特許第5772338号(P5772338)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5772338軟質希薄銅合金線、軟質希薄銅合金板及び軟質希薄銅合金撚線
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5772338
(24)【登録日】2015年7月10日
(45)【発行日】2015年9月2日
(54)【発明の名称】軟質希薄銅合金線、軟質希薄銅合金板及び軟質希薄銅合金撚線
(51)【国際特許分類】
   C22C 9/00 20060101AFI20150813BHJP
   C22F 1/08 20060101ALI20150813BHJP
   C22F 1/00 20060101ALI20150813BHJP
【FI】
   C22C9/00
   C22F1/08 C
   C22F1/00 601
   C22F1/00 623
   C22F1/00 625
   C22F1/00 630A
   C22F1/00 661A
   C22F1/00 681
   C22F1/00 694B
【請求項の数】5
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2011-160356(P2011-160356)
(22)【出願日】2011年7月21日
(65)【公開番号】特開2013-23736(P2013-23736A)
(43)【公開日】2013年2月4日
【審査請求日】2014年2月28日
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100074631
【弁理士】
【氏名又は名称】高田 幸彦
(72)【発明者】
【氏名】佐川 英之
(72)【発明者】
【氏名】青山 正義
(72)【発明者】
【氏名】黒田 洋光
(72)【発明者】
【氏名】鷲見 亨
(72)【発明者】
【氏名】藤戸 啓輔
【審査官】 静野 朋季
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−265511(JP,A)
【文献】 特開2011−111634(JP,A)
【文献】 特開昭63−310929(JP,A)
【文献】 特開平07−090430(JP,A)
【文献】 特開平06−192768(JP,A)
【文献】 特開昭64−011931(JP,A)
【文献】 特開昭63−109130(JP,A)
【文献】 特開2006−274384(JP,A)
【文献】 特開2008−255417(JP,A)
【文献】 特開2011−179110(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/096576(WO,A1)
【文献】 特開2008−182171(JP,A)
【文献】 特開2000−067642(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 9/00−9/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
4mass ppm〜55mass ppmのTiである添加元素と、2mass ppm〜12mass ppmの硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素とを含み、残部が銅であり、1100℃以上1320℃以下の溶銅温度で溶湯にした銅溶湯に前記Tiを添加し、前記Tiが添加された銅溶湯からワイヤロッドを作製した後、最初の圧延ロールでの温度を880℃以下、最終圧延ロールでの温度を550℃以上に制御して前記ワイヤロッドに熱間圧延加工を施す工程を経て製造された軟質希薄銅合金材料からなる軟質希薄銅合金線の表面から内部に向けて少なくとも線径の20%の深さまでの平均結晶粒サイズが20μm以下であり、引張り強さが210MPa以上、伸び率が15%以上及びビッカース硬さが65Hv以下であることを特徴とする軟質希薄銅合金線。
【請求項2】
請求項において、導電率が98%IACS以上であることを特徴とする軟質希薄銅合金線。
【請求項3】
4mass ppm〜55mass ppmのTiである添加元素と、2mass ppm〜12mass ppmの硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素とを含み、残部が銅であり、1100℃以上1320℃以下の溶銅温度で溶湯にした銅溶湯に前記Tiを添加し、前記Tiが添加された銅溶湯からワイヤロッドを作製した後、最初の圧延ロールでの温度を880℃以下、最終圧延ロールでの温度を550℃以上に制御して前記ワイヤロッドに熱間圧延加工を施す工程を経て製造された軟質希薄銅合金材料からなる軟質希薄銅合金板の表面から内部に向けて少なくとも板厚の20%の深さまでの平均結晶粒サイズが20μm以下であり、引張り強さが210MPa以上、伸び率が15%以上及びビッカース硬さが65Hv以下であることを特徴とする軟質希薄銅合金板。
【請求項4】
請求項において、導電率が98%IACS以上であることを特徴とする軟質希薄銅合金板。
【請求項5】
請求項1又は2に記載の軟質希薄銅合金線を複数本撚り合わせて形成したことを特徴とする軟質希薄銅合金撚線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高い導電性を備え、かつ軟質材においても高い引張り強さ及び伸び率を有し、かつ硬さが小さい新規な軟質希薄銅合金線、軟質希薄銅合金板及び軟質希薄銅合金撚線に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の科学技術においては、動力源としての電力や、電気信号など、あらゆる部分に電気が用いられており、それらを伝達するためにケーブルやリード線が用いられ、又、電子部品の分野などでは、ボンディングワイヤなどの導線が用いられている。そして、その導線に用いられている素材としては、銅、銀、金などの比較的導電率の高い金属が用いられ、とりわけ、コスト面などを考慮し、銅線が多く用いられている。
