特許第5775694号(P5775694)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5775694ポリマー摺動材料、人工関節部材、医療器具及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5775694
(24)【登録日】2015年7月10日
(45)【発行日】2015年9月9日
(54)【発明の名称】ポリマー摺動材料、人工関節部材、医療器具及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   A61L 27/00 20060101AFI20150820BHJP
   A61L 29/00 20060101ALI20150820BHJP
   A61K 6/083 20060101ALI20150820BHJP
   A61K 6/087 20060101ALI20150820BHJP
【FI】
   A61L27/00 M
   A61L27/00 Z
   A61L27/00 E
   A61L27/00 P
   A61L29/00
   A61K6/083
   A61K6/087
【請求項の数】23
【全頁数】27
(21)【出願番号】特願2010-544159(P2010-544159)
(86)(22)【出願日】2009年12月25日
(86)【国際出願番号】JP2009071614
(87)【国際公開番号】WO2010074238
(87)【国際公開日】20100701
【審査請求日】2012年11月2日
(31)【優先権主張番号】特願2008-330504(P2008-330504)
(32)【優先日】2008年12月25日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2008-330513(P2008-330513)
(32)【優先日】2008年12月25日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504418084
【氏名又は名称】京セラメディカル株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100100158
【弁理士】
【氏名又は名称】鮫島 睦
(74)【代理人】
【識別番号】100068526
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 恭生
(74)【代理人】
【識別番号】100138863
【弁理士】
【氏名又は名称】言上 惠一
(74)【代理人】
【識別番号】100156085
【弁理士】
【氏名又は名称】新免 勝利
(72)【発明者】
【氏名】京本 政之
(72)【発明者】
【氏名】石原 一彦
【審査官】 佐々木 大輔
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許出願公開第2008/0097606(US,A1)
【文献】 特開2004−123837(JP,A)
【文献】 国際公開第2007/091521(WO,A1)
【文献】 特開2007−260247(JP,A)
【文献】 国際公開第2007/063843(WO,A1)
【文献】 特開2008−054788(JP,A)
【文献】 特開2008−125523(JP,A)
【文献】 繊維学会予稿集, 2004, Vol.59, No.1, p.193, 3I01欄
【文献】 Colloids and Surfaces B: Biointerfaces, 2008.05, Vol.63, No.1, pp.64-72
【文献】 Biomaterials, 2007.11, Vol.28, No.32, pp.4845-4869
【文献】 Chemical Engineering J., 2005.09.01, Vol.112, No.1-3, pp.137-144
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 15/00−33/18
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ケトン基を表面に有するポリマー基材(A)の少なくとも一部の表面に被覆層(B)が設けられているポリマー摺動材料であって、
被覆層(B)は、モノマー(C)を含む反応系にポリマー基材(A)を浸漬し、ポリマー基材(A)に対して光を照射して、ポリマー基材(A)の表面からモノマーの重合を開始させる表面グラフト重合によって形成されており、
ポリマー基材(A)は、芳香族ケトンを含むポリマー基材であり、
モノマー(C)は、(メタ)アクリレート化合物であり、
モノマー(C)を含む反応系ならびにポリマー基材(A)の表面および内部に、別途、重合開始剤を含むことなくグラフト重合を行って被覆層(B)を形成したことを特徴とするポリマー摺動材料。
【請求項2】
ポリマー基材(A)が、ポリエーテルケトン(PEK)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリエーテルケトンケトン(PEKK)、ポリエーテルエーテルケトンケトン(PEEKK)、ポリエーテルケトンエーテルケトンケトン(PEKEKK)、およびポリアリールエーテルケトン(PAEK)からなる群から選ばれるポリマー、もしくは上記群のポリマーからの少なくとも2種のポリマーを複合化した複合化ポリマー、または、上記ポリマーおよび上記複合化ポリマーの群から選ばれるポリマーをマトリックスとする繊維強化ポリマーのいずれかであることを特徴とする請求項1に記載のポリマー摺動材料。
【請求項3】
モノマー(C)が、エポキシ(メタ)アクリレート化合物、ウレタン(メタ)アクリレート化合物、ポリエステル(メタ)アクリレート化合物、ポリブタジエン(メタ)アクリレート化合物、およびシリコーン(メタ)アクリレート化合物の群から選ばれる少なくとも1種の化合物であることを特徴とする請求項1又は2に記載のポリマー摺動材料。
【請求項4】
モノマー(C)が、ホスホリルコリン基を有する化合物を含むことを特徴とする請求項1〜のいずれかに記載のポリマー摺動材料。
【請求項5】
前記ホスホリルコリン基を有する化合物が、2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)であることを特徴とする請求項に記載のポリマー摺動材料。
【請求項6】
上記被覆層(B)の厚さが、10〜200nmであることを特徴とする請求項1〜のいずれかに記載のポリマー摺動材料。
【請求項7】
上記摺動材料の表面が、液滴法にて、液適後60秒時点における測定の条件下で、水に対する静的接触角が20°以下であることを特徴とする請求項1〜のいずれかに記載のポリマー摺動材料。
【請求項8】
上記摺動材料の表面のX線光電子分光分析から得られるリン原子濃度および窒素原子濃度の値がいずれも4atom%以上であることを特徴とする請求項1〜のいずれかに記載のポリマー摺動材料。
【請求項9】
請求項1〜のいずれかに記載のポリマー摺動材料を用いて形成される人工関節部材であって、ポリマー基材(A)が該人工関節部材の基部を構成し、該人工関節部材の少なくとも摺動面に被覆層(B)が設けられていることを特徴とする人工関節部材。
【請求項10】
組み合わせられる骨頭の直径が32mm以上であり、且つ、ポリマー基材の厚みが3〜6mmであることを特徴とする請求項に記載の人工関節部材。
【請求項11】
請求項または10に記載の人工関節部材によって製造されることを特徴とする人工関節。
【請求項12】
ケトン基を表面に有するポリマー基材(A)の少なくとも一部の表面を被覆して生体適合性材料層(B)が設けられている医療器具材料であって、
生体適合性材料層(B)は、モノマー(C)を含む反応系にポリマー基材(A)を浸漬し、ポリマー基材(A)に対して光を照射して、ポリマー基材(A)の表面からモノマーの重合を開始させる表面グラフト重合によって形成されており、
ポリマー基材(A)は、芳香族ケトンを含むポリマー基材であり、
モノマー(C)は、(メタ)アクリレート化合物であり
モノマー(C)を含む反応系ならびにポリマー基材(A)の表面および内部に、別途、重合開始剤を含むことなくグラフト重合を行って生体適合性材料層(B)を形成したことを特徴とする医療器具材料。
【請求項13】
ポリマー基材(A)が、ポリエーテルケトン(PEK)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリエーテルケトンケトン(PEKK)、ポリエーテルエーテルケトンケトン(PEEKK)、ポリエーテルケトンエーテルケトンケトン(PEKEKK)、およびポリアリールエーテルケトン(PAEK)からなる群から選ばれるポリマー、もしくは上記群のポリマーからの少なくとも2種のポリマーを複合化した複合化ポリマー、または、上記ポリマーおよび上記複合化ポリマーの群から選ばれるポリマーをマトリックスとする繊維強化ポリマーのいずれかであることを特徴とする請求項12に記載の医療器具材料。
【請求項14】
モノマー(C)が、エポキシ(メタ)アクリレート化合物、ウレタン(メタ)アクリレート化合物、ポリエステル(メタ)アクリレート化合物、ポリブタジエン(メタ)アクリレート化合物、およびシリコーン(メタ)アクリレート化合物の群から選ばれる少なくとも1種の化合物であることを特徴とする請求項12または13に記載の医療器具材料。
【請求項15】
モノマー(C)が、ホスホリルコリン基を有する化合物を含むことを特徴とする請求項1214のいずれかに記載の医療器具材料。
【請求項16】
前記ホスホリルコリン基を有する化合物が、2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)であることを特徴とする請求項15に記載の医療器具材料。
