(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記熱可塑性樹脂層を構成する熱可塑性樹脂が、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトンケトン、ポリケトン、ポリフェニレンサルファイドおよび熱可塑性ポリイミドからなる群から選択される少なくとも1種であることを特徴とする請求項1または2に記載の絶縁電線。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記特許文献に記載の従来の技術では、導体の2つの対向する辺に対し、等しく導体との密着強度を向上させた絶縁被覆層が形成されている。このような絶縁被覆層を有する絶縁電線をコイル加工する際、絶縁電線どうしがが強く擦れ合うことにより、破断伸びを超える力がかかると、導体の全ての辺に等しい密着強度で絶縁被覆層が固定されていることが、絶縁被覆層に剥離や亀裂が生じる誘因となっていることを見い出した。
本発明は、絶縁被覆層の導体への密着性に優れ、かつ、コイルに加工する際に絶縁被覆層の剥離や亀裂が抑制される絶縁電線および該絶縁電線を用いたコイルを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記の従来技術が有する問題を解決するため鋭意検討した結果、平角導体を用い、該平角導体の1対の対向する辺に対する絶縁被覆層と該平角導体との密着強度と該平角導体の他の1対の対向する辺に対する絶縁被覆層と該平角導体との密着強度とを特定の関係に設定することにより、絶縁電線をコイルに加工する際に絶縁被覆の剥離や割れが発生するのを抑制できるという知見を得た。本発明は、この知見に基づきなされたものである。
【0008】
すなわち、本発明の上記課題は、以下の手段によって達成された。
(1)平角導体上に熱可塑性樹脂層を有し、
前記平角導体の1対の対向する辺に対する前記熱可塑性樹脂層と前記平角導体との密着強度と、前記平角導体の他の1対の対向する辺に対する前記熱可塑性樹脂層と前記平角導体との密着強度との差が5gf/mm〜100gf/mmであることを特徴とする絶縁電線。
(2)前
記差が10gf/mm〜50gf/mmであることを特徴とする(1)に記載の絶縁電線。
(3)前記熱可塑性樹脂層を構成する熱可塑性樹脂が、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトンケトン、ポリケトン、ポリフェニレンサルファイドおよび熱可塑性ポリイミドからなる群から選択される少なくとも1種であることを特徴とする(1)または(2)に記載の絶縁電線。
(4)前記平角導体が、銅、無酸素銅および銅合金からなることを特徴とする(1)〜(3)のいずれか1項に記載の絶縁電線。
(5)前記(1)〜(4)のいずれか1項に記載の絶縁電線が、巻線加工されたことを特徴とするコイル。
【0009】
本明細書において、「〜」を用いて表される数値範囲は、「〜」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
また、本明細書において、導体の「辺」は後述の曲率半径を有する導体のコーナー部以外の辺または面を意味する。
また、本明細書において、「導体のコーナー部」とは、所定の曲率半径で形成された導体の曲部を意味する。
また、本明細書において、平角導体は、横断面がコーナー部に後述の曲率半径を有する略長方形の導体および横断面がコーナー部に後述の曲率半径を有する略正方形の導体の両方を含む意味である。
【発明の効果】
【0010】
本発明の絶縁電線は、絶縁被覆層の導体への密着性に優れ、コイルに加工する際に絶縁被覆層の剥離や割れが抑制される。また、前記本発明の絶縁電線を巻線加工して作成した本発明のコイルは、巻線加工時の曲げ加工に起因する絶縁被覆層の剥離や割れが防止される。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<<絶縁電線>>
本発明の絶縁電線は、断面における4つのコーナーが曲率半径rを有する平角導体上に、熱可塑性樹脂層を有する。本発明の絶縁電線は、平角導体上に熱可塑性樹脂層を有し、該平角導体の1対の対向する辺に対する該熱可塑性樹脂層と該平角導体との密着強度と、該平角導体の他の1対の対向する辺に対する該熱可塑性樹脂層と該平角導体との密着強度が異なる。
なお、平角導体のコーナー部に対する熱可塑性樹脂層と該平角導体との密着強度は、該平角導体の1対の対向する辺に対する該熱可塑性樹脂層と該平角導体との密着強度と、平角導体の他の1対の対向する辺に対する熱可塑性樹脂層と該平角導体との密着強度のうち、どちらの密着強度と同じであってもよく、小さい方の密着強度と同じであることが好ましい。
【0013】
図1は、本発明の一態様として、略長方形の平角導体を有する絶縁電線の模式的な断面図を表している。
