特許第5759664号(P5759664)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 花王株式会社の特許一覧 ▶ 国立大学法人大阪大学の特許一覧

<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5759664
(24)【登録日】2015年6月12日
(45)【発行日】2015年8月5日
(54)【発明の名称】CNGチャネル阻害剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/045 20060101AFI20150716BHJP
   A61P 11/02 20060101ALI20150716BHJP
   A61P 25/02 20060101ALI20150716BHJP
   A61P 27/00 20060101ALI20150716BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20150716BHJP
【FI】
   A61K31/045
   A61P11/02
   A61P25/02 101
   A61P27/00
   A61P43/00 111
【請求項の数】1
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2008-222385(P2008-222385)
(22)【出願日】2008年8月29日
(65)【公開番号】特開2010-53107(P2010-53107A)
(43)【公開日】2010年3月11日
【審査請求日】2011年6月28日
【審判番号】不服2013-22851(P2013-22851/J1)
【審判請求日】2013年11月22日
(73)【特許権者】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】特許業務法人アルガ特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100077562
【弁理士】
【氏名又は名称】高野 登志雄
(74)【代理人】
【識別番号】100096736
【弁理士】
【氏名又は名称】中嶋 俊夫
(74)【代理人】
【識別番号】100117156
【弁理士】
【氏名又は名称】村田 正樹
(74)【代理人】
【識別番号】100111028
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 博人
(72)【発明者】
【氏名】石田 浩彦
(72)【発明者】
【氏名】倉橋 隆
【合議体】
【審判長】 村上 騎見高
【審判官】 安藤 倫世
【審判官】 前田 佳与子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−31605(JP,A)
【文献】 特開2007−99857(JP,A)
【文献】 特開2003−24422(JP,A)
【文献】 特開2008−136841(JP,A)
【文献】 特開2000−344629(JP,A)
【文献】 特開2004−263102(JP,A)
【文献】 特開2004−262900(JP,A)
【文献】 特開平11−286428(JP,A)
【文献】 特開2004−203839(JP,A)
【文献】 特開2005−75821(JP,A)
【文献】 特開2006−149210(JP,A)
【文献】 特開2002−142745(JP,A)
【文献】 特表2005−500836(JP,A)
【文献】 米国特許第7138107(US,B1)
【文献】 T.Y.Chen,et al.,J.Gen.Physiol.,2006,128(3),pp365−371
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00-A61K 31/327
C11B 9/00
