【文献】
WRIGHTON,K.H. et al,Transforming Growth Factor β Can Stimulate Smad1 Phosphorylation Independently of Bone Morphogenic,J Biol Chem,2009年 4月10日,Vol.284, No.15,p.9755-9763
【文献】
YU,P.B. et al,Dorsomorphin inhibits BMP signals required for embryogenesis and iron metabolism,Nat Chem Biol,2008年,Vol.4, No.1,p.33-41
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
工程(1)および(2)におけるアクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤がアクチビンであり、工程(3)が、工程(2)で得られた細胞を、(a)レチノイン酸受容体アゴニスト、(b’)AMP活性化プロテインキナーゼ及び/又はアクチビン受容体様キナーゼ−2,3,6の阻害剤、及び(c)アクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7の阻害剤を含む培地で培養する工程である、請求項1記載の製造方法。
工程(4)が、(i)アデニル酸シクラーゼ活性化剤、cAMPホスホジエステラーゼ阻害剤、及びcAMP類縁体からなる群より選択される少なくとも一種、(ii)ステロイド、及び(iii)アクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7の阻害剤からなる群より選択される何れか1種以上を含む培地中で実施される、請求項1記載の製造方法。
工程(3)におけるAMP活性化プロテインキナーゼ及び/又はアクチビン受容体様キナーゼ−2,3,6の阻害剤、又はBMPのアンタゴニストからなる群より選択される少なくとも一種が、ドーソモルフィン、またはNogginである請求項1記載の製造方法。
アデニル酸シクラーゼ活性化剤、cAMPホスホジエステラーゼ阻害剤、及びcAMP類縁体からなる群より選択される少なくとも一種が、フォルスコリン、3−イソブチル−1−メチルキサンチンまたはジブチルcAMPである、請求項3記載の製造方法。
アクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7の阻害剤が、2−(3−(6−メチルピリジン−2−イル)−1H−ピラゾール−4−イル)−1,5−ナフチリジン、または4−[4−(1,3−ベンゾジオキソール−5−イル)−5−(2−ピリジニル)−1H−イミダゾール−2−イル]−ベンズアミド又はその水和物である、請求項3記載の製造方法。
膵ホルモン産生細胞がインスリン産生細胞、グルカゴン産生細胞、ソマトスタチン産生細胞、膵ポリペプチド(PP)産生細胞、及びグレリン産生細胞からなる群より選択されるいずれかである請求項1記載の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を説明する。本明細書において使用される用語は、特に言及しない限り、当該分野で通常用いられる意味を有する。
本明細書において、「膵ホルモン」としては、例えば、インスリン、グルカゴン、ソマトスタチン、膵ポリペプチド、グレリンが挙げられる。
本明細書において、「膵ホルモン産生細胞」とは膵ホルモンを産生する能力を有する細胞を意味する。該膵ホルモン産生細胞は常に膵ホルモンを産生している必要はなく、膵ホルモンの産生能力を有していればよい。また、産生される膵ホルモン量は特に限定されない。
「膵ホルモン産生細胞」における、「膵ホルモン」としては、上記、本明細書における「膵ホルモン」として例示されたものが挙げられる。「膵ホルモン産生細胞」の具体例としては、インスリン産生細胞、グルカゴン産生細胞(本明細書中、膵α細胞と称することがある)、ソマトスタチン産生細胞(本明細書中、膵δ細胞と称することがある)、PP産生細胞、グレリン産生細胞が挙げられる。
【0018】
本明細書において「幹細胞」とは、インビトロにおいて培養することが可能で、かつ、生体を構成する複数系列の細胞に分化しうる細胞をいう。具体的にはES細胞、胎児の始原生殖細胞由来の多能性幹細胞(EG細胞:Proc Natl Acad Sci U S A.1998,95:13726−31)、精巣由来の多能性幹細胞(GS細胞:Nature.2008,456:344−9)、体細胞由来人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cells;iPS細胞)、ヒトの体性幹細胞(組織幹細胞)が挙げられ、好ましくは、iPS細胞、ES細胞またはヒトの体性幹細胞、さらに好ましくはiPS細胞である。
【0019】
ES細胞としては、任意の温血動物、好ましくは哺乳動物に由来するES細胞を使用できる。哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ、ヤギ、サル、ヒトが挙げられる。ES細胞の好ましい例としては、ヒトに由来するES細胞が挙げられる。
ES細胞の具体例として、着床以前の初期胚を培養することによって樹立した哺乳動物等のES細胞、体細胞の核を核移植することによって作製された初期胚を培養することによって樹立したES細胞、及びこれらのES細胞の染色体上の遺伝子を遺伝子工学の手法を用いて改変したES細胞が挙げられる。
各ES細胞は当該分野で通常実施されている方法や、公知文献に従って調製することができる。
マウスのES細胞は、1981年にエバンスら(Evans et al.,1981,Nature 292:154−6)や、マーチンら(Martin GR.et al.,1981,Proc Natl Acad Sci 78:7634−8)によって樹立されており、例えば大日本住友製薬株式会社(大阪、日本)などから購入可能である。
ヒトのES細胞は、1998年にトムソンら(Thomson et al.,Science,1998,282:1145−7)によって樹立されており、WiCell研究施設(WiCell Research Institute、ウェブサイト:http://www.wicell.org/、マジソン、ウイスコンシン州、米国)、米国国立衛生研究所(National Institute of Health)、京都大学などから入手可能であり、例えばCellartis社(ウェブサイト:http://www.cellartis.com/、スウェーデン)などから購入可能である。
【0020】
iPS細胞としては、任意の温血動物、好ましくは哺乳動物に由来するiPS細胞を使用できる。該哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ、ヤギ、サル、ヒトが挙げられる。iPS細胞の好ましい例としては、ヒトに由来するiPS細胞が挙げられる。
iPS細胞の具体例として、皮膚細胞等の体細胞に複数の遺伝子を導入して得られる、ES細胞同様の多分化能を獲得した細胞が挙げられ、例えばOct3/4遺伝子、Klf4遺伝子、C−Myc遺伝子及びSox2遺伝子を導入することによって得られるiPS細胞、Oct3/4遺伝子、Klf4遺伝子及びSox2遺伝子を導入することによって得られるiPS細胞(Nat Biotechnol 2008;26:101−106)が挙げられる。他にも、導入遺伝子をさらに減らした方法(Nature.2008 Jul 31;454(7204):646−50)、低分子化合物を利用した方法(Cell Stem Cell.2009 Jan 9;4(1):16−9、Cell Stem Cell.2009 Nov 6;5(5):491−503)、遺伝子の代わりに転写因子タンパク質を利用した方法(Cell Stem Cell.2009 May 8;4(5):381−4)などが挙げられる。
作成されたiPS細胞は、その作出方法によらずいずれも本発明に用いられうる。
ヒトiPS細胞株としては、具体的には、253G1株(36歳女性の皮膚線維芽細胞にOCT4/SOX2/KLF4を発現させて作成されたiPS細胞株)、201B7株(36歳女性の皮膚線維芽細胞にOCT4/SOX2/KLF4/c−MYCを発現させて作成されたiPS細胞株)、1503−iPS(297A1)(73歳女性の皮膚線維芽細胞にOCT4/SOX2/KLF4/c−MYCを発現させて作成されたiPS細胞株)、1392−iPS(297F1)(56歳男性の皮膚線維芽細胞にOCT4/SOX2/KLF4/c−MYCを発現させて作成されたiPS細胞株)、NHDF−iPS(297L1)(新生児男性の皮膚線維芽細胞にOCT4/SOX2/KLF4/c−MYCを発現させて作成されたiPS細胞株)等が挙げられる。
【0021】
体性幹細胞としては、ヒトに由来するものが使用できる。ここで体性幹細胞とは、膵ホルモン産生細胞へと分化し得る細胞であり、例えば骨髄や脂肪由来の間葉系幹細胞や膵臓内に存在する幹細胞が挙げられる。
【0022】
1.細胞の製造方法
本発明の製造方法は、幹細胞や内胚葉細胞あるいは膵ホルモン産生前駆細胞から膵ホルモン産生細胞を製造する方法、幹細胞から内胚葉細胞を製造する方法、内胚葉細胞から膵ホルモン産生前駆細胞を製造する方法であるが、より未分化な状態にある細胞をより分化した状態へと分化誘導する方法でもある。
【0023】
本発明は、幹細胞を、以下の工程(1)〜(4)に付すことを特徴とする、膵ホルモン産生細胞の製造方法:
(1)幹細胞を、アクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤、及びGSK3阻害剤を含む培地で培養する工程
(2)前記工程(1)で得られた細胞を、アクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤を含む培地で培養する工程
(3)前記工程(2)で得られた細胞を、(a)レチノイン酸受容体アゴニスト、(b)AMP活性化プロテインキナーゼ及び/又はアクチビン受容体様キナーゼ−2,3,6の阻害剤、又はBMPのアンタゴニストからなる群より選択される少なくとも一種、及び(c)アクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7の阻害剤からなる群より選択される何れか1種以上を含む培地で培養する工程
(4)前記工程(3)で得られた細胞を培養する工程、
を提供する。
【0024】
本発明の製造方法(分化誘導方法)において幹細胞は、通常培養器上で培養される。ここで用いられる培養器としては、例えば、フラスコ、組織培養用フラスコ、デッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用デッシュ、マルチデッシュ、マイクロプレート、マイクロウエルプレート、マルチプレート、マルチウエルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、ローラーボトルが挙げられる。好ましくは、デッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用デッシュ、マルチデッシュ、マイクロプレート、マイクロウエルプレート、マルチプレート、マルチウエルプレート等である。培養器は、幹細胞を維持・培養するのに適するようなコーティングが施されていることが好ましい。具体的にはフィーダー細胞や、細胞外基質成分でコーティングされた培養器を用いることが好ましい。フィーダー細胞としては、特に限定されないが、例えば、線維芽細胞(マウス胎仔線維芽細胞(MEF)、マウス線維芽細胞(STO)等)が挙げられる。フィーダー細胞は自体公知の方法、例えば放射線(ガンマ線等)照射や抗癌剤(マイトマイシンC等)処理等で不活化されていることが好ましい。細胞外基質成分としては、ゼラチン、コラーゲン、エラスチン等の繊維性タンパク質、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸等のグルコサミノグリカンやプロテオグリカン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、ラミニン等の細胞接着性タンパク質、あるいはマトリゲル等の基底膜成分等が挙げられる。
【0025】
工程(1):幹細胞を、アクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤、及びGSK3阻害剤を含む培地で培養する工程
本工程は、単独、好ましくは後述する工程(2)とともに幹細胞から内胚葉細胞への分化を誘導する工程に相当する。従って、本発明では、本工程(1)によって、幹細胞を出発材料とした内胚葉細胞の製造方法も提供することができる。
【0026】
本工程で使用されるアクチビン受容体様キナーゼ(ALK)−4,7の活性化剤は、ALK−4及び/又はALK−7に対し活性化作用を有する物質から選択される。
本工程で使用されるアクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤の例としては、アクチビン、Nodal、Myostatinが挙げられる。なかでも、本工程で使用されるアクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤としてはアクチビンが好ましい。
上記アクチビンはTGFβ(トランスフォーミング増殖因子β)ファミリーに属する大きさ24kDのペプチド性細胞増殖、分化因子であり、2個のβサブユニットがSS結合を介して2量体を構成している(Ling,N.,et al.,(1986)Nature 321,779−782;Vale,W.,et al.,(1986)Nature 321,776−779)。アクチビンには、アクチビンA、B、C、DおよびABが知られているが、本工程においてはアクチビンA、B、C、D、ABのいずれのアクチビンも使用することができる。本工程に用いるアクチビンとしては特にアクチビンAが好適に用いられる。また、該アクチビンとしてはヒト、マウス等いずれの哺乳動物由来のアクチビンをも使用することができる。本工程に使用するアクチビンとしては、分化に用いる幹細胞と同一の動物種由来のアクチビンを用いることが好ましく、例えばヒト由来の幹細胞を出発原料とする場合、ヒト由来のアクチビンを用いることが好ましい。これらのアクチビンは商業的に入手可能である。
本工程における培地中のアクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤の濃度は、用いるアクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤の種類によって適宜設定されるが、アクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤としてヒトアクチビンAを使用する場合の濃度は、通常0.1〜200ng/ml、好ましくは5〜150ng/ml、特に好ましくは10〜100ng/mlである。
また、本工程においては、アクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤(好ましくはアクチビンA)とともにGSK3阻害剤を含む培地を用いることを特徴とする。アクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤及びGSK3阻害剤との存在下に幹細胞を培養すれば、より好適に内胚葉細胞へと分化させることができる。
なお、本明細書中、物質には、低分子化合物、ペプチド、タンパク質等が含まれる。
【0027】
