【実施例】
【0069】
表1は実験条件と結果に関するものである。
【0070】
【表1】
【0071】
先ず、実験材として、表1に示した酸素濃度、硫黄濃度、Ti濃度で、φ8mmの銅線(ワイヤロッド):加工度99.3%をそれぞれ作製した。φ8mmの銅線は、SCR連続鋳造圧延により、熱間圧延加工を施したものである。Tiは、シャフト炉で溶解された銅溶湯を還元ガス雰囲気で樋に流し、樋に流した銅溶湯を同じ還元ガス雰囲気の鋳造ポットに導き、この鋳造ポットにて、Tiを添加した後、これをノズルを通して鋳造輪と無端ベルトとの間に形成される鋳型にて鋳塊ロッドを作成した。この鋳塊ロッドを熱間圧延加工してφ8mmの銅線を作成したものである。その実験材を冷間伸線して、φ2.6mmのサイズにおける半軟化温度と導電率を測定し、またφ8mmの銅線における分散粒子サイズを評価した。
【0072】
酸素濃度は、酸素分析器(レコ(Leco;商標)酸素分析器)で測定した。硫黄、Tiの各濃度はICP発光分光分析器で分析した結果である。
【0073】
φ2.6mmのサイズにおける半軟化温度の測定は、400℃以下で各温度1時間の保持後、水中急冷し、引張試験を実施しその結果から求めた。室温での引張試験の結果と400℃で1時間のオイルバス熱処理した軟質銅線の引張試験の結果を用いて求めた。この2つの引張試験の引張強さを足して2で割った値を示す強度に対応する温度を半軟化温度と定義し求めた。
【0074】
分散粒子のサイズは小さく沢山分布することが望ましい。その理由は、硫黄の析出サイトとして働くためサイズが小さく数が多いことが要求される。すなわち直径500nm以下の分散粒子が90%以上である場合を合格とした。ここに「サイズ」とは化合物のサイズであり、化合物の形状の直径と短径のうちの長径のサイズを意味する。また、「粒子」とは、前記TiO、TiO
2、TiS、Ti−O−Sのことを示す。また、「90%」とは、全体の粒子数に対しての該当粒子数の割合を示すものである。
【0075】
表1において、比較材1は、実験室でAr雰囲気において直径φ8mmの銅線を試作した結果であり、銅溶湯にTiを、0〜18mass ppm添加したものである。
【0076】
このTi添加で、Ti添加量ゼロの半軟化温度215℃に対して、13mass ppmは160℃まで低下して最小となり、15,18mass ppmの添加で高くなっており、要望の軟化温度148℃以下にはならなかった。しかし工業的に要望がある導電率は98%IACS以上であり満足していたが、総合評価は×であった。
【0077】
そこで、次にSCR連続鋳造圧延法にて、酸素濃度を7〜8mass ppmに調整してφ8mm銅線(ワイヤロッド)の試作を行った。
【0078】
比較材2は、SCR連続鋳造圧延法で試作した中でTi濃度の少ないもの(0,2mass ppm)であり、導電率は102%IACS以上であるが、半軟化温度が164,157℃であり、要求の148℃以下を満足しないので、総合評価で、×となった。
【0079】
実施材1については、酸素濃度と硫黄が、ほぼ一定(7〜8mass ppm、5mass ppm)、Ti濃度の異なる(4〜55massppm)試作材の結果である。
【0080】
このTi濃度4〜55mass ppmの範囲では、軟化温度148℃以下であり、導電率も98%IACS以上、102%IACS以上であり、分散粒子サイズも500nm以下の粒子が90%以上であり良好である。そしてワイヤロッドの表面もきれいであり、いずれも製品性能として満足している(総合評価○)。
【0081】
ここで、導電率100%IACS以上を満たすものは、Ti濃度が4〜37mass ppmのときであり、102%IACS以上を満たすものは、Ti濃度が4〜25mass ppmのときである。Ti濃度が13mass ppmのとき導電率が最大値である102.4%IACSを示し、この濃度の周辺では、導電率は、僅かに低い値であった。これは、Tiが13mass ppmのときに、銅中の硫黄分を化合物として捕捉することで、高純度銅(6N)に近い導電率を示したためである。