CA/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジヒドロミルセノール、リナロール及びゲラニオールから選ばれる少なくとも1種以上を有効成分とする、嗅覚感度を低下させるためのCNGチャネル阻害剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、CNGチャネル阻害剤及びこれを含有する嗅覚感度低下用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、動物のにおいの受容経路について、嗅細胞レベルで応答の機序が明らかにされつつあり、嗅細胞へのイオン(Na+,Ca2+等)流入経路となるCNGチャネル(Cyclic nucleotide-gated cation channel:環状ヌクレオチドゲートカチオンチャネル)を抑制することによって人間の嗅覚感度自体を低下させ、消臭などの感覚制御を行なう考え方が提案されている(特許文献1)。また、マウスやラットにジルチアゼム(Diltiazem)等の医薬用のCaチャネル阻害剤を食餌として与え嗅覚を低下させ、食事量を減らすことが報告されている(特許文献2)。
【0003】
しかし、これらの医薬用のCNGチャネル阻害剤やCaチャネル阻害剤は、使用により嗅覚以外の視覚等の感覚に影響を与えたり、嗅覚が回復しにくい等の過剰な効果の問題、及び心臓への負担や強い薬理効果等の副作用の虞があり、日常的に扱うのは非常に困難であった。
【0004】
一方、揮発性物質(香料)であるリモネン、シネオール、酢酸イソアミル、アニソールについて、CNGチャネルの阻害作用の報告があり、リモネンよりもシネオール、酢酸イソアミル等の阻害作用が高いことが記載されている(非特許文献1)。
【0005】
香料は人間のもつ元来の排出機構に従って排出されるので、人体に安全で日常的な使用に適していると考えられる。しかし、CNGチャネル阻害作用が調べられた香料は、刺激が強すぎるか、あるいは、十分な嗅覚感度低下の効果が得られないものであった。
【0006】
【特許文献1】特表2005−500836号公報
【特許文献2】米国特許明細書第7138107号
【非特許文献1】Chen, T. Y., Takeuchi, H. and Kurahashi, T. J. Gen. Physiol. 128, 365-337 (2006)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、本発明の課題は、CNGチャネル阻害効果のある香料物質を探索し、そのなかで、十分な嗅覚感度低下の効果が得られる一方、香料を吸引した時に眼等に対する刺激の少ないCNGチャネル阻害剤、これを含有する嗅覚感度低下用組成物、及びこれを用いた嗅覚感度の低下による消臭方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、一般式(1)、(2)及び(3)のいずれかで表される鎖状モノテルペンアルコールを有効成分とするCNGチャネル阻害剤を提供するものである。
【0009】
【化1】
【0010】
〔式中、破線は二重結合であってもよいことを示す。ただし、式(1)中のa及びbが同時に二重結合となることはない。また、式(3)中のcのシス及びトランス異性体のいずれも含むものとする。〕
【0011】
また本発明は、上記CNGチャネル阻害剤を含有する嗅覚感度低下用組成物を提供するものである。
【0012】
更に本発明は、上記CNGチャネル阻害剤又は上記嗅覚感度低下用組成物を、消臭対象となる匂いを嗅ぐ前に、又は嗅ぐ前から嗅ぐ際にかけて、鼻腔部に伝達させて嗅覚感を低下させる消臭方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明のCNGチャネル阻害剤は、眼等への刺激が少なく、かつ、CNGチャネルの応答を阻害することによる十分な嗅覚感度低下の効果を奏し、しかも、日常的に用いることが可能なため、消臭、禁煙の補助、ダイエットの補助等に用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明のCNGチャネル阻害剤は、一般式(1)、(2)及び(3)のいずれかで表される鎖状モノテルペンアルコール(以下、「化合物(1)、(2)又は(3)」ということがある)を有効成分とするものである。
