(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5769255
(24)【登録日】2015年7月3日
(45)【発行日】2015年8月26日
(54)【発明の名称】サーメット皮膜とそれを形成する噴射用粒子、サーメット皮膜形成方法、皮膜形成品
(51)【国際特許分類】
C23C 24/08 20060101AFI20150806BHJP
【FI】
C23C24/08 C
C23C24/08 A
【請求項の数】4
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2011-543337(P2011-543337)
(86)(22)【出願日】2010年11月26日
(86)【国際出願番号】JP2010071185
(87)【国際公開番号】WO2011065512
(87)【国際公開日】20110603
【審査請求日】2013年11月8日
(31)【優先権主張番号】特願2009-270280(P2009-270280)
(32)【優先日】2009年11月27日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(73)【特許権者】
【識別番号】000236702
【氏名又は名称】株式会社フジミインコーポレーテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100093230
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 利夫
(72)【発明者】
【氏名】黒田 聖治
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 誠
(72)【発明者】
【氏名】小松 誠幸
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 和人
(72)【発明者】
【氏名】北村 順也
【審査官】
伊藤 寿美
(56)【参考文献】
【文献】
特開2008−069377(JP,A)
【文献】
特開2006−176818(JP,A)
【文献】
特開平10−110252(JP,A)
【文献】
特開2006−299396(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2008/0226879(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 4/00− 4/18,
24/00−30/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(A)から選ばれる、サーメット皮膜の硬質強化相を形成する硬質強化相用粉末としてのセラミック粉末と、下記(B)から選ばれる、サーメット皮膜の結合相を形成する結合相用粉末としての金属粉末とが凝集した平均粒子径5〜20μmの噴射用粒子を、前記結合相用粉末を構成する金属粉末の軟化点以上かつ融点未満の温度に加熱するとともに超音速に加速するウォームスプレー法を用いて基材に超音速で衝突させることにより形成される硬質強化相と結合相とからなるサーメット皮膜であって、前記サーメット皮膜のビッカース硬さが、前記硬質強化相用粉末が有するビッカース硬さの65%以上80%未満であり、その表面粗さ(中心線平均粗さRa)が3.0未満であることを特徴とするサーメット皮膜。
(A)WC,Cr3C2,VC,NbC,TaC,TiC,ZrC,HfC,SiC,およびB4Cから選ばれる1種以上の炭化物系セラミックス、または、ダイヤモンド、TiN、AlN、HfB2、ZrB2、TaB2およびTiB2から選ばれる1種以上の非炭化物系セラミックス。
(B)Ni,Cr,Co,Ti,AlおよびFeから選ばれる1種以上の金属またはこれらの合金。
【請求項2】
前記結合相用粉末が噴射用粒子全体の25質量%以下8質量%以上含有されていることを特徴とする請求項1に記載のサーメット皮膜。
【請求項3】
