【実施例】
【0043】
以下、本発明を実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0044】
[グラフト重合の確認]
PEEKポリマー基材表面へのMPCモノマーのグラフト重合の確認は、i)FT−IR分析(日本分光株式会社製のFT/IR615型器)によるMPCに由来するIR吸収ピーク(1060cm
−1,1720cm
−1)の存在、及びii)XPS分析(KRATOS ANALYTICAL社製のAXIS−HSi165型器)によるMPCに由来するピーク(P−O結合)の存在、により行なった。
【0045】
[グラフト重合して得られたMPCポリマー膜の厚さの測定]
グラフト重合して得られたMPCポリマー膜の厚さを、以下のようにして測定した。測定に使用する試料をエポキシ樹脂に包埋し、四塩化ルテニウム染色した後、ウルトラミクロトームを用いて超薄切片を切り出した。観察には、日本電子製JEM−1010型透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて、加速電圧100kVとして行った。
【0046】
[グラフト層の密度の分析]
被覆層(B)の密度は、ポリマー基材(A)の表面にホスホリルコリン基含有モノマーをグラフト重合した後の重量増加(g)分を被覆層(B)の重量と見做し、その値を、上記方法によって測定した被覆層(B)の膜厚とポリマー(A)の表面積とから得られる被覆層(B)の体積(cm
3)で除して求めた。重量増加は、精密天秤(Sartorius AG製のSartorius Supermicro S4型器)によって測定した。
【0047】
[静的接触角の測定]
表面接触角測定装置(協和界面科学株式会社製のDM300型器)を用い、ISO15989規格に準拠して液適法にて測定した。すなわち、液滴量1μLの純水を液滴化後、60秒経過時点における接触角を測定して、「水に対する静的接触角」とした。
【0048】
[摩擦係数の測定]
被覆層(B)表面の摩擦係数は、新東科学株式会社製Pin−on−plate型摩擦試験機(トライボステーションType32)を用い、0.98Nの荷重、すべり速度50mm/秒、すべり距離25mm、1Hzの往復周波数、室温、水潤滑環境条件にて、動摩擦係数を測定した。
【0049】
[表面粗さの測定]
ポリマー基材(A)の表面粗さは、JIS−B−0601に準拠して、触針式表面粗さ計(ミツトヨ株式会社のSurftest SV−3100型器)によって平均表面粗さ(Ra:μm)を測定した。
【0050】
実施例1
基材としてPEEKを用い、モノマーとしてMPCを用い、モノマーを懸濁させる溶剤として水を用いた。
【0051】
まず、基材として使用するPEEK試料(縦10cm×横1cm×厚み0.3cm、重量3.9g:VICTREX社製、商品名450G)を、エタノール超音波洗浄に付して、表面を清浄化した。これとは別に、MPCの0.5mol/L水溶液を調製した。石英ガラス製容器の中に、前記調製したMPC水溶液の15mLを入れた。
【0052】
前記MPC水溶液の温度を60℃に保持しながら、MPC水溶液の中にPEEK試料を浸漬した。該PEEK試料に対して波長300〜400nmの紫外線を90分の時間で照射して、グラフト重合反応を行わせた。紫外線を照射した後、PEEK試料をMPC水溶液から引き上げ、純水を用いて十分に濯いで、乾燥させて、ポリマー摺動材料を得た。
【0053】
実施例2 実施例1における紫外線の照射時間を45分とする以外は、実施例1と同様の操作を行って、ポリマー摺動材料を得た。
【0054】
実施例3
実施例1における紫外線の照射時間を23分とする以外は、実施例1と同様の操作を行って、ポリマー摺動材料を得た。
【0055】
実施例4
実施例1におけるMPCの濃度を0.25mol/Lとする以外は、実施例1と同様の操作を行って、ポリマー摺動材料を得た。
【0056】
実施例5
実施例1におけるMPCの濃度を0.25mol/L、紫外線の照射時間を45分とする以外は、実施例1と同様の操作を行って、ポリマー摺動材料を得た。
【0057】
比較例1
実施例1における紫外線の照射時間を10分とする以外は、実施例1と同様の操作を行って、ポリマー摺動材料を得た。
【0058】
比較例2
実施例1における紫外線の照射時間を5分とする以外は、実施例1と同様の操作を行って、ポリマー摺動材料を得た。
【0059】
比較例3
実施例4におけるMPCの濃度を0.25mol/L、紫外線の照射時間を23分とする以外は、実施例4と同様の操作を行って、ポリマー摺動材料を得た。
【0060】
比較例4
実施例4におけるMPCの濃度を0.25mol/L、紫外線の照射時間を10分とする以外は、実施例4と同様の操作を行って、ポリマー摺動材料を得た。
【0061】
