特許第5761718号(P5761718)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5761718新規糖転移酵素、新規糖転移酵素遺伝子および新規糖供与体化合物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5761718
(24)【登録日】2015年6月19日
(45)【発行日】2015年8月12日
(54)【発明の名称】新規糖転移酵素、新規糖転移酵素遺伝子および新規糖供与体化合物
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/09 20060101AFI20150723BHJP
   C12P 19/44 20060101ALI20150723BHJP
   C12N 9/10 20060101ALI20150723BHJP
   A01H 5/00 20060101ALI20150723BHJP
   C07H 13/08 20060101ALI20150723BHJP
   C07H 17/065 20060101ALI20150723BHJP
   C12N 1/15 20060101ALI20150723BHJP
   C12N 1/19 20060101ALI20150723BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20150723BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20150723BHJP
【FI】
   C12N15/00 AZNA
   C12P19/44
   C12N9/10
   A01H5/00 A
   C07H13/08
   C07H17/065
   C12N1/15
   C12N1/19
   C12N1/21
   C12N5/00 101
【請求項の数】15
【全頁数】43
(21)【出願番号】特願2011-525808(P2011-525808)
(86)(22)【出願日】2010年1月21日
(86)【国際出願番号】JP2010050674
(87)【国際公開番号】WO2011016260
(87)【国際公開日】20110210
【審査請求日】2013年1月4日
(31)【優先権主張番号】特願2009-184030(P2009-184030)
(32)【優先日】2009年8月7日
(33)【優先権主張国】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、生物系特定産業技術研究支援センター、「生物系産業創出のための異分野融合研究支援事業」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504132881
【氏名又は名称】国立大学法人東京農工大学
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(72)【発明者】
【氏名】小関 良宏
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 伸大
(72)【発明者】
【氏名】長澤 和夫
(72)【発明者】
【氏名】寺 正行
(72)【発明者】
【氏名】松葉 由紀
(72)【発明者】
【氏名】中村 晴香
(72)【発明者】
【氏名】阿部 裕
【審査官】 太田 雄三
(56)【参考文献】
【文献】 特開平10−113184(JP,A)
【文献】 国際公開第2006/046780(WO,A1)
【文献】 国際公開第2007/046148(WO,A1)
【文献】 Plant Biotechnology,2008年 7月,Vol. 25 , No. 4,pp. 369-375
【文献】 Plant physiology,2006年 3月,Vol. 140,p. 1047-1058
【文献】 緒方潤ら,カーネーションの花色発現に関わる遺伝子の解析(第3報)カーネーション花弁におけるフラボノイド配糖体化,園芸学会雑誌,2003年 4月 4日,第72巻 別冊1,第358頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/09
A01H 5/00
C07H 13/08
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
PubMed
CiNii
WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)または(b)のタンパク質:
(a)配列番号1または3に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、
(b)配列番号1または3に記載のアミノ酸配列において1個または数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ糖転移酵素活性を有するタンパク質。
【請求項2】
請求項1に記載のタンパク質をコードするDNAからなる糖転移酵素遺伝子。
【請求項3】
以下の(c)〜(e)のいずれかのDNAからなる糖転移酵素遺伝子:
(c)配列番号2または4に記載の塩基配列からなるDNA、
(d)配列番号2または4に記載の塩基配列と90%以上の相同性を有する塩基配列からなり、かつ糖転移酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA、
(e)配列番号2または4に記載の塩基配列の縮重異性体からなるDNA。
【請求項4】
請求項2または3に記載の糖転移酵素遺伝子を含む組換えベクター。
【請求項5】
請求項4に記載の組換えベクターを用いて宿主細胞を形質転換して得られる形質転換体。
【請求項6】
請求項2または3に記載の糖転移酵素遺伝子が導入された植物もしくはこれと同じ性質を有する該植物の子孫。
【請求項7】
請求項5に記載の形質転換体を培養することを含む、請求項1に記載の糖転移酵素の製造方法。
【請求項8】
式(A):
【化1】
[式中、R1はそれぞれ独立して水素、またはC1-6アルキル、C2-6アルケニルもしくはC2-6アルキニル(これらの基は、非置換であるか、あるいはOH、F、Cl、Br、I、CN、NO2もしくはSO2から選択される1個以上の基によって置換されていてもよい)から選択され、
nは0、1、2、3、4または5であり、
mは0または1であり、
Xは、アノマー炭素においてβ結合している単糖である]
で表される化合物を含む、請求項1に記載のタンパク質である糖転移酵素を用いた糖転移反応に用いるための糖供与試薬。
【請求項9】
R1がそれぞれ独立して水素またはC1-6アルキル(C1-6アルキルは非置換であるか、あるいはOH、F、Cl、BrもしくはIから選択される1個以上の基によって置換されていてもよい)から選択される、請求項8に記載の糖供与試薬。
【請求項10】
Xがグルコース、グルクロン酸、ガラクトース、キシロース、アピオース、アロース、ラムノース、アラビノフラノースもしくはマンノースから選択される、請求項8または9に記載の糖供与試薬。
【請求項11】
式(A)で表される化合物がバニリン酸1-O-βグルコース、イソバニリン酸1-O-βグルコース、p-ヒドロキシ安息香酸1-O-βグルコース、p-クマル酸1-O-βグルコース、カフェ酸1-O-βグルコース、フェルラ酸1-O-βグルコースまたはシナピン酸1-O-βグルコースである、請求項10に記載の糖供与試薬。
【請求項12】
ポリフェノールに請求項8〜11のいずれか1項に記載の糖供与試薬と請求項1に記載のタンパク質である糖転移酵素を反応させることを含む、ポリフェノールの配糖化方法。
【請求項13】
ポリフェノールがフラボノイドである、請求項12に記載の配糖化方法。
【請求項14】
糖転移酵素が赤色ではない花弁を有するカーネーション由来あるいはデルフィニウム由来である、請求項12または13に記載の配糖化方法。
【請求項15】
請求項8〜11のいずれか1項に記載の糖供与試薬と請求項1に記載のタンパク質である糖転移酵素とを含む、ポリフェノール配糖化キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規糖転移酵素および該糖転移酵素をコードするDNAからなる糖転移酵素遺伝子およびその利用、ならびに糖転移反応に用いる新規糖供与体化合物に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、ある化合物を配糖化して得られた配糖化化合物は、配糖化前の化合物よりも安定性および溶解性が高いことが多い。そのため種々の化合物を配糖化するための糖転移反応についての研究が盛んに行われている。また、糖転移反応は糖鎖の合成などにも応用可能であるため、注目されている研究テーマの一つである。
【0003】
自然界にみられる糖転移反応の一つとしては、植物の花弁や果実の色の発現に関与するものが知られている。例えば特許文献1には、アサガオに由来する遺伝子を他の植物に組み込んで3位に糖を有するフラボノイドの糖にグルコースを転移できるようにすることで、天然植物とは異なる色を有する花などをもたらす方法が記載されている。
【0004】
糖転移反応としては、UDP-グルコースなどの糖ヌクレオチドを糖供与体として用いるものが多く知られている。例えば、非特許文献1には、シソ、バーベナなどに由来するUDP-グルコース:アントシアニジン5-糖転移酵素が、UDP-グルコースを糖供与体として、アントシアニジンの5位のヒドロキシ基に糖を転移させる反応を触媒することが記載されている。非特許文献2には、シソ、トウモロコシ、リンドウ、ブドウなどに由来するUDP-グルコース:フラボノイド3-糖転移酵素が、UDP-グルコースを糖供与体として、フラボノイドあるいはアントシアニジンの3位のヒドロキシ基に糖を転移させる反応を触媒することが記載されている。特許文献2には、キンギョソウ由来の酵素が、UDP-グルコースを糖供与体として、カルコン類の4'位のヒドロキシ基に糖を転移させる反応を触媒することが記載されている。なお上記特許文献1においても、組み込んだ遺伝子によりコードされる糖転移酵素は、UDP-グルコースを糖供与体として、グルコースを転移させる反応を触媒している(特許文献1の実施例4を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003-289884号公報
【特許文献2】国際公開第2005/059141号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】J. Biol. Chem., Vol. 274, No. 11 (1999) pp.7405-7411
【非特許文献2】J. Biol. Chem., Vol. 276, No. 6 (2001) pp.4338-4343
【発明の概要】
【0007】
上記のように、糖ヌクレオチドを糖供与体とする糖転移反応は数多く知られている。しかしながら、糖ヌクレオチド以外の化合物を糖供与体とする糖転移反応はほとんど知られていない。例えば植物の色素の研究において糖転移酵素の働きを調べるためには、糖供与体である糖ヌクレオチドが必要となる。しかし、糖ヌクレオチドは化学的に不安定で単離するのが困難であるため、試薬としては比較的高価であり、入手が困難な場合がある。そのため糖供与体として機能する糖ヌクレオチド以外の化合物が必要とされている。
【0008】
本発明者らは、カーネーションの花弁色素について研究している過程において、カーネーションではこれまで糖供与体として機能するとは知られていなかった化合物が糖供与体として用いられていることを見出した。
【0009】
カーネーションの花弁には様々な色素が含まれており、その主要なものにはアントシアニジン(特にペラルゴニジンやシアニジン)の3位や5位が配糖化されたアントシアニンが挙げられる。しかしながら本発明者らは、同じカーネーションであっても、品種によってはアントシアニジンの5位が配糖化されたアントシアニンを有しないものがあることに着目した。本発明者らは、カーネーションにはアントシアニジンの5位に糖を転移させる糖転移酵素があることを予想し、さらにアントシアニジンの5位が配糖化されたアントシアニンを有しないカーネーションには、その糖転移酵素が利用する糖供与体が蓄積されていると考えた。そこで本発明者らは5位が配糖化されたアントシアニンを有しないカーネーションの花弁の抽出物について研究したところ、その抽出物から糖供与体として機能している化合物を見出した。さらに、本発明者らはカーネーションの花弁の抽出物およびデルフィニウムの花弁の抽出物から、その新規な糖供与体を利用した糖転移反応を触媒する新規な糖転移酵素を発見し、該糖転移酵素をコードするDNAからなる糖転移酵素遺伝子を特定した。
【0010】
本発明は、上記の発見に基づき、新規糖転移酵素、該糖転移酵素をコードするDNAからなる糖転移酵素遺伝子およびその利用、新規糖供与体化合物を含む糖供与試薬、ならびに該糖供与試薬を用いた新規なポリフェノールの配糖化方法およびポリフェノール配糖化キットを提供する。
【0011】
本発明の要旨は以下に記載のとおりである。
【0012】
(1) 以下の(a)または(b)のタンパク質:
(a)配列番号1または3に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、
(b)配列番号1または3に記載のアミノ酸配列において1個または数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ糖転移酵素活性を有するタンパク質。
【0013】
(2) (1)に記載のタンパク質をコードするDNAからなる糖転移酵素遺伝子。
【0014】
(3) 以下の(c)〜(e)のいずれかのDNAからなる糖転移酵素遺伝子:
(c)配列番号2または4に記載の塩基配列からなるDNA、
(d)配列番号2または4に記載の塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ糖転移酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA、
(e)配列番号2または4に記載の塩基配列の縮重異性体からなるDNA。
【0015】
(4) (2)または(3)に記載の糖転移酵素遺伝子を含む組換えベクター。
【0016】
(5) (4)に記載の組換えベクターを用いて宿主細胞を形質転換して得られる形質転換体。
【0017】
(6) (2)または(3)に記載の糖転移酵素遺伝子が導入された植物もしくはこれと同じ性質を有する該植物の子孫。
【0018】
(7) (5)に記載の形質転換体を培養することを含む、(1)に記載の糖転移酵素の製造方法。
【0019】
(8) 式(A):
【化1】
[式中、R1とR2はそれぞれ独立して水素、またはC1-6アルキル、C2-6アルケニルもしくはC2-6アルキニル(これらの基は、非置換であるか、あるいはOH、F、Cl、Br、I、CN、NO2もしくはSO2から選択される1個以上の基によって置換されていてもよい)から選択され、nは0、1、2、3、4または5であり、mは0または1であり、Xは、アノマー炭素においてβ結合している単糖である]で表される化合物を含む糖供与試薬。
【0020】
(9) R1がそれぞれ独立して水素またはC1-6アルキル(C1-6アルキルは非置換であるか、あるいはOH、F、Cl、BrもしくはIから選択される1個以上の基によって置換されていてもよい)から選択される、(8)に記載の糖供与試薬。
【0021】
(10) Xがグルコース、グルクロン酸、ガラクトース、キシロース、アピオース、アロース、ラムノース、アラビノフラノースもしくはマンノースから選択される、(9)に記載の糖供与試薬。
