応させ、硫黄を高濃度で含む炭素−硫黄反応物とすることが望ましい。この熱処理工程の温度は、多環芳香族炭化水素の少なくとも一部と硫黄の少なくとも一部とが液体となる条件で行うことが望ましい。このようにすることで、多環芳香族炭化水素と硫黄との接触面積を充分に大きくでき、硫黄を充分に含みかつ硫黄の脱離が抑制された炭素−硫黄反応物を得ることができる。
【0077】
混合原料中の多環芳香族炭化水素と硫黄との配合比にも好ましい範囲が存在する。多環芳香族炭化水素に対する硫黄の配合量が過小であると多環芳香族炭化水素に充分量の硫黄を取り込めず、多環芳香族炭化水素に対する硫黄の配合量が過大であると、炭素−硫黄反応物中に遊離の硫黄(単体硫黄)が多く残存するようになる。混合原料中の多環芳香族炭化水素と硫黄との配合比は、質量比で多環芳香族炭化水素:硫黄が1:0.5〜1:10であるのが好ましく、1:1〜1:7であるのがより好ましく、1:2〜1:5であるのが特に好ましい。
【0078】
なお、多環芳香族炭化水素に対する硫黄の配合量を過大とすれば、熱処理工程において多環芳香族炭化水素に充分な量の硫黄を容易に取り込むことができる。そして多環芳香族炭化水素に対して硫黄を必要以上の量で配合したとしても、熱処理工程後の被処理体から過剰の単体硫黄を除去する単体硫黄除去工程を行うことで、単体硫黄による悪影響を抑制できる。詳しくは、混合原料中の多環芳香族炭化水素と硫黄との配合比を、質量比で1:2〜1:10とする場合、熱処理工程後の被処理体を、減圧しつつ200℃〜250℃で加熱する(単体硫黄除去工程)ことで、多環芳香族炭化水素に充分な量の硫黄を取り込みつつ、残存する単体硫黄による悪影響を抑制できる。熱処理工程後の被処理体に単体硫黄除去工程を施さない場合には、この被処理体をそのまま炭素−硫黄反応物として用いればよい。また、熱処理工程後の被処理体に単体硫黄除去工程を施す場合には、単体硫黄除去工程後の被処理体を炭素−硫黄反応物として用いればよい。
【0079】
混合原料は、多環芳香族炭化水素及び硫黄のみで構成してもよいし、正極活物質に配合可能な一般的な材料(導電助剤等)を配合してもよい。
【0080】
(5)3環以上の六員環が縮合してなる多環芳香族炭化水素から選ばれる化合物由来の炭素骨格と、炭素骨格と結合した硫黄と、からなる炭素−硫黄反応物は、例えば、出発物質である多環芳香族炭化水素としてペンタセンを選択した場合には、ヘキサチアペンタセン類似の構造となっていると考えられるが、その構造は明らかではない。また、多環芳香族炭化水素としてアントラセンを用いた炭素−硫黄反応物は、FT-IRスペクトルにおいて、1056cm-1付近と、840cm-1付近と、にそれぞれピークが存在し、アントラセンのFT-IRスペクトルとは全く異なっているので、FT-IRスペクトルで同定することが可能である。
【0081】
(5)3環以上の六員環が縮合してなる多環芳香族炭化水素から選ばれる化合物由来の炭素骨格と、炭素骨格と結合した硫黄と、からなる炭素−硫黄反応物を元素分析すると、硫黄(S)と炭素(C)とが大部分を占め、少量の酸素及び水素が検出される。硫黄(S)と炭素(C)の組成比は、原子比(S/C)で1/5以上の範囲で含まれていることが望ましい。この範囲より硫黄が少ないと、非水系二次電池用正極に用いた時に充放電特性が低下する場合がある。
【0082】
上記のようにして得られた炭素−硫黄反応物は、ヨウ素と混合され、密封系で加熱されることで、炭素骨格へヨウ素が導入され本発明の硫黄系正極活物質が得られる。硫黄が結合していない炭素にヨウ素が結合するのか、炭素に結合している硫黄がヨウ素によって置換されるのか、現時点では不明である。加熱温度は、50℃〜700℃の範囲とするのが好ましく、100℃〜500℃の範囲とするのが望ましい。
【0083】