【請求項17】
上記生体適合性材料層(B)の厚さが、10〜200nmであることを特徴とする請求項1216のいずれかに記載の医療器具材料。
【請求項18】
上記生体適合性材料層(B)の表面が、液滴法にて、液適後60秒時点における測定の条件下で、水に対する静的接触角が20°以下であることを特徴とする請求項1217のいずれかに記載の医療器具材料。
【請求項19】
上記生体適合性材料層(B)の表面のX線光電子分光分析から得られるリン原子濃度および窒素原子濃度の値がいずれも4atom%以上であることを特徴とする請求項1218のいずれかに記載の医療器具材料。
【請求項20】
上記生体適合性材料層(B)の表面のマイクロBCA法によって得られるタンパク質(アルブミンまたはフィブリノーゲン)吸着量が0.1μg/cm以下であることを特徴とする請求項1219のいずれかに記載の医療器具材料。
【請求項21】
請求項1220のいずれかに記載の医療器具材料を用いて形成される医療器具。
【請求項22】
人工腎臓、人工肺、人工気管、人工心臓用ポンプ、人工弁、人工血管、カテーテル、心臓ペースメーカー、歯科インプラント、人工歯、人工骨、人工腱、人工指関節、骨固定プレート、骨スクリューの群から選ばれる請求項21に記載の医療器具。
【請求項23】
生体適合性材料層(B)を形成するためのモノマー(C)を含む反応系にポリマー基材(A)を浸漬し、ポリマー基材(A)に対して光を照射して、ポリマー基材(A)の表面からモノマーの重合を開始させる表面グラフト重合によって、ポリマー基材(A)の表面の少なくとも一部が生体適合性材料層(B)によって被覆された医療器具材料を形成する方法であって、
ポリマー基材(A)は、芳香族ケトンを含むポリマー基材であり、
モノマー(C)は、(メタ)アクリレート化合物であり、
ポリマー基材(A)はケトン基を表面に有するポリマーであること、ならびに、モノマー(C)を含む反応系ならびにポリマー基材(A)の表面および内部には、別途、重合開始剤を含まないことを特徴とする請求項1220のいずれかに記載の医療器具材料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医療材料として用いるポリマー摺動材料に関する。本発明は、特に、長期間に渡って耐摩耗特性、荷重支持性および耐破壊特性を維持することのできるポリマー摺動部材であって、人の関節を補綴するための人工関節に適するポリマー摺動材料、および該摺動部材によって構成される人工関節に関する。
【0002】
本発明は、また、医療器具、より詳細には、(補助)人工心臓用血液ポンプ、人工弁、ステント、ペースメーカなどの、体内および/または体外において、血液及び生体組織と接触する用具並びに歯科インプラントに関する。
【背景技術】
【0003】
人工股関節、人工膝関節等の人工関節の構成部材として、従来は、ポリエチレン(主として超高分子量ポリエチレン、以下、PEと称する)が一般に使用されていた。しかし、人工関節が生体内で使用されるとき、摩擦運動により生じるPEの摩耗粉は、骨の融解(osteolysis)を誘発する傾向があった。骨の融解が起こると、人工関節と骨の固着力が弱まる、いわゆるルーズニングが生じ、そのルーズニングは人工関節置換術の合併症として大きな問題となっていた。前記PEの通常の摩耗量は、年間0.1〜0.2mm程度であり、人工関節置換術を施術後のしばらくの間(例えば、数年程度の間)は問題ない。しかし、5年程経過すると前記ルーズニングの程度が顕著になるので、人工関節を取り替える再手術を行う必要が生じ、患者にとって大きな負担となっていた。
【0004】
また、人工股関節においては、可動域の増大、脱臼の防止を目的として、骨頭の大径化が進んでいる。カップが臼蓋側に納まる大きさには制約があるため、骨頭が大径化したことに対応して、PE製の臼蓋カップの厚さを薄くすることが求められた。しかし、耐摩耗特性、耐変形特性および耐破壊特性などの観点によって、臼蓋カップの厚さを薄くすることには限界があった。
【0005】
ルーズニングの解決策の1つは、PEの摩耗粉の量を減少させることであり、近年では、PEに電子線やガンマ線を照射して、分子鎖を架橋させたクロスリンクPE(以下CLPEと称する)についての研究が、盛んに行われている(特許文献1〜3)。これらの研究は、ポリマー材料にガンマ線や電子線等の高エネルギー放射線を照射すると、分子鎖の切断によりフリーラジカルが生成し、続いて分子鎖の再結合や架橋反応等が起こることを利用している。前述のCLPEは、従来のPEに比べて耐摩耗特性に優れており、その摩耗量は1/5〜1/10にまで低減できると報告されている。
【0006】
他方、人工関節の用途として、PEの代替材料についても盛んに研究されており、耐変形特性および耐破壊特性に優れるエンジニアリングプラスティックであるポリエーテルエーテルケトン(以下、PEEKと称する)は、その一つである。PEEK自体の耐摩耗特性は十分でなく、PEEKに炭素繊維を複合化することによってその特性の向上が図られている。しかしながら、硬質な炭素繊維は組み合わされる骨頭を傷つける可能性もあるため、人工関節用として十分な特性のPEEK材料は得られていなかった。
【0007】
また、PEの表面に被覆層を形成して、摺動部表面の摺動特性を向上させることも研究されている。例えば、人工関節などのように、優れた摺動特性を要求される医療用器具の表面に、アリルアミンとホスホリルコリン類似基を有するランダム共重合体の皮膜を固定して、生体適合性や表面潤滑性を付与することが知られている(特許文献4)。
【0008】
特に、PEで形成した人工関節の摺動表面に、ホスホリルコリン基を有する重合性モノマーを用いてグラフト結合すると、人工関節の摩耗を抑える効果が高く、従来よりも摩耗粉の発生を抑制できる高分子材料製人工関節部材が得られる(特許文献5)。
【0009】
従来の光グラフト重合には、光重合開始剤、例えばベンゾフェノン(BP)が用いられていた。基材表面をグラフト重合の開始点とする「grafting from」法は、他の手法に比べグラフト層の高密度化において有利であり、これを実現するためには、基材の処理すべき表面に重合開始剤を予め塗布しておく必要がある。特許文献5は、基材としてCLPEを用い、モノマーとして2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)を用い、更に、光重合開始剤としてBPを用いて、基材の表面においてMPCをグラフト重合させて、MPC重合体の膜または層を形成する発明を開示している。
【0010】
特許文献5の方法によって製造されるMPCポリマーは理想的な生体適合性表面を形成するための材料として有用であるが、生成物を生体適合材料として用いる場合には、グラフト重合反応を行った後の基材表面およびグラフトポリマー層に重合開始剤が残存しないことが望ましい。従って、特許文献5に示す方法では、グラフト重合反応を行った後に、残存する重合開始剤を基材表面およびグラフトポリマー層から取り除く必要があるという問題があった。
【0011】
重合開始剤を使用せずにグラフト重合を行う方法としては、高エネルギー放射線、例えばガンマ線、電子線(ベータ線)、イオン線、X線などを用いてラジカルを生成させる方法が報告されている(特許文献6)。
【0012】
一方、現在、医療器具(例えば、人工腎臓、人工肺、人工気管、(補助)人工心臓用血液ポンプ、人工弁、人工血管、カテーテル、心臓ペースメーカー、人工骨、人工腱、人工指関節、骨固定プレート、骨スクリューなど)に使用されている金属材料は、機械的性質についてはほぼ条件を満たしているが、生体適合性(血液適合性を含む)については必ずしも十分ではない。例えば、血液成分が医療器具の表面に接触して血栓を形成すると、血液の流れを阻害し、人体に多大な危害を加えることになる。したがって、臨床現場では、医療器具を使用した治療行為において生体の防御反応を抑制する薬物が必要となっており、この薬物を長期間使用することによる副作用(例えば、抗凝固薬の頻度が高い副作用には、皮膚の内出血・鼻出血・歯茎からの出血・傷口からの多量の出血・月経過多・血痰・血尿・血便などの出血およびそれに伴う立ちくらみやふらつきなどが挙げられる。特に消化管・頭蓋内・腹腔内などでの出血は、発見が遅れれば生命を脅かす危険がある。)は大きな問題となっている。長期間生体の中に埋め込んで使用できる医療器具の開発にとって、生体適合性(血液適合性を含む)材料は不可欠である。
【0013】
現在の医療現場では、医療器具、例えば人工臓器等の表面を抗血栓性とするため、血栓形成を阻害するような生理活性物質を用いる方法が用いられている。これには、例えば生成した血栓を溶解させる働きをもつウロキナーゼ、凝固因子であるトロンビンの働きを阻害するヘパリン、あるいは血小板活性化抑制剤であるプロスタグランジンなどの生理活性物質を材料表面に固定化する方法がある。しかしながら、これらの薬剤による副作用は無視できるものではなく、大きな問題である。また、薬剤の放出速度のコントロールは非常に困難であり、薬剤放出後にはその効果も期待できない。さらには、薬剤溶出タイプの医療器具(特にステント)の多くは非生分解性ポリマー、例えばポリ(n−ブチルメタクリレート)(poly(n-butyl methacrylate))、ポリ(ジメチルシロキサン)(poly(dimethylsiloxane))などを使用しており、薬剤が溶出した後、ステント表面に残存するポリマーが炎症反応、血栓形成を引き起こすことがあり、さらにはステント表面では内皮化しないといった問題が報告されている。
【0014】
また、医療器具、例えば人工臓器等の材料表面を抗血栓性とするため、生体反応を利用する方法が採られている。すなわち、凝固因子及び血小板を材料表面に適度に凝集させて血栓膜を形成させ、この血栓膜を足場にして、血管内壁を形成している内皮細胞を生着させ、さらにそれを増殖させることによって材料表面に薄い新生内膜を形成させる方法である。しかしながら、医療器具を内皮細胞が覆ってしまうまでの手術後の約一ヶ月程度の期間は血栓が発生する虞がある。そこで、この間は抗血小板薬の投与が必須となり、薬剤による副作用は無視できないものであった。