【0003】
銅と一括りにする中にも、その分子の配列などに応じて、大きく分けて、硬質銅と軟質銅とに分けられる。そして利用目的に応じて所望の性質を有する種類の銅が用いられている。
【0004】
例えば、医療機器、産業用ロボット、ノート型パソコンなどの電子機器などに用いられるケーブルは、過酷な曲げ、ねじれ、引張りなどが組み合わさった外力が繰り返し負荷される環境下で使用されているため、硬直な硬質銅線は不適格であり、軟質銅線が用いられている。また、ボンディングワイヤの製品の中には、チップのアルミパッドへのダメージを少なくするために、ビッカース硬さ(以下「硬さ」という)の小さい材料が好まれる。
【0005】
このような用途に使用される導線には、導電性が良好(高導電率)で、かつ、引張り強さや伸び率が高く、更には硬さが小さいという相反する特性が求められ、今日までに、高導電性及び引張強さ、伸び率を維持しながら硬さの小さい銅材料の開発が進められている。
【0006】
特許文献1に係る発明には、引張強さ、伸び率及び導電率が良好な耐屈曲ケーブル用導体に関し、特に純度99.99mass%以上の無酸素銅に、純度99.99mass%以上のインジウムを0.05〜0.70mass%、純度99.9mass%以上のPを0.0001〜0.003mass%の濃度範囲で含有させてなる銅合金を線材に形成した耐屈曲ケーブル用導体について記載されている。
【0007】
特許文献2に係る発明には、インジウムが0.1〜1.0mass%、硼素が0.01〜0.1mass%、残部が銅である耐屈曲性銅合金線について記載されている。
【0008】
特許文献3に係る発明には、99.999mass%以上の高純度銅に不可避不純物のS及びAgを2ppm以下とし、不可避不純物の全量を10ppm以下とすることにより、半導体装置のボンデングワイヤに適した伸び率、引張強さ及び導体素材の硬さを有する半導体装置用ボンデングワイヤについて記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2002−363668号公報
【特許文献2】特開平9−256084号公報
【特許文献3】特開昭61−224443号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、特許文献1に係る発明は、あくまでも硬質銅線に関する発明であり、引張強さ、伸び率及び硬さの小ささに優れる軟質銅線についての検討はなされていない。また、添加元素の種類として、Ti、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn及びCrが示されていないし、添加元素としてのS及びAgの含有量が多いため、導電性が低下してしまう。
【0011】
また、特許文献2に係る発明は、軟質銅線に関する発明であるが、特許文献1に係る発明と同様に、添加元素の種類として、Ti、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn及びCrが示されていないし、添加元素としてのIn及びBの含有量が多いため、導電性が低下してしまう。また、引張強さ、伸びとの関係で硬さの小ささに優れる軟質銅線についての検討はなされていない。
【0012】
一方で、原料となる銅材料として無酸素銅(OFC)などの高導電性銅材を選択することで高い導電性を確保することが考えられる。
【0013】
しかしながら、この無酸素銅(OFC)を原料とし、導電性を維持すべく他の元素を添加せずに使用した場合には、銅荒引線の加工度をあげて伸線することにより無酸素銅線内部の結晶組織を細かくすることによって高い引張強さと伸びを両立させるとする考え方も有効かもしれないが、この場合には、伸線加工による加工硬化により硬質線材としての用途には適しているが、軟質線材への適用ができないという問題がある。
【0014】
また、特許文献3に係る発明は、導体素材の硬さを低減することが記載されているものの、その導体素材を伸線加工及び焼鈍処理をした後の導体自身において、その硬さが小さく軟質の特性を維持しながら高い伸び特性及び引張強度を兼ね備える銅導体を実現するには至っておらず、未だ改善の余地がある。
【0015】
本発明の目的は、高い導電性を備え、かつ軟質材においても高い引張り強さ、伸びを有し、かつ硬さが小さい軟質希薄銅合金線、軟質希薄銅合金板及び軟質希薄銅合金撚線を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明は、Ti、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn及びCrからなる群から選択された添加元素とを含み、残部が銅である軟質希薄銅合金材料からなる軟質希薄銅合金線又は板の表面から内部に向けて線径又は板厚の20%の深さまでの平均結晶粒サイズが20μm以下であることを特徴とする軟質希薄銅合金線、軟質希薄銅合金板及び軟質希薄銅合金撚線のいずれかにある。
【0017】
本発明において、軟質希薄銅合金線、軟質希薄銅合金板及び軟質希薄銅合金撚線のいずれかは、酸素を2mass ppmを超える量含有していること、引張り強さが210MPa以上、伸び率が15%以上及びビッカース硬さが65Hv以下であること、導電率が98%IACS以上であること、特に、4mass ppm〜55mass ppmのTiである前記添加元素と、2mass ppm以上12mass ppm以下の硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素とを含み、残部が銅である軟質希薄銅合金材料からなることが好ましい。
(軟質希薄銅合金材料の構成)
(1)添加元素について
本発明に係る軟質希薄銅合金材料は、Ti、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn、及びCrからなる群から選択された添加元素を含み、残部が銅および不可避的不純物からなる。