本工程で用いるGSK3阻害剤は、GSK3α阻害活性を有する物質、GSK3β阻害活性を有する物質、及びGSK3α阻害活性とGSK3β阻害活性とを併せ持つ物質からなる群より選択される。本工程で用いるGSK3阻害剤としては、GSK3β阻害活性を有する物質またはGSK3α阻害活性とGSK3β阻害活性とを併せ持つ物質が好ましい。
上記GSK3阻害剤として、具体的にはCHIR98014、CHIR99021、ケンパウロン(Kenpaullone)、AR−AO144−18、TDZD−8、SB216763、BIO、TWS−119及びSB415286等が例示される。これらはAxon Medchem BV社、和光純薬工業社、Enzo Life Sciences,Inc.社、Merck Bioscience社、Tocris bioscience社、Stemgent社、Sigma社などから購入可能であり、同一名称あるいは同一の商品名であれば、同一の物質を指し、構造ならびに物性は製造元によらず同等である。また、市販品として入手できない場合であっても、当業者であれば既知文献に従って調製することもできる。
また、GSK3のmRNAに対するアンチセンスオリゴヌクレオチドやsiRNA等もGSK3阻害剤として使用することができる。これらはいずれも商業的に入手可能であるか既報に従って合成することができる。
上記GSK3阻害剤は、好ましくはCHIR99021(6−[[2−[[4−(2,4−ジクロロフェニル)−5−(4−メチル−1H−イミダゾール−2−イル)−2−ピリミジニル]アミノ]エチル]アミノ]ニコチノニトリル)、SB216763(3−(2,3−ジクロロフェニル)−4−(1−メチル−1H−インドール−3−イル)−1H−ピロール−2,5−ジオン)、SB415286(3−[(3−クロロ−4−ヒドロキシフェニル)アミノ]−4−(2−ニトロフェニル)−1H−ピロール−2,5−ジオン)である。
本工程では、好ましくは、GSK3阻害剤であるCHIR99021(6−[[2−[[4−(2,4−ジクロロフェニル)−5−(4−メチル−1H−イミダゾール−2−イル)−2−ピリミジニル]アミノ]エチル]アミノ]ニコチノニトリル)が用いられる。
GSK3阻害剤の培地中の濃度は、用いるGSK3阻害剤の種類によって適宜設定されるが、GSK3阻害剤としてCHIR99021を使用する場合の濃度は、通常0.1〜20μM、好ましくは1〜5μMである。GSK3阻害剤としてSB415286を使用する場合の濃度は、通常0.1〜20μM、好ましくは1〜10μMである。GSK3阻害剤としてSB216763を使用する場合の濃度は、通常0.1〜30μM、好ましくは0.5〜20μMである。
【0028】
本工程において、アクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤とGSK3阻害剤とは、培地中に同時に添加されてもよく、また、幹細胞の内胚葉細胞への分化を誘導し得る限り、別個に時間差を設けて培地中に添加されてもよい。アクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤とGSK3阻害剤とは、培地中に同時に添加されることが簡便であり、また好ましい。
【0029】
本工程で用いる培地は、上記のようにアクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤とGSK3阻害剤を含有している限り特に限定されず、通常、幹細胞を培養するのに用いられる培地(以下では、基礎培地と称することもある)にアクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤とGSK3阻害剤を添加してなるものである。
上記基礎培地は、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM ZincOption培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、及びこれらの混合培地等、動物細胞の培養に用いることのできる培地であれば特に限定されない。これらの基礎培地は、Invitrogen社、SIGMA社、和光純薬工業社、大日本住友製薬社などから購入可能であり、同一名称あるいは同一商品名の培地であれば培地の組成は製造元によらず同等である。本工程で用いる基礎培地は、好ましくは、RPMI 1640培地、Improved MEM Zinc Option培地である。
本工程で用いられる培地は、血清含有培地であっても無血清培地であってもよい。ここで、無血清培地とは、無調整又は未精製の血清を含まない基礎培地を意味し、精製された血液由来成分や動物組織由来成分(例えば、増殖因子)が混入している培地は無血清培地に該当するものとする。本工程で用いられる培地が血清含有培地である場合、該血清としてはウシ胎児血清(Fetal Bovine Serum)などの哺乳動物の血清が使用できる。該血清の培地中の濃度は通常0.01〜20重量%、好ましくは0.1〜10重量%である。
【0030】
本工程で用いられる培地はまた、血清代替物を含んでいてもよい。血清代替物としては、例えば、アルブミン(例えば、脂質リッチアルブミン)、トランスフェリン、脂肪酸、コラーゲン前駆体、微量元素(例えば亜鉛、セレン)、B−27サプリメント、N2サプリメント、ノックアウトシーラムリプレースメント、2−メルカプトエタノール、3’チオールグリセロール、又はこれらの均等物が挙げられる。これらの培地中の濃度は、前記した血清の培地中の濃度と同様である。
ノックアウトシーラムリプレースメントはInvitrogen社から購入可能である。その他の血清代替物については、Invitrogen社、SIGMA社、和光純薬工業社、大日本住友製薬社などから購入可能であり、同一名称あるいは同一商品名の試薬あるいは添加物であれば組成は製造元によらず同等である。
【0031】
本工程で用いられる培地はまた、脂質、アミノ酸(例えば、非必須アミノ酸)、ビタミン、増殖因子、サイトカイン、抗酸化剤、2−メルカプトエタノール、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類、抗生物質(例えばペニシリンやストレプトマイシン)又は抗菌剤(例えばアンホテリシンB)等を含有してもよい。これらの培地中の濃度は、前記した血清の培地中の濃度と同様である。
本工程は、使用する幹細胞の培養に適した培養温度(通常30〜40℃、好ましくは37℃程度)で、6〜60時間(好ましくは12〜36時間)、1〜10%(好ましくは5%)の二酸化炭素を通気したCO
2インキュベーター内にて培養することによって実施される。
【0032】
工程(2):前記工程(1)で得られた細胞を、アクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤を含む培地で培養する工程
本工程は、上記工程(1)に続いて実施する工程であり、幹細胞からの内胚葉細胞への分化誘導を完了させる工程に相当する。
【0033】
即ち、前記工程(1)で得られた細胞を、アクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤を含む培地で培養する工程である。
具体的には、幹細胞を、アクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤、及びGSK3阻害剤を含む培地で培養した(工程(1))後、アクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤を含有する培地に培地交換することによって実施される。
【0034】
本工程で用いる培地は、前記工程(1)で例示した基礎培地(所望により前記工程(1)で例示した各種添加物、血清又は血清代替物を含有していてもよい)にアクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤を添加することにより作製される。また、所望により培地中に前記工程(1)で例示したGSK3阻害剤が含有されていてもよい。
本工程で用いられる培地は、前記工程(1)で用いた基礎培地と同種の基礎培地を用いて作製されたものであっても、異種の基礎培地を用いて作製されたものであってもよいが、同種の基礎培地を用いて作製されたものであることが好ましい。
本工程で用いられるアクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤の例としては、前記工程(1)で例示したアクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤が挙げられる。
本工程においてアクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤としてアクチビンを用いる場合には、該アクチビンはアクチビンA、B、C、D、ABのいずれでもよく、なかでもアクチビンAが好適である。また該アクチビンはヒト、マウス等いずれの動物種由来のアクチビンでもよい。本工程に使用するアクチビンとしては、出発原料とする幹細胞と同一の動物種由来のアクチビンを用いるのが好ましく、例えばヒト由来の幹細胞を出発原料とする場合、ヒトアクチビンを用いるのが好ましい。これらのアクチビンは商業的に入手可能である。
本工程における培地中のアクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤の濃度は、用いるアクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤の種類によって適宜設定されるが、アクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤としてヒトアクチビンAを使用する場合の濃度は、通常0.1〜200ng/ml、好ましくは5〜150ng/ml、特に好ましくは10〜100ng/mlである。
【0035】
本工程は、使用する幹細胞の培養に適した培養温度(通常30〜40℃、好ましくは37℃程度)で、6〜144時間(好ましくは12〜72時間)、1〜10%(好ましくは5%)の二酸化炭素を通気したCO
2インキュベーター内にて培養することによって実施される。
本工程において、幹細胞が内胚葉細胞に分化したことの確認は、内胚葉細胞特異的に発現するタンパク質や遺伝子(本明細書において、上記タンパク質や遺伝子を内胚葉マーカーと称することがある)の発現変動を評価することによって行うことができる。上記内胚葉マーカーの発現変動の評価は、例えば、抗原抗体反応を利用したタンパク質の発現評価方法、定量RT−PCRを利用した遺伝子発現評価方法等によって行なうことができる。上記内胚葉マーカーの例としては、SOX17(性決定領域Y、Sex determining region Y)、Goosecoid(goosecoid homeobox)、CXCR4(chemokine(C−X−Cmotif)receptor 4)、FOXA2(forkhead box A2)が挙げられる。
【0036】
工程(3):前記工程(2)で得られた細胞を、(a)レチノイン酸受容体アゴニスト、(b)AMP活性化プロテインキナーゼ及び/又はアクチビン受容体様キナーゼ−2,3,6の阻害剤、又はBMPのアンタゴニストからなる群より選択される少なくとも一種、及び(c)アクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7の阻害剤からなる群より選択される何れか1種以上を含む培地で培養する工程
本工程は、上記工程(1)及び(2)を経て得られた内胚葉細胞から膵ホルモン産生前駆細胞への分化を誘導する工程に相当する。
【0037】
本工程で用いるレチノイン酸受容体(RAR)アゴニストは、天然に存在するレチノイドであっても、化学的に合成されたレチノイド、レチノイド骨格を持たないレチノイン酸受容体アゴニスト化合物やレチノイン酸受容体アゴニスト活性を有する天然物であってもよい。RARアゴニストとしての活性をもつ天然レチノイドの例としては、レチノイン酸(立体異性体の全トランス−レチノイン酸(全トランスRA)と9−シス−レチノイン酸(9−シスRA)が知られている)が挙げられる。化学的に合成されたレチノイドは当技術分野で公知である(米国特許第5,234,926号、米国特許第4,326,055号等)。レチノイド骨格を持たないレチノイン酸受容体アゴニスト化合物の例としては、Am80、AM580、TTNPB、AC55649が挙げられる。レチノイン酸受容体アゴニスト活性を有する天然物の例としては、ホノキオール、マグノロールが挙げられる(生物機能開発研究所紀要 9:55−61、2009年)。本工程で用いるRARアゴニストは、好ましくはレチノイン酸、AM580(4−[[5,6,7,8−テトラヒドロ−5,5,8,8−テトラメチル−2−ナフタレニル]カルボキシアミド]ベンゾイック アシッド)、TTNPB(4−[[E]−2−[5,6,7,8−テトラヒドロ−5,5,8,8−テトラメチル−2−ナフタレニル]−1−プロペニル]ベンゾイックアシッド)、AC55649(4’−オクチル−[1,1’−ビフェニル]−4−カルボキシリックアシッド)であり、さらに好ましくはレチノイン酸である。RARアゴニストの培地中の濃度は、用いるRARアゴニストの種類によって適宜設定されるが、RARアゴニストとしてレチノイン酸を用いる場合の濃度は、通常0.1〜100μM、好ましくは0.5〜10μMである。RARアゴニストとしてTTNPBを用いる場合の濃度は、通常0.02〜20μM、好ましくは0.05〜10μMである。RARアゴニストとしてAM580を用いる場合の濃度は、通常0.02〜20μM、好ましくは0.05〜10μMである。RARアゴニストとしてAC55649を用いる場合の濃度は、通常0.02〜20μM、好ましくは0.1〜10μMである。
【0038】
本工程で用いるAMP活性化プロテインキナーゼ及び/又はアクチビン受容体様キナーゼ−2,3,6の阻害剤は、AMP活性化プロテインキナーゼ及び/又はアクチビン受容体様キナーゼ−2,3,6の阻害活性を有する物質(例えば、AMP活性化プロテインキナーゼ及び/又はアクチビン受容体様キナーゼ−2,3,6の阻害活性を有する化合物、AMP活性化プロテインキナーゼ及び/又はアクチビン受容体様キナーゼ−2,3,6に対するmRNAのアンチセンスオリゴヌクレオチドやsiRNA)であれば特に限定されない。合成可能な(低分子)化合物に加え、サイトカイン等の各種生理活性物質も当該作用を有する限り好適に用いることができる。AMP活性化プロテインキナーゼ及び/又はアクチビン受容体様キナーゼ−2,3,6の阻害活性を有する物質の好ましい例としてはAMP活性化プロテインキナーゼ及び/又はアクチビン受容体様キナーゼ−2,3,6の阻害活性を有する化合物が挙げられる。該化合物は、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)阻害活性を有する化合物、アクチビン受容体様キナーゼ(ALK)−2,3,6阻害活性を有する化合物、及びAMP活性化プロテインキナーゼ阻害活性とアクチビン受容体様キナーゼ−2,3,6阻害活性とを併せ持つ化合物からなる群より選択される。
ここで、アクチビン受容体様キナーゼ(ALK)−2,3,6の阻害剤あるいはALK−2,3,6の阻害活性を有する物質とは、ALK−2、ALK−3、及びALK−6からなる群より選択される少なくとも一種のALKに対して阻害活性を有する化合物あるいは物質を意味する。
【0039】