【0015】
さらに、生理活性物質や薬剤を用いずに、材料自身の表面特性によって抗血栓性を得る方法も採られている。ところで、血栓形成は、血漿タンパク質の吸着とそれに続く血小板の活性化によって起こり、材料表面への血漿タンパク質の吸着は物理化学的に進行する。そこで、血栓の形成を防止するためには材料と血液との相互作用を小さくすることが重要であり、その相互作用を小さくするためには、材料表面を改質して、材料表面をできるだけ血液に近い状態にすることが望ましい。
【0016】
このような改質の方法として、例えば、材料表面の水酸基やアミノ基などの官能基を利用して、水溶性高分子をカップリング反応によって材料表面に結合させる方法がある。
【0017】
例えば、医療材料にアリルアミンとホスホリルコリン類似基等からなるランダム共重合体とを固定化する方法が開示されている(特許文献7)。この方法のように共重合体を用いると、医療材料の表面におけるホスホリルコリン基の割合が低くなり、所望する程度の生体適合性(血液適合性を含む)、親水性、表面潤滑性が得られないという問題が生じてくる。一方、共重合体中のホスホリルコリン基の割合が過多であると、コポリマーは水溶性となり、長時間使用では被着が持続しないという問題が生じてくる。実際、MPCコポリマーが被覆された人工心臓においては、91日間の使用の後には、MPCコポリマーのうち5%しか残存していないと報告されている(非特許文献1)。
【0018】
また、別の改質方法として、酸素の存在下で紫外線や電子線、イオンビームなどを照射して、材料表面に重合開始剤として過酸化物を生成させ、その後、水溶性ビニルモノマーをラジカル重合させて材料表面に水溶性高分子鎖を形成させる方法がある。この水溶性高分子鎖がタンパク質と材料表面とが直接接触するのを妨げ、材料表面へのタンパク質の吸着を抑制すると報告されている。
【0019】
例えば、PE表面にモノマーとしてのMPCを、紫外線照射によりグラフト結合し、抗タンパク質吸着特性を向上させ得ることが報告されている(特許文献8)。特許文献2の方法では、基材にケトン基を持たないPE、反応性モノマーにMPC、光重合開始剤にBPを用いて、MPCをPEにグラフト結合させることによって、その表面を高潤滑化し、耐摩耗特性の向上を図っている。
【0020】
また、歯科インプラントに目を向ければ、歯周病やう蝕による歯の欠損に対しては、従来から、可撤性の局部義歯や架橋義歯による欠損補綴処置が行われてきた。しかし、可撤性局部義歯は金属鉤等の審美的問題や実装に対する抵抗感の問題があり、また、架橋義歯に関しては支台歯の削合という負担が避けられないという問題がある。近年、欠損補綴として歯科インプラント治療が注目され治療選択肢の一つとなっており、その症例数は飛躍的に増加している。歯槽骨骨折による歯の欠損においては、歯と共に周囲の歯槽骨も喪失しており、インプラント埋入に十分な骨幅や骨高径が得られない症例が多かったが、骨移植術、骨再生誘導(GBR:guided bone regeneration)法、骨延長法、骨補填材、サイトカインなどを応用した骨造成法が適用されるようになってきており、歯科インプラント適用症例の数を増加させる一因となっている。また、インプラントの表面性状の改良や埋入後のインプラント体への荷重をコントロールすることによって、症例によっては1回法による埋入や埋入後早期に上部構造を装着して、咬合機能を付与することが可能になっている。オッセオインテグレーション(osseointegration)をより早期に、確実に獲得する方法が確立されることは、歯科インプラントの臨床成績の安定に大きく寄与するものである。しかしながら、たとえオッセオインテグレーションが獲得されていても、あくまで異物であるインプラント体が上皮を貫通するという環境は、歯科インプラント治療では避けられない。したがって、この歯肉貫通部においてプラークの沈着を抑制し、いかにインプラント体周囲に炎症を起こさせないようにするかは長期にわたり歯科インプラントを機能させるための重要な課題であった。特に2回法インプラントでは、アバットメントとフィクスチャー接合部に介在する微小間隙はインプラント周囲の炎症を惹起しやすくし、また、二次手術時にいわゆるヒーリングキャップ上やインプラント体の頂部に形成された骨を除去することによって一時的に局所の骨吸収が生じ、歯肉上皮のダウングロースが引き起こされやすい。その結果、よりプラーク沈着の生じやすい状況を招き、歯周病に類似の状況となり、場合によっては歯科インプラントの抜去を余儀なくされてしまうことが臨床上問題となっている。
【特許文献1】特許第2984203号明細書
【特許文献2】米国特許第6228900号明細書
【特許文献3】国際公開第97/29793号パンフレット
【特許文献4】国際公開第01/05855号パンフレット
【特許文献5】特開2003−310649号公報
【特許文献6】特開2008−53041号公報
【特許文献7】国際特許公開WO01−05855号公報
【特許文献8】特開2007−202965号公報
【非特許文献1】In Vivo Evaluation of a MPC Polymer Coated Continuous Flow Left Ventricular Assist System, ARTIFICIAL ORGANS, VOL27,NO.2, 2003
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
上述のCLPEは、PEと比べると優れた耐摩耗特性を示しているが、臨床的な使用期間がまだ短く、長期間にわたって耐摩耗性が維持できるかどうか十分に確認されていない。また、表面修飾したPEまたはCLPEを人工関節の部材として用いた場合には、良好な耐摩耗性を示すことが期待できる。しかし、基材そのものはPEまたはCLPEのままであるため、基材の機械的特性に改善点はなく、耐変形特性および耐破壊特性などの観点によって、臼蓋カップの厚さを薄くすることには限界があるという問題が残った。
【0022】
また、特許文献4に記載のPE製の医療用器具表面にランダム共重合体の皮膜を固定する手法を人工関節摺動部材に応用した場合、ランダム共重合体皮膜は、過酷な摩擦摩耗環境下におかれてPEの表面から剥離する可能性が極めて高く、実用化は困難である。このような剥離が起こる理由は、PE表面とランダム共重合体皮膜との結合力が低いことにあると考えられる。この方法によれば、既に十分に重合の進んだランダム共重合体膜をPEの表面に固定することを図っており、また、重合させるランダム共重合体膜と結合するための官能基がPE表面に存在しないため、十分な結合力が得られないと考えられる。
【0023】
一方、特許文献5の発明は、PE基材の表面にホスホリルコリン基を有する高分子鎖をグラフト結合することにより、ホスホリルコリン基を有する高分子鎖とPE表面との間の結合力を高めることに成功した。
【0024】
特許文献5の方法は、次のスキーム1によって示される:
【0025】
【化1】
(スキーム1)
【0026】
特許文献5の方法によれば、過酷な摩擦摩耗環境下にあっても剥離しにくい耐摩耗性皮膜を、PEの摺動面に形成した関節摺動部材が得ることができるが、基材にはPEを使用しているので、未処理PEやその他の表面修飾PEと同じく、耐変形特性および耐破壊特性などの観点によって、臼蓋カップの厚さを薄くすることには限界があるという問題が残った。
【0027】
重合開始剤を使用しない特許文献6の方法は高エネルギー放射線を使用しており、これらの高エネルギー放射線はそれ自体危険性が高い。更にその放射線源の管理には大掛かりで専門的な設備が必要となるため、安全性および経済性の点で問題がある。
【0028】
また、特許文献6が提案しているグラフト重合の具体的な方法としての同時照射法によれば、基材およびモノマーの両者からラジカルを発生させるため、グラフト重合において十分なグラフト密度が得られず、更に、ガンマ線などの放射線は基材の内部まで貫通し得るため、基材の内部において不必要なまたは所望しない分子切断が生じたりして、基材の劣化または脆化を引き起こし得るという問題もある。
【0029】
また、特許文献6が提案しているグラフト重合のもう一つの方法である前照射法によれば、照射後、ラジカルが発生した基材をモノマーと接触させるまでの時間が長引くと、その時間の経過に伴って利用し得るラジカルが減衰するため、所望する十分なグラフト密度(例えば、0.01chains/nm以上)が得られない可能性がある。ガンマ線などの放射線を照射することに伴う基材の劣化(脆化)という問題も、同時照射法と同様に残る。グラフト密度に関しては、例えば、「New Frontiers in Polymer Synthesis」Advances in Polymer Science, VOL.217, 2008に記載されている。
【0030】
そこで、本願の発明は、長期間にわたって耐摩耗性を維持できる、耐久性に優れた摺動部材を提供することに伴う問題点を解決することを目的とする。本願の発明は、摺動部材、人工関節部材または人工関節を製造する際に安全性および経済性を向上させることを目的とする。本願の発明は、ポリマー基材の薄厚化を図った人工関節を提供することを目的とする。本願の発明は、体内に取り込んだ後に、高潤滑性、生体適合性、抗脱臼性を示すことができる人工関節を提供することを目的とする。
【0031】
また、特許文献7及び非特許文献1の方法によれば、いずれの場合も、基材の表面を被覆するホスホリルコリン基の割合(または密度)が所望する程度を下回っていた。そこで、本願は、ホスホリルコリン基を有するモノマー、特にMPCを用いた場合に、医療器具材料の表面において、所望される優れた生体適合性(血液適合性を含む)、親水性、表面潤滑性を示す医療器具材料を提供することを1つの目的とする。