【0018】
添加元素として、Ti、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn及びCrからなる群から選択される元素は他の元素と結合しやすい活性元素であり、特にSと結合しやすいためSをトラップすることができ、銅母材のマトリクスを高純度化することができ、1種類又は2種類以上含有させることができる。また、合金の性質に悪影響を及ぼすことのないその他の元素及び不可避不純物を合金に含有させることもできる。
【0019】
更に、後述する好適な実施の形態においては、酸素含有量が2massppmを超え30massppm以下が良好であること、添加元素の添加量及びSの含有量によっては合金の性質を備える範囲において、2massppmを超え400massppm以下を含むことができる。
(2)組成比率について
添加元素として、Ti、Ca、V、Ni、Mn及びCrの1種又は2種以上の合計の含有量は4〜55massppm、より10〜20massppmが好ましく、Mgの含有量は2〜30massppm、より5〜10massppmが好ましく、Zr、Nbの含有量は8〜100massppm、より20〜40massppmが好ましい。
【0020】
また、後述する好適な実施の形態においては、酸素含有量が2massppmを超え30massppm以下が良好であり、より5〜15massppmが好ましく、添加元素の添加量及びSの含有量によっては、合金の性質を備える範囲において、2massppmを超え400massppm以下を含むことができる。
【0021】
Sの含有量は、2〜12mass ppm、より3〜8mass ppmが好ましい。
【0022】
本発明に係る軟質希薄銅合金材料は、導電率98%IACS(万国標準軟銅(International Anneld Copper Standard)以上、抵抗率1.7241×10−8Ωmを100%とした場合の導電率)、好ましくは100%IACS以上、より好ましくは102%IACS以上を満足する軟質型銅材として構成されるのが好ましい。
【0023】
本発明は、導電率が98%IACS以上の軟質銅材を得る場合、ベース素材として不可避的不純物を含む純銅には、3〜12mass ppmの硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素と、4〜55mass ppmのチタンとを含む組み合わせを有する軟質希薄銅合金材料を用い、この軟質希薄銅合金材料からワイヤロッド(荒引き線)又は軟質希薄銅合金板を製造する。
【0024】
ここで、導電率が100%IACS以上の軟質銅材を得る場合には、ベース素材として不可避的不純物を含む純銅には、2〜12mass ppmの硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素と、4〜37mass ppmのチタンとを含む軟質希薄銅合金材料が好ましい。
【0025】
また、導電率が102%IACS以上の軟質希薄銅合金材料は、ベース素材として不可避的不純物を含む純銅には、3〜12mass ppmの硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素と、4〜25mass ppmのチタンとを含む組み合わせが好ましい。
【0026】
通常、純銅の工業的製造において、電気銅を製造する際に硫黄が銅の中に取り込まれるので、硫黄を3mass ppm以下にすることは困難である。汎用電気銅の硫黄濃度の上限は、12mass ppmである。
【0027】
2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素を含有していることから、この実施の形態では、いわゆる低酸素銅(LOC)を対象としている。
【0028】
酸素濃度が2mass ppmより低い場合、銅導体の硬さが低下しにくいので、酸素濃度は2mass ppmを超える量に制御する。また、酸素濃度が高い場合、熱間圧延工程で銅導体の表面に傷が生じやすくなるので、30mass ppm以下に制御する。
(3)結晶組織について
本発明に係る軟質希薄銅合金線及び軟質希薄銅合金板は、結晶組織が線又は板表面から銅導体の内部に向けて線径又は板厚の20%の深さまでの平均結晶粒サイズが20μm以下である。好ましくは、その表面から内部に向けて線径又は板厚に対して5〜20%表層の平均結晶粒サイズが5〜15μmであり、その内部の平均結晶粒サイズが50〜100μmである。
【0029】
結晶が微細、特に表層に微細な結晶が存在することで、材料の引張り強さや伸び率の向上が期待できるためである。この理由として、引張り変形により粒界近傍に導入される局所ひずみが,結晶粒径が微細なほど小さくなり、粒界応力集中の緩和に寄与し、これに伴い、粒界応力集中が低減して粒界破壊が抑制されると考えられるからである。
【0030】
また、本発明において、結晶組織が軟質希薄銅合金線及び軟質希薄銅合金板の表面からその内部に向けて線径又は板厚の20%の深さまでの平均結晶粒サイズが20μm以下とは、本発明の効果を備える限りにおいては、線径又は板の20%深さを越えてより線材の中心部に近い領域に微細結晶層が存在する態様を排除するものではない。
(4)分散している物質について
軟質希薄銅合金材料内に分散している分散粒子のサイズは小さいことが好ましく、また、軟質希薄銅合金材料内に分散粒子が多く分散していることが好ましい。その理由は、分散粒子は、硫黄の析出サイトとしての機能を有するからであり、析出サイトとしてはサイズが小さく、数が多いことが要求されるからである。
【0031】
具体的には、軟質希薄銅合金線及び軟質希薄銅合金板に含まれる硫黄及び添加元素のチタンは、TiO、TiO2、TiS、若しくはTi−O−S結合を有する化合物又はTiO、TiO2、TiS、若しくはTi−O−S結合を有する化合物の凝集物として含まれ、残部のTi及びSが固溶体として含まれる。尚、他の添加元素についてもチタンと同様である。
【0032】