請求項1または2に記載のサーメット皮膜が表面に形成されている基材を有することを特徴とする皮膜形成品。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかに記載のサーメット皮膜の形成方法であって、下記(A)から選ばれる、サーメット皮膜の硬質強化相を形成する硬質強化相用粉末としてのセラミック粉末と、下記(B)から選ばれる、サーメット皮膜の結合相を形成する結合相用粉末としての金属粉末とが凝集した平均粒子径5〜20μmの噴射用粒子を、前記金属粉末の軟化点以上かつ融点未満の温度に加熱するとともに超音速に加速するウォームスプレー法を用いて基材へ超音速で衝突させて硬質強化相と結合相とからなるサーメット皮膜を成膜することを特徴とするサーメット皮膜形成方法。
(A)WC,Cr3C2,VC,NbC,TaC,TiC,ZrC,HfC,SiC,およびB4Cから選ばれる1種以上の炭化物系セラミックス、または、ダイヤモンド、TiN、AlN、HfB2、ZrB2、TaB2およびTiB2から選ばれる1種以上の非炭化物系セラミックス。
(B)Ni,Cr,Co,Ti,AlおよびFeから選ばれる1種以上の金属またはこれらの合金。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硬質強化相用粉末と結合相用粉末とを有する噴射用粒子により形成された、硬質強化相と結合相とからなるサーメット皮膜とそれを形成する噴射用粒子、サーメット皮膜形成方法、皮膜形成品に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1に示されるように、硬質強化相と結合相とを有する噴射用粒子を加熱して超音速で基材に吹き付けることにより、基材表面にサーメット皮膜を構成することは既に公知である。
【0003】
当該公知発明において、このようなサーメット皮膜が、高いビッカース硬度を有することについて明らかにされている。
【0004】
しかし、当該ビッカース硬度は、前記噴射用粒子の硬質強化相の持つ硬度からすれば遥かに劣るものであり、その粒子の特性を十分に生かしているとはいえないものであった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−69377号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、このような実情に鑑み、硬質強化相用粉末の持つ硬さをさらに生かすことができたサーメット皮膜とそれを形成する噴射用粒子、サーメット皮膜形成方法、皮膜形成品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のサーメット皮膜は、
下記(A)から選ばれる、サーメット皮膜の硬質強化相を形成する硬質強化相用粉末としてのセラミック粉末と、
下記(B)から選ばれる、サーメット皮膜の結合相を形成する結合相用粉末としての金属粉末
とが凝集した平均粒子径5〜20μmの噴射用粒子
を、前記結合相用粉末を構成する金属粉末の軟化点以上かつ融点未満の温度に加熱するとともに超音速に加速するウォームスプレー法を用いて基材に超音速で衝突させることにより形成される硬質強化相と結合相とからなるサーメット皮膜であって、前記サーメット皮膜のビッカース硬さが、前記硬質強化相用粉末が有するビッカース硬さの
65%以上80%未満であり、その表面粗さ(中心線平均粗さRa)が3.0未満であることを特徴とする。
(A)WC,Cr3C2,VC,NbC,TaC,TiC,ZrC,HfC,SiC,およびB4Cから選ばれる1種以上の炭化物系セラミックス、または、ダイヤモンド、TiN、AlN、HfB2、ZrB2、TaB2およびTiB2から選ばれる1種以上の非炭化物系セラミックス。
(B)Ni,Cr,Co,Ti,AlおよびFeから選ばれる1種以上の金属またはこれらの合金。
【0012】
また、このサーメット皮膜において、前記結合相用粉末が噴射用粒子全体の25質量%以下8質量%以上含有されていること
が好ましい。
【0014】
本発明の皮膜形成品は、上記いずれかのサーメット皮膜が表面に形成されている基材を有することを特徴とする。
【0015】
