【実施例】
【0044】
以下、本発明を実施例により更に具体的に説明するが、本発明はその主旨を越えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。
【0045】
[実施例1]
<脂肪組織由来幹細胞の分離と培養>
イヌの腰背部皮下から脂肪組織を摘出し、1グラムを計量した。5%(v/v)ペニシリン(10,000unit/ml)−ストレプトマイシン(10mg/ml)(以下「PS」と称する。)(シグマ製)を含有するPBSにて脂肪組織を洗浄し、付着した血液などを除去した後、滅菌培養皿内で、外科鋏で細片化した。
細片化した脂肪組織を15mlコニカルチューブ(ヌンク製)に入れ、2%(v/v)PS含有PBSに0.1%(w/v)コラゲナーゼtype1(Worthington製)を溶解した溶液を10ml加え、37℃で30分間振盪した。よく撹拌した後、3mlのα−MEM(ギブコ製)(10%(v/v)FCS(ハイクロン製)、及び1%PS(v/v)を含む。以下、同様)を加え、軽く撹拌した。なお、実施例1〜10で共通に使用したα−MEM(ギブコ製)の組成を、表1に示す。
【0046】
上記チューブを500×g、5分間遠心処理し、上清を捨て、10mlのα−MEMを加えてピペッティングし、25cm
2組織培養フラスコ(ヌンク製)に播種した。2日後に、培養液を交換し、非付着細胞を捨てた。その後、週2回、非付着細胞を捨てながら培養液を全量交換した。
コンフルエントに達したらPBSで洗浄し、0.25%(w/v)トリプシン−0.03%(w/v)EDTA溶液で37℃、5分間培養し、細胞を培養面から剥離して回収した。回収した細胞を5×10
3個/cm
2の密度で75cm
2組織培養フラスコ(ヌンク製)に播種した。以降は、継代培養を必要に応じて繰り返し、シート状の培養物を得た。
【0047】
【表1】
【0048】
[実施例2]
<脂肪組織由来幹細胞の評価1.幹細胞マーカーの検出>
実施例1の方法によりシート状の培養物を得て、そこから細胞を分離した。分離した細胞から、FastPure RNA kit(タカラバイオ製)を用いて、該キットの仕様に従い、RNAを抽出した。次いで、PrimeScript RT−PCR kit(タカラバイオ製)を用いて、該キットの仕様に従い、cDNAを作製した。
下記表2に示すNeupaneらのプライマー(Neupane M., et al. Tissue Engineering Part A. 2008;14(6):1007-15)とプラチナTaq DNAポリメラーゼ(インビトロジェン製)を用いて、OCT4遺伝子、NANOG遺伝子、SOX2遺伝子をPCRにより増幅し、アガロースゲル電気泳動により各遺伝子の発現の有無を確認した。結果を
図1に示す。
【0049】
【表2】
【0050】
図1のとおり、細胞の多分化能を示すマーカー(幹細胞マーカー)であるOCT4遺伝子(274bp)、NANOG遺伝子(141bp)、SOX2遺伝子(142bp)の発現が、それぞれの塩基数に相当する位置に確認された。このことから、実施例1の方法で得られた培養物には、幹細胞が含まれることが確認された。
【0051】
[実施例3]
<脂肪組織由来幹細胞の評価2.細胞表面抗原の検出>
実施例1の方法によりシート状の培養物を得て、そこから細胞を分離した。分離した細胞をPBSで懸濁した細胞懸濁液に、マウス抗イヌMHCクラスI抗体(VMRD製)とマウス抗イヌMHCクラスII抗体(VMRD製)とを添加し反応させた。PE標識ロバ抗マウス抗体で標識し、フローサイトメーター(COULTER製)を用い、MHCクラスIとMHCクラスIIの発現を解析した。結果を
図2に示す。
【0052】
図2の実線はコントロールを示し、破線はMHCクラスIIの発現を示し、一点鎖線はMHCクラスIの発現を示す。
図2のとおり、MHCクラスIIの発現は確認されなかった。したがって、実施例1の方法で得られる培養物は、同種異個体間の移植が可能である。
【0053】
[実施例4]
<脂肪組織由来幹細胞の評価3.骨、軟骨、脂肪への分化能の検討>
