特許第5770163号(P5770163)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許5770163-固体高分子型燃料電池用隔膜の製造方法 図000011
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5770163
(24)【登録日】2015年7月3日
(45)【発行日】2015年8月26日
(54)【発明の名称】固体高分子型燃料電池用隔膜の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 8/02 20060101AFI20150806BHJP
   H01M 8/10 20060101ALI20150806BHJP
   C08F 2/00 20060101ALI20150806BHJP
   C08F 12/26 20060101ALI20150806BHJP
   C08J 5/22 20060101ALI20150806BHJP
   H01B 1/06 20060101ALN20150806BHJP
   H01B 13/00 20060101ALN20150806BHJP
【FI】
   H01M8/02 P
   H01M8/10
   C08F2/00 C
   C08F12/26
   C08J5/22 104
   C08J5/22CET
   !H01B1/06 A
   !H01B13/00 Z
【請求項の数】7
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2012-509507(P2012-509507)
(86)(22)【出願日】2011年3月30日
(86)【国際出願番号】JP2011057977
(87)【国際公開番号】WO2011125717
(87)【国際公開日】20111013
【審査請求日】2014年2月14日
(31)【優先権主張番号】特願2010-80897(P2010-80897)
(32)【優先日】2010年3月31日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003182
【氏名又は名称】株式会社トクヤマ
(74)【代理人】
【識別番号】110001494
【氏名又は名称】前田・鈴木国際特許業務法人
(74)【代理人】
【識別番号】100097180
【弁理士】
【氏名又は名称】前田 均
(74)【代理人】
【識別番号】100110917
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 亨
(72)【発明者】
【氏名】大黒 裕介
(72)【発明者】
【氏名】山口 真男
(72)【発明者】
【氏名】磯村 武範
(72)【発明者】
【氏名】福田 憲二
【審査官】 守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2009/081812(WO,A1)
【文献】 特開2009−117282(JP,A)
【文献】 特開2004−217921(JP,A)
【文献】 特開2009−173898(JP,A)
【文献】 特開2009−203455(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 8/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第4級塩基が結合する芳香族炭化水素基を有する重合性単量体、架橋性重合性単量体、
および重合開始剤を含む重合性組成物の含水溶液を多孔質膜と接触させて該重合性組成物の含水溶液を多孔質膜の空隙部に浸入させた後に上記重合性組成物を重合硬化させることを特徴とする、固体高分子型燃料電池用隔膜の製造方法。
【請求項2】
第4級塩基が、第4級アンモニウム塩基である、請求項1記載の固体高分子型燃料電池用隔膜の製造方法。
【請求項3】
第4級アンモニウム塩基が結合する芳香族炭化水素基を有する重合性単量体が、下記式(1)で示される
【化6】
(但し、R、R、およびRは夫々同種又は異種の炭素数が1〜3のアルキル基であり、Xは陰イオンであり、mは1〜6の整数であり、nはXの陰イオンの価数である。)化合物である、請求項2記載の固体高分子型燃料電池用隔膜の製造方法。
【請求項4】
重合性組成物の含水溶液における水の含有量が、第4級塩基が結合する芳香族炭化水素基を有する重合性単量体1モル当り12〜20モルである、請求項1に記載の固体高分子型燃料電池用隔膜の製造方法。
【請求項5】
重合性組成物の含水溶液が、水とアルコールとの混合溶媒を使用したものである、請求項1に記載の固体高分子型燃料電池用隔膜の製造方法。
【請求項6】
第4級塩基が結合する芳香族炭化水素基を有する重合性単量体、架橋性重合性単量体、および重合開始剤を含む重合性組成物において、架橋性重合性単量体の配合量が、第4級塩基が結合する芳香族炭化水素基を有する重合性単量体1モル当り0.02〜0.2モルである、請求項1に記載の固体高分子型燃料電池用隔膜の製造方法。
【請求項7】
多孔質膜を母材とし、その空隙部に、下記式(2)
【化7】
(但し、R、R、およびRは夫々同種又は異種の炭素数が1〜3のアルキル基であり、Xは陰イオンであり、mは1〜6の整数であり、nはXの陰イオンの価数である。)
で示される側鎖を有する架橋された炭化水素鎖からなる陰イオン交換樹脂が充填された陰イオン交換膜からなる固体高分子型燃料電池用隔膜であって、
前記陰イオン交換膜が、上記式(2)が有する第4級アンモニウム塩基1個当り20〜50個の水分子の含水能を有する、固体高分子型燃料電池用隔膜。
(但し、第4級アンモニウム塩基1個当りの水分子の含水能=u/(1.8×c)[個]、u;含水率[%](25℃)、c;陰イオン交換容量([mmol・g−1−乾燥重量])である。)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子型燃料電池用隔膜の製造方法、詳しくは、陰イオン交換基が第4級塩基である陰イオン交換膜からなる固体高分子型燃料電池用隔膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、固体高分子電解質膜として陽イオン交換型電解質膜(以下、陽イオン交換膜ともいう)を使用した陽イオン交換膜型燃料電池の研究・開発が活発に行われてきたが、近年は固体高分子電解質膜として陰イオン交換型電解質膜(以下、陰イオン交換膜ともいう)を使用した陰イオン交換膜型燃料電池が提案されている(特許文献1〜3)。
【0003】
