特許第5764062号(P5764062)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5764062高潤滑性摺動部材およびそれを用いた人工関節
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5764062
(24)【登録日】2015年6月19日
(45)【発行日】2015年8月12日
(54)【発明の名称】高潤滑性摺動部材およびそれを用いた人工関節
(51)【国際特許分類】
   A61L 27/00 20060101AFI20150723BHJP
   A61F 2/34 20060101ALI20150723BHJP
【FI】
   A61L27/00 F
   A61F2/34
【請求項の数】12
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2011-527690(P2011-527690)
(86)(22)【出願日】2010年8月18日
(86)【国際出願番号】JP2010063929
(87)【国際公開番号】WO2011021642
(87)【国際公開日】20110224
【審査請求日】2013年7月8日
(31)【優先権主張番号】特願2009-190852(P2009-190852)
(32)【優先日】2009年8月20日
(33)【優先権主張国】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】504418084
【氏名又は名称】京セラメディカル株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100100158
【弁理士】
【氏名又は名称】鮫島 睦
(74)【代理人】
【識別番号】100068526
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 恭生
(74)【代理人】
【識別番号】100138863
【弁理士】
【氏名又は名称】言上 惠一
(74)【代理人】
【識別番号】100156085
【弁理士】
【氏名又は名称】新免 勝利
(72)【発明者】
【氏名】京本 政之
(72)【発明者】
【氏名】石原 一彦
【審査官】 牧野 晃久
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−202965(JP,A)
【文献】 特開2008−054788(JP,A)
【文献】 特開昭61−013963(JP,A)
【文献】 特開2003−310649(JP,A)
【文献】 特開2008−053041(JP,A)
【文献】 国際公開第2001/005855(WO,A1)
【文献】 国際公開第2010/058848(WO,A1)
【文献】 国際公開第2010/074238(WO,A1)
【文献】 特表2009−528110(JP,A)
【文献】 KYOMOTO,M. et al,ACS Applied Materials & Interfaces,2009年 2月16日,Vol.1, No.3,pp.537-542
【文献】 E.P.J. Watters et al.,Chemical Engineering Journal,2005年 9月 1日,Vol.112, Nos.1-3,pp.137-144
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 27/00
A61F 2/00− 2/80
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ケトン基を表面に有するポリマー基材(A)の少なくとも一部の表面に、ホスホリルコリン基を含む1.4g/cm以上の層の密度のグラフトポリマー層からなる被覆層(B)を有する、ポリマー摺動材料であって、
ポリマー基材(A)の平均表面粗さ(Ra)が0.02μm以下である、ポリマー摺動材料
【請求項2】
被覆層(B)の水に対する静的接触角が15°以下である、請求項1に記載のポリマー摺動材料。
【請求項3】
被覆層(B)の厚さが、10〜200nmである、請求項1または2に記載されたポリマー摺動材料。
【請求項4】
ポリマー基材(A)が芳香族ケトンを含むポリマー基材である、請求項1〜のいずれか1つに記載されたポリマー摺動材料。