得られた硫黄系正極活物質は、硫黄(S)が20質量%以上70質量%未満の量で含まれ、ヨウ素(I)が0.01質量%以上20質量%未満の量で含まれていることが好ましい。硫黄(S)の含有量が20質量%未満では、非水系二次電池としたときの充放電特性が低下し、70質量%を超えると導電性低下となる場合がある。またヨウ素(I)の含有量が0.01質量%未満では、非水系二次電池としたときの放電レート特性が低下し、20質量%を超えると放電容量が低下する。
【0084】
(非水系二次電池用正極)
本発明の非水系二次電池に用いられる正極は、上述した硫黄系正極活物質を含む。この非水系二次電池用正極は、正極活物質以外は、一般的な非水系二次電池用正極と同様の構造にできる。例えば、上記した硫黄系正極活物質、導電助剤、バインダ、及び溶媒を混合した正極材料を、集電体に塗布することによって製作できる。
【0085】
導電助剤としては、気相法炭素繊維(Vapor Grown Carbon Fiber:VGCF)、炭素粉末、カーボンブラック(CB)、アセチレンブラック(AB)、ケッチェンブラック(KB)、黒鉛、アルミニウムやチタンなどの正極電位において安定な金属の微粉末等が例示される。
【0086】
バインダとしては、ポリフッ化ビニリデン(PolyVinylidene DiFluoride:PVDF)、ポリ四フッ化エチレン(PTFE)、スチレン−ブタジエンゴム(SBR)、ポリイミド(PI)、ポリアミドイミド(PAI)、カルボキシメチルセルロース(CMC)、ポリ塩化ビニル(PVC)、メタクリル樹脂(PMA)、PAN(PAN)、変性ポリフェニレンオキシド(PPO)、ポリエチレンオキシド(PEO)、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)等が例示される。
【0087】
溶媒としては、N-メチル-2-ピロリドン、N,N-ジメチルホルムアルデヒド、アルコール、水等が例示される。これら導電助剤、バインダ及び溶媒は、それぞれ複数種を混合して用いてもよい。これらの材料の配合量は特に問わないが、例えば、硫黄系正極活物質100質量部に対して、導電助剤0〜100質量部程度、バインダ10〜20質量部程度を配合するのが好ましい。また、その他の方法として、硫黄系正極活物質と上述した導電助剤及びバインダとの混合原料を乳鉢やプレス機などで混練しかつフィルム状にし、フィルム状の混合原料をプレス機等で集電体に圧着することで、非水系二次電池用正極を製造することもできる。
【0088】
集電体としては、非水系二次電池用正極に一般に用いられるものを使用すればよい。例えば、集電体としては、アルミニウム箔、アルミニウムメッシュ、パンチングアルミニウムシート、アルミニウムエキスパンドシート、ステンレススチール箔、ステンレススチールメッシュ、パンチングステンレススチールシート、ステンレススチールエキスパンドシート、発泡ニッケル、ニッケル不織布、銅箔、銅メッシュ、パンチング銅シート、銅エキスパンドシート、チタン箔、チタンメッシュ、カーボン不織布、カーボン織布、カーボンペーパ等が例示される。このうち黒鉛化度の高いカーボンから成るカーボン不織布/織布集電体は、水素を含まず、硫黄との反応性が低いために、硫黄系正極活物質用の集電体として好適である。黒鉛化度の高い炭素繊維の原料としては、カーボン繊維の材料となる各種のピッチ(すなわち、石油、石炭、コールタールなどの副生成物)やPAN繊維等を用いることができる。
【0089】
本発明の非水系二次電池用正極は、正極活物質として、上述した硫黄系正極活物質を含む。したがってその正極を用いた非水系二次電池は、充放電容量が大きくサイクル特性に優れ、かつ安価に製造できる。
【0090】
上記した硫黄系正極活物質を含む正極は、第4周期金属、第5周期金属、第6周期金属及び希土類元素からなる群から選ばれる少なくとも一種の金属の硫化物を含んでもよい。これらの金属の硫化物は、自身が高い電気伝導度(導電率)を示すか、あるいは、正極のイオン伝導性を向上させ得る。このため、これらの金属の硫化物は伝導材として機能する。そして、これらの金属の硫化物を正極に配合することで、放電レート特性を向上させ得る。
【0091】