【0082】
よって、酸素濃度を高くし、Tiを添加することで、半軟化温度と導電率の双方を満足させることができる。
【0083】
比較材3は、Ti濃度を60mass ppmと高くした試作材である。この比較材3は、導電率は要望を満足しているが、半軟化温度は148℃以上であり、製品性能を満足していない。さらにワイヤロッドの表面傷も多い結果であり、製品にすることは難しかった。よって、Tiの添加量は60mass ppm未満がよい。
【0084】
次に実施材2については、硫黄濃度を5mass ppmとし、Ti濃度を13〜10mass ppmとし、酸素濃度を変えて、酸素濃度の影響を検討した試作材である。
【0085】
酸素濃度に関しては、2を超えて30mass ppm以下まで、大きく濃度が異なる試作材とした。但し、酸素が2mass ppm未満は、生産が難しく安定した製造できないため、総合評価は△とした。また酸素濃度を30mass ppmと高くしても半軟化温度と導電率の双方を満足することがわかった。
【0086】
また比較材4に示すように、酸素が40mass ppmの場合には、ワイヤロッド表面の傷が多く、製品にならない状況であった。
【0087】
よって、酸素濃度が2を超えて30mass ppm以下の範囲とすることで、半軟化温度、導電率102%IACS以上、分散粒子サイズいずれの特性も満足させることができ、またワイヤロッドの表面もきれいであり、いずれも製品性能を満足させることができる。
【0088】
本発明者らは、添加した酸素が銅に対するTiの平衡固溶量を低くしているために、上記特性を満足するものと理解している。すなわち、実施例における半軟化温度の低減と導電率の向上は銅中に固溶しているTiとSの量が減少したことによって起こったものと理解している。酸素はそれ自身で軟化を及ぼす影響が少ないが、実施材においてTiとSとの固溶量を低下させている。このTiとSの固溶量の減少はTiO、TiS、Ti−O−S、TiO
2などの化合物の析出等の形成により生ずると考えられ、事実、上述のとおり、TiO、TiS、Ti−O−S、TiO
2などの化合物の存在が確認されている。
【0089】
次に実施材3は、それぞれ酸素濃度とTi濃度とを比較的同じ近い濃度とし、硫黄濃度を4〜20mass ppmと変えた試作材の例である。この実施材3においては、硫黄が2mass ppmより少ない試作材は、その原料面から実現できなかったが、Tiと硫黄の濃度を制御することで、半軟化温度と導電率の双方を満足させることができる。
【0090】
比較材5の硫黄濃度が18mass ppmで、Ti濃度が13mass ppmの場合には、半軟化温度が162℃で高く、必要特性を満足できなかった。また、特にワイヤロッドの表面品質が悪いので、製品化は難しかった。
【0091】
以上より、硫黄濃度が2〜12mass ppmの場合には、半軟化温度、導電率102%IACS以上、分散粒子サイズいずれの特性も満足しており、ワイヤロッドの表面もきれいですべての製品性能を満足することがわかった。
【0092】
また比較材6として高純度銅(6N)を用いた検討結果を示したが、半軟化温度127〜130℃であり、導電率も102.8%IACSであり、分散粒子サイズも、500nm以下の粒子はまったく認められなかった。
【0093】
【表2】
【0094】
表2は、製造条件としての、溶融銅の温度と圧延温度を示したものである。
【0095】
比較材7は、溶銅温度が高めの1330〜1350℃で且つ圧延温度が950〜600℃でφ8mmのワイヤロッドを試作した結果を示したものである。
【0096】
この比較材7は、半軟化温度と導電率は満足するものの、分散粒子のサイズに関しては、1000nm程度のものもあり500nm以上の粒子も10%を超えていた。よってこれは不適とした。
【0097】