陰イオン交換膜型燃料電池は、プロトンがイオン伝導種になる陽イオン交換膜型燃料電池と違って、水酸化物イオンがイオン伝導種であり、陽イオン交換膜型燃料電池にはない、次のような利点を有する。
(i)反応場が強塩基性のため、安価な遷移金属触媒が使用可能となる。
(ii)触媒種の選択枝が広がるため、電池の高出力化や様々な燃料の使用が可能となる。
(iii)電解質中の水酸化物イオンの移動方向が燃料の酸化剤ガス極への透過方向と逆方向であるために酸化剤ガス極への燃料透過が抑制され、燃料と酸化剤ガスとの直接反応によるロスを防止し、出力電圧の低下を抑えることが可能である。
【0004】
また、陰イオン交換膜の原料として安価な炭化水素系の材料を用いて、コストダウンを図ることも可能である。
【0005】
このような利点を有する陰イオン交換膜型燃料電池用隔膜において、陰イオン交換膜を構成する陰イオン交換樹脂に用いられている陰イオン交換基としては、その優れたイオン伝導性から、第4級アンモニウム塩基やホスホニウム塩基等の第4級塩基が用いられることが多く、特に、第4級アンモニウム塩基が有利とされている。また、機械的強度の他、燃料非透過性を向上させるために、これらの陰イオン交換樹脂は、架橋されているのが好適である。さらに、機械的強度や寸法安定性の付与や製膜化の容易性等から、該陰イオン交換樹脂は、母材である多孔質膜の空隙部中に充填して膜化するのが効率的である。
【0006】
これらから、第4級アンモニウム塩基を陰イオン交換基とする炭化水素系陰イオン交換膜は、通常、クロロメチルスチレンなどのハロゲノアルキル基を有する芳香族炭化水素基を有する重合性単量体、架橋性重合性単量体、および重合開始剤からなる重合性組成物を、多孔質膜と接触させて、該重合性組成物を多孔質膜の有する空隙部に充填させた後重合させ、次いで上記ハロゲノアルキル基を第4級アンモニウム塩基に変換することにより製造するのが一般的である。この際、母材の多孔質膜は、機械的強度やコスト的に有利なことなどから、ポリエチレンやポリプロピレン等のポリオレフィン系樹脂製のものが汎用されている。また、上記製造方法により得られた陰イオン交換膜は、その第4級アンモニウム塩基の対イオンがハライドイオンであるところ、このようにハライドイオンが対イオンの陰イオン交換膜を固体高分子型燃料電池に用いた場合には触媒被毒が懸念され、さらには該ハライドイオンが水酸化物イオン伝導の競合伝導種となって電池の内部抵抗を増大させ、電池出力の低下等も引き起こす。このため、上記製造方法で得られた陰イオン交換膜は、該対イオンのハライドイオンを、水酸化物イオンに変換する処理が施されるのが通常である(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】WO2009/081931
【特許文献2】特開2000−212306号公報
【特許文献3】特開2002−102717号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
固体高分子型燃料電池では、一般的に作動温度が高いほど、電極触媒の活性等が向上し大きな電池出力を得ることができる。よって、用いる材料の耐熱性が高いほど燃料電池を高温で運転することが可能となるが、陽イオン交換膜型燃料電池と比べ、上記製造方法等で得られた陰イオン交換膜は陰イオン交換基である第4級塩基の耐熱性が低く、その作動温度を高くすることができなかった。具体的には、前記クロロメチルスチレンを原料に、一般的製造方法で得られた、第4級アンモニウム塩基を陰イオン交換基とする炭化水素系陰イオン交換膜において、作動温度が70℃程度までであれば、第4級アンモニウム塩基は長時間安定しているが、作動温度が80℃以上に高まると該第4級アンモニウム塩基が顕著に分解し始め出力が経時的に大きく低下する。この結果、斯様な陰イオン交換膜は、より高出力が要求される用途、例えば自動車用駆動電源等では、出力が不足し実用化に大きな障壁があった。
【0009】
以上の背景から、陰イオン交換基として第4級塩基を有する炭化水素系陰イオン交換膜において、その耐熱性を向上させることが大きな課題であった。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者等は、上記課題に鑑み鋭意研究を行ってきた。その結果、陰イオン交換基として第4級塩基を有する炭化水素系陰イオン交換膜について、前記クロロメチルスチレン等の第4級塩基に変換可能な官能基を有する重合性単量体、架橋性重合性単量体、および重合開始剤からなる重合性組成物を用いて膜化した後、該第4級塩基に変換可能な官能基をこの基に変換して製造する従来の方法ではなく、該第4級塩基に変換可能な官能基を有する重合性単量体に代えて、当初から、第4級塩基が結合する芳香族炭化水素基を有する重合性単量体を用い、これを含む重合性組成物を含水溶液として供することにより、上述の課題が解決することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は、第4級塩基が結合する芳香族炭化水素基を有する重合性単量体、架橋性重合性単量体、および重合開始剤を含む重合性組成物の含水溶液を多孔質膜と接触させて該重合性組成物の含水溶液を多孔質膜の空隙部に浸入させた後に上記重合性組成物を重合硬化させることを特徴とする固体高分子型燃料電池用隔膜の製造方法および該製造方法からなる固体高分子型燃料電池用隔膜である。
【発明の効果】
【0012】
本発明の方法により得られた陰イオン交換膜は、陰イオン交換基である第4級塩基の耐熱性に優れる。従って、固体高分子型燃料電池用隔膜として用いることにより、電池の作動温度を高くすることができ、例えば、80℃以上の高温でも従来のものに比べて、より長時間安定して発電することができる。その結果、燃料電池の電極触媒の活性等が向上し、さらに高い電池出力を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】実施例において、燃料電池出力電圧の測定に使用した、固体高分子型燃料電池の燃料電池セルの構造を示す概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の製造方法では、第4級塩基が結合する芳香族炭化水素基を有する重合性単量体、架橋性重合性単量体、および重合開始剤を含む重合性組成物の含水溶液を多孔質膜と接触させて該重合性組成物の含水溶液を多孔質膜の空隙部に浸入させた後に上記重合性組成物を重合硬化させる。これにより、陰イオン交換基である第4級塩基の耐熱性に優れた陰イオン交換膜が得られ、固体高分子型燃料電池用隔膜として優れたものになる。
【0015】