【請求項5】
ポリマー基材(A)が、ポリエーテルケトン(PEK)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリエーテルケトンケトン(PEKK)、ポリエーテルエーテルケトンケトン(PEEKK)、ポリエーテルケトンエーテルケトンケトン(PEKEKK)、およびポリアリールエーテルケトン(PAEK)からなる群から選ばれるポリマー、もしくは上記群のポリマーからの少なくとも2種のポリマーを複合化した複合化ポリマー、または、上記ポリマーおよび上記複合化ポリマーの群から選ばれるポリマーをマトリックスとする繊維強化ポリマーのいずれかである、請求項に記載されたポリマー摺動材料。
【請求項6】
ホスホリルコリン基を有するグラフトポリマー層が、ホスホリルコリン基を有する(メタ)アクリレートモノマーからの構成単位を有する、請求項1〜のいずれか1つに記載されたポリマー摺動材料。
【請求項7】
ホスホリルコリン基を有する(メタ)アクリレートモノマーが、2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)である、請求項に記載されたポリマー摺動材料。
【請求項8】
グラフトポリマー層が、重合開始剤を含むことなく光照射による表面グラフト重合によって形成されたものである、請求項1〜のいずれかに記載されたポリマー摺動材料。
【請求項9】
表面グラフト重合が、ホスホリルコリン基を有するモノマー(C)を含む反応系にポリマー基材(A)を浸漬し、ポリマー基材(A)に対して光を照射してポリマー基材(A)の表面からモノマーのグラフト重合を行なう、請求項に記載されたポリマー摺動材料。
【請求項10】
照射する光の波長が、10〜400nmの範囲である、請求項またはに記載されたポリマー摺動材料。
【請求項11】
請求項1〜1のいずれか1つに記載されたポリマー摺動材料からなる、人工関節部材。
【請求項12】
ケトン基を表面に有するポリマー基材(A)の少なくとも一部の表面に、ホスホリルコリン基を含む1.4g/cm以上の層の密度のグラフトポリマー層からなる被覆層(B)を有するポリマー摺動材料の製造方法であって、
製造方法が、
i)ホスホリルコリン基を有するモノマー(C)をモノマー濃度0.1〜2.00 mol/Lの範囲で含む反応系にポリマー基材(A)を浸漬する工程、および
ii)ポリマー基材(A)に対して波長が10〜400nmの範囲にある光を1.0〜10.0 mW/cmの範囲の強度で照射して、ポリマー基材(A)の表面からモノマー(C)をグラフト重合させる工程、
を含んでなり、
ポリマー基材(A)の平均表面粗さ(Ra)が0.02μm以下である、ポリマー摺動材料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医療材料およびその製造方法に関するものであり、特に、人の関節を補綴するための人工関節に用いられる摺動部材およびその製造方法に関するものである。摺動部位の潤滑状態を長期間にわたり維持することのできる摺動部材に関するものであり、特に、人工関節用高分子材料およびそれを用いた人工関節に関するものである。
【背景技術】
【0002】
人工股関節、人工膝関節等の人工関節の構成部材として、従来は、ポリエチレン(主として超高分子量ポリエチレン、以下、PEと称する)が一般に使用されていた。しかし、人工関節が生体内で使用されるとき、摩擦運動により生じるPEの摩耗粉は、骨の融解(osteolysis)を誘発する傾向があった。骨の融解が起こると、人工関節と骨の固着力が弱まる、いわゆるルーズニング生じ、そのルーズニングは人工関節置換術の合併症として大きな問題となっていた。前記PEの通常の摩耗量は、年間0.1〜0.2mm程度であり、人工関節置換術を施術後のしばらくの間(例えば、数年程度の間)は問題ない。しかし、5年程経過すると前記ルーズニングの程度が顕著になるので、人工関節を取り替える再手術を行う必要が生じ、患者にとって大きな負担となっていた。
【0003】
また、人工股関節においては、可動域の増大、脱臼の防止を目的として、骨頭の大径化が進んでいる。カップが臼蓋側に納まる大きさには制約があるため、骨頭が大径化したことに対応して、PE製の臼蓋カップの厚さは薄くすることが求められた。しかし、耐摩耗特性、耐変形特性および耐破壊特性などの観点によって、臼蓋カップの厚さを薄くすることには限界があった。
