【実施例】
【0029】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0030】
[材料と方法]
1.ブタ胎仔線維芽細胞の採取
デュロック種を交配し、妊娠35日齢のデュロック種ブタ胎仔を回収した。採取した胎仔の頭部・内蔵部分を除去し、ハサミで細断後、300〜500μmメッシュ上で擦り潰して10%のウシ胎児血清(FCS)添加DMEM(ナカライテスク)又はMEMα(インビトロジェン)に懸濁した。ブタ胎仔細胞懸濁液を遠心処理(1000rpm、10分)し、上清を除去した後、再度10%FCS添加DMEMに適当量になるように懸濁して75cm
2細胞培養用フラスコに播いた。細胞は37℃・5%CO
2下で培養し増殖させ、コンフルエント後に継代して必要量まで増やし、その後凍結保存した。
【0031】
2.ブタRAG-1遺伝子ノックアウト(KO)ベクター構築
ブタRAG-1遺伝子ノックアウト(KO)ベクターの構築は、NCBIデーターベースに公開されているブタRAG-1遺伝子のゲノム構造情報(Accession No. AB091392、配列番号1)をもとに実施した。RAG-1遺伝子KOベクター(pRAG-KOnおよびpRAG-KOb)を構築するため、RAG-1遺伝子の周辺ゲノム領域(1.5kbおよび6.5kb断片:
図1)をPCRクローニング法によりクローニングした。
【0032】
ベクターの短腕として使用する1.5kb断片(1.5kbS、配列番号3)のPCR増幅には、センスプライマーRAG-S0(T):GCGATGTGAAGTCAGTGTGC(配列番号4)およびアンチセンスプライマーRAG-S1(B):CCTCATATCTGTACTTGAACTTGG(配列番号5)を使用した。また、長腕として使用する6.5kb断片(6.5kbL、配列番号6)の増幅にはセンスプライマーRAG-L1.4(T):GCAGATGCAACTCCAATTCC(配列番号7)およびアンチセンスプライマーRAG-L2(B):CTCAGACGGTGTTTCTGAGC(配列番号8)を使用した。短腕、長腕いずれも、ブタの体細胞から抽出したゲノムDNAを鋳型としたPCRにより増幅して得た。
【0033】
RAG-1 KOベクターは、RAG-1遺伝子のエクソン2領域を選択マーカーであるPGK-Neoユニット(PGKプロモータを持つネオマイシン耐性遺伝子)が分断するようにデザインし構築した。具体的には、プラスミドベクターpZErO-2(Invitrogen)のマルチクローニングサイト中、PGK-Neoユニットの5’側に長腕6.5kbL、そして3’側に短腕1.5kbSが位置するように構築した。ヘテロKO細胞株樹立に使用するpRAG-KOnベクターは、1.5kbSの3’側にネガティブ選択用遺伝子マーカーのMC1-TK(MC1プロモータを持つヘルペスチミジンキナーゼ遺伝子)が位置するように構築した(
図1)。ホモKO細胞株樹立に使用するpRAG-KObベクターは、薬剤耐性遺伝子ユニットをPGK-NeoからCAG-bsr(CAGプロモータを持つブラストサイジン耐性遺伝子)に変更し構築した(
図1)。これらのKOベクターを用いると、相同組換えの結果、エクソン2内の980位〜1026位(配列番号1においては6614位〜6660位)の47bpが欠失し、この部分に薬剤耐性遺伝子ユニットが挿入された変異型アレルが生じる(
図1)。
【0034】
3.ブタ胎子由来線維芽細胞へのKOベクターの導入および選別培養
ブタ胎子由来線維芽細胞(#T6-12株またはRAG-1ヘテロKO株)を150平方cm培養フラスコ(グライナー社製)中で10%FCS(牛胎児血清)を含むMEMα培地(インビトロジェン社製)中で培養し、コンフルエント状態になった細胞を使用した。