【0032】
特許文献8の方法は、上述したスキーム1によって示される。
【0033】
特許文献8の方法によれば、基材としてPEを使用しているので、その他の表面修飾PEと同じく、十分な基材の強度を確保するためには、基材の薄型化および/または軽量化に一定の限界があった。そこで、基材の薄型化および/または軽量化を図る一方で、所望される強度を発揮することができる医療器具材料を提供することを、本願のもう1つの目的とする。
【0034】
本願の発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、生体の内外において生体組織と直接的に接触する状態を長期間にわたって持続する場合であっても、血栓等が発生しにくく、そのため、例えば生体防御反応を抑制する薬物等の使用を排除しうる、抗血栓性及び摺動特性に優れる医療器具及びその製造方法を提供することにある。その医療器具は、細胞接着抑制作用、生体適合性、抗菌性(バイオフィルム形成・接着の抑制)などの作用についても優れていることが望ましい。さらには、細胞接着抑制効果が得られ、歯垢の付着及び歯周病の抑制が可能な歯科インプラントを提供することも、本願の目的の1つである。
【課題を解決するための手段】
【0035】
発明者らは、ホスホリルコリン基を有するモノマーを重合して得られる膜が細胞膜に類似する挙動を示すことに着目する一方で、ケトン基を表面に有するポリマー基材の表面において、アクリレート等のビニル基を有するモノマーを光照射によってグラフト重合させ得ることを見出し、これらを組み合わせることによって上記の目的を達成するに至った。
【0036】
この出願は、第1の発明として、ケトン基を表面に有するポリマー基材(A)の少なくとも一部の表面に被覆層(B)が設けられているポリマー摺動材料であって、被覆層(B)は、モノマー(C)を含む反応系にポリマー基材(A)を浸漬し、ポリマー基材(A)に対して光を照射して、ポリマー基材(A)の表面からモノマーの重合を開始させる表面グラフト重合によって形成されることを特徴とするポリマー摺動材料の発明を提供する。
【0037】
この出願は、第2の発明として、前記第1の発明のポリマー摺動材料を用いて形成される人工関節部材であって、ポリマー基材(A)が該人工関節部材の基部を構成し、該人工関節部材の少なくとも摺動面に被覆層(B)が設けられていることを特徴とする人工関節部材の発明を提供する。
【0038】
この出願は、第3の発明として、前記第2の発明の人工関節部材によって製造されることを特徴とする人工関節の発明を提供する。
【0039】
この出願は、第4の発明として、ケトン基を表面に有するポリマー基材(A)の少なくとも一部の表面を被覆して生体適合性材料層(B)が設けられている医療器具材料であって、生体適合性材料層(B)は、モノマー(C)を含む反応系にポリマー基材(A)を浸漬し、ポリマー基材(A)に対して光を照射して、ポリマー基材(A)の表面からモノマーの重合を開始させる表面グラフト重合によって形成されることを特徴とする医療器具材料の発明を提供する。
【0040】
この出願は、第5の発明として、前記第4の発明の医療器具材料を用いて形成される医療器具の発明を提供する。
【0041】
この出願は、第6の発明として、生体適合性材料層(B)を形成するためのモノマー(C)を含む反応系にポリマー基材(A)を浸漬し、ポリマー基材(A)に対して光を照射して、ポリマー基材(A)の表面からモノマーの重合を開始させる表面グラフト重合によって、ポリマー基材(A)の表面の少なくとも一部が生体適合性材料層(B)によって被覆された医療器具材料を形成する方法であって、ポリマー基材(A)はケトン基を表面に有するポリマーであること、ならびに、モノマー(C)を含む反応系ならびにポリマー基材(A)の表面および内部には、別途、重合開始剤を含まないことを特徴とする医療器具材料の製造方法の発明を提供する。
【0042】
これら本願の発明は、ポリマー基材の表面において、表面開始グラフト重合、いわゆる「grafting from」法によってビニル基を有するモノマーをグラフト重合させると、グラフト重合によって得られるポリマー層(もしくはポリマー皮膜)または生体適合性材料層とポリマー基材との間に良好な高い結合力の共有結合を形成し得ること、また、ポリマー基材として特定の種類のポリマーを用いることによって、重合開始剤を使用することなく、所望する重合反応を行い得ることを発明者らが確認したことに基づいて完成した発明である。
【0043】
第1の発明のポリマー摺動材料は、1つの態様例において、モノマー(C)を含む反応系ならびにポリマー基材(A)の表面および内部に、別途、重合開始剤を含むことなくグラフト重合を行って被覆層(B)を形成したことを特徴とすることができる。
第1の発明のポリマー摺動材料は、1つの態様例において、ポリマー基材(A)が芳香族ケトンを含むポリマー基材であることを特徴とすることができる。
【0044】
第1の発明のポリマー摺動材料は、1つの態様例において、ポリマー基材(A)が、ポリエーテルケトン(PEK)、PEEK、ポリエーテルケトンケトン(PEKK)、ポリエーテルエーテルケトンケトン(PEEKK)、ポリエーテルケトンエーテルケトンケトン(PEKEKK)、およびポリアリールエーテルケトン(PAEK)からなる群から選ばれるポリマー、もしくは上記群のポリマーからの少なくとも2種のポリマーを複合化した複合化ポリマー、または、上記ポリマーおよび上記複合化ポリマーの群から選ばれるポリマーをマトリックスとする繊維強化ポリマーのいずれかであることを特徴とすることができる。
第1の発明のポリマー摺動材料は、1つの態様例において、モノマー(C)が、(メタ)アクリレート化合物から選ばれることを特徴とすることができる。
【0045】
第1の発明のポリマー摺動材料は、1つの態様例において、モノマー(C)が、エポキシ(メタ)アクリレート化合物、ウレタン(メタ)アクリレート化合物、ポリエステル(メタ)アクリレート化合物、ポリブタジエン(メタ)アクリレート化合物、およびシリコーン(メタ)アクリレート化合物の群から選ばれる少なくとも1種の化合物であることを特徴とすることができる。
第1の発明のポリマー摺動材料は、1つの態様例において、モノマー(C)が、ホスホリルコリン基を有する化合物を含むことを特徴とすることができる。
【0046】
第1の発明のポリマー摺動材料は、1つの態様例において、前記ホスホリルコリン基を有する化合物が、MPCであることを特徴とすることができる。
第1の発明のポリマー摺動材料は、1つの態様例において、表面グラフト重合が、ポリマー基材(A)を溶解することなく、モノマー(C)を分散または溶解させる溶媒中で行われたことを特徴とすることができる。
【0047】
第1の発明のポリマー摺動材料は、1つの態様例において、Pin−on−plate型摩擦試験機を用いて、0.98Nの荷重、すべり距離25mm、1Hzの周波数、室温、水潤滑環境条件下で0.01〜0.04の範囲の動摩擦係数を示すことを特徴とすることができる。
【0048】
第1の発明のポリマー摺動材料は、1つの態様例において、ポリマー基材(A)が人工関節の少なくとも一部、例えば人工関節の臼蓋側部材の全体若しくはその一部及び/又は骨頭側部材の全体若しくはその一部を構成することを特徴とすることができる。
第1の発明のポリマー摺動材料は、1つの態様例において、被覆層(B)の厚さが10〜200nmであることを特徴とすることができる。
第1の発明のポリマー摺動材料は、1つの態様例において、摺動材料の表面が、液滴法にて、液適後60秒時点における測定の条件下で、水による静的接触角が20°以下であることを特徴とすることができる。
第1の発明のポリマー摺動材料は、1つの態様例において、摺動材料の表面のX線光電子分光分析から得られるリン原子濃度および窒素原子濃度の値がいずれも4atom%以上であることを特徴とすることができる。
第2の発明の人工関節部材は、1つの態様例において、第1の発明のポリマー摺動材料を用いて形成される人工関節部材であって、ポリマー基材(A)が該人工関節部材の基部を構成し、該人工関節部材の少なくとも摺動面に被覆層(B)が設けられていることを特徴とすることができる。
第2の発明の人工関節部材は、1つの態様例において、組み合わせられる骨頭の直径が32mm以上であり、且つ、ポリマー基材の厚さが3〜6mmであることを特徴とすることができる。
第3の発明の人工関節は、1つの態様例において、第2の発明の人工関節部材によって製造されることを特徴とすることができる。
【0049】
第4の発明の医療器具材料は、1つの態様例において、モノマー(C)を含む反応系ならびにポリマー基材(A)の表面および内部に、別途、重合開始剤を含むことなくグラフト重合を行って生体適合性材料層(B)を形成したことを特徴とすることができる。
【0050】
第4の発明の医療器具材料は、1つの態様例において、ポリマー基材(A)が芳香族ケトンを含むポリマー基材であることを特徴とすることができる。
【0051】
第4の発明の医療器具材料は、1つの態様例において、ポリマー基材(A)が、PEK、PEEK、PEKK、PEEKK、PEKEKK、およびPAEKからなる群から選ばれるポリマー、もしくは上記群のポリマーからの少なくとも2種のポリマーを複合化した複合化ポリマー、または、上記ポリマーおよび上記複合化ポリマーの群から選ばれるポリマーをマトリックスとする繊維強化ポリマーのいずれかであることを特徴とすることができる。
【0052】
第4の発明の医療器具材料は、1つの態様例において、モノマー(C)が、(メタ)アクリレート化合物から選ばれることを特徴とすることができる。
【0053】