【0004】
人工関節の用途として、PEの代替材料についても盛んに研究されており、耐変形特性および耐破壊特性に優れるエンジニアリングプラスティックであるポリエーテルエーテルケトン(以下、PEEKと称する)は、その一つである。PEEK自体の耐摩耗特性は十分でなく、PEEKに炭素繊維を複合化することによってその特性の向上が図られている。しかしながら、硬質な炭素繊維は組み合わされる骨頭を傷つける可能性もあるため、人工関節用として十分な特性のPEEK材料は得られていなかった。
【0005】
また、PEの表面に被覆層を形成して、摺動部表面の摺動特性を向上させることも研究されている。例えば、人工関節などのように、優れた摺動特性を要求される医療用器具の表面に、アリルアミンとホスホリルコリン類似基を有するランダム共重合体の皮膜を固定して、生体適合性や表面潤滑性を付与することが知られている(特許文献1)。
【0006】
特に、PEで形成した人工関節の摺動表面に、ホスホリルコリン基を有する重合性モノマー、例えば、2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)をグラフト重合すると、人工関節の摩耗を抑える効果が高く、従来よりも摩耗粉の発生を抑制できる高分子材料製人工関節部材が得られる(特許文献2)。
【0007】
特許文献2の方法によって製造されるMPCポリマーは理想的な生体適合性表面を形成するための材料として有用であるが、生成物を生体適合材料として用いる場合には、グラフト重合反応を行った後の基材表面およびグラフトポリマー層に重合開始剤が残存しないことが望ましい。従って、特許文献2に示す方法では、グラフト重合反応を行った後に、残存する重合開始剤を基材表面およびグラフトポリマー層から取り除く必要があるという問題があった。
【0008】
特許文献2の方法は、次のスキーム1によって示される:
【0009】
【化1】
(スキーム1)
【0010】
特許文献3は、ガンマ線などの放射線を用いる、重合開始剤を使用しない方法を開示しているが、基材およびモノマーの両者からラジカルを発生させるため、グラフト重合において十分なグラフト密度が得られず、更に、ガンマ線などの放射線は基材の内部まで貫通し得るため、基材の内部において不必要なまたは所望しない分子切断が生じたりして、基材の劣化または脆化を引き起こし得るという問題もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】国際公開第01/05855号パンフレット
【特許文献2】特開2003−310649号公報
【特許文献3】特開2008−53041号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
そこで、本願発明は、上記問題点を解決することを課題とする。すなわち、本発明は、高潤滑性、生体適合性を備えた耐久性に優れたポリマー摺動材料および該ポリマー摺動材料の製造方法の提供、ならびに該ポリマー摺動材料からなる人工関節部材および該人工関節部材を用いる抗脱臼性を兼ね備えた人工関節の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、驚くべきことに、
i)ケトン基を表面に有するポリマー基材(A)の少なくとも一部の表面に、ホスホリルコリン基を含むグラフトポリマー層からなる被覆層(B)を有するポリマー摺動材料において、グラフト層の密度が所定の値以上になると被覆層の摩擦係数が急激に低減すること、
ii)この現象はまた、被覆層(B)の親水性の指標である被覆層(B)上の水に対する静的接触角が所定の値以下になると被覆層(B)の摩擦係数が急激に低減することと対応していること、および、
iii)摩擦係数の低減の度合いは、ポリマー基材(A)の表面粗さの程度に関係し、平均表面粗さ(Ra値)が所定の値以下になると摩擦係数および静的接触角の減少が顕著になることを発見し、本発明に到達した。
【0014】
すなわち、本発明は、ケトン基を表面に有するポリマー基材(A)の少なくとも一部の表面に、ホスホリルコリン基を含む1.4g/cm以上の密度のグラフトポリマー層からなる被覆層(B)を有する、ポリマー摺動材料に関する。
【0015】