【0035】
ベクター遺伝子の導入はエレクトロポレーション法により行った。手順は次のとおりである。コンフルエント状態の細胞を、リン酸緩衝塩溶液(PBS)で洗浄後、0.05%トリプシン-EDTA/PBS溶液(インビトロジェン社製)を使用し分散化し、1500回転/分の遠心操作により回収した。1x 10
7細胞/750 μl PBSに調整後、5 μgのpRAG-KOn(またはpRAG-KOb)ベクター(あらかじめ制限酵素XhoI(タカラバイオ社製)消化により直線化する)を添加し、氷中に10分間静置した。氷冷したエレクトロポレーション用キュベット(BIO-RAD社製)に細胞・pRAG-KOn(またはpRAG-KOb)ベクター混合液を入れ、ジーンパルサー遺伝子導入装置(BIO-RAD社製)で導入操作を実施した(220V, 950 μF)。荷電後、氷中に10分間静置した。続いて、24 mlの培養用培地(10% FCS添加MEM・培地)に細胞をケン濁し、6穴細胞培養プレート(グライナー社製)(1ml/穴)2枚に播種しインキュベーター(サンヨー社製)(37℃、5%, CO2/95%空気)内で培養した。
【0036】
48時間培養後、細胞をリン酸緩衝塩溶液(PBS)で洗浄し、0.05%トリプシン−EDTA処理(5分)し培養プレートより細胞を剥がし、0.4 mg/ml(最終濃度) ネオマイシン(G418:商品名 Geneticin,インビトロジェン社製)+20 μMガンシクロビル(GCV)(ナカライテスク社)添加培地中にけん濁し、48穴細胞培養プレート(400 μl/穴)(グライナー社製)16枚に播き直し選別培養を行った。
【0037】
pRAG-KObベクターを使用したホモKO細胞株樹立においては、10 μg/ml(最終濃度) ブラストサイジンS(BS)(InvivoGen社製)+0.4 mg/ml(最終濃度) G418+20 μM GCV添加培地を選別培養に使用した。
【0038】
播き直し後、10日目前後になると増殖した薬剤耐性細胞コロニーが確認できた。顕微鏡下でコロニーの存在する穴(ウエル)を確認し、前述のトリプシン処理により細胞を剥がし48穴細胞培養プレートに二等分して培養を継続した。24〜48時間後、二等分した一方を使用しKO判定のためのPCR解析(後述)を実施した。PCR解析によりKOと判定された細胞株は、細胞増殖に従い、12穴細胞培養プレート(グライナー社製)、25 cm
2培養フラスコ(グライナー社製)、75 cm
2培養フラスコ(グライナー社製)へとスケールアップ継代し、最終的に細胞を回収し凍結保存した。
【0039】
4.PCR解析によるRAG-1遺伝子KO細胞株の判定
KO判定に使用する48穴細胞培養プレートの各穴(ウエル)にDNA抽出バッファー(10 mM Tris-HCl(pH 8.5)、50 mM KCl、2 mM MgCl
2、0.45% NP-40、0.45% Tween-20、100 μg/ml(最終濃度)Proteinase K(ナカライテクス社製))を50 μl添加し溶解し、0.2mlマイクロチューブに回収した。その後、55℃で60分間インキュベートし、さらに99℃で10分間インキュベートした。インキュベート終了後、DNAサンプルは4℃で保持し、PCR解析に使用した。
【0040】