なお、伝導材は硫黄系正極活物質とともに正極に配合されるため、硫黄系正極活物質に含まれる硫黄によって、正極の製造時及び/又は電池の充放電時に硫化する場合がある。このため、伝導材として、硫化物の状態で電気伝導度の低い材料やイオン伝導性を向上させ得ない材料を用いる場合には、放電レート特性を向上させ難い問題がある。しかし、伝導材として硫化物の状態で高い電気伝導度を示すか正極のイオン伝導性を向上させ得るものを用いれば、放電レート特性を充分に向上させ得る。
【0092】
なお、本明細書でいう第4周期金属、第5周期金属及び第6周期金属とは、周期律表によるものである。例えば第4周期金属とは、周期律表における第4周期元素に含まれる金属を指す。伝導材材料としては、硫化物の状態で自身が高い電気伝導性を示すか、あるいは、正極のイオン伝導性を大きく向上させ得るものが好ましく、例えば、Ti、Fe、La、Ce、Pr、Nd、Sm、V、Mn、Fe、Ni、Cu、Zn、Mo、Ag、Cd、In、Sn、Sb、Ta、W、Pbからなる群から選ばれる少なくとも一種、又はその硫化物であるのが好ましい。なお伝導材は、正極中においては、上記金属とその硫化物との両方からなるか、或いは、上記金属の硫化物のみからなる。これらの伝導材材料は硫化物を多く含むのが好ましく、硫化物のみからなるのがより好ましい。上記金属を硫化物の状態で正極に配合することで、伝導材と硫黄系正極活物質とがなじみ易くなり、伝導材と正極活物質とが略均一に分散するためである。また、伝導材材料として硫化物を用いることで、伝導材における上記金属と硫黄との比率を所望する範囲に容易に制御できる利点もある。
【0093】
詳しくは、電気伝導度及び/又はイオン伝導性の高い伝導材としては、TiS2、FeS2、Me2S3(式中、MeはTi、La、Ce、Pr、Nd、Smから選ばれる一種である)、MeS(式中、MeはTi、La、Ce、Pr、Nd、Smから選ばれる一種である)、Me3S4(式中、MeはTi、La、Ce、Pr、Nd、Smから選ばれる一種である)、MexSy(式中、MeはTi、Fe、V、Mn、Fe、Ni、Cu、Zn、Mo、Ag、Cd、In、Sn、Sb、Ta、W、Pbから選ばれる一種であり、x、yは任意の整数である)が挙げられる。この場合、伝導材材料としてはTi、Fe、La、Ce、Pr、Nd、Sm、V、Mn、Fe、Ni、Cu、Zn、Mo、Ag、Cd、In、Sn、Sb、Ta、W、Pbから選ばれる少なくとも一種を、そのまま、又は、上記の伝導材のような硫化物の状態で用いればよい。これらの伝導材材料を用いることで、正極全体の電気伝導度及び/又はイオン伝導性を向上させることができ、非水系二次電池の放電レート特性を向上させ得る。なお、原料コストや調達のし易さ、資源量を鑑みると、TiSz(式中、zは0.1〜2である)を用いるのがより好ましく、TiS2を用いるのが特に好ましい。
【0094】
本発明の硫黄系正極活物質と、伝導材と、の配合比は、質量比で、10:0.5〜10:5であるのが好ましく、10:1〜10:3であるのがより好ましい。伝導材の配合量が過大であれば、正極全体に対する硫黄系正極活物質の量が過小になるためである。伝導材を硫黄系正極活物質中に略均一に分散させるためには、伝導材は粉末状であるのが好ましい。伝導材は、電子顕微鏡などを用いて測定した粒径が0.1〜100μmであるのが好ましく、0.1〜50μmであるのがより好ましく、0.1〜20μmであるのがさらに好ましい。
【0095】
なお、硫黄系正極活物質と伝導材との混合を同定するには、以下のようにX線回折分析により行うことができる。
【0096】