実施材4は、溶銅温度が1200〜1320℃で且つ圧延温度が低めの880〜550℃でφ8mmのワイヤロッドを試作した結果を示したものである。この実施材4については、ワイヤ表面品質、分散粒子サイズも良好で、総合評価は○であった。
【0098】
比較材8は、溶銅温度が1100℃で且つ圧延温度が低めの880〜550℃でφ8mmのワイヤロッドを試作した結果を示したものである。この比較材8は、溶銅温度が低いため、ワイヤロッドの表面傷が多く製品には適さなかった。これは、溶銅温度が低いため、圧延時に傷が発生しやすいためである。
【0099】
比較材9は、溶銅温度が1300℃で且つ圧延温度が高めの950〜600℃でφ8mmのワイヤロッドを試作した結果を示したものである。この比較材9は、熱間圧延温度が高いため、ワイヤロッドの表面品質が良いが、分散粒子サイズも大きなものがあり、総合評価は×となった。
【0100】
比較材10は、溶銅温度が1350℃で且つ圧延温度が低めの880〜550℃でφ8mmのワイヤロッドを試作した結果を示したものである。この比較材10は、溶銅温度が高いため、分散粒子サイズが大きなものがあり、総合評価は×となった。
【0101】
[軟質希薄銅合金線の軟質特性]
表3は、無酸素銅線を用いた比較材11と低酸素銅に13mass ppmのTiを含有した軟質希薄銅合金線を用いた実施材5とを試料とし、異なる焼鈍温度で1時間の焼鈍を施したもののビッカース硬さ(Hv)を検証した表である。
【0102】
実施材5は、表1の実施材1に記載した合金組成と同じものを使用した。なお、試料としては、2.6mm径の試料を用いた。この表によると、焼鈍温度が400℃のときに比較材11と実施材5とのビッカース硬さ(Hv)は同等レベルとなり、焼鈍温度が600℃でも同等のビッカース硬さ(Hv)を示している。このことから、本発明の軟質希薄銅合金線は十分な軟質特性を有するとともに、無酸素銅線と比較しても、特に焼鈍温度が400℃を超える領域においては優れた軟質特性を備えていることがわかる。
【0103】
【表3】
【0104】
[軟質希薄銅合金線の耐力及び屈曲寿命についての検討]
表4は、無酸素銅線を用いた比較材12と低酸素銅に13mass ppmのTiを含有した軟質希薄銅合金線を用いた実施材6を試料とし、異なる焼鈍温度で1時間の焼鈍を施したものの0.2%耐力値の推移を検証した表である。なお、試料としては、2.6mm径の試料を用いた。
【0105】
この表によると、焼鈍温度が400℃のときに比較材12と実施材6の0.2%耐力値が同等レベルであり、焼鈍温度600℃では実施材6も比較材12もほぼ同等の0.2%耐力値となっていることがわかる。
【0106】
【表4】
【0107】
つぎに、本発明に係る軟質希薄銅合金線は、屈曲寿命の高さが要求されるが、無酸素銅線を用いた比較材13と低酸素銅にTiを添加した軟質希薄銅合金線を用いた実施材7における屈曲寿命を測定した結果を
図8に表す。ここでは試料としては、0.26mm径の線材に対して焼鈍温度400℃で1時間の焼鈍を施したものを用い、比較材13は比較材11と同様の成分組成であり、実施材7も実施材5と同様の成分組成のものを使用した。
【0108】
ここに、屈曲寿命の測定方法は、屈曲疲労試験により行った。屈曲疲労試験は、荷重を負荷し、試料表面に引張と圧縮の繰返し曲げひずみを与える試験である。屈曲疲労試験は、
図7に示す。試料は、(A)のように曲げ治具(図中リングと記載)の間にセットし荷重を負荷したまま、(B)のように治具が90度回転し曲げを与える。この操作で、曲げ治具に接している線材表面には、圧縮ひずみが、これに対応して反対側の表面には、引張ひずみが負荷される。その後、再び(A)の状態に戻る。次に(B)に示した向きと反対方向に90度回転し曲げを与える。この場合も、曲げ治具に接している線材表面には、圧縮ひずみが、これに対応して反対側の表面には、引張ひずみが負荷され(C)の状態になる。そして(C)から最初の状態(A)に戻る。この屈曲疲労1サイクル(A)(B)(A)(C)(A)に要する時間は4秒である。表面曲げ歪は以下の式により求めることができる。