PCRは1サンプル当たり、テンプレート(DNA抽出サンプル)5 μl、anti-Taq high用10×PCR buffer(TOYOBO社製)2.5 μl、センスプライマー(10 pmoles/μl)0.25 μl、アンチセンスプライマー(10 pmoles/μl)0.25 μl、dNTP mixture (2 mM each) 2 μl、anti-Taq high(TOYOBO社製)+rTaq DNAポリメラーゼ(TOYOBO社製)混合液0.25 μl、滅菌蒸留水にて計25 μlになるように調整し実施した。
【0041】
ヘテロKO判定に用いたプライマーの塩基配列は次の通りである。プライマー1(P1):TAGTACTTGGACTGCCTGGC(配列番号9)、プライマー2(P2):GGCATGCATCGATAGATCTCG(配列番号10)。ホモKO判定には、プライマー2の代わりにプライマー3(P3):GGTCCCTCGAAGAGGTTCACTAG(配列番号11)を使用した。また、KO細胞株の詳細なPCR解析には、プライマー4(P4):GGTGGAGAGGAGCTCAGC(配列番号12)を使用し実施した(
図1)。PCRの反応条件は、95℃3分を1回、95℃1分-57℃1分-72℃2分を35回、72℃5分を1回とした。
【0042】
5.採卵豚の発情同期化
体内成熟卵子の採取にはデュロック種(D)又は大ヨークシャー種(W)の雌ブタを用いた。体内成熟卵子を採取するため、150日〜195日齢の春期発動前の雌ブタでは、eCG(ピーメックス、エール薬品)を1500IU投与し、その72時間後にhCG(プペローゲン、日本全薬工業)を1000IU投与することによって発情の同期化を行ない、体内成熟卵子を採取した。春期発動後の雌ブタ(成長に伴い自然に春期発動した個体及び上記のホルモン処置により人為的に発情誘起した個体の両者を含む)については、人工流産・偽妊娠誘起・離乳の3通りの方法を用いて体内成熟卵子を採取した。人工流産法は、予め人工授精した雌ブタに人工授精後25〜60日にPGF2α類縁体クロプロステロール約0.2mg(レジプロンS、あすか製薬)を筋肉内投与した。その24時間後に、同様にPGF2α類縁体クロプロステロールを注射し、同時にeCGを1500IU筋肉内投与した。PGF2α類縁体とeCG投与後72時間にhCG 1000IUを投与した。偽妊娠誘起法は発情確認後9〜13日に1回偽妊娠誘起剤20mg(オバホルモンデポー筋注、あすか製薬)を投与し(Reprod Biol Endocrinol. 9:157. 2011)、偽妊娠剤投与後15〜40日後にPGF2α類縁体クロプロステロール約0.2mg(レジプロンS、あすか製薬)を筋肉内投与した。PGF2α類縁体クロプロステロール投与後の処置は上記の人工流産法と同様の方法で行った。離乳による発情の同期化は、授乳豚を離乳(子豚を引き離す)させると通常4〜7日後に発情が起こるので、その発情回帰を利用した方法である。妊娠した試験対象豚を分娩させ、一定期間(15〜35日程度)授乳させた後、子豚を引き離して離乳させた。この離乳時にeCG 1500IUを投与し、その72時間後にhCG 1000IUを投与した。いずれの雌ブタも、hCG投与44〜47時間後に全身麻酔下で子宮、卵巣、卵管を摘出した。
【0043】
6.体内成熟卵子の回収
灌流液(0.1%ウシ血清アルブミン(Sigma)添加PBS(−)(TAKARA)+抗生物質)で卵管を灌流し、排卵された体内成熟卵子を採取した。得られた卵子は0.1%ヒアルロニダーゼ(Sigma)を含む灌流液で卵丘細胞を裸化し、その後ヒアルロニダーゼを含まない灌流液で2〜3回洗浄した。灌流液で洗浄後、除核操作に供試するまでPZM-3液(Biol Reprod. 66:112-119. 2002)を用いてインキュベーター(38.5℃、5%CO
2、5%O