比較例5
実施例4におけるMPCの濃度を0.25mol/L、紫外線の照射時間を5分とする以外は、実施例4と同様の操作を行って、ポリマー摺動材料を得た。
【0062】
以上の実施例1〜5、および比較例1〜5で得られた各ポリマー摺動材料に付いて、グラフト密度、接触角、および摩擦係数を測定した。得られた結果を、
図1(グラフト層の密度と摩擦係数の相関)および
図2(水の静的接触角と摩擦係数の相関)に示した。グラフト層の密度1.4g/cm
3を境界として、グラフト層の密度の増加と共に摩擦係数が急激に低減すること(
図1)、および、接触角15°を境界として、接触角の減少と共に摩擦係数が急激に低減すること(
図2)が判る。
【0063】
実施例6
実施例1において、PEEKの表面粗さがRa<0.01μmのポリマー基材を用いる以外は、実施例1と同様の操作を行なって、ポリマー摺動材料を得た。
【0064】
比較例6
実施例1において、PEEKの表面粗さがRa<2μmのポリマー基材を用いる以外は、実施例1と同様の操作を行なって、ポリマー摺動材料を得た。
【0065】
実施例6および比較例6で得られたポリマー摺動材料の摩擦係数を測定し、各々を、グラフト処理をする前のPEEKの摩擦係数と対比した。結果を
図3に示すとおり、MPCポリマーでのグラフト処理による摩擦係数の低減効果は、表面粗さの小さいPEEKで大きいことが判る。
【0066】
図4に、本願の人工関節部材を用いて作製した人工関節の一種である人工股関節1の模式図を示す。人工股関節1は、寛骨93の臼蓋94に固定される摺動部材(臼蓋カップ)10と、大腿骨91の近位端に固定される大腿骨ステム20とから構成されている。臼蓋カップ10は、ほぼ半球状の臼蓋固定面14とほぼ半球状にくぼんだ摺動面16とを有するカップ基材12と、摺動面16に被覆された被覆層30を有している。臼蓋カップ10の摺動面16に大腿骨ステム20の骨頭22を嵌め込んで摺動させることにより、股関節として機能する。
【0067】
実施例1に従って、カップ基材12としてPEEKを用い、モノマーとしてMPCを用いて、カップ基材12の摺動面16となる表面にMPCの被覆層30をグラフト重合によって形成した。この人工股関節では、被覆層30の厚みを好ましくは50〜200nm、カップ基材12の厚さを好ましくは3〜6mm、骨頭22の直径を好ましくは40〜48mmとしても、良好な摺動性と、可動性(抗脱臼性)とを達成することができた。
【0068】
図5に、本願の人工関節部材を用いて作製した人工関節の可動域の模式図を示す。
図5(a)は、カップ基材の厚さを13mmとした場合に、適切に対応させ得る骨頭の最大直径として26mmを採用した例を示しており、
図5(b)は、カップ基材の厚さを10mmとした場合に、適切に対応させ得る骨頭の最大直径として32mmを採用した例を示しており、
図5(c)は、カップ基材の厚さを6mmとした場合に、適切に対応させ得る骨頭の最大直径として40mmを採用した例を示している。
【0069】
図5(a)、
図5(b)および
図5(c)の順に、カップ基材の厚さが薄くなり、骨頭の直径が大きくなっており、これにともなって人工関節の可動域が大きくなっていることが認められた。具体的には、カップ基材の厚さが13mmであり、骨頭の直径が26mmである従来の人工関節に対応する図
5(a)の例では、可動域は131°であった。本願の発明の一例である図
5(b)の場合には、カップ基材の厚さを10mmとし、骨頭の直径を32mmとすることができ、この場合の可動域は140°であった。本願の発明のもう1つの例である図
5(c)の場合には、カップ基材の厚さを6mmとし、骨頭の直径を40mmとすることができ、この場合の可動域は143°であった。人工関節の可動域が大きくなるということは、その人工関節が、脱臼を生じにくい構造であることを意味する。従来は、PEを基材として用いるため、その強度面での制約からカップ基材の厚さを10mm以上にする必要があった。しかしながら、本願の発明のように、PEEK等の高強度ポリマーを基材とすることによって、3〜6mmの厚さのカップであっても設計することができ、また、強度面での十分な安全性を確保することもできる。
【0070】
このことから、ケトン基を表面に有するポリマー基材の表面において、アクリレート等のビニル基およびホスホリルコリン基を有するモノマーを光照射によってグラフト重合させることができ、それによって作製された人工関節部材の表面は、低い水に対する接触角、低い動摩擦係数を示すことが認められた。また、それらの人工関節部材を用いて作製された人工関節は、広い可動域を持つ構造となりうることが認められた。従って、本願の発明に係るポリマー摺動部材を適用することによって、高潤滑性、生体適合性、抗脱臼性を兼ね備えた人工関節を提供することができる。