第4の発明の医療器具材料は、1つの態様例において、モノマー(C)が、エポキシ(メタ)アクリレート化合物、ウレタン(メタ)アクリレート化合物、ポリエステル(メタ)アクリレート化合物、ポリブタジエン(メタ)アクリレート化合物、およびシリコーン(メタ)アクリレート化合物の群から選ばれる少なくとも1種の化合物であることを特徴とすることができる。
【0054】
第4の発明の医療器具材料は、1つの態様例において、モノマー(C)が、ホスホリルコリン基を有する化合物を含むことを特徴とすることができる。
【0055】
第4の発明の医療器具材料は、1つの態様例において、前記ホスホリルコリン基を有する化合物が、MPCであることを特徴とすることができる。
【0056】
第4の発明の医療器具材料は、1つの態様例において、表面グラフト重合が、ポリマー基材(A)を溶解することなく、モノマー(C)を分散または溶解させる溶媒中で行われたことを特徴とすることができる。
【0057】
第4の発明の医療器具材料は、1つの態様例において、その生体適合性材料層(B)の表面が、Pin−on−plate型摩擦試験機を用いて、0.98Nの荷重、すべり距離25mm、1Hzの周波数、室温、水潤滑環境条件下で0.01〜0.04、好ましくは0.01〜0.02の範囲の動摩擦係数を示すことを特徴とすることができる。
【0058】
第4の発明の医療器具材料は、1つの態様例において、生体適合性材料層(B)の厚さが10nm〜1μm、好ましくは少なくとも50nm、より好ましくは少なくとも100nmであって、好ましくは250nm程度まで、より好ましくは200nm程度までであることを特徴とすることができる。
【0059】
第4の発明の医療器具材料は、1つの態様例において、生体適合性材料層(B)の表面が、液滴法にて、液適後60秒時点における測定の条件下で、水に対する静的接触角が40°以下、好ましくは20°以下、より好ましくは10°以下であることを特徴とすることができる。
【0060】
第4の発明の医療器具材料は、1つの態様例において、生体適合性材料層(B)の表面のX線光電子分光分析から得られるリン原子濃度および窒素原子濃度の値がいずれも4atom%以上、好ましくは4.5atom%以上、より好ましくは5.0atom%以上であることを特徴とすることができる。
【0061】
第4の発明の医療器具材料は、1つの態様例において、生体適合性材料層(B)の表面のマイクロBCA法によって得られるタンパク質(アルブミンまたはフィブリノーゲン)吸着量が0.2μg/cm以下、好ましくは0.1μg/cm以下、より好ましくは0.08μg/cm以下であることを特徴とすることができる。
【0062】
第5の発明に関して、各医療器具の基本的骨格を形成する部分をポリマー基材(A)によって形成し、そのポリマー基材(A)の表面の血液及び体液等の生体の細胞及び組織に直接的に接触し得る部分を生体適合性材料層(B)によって被覆することによって、医療器具を形成することができる。
【0063】
従って、第5の発明の医療器具は、1つの態様例において、人工腎臓、人工肺、人工気管、人工心臓用ポンプ、人工弁、人工血管、カテーテル、心臓ペースメーカー、歯科インプラント、人工歯、人工骨、人工腱、人工指関節、骨固定プレート、骨スクリューの群から選ばれることを特徴とすることができる。
【0064】
第6の発明の医療器具材料の製造方法に関して、モノマー(C)を含む反応系ならびにポリマー基材(A)の表面および内部に、別途、重合開始剤を含むことなくグラフト重合を行って生体適合性材料層(B)を形成することを特徴とすることができる。
【0065】
第6の発明の医療器具材料の製造方法に関して、ポリマー基材(A)として、芳香族ケトンを含むポリマー基材を用いることを特徴とすることができる。
【0066】
第6の発明の医療器具材料の製造方法に関して、ポリマー基材(A)として、PEK、PEEK、PEKK、PEEKK、PEKEKK、およびPAEKからなる群から選ばれるポリマー、もしくは上記群のポリマーからの少なくとも2種のポリマーを複合化した複合化ポリマー、または、上記ポリマーおよび上記複合化ポリマーの群から選ばれるポリマーをマトリックスとする繊維強化ポリマーのいずれかを用いることを特徴とすることができる。
【0067】
第6の発明の医療器具材料の製造方法に関して、モノマー(C)が、(メタ)アクリレート化合物から選ばれることを特徴とすることができる。
【0068】
第6の発明の医療器具材料の製造方法に関して、モノマー(C)が、エポキシ(メタ)アクリレート化合物、ウレタン(メタ)アクリレート化合物、ポリエステル(メタ)アクリレート化合物、ポリブタジエン(メタ)アクリレート化合物、およびシリコーン(メタ)アクリレート化合物の群から選ばれる少なくとも1種の化合物であることを特徴とすることができる。
【0069】
第6の発明の医療器具材料の製造方法に関して、モノマー(C)が、ホスホリルコリン基を有する化合物を含むことを特徴とすることができる。第6の発明の医療器具材料の製造方法に関して、前記ホスホリルコリン基を有する化合物が、MPCであることを特徴とすることができる。
【0070】
第6の発明の医療器具材料の製造方法に関して、表面グラフト重合を、ポリマー基材(A)を溶解することなく、モノマー(C)を分散または溶解させる溶媒中で行うことを特徴とすることができる。
【発明の効果】
【0071】
この出願の第1の発明によれば、ポリマー基材と、モノマーを重合させて形成する被覆層とは、グラフト重合によって結合(共有結合)させるため、長期間にわたって耐摩耗性を維持できるという耐久性に優れており、安全で経済的に製造することができるポリマー摺動材料を提供することができる。特に、第1の発明によれば、人工関節に用いた場合に、5〜10年を越えるような長い使用期間であっても耐摩耗性の顕著な低下を防止することができる耐久性に優れたポリマー摺動部材を提供することができる。また、ポリマー基材には、耐変形特性および耐破壊特性に優れるエンジニアリングプラスティックであるPEEKをはじめとするケトン基を表面に有するポリマー基材を使用するので、ポリマー基材の厚さを比較的薄く設定した場合であっても、十分な耐摩耗特性、荷重支持性および耐破壊特性を達成して、より小さいポリマー基材の厚さのポリマー摺動部材を提供することができる。
【0072】
この出願の第2の発明によれば、上述した第1の発明のポリマー摺動材料の特性を具備する人工関節部材を提供することができる。
【0073】
この出願の第2の発明によれば、ポリマー基材と、モノマーを重合させて形成する被覆層とは、グラフト重合によって結合(共有結合)させるため、長期間にわたって耐摩耗性を維持できるという耐久性に優れており、安全で経済的に製造することができる人工関節部材を提供することができる。特に、第2の発明によれば、人工関節に用いた場合に、5年を越えるような長い使用期間であっても耐摩耗性の顕著な低下を防止することができる耐久性に優れたポリマー摺動部材を用いた人工関節部材を提供することができる。また、ポリマー基材には、耐変形特性および耐破壊特性に優れるエンジニアリングプラスティックであるPEEKをはじめとするケトン基を表面に有するポリマー基材を使用するので、ポリマー基材の厚さを比較的薄く設定した場合であっても、十分な荷重支持性、耐破壊特性を達成して、より小さい外径寸法の人工関節部材を提供することができる。
この出願の第3の発明によれば、上述した第2の発明の人工関節部材の特性を具備する人工関節を提供することができる。
【0074】
尚、第1の発明のポリマー摺動材料は、所望の機能、特性(例えば、耐久性、荷重支持性、耐変形性)を示すことができるポリマー基材の所定の表面を、所望の機能、特性(例えば、高い親水性・潤滑性、タンパク質吸着抑制特性、細胞接着抑制特性、耐水性、耐熱性)を有する重合生成物の層によって被覆することによって、耐久性や摺動性(水に対する良好な濡れ性、低い動摩擦係数、および低い静摩擦係数)を示すことができる。
【0075】
この出願の医療器具材料の発明によれば、ポリマー基材とモノマーを重合させて形成する生体適合性材料層とをグラフト重合によって共有結合させるため、ポリマー基材(A)と生体適合性材料層(B)との強い結合を長期間にわたって保つことができる。更に、ポリマー基材(A)上に形成した生体適合性材料層(B)は、細胞膜類似の特性を示すことによって優れた生体適合性を示す一方で、優れた抗血栓性を発揮することができる。従って、得られる医療器具材料は、優れた生体適合性、抗血栓性、細胞接着抑制性、並びに、バイオフィルム形成抑制性及び抗菌性を長期間にわたって保持することができる。その医療器具材料を用いて形成した医療器具も、生体適合性、抗血栓性、細胞接着抑制性、並びに、バイオフィルム形成抑制性及び抗菌性に関して同様の優れた特性を長期間にわたって保持することができる。
【0076】
かかる医療器具材料は、重合時に、反応系ならびにポリマー基材(A)の表面および内部に、別途、重合開始剤を存在させることなくグラフト重合を行う場合には、重合生成物から重合開始剤の残留成分を分離除去する手間や必要性を排除することができる。更に、重合開始剤成分が生体適合性材料層内に微量であっても残留する場合には、その生体適合性材料層が生体の組織に接触することによって、その医療器具が適用された患者の健康を損なうおそれがあるが、本発明の医療器具材料はそのような健康を損なう可能性を実質的に防止または排除することができる。
【0077】
この医療器具材料は、ポリマー基材として、耐変形特性および耐破壊特性に優れるエンジニアリングプラスティックであるPEEKをはじめとするケトン基を表面に有するポリマー基材を使用するので、ポリマー基材の厚さを比較的薄く設定した場合であっても、十分な耐摩耗特性、荷重支持性および耐破壊特性を達成して、ポリマー基材の厚さをより小さく設けることができる。
従って、この医療器具材料を用いて形成する医療器具について、より小型化および/またはより薄型化および/またはより軽量化を達成することができる。