【0022】
(11) 式(I)または式(II)で表される化合物がバニリン酸1-O-βグルコース、イソバニリン酸1-O-βグルコース、p-ヒドロキシ安息香酸1-O-βグルコース、p-クマル酸1-O-βグルコース、カフェ酸1-O-βグルコース、フェルラ酸1-O-βグルコースまたはシナピン酸1-O-βグルコースである、(10)に記載の糖供与試薬。
【0023】
(12) ポリフェノールに(8)〜(11)のいずれかに記載の糖供与試薬と糖転移酵素を反応させることを含む、ポリフェノールの配糖化方法。
【0024】
(13) ポリフェノールがフラボノイドである、(12)に記載の配糖化方法。
【0025】
(14) 糖転移酵素が赤色ではない花弁を有するカーネーション由来あるいはデルフィニウム由来である、(12)または(13)に記載の配糖化方法。
【0026】
(15) 糖転移酵素が(1)に記載の糖転移酵素である、(12)または(13)に記載の配糖化方法。
【0027】
(16) (8)〜(11)のいずれかに記載の糖供与試薬と(1)に記載の糖転移酵素とを含む、ポリフェノール配糖化キット。
【0028】
本発明の糖供与試薬を用いることにより、UDP-グルコースのような糖ヌクレオチドを使用しないで糖供与反応を行うことができる。また本発明の糖転移酵素および糖転移酵素遺伝子によれば、糖ヌクレオチド以外の糖供与体を利用した糖転移反応を触媒する酵素を提供することができる。
【0029】
本明細書は、本願の優先権の基礎である日本国特許出願第2009-011253号および日本国特許出願第2009-184030号の明細書、特許請求の範囲および図面に記載された内容を包含する。
【図面の簡単な説明】
【0030】
図1】バニリン酸1-O-βグルコースを糖供与体とする糖転移反応の結果、シアニジン3-O-βグルコシドからシアニジン3,5-O-βジグルコシドが生成したことを示すHPLC分析の結果を表す図である。
図2】カーネーションから精製された糖転移酵素をSDS-PAGE法によって分離し、銀染色法によって可視化した結果を表す図である。
図3】カーネーション由来の糖転移酵素のcDNA配列と推定される塩基配列(配列番号2)およびその塩基配列によってコードされる推定アミノ酸配列(配列番号1)を表す図である。
図4】カーネーション由来の糖転移酵素遺伝子を用いて形質転換した大腸菌から得られた粗酵素液による糖転移反応の結果、シアニジン3-O-βグルコシドからシアニジン3,5-O-βジグルコシドが生成したことを示すHPLC分析の結果を表す図である。
図5】デルフィニウム由来の糖転移酵素のcDNA配列と推定される塩基配列(配列番号4)およびその塩基配列によってコードされる推定アミノ酸配列(配列番号3)を表す図である。
図6】デルフィニウム由来の糖転移酵素遺伝子を用いて形質転換した大腸菌から得られた粗酵素液による糖転移反応の結果、シアニジン3-O-βグルコシドからシアニジン3,5-O-βジグルコシドとは異なる生成物が生成したことを示すHPLC分析の結果を表す図である。
図7】カーネーションの花弁の発達4段階、茎、葉における、糖転移酵素をコードする遺伝子の発現量、糖転移酵素活性および蓄積アントシアニン量の解析結果を表す図である。
図8】バニリン酸を基質とし、UDP-グルコースを糖供与体とする糖転移酵素反応により、バニリン酸1-O-βグルコースが生成したことを示すHPLC分析の結果を表す図である。
図9】p-ヒドロキシ安息香酸を基質とし、UDP-グルコースを糖供与体とする糖転移反応により、p-ヒドロキシ安息香酸1-O-βグルコースと思われる反応生成物が得られたことを示すHPLC分析の結果を表す図である。
図10】カーネーションの花弁から得られた粗酵素液により、p-ヒドロキシ安息香酸1-O-βグルコースを糖供与体とする糖転移反応が起こり、シアニジン3-O-βグルコシドからシアニジン3,5-O-βジグルコシドが生成したことを示すHPLC分析の結果を表す図である。
図11】デルフィニウムの花弁から得られた粗酵素液により、p-ヒドロキシ安息香酸1-O-βグルコースを糖供与体とする糖転移反応が起こり、シアニジン3-O-βグルコシドからシアニジン3,5-O-βジグルコシドが生成したことを示すHPLC分析の結果を表す図である。
図12】組換えデルフィニウム由来糖転移酵素を用いた反応により生じたアントシアニンのNOE差スペクトル測定の結果を表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
[1]糖供与体化合物
本発明の新規糖供与体化合物は以下の式(A):
【化2】
に示す構造を有する。
【0032】
式(A)において、R1はそれぞれ独立して水素、またはC1-6アルキル(例えばメチル、エチル、n-プロピル、イソプロピル、n-ブチル、イソブチル、t-ブチル、ペンチル、ヘキシルなど:以下、C1-6アルキルについて同様)、C2-6アルケニル(例えばビニル、1-プロペニル、2-プロペニル、1-ブテニル、2-ブテニル、3-ブテニル、1-メチル-2-プロペニル、1-ペンテニル、2-ペンテニル、3-ペンテニル、4-ペンテニル、1-メチル-2-ブテニル、2-メチル-3-ブテニル、1-ヘキセニル、2-ヘキセニル、3-ヘキセニル、4-ヘキセニル、5-ヘキセニル、1,1-ジメチル-2-ブテニル、2-メチル-3-ペンテニルなど:以下、C2-6アルケニルについて同様)もしくはC2-6アルキニル(例えばエチニル、1-プロピニル、2-プロピニル、1-ブチニル、2-ブチニル、3-ブチニル、1-メチル-2-プロピニル、1-ペンチニル、2-ペンチニル、3-ペンチニル、4-ペンチニル、1-メチル-2-ブチニル、1-ヘキシニル、2-ヘキシニル、3-ヘキシニル、4-ヘキシニル、5-ヘキシニル、1,1-ジメチル-2-ブチニル、2-メチル-3-ペンチニルなど:以下、C2-6アルキニルについて同様)から選択される。ここで、C1-6アルキル、C2-6アルケニルもしくはC2-6アルキニルは、それぞれ非置換であるか、あるいはOH、F、Cl、Br、I、CN、NO2、SO2、C1-6アルキル、C2-6アルケニルもしくはC2-6アルキニルから選択される1個以上の基によって置換されていてもよい。好ましくは、R1はそれぞれ独立して水素、またはC1-6アルキル(C1-6アルキルは非置換であるか、あるいはOH、F、Cl、BrもしくはIから選択される1個以上の基によって置換されていてもよい)から選択される。より好ましくはR1は水素、メチル、エチル、n-プロピルもしくはイソプロピル(これらの基は、それぞれ非置換であるか、OH、F、Cl、BrもしくはIから選択される1個以上の基によって置換されていてもよい)から選択される。特に好ましくは、R1は水素もしくはメチルから選択される。式(A)において、nは0、1、2、3、4または5であり、好ましくはnは0、1、2、3または4、特に好ましくはnは1、2または3である。式(A)においてmは0または1である。
【0033】
式(A)においてmが0である場合、本発明の新規糖供与体化合物は好ましくは以下の式(I):
【化3】
または式(II):
に示す構造を有する。
【0034】
式(I)および式(II)において、R1とR2はそれぞれ独立して水素、またはC1-6アルキル、C2-6アルケニルもしくはC2-6アルキニルから選択される。ここで、C1-6アルキル、C2-6アルケニルもしくはC2-6アルキニルは、それぞれ非置換であるか、あるいはOH、F、Cl、Br、I、CN、NO2、SO2、C1-6アルキル、C2-6アルケニルもしくはC2-6アルキニルから選択される1個以上の基によって置換されていてもよい。好ましくは、R1とR2はそれぞれ独立して水素、またはC1-6アルキル(C1-6アルキルは非置換であるか、あるいはOH、F、Cl、BrもしくはIから選択される1個以上の基によって置換されていてもよい)から選択される。より好ましくはR1とR2は水素、メチル、エチル、n-プロピルもしくはイソプロピル(これらの基は、それぞれ非置換であるか、OH、F、Cl、BrもしくはIから選択される1個以上の基によって置換されていてもよい)から選択される。特に好ましくは、R1とR2は水素もしくはメチルから選択される。式(I)において最も好ましくは、R1がメチルでありR2が水素であるか、あるいはR1が水素でありR2がメチルである。式(II)において最も好ましくはR1が水素である。
【0035】
式(A)においてmが1である場合、本発明の新規糖供与体化合物は好ましくは以下の式(III):
【化5】
または式(IV):
【化6】
または式(V):
【化7】
に示す構造を有する。
【0036】
式(III)、式(IV)および式(V)において、R1、R2およびR3はそれぞれ独立して水素、またはC1-6アルキル、C2-6アルケニルもしくはC2-6アルキニルから選択される。ここで、C1-6アルキル、C2-6アルケニルもしくはC2-6アルキニルは、それぞれ非置換であるか、あるいはOH、F、Cl、Br、I、CN、NO2、SO2、C1-6アルキル、C2-6アルケニルもしくはC2-6アルキニルから選択される1個以上の基によって置換されていてもよい。好ましくは、R1とR2はそれぞれ独立して水素、またはC1-6アルキル(C1-6アルキルは非置換であるか、あるいはOH、F、Cl、BrもしくはIから選択される1個以上の基によって置換されていてもよい)から選択される。より好ましくはR1、R2およびR3は水素、メチル、エチル、n-プロピルもしくはイソプロピル(これらの基は、それぞれ非置換であるか、OH、F、Cl、BrもしくはIから選択される1個以上の基によって置換されていてもよい)から選択される。特に好ましくは、R1、R2およびR3は水素もしくはメチルから選択される。式(III)において最も好ましくは、R1は水素である。式(IV)において最も好ましくは、R1が水素であり、R2が水素またはメチルである。式(V)において最も好ましくは、R1が水素であり、R2およびR3がメチルである。
【0037】
また、式(A)ならびに式(I)〜式(V)において、Xはアノマー炭素においてβ結合している単糖を示す。本明細書において糖が「アノマー炭素においてβ結合している」とは、糖のアノマー炭素上のヒドロキシ基に、糖X以外の部分(アグリコン)が糖に対してβ位を占めるようにエーテル結合していることをいう。単糖としては、アロース、アルトロース、グルコース、マンノース、グロース、イドース、ガラクトース、タロースといったヘキソース、リボース、アラビノース、キシロース、リキソースといったペントース、エリトロース、トレオースといったテトロース、グリセルアルデヒドといったトリオースが挙げられる。また本明細書において、糖にはその誘導体も含まれる。糖の誘導体としては、例えば糖アルコール、デオキシ糖、グリカール等の還元誘導体、アルドン酸、ウロン酸、アルダル酸等の酸化誘導体、グリコセエン、アンヒドロ糖等の脱水誘導体、ならびにリン酸エステル化物、酢酸エステル化物、アミノ糖、チオ糖、糖タンパク、糖エステル、糖エーテルなどが挙げられる。好ましくは、単糖はグルコース、グルクロン酸、ガラクトース、キシロース、アピオース、アロース、ラムノース、アラビノフラノースもしくはマンノースから選択される。より好ましくは、単糖はグルコース、グルクロン酸、ガラクトース、キシロース、アピオースもしくはアロースから選択される。最も好ましくは、単糖はグルコースである。なお、単糖はD体でもL体でもかまわないが、D体のものがより好ましい。
【0038】
特に好ましい式(I)の化合物のひとつは、以下の式で表されるバニリン酸1-O-βグルコースである:
【化8】
バニリン酸1-O-βグルコースは、例えばカーネーションの花弁(特に赤色、とりわけ日本園芸植物標準色票の0406明赤に近い色の花弁が好ましい)から、メタノール、エタノールもしくはプロパノールといったアルコール類もしくはアセトニトリル等の有機溶媒またはその水溶液、あるいはそれらにギ酸やトリフルオロ酢酸といった有機酸を加えた溶液を用いて抽出し、例えばODSカラムなどの逆相カラムを用いたHPLCで精製することによって調製することができる。また、上記のバニリン酸1-O-βグルコースの異性体であるイソバニリン酸1-O-βグルコース:
【化9】
も、特に好ましい式(I)の化合物のひとつである。
バニリン酸1-O-βグルコースおよびイソバニリン酸1-O-βグルコースを含む式(I)で表される化合物は、天然物から抽出するのみならず、市販の試薬を用いて公知の方法に従って合成することも可能である。また、既知の糖転移酵素を用いて対応する芳香族カルボン酸に糖を転移させることによっても合成することができる。
【0039】
特に好ましい式(II)の化合物のひとつは、以下の式で表されるp-ヒドロキシ安息香酸1-O-βグルコースである:
【化10】
p-ヒドロキシ安息香酸1-O-βグルコースを含む式(II)で表される化合物も、天然物から抽出するのみならず、市販の試薬を用いて公知の方法に従って合成することが可能である。また、既知の糖転移酵素を用いて対応する芳香族カルボン酸に糖を転移させることによっても合成することができる。
【0040】
特に好ましい式(III)の化合物のひとつは、以下の式で表されるp-クマル酸1-O-βグルコースである:
【化11】
特に好ましい式(IV)の化合物のひとつは、以下の式で表されるカフェ酸1-O-βグルコースである:
【化12】
特に好ましい式(IV)の化合物のひとつは、以下の式で表されるフェルラ酸1-O-βグルコースである:
【0041】
特に好ましい式(V)の化合物のひとつは、以下の式で表されるシナピン酸1-O-βグルコースである:
【化14】
p-クマル酸1-O-βグルコース、カフェ酸1-O-βグルコース、フェルラ酸1-O-βグルコースまたはシナピン酸1-O-βグルコースを含む式(III)〜式(V)で表される化合物も、天然物から抽出するのみならず、市販の試薬を用いて公知の方法に従って合成することが可能である。また、例えばMatsuba Y et al., Plant Biotechnology vol.25, No.4 (2008) pp.369-375に記載されているような酵素学的な方法によって合成することもできる。
【0042】
[2]糖供与試薬
本発明は式(A)で表される化合物を含む糖供与試薬に関する。本明細書において、糖供与試薬とは糖転移酵素と組み合わせて用いることにより任意の化合物を配糖化することができる試薬を意味する。
【0043】
本発明の糖供与試薬を用いて配糖化する化合物はどのようなものであってもよいが、本発明の糖供与試薬は、特にポリフェノールを配糖化するのに適している。ポリフェノールとしては、例えばフラボノイド系のポリフェノール、クロロゲン酸などのクロロゲン酸系のポリフェノール、タンニンなどのフェニルカルボン酸系のポリフェノール、エラグ酸などのエラグ酸系のポリフェノール、セサミンなどのリグナン系のポリフェノール、クルクミンなどのクルクミン系のポリフェノール、ならびにクマリンなどのクマリン系のポリフェノールが挙げられる。
【0044】
本発明の糖供与試薬は、ポリフェノールの中でも特にフラボノイドを配糖化するのに適している。フラボノイドは1,3-ジフェニルプロパンを基本骨格とする化合物群の総称であり、植物に各種の色調を与える主要な色素化合物であることが知られている。フラボノイドとしては、例えばカルコン、フラボン、フラボノール、フラバン、フラバノン、フラバノール、フラバノノール、イソフラボンもしくはアントシアニジンが挙げられる。
【0045】