表面曲げ歪(%)=r/(R+r)×100(%)、R:素線曲げ半径(30mm)、r=素線半径
【0109】
図8の実験データによると、本発明に係る実施材7は比較材13に比して高い屈曲寿命を示した。
【0110】
また、無酸素銅線を用いた比較材14と低酸素銅にTiを添加した軟質希薄銅合金線を用いた実施材8における屈曲寿命を測定した結果を
図9に表す。ここでは試料としては、0.26mm径の線材に対して焼鈍温度600℃で1時間の焼鈍を施したものを用い、比較材14は比較材11と同様の成分組成であり、実施材8も実施材5と同様の成分組成のものを使用した。屈曲寿命の測定方法は、
図8の測定方法と同様の条件により行った。この場合も、本発明に係る実施材8は比較材14に比して高い屈曲寿命を示した。この結果は、いずれの焼鈍条件下においても実施材7、8の方が比較材13、14に比して0.2%耐力値が大きい値を示していたことに起因するものであると理解される。
【0111】
[軟質希薄銅合金線の結晶構造についての検討]
また、
図10は、実施材8の試料の幅方向の断面組織の写真を表したものであり、
図11は、比較材14の幅方向の断面組織の写真を表したものである。
図11は、比較材14の結晶構造を示し、
図10は実施材8の結晶構造を示す。これをみると、比較材14の結晶構造は、表面部から中央部にかけて全体的に大きさの等しい結晶粒が均一に並んでいることがわかる。これに対し、実施材8の結晶構造は、全体的に結晶粒の大きさがまばらであり、特筆すべきは、試料の断面方向の表面付近に薄く形成されている層における結晶粒サイズが内部の結晶粒サイズに比べて極めて小さくなっていることである。
【0112】
発明者らは、比較材14には形成されていない、表層に現れた微細結晶粒層が実施材8の屈曲特性の向上に寄与しているものと考えている。
【0113】
このことは、通常であれば、焼鈍温度600℃で1時間の焼鈍処理を行えば、比較材14のように再結晶により均一に粗大化した結晶粒が形成されるものであると理解されるが、本発明の場合には、焼鈍温度600℃で1時間の焼鈍処理を行ってもなお、その表層には微細結晶粒層が残存していることから、軟質銅材でありながら、屈曲特性の良好な軟質希薄銅合金材料が得られたものであると考えられる。
【0114】
そして、
図10および
図11に示す結晶構造の断面写真をもとに、実施材8および比較材14の試料の表層における平均結晶粒サイズを測定した。ここに、表層における平均結晶粒サイズの測定方法は、
図12に示すように、0.26mm径の幅方向断面の表面から深さ方向に10μm間隔で50μmの深さまでのところの長さ1mmの線上の範囲での結晶粒サイズを測定した夫々の実測値を平均した値を表層における平均結晶粒サイズとした。
【0115】
測定の結果、比較材14の表層における平均結晶粒サイズは、50μmであったのに対し、実施材8の表層における平均結晶粒サイズは、10μmである点で大きく異なっていた。表層の平均結晶粒サイズが細かいことによって、屈曲疲労試験による亀裂の進展が抑制され、屈曲疲労寿命が延びたと考えられる(結晶粒サイズが大きいと結晶粒界に沿って亀裂が進展してしまうが、結晶粒サイズが小さいと亀裂の進展の方向が変わるため、進展が抑制される)。このことが、上述のとおり、比較材と実施材との屈曲特性の面で大きな相違を生じたものと考えられる。
【0116】
また、2.6mm径である実施材6、比較材12の表層における平均結晶粒サイズは、2.6mm径の幅方向断面の表面から深さ方向に50μmの深さのところの長さ10mmの範囲での結晶粒サイズを測定した。
【0117】
測定の結果、比較材12の表層における平均結晶粒サイズは、100μmであったのに対し、実施材6の表層における平均結晶粒サイズは、20μmであった。
【0118】