本発明はまた、ケトン基を表面に有するポリマー基材(A)の少なくとも一部の表面に、ホスホリルコリン基を含むグラフトポリマー層からなり、水に対する静的接触角が15°以下の被覆層(B)を有する、ポリマー摺動材料に関する。
【0016】
本発明はまた、前記本発明で得られるポリマー摺動材料からなる人工関節部材に関する。
【0017】
本発明はまた、前記人工関節部材を有してなる人工関節に関する。
【0018】
本発明はまた、ケトン基を表面に有するポリマー基材(A)の少なくとも一部の表面に、ホスホリルコリン基を含むグラフトポリマー層からなる被覆層(B)を有するポリマー摺動材料の製造方法であって、
i)ホスホリルコリン基を有するモノマー(C)を含む反応系にポリマー基材(A)を浸漬する工程、および
ii)ポリマー基材(A)に対して光を照射して、ポリマー基材(A)の表面からモノマー(C)をグラフト重合させる工程、
を含んでなるポリマー摺動材料の製造方法に関する。
【発明の効果】
【0019】
本発明は、ケトン基を表面に有するポリマー基材(A)の少なくとも一部の表面に、生体適合性および親水性を有するホスホリルコリン基を含む1.4g/cm以上の高密度のグラフトポリマー層からなる被覆層(B)を有するポリマー摺動材料を提供する。それ故に、本発明のポリマー摺動材料は従来にない高い潤滑性を発揮し、しかも、長期間にわたって耐摩耗性を維持できるという耐久性に優れている。本発明の被覆層(B)は、水に対する静的接触角が15°以下という高い親水性表面を有するため、従来のポリマー摺動材料に比して顕著な摩擦係数の低減を示し、優れた耐摩耗性を有する摺動材料を提供する。特に、本発明は、ポリマー基材(A)の表面粗さが平均表面粗さ0.02μm以下という平滑性を有する場合に被覆層(B)の摩擦係数の低減が顕著である。本発明はまた、これらの摺動材料を用いたポリマー摺動部材、及び該ポリマー摺動部材を用いた人工関節を提供する。本発明の人工関節は、ポリマー基材の厚さを比較的薄く設定した場合であっても、十分な耐摩耗特性、荷重支持性および耐破壊特性を達成して、耐久性が優れた、より小さいポリマー基材の厚さのポリマー摺動部材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1図1は、グラフト層の密度(Graft layer density)と摩擦係数(Friction coefficient)との関係を示す(実施例1〜5、比較例1〜6)。
図2図2は、水の静的接触角(Contact angle)と摩擦係数(Friction coefficient)との関係を示す(実施例1〜5、比較例1〜6)。
図3図3は、ポリマー基材(A)PEEKの表面粗さ(平均表面粗さ:Ra)と摩擦係数(Friction coefficient)との関係を示す。
図4図4は、実施例1の構成を人工股関節に適用した例を示す模式図である。
図5図5は、実施例1の構成を人工股関節に適用し、その稼動域を計算した模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を実施するための形態を、より詳細に説明する。
一態様において、本発明のポリマー摺動材料は、ケトン基を表面に有するポリマー基材(A)の少なくとも一部の表面に、ホスホリルコリン基を含む1.4g/cm以上の密度のグラフトポリマー層からなる被覆層(B)を有する。
ホスホリルコリン基を含む層の密度が1.4g/cm以上になると、被覆層(B)の摩擦係数が急激に低減するという効果が得られる。ホスホリルコリン基を含む層の密度は、好ましくは、1.5g/cm以上、さらに好ましくは、2.0g/cm以上である。
【0022】
ここで、本発明に係るグラフト重合における幹ポリマーはポリマー基材(A)であり、グラフト(枝)はホスホリルコリン基を含むポリマーである。
【0023】
別の態様において、本発明のポリマー摺動材料は、ケトン基を表面に有するポリマー基材(A)の少なくとも一部の表面に、ホスホリルコリン基を含むグラフトポリマー層からなり、水に対する静的接触角が15°以下の被覆層(B)を有する。
被覆層(B)の水に対する静的接触角が15°以下になると、被覆層(B)の摩擦係数が急激に低減するという効果が得られる。静的接触角は、好ましくは、10°以下、より好ましくは8°以下である。
【0024】