本発明の糖供与試薬は、フラボノイドの中でも特にアントシアニジンあるいはアントシアニジン誘導体を配糖化するのに適している。アントシアニジンは配糖化されることで植物界に広く存在する色素であるアントシアニンを形成する化合物であり、-OHや-OMeなどの置換基の配置の違いにより様々な種類が存在する。本発明の糖供与試薬により配糖化可能なアントシアニジンは特に限定されないが、ペラルゴニジン、シアニジン、デルフィニジン、オーランチニジン、ルテオリニジン、ペオニジン、マルビジン、ペチュニジン、ヨーロピニジンもしくはロシニジン、あるいはこれらの誘導体から選択されるアントシアニジンが好ましい。特に好ましいアントシアニジンはシアニジンもしくはペラルゴニジンあるいはその誘導体である。シアニジンおよびペラルゴニジンは以下の式で表される構造を有する化合物である。
【0046】
【化15】
【化16】
【0047】
本発明の糖供与試薬によりアントシアニジンあるいはその誘導体を配糖化する場合、配糖化される位置は糖が結合可能な位置であればいずれの位置であってもよい。しかしながら本発明の糖供与試薬は、アントシアニジンあるいはその誘導体の3位、5位もしくは7位、特にシアニジンもしくはペラルゴニジンあるいはその誘導体の5位もしくは7位を(好ましくはグルコースにより)配糖化させることに優れている。
【0048】
なお、本明細書においてアントシアニジンの誘導体とは、アントシアニジンの少なくとも1個のヒドロキシ基に単糖、オリゴ糖もしくは多糖がエーテル結合したもの、あるいはアントシアニジンの水素原子もしくはヒドロキシ基の少なくとも1個がハロ、ヒドロキシ、アルキル、アルケニル、アルキニル、アルコキシ、アリール、シクロアルキル、カルボニル、エステル、エーテル、アミド、アミノ、シアノ、ニトロ、スルホニル、スルフィニルといった置換基によって置換されているものを意味する。
【0049】
[3]配糖化方法および配糖化キット
また別の側面において、本発明はポリフェノールに式(A)で表される化合物を含む糖供与試薬と糖転移酵素を反応させることを含むポリフェノールの配糖化方法に関する。ポリフェノールとしては、例えばフラボノイド系のポリフェノール、クロロゲン酸などのクロロゲン酸系のポリフェノール、タンニンなどのフェニルカルボン酸系のポリフェノール、エラグ酸などのエラグ酸系のポリフェノール、セサミンなどのリグナン系のポリフェノール、クルクミンなどのクルクミン系のポリフェノール、ならびにクマリンなどのクマリン系のポリフェノールが挙げられる。
【0050】
本発明の配糖化方法は、ポリフェノールの中でも、特にフラボノイドを配糖化するのに適している。フラボノイドとしては、例えばカルコン、フラボン、フラボノール、フラバン、フラバノン、フラバノール、フラバノノール、イソフラボンもしくはアントシアニジンが挙げられる。
【0051】
本発明の配糖化方法は、フラボノイドの中でも、特にアントシアニジンあるいはアントシアニジン誘導体を配糖化するのに適している。本発明の配糖化方法により配糖化可能なアントシアニジンは特に限定されないが、ペラルゴニジン、シアニジン、デルフィニジン、オーランチニジン、ルテオリニジン、ペオニジン、マルビジン、ペチュニジン、ヨーロピニジンもしくはロシニジン、あるいはこれらの誘導体から選択されるアントシアニジンが好ましい。特に好ましいアントシアニジンはシアニジンもしくはペラルゴニジンあるいはその誘導体である。
【0052】
本発明の配糖化方法によりアントシアニジンあるいはその誘導体を配糖化する場合、配糖化される位置は糖が結合可能な位置であればいずれの位置であってもよい。しかしながら本発明の配糖化方法は、アントシアニジンあるいはその誘導体の3位、5位もしくは7位、特にシアニジンもしくはペラルゴニジンあるいはその誘導体の5位もしくは7位を(好ましくはグルコースにより)配糖化させることに優れている。
【0053】
本発明の配糖化方法に用いる糖転移酵素としては、式(A)の化合物を糖供与体として糖転移反応を触媒する酵素であれば特に限定されないが、カーネーションに由来する酵素を好適に用いることができる。カーネーション(学名:Dianthus caryophyllus)は、ナデシコ目ナデシコ科ナデシコ属に属する植物であり、観賞用として広く販売されている。本発明の配糖化方法に用いる糖転移酵素としては、カーネーションの花弁から抽出したものが特に好ましい。糖転移酵素の抽出は、例えば花弁を液体窒素中でパウダー状になるまで磨砕したものをリン酸カリウムバッファーに溶解させ、さらに硫酸アンモニウム溶液を加えてタンパク質を析出させるといった方法により行うことができる。抽出した糖転移酵素は、必要に応じて透析やHPLCなどにより精製してから用いてもよい。精製は、例えばpH5.6〜7.2付近において、陰イオン交換体(Resouce Q(GEヘルスケア)やDEAE sepharose(GEヘルスケア)など)に吸着させ、NaCl水溶液を用いた直線濃度勾配溶出法によって溶出することにより行うことができる。あるいは、アフィニティークロマトグラフィー担体の一種であるベンザミジン-セファロース担体(Benzamidine sepharose、GEヘルスケア)にpH7.2のリン酸バッファーを用いて吸着させ、4-アミノベンズアミジンを用いた直線濃度勾配溶出法によって溶出することにより行うことができる。
【0054】
カーネーションには様々な種類があり花弁の色も種類によって異なるが、本発明の配糖化方法に用いる糖転移酵素としては、赤色(特に日本園芸植物標準色票の0406明赤に近い赤色)以外の色、例えば白色、黄色、桃色、紫色など、特に桃色(とりわけ日本園芸植物標準色票の0107鮮紅に近い色)あるいは紫色(とりわけ日本園芸植物標準色票の9207鮮赤紫に近い色)のカーネーション花弁から抽出したものが好ましい。花弁の色が上記のようでさえあれば、カーネーションの品種自体は問わない。なお既述のように、カーネーションの花弁の色は日本園芸植物標準色票(財団法人日本色彩研究所発行)を基準として判断する。本発明の配糖化方法に用いる糖転移酵素としては、桃色(とりわけ日本園芸植物標準色票の0107鮮紅に近い色)のカーネーション花弁から抽出したものが特に好ましい。そのような桃色の花弁を有するカーネーションとしては、例えば品種「ビームチェリー」、「シンデレラ」、「ベルマウス」などが挙げられる。本発明の配糖化方法に用いる糖転移酵素としては、上記のような桃色のカーネーション花弁から抽出される糖転移酵素のうち、SDS-PAGE(SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動)解析において約55kDaの分子量を有し、かつ反応至適pHがpH5.0〜5.5である糖転移酵素が最も好ましい。
【0055】
本発明の配糖化方法に用いる糖転移酵素としては、デルフィニウムに由来する酵素も好適に用いることができる。デルフィニウム(学名:Delphinium grandiflorum L.、和名:オオヒエンソウ)は、キンポウゲ科デルフィニウム属(オオヒエンソウ属)に属する植物である。本発明の配糖化方法に用いる糖転移酵素としては、デルフィニウムの花弁から抽出した酵素が特に好ましい。糖転移酵素の抽出は、上述したカーネーションの花弁から抽出した方法と同様の方法により行うことができる。
【0056】
また別の側面において、本発明は上述したような糖供与試薬と糖転移酵素とを含むポリフェノール配糖化キットにも関する。
【0057】
[4]糖転移酵素
本発明の糖転移酵素は、上述したカーネーションあるいはデルフィニウムに由来する糖転移酵素である。本発明の糖転移酵素としては、配列番号1あるいは3のアミノ酸配列からなるタンパク質が挙げられる。本発明の糖転移酵素には、配列番号1あるいは3のアミノ酸配列からなるタンパク質と機能的に同等のタンパク質も包含される。従って本発明の糖転移酵素には、配列番号1あるいは3のアミノ酸配列において1個または数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ糖転移酵素活性を有するタンパク質も包含される。
【0058】
ここで数個とは、2〜5個、好ましくは2〜3個を意味する。上記各配列番号で表されるアミノ酸配列における、1または数個のアミノ酸の欠失、付加、挿入または置換は、常用される技術、例えば、部位特異的変異誘発法(Zoller et al., Nucleic Acids Res. 10 6478-6500, 1982)により、各配列番号で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNAの配列を改変することにより実施することができる。上記におけるアミノ酸残基の置換は保存的置換であることが好ましい。アミノ酸残基間の保存的置換の例としては、グリシン(Gly)とプロリン(Pro)、グリシンとアラニン(Ala)またはバリン(Val)、ロイシン(Leu)とイソロイシン(Ile)、グルタミン酸(Glu)とグルタミン(Gln)、アスパラギン酸(Asp)とアスパラギン(Asn)、システイン(Cys)とスレオニン(Thr)、スレオニンとセリン(Ser)またはアラニン、リジン(Lys)とアルギニン(Arg)等のアミノ酸の間での置換が知られている。
【0059】
本発明の糖転移酵素には、配列番号1あるいは3のアミノ酸配列と80%以上の同一性、好ましくは90%以上の同一性、より好ましくは95%以上の同一性、さらに好ましくは98%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ糖転移酵素活性を有するタンパク質も包含される。
【0060】
本発明の糖転移酵素が糖供与体として用いる化合物は、好ましくは上述した式(A)で示される構造を有する糖供与体化合物である。式(A)の化合物のなかでも、特に式(I)〜式(V)のいずれかで示される化合物、とりわけバニリン酸1-O-βグルコース、イソバニリン酸1-O-βグルコース、p-ヒドロキシ安息香酸1-O-βグルコースp-クマル酸1-O-βグルコース、カフェ酸1-O-βグルコース、フェルラ酸1-O-βグルコースおよびシナピン酸1-O-βグルコースが糖供与体化合物として好ましい。式(A)の化合物については上述したとおりである。
【0061】
本発明の糖転移酵素はポリフェノールを配糖化するのに適している。本発明の糖転移酵素は、ポリフェノールの中でも特にフラボノイド、とりわけアントシアニジンあるいはアントシアニジン誘導体を配糖化するのに適している。具体的には、本発明の糖転移酵素はシアニジンもしくはペラルゴニジンあるいはその誘導体を配糖化するのに適している。より具体的には、本発明の糖転移酵素はアントシアニジンあるいはその誘導体の3位、5位もしくは7位、特にシアニジンもしくはペラルゴニジンあるいはその誘導体の5位もしくは7位を(好ましくはグルコースにより)配糖化するのに適している。これらのポリフェノール類に関しては上述したとおりである。
【0062】
[5]糖転移酵素遺伝子
本発明の糖転移酵素遺伝子とは、上述した糖転移酵素、すなわち糖供与体から任意の化合物へと糖を転移させる(任意の化合物を配糖化する)活性を有するタンパク質をコードする遺伝子である。具体的には、本発明の糖転移酵素遺伝子は、上述した糖転移酵素をコードするDNAからなる糖転移酵素遺伝子である。本発明の糖転移酵素遺伝子の具体例としては、配列番号2あるいは4の塩基配列からなるDNAからなる遺伝子が挙げられる。
【0063】
本発明の糖転移酵素遺伝子には、配列番号2あるいは4の塩基配列からなるDNAからなる遺伝子と機能的に同等の遺伝子も包含される。ここで「機能的に同等の遺伝子」とは、対象となる遺伝子によってコードされるタンパク質が、同等の生物学的機能、生化学的機能を有することをさす。ある遺伝子と機能的に同等の遺伝子を調製する当業者によく知られた方法としては、ハイブリダイゼーション技術(Sambrook, J et al., Molecular Cloning 2nd ed., 9.47-9.58, Cold Spring Harbor Lab. press (1989))を利用する方法が挙げられる。従って、本発明の糖転移酵素遺伝子には、配列番号2あるいは4の塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ糖転移酵素活性を有するタンパク質をコードするDNAからなる遺伝子も包含される。
【0064】
ストリンジェントな条件とは、特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいい、低ストリンジェントな条件および高ストリンジェントな条件が挙げられるが、高ストリンジェントな条件が好ましい。低ストリンジェントな条件とは、ハイブリダイゼーション後の洗浄において、例えば42℃、5×SSC、0.1% SDSで洗浄する条件であり、好ましくは50℃、5×SSC、0.1% SDSで洗浄する条件である。高ストリンジェントな条件とは、ハイブリダイゼーション後の洗浄において、例えば65℃、0.1×SSCおよび0.1% SDSで洗浄する条件である。上記のようなストリンジェントな条件下では、配列番号2あるいは4の塩基配列と高い相同性(相同性が80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、より好ましくは98%以上、または同一性が80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは98%以上)を有する塩基配列からなるDNAが、該DNAと相補的な塩基配列からなるDNAとハイブリダイズすることができる。
【0065】
本発明の糖転移酵素遺伝子には、配列番号2あるいは4の塩基配列からなるDNAからなる遺伝子の縮重異性体も包含される。ここで縮重異性体とは、縮重コドンにおいてのみ異なっていて同一のタンパク質をコードすることのできるDNAを意味する。例えば、配列番号2あるいは4の塩基配列を有するDNAに対して、そのアミノ酸のどれかに対応するコドンがこれと縮重関係にあるコドンに変わったもの、より具体的には、例えばAsnに対応するコドン(AAC)がこれと縮重関係にあるコドン(例えばAAT)に変わったものを縮重異性体という。
【0066】
[6]糖転移酵素遺伝子を含む組換えベクター
本発明はまた、上述した糖転移酵素遺伝子を含む組換えベクターに関する。本発明の組換えベクターは上述した糖転移酵素遺伝子を適当なベクターに導入することにより構築することができる。ベクターの種類は特に限定されず、pBI系、pPZP系、pSMA系、pUC系、pBR系、pBluescript、pET系、pGEM系、pKS1系、pTriEXTM系(TAKARA)、pTrcHis2-TOPOベクター(Invitrogen)などのベクターを用いることができる。また、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)、インゲンマメモザイクウイルス(BGMV)、タバコモザイクウイルス(TMV)等のウイルスベクターも用いることができる。また、pBI系などのバイナリーベクターを用いてもよい。
【0067】
ベクターに遺伝子を挿入するには、まず、単離された挿入しようとするDNAを適当な制限酵素で切断し、次いで適当なベクターDNAの制限酵素部位またはマルチクローニングサイトに挿入することにより、ベクターのDNAに連結する方法などが採用される。
【0068】
上記の遺伝子は、その遺伝子の機能が発揮されるようにベクターに組み込むことが必要である。そのためには、ベクターには、遺伝子の上流、内部、または下流に、プロモーター、イントロン、エンハンサー、翻訳終止コドン、ターミネーター、ポリA付加シグナル、5'-UTR配列等の構成要素を含ませればよい。また、選択マーカー遺伝子を含ませてもよい。これらは、公知のものを適宜組み合わせて用いることができる。
【0069】