本発明の効果を奏するものとして、表層の平均結晶粒サイズの上限値としては、20μm以下のものが好ましく、製造上の限界値から5μm以上のものが想定される。
[軟質希薄銅合金材料の結晶構造についての検討]
図13は、実施材9の試料の幅方向の断面組織の写真を表したものであり、
図14は、比較材15の幅方向の断面組織の写真を表したものである。
図13は実施材9の結晶構造を示し、
図14は、比較材15の結晶構造を示す。
【0119】
実施材9は、表1に示す実施材1の上から3番目の最も軟質材導電率が高い0.26mm径の線材である。この実施材9は、焼鈍温度400℃で1時間の焼鈍処理を経て作製される。
【0120】
比較材15は、無酸素銅(OFC)からなる0.26mm径の線材である。この比較材15は、焼鈍温度400℃で1時間の焼鈍処理を経て作製される。実施材9および比較材15の導電率を表5に示す。
【0121】
【表5】
【0122】
図13および
図14に示すように、比較材15の結晶構造は、表面部から中央部にかけて全体的に大きさの等しい結晶粒が均一に並んでいることがわかる。これに対し、実施材9の結晶構造は、表層と内部とで結晶粒の大きさに差があり、表層における結晶粒サイズに比べて内部の結晶粒サイズが極めて大きくなっている。
【0123】
実施材9は、例えば、φ2.6mm、φ0.26mmとなるように加工した導体の銅中のSをTi−S、Ti−O−Sの形で補足している。また、銅中に含まれる酸素(O)は、例えば、TiO
2のように、TixOyの形で存在しており、結晶粒内、結晶粒界に析出している。
【0124】
このため、銅を焼鈍して結晶組織を再結晶させたときには、実施材9は、再結晶化が進み易く内部の結晶粒が大きく成長する。このため、実施材9は、比較材15と比べて、電流を流したときに、電子の流れが妨げられることが少なく進むこととなり、電気抵抗が小さくなる。従って、実施材9は、比較材15と比べて導電率(%IACS)が大きくなる。
【0125】
以上の結果により、実施材9を用いた製品では、軟らかく、導電率が向上し、且つ屈曲特性を向上させることができる。従来の導体では、結晶組織を実施材9のような大きさに再結晶させるためには、高温の焼鈍処理が必要となる。しかし、焼鈍温度が高過ぎると、Sが再固溶してしまう。また、従来の導体では、再結晶させると、軟らかくなり、屈曲特性は低下する問題があった。上記に記載の実施材9では、焼鈍したときに双晶とならずに再結晶できるため、内部の結晶粒が大きくなり、軟らかくなるが、一方で表層は、微細結晶が残っているため、屈曲特性が低下しない特徴がある。
【0126】
[軟質希薄銅合金線の伸び特性と結晶構造との関係について]
図15は、2.6mm径の無酸素銅線を用いた比較材15と2.6mm径の低酸素銅に13mass ppmのTiを含有した軟質希薄銅合金線を用いた実施材9を試料とし、異なる焼鈍温度で1時間の焼鈍を施したものの伸び(%)の値の推移を検証したグラフである。ここでの試料は、8mm径から2.6mm径まで伸線加工した(加工度90%)ものである。比較材15は、表1の比較材1の一番上に記載の組成と同じものを使用した。
図15に示す丸記号は、実施材9を示し、四角記号は、比較材15を示す。
【0127】
このグラフによると、比較材15に比して実施材9の方が、焼鈍温度100℃を超え130℃付近から900℃の広い範囲で優れた伸び特性を示すことがわかる。とりわけ、焼鈍温度150℃〜600℃未満の領域において、比較材15に比して優れた伸び特性を示していることがわかる。特に焼鈍温度150℃〜550℃の付近においては伸びの値40%以上を備えており、焼鈍温度260℃〜400℃では伸びの値45%以上を備えていることがわかる。
【0128】
実施材9の試料と比較例15の試料の各温度条件に対して1時間の熱処理を施した伸びの値を表6に示す。
【0129】
【表6】
【0130】