この方法により、得られる陰イオン交換膜において、第4級塩基の耐熱性が大きく向上する理由は次の理由によると考えられる。すなわち、陰イオン交換膜が高温に曝された際に、第4級塩基の安定性が低下する原因はイオン伝導種でもある水酸化物イオンによる求核攻撃による分解と考えられる。そして、本発明者らの検討によれば、この水酸化物イオンによる求核攻撃は、陰イオン交換膜が含水率の高いもの、換言すれば、陰イオン交換膜を構成する陰イオン交換樹脂において、第4級塩基の周囲に水の分子が多数に存在するものほど起こり難いものであった。
【0016】
ところが、従来の陰イオン交換膜の一般的製造方法、つまり、前記したクロロメチルスチレンなどのハロゲノアルキル基を有する芳香族炭化水素基を有する重合性単量体、架橋性重合性単量体、および重合開始剤からなる重合性組成物を、多孔質膜と接触させて、該重合性組成物を多孔質膜の有する空隙部に充填させた後重合させ、次いで上記ハロゲノアルキル基を第4級アンモニウム塩基に変換する方法では、陰イオン交換基の導入工程(ハロゲノアルキル基の第4級アンモニウム塩基への変換工程)は、多孔質膜の空隙部中で、架橋された陰イオン交換樹脂に対して施されるため、非常に窮屈な状態で反応が進行し、取り込める水の量を十分に高めることが難しく、これが低耐熱性の一因になっていることが判明した。
【0017】
そこで、本発明では、上記陰イオン交換樹脂に重合する原料の重合性組成物に含有される重合性単量体に、当初から、第4級塩基が導入された芳香族炭化水素基を有する重合性単量体を用い、さらに、この重合性単量体を含む重合性組成物を含水溶液として用いることにより、この第4級塩基を十分に水と親和した状態で、多孔質膜の空隙部に該重合性組成物を充填することを実現している。この結果、得られる陰イオン交換膜は、前記第4級塩基の周囲の水分子の存在量が大幅に増加した状態で製造され、しかも、斯様に製造当初から多量に水を取り込んだ状態の膜はその後の含水能も大きく向上し、上記耐熱性に優れたものになると推察される。
【0018】
以下、このような本発明の製造方法について、その最良の形態を含めてさらに詳細に説明する。
【0019】
<重合性組成物>
本発明では、陰イオン交換膜を構成する陰イオン交換樹脂の原料となる重合性組成物として、第4級塩基が結合する芳香族炭化水素基を有する重合性単量体(以下、「第4級塩基結合芳香族系重合性単量体」とも略する)、架橋性重合性単量体、および重合開始剤を含む重合性組成物を使用する。
【0020】
(第4級塩基が結合する芳香族炭化水素基を有する重合性単量体)
本発明において第4級塩基とは、置換の度合が第4番である第4級塩の基であり、第4級アンモニウム塩基、ホスホニウム塩基等が制限なく挙げられる。このうち、該第4級塩基を導入する反応が速やかに進行する点から、第4級アンモニウム塩基が好ましい。ヘテロ原子に結合する3個の置換基は、通常、脂肪族炭化水素基であり、水酸化物イオンの伝導性に優れ、斯様な重合性単量体の入手も容易であることから、好適には、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基等の炭素数1〜3のアルキル基であり、耐熱性が特に良好であることからメチル基が特に好ましい。夫々の置換基は、各々同一であっても異なっていてもよいが、通常は同一である。
【0021】
こうした第4級塩基の対イオンは、陰イオンであれば特に制限されるものではなく、水酸化物イオン、重炭酸イオン等の一価の陰イオンや炭酸イオン等の多価の陰イオンであっても良い。該重合性単量体の安定性および調製のし易さ等から通常はハライドイオンであり、塩素イオン、臭素イオンが好ましく、重合性単量体への第4級塩基の導入のし易さから臭素イオンが特に好ましい。対イオンが多価の陰イオンの場合、これ一個に、上記価数個分の第4級基が結合するのが普通である。
【0022】
第4級塩基において、芳香族炭化水素基との連結基は、2価の有機基であれば制限はないが、通常は、2価の脂肪族炭化水素基であり、安定性等の面から、炭素数が1〜6のアルキレン基が好ましい。メチレン基やエチレン基の炭素数が2以下のアルキレン基の場合、ベンジル位の水素が活性水素として引き抜かれてアミンが脱離し易くなり、第4級塩基の耐熱性が低下傾向になるため、該アルキレン基は炭素数3以上のものが特に好ましい。他方、このアルキレン基の炭素数が大きくなると陰イオン伝導性樹脂のイオン交換容量が低くなり陰イオン伝導性が低くなる傾向があるため、5以下であるのが特に好ましい。
【0023】
なお、重合性単量体が、芳香族炭化水素基を有するものであり、該芳香族炭化水素基に上記第4級塩基が結合している理由は、重合開始時に生成するラジカルが共鳴安定化されるため、該芳香族炭化水素基をもたないものに比して反応性が高いからである。
【0024】
本発明において、斯様な第4級塩基結合芳香族系重合性単量体として、特に好適に使用されるものは、下記式(1)で示される
【0025】
【化1】
(但し、R、R、およびRは夫々同種又は異種の炭素数が1〜3のアルキル基であり、Xは陰イオンであり、mは1〜6の整数であり、nはXの陰イオンの価数である。)
化合物である。
【0026】
前記式(1)で示される化合物としては、具体的には、
[4−(4−ビニルフェニル)−メチル]−トリメチルアンモニウムブロミド、[4−(4−ビニルフェニル)−メチル]−トリエチルアンモニウムブロミド、[4−(4−ビニルフェニル)−メチル]−トリプロピルアンモニウムブロミド、[4−(4−ビニルフェニル)−エチル]−トリメチルアンモニウムブロミド、[4−(4−ビニルフェニル)−プロピル]−トリメチルアンモニウムブロミド、[4−(4−ビニルフェニル)−ブチル]−トリメチルアンモニウムブロミド、[4−(4−ビニルフェニル)−ペンチル]−トリメチルアンモニウムブロミド、[4−(4−ビニルフェニル)−ヘキシル]−トリメチルアンモニウムブロミド、[4−(4−ビニルフェニル)−メチル]−トリメチルアンモニウムクロリド、[4−(4−ビニルフェニル)−メチル]−トリメチルアンモニウムヒドロキシド、[4−(4−ビニルフェニル)−メチル]−トリメチルアンモニウムカーボネート、[4−(4−ビニルフェニル)−メチル]−トリメチルアンモニウムバイカーボネート、[4−(4−ビニルフェニル)−ブチル]−トリメチルアンモニウムクロリド、[4−(4−ビニルフェニル)−ブチル]−トリメチルアンモニウムヒドロキシド、[4−(4−ビニルフェニル)−ブチル]−トリメチルアンモニウムカーボネート、[4−(4−ビニルフェニル)−ブチル]−トリメチルアンモニウムバイカーボネート等が挙げられる。このうち、mが3〜5のものがより好ましく、Xが臭素イオンのものがより好ましいのは前述したとおりである。さらに、上記(1)の化合物として最も好ましいのは、下記式(3)で表される[4−(4−ビニルフェニル)−ブチル]−トリメチルアンモニウムブロミドである。
【0027】
【化2】
【0028】
