【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明は、Ti、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn及びCrからなる群から選択された添加元素とを含み、残部が銅である軟質希薄銅合金材料からなる軟質希薄銅合金線
又は板の表面から内部に向けて線径又は板厚の20%の深さまでの平均結晶粒サイズが20μm以下であることを特徴とする軟質希薄銅合金線、軟質希薄銅合金板及び軟質希薄銅合金撚線のいずれかにあ
る。
【0017】
本発明において、軟質希薄銅合金線、軟質希薄銅合金板及び軟質希薄銅合金撚線のいずれかは、酸素を2mass ppmを超える量含有していること、引張り強さが210MPa以上、伸び率が15%以上及びビッカース硬さが65Hv以下であること、導電率が98%IACS以上であること、特に、4mass ppm〜55mass ppmのTiである前記添加元素と、2mass ppm以上12mass ppm以下の硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素とを含み、残部が銅である軟質希薄銅合金材料からなることが好ましい。
(軟質希薄銅合金材料の構成)
(1)添加元素について
本発明に係る軟質希薄銅合金材料は、Ti、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn、及びCrからなる群から選択された添加元素を含み、残部が銅および不可避的不純物からなる。
【0018】
添加元素として、Ti、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn及びCrからなる群から選択される元素は他の元素と結合しやすい活性元素であり、特にSと結合しやすいためSをトラップすることができ、銅母材のマトリクスを高純度化することができ、1種類又は2種類以上含有させることができる。また、合金の性質に悪影響を及ぼすことのないその他の元素及び不可避不純物を合金に含有させることもできる。
【0019】
更に、後述する好適な実施の形態においては、酸素含有量が2massppmを超え30massppm以下が良好であること、添加元素の添加量及びSの含有量によっては合金の性質を備える範囲において、2
massppmを超え400massppm
以下を含むことができる。
(2)組成比率について
添加元素として、Ti、Ca、V、Ni、Mn及びCrの1種又は2種以上の合計の含有量は4〜55massppm、より10〜20massppmが好ましく、Mgの含有量は2〜30massppm、より5〜10massppmが好ましく、Zr、Nbの含有量は8〜100massppm、より20〜40massppmが好ましい。
【0020】
また、後述する好適な実施の形態においては、酸素含有量が2massppmを超え30massppm以下が良好であり、より5〜15massppmが好ましく、添加元素の添加量及びSの含有量によっては、合金の性質を備える範囲において、2massppmを超え400massppm
以下を含むことができる。
【0021】
Sの含有量は、2〜12mass ppm、より3〜8mass ppmが好ましい。
【0022】
本発明に係る軟質希薄銅合金材料は、導電率98%IACS(万国標準軟銅(International Anneld Copper Standard)以上、抵抗率1.7241×10
−8Ωmを100%とした場合の導電率)、好ましくは100%IACS以上、より好ましくは102%IACS以上を満足する軟質型銅材として構成されるのが好ましい。
【0023】
本発明は、導電率が98%IACS以上の軟質銅材を得る場合、ベース素材として不可避的不純物を含む純銅には、3〜12mass ppmの硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素と、4〜55mass ppmのチタンとを含む組み合わせを有する軟質希薄銅合金材料を用い、この軟質希薄銅合金材料からワイヤロッド(荒引き線)又は軟質希薄銅合金板を製造する。
【0024】
ここで、導電率が100%IACS以上の軟質銅材を得る場合には、ベース素材として不可避的不純物を含む純銅には、2〜12mass ppmの硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素と、4〜37mass ppmのチタンとを含む軟質希薄銅合金材料が好ましい。
【0025】
また、導電率が102%IACS以上の軟質希薄銅合金材料は、ベース素材として不可避的不純物を含む純銅には、3〜12mass ppmの硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素と、4〜25mass ppmのチタンとを含む組み合わせが好ましい。
【0026】
通常、純銅の工業的製造において、電気銅を製造する際に硫黄が銅の中に取り込まれるので、硫黄を3mass ppm以下にすることは困難である。汎用電気銅の硫黄濃度の上限は、12mass ppmである。
【0027】