また、本発明のサーメット皮膜形成方法は、上記いずれかのサーメット皮膜の形成方法であって、
下記(A)から選ばれる、サーメット皮膜の硬質強化相を形成する硬質強化相用粉末としてのセラミック粉末と、
下記(B)から選ばれる、サーメット皮膜の結合相を形成する結合相用粉末としての金属粉末と
が凝集した平均粒子径5〜20μmの噴射用粒子を、前記金属粉末の軟化点以上かつ融点未満の温度に加熱するとともに超音速に加速するウォームスプレー法を用いて基材へ超音速で衝突させて硬質強化相と結合相とからなるサーメット皮膜を成膜することを特徴とする。
(A)WC,Cr3C2,VC,NbC,TaC,TiC,ZrC,HfC,SiC,およびB4Cから選ばれる1種以上の炭化物系セラミックス、または、ダイヤモンド、TiN、AlN、HfB2、ZrB2、TaB2およびTiB2から選ばれる1種以上の非炭化物系セラミックス。
(B)Ni,Cr,Co,Ti,AlおよびFeから選ばれる1種以上の金属またはこれらの合金。
【発明の効果】
【0018】
本発明のサーメット皮膜は、硬質強化相用粉末本来の硬さを生かすことができるようになったもので、前記特許文献1に示すものに比べ倍程度の硬さを示すのみならず、その表面も極めて平坦なものであった。具体的には、サーメット皮膜の表面粗さ(中心線平均粗さRa)を3.0未満とすることができる。これは、噴射用粒子の粒子径を特許文献1に示したものに比して微小化することによりサーメット皮膜のビッカース硬度が大きくなるという結果を得たことによる。当該結果は、噴射用粒子の加熱時、溶融による変質の影響が懸念されるなかでの意外な結果であった。
【0019】
これによりサーメット皮膜またはその皮膜形成品は広範な実用性を得られるのみならず、その信頼性をも向上することができた。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明に用いたスプレーガンの断面を示す模式断面図である。
【
図4】実施例2において、ウォームスプレー法で作製したサーメット皮膜の断面写真である。
【
図5】実施例2において作製したサーメット皮膜の表面粗さを、各噴射用粒子の平均粒径に対してプロットした図である。
【
図6】実施例3において作製したサーメット皮膜の、表面粗さRaと断面硬さ(Hv)との関係を示す図である。
【
図7】実施例4において作製したサーメット皮膜の表面粗さを測定した結果である。(a)はX方向、(b)は直交するY方向の測定データである。
【
図8】実施例4において作製したサーメット皮膜の表面粗さRa(中心線平均粗さ)をプロットした図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明は上記の通りの特徴をもつものであるが、以下にその実施の形態について説明する。
【0022】
図1はウォームスプレー法でサーメット皮膜を形成するために使用されるウォームスプレーガンを模式的に例示した断面図である。このウォームスプレーガンは、燃料注入口(1)、酸素ガス注入口(2)および点火プラグ(3)を備えた燃焼室(9)と、超音速ノズル(11)とを有している。燃焼室(9)と超音速ノズル(11)との間には、窒素ガスなどの不活性ガス注入口(5)を備えた混合室(10)が設けられている。この混合室(10)では、燃焼室(9)にて生成された燃焼炎に不活性ガス注入口(5)から供給される室温の不活性ガスを混合し、超音速ノズル(11)に達するガス流の温度と速度が制御されるようになっている。
【0023】
ノズル(11)の先端部には噴射用粒子(8)の原料供給口(6)が設けられており、その先にバレル(12)が結合されている。この燃焼室(9)、混合室(10)、ノズル(11)、およびバレル(12)は冷却水(4)(7)によって冷却される。
【0024】
噴射用粒子(8)は、サーメット皮膜(13)の硬質強化相を形成する硬質強化相用粉末としてのセラミック粉末と、サーメット皮膜(13)の結合相を形成する結合相用粉末としての金属粉末と、で構成されている。原料供給口(6)から投入された噴射用粒子(8)は、混合室(10)において温度制御された燃焼炎が超音速ノズル(11)にて膨張・加速されて発生する高速ガス流により、特定の温度、速度範囲へと加熱、加速される。加熱および加速された噴射用粒子(8)が基材(14)に衝突して堆積することにより、硬質強化相と結合相とからなるサーメット皮膜(13)が基材(14)表面に形成される。