2、90%N
2)下で保存した。
【0044】
7.除核操作
採卵した未受精卵子を5μg/ml濃度のサイトカラシンB(Sigma)を含むPZM-3液に移し、15分以上処理した後、同様のサイトカラシンB添加PZM-3液ドロップ内で除核操作を行った。ピエゾマイクロマニピュレーター(プライムテック株式会社製)に取り付けた除核用ピペット(外径25μm、先端45度、プライムテック株式会社製)により、第一極体ごと細胞質を1/4〜1/3量程吸引除去した。細胞質吸引後、除核卵子をサイトカラシンB不含のPZM-3液に移し、3回洗浄を行った。その後、ドナー核の注入操作までPZM-3液ドロップに移し、インキュベーター内で培養した。
【0045】
8.ドナーRAG-1遺伝子KO体細胞の準備
前述のPCR解析によりRAG-1遺伝子がKOされていると判定された雄ブタ胎仔線維芽細胞コロニー(
図2:#51-2、#95-2)を核移植のドナー細胞として用いた。培養液には10%FCSを添加したDMEM又はMEMα(インビトロジェン)を用い、継代回数は1〜4回の細胞を用いた。ドナー細胞は、コンフルエント状態から培地交換を行わず2〜8日間放置又は核移植日の2〜3日前に培養液を0.05%FCS添加DMEM又はMEMαに交換し、細胞周期をG1/G0期に同調した。ドナー細胞は培養液を除去した後にPBS(−)で洗浄し、0.05%トリプシン-EDTA/PBS溶液(インビトロジェン)を加えて細胞を剥離した。剥離した細胞に10%FCS添加DMEM又はMEMαを加えて懸濁し、その後遠心処理(1000rpm、5分)を行った。遠心処理後、上清を除去し、PZM-3液を適量加えて懸濁し、核移植に用いるまで室温で放置した。体細胞核注入操作時に適量の細胞数を注入操作用チャンバーのドロップに加えて使用した。
【0046】
9.ドナー体細胞核の注入操作
ドナー体細胞核の注入操作は除核卵子を含む注入用チャンバーのドロップに適量のドナー細胞を添加して操作した。注入操作には体細胞核注入用ピペット(外径10〜12μm、鈍端、プライムテック株式会社)を用いた。体細胞核注入用ピペットをピエゾマイクロマニピュレーターに取り付ける前に、ピペット後端からフロリナートを充填して使用した。体細胞核注入用ピペットで体細胞を吸引し、数回ピペッティングして細胞膜を破壊後、ホールディングピペットで保定した除核済み卵子細胞質内へ注入した。体細胞核を注入した卵子は活性化処理時間までインキュベーター内で培養した。
【0047】
10.ドナー体細胞核を注入した卵子の活性化処理と体外培養
体細胞核を注入した卵子の活性化には電気活性化装置(NEPAGENE社製)を用いて直流パルス刺激(1.5kV/cm 100μsec×1回)を与えた。チャンバーはステンレスワイヤー電極を用い、電気活性化処理用の溶液には0.05mM CaCl
2、0.1mM MgSO
4、0.02%BSAを含む0.28Mマンニトール溶液を用いた。
【0048】
活性化処理後の卵子は5μg/mlサイトカラシンBを含むPZM-3液で2時間培養し、第2極体の放出抑制処理を行った。その後、PZM-3液2〜3回洗浄後、リプロプレート(機能性ペプチド研究所)に準備したPZM-3液ドロップで体外培養を行い、体外培養後1〜2日目の核移植胚を胚移植に用いた。
11.仮腹豚の発情同期化と胚移植
仮腹豚は5.の採卵豚と同様の方法(人工流産法又は偽妊娠法)を用いて発情の同期化を行った。また、仮腹の発情は採卵した雌ブタより1〜2日遅れるように発情同期化処置を行い、hCG投与後1日目に発情が確認された雌ブタのみを仮腹豚として胚移植に供試した。胚移植はイソフルラン(アボット)・ドルミカム(アステラス製薬)・ドミトール(日本全薬工業)麻酔下で外科的に胚移植を行った。胚移植はPPカテーテル(富士平工業)を卵管に挿入して行った。