【0078】
この出願の第6の発明によれば、上述するような優れた抗血栓性、細胞接着抑制性、生体適合性、並びに、バイオフィルム形成抑制性及び抗菌性、並びに安全性及び耐久性を示す医療器具材料及び医療器具を、比較的経済的に製造することができる。
【0079】
尚、第4の発明の医療器具材料は、所望の機能、特性(例えば、耐久性、荷重支持性、耐変形性)を示すことができるポリマー基材の所定の表面を、所望の機能、特性(例えば、高い親水性・潤滑性、タンパク質吸着抑制特性、細胞接着抑制特性、耐水性、耐熱性)を有する重合生成物の層によって被覆することによって、耐久性や摺動性(水に対する良好な濡れ性、低い動摩擦係数、および低い静摩擦係数)を示すことができる。
【0080】
この出願の第4の発明に係る医療器具材料を用いて製造し、または、この出願の第6の発明に係る方法を用いて製造すると、長期間身体内で使用しても血栓等が発生しにくく、そのため、例えば生体防御反応を抑制する薬物等の使用を排除し得る、抗血栓性及び摺動特性に優れた医療器具を提供することができる。
特に、歯科分野においては、細胞接着抑制効果が得られ、歯垢の付着及び虫歯の抑制が可能な歯科インプラントとしての医療器具を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0081】
図1図1は、未処理のPEEK基材と対比した、実施例1および実施例3の生成物についてのFT−IR分析の結果を示す。
図2図2は、実施例1及び実施例3の生成物についてのXPS分析(スペクトル)の結果を示す。
図3図3は、実施例1及び実施例3の生成物についての断面TEM観察(イメージ)の結果を示す。
図4図4は、PE基材、PEEK基材および炭素繊維複合PEEK(CF−PEEK)基材を使用して、未処理の基材と、重合開始剤を使用する場合と、重合開始剤を使用しない場合との間で、水による静的接触角を測定した結果を示す。
図5図5は、PE基材、PEEK基材および炭素繊維複合PEEK(CF−PEEK)基材を使用して、未処理の基材と、重合開始剤を使用する場合と、重合開始剤を使用しない場合との間で、Pin−on−plate型摩擦試験によって、動摩擦係数を測定した結果を示す。
図6図6は、実施例1の構成を人工股関節に適用した例を示す模式図である。
図7図7は、実施例1の構成を人工股関節に適用し、その稼動域を計算した模式図である。
図8図8は、PE基材、PEEK基材および炭素繊維複合PEEK(CF−PEEK)基材を使用して、未処理の基材と、重合開始剤を使用する場合と、重合開始剤を使用しない場合との間で行ったタンパク質(アルブミン)吸着試験の結果を示す。
図9図9は、PEEK基材を使用して、未処理の基材と、重合開始剤を使用する場合と、重合開始剤を使用しない場合との間で行ったタンパク質(フィブリノーゲン)吸着試験の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0082】
本願の各発明において用いるグラフト重合方法では、基本的に、ケトン基を表面に有するポリマー基材(A)の表面を反応の場として用い、モノマー(C)を含む反応系をポリマー基材(A)の表面に存在させることを特徴とする。そして、このグラフト重合方法では、光重合開始剤、例えば光ラジカル型開始剤を使用しないことをも特徴とする。ポリマー基材に対して光を照射して、ポリマー基材(A)の表面からモノマーの重合を開始させる表面開始グラフト重合を行うことによって、所望する重合生成物を得ることができる。
溶剤は、ポリマー基材(A)およびモノマー(C)の組み合わせに応じて、使用する場合もあるし、使用しない場合もある。もっとも、反応系の全体においてラジカル反応を一様に行わせるためには、ラジカルモノマー(C)を、適切な溶剤に分散または溶解させることが好ましい。その場合の反応系には、モノマー(C)を分散または溶解させている溶剤も含まれる。上記グラフト重合反応系に適切な溶剤を用いることが好ましい。グラフト重合によって基材(幹)上に重合生成物(枝重合体)が形成され、基材と重合生成物との間には共有結合が存在する。
【0083】
本願のグラフト重合方法の発明において、ケトン基を表面に有するポリマー基材(A)としては、芳香族ケトンを含む基材を使用することができる。そのような芳香族ケトンを含む基材の例としては、PEK、PEEK、PEKK、PEEKK、PEKEKK、PAEKを含む群から選ばれるポリマー材料を挙げることができる。また、所望の機能、特性(例えば、耐久性、荷重支持性、耐変形性)を向上させるために、ポリアクリロニトリルなどの炭素繊維を複合させてもよい。炭素繊維の割合としては、30〜60%であることが好ましく、30%であることがさらに好ましい。
【0084】
本願のグラフト重合方法の発明において、モノマー(C)としては、ビニル化合物、例えば(メタ)アクリレート化合物を使用することができる。モノマーは、一般にラジカル反応性であるが、他の反応性、例えばイオン反応性(カチオン性またはアニオン性)などであってもよい。
【0085】
本願のグラフト重合方法において、(メタ)アクリレート化合物は、単独で使用することもできるし、複数の化合物を使用して共重合させることもできる。また、必要に応じて、ビニル化合物、マレイミド化合物との混合物として使用して、(メタ)アクリレート化合物とマレイミド化合物とのコポリマーとしての重合生成物を製造することもできる。
【0086】
前記モノマーは、例えば、(メタ)アクリル酸;(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸−n−プロピル、(メタ)アクリル酸イソプロピル、(メタ)アクリル酸−n−ブチル、(メタ)アクリル酸イソブチル、(メタ)アクリル酸−tert−ブチル、(メタ)アクリル酸−n−ペンチル、(メタ)アクリル酸−n−ヘキシル、(メタ)アクリル酸シクロヘキシル、(メタ)アクリル酸−n−ヘプチル、(メタ)アクリル酸−n−オクチル、(メタ)アクリル酸−2−エチルヘキシル、(メタ)アクリル酸ノニル、(メタ)アクリル酸デシル、(メタ)アクリル酸ドデシル、(メタ)アクリル酸ステアリルなどの(メタ)アクリル酸アルキル;(メタ)アクリル酸フェニル、(メタ)アクリル酸トルイル、(メタ)アクリル酸ベンジル;(メタ)アクリル酸−2−メトキシエチル、(メタ)アクリル酸−3−メトキシブチル等の(メタ)アクリル酸アルコキシエステル;(メタ)アクリル酸−2−ヒドロキシエチル、(メタ)アクリル酸−2−ヒドロキシプロピル;、(メタ)アクリル酸グリシジル;(メタ)アクリル酸2−アミノエチル、γ−(メタクリロイルオキシプロピル)トリメトキシシランなどのシラン化合物を含む(メタ)アクリル酸エステル;(メタ)アクリル酸のエチレンオキサイド付加物;(メタ)アクリル酸トリフルオロメチルメチル、(メタ)アクリル酸2−トリフルオロメチルエチル、(メタ)アクリル酸2−パーフルオロエチルエチル、(メタ)アクリル酸2−パーフルオロエチル−2−パーフルオロブチルエチル、(メタ)アクリル酸2−パーフルオロエチル、(メタ)アクリル酸パーフルオロメチル、(メタ)アクリル酸ジパーフルオロメチルメチル、(メタ)アクリル酸2−パーフルオロメチル−2−パーフルオロエチルメチル、(メタ)アクリル酸2−パーフルオロヘキシルエチル、(メタ)アクリル酸2−パーフルオロデシルエチル、(メタ)アクリル酸2−パーフルオロヘキサデシルエチル等のフッ素基含有(メタ)アクリル酸エステルであるが、特にホスホリルコリン基を有する化合物を含むことが好ましい。前記ホスホリルコリン基を有する化合物としては、例えば、2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、2−アクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、4−メタクリロイルオキシブチルホスホリルコリン、6−メタクリロイルオキシヘキシルホスホリルコリン、ω−メタクリロイルオキシエチレンホスホリルコリン、4−スチリルオキシブチルホスホリルコリン等がある。特に、MPCを挙げることができる。MPCが特に好ましい。
モノマーを含む反応系の使用量は、基材表面1cm当たり、0.01〜10mLであり、例えば0.01〜5mLが好ましい。モノマー濃度としては、0.25〜1.00mol/Lであることが好ましく、0.25〜0.50mol/Lであることがさらに好ましい。
【0087】
前記ホスホリルコリン基を有する化合物が特にMPCである場合に、その重合生成物は細胞膜構造に近似する構造を有することができる。従って、所定のポリマー基材の所望する表面を、グラフト重合によって形成したそのような重合生成物が被覆する材料は、生体内に補綴または埋設するための生体材料として有用である。
また、このような材料は、人工腎臓、人工肺、人工心臓用ポンプ、カテーテル、心臓ペースメーカー等の生体に直接的に接続して、血液や体液の循環、供給等を行う医療器具において、血液や体液を含む生体組織に直接的に接触し得る部分を形成する材料として用いる場合にも、優れた生体適合性を利用することができるため、有用である。
【0088】
基材としてPEEKを使用し、ホスホリルコリン基を有する化合物としてMPCを使用した場合の反応の概略図を以下に示す。
【化2】
【0089】
本願のグラフト重合方法において好適な溶剤には、水ならびにアルコール類及びそのアルコール類の水溶液を挙げることができる。使用する溶剤は、少なくともモノマーを溶解または分散させること、基材を侵食または溶解しないこと、並びに本発明のグラフト重合に悪影響を及ぼさないことという要件を満たす必要がある。
【0090】