分散粒子の形成及び分散粒子への硫黄の析出は、銅母材のマトリックスの純度を向上させ、導電率の向上や材料硬さの低減に寄与する。
(5)軟質希薄銅合金材料の硬さ、伸び及び引張強さについて
本発明に係る軟質希薄銅合金材料には、引張り強さと伸び率のバランスに優れることが求められる。この理由として、例えば、伸び率の値が同じ導体である場合、引張強さが高いことにより、屈曲やねじりなどの応力付加による断線の発生を低く抑えることができるからである。更に、引張強さと伸びに加え、やわらかさを兼ね備えた軟質希薄銅合金材料を、例えばボンディングワイヤに適用した場合、ボンディングパッドとしてのAl配線膜や、或いはその下のSi半導体チップにダメージを小さく抑えることができ、更に、ワイヤ自体の引張強さや伸びが大きいと、適正なワイヤーループを保持することが容易となったり、ボンディング接続部におけるボールとワイヤ境界のネック切れ不良や、ボンディングの際に、ボンディング部へワイヤを供給するときのワイヤ切れ不良などの発生を抑制することができるためである。
【0033】
通常、引張強さ(の高さ)と伸び(の高さ)、硬さ(やわらかさ)はトレードオフの関係になるため、これらの特性をバランスよく併せ持つことが望まれる。ここで硬さとは、材料におけるビッカース硬度を意味する。
【0034】
本発明に係る軟質希薄銅合金材料の引張強さ、伸び率、硬さのバランスは、製品により要求される仕様は多少異なるが、一例として銅ボンディングワイヤ用の導体については、本発明によると、引張強さを重視する場合、引張強さ270MPa以上、伸び率7%以上、硬さ65Hv以下の導体が供給可能であり、また、硬さの小ささを重視する場合には、引張強さ210MPa〜270MPa未満、伸び率15%以上、硬さ63Hv以下の導体の供給が可能である。
【0035】
また、本発明に係る軟質希薄銅合金材料は、焼鈍処理を施した無酸素銅線と同じ或いはそれ以上の伸び率を有し、かつ、引張強さの値が無酸素銅線に比べて2MPa以上高い値を有することが望ましい。
(軟質希薄銅合金材料の製造方法)
本発明に係る軟質希薄銅合金線、軟質希薄銅合金板の製造方法は以下のとおりである。例として、Tiを添加元素に選択した場合を説明する。
【0036】
先ず、軟質希薄銅合金線、軟質希薄銅合金板の原料としてのTiを含む軟質希薄銅合金材料を準備する(原料準備工程)。次に、この軟質希薄銅合金材料を1100℃以上1320℃以下の溶銅温度で溶湯を形成する(溶湯製造工程)。次に、溶湯からワイヤロッドを作製する(ワイヤロッド作製工程)。続いて、ワイヤロッドに880℃以下550℃以上の温度で熱間圧延を施す(熱間圧延工程)。更に、熱間圧延工程を経たワイヤロッドに伸線加工及び熱処理を施す(伸線加工、熱処理工程)。熱処理方法としては、管状炉を用いた走行焼鈍や、抵抗発熱を利用した通電焼鈍などが適用できる。その他、バッチ式の焼鈍も可能である。これにより、本発明に係る軟質希薄銅合金材料が製造される。
【0037】
また、軟質希薄銅合金線、軟質希薄銅合金板の製造には、2mass ppm以上12mass ppm以下の硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素と、4mass ppm以上55mass ppm以下のチタンとを含む軟質希薄銅合金材料を用いる。
【0038】
本発明者は、銅導体の硬度の低下と、銅導体の導電率の向上とを実現すべく、以下の二つの方策を検討した。そして、以下の二つの方策を銅ワイヤロッドの製造に併せ用いることで、本発明に係る軟質希薄銅合金線、軟質希薄銅合金板を得ることができる。
【0039】
まず、第1の方策は、酸素濃度が2mass ppmを超える量の純銅に、チタン(Ti)を添加した状態で、銅の溶湯を作製することである。この銅溶湯中においては、TiSとチタンの酸化物(例えば、TiO)とTi−O−S粒子とが形成されると考えられる。
【0040】
次に、第2の方策は、銅中に転位を導入することにより硫黄(S)の析出を容易にすることを目的として、熱間圧延工程における温度を通常の銅の製造条件における温度(つまり、950℃〜600℃)より低い温度(880℃〜550℃)に設定することである。このような温度設定により、転位上へのSの析出、又はチタンの酸化物(例えば、TiO)を核としてSを析出させることができる。
【0041】
以上の第1の方策及び第2の方策により、銅に含まれる硫黄が晶出すると共に析出するので、所望の軟質特性と所望の導電率とを有する銅ワイヤロッドを冷間伸線加工後に得ることができる。
【0042】
本発明に係る軟質希薄銅合金線、軟質希薄銅合金板は、SCR連続鋳造設備を用い、表面の傷が少なく、製造範囲が広く、安定生産が可能である。
【0043】
SCR連続鋳造圧延により、鋳塊ロッドの加工度が90%(30mm)〜99.8%(5mm)でワイヤロッドを作製する。一例として、加工度99.3%でφ8mmのワイヤロッドを製造する条件を採用する。
【0044】
溶解炉内での溶銅温度は1100℃以上1320℃以下に制御することが好ましい。溶銅の温度は、高いとブローホールが多くなり、傷が発生すると共に粒子サイズが大きくなる傾向にあるので、1320℃以下に制御する。また、溶銅の温度を1100℃以上に制御する理由は、銅が固まりやすく、製造が安定しないことが理由であるものの、溶銅温度は可能な限り低い温度が望ましい。
【0045】
熱間圧延加工の温度は、最初の圧延ロールにおける温度を880℃以下に制御すると共に、最終圧延ロールでの温度を550℃以上に制御することが好ましい。
【0046】
これらの鋳造条件は、通常の純銅の製造条件と異なり、溶銅中での硫黄の晶出及び熱間圧延中における硫黄の析出の駆動力である固溶限をより小さくすることを目的としているものである。
【0047】
また、通常の熱間圧延加工における温度は、最初の圧延ロールにおいて950℃以下、最終圧延ロールにおいて600℃以上であるが、固溶限をより小さくすることを目的として、本発明では、最初の圧延ロールにおいて880℃以下、最終圧延ロールにおいて550℃以上に設定することが望ましい。