【0015】
具体的には、化合物(1)としては、ジヒドロミルセノール(2,6-dimethyl-7-octen-2-ol)、ミルセノール、テトラヒドロミルセノール、アロオシメノール(II)(2,6-dimethyl-3,5-octadien-2-ol)、オシメノールが挙げられ;化合物(2)としては、リナロール(3,7-dimethyl-1,6-octadien-3-ol)、テトラヒドロリナロール、ジヒドロリナロール、アロオシメノール(I)(3,7-dimethyl-4,6-octadien-3-ol)が挙げられ;化合物(3)としては、ゲラニオール、テトラヒドロゲラニオール(別名:ジメチルオクタノール)、ネロール、シトロネロールが挙げられる。これらの鎖状モノテルペンアルコールの構造を以下に示す。
【0016】
【化2】
【0017】
本発明のCNGチャネル阻害剤は、化合物(1)、(2)及び(3)から選ばれる1種のみからなるものであっても、2種以上を組合せてなるものであってもよく、また、テトラヒドロムゴール(テトラヒドロミルセノールとテトラヒドロリナロールの混合物;IFF社製)、ムゴール(上記2種のアロオシメノールの混合物;IFF社製)等の他の化合物を含む混合物であってもよい。
【0018】
本発明において、CNGチャネルの「阻害」とは、CNGチャネルから細胞内へのカチオン(主にCa2+)の流入を阻害することをいう。なお、CNGチャネルの「阻害」は、その程度をCNGチャネル抑制率によって示し、CNGチャネル抑制率が高いほど、CNGチャネルからの細胞内へのカチオン流入を強く阻害し、嗅細胞に存在するCNGチャネルの応答を強力にブロックする。本発明のCNGチャネル阻害剤は、高いCNGチャネル抑制率により嗅覚の感度を低下することができるが、香料素材としての匂い強度は低いため、不快感を生じにくく、しかも通常30分以内で正常な嗅覚応答が回復する。そして、十分な嗅覚感度の低下効果を得る観点から、CNGチャネル阻害剤におけるCNGチャネル抑制率は、下記実施例に記載の測定条件下で、化合物濃度0.1容量%(v/v)において80%以上、更には90%以上であることが好ましく、化合物濃度0.01%(v/v)において50%以上であることが好ましい。
【0019】
本発明の嗅覚感度低下用組成物は、上記の本発明CNGチャネル阻害剤を含有するものである。効果の持続性の観点から、更にアンスラニル酸メチル(メチル2−アミノベンゾエート)を含有することができる。アンスラニル酸メチルの含有量は、本発明のCNGチャネル阻害剤に対する質量比で90:10〜10:90が好ましく、更に、70:30〜30:70が好ましい。また、本発明の嗅覚感度低下用組成物は、既に公知の電位依存性カチオンチャネル阻害剤を含有してもよい。
【0020】
嗅覚感度低下用組成物における本発明のCNGチャネル阻害剤の含有量は、化合物(1)、(2)及び(3)の合計量として、0.1〜90質量%、更には1〜50質量%が好ましい。
【0021】
本発明の嗅覚感度低下用組成物は、溶剤を含有することができる。溶剤としては、本発明のCNGチャネル阻害剤を溶解可能なものであれば特に限定されず、水、低級アルコール類(メチルアルコール、エチルアルコール、イソプロピルアルコール等)、多価アルコール類(グリセリン、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール等)、ケトン類(アセトン、メチルエチルケトン、シクロヘキサノン等)、エーテル類(テトラヒドロフラン、ジオキサン、ジメチルエーテル、ジエチルエーテル等)、エステル類(酢酸エチル、酢酸ブチル、フタル酸ジエチル、フタル酸ジオクチル、クエン酸トリエチル、パルミチン酸イソプロピル等)、炭化水素類(ノルマルパラフィン、イソパラフィン、ワセリン等)、シリコーン油類(ジメチルポリシロキサン等)、植物油類(綿実油、菜種油、オリーブ油等)が挙げられる。これらのうち、CNGチャネル阻害剤を揮発させやすくする点から、水、エチルアルコール等が好ましく、皮膚などに塗布するクリーム、軟膏等として用いる場合には、パラフィン、ワセリン等が好ましい。これらの溶剤は、単独で用いても2種以上を併用してもよい。