他の態様において、本発明のポリマー摺動材料は、好ましくは、ケトン基を表面に有するポリマー基材(A)の少なくとも一部の表面に、ホスホリルコリン基を含む1.4g/cm以上の密度のグラフトポリマー層からなる被覆層(B)を有し、該被覆層(B)の水に対する静的接触角は15°以下である。
【0025】
本発明に係るポリマー基材(A)の表面粗さは、平均表面粗さ(Ra)0.02μm以下であることが好ましく、さらに好ましくは、Ra0.015μm以下、特に好ましくは、Ra0.01μm以下である。平均表面粗さ(Ra)0.02μm以下の場合に、摩擦係数の低下および親水性の向上が顕著になる。
【0026】
特に、本発明のポリマー摺動材料は、ケトン基を表面に有するポリマー基材(A)の少なくとも一部の表面に、ホスホリルコリン基を含む1.4g/cm以上の密度のグラフトポリマー層からなる被覆層(B)を有し、該被覆層(B)の水に対する静的接触角が15°以下であり、グラフト重合するポリマー基材(A)の表面粗さが平均表面粗さ0.02μm以下であることが好ましい。
【0027】
本発明に係るポリマー基材(A)は、芳香族ケトンを含むポリマー基材であることが好ましく、具体的には、ポリマー基材(A)が、ポリエーテルケトン(PEK)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリエーテルケトンケトン(PEKK)、ポリエーテルエーテルケトンケトン(PEEKK)、ポリエーテルケトンエーテルケトンケトン(PEKEKK)、およびポリアリールエーテルケトン(PAEK)からなる群から選ばれるポリマー、もしくは上記群のポリマーからの少なくとも2種のポリマーを複合化した複合化ポリマー、または、上記ポリマーおよび上記複合化ポリマーの群から選ばれるポリマーをマトリックスとする繊維強化ポリマーのいずれかであってよい。ポリマー基材(A)は本発明に係るグラフト重合の幹ポリマーとなる。
【0028】
本発明に係るホスホリルコリン基を有するグラフトポリマー層は、ホスホリルコリン基を有するモノマーからの構成単位を有するものであり、これらのモノマーを例示すれば、2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)、2−アクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、4−メタクリロイルオキシブチルホスホリルコリン、6−メタクリロイルオキシヘキシルホスホリルコリン、ω−メタクリロイルオキエチレンホスホリルコリン、4−スチリルオキシブチルホスホリルコリン等が挙げられる。中でも、ホスホリルコリン基を有する(メタ)アクリレートモノマーからの構成単位を有することが好ましく、2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)が特に好ましい。ホスホリルコリン基は生体膜の構成成分としてのリン脂質であり、生体適合性に優れるとともに、親水性および潤滑特性に優れるため、MPCからなる皮膜層(B)を有する本発明のポリマー摺動材料として好適である。ホスホリルコリン基含有ポリマーは、本発明に係るグラフト重合の枝(グラフト)ポリマーである。
【0029】
グラフトポリマー層は、重合開始剤を含むことなく光照射による表面グラフト重合によって形成されたものであることが好ましい。具体的には、表面グラフト重合が、ホスホリルコリン基を有するモノマー(C)を含む反応系にポリマー基材(A)を浸漬し、ポリマー基材(A)に対して光を照射してポリマー基材(A)の表面からモノマーのグラフト重合を行って得られたものであることが好ましい。ここで照射する光の波長は、通常、10〜400nmの範囲である。
【0030】
本発明は、前記本発明で得られるポリマー摺動材料からなる人工関節部材を提供する。特に、ポリマー基材(A)が該人工関節部材の基部を構成し、該人工関節部材の少なくとも摺動面に被覆層(B)を有する人工関節部材が好ましい。さらに特別には、本発明は、組み合わせられる骨頭の直径が32mm以上であり、且つ、ポリマー基材の厚みが3〜6mmである人工関節部材が好ましい。本発明は、該人工関節部材を有してなる人工関節を提供する。
【0031】
本発明は、ケトン基を表面に有するポリマー基材(A)の少なくとも一部の表面に、ホスホリルコリン基を含むグラフトポリマー層からなる被覆層(B)を有するポリマー摺動材料の製造方法を提供する。
好ましい実施態様において、