ASTMカードによるLa2S3の主な回折ピーク位置は、24.7、25.1、26.9、33.5、37.2、42.8°等である。TiS2の主な回折ピーク位置は、15.5、34.2、44.1、53.9°等である。Tiの主な回折ピーク位置は、35.1、38.4、40.2、53.0°等である。MoS2の主な回折ピーク位置は、14.4、32.7、33.5、35.9、39.6、44.2、49.8、56.0、58.4°等である。Feの主な回折ピーク位置は、44.7、65.0、82.3°等である。PANを用いた硫黄系正極活物質では、回折角(2θ)が20〜30°の範囲で、25°付近にブロードな単一ピークが認められる。これに対して、伝導材を配合した硫黄系正極活物質−伝導材複合体では、伝導材に由来するピークが現れる。例えば、伝導材材料としてLa2S3を用いた場合、24.7、25.1、33.5、37.2°付近にLa2S3のピークが現れる。このピークにより、伝導材材料としてLa2S3を用いたこと(すなわち正極が伝導材としてLa2S3を含むこと)を確認できる。また、伝導材材料としてTiS2を用いた場合には、殆どピークが確認できなかった。伝導材材料としてTiを用いた場合には、35.1、38.4、40.2、53.0°付近にTiのピークが現れる。このピークにより、伝導材材料としてTiS2を用いたことを確認できる。上記したように伝導材材料としてTiS2を用いた場合には、X線回折ではその存在を確認できないが、他の分析方法、例えばICP元素分析や蛍光X線分析などの方法を用いればTiを検出できるため、X線回折でピークが確認されない場合にもTiS2の添加を推測できる。また伝導材材料としてMoS2を用いた場合、14.4、32.7、33.5、35.9、39.6、44.2、49.8、56.0、58.4°付近にMoS2のピークが現れる。このピークにより、伝導材材料としてMoS2を用いたこと(すなわち正極が伝導材としてMoS2を含むこと)を確認できる。伝導材材料としてFeを用いた場合には、28.5、33.0、37.1、40.8、47.4、56.3、59.0°付近にFeS2のピークが現れる。このピークにより、伝導材材料としてFeを用いたこと(すなわち正極が伝導材としてFeS、FeS2、Fe2S3の少なくとも一種を含むこと)を確認できる。
【0097】
<非水系二次電池>
以下、本発明の硫黄系正極活物質を正極に用いた非水系二次電池の構成について説明する。正極に関しては、上述したとおりである。
【0098】
(負極)
負極材料としては、公知の金属リチウム、金属ナトリウム、難黒鉛化性炭素(ハードカーボン)などの炭素系材料とリチウムイオンなどを吸蔵放出可能な合金材料などを使用できる。負極材料として、リチウムなどを含まない材料、例えば、上記した負極材料の内で、炭素系材料、スズ系材料、その他合金系材料等を用いる場合には、デンドライトの発生による正負極間の短絡を生じ難い点で有利である。ただし、これらのリチウムなどを含まない負極材料を本発明の正極と組み合わせて用いる場合には、正極及び負極が何れもリチウムなどのイオンとなる金属を含まない。このため、負極及び正極の何れか一方、又は両方にあらかじめリチウムなどを挿入するプリドープ処理が必要となる。
【0099】
例えば、負極にリチウムをドープする場合には、対極に金属リチウムを用いて半電池を組み、電気化学的にリチウムをドープする電解ドープ法によってリチウムを挿入する方法や、金属リチウム箔を電極に貼り付けたあと電解液の中に放置し電極へのリチウムの拡散を利用してドープする貼り付けプリドープ法によりリチウムを挿入する方法が挙げられる。また、正極にリチウムなどをプリドープする場合にも、上記した電解ドープ法を利用することができる。
【0100】
負極用の集電体としては、アルミニウム箔、アルミニウムメッシュ、パンチングアルミニウムシート、アルミニウムエキスパンドシート、ステンレススチール箔、ステンレススチールメッシュ、パンチングステンレススチールシート、ステンレススチールエキスパンドシート、発泡ニッケル、ニッケル不織布、銅箔、銅メッシュ、パンチング銅シート、銅エキスパンドシート、チタン箔、チタンメッシュ、カーボン不織布、カーボン織布、カーボンペーパ等が例示される。
【0101】
(電解質)