AMPK阻害活性を有する化合物としては、ドーソモルフィン(Dorsomorphin:6−[4−(2−ピペリジン−1−イルエトキシ)フェニル]−3−ピリジン−4−イルピラゾロ[1,5−a]ピリミジン)、araA(アデニン−9−β−d−アラビノフラノシド)、C75等が挙げられる。アクチビン受容体様キナーゼ(ALK)としては、BMP(Bone Morphogenetic Protein)の1型受容体であるALK−2,3,6や、後述するTGF−β、Activin、Nodalの1型受容体であるALK−4,5,7などが知られている。ALK−2,3,6阻害活性を有する化合物としては、ドーソモルフィン、LDN−193189等が挙げられる。ドーソモルフィンは、AMPK阻害活性及びALK−2,3,6阻害活性の両方の活性を有する。本工程で用いるAMP活性化プロテインキナーゼ及び/又はアクチビン受容体様キナーゼ−2,3,6の阻害剤としては、ドーソモルフィンが好ましい。
【0040】
本工程で用いるBMPのアンタゴニストは、BMPが有する機能(すなわちアクチビン受容体様キナーゼ−2,3,6を介したシグナルの活性化)を阻害する物質(例えば、BMPと結合してBMPが有する機能を阻害するタンパク質(Trends Cell Biol.20(2001)244−256)や、該タンパク質に対するmRNAのアンチセンスオリゴヌクレオチドやsiRNA)であれば特に限定されない。本工程で用いるBMPのアンタゴニストの例としては、Nogginが挙げられる。
【0041】
これらの化合物はSIGMA社、Tocris bioscience社、Stemgent社、Merck Bioscience社などから購入可能であり、同一名称あるいは同一商品名であれば同一の化合物を指し、構造ならびに物性は製造元によらず同等である。また、市販品として入手できない場合には、既知文献に従って調製することもできる。
【0042】
また、AMP活性化プロテインキナーゼ、ALK−2,3,6のmRNAに対するアンチセンスオリゴヌクレオチドやsiRNA等もAMP活性化プロテインキナーゼ及び/又はALK−2,3,6の阻害剤として使用することができる。また、本工程中において培養中の細胞から培地中にBMPファミリーに属する分化因子の増加、あるいは当該分化因子の分泌が確認された場合には、当該分化因子の活性を中和する抗体、あるいはBMPに結合してその作用を阻害することが知られているNoggin、Chordin、Cerberus、Gremlin等もAMP活性化プロテインキナーゼ及び/又はALK−2,3,6の阻害剤として使用することができる。
【0043】
また、本工程中において培養中の細胞から培地中に上記工程(1)で例示したアクチビンのファミリーに属する分化因子の増加、あるいは当該分化因子の分泌が確認された場合には、当該分化因子の活性を中和する抗体、あるいはアクチビンに結合してその作用を阻害することが知られているホリスタチンもAMP活性化プロテインキナーゼ及び/又はALK−2,3,6の阻害剤として使用することができる。
【0044】
本工程においてAMP活性化プロテインキナーゼ及び/又はアクチビン受容体様キナーゼ−2,3,6の阻害剤を用いる場合の、培地中の濃度は、用いる阻害剤の種類によって適宜設定されるが、ドーソモルフィンの場合、通常0.1〜20μM、好ましくは0.2〜5μMである。
本工程においてBMPのアンタゴニストを用いる場合の、培地中の濃度は、用いるBMPのアンタゴニストの種類によって適宜設定されるが、Nogginの場合、通常1ng/ml〜1000ng/ml、好ましくは20ng/ml〜500ng/mlである。
【0045】
アクチビン受容体様キナーゼ(ALK)−4,5,7の阻害剤は、ALK−4、ALK−5およびALK−7からなる群より選択される少なくとも一種のALKに対し阻害活性を有する化合物から選択される。
本工程で用いるALK−4,5,7の阻害剤としては、SB−431542、SB−505124、SB−525334、A−83−01、GW6604、LY580276、ALK5阻害剤II、TGFβRIキナーゼ阻害剤VIII及びSD−208等が挙げられる。
【0046】
これらはSIGMA社、Tocris bioscience社、和光純薬工業社などから購入可能であり、同一名称あるいは同一商品名であれば同一の化合物を指し、構造ならびに物性は製造元によらず同等である。また、市販品として入手できない場合には、既知文献に従って調製することもできる。
【0047】
また、ALK−4,5,7のmRNAに対するアンチセンスオリゴヌクレオチドやsiRNA等もALK−4,5,7の阻害剤として使用することができる。
【0048】
本工程で用いるALK−4,5,7の阻害剤としては、SB−431542(4−[4−(1,3−ベンゾジオキソール−5−イル)−5−(2−ピリジニル)−1H−イミダゾール−2−イル]−ベンズアミド又はその水和物)、A−83−01(3−[6−メチル−2−ピリジニル]−N−フェニル−4−[4−キノリニル]−1H−ピラゾル−1−カルボチオアミド)、ALK5阻害剤II(2−[3−[6−メチルピリジン−2−イル]−1H−ピラゾル−4−イル]−1,5−ナフチリジン)、TGFβRIキナーゼ阻害剤VIII(6−[2−tert−ブチル−5−[6−メチル−ピリジン−2−イル]−1H−イミダゾル−4−イル]−キノキサリン)が好ましく、さらにSB−431542(4−[4−(1,3−ベンゾジオキソール−5−イル)−5−(2−ピリジニル)−1H−イミダゾール−2−イル]−ベンズアミド又はその水和物)が好ましい。アクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7の阻害剤の培地中の濃度は、用いる阻害剤の種類によって適宜設定されるが、アクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7の阻害剤としてSB−431542を用いる場合の濃度は、通常、0.1〜50μM、好ましくは1〜20μMである。アクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7の阻害剤としてALK5阻害剤IIを用いる場合の濃度は、通常0.05〜50μM、好ましくは0.2〜10μMである。アクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7の阻害剤としてA−83−01を用いる場合の濃度は、通常0.05〜50μM、好ましくは0.1〜10μMである。アクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7の阻害剤としてTGFβRIキナーゼ阻害剤VIIIを用いる場合の濃度は、通常0.05〜50μM、好ましくは0.1〜10μMである。
【0049】
工程(3)は、(a)レチノイン酸受容体アゴニスト、(b)AMP活性化プロテインキナーゼ及び/又はアクチビン受容体様キナーゼ−2,3,6の阻害剤、又はBMPのアンタゴニストからなる群より選択される少なくとも一種、及び(c)アクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7の阻害剤の3種類全ての成分を含む培地中で実施することが好ましく、レチノイン酸受容体アゴニスト、AMP活性化プロテインキナーゼ及び/又はアクチビン受容体様キナーゼ−2,3,6の阻害剤、及びアクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7の阻害剤の3種類全ての成分を含む培地中で実施することが好ましく、レチノイン酸、ドーソモルフィン、及び4−[4−(1,3−ベンゾジオキソール−5−イル)−5−(2−ピリジニル)−1H−イミダゾール−2−イル]−ベンズアミド又はその水和物を含む培地中で実施することがさらに好ましく、レチノイン酸、ドーソモルフィン、及び4−[4−(1,3−ベンゾジオキソール−5−イル)−5−(2−ピリジニル)−1H−イミダゾール−2−イル]−ベンズアミド又はその水和物を含む培地中で実施することが特に好ましい。
【0050】
本工程において、(a)レチノイン酸受容体アゴニスト、(b)AMP活性化プロテインキナーゼ及び/又はアクチビン受容体様キナーゼ−2,3,6の阻害剤、又はBMPのアンタゴニストからなる群より選択される少なくとも一種、及び(c)アクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7の阻害剤のうち2種以上を組み合わせて用いる場合、それらは培地中に同時に添加されてもよく、また、膵ホルモン産生前駆細胞への分化を誘導し得る限り、別個に時間差を設けて培地中に添加されてもよい。用いる各因子の種類によっても適宜設定され得るが、(a)レチノイン酸受容体アゴニスト、(b)AMP活性化プロテインキナーゼ及び/又はアクチビン受容体様キナーゼ−2,3,6の阻害剤、又はBMPのアンタゴニストからなる群より選択される少なくとも一種、及び(c)アクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7の阻害剤は、培地中に同時に添加されることが簡便であり、また好ましい。
【0051】
本工程で用いる培地は、前記工程(1)で例示した基礎培地(所望により前記工程(1)で例示した各種添加物、血清又は血清代替物を含有していてもよい)に、(a)レチノイン酸受容体アゴニスト、(b)AMP活性化プロテインキナーゼ及び/又はアクチビン受容体様キナーゼ−2,3,6の阻害剤、又はBMPのアンタゴニストからなる群より選択される少なくとも一種、及び(c)アクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7の阻害剤からなる群より選択されるいずれか1種以上を添加することにより作製される。本工程で用いる培地は、上記工程(1)や工程(2)と同種の基礎培地を用いて作製されたものであっても、異種の基礎培地を用いて作製されたものであってもよい。膵ホルモン産生前駆細胞への分化誘導がより効率的に行えるという点で、Improved MEM Zinc Option培地(Invitrogen社)が本工程での基礎培地として好適に用いられるが、当該培地は公知文献(Richter A.et al.,National Cancer(1972)49,1705)に従って調製することもできる。さらに、血清代替物としてのB−27サプリメント(Brewer G.J.et al.,J.Neurosci.Res.(1993)35,567)もまた好適に培地中に添加され得る。
培地中、B−27サプリメントの濃度は、0.01〜10重量%、好ましくは0.1〜2重量%である。
【0052】
本工程は、使用する幹細胞又は内胚葉細胞の培養に適した培養温度(通常30〜40℃、好ましくは37℃程度)で、72〜288時間(好ましくは120〜216時間)、1〜10%(好ましくは5%)の二酸化炭素を通気したCO
2インキュベーター内にて培養することによって実施される。
【0053】
本工程において、内胚葉細胞が膵ホルモン産生前駆細胞に分化誘導されたことの確認は、膵ホルモン産生前駆細胞特異的に発現するタンパク質や遺伝子(本明細書において、上記タンパク質や遺伝子を膵ホルモン産生前駆細胞マーカーと称することがある)の発現変動を評価することによって行うことができる。上記膵ホルモン産生前駆細胞マーカーの発現変動の評価は、例えば、抗原抗体反応を利用したタンパク質の発現評価方法、定量RT−PCRを利用した遺伝子発現評価方法等によって評価することができる。上記膵ホルモン産生前駆細胞マーカーとしては、NGN3、HNF6(hepatocyte nuclear factor 6、別名:One cut homeobox 1)、PDX1(pancreatic and duodenal homeobox 1)等が挙げられる。
本工程(3)を用いれば、上記工程(1)及び(2)を経て得られた内胚葉細胞以外の内胚葉細胞または幹細胞を出発材料として膵ホルモン産生前駆細胞を効率良く製造することもできる。従って、本発明では、本工程(3)によって、内胚葉細胞または幹細胞を出発材料とした膵ホルモン産生前駆細胞の製造方法、すなわち、内胚葉細胞または幹細胞を、以下の(a)〜(c)からなる群より選択される何れか1種以上を含む培地、より好ましくは以下の(a)〜(c)を全て含む培地で培養することを特徴とする、膵ホルモン産生前駆細胞の製造方法も提供する:
(a)上記したレチノイン酸受容体アゴニスト
(b)上記したAMP活性化プロテインキナーゼ及び/又はアクチビン受容体様キナーゼ−2,3,6の阻害剤、又はBMPのアンタゴニストからなる群より選択される少なくとも1種
(c)上記したアクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7の阻害剤。
なお、上記工程(1)及び(2)を経て得られた内胚葉細胞以外の内胚葉細胞または幹細胞を出発材料とした膵ホルモン産生前駆細胞の製造方法においても、上記(a)〜(c)それぞれについての培地中の濃度、培養に用いる基礎培地、および細胞の培養条件(温度、時間など)は、上記工程(1)及び(2)を経て得られた内胚葉細胞または幹細胞を出発材料とした膵ホルモン産生前駆細胞を製造する方法における工程(3)と同様に行うことができる。
【0054】
工程(4):前記工程(3)で得られた細胞を培養する工程
本工程は、膵ホルモン産生前駆細胞から膵ホルモン産生細胞への分化を誘導する工程に相当する。
【0055】
本工程で用いる基礎培地としては、前記工程(1)で例示した基礎培地が挙げられる。本工程で用いる培地は、上記工程(1)〜(3)と同種の基礎培地を用いて作製されたものであっても、異種の基礎培地を用いて作製されたものであってもよい。膵ホルモン産生細胞への分化誘導がより効率的に行えるという点で、Improved MEM Zinc Option培地(Invitrogen社)が本工程での基礎培地として好適に用いられ、該培地は公知文献(Richter A.et al.,National Cancer(1972)49,1705)に従って調製することも可能である。特に、B−27サプリメントが添加されたImproved MEM Zinc Option培地(Invitrogen社)が好適に用いられる。培地中、B−27サプリメントの濃度は、0.01〜10重量%、好ましくは0.1〜2重量%である。また、Improved MEM Zinc Option培地へは、細胞の生存率を向上させる添加剤を添加してもよい。そのような添加物として、例えば、ウシ胎児血清(Fetal Bovine Serum)や、ノックアウトシーラムリプレースメント、N2サプリメント等の血清代替物等が挙げられる。培地中の前記添加剤の濃度は、0.01〜10重量%、好ましくは0.1〜2重量%である。
【0056】
本工程の、より好ましい別の実施態様においては、(i)アデニル酸シクラーゼ活性化剤、cAMPホスホジエステラーゼ阻害剤及びcAMP類縁体からなる群より選択される少なくとも一種、(ii)ステロイド、及び(iii)アクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7(ALK−4,5,7)の阻害剤からなる群より選択される少なくとも1種が添加された培地を用いる。所望によりさらにニコチンアミドが添加された培地を用いることもできる。