i)ホスホリルコリン基を有するモノマー(C)をモノマー濃度0.1〜2.0mol/Lの範囲で含む反応系にポリマー基材(A)を浸漬する工程、および
ii)ポリマー基材(A)に対して波長が10〜400nmの範囲にある光を1.0〜10.0mW/cmの範囲の強度で照射して、ポリマー基材(A)の表面からモノマー(C)をグラフト重合させる工程、
を含んでなるポリマー摺動材料の製造方法である。
【0032】
本発明のポリマー摺動材料の製造方法において、照射する光の波長は、10〜400nm、好ましくは、200〜400nm、より好ましくは、300〜400nmの範囲であってよい。
【0033】
前記製造方法において、モノマー(C)の濃度は、好ましくは、0.25〜1.0mol/L、より好ましくは、0.25〜0.50mol/Lの範囲であってよい。
【0034】
前記製造方法において、光の強度は、好ましくは1.5〜8.0mW/cmの、より好ましくは、4.0〜6.0mW/cmの範囲であってよい。
【0035】
前記製造方法において、グラフト重合を、重合開始剤を含むことなく行なうことが好ましい。重合開始剤を含まないために、重合開始剤の残渣に起因する、得られたポリマー摺動材料の劣化等の問題点を回避できる。
【0036】
前記製造方法において、光を照射して行なうグラフト重合の温度は、10〜90℃、好ましくは、20〜80℃、さらに好ましくは、50〜70℃の範囲であってよい。
【0037】
前記製造方法において、光を照射して行なうグラフト重合時間は、重合温度等他の条件にもよるが、通常20分〜10時間、好ましくは30分〜5時間、より好ましくは45分〜90分間であってよい。
【0038】
前記製造方法において、好適な溶剤には、水ならびにアルコール類及びそのアルコール類の水溶液が挙げられる。使用する溶剤は、少なくともモノマーを溶解または分散させること、基材を侵食又は溶解しないこと、ならびに本発明のグラフト重合に悪影響を及ぼさないことという要件を満たす必要がある。
【0039】
本発明において、基材としてPEEKを使用し、ホスホリルコリン基を有する化合物として2−メタクロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)を使用した場合のグラフト反応の概略式を以下に図示する。
【0040】
【化2】
【0041】
前記製造方法において、ポリマー基材(A)の表面の表面粗さが、平均表面粗さ(Ra)0.02μm以下であることが好ましく、より好ましくは、Raが0.015μm以下、特に好ましくは、Raが0.01μm以下である。ポリマー基材(A)の表面粗さが表面粗さ(Ra)0.02μm以下である場合に、摩擦係数の低下および親水性の向上が顕著になる。
【0042】
本発明に係るグラフトポリマー層は、重合開始剤を含むことなく光照射による表面グラフト重合によって形成されたものであることが好ましい。重合開始剤を含まないため、重合開始剤の残渣に起因するポリマー摺動材料の劣化等の問題を回避し得る。
【実施例】
【0043】
以下、本発明を実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0044】
[グラフト重合の確認]
PEEKポリマー基材表面へのMPCモノマーのグラフト重合の確認は、i)FT−IR分析(日本分光株式会社製のFT/IR615型器)によるMPCに由来するIR吸収ピーク(1060cm−1,1720cm−1)の存在、及びii)XPS分析(KRATOS ANALYTICAL社製のAXIS−HSi165型器)によるMPCに由来するピーク(P−O結合)の存在、により行なった。
【0045】
[グラフト重合して得られたMPCポリマー膜の厚さの測定]
グラフト重合して得られたMPCポリマー膜の厚さを、以下のようにして測定した。測定に使用する試料をエポキシ樹脂に包埋し、四塩化ルテニウム染色した後、ウルトラミクロトームを用いて超薄切片を切り出した。観察には、日本電子製JEM−1010型透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて、加速電圧100kVとして行った。
【0046】
[グラフト層の密度の分析]