【0025】
サーメット皮膜の形成においては、硬質強化相の金属相(結合相)内への溶解によって脆性な合金相が形成したり脱炭反応によって硬質強化相の組成変化が生じたりするなどの課題を抱えており、その解決には結合相用粉末の金属の融点以下の温度に噴射用粒子の温度を保持することが鍵となる。なお、上記結合相用粉末を構成する金属成分の融点は1455〜1857℃である。
【0026】
ウォームスプレー法では、混合室(10)での窒素等の不活性ガス送給量を制御することにより、噴射用粒子(8)を、結合相用粉末を構成する金属成分の軟化温度以上かつ融点未満の温度に加熱するとともに、マッハ1以上の速度へと加速することが可能である。本発明では、噴射用粒子(8)を、結合相用粉末を構成する金属成分の軟化温度以上かつ融点未満の温度に加熱するとともにマッハ1以上の超音速で加速することにより、噴射用粒子(8)の飛行中、噴射用粒子(8)の溶解反応や分解反応を著しく低減させることができる。その結果、基材(14)上に、硬質強化相の結合相への溶解や脱炭による分解を抑えた緻密なサーメット皮膜(13)を作製することが可能となる。
【0027】
さらに、本発明においては、より良質なサーメット皮膜形成のために、噴射用粒子を構成する硬質強化相用粉末の一般的組成として、WC,Cr
3C
2,VC,NbC,TaC,TiC,ZrC,HfC,SiC,B
4Cなどの炭化物系セラミックスから選ばれる1種以上の炭化物、もしくはダイヤモンド、TiN、AlN、HfB
2、ZrB
2、TaB
2およびTiB
2などの非炭化物系セラミックスから選ばれる1種以上の化合物が考慮される。また噴射用粒子を構成する結合相用粉末として、Ni,Cr,Co,Ti,AlおよびFeのうちから選ばれる1種以上の金属またはこれらの合金が考慮される。
【0028】
そして、本発明においては、より良質なサーメット皮膜形成および製膜された部材作成のための条件として、基材予熱温度を100〜500℃の範囲とすることが考慮される。
【0029】
基材となる各種材料の溶融や組織変化および酸化を防ぐために基材予熱温度は500℃以下に保持されることが好適である。また、皮膜の密着過程において基材表面を活性化させるために基材予熱温度は100℃以上であることが望ましい。
【0030】
前記硬質強化相用粉末の粒径は、0.1〜2.0μm、好ましくは0.1〜0.3μmとするのが望ましい。
【0031】
当該粉末の粒径が過大であると、サーメット皮膜において硬質強化相の大きさが表面粗さに与える影響が大きくなり十分な平滑性が得られないことや、体積に対する表面積比の低下から表面エネルギーが低下し、より密着しづらくリバウンドしやすいといった問題がある。
【0032】
また硬質強化相用粉末の粒径が過小であると、ハンドリングが非常に困難になり、また価格も高いという問題がある。
【0033】
一方、結合相用粉末については、粒径が2μm以下であることが望ましい。
【0034】
以上の「粒径」は、フィッシャー法(FSSS, Fisher Sub Sieve Sizer)あるいは電子顕微鏡による観察により評価される。フィッシャー法は、所定量の粉末を試験管などに充填後、気体を透過して、流速と圧力降下を測定することにより、粉末の比表面積を求め、粒子径を評価する手法である。
【0035】
前記噴射用粒子は
図2示すような硬質強化相用粉末と結合相用粉末とが凝集されたものであることが好ましい。図中、白い角張った粒子が硬質強化相用粒子であり、濃いグレーで示す部位が結合相用粒子である。このように凝集させることにより、一つの噴射用粒子を形成している。このものは、例えば、液中に硬質強化相用粉末と結合相用粉末とが混合分散されたスラリーをガス噴霧法によって生成した球状の顆粒として得られる。そして、これを仮焼結後に解砕、ふるい分けによって所定の粒度分布にすることができる。
【0036】