本工程で用いる(i)アデニル酸シクラーゼ活性化剤、cAMPホスホジエステラーゼ阻害剤及びcAMP類縁体の例としては、アデニル酸シクラーゼ活性を有する化合物、cAMPホスホジエステラーゼ阻害活性を有する化合物、及びアデニル酸シクラーゼ活性とcAMPホスホジエステラーゼ阻害活性とを併せ持つ化合物等が挙げられる。より具体的には、フォルスコリン、ジブチルcAMP、PACAP27(pituitary adenylate cyclase activating polypeptide 27)、IBMX(3−イソブチル−1−メチルキサンチン)等が挙げられる。なかでもフォルスコリンが好適に用いられる。本工程で用いる(i)アデニル酸シクラーゼ活性化剤、cAMPホスホジエステラーゼ阻害剤及びcAMP類縁体からなる群より選択される少なくとも1種の培地中の濃度は、用いるアデニル酸シクラーゼ活性化剤、cAMPホスホジエステラーゼ阻害剤及びcAMP類縁体の種類によって適宜設定されるが、フォルスコリンを使用する場合の濃度は、通常0.1〜50μM、好ましくは2〜50μMであり、IBMXを使用する場合の濃度は、通常5〜1000μM、好ましくは50〜500μMであり、ジブチルcAMPを使用する場合の濃度は、通常10〜4000μM、好ましくは100〜1000μMである。
本工程で用いる(ii)ステロイドとしては、細胞の分化誘導に寄与し得るものであれば特に限定されない。本工程で用いる(ii)ステロイドの例としては、デキサメタゾン、ヒドロコルチゾン、ベタメタゾン、ベクロメタゾンが挙げられる。なかでもデキサメタゾンが好適に用いられる。当該ステロイドの培地中の濃度は、用いるステロイドの種類によって適宜設定されるが、ステロイドとしてデキサメタゾンを使用する場合の濃度は、通常0.1〜50μM、好ましくは2〜50μMである。ステロイドとしてヒドロコルチゾンを使用する場合の濃度は、通常0.1〜100μM、好ましくは1〜50μMである。ステロイドとしてベタメタゾンを使用する場合の濃度は、通常0.1〜50μM、好ましくは0.5〜20μMである。ステロイドとしてベクロメタゾンを使用する場合の濃度は、通常0.1〜50μM、好ましくは0.2〜20μMである。
本工程で用いる(iii)アクチビン受容体様キナーゼ(ALK)−4,5,7の阻害剤は、ALK−4、ALK−5およびALK−7からなる群より選択される少なくとも一種のALKに対し阻害活性を有する化合物から選択される。本工程で用いる(iii)アクチビン受容体様キナーゼ(ALK)−4,5,7の阻害剤の例としては、ALK−4,5,7の活性を阻害する化合物が挙げられ、具体的には、2−(3−(6−メチルピリジン−2−イル)−1H−ピラゾール−4−イル)−1,5−ナフチリジン(ALK5阻害剤II)、ALK5阻害剤I、ALK5阻害剤VII、SB−431542、SB−505124、SB−525334、A−83−01、GW6604、LY580276、TGFβRIキナーゼ阻害剤VIII及びSD−208等が挙げられる。なかでもALK5阻害剤II、SB−431542、A−83−01、TGFβRIキナーゼ阻害剤VIII(6−[2−tert−ブチル−5−[6−メチル−ピリジン−2−イル]−1H−イミダゾル−4−イル]−キノキサリン)が好ましく、とりわけALK5阻害剤IIが好適に用いられる。ALK−4,5,7阻害剤の培地中の濃度は、用いるALK−4,5,7阻害剤の種類によって適宜設定されるが、ALK−4,5,7阻害剤としてALK5阻害剤IIを使用する場合の濃度は、通常0.1〜50μM、好ましくは1〜20μMである。ALK−4,5,7阻害剤としてA−83−01を使用する場合の濃度は、通常0.1〜50μM、好ましくは0.1〜10μMである。ALK−4,5,7阻害剤としてSB−431542を使用する場合の濃度は、通常0.1〜50μM、好ましくは1〜20μMである。ALK−4,5,7阻害剤としてTGFβRIキナーゼ阻害剤VIIIを使用する場合の濃度は、通常0.1〜50μM、好ましくは0.5〜10μMである。
本工程では、所望によりニコチンアミド(ナイアシンまたはニコチン酸アミドとも呼ばれる)をその培地中に添加することができる。ニコチンアミドは、そのポリADPリボース合成阻害剤としての機能により、膵β細胞の細胞死を抑制することが報告されている。当該ニコチンアミドの培地中の濃度は、通常0.1〜20mM、好ましくは5〜20mMである。
前述した(i)アデニル酸シクラーゼ活性化剤、cAMPホスホジエステラーゼ阻害剤及びcAMP類縁体からなる群より選択される少なくとも一種、(ii)ステロイド、及び(iii)アクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7(ALK−4,5,7)の阻害剤は、SIGMA社、Enzo Life Sciences,Inc.社、Merck Bioscience社などから購入可能であり、同一名称あるいは同一商品名であれば同一の化合物を指し、構造ならびに物性は製造元によらず同等である。また、市販品として入手できない場合には、既知文献に従って調製することもできる。
【0057】
本工程で用いる培地は、基礎培地に、(i)アデニル酸シクラーゼ活性化剤、cAMPホスホジエステラーゼ阻害剤及びcAMP類縁体からなる群より選択される少なくとも一種、(ii)ステロイド、及び(iii)ALK−4,5,7の阻害剤からなる群より選択される何れか1種以上の成分を添加することにより作製される。培地には、上記した1種以上の成分に加え、所望によりニコチンアミドが添加されていてもよい。上記した1種以上の成分とニコチンアミドを組み合わせて用いる場合、それらは培地中に同時に添加されてもよく、また、膵ホルモン産生細胞への分化を誘導し得る限り、別個に時間差を設けて培地中に添加されてもよい。上記した1種以上の成分及び/又はニコチンアミドの培地への添加は、同時に行なわれることが簡便であり、また好ましい。
【0058】
本工程は、使用する膵ホルモン産生前駆細胞の培養に適した培養温度(通常30〜40℃、好ましくは37℃程度)で、24〜240時間(好ましくは72〜192時間)、1〜10%(好ましくは5%)の二酸化炭素を通気したCO
2インキュベーター内にて培養することによって実施される。
本工程において膵ホルモン産生前駆細胞が膵ホルモン産生細胞に分化誘導されたことの確認は、膵ホルモン産生細胞特異的に発現するタンパク質や遺伝子(本明細書において、上記タンパク質や遺伝子を膵ホルモン産生細胞マーカーと称することがある)の発現変動の評価、あるいは培地中に分泌される膵ホルモンの量を測定することによって行うことができる。上記膵ホルモン産生細胞マーカーの発現変動の評価は、例えば、抗原抗体反応を利用したタンパク質の発現評価方法、定量RT−PCRを利用した遺伝子発現評価方法等によって評価することができる。上記培地中に分泌される膵ホルモンの量の測定は、ウエスタンブロッティング解析、ELISA法などの方法又はそれに準じる方法等により行なうことができる。上記膵ホルモン産生細胞マーカーの例としては、インスリン、グルカゴン、パンクレアティックポリペプチド、ソマトスタチン、PCSK1(proprotein convertase subtilisin/kexin type 1)、SUR1(sulfonylurea receptor 1、別名:ATP−binding cassette,sub−family C(CFTR/MRP),member 8)、NKX6.1(NK6 homeobox 1)、PAX6(paired box 6)、NEUROD(neurogenic differentiation 1)、ARX(aristaless related homeobox)等が挙げられる。
【0059】
上記した通り、本発明は、幹細胞から膵ホルモン産生細胞を製造する方法を提供するが、同様の方法、すなわち、より未分化な状態にある細胞をより分化した状態へと分化誘導する方法によって、幹細胞から、多様な分化状態にある細胞(内胚葉細胞、膵管細胞、膵内分泌細胞、膵外分泌細胞やそれらに共通する前駆細胞等)へと分化誘導することができる。誘導された分化の程度は各細胞に特異的に発現しているタンパク質や遺伝子の発現の有無を確認することによって知ることができる。
【0060】
本発明の製造方法では、幹細胞を膵ホルモン産生細胞へ効率的に分化誘導することにより、高い膵ホルモン分泌能を有する膵ホルモン産生細胞を大量に供給できる。この膵ホルモン産生細胞は、医薬(特に細胞医療の為の医薬)や、糖尿病治療薬を開発するためのツールとして利用することができる。
【0061】
2.細胞を含む医薬
本発明は、上記した本発明の製造方法により製造された膵ホルモン産生細胞又は膵ホルモン産生前駆細胞を含む医薬(本明細書中、本発明の医薬と略記する場合がある)を提供する。
ここで膵ホルモン産生細胞又は膵ホルモン産生前駆細胞は、上記した本発明の膵ホルモン産生細胞の製造方法又は膵ホルモン産生前駆細胞の製造方法により得られた細胞であれば特に限定されない。
該医薬において、膵ホルモン産生細胞又は膵ホルモン産生前駆細胞はそのまま、もしくはフィルター濾過などにより濃縮したペレットなどの細胞塊などとして用いられる。さらに、該医薬は、DMSO(ジメチルスルホキシド)などの保護剤を加え、凍結保存することもできる。該医薬は、医薬として、より安全に利用するために、加熱処理、放射線処理など、膵ホルモン産生細胞としての機能又は膵ホルモン産生前駆細胞としての機能を残しつつ、病原体のタンパク質が変性する程度の条件下での処理に付してもよい。また、膵ホルモン産生細胞又は膵ホルモン産生前駆細胞が必要量以上に増殖することを防止するために、上記処理と組み合わせて、マイトマイシンC前処理等による増殖の抑制や、哺乳類が自然には持っていない代謝酵素の遺伝子を当該細胞に導入して、その後、必要に応じて未活性型の薬を投与し、哺乳類が自然には持っていない代謝酵素の遺伝子を導入した細胞の中だけでその薬を毒物に変化させて細胞を死滅させる方法(自殺遺伝子療法)等の処理に付してもよい。
【0062】
本発明の医薬は、安全で低毒性であり、哺乳動物(例えば、ヒト、マウス、ラット、モルモット、ブタ、サル)に投与することができる。
本発明の医薬のヒトへの投与形態(移植方法)としては、例えば、ヒト患者の右下腹部に小切開を置き、腸間膜の細い血管を露出して直視下にカテーテルを挿入して細胞を移植する方法;エコーにて肝臓の門脈を同定して、カテーテルを穿刺して細胞を移植する方法;又は腹部エコーガイド下に脾臓を直接穿刺することにより脾臓に移植する方法(Nagata H,Ito M,Shirota C,Edge A,McCowan TC,Fox IJ:Route of hepatocyte delivery affects hepatocyte engraftment in the spleen.Transplantation,76(4):732−4,2003.参照)が挙げられる。なかでも、エコーを用いて細胞移植を行う方法の方が、侵襲が少ないため好ましく、このような方法の具体例として、腹部エコーガイド下に直接穿刺することにより脾臓や肝臓に移植する方法が挙げられる。本発明の医薬の投与量(移植量)は、例えば、1×10
8〜1×10
10細胞/個体、好ましくは、5×10
8〜1×10
10細胞/個体、さらに好ましくは、1×10
9〜1×10
10細胞/個体である。本発明の医薬において、患者本人の細胞あるいは組織適合型が許容範囲のドナーの細胞を用いて作成された膵ホルモン産生細胞を用いることが好ましいが、年齢や体質などの理由から充分な細胞が得られない場合には、ポリエチレングリコールやシリコンのようなカプセル、多孔性の容器などに包埋して拒絶反応を回避した状態で移植することも可能である。そのような場合には、腹腔内や皮下への移植も可能である。また、本発明の医薬の投与量(移植量)は、投与される患者の年齢、体重、症状などによって適宜変更することができる。
【0063】
本発明の医薬のうち、膵ホルモン産生細胞を含む医薬は、それ自体の投与(移植)により、患者の体内で膵ホルモンの産生(分泌)が可能となり、膵ホルモンの産生(分泌)の低下に起因する疾患の治療に有用である。例えばインスリン産生細胞を含む医薬は、糖尿病の治療に有用である。一方、本発明の医薬のうち、膵ホルモン産生前駆細胞を含む医薬は、患者に投与(移植)された後、適当な条件下で膵ホルモン産生細胞に分化誘導されることによって、膵ホルモンが産生(分泌)される。ここで適当な条件としては、例えば、ヒト患者の右下腹部に小切開を置き、腸間膜の細い血管を露出して直視下にカテーテルを挿入して細胞を移植する方法、エコーにて肝臓の門脈を同定して、カテーテルを穿刺して細胞を移植する方法、又は腹部エコーガイド下に脾臓を直接穿刺することにより脾臓に移植する方法(Nagata H,Ito M,Shirota C,Edge A,McCowan TC,Fox IJ:Route of hepatocyte delivery affects hepatocyte engraftment in the spleen.Transplantation,76(4):732−4,2003.参照)が挙げられる。なかでも、エコーを用いて細胞を移植する方法は侵襲が少ないため好ましく、このような方法の具体例として、腹部エコーガイド下に直接穿刺することにより脾臓や肝臓に移植する方法が挙げられる。本発明の医薬の投与量(移植量)は、例えば、1×10
8〜1×10
10細胞/個体、好ましくは、5×10
8〜1×10
10細胞/個体、さらに好ましくは、1×10
9〜1×10
10細胞/個体である。膵ホルモン産生前駆細胞から膵ホルモン産生細胞への分化は患者自身の体内環境を利用することもできるが、分化の効率と特異性を高めるために、本発明に使用した分化誘導因子等を体外から投与することも可能である。本発明の医薬において、患者本人の細胞あるいは組織適合型が許容範囲のドナーの細胞を用いて作成された膵ホルモン産生細胞を用いることが好ましいが、年齢や体質などの理由から充分な細胞が得られない場合には、ポリエチレングリコールやシリコンのようなカプセル、多孔性の容器などに包埋して拒絶反応を回避した状態で移植することも可能である。そのような場合には、腹腔内や皮下への移植も可能である。また、本発明の医薬の投与量(移植量)は、投与される患者の年齢、体重、症状などによって適宜変更することができる。
【0064】
3.スクリーニング方法
本発明は、以下の工程(1)〜(4)からなる群より選択される何れか1種以上の工程によって得られた細胞を用いることを特徴とする、医薬(好ましくは糖尿病治療薬)のスクリーニング方法(本明細書中、「本発明のスクリーニング方法」と称する場合がある)を提供する:
(1)幹細胞を、アクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤、及びGSK3阻害剤を含む培地で培養する工程
(2)前記工程(1)で得られた細胞を、アクチビン受容体様キナーゼ−4,7の活性化剤を含む培地で培養する工程
(3)前記工程(2)で得られた細胞を、(a)レチノイン酸受容体アゴニスト、(b)AMP活性化プロテインキナーゼ及び/又はアクチビン受容体様キナーゼ−2,3,6の阻害剤、又はBMPのアンタゴニストからなる群より選択される少なくとも一種,及び(c)アクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7の阻害剤からなる群より選択される何れか1種以上を含む培地で培養する工程
(4)前記工程(3)で得られた細胞を培養する工程。
【0065】
本発明の別の実施態様においては、工程(4)は、(i)アデニル酸シクラーゼ活性化剤、cAMPホスホジエステラーゼ阻害剤、及びcAMP類縁体からなる群より選択される少なくとも一種、(ii)ステロイド、及び(iii)ALK−4,5,7阻害剤からなる群より選択される少なくとも1種を含む(所望によりさらにニコチンアミドを含む)培地中で実施される。
各種因子の種類、および培地中の濃度等については、前述した細胞の製造方法(1.)と同じである。
【0066】
上記工程(1)〜(4)は、上記した本発明の膵ホルモン産生細胞の製造方法における工程(1)〜(4)と同様にして実施され得る。
本スクリーニングに用いられる細胞としては、上記工程(1)〜(4)を経て得られる膵ホルモン産生細胞、上記工程(1)〜(3)を経て得られる膵ホルモン産生前駆細胞、上記工程(1)〜(2)を経て得られる内胚葉細胞、上記工程(1)を経て得られる細胞が挙げられる。