実施例1の方法によりシート状の培養物を得て、そこから細胞を分離した。分離した細胞を、StemPro Osteogenesis/Chondrogenesis/Adipogenesis Differentiation Kit(インビトロジェン製)を用いて、該キットの仕様に従い、骨、軟骨、及び脂肪へ分化誘導した。下記の方法で、骨、軟骨、及び脂肪への分化を検出した。結果を
図3〜5に示す。
【0054】
(骨の検出)
細胞を4%パラホルムアルデヒドで固定し、アリザリンレッドSを用いて室温で3分間染色した後、顕微鏡で観察した。
(軟骨の検出)
細胞を4%パラホルムアルデヒドで固定し、アリューシャンブルーを用いて室温で1時間染色し、0.1NのHClで洗浄し蒸留水で中和した後、顕微鏡で観察した。
(脂肪の検出)
細胞を4%パラホルムアルデヒドで固定し、オイルレッドOを用いて室温にて1時間染色した後、顕微鏡で観察した。
【0055】
図3のとおり、StemPro Osteogenesis Differentiation Kitを用いて分化誘導した場合、骨細胞を染色するアリザリンレッドSで染色が確認された。このことから、実施例1の方法で得られる培養物には幹細胞が含まれ、該幹細胞が骨細胞に分化したことが確認された。
図4のとおり、StemPro Chondrogenesis Differentiation Kitを用いて分化誘導した場合、軟骨細胞を染色するアリューシャンブルーで細胞の染色が確認された。このことから、実施例1の方法で得られる培養物には幹細胞が含まれ、該幹細胞が軟骨細胞に分化誘導されたことが確認された。
図5のとおり、StemPro Adipogenesis Differentiation Kitを用いて分化誘導した場合、脂肪細胞を染色するオイルレッドOで細胞の染色が確認された。このことから、実施例1の方法で得られる培養物には幹細胞が含まれ、該幹細胞が脂肪細胞に分化誘導されたことが確認された。
以上のことから、実施例1の方法で得られる培養物には、骨細胞、軟骨細胞、及び脂肪細胞に分化する多分化能を有する幹細胞が含まれていることが確認された。
【0056】
[実施例5]
<細胞シートの作製>
実施例1の方法によりシート状の培養物を得た。培養物をPBSで洗浄し、0.25%(w/v)トリプシン−0.03%(w/v)EDTA溶液を添加して培養面から剥離し回収した。回収した培養物を15mlコニカルチューブ(ヌンク製)に入れ、α−MEMを加え、軽くピペッティングし、細胞懸濁液を調製した。細胞懸濁液をUpCell 3.5cmディッシュ(CellSeed製)に注ぎ、1×10
5cells/dishとなるように細胞を播種し、37℃で7日間培養した。その間、培養液を1回全量交換した。その際、非付着細胞を捨てた。
コンフルエントを確認後、培養物が浸る程度に培養液量を調整し、ドーナツ状にカットした3.5cmディッシュ用CellShifter(CellSeed製)を培養物上に重ねた。室温(20〜25℃程度)で5分間静置し、ピンセットを使って、CellShifterに支持された培養物をディッシュから剥離した。
このようにして、脂肪組織由来の幹細胞を含む細胞シートを作製した。
【0057】
[実施例6]
<採取部位別の細胞シートの作製効率の検討>
イヌの腰背部、頚背部、及び鼠径部の各皮下、並びに腹腔内から脂肪組織を摘出し、それぞれ1gを計量した。実施例1の方法と同様にして細胞を培養し、初代培養において、25cm
2組織培養フラスコ(ヌンク製)に付着細胞がコンフルエントになるまでの日数を比較した。結果を下記表3に示す。
【0058】
【表3】
【0059】
表3のとおり、腰背部の皮下、次いで頚背部の皮下から細胞を採取したとき、コンフルエントになるまでの日数が短かった。また、鼠径部の皮下から採取したほうが、腹腔内から採取したときよりも、コンフルエントになるまでの日数が短かった。
したがって、腹腔内の脂肪から採取するよりも、皮下脂肪から採取するほうが、細胞シートの作製効率がよく、腹部の皮下脂肪や腹腔内の脂肪から採取するよりも、背部の皮下脂肪から採取するほうが、細胞シートの作製効率がよいことがわかった。特には、腰背部の皮下脂肪からの作製効率がよいことがわかった。