【0048】
なお、最終圧延ロールにおける温度を550℃以上に設定する理由は、550℃未満の温度では得られるワイヤロッドの傷が多くなり、製造される銅導体を製品として扱うことができないからである。熱間圧延加工における温度は、最初の圧延ロールにおいて880℃以下の温度、最終圧延ロールにおいて550℃以上の温度に制御すると共に、可能な限り低い温度であることが好ましい。このような温度設定にすることで、軟質希薄銅合金線、軟質希薄銅合金板のマトリックスの純度が向上し、導電率の向上や硬さの低減を図ることができる。
【0049】
ベース材の純銅は、シャフト炉で溶解された後、還元状態で樋に流すことが好ましい。すなわち、還元ガス(例えば、COガス)雰囲気下において、希薄合金の硫黄濃度、チタン濃度及び酸素濃度を制御しつつ鋳造すると共に、材料に圧延加工を施すことにより、ワイヤロッドを安定的に製造することが好ましい。なお、銅酸化物が混入すること、及び/又は粒子サイズが所定サイズより大きいことは、製造される銅導体の品質を低下させる。
【0050】
以上より、伸び特性、引張強さ、ビッカース硬さのバランスの良い軟質希薄銅合金材料を、本発明に係る軟質希薄銅合金線、軟質希薄銅合金板の原料として得ることができる。
【0051】
なお、軟質希薄銅合金材料の表面にめっき層を形成することもできる。めっき層は、例えば、パラジウム、亜鉛、ニッケル、金、白金、銀等の貴金属を主成分とする材料、又はPbフリーめっきを用いることができる。更に、軟質希薄銅合金材料の形状は特に限定されず、断面丸形状、棒状、又は平角導体上にすることができる。
【0052】
また、本発明では、SCR連続鋳造圧延法によりワイヤロッドを作製すると共に、熱間圧延にて軟質材を作製することができるが、双ロール式連続鋳造圧延法又はプロペルチ式連続鋳造圧延法を採用することもできる。
【発明の効果】
【0053】
本発明によれば、Ti等の特定の添加元素を含み残部が銅からなる軟質希薄銅合金材料において、結晶組織が表面から線径又は板厚の20%の深さまでの平均結晶粒サイズが20μm以下であることから、表層の結晶粒の微細化により高い引張り強さと伸び率を有し、更には、軟らかさ(硬さの小ささ)を両立できる希薄銅合金線、軟質希薄銅合金板及び軟質希薄銅合金撚線を提供でき、多種多様な製品分野に提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0054】
図1】試料の表層における平均結晶粒サイズの測定方法について説明するための図である。
図2】実施材1及び比較材1の異なる焼鈍温度と伸び率との関係を示す図である。
図3】実施材1の焼鈍温度500℃における径方向の断面写真を示す図である。
図4】実施材1の焼鈍温度700℃における径方向の断面写真を示す図である。
図5】比較材1の焼鈍温度500℃における径方向の断面写真を示す図である。
図6】実施材2及び比較材2の伸び率と引張強さとの関係を示す図である。
図7】実施材2及び比較材2の伸び率と硬さとの関係を示す図である。
図8】実施材2及び比較材2の引張強さと硬さとの関係を示す図である。
図9】直径0.05mmの比較材2の幅方向の断面写真を示す図である。
図10】直径0.05mmの実施材2の幅方向の断面写真を示す図である。
図11】表層における平均結晶粒サイズの測定方法の概要図である。
図12】直径0.26mmの実施材3の幅方向の断面写真を示す図である。
図13】直径0.26mmの比較材3の幅方向の断面写真を示す図である。
図14】直径0.26mmの実施材4の幅方向の断面写真を示す図である。
図15】直径0.26mmの比較材4の幅方向の断面写真を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0055】
以下、本発明の実施の形態を説明するが、以下に記載した実施の形態は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではない。また、以下の実施の形態の中で説明した特徴の組合せの全てが発明の課題を解決するための手段に必須であるとは限らない点に留意すべきである。
【実施例1】
【0056】
[軟質希薄銅合金材料の製造]
実験材として、低酸素銅(酸素濃度7massppm〜8mass ppm、硫黄濃度5mass ppm)に、チタン濃度13mass ppmを含有するφ8mmの銅線(ワイヤロッド、加工度99.3%)を作製した。φ8mmの銅線は、SCR連続鋳造圧延法(South Continuous Rod System)により、熱間圧延加工が施され作製されたものである。Tiは、シャフト炉で溶解された銅溶湯を還元ガス雰囲気で樋に流し、樋に流した銅溶湯を同じ還元ガス雰囲気の鋳造ポットに導き、この鋳造ポットにて、Tiを添加した後、ノズルを通して鋳造輪と無端ベルトとの間に形成される鋳型にて鋳塊ロッドを作成した。この鋳塊ロッドを熱間圧延加工してφ8mmの銅線を作成した。次に、各実験材に冷間伸線加工を施した。これにより、φ2.6mmサイズの軟質希薄銅合金線を作製し、その特性を検証した。
[軟質希薄銅合金線の軟質特性について]
表1は、無酸素銅線を用いた比較材1と、低酸素銅に13mass ppmのTiを含有した軟質希薄銅合金線を用いた実施材1とを、異なる焼鈍温度で1時間の焼鈍を施したもののビッカース硬さ(Hv)を検証した表である。表1によると、焼鈍温度が400℃のときに比較材1と実施材1とのビッカース硬さ(Hv)は同等レベルとなり、焼鈍温度が600℃でも同等のビッカース硬さ(Hv)を示している。このことから、本発明の軟質希薄銅合金線は十分な軟質特性を有するとともに、無酸素銅線と比較しても、特に焼鈍温度が400℃を超える領域においては優れた軟質特性を備えていることがわかる。
【0057】
【表1】
【0058】
[軟質希薄銅合金線の結晶構造について]