【0067】
本発明のスクリーニング方法は具体的には以下のようにして実施される(態様1)。
(a)試験化合物存在下で膵ホルモン産生細胞を培養した場合と、(b)試験化合物非存在下で膵ホルモン産生細胞を培養した場合における、該細胞内の膵ホルモン発現量又は該細胞外への膵ホルモン分泌量をそれぞれ測定し、比較する方法が挙げられる。
膵ホルモンの発現量としては、膵ホルモンタンパク質の発現量、膵ホルモンタンパク質をコードするポリヌクレオチド(例、mRNAなど)の発現量などが挙げられる。膵ホルモンタンパク質の発現量及び分泌量は、公知の方法、例えば、膵ホルモンタンパク質を認識する抗体を用いて、細胞抽出液中や培地中などに存在する前記膵ホルモンタンパク質を、ウエスタンブロッティング解析、ELISA法などの方法又はそれに準じる方法等により測定することができる。
mRNA量の測定は、公知の方法、例えば、ノザンハイブリダイゼーション、S1マッピング法、PCR法、定量RT−PCR法、DNAチップあるいはアレイ法又はそれに準じる方法に従って行われる。
細胞の培養は、膵ホルモンが発現および/または分泌される条件下であれば特に限定されず公知の方法に従って行えばよい。培地としては、例えば、約1〜20%の牛胎児血清を含むMEM培地〔Science,122巻,501(1952)等〕、DMEM培地〔Virology,8巻,396(1959)〕、RPMI 1640培地〔The Journal of the American Medical Association 199巻,519(1967)〕、199培地〔Proceeding of the Society for the Biological Medicine,73巻,1(1950)〕が用いられる。培地のpHは約6〜8であるのが好ましい。培養は通常約30℃〜40℃で約15時間〜5日間、必要に応じて通気や撹拌を行なって実施される。
試験化合物としては、例えばペプチド、タンパク質、抗体、非ペプチド性化合物、合成化合物、発酵生産物、細胞抽出液、植物抽出液、動物組織抽出液、血漿が挙げられる。ここで試験化合物は塩を形成していてもよい。該塩としては、生理学的に許容される酸(例、無機酸、有機酸)や塩基(例、アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩、アルミニウム塩)などとの塩が用いられ、この様な塩としては、例えば、無機酸(例えば、塩酸、リン酸、臭化水素酸、硫酸)との塩、又は有機酸(例えば、酢酸、ギ酸、プロピオン酸、フマル酸、マレイン酸、コハク酸、酒石酸、クエン酸、リンゴ酸、蓚酸、安息香酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸)との塩、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩、バリウム塩、アルミニウム塩が用いられる。
例えば、上記(a)の場合における膵ホルモンの発現量又は分泌量を、上記(b)の場合に比べて、約20%以上、好ましくは30%以上、より好ましくは約50%以上抑制(阻害)する試験化合物を、膵ホルモン産生細胞における膵ホルモン発現を抑制(阻害)する化合物として選択することができる。
上記(a)の場合における膵ホルモンの発現量又は分泌量を、上記(b)の場合に比べて、約20%以上、好ましくは30%以上、より好ましくは約50%以上促進する試験化合物を、膵ホルモン産生細胞におけるに膵ホルモン発現を促進する化合物として選択することができる。
膵ホルモン産生細胞がインスリン産生細胞である場合、インスリン発現を促進する化合物は糖尿病治療薬として有用である。膵ホルモン産生細胞がグルカゴン産生細胞である場合、グルカゴン発現を抑制(阻害)する化合物は糖尿病治療薬として有用である。
【0068】
本発明のスクリーニング方法の別の実施態様は、(a)試験化合物存在下で膵ホルモン産生細胞を培養した場合と、(b)試験化合物非存在下で膵ホルモン産生細胞を培養した場合における、該細胞の増殖能をそれぞれ測定し、比較する方法が挙げられる(態様2)。使用する試験化合物としては、上記態様1で用いられるものと同様のものが挙げられる。また、本態様における細胞の培養は、上記態様1と同様にして行うことができる。細胞の増殖能を測定する方法としては、通常、当分野で実施されている方法が用いられ、例えば細胞数を計測する方法や
3H、5−bromo−2’−deoxy−uridine(BrdU)等の取り込み、ATP量、テトラゾリウム化合物からホルマザン産物への変換量を評価する方法等が挙げられる。
例えば、膵ホルモン産生細胞がインスリン産生細胞である場合、有意にインスリン産生細胞の増殖を促進する化合物は糖尿病治療薬として有用である。膵ホルモン産生細胞がグルカゴン産生細胞である場合、有意にグルカゴン産生細胞の増殖を抑制(阻害)する化合物は糖尿病治療薬として有用である。
【0069】
本発明のスクリーニング方法の別の実施態様は、(a)試験化合物存在下で膵ホルモン産生前駆細胞を培養した場合と、(b)試験化合物非存在下で膵ホルモン産生前駆細胞を培養した場合における、該細胞の分化の程度をそれぞれ調べ、比較する方法が挙げられる(態様3)。使用する試験化合物としては、上記態様1で用いられるものと同様のものが挙げられる。また、本態様における細胞の培養は、上記態様1と同様にして行うことができる。膵ホルモン産生前駆細胞の分化の程度は、例えば膵ホルモン産生前駆細胞及び/又は膵ホルモン産生細胞の特異マーカーの発現の有無によって調べられる。膵ホルモン産生前駆細胞の特異マーカーとしては、NGN3(neurogenin 3)、PAX4(paired box 4)が、膵ホルモン産生細胞の特異マーカーとしてはインスリン、グルカゴン、パンクレアティックポリペプチド、ソマトスタチン、グレリン、PCSK1(proprotein convertase subtilisin/kexin type 1)、SUR1(sulfonylurea receptor 1、別名 ATP−binding cassette,sub−family C(CFTR/MRP),member 8)、グルコキナーゼ、MAFA(v−maf musculoaponeurotic fibrosarcoma oncogene homolog A)、IAPP(islet amyloid polypeptide)等がそれぞれ例示される。また、膵ホルモン産生前駆細胞の分化の程度は、ホルモン分泌を促進する物質を添加したときのホルモン分泌量によっても調べることが可能である。例えば、膵ホルモン産生細胞がインスリン産生細胞である場合、高濃度のグルコースを添加したときのインスリン分泌量を、ウェスタンブロッティング法やELISA(enzyme−linked immunosorbent assay)法により調べることでインスリン産生細胞の分化の程度を評価することができる。
例えば、膵ホルモン産生前駆細胞がインスリン産生前駆細胞である場合、有意にインスリン産生前駆細胞の分化を促進する化合物は糖尿病治療薬として有用である。膵ホルモン産生前駆細胞がグルカゴン産生前駆細胞である場合、有意にグルカゴン産生前駆細胞の分化を抑制(阻害)する化合物は糖尿病治療薬として有用である。
【0070】
本発明のスクリーニング方法の別の実施態様は、(a)試験化合物存在下で内胚葉細胞を培養した場合と、(b)試験化合物非存在下で内胚葉細胞を培養した場合における、該細胞の増殖あるいは分化能をそれぞれ測定し、比較する方法が挙げられる(態様4)。使用する試験化合物としては、上記態様1で用いられるものと同様のものが挙げられる。また、本態様における細胞の培養は、上記態様1と同様にして行うことができる。内胚葉細胞の増殖能を測定する方法としては、通常、当分野で実施されている方法が用いられ、例えば細胞数を計測する方法や
3H、5−bromo−2’−deoxy−uridine(BrdU)等の取り込み、ATP量、テトラゾリウム化合物からホルマザン産物への変換量を評価する方法が挙げられる。内胚葉細胞の分化能は、例えば内胚葉系細胞の特異マーカーの発現の有無によって調べられる。内胚葉系細胞の特異マーカーとしては、アルファフェトプロテイン、アルブミン、ペプシン、肺サーファクタントプロテインなどが挙げられる。一般に内胚葉系細胞の分化誘導や培養は中胚葉あるいは外胚葉系細胞に比べて技術的に困難であり、当該スクリーニング系によって得られた化合物を利用して作製した細胞自体及び/又は内胚葉の分化誘導系は、新たな医薬のスクリーニング系に利用し得る。
例えば、内胚葉系細胞が肺胞細胞である場合、肺胞細胞の分化や増殖を促進する化合物は肺気腫などの治療薬として有用である。
【0071】
膵ホルモン産生細胞の機能を保護する(維持する)医薬等も本発明のスクリーニング方法に準じた方法で得ることができる。本発明のスクリーニング方法の別の実施態様は、(a)試験化合物存在下で膵ホルモン産生細胞を培養した場合と、(b)試験化合物非存在下で膵ホルモン産生細胞を培養した場合における、該細胞の生存数あるいは機能をそれぞれ測定し、比較する方法が挙げられる(態様5)。使用する試験化合物としては、上記態様1で用いられるものと同様のものが挙げられる。また、本態様における細胞の培養は、上記態様1と同様にして行うことができる。細胞の生存数を測定する方法としては、通常、当分野で実施されている方法が用いられ、例えば細胞数を計測する方法や
3H、5−bromo−2’−deoxy−uridine(BrdU)等の取り込み、ATP量、テトラゾリウム化合物からホルマザン産物への変換量を評価する方法等が挙げられる。また、アポトーシスが誘発された細胞の数は、形態的な特徴(クロマチンの凝縮、核の断片化、細胞の収縮など)を呈する細胞の計数の他に、TUNNEL(TdT−mediated dUTP nick end labeling)法による断片化DNAの検出や活性カスパーゼの有無の検出、7−AAD(7−amino−actinomycin D)など生細胞不透過性色素による核染色、ホスファチジルセリンの細胞表面への露出やミトコンドリアメンブレンの脱分極化、特定の細胞内タンパク質の切断や分解などの測定によって定量化し得る。また、細胞の機能を測定する方法としては、グルコース濃度に応じたインスリンあるいはCペプチドの分泌量や細胞膜電位の変動を測定する方法などが挙げられる。本態様では、膵ホルモン産生細胞に対して障害を与えることが知られている因子、例えば炎症性サイトカインや活性酸素およびその産生誘導物質、高濃度の脂肪酸やグルコースなどを細胞の培養時に添加し、該細胞の生存数あるいは機能を測定し、比較する。
膵ホルモン産生細胞がインスリン産生細胞である場合、膵ホルモン産生細胞に対して障害を与えることが知られている因子に対して有意にインスリン産生細胞の生存あるいは機能維持を促進する化合物は糖尿病治療薬として有用である。
【0072】
また、本発明のスクリーニング方法の原理を用いて、分化誘導過程における未分化な状態の細胞あるいは前駆細胞を得ることができる。
分化誘導過程における未分化な状態あるいは前駆細胞等において、癌胎児抗原のようないわゆる「分化関連抗原」と呼ばれる腫瘍抗原に類する抗原が発現することが知られている。新規な抗原の発現をプロテオームやグライコームなどの手法とバイオインフォーマティックスの手法を組み合わせて検索し、その発現自体の抑制や抗原を発現するがん細胞の増殖抑制、細胞死等を指標にした抗がん剤のスクリーニングも実施できる。あるいは、これらの細胞を免疫原としてそのままあるいはホルマリン等による変性処理、あるいは細胞膜成分を分画、精製してマウス、ラット、ウサギ、モルモット、ヤギ、ニワトリ等の動物に投与し、腫瘍細胞と交差反応する抗体を取得し、その抗体との反応性(抗原量の増減)を指標にした抗がん剤のスクリーニングも実施できる。また、得られた抗体自体を医薬あるいは診断薬として使用することもできるし、精製した抗原あるいはその一部を抗腫瘍ワクチンとして使用することもできる。
従って、本発明は、新規な「分化関連抗原」の検出や該抗原に対する抗体、該抗体を含む医薬、あるいは診断薬等のスクリーニングの実施を可能とするツールを提供することができる。
【0073】
さらに、本発明のスクリーニング方法の原理を用いて、ある特定のホルモン産生細胞から別のホルモン産生細胞への分化転換を促す化合物のスクリーニングを実施することができる。例えば、グルカゴン産生細胞への分化を誘導した後、グルカゴン産生細胞からインスリン産生細胞に分化転換を促す化合物のスクリーニングを実施することができる。
特定の膵ホルモン産生細胞への分化転換の程度は、膵ホルモン産生細胞の特異マーカーの発現量を定量RT−PCR法等により測定することにより、あるいは膵ホルモン産生細胞から分泌される膵ホルモン量をウェスタンブロッティング法やELISA法等により測定することにより調べることができる。
【0074】
上記スクリーニング方法を用いて得られる医薬は、生理学的に許容し得る添加剤(例、担体、香味剤、賦形剤、防腐剤、安定剤、結合剤)を用いて、公知の方法に従って製剤化することができる。
このようにして得られる製剤の剤形としては、例えば、必要に応じて糖衣を施した錠剤、カプセル剤、エリキシル剤、マイクロカプセル剤などの経口剤;注射剤などの非経口剤が挙げられる。これら製剤における有効成分(本発明のスクリーニング方法により選択された化合物)の含量は例えば、0.1〜90重量%である。
前記添加剤としては、例えば、ゼラチン、コーンスターチ、トラガント、アラビアゴムなどの結合剤;結晶性セルロースなどの賦形剤;コーンスターチ、ゼラチン、アルギン酸などの膨化剤;ステアリン酸マグネシウムなどの潤滑剤;ショ糖、乳糖、サッカリンなどの甘味剤;ペパーミント、アカモノ油、チェリーなどの香味剤;油脂、注射用水、植物油(例えば、ゴマ油、ヤシ油、大豆油)、緩衝剤(例えば、リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液)などの液状担体;溶解補助剤(例えば、エタノール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール);非イオン性界面活性剤(例えば、ポリソルベート80
TM、HCO−50);溶解補助剤(例えば、安息香酸ベンジル、ベンジルアルコール);無痛化剤(例えば、塩化ベンザルコニウム、塩酸プロカイン);安定剤(例えば、ヒト血清アルブミン、ポリエチレングリコール);保存剤(例えば、ベンジルアルコール、フェノール);酸化防止剤が挙げられる。
前記注射用水としては、例えば、生理食塩水;ブドウ糖、D−ソルビトール、D−マンニトール、塩化ナトリウムなどを含む等張液があげられる。
本発明のスクリーニング方法によって得られる医薬(好ましくは糖尿病治療薬)は安全で低毒性であるので、例えば、哺乳動物(例えば、ヒト、マウス、ラット、ウサギ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ、ネコ、イヌ、サル、チンパンジー)に対して経口的または非経口的に投与することができる。
該医薬の投与量は、その作用、対象疾患、投与対象、投与ルートなどにより適宜設定される。
【実施例】
【0075】
以下に実施例を用いて本発明を詳述するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0076】
実施例1:アクチビンAとCHIR99021を用いたヒトiPS細胞から内胚葉細胞への分化誘導〔工程(1)〜工程(2)〕
ヒトiPS細胞(Oct3/4遺伝子、Klf4遺伝子及びSox2遺伝子を導入することによって得られるiPS細胞:Nat Biotechnol 2008;26:101−106参照)を膵臓細胞(特に膵ホルモン産生細胞)に分化誘導させるための最初の段階として、96穴プレートを用いてヒトiPS細胞を内胚葉細胞へと分化誘導させた。
