(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5770541
(24)【登録日】2015年7月3日
(45)【発行日】2015年8月26日
(54)【発明の名称】温度補正を伴うバイオセンサーによる測定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/543 20060101AFI20150806BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20150806BHJP
【FI】
G01N33/543 501L
G01N33/53 N
【請求項の数】4
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2011-130641(P2011-130641)
(22)【出願日】2011年6月10日
(65)【公開番号】特開2013-2816(P2013-2816A)
(43)【公開日】2013年1月7日
【審査請求日】2014年3月6日
(73)【特許権者】
【識別番号】000231464
【氏名又は名称】株式会社アルバック
(74)【代理人】
【識別番号】100087745
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 善廣
(74)【代理人】
【識別番号】100098545
【弁理士】
【氏名又は名称】阿部 伸一
(74)【代理人】
【識別番号】100106611
【弁理士】
【氏名又は名称】辻田 幸史
(72)【発明者】
【氏名】小関 智光
【審査官】
伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】
特開2005−241537(JP,A)
【文献】
国際公開第2010/082497(WO,A1)
【文献】
米国特許出願公開第2004/0046963(US,A1)
【文献】
国際公開第2009/041554(WO,A1)
【文献】
特表2008−517298(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48−33/98
G01N 21/00−21/01
G01N 21/17−21/74
G01N 21/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定槽内において固体支持体表面に固定されたリガンドに相互作用可能な試料中の標的物質の吸着量を測定することによって標的物質の濃度を測定する方法であって、前記標的物質の前記固定化リガンドへの吸着初期速度から前記標的物質の濃度を測定するものにおいて、前記測定中に測定槽近傍又は測定槽内の溶液の環境温度を計測し、前記環境温度に基づいて測定結果を補正するために、測定したい標的物質とリガンドの対ごとの相互作用に関与するパラメータとしてアレニウスの式の頻度因子Aと活性化エネルギーEを用い、前記測定したい標的物質とリガンドの対ごとに、予めこれら頻度因子Aと活性化エネルギーEを算出しておき、下記式(6)から、測定結果の温度依存性を補正することを特徴とする温度補正を伴う水晶振動子マイクロバランス法を採用したバイオセンサーによる測定方法。
[S]=結合初期速度/(Ae−E/RT[L])・・・(6)
(式中[S]は標的物質の濃度、Aは定数(頻度因子)、Eは活性化エネルギー、Rは気体定数、Tは絶対温度(K)、[L]はリガンドの濃度を表すものとする)
【請求項2】
前記試料は、全血、血漿及び血清の何れかであることを特徴とする請求項1に記載の温度補正を伴うバイオセンサーによる測定方法。
【請求項3】
前記標的物質は、モノクローナル抗体、キメラモノクローナル抗体、ヒト化モノクローナル抗体、ヒトモノクローナル抗体及びマウスモノクローナル抗体、並びに、抗体の抗原結合部位を含む融合タンパク質及びレセプターの抗原結合部位を含む融合タンパク質の中の何れかであることを特徴とする請求項1又は2に記載の温度補正を伴うバイオセンサーによる測定方法。
【請求項4】