【0022】
本発明のCNGチャネル阻害剤及び嗅覚感度低下用組成物は、任意の形態で鼻腔部に伝達させることができ、例えば、吸入、塗布、貼付け、点鼻等が挙げられ、好ましくは、液状のミストで鼻腔部に適用せずに、気体として揮発させたものを鼻腔部に伝達させる。
【0023】
本発明のCNGチャネル阻害剤及び嗅覚感度低下用組成物は、消臭対象の匂いを嗅いだ後に適用しても嗅覚感度を低下させる効果はあるが、十分な効果を得る観点から、消臭対象の匂いを嗅ぐ前に適用するか、又は消臭対象の匂いを嗅ぐ前から嗅ぐ際まで経時的に適用することが好ましい。すなわち、消臭対象の匂いが、嗅覚に基づく不快感や食欲を生じさせる前に適用することにより、例えば悪臭に対する消臭の場合には不快感が生ずるのを効果的に防止でき、またダイエットの場合には食欲を催すのを抑制でき、消臭による様々な効果を十分に得ることができる。また、消臭対象から離れてから、化合物(1)、(2)又は(3)を除去することで、5〜30分以内に通常の嗅覚応答を回復することができる。
【0024】
本発明における消臭対象の匂い物質としては、例えば、酢酸、酪酸、イソ吉草酸、ヘキサン酸(汗臭、体臭)、ノネナール(高齢者の体臭)、スカトール、インドール(糞便臭)等の悪臭物質や、マルトール、フラネオール、シュガーラクトン(いずれも菓子などのカラメル様臭)等の甘味料の香りが挙げられ、本発明により、これらの匂いを一時的に感じなくさせることができる。本発明による嗅覚の感度を低下させる技術は、日常的に適用できるため、悪臭の消臭だけでなく、タバコや油脂分を多く含む菓子類の香味の減退による禁煙、ダイエット等の効果を得ることができる。
【0025】
本発明の嗅覚感度低下用組成物の具体的用途としては、例えば、住居用消臭剤、衣類用消臭剤、身体用消臭剤(腋用、足用、体用、頭用)、消臭用鼻クリーム、消臭用マスクに、嗅覚の抑制剤として使用することができる。形態としては使用時にのみ蓋を開いたり、組成物を入れる揮散可能な開口部を備える容器(置き型)、トリガー付きスプレータイプ、エアゾールタイプ、点鼻薬、マスク、軟膏又はクリーム、機械式スチームタイプ等の形態をとることができる。
【0026】
好ましい使用形態としては、化合物(1)、(2)又は(3)又は嗅覚感度低下用組成物を含浸又は吸着させた不織布その他の担持体をマスクのポケットに入れて、又はマスク自体に化合物(1)、(2)又は(3)又は嗅覚感度低下用組成物を含浸又は吸着させて、消臭対象の匂いに接する直前に装着する使用形態や、軟膏又はクリームの嗅覚感度低下用組成物を鼻孔(外鼻孔)の下方に塗布する使用形態が挙げられる。このような使用形態により、例えばトイレ、下水、ゴミ置き場等の悪臭の強い場所を清掃する際や、介護の際における、悪臭による不快感を著しく軽減することができる。
【0027】
また、例えば、液状、ゲル状の嗅覚感度低下用組成物を揮散が可能な開口部を備える容器に入れて、これを消臭対象の近くに設置する形態も好ましい。この場合は、消臭対象の匂いを嗅ぐ際、匂いを嗅ぐ直前に、あらかじめ設置しておいた嗅覚感度低下用組成物を入れた容器の開口部を解放(蓋等を外すことにより)しても良いし、あらかじめ設置しておいた空の容器に溶液又はゲル状の嗅覚感度低下用組成物を入れてもよい。
【実施例】
【0028】
試験例1:化合物(1)、(2)又は(3)のCNGチャネル阻害効果
i)試料の調製
嗅細胞はアカハライモリより公知の方法(倉橋ら, J. Physiol., (1989)419, 177-192)に従って単離し、リンガー液に浸した。単離方法を簡単に示すと、氷水中で冬眠状態にしたイモリにダブルピスを施し、頭蓋を切開し嗅粘膜を取り出す。取り出した嗅粘膜を0.1質量%コラゲナーゼ溶液中で37℃にて5分間インキュベートし、コラゲナーゼを洗い落した後、ガラスピペットにて組織を粉砕し嗅細胞を単離した。