ヒトiPS細胞は253G1株(レトロウィルスによりOCT4/SOX2/KLF4を発現させて作成されたiPS細胞株;Nature Biotechnology 26,101−106)を使用した。未分化状態のiPS細胞の維持培養は、マイトマイシン処理をしたマウス線維芽細胞(MEFs)をゼラチンコートしたプレート上に播種したものをフィーダー細胞として使用し、培地として4ng/ml bFGF(PeproTech EC)と0.5×Penicillin−streptomycin(SIGMA)を添加した霊長類ES細胞用培地(リプロセル)を用いて、37℃、5%CO
2下で行った。培地交換は毎日行い、4〜5日ごとに霊長類ES細胞用細胞剥離液(リプロセル)を用いて細胞塊の状態で剥離させ、新しいフィーダー細胞上に播種して継代を行った。
内胚葉細胞への分化誘導の前培養として、未分化なiPS細胞を96穴プレートに播種した。まず、細胞塊の状態で維持していたiPS細胞を0.25%トリプシン−1mM EDTA溶液(GIBCO)で処理し、単一細胞になるまで解離させた。続いて、培地に分散させたiPS細胞を96穴プレートに1穴あたり2×10
4個の密度で播種し、37℃、5%CO
2下で1日間培養した。96穴プレートは、ゼラチンコート後に5×10
3個のMEFsを播種し、37℃、5%CO
2下で5時間培養したものを用いた。また、播種時の培養液としては、10μMのY−27632(和光純薬)を添加した霊長類ES細胞用培地を使用した。播種1日後にY−27632を添加していない霊長類ES細胞用培地に交換してさらに2日間培養し、コンフルエントな状態になるまで培養した。
iPS細胞から内胚葉細胞への分化誘導は、次の方法で行った。まず、コンフルエントとなった細胞をRPMI培地(GIBCO)で洗浄した後、各種分化誘導因子と2%牛胎児血清(FBS)を含むRPMI培地を添加して1日間培養した。分化誘導因子としては、アクチビンA(100ng/ml)とGSK3β阻害剤であるCHIR99021(3μM)の組み合わせを使用した。1日間培養した後にRPMI培地で洗浄し、2%のFBSと100ng/mlのアクチビンAを添加したRPMI培地を用いてさらに2日間培養した。コントロールとしては、一部の細胞を3日間とも2%FBSのみを添加したRPMI培地で培養した。
比較例として、分化誘導因子として、アクチビンA(100ng/ml)のみ(比較例1)、又はアクチビンA(100ng/ml)とWnt3a(25ng/ml)の組み合わせ(比較例2)を用いた以外は、実施例1と同様にしてiPS細胞を処理した。
【0077】
それぞれの条件下で培養した時の内胚葉分化マーカーの発現変動を調べるため、分化誘導した細胞を経時的に回収し、RNeasy96(Qiagen社)を用いて全RNA画分を精製した。PrimeScript RT reagent kit(タカラバイオ社)を用いてcDNAを合成した後、定量RT−PCRを実施して、原始線条マーカーであるBRACHYURY、内胚葉マーカーであるSOX17の遺伝子発現量を測定した。発現解析の結果を
図1に示す。アクチビンAとCHIR99021を1日間添加することで(実施例1)、BRACHYURYの発現量が分化誘導1日後に一過的に上昇した。さらにその後、この細胞をアクチビンAのみを含む培地で2日間培養することで、SOX17の発現量が顕著に増加した。一方で、内胚葉誘導の際に一般的によく用いられるWnt3aをアクチビンAとともに1日間処理した場合(比較例2)では、BRACHYURYの発現量はCHIR99021で処理した場合と比較して低いレベルであった。また、その2日後のSOX17の発現量も、CHIR99021で処理した場合と比較すると低いものであった。
次に、培養3日後のSOX17タンパク質の発現を調べるため、抗SOX17抗体を用いた免疫蛍光染色を実施した。
図1と同様の手法で3日目まで培養した後、2%パラホルムアルデヒド(PFA)を用いて10分間、さらに4%PFAを用いて20分間、室温において細胞の固定を行った。1次抗体として抗ヒトSOX17抗体(AF1924、R&D社)と反応させ、さらに2次抗体としてAlexa488標識2次抗体(Invitrogen社)と順次反応させた後、蛍光顕微鏡で観察した。結果を
図2に示す。分化誘導因子としてアクチビンAとCHIR99021を添加した場合(実施例1)に、大部分の細胞がSOX17タンパクを発現している様子が観察された。アクチビンA(比較例1)のみを添加した場合やアクチビンAとWnt3aを添加した場合(比較例2)においても一部の細胞はSOX17タンパクを発現していたが、その割合はアクチビンAとCHIR99021を添加した場合と比較すると低いものであった。
以上の検討により、アクチビンAとCHIR99021を添加した培地で1日間、さらにアクチビンAのみを添加した培地で2日間培養することによって効率的に内胚葉細胞への分化を誘導できることが明らかとなった。
【0078】
(実施例2〜8)レチノイン酸、ドーソモルフィン及びSB431542を用いた内胚葉細胞から膵ホルモン産生前駆細胞への分化誘導〔工程(3)〕
内胚葉細胞へ分化させた細胞から、さらに膵ホルモン産生前駆細胞へと分化誘導させた。
実施例1で示す方法に従って内胚葉細胞へと分化誘導した細胞をImproved MEM Zinc Option培地(Invitrogen社)で洗浄後、1%のB−27(GIBCO)を含むImproved MEM Zinc Option培地(Invitrogen社)に、ドーソモルフィン(1μM)、レチノイン酸(2μM)及びSB431542(10μM)の組合せ(実施例2)で加えた培地に交換した。ドーソモルフィンはAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)の阻害剤でありかつ、アクチビン受容体様キナーゼ(ALK)のうちALK2、ALK3及びALK6の阻害剤である。また、SB431542はALKのうちALK4、ALK5及びALK7の阻害剤である。培地を交換した後、37℃、5%CO
2の条件下で6日間培養し、膵前駆細胞マーカーであるPDX1と膵ホルモン産生前駆細胞マーカーであるNGN3の発現量を実施例1と同様の手法を用いて測定した。
レチノイン酸単独(実施例3)、SB431542単独(実施例4)、レチノイン酸とSB431542との組み合わせ(実施例5)、ドーソモルフィン単独(実施例6)、ドーソモルフィンとレチノイン酸との組合せ(実施例7)、ドーソモルフィンとSB431542との組み合わせ(実施例8)を用いた以外は、実施例2と同様にして内胚葉細胞を処理した。
発現解析の結果を
図3に示す。ドーソモルフィンとレチノイン酸とSB431542を同時に添加して(実施例2)6日間培養することで、PDX1とNGN3の発現量が顕著に増加していた。ドーソモルフィンとレチノイン酸との組合せ(実施例7)を添加した場合は、PDX1の発現は大きく増加するもののNGN3の発現は顕著には増加しなかった。その他の条件についてはPDX1もNGN3の発現も顕著には変動しなかった。これらの結果より、ドーソモルフィンとレチノイン酸を添加することでPDX1を発現する膵前駆細胞への分化が誘導され、さらにドーソモルフィンとレチノイン酸にSB431542を追加することで膵前駆細胞への分化に加え、NGN3を発現する膵ホルモン産生前駆細胞への分化も誘導されることが明らかとなった。
次に、培養9日後のPDX1タンパク発現を調べるため、抗PDX1抗体を用いた免疫染色を実施した。内胚葉細胞へと分化させた細胞に対してドーソモルフィンとレチノイン酸とSB431542を添加して(実施例2)6日間培養した後、4%PFAを添加して室温で30分間の固定を行った。さらに、1次抗体として抗ヒトPDX1抗体(AF2419、R&D社)と反応させ、さらに2次抗体としてAlexa488標識2次抗体(Invitrogen社)と順次反応させた後、蛍光顕微鏡下にて細胞を観察した。その結果を
図4に示す。大部分の細胞がPDX1タンパクを発現している様子が観察された。この結果より、大部分の細胞において膵臓方向への分化が誘導されていることが確認された。
【0079】
(実施例9〜15)膵前駆細胞から膵ホルモン産生細胞への分化誘導〔工程(4)〕
膵ホルモン産生前駆細胞へと分化を誘導させた細胞に対して、さらに後期過程の分化を誘導する方法について検討した。
実施例1で示す方法に従って内胚葉に分化させた細胞に対して、実施例2〜8と同様に分化誘導因子(ドーソモルフィン、レチノイン酸、SB431542それぞれ単独あるいはそれらの組み合わせ)を添加し、培養3日目から培養9日目まで培養した後、細胞をImproved MEM Zinc Option培地(Invitrogen社)で洗浄し、Improved MEM Zinc Option培地(Invitrogen社)に1%のB−27(GIBCO)を加えた培地に交換して、さらに6日間(分化誘導開始から15日目まで)培養した。ドーソモルフィン、レチノイン酸及びSB431542の組合せを添加した場合を実施例9、レチノイン酸のみを添加した場合を実施例10、SB431542のみを添加した場合を実施例11、レチノイン酸及びSB431542の組合せを添加した場合を実施例12、ドーソモルフィンのみを添加した場合を実施例13、ドーソモルフィン及びレチノイン酸の組合せを添加した場合を実施例14、ドーソモルフィン及びSB431542の組合せを添加した場合を実施例15とした。膵前駆細胞マーカーであるPDX1と膵β細胞(インスリン産生細胞)マーカーであるインスリンの発現量は実施例1に示す方法と同様にして測定した。発現解析の結果を
図5に示す。培養9日目までドーソモルフィンとレチノイン酸とSB431542を同時に添加してNGN3を高発現させた細胞(実施例9)でのみ、培養15日目においてインスリンの発現が顕著に誘導された。また、この時、PDX1の発現量についても他の条件と比較すると高いレベルであった。
次に、インスリンとCペプチドのタンパク質の発現について調べるため、抗インスリン抗体と抗Cペプチド抗体を用いた免疫蛍光染色を実施した。内胚葉へと分化させた細胞に対してドーソモルフィンとレチノイン酸とSB431542を添加して6日間培養した後、さらに1%のB−27を含むImproved MEM Zinc Option培地(Invitrogen社)に交換して6日間培養した(実施例9)。培養後、2%PFAを用いて4℃で1晩固定を行った。その後、1次抗体として抗インスリン抗体(A0564、DAKO社)又は抗ヒトCペプチド抗体(C−PEP−01、MONOSAN社)と反応させ、さらに2次抗体としてAlexa488標識2次抗体(Invitrogen社)又はAlexa568標識2次抗体(Invitrogen社)と順次反応させた後、蛍光顕微鏡で観察した。免疫蛍光染色の結果を
図6に示す。インスリンとCペプチドを発現している細胞が数多く認められた。また、蛍光像を重ね合わせたところ、染色された細胞の殆どが黄色を呈し、同一の細胞が抗インスリン抗体と抗Cペプチド抗体で染色されることを確認した。インスリンは培地中にも大量に含まれているため、細胞が培地中のインスリンを取り込んで疑陽性となる可能性が考えられるが、培地中には添加されていないCペプチドの抗体でも染色されることから、インスリンタンパクが細胞内において発現していることが確認された。
【0080】
(試験例1)分化誘導過程における各分化マーカーの発現変動
実施例1〜15の結果をもとにして、
図7に示した4つの段階からなる膵臓分化誘導系を設定し、未分化iPS細胞から膵臓方向への分化誘導過程における各種分化マーカーの発現変動を調べた。
段階1では、2%のFBSを含むRPMI培地にアクチビンA(100ng/ml)とCHIR99021(3μM)を添加して1日間培養した。段階2では、2%のFBSを含むRPMI培地にアクチビンA(100ng/ml)を添加して2日間培養した。段階3では、1%のB−27を含むImproved MEM Zinc Option培地(Invitrogen社)にドーソモルフィン(1μM)、レチノイン酸(2μM)、SB431542(2μM)の3種類を同時に添加して6日間培養した。段階4では、1%のB−27を含むImproved MEM Zinc Option培地(Invitrogen社)を用いてさらに6日間培養した。培養後、各種分化マーカーの経時的な発現変動を、実施例1と同様の方法を用いて測定した。発現解析の結果を
図8に示す。
内胚葉マーカーであるSOX17発現は培養3日目で顕著に誘導され、その後は徐々に低下した。PDX1発現は培養9日目に発現が上昇し、培養15日目までその発現量が維持されていた。NGN3発現は培養9日目に一過性に上昇した後、培養11日目以降の発現量は急激に低下した。インスリン発現は培養15日目から急激に増加した。これらの結果は発生過程で膵臓が形成されるまでの遺伝子発現パターンとよく合致しており、本分化誘導系を用いることで膵発生を模倣した形で膵細胞への分化を誘導できることが明らかとなった。
【0081】
(実施例16)膵ホルモン産生前駆細胞から膵臓細胞への分化誘導〔工程(4);フォルスコリン及びニコチンアミドでの処理〕
工程(4)において、インスリン発現細胞への分化効率を上昇させる因子を探索した。その結果、工程(4)においてフォルスコリン及びニコチンアミドを同時に添加した場合にインスリン発現細胞への分化効率が上昇することが見出された。
実施例1で示す方法に従って内胚葉細胞を誘導した後、1%のB−27を含むImproved MEM Zinc Option培地(Invitrogen社)にドーソモルフィン(1μM)、レチノイン酸(2μM)、SB431542(10μM)の3種類を同時に添加して7日間培養した。培地交換は誘導7日目に一度行った。誘導10日目の細胞をImproved MEM Zinc Option培地で洗浄した後、1%のB−27(GIBCO)を含むImproved MEM Zinc Option培地にフォルスコリン(10μM)及びニコチンアミド(10mM)を加えた培地、またはコントロールとして0.1%DMSOを加えた培地に交換して、さらに10日間もしくは12日間培養した(実施例16)。培地交換は3日〜4日ごとに行った。培養後、インスリンの発現量を、試験例1に示す方法と同様にして測定した。発現解析の結果を
図9に示す。フォルスコリン及びニコチンアミドを添加した培地を用いて培養した細胞では、DMSOを添加した細胞と比較し、誘導14日目よりインスリンの発現が高値を示しており、その発現は培養20日目まで維持されていた。
次に、インスリンタンパク質の発現について調べるため、抗インスリン抗体を用いた免疫蛍光染色を実施した。上記と同様の方法で分化を誘導した誘導22日目の細胞に対して、2%PFAを用いて4℃で1晩固定を行った。その後、1次抗体として抗インスリン抗体(A0564、DAKO社)と、さらに2次抗体としてAlexa568標識2次抗体(Invitrogen社)と順次反応させた後、蛍光顕微鏡で観察した。免疫染色の結果を
図10に示す。フォルスコリン及びニコチンアミドを添加して培養した場合(実施例16)において、DMSOを添加した場合と比較して、全体の細胞数に対するインスリン産生細胞の割合が高くなっている様子が観察された。
これらの結果より、フォルスコリン及びニコチンアミドを同時に添加することによって、高効率にインスリン産生細胞への分化を誘導できることが示された。
【0082】
(実施例17〜31)膵ホルモン産生前駆細胞から膵臓細胞への分化誘導〔工程(4);フォルスコリン、ニコチンアミド、デキサメタゾン、ALK5阻害剤IIでの処理〕