前記噴射用粒子の粒子径は、従来公知の高速フレーム溶射法で使用される噴射用粒子と変わりない大きさであれば実施可能であるが、ウォームスプレー法ではさらに細かい粉末までも実施可能である。例えば平均粒子径が5〜45μm、好ましくは5〜30μm、より好ましくは5〜20μmとするのが望ましい。
【0037】
「平均粒子径」は、レーザ回折・散乱法により評価される。この手法は、粒子にレーザを照射し、その散乱光の光強度分布から粒子径を特定する手法である。
【0038】
サーメット皮膜の表面粗さは付着粒子サイズの大きさに依存する。このため噴射用粒子の粒子径が過大であると、サーメット皮膜の表面粗さが粗くなるという問題がある。また、粒子径が過大であると、十分な速度が得られず付着効率や気孔率が低下したり、粒子内温度の不均一性により皮膜内組織のばらつきが大きくなり均質な皮膜とならないといった問題もある。
【0039】
噴射用粒子の粒子径が過小であると基材に衝突するジェット流の乱れに大きく影響されるようになり十分な付着効率が得られないという問題がある。また、粒子径が過小であることにより粒子温度が上がりすぎ、脱炭や硬質強化相の結合相への溶け込みなどによる特性劣化、噴射用粒子の凝着により長時間一定速度での粒子供給が困難であるといった問題もある。また、高速フレーム溶射法では溶融状態の粉末粒子が溶射ガン内に付着・堆積して粗大粒子として吐き出されるスピッティングと呼ばれる現象が生じやすくなり、皮膜の品質に重大な悪影響を及ぼす。ウォームスプレー法では、粒子が溶融しないのでこの問題はほとんど生じない。
【0040】
また、硬質強化相用粉末と結合相用粉末とからなる噴射用粒子において、結合相用粉末の相対分量は、用途によって望ましい割合は変わるが、例えば、噴射用粒子全体中、8質量%以上25質量%以下の範囲で適宜設定することができる。具体的には、結合相用粉末の相対分量は、噴射用粒子全体中、8質量%以上10質量%以下、11質量%以上13質量%以下、16質量%以上18質量%以下、23質量%以上25質量%以下と設定することができる。
【0041】
結合相用粉末が過剰であると結合相が柔らかいために、サーメット皮膜において十分な硬さが得られないという問題がある。
【0042】
また結合相用粉末が過少であると硬質強化相同士の密着が十分でなく、サーメット皮膜においてやはり十分な硬さが得られないことや、付着効率の低下を引き起こすという問題がある。
【0043】
本発明のサーメット皮膜は、以下の実施例に示すように、硬質強化相用粉末と結合相用粉末とを有する噴射用粒子を用いることで、硬質強化相用粉末が有する本来のビッカース硬度の50%以上、60%以上、65%以上,さらには70%以上のビッカース硬度を有するものを得ることができる。硬質強化相用粉末および結合相用粉末の組成が同じでありかつ結合相用粉末の含有量が同じである噴射用粒子を用いてウォームスプレー法および高速フレーム溶射法で作製したサーメット皮膜を比較すると、ウォームスプレー法で作製したサーメット皮膜の方がより高硬度のものを作製できる。噴射用粒子における結合相用粉末の含有量8質量%以上25質量%以下に関して、この範囲内では結合相用粉末の含有量が少ないほどサーメット皮膜のビッカース硬さが高くなる傾向にある。
【0044】
また、特に平均粒子径5〜20μmの噴射用粒子を用いてウォームスプレー法で作製したサーメット皮膜は、その表面粗さRa(中心線平均粗さ)を3.0以下、2.5以下、2.0以下、さらには1.5以下とすることができる。
【0045】
また、サーメット皮膜厚さの下限は、100μm以上、好ましくは150μm以上、より好ましくは200μm以上とするのが好ましい。上限は、800μm以下、好ましくは700μm以下、より好ましくは600μm以下とするのが望ましい。
【0046】
以下に実施例を示し、さらに詳しく例示説明する。以下の例によって発明が限定されることはない。
【実施例】
【0047】
<実施例1> 本願発明のサーメット皮膜は、表1に示すウォームスプレー法(WS)を用いて基材表面に生成されたものを例示する。比較例として、高速フレーム溶射法(HVOF)を用いて生成されたものも例示してある。