試験化合物(実施例1〜3、参考例、比較例1〜2)はリンガー液中に溶解して0.1又は0.01%(v/v)の濃度に調整し、この試験溶液を用いてCNGチャネル応答を調べた。リンガー液組成は、NaCl 110mM、 KCl 3.7mM、 CaCl2 3mM、 MgCl2 1mM、HEPES 10mM、 グルコース 15mM、ピルビン酸ナトリウム 1mM (pH7.4、NaOHで調整)のものを用いた。
【0029】
ii)CNGチャネル活性の測定
(設定)
単離した嗅細胞を全細胞記録法により膜電流の計測を行った(Kawaiら,J. Gen. Physiol., (1997) 109, 265-272)。電極はホウケイ酸ガラスキャピラリー(直径1.5mm)を用い、電極作成用のプラー((株)成茂科学器機研究所 PP−830)にて作製した(電気抵抗10−15MΩ)。膜電流の記録は、パッチクランプとA/D変換装置を介して接続されたコンピューターを用いて行った。試験溶液の細胞への刺激(吹きかけ)には圧力制御装置を用いた。圧力制御装置とは、エアーコンプレッサーより送り込まれた圧縮空気を、コンピューター制御にて任意の圧力まで減圧し、設定した時間、その圧縮空気を、試験溶液を充填したガラスピペット尾部へ送り込む装置である。
【0030】
(手順)
嗅細胞の脱分極を生じさせるため光活性化型環状アデノシンモノリン酸(ケージドcAMP)を用いる方法を行った。記録電極内溶液(119mM CsCl, 1mM CaCl2, 5mM EGTA, 10mM HEPES,pH7.4にCsOHを用いて調整)に最終濃度1mMにてケージドcAMP(ケージド環状アデノシンモノリン酸,P−[1−(2−ニトロフェニル)エチル]アデノシン−3,5−環状モノリン酸)を溶解した。ケージドcAMP溶液を満たした記録電極を用いて全細胞記録状態にすることにより、ケージドcAMPを記録電極内より自由拡散にて細胞内へ導入した。本法により嗅細胞の嗅繊毛内へケージドcAMPを導入できることが報告されている(竹内ら, J. Physiol., (2002), 541(3), 825-833)。嗅繊毛内へ導入されたケージド化合物は落射蛍光システムを用いキセノンランプからUV光線を嗅細胞の繊毛領域に照射して、光分解を生じさせた。照射のタイミングと時間はコンピューターで制御した。光分解によって嗅細胞内のcAMPが上昇しCNGチャネルの開口が生じるので、その膜電流の変化を記録した。試験化合物による試験溶液を嗅細胞の嗅繊毛の近傍にガラスピペット(先端口径1μm)で吹きかけ(3000ミリ秒間、圧力50kPa)、UV光線の照射は試験溶液の吹きかけ開始500ミリ秒後より500ミリ秒間の長さで行った。CNGチャネル阻害の試験は、試験化合物1種類あたり3細胞で測定し、平均値を算出した。
【0031】
(結果)
試験溶液を吹きかけていないときの応答電流の値をブランク(a)とし、試験溶液の添加によって得られた嗅細胞の応答電流の値を(b)として、下記式によって試験化合物のCNGチャネル抑制率を求めた。
【0032】
CNGチャネル抑制率(%)=(1−b/a)×100
【0033】
実施例1〜3、参考例、比較例1〜2の各々のCNGチャネル抑制率を表1に示す。実施例1〜3の試験化合物では、比較例1、2に比べて高いCNGチャネル抑制率が認められ、実施例1及び2のジヒドロミルセノール又はリナロールの0.1%(v/v)試験溶液では、CNGチャネル抑制率が95%以上であり、嗅細胞における脱分極に伴う膜電流の発生がほぼ完全に抑制されていた。
【0034】
【表1】
【0035】
試験例2:嗅覚感度低下の測定
被験者3名による官能評価により、表2に示す試験化合物の嗅覚感度低下の効果を測定した。具体的には、各化合物0.5gと直径3cmの円形ろ紙をそれぞれ100mL容量のガラスびんに入れ、密封状態とし40℃で30分保温して、化合物をガラスびん内に気化させ、被験者はその気体を50回左右の鼻腔から交互にゆっくり吸入した(おおよそ1.5分以内)。その後、ニオイ評価用細長ろ紙(5×11cm)の先端5mmに含浸させた0.01質量%イソ吉草酸水溶液の匂いを、試験化合物の吸引直後(0分)、1分、3分、6分、9分、12分後に嗅いで、下記評価基準に従いニオイの強さを評価した。