フォルスコリン及びニコチンアミド以外で、工程(4)において、インスリン発現細胞への分化効率を上昇させる因子を探索した。その結果、デキサメタゾンまたはALK5阻害剤II(2−(3−(6−メチルピリジン−2−イル)−1H−ピラゾール−4−イル)−1,5−ナフチリジン)を工程(4)において添加した場合にインスリン発現細胞への分化効率が上昇することが見出された。
実施例1で示す方法に従って内胚葉細胞を誘導した後、1%のB−27を含むImproved MEM Zinc Option培地(Invitrogen社)にドーソモルフィン(1μM)、レチノイン酸(2μM)、SB431542(10μM)の3種類を同時に添加して7日間培養した。培地交換は誘導7日目に一度行った。誘導10日目の細胞をImproved MEM Zinc Option培地で洗浄した後、1%のB−27(GIBCO)を含むImproved MEM Zinc Option培地にフォルスコリン(10μM)、ニコチンアミド(10mM)、デキサメタゾン(10μM)、ALK5阻害剤II(5μM)のうちの一種類以上の誘導因子を添加した培地、もしくはコントロールとして前記誘導因子を添加していない培地に交換して、さらに10日間培養した。培地交換は5日ごとに行った。
ニコチンアミドのみを添加した場合を実施例17、フォルスコリンのみを添加した場合を実施例18、デキサメタゾンのみを添加した場合を実施例19、ALK5阻害剤IIのみを添加した場合を実施例20、ニコチンアミド及びフォルスコリンを添加した場合を実施例21、ニコチンアミド及びデキサメタゾンを添加した場合を実施例22、ニコチンアミド及びALK5阻害剤IIを添加した場合を実施例23、フォルスコリン及びデキサメタゾンを添加した場合を実施例24、フォルスコリン及びALK5阻害剤IIを添加した場合を実施例25、デキサメタゾン及びALK5阻害剤IIを添加した場合を実施例26、ニコチンアミド、フォルスコリン及びデキサメタゾンを添加した場合を実施例27、ニコチンアミド、フォルスコリン及びALK5阻害剤IIを添加した場合を実施例28、ニコチンアミド、デキサメタゾン及びALK5阻害剤IIを添加した場合を実施例29、フォルスコリン、デキサメタゾン及びALK5阻害剤IIを添加した場合を実施例30、ニコチンアミド、フォルスコリン、デキサメタゾン及びALK5阻害剤IIを添加した場合を実施例31とした。各条件で培養後、分化誘導12日目、分化誘導16日目、分化誘導20日目の細胞におけるインスリンの発現量を、実施例1に示す方法と同様にして測定した。発現解析の結果を
図11に示す。フォルスコリン(実施例18)、デキサメタゾン(実施例19)、ALK5阻害剤II(実施例20)をそれぞれ単独で添加することで、インスリンの発現が顕著に増加した。さらに、フォルスコリン、ニコチンアミド、デキサメタゾン、ALK5阻害剤IIの中から2種類以上を組み合わせて添加した場合(実施例21〜31)にもインスリンの発現量は顕著に増加していた。
次に、フォルスコリン、ニコチンアミド、デキサメタゾン、ALK5阻害剤IIを組み合わせて添加した場合のインスリンのタンパク質レベルでの発現について調べるため、抗インスリン抗体を用いた免疫蛍光染色を実施した。実施例1で示した方法に従って内胚葉細胞を誘導した後、1%のB−27を含むImproved MEM Zinc Option培地(Invitrogen社)にドーソモルフィン(1μM)、レチノイン酸(2μM)、SB431542(10μM)の3種類を同時に添加して7日間培養した。培地交換は誘導7日目に一度行った。誘導10日目の細胞をImproved MEM Zinc Option培地で洗浄した後、上記の実験においてインスリン発現を特に高値に誘導した培地として、1%のB−27(GIBCO)を含むImproved MEM Zinc Option培地にフォルスコリン、ニコチンアミド、デキサメタゾン及びALK5阻害剤IIを添加した培地(実施例31)、フォルスコリン、ニコチンアミド及びALK5阻害剤II(実施例28)を添加した培地、ニコチンアミド、デキサメタゾン及びALK5阻害剤IIを添加した培地(実施例29)、フォルスコリン及びALK5阻害剤IIを添加した培地(実施例25)、またはコントロールとして誘導因子を添加していない培地に交換して、さらに10日間培養した。培地交換は5日ごとに行った。培養後、2%PFAを用いて10分間、さらに4%PFAを用いて20分間、室温において細胞の固定を行った。その後、1次抗体として抗インスリン抗体(A0564、DAKO社)と反応させ、さらに2次抗体としてAlexa568標識2次抗体(Invitrogen社)と順次反応させた後、蛍光顕微鏡で観察した。免疫蛍光染色の結果を
図12に示す。フォルスコリン、ニコチンアミド、デキサメタゾン、ALK5阻害剤IIを組み合わせて添加することで、インスリン産生細胞の割合が顕著に増加している様子が観察された。これらの結果は、各培養条件下においてmRNAレベルでのインスリン発現が顕著に増加するという前述の結果とよく合致するものであった。以上の結果より、膵前駆細胞に対してフォルスコリン、デキサメタゾン、ALK5阻害剤IIを単独で、またはフォルスコリン、ニコチンアミド、デキサメタゾン、ALK5阻害剤IIを2種類以上組み合わせて添加することで、インスリン産生細胞への分化をさらに効率よく誘導できることが明らかとなった。
【0083】
(実施例32〜34)GSK3阻害剤としてCHIR99021以外の化合物を用いたヒトiPS細胞から内胚葉細胞への分化誘導〔工程(1)〕
工程(1)において、CHIR99021以外のGSK3阻害剤を用いた場合でも内胚葉細胞への分化誘導が可能であるか検討した。ヒトiPS細胞から内胚葉細胞への分化誘導は、次の方法で行った。まず、実施例1と同様にしてコンフルエントな状態のヒトiPS細胞を調製した。その後、RPMI培地(GIBCO)で洗浄した後、各種GSK3阻害剤、アクチビンA(100ng/ml)、2%牛胎児血清(FBS)を含むRPMI培地を用いて1日間培養した。GSK3阻害剤としては、CHIR99021(3μM)、SB415286(3−[(3−クロロ−4−ヒドロキシフェニル)アミノ]−4−(2−ニトロフェニル)−1H−ピロール−2,5−ジオン,3μM)、SB216763(3−(2,3−ジクロロフェニル)−4−(1−メチル−1H−インドール−3−イル)−1H−ピロール−2,5−ジオン,20μM)を用いた。また、コントロールとしてGSK3阻害剤を含まずアクチビンAのみを添加した培地で処理した。1日間の培養後、RPMI培地で洗浄した後、2%のFBSと100ng/mlのアクチビンAを添加したRPMI培地を用いてさらに2日間培養した。
CHIR99021を用いた場合を実施例32、SB415286を用いた場合を実施例33、SB216763を用いた場合を実施例34とした。分化誘導3日目のSOX17タンパク質の発現を調べるため、抗SOX17抗体を用いた免疫蛍光染色を実施した。各条件で培養後3日目の細胞に、4%PFAを添加して室温で30分間インキュベートし、細胞の固定を行った。1次抗体として抗ヒトSOX17抗体(AF1924、R&D社)と反応させ、さらに2次抗体としてAlexa488標識2次抗体(Invitrogen社)と順次反応させた後、蛍光顕微鏡で観察した。結果を
図13に示す。実施例1で示したとおり、アクチビンAとCHIR99021を添加した場合(実施例32)では大部分の細胞がSOX17タンパクを発現している様子が観察された。さらに、アクチビンAとSB415286(実施例33)またはアクチビンAとSB216763(実施例34)を添加した場合でも、SOX17タンパクを発現する細胞の割合が、アクチビンAのみを添加した場合(比較例)と比較して増加している様子が観察された。以上の検討により、工程(1)において、CHIR99021以外のGSK3阻害剤をアクチビンAと同時に添加した場合でも内胚葉への分化を誘導できることが明らかとなった。
【0084】
(実施例35〜38)レチノイン酸以外のレチノイン酸受容体アゴニストを用いた内胚葉細胞から膵ホルモン産生前駆細胞への分化誘導〔工程(3)〕
工程(3)において、レチノイン酸以外のレチノイン酸受容体アゴニストを用いた場合でも膵ホルモン産生前駆細胞への分化を誘導できるか検討した。実施例1で示す方法に従って内胚葉細胞へと分化誘導した細胞をImproved MEM Zinc Option培地(Invitrogen社)で洗浄後、ドーソモルフィン(1μM)、SB431542(10μM)及び1%のB−27(GIBCO)を含むImproved MEM Zinc Option培地(Invitrogen社)に各種レチノイン酸受容体アゴニストを加えた培地に交換した。レチノイン酸受容体アゴニストとして、レチノイン酸(2μM、実施例35)、TTNPB(0.2μM、実施例36)、AM580(0.2μM、実施例37)及びAC55649(0.5μM、実施例38)を用いた。また、コントロールの細胞ではレチノイン酸受容体アゴニストを添加していない培地に交換した(コントロール)。培地を交換した後、37℃、5%CO
2の条件下で7日間培養した。培養後、2%PFAを用いて10分間、さらに4%PFAを用いて20分間、室温において細胞の固定を行った。その後、1次抗体として抗ヒトPDX1抗体(AF2419、R&D社)と反応させ、さらに2次抗体としてAlexa488標識2次抗体(Invitrogen社)と順次反応させた後、蛍光顕微鏡下にて細胞を観察した。免疫蛍光染色の結果を
図14に示す。いずれのレチノイン酸受容体アゴニストを添加した場合でもドーソモルフィンとSB431542を同時に添加することで、大部分の細胞がPDX1陽性細胞へと分化した。これらの結果より、工程(3)においてレチノイン酸以外のレチノイン酸受容体アゴニストを用いた場合でも膵ホルモン産生前駆細胞への分化を誘導できることが明らかとなった。
【0085】
(実施例39〜43)ドーソモルフィンの代わりにNogginを用いた内胚葉細胞から膵ホルモン産生前駆細胞への分化誘導〔工程(3)〕
ドーソモルフィンの活性の一つとしてALK−2,3,6を阻害することでBMPシグナルを遮断することが知られている。工程(3)において、同じくBMPシグナルを遮断することが知られているNogginをドーソモルフィンの代わりを用いた場合でも膵ホルモン産生前駆細胞への分化を誘導できるか検討した。実施例1で示す方法に従って内胚葉細胞へと分化誘導した細胞をImproved MEM Zinc Option培地(Invitrogen社)で洗浄後、1%のB−27(GIBCO)を含むImproved MEM Zinc Option培地(Invitrogen社)にレチノイン酸(2μM)を加えた培地(実施例39)、Noggin(100ng/ml)を加えた培地(実施例40)、ドーソモルフィン(1μM)を加えた培地(実施例41)、Nogginとレチノイン酸を加えた培地(実施例42)、ドーソモルフィンとレチノイン酸を加えた培地(実施例43)に交換した。また、コントロールの細胞では前記誘導因子を添加していない培地に交換した(Ctrl)。培地を交換した後、37℃、5%CO
2の条件下で7日間培養した。培養後、2%PFAを用いて10分間、さらに4%PFAを用いて20分間、室温において細胞の固定を行った。その後、1次抗体として抗ヒトPDX1抗体(AF2419、R&D社)と反応させ、さらに2次抗体としてAlexa488標識2次抗体(Invitrogen社)と順次反応させた後、蛍光顕微鏡下にて細胞を観察した。免疫蛍光染色の結果を
図15に示す。Nogginとレチノイン酸を同時に添加した場合に、ドーソモルフィンとレチノイン酸を同時に添加した場合と同様、PDX1陽性細胞への分化が顕著に誘導された。膵前駆細胞への分化誘導にはレチノイン酸を添加すると同時にBMPシグナルを遮断することが重要であることが明らかとなった。
【0086】
(実施例44〜47)SB431542以外のアクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7の阻害剤を用いた内胚葉細胞から膵ホルモン産生前駆細胞への分化誘導〔工程(3)〕
工程3において、SB431542以外のアクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7の阻害剤を用いた場合でも膵ホルモン産生前駆細胞への分化を誘導できるか検討した。実施例1で示す方法に従って内胚葉細胞へと分化誘導した細胞をImproved MEM Zinc Option培地(Invitrogen社)で洗浄後、ドーソモルフィン(1μM)、レチノイン酸(2μM)及び1%のB−27(GIBCO)を含むImproved MEM Zinc Option培地(Invitrogen社)に各種アクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7の阻害剤を加えた培地に交換した。アクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7の阻害剤として、SB431542(5μM、実施例44)の他にALK5阻害剤II(2μM、実施例45)、A−83−01(0.2μM、実施例46)、TGFβRIキナーゼ阻害剤VIII(0.2μM、実施例47)を用いた。また、コントロールとして、ドーソモルフィンとレチノイン酸のみを添加した培地に交換した(Ctrl)。培地を交換した後、37℃、5%CO
2の条件下で7日間培養した。培養後、膵ホルモン産生前駆細胞マーカーであるNGN3の発現量を実施例1と同様の手法で測定した。実験の結果を
図16に示す。いずれのアクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7の阻害剤を用いた場合でも、ドーソモルフィンとレチノイン酸を同時に添加することで顕著にNGN3の発現が増加した。これらの結果より、工程(3)においてSB431542以外のアクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7の阻害剤を用いた場合でも膵ホルモン産生前駆細胞への分化を誘導できることが明らかとなった。
【0087】
(実施例48〜54)膵ホルモン産生前駆細胞から膵臓細胞への分化誘導〔工程(4);cAMPホスホジエステラーゼ阻害剤、cAMP類縁体、アクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7の阻害剤での処理〕
インスリン産生細胞への分化を誘導したフォルスコリンは細胞内cAMPを増加させる作用が知られている。同じく細胞内cAMPを増加させることが知られているcAMPホスホジエステラーゼ阻害剤であるIBMXまたはcAMP類縁体であるジブチルcAMPを添加した場合でもインスリン産生細胞への分化が誘導されるか検討した。また、インスリン産生細胞への分化を誘導したALK5阻害剤IIはアクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7の阻害剤であることが知られている。他のアクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7の阻害剤を添加した場合でもインスリン産生細胞への分化が誘導されるかについても同様に検討した。