この理由として、背部(特には、腰背部)の皮下脂肪には、単位重量あたりより多くの幹細胞が含まれていることが考えられた。
【0060】
表3のとおり、腰背部の皮下から細胞を採取したとき、初代培養において、25cm
2組織培養フラスコ(ヌンク製)に付着細胞がコンフルエントになるまでの日数は、5.0±0.83日であった。この時の回収された細胞数は、(4.2±0.4)×10
6個であった。
【0061】
[実施例7]
<培養液別の細胞シートの作製効率の検討>
イヌの腰背部皮下から脂肪組織を摘出し、実施例1の方法と同様にして細胞を培養した。ただし、培養液(細胞の懸濁に使用する溶液としても使用する。)を、α−MEM、α−MEM+G(1%グルタマックス(インビトロジェン製)を含むα−MEM)、及びDMEM/F12(DMEM:F12(1:1)に10%(v/v)FCS、及び1%PS(v/v)を含む。)のいずれかとし、初代培養において、25cm
2組織培養フラスコ(ヌンク製)に付着細胞がコンフルエントになるまでの日数を比較した。結果を下記表4に示す。
【0062】
【表4】
【0063】
表4のとおり、α−MEMにグルタマックスを添加した場合と、添加しない場合とで、コンフルエントになるまでの日数は変わらなかった。α−MEMを用いると、アミノ酸を更に添加しなくても、細胞シートの作製効率がよいことが確認された。
【0064】
[実施例8]
<細胞シートの移植1>
正常なイヌの角膜において、脂肪組織由来の幹細胞を含む細胞シートを移植することの効果を検討した。
【0065】
アトロピン及びキシラジン、あるいはジアゼパムの前投薬により鎮静処置をほどこした雌イヌに対し、プロポフォールの静脈内投与により麻酔し、気管チューブを挿管して、イソフルラン吸入麻酔により麻酔を維持した。
眼科用表面麻酔剤ベノキシール(参天製薬)を点眼し、眼科機器(ピンセット、角結膜鋏、スリットナイフなど)を用いて角膜上皮を切除し除去した。
【0066】
雄イヌの腰背部を脂肪組織の供給源として、実施例5の方法により細胞シートを作製しておき、ディッシュから剥離した直後の細胞シートを、CellShifterごと角膜の上にのせた。
そのまま5分間静置した。その間、乾燥防止のため、37℃に加温した生理食塩水を時々点眼した。静置後、静かにCellShifterをはがし、眼科用ピンセットを用いて、細胞シートを角膜全体に広げた。
抗生物質(エコリシン)を点眼し、その後、イヌを覚醒させた。
【0067】
施術から1週間後では、角膜の一部に白濁が認められたが、5週間後では、角膜は全体にわたって透明であり、角膜上皮の再生が確認された。
【0068】
施術から5週間後に、角膜上皮の一部を採取し、常法の in situ ハイブリダイゼーションにより検討したところ、Y染色体が検出された。したがって、再生した角膜上皮を構成する細胞は、移植した細胞シートに由来することがわかった。
このことから、本発明の細胞シートは、移植部位において、該部位を構成する細胞種に分化し、該部位の組織として定着することが確認された。
【0069】
[実施例9]
<細胞シートの移植2>
イヌの慢性角膜炎に至った角膜損傷例において、脂肪組織由来の幹細胞を含む細胞シートを移植することの効果を検討した。
【0070】
実施例8と同様にして、細胞シートを移植した。その際、角膜上皮が変性し色素沈着を起こしている部分を可能な限り切除し除去し(角膜表層切除術)、その除去部分に細胞シートをのせた。なお、細胞シートを作製した際の脂肪組織の供給源は、被移植個体とは別個体のイヌとした。
【0071】
施術後、4か月以上観察した12例について、下記の評価基準に従って、移植効果を評価した。結果を
下記に示す。
−評価基準−
A:角膜の透明度が改善され、飼い主の満足度が極めて高い。
B:角膜の透明度が改善され、軽度の白濁が残るものの、飼い主の満足度は高い。
C:角膜に白濁が残るものの、イヌのQOLは改善し、飼い主の満足度は良好である。
D:角膜の透明度はあまり改善しないものの、施術前よりは良い。