2.6mm径である実施材1、比較材1の表層における平均結晶粒サイズを測定した。ここに、表層における平均結晶粒サイズの測定方法は、図1に示すように、2.6mm径の径方向断面の表面から深さ方向に10μm間隔で50μmの深さまでのところの長さ10mmの線上の範囲での結晶粒サイズを測定した夫々の実測値を平均した値を表層における平均結晶粒サイズとした。
【0059】
測定の結果、比較材1の表層における平均結晶粒サイズが100μmであったのに対し、実施材1の表層における平均結晶粒サイズは20μmであった



【0060】
比較材1の結晶構造は、表面部から中央部にかけて全体的に大きさの等しい結晶粒が均一に並んでいるのに対し、実施材1の結晶構造は、試料の断面方向の表面付近に薄く形成されている層における結晶粒サイズが内部の結晶粒サイズに比べて極めて小さくなっていた。
【0061】
本発明の効果を奏するものとして、表層の平均結晶粒サイズの上限値としては、20μm以下とするもので、製造上の限界値から5μm以上のものが好ましい。
[軟質希薄銅合金線の伸び特性と結晶構造との関係について]
図2は、2.6mm径の無酸素銅線を用いた比較材1と2.6mm径の低酸素銅(酸素濃度7mass ppm〜8mass ppm、硫黄濃度5mass ppm)に13mass ppmのTiを添加した軟質希薄銅合金線を用いた実施材1を試料とし、異なる焼鈍温度で1時間の焼鈍を施したものの伸び(%)の値の推移を検証したグラフである。図2に示す丸記号は実施材1を示し、四角記号は比較材1を示す。
【0062】
図2に示すように、比較材1に比して実施材1の方が、焼鈍温度100℃を超え130℃付近から900℃の広い範囲で優れた伸び特性を示すことがわかる。
【0063】
図3は、焼鈍温度500℃における実施材1の銅線の径方向の断面写真を示したものである。この図3をみると、銅線の断面全体において微細な結晶組織が形成されており、この微細な結晶組織が伸び特性に寄与しているものと思われる。これに対し、焼鈍温度500℃における比較材1の断面組織は2次再結晶が進んでおり、図の結晶組織に比して、断面組織中の結晶粒が粗大化しているため、伸び特性が低下したものと考えられる。
【0064】
図4は、焼鈍温度700℃における実施材1の銅線の断面写真を示した図である。銅線の断面における表層の結晶粒サイズが、内部における結晶粒サイズに比べて極めて小さくなっていることがわかる。内部における結晶組織は2次再結晶が進んでいるものの、外層における微細な結晶粒の層は残存している。実施材1は、内部の結晶組織が大きく成長するが、表層に微細結晶の層が残っているため、伸び特性を維持しているものと思われる。
【0065】
図5は、比較材1の径方向の断面組織を示し、表面から中央にかけて全体的に略等しい大きさの結晶粒が均一に並んでおり、断面組織全体において2次再結晶が進行しているため、実施材1に比して比較材1の600℃以上の高温領域における伸び特性は、低下しているものと考えられる。
【0066】
以上の結果により、実施材1を用いた製品では、比較材1に比して、軟らかく、導電率が向上し、且つ伸び特性を向上させることができる。
【0067】
従来の導体では、結晶組織を実施材1のような大きさに再結晶させるためには、高温の焼鈍処理が必要となる。しかし、焼鈍温度が高過ぎると、Sが再固溶してしまう。また、従来の導体では、再結晶させると、軟らかくなり、伸び特性が低下する問題があった。しかし、実施材1では、焼鈍したときに双晶とならずに再結晶できるため、内部の結晶粒が大きくなり、軟らかくなるが、一方で表層は、微細結晶が残っているため、引張強さ及び伸び特性が低下しない特徴がある。このような素材を銅導体に使用することにより、硬さが小さく、高い導電性を有し、伸び特性に優れ、後述する優れた引張強さを備えた銅導体を実現することができる。
【実施例2】
【0068】
[0.05mm径の軟質希薄銅合金線について]
φ2.6mmサイズの銅線を作製するところまでは、上述した軟質希薄銅合金材料の実施例1と同様である。これをφ0.9mmまで伸線加工を施し、通電アニーラにて一旦焼鈍した後、φ0.05mmまで伸線した。
【0069】
このφ0.05mmの材料を通電アニーラにより、通電電圧21〜33V、巻き取り速度500m/minで焼鈍を施し、実施材2の材料とした。比較として、φ0.05mmの無酸素銅(99.99%以上、OFC)も同様の加工熱処理条件で作製し比較材2の材料とした。
【0070】
また別の焼鈍方法として、上記同様に、φ0.9mmからφ0.05mmまで伸線した軟質希薄銅合金材料を、管状炉にて400℃〜600℃×0.8〜4.8秒の走行焼鈍を施し実施材2の材料とした。比較として、φ0.05mmの無酸素銅(99.99%以上、OFC)も同様の加工熱処理条件で作製し比較材2の材料とした。
【0071】
これらの材料の機械的特性(引張強さ、伸び)、硬さ、結晶粒サイズを測定した。表層における平均結晶粒サイズは、0.05mm径の幅方向断面の表面から深さ方向に10μmの深さのところの長さ0.025mmの範囲での結晶粒サイズを測定した。
(銅導体の軟質特性及び伸び、引張強さ)
図6は、無酸素銅線を用いた比較材2に係るワイヤロッドと、低酸素銅に13mass ppmのTiを含有させた軟質希薄銅合金線から作製した実施例2に係るワイヤロッドとについて、φ0.9mm(なまし材)からφ0.05mmまで伸線加工をし、通電アニーラによる焼鈍(電圧21〜33V、巻き取り速度500m/min)をしたあとの断面硬さ(Hv)及び機械的特性(引張強さ、伸び率)を測定した結果である。
【0072】
図7及び図8は、無酸素銅線を用いた比較材2に係るワイヤロッドと、低酸素銅に13mass ppmのTiを含有させた軟質希薄銅合金線から作製した実施材2に係るワイヤロッドとについて、φ0.9mm(なまし材)からφ0.05mmまで伸線加工をし、管状炉による走行焼鈍(温度300℃〜600℃、時間0.8〜4.8秒)をしたあとの断面硬さ(Hv)及び機械的特性(引張強さ、伸び)を測定した結果である。
【0073】
断面硬さは、樹脂中に埋め込んだφ0.05mmワイヤの横断面を研磨し、ワイヤ中央部のビッカース硬さを測定することで評価した。測定数はn=5であり、その平均値とした。