【0049】
12.RAG-1遺伝子KOクローン胎仔の採取とPCR解析
単一なRAG-1遺伝子ヘテロKO細胞を得るため、RAG-1遺伝子ヘテロKO細胞株(
図2:#51-2、#95-2)を用いた体細胞核移植操作により妊娠した雌ブタから胎仔を回収した。回収した胎仔は、3.と同様の方法で胎仔線維芽細胞を採取し、ゲノムDNAのPCR解析で陽性であった胎仔細胞をRAG-1遺伝子ホモKO細胞の作出に使用した。同様に、単一なRAG-1遺伝子ホモKO細胞を得るために、RAG-1遺伝子ホモKO細胞株(
図2:#1-11、#1-33、#1-66、#2-84、#3-5、#3-55)を用いた体細胞核移植操作により妊娠した雌ブタから胚移植後36日に同様の方法で胎仔を回収し、胎仔線維芽細胞の採取とゲノムDNAのPCR解析を行った。PCR解析で陽性であったRAG-1遺伝子ホモKO胎仔細胞を用いて核移植と胚移植を行い、RAG-1遺伝子ホモKOブタ産仔を作出した。
【0050】
13.RAG-1遺伝子KO胎仔・新生仔ブタのPCR解析
体細胞核移植操作により作出したRAG-1遺伝子ヘテロKO胎仔およびホモKOブタ胎仔・新生仔ブタのゲノム解析は、各個体の組織片よりゲノムDNA抽出キット(キアゲン社製およびフジフィルム社製)を使用しゲノムDNAを調整し実施した。
【0051】
RAG-1遺伝子ヘテロおよびホモKOブタ胎仔のPCR解析には4.と同様の方法を用いて行った。RAG-1ホモKO新生仔ブタの解析には4.の方法に加え、エクソン2の欠失領域を検出するPCR解析を利用した。用いたプライマーの塩基配列は次の通りである。エクソン2の47bp欠失領域に位置するプライマーc1(Pc1):TTCGCCGACAAAGAAGAAGG(配列番号13)、エクソン2領域に位置するプライマーc2(Pc2、RAG-S0(T)と同じ):GCGATGTGAAGTCAGTGTGC(配列番号4)、およびプライマーc3(Pc3):CTTGCAGCATAGTTCAGAGTTAGG(配列番号14)を使用し実施した(
図3)。PCRの反応条件は、95 ℃3分を1回、95℃ -30秒-57 ℃30秒-72 ℃1分を35回、72 ℃5分を1回とした。
【0052】
14.ブタ末梢血の解析
体細胞核移植操作により妊娠した雌ブタから分娩予定日の1日前に帝王切開によりクローン新生仔ブタを得た。血液を採取後、直ぐに抗凝固剤EDTA2NA加真空採血管(ベノジェクトII、テルモ)へ移し、血液が凝固しないように混合した。血液から末梢血単核球を分離するため、フィコール(免疫生物研究所)上に血液を重層し、遠心処理(1800rpm、20分)後、末梢血単核球が存在する中間層を採取した。必要に応じて塩化アンモニウム溶液による溶血処理を行い、PBS(−)で洗浄後、FACS解析のための抗体染色を行った。成熟T細胞の検出にはPEで標識したマウス抗ブタCD3ε抗体(BECKMAN COULTER)を用いて行った。B細胞受容体及び抗体産生可能なB細胞の検出にはFITCで標識したマウス抗ヒトCD19抗体(affymetrix)を用いて行った。抗体染色はマウス抗ブタCD3ε抗体及びマウス抗ヒトCD19抗体を末梢血単核球に加え、遮光で30分反応させた。その後、PBS(−)で洗浄し、FACS解析装置に流した。尚、比較対照として野生型デュロック種も同様の方法で新生仔ブタの摘出と末梢血の解析を行った。
【0053】
[結果の説明]
1.ブタRAG-1遺伝子ゲノムのクローニングと遺伝子KOベクターの構築