[4−(4−ビニルフェニル)−ブチル]−トリメチルアンモニウムブロミドは、例えば、エタノールなどの水に易溶な有機溶媒中、ブロモブチルスチレン及びトリメチルアミン水溶液を両者が同モル数になる物質量比で室温にて混合、反応させ、その後溶媒を留去し、原料が易溶で且つ析出固体(生成物、すなわち[4−(4−ビニルフェニル)−ブチル]−トリメチルアンモニウムブロミド)に対して難溶であるジエチルエーテルなどの有機溶媒を用いて洗浄、乾燥を行うことにより得ることができる。
【0029】
(架橋性重合性単量体)
本発明の方法で使用する架橋性重合性単量体(架橋剤)は、上記第4級塩基結合芳香族系重合性単量体またはその重合物を架橋させる機能を有する化合物であれば特に限定されないが、該第4級塩基結合芳香族系重合性単量体を溶解する溶媒への溶解性および該第4級塩基結合芳香族系重合性単量体との重合のしやすさの観点から、ビニル基を分子内に二つ有する化合物を使用するのが好適である。例えば、ジビニルベンゼン類、ジビニルスルホン、ジビニルビフェニル、トリビニルベンゼン類、ジビニルナフタレン、ジビニルピリジン類等のジビニル化合物が用いられる。中でも、入手のしやすさ、取り扱いの容易さからジビニルベンゼンが最も好適に使用される。
【0030】
(重合開始剤)
前記重合性組成物は、重合開始剤を含むことが好ましい。重合開始剤は、第4級塩基結合芳香族系重合性単量体の種類および架橋剤の種類に応じて、有機過酸化物やアゾ系化合物などの公知の重合開始剤の中から適宜決定すればよいが、塩である第4級塩基結合芳香族系重合性単量体への相溶性の観点から、過硫酸アンモニウムや、過硫酸カリウムなどの過硫酸塩が好適に用いられる。
【0031】
(任意成分)
重合性組成物には、第4級塩基結合芳香族系重合性単量体、架橋性重合性単量体、および重合開始剤の他に、これらの重合性単量体と共重合可能な他の重合性単量体、具体的にはスチレン、アクリロニトリル、メチルスチレン、アクロレイン、メチルビニルケトン、酢酸4−ビニルフェニル等の第4級塩基結合芳香族系重合性単量体および架橋性重合性単量体以外の重合性単量体を、イオン交換容量の調整や該陰イオン交換膜の寸法変化率の低下等を目的に、本発明の効果を損なわない少量の範囲で配合させても良い。
【0032】
その他、重合性組成物には、可塑剤類等の任意添加剤を必要に応じて配合させても良い。
【0033】
(重合性組成物の組成比)
重合性組成物において、第4級塩基結合芳香族系重合性単量体と架橋性重合性単量体との量比は、得られる陰イオン交換樹脂が、使用環境において溶出しなくなるような十分な架橋密度を有し、且つ高いイオン伝導性を有するという観点から、架橋性重合性単量体の配合量は、第4級塩基が結合する芳香族炭化水素基を有する重合性単量体1モル当り0.01〜0.3モルが好ましく、0.02〜0.2モルがより好ましく、0.02〜0.07モルが最も好ましい。任意成分として、第4級塩基結合芳香族系重合性単量体および架橋性重合性単量体以外の重合性単量体を配合する場合は、該その他の重合性単量体を、第4級塩基が結合する芳香族炭化水素基を有する重合性単量体1モル当り0.2モル以下、特に0.01〜0.1モルの範囲で配合するのが好ましい。
【0034】
また、重合性組成物に配合する重合開始剤の量は、重合反応が進行するのに十分な量があれば特に限定されないが、一般的には、第4級塩基結合芳香族系重合性単量体および架橋性重合性単量体、さらにはその他の重合性単量体を配合する場合はその量も含めた重合性単量体の総量100質量部当り0.1〜3質量部あればよく、0.5〜2質量部であるのが好適である。
【0035】
(重合性組成物の含水溶液)
第4級塩基結合芳香族系重合性単量体、架橋性重合性単量体、および重合開始剤を含む重合性組成物は、第4級塩基結合芳香族系重合性単量体が有する第4級塩基を十分に水と親和した状態で、多孔質膜の空隙部に該重合性組成物を充填するために、含水溶液として使用する。また、上記第4級塩基結合芳香族系重合性単量体、架橋性重合性単量体、および重合開始剤の各成分に対して通常、不活性であり、且つ第4級塩基結合芳香族系重合性単量体に対する溶解性が高いことからも、溶媒に水を使用することは好適である。
【0036】
水の含有量は、特に制限されるものではないが、第4級塩基結合芳香族系重合性単量体の第4級塩基に対して水が十分に親和した状態とするためには、該第4級塩基結合芳香族系重合性単量体の1モル当り10モル以上、より好ましくは12モル以上であるのが望ましい。なお、水は、あまり多量に含まれていても、後述するように液の均一性を保ち難く、且つ多孔質膜が疎水性材料製である場合に空隙部への浸入性を低下させるため、上記第4級塩基結合芳香族系重合性単量体の1モル当り25モル以下、より好ましくは20モル以下であるのが好適である。
【0037】
重合性組成物の含水溶液において、溶媒は上記水を単独で用いても一向に構わないが、架橋性重合性単量体は水に対して通常、相溶性が悪いため、液の均一性を高め、さらには、多孔質膜として、ポリオレフィン系樹脂等の疎水性材料製のものを用いる場合において、その空隙部への浸入性を高める観点から、水溶性有機溶媒も、多孔質膜への浸入促進剤として併用(水と水溶性有機溶媒の混合溶媒)するのが好ましい。この浸入促進剤としての水溶性有機溶媒は、多孔質膜の空隙部に浸入した後は後述する重合工程(通常、熱重合)でほとんどが蒸散し、多少残留したとしても、その後の処理環境や保存環境で乾燥して膜外へ除去されるのが普通である。なお、第4級塩基と親和する以上の過剰量の水が使用された場合も、該過剰量の水は、重合工程(通常、熱重合)で多くが蒸散する。
【0038】
浸入促進剤は、使用する架橋性重合性単量体の溶解性や、多孔質膜の種類に応じて、その浸透性等を勘案して適宜選定すればよい。ここで、多孔質膜への浸透性とは、該多孔質膜が濡れ易く、例えば両者を接触させた場合、溶媒がはじかれることなく容易に空隙内に浸透する(別言すれば孔を通って反対側の面に移行する)ことを意味する。特に前記多孔質膜にポリオレフィン系樹脂等の疎水性樹脂を使用する場合、誘電率の低い有機溶媒に濡れ易い傾向がある。しかし、誘電率の低い有機溶媒は水との親和性が低い。これらのことから前記浸入促進剤は誘電率10〜50、特に15〜35の水溶性有機溶媒が好ましく、アセトン、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノールが好適に使用される。さらに溶液を取り扱い容易な粘度に調整しやすく、また重合中においても反応場に存在し、重合体に適度な保水性を付与できるといった理由からアルコール類が好適に使用される。さらにアルコール類の中でも、後述の重合の後、置換などの方法により容易に陰イオン交換膜から除去できるという理由から、浸入促進剤としては、メタノール、エタノール又はブタノールを使用することが好ましい。疎水性樹脂製多孔質基材との濡れ性の良好さや、第4級塩基結合芳香族系重合性単量体および架橋性重合性単量体の溶解性の高さ等から、ブタノールを用いるのが最も好ましい。