植物細胞で作動可能なプロモーターとしては、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)35Sプロモーター、ノパリン合成酵素遺伝子のプロモーター(Pnos)、トウモロコシ由来ユビキチンプロモーター、イネ由来のアクチンプロモーター、タバコ由来PRタンパク質プロモーター、ペチュニア由来のEPSP合成酵素プロモーターやchsAプロモーターなどが挙げられる。このうち、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)35Sプロモーターは全身発現型プロモーターとして知られている。また、ペチュニアのEPSP合成酵素プロモーターやchsAプロモーターは花弁で機能することが知られている。
【0070】
細菌細胞で作動可能なプロモーターとしては、バチルス・ステアロテルモフィルス・マルトジェニック・アミラーゼ遺伝子、バチルス・リケニホルミスαアミラーゼ遺伝子、バチルス・アミロリケファチエンス・BANアミラーゼ遺伝子、バチルス・サブチリス・アルカリプロテアーゼ遺伝子もしくはバチルス・プミルス・キシロシダーゼ遺伝子のプロモーター、またはファージ・ラムダのPRもしくはPLプロモーター、大腸菌のlac、trpもしくはtacプロモーターなどが挙げられる。
【0071】
酵母宿主細胞で作動可能なプロモーターとしては、酵母解糖系遺伝子由来のプロモーター、アルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子プロモーター、TPI1プロモーター、ADH2−4cプロモーターなどが挙げられる。真菌で作動可能なプロモーターとしては、ADH3プロモーター、tpiAプロモーターなどが挙げられる。昆虫細胞で作動可能なプロモーターとしては、ポリヘドリンプロモーター、P10プロモーター、オートグラファ・カリホルニカ・ポリヘドロシス塩基性タンパク質プロモーター、バキュロウイルス即時型初期遺伝子1プロモーター、バキュロウイルス39K遅延型初期遺伝子プロモーターなどが挙げられる。哺乳動物で作動可能なプロモーターとしては、SV40プロモーター、MT−1プロモーター、CMVプロモーターまたはアデノウイルス2主後期プロモーターなどが挙げられる。
【0072】
また、アグロバクテリウムのイソペンテニルトランスフェラーゼ(ipt)遺伝子もしくはノパリン合成酵素(nos)遺伝子のプロモーター、形質転換宿主の対象となる植物のゲノムから取得した高発現遺伝子のプロモーター等を利用したプロモーター(Genschik et al., Gene, 148, 195-202 (1994))を用いてもよい。さらに、上記のプロモーターを複数個組み合わせたキメラ型プロモーターであって、プロモーター活性が著しく上昇したもの(Plant J., 7, 661-676 (1995))を用いることもできる。
【0073】
エンハンサーとしては、ウイルス起源の翻訳エンハンサーや植物起源の翻訳エンハンサーを用いることができる。ウイルス起源の翻訳エンハンサーとしては、例えば、タバコモザイクウイルス、アルファルファモザイクウイルスRNA4、ブロモモザイクウイルスRNA3、ポテトウイルスX、タバコエッチウイルスなどの配列が挙げられる(Gallie et al., Nuc. Acids Res., 15, 8693-8711 (1987))。また、植物起源の翻訳エンハンサーとして、ダイズのβ-1,3グルカナーゼ(Glu)由来の配列(石田功, 三沢典彦著, 講談社サイエンティフィク編, 細胞工学実験操作入門, 講談社, p.119 (1992))、タバコのフェレドキシン結合性サブユニット(PsaDb)由来の配列(Yamamoto et al., J. Biol. Chem., 270, 12466-12470 (1995))などが挙げられる。またエンハンサーとしては、CaMV 35Sプロモーター内の上流側の配列を含むエンハンサー領域、SV40エンハンサー、CMVエンハンサーなどが挙げられる。翻訳終止コドンとしてはTAA,TAG,TGAなどの配列が挙げられる。
【0074】
ターミネーターとしては、ノパリン合成酵素(NOS)遺伝子のターミネーター、オクトピン合成酵素(OCS)遺伝子のターミネーター、CaMV 35Sターミネーター、大腸菌リポポリプロテインlppの3’ターミネーター、trpオペロンターミネーター、amyBターミネーター、ADH1遺伝子のターミネーター、などが挙げられる。
【0075】
選択マーカー遺伝子としては、薬剤耐性遺伝子(テトラサイクリン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子、スペクチノマイシン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子など)、蛍光または発光レポーター遺伝子(ルシフェラーゼ、β−ガラクトシダーゼ、β−グルクロニターゼ(GUS)、グリーンフルオレッセンスプロテイン(GFP)など)、ネオマイシンホスホトランスフェラーゼII(NPT II)、ジヒドロ葉酸レダクターゼなどの酵素遺伝子が挙げられる。
【0076】
[7]形質転換体
本発明はさらに、上述した糖転移酵素遺伝子を含む組換えベクターを適当な宿主に導入することによって作製することができる形質転換体に関する。
【0077】
宿主は、導入された遺伝子が発現可能であれば限定されず、大腸菌や枯草菌などの細菌、サッカロマイセス・セレビシエ、シゾサッカロマイセス・ポンベ、ピヒア・パストリスなどの酵母、アスペルギルス、ニューロスポラ、フザリウム、トリコデルマなどの真菌、または単子葉または双子葉植物、例えばアブラナ科、クスノキ科、バンレイシ科、ナス科、バラ科などに属する植物細胞、sf9、sf21などの昆虫細胞、HEK293細胞、HeLa細胞、チャイニーズハムスター卵巣細胞などの哺乳動物細胞でもよい。
【0078】
遺伝子または組換えベクターの導入は、公知の方法、例えばアグロバクテリウム法、PEG-リン酸カルシウム法、エレクトロポレーション法、リポソーム法、パーティクルガン法、マイクロインジェクション法等が挙げられる。導入された遺伝子は、宿主のゲノムDNA中に組み込まれてもよいし、外来ベクターに含有されたままで存在していてもよい。
【0079】
[8]糖転移酵素遺伝子が導入された植物
本発明はさらに、上述した糖転移酵素遺伝子を含む組換えベクターを用いて形質転換することによって得られる、糖転移酵素遺伝子が導入された植物およびこれと同じ性質を有する該植物の子孫に関する。
【0080】
形質転換植物体を調製する際には、既に報告され、確立されている種々の方法を適宜利用することができ、その好ましい例として、例えば、生物学的方法としては、ウイルス、アグロバクテリウムのTiプラスミド、Riプラスミド等をベクターとして用いる方法が挙げられ、物理学的方法としては、エレクトロポレーション、ポリエチレングリコール、パーティクルガン、マイクロインジェクション(Plant Genetic Transformation and Gene Expression; a laboratory manual, J. Draper et al. 編, Blackwell Scientific Publication (1988))、シリコンウイスカー(Euphytica, 85, 75-80 (1995); In Vitro Cell. Dev. Biol., 31, 101-104 (1995); Plant Science, 132, 31-43 (1998))によって遺伝子を導入する方法等が挙げられる。当該導入方法については、当業者であれば適宜選択し、使用することができる。
【0081】
本発明の新規糖転移酵素をコードする遺伝子を用いて形質転換する対象植物としては、ユリ、ラン、サトイモ科の観葉植物等の単子葉植物、バレイショ、キク、バラ、カーネーション、ペチュニア、カスミソウ、シクラメン、アスター、サルビア、リンドウ等の双子葉植物などが挙げられる。特に好ましい植物の種類としては、キク、カーネーション、バラやペチュニアなどが挙げられる。本発明の糖転移酵素を用いて形質転換する対象植物としては、これらの中でも本発明の糖転移酵素が有する活性を有しない植物、すなわち本発明の糖転移酵素を持たない植物または本発明の糖転移酵素が機能していない植物が挙げられる。
【0082】
本発明において、形質転換植物体を作成するために、本発明の遺伝子を用いて形質転換する植物材料としては、例えば、生長点、苗条原基、分裂組織、葉片、茎片、根片、塊茎片、葉柄片、プロトプラスト、カルス、葯、花粉、花粉管、花柄片、花茎片、花弁、がく片等の細胞が挙げられる。
【0083】
植物細胞を対象とする場合において、得られた形質転換細胞からの形質転換植物体の再生は既知の組織培養法により行えばよい。このような操作は、植物細胞から植物体への再生方法として一般的に知られている方法により、当業者であれば容易に行うことができる。植物細胞から植物体への再生の方法については、例えば、「植物細胞培養マニュアル」(山田康之編著、講談社サイエンティフィク、1984)等の文献を参照することができる。
【0084】
具体的には、まず、形質転換した植物細胞を無機栄養素、ビタミン、炭素源、エネルギー源としての糖類、植物生長調節物質(オーキシン、サイトカイニン等の植物ホルモン)等を加えて滅菌したカルス形成用培地中で培養し、不定形に増殖する脱分化したカルスを形成させる(以下「カルス誘導」という)。このように形成されたカルスをオーキシン等の植物生長調節物質を含む新しい培地に移しかえて更に増殖(継代培養)させる。
【0085】
カルス誘導は寒天等の固型培地で行い、継代培養は例えば液体培養で行うと、それぞれの培養を効率良くかつ大量に行うことができる。次に、上記の継代培養により増殖したカルスを適当な条件下で培養することにより器官の再分化を誘導し(以下、「再分化誘導」という)、最終的に完全な植物体を再生させることができる。再分化誘導は、培地中のオーキシンやサイトカイニン等の植物生長調節物質、炭素源等の各種成分の種類や量、光、温度等を適切に設定することにより行うことができる。再分化誘導により、不定胚、不定根、不定芽、不定茎葉等が形成され、これを培養することにより完全な植物体へと育成させることができる。あるいは、完全な植物体になる前の状態(例えばカプセル化された人工種子、乾燥胚、凍結乾燥細胞および組織等)で貯蔵等を行い、必要に応じて培養等により植物体を再生させてもよい。また、形質転換した植物細胞を前記の各種成分の種類や量、光、温度等を適切に設定した条件で培養・生育させることによりカルスを経ることなく、形質転換植物体を再生させることも可能である。
【0086】
ゲノム内に本発明の糖転移酵素遺伝子が導入された形質転換植物体がいったん得られれば、該植物体から有性生殖または無性生殖により子孫を得ることができる。また、該植物体やその子孫あるいはクローンから繁殖材料(例えば、種子、果実、切穂、塊茎、塊根、株、カルス、プロトプラストなど)を得て、それらを基に該植物体を量産することも可能である。また、本発明の形質転換植物体やその子孫あるいはクローンから切り花を生産することも可能である。本発明は、このような切り花もまた提供するものである。切り花とは、一般的には枝や茎のついたまま切りとった花を指すが、本発明における切り花には、枝や茎のついていない花も含む。
【0087】
[9]糖転移酵素の製造方法
本発明はまた糖転移酵素の製造方法に関する。本発明の糖転移酵素は、宿主に応じて、導入された遺伝子の発現を可能にする条件下で適切な培地中で培養されることによって、産生することができる。
【0088】
培地は、例えばLB培地、M9培地、YPD培地、YPG培地、YPM培地、YPDM培地、SMM培地などが挙げられ、炭素源(例えばグルコース、グリセリン、マンニトール、フルクトース、ラクトースなど)、窒素源(例えば硫酸アンモニウム、塩化アンモニウムなどの無機窒素、カゼイン分解物、酵母抽出物、ポリペプトン、バクトトリプトン、ビーフ抽出物などの有機窒素源)、無機塩(例えば二リン酸ナトリウム、二リン酸カリウム、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化カルシウムなど)、ビタミン(ビタミンB1など)、薬剤(アンピシリン、テトラサイクリン、カナマイシンなどの抗生物質)などを適宜含有する。培養条件は、遺伝子の発現に適切であれば特に限定されないが、通常10〜45℃で、必要に応じて通気、攪拌しながら、数時間〜数百時間、培養する。
【0089】
培養物(培養上清または培養された形質転換体を含む)から本発明の酵素を採取するには、培養物に蓄積されたタンパク質を公知の方法で抽出し、必要に応じて精製すればよい。例えば溶媒抽出法、塩析法、溶媒沈殿法、透析法、限外濾過法、ゲル電気泳動法、ゲル濾過クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィーなどを単独で、あるいは適宜組み合わせて、本発明の酵素を得ることができる。
【0090】
以上、本発明は式(A)で表される化合物を含む糖供与試薬、ならびにその糖供与試薬と糖転移酵素を反応させることを含むポリフェノールの配糖化方法およびその糖供与試薬と糖転移酵素を含むポリフェノール配糖化キットに関する。本発明によれば、UDP-グルコースのような、試薬としては比較的高価である糖ヌクレオチドを使用しないで糖転移反応を行うことができる。
【0091】
また、本発明の新規糖供与体化合物と糖転移酵素による糖転移反応は、これまで知られている糖転移反応と異なる反応機構を有していることが予想される。よって本発明によれば、従来配糖化が困難であった基質を配糖化することができる可能性がある。一般に、脂溶性化合物を配糖化することにより水に可溶にすることができ、また水溶性化合物も配糖化することで安定性を向上させることが知られている。例えば本発明は、新規医薬化合物の開発あるいは新規機能性食品素材開発などに利用することができると考えられる。特に、本発明の新規糖供与化合物を糖供与体として糖転移反応を触媒するカーネーション由来の糖転移酵素は反応至適pHが比較的低いため、これまでは糖転移反応を行うのが困難であった酸性環境下でも糖転移反応を行うことができると考えられる。さらに本発明の配糖化方法は、ポリフェノールを配糖化する以外にも、他の化合物を配糖化することができる可能性がある。本発明の配糖化方法は、例えば糖鎖の合成にも応用可能であると考えられる。
【0092】
また、本発明は新規糖転移酵素、該糖転移酵素をコードする糖転移酵素遺伝子、該糖転移酵素遺伝子を含む組換えベクター、該組換えベクターを用いて宿主細胞を形質転換して得られる形質転換体、ならびに該糖転移酵素遺伝子が導入された植物に関する。本発明の新規糖転移酵素によれば、本発明の式(A)で表される化合物を含む糖供与試薬と組み合わせることで、上述したような新規の糖転移反応を効率よく行うことが可能となる。
【0093】
本発明の糖転移酵素遺伝子によれば、新規糖転移酵素を人為的に生産することが可能となる。また、本発明の糖転移酵素遺伝子によれば、例えば本発明の糖転移酵素を有しない植物に該遺伝子を導入することにより、これまでに無い花弁の色を有した植物を作出することが可能となる。
【実施例】
【0094】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0095】
[実施例1]
(1)糖転移酵素の粗酵素液の調製
カーネーション(品種「ビームチェリー」)の桃色の花弁を乳鉢と乳棒を用いて液体窒素中でパウダー状になるまで磨砕した。そのパウダーを50mMリン酸カリウムバッファー(pH 7.2)に、凍結しないよう撹拌しながら徐々に加えて溶解させた。次いで遠心分離により不溶性画分を除去した。得られた上清に飽和硫酸アンモニウム溶液を80%となるように加えて、氷上で5分間静置した。析出したタンパク質を遠心分離により回収し、10mMリン酸カリウムバッファーを沈殿が完全に溶解するまで加えた。得られた溶液をSephadex G-25 ゲルろ過担体(GEヘルスケア)を用いて脱塩し粗酵素液を得た。