測定槽内において固体支持体表面に固定されたリガンドに相互作用可能な試料中の標的物質の吸着量を測定することによって標的物質の濃度を測定するためのバイオセンサーであって、前記固体支持体として水晶振動子を用い、前記標的物質の前記固定化リガンドへの吸着初期速度から前記標的物質の濃度を測定するものにおいて、前記測定中に測定槽近傍又は測定槽内の溶液の環境温度を計測し、前記環境温度に基づいて測定結果を補正するための温度センサーを備え、測定したい標的物質とリガンドの対ごとの相互作用に関与するパラメータとしてアレニウスの式の頻度因子Aと活性化エネルギーEを用い、前記測定したい標的物質とリガンドの対ごとに、予めこれら頻度因子Aと活性化エネルギーEを算出しておき、下記式(6)から、測定結果の温度依存性を補正することを特徴とする温度補正を伴う水晶振動子マイクロバランス法を採用したバイオセンサー。
[S]=結合初期速度/(Ae−E/RT[L])・・・(6)
(式中[S]は標的物質の濃度、Aは定数(頻度因子)、Eは活性化エネルギー、Rは気体定数、Tは絶対温度(K)、[L]はリガンドの濃度を表すものとする)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、測定溶液中の生体分子の定量に際して、測定データの信頼性を向上させるための、温度補正を伴う
バイオセンサー並びに同バイオセンサーによる測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、固体支持体表面にリガンド分子を固定化し、それに相互作用する物質の吸着過程を解析することによって、物質の濃度や相互作用パラメータを算出する技術には、表面プラズモン共鳴(SPR)を利用する方法、水晶発振子マイクロバランス(QCM)を利用する方法、反射光の干渉を利用する方法等がある。
支持体表面に固定化した物質Lに対して、可逆的に相互作用する物質Sの結合及び解離は下記の関係で示すことができる。尚、式中「→」は、結合速度定数k
onの結合反応を示し、「←」は、解離速度定数k
offの解離反応を示すものとする。
L+S⇔LS
この時、SのLに対する結合初期速度(lnitial blndlng rate)は下記式(1)で表すことができる。またk
offが十分小さいとき及び[LS]が十分小さい時に、式(1)は式(2)に近似することができる。この時、あらかじめk
on、k
offが既知であれば、ある一定量[L]のLが固定化された表面に対するSの結合初期速度を測定することによって、溶液中のSの濃度[S]を定量することができる。
結合初期速度=k
on[S][L]−k
off[LS]・・・(1)
≒k
on[S][L]・・・(2)
尚、本明細書中において、[]により囲まれたものは、囲まれた物質の濃度を示すものとする。
【0003】
この方法を利用してサンプル中の標的分子の濃度を算出する方法の例としては非特許文献1がある。ここでは圧電素子表面に固定化した抗ミオグロビン抗体に対するミオグロビンの結合の初期速度を算出し、この初期速度が溶液中ミオグロビン濃度と相関することを利用したサンプル中のミオグロビン濃度測定法を紹介している。
ここで言うk
onは測定環境の温度によって変化することが知られている。ある一定温度の元であらかじめ測定されたk
onと上記の式(2)を用いて濃度未知のSの濃度[S]を求める時、あらかじめk
onを測定した際の測定温度と濃度未知のSの濃度を測定する時の測定温度が異なるとその分誤差が生じる。
濃度未知のSの濃度を測定する時の測定温度を、あらかじめk
onを測定した際の測定温度に一致させるためには、センサー周辺に恒温層を必要とするが、これによって装置のコストが高くなるという問題があった。また温度が一定になるまで時間がかかるなどの問題があった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Clinical Chemistry 51:10, 1962-1972(2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明においては、固体表面に固定化されたリガンドに対する試料中の結合分子の吸着量の測定により試料中の吸着分子の濃度を測定する方法において、測定環境の温度変化による影響を補正する温度補正を伴うバイオセンサーによる測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の温度補正を伴う