【0039】
重合性組成物の含水溶液において、溶媒の使用量は、あまり多くても重合性組成物が濃度低下し、多孔質膜の空隙部への陰イオン交換樹脂の充填性が悪化するため、第4級塩基結合芳香族系重合性単量体および架橋性重合性単量体、さらにはその他の重合性単量体を配合する場合はその量も含めた重合性単量体の総量100質量部に対し300質量部以内、さらには200質量部以内、特に、130質量部以内であるのが好ましい。その中で、前記水の含有量の規定を満足することが望ましく、水を含有させた残余の使用量の範囲で上記水溶性有機溶媒(浸入促進剤)を併用するのが好ましい。
【0040】
上記した理由から、溶媒の使用量はできるたけ少なく抑えるのが好ましいが、水溶性有機溶媒は少なくとも5質量部以上は使用するのが好ましい。ブタノールは前記したように疎水性樹脂製多孔質基材との濡れ性や重合性単量体の溶解性に優れるため、この5質量部以上の使用、多くても50質量部(好適には多くても30質量部)の使用で、浸入促進剤としての機能を十分に発揮可能になるため、上記溶媒の使用量を低く抑えることが容易で特に好ましい。水溶性有機溶媒として、メタノールを用いる場合は、重合性単量体の総量100質量部に対して120以上、多くて200質量部(好適には多くて150質量部)の使用が適量になる。さらに、エタノールを用いる場合は、重合性単量体の総量100質量部に対して80質量部、多くて150質量部(好適には多くて120質量部)の使用が適量になる。
【0041】
<多孔質膜>
本発明の製造方法では、上述の重合性組成物の含水溶液を多孔質膜と接触させて該重合性組成物の含水溶液を多孔質膜の空隙部に浸入させる。この多孔質膜としては、その細孔の少なくとも一部が表裏を連通しているものであれば特に限定されず、通常イオン交換膜の基材として用いられている素材および形態からなる公知のものが制限なく使用できる。具体的には、例えば、ポリオレフィン系多孔質膜として、エチレン、プロピレン、1−ブテン、1−ペンテン、1−ヘキセン、3−メチル−1−ブテン、4−メチル−1−ペンテン、5−メチル−1−ヘプテン等のα−オレフィンの単独重合体または共重合体等のポリオレフィン系樹脂により製造されたものが挙げられ、また、エンジニアリングプラスチック系多孔質膜として、ポリカーボネート類、ポリアミド類、ポリアリレート類、ポリイミド類、ポリアミドイミド類、ポリエーテルイミド類、ポリエーテルサルフォン類、ポリエーテルケトン類、ポリエーテルエーテルケトン類、ポリサルフォン類、ポリフェニレンサルファイド類等のエンジニアリングプラスチック樹脂により製造したものが例示される。これらのなかでも特に、入手が容易であり、機械的強度、化学的安定性、耐薬品性に優れるという観点から、ポリエチレン又はポリプロピレン樹脂製のものが好ましく、ポリエチレン樹脂製のものが最も好ましい。
【0042】
該多孔質膜の平均孔径は、得られる陰イオン交換膜の膜抵抗の小ささや機械的強度を勘案すると、一般には0.005〜5.0μmであり、0.01〜1.0μmであることがより好ましく、0.015〜0.4μmであることが最も好ましい。また、該多孔質膜の空隙率は、上記平均孔径と同様の理由により、一般的には20〜95%であり、30〜80%であることがより好ましく、30〜60%であることが最も好ましい。
【0043】
さらに、該多孔質膜の膜厚は、一般には5〜200μmの範囲から採択され、膜抵抗のより小さい膜を得る観点等から5〜80μmであるのが好ましく、さらに、燃料透過性の低さのバランスや必要な機械的強度を付与するということも加味すると7〜50μmであるのが最も好ましい。
【0044】
なお、本発明において、該多孔質膜の平均孔径は、ASTM−F316−86に準拠し、ハーフドライ法にて測定した値をいう。また、該多孔質膜の空隙率は、空隙を含む該多孔質膜全体の体積(Vcm)と質量(Ug)を測定し、該多孔質膜の材質の密度をX(g・cm−3)として、下記の式により算出した値をいう。
空隙率=[(V−U/X)/V]×100[%]
【0045】
該多孔質膜は、例えば特開平9−216964号公報、特開2002−338721号公報等に記載の方法によって得ることもできるし、あるいは、市販品(例えば、旭化成「ハイポア」、宇部興産「ユーポア」、東レ東燃機能膜合同会社「セテラ」、日東電工「エクセポール」、三井化学「ハイレット」等)として入手することも可能である。
【0046】
なお、多孔質膜には、電子線またはγ線を照射して製造に供しても良い。このように電子線またはγ線を照射することで、該多孔質膜とその空隙部に充填される陰イオン交換樹脂との間に化学結合が形成され密着性が向上し、得られる陰イオン交換膜の燃料非透過性、機械的強度および長期耐久性が向上するため好適である。電子線またはγ線の照射は、多孔質膜を重合性組成物の含水溶液に接触する前であっても良いし、接触してその空隙部に重合性組成物の含水溶液を浸入させた後であっても良い。
【0047】
<重合性組成物の含水溶液と多孔質膜との接触方法>
重合性組成物の含水溶液の多孔質膜との接触は、特に制限されず、上記含水溶液を多孔質膜に塗布やスプレーしたり、あるいは、多孔質膜を該含水溶液中に浸漬したりする方法などが例示される。多孔質膜として、ポリオレフィン系樹脂等の疎水性材料製のものを用いる場合、水には濡れ難いため、該含水溶液の多孔質膜空隙部内への浸入性が低下する場合がある。こうした場合には、重合性組成物の含水溶液において、浸入促進剤である水溶性有機溶媒の使用量を多くするなどで対応すれば良いが、含水溶液の多孔質膜との接触も、減圧脱気により該多孔質膜の空隙部を真空若しくはそれに近い状態としてから実施する等して、該含水溶液を多孔質膜の空隙部内に強制的に浸入させても良い。
【0048】
<重合性組成物の重合方法>
多孔質膜の空隙部に浸入した重合性組成物の重合方法は、特に限定されず、各重合性単量体成分の種類、及び重合開始剤の種類に応じて適宜公知の方法、例えばラジカル重合やイオン重合等を適宜選択すればよい。一般には制御が容易なことからラジカル重合が好ましく用いられる。例えば重合開始剤としてラジカル重合開始剤である過硫酸アンモニウムや、過硫酸カリウムなどの過硫酸塩、水溶性アゾ系化合物を用いる場合は、加熱による重合方法(熱重合)が一般的に採用される。熱重合させる場合、重合温度は特に制限されないが、一般的には30〜120℃、好ましくは40〜100℃である。重合時間は、10分〜10時間が好ましい。
【0049】