【0096】
(2)糖供与体化合物の抽出
カーネーション(品種「Red Vital」)の赤色花弁を50%エタノール水溶液に一晩浸漬し、ろ紙を用いてろ過したろ液をロータリーエバポレーターで減圧濃縮した。濃縮したろ液を合成吸着樹脂(ダイヤイオンHP20、三菱化学)にアプライし、素通り画分を回収した。さらに、合成吸着樹脂の5倍量の純水で合成吸着樹脂を洗浄し、先の素通り画分と合わせて減圧濃縮した。この画分に終濃度0.1%になるように酢酸を加えてから、あらかじめ0.1%酢酸水で平衡化しておいたODSカラム(Wakosil C18、和光純薬工業)にアプライした。カラムをカラム充填量の5倍量の0.1%酢酸水で洗浄した後、5%メタノールを含む0.1%酢酸水で溶出される画分を回収して減圧濃縮し、分取HPLCの試料として供した。
【0097】
分取HPLCは逆相カラムであるDevelosil RPAQUEOUS-AR-5(粒子径5μm,内径×長さ:10mm×250mm,野村化学)と、溶離液A(0.1%酢酸水溶液)および溶離液B(90%メタノール水溶液)を用いて行った。流速5ml/minおよびB液7%から30%までの直線勾配(40分間)で分離し、分離された液を5mlごとに分画した。それぞれの画分について粗酵素液を用いて糖転移酵素活性を評価し(評価方法は後述)、活性がみられた画分(21から24番目の画分)を回収して濃縮し、次の分取HPLCに供した。
【0098】
2回目の分取HPLCは、逆相カラムXTerra Prep MSC18(粒子径10μm、内径×長さ:10×250mm、Waters)と、溶離液A(0.1%酢酸水溶液)および溶離液B(90%メタノール水溶液)を用いて行った。流速5ml/minおよびB液6%から10%までの直線勾配(40分間)で分離し、分離された液を5分間ごとに分画した。それぞれの画分について粗酵素液を用いて糖転移酵素活性を評価し(評価方法は後述)、活性が認められた画分(21番目から25番目の画分)を回収して濃縮し、次の分取HPLCに供した。
【0099】
3回目の分取HPLCは、COSMOSIL HILIC Packed column(粒子径5μm、内径×長さ:10mm×250mm、ナカライテスク)と、溶離液としてアセトニトリルおよび純水を用いて行った。流速5ml/minおよびアセトニトリル100%から75%までの直線勾配(40分間)で分離し、液を5分間ごとに分画した。それぞれの画分について粗酵素液を用いて糖転移酵素活性を評価し(評価方法は後述)、活性が認められた画分(19番目から24番目の画分)を回収し濃縮した。
【0100】
上記のようにして精製したカーネーションの赤色花弁抽出物を、高解像度HR-ESI-TOF質量分析装置(AccuTOF JML-T100LC spectrometer、日本電子)に供した。ポジティブモードでm/z=353.08313の分子イオンピークが、ネガティブモードでm/z=329.29592の分子イオンピークが検出されたことから、分子量330の化合物であることが推定された。
【0101】
次に、精製した同抽出物を1H NMR、13C NMR HMQC、HMBC、NOE解析(ECX400、日本電子)に供した。その結果を表1に示す。解析の結果、精製した同抽出物はバニリン酸のカルボキシル基にグルコースの1位(アノマー炭素)のヒドロキシ基がエステル結合している化合物であることが示された。また1H NMRのアノマー位のカップリング定数(J=7.8)から、グルコースはβ結合していることが示され、精製した同抽出物がバニリン酸1-O-βグルコースであることが確認された。
【表1】
【0102】
(3)HPLC画分の粗酵素液を用いた糖転移酵素活性評価
粗酵素液30μlに、HPLC画分を3μl、100mMのクエン酸バッファー(pH 5.6)を5μl、および2mMのシアニジン3-グルコシドを3μl加え、その反応溶液を30℃で40分間静置した。その後、20%リン酸水溶液を2.5μl加えて反応を停止させた。不溶物を遠心分離によって除去し、HPLC分析を行った。
【0103】
HPLC分析はChromolith Performance RP-18e(4.6x100mm、Merck)カラムを用いて、溶離液として1.5%リン酸水溶液およびアセトニトリルを用いて行った。流速3ml/minおよびアセトニトリルの濃度が17%から40%となるような直線勾配(4分間)で分離し、紫外可視検出器を用いて波長520nmの吸光度でシアニジン3,5-ジグルコシドの生成を確認した。
【0104】
(4)バニリン酸1-O-βグルコースを糖供与体とする糖転移反応の検出
カーネーション(品種「ビームチェリー」)の桃色の花弁を乳鉢と乳棒を用いて液体窒素中でパウダー状になるまで磨砕した。そのパウダーを50mMリン酸カリウムバッファー(pH 7.2)に、凍結しないよう撹拌しながら徐々に加えて溶解させた。次いで遠心分離により不溶性画分を除去した。得られた上清に飽和硫酸アンモニウム溶液を80%となるように加えて、氷上で5分間静置した。析出したタンパク質を遠心分離により回収し、10mMリン酸カリウムバッファーを沈殿が完全に溶解するまで加えた。得られた溶液をSephadex G-25 ゲルろ過担体(GEヘルスケア)を用いて脱塩し粗酵素液を得た。
【0105】
粗酵素液15μlに500μMのバニリン酸1-O-βグルコースを5μl、100mMのクエン酸バッファー(pH5.6)を30μlおよび2mMのシアニジン3-グルコシドを5μl加え、その反応溶液を30℃で40分間静置した。その後、20%リン酸水溶液を2.5μl加えて反応を停止させた。不溶物を遠心分離によって除去し、HPLC分析を行った。
【0106】
HPLC分析はODSカラム(内径×長さ:4.6×250mm、Cosmosil 5C18-MS-II, ナカライテスク)と、溶離液として1.5%リン酸水溶液およびアセトニトリルを用いて行った。流速1ml/minおよびアセトニトリルの濃度が17%から40%までの直線勾配(20分間)で分離し、フォトダイオードアレイ検出器を用いて検出を行った。HPLC分析の結果を図1の上図に示す。市販品を標品として同様に測定した結果(図1の下図)とリテンションタイムを比較したところ、反応生成物はシアニジン3,5-O-βジグルコシドであることがわかった。このことは、すなわち下記の式のような糖転移反応が起こったことを意味する:
【化17】
この結果により、バニリン酸1-O-βグルコースがカーネーションの桃色花弁由来の酵素に触媒される糖転移反応において糖供与体として機能することがわかった。
【0107】
(5)糖転移酵素の精製およびその理化学的性質
カーネーション(品種「ビームチェリー」)の桃色の花弁を乳鉢と乳棒を用いて液体窒素中でパウダー状になるまで磨砕した。そのパウダーを50mMリン酸カリウムバッファー(pH 7.2)に、凍結しないよう撹拌しながら徐々に加えて溶解させた。ナイロンメッシュを用いてその溶液を搾り取り、細胞壁等の不溶性のものを取り除いた。その溶液に、さらに終濃度35%になるように硫酸アンモニウムを徐々に加えてよく撹拌し溶解させた。溶液を4℃で30分間静置した後、4℃、15,000×gで30分間遠心分離を行い、上清を回収した。そこにさらに終濃度が55%になるように硫酸アンモニウムを徐々に加えて完全に溶解した。一晩4℃に静置した後、4℃、15,000×gで30分間遠心分離を行った。得られた沈殿に10mMリン酸カリウムバッファー(pH 7.2)を加えて完全に溶解した後、十分量の10mMリン酸カリウムバッファー(pH 7.2)に対して透析を行い、粗酵素液を得た。なお、本実施例における全ての操作は、特に記載していない場合はすべて氷上または4℃で行った。
【0108】
透析した溶液をあらかじめ平衡化しておいたTOYOPEARL-DEAE650M(Bed volume 400ml)にアプライした。カラム充填量の5倍量(5CV(カラムボリューム))の10mMリン酸カリウムバッファー(pH 7.2)で洗浄した後、NaCl濃度が5CVで0Mから0.8Mとなるような直線勾配で溶出し、溶出されたタンパク質溶液を25mlごとに分画した。それぞれの画分30μlとバニリン酸1-O-βグルコース3μlを用い、上記(3)と同様の手順で糖転移酵素活性を評価した。活性がみられた画分(38〜49番目の画分)を回収して、十分量の10mMリン酸カリウムバッファー(pH 7.2)に対して透析を行った。
【0109】
透析した画分に対して終濃度20%になるように硫酸アンモニウムを徐々に加えて完全に溶解した。予め20%硫酸アンモニウムを含む10mMリン酸バッファー(pH 7.2)で平衡化しておいたTOYOPEARL-Butyl650M(Bed volume 80ml)にアプライした。5CVの20%硫酸アンモニウムを含む10mMリン酸バッファー(pH 7.2)で洗浄した後に、硫酸アンモニウム濃度が10CVで20%から0%となるような直線勾配で溶出し、溶出されたタンパク質溶液を10mlごとに分画した。それぞれの画分30μlとバニリン酸1-O-βグルコース3μlを用い、上記(3)と同様の手順で糖転移酵素活性を評価した。活性のあった画分(60〜77番目の画分)を回収して、十分量の10mMリン酸カリウムバッファー(pH 7.2)に対して透析を行った。
【0110】
透析した画分を、予めBzバッファー(10mMリン酸カリウム、pH7.2、0.5M NaCl)で平衡化しておいたBenzamidine Sepharose 4 Fast Flow (high sub)(GEヘルスケア、Bed volume 8ml)にアプライした。5CVのベンズアミジンバッファーで洗浄した後に、p-ベンザミジン濃度が12.5CVで0mMから25mMとなるような直線勾配で溶出し、溶出されたタンパク質溶液を2.5mlずつ分画した。それぞれの画分30μlとバニリン酸1-O-βグルコース3μlを用い、上記(3)と同様の手順で糖転移酵素活性を評価した。活性のあった画分(25、26番目の画分)を回収した。回収した画分をAmicon Ultra-15(10,000MWCO、ミリポア)を用いて濃縮し、10mMリン酸カリウムバッファーに置換した。
【0111】
濃縮した画分を、予めゲルろ過バッファー(10mMリン酸カリウム、pH7.2、150mM NaCl)で平衡化しておいたSuperdex 200 10/300 GLカラム(GEヘルスケア)にアプライした。溶出液を0.7mlずつ分画し、それぞれの画分30μlとバニリン酸1-O-βグルコース3μlを用い、上記(3)と同様の手順で糖転移酵素活性を評価した。活性のあった画分(22〜25番目の画分)を回収した。回収した画分をAmicon Ultra-4(10,000MWCO、ミリポア)を用いて濃縮し、10mMリン酸カリウムバッファーに置換した。
【0112】
ゲルろ過精製画分を、予め10mMリン酸カリウムバッファー(pH 7.2)で平衡化しておいたResource Q 1mlカラムにアプライした。5CVの10mMリン酸カリウムバッファー(pH 7.2)で洗浄した後に、NaCl濃度が0M〜0.5Mとなるような直線勾配で溶出し、溶出されたタンパク質溶液を0.2mlずつ分画した。それぞれの画分30μlとバニリン酸1-O-βグルコース3μlを用い、上記(3)と同様の手順で糖転移酵素活性を評価した。活性のあった画分(41〜48番目の画分)を回収した。
【0113】
回収された画分をSDS-PAGE(SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動)によって解析したところ、得られたタンパク質の分子量は約55kDaであった。また、酵素の反応至適pHについて検討したところ、pH5.0〜5.5付近であった。この酵素の反応至適pHは、従来知られている糖転移酵素がpH7.5〜8.0程度であるのと比較して低いため、従来では反応が起こらなかったような弱酸性条件でもこの酵素反応は進行すると考えられる。
【0114】
(6)バニリン酸グルコースの合成
市販のバニリン酸(シグマアルドリッチ)の4位の水酸基およびカルボン酸の水酸基を、臭化ベンジル(シグマアルドリッチ)を用いて、ジメチルホルムアミド(DMF,サーモフィッシャーサイエンティフィック)溶媒中でベンジル保護した。その後、オープンカラム(シリカゲル60(球状),関東化学)(ヘキサン/酢酸エチル=8/1)で未反応物を除去し、精製した。1H NMR(300MHz,CDCl3):δ7.65(1H,dd,H-6),7.59(1H,d,H-2),7.41-7.26(9H,m,H-benzylic CH2),6.88(1H,d,H-5),5.33(2H,s,H-benzylic CH2),5.21(1H,s,H-benzylicCH2),3.92(3H,s,CH3)。収率100%。
【化18】
【0115】
次に水酸化リチウム(和光純薬工業)存在下、THF(関東化学):H2O:MeOH(和光純薬工業)=3:2:1溶媒中で加水分解を行い、カルボン酸の水酸基を保護したベンジル基を外した。その後、オープンカラム(ヘキサン/酢酸エチル=10/1、4/1、0/1と濃度比を変えた)で精製し、未反応物とベンジルアルコールを除去した。1H NMR(300MHz,CDCl3):δ7.68(1H,dd,H-6),7.60(1H,d,H-2),7.45-7.25(5H,m,H-benzylic CH2),6.90(1H,d,H-5),5.25(2H,s,H-benzylic CH2),3.92(3H,s,CH3)。収率58%。
【化19】
【0116】
4位の水酸基がベンジル保護されたバニリン酸と、1位以外の水酸基がベンジル保護された2,3,4,6-テトラベンジルグルコース(シグマアルドリッチ)を縮合剤1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミドヒドロクロリド(EDCI,国産化学)、4-ジメチルアミノピリジン(DMAP,東京化成工業)、トリエチルアミン(Et3N,和光純薬工業)を用いてDMF溶媒中(反応温度60℃)で縮合した。得られた縮合体はαアノマー:βアノマーが1:2の混合物であった。オープンカラム(ヘキサン/酢酸エチル=6/1、5/1と濃度比を変えた)で精製し、未反応原料は除去した。Molecular MS [M+Na]+ m/z 803.14、1H NMR(300MHz,CDCl3):δ7.60(1H,dd,H-6),7.59(1H,d,H-2),7.45-7.26(60H,m,H-benzylic CH2),6.90(1H,d,H-5),6.55(1H,d,H-Glc1α,J=3.21),5.84(1H,d,H-Glc1β,J=7.65),5.25(10H,s,H-benzylic CH2),4.96-3.56(94H,m,CH3,H-Glc)。収率84%。
【化20】
【0117】
次に、水酸化パラジウムチャコール(シグマアルドリッチ)触媒を用いた水素添加によりベンジル基を脱保護し、α体バニリン酸グルコースとβ体バニリン酸グルコースの混合物を得た(収率81%)。水酸化パラジウムはセライトろ過することで除去した。得られた混合物を分取HPLC(Develosil C30,10×250mm,野村化学)を用い、溶離液A(0.1%酢酸水溶液)および溶離液B(90%メタノール水溶液)のB液10%(40分間)で分離し、バニリン酸1-O-αグルコース(精製度99.6%)およびバニリン酸1-O-βグルコース(精製度98.9%)をそれぞれ得た。精製度はHPLCのエリアを指標に算出した。Molecular MS [M+Na]+ m/z 352.9、α体 1H NMR(400MHz,CD3CD):δ7.62(1H,dd,H-6),7.58(1H,d,H-2),6.83(1H,d,H-5),6.28(1H,d,H-Glc1,J=3.66),3.89(3H,s,CH3),3.83-3.33(5H,m,H-Glc)、β体 1H NMR(400MHz,CD3CD):δ7.62(1H,dd,H-2),7.60(1H,d,H-6),6.83(1H,d,H-5),5.67(1H,d,H-Glc1,J=7.79),3.89(3H,s,CH3),3.83-3.33(5H,m,H-Glc)。