以下、導体が略長方形である場合、2組の1対の対向する辺のうち、長い方を長辺、短い方を短辺ということもある。
図1を参照して本発明の絶縁電線の実施態様を説明すると、
図1は、平角導体1の短辺と熱可塑性樹脂層2との界面の密着状態がミクロ的に不均一であることなどにより、密着強度が低くなっている。平角導体1の長辺における熱可塑性樹脂層2の平角導体1との密着強度が、平角導体1の短辺における熱可塑性樹脂層2の平角導体1に対する密着強度よりも大きくなっている。このように密着強度を制御した絶縁電線の調製方法については後述する。
【0014】
図1において、熱可塑性樹脂層2の右側面部2bと左側面部2dの密着強度は互いに同じでも異なってもよいが、同じであることが好ましい。また、熱可塑性樹脂層2の上部2aと下部2cの密着強度は互いに同じでも異なってもよいが、同じであることが好ましい。
熱可塑性樹脂層2の右側面部2bと左側面部2dの密着強度が異なり、および/または熱可塑性樹脂層2の上部2aと下部2cの密着強度が異なる場合、「1対の対向する辺に対する熱可塑性樹脂層と平角導体との密着強度」とは対向する2つの辺における密着強度の平均値をいう。
【0015】
図2は、
図1とは別の本発明の一態様として、略長方形の平角導体を有する絶縁電線の模式的な断面図を表している。
図2を参照して本発明の絶縁電線の実施態様を説明すると、平角導体1の長辺における熱可塑性樹脂層2の平角導体1との密着強度が、平角導体1の短辺における熱可塑性樹脂層2の平角導体1に対する密着強度よりも小さくする。この密着強度の大小関係以外は
図1と同様である。
以下、導体から順に説明する。
【0016】
<導体>
本発明に用いる導体としては、通常、絶縁電線で用いられているものを使用することができ、導電性を有する金属で構成され、その材質は導電性を有するものであればよく、例えばアルミニウムもしくはアルミニウム合金、又は銅もしくは銅合金が挙げられる。平角導体がアルミニウム合金で構成される場合、低強度ではあるがアルミニウム比率が高い1000系や、Al−Mg−Si系合金、例えば6000系アルミニウム合金の6101合金などが挙げられる。アルミニウム又はアルミニウム合金は、その導電率が銅又は銅合金の約2/3であるものの、比重は約1/3であることから、コイルを軽量化することができ、車両の軽量化、燃費向上に寄与することができる。平角導体が銅又は銅合金で構成される場合、一般的に絶縁電線で用いられているものを使用することができる。本発明に用いる導体として好ましくは、銅線であり、より好ましくは、酸素含有量が30ppm以下の低酸素銅、さらに好ましくは20ppm以下の低酸素銅または無酸素銅の導体である。酸素含有量が30ppm以下であれば、導体を溶接するために熱で溶融させた場合、溶接部分に含有酸素に起因するボイドの発生がなく、溶接部分の電気抵抗が悪化することを防止するとともに溶接部分の強度を保持することができる。
【0017】
本発明で使用する導体は、断面形状が、平角形状である。平角形状の導体は円形のものと比較し、巻線時に、ステータースロットに対する占積率が高い。従って、このような用途に好ましい。
平角形状の導体は、角部からの部分放電を抑制するという点において、
図1および2に示すように4隅に面取り(曲率半径r)を設けた形状であることが好ましい。曲率半径rは、0.6mm以下が好ましく、0.2〜0.4mmの範囲がより好ましい。
導体の断面の大きさは、特に限定はないが、1対の対向する辺の長さは1〜5mmが好ましく、1.4〜4.0mmがより好ましく、他の1対の対向する辺の長さは0.4〜3.0mmが好ましく、0.5〜2.5mmがより好ましい。1対の対向する辺の長さと厚み他の1対の対向する辺の長さの割合は、1:1〜4:1が好ましい。
【0018】
<熱可塑性樹脂層>
本発明では、平角導体上に熱可塑性樹脂で構成される熱可塑性樹脂層を少なくとも1層有する。
【0019】
本発明における熱可塑性樹脂層に用いることができる熱可塑性樹脂としては、ポリアミド(PA)(ナイロン)、ポリアセタール(POM)、ポリカーボネート(PC)、ポリフェニレンエーテル(変性ポリフェニレンエーテルを含む)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリエチレンナフタレート(PEN)、超高分子量ポリエチレン等の汎用エンジニアリングプラスチックの他、ポリスルホン(PSF)、ポリエーテルスルホン(PES)、ポリフェニレンスルフィド(PPS)、ポリアリレート(Uポリマー)、ポリアミドイミド、ポリエーテルケトン(PEK)、ポリアリールエーテルケトン(PAEK)、テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体(ETFE)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、熱可塑性ポリイミド樹脂(TPI)、ポリアミドイミド(PAI)、液晶ポリエステル等のスーパーエンジニアリングプラスチック、さらに、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリエチレンナフタレート(PEN)をベース樹脂とするポリマーアロイ、ABS/ポリカーボネート、ナイロン6,6、芳香族ポリアミド樹脂、ポリフェニレンエーテル/ナイロン6,6、ポリフェニレンエーテル/ポリスチレン、ポリブチレンテレフタレート/ポリカーボネート等の前記エンジニアリングプラスチックを含むポリマーアロイが挙げられる。