非水系二次電池に用いる電解質としては、有機溶媒に電解質であるアルカリ金属塩を溶解させたものを用いることができる。有機溶媒としては、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート、エチルメチルカーボネート、ジメチルエーテル、γ−ブチロラクトン、アセトニトリル等の非水系溶媒から選ばれる少なくとも一種を用いるのが好ましい。電解質としては、LiPF6、LiBF4、LiAsF6、LiCF3SO3、LiI、LiClO4等を用いることができる。電解質の濃度は、0.5mol/l〜1.7mol/l程度であれば良い。なお、電解質は液状に限定されない。例えば、非水系二次電池がリチウムポリマー二次電池である場合、電解質は固体状(例えば、高分子ゲル状)をなす。
【0102】
(その他)
非水系二次電池は、上述した負極、正極、電解質以外にも、セパレータ等の部材を備えてもよい。セパレータは、正極と負極との間に介在し、正極と負極との間のイオンの移動を許容するとともに、正極と負極との内部短絡を防止する。非水系二次電池が密閉型であれば、セパレータには電解液を保持する機能も求められる。セパレータとしては、ポリエチレン、ポリプロピレン、PAN、アラミド、ポリイミド、セルロース、ガラス等を材料とする薄肉かつ微多孔性又は不織布状の膜を用いるのが好ましい。非水系二次電池の形状は特に限定されず、円筒型、積層型、コイン型等、種々の形状にできる。
【0103】
以下、実施例及び比較例によって、本発明の硫黄系正極活物質とその製造方法、及び本発明の非水系二次電池を具体的に説明する。
【実施例1】
【0104】
〔1〕混合原料
硫黄粉末として、篩いを用いて分級した際に粒径50μm以下となるものを準備した。PAN粉末として、電子顕微鏡で確認した場合に粒径が0.2μm〜2μmの範囲にあるものを準備した。硫黄粉末5質量部と、PAN粉末1質量部と、を乳鉢で混合・粉砕して、混合原料を得た。
【0105】
〔2〕装置
図1に示すように、反応装置1は、反応容器2、蓋3、熱電対4、アルミナ保護管40、二つのアルミナ管(ガス導入管5、ガス排出管6)、アルゴンガス配管50、アルゴンガスを収容したガスタンク51、トラップ配管60、水酸化リチウム水溶液61を収容したトラップ槽62、電気炉7、電気炉に接続されている温度コントローラ70を有する。
【0106】
反応容器2としては、有底筒状をなすガラス管(石英ガラス製)を用いた。後述する熱処理工程において、反応容器2には混合原料9を収容した。反応容器2の開口部は、三つの貫通孔を持つガラス製の蓋3で閉じた。貫通孔の一つには、熱電対4を収容したアルミナ保護管40(アルミナSSA-S、株式会社ニッカトー製)を取り付けた。貫通孔の他の一つには、ガス導入管5(アルミナSSA-S、株式会社ニッカトー製)を取り付けた。貫通孔の残りの一つには、ガス排出管6(アルミナSSA-S、株式会社ニッカトー製)を取り付けた。なお、反応容器2は、外径60mm、内径50mm、長さ300mmであった。アルミナ保護管40は、外径4mm、内径2mm、長さ250mmであった。ガス導入管5及びガス排出管6は、外径6mm、内径4mm、長さ150mmであった。ガス導入管5及びガス排出管6の先端は、蓋3の外部(反応容器2内)に露出した。この露出した部分の長さは3mmであった。ガス導入管5及びガス排出管6の先端は、後述する熱処理工程においてほぼ100℃以下となる。このため、熱処理工程において生じる硫黄蒸気は、ガス導入管5及びガス排出管6から流出せず、反応容器2に戻される(還流する)。
【0107】
アルミナ保護管40に入れた熱電対4の先端は、間接的に反応容器2中の混合原料9の温度を測定した。熱電対4で測定した温度は、電気炉7の温度コントローラ70にフィードバックした。
【0108】
ガス導入管5にはアルゴンガス配管50を接続した。アルゴンガス配管50はアルゴンガスを収容したガスタンク51に接続した。ガス排出管6にはトラップ配管60の一端を接続した。トラップ配管60の他端は、トラップ槽62中の水酸化リチウム水溶液61に挿入した。なお、トラップ配管60及びトラップ槽62は、後述する熱処理工程で生じる硫化水素ガスのトラップである。