【化21】
【0118】
(7)イソバニリン酸グルコースの合成
市販のイソバニリン酸(シグマアルドリッチ)の3位の水酸基およびカルボン酸の水酸基を、臭化ベンジルを用いてDMF溶媒中でベンジル保護した。
【化22】
【0119】
次に水酸化リチウム存在下、THF:H2O:MeOH=3:2:1溶媒中で加水分解を行い、カルボン酸の水酸基を保護したベンジル基を外した。その後、オープンカラム(ヘキサン/酢酸エチル=10/1、4/1、0/1と濃度比を変えた)で精製し、未反応物とベンジルアルコールを除去した。1H NMR(300MHz,CDCl3):δ7.75(1H,dd,H-6),7.65(1H,d,H-2),7.45-7.25(5H,m,H-benzylic CH2),6.90(1H,d,H-5),5.15(2H,s,H-benzylic CH2),3.90(3H,s,CH3)。収率86%。
【化23】
【0120】
3位の水酸基がベンジル保護されたイソバニリン酸と、1位以外の水酸基がベンジル保護された2,3,4,6-テトラベンジルグルコースを縮合剤EDCI、DMAP、Et3Nを用いてDMF溶媒中(反応温度60℃)で縮合した。得られた縮合体はαアノマー:βアノマーが3:2の混合物であった。オープンカラム(ヘキサン/酢酸エチル=6/1、5/1と濃度比を変えた)で精製し、未反応原料は除去した。1H NMR(300MHz,CDCl3):δ7.82(1H,dd,H-6),7.72(1H,d,H-2),7.52-7.26(60H,m,H-benzylic CH2),6.90(1H,d,H-5),6.67(1H,d,H-Glc1α,J=3.64),5.96(1H,d,H-Glc1β,J=8.16),5.25-3.71(H,m,CH3,H-Glc)。収率60%。
【化24】
【0121】
次に、水酸化パラジウムチャコール触媒を用いた水素添加によりベンジル基を脱保護し、α体イソバニリン酸グルコースとβ体イソバニリン酸グルコースの混合物を得た(収率100%)。水酸化パラジウムはセライトろ過することで除去した。得られた混合物を分取HPLC(Develosil C30,10×250mm)を用い、溶離液A(0.1%酢酸水溶液)および溶離液B(90%メタノール水溶液)のB液10%(40分間)で分離し、イソバニリン酸1-O-αグルコースおよびイソバニリン酸1-O-αグルコースをそれぞれ得た。Molecular MS [M+Na]+ m/z 353.0,1H NMR(300MHz,CD3CD):δ7.63(1H,dd,H-6),7.60(1H,d,H-2),7.00(1H,d,H-5),6.30(1H,d,H-Glc1α,J=3.60),5.67(1H,d,H-Glc1β,J=8.10),3.91(3H,s,CH3),3.88-2.88(5H,m,H-Glc)。
【化25】
【0122】
(8)没食子酸グルコースの合成
市販の没食子酸(シグマアルドリッチ)の3,4,5位の水酸基およびカルボン酸の水酸基を、臭化ベンジルを用いてDMF溶媒中でベンジル保護した。その後オープンカラム(ヘキサン/酢酸エチル=8/1)で未反応物を除去し、精製した。
【化26】
【0123】
次に水酸化リチウム存在下、THF:H2O:MeOH=3:2:1溶媒中で加水分解を行い、カルボン酸の水酸基を保護したベンジル基を外した。その後、オープンカラム(ヘキサン/酢酸エチル=10/1、4/1、0/1と濃度比を変えた)で精製し、未反応物とベンジルアルコールを除去した。
【化27】
【0124】
3,4,5位の水酸基がベンジル保護された没食子酸と、1位以外の水酸基がベンジル保護された2,3,4,6-テトラベンジルグルコースを縮合剤EDCI、DMAP、Et3Nを用いてDMF溶媒中(反応温度60℃)で縮合した。オープンカラム(ヘキサン/酢酸エチル=6/1、5/1と濃度を変えた)で精製し、未反応原料は除去した。得られた縮合体はαアノマー:βアノマーが3:7の混合物であった。Molecular MS [M+Na]+m/z 985.18、1H NMR(300MHz,CDCl3):δ7.40-7.11(92H,m,H-2,6,5,H-benzylic CH2),6.52(1H,d,H-Glc1α,J=2.40),5.85(1H,d,H-Glc1β,J=7.50),5.16(18H,s,H-benzylic CH2),4.99-3.64(28H,m,H-Glc,H-benzylic CH2)。
【化28】
【0125】
次に、水酸化パラジウムチャコール触媒を用いた水素添加によりベンジル基を脱保護し、α体没食子酸グルコースとβ体没食子酸グルコースの混合物を得た。水酸化パラジウムはセライトろ過することで除去した。得られた混合物を分取HPLC(Develosil C30,10×250mm,野村化学)を用い、溶離液A(0.1%酢酸水溶液)および溶離液B(90%メタノール水溶液)のB液10%(40分間)で分離し、没食子酸1-O-αグルコースおよび没食子酸1-O-βグルコースをそれぞれ得た。Molecular MS [M+Na]+m/z 354.9、α体 1H NMR(400MHz,CD3CD):δ7.10(2H,s,H-2,6),6.25(1H,d,H-Glc1,J=3.66),3.82-3.32(5H,m,H-Glc)、β体 1H NMR(400MHz,CD3CD):δ7.10(2H,s,H-2,6),5.63(1H,d,H-Glc1,J=7.79),3.84-3.32(5H,m,H-Glc)。
【化29】
【0126】
(8)各化合物を糖供与体とした糖転移反応の検証
カーネーション(品種「ビームチェリー」)の桃色の花弁より得られた粗酵素61μg、シアニジン3-グルコシド200μMおよび糖供与体(カーネーションから抽出したバニリン酸1-O-βグルコース、または合成したバニリン酸1-O-グルコース(α体、β体)、イソバニリン酸1-O-グルコース(α体、β体)もしくは没食子酸1-O-グルコース(α体、β体)のいずれか)500μMをクエン酸バッファー(pH 5.6)で30μlとした反応溶液で30℃で15分間酵素反応を行った。リン酸の終濃度が1%となるように20%リン酸水溶液を反応液に加えて反応を止め、遠心後の上澄みを、HPLC(Chromolith SpeedROD、4.6×50mm、Merck)を用い、溶離液A(1.5%リン酸水溶液)および溶離液B(90%メタノール水溶液)のB液18%から28%までの直線勾配(5分間)で分離し、解析を行った(流速3.0ml/min、520nm)。各糖供与体に対する酵素の相対活性を、反応生成物(シアニジン3,5-O-βジグルコシド)の波長505nmにおけるHPLCクロマトグラムのエリアから算出した。その結果を以下の表に示す。
【表2】
【0127】
[実施例2]
(1)糖転移酵素の抽出
液体窒素中で急速冷凍し、-80℃で保存してあったカーネーション(品種「ビームチェリー」)の花弁400g(生重量)を1500mlの抽出バッファー(100mMリン酸カリウム、pH7.2)中でミキサーを用いて十分に破砕した。なお、以降の操作は特に記載していない場合はすべて氷上もしくは4℃で行った。更にホモジナイザー(ポリトロン、KINEMATICA社)を用いて15,000rpmで10分間の破砕を行った。20,000×g、4℃で20分間の遠心分離を行って、上清を回収した。同じ操作を2回繰り返して、合計800gの花弁から約3000mlの粗抽出液を得た。
【0128】
(2)糖転移酵素の精製
(a)硫酸アンモニウム沈殿による分画
マグネティックスターラーを用いて攪拌しながら、得られた粗抽出液に細粒硫酸アンモニウムを35%になるように、徐々に加えて完全に溶解した。4℃で2時間静置した後、20,000×g、4℃で20分間の遠心分離を行って上清を回収した。回収した上清に、マグネティックスターラーを用いて攪拌しながら、更に細粒硫酸アンモニウムを55%になるように徐々に加えて完全に溶解した。4℃で一晩静置したのち、20,000×g、4℃で20分間の遠心分離を行って沈殿を回収した。回収した沈殿物を3000mlの10mMリン酸バッファー(pH7.2)に溶解し、透析膜に移しいれて、6Lの10mMのリン酸バッファー(pH7.2)に対して透析を行った。4時間〜12時間後に、リン酸バッファーを交換した。最終的に透析膜内のサンプル量の4000倍となる量のリン酸バッファーで透析を行った。
【0129】
(b)DEAE sepharose Fast Flowによる分離
(a)で透析したサンプル溶液を、あらかじめ10mMリン酸カリウムバッファー(pH7.2)で平衡化しておいたDEAE sepharose FFイオン交換体(GEヘルスケア)を充填したガラスカラム(ベッド体積:350ml)にアプライした。1250mlの10mMのリン酸バッファー(pH7.2)で洗浄した後に、A液:10mMのリン酸バッファー(pH7.2)、B液:0.8M NaClを含む10mMリン酸カリウムバッファー(pH7.2)を用いて、1000mlで、B液の濃度が0%〜100%になるような直線的勾配でタンパク質を分離した。分離したタンパク質溶液は25mlずつ分画した。各画分について、シアニジン-3-O-β-グルコシドを基質とし、バニリン酸1-O-βグルコースを糖供与体とした配糖化酵素活性を測定し、活性のあった画分(31-45画分)を集めて十分量の10mMリン酸カリウムバッファー(pH7.2)に対して透析を行った。
【0130】
(c)TOYOPEARL-Butylによる分離
(b)で透析した画分に、細粒硫酸アンモニウムを20%になるように徐々に加えて溶解した。このサンプル溶液をあらかじめButyl平衡化バッファー(10mMリン酸カリウム、20%硫酸アンモニウム、pH7.2)で平衡化しておいたTOYOPEARL-Butyl-650M担体(東ソー)カラム(50mm×100mm、ベッド体積:250ml)にアプライした。1250mlのButyl平衡化バッファーでカラムを洗浄した後、A液:Butyl平衡化バッファー、B液:10mMリン酸カリウムバッファー(pH7.2)を用いて、1250mlでB液の濃度が0%〜100%になるような直線的勾配でタンパク質を分離した。分離したタンパク質溶液を20mlずつ分画した。各画分についてシアニジン-3-O-β-グルコシドを基質とし、バニリン酸1-O-βグルコースを糖供与体とした配糖化酵素活性を測定し、活性のあった画分(63-85画分)を回収してAmicone-15ultra(ミリポア)を用いて濃縮し、10mMのリン酸カリウムバッファーに交換した。
【0131】
(d)Benzamidine Sepharoseによる分離
(c)で透析したサンプルを、あらかじめBz洗浄バッファー(10mMリン酸カリウム、pH7.2、0.5M NaCl)で平衡化しておいたBenzamidine Sepharose 4 Fast Flow カラム(ベッド体積:8ml)にアプライした。カラムを40mlのBz洗浄バッファーで洗浄した後、A液:Bz洗浄バッファー、B液:Bz溶出バッファー(10mMリン酸カリウム、pH7.2、0.5M NaCl、20mM 4-アミノベンズアミジン)を用いて、80mlでB液の濃度が0%〜100%になるような直線的勾配でタンパク質を分離した。分離したタンパク質溶液を2mlずつ分画した。各画分についてシアニジン-3-O-β-グルコシドを基質とし、バニリン酸1-O-βグルコースを糖供与体とした配糖化酵素活性を測定し、活性の認められた画分(27-33画分)を回収し、Amicone-15ultraを用いて濃縮し、10mMのリン酸カリウムバッファーに交換した。
【0132】
(e)ゲルろ過による分離
(d)で得られたサンプル溶液を、あらかじめゲルろ過バッファー(10mMリン酸カリウム、pH7.2、150mM NaCl)で平衡化しておいたSuperdex 7510/300GL(GEヘルスケア)にアプライした。タンパク質を、ゲルろ過バッファーを流速0.5ml/minで通液することにより分離した。分離したタンパク質を500μlずつ分画し、各画分についてシアニジン-3-O-β-グルコシドを基質とし、バニリン酸1-O-βグルコースを糖供与体とした配糖化酵素活性を測定し、活性の認められた画分(29-32画分)を回収してAmicone-15ultra(ミリポア)を用いて濃縮し、10mMのリン酸カリウムバッファーに交換した。
【0133】
(f)Resouce ETHによる分離
(e)で得られたタンパク質溶液をあらかじめETH平衡化バッファー(10mMリン酸カリウム、pH7.2、35%硫酸アンモニウム)で平衡化しておいたResouce ETH(GEヘルスケア)にアプライした。ETH平衡化バッファーでカラムを洗浄した後、A液:ETH平衡化バッファー、B液:ETH溶出バッファー(10mMリン酸カリウム、pH7.2、15%硫酸アンモニウム)を用いて、19分間でB液の濃度が0%〜100%になるような直線的勾配(流速0.8ml/min)でタンパク質を分離した。分離したタンパク質溶液を300μlずつ分画し、各画分についてシアニジン-3-O-β-グルコシドを基質とし、バニリン酸1-O-βグルコースを糖供与体とした配糖化酵素活性を測定し、活性の認められた画分(20-25画分)を回収してAmicone-15ultra(ミリポア)を用いて濃縮し、10mMのリン酸カリウムバッファーに交換した。
【0134】
(g)HiTrap Butylによる分離
(f)で得られたタンパク質溶液に飽和硫酸アンモニウム水溶液を終濃度20%となるように加えた。このサンプル溶液をあらかじめButyl平衡化バッファー(10mMリン酸カリウム、20%硫酸アンモニウム、pH7.2)で平衡化しておいたHiTrap Butyl(GEヘルスケア)にアプライした。5mlのButyl平衡化バッファーでカラムを洗浄した後、A液:Butyl平衡化バッファー、B液:Butyl溶出バッファー(10mMリン酸カリウムバッファー、pH7.2、10%エチレングリコール)を用いて19分間で、B液の濃度が0%〜100%になるような直線的勾配(流速1ml/min)でタンパク質を分離した。分離したタンパク質溶液は300μlずつ分画した。各画分についてシアニジン-3-O-β-グルコシドを基質とし、バニリン酸1-O-βグルコースを糖供与体とした配糖化酵素活性を測定し、活性の認められた画分(43-48画分)を回収してAmicone-15ultra(ミリポア)を用いて濃縮し、10mMのリン酸カリウムバッファーに交換した。
【0135】
精製されたタンパク質をSDS-PAGE法によって分離し、銀染色法によって可視化して確認した。その結果を図2に示す。
【0136】
(h)各画分における配糖化酵素活性測定
上記(b)〜(g)における、シアニジン-3-O-β-グルコシドを基質としバニリン酸1-O-βグルコースを糖供与体とした配糖化酵素活性測定は、以下の手順に従って行った。
【0137】
分画した画分をSephadexG-25(GEヘルスケア)担体を用いて100mMクエン酸バッファー(pH5.6)にバッファー交換を行った。粗酵素液30μlに、10mMバニリン酸1-O-βグルコースを3μl、および2mMのシアニジン3-O-β-グルコシドを3μl加え、その反応溶液を30℃で30分間静置した。その後、20%リン酸水溶液を2μl加えて反応を停止させた。不溶物を遠心分離によって除去し、HPLC分析を行った。