2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素を含有していることから、この実施の形態では、いわゆる低酸素銅(LOC)を対象としている。
【0028】
酸素濃度が2mass ppmより低い場合、銅導体の硬さが低下しにくいので、酸素濃度は2mass ppmを超える量に制御する。また、酸素濃度が高い場合、熱間圧延工程で銅導体の表面に傷が生じやすくなるので、30mass ppm以下に制御する。
(3)結晶組織について
本発明に係る軟質希薄銅合金線及び軟質希薄銅合金板は、結晶組織が線又は板表面から銅導体の内部に向けて線径又は板厚の20%の深さまでの平均結晶粒サイズが20μm以下である。好ましくは、その表面から内部に向けて線径又は板厚に対して5〜20%表層の平均結晶粒サイズが5〜15μmであり、その内部の平均結晶粒サイズが50〜100μmである。
【0029】
結晶が微細、特に表層に微細な結晶が存在することで、材料の引張り強さや伸び率の向上が期待できるためである。この理由として、引張り変形により粒界近傍に導入される局所ひずみが,結晶粒径が微細なほど小さくなり、粒界応力集中の緩和に寄与し、これに伴い、粒界応力集中が低減して粒界破壊が抑制されると考えられるからである。
【0030】
また、本発明において、結晶組織が軟質希薄銅合金線及び軟質希薄銅合金板の表面からその内部に向けて線径又は板厚の20%の深さまでの平均結晶粒サイズが20μm以下とは、本発明の効果を備える限りにおいては、線径又は板の20%深さを越えてより線材の中心部に近い領域に微細結晶層が存在する態様を排除するものではない。
(4)分散している物質について
軟質希薄銅合金材料内に分散している分散粒子のサイズは小さいことが好ましく、また、軟質希薄銅合金材料内に分散粒子が多く分散していることが好ましい。その理由は、分散粒子は、硫黄の析出サイトとしての機能を有するからであり、析出サイトとしてはサイズが小さく、数が多いことが要求されるからである。
【0031】
具体的には、軟質希薄銅合金線及び軟質希薄銅合金板に含まれる硫
黄及び添加元素のチタンは、TiO、TiO
2、TiS、若しくはTi−O−S結合を有する化合物又はTiO、TiO
2、TiS、若しくはTi−O−S結合を有する化合物の凝集物として含まれ、残部のTi及びSが固溶体として含まれる。尚、他の添加元素についてもチタンと同様である。
【0032】
分散粒子の形成及び分散粒子への硫黄の析出は、銅母材のマトリックスの純度を向上させ、導電率の向上や材料硬さの低減に寄与する。
(5)軟質希薄銅合金材料の硬さ、伸び及び引張強さについて
本発明に係る軟質希薄銅合金材料には、引張り強さと伸び率のバランスに優れることが求められる。この理由として、例えば、伸び率の値が同じ導体である場合、引張強さが高いことにより、屈曲やねじりなどの応力付加による断線の発生を低く抑えることができるからである。更に、引張強さと伸びに加え、やわらかさを兼ね備えた軟質希薄銅合金材料を、例えばボンディングワイヤに適用した場合、ボンディングパッドとしてのAl配線膜や、或いはその下のSi半導体チップにダメージを小さく抑えることができ、更に、ワイヤ自体の引張強さや伸びが大きいと、適正なワイヤーループを保持することが容易となったり、ボンディング接続部におけるボールとワイヤ境界のネック切れ不良や、ボンディングの際に、ボンディング部へワイヤを供給するときのワイヤ切れ不良などの発生を抑制することができるためである。
【0033】
通常、引張強さ(の高さ)と伸び(の高さ)、硬さ(やわらかさ)はトレードオフの関係になるため、これらの特性をバランスよく併せ持つことが望まれる。ここで硬さとは、材料におけるビッカース硬度を意味する。
【0034】
本発明に係る軟質希薄銅合金材料の引張強さ、伸び率、硬さのバランスは、製品により要求される仕様は多少異なるが、一例として銅ボンディングワイヤ用の導体については、本発明によると、引張強さを重視する場合、引張強さ270MPa以上、伸び率7%以上、硬さ65Hv以下の導体が供給可能であり、また、硬さの小ささを重視する場合には、
引張強さ210MPa〜270MPa未満、伸び率15%以上、硬さ63Hv以下の導体の供給が可能である。
【0035】
また、本発明に係る軟質希薄銅合金材料は、焼鈍処理を施した無酸素銅線と同じ或いはそれ以上の伸び率を有し、かつ、引張強さの値が無酸素銅線に比べて2MPa以上高い値を有することが望ましい。
(軟質希薄銅合金材料の製造方法)
本発明に係る軟質希薄銅合金線、軟質希薄銅合金板の製造方法は以下のとおりである。例として、Tiを添加元素に選択した場合を説明する。
【0036】
先ず、軟質希薄銅合金線、軟質希薄銅合金板の原料としてのTiを含む軟質希薄銅合金材料を準備する(原料準備工程)。次に、この軟質希薄銅合金材料を1100℃以上1320℃以下の溶銅温度で溶湯を形成する(溶湯製造工程)。次に、溶湯からワイヤロッドを作製する(ワイヤロッド作製工程)。続いて、ワイヤロッドに880℃以下550℃以上の温度で熱間圧延を施す(熱間圧延工程)。更に、熱間圧延工程を経たワイヤロッドに伸線加工及び熱処理を施す(伸線加工、熱処理工程)。熱処理方法としては、管状炉を用いた走行焼鈍や、抵抗発熱を利用した通電焼鈍などが適用できる。その他、バッチ式の焼鈍も可能である。これにより、本発明に係る軟質希薄銅合金材料が製造される。