なお、ラジカル重合を行う場合には、酸素による重合阻害を防止し、また表面の平滑性を得るため、重合性組成物をポリエステル等のフィルムで覆った後、重合させることが好ましい。該フィルムで重合性組成物を覆うことにより、厚さが均一で薄い(基材となる多孔質膜の厚さと同程度の厚さで厚くなりすぎていないことを意味する)陰イオン交換膜を得ることができる。得られた陰イオン交換膜は、必要に応じて洗浄すれば良い。
【0050】
<対イオンの変換>
上記重合により得られた陰イオン交換膜は、前述したとおり、第4級塩基結合芳香族系重合性単量体として対イオンがハライドイオンのものを使用して製造した場合が多い。したがって、該陰イオン交換膜は、通常、対イオンがハライドイオンである第4級塩基を、陰イオン交換基として有するものになっている。この陰イオン交換膜は、斯様に対イオンがハライドイオンの状態で固体高分子型燃料電池用隔膜として使用しても構わないが、この場合、ハライドイオンが、水酸化物イオン伝導の競合伝導種となるため、燃料電池は高い出力が得難くなる。したがって、対イオンは、ハライドイオンから、燃料電池のイオン伝導種である水酸化物イオンに変換して使用するのが好ましい。
【0051】
また、本発明者らの検討から得られた知見によれば、一旦、対イオンを水酸化物イオンにイオン交換した陰イオン交換膜であっても、大気中に置くことで二酸化炭素を吸収して急速に対イオンと反応し炭酸イオンおよび/または重炭酸イオンを生成する。さらに、該炭酸イオンおよび/または重炭酸イオンは、陰イオン交換膜を燃料電池隔膜として発電をすることで、酸化剤室側ガス拡散電極で触媒反応により生成した水酸化物イオンによってイオン交換され、燃料室側から二酸化炭素として放出される。このため、対イオン種の一部または全部が炭酸イオンおよび/または重炭酸イオンである陰イオン交換膜であっても、燃料電池隔膜としては良好に動作する。以上の理由から、本発明では上記によって得られた陰イオン交換膜の対イオンを、水酸化物イオンに加え、炭酸イオン、および重炭酸イオンからなる群から選択される陰イオンにイオン交換して用いても好適である。
【0052】
この対イオンの変換は、通常、上記陰イオン交換膜を水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液等の水酸化アルカリ水溶液又は炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、重炭酸ナトリウム、重炭酸カリウム等の炭酸塩類水溶液に浸漬する方法が採用される。このとき、水酸化アルカリ水溶液や炭酸塩類水溶液の濃度は、特に限定はされず、0.1〜2mol・L−1程度であり、また浸漬温度は5〜60℃、浸漬時間は0.5〜24時間程度である。
【0053】
<製造される陰イオン交換膜>
以上の方法により得られた陰イオン交換膜は、必要に応じて洗浄し、乾燥、裁断して使用に供される。
【0054】
この陰イオン交換膜は、従来の陰イオン交換膜と同様に、母材となる多孔質膜の材質、細孔径および空隙率、並びに陰イオン交換樹脂の種類および含有量等によって、陰イオン交換容量、イオン伝導度、膜の電気抵抗、含水率などの物性を制御することが可能である。たとえば、陰イオン交換容量に関しては、定法による測定で、通常0.1〜2.5mmol/g、特に0.3〜2mmol/gの値を実現することもできる。また、イオン交換容量と相関の高いイオン伝導度は5〜25mS・cm−1、特に8〜20mS・cm−1と著しく高い値とすることが可能である。
【0055】
また、この陰イオン交換膜は、その特徴的製造方法に起因して、従来の製造方法で製造した陰イオン交換膜と比較して、同じ陰イオン交換容量のものであれば含水率(25℃)が高い特徴を有している。すなわち、この陰イオン交換膜の含水率(25℃)は、通常、50〜110%、より好適には70〜100%の範囲のものとすることができるが、係る含水率と陰イオン交換容量の値から、
下式により
第4級アンモニウム塩基1個当りの水分子の含水能=u/(1.8×c)[個]
u;含水率[%](25℃)
c;陰イオン交換容量([mmol・g−1−乾燥重量])
陰イオン交換基である第4級塩基1個当りの水分子数を求めると、通常20〜50個、より好適には25〜45個になる。すなわち、この陰イオン交換膜は、第4級アンモニウム塩基1個当り、通常で上記数の水分子となるほどに、多量の含水能(25℃)を有するものであり、固体高分子型燃料電池用隔膜として優れている。
【0056】
これに対して、陰イオン交換基を製膜化後に導入する、従来の方法で得た陰イオン交換膜の場合、同様にして求めた第4級塩基1個当りの水分子数は多くてもせいぜい10個強であり、前記本発明で得られる陰イオン交換膜における含水能の高さは際立っている。そうして、斯様に高含水能とすることにより、この陰イオン交換膜が耐熱性に優れ、固体高分子型燃料電池用隔膜として優れたものになることは前記したとおりである。
【0057】
なお、本発明において、陰イオン交換膜の含水率(25℃)は、イオン交換膜を0.5mol・L−1−NaCl水溶液に25℃下で4時間以上浸漬し、イオン交換水で十分水洗した後膜を取り出しティッシュペーパー等で表面の水分を拭き取り湿潤時の重さ(Wg)を測定し、さらに膜を50℃で3時間減圧乾燥させその重量を測定した(Dg)時の、次式により求められる値である。
含水率=100×(W−D)/D[%]
【0058】
このように本発明の方法で得られる陰イオン交換膜は、上記のように耐熱性に優れるだけでなく耐アルカリ性にも優れる。例えばエタノール含量が12質量%で水酸化カリウム濃度が10質量%である水溶液に110℃という高温で500時間浸漬保持する加速耐久試験を実施した場合、試験後の陰イオン交換容量保持率は90%以上とすることも可能であり、さらには95%以上とすることも可能である。斯様に高い耐アルカリ性を示すので、この陰イオン交換膜を用いて固体高分子型燃料電池を作成した場合、得られる燃料電池は、さらに高出力を得るために高温条件において使用してもその性能が低下し難く、長期間安定に使用することが可能となる。
【0059】
陰イオン交換膜に含有される陰イオン交換樹脂量は、使用した多孔質膜の種類によっても異なり、一概に規定することはできないが、通常、該多孔質膜100質量部に対して10〜120質量部の範囲であり、好ましくは50〜100質量部の範囲である。
【0060】
このような優れた性状を有する、本発明の製造方法で得られる陰イオン交換膜の内、特に好適なものを示せば次のような新規な膜が挙げられる。すなわち、多孔質膜を母材とし、その空隙部に、下記式(2)
【化3】
(但し、R、R、およびRは夫々同種又は異種の炭素数が1〜3のアルキル基であり、Xは陰イオンであり、mは1〜6の整数であり、nはXの陰イオンの価数である。)