【0109】
〔3〕熱処理工程
混合原料9を収容した反応容器2を、電気炉7(ルツボ炉、開口幅φ80mm、加熱高さ100mm)に収容した。このとき、ガス導入管5を介して反応容器2の内部にアルゴンを導入した。このときのアルゴンガスの流速は100ml/分であった。アルゴンガスの導入開始10分後に、アルゴンガスの導入を継続しつつ反応容器2中の混合原料9の加熱を開始した。このときの昇温速度は5℃/分であった。混合原料9が100℃になった時点で、混合原料9の加熱を継続しつつアルゴンガスの導入を停止した。混合原料9が約200℃になるとガスが発生した。混合原料9が360℃になった時点で加熱を停止した。加熱停止後、混合原料9の温度は400℃にまで上昇し、その後、低下した。したがって、この熱処理工程において、混合原料9は400℃にまで加熱された。その後、混合原料9を自然冷却し、混合原料9が室温(約25℃)にまで冷却された時点で反応容器2から生成物(すなわち、熱処理工程後の被処理体)を取り出した。なお、このときの加熱時間は400℃で約5分であり、硫黄は還流された。
【0110】
〔4〕単体硫黄除去工程
熱処理工程後の被処理体に残存する単体硫黄(遊離の硫黄)を除去するために、以下の工程をおこなった。
【0111】
熱処理工程後の被処理体を乳鉢で粉砕した。粉砕物2gをガラスチューブオーブンに入れ、真空吸引しつつ200℃で3時間加熱した。このときの昇温温度は10℃/分であった。この工程により、熱処理工程後の被処理体に残存する単体硫黄が蒸発・除去され、単体硫黄を含まない(又は、微量の単体硫黄を含む)炭素−硫黄反応物としての硫黄変性PANを得た。
【0112】
この硫黄変性PANについて日本分光社製 RMP-320(励起波長λ=532nm、グレーチング:1800gr/mm、分解能:3cm-1)を用いてラマン分析を行なった。得られたラマンスペクトルを図2に示す。図2において、横軸はラマンシフト(cm-1)であり、縦軸は相対強度である。図2から判るように、生成物のラマン分析結果によれば、1331cm-1付近に主ピークが存在し、かつ、200cm-1〜1800cm-1の範囲で1548cm-1、939cm-1、479cm-1、381cm-1、317cm-1付近にピークが存在した。
【0113】
〔5〕ヨウ素導入工程
上記した硫黄変性PANを0.3040gと、ヨウ素(I2)0.0027gとを乳鉢でよく混合し、オートクレーブ中にて図3に示す昇温速度で400℃まで加熱し、400℃で1時間保持した後、室温になるまで静置した。得られた本実施例の硫黄系正極活物質の組成分析結果を表1に示す。
【0114】
炭素(C)、水素(H)、窒素(N)の組成は、「vario MICRO cube」(Elementar社製)を用い、燃焼炉温度:1150℃、還元炉温度:850℃、ヘリウム流量:200ml/min、酸素流量:25〜30ml/minの条件で、試料を0.0001mgまで精秤し、炭素(C)、水素(H)、窒素(N)の同時分析を行った。
【0115】
硫黄(S)の組成は、試料を0.001mgまで精秤し、フラスコ燃焼〜イオンクロマトグラフィーにより分析した。「DX320」(DIONEX社製)を用い、カラム:IonPacAS12A、移動相:2.7mmol/L Na2CO3+0.3mmol/L NaHCO3、流速:1.5ml/min、検出器:電気伝導度検出器、注入量:25μLの条件で測定した。
【0116】
ヨウ素(I)の組成は、JIS Z7302に準じ試料を秤量して燃焼管内で燃焼させ、発生したガスを溶液に吸収させ、吸収液の一部を紫外吸収検出器を用いたイオンクロマトグラフィーにより分析した。「ICA2000」(東亜ディーケーケー製)を用い、移動相:1.8mmol/L Na2CO3+1.7mmol/L NaHCO3、流速:1.2ml/min、検出器:電気伝導度検出器、注入量:100μLの条件で測定した。
【0117】
各元素の組成分析はそれぞれ2回行い、その平均値を分析値として示している。