【0074】
引張り強さと伸びの測定は、φ0.05mmワイヤを標点距離100mm、引張り速度20mm/minの条件で引張り試験を行うことにより評価した。材料が破断するときの最大の引張応力が引張強さであり、材料が破断するときの最大の変形量(ひずみ)を伸びとした。
【0075】
図7に示すように、ほぼ同じ伸び率で比較した場合、実施材2の引張強さは、比較材2よりも15MPa以上大きいことがわかる。無酸素銅との比較で、伸びを低下させることなく、引張強さを高くできることで、例えば、実施材2の銅導体は、無酸素銅を使用する導体に比して、応力付加による断線の発生を低減させることができる。
【0076】
表2は、図7に示す評価結果のうち、実施材2と比較材2とで硬さがほぼ同等になる条件のデータを抜粋し比較した結果を示す。表の上段は、実施材2に係るワイヤロッドを、φ0.9mm(なまし材)からφ0.05mmまで伸線加工をし、管状炉中を400℃×1.2秒間走行焼鈍したときの機械的特性及び硬さを示したものである。同じく表の下段の比較材2に係るワイヤロッドを、φ0.9mm(なまし材)からφ0.05mmまで伸線加工をし、管状炉中を600℃×2.4秒間走行焼鈍したときの機械的特性及び硬さを示したものである。
【0077】
【表2】
【0078】
表2に示すように、同じ硬さの材料であっても、実施材2の伸びは、比較材2よりも7%以上も高いため、例えば、ボンディングワイヤとして使用した場合、ワイヤボンディング時の接続信頼性やハンドリング特性の向上に大きく寄与できる。また、同じ硬さでありながら無酸素銅を使用するボンディングワイヤに比して、引張強さが高いため、接続部(ボールネック部)の強度信頼性に大きく寄与できる。
【0079】
ここでのワイヤボンディング部の接続信頼性とは、ワイヤボンディング後に樹脂モールドした後、銅ワイヤと樹脂材との熱膨張差により発生する応力に対する耐性のことである。また、ハンドリング性とは、ワイヤスプールからボンディング部へワイヤを供給する際の応力に対する耐性、その他、巻きぐせのつきにくさのことである。
【0080】
次に、図8よると、ほぼ同じ引張強さで比較した場合、実施材2の硬さは、比較材2よりも10Hvほど小さいことがわかる。引張強さを低下させることなく、硬さを小さくできることで、例えば、実施材2の導体をボンディングワイヤとして使用した場合、ボンディング時のパッドダメージを低減させることができる。
【0081】
表3は、実施材2と比較材2とで引張強さがほぼ同等になる条件のデータを抜粋し比較した結果を示す。表の上段の実施材2に係るワイヤロッドを、φ0.9mm(なまし材)からφ0.05mmまで伸線加工をし、管状炉中を500℃×4.8秒間走行焼鈍したときの機械的特性及び硬さを示したものである。同じく表の下段の比較材2に係るワイヤロッドを、φ0.9mm(なまし材)からφ0.05mmまで伸線加工をし、管状炉中を600℃×2.4秒間走行焼鈍したときの機械的特性及び硬さを示したものである。
【0082】
【表3】
【0083】
表3に示すように、同じ引張強さの材料であっても、実施材2の伸びは、比較材2よりも5%も高いため、例えば、ボンディングワイヤとして使用した場合、ワイヤボンディング時の接続信頼性やハンドリング特性の向上に大きく寄与できる。また、同じ引張強さの材料でありながらも、実施材2の硬さは、比較例よりも十分小さいため、ワイヤボンディング時のパッドダメージを小さくすることができる。
【0084】
引張強さ、伸び、硬さのバランスは、製品により要求される仕様によって多少異なるが、一例として、本発明によると、引張強さを重視する場合、引張り強さ270MPa以上、伸び率7%以上、硬さ65Hv以下の導体が供給可能であり、更に硬さが小さいことを加えると、引張強さ210MPa〜270MPa未満、伸び率15%以上、かつ硬さ63Hv以下の導体の供給が可能である。
(0.05mm径の軟質希薄銅合金線の結晶構造について)
図9は、比較材2の幅方向の断面組織を示し、図10は、実施材2の幅方向の断面組織を示す。図9に示すように、比較材2の結晶構造は、表面部から中央部にかけて全体的に大きさの等しい結晶粒が均一に並んでいることが分かる。一方、実施材2の結晶構造は、全体的に結晶粒の大きさがまばらであり、試料の断面方向の表面付近に薄く形成されている層における結晶粒サイズが内部の結晶粒サイズに比べて極めて小さくなっている。
【0085】
本発明者は、比較材2には形成されていない表層に現れた微細結晶粒層が実施材2の軟質特性を有し、かつ、引張強さと伸び特性を併せ持つことに寄与しているものと考えている。
【0086】
通常、軟質化を目的とした熱処理を行うと、比較材2のように再結晶により均一に粗大化した結晶粒が形成されると理解される。しかし、実施材2においては、内部に粗大な結晶粒を形成する焼鈍処理を実行しても表層には微細結晶粒層が残存している。したがって、実施材2では、軟質銅材でありながら引張強さと伸びに優れた軟質希薄銅合金材料が得られたと考えられる。
【0087】
また、図9及び図10に示す結晶構造の断面写真を基に、実施材2及び比較材2に係る試料の表層における平均結晶粒サイズを測定した。
【0088】
図11は、表層における平均結晶粒サイズの測定方法の概要を示す。図11に示すように、0.05mm径の幅方向断面の表面から深さ方向に5μm間隔で10μmの深さまでの長さ0.25mmの線上の範囲で、結晶粒サイズを測定した。そして、各測定値(実測値)から平均値を求め、この平均値を平均結晶粒サイズにした。
【0089】
測定の結果、比較材2の表層における平均結晶粒サイズは、22μmであったのに対し、実施材2の表層における平均結晶粒サイズは、7μm及び15μmであり、異なっていた。表層の平均結晶粒サイズが細かいことを一つの理由として、高い引張り強さと伸びが得られたと考えられる。なお、結晶粒サイズが大きいと、結晶粒界に沿って亀裂が進展する。しかし、結晶粒サイズが小さいと亀裂の進展方向が変わるので、進展が抑制される。このことから、実施材2の疲労特性は、比較材2よりも優れると考えられる。疲労特性とは繰り返し応力を受けたとき、材料が破断にいたるまでの応力付加サイクル数或いは、時間を示す。