【0037】
また、軟質希薄銅合金線、軟質希薄銅合金板の製造には、2mass ppm以上12mass ppm以下の硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素と、4mass ppm以上55mass ppm以下のチタンとを含む軟質希薄銅合金材料を用いる。
【0038】
本発明者は、銅導体の硬度の低下と、銅導体の導電率の向上とを実現すべく、以下の二つの方策を検討した。そして、以下の二つの方策を銅ワイヤロッドの製造に併せ用いることで、本発明に係る軟質希薄銅合金線、軟質希薄銅合金板を得ることができる。
【0039】
まず、第1の方策は、酸素濃度が2mass ppmを超える量の純銅に、チタン(Ti)を添加した状態で、銅の溶湯を作製することである。この銅溶湯中においては、TiSとチタンの酸化物(例えば、TiO
2)とTi−O−S粒子とが形成されると考えられる。
【0040】
次に、第2の方策は、銅中に転位を導入することにより硫黄(S)の析出を容易にすることを目的として、熱間圧延工程における温度を通常の銅の製造条件における温度(つまり、950℃〜600℃)より低い温度(880℃〜550℃)に設定することである。このような温度設定により、転位上へのSの析出、又はチタンの酸化物(例えば、TiO
2)を核としてSを析出させることができる。
【0041】
以上の第1の方策及び第2の方策により、銅に含まれる硫黄が晶出すると共に析出するので、所望の軟質特性と所望の導電率とを有する銅ワイヤロッドを冷間伸線加工後に得ることができる。
【0042】
本発明に係る軟質希薄銅合金線、軟質希薄銅合金板は、SCR連続鋳造設備を用い、表面の傷が少なく、製造範囲が広く、安定生産が可能である。
【0043】
SCR連続鋳造圧延により、鋳塊ロッドの加工度が90%(30mm)〜99.8%(5mm)でワイヤロッドを作製する。一例として、加工度99.3%でφ8mmのワイヤロッドを製造する条件を採用する。
【0044】
溶解炉内での溶銅温度は1100℃以上1320℃以下に制御することが好ましい。溶銅の温度は、高いとブローホールが多くなり、傷が発生すると共に粒子サイズが大きくなる傾向にあるので、1320℃以下に制御する。また、溶銅の温度を1100℃以上に制御する理由は、銅が固まりやすく、製造が安定しないことが理由であるものの、溶銅温度は可能な限り低い温度が望ましい。
【0045】
熱間圧延加工の温度は、最初の圧延ロールにおける温度を880℃以下に制御すると共に、最終圧延ロールでの温度を550℃以上に制御することが好ましい。
【0046】
これらの鋳造条件は、通常の純銅の製造条件と異なり、溶銅中での硫黄の晶出及び熱間圧延中における硫黄の析出の駆動力である固溶限をより小さくすることを目的としているものである。
【0047】
また、通常の熱間圧延加工における温度は、最初の圧延ロールにおいて950℃以下、最終圧延ロールにおいて600℃以上であるが、固溶限をより小さくすることを目的として、本発明では、最初の圧延ロールにおいて880℃以下、最終圧延ロールにおいて550℃以上に設定することが望ましい。
【0048】
なお、最終圧延ロールにおける温度を550℃以上に設定する理由は、550℃未満の温度では得られるワイヤロッドの傷が多くなり、製造される銅導体を製品として扱うことができないからである。熱間圧延加工における温度は、最初の圧延ロールにおいて880℃以下の温度、最終圧延ロールにおいて550℃以上の温度に制御すると共に、可能な限り低い温度であることが好ましい。このような温度設定にすることで、軟質希薄銅合金線、軟質希薄銅合金板のマトリックスの純度が向上し、導電率の向上や硬さの低減を図ることができる。
【0049】
ベース材の純銅は、シャフト炉で溶解された後、還元状態で樋に流すことが好ましい。すなわち、還元ガス(例えば、COガス)雰囲気下において、希薄合金の硫黄濃度、チタン濃度及び酸素濃度を制御しつつ鋳造すると共に、材料に圧延加工を施すことにより、ワイヤロッドを安定的に製造することが好ましい。なお、銅酸化物が混入すること、及び/又は粒子サイズが所定サイズより大きいことは、製造される銅導体の品質を低下させる。
【0050】
以上より、伸び特性、引張強さ、ビッカース硬さのバランスの良い軟質希薄銅合金材料を、本発明に係る軟質希薄銅合金線、軟質希薄銅合金板の原料として得ることができる。
【0051】
なお、軟質希薄銅合金材料の表面にめっき層を形成することもできる。めっき層は、例えば、パラジウム、亜鉛、ニッケル、金、白金、銀等の貴金属を主成分とする材料、又はPbフリーめっきを用いることができる。更に、軟質希薄銅合金材料の形状は特に限定されず、断面丸形状、棒状、又は平角導体上にすることができる。
【0052】
また、本発明では、SCR連続鋳造圧延法によりワイヤロッドを作製すると共に、熱間圧延にて軟質材を作製することができるが、双ロール式連続鋳造圧延法又はプロペルチ式連続鋳造圧延法を採用することもできる。