本願のグラフト重合方法において、使用することが好適な光は、紫外線および/または可視光線(以下、単に「紫外線」と表記する)であり、200〜450nmの範囲の波長を有することが好ましく、300〜400nmの範囲の波長を有することがより好ましい。紫外線の強度は、1.5〜8.0mW/cmの範囲であり、例えば4.0〜6.0mW/cmの範囲であることが好ましい。さらに照射時間としては、20分〜180分であることが好ましく、45分〜90分であることがさらに好ましい。上記設定により良好に光グラフト重合を行うことができる。
【0091】
本願のグラフト重合方法では、グラフト重合反応を行うに際して、ポリマー基材の所望する表面に光エネルギーを照射することによってラジカルを発生させている。光は、放射線と対比して、照射範囲をより容易に制御することができる。従って、ポリマー基材の表面においてグラフト重合を行わせる部分を、マスクなどを用いることによって、所望する領域に限定して選択することもできる。
【0092】
本願のグラフト重合方法によってポリマー基材の表面に膜状に形成する重合生成物は、所望に応じて、10nm〜1μmの範囲の厚さ、例えば50nm〜200nmの厚さを有することができる。
【0093】
従って、ポリマー基材に対して、使用するモノマーの量比は、重合生成物を形成させたいポリマー基材の表面積に対して、形成しようとする重合生成物の膜厚に対応する量のモノマーのモル数または重量を計算することによって求めることができる。例えば、ポリマー基材の表面積1cmに対して、約0.0001〜約1.0molのモノマーを使用することができる。
【0094】
更に、重合に用いる条件によって、グラフト密度(chains/nm)を調整することができる。本願の発明に関しては、グラフト密度は、0.01〜0.6chains/nm、特に0.05〜0.6chains/nmの範囲であることが好ましい。
【実施例】
【0095】
(実施例1)
以下、本願のグラフト重合を行う方法について詳細に説明する。
実施例1では、基材としてPEEKを用い、モノマーとしてMPCを用い、モノマーを懸濁させる溶剤として水を用いた。
【0096】
まず、基材として使用するPEEK試料(縦10cm×横1cm×厚み0.3cm、重量3.9g:VICTREX社製、商品名450G)を、エタノール超音波洗浄に付して、表面を清浄化した。これとは別に、MPCの0.5mol/L水溶液を調製した。石英ガラス製容器の中に、前記調製したMPC水溶液の15mLを入れた。
【0097】
前記MPC水溶液の温度を60℃に保持しながら、MPC水溶液の中にPEEK試料を浸漬した。該PEEK試料に対して波長300〜400nmの紫外線を90分の時間で照射して、グラフト重合反応を行わせた。紫外線を照射した後、PEEK試料をMPC水溶液から引き上げ、純水を用いて十分に濯いで、乾燥させた。
【0098】
(実施例2)
実施例2では、基材としてCF−PEEK試料(縦10cm×横1cm×厚み0.3cm、重量4.2g:住友化学株式会社製、商品名CK4600)を用いたこと以外は、実施例1と同様の操作を行った。
【0099】
(比較例1)
実施例1と比較するために、比較例1を実施した。比較例1では、基材としてPE試料(縦10cm×横1cm×厚み0.3cm、重量2.6g:POLY HI SOLIDUR社製、商品名GUR1020)を用いたこと以外は、実施例1と同様の操作を行った。
【0100】
(実施例3)
実施例3では、実施例1の反応系に重合開始剤としてBPを添加した。最初にBPを10g/Lとなるようアセトン溶液に溶解した。得られたBP/アセトン溶液に基材として使用するPEEK試料を30秒間浸漬した後、引き上げてアセトン溶液を乾燥させることにより、表面にBPが塗布されたPEEK基材を得た。これを用いて、実施例1の方法と同様にグラフト重合反応を行わせた。グラフト重合反応前に、基材の表面にBPを塗布した点が、実施例1とは異なった。
【0101】
(実施例4)
実施例4では、実施例2の反応系に重合開始剤としてBPを使用した。最初にBPを10g/Lとなるようアセトン溶液に溶解した。得られたBP/アセトン溶液に基材として使用するCF−PEEK試料を30秒間浸漬した後、引き上げてアセトン溶液を乾燥させることにより、表面にBPが塗布されたCF−PEEK基材を得た。これを用いて、実施例1の方法と同様にグラフト重合反応を行わせた。
【0102】
(比較例2)
比較例2では、比較例1の反応系に重合開始剤としてBPを使用した。最初にBPを10g/Lとなるようアセトン溶液に溶解した。得られたBP/アセトン溶液に基材として使用するPE試料を30秒間浸漬した後、引き上げてアセトン溶液を乾燥させることにより、表面にBPが塗布されたPE基材を得た。これを用いて、実施例1の方法と同様にグラフト重合反応を行わせた。
【0103】
実施例1および実施例3の生成物について、日本分光株式会社製FT−IR分析装置615型を用い、全反射法(ZnSeプリズム)にて、分解能4cm−1、積算回数32回の測定条件にてFT−IR分析を行った。その結果を図1に示す。
【0104】
図1aは、上から順に、基材として用いた(従って未処理の)PEEK、(BPを使用した)実施例3から得られたMPCグラフト重合PEEK生成物(PEEK-g-MPC)、およびBPを使用せずに実施例1から得られたMPCグラフト重合PEEK生成物(PEEK-g-MPC、BP不使用)についての結果をそれぞれ示している。図1aからは、実施例1および実施例3から得られた生成物におけるPEEK基材が、それぞれの操作によって変質していないことが確認できた。
図1bは、基材として用いた(従って未処理の)PEEKと、BPを使用せずに実施例1から得られたMPCグラフト重合PEEK生成物(PEEK-g-MPC、BP不使用)とのスペクトルチャートを重ねてその差を調べたものである。図1bからは、光重合開始剤(BP)を使用せずにグラフト重合を行った実施例1の生成物のPEEK表面において、MPCに由来するピーク(1060、1720cm−1)が認められた。従って、光重合開始剤を使用しない場合でも、PEEK表面においてMPCをグラフト重合できたことを確認することができた。
【0105】
実施例1の生成物について、KRATOS ANALYTICAL社製XPS分析装置AXIS−HSi165型を用い、X線源はMg−Kα線、印加電圧を15kV、光電子の放出角度を90°の測定条件にてXPS分析(スペクトル)を行った。得られたスペクトル解析の結果を図2に示す。また表面元素組成の結果を表1に示す。
【0106】
図2aからは、光重合開始剤(BP)を使用してグラフト重合を行ったPEEK表面(実施例3(PEEK-g-MPC))、光重合開始剤を使用せずにグラフト重合を行ったPEEK表面(実施例1(PEEK-g-MPC、BP不使用))のいずれにおいても、MPCに由来するピーク(C=O)が認められた。従って、光重合開始剤を使用しない場合でも、PEEK表面においてMPCをグラフト重合できたことを確認することができた。
【0107】
図2cからは、光重合開始剤(BP)を使用してグラフト重合を行ったPEEK表面、光重合開始剤を使用せずにグラフト重合を行ったPEEK表面のいずれにおいても、MPCに由来するピーク(−N(CH)が認められた。従って、光重合開始剤を使用しない場合でも、PEEK表面においてMPCをグラフト重合できたことを確認することができた。
図2dからは、光重合開始剤(BP)を使用してグラフト重合を行ったPEEK表面、光重合開始剤を使用せずにグラフト重合を行ったPEEK表面のいずれにおいても、MPCに由来するピーク(P−O)が認められた。従って、光重合開始剤を使用しない場合でも、PEEK表面においてMPCをグラフト重合できたことを確認することができた。
N1s、P2pスペクトルにおいて、光重合開始剤の有無に関わらず、グラフト重合したPEEK表面にMPCに由来するピークが認められた。
【0108】
【表1】
【0109】
表1から、PEEKにMPCをグラフト重合して得られた生成物の表面についての原子濃度は、光重合開始剤を使用しなかった実施例1の生成物と、光重合開始剤を使用した実施例3の生成物との間で、実質的に同等であることが認められた。尚、窒素およびリンはMPCに由来する元素であって、実施例1および実施例3のそれぞれの生成物において、窒素およびリンの原子濃度はMPCポリマーの理論値と実質的に同等の値を示した。一方、PEにMPCをグラフト重合して得られた生成物の表面についての原子濃度は、光重合開始剤を使用しなかった比較例1の生成物と、光重合開始剤を使用した比較例2の生成物との間で、有意な差が認められた。比較例1の生成物の表面原子濃度は、未処理のPEの表面原子濃度と実質的に同等であることが認められた。また、CF−PEEKにMPCをグラフト重合して得られた生成物の表面についての原子濃度は、光重合開始剤を使用しなかった実施例2の生成物と、光重合開始剤を使用した実施例4の生成物との間で、実質的に同等であることが認められた。
【0110】
実施例1および実施例3の生成物の表面において、グラフト重合して得られたMPCポリマー膜の厚さを測定した。測定に使用する試料をエポキシ樹脂に包埋し、四塩化ルテニウム染色した後、ウルトラミクロトームを用いて超薄切片を切り出した。観察には、日本電子製JEM−1010型透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて、加速電圧100kVとして行った。その結果を図3に示す。図3において、未処理PEEKを(a)、実施例3を(b)、実施例1を(c)に示す。
【0111】
図3において、未処理PEEKには見られない被覆層(MPCポリマー膜)または生体適合性材料層が、実施例1および実施例3の表面上に観察された。実施例1および実施例3からの生成物の膜厚はいずれも約100nmであった。
【0112】
実施例1〜4および比較例1〜2の生成物について、協和界面科学株式会社製表面接触角測定装置DM300を用い、ISO15989規格に準拠して液滴法にて、液滴量1μLの純水を液適後、60秒時点における測定の測定条件にて、水による静的接触角を測定した。比較の基準として、各々の未処理のポリマー基材についても、同様に水による静的接触角を測定した。結果を図4に示す。