表1における燃酸比とは燃焼室へ供給する灯油と酸素の完全燃焼における化学量論比を1.0としたときの相対比を表したものであり、酸素過剰の場合、1.0以下となる。
【0048】
また、燃焼圧は燃焼室内における値を示したものである。なお表1の条件にて皮膜を作製するに際し、基材として炭素鋼JIS SS400を使用し、スプレーするサーメット粒子(噴射用粒子)として硬質相用粉末WCと結合相用粉末CoとからなるWC−12〜25重量%Coを使用した。前記硬質相用粉末の粒径と相互割合は、表1に示す通りである。噴射用粒子は、硬質強化相用粉末と結合相用粉末とが凝集されたものであり、液中に硬質強化相用粉末と結合相用粉末とが混合分散されたスラリーをガス噴霧法によって顆粒とし、これを仮焼結した後に解砕、ふるい分けによって得た。
【0049】
このようにして表1に示すサーメット皮膜を生成し、その特性を計測した結果を表1に示す。また、
図3にはWS3の条件にて得られた皮膜の断面写真を示す。全面に存在している白いグレーの粒子が、硬質層用粉末WCであり、皮膜中に高密度で緻密に分散している。
【0050】
【表1】
【0051】
表1において、硬質強化相用粉末と結合相用粉末とを有する噴射用粒子を用いてウォームスプレー法で作製することで、硬質強化相用粉末が有する本来のビッカース硬度の50%以上、60%以上、65%以上,さらには70%以上のビッカース硬度を有するものを得ることができた。
【0052】
また、特に平均粒子径5〜20μmの噴射用粒子を用いてウォームスプレー法で作製したサーメット皮膜は、その表面粗さを3.0以下、2.5以下、2.0以下、さらには1.5以下とすることができた。
<実施例2> 基材として炭素鋼(JIS SS400、形状:100x50x5
tmm)を使用し、スプレーするサーメット粒子(噴射用粒子)として硬質相用粉末WCと結合相用粉末Coとからなる粒子を使用し、WS法またはHVOF法により、WC−Co皮膜(サーメット皮膜)を作製した。膜厚は約300μmであった。
【0053】
表2に使用した噴射用粒子の種類、および、サーメット皮膜を作製した成膜法の種類を示し、表3に成膜条件を示す。噴射用粒子は、硬質強化相用粉末と結合相用粉末とが凝集されたものであり、実施例1と同様にして得たものである。
【0054】
【表2】
【0055】
WC
*:噴射用粒子に含まれる硬質強化相用粉末(WC)の粒径(μm)
D50
*:噴射用粒子の平均直径(μm)
Co
*:噴射用粒子に含まれる結合相用粉末(Co)の含有量(質量%)
得られたサーメット皮膜の表面粗さを、接触式粗さ計(SJ−201R,Mitsutoyo)を用いて評価した。測定は、ガンの移動平行方向(試料長手方向)に対して行った。測定距離は12.5mmであり、パラメータとして中心線平均粗さRaを指標として用いた。また、試料切断後、樹脂埋め、鏡面研磨を行い、走査型顕微鏡(JEOL 6500)にて、断面組織の観察を行った。
【0056】
図4には、Co量12質量%の組成の、異なる平均粒径(D50=28.5μm、15.9μm、7.5μm)を有する噴射用粒子を用いてWS法によって作製したサーメット皮膜について、表面近傍の断面組織を示している。噴射用粒子の平均粒径が小さくなるにつれて、表面がより平滑になっていることが確認できた。
【0057】
図5には、サーメット皮膜のガン移動平行方向のRaを、各噴射用粒子の平均粒径に対してプロットしている。白丸がWS法によるサーメット皮膜、黒丸がHVOF法によるサーメット皮膜(WC粒径:2μm)、黒三角がHVOF法によるサーメット皮膜(WC粒径:0.2μm)を表している。
【0058】
WS法、HVOF法いずれにおいても、噴射用粒子の平均粒径が小さくなるにつれて、表面粗さが劇的に小さくなっていくことがわかる。また、WS法によるサーメット皮膜の場合、粗さのオーダーは1〜6μmであり、皮膜を構成する噴射用粒子のWC粒径0.2μmと比較すると十分に大きい。
【0059】
これらのことから、表面粗さは、一次粒径よりも二次粒径の影響が強く受けていると考えられる。このことは、