RAG-1遺伝子は免疫系に関連する細胞(B細胞およびT細胞)の分化に必須の遺伝子であり、マウスにおいてKO個体は免疫不全になることが知られていることから(Cell. 68: 869-877. 1992)、実験用動物としての活用も期待されている。
【0054】
RAG-1遺伝子は線維芽細胞では発現していないことから、KOベクターは、ポジティブ-ネガティブ選別タイプのものを構築した(
図1)。構築にあたり、長腕部分はエクソン1、イントロン1、およびエクソン2の一部を含む6.5kbの領域をPCRクローニングして使用し、短腕部分はエクソン2中の1.5kbの領域をPCRクローニングして使用した(
図1)。 ポジティブ選別用薬剤耐性遺伝子としてはPGK-Neo(PGKプロモータによりネオマイシン耐性遺伝子を発現)またはCAG-bsr(CAGプロモータによりブラストサイジン耐性遺伝子)を使用した。また、ネガティブ選別用薬剤耐性遺伝子としてはMC1-TK(MC1プロモータによりヘルペスチミジンキナーゼ遺伝子を発現)を使用した(
図1)。
【0055】
2.RAG-1遺伝子ヘテロKO細胞株樹立
構築したKOベクター(pRAG-KOn)を使用し、雄胎仔に由来する線維芽細胞(#T6-12株)を用いてKO操作を実施した。薬剤耐性株384クローン中、9クローンが、ヘテロKOと判定された(表1)。このヘテロKOと判定された9クローンのうち2クローンにおいては単一のコロニーに由来し、正しい位置で相同組換え反応が起きている細胞が増殖していることが、詳細なPCR解析により示唆された(#51-2および#95-2株)(
図2(a))。
【0056】
【表1】
【0057】
3.RAG-1遺伝子ヘテロKO細胞を用いた核移植由来胎仔のPCR解析
RAG-1遺伝子ヘテロKO細胞コロニー#95-2を用いた計1回の核移植・胚移植の結果、2匹のブタ胎仔を得た(表2)。PCRによる解析は、採取したブタ胎仔2頭からエクソン2に挿入したネオマイシン耐性遺伝子及び遺伝子組換えベクターを示す結果が得られた(
図3)。この結果により、核移植後に発生したクローンブタ胎仔はRAG-1遺伝子ヘテロKOであることが示され、この胎仔から単一なRAG-1遺伝子ヘテロKOブタ胎仔細胞株を樹立した。
【0058】
【表2】
【0059】
4.RAG-1遺伝子ホモKO細胞株樹立
RAG-1遺伝子ホモKO細胞株樹立のために薬剤耐性遺伝子を変更したKOベクター(pRAG-KOb)を構築し、#95-2株をドナー細胞としてクローン化して新たに樹立したヘテロKOブタ胎仔細胞株を用いてRAG-1遺伝子ホモKO細胞株の樹立を行った。薬剤耐性株288クローン中、12クローンが、ホモKOと判定された(表1)。このホモKOと判定された12クローンのうち6クローンにおいては単一のコロニーに由来し、正しい位置で相同組換え反応が起きている細胞が増殖していることが、詳細なPCR解析により示唆された(#1-11, #1-33, #1-66, #2-84, #3-5,および#3-55株)(
図2(b))。
【0060】
5.RAG-1遺伝子ホモKO細胞を用いた核移植由来胎仔のPCR解析
RAG-1遺伝子ホモKO細胞コロニー#3-55を用いた計1回の核移植・胚移植の結果、3匹のブタ胎仔を得た(表3)。PCR解析の結果、回収した胎仔の内1頭からエクソン2に挿入したネオマイシン耐性遺伝子及びブラストサイジン耐性遺伝子、遺伝子組換えベクターが検出された(
図4)。この結果により、核移植後に発生したクローンブタ胎仔はRAG-1遺伝子ホモKOであることが示され、この胎仔から単一なRAG-1遺伝子ホモKOブタ胎仔細胞株を樹立した。