【0138】
HPLC分析はChromolith PerformanceRP-18e(4.6×100mm、Merck)カラムを用いて、溶離液として1.5%リン酸水溶液および90%メタノール水溶液を用いて行った。流速3ml/minおよび90%メタノール水溶液の濃度が17%から40%となるような直線勾配(4分間)で分離し、紫外可視検出器を用いて波長520nmの吸光度でシアニジン3,5-O-β-ジグルコシドの生成を確認した。
【0139】
(3)糖転移酵素タンパク質のアミノ酸配列解析
精製した糖転移酵素タンパク質のアミノ酸配列の解析を、アプロサイエンス社(徳島県鳴門市)の高感度タンパク質内部配列分析受託サービス、ならびに通常感度N末端アミノ酸配列分析受託サービスを利用して行った。タンパク質内部配列解析の結果、「GLEYYNNLVNA(配列番号5)」、「GTQPHVTLLH(配列番号6)」、「FTPXETELLTG(配列番号7)」、の3種類のアミノ酸配列が存在していることが分かった。また、N末端アミノ酸配列分析の結果から、このタンパク質は「SEFDRLDFPK(配列番号8)」というアミノ酸配列から始まるタンパク質である事が明らかとなった。また、N末端アミノ酸配列分析においては、上記のほかに2種類のアミノ酸配列「EFDRLDFPKH(配列番号9)」「PSEFDRLDFP(配列番号10)」が含まれていることが分かり、精製の過程でN末端が分解したか、植物体内でのプロセシングする酵素の基質特異性が低いことが考えられた。
【0140】
(4)糖転移酵素をコードするcDNAの単離(カーネーション由来)
カーネーション(品種「ビームチェリー」)の花弁からRNAの抽出を、改変GTC/CsCl密度勾配遠心法(Chirgwin et al., 1979)を用いて行った。各組織片を液体窒素中で、乳鉢と乳棒を用いてよく破砕し、50mlのポリプロピレン製遠心沈殿管に移し、-80℃で完全に液体窒素を気化させた後に、3mlのGTC溶液(4.23Mチオシアン酸グアニジン、25mMクエン酸三ナトリウム、100mM 2-メルカプトエタノール、0.5% N-ラウロイルサルコシン)を加え直ちによく混合した。室温で30分放置した後、20,000×gで20分間遠心し、上清を新しい遠沈管に移してもう一度20,000×gで20分間遠心して完全に不溶物を除去した。このGTC抽出液を予め2.2mlの塩化セシウム溶液(5.7M CsCl, 0.1M EDTA, pH7.5)を分注しておいた5ml超遠心沈殿管(Beckman Coulter Inc., Fullerton, CA)に重層し、70,000rpm(TL-100 Ultracentrifuge, TLA110 roter, Beckman Coulter Inc.)で、3時間超遠心した。沈殿したtotal RNAを300μlのTE-SDS buffer(10mM Tris-HCl, pH8.0, 1mM EDTA, 0.1% SDS)に縣濁した。得られたtotal RNAからOligotex-dT<super>(TaKaRa Bio Inc., Shiga, Japan)を用いてpoly(A)+RNAを精製した。方法はキットのマニュアルに従った。
【0141】
完全長cDNAはGeneRacer(商標)Kit(Invitrogen corp., CA)を使用し、オリゴキャッピング法に基づいてpoly(A)+RNAから合成した。方法はキットのマニュアルに従った。合成したcDNAは小分けして使用直前まで-80℃で保存した。3'-RACE用のcDNAは、3'-Full RACE Core Set(TaKaRa Bio Inc.)を用いて前述のpoly(A)+RNAから合成した。方法はキットのマニュアルに従った。
【0142】
糖転移酵素タンパク質のアミノ酸内部配列解析によって得られたアミノ酸配列「GTQPHVTLLH(配列番号6)」、「FTPXETELLTG(配列番号7)」から設計した縮重プライマー「GGN ACN CAR CCN CAY GTN AC(配列番号11)」、「TTY ACN CCN GAY GAR ACN GA(配列番号12)」を用いて、先に合成した3'-RACE用のcDNAを鋳型としてPCR法(94℃, 30秒、46℃, 30秒、72℃, 1分)を行い、約600bpのcDNA断片を獲得した。獲得したcDNA断片をクローニングベクターpGEM-T easy(Promega)にLigation Mix mighty (Takara Bio inc.)を用いて連結し、大腸菌DH5α株に形質転換した。得られたコロニーからプラスミドを抽出し、ジェネティックアナライザABI PRISM 3100(Applied Biosystems Japan Ltd., Tokyo, Japan)を用いてDNA塩基配列を解析した。得られたDNA塩基配列はDNA Databank of Japan(DDBJ)のBLASTXを用いてデータベースとの比較を行った。一連のDNA塩基配列の解析はGenetyx WIN ver. 5.0(Genetyx Corp., Tokyo, Japan)を用いて行った。
【0143】
得られたcDNA断片のDNA塩基配列から設計したプライマー「GGAAGTCGGGGGCCACCATTCTTCC(配列番号13)」とGeneRacer5'primerを用い、先に合成した完全長cDNAを鋳型としてPCRを行った。得られたPCR産物をエタノール沈殿法で精製した。精製したPCR産物を鋳型とし、cDNA断片のDNA塩基配列から設計したプライマーを用いてnested PCRを行い、約550bpのcDNA断片を獲得した。獲得したcDNA断片は上記と同様の方法でpGEM-Teasyベクターにクローニングし、cDNA塩基配列を決定した。
【0144】
決定したcDNA5'端断片からfist ATGを含むように設計したプライマー「ATGAACATGTCATGCAAGTTTGAAATTG(配列番号14)」と3 site 3'adaptor primer(Takara Bio inc.)とを用いて、先に合成した3'-RACE用のcDNAを鋳型としたPCR法で糖転移酵素タンパク質のfirst ATG以下のcDNAを獲得した。獲得したcDNAを上記の方法でクローニングし、DNA塩基配列を決定した。決定したcDNA配列と推定される塩基配列(配列番号2)およびその塩基配列によってコードされる推定アミノ酸配列(配列番号1)を図3に示す。
【0145】
図3において、精製した糖転移酵素タンパク質のアミノ酸内部配列解析の結果確認された配列(配列番号5〜7)を下線で示し、N末端アミノ酸配列から確認されたアミノ酸配列(配列番号8)を下線と太字で示した。cDNAは全長1749bpで502アミノ酸残基のタンパク質をコードしていた。cDNA塩基配列解析結果と、N末端アミノ酸配列分析結果より、この酵素は502アミノ酸残基として翻訳された後にアミノ酸がプロセシングによって除去されていると考えられた。また、データベース上のアミノ酸モチーフ検索の結果から、このプロセシングされた配列は液胞への移行シグナル配列を含んでいることが示唆された。
【0146】
(5)カーネーション由来糖転移酵素遺伝子の大腸菌での発現
糖転移酵素のN末端アミノ酸配列解析の結果明らかになったN末端に翻訳開始のためのメチオニン残基が付加されるように設計したセンスプライマー「ATGTCGGAGTTTGACCGCCTTGACTTTC(配列番号15)」と、ストップコドンを含まないように設計したアンチセンスプライマー「GTAGAAGTACGTATGTG(配列番号16)」を用いてPCRを行い、pTrcHis2-TOPO TA expression Kit(Invitrogen)を用いてpTrcHis2-TOPOベクター(Invitrogen)に連結し、大腸菌JM109株に形質転換した。形質転換した大腸菌からDNAを抽出して先の方法と同様にしてDNA塩基配列を解析し、cDNAの導入された向きとPCRによる塩基置換がないことを確認した。
【0147】
形質転換した大腸菌を50μl/mlのアンピシリンを含む5mlのLB培地に植菌し、14時間、30℃で振蕩培養した。その後、1mMとなるようにIPTGを加えてから16℃で2時間振蕩培養した。培養した大腸菌は1,800×gの遠心分離で集菌し、培地を除去した。そこに150μlの0.1Mクエン酸バッファー(pH5.6)を加えてよく混合した後、氷上にて超音波破砕機(UD-201, TOMY SEIKO Co., Ltd., Tokyo, Japan)を用いて10秒間の超音波処理(output 4, duty 70)を3回繰り返した。20,000×gで遠心分離した後、上清を新しい遠心管に移し粗酵素液とした。
【0148】
20μlの粗酵素液、20μlの0.1Mクエン酸バッファー(pH5.6)、5μlのシアニジン-3-O-βグルコシド、5μlのバニリン酸1-O-βグルコースを含む反応液内で、30℃で、3時間反応させた後、2.5μlの20%リン酸水溶液を加えて反応を停止した。20,000×gの遠心分離で不溶化したタンパク質を除去した後、HPLC分析によって反応生成物を確認した。HPLC分析はDevelosil ODS-SR-5カラム(4.6×250 mm、野村化学)を用いて、溶離液として1.5%リン酸水溶液およびメタノールを用いて行った。流速1ml/minおよびメタノールの濃度が22%から60%となるような直線勾配(20分間)で分離し、フォトダイオードアレイ検出器を用いて波長520nmの吸光度でシアニジン-3,5-O-β-ジグルコシドの生成を確認した(図4)。コントロールとして行った、キット付属のLacZ遺伝子を導入したベクターを形質転換した大腸菌からの粗酵素液では生成物は確認されなかった。このことから、図3に示した塩基配列(配列番号2)を持つ遺伝子がバニリン酸グルコースを糖供与体としてアントシアニン骨格の5位にグルコースを転移する酵素タンパク質をコードしていることが示された。
【0149】
[実施例3]
(1)糖転移酵素をコードするcDNAの単離(デルフィニウム由来)
デルフィニウム(品種「マリンブルー」)の花弁からRNAの抽出を、改変GTC/CsCl密度勾配遠心法(Chirgwin et al., 1979)を用いて行った。各組織片を液体窒素中で、乳鉢と乳棒を用いてよく破砕し、50mlのポリプロピレン製遠心沈殿管に移し、-80℃で完全に液体窒素を気化させた後に、3mlのGTC溶液(4.23Mチオシアン酸グアニジン、25mMクエン酸三ナトリウム、100mM 2-メルカプトエタノール、0.5% N-ラウロイルサルコシン)を加え直ちによく混合した。室温で30分放置した後、20,000×gで20分間遠心し、上清を新しい遠沈管に移してもう一度20,000×gで20分間遠心して完全に不溶物を除去した。このGTC抽出液を予め2.2mlの塩化セシウム溶液(5.7M CsCl, 0.1M EDTA, pH7.5)を分注しておいた5ml超遠心沈殿管(Beckman Coulter Inc., Fullerton, CA)に重層し、70,000rpm(TL-100 Ultracentrifuge, TLA110 roter, Beckman Coulter Inc.)で、3時間超遠心した。沈殿したtotal RNAを300μlのTE-SDS buffer(10mM Tris-HCl, pH8.0, 1mM EDTA, 0.1% SDS)に縣濁した。得られたtotal RNAからOligotex-dT<super>(TaKaRa Bio Inc., Shiga, Japan)を用いてpoly(A)+RNAを精製した。方法はキットのマニュアルに従った。
【0150】
完全長cDNAはGeneRacer(商標)Kit(Invitrogen corp., CA)を使用し、オリゴキャッピング法に基づいてpoly(A)+RNAから合成した。方法はキットのマニュアルに従った。合成したcDNAは小分けして使用直前まで-80℃で保存した。3'-RACE用のcDNAは、3'-Full RACE Core Set(TaKaRa Bio Inc.)を用いて前述のpoly(A)+RNAから合成した。方法はキットのマニュアルに従った。
【0151】
糖転移酵素タンパク質のアミノ酸内部配列解析によって得られたアミノ酸配列「GTQPHVTLLH(配列番号6)」、「FTPXETELLTG(配列番号7)」から設計した縮重プライマー「GGN ACN CAR CCN CAY GTN AC(配列番号11)」、「TTY ACN CCN GAY GAR ACN GA(配列番号12)」を用いて、先に合成した3'-RACE用のcDNAを鋳型としてPCR法(94℃, 30秒、46℃, 30秒、72℃, 1分)を行い、約600bpのcDNA断片を獲得した。獲得したcDNA断片をクローニングベクターpGEM-T easy(Promega)にLigation Mix mighty (Takara Bio inc.)を用いて連結し、大腸菌DH5α株に形質転換した。得られたコロニーからプラスミドを抽出し、ジェネティックアナライザABI PRISM 3100(Applied Biosystems Japan Ltd., Tokyo, Japan)を用いてDNA塩基配列を解析した。得られたDNA塩基配列はDNA Databank of Japan(DDBJ)のBLASTXを用いてデータベースとの比較を行った。一連のDNA塩基配列の解析はGenetyx WIN ver. 5.0(Genetyx Corp., Tokyo, Japan)を用いて行った。
【0152】
得られたcDNA断片のDNA塩基配列から設計したプライマー「CTGGTTGCTTCAATATCTGCCCTCG(配列番号17)」とGeneRacer5'primerを用い、先に合成した完全長cDNAを鋳型としてPCRを行った。得られたPCR産物をエタノール沈殿法で精製した。精製したPCR産物を鋳型とし、cDNA断片のDNA塩基配列から設計したプライマーを用いてnested PCRを行い、約550bpのcDNA断片を獲得した。獲得したcDNA断片は上記と同様の方法でpGEM-Teasyベクターにクローニングし、cDNA塩基配列を決定した。
【0153】
決定したcDNA5'端断片からfist ATGを含むように設計したプライマー「ATGTGCCCCTCTTTTCTAGTGACTC(配列番号18)」と3 site 3'adaptor primer(Takara Bio inc.)とを用いて、先に合成した3'-RACE用のcDNAを鋳型としたPCR法で糖転移酵素タンパク質のfirst ATG以下のcDNAを獲得した。獲得したcDNAを上記の方法でクローニングし、DNA塩基配列を決定した。決定したcDNA配列と推定される塩基配列(配列番号4)およびその塩基配列によってコードされる推定アミノ酸配列(配列番号3)を図5に記載したとおりである。
【0154】
上述のようにして単離したcDNAは全長1701bpで505アミノ酸残基のタンパク質をコードしていた。データベース上のアミノ酸モチーフ検索の結果から、このアミノ酸配列のN末端30アミノ酸残基内には液胞への移行シグナル配列を含んでいることが示唆された。
【0155】
(2)デルフィニウム由来糖転移酵素遺伝子の大腸菌での発現
DgVA7GTの液胞移行シグナルと予想されたN末端28アミノ酸残基を除いた配列に翻訳開始のためのメチオニン残基が付加されるように設計したセンスプライマー「ATG CCC GAA TTT AAT GTC AG(配列番号19)」と、ストップコドンを含まないように設計したアンチセンスプライマー「CTG TGA AGA GTA CGA TAT C(配列番号20)」を用いてPCRを行い、pTrcHis2-TOPO TA expression Kit(Invitrogen)を用いてpTrcHis2-TOPOベクター(Invitrogen)に連結し、大腸菌JM109株に形質転換した。形質転換した大腸菌からDNAを抽出して先の方法と同様にしてDNA塩基配列を解析し、cDNAの導入された向きとPCRによる塩基置換がないことを確認した。