【0113】
図4から、PEEK基材にMPCをグラフト重合して得られた実施例1および実施例3の生成物は、光重合開始剤の有無に拘わらず、生成物表面の水に対する接触角が著しく低下したことが認められた。同様にCF−PEEK基材にMPCをグラフト重合して得られた実施例2および実施例4の生成物は、光重合開始剤の有無に拘わらず、生成物表面の水に対する接触角が著しく低下したことが認められた。
【0114】
また、基材にPEを用いた比較例1および比較例2の結果によれば、光重合開始剤を使用せずに、PE基材へのMPCのグラフト重合を試みた比較例1の生成物が示す接触角は、光重合開始剤を使用して、PE基材にMPCをグラフト重合して得られた比較例2の生成物よりも遙かに大きく、未処理のPE基材と同等の接触角であった。このことから、その表面にケトン基を有さない基材は、特に、光重合開始剤を使用せずに基材にモノマーを光開始グラフト重合するという本発明の方法に、好適ではないことが認められた。
【0115】
実施例1〜4および比較例1〜2の生成物について、新東科学株式会社製Pin−on−plate型摩擦試験機(トライボステーションType32)を用い、0.98Nの荷重、すべり速度50mm/秒、すべり距離25mm、1Hzの往復周波数、室温、水潤滑環境条件にて、動摩擦係数を測定した。比較の基準として、各々のポリマー基材についても、それぞれ未処理の状態で、同様に動摩擦係数を測定した。結果を図5に示す。
【0116】
図5から、基材としてPEEK基材を使用する例では、重合開始剤の有無に拘わらず、被覆層(または生体適合性材料層)表面の動摩擦係数が著しく低下したことが認められた(実施例1〜4)。また、基材としてPEを使用する例では、重合開始剤を使用した場合(比較例2)にのみ動摩擦係数の低下が認められ、重合開始剤を使用しない場合(比較例1)には動摩擦係数の低下が認められなかった。従って、PEEK基材に対してMPCをグラフト重合することによって、動摩擦係数の低い被覆層(または生体適合性材料層)を有する摺動部材を作製できることが確認できた。
【0117】
図6に、本願の人工関節部材を用いて作製した人工関節の一種である人工股関節1の模式図を示す。人工股関節1は、寛骨93の臼蓋94に固定される摺動部材(臼蓋カップ)10と、大腿骨91の近位端に固定される大腿骨ステム20とから構成されている。臼蓋カップ10は、ほぼ半球状の臼蓋固定面14とほぼ半球状にくぼんだ摺動面16とを有するカップ基材12と、摺動面16に被覆された被覆層30を有している。臼蓋カップ10の摺動面16に大腿骨ステム20の骨頭22を嵌め込んで摺動させることにより、股関節として機能する。
【0118】
実施例1に従って、カップ基材12としてPEEKを用い、モノマーとしてMPCを用いて、カップ基材12の摺動面16となる表面にMPCの被覆層30をグラフト重合によって形成した。この人工股関節では、被覆層30の厚みを好ましくは50〜200nm、カップ基材12の厚さを好ましくは3〜6mm、骨頭22の直径を好ましくは40〜48mmとしても、良好な摺動性と、可動性(抗脱臼性)とを達成することができた。
【0119】
図7に、本願の人工関節部材を用いて作製した人工関節の可動域の模式図を示す。図7(a)は、カップ基材の厚さを13mmとした場合に、適切に対応させ得る骨頭の最大直径として26mmを採用した例を示しており、図7(b)は、カップ基材の厚さを10mmとした場合に、適切に対応させ得る骨頭の最大直径として32mmを採用した例を示しており、図7(c)は、カップ基材の厚さを6mmとした場合に、適切に対応させ得る骨頭の最大直径として40mmを採用した例を示している。
【0120】
図7(a)、図7(b)および図7(c)の順に、カップ基材の厚さが薄くなり、骨頭の直径が大きくなっており、これにともなって人工関節の可動域が大きくなっていることが認められた。具体的には、カップ基材の厚さが13mmであり、骨頭の直径が26mmである従来の人工関節に対応する図7(a)の例では、可動域は131°であった。本願の発明の一例である図7(b)の場合には、カップ基材の厚さを10mmとし、骨頭の直径を32mmとすることができ、この場合の可動域は140°であった。本願の発明のもう1つの例である図7(c)の場合には、カップ基材の厚さを6mmとし、骨頭の直径を40mmとすることができ、この場合の可動域は143°であった。人工関節の可動域が大きくなるということは、その人工関節が、脱臼を生じにくい構造であることを意味する。従来は、PEを基材として用いるため、その強度面での制約からカップ基材の厚さを10mm以上にする必要があった。しかしながら、本願の発明のように、PEEK等の高強度ポリマーを基材とすることによって、3〜6mmの厚さのカップであっても設計することができ、また、強度面での十分な安全性を確保することもできる。
【0121】
このことから、ケトン基を表面に有するポリマー基材の表面において、アクリレート等のビニル基およびホスホリルコリン基を有するモノマーを光照射によってグラフト重合させることができ、それによって作製された人工関節部材の表面は、低い水に対する接触角、低い動摩擦係数を示すことが認められた。また、それらの人工関節部材を用いて作製された人工関節は、広い可動域を持つ構造となりうることが認められた。従って、本願の発明に係るポリマー摺動部材を適用することによって、高潤滑性、生体適合性、抗脱臼性を兼ね備えた人工関節を提供することができる。
【0122】
実施例1及び3並びに比較例1及び2の生成物について、37℃環境下、吸着時間1時間の条件にて、サーモフィッシャーサイエンティフィック社製高感度BCAタンパク質測定試薬(BCA−200 Protein Assay Kit)を用い、ビュレット反応による還元Cu(+)とビシンコニン酸(BCA)の配位による比色定量(マイクロBCA法)によるタンパク質(アルブミン)吸着試験を行った。比較の基準として、各々のポリマー基材についても、それぞれ未処理の状態で、同様の試験を行った。結果を図8に示す。
【0123】
図8から、未処理のPEEK基材と対比して、基材としてPEEKを使用する例(実施例1および実施例3)では、重合開始剤の有無に拘わらず、生体適合性材料層表面のタンパク質(アルブミン)吸着量が著しく低下したことが認められた。また、基材としてPEを使用する例では、重合開始剤を使用した場合(比較例2)にのみタンパク質(アルブミン)吸着量の低下が認められ、重合開始剤を使用しない場合(比較例1)にはタンパク質(アルブミン)吸着量の低下が認められなかった。従って、PEEK基材に対してMPCをグラフト重合することによって、タンパク質(アルブミン)吸着量の低い生体適合性材料層を有する医療器具材料を作製できることが確認できた。
【0124】
実施例1および実施例3の生成物について、37℃環境下、吸着時間1時間の条件にて、サーモフィッシャーサイエンティフィック社製高感度BCAタンパク質測定試薬(BCA−200 Protein Assay Kit)を用い、マイクロBCA法によるタンパク質(フィブリノーゲン)吸着試験を行った。比較の基準として、ポリマー基材についても、未処理の状態で、同様の試験を行った。結果を図9に示す。
【0125】
図9から、未処理のPEEK基材と対比して、実施例1および実施例3では、重合開始剤の有無に拘わらず、生体適合性材料層表面のタンパク質(フィブリノーゲン)吸着量が著しく低下したことが認められた。従って、PEEK基材に対してMPCをグラフト重合することによって、タンパク質(フィブリノーゲン)吸着量の低い生体適合性材料層を有する医療器具材料を作製できることが確認できた。
【0126】
このことから、ケトン基を表面に有するポリマー基材の表面において、アクリレート等のビニル基およびホスホリルコリン基を有するモノマーを光照射によってグラフト重合させ得ることができ、それによって作製された医療器具材料の表面は、きわめて低いタンパク質(アルブミンまたはフィブリノーゲン)吸着量を示すことが認められた。従って、本発明の医療器具材料及び医療器具は、抗血栓性、細胞接着抑制作用、生体適合性、抗菌性(バイオフィルム形成・接着の抑制)などに関して優れた特性を発揮し得ることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0127】
本発明のポリマー摺動材料は、人工関節部材に適用することに好適である。本発明の人工関節部材は、人工関節に適用することに好適である。本発明の人工関節部材を用いて作製した臼蓋カップは、臼蓋カップ自体の厚さを薄くできるので、従来適応とされなかった骨頭サイズを使用可能にし得る。従って可動域が増大し、脱臼防止に有用な人工関節を提供することができ、医療産業上の利用価値も高い。
【0128】
本発明の医療器具材料(生体適合性ポリマー材料)は、医療器具、より詳細には、人工腎臓、人工肺、人工気管、(補助)人工心臓用血液ポンプ、人工弁、人工血管、カテーテル、心臓ペースメーカー、人工骨、人工腱、人工指関節、骨固定プレート、骨スクリューなどの、体内および/または体外において、血液及び生体組織と接触する用具並びに歯科インプラントに適用することに好適である。長期間身体内で使用しても血栓等が発生しにくく、そのため、例えば生体防御反応を抑制する薬物等の使用を排除し得る、抗血栓性及び摺動特性に優れた医療器具を提供することができ、医療産業上の利用価値も高い。特に、歯科分野においては、細胞接着抑制効果が得られ、歯垢の付着及び虫歯の抑制が可能な歯科インプラントとしての医療器具を提供することができ、医療産業上の利用価値も高い。
図1
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