水晶振動子マイクロバランス法を採用したバイオセンサーによる測定方法は、請求項1に記載の通り、測定槽内において固体支持体表面に固定されたリガンドに相互作用可能な試料中の標的物質の吸着量を測定することによって標的物質の濃度を測定する方法であって、
前記標的物質の前記固定化リガンドへの吸着初期速度から前記標的物質の濃度を測定するものにおいて、前記測定中に測定槽近傍又は測定槽内の溶液の環境温度を計測し、前記環境温度に基づいて測定結果を補正するために、
測定したい標的物質とリガンドの対ごとの相互作用に関与するパラメータとしてアレニウスの式の頻度因子Aと活性化エネルギーEを用い、前記測定したい標的物質とリガンドの対ごとに、予めこれら頻度因子Aと活性化エネルギーEを算出しておき、下記式(6)から、測定結果の温度依存性を補正することを特徴とする。
[S]=結合初期速度/(Ae−E/RT[L])・・・(6)
(式中[S]は標的物質の濃度、Aは定数(頻度因子)、Eは活性化エネルギー、Rは気体定数、Tは絶対温度(K)、[L]はリガンドの濃度を表すものとする)
請求項2記載の本発明は、請求項
1に記載の発明において、前記試料は、全血、血漿及び血清の何れかであることを特徴とする。
請求項3記載の本発明は、請求項
1又は2に記載の発明において、前記標的物質は、モノクローナル抗体、キメラモノクローナル抗体、ヒト化モノクローナル抗体、ヒトモノクローナル抗体及びマウスモノクローナル抗体、並びに、抗体の抗原結合部位を含む融合タンパク質及びレセプターの抗原結合部位を含む融合タンパク質の中の何れかであることを特徴とする。
また、本発明の温度補正を伴う水晶振動子マイクロバランス法を採用したバイオセンサーは、請求項4に記載の通り、測定槽内において固体支持体表面に固定されたリガンドに相互作用可能な試料中の標的物質の吸着量を測定することによって標的物質の濃度を測定するためのバイオセンサーであって、前記固体支持体として水晶振動子を用い、前記標的物質の前記固定化リガンドへの吸着初期速度から前記標的物質の濃度を測定するものにおいて、前記測定中に測定槽近傍又は測定槽内の溶液の環境温度を計測し、前記環境温度に基づいて測定結果を補正するための温度センサーを備え、測定したい標的物質とリガンドの対ごとの相互作用に関与するパラメータとしてアレニウスの式の頻度因子Aと活性化エネルギーEを用い、前記測定したい標的物質とリガンドの対ごとに、予めこれら頻度因子Aと活性化エネルギーEを算出しておき、下記式(6)から、測定結果の温度依存性を補正することを特徴とする。
[S]=結合初期速度/(Ae−E/RT[L])・・・(6)
(式中[S]は標的物質の濃度、Aは定数(頻度因子)、Eは活性化エネルギー、Rは気体定数、Tは絶対温度(K)、[L]はリガンドの濃度を表すものとする)
【発明の効果】
【0007】
環境温度を測定して標的吸着分子の吸着量からサンプル溶液中の標的分子の濃度を算出する時の温度変化を原因とする誤差を補正することによって、従来より正確な測定が可能となる。
また測定溶液周辺に恒温層を配置する必要がなくなり、装置構成が大幅に簡略される。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】センサー上に固定化したリガンド分子Aと標的分子Sの相互作用の概念図
【発明を実施するための形態】
【0009】
一例として結合分子のリガンドへの結合の結合初速度から濃度を換算する方法を考える。結合初期速度と結合分子の濃度の関係は上記式(2)である。ここでk
onは溶液温度に依存するパラメータであり、この温度依存性は下記(3)のアレニウスの式で表すことができる。
k
on=Ae
−E/RT・・・(3)
ここでAは定数(頻度因子)、Eは活性化エネルギー、Rは気体定数、Tは絶対温度(K)である。
式(3)を式(2)に代入して式(4)を得る。
結合初期速度=Ae
−E/RT[S][L]・・・(4)
式(4)の両辺の自然対数をとると下記式(5)になる。
Ln結合初期速度=−E/RT+LnA・[S][L]・・・(5)