実施例1で示す方法に従って内胚葉細胞を誘導した後、1%のB−27を含むImproved MEM Zinc Option培地(Invitrogen社)にドーソモルフィン(1μM)、レチノイン酸(2μM)、SB431542(10μM)の3種類を同時に添加して7日間培養した。培地交換は誘導7日目に一度行った。誘導10日目の細胞をImproved MEM Zinc Option培地で洗浄した後、1%のB−27(GIBCO)を含むImproved MEM Zinc Option培地にフォルスコリン(10μM)を添加した培地(実施例48)、ジブチルcAMP(500μM)を添加した培地(実施例49)、IBMX(200μM)を添加した培地(実施例50)、ALK5阻害剤II(5μM)を添加した培地(実施例51)、A−83−01(0.5μM)を添加した培地(実施例52)、SB431542(10μM)を添加した培地(実施例53)、TGFβRIキナーゼ阻害剤VIII(2μM)を添加した培地(実施例54)、もしくはコントロールとして前記誘導因子を添加していない培地(Ctrl)に交換して、さらに11日間培養した。培地交換は3〜4日ごとに行った。培養後、2%PFAを用いて10分間、さらに4%PFAを用いて20分間、室温において細胞の固定を行った。その後、1次抗体として抗インスリン抗体(A0564、DAKO社)と反応させ、さらに2次抗体としてAlexa568標識2次抗体(Invitrogen社)と順次反応させた後、蛍光顕微鏡で観察した。実験の結果を
図17に示す。ジブチルcAMP、IBMX、A−83−01、SB431542、TGFβRIキナーゼ阻害剤VIIIを添加した場合に、フォルスコリンあるいはALK5阻害剤IIを添加した場合と同様にインスリン発現細胞の陽性率が顕著に増加する様子が観察された。これらの結果より、細胞内cAMPシグナルを増強させること、またはアクチビン受容体様キナーゼ−4,5,7を阻害することで膵ホルモン産生前駆細胞からインスリン産生細胞への分化を誘導できることが明らかとなった。
【0088】
(実施例55〜58)膵ホルモン産生前駆細胞から膵臓細胞への分化誘導〔工程(4);ステロイドでの処理〕
インスリン産生細胞への分化を誘導したデキサメタゾンはステロイドの1種であることが知られている。他のステロイドを添加した場合でもインスリン産生細胞への分化が誘導されるか検討した。
実施例1で示す方法に従って内胚葉細胞を誘導した後、1%のB−27を含むImproved MEM Zinc Option培地(Invitrogen社)にドーソモルフィン(1μM)、レチノイン酸(2μM)、SB431542(10μM)の3種類を同時に添加して7日間培養した。培地交換は誘導7日目に一度行った。誘導10日目の細胞をImproved MEM Zinc Option培地で洗浄した後、1%のB−27(GIBCO)を含むImproved MEM Zinc Option培地にデキサメタゾン(10μM)を添加した培地(実施例55)、ヒドロコルチゾン(5μM)を添加した培地(実施例56)、ベタメタゾン(2μM)を添加した培地(実施例57)、ベクロメタゾン(1μM)を添加した培地(実施例58)、もしくはコントロールとして前記誘導因子を添加していない培地(Ctrl)に交換して、さらに11日間培養した。培地交換は3〜4日ごとに行った。培養後、2%PFAを用いて10分間、さらに4%PFAを用いて20分間、室温において細胞の固定を行った。その後、1次抗体として抗インスリン抗体(A0564、DAKO社)と反応させ、さらに2次抗体としてAlexa568標識2次抗体(Invitrogen社)と順次反応させた後、蛍光顕微鏡で観察した。実験の結果を
図18に示す。ヒドロコルチゾン、ベタメタゾン、ベクロメタゾンを添加した場合に、デキサメタゾンを添加した場合と同様にインスリン発現細胞の陽性率が顕著に増加する様子が観察された。これらの結果より、ステロイドを添加することで膵ホルモン産生前駆細胞からインスリン産生細胞への分化を誘導できることが明らかとなった。
【0089】
(実施例59)分化させたインスリン産生細胞における各種刺激に応答したインスリン分泌
生体内の膵β細胞は、各種刺激に応答してインスリンを細胞外に分泌することが知られている。本分化誘導法を用いて分化させたインスリン産生細胞が、生体内の膵β細胞と同様に各種刺激に応答してインスリンを分泌するかどうか検討した。
実施例1で示す方法に従って内胚葉細胞を誘導した後、1%のB−27を含むImproved MEM Zinc Option培地(Invitrogen社)にドーソモルフィン(1μM)、レチノイン酸(2μM)、SB431542(10μM)の3種類を同時に添加して7日間培養した。培地交換は誘導7日目に一度行った。誘導10日目の細胞をImproved MEM Zinc Option培地で洗浄した後、1%のB−27(GIBCO)を含むImproved MEM Zinc Option培地にフォルスコリン(10μM)、ニコチンアミド(10mM)、デキサメタゾン(10μM)、ALK5阻害剤II(5μM)を添加した培地に交換してさらに11日間培養した。培地交換は3〜4日ごとに行った。培養後、2.5mMグルコースを含む緩衝液(NaCl(116mM)、KCl(4.7mM)、KH
2PO
4(1.18mM)、MgSO
4(1.18mM)、NaHCO
3(25mM)、CaCl
2(2.52mM)、HEPES(24mM)、0.1%BSA)で洗浄し、さらに2.5mMグルコースを含む緩衝液を添加して37℃で2時間培養した。上清を完全に除去した後、2.5mMグルコースを含む緩衝液、22.5mMグルコースを含む緩衝液、2.5mMグルコースと2μM(−)−Bay K8644を含む緩衝液、2.5mMグルコースと100μM tolbutamideを含む緩衝液、2.5mMグルコースと250μM carbacholを含む緩衝液、2.5mMグルコースと0.5mM IBMXを含む緩衝液、2.5mMグルコースと30mM KClを含む緩衝液をそれぞれ添加した。37℃で1時間培養した後、培養上清を回収し、培養上清中に含まれるCペプチド量をHuman C−peptide ELISA kit(Mercodia AB)を用いて測定した。その結果を
図19に示す。(−)−Bay K8644、tolbutamide、carbachol、IBMX、KClを添加した場合にCペプチド分泌量が上昇していた。これらの結果より、本発明の手法を用いて分化させたインスリン産生細胞は各種刺激に応答してインスリンを細胞外に分泌することが明らかとなった。
【0090】
(実施例60)インスリン産生細胞以外の膵ホルモン産生細胞への分化
本分化誘導法を用いることでインスリン産生細胞以外の膵ホルモン産生細胞も同時に誘導されるか検討した。実施例1で示す方法に従って内胚葉細胞を誘導した後、1%のB−27を含むImproved MEM Zinc Option培地(Invitrogen社)にドーソモルフィン(1μM)、レチノイン酸(2μM)、SB431542(10μM)の3種類を同時に添加して7日間培養した。培地交換は誘導7日目に一度行った。誘導10日目の細胞をImproved MEM Zinc Option培地で洗浄した後、1%のB−27(GIBCO)を含むImproved MEM Zinc Option培地にフォルスコリン(10μM)、ニコチンアミド(10mM)、デキサメタゾン(10μM)、ALK5阻害剤II(5μM)を添加した培地に交換してさらに11日間培養した。培地交換は3〜4日ごとに行った。培養後、2%PFAを用いて10分間、さらに4%PFAを用いて20分間、室温において細胞の固定を行った。その後、1次抗体として抗ヒトCペプチド抗体(C−PEP−01、MONOSAN社)、抗グルカゴン抗体(SC−7780、Santa Cruz社)、抗グレリン抗体(SC−10368、Santa Cruz社)又は抗ソマトスタチン抗体(A0566、DAKO社)と反応させ、さらに2次抗体としてAlexa488標識2次抗体(Invitrogen社)又はAlexa568標識2次抗体(Invitrogen社)と順次反応させた後、蛍光顕微鏡で観察した。免疫蛍光染色の結果を
図20に示す。Cペプチド陽性細胞に加え、グルカゴン陽性細胞、グレリン陽性細胞、ソマトスタチン陽性細胞がそれぞれ観察された。本分化誘導法を用いることでインスリン産生細胞以外の膵ホルモン産生細胞も同時に誘導されることが確認された。
【0091】
(実施例61)複数のヒトiPS細胞株からのインスリン産生細胞への分化誘導
上述の実施例ではヒトiPS細胞株として253G1株を利用していた。253G1株以外のヒトiPS細胞株からも膵臓細胞への分化が誘導されるか検討した。ヒトiPS細胞株として、253G1株(36歳女性の皮膚線維芽細胞にOCT4/SOX2/KLF4を発現させて作成されたiPS細胞株)以外に、201B7株(36歳女性の皮膚線維芽細胞にOCT4/SOX2/KLF4/c−MYCを発現させて作成されたiPS細胞株)、1503−iPS(297A1)(73歳女性の皮膚線維芽細胞にOCT4/SOX2/KLF4/c−MYCを発現させて作成されたiPS細胞株)、1392−iPS(297F1)(56歳男性の皮膚線維芽細胞にOCT4/SOX2/KLF4/c−MYCを発現させて作成されたiPS細胞株)、NHDF−iPS(297L1)(新生児男性の皮膚線維芽細胞にOCT4/SOX2/KLF4/c−MYCを発現させて作成されたiPS細胞株)を用いて分化を誘導した(Cell 2007;131(5),p861−72,PLoS ONE 2009;4(12),p.e8067参照)。
実施例1で示す手法に従って内胚葉への分化を誘導した。培養3日後、SOX17とFOXA2タンパク質の発現を調べるため、抗SOX17抗体と抗FOXA2抗体を用いた免疫蛍光染色を実施した。実施例1と同様の手法で3日目まで培養した後、2%PFAを用いて10分間、さらに4%PFAを用いて20分間、室温において細胞の固定を行った。1次抗体として抗ヒトSOX17抗体(AF1924、R&D社)、抗FOXA2抗体(07−633、Millipore社)と反応させ、さらに2次抗体としてAlexa488標識2次抗体(Invitrogen社)又はAlexa568標識2次抗体(Invitrogen社)と順次反応させた後、蛍光顕微鏡で観察した。結果を
図21に示す。201B7株、1503−iPS(297A1)株、1392−iPS(297F1)株、NHDF−iPS(297L1)株を用いて分化させた場合でも、大部分の細胞がSOX17陽性FOXA2陽性の内胚葉細胞に分化している様子が観察された。
内胚葉細胞を誘導した後、1%のB−27を含むImproved MEM Zinc Option培地(Invitrogen社)にドーソモルフィン(1μM)、レチノイン酸(2μM)、SB431542(10μM)の3種類を同時に添加して7日間培養した。培地交換は誘導7日目に一度行った。培養後、2%PFAを用いて10分間、さらに4%PFAを用いて20分間、室温において細胞の固定を行った。その後、1次抗体として抗ヒトPDX1抗体(AF2419、R&D社)と反応させ、さらに2次抗体としてAlexa488標識2次抗体(Invitrogen社)と順次反応させた後、蛍光顕微鏡下にて細胞を観察した。免疫蛍光染色の結果を
図22に示す。201B7株、1503−iPS(297A1)株、1392−iPS(297F1)株、NHDF−iPS(297L1)株を用いて分化させた場合でも、大部分の細胞がPDX1陽性の膵ホルモン産生前駆細胞に分化している様子が観察された。
さらに、誘導10日目の細胞をImproved MEM Zinc Option培地で洗浄した後、1%のB−27(GIBCO)を含むImproved MEM Zinc Option培地にフォルスコリン(10μM)、ニコチンアミド(10mM)、デキサメタゾン(10μM)、ALK5阻害剤II(5μM)を添加した培地に交換して、さらに11日間培養した。培地交換は3〜4日ごとに行った。培養後、2%PFAを用いて10分間、さらに4%PFAを用いて20分間、室温において細胞の固定を行った。その後、1次抗体として抗インスリン抗体(A0564、DAKO社)と反応させ、さらに2次抗体としてAlexa568標識2次抗体(Invitrogen社)と順次反応させた後、蛍光顕微鏡で観察した。免疫蛍光染色の結果を
図23に示す。253G1株と同様に、201B7株、1503−iPS(297A1)株、1392−iPS(297F1)株、NHDF−iPS(297L1)株より分化させた場合でも効率よくインスリン産生細胞への分化が誘導されている様子が観察された。以上の結果より、本分化誘導法を用いることでヒトiPS細胞株の種類によらずにインスリン産生細胞への分化を誘導できることが明らかとなった。
【0092】
(実施例62〜64)フィーダー細胞をフィブロネクチンやマトリゲルマトリゲルで代用し、ヒトiPS細胞から膵ホルモン産生細胞を誘導する方法
本分化誘導系においてフィーダー細胞の代用としてフィブロネクチンまたはマトリゲルを用いた場合でも、膵ホルモン産生細胞への分化が誘導されるか検討した。フィブロネクチンでの代用の場合は、96穴プレートにDMEM/F12培地で40倍希釈したhuman plasmaフィブロネクチン(Invitrogen)を50μl添加し、室温で3時間以上静置させたのちに除去したものを利用した。一方、マトリゲルでの代用の場合は、96穴プレートにDMEM/F12培地で60倍希釈したMatrigel−growth factor reduced mouse(COLLABORATIVE RESEARCH,INC.)を50μl添加し、室温で3時間以上静置させたのちに除去したものを利用した。細胞塊の状態で維持していたiPS細胞を0.25%トリプシン−1mM EDTA溶液(GIBCO)で処理し、単一細胞になるまで解離させた。続いて、培地に分散させたiPS細胞をフィブロネクチンあるいはマトリゲルでコートした96穴プレートに1穴あたり4×10
4個の密度で播種し、37℃、5%CO
2下で1日間培養した。播種時の培養液としては、10μMのY−27632(和光純薬)を添加した霊長類ES細胞用培地を使用した。播種1日後にY−27632を添加していない霊長類ES細胞用培地に交換してさらに2日間培養し、コンフルエントな状態になるまで培養した。培養後、RPMI培地(GIBCO)で洗浄した後、CHIR99021、2%FBSおよびアクチビンA(100ng/ml)を添加したRPMI培地を用いて1日間培養した。1日間培養した後にRPMI培地で洗浄し、2%のFBSと100ng/mlのアクチビンAを添加したRPMI培地を用いてさらに2日間培養した。その後、1%のB−27を含むImproved MEM Zinc Option培地(Invitrogen社)にドーソモルフィン(1μM)、レチノイン酸(2μM)、SB431542(10μM)の3種類を同時に添加して7日間培養した。培地交換は誘導7日目に一度行った。誘導10日目の細胞をImproved MEM Zinc Option培地で洗浄した後、1%のB−27(GIBCO)を含むImproved MEM Zinc Option培地にフォルスコリン(10μM)、ニコチンアミド(10mM)、デキサメタゾン(10μM)、ALK5阻害剤II(5μM)を添加した培地に交換してさらに11日間培養した。培地交換は3〜4日ごとに行って膵ホルモン産生細胞を誘導した。
フィーダー細胞上で膵ホルモン産生細胞を誘導した場合を実施例62、フィブロネクチン上で膵ホルモン産生細胞を誘導した場合を実施例63、マトリゲル上で膵ホルモン産生細胞を誘導した場合を実施例64とした。誘導0日目及び21日目の細胞からRNAを回収し、インスリンmRNAの発現量を実施例1に示す方法と同様にして測定した。結果を表1に示す。いずれの条件においても、培養日数に伴ってインスリンmRNA発現が上昇した。これらの結果より、本分化誘導法を用いることで、フィーダー細胞の代用としてフィブロネクチンやマトリゲルをコーティング剤として用いた培養系においても、膵ホルモン産生細胞への誘導が可能であることが明らかとなった。
【0093】
【表1】
【0094】
本出願は、日本で出願された特願2009−299276、及び特願2010−144283を基礎としておりそれらの内容は本明細書に全て包含されるものである。