評価は、イソ吉草酸の匂いの強さにより1、1.5、2、3の4段階で評価し、被験者3名の評価のうち最も人数の多い評価を採用した。
【0036】
1 :イソ吉草酸の匂いがしない
1.5:イソ吉草酸の匂いをわずかに感知できる
2 :イソ吉草酸の匂いを感知できる
3 :イソ吉草酸の匂いを強く感じる
【0037】
【表2】
【0038】
表2に示すように、本発明のCNGチャネル阻害剤を用いた実施例1〜6は、吸入時に眼等に刺激を受けることなく、かつ、1分経過後においてもイソ吉草酸の匂いを強く感じない評価が得られ、嗅覚感度を低下する効果が認められた。特に、濃度0.1%(v/v)溶液のCNGチャネル抑制率の高いジヒドロミルセノール(実施例1)、リナロール(実施例2)は、吸入後3分においてもイソ吉草酸の匂いを殆ど感じない評価が得られ、より高い嗅覚感度阻害効果が認められた。また、ジヒドロミルセノール又はリナロールと共に、アンスラニル酸メチルを併用した実施例4〜6では、吸入から9分経過後においてもイソ吉草酸の匂いを感じない又は強く感じない評価が得られ、嗅覚感度を低下する効果の持続性が認められた。
【0039】
これに対して、非特許文献1で共にCNGチャネル抑制作用が認められているシネオールと酢酸イソアミルについては、前者は吸入時における眼に対する刺激が非常に強く、後者はむせてしまい吸入自体できず、いずれも使用が困難であった。また、比較例2のリモネンはCNGチャネル阻害率は認められているものの、吸入直後にわずかに効果が認められるだけで、1分経過以後はイソ吉草酸の匂いを強く感じる評価となり、嗅覚感度を低下する効果が殆ど認められなかった。
【0040】
試験例3:各種の悪臭、甘味臭に対する嗅覚感度低下の測定
被験者20名による官能評価により、表3に示す試験化合物について、以下の悪臭物質と甘味臭物質に対する嗅覚感度低下の効果を測定した。
【0041】
<試験化合物>
表3に示す試験化合物(ジヒドロミルセノール、シネオール)4μLを綿球(直径1cm)にしみこませ、注射筒内に置き注射筒内で12時間、室温で揮発させた。
<イソ吉草酸>
悪臭物質としてイソ吉草酸(汗臭)を用いた。濃度1質量%の水溶液2μLを綿球(直径1cm)にしみこませ、試験化合物及び他の悪臭とも別の注射筒内に置き注射筒内で12時間、室温で揮発させた。
<ノネナール>
悪臭物質としてt−2−ノネナール(高齢者体臭)を用いた。ノネナール40μLを綿球(直径1cm)にしみこませ、イソ吉草酸と同様に注射筒内で揮発させた。
<スカトール>
悪臭物質として3−メチルインドール(スカトール)(糞便臭)を用いた。スカトールの1質量%DPG(ジプロピレングリコール)溶液を綿球(直径1cm)にしみこませ、イソ吉草酸と同様に注射筒内で揮発させた。
<マルトール>
甘味臭としてマルトール(菓子などのカラメル様臭)を用いた。マルトールの1%DPG溶液を綿球(直径1cm)に染み込ませ、イソ吉草酸と同様に注射筒内で揮発させた。
【0042】
以上の悪臭と甘味臭に対する嗅覚感度低下の効果の測定は、各々の注射筒内の悪臭又は甘味臭と、揮発させておいた試験化合物とを、ポリプロピレン容器(容積750mL)に同時に注出し、注出と同時に悪臭、甘味臭の匂いの強度を判定することによって行った。なお、ブランクとして、悪臭又は甘味臭のみの匂いの強度を判定した。強度は、以下の6段階臭気強度表示法(環境庁指定)に従って行った。被験者20名の評価の平均値を表3に示す。
【0043】
0:悪臭又は甘味臭の匂いがしない
1:悪臭又は甘味臭の匂いをやっと感知できる(検知閾値)
2:悪臭又は甘味臭の匂いがわかる弱い匂い(認知閾値)
3:悪臭又は甘味臭の匂いを楽に感知できる
4:悪臭又は甘味臭の匂いを強く感じる
5:悪臭又は甘味臭の匂いを強烈に感じる
【0044】
【表3】
【0045】
表3に示すように、本発明のCNGチャネル阻害剤である実施例1のジヒドロミルセノールは、各種の悪臭、及び甘味臭に対しても臭気強度が0.6以下でありほぼ悪臭、甘味臭を感じない結果が得られた。一方、比較例1のシネオールでは、イソ吉草酸、甘味臭に対しては臭気強度が1以上であり検知閾値を越える評価が得られ、ノネナール、スカトールに対しては、検知閾値に近い評価が得られた。