で示される側鎖を有する架橋された炭化水素鎖からなる陰イオン交換樹脂が充填された陰イオン交換膜であって、上記式(2)が有する第4級アンモニウム塩基1個当り20〜50個、より好適には25〜45個の水分子の含水能(25℃)を有する陰イオン交換膜からなる固体高分子型燃料電池用隔膜である。
【0061】
ここで、空隙部とは該多孔質膜の孔によって形成されているものであり、充填するとは、膜の表裏に穿通する孔を塞ぐように満たすことを意味する。該陰イオン交換樹脂は、前記孔を塞いでいればその存在形態は特に限定されない。例えば膜の全体又は一部に於いて、孔の一部を満たしている状態であってよく、また、孔からあふれて膜の表裏を覆うように存在していてもよい。
【0062】
上記式(2)で示される側鎖を有する架橋された炭化水素鎖は、下記式(1)で示される
【化4】
(但し、R、R、およびRは夫々同種又は異種の炭素数が1〜3のアルキル基であり、Xは陰イオンであり、mは1〜6の整数であり、nはXの陰イオンの価数である。)
化合物と架橋性重合性単量体とが重合して得られる高分子鎖であり、例えば、該式(1)で示される化合物として、[4−(4−ビニルフェニル)−ブチル]−トリメチルアンモニウムブロミドを用いたのであれば、その具体的構造は
【化5】
になる。
【0063】
<固体高分子型燃料電池用隔膜>
(陰イオン交換膜−ガス拡散電極接合体)
上記方法で得られた陰イオン交換膜を固体高分子型燃料電池用隔膜に使用するためには、通常、その両面にそれぞれ燃料室側ガス拡散電極および酸化剤室側ガス拡散電極を接合させて陰イオン交換膜−電極接合体(以下、「MEA」と略する)とすればよい。このようなMEAは、電極触媒に必要に応じて結着剤や分散媒を添加してペースト状の組成物とし、これをそのままロール成型するか又はカーボンペーパー等の支持層材料上に塗布した後に熱処理して層状物を得、その接合面となる表面にイオン伝導性付与剤を塗布した後に必要に応じて乾燥し、陰イオン交換膜と熱圧着する方法;又は電極触媒にイオン伝導性付与剤及び必要に応じて結着剤や分散媒を添加してペースト状の組成物とし、これをカーボンペーパー等の支持層材料上に塗布するか又は剥離フィルム(デカール等)に塗布して陰イオン交換膜上に転写、必要に応じて乾燥し、陰イオン交換膜と熱圧着する方法;さらには陰イオン交換膜上に直接塗布した後に乾燥させることで、陰イオン交換膜と接合させる方法などにより好適に製造することができる。上記ペースト状の組成物を該支持層材料上または陰イオン交換膜上に塗布する方法としては、ドクターブレード法やスプレー塗布が挙げられる。また、特開2003−86193号公報に開示されているように、互いに接触することにより架橋してイオン交換樹脂を形成し得る2種以上の有機化合物、及び電極触媒を含有する組成物からなる成形体を得た後に該成形体中に含まれる前記2種以上の有機化合物を架橋させてガス拡散電極を形成し、これを本発明で製造した陰イオン交換膜の両面に接合しても良い。
【0064】
また、イオン伝導性付与剤としては、特開2002−367626号公報に開示されているような、分子内に陰イオン交換基を有し、水及びメタノールなどのアルコールに難溶な炭化水素系高分子エラストマー、又はその溶液或いは懸濁液からなることを特徴とする高分子型燃料電池のガス拡散電極用イオン伝導性付与剤が好適に使用される。
【0065】
(電極触媒)
電極触媒としては、従来のガス拡散電極において電極触媒として使用されている、水素の酸化反応及び酸素の還元反応を促進する白金、金、銀、パラジウム、イリジウム、ロジウム、ルテニウム、スズ、鉄、コバルト、ニッケル、モリブデン、タングステン、バナジウム、あるいはそれらの合金等の金属粒子が制限なく使用できるが、触媒活性が優れていることから白金族元素を用いるのが好適である。これら触媒は、予め導電剤に担持させてから使用してもよい。導電剤としては、電子導電性物質であれば特に限定されるものではないが、例えば、ファーネスブラック、アセチレンブラック等のカーボンブラック、活性炭、黒鉛等を単独または混合して使用するのが一般的である。
【0066】
(固体高分子型燃料電池)
本発明で得られる陰イオン交換膜を隔膜とした燃料電池としては、MEAで仕切られた燃料室と酸化剤室とを有し、該燃料室および該酸化剤室には夫々前記MEAの一方の電極が存在しており、前記燃料室に燃料を供給して該燃料室側に存在する電極で燃料と水酸化物イオンとを反応させ、前記酸化剤室に水及び酸化剤を供して該酸化剤室側に存在する電極でこれらを反応させる固体高分子型燃料電池が一般的である。しかし、本発明の方法で得られる陰イオン交換膜の用途は、このようなタイプの燃料電池に限定されるものではなく、その他の公知の構造を有する燃料電池にも勿論適用することができる。前記燃料室へ供給する燃料としては、水素やアンモニアなどの気体、メタノール、エタノール、ヒドラジンなどの液体、およびこれらの水溶液、さらにはこれらに水酸化ナトリウムなどの電解質を混合した液体燃料を使用することができる。中でも、反応活性が高く、出力も高いため、燃料室に供給する燃料としては水素が最も好ましい。
【実施例】
【0067】
以下、本発明を更に詳細に説明するため実施例を挙げるが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0068】
なお、実施例および比較例で得られた陰イオン交換膜および該陰イオン交換膜を燃料電池隔膜として用いた燃料電池の評価項目および評価方法を以下に示す。
【0069】
1)陰イオン交換容量および含水率(25℃)
陰イオン交換膜を、0.5mol・L−1−NaCl水溶液に10時間以上浸漬し、塩化物イオン型とした後、0.2mol・L−1−NaNO水溶液で硝酸イオン型に置換したときに遊離した塩化物イオンを、硝酸銀水溶液を用いて電位差滴定装置(COMTITE−900、平沼産業株式会社製)で定量した(Ammol)。次に、同じイオン交換膜を0.5mol・L−1−NaCl水溶液に25℃下で4時間以上浸漬し、イオン交換水で十分水洗した後膜を取り出しティッシュペーパー等で表面の水分を拭き取り湿潤時の重さ(Wg)を測定した。さらに膜を60℃で5時間減圧乾燥させその重量を測定した(Dg)。
【0070】
上記測定値に基づいて、イオン交換容量および含水率(25℃)を次式により求めた。
陰イオン交換容量[mmol・g−1−乾燥重量]=A×1000/D
含水率[%]=100×(W−D)/D
【0071】
2)第4級アンモニウム塩基1個当りの水分子の含水能(25℃)
上記1)により求めた含水率(u[%];25℃)、陰イオン交換容量(c[mmol・g−1−乾燥重量])を用いて、上記含水能を次式により求めた。
第4級アンモニウム塩基1個当りの水分子の含水能=u/(1.8×c)[個]