【0156】
形質転換した大腸菌を50μl/mlのアンピシリンを含む5mlのLB培地に植菌し、14時間、30℃で振蕩培養した。その後、1mMとなるようにIPTGを加えてから16℃で2時間振蕩培養した。培養した大腸菌は1,800×gの遠心分離で集菌し、培地を除去した。そこに150μlの0.1Mクエン酸バッファー(pH5.6)を加えてよく混合した後、氷上にて超音波破砕機(UD-201, TOMY SEIKO Co., Ltd., Tokyo, Japan)を用いて10秒間の超音波処理(output 4, duty 70)を3回繰り返した。20,000×gで遠心分離した後、上清を新しい遠心管に移し粗酵素液とした。
【0157】
20μlの粗酵素液、20μlの0.1Mクエン酸バッファー(pH5.6)、5μlのシアニジン-3-O-βグルコシド、5μlのバニリン酸1-O-βグルコースを含む反応液内で、30℃で、3時間反応させた後、2.5μlの20%リン酸水溶液を加えて反応を停止した。20,000×gの遠心分離で不溶化したタンパク質を除去した後、HPLC分析によって反応生成物を確認した。HPLC分析はWakopak Handy ODS(4.6×250 mm、和光純薬工業)カラムを用いて、溶離液として1.5%リン酸水溶液およびメタノールを用いて行った。流速1ml/minおよびメタノールの濃度が22%から55%となるような直線勾配(20分間)で分離し、フォトダイオードアレイ検出器を用いて波長520nmの吸光度でシアニジン-3,5-O-β-ジグルコシドとは異なるリテンションタイムに新たなピーク生成を確認した(図6)。デルフィニウムの青色の花弁中にはアントシアニンジンの3位と7位がグルコースで修飾されたアントシアニンが蓄積していることが知られていることから、この反応で生成したアントシアニンはシアニジン-3,7-O-β-ジグルコシドであると推定された。コントロールとして行った、キット付属のLacZ遺伝子を導入したベクターを形質転換した大腸菌からの粗酵素液では生成物は確認されなかった。このことから、図5に示した塩基配列(配列番号4)を持つ遺伝子がバニリン酸グルコースを糖供与体としてアントシアニン骨格の7位にグルコースを転移する酵素タンパク質をコードしていることが示された。
【0158】
[実施例4]
花弁の発達4段階、茎、葉における、糖転移酵素をコードする遺伝子の発現量、糖転移酵素活性および蓄積アントシアニン量の解析
カーネーション(品種「ビームチェリー」)における糖転移酵素をコードする遺伝子の発現量の経時変化および器官特異性を調べた。経時変化の解析のために、それぞれ異なる発達段階の4種類の花弁をサンプルとして用いた。加えて、器官特異性の解析のために、茎と葉もサンプルとして用いた。
【0159】
発現解析はRT-PCRで行った。実施例2および3で述べた方法と同様の方法により各サンプルより抽出したtotal RNA 500ngよりcDNAを合成した。プライマーは、Oligo(dT)15 primer (Promega)、逆転写酵素はM-MLV ReverseTranscriptase(invitrogen)を用いた。各遺伝子発現の検出に用いたプライマーは以下の通りである。カーネーション由来UDP-グルコーストランスフェラーゼ(Dc3UGT):5'-GGC ACC CAC GAC ACC ACC ATC CC-3'(配列番号21)、5'-CAG GAT TGT CCA AGA TTA GAG TC-3'(配列番号22)、カーネーション由来バニリン酸グルコーストランスフェラーゼ(DcVA5GT、本発明の酵素) :5'-GAG GGA GTT TAC TCC AAA GAA G-3'(配列番号23)、5'-CAC CAT GAG TTC GAC ATC TTC C-3'(配列番号24)、カーネーション由来アクチン(DcActin):5'-CCC TAT TGA GCA CGG TAT CGT CAC C-3'(配列番号25)、5’-CAG CAC TTG TGG TGA GGG AGT AAC C-3’(配列番号26)。PCRのコンディションは以下の通りである:94℃で2分、その後 94℃で30秒、60℃で30秒、72℃で20秒を27、32または37サイクル。次いで、PCR産物をアガロースゲルで電気泳動することで分離した。各サンプルの転写量は、PCR産物をUV照射した際の光量で比較した。
【0160】
各サンプルより実施例1と同様にして抽出した粗酵素を用いて糖転移酵素活性を調べた。シアニジン-3-O-β-グルコシド(終濃度200μM)を受容体、バニリン酸1-O-βグルコース(終濃度1mM)を糖供与体とし、クエン酸バッファーでpH5.6に調整し、30℃、15分間、糖転移酵素反応を行った。リン酸(終濃度1%)で反応を止めた後、遠心して不溶物を除き、上清をHPLCを用いて解析した。(HPLC条件は実施例1(3)参照)。粗酵素1mgあたりのpkatは、シアニジン-3,5-O-β-ジグルコシドを基準に、HPLCのエリアより算出した。
【0161】
アントシアニンの蓄積量は、サンプル0.1gを1%トリフルオロ酢酸を含む80%メタノールで72時間抽出した抽出液の520nmにおける吸光度を測定することで定量した。サンプル1gあたりのアントシアニン量は、ペラルゴニジン-3,5-ジグルコシドの吸光度を基準にして算出した。
【0162】
これらの解析の結果を図7に示す。これらの結果より、この配糖化遺伝子はカーネーションの植物体内においてカーネーションが持つアントシアニン色素合成にかかわっていることがわかる。
【0163】
[実施例5]
(1)p-ヒドロキシ安息香酸1-O-β-グルコースの合成
DDBJデータベース上のカーネーション配糖化酵素相同遺伝子(DcUGTA82)のDNA配列情報(DDBJアクセッションNo.AB294379)から設計したPCR用プライマー(DcA82atg: ATGGAGGAGGATAAACAAAAGCC(配列番号27)、DcA82atgrt: ATGTGAAGTAACTTCTTCAATA(配列番号28))と、実施例2に記述した方法で合成した3'-RACE用の鋳型cDNAを用いてPCR法によってバニリン酸配糖化酵素遺伝子を増幅した。増幅したDNAをpTrcHis2-TOPO TA expression Kit(Invitrogen)を用いてpTrcHis2-TOPOベクター(Invitrogen)に連結し、大腸菌JM109株に形質転換した。形質転換した大腸菌からDNAを抽出して先の方法と同様にしてDNA塩基配列を解析し、cDNAの導入された向きとPCRによる塩基置換がないことを確認した。
【0164】
形質転換した大腸菌を50μl/mlのアンピシリンを含む5mlのLB培地に植菌し、14時間、30℃で振蕩培養した。その後、1mMとなるようにIPTGを加えてから16℃で2時間振蕩培養した。培養した大腸菌は1,800×gの遠心分離で集菌し、培地を除去した。そこに150μlの破砕バッファー(0.1Mリン酸カリウム、pH7.5、7mM 2-メルカプトエタノール)を加えてよく混合した後、氷上にて超音波破砕機(UD-201, TOMY SEIKO Co., Ltd., Tokyo, Japan)を用いて10秒間の超音波処理(output 4, duty 70)を3回繰り返した。20,000×gで遠心分離した後、上清を新しい遠心管に移し粗酵素液とした。
【0165】
20μlの粗酵素液、20μlの破砕バッファー(0.1Mリン酸カリウム、pH7.5、7mM 2-メルカプトエタノール)、5μlの10mM UDP-グルコース、5μlの10mMバニリン酸あるいはp-ヒドロキシ安息香酸を含む反応液内で、30℃で、1時間反応させた後、2.5μlの20%リン酸水溶液を加えて反応を停止した。20,000×gの遠心分離で不溶化したタンパク質を除去した後、HPLC分析によって反応生成物を確認した。HPLC分析はWakopak Handy ODS(4.6×250 mm、和光純薬工業)カラムを用いて、溶離液として1.5%リン酸水溶液およびメタノールを用いて行った。流速1ml/minおよびメタノールの濃度が22%から55%となるような直線勾配(20分間)で分離し、フォトダイオードアレイ検出器を用いて反応生成物を確認した。
【0166】
基質としてバニリン酸を用いた場合、糖供与体であるUDP-グルコースを含む場合には新たなピークが検出された(図8:上図はUDP-グルコースを加えた場合、中図は糖供与体を加えなかった場合をそれぞれ示す)。この化合物はリテンションタイム、DADスペクトルが化学的に合成したバニリン酸1-O-β-グルコースと一致したことから、この酵素はバニリン酸などの芳香族有機酸にグルコースをβ型でエステル結合させる酵素であることが証明された。同様にp-ヒドロキシ安息香酸を基質としてUDP-グルコースを糖供与体として反応させたところ、HPLCクロマトグラム上に新たなピークが検出された(図9:上図はUDP-グルコースを加えた場合、下図は糖供与体を加えなかった場合をそれぞれ示す)。これはp-ヒドロキシ安息香酸1-O-β-グルコースであると考えられた。
【0167】
次に、DcUGTA82を形質転換した大腸菌を200mlのLB培地中、30℃で14時間培養したのち、IPTGを終濃度1mMとなるように加えてから更に16℃で3時間培養した。培養した大腸菌を6,000×gの遠心分離で集菌し、10mlの破砕バッファーに懸濁した。その後氷上にて超音波破砕機を用いて30分間の超音波処理(output 7, duty 70)を行った。20,000×gで遠心分離した後、上清を新しい遠心管に移し粗酵素液とした。酵素反応は10mlの粗酵素液と、終濃度1mMのp-ヒドロキシ安息香酸と終濃度1mMのUDP-グルコースを含む全量30mlの反応液中で30℃で3時間行った。その後、終濃度1%となるようにリン酸を加えて反応を停止させてから、20,000×gの遠心分離で不溶化したタンパク質を除去した。この上清に含まれるp-ヒドロキシ安息香酸1-O-β-グルコースをODSカラム(ODS-SM, 26×100mm)を用いたフラッシュクロマトグラフィー(YFLC-AI-580, YAMAZEN corp.)で精製した。精製したp-ヒドロキシ安息香酸1-O-β-グルコースの濃度は紫外可視分光度計を用いてp-ヒドロキシ安息香酸の255nmにおける吸光度から算出した。
【0168】
(2)p-ヒドロキシ安息香酸1-O-βグルコースを糖供与体とする糖転移反応の検出
カーネーション(品種「ビームチェリー」)の桃色の花弁あるいはデルフィニウム(品種「マリンブルー」)の花弁から実施例1と同様の方法により抽出した粗酵素液を用いて糖転移酵素活性を調べた。シアニジン-3-O-β-グルコシド(終濃度200μM)を受容体、p-ヒドロキシ安息香酸1-O-β-グルコース(終濃度1mM)を糖供与体とし、クエン酸バッファーでpH5.6に調整し、30℃、15分間、糖転移酵素反応を行った。リン酸(終濃度1%)で反応を止めた後、遠心して不溶物を除き、上清をHPLCを用いて解析した。HPLC分析はWakopak Handy ODS(4.6×250 mm、和光純薬工業)カラムを用いて、溶離液として1.5%リン酸水溶液およびメタノールを用いて行った。流速1ml/minおよびメタノールの濃度が20%から55%となるような直線勾配(20分間)で分離し、フォトダイオードアレイ検出器を用いて反応生成物を確認した。
【0169】
その結果、カーネーションおよびデルフィニウムのいずれの粗酵素液を用いた場合においても、シアニジン3-O-β-グルコシドに対する配糖化酵素活性が認められた(図10:カーネーション花弁から得られた酵素、上から1番目はバニリン酸1-O-β-グルコースを加えた場合、2番目はp-ヒドロキシ安息香酸1-O-β-グルコースを加えた場合、3番目は糖供与体を加えなかった場合をそれぞれ示す。図11:デルフィニウム花弁から得られた酵素、上図はバニリン酸1-O-β-グルコースを加えた場合、中図はp-ヒドロキシ安息香酸1-O-β-グルコースを加えた場合、下図は糖供与体を加えなかった場合をそれぞれ示す。)。このことから、これらの配糖化酵素はバニリン酸1-O-β-グルコースのみならずp-ヒドロキシ安息香酸1-O-β-グルコースも糖供与体として認識できることが示された。
【0170】
(3)デルフィニウム由来糖転移酵素を用いた反応によって生成したアントシアニンのグルコース結合位置の確認
実施例3の(2)に示した方法で製造した組換えデルフィニウム由来糖転移酵素を用いて、シアニジン-3-O-β-グルコシドを糖受容体、p-ヒドロキシ安息香酸1-O-β-グルコースを糖供与体とした糖転移酵素反応をおこなった。この反応によって生じたシアニジン-3,7-O-β-ジグルコシドと考えられる生成物を、ODSカラムを用いた中圧クロマトグラフィーによって精製した。精製したサンプル(乾燥重量約 5 mg)を重メタノールに溶解してNOE差スペクトルを測定した。その結果を図12に示す。図中の化学式の矢印は、NOE差スペクトル測定によって示された相関を示したものである。シアニジン骨格のC8位のプロトンとグルコース1位のプロトン、ならびにC6位のプロトンとグルコース1位のプロトンとの間に相関が示されたことから、この糖転移反応によって生じたアントシアニンは、シアニジン3-グルコシドの7位の水酸基にグルコースが転移したシアニジン3,7-ジグルコシドであることが示された。
【0171】
[実施例6]
カーネーションから精製した酵素を用いた、各化合物を糖供与体とした糖転移反応の検証
実施例2の(1)および(2)に示した方法でカーネーション(品種「ビームチェリー」)の桃色の花弁から精製した酵素135ng、シアニジン3-グルコシド200μMおよび糖供与体(バニリン酸1-O-β-D-グルコース、またはMatsuba Y et al., Plant Biotechnology vol.25, No.4 (2008) pp.369-375に記載の方法に従って酵素学的に合成したp-クマル酸1-O-β-D-グルコース、カフェ酸1-O-β-D-グルコース、フェルラ酸1-O-β-D-グルコースもしくはシナピン酸1-O-β-D-グルコースのいずれか)500μMをクエン酸バッファー(pH 5.6)で30μlとした反応溶液で30℃で15分間酵素反応を行った。リン酸の終濃度が1%となるように20%リン酸水溶液を反応液に加えて反応を止め、遠心後の上澄みを、HPLC(Chromolith SpeedROD、4.6×50mm、Merck)を用い、溶離液A(1.5%リン酸水溶液)および溶離液B(90%メタノール水溶液)のB液18%から28%までの直線勾配(5分間)で分離し、解析を行った(流速3.0ml/min、520nm)。各糖供与体に対する酵素の相対活性を、反応生成物(シアニジン3,5-O-βジグルコシド)の波長505nmにおけるHPLCクロマトグラムのエリアから算出した。その結果を以下の表に示す。
【表3】
【産業上の利用可能性】
【0172】
本発明の糖供与試薬を用いることにより、UDP-グルコースのような糖ヌクレオチドを使用しないで糖供与反応を行うことができる。また本発明の糖転移酵素および糖転移酵素遺伝子によれば、糖ヌクレオチド以外の糖供与体を利用した糖転移反応を触媒する酵素を提供することができる。
【0173】
本明細書中で引用した全ての刊行物、特許および特許出願をそのまま参考として本明細書中にとり入れるものとする。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]