【0090】
本実施例の効果を奏するには、表層の平均結晶粒サイズとしては15μm以下とするのが好ましい。
【実施例3】
【0091】
(0.26mm径の銅ボンディングワイヤの焼鈍温度600℃での結晶構造について)
図12は、実施材1と同様の組成であり、0.26mm径の線材に対して焼鈍温度600℃で1時間の焼鈍を施したものを用いた実施材3の線の幅方向の断面組織の断面写真を表したものであり、図13は、比較材1と同様の組成であり、0.26mm径の線材に対して焼鈍温度600℃で1時間の焼鈍を施したものを用いた比較材3の線の幅方向の断面組織の断面写真を表したものである。
【0092】
図12及び図13に示すように、実施材3及び比較材3の結晶構造を示しており、比較材3の結晶構造は、表面部から中央部にかけて全体的に大きさの等しい結晶粒が均一に並んでいることがわかる。これに対し、実施材3の結晶構造は、全体的に結晶粒の大きさがまばらであり、特筆すべきは、線の断面方向の表面付近に薄く形成されている層における結晶粒サイズが内部の結晶粒サイズに比べて極めて小さくなっていることである。
【0093】
発明者らは、比較材3には形成されていない表層に現れた微細結晶粒層が、実施材3の引張強さ及び伸び特性の向上に寄与しているものと考えている。
【0094】
このことは、通常であれば、焼鈍温度600℃で1時間の焼鈍処理を行えば、比較材3のように再結晶により均一に粗大化した結晶粒が形成されるものであると理解されるが、実施材3の場合には、焼鈍温度600℃で1時間の焼鈍処理を行ってもなお、その表層には微細結晶粒層が残存していることから、軟質銅材でありながら、後述する銅導体の良好な引張強さ、伸び特性を実現するに至る軟質希薄銅合金材料が得られたものであると考えられる。
【0095】
そして、図12及び図13に示す結晶構造の断面写真をもとに、実施材3及び比較材3の表層における平均結晶粒サイズを測定した。ここに、表層における平均結晶粒サイズの測定方法は、図1に示すように、2.6mm径の径方向断面の表面から深さ方向に10μm間隔で50μmの深さまでのところの長さ1mmの線上の範囲での結晶粒サイズを測定した夫々の実測値を平均した値を表層における平均結晶粒サイズとした。
【0096】
測定の結果、比較材3の表層における平均結晶粒サイズは、50μmであったのに対し、実施材3の表層における平均結晶粒サイズは、10μmである点で大きく異なっていた。表層の平均結晶粒サイズが細かいことによって、後述する銅導体の良好な引張強さ、伸び特性を実現するに至ったものと考えられる。
【実施例4】
【0097】
(0.26mm径の銅ボンディングワイヤの焼鈍温度400℃での結晶構造について)
図14は、実施材4の試料の幅方向の断面組織の写真を表したものであり、図15は、比較材4の幅方向の断面組織の写真を表したものである。
【0098】
実施材4は、酸素濃度7mass ppm〜8mass ppm、硫黄濃度5mass ppm、チタン濃度13mass ppmを備える0.26mm径の希薄銅合金線であり、焼鈍温度400℃で1時間の焼鈍処理を経て作製される。
【0099】
比較材4は、無酸素銅(OFC)からなる0.26mm径の線材であり、焼鈍温度400℃で1時間の焼鈍処理を経て作製される。
【0100】
図14及び図15に示すように、比較材4の結晶構造は、表面部から中央部にかけて全体的に大きさの等しい結晶粒が均一に並んでいることがわかる。これに対し、実施材4の結晶構造は、表層と内部とで結晶粒の大きさに差があり、表層における結晶粒サイズに比べて内部の結晶粒サイズが極めて大きくなっている。
【0101】
銅を焼鈍して結晶組織を再結晶させたときには、実施材4は、再結晶化が進み易く内部の結晶粒が大きく成長する。
【0102】
次に、表4は、実施材4及び比較材4の導電率を示す。
【0103】
【表4】
【0104】
表4に示すように、実施材4の導電率は比較材4の導電率と僅かに大きいものの、ほぼ同等であり、ボンデングワイヤとして満足できるものである。
【0105】
以上の本実施形態に係る軟質希薄銅合金線は、Ti等を含み残部が銅からなる軟質希薄銅合金材料において、結晶組織が表面から線径に対して最大20%の深さまでの表層の平均結晶粒サイズが20μm以下であることから、高い引張り強さと伸びを両立できると共に、高い導電率が得られるため、製品の接続信頼性を向上させることができる。
【0106】
又、添加したTiと同様に、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn及びCrからなる群から選択された添加元素においても不純物である硫黄(S)をトラップするので、マトリックスとしての銅母相が高純度化し、素材の軟質特性が向上される。このため、特にボンデングワイヤとして用いた場合には、ボンディング時にシリコンチップ上の脆弱なアルミパットにダメージを与えることを抑制できる効果が得られるものである。
【0107】
又、本実施形態に係る軟質希薄銅合金材料は、銅の高純度化(99.999質量%以上)処理を要せず、安価な連続鋳造圧延法により高い導電率を実現することができるので、低コスト化ができる。
【0108】
更に、本実施形態に係る軟質希薄銅合金材料を銅ボンディングワイヤに用いた場合には、車載用パワーモジュール用途のφ0.3mm程度のAlボンディングワイヤの代替としても適用でき、素材の高熱伝導性によるワイヤ径の減少に伴うモジュールの小型化、熱伝導性向上による放熱性アップによって電流密度増大による接続信頼性の低下を回避できる。
【0109】
又、本実施形態においては、線材について示したものであるが、線材と同様に薄板においても同様の効果が得られる。
図1
図2
図3
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図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15