E:角膜の透明度が施術前と比べまったく改善しない。
【0072】
施術した12例中、A:7例、B:2例、C:1例、D:1例、E:1例であった。Cまでを改善ありとすると、改善率は83%であった。
このことから、脂肪組織由来の幹細胞を含む細胞シートを移植することで、角膜損傷例が良好な治癒経過をたどることが確認された。
【0073】
改善度が悪かった症例は、いずれも重度の乾燥性角結膜炎(KCS)であった。このことから、正常な涙膜の形成が困難なKCS症例には、細胞シートを移植しても症状の改善はあまり期待できないと考えられた。
特に移植後の成績が良かった症例は、異所性睫毛症や眼瞼内反症によって角膜が損傷し慢性角膜炎に至った症例であり、異所性睫毛症や眼瞼内反症の外科的整復と、角膜表層切除術および細胞シート移植をあわせて実施することで、極めて良好な成果が得られた。また、外傷によって慢性角膜炎に至った症例においても良好な成績が得られた。
本発明の細胞シートの角膜損傷例への移植は、適応症の選択と、適応症に応じた眼科外科手術(外科的整復)との組み合わせにより、さらに治療成績を向上させることが可能である。
【0074】
[実施例10]
<ラットからの脂肪組織由来幹細胞の分離と培養>
ラットの腰背部皮下から摘出した1グラムの脂肪組織を用いて、実施例1と同様の方法によりシート状の培養物を得た。
初代培養において、25cm
2組織培養フラスコ(ヌンク製)に付着細胞がコンフルエントになるまでの日数は、6±0日(平均±標準偏差、n=3)であった。この時の回収された細胞数は、2.3×10
6個であった。ラット由来の細胞は、1つ1つが大きく広がって培養面に張り付いている様子が観察された。
腰背部を脂肪組織の供給源にしたとき、イヌとラットとを比較すると、イヌのほうが、コンフルエントになるまでの日数が約1日少なく、回収された細胞数が2倍近く多かった。イヌの腰背部を脂肪組織の供給源とするほうが、ラットの腰背部を脂肪組織の供給源とするよりも、細胞数が増える効率がよかった。
【0075】
上記で得たシート状の培養物から細胞を分離し、実施例4と同様の方法で、骨、軟骨、及び脂肪への分化能を検討した。
図6のとおり、StemPro Osteogenesis Differentiation Kitを用いて分化誘導した場合、骨細胞を染色するアリザリンレッドSで染色が確認された。このことから、ラットの腰背部皮下から得られた培養物には幹細胞が含まれ、該幹細胞が骨細胞に分化したことが確認された。
図7のとおり、StemPro Chondrogenesis Differentiation Kitを用いて分化誘導した場合、軟骨細胞を染色するアリューシャンブルーで細胞の染色が確認された。このことから、ラットの腰背部皮下から得られた培養物には幹細胞が含まれ、該幹細胞が軟骨細胞に分化誘導されたことが確認された。
図8のとおり、StemPro Adipogenesis Differentiation Kitを用いて分化誘導した場合、脂肪細胞を染色するオイルレッドOで細胞の染色が確認された。このことから、ラットの腰背部皮下から得られた培養物には幹細胞が含まれ、該幹細胞が脂肪細胞に分化誘導されたことが確認された。
以上のことから、ラットの腰背部皮下から得られた培養物には、骨細胞、軟骨細胞、及び脂肪細胞に分化する多分化能を有する幹細胞が含まれていることが確認された。
【0076】
実施例の結果が示すとおり、背部の脂肪組織から細胞を分離し、分離した細胞をα−MEM中で培養することを含む細胞シートの製造方法は、増殖能と多分化能とを有する幹細胞を含み移植治療に好適な細胞シートを、効率よく製造することができる。
よって、本発明は、移植用細胞シートを効率よく製造する方法を提供することができ、移植治療に好適な細胞シートを提供できる。
また、実施例の結果が示すとおり、脂肪組織由来の幹細胞を含む細胞シートを移植部位に接触させ、接触を維持させることを含む治療方法は、移植部位において組織を再生させることができる。
よって、本発明は、治療効果の高い損傷部位の治療方法を提供することができる。