この式から、ある濃度[S]でのLに対する結合初速度を種々の温度で算出し、Ln結合初期速度を縦軸にして、1/Tを横軸にするとプロットは直線を描き、傾きから−E/R、切片からLnA・[L][S]が算出できる。ここで[S]は既知、[L]はセンサー表面に固定化されたリガンドの固定化量なので既知とすると、EとAを算出することができる。このようにして算出したAとEを式(4)に代入すると結合初速度の温度に対する関係式が得られる。これを変形して式(6)を得る。
[S]=結合初期速度/(Ae
−E/RT[L])・・・(6)
式(6)ではA,E,[L]が既知であり、結合初速度と環境温度Tを測定することで試料中の分子濃度[S]を測定することが可能となる。
環境温度の測定はなるべく測定槽の近傍が望ましく、白金温度センサー等の温度センサーを用いて行う。測定溶液内に温度センサーを入れることで行ってもよい。
また、この方法は、濃度測定を行う標的物質毎にあらかじめ上記の方法によりA,Eを算出しておいて式(6)を求めておく必要がある。
【0010】
実際には測定装置、センサーの製造時にこれらの測定を前もって行い、式(6)を得ておいて、装置やソフトウエアに組み込んでおき、試験者が結合初期速度を測定すると、その結合初期速度とその時の環境温度の値を装置側に取り込み、自動的に温度補正された分子濃度が算出されるようにすることが望ましい。
【0011】
尚、相互作用に関与するパラメータとしては、アレニウスの式の頻度因子Aと活性化自由エネルギーE、又はそれらと他パラメータの組み合わせでなるパラメータ、例えば、式(5)における−E/Rを使用することができる。
【0012】
これらの温度依存性のキャリブレーション方式は水晶振動子マイクロバランス法に限るものではなく、標的分子の吸着量を測定する方式のバイオセンサー、例えば、表面プラズモン共鳴素子等の全て適用できる。
【0013】
また、本発明の測定対象となる試料について特に制限はなく、例えば、全血、血漿、血清等を測定対象とすることができる。
また、標的物質についても、例えば、モノクローナル抗体、キメラモノクローナル抗体、ヒト化モノクローナル抗体、ヒトモノクローナル抗体及びマウスモノクローナル抗体、並びに、抗体の抗原結合部位を含む融合タンパク質及びレセプターの抗原結合部位を含む融合タンパク質等を使用することができる。
【実施例】
【0014】
固体支持体として水晶振動子を構成する金表面を用い、バイオセンサーシステムとして水晶振動子マイクロバランス法を採用した。水晶振動子を発振回路、周波数カウンターに接続し水晶振動子の周波数を一定時間毎に測定するようにした。
その水晶振動子の表面に標的物質と相互作用可能なリガンドタンパク質Lを固定化し緩衝溶液中に浸漬する。濃度を測定したい標的物質Sを含むサンプル溶液を緩衝溶液に一定量添加(終濃度6.6nM)すると標的物質が水晶振動子表面のリガンドに吸着し、水晶振動子の振動数が減少する。振動数減少の時間変化を計測し、結合初期速度を算出する。このときの反応模式図を
図1に示す。
【0015】
この時、水晶振動子が内部に配置された測定容器の近傍に温度センサーを配置し、環境温度(雰囲気温度)を計測した。本実施例では、環境温度を15℃、25℃、37℃と変化させたときの結合初期速度を算出した。
算出した結合初期速度を、上記式(5)に代入し、Ln初期の傾きを縦軸、温度の逆数である1/Tを横軸にプロットすると
図2のようになる。この直線の傾きから−E/R、切片からLnA・[S][L]が算出できる。ここでRは定数、[S]はこの実験で用いた標的物質の終濃度で、6.6nM、[L]はリガンドの固定化量で既知であるため、EとAを算出することができる。
【0016】
ここで算出されたAとEを下記式(6)に代入することで、標的物質Sと結合初期速度の温度依存性の関係式が得られる。
[S]=結合初期速度/(Ae
−E/RT[L])・・・(6)
【0017】
実際に測定を行うときは、結合初期速度と温度Tを測定し、式(6)に代入することで標的物質Sの濃度[S]を得る。
ここでは初期速度の温度依存性の一例を示したが、固定化するリガンド、測定したい標的物質を変更する毎にこれらの測定を行い、AとEを算出し式(6)を得ておく必要がある。ただしAとEの値は相互作用する分子同士が同じであれば常に一定であるので、センサーの製造時にあらかじめ算出しておいた関係式を測定システムに組み込んでおけば、試験者は測定された初期速度と環境温度から特に追加の操作なしで正しい濃度の値を得ることができる。