被覆層(B)の密度は、ポリマー基材(A)の表面にホスホリルコリン基含有モノマーをグラフト重合した後の重量増加(g)分を被覆層(B)の重量と見做し、その値を、上記方法によって測定した被覆層(B)の膜厚とポリマー(A)の表面積とから得られる被覆層(B)の体積(cm)で除して求めた。重量増加は、精密天秤(Sartorius AG製のSartorius Supermicro S4型器)によって測定した。
【0047】
[静的接触角の測定]
表面接触角測定装置(協和界面科学株式会社製のDM300型器)を用い、ISO15989規格に準拠して液適法にて測定した。すなわち、液滴量1μLの純水を液滴化後、60秒経過時点における接触角を測定して、「水に対する静的接触角」とした。
【0048】
[摩擦係数の測定]
被覆層(B)表面の摩擦係数は、新東科学株式会社製Pin−on−plate型摩擦試験機(トライボステーションType32)を用い、0.98Nの荷重、すべり速度50mm/秒、すべり距離25mm、1Hzの往復周波数、室温、水潤滑環境条件にて、動摩擦係数を測定した。
【0049】
[表面粗さの測定]
ポリマー基材(A)の表面粗さは、JIS−B−0601に準拠して、触針式表面粗さ計(ミツトヨ株式会社のSurftest SV−3100型器)によって平均表面粗さ(Ra:μm)を測定した。
【0050】
実施例1
基材としてPEEKを用い、モノマーとしてMPCを用い、モノマーを懸濁させる溶剤として水を用いた。
【0051】
まず、基材として使用するPEEK試料(縦10cm×横1cm×厚み0.3cm、重量3.9g:VICTREX社製、商品名450G)を、エタノール超音波洗浄に付して、表面を清浄化した。これとは別に、MPCの0.5mol/L水溶液を調製した。石英ガラス製容器の中に、前記調製したMPC水溶液の15mLを入れた。
【0052】
前記MPC水溶液の温度を60℃に保持しながら、MPC水溶液の中にPEEK試料を浸漬した。該PEEK試料に対して波長300〜400nmの紫外線を90分の時間で照射して、グラフト重合反応を行わせた。紫外線を照射した後、PEEK試料をMPC水溶液から引き上げ、純水を用いて十分に濯いで、乾燥させて、ポリマー摺動材料を得た。
【0053】
実施例2 実施例1における紫外線の照射時間を45分とする以外は、実施例1と同様の操作を行って、ポリマー摺動材料を得た。
【0054】
実施例3
実施例1における紫外線の照射時間を23分とする以外は、実施例1と同様の操作を行って、ポリマー摺動材料を得た。
【0055】
実施例4
実施例1におけるMPCの濃度を0.25mol/Lとする以外は、実施例1と同様の操作を行って、ポリマー摺動材料を得た。
【0056】
実施例5
実施例1におけるMPCの濃度を0.25mol/L、紫外線の照射時間を45分とする以外は、実施例1と同様の操作を行って、ポリマー摺動材料を得た。
【0057】
比較例1
実施例1における紫外線の照射時間を10分とする以外は、実施例1と同様の操作を行って、ポリマー摺動材料を得た。
【0058】
比較例2
実施例1における紫外線の照射時間を5分とする以外は、実施例1と同様の操作を行って、ポリマー摺動材料を得た。
【0059】
比較例3
実施例4におけるMPCの濃度を0.25mol/L、紫外線の照射時間を23分とする以外は、実施例4と同様の操作を行って、ポリマー摺動材料を得た。
【0060】
比較例4
実施例4におけるMPCの濃度を0.25mol/L、紫外線の照射時間を10分とする以外は、実施例4と同様の操作を行って、ポリマー摺動材料を得た。
【0061】
比較例5
実施例4におけるMPCの濃度を0.25mol/L、紫外線の照射時間を5分とする以外は、実施例4と同様の操作を行って、ポリマー摺動材料を得た。
【0062】
以上の実施例1〜5、および比較例1〜5で得られた各ポリマー摺動材料に付いて、グラフト密度、接触角、および摩擦係数を測定した。得られた結果を、図1(グラフト層の密度と摩擦係数の相関)および図2(水の静的接触角と摩擦係数の相関)に示した。グラフト層の密度1.4g/cmを境界として、グラフト層の密度の増加と共に摩擦係数が急激に低減すること(図1)、および、接触角15°を境界として、接触角の減少と共に摩擦係数が急激に低減すること(図2)が判る。
【0063】
実施例6
実施例1において、PEEKの表面粗さがRa<0.01μmのポリマー基材を用いる以外は、実施例1と同様の操作を行なって、ポリマー摺動材料を得た。
【0064】
比較例6