【0118】
【表1】
【0119】
この硫黄系正極活物質には、ヨウ素(I)が1.9重量%、ヨウ素(I2)として約1%含まれていることがわかる。また、もし遊離のヨウ素が含まれていたとしても、燃焼分解前に昇華して分離されるので、分析された組成中に含まれるヨウ素は炭素骨格と結合していると考えられる。
【0120】
<リチウムイオン二次電池の製作>
〔1〕正極
上述の硫黄系正極活物質3質量部と、アセチレンブラック(AB)2.1質量部と、TAB(質量比でAB:ポリテトラフルオロエチレン=2:1の混合物)0.9質量部とを、ヘキサンを適量加えつつ、メノウ製乳鉢でフィルム状になるまで混練し、フィルム状の正極材料を得た。この正極材料全量を、直径11mmの円形に打ち抜いたアルミニウムメッシュ(メッシュ粗さ#100)にプレス機で圧着し、80℃で一晩乾燥して、実施例1のリチウムイオン二次電池用正極を得た。
【0121】
〔2〕負極
負極には、金属リチウムをスライスし、厚さ約0.5mm、直径φ13mmに成形した円盤状のリチウム箔を用いた。
【0122】
〔3〕電解液
電解液としては、エチレンカーボネートとジエチルカーボネートとを混合した混合溶媒にLiPF6を溶解したものを用いた。エチレンカーボネートとジエチルカーボネートとは体積比1:1で混合した。電解液中のLiPF6の濃度は、1.0mol/lであった。
【0123】
〔4〕電池
〔1〕,〔2〕,〔3〕で得られた正極、負極及び電解液を用いて、コイン電池を製作した。詳しくは、ドライルーム内で、厚さ500μmのガラス不織布フィルターとセパレータを正極と負極との間に挟装して、電極体電池とした。この電極体電池を、ステンレス容器からなる電池ケース(CR2032型コイン電池用部材、宝泉株式会社製)に収容した。電池ケースには〔3〕で得られた電解液を注入した。電池ケースをカシメ機で密閉して、実施例1のリチウムイオン二次電池を得た。
【実施例2】
【0124】
実施例1と同様に製造された硫黄変性PANを100質量部に対してヨウ素(I2)を25質量部添加したこと以外は実施例1と同様にして、ヨウ素(I)を約50重量%つまりヨウ素(I2)として約25%含む硫黄系正極活物質を調製した。正極の製作時にこの硫黄系正極活物質を用いたこと以外は実施例1と同様にしてリチウムイオン二次電池を製作した。
【0125】
[比較例1]
正極の製作時に実施例1と同様に製造された硫黄変性PANを硫黄系正極活物質として用いたこと以外は実施例1と同様にしてリチウムイオン二次電池を製作した。
【0126】
<放電レート特性試験>
実施例1、2及び比較例1のリチウムイオン二次電池の放電レート特性を測定した。各リチウムイオン二次電池に、電流値をCレートで0.1C、0.2C、0.5C、1C、2C・・・と変化させ、繰り返し充放電を行った。なお事前に1.8mAで11サイクル充放電を実施しており、11サイクル目の容量を基準にCレートを決定した。このときのカットオフ電圧は1.0Vであった。温度は25℃であった。放電レート特性試験の結果を図4に示す。
【0127】
<放電特性試験>
実施例1、2及び比較例1のリチウムイオン二次電池を1C放電させたときの放電特性を図5と表2に示す。
【0128】
【表2】
【0129】
実施例1のリチウムイオン二次電池は、比較例1に比べて放電容量が大きく平均電位も高く、1Cレートでのエネルギー密度が比較例1に比べて30%向上している。これは、硫黄系正極活物質にヨウ素を含んだことによる効果であることが明らかである。また実施例2のリチウムイオン二次電池では、放電レート特性と平均電位は比較例1より高いものの放電容量が低い。これは、硫黄系正極活物質中のLiの脱着(容量)に関与しないと思われるヨウ素の割合が多くなり、Liの脱着(容量)に関与する硫黄の割合が減少したためと考えられる。
【符号の説明】
【0130】
1:反応装置 2:反応容器 3:蓋 4:熱電対
5:ガス導入管 6:ガス排出管 7:電気炉
図1
図2
図3
図4
図5