実施材9の試料の伸びの値と比較材15の試料の伸びの値との定量的な比較を試みるべく、比較材15の焼鈍処理を施した状態での伸びの値の平均値を求め、これと実施材9の試料の伸びの値とを比較することとした。
【0131】
一般に、軟質銅線の焼鈍処理を施した状態とは、試料の伸びの値が25%以上程度のものをいうため、ここでは、軟質銅線として一般に要求される25%以上の伸びの値を有するものを基準することとした。
【0132】
比較材15の試料を220℃以下の温度条件で1時間の熱処理をした場合については、現実的に焼鈍処理が施されたとはいいがたいものであった。そのため、150℃の温度条件で1時間の熱処理における伸びの値は測定しなかった。一方で、比較材15の試料を500℃の温度条件で1時間の熱処理をした場合については、24%の伸びの値を示しており、過焼鈍の状態にあると判断した。
【0133】
このため、比較材15の試料の伸びの値の平均値は、軟質銅線として焼鈍処理を施された状態にあると判断される240℃〜400℃における4点の伸びの値の平均値(41.0%)を求め、この平均値を基準として、実施材9の試料の伸びの値との比較を行った。すると、実施材9の試料のうち、150℃〜500℃の温度条件で1時間の熱処理を実施したものについては、いずれも無酸素銅線である比較材15の試料の伸びの値の平均値(41.0%)よりも1%以上高い優れた伸び値を示していることがわかった。
【0134】
また、焼鈍温度500℃における実施材9の銅線の断面写真を示したのが
図16である。この
図16をみると、銅線の断面全体において微細な結晶組織が形成されており、この微細な結晶組織が伸び特性に寄与しているものと思われる。これに対し、焼鈍温度500℃における比較材15の断面組織は2次再結晶が進んでおり、
図16の結晶組織に比して、断面組織中の結晶粒が粗大化しているため、伸び特性が低下したものと考えられる。
【0135】
また、焼鈍温度700℃における実施材9の銅線の断面写真を示したのが
図17である。銅線の断面における表層の結晶粒サイズが、内部における結晶粒サイズに比べて極めて小さくなっていることがわかる。内部における結晶組織は2次再結晶が進んでいるものの、外層における微細な結晶粒の層は残存している。実施材9は、内部の結晶組織が大きく成長するが、表層に微細結晶の層が残っているため、伸び特性を維持しているものと思われる。
【0136】
これに対して
図18に示す比較材15の断面組織は、表面から中央にかけて全体的に略等しい大きさの結晶粒が均一に並んでおり、断面組織全体において2次再結晶が進行しているため、実施材9に比して比較材15の600℃以上の高温領域における伸び特性は、低下しているものと考えられる。
【0137】
このように、実施材9では、比較材15よりも伸び特性の点で優れているため、この導体を用いて撚線を製造するときの取り扱い性に優れ、耐屈曲特性に優れ、曲げやすさの点においてもケーブルの配策が容易になるという利点がある。
【0138】
また実施材9は、少なくとも表面から50μm深さまでの表層における平均結晶粒サイズが20μm以下であり、かつ、焼鈍処理が施された無酸素銅線の伸びの値の平均値よりも1%以上高い優れた伸びの値を有するため、これを例えばマルチワイヤ配線板の絶縁被覆銅線に使用すれば、接着剤付き絶縁基板の上に銅線の表面に絶縁層を形成した複数の絶縁被覆銅線を互いに交差させた交差部を形成して溶着させて使用しても、従来の無酸素銅線を使用する場合に比較して、配線作業の途中で断線が起こるリスクを低減することができ、配線の信頼性を高めることができる利点がある。
【0139】
以上、本発明の実施の形態及びその変形例を説明したが、上記に記載した実施の形態及び変形例は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではない。また、実施の形態及び変形例の中で説明した特徴の組合せの全てが発明の課題を解決するための手段に必須であるとは限らない点に留意すべきである。