実施例1において、PEEKの表面粗さがRa<2μmのポリマー基材を用いる以外は、実施例1と同様の操作を行なって、ポリマー摺動材料を得た。
【0065】
実施例6および比較例6で得られたポリマー摺動材料の摩擦係数を測定し、各々を、グラフト処理をする前のPEEKの摩擦係数と対比した。結果を図3に示すとおり、MPCポリマーでのグラフト処理による摩擦係数の低減効果は、表面粗さの小さいPEEKで大きいことが判る。
【0066】
図4に、本願の人工関節部材を用いて作製した人工関節の一種である人工股関節1の模式図を示す。人工股関節1は、寛骨93の臼蓋94に固定される摺動部材(臼蓋カップ)10と、大腿骨91の近位端に固定される大腿骨ステム20とから構成されている。臼蓋カップ10は、ほぼ半球状の臼蓋固定面14とほぼ半球状にくぼんだ摺動面16とを有するカップ基材12と、摺動面16に被覆された被覆層30を有している。臼蓋カップ10の摺動面16に大腿骨ステム20の骨頭22を嵌め込んで摺動させることにより、股関節として機能する。
【0067】
実施例1に従って、カップ基材12としてPEEKを用い、モノマーとしてMPCを用いて、カップ基材12の摺動面16となる表面にMPCの被覆層30をグラフト重合によって形成した。この人工股関節では、被覆層30の厚みを好ましくは50〜200nm、カップ基材12の厚さを好ましくは3〜6mm、骨頭22の直径を好ましくは40〜48mmとしても、良好な摺動性と、可動性(抗脱臼性)とを達成することができた。
【0068】
図5に、本願の人工関節部材を用いて作製した人工関節の可動域の模式図を示す。図5(a)は、カップ基材の厚さを13mmとした場合に、適切に対応させ得る骨頭の最大直径として26mmを採用した例を示しており、図5(b)は、カップ基材の厚さを10mmとした場合に、適切に対応させ得る骨頭の最大直径として32mmを採用した例を示しており、図5(c)は、カップ基材の厚さを6mmとした場合に、適切に対応させ得る骨頭の最大直径として40mmを採用した例を示している。
【0069】
図5(a)、図5(b)および図5(c)の順に、カップ基材の厚さが薄くなり、骨頭の直径が大きくなっており、これにともなって人工関節の可動域が大きくなっていることが認められた。具体的には、カップ基材の厚さが13mmであり、骨頭の直径が26mmである従来の人工関節に対応する図(a)の例では、可動域は131°であった。本願の発明の一例である図(b)の場合には、カップ基材の厚さを10mmとし、骨頭の直径を32mmとすることができ、この場合の可動域は140°であった。本願の発明のもう1つの例である図(c)の場合には、カップ基材の厚さを6mmとし、骨頭の直径を40mmとすることができ、この場合の可動域は143°であった。人工関節の可動域が大きくなるということは、その人工関節が、脱臼を生じにくい構造であることを意味する。従来は、PEを基材として用いるため、その強度面での制約からカップ基材の厚さを10mm以上にする必要があった。しかしながら、本願の発明のように、PEEK等の高強度ポリマーを基材とすることによって、3〜6mmの厚さのカップであっても設計することができ、また、強度面での十分な安全性を確保することもできる。
【0070】
このことから、ケトン基を表面に有するポリマー基材の表面において、アクリレート等のビニル基およびホスホリルコリン基を有するモノマーを光照射によってグラフト重合させることができ、それによって作製された人工関節部材の表面は、低い水に対する接触角、低い動摩擦係数を示すことが認められた。また、それらの人工関節部材を用いて作製された人工関節は、広い可動域を持つ構造となりうることが認められた。従って、本願の発明に係るポリマー摺動部材を適用することによって、高潤滑性、生体適合性、抗脱臼性を兼ね備えた人工関節を提供することができる。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明のポリマー摺動材料は、人工関節部材に適用することに好適である。本発明の人工関節部材は、人工関節に適用することに好適である。本発明の人工関節部材を用いて作製した臼蓋カップは、臼蓋カップ自体の厚さを薄くできるので、従来適応とされなかった骨頭サイズを使用可能にし得る。従って可動域が増大し、脱臼防止に有用な人工関節を提供することができ、医療産業上の利用価値も高い。
図1
図2
図3
図4
図5