【0061】
【表3】
【0062】
6.RAG-1遺伝子ホモKOブタ胎仔細胞の再核移植と胚移植
作出した細胞由来のクローンブタ胎仔がRAG-1遺伝子ホモKOブタであることがゲノムDNAのPCR解析によって確認できたため(
図4)、そのブタ胎仔線維芽細胞を用いて計4回の核移植・胚移植を実施した(表4)。その結果、3頭の仮親が妊娠し、そのうち2頭の仮親から2頭のクローン新生仔ブタを得た。
【0063】
【表4】
【0064】
7.RAG-1遺伝子ホモKO新生仔ブタのPCR解析
体細胞核移植操作により作出したRAG-1遺伝子ホモKO新生仔ブタより調製したゲノムDNAを使用し、RAG-1遺伝子KO状況を確認した(
図5、
図6)。前述の方法によりPCR解析をした結果、エクソン2に挿入したネオマイシン耐性遺伝子及びブラストサイジン耐性遺伝子、遺伝子組換えベクターが示された(
図5)。さらに、RAG-1遺伝子エクソン2の47bp欠失領域に位置するプライマーを使用することにより、作出した新生仔ブタはRAG-1遺伝子が失活(KO)状態にあることが確認できた(
図6:-/-)。この結果により、体細胞核移植操作後に摘出されたクローン新生仔ブタはRAG-1遺伝子ホモKO状態であることが示された。
【0065】
8.RAG-1遺伝子ホモKO新生仔ブタの観察
得られたRAG-1遺伝子ホモKO新生仔ブタを観察したところ、RAG-1遺伝子ホモKO新生仔ブタは野生型新生仔ブタと比較すると毛色の変化及び毛量の減少がみられた。すなわち、野生型新生仔ブタは褐色の剛毛であるが、RAG-1遺伝子ホモKO新生仔ブタは毛色が無色で毛量が少なく、野生型よりも柔らかい毛質を有していた。これはRAG遺伝子欠損マウスではみられない症状であるため、RAG遺伝子欠損ブタ特有のものと考えられ、RAG遺伝子欠損ブタの判別に利用できる。さらに、RAG-1遺伝子ホモKOブタにおける毛色の欠色および毛量の低下は、通常のブタと比べて同種および異種の移植試験や薬剤の塗布試験が容易になるだけでなく、その後の皮膚・皮下組織および組織移植片等の評価をし易くする利点がある。
【0066】
9.RAG-1遺伝子ホモKO新生仔ブタの末梢血単核球の解析
野生型新生仔ブタの末梢血単核球を成熟T細胞、B細胞受容体及び抗体産生可能なB細胞を検出するFACS解析によって検出したところ、末梢血単核球中に約45%のCD3陽性T細胞とIgM陽性(CD19陽性)B細胞が検出された(
図7:Rag+/+)。一方、RAG-1遺伝子ホモKO新生仔ブタの末梢血単核球ではCD3陽性T細胞およびIgM陽性(CD19陽性)B細胞が0.1%以下となっており、RAG-1遺伝子ホモKO新生仔ブタではこれらのT細胞およびB細胞が欠損していることが確認された(
図7:Rag-/-)。このことから、得られたRAG-1遺伝子ホモKOブタはCD3陽性T細胞およびIgM陽性B細胞が欠如した常染色体劣性遺伝型のT細胞陰性B細胞陰性重症複合免疫不全症(T−B−SCID)を呈することを示した。これはRAG-1遺伝子ホモ欠損型マウスやヒトにおけるRAG-1遺伝子機能不全症と同様の症状である。また、マウスにおいてRAG-2遺伝子ホモ欠損型はRAG-1遺伝子ホモ欠損型と同様の症状がみられることが知られており(Cell. 68:855-867. 1992, Cell. 68:869-877. 1992)、ヒトにおいてもRAG-2遺伝子機能不全によってT細胞陰性B細胞陰性重症複合免疫不全症(T−B−SCID)を呈することが知られているため、RAG-2遺伝子ホモKOブタもRAG-1遺伝子ホモKOと同様の症状を示すことが予想できる。