図5中、HVOF法によるサーメット皮膜において、一次粒径0.2μmと2μmの粉末で表面粗さにほとんど差が認められないこととも一致している。
【0060】
図の傾向から、HVOF法によるサーメット皮膜の場合でも、平均粒径がより小さい噴射用粒子を用いれば、より平滑な皮膜が得られるものと期待される。ただ、HVOF法において、平均粒径が小さすぎる噴射用粒子を用いた場合、実施例1の実験番号HVOF3のように、スピッティングにより成膜できない可能性が高い。
【0061】
一方、WS法の場合、フレーム温度を制御し、噴射用粒子を溶融させずに密着させるため、D50<20μmといった噴射用粒子であってもスピッティングさせずに成膜することができており、Ra<1.5μmという非常に平滑な皮膜が得られる。
【0062】
同程度の大きさの噴射用粒子(D50=26〜29μm)に対しては、WS法によるサーメット皮膜のRaとHVOF法によるサーメット皮膜のRaとを比較した場合、噴射用粒子を溶融し、より扁平しやすいHVOF法によって作製したサーメット皮膜の方が高い平滑性を示した。
<実施例3>
硬質相用粉末WCと結合相用粉末CoとからなるWC−12質量%Co噴射用粒子を使用し、基材として炭素鋼(JIS SS400)を使用し、WS法またはHVOF法により、WC−Co皮膜(サーメット皮膜)を作製した。噴射用粒子は、粒径5〜20μmおよび15〜45のμmの二種類の粒子を使用した。これらの粒子は、硬質強化相用粉末と結合相用粉末とが凝集されたものであり、実施例1と同様にして得た。
図6に、表面粗さRa(中心線平均粗さ)とサーメット皮膜の断面硬さ(ビッカース硬度、Hv)を示す。
【0063】
特にWS法において微小な噴射用粒子を用いることにより、硬度(1350〜1650Hv)を有するサーメット皮膜を作製することができた。このサーメット皮膜は、硬質強化相用粉末が有する本来のビッカース硬度の50%以上のビッカース硬度を有する。またサーメット皮膜のRaが、3.0以下、2.5以下、2.0以下、さらには1.5以下であるなど、表面がより平滑なサーメット皮膜を作製することができた。
<実施例4>
硬質相用粉末WCと結合相用粉末CoとからなるWC−12質量%Co噴射用粒子を使用し、基材として炭素鋼(JIS SS400、形状:100x50x5
tmm)を使用し、WS法により、WC−Co皮膜(サーメット皮膜)を作製した。基材上に50〜60μm厚で成膜する毎にサーメット皮膜の表面粗さをガンの移動平行方向(基材の長手方向、x方向)およびその直交方向(y方向)に測定し、表面粗さの推移について評価した。使用した噴射用粒子は、硬質強化相用粉末と結合相用粉末とが凝集されたものであり、実施例1と同様にして得たものである。
【0064】
図7(a)はサーメット皮膜の表面粗さをx方向に測定した結果であり、
図7(b)はサーメット皮膜の表面粗さをy方向に測定した結果である。また
図7(a)(b)には、ブラスト後の基材(成膜前の基材)表面の表面粗さも示している。
図7(a)(b)の横軸は測定距離を示しており、左縦軸はSurface profileを示しており、右縦軸は成膜の厚さを示している。
【0065】
図8には、ブラスト後の基材の表面粗さRa(中心線平均粗さ)、および、基材上に50〜60μm厚で成膜する毎に計測したサーメット皮膜の表面粗さRa(中心線平均粗さ)をプロットしている。黒丸がx方向の表面粗さ、白丸がy方向の表面粗さを表している。
【0066】
図8によれば、3.0以下のRaを有するサーメット皮膜が作製されている。サーメット皮膜の膜厚が100〜200μm程度においてRaが最小となり、膜厚が増大するにつれてRaも徐々に増加することが確認できた。また、50〜60μm厚毎に成膜して最終的に100μm以上の膜厚になるサーメット皮膜は、連続的に溶射して成膜した100μm以上の膜厚を有するサーメット皮膜と比較して、Raが大きくなることも確認できた。
【符号の説明】
【0067】
1 燃料注入口
2 酸素ガス注入口
3 点火プラグ
4,7 冷却水
5 不活性ガス注入口
6 原料供給口
8 噴射用粒子
9 燃焼室
10 混合室
11 超音速ノズル
12 バレル
13 サーメット皮膜
14 基材