【0072】
3)イオン伝導度
線幅0.3mmの白金線5本を互いに離して平行に配置した絶縁基板を用い、前記白金線に40℃の純水に湿潤した2.0cm幅の短冊状の陰イオン交換膜を押し当て測定用試料を調製した。この試料を40℃、90%RHの恒温恒湿槽中に保持し、白金線間に1kHzの交流を印加したときの交流インピーダンスを測定した。白金線間距離を0.5〜2.0cmに変化させたときのそれぞれの交流インピーダンスを測定した。
【0073】
白金線と隔膜との間には接触による抵抗が生じるが、白金線間距離と抵抗の勾配から隔膜の比抵抗を算出することでこの影響を除外した。白金線間距離と抵抗測定値との間には良い直線関係が得られた。抵抗勾配と膜厚から下式により、40℃、90%RHの伝導度を算出した。
【0074】
σ=1000/(2.0×L×S)
σ :伝導度[mS・cm−1
L :膜厚(含水時)[cm]
S :抵抗極間勾配[Ω・cm―1
【0075】
4)陰イオン交換基の耐熱性
対イオンを重炭酸イオン型にした陰イオン交換膜を5cm角の寸法に切り出し、ポリテトラフルオロエチレン製容器に入れ、110℃のオーブン中、エタノール濃度が12質量%で且つ水酸化カリウム濃度が10質量%である水溶液に500時間保持することにより耐熱性試験を行った。
【0076】
耐熱性試験後の陰イオン交換容量を測定し、耐熱性試験前の陰イオン交換容量に対する耐熱性試験後の陰イオン交換容量の割合からなる陰イオン交換容量保持率を求め、該陰イオン交換容量保持率をもって耐熱性の指標とした。
【0077】
また、陰イオン交換膜の劣化による燃料電池出力への影響を調べるために、耐熱性試験前と耐熱性試験後の陰イオン交換膜を夫々隔膜として用いた燃料電池を構成し、下記5)に記載する方法により耐熱性試験前後の出力電圧の各測定し比較した。
【0078】
5)燃料電池出力電圧
{ポリスチレン−ポリ(エチレン−ブチレン)−ポリスチレン}トリブロック共重合体(旭化成ケミカルズ製、タフテックH1031)をクロロメチル化したものを、6質量%のトリメチルアミンと25質量%のアセトンを含む水溶液中に室温で16時間浸漬し、さらに0.5mol/L−NaOH水溶液に10時間以上浸漬して触媒電極層用の陰イオン伝導性アイオノマー(OH型)を合成した。該アイオノマーは、重量平均分子量30000で、陰イオン交換容量は1.5mmol/g−乾燥樹脂であった。
【0079】
このアイオノマーを、130℃のオートクレーブ中で1−プロパノールに3時間かけて溶解させ、濃度5質量%のアイオノマー溶液を得た。
【0080】
次いで、上記アイオノマー溶液と、白金触媒(田中貴金属工業株式会社製)を50質量%担持したカーボンブラックとを混合して触媒電極層形成用組成物を作成した。次いで、該組成物を陰イオン交換膜の片面に印刷し、大気中25℃で12時間以上乾燥した。さらに、陰イオン交換膜のもう一方の面にも同様にして触媒電極層を形成し、陰イオン交換膜−触媒電極接合体を得た。両面共に、白金量は0.4mg/cmとなるようにし、触媒電極層中のアイオノマーの含有量は30質量%である。また、触媒電極層の面積はそれぞれ5cmである。
【0081】
得られた陰イオン交換膜−触媒電極接合体の両面に、ポリテトラフルオロエチレンで撥水化処理した厚みが300μmのカーボンクロス(エレクトロケム社製EC−CC1−060T)を重ね、これらを図1に示す燃料電池セルに組み込んだ。次いで、燃料電池セル温度を50℃に設定し、燃料室に50℃で95%RHに加湿した水素を50ml/minで供給し、酸化剤室には、高純度空気を50℃で95%RHに加湿して200ml/minで供給し、0.2A/cmにおけるセル電圧を測定し、出力を評価した。
【0082】
また、実施例及び比較例で使用した各種原材料の略号を以下に示す。
A:ポリエチレン製多孔質膜(膜厚25μm、平均孔径0.14μm、空隙率50%)
B:ポリエチレン製多孔質膜(膜厚50μm、平均孔径0.14μm、空隙率50%)
BBS−TMA:[4−(4−ビニルフェニル)−ブチル]−トリメチルアンモニウムブロミド
BBS−TEA:[4−(4−ビニルフェニル)−ブチル]−トリエチルアンモニウムブロミド
BPS−TMA:[4−(4−ビニルフェニル)−ペンチル]−トリメチルアンモニウムブロミド
BBS:4−(4−ブロモブチル)スチレン
DVB : ジビニルベンゼン
APS:過硫酸アンモニウム
PO:t−ブチルパーオキシエチルヘキサノエート
MeOH:メタノール
BuOH:1−ブタノール
【0083】
(実施例1〜8)
表1に示した組成表に従って、各種単量体、架橋剤、重合開始剤、水、及び有機溶媒を混合、撹拌し、重合性組成物を得た。該重合性組成物400gを500mlのガラス容器に入れ、表1に示した多孔質膜を20cm×20cmにカットして浸漬した。続いて、該多孔質膜を該重合性組成物中から取り出し、該多孔質膜の両面を、厚さ100μmのポリエステルフィルムからなる剥離材で被覆してから0.3MPaの窒素加圧下、80℃で5時間加熱することにより空隙部に導入した重合性単量体成分を重合及び架橋させた。重合後に得られた陰イオン交換膜をエタノールに1時間浸漬して洗浄した後、大過剰の0.5mol・L−1−NaHCO水溶液中に浸漬して対イオンを臭化物イオンから重炭酸イオンにイオン交換し、引き続きイオン交換水で洗浄し陰イオン交換膜を得た。
【0084】
このようにして得られた陰イオン交換膜について、各種評価を行った。評価結果を表2に示した。
【0085】
(比較例1)
ブロモブチルスチレン98gとジビニルベンゼン2gおよび重合開始剤としてベンゾイルパーオキシド5gを300mlのガラス容器に秤取、混合することにより重合性組成物を得た。表1に示した多孔質膜A(20cm×20cm)を該重合性組成物中に浸漬した。続いて、該多孔質膜を前記モノマー組成物中から取り出し、厚さ100μmのポリエステルフィルムからなる剥離材で被覆してから0.3MPaの窒素加圧下、80℃で5時間加熱することにより空隙部に導入した重合性単量体成分を重合及び架橋させた。得られた膜状物を6重量%のトリメチルアミンと25重量%のアセトンを含む水溶液中に室温で16時間浸漬し、次いで大過剰の0.5mol・L−1−NaHCO水溶液中に浸漬して対イオンを臭化物イオンから重炭酸イオンにイオン交換し、引き続きイオン交換水で洗浄し陰イオン交換膜を得た。
【0086】
得られた陰イオン交換膜について実施例1と同様にして評価を行った。その結果を表2に併せて示した。
【0087】
【表1】
【0088】
【表2】
【符号の説明】
【0089】
1;燃料電池セル
2;燃料供給孔
3;水及び酸化剤ガス供給孔
4;燃料室触媒電極層
5;空気室触媒電極層
6;陰イオン交換膜
7;燃料室
8;空気室
図1