本発明においては、耐熱性と耐ストレスクラック性の点において、ポリフェニレンスルフィド(PPS)、ポリエーテルケトンケトン(PEKK)、ポリアリールエーテルケトン(PAEK)(変性PEEKを含む)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)を特に好ましく用いることができる。これらの熱可塑性樹脂は1種単独で用いても良く、また、2種以上を組み合わせてもちいてもよい。また、上記に示した樹脂名によって使用樹脂が限定されるものではなく、先に列挙した樹脂以外にも、それらの樹脂より性能的に優れる樹脂であれば使用可能であるのは勿論である。
【0020】
これらのうち結晶性熱可塑性樹脂は、例えば、ポリアミド(PA)、ポリアセタール(POM)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリフェニレンスルフィド(PPS)、超高分子量ポリエチレン等の汎用エンジニアリングプラスチック、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリエーテルケトン(PEK)、ポリアリールエーテルケトン(PAEK)(変性PEEKを含む)、ポリエーテルケトンケトン(PEKK)、熱可塑性ポリイミド樹脂(TPI)であり好ましい。
【0021】
本発明における熱可塑性樹脂層に用いることができる熱可塑性樹脂の具体例としては、例えば、PEEKとしてビクトレックスジャパン社製のPEEK381G(商品名)、変性PEEKとしてソルベイ社製のアバスパイアAV−650(商品名)またはAV−651(商品名)、TPIとして三井化学社製のオーラムPL450C(商品名)、PPSとしてポリプラスチックス社製のジュラファイド0220A9(商品名)またはDIC社製のPPS FZ−2100(商品名)、SPSとして出光興産株式会社製:ザレックS105(商品名)、PAとしてナイロン6,6(ユニチカ社製:FDK−1(商品名))、ナイロン4,6(ユニチカ株式会社製:F−5000(商品名)、ナイロン6,T(三井石油化学株式会社製:アーレンAE−420(商品名))、ナイロン9,T(クラレ株式会社製:ジェネスタN1006D(商品名))、PESとして住友化学株式会社製のスミカエクセル3600G(商品名)、PEIとしてサビックイノベーティブプラスチックス社製のウルテム1000(商品名)、PETとして帝人化成社製のTR−8550T1(商品名)等の市販品を挙げることができる。
【0022】
なかでも、熱可塑性樹脂層に用いる樹脂は、耐熱老化特性および耐溶剤性を考慮すると結晶性の熱可塑性樹脂が好ましく、その中でもPEEK、PPS、TPIが特に好ましい。
【0023】
なお、本明細書において、「結晶性」とは結晶化に好都合な環境下で、高分子の鎖の少なくとも一部に規則正しく配列された結晶組織を持つことができる特性をいう。これに対して、「非晶性」とはほとんど結晶構造を持たない無定形状態を保つことをいい、硬化時に高分子の鎖がランダムな状態になる特性をいう。
【0024】
なお、使用する熱可塑性樹脂は、1種のみを単独で用いてもよく、2種以上を混合して使用してもよい。また、熱可塑性樹脂が複数層の場合、各層で互いに異なった熱可塑性樹脂を用いても、異なった混合比率の熱可塑性樹脂を使用してもよい。
2種の熱可塑性樹脂を混合して使用する場合は、例えば両者をポリマーアロイ化して相溶型の均一な混合物として使用するか、非相溶系のブレンドを、相溶化剤を用いて相溶状態を形成して使用することができる。
【0025】
本発明では、前記熱可塑性樹脂層の厚さは、10〜100μmが好ましく、20〜50μmがより好ましい。
100μmを超えると密着強度が同等でも剥離しない場合があるので特に100μm以下の厚みにおいて効果が期待できる。また10μm未満においては絶縁破壊電圧が低すぎる為コイル用絶縁電線には適さなない。
【0026】
本発明においては、特性に影響を及ぼさない範囲で、熱可塑性樹脂層を得る原料に、結晶化核剤、結晶化促進剤、気泡化核剤、酸化防止剤、帯電防止剤、紫外線防止剤、光安定剤、蛍光増白剤、顔料、染料、相溶化剤、滑剤、強化剤、難燃剤、架橋剤、架橋助剤、可塑剤、増粘剤、減粘剤、およびエラストマー等の各種添加剤を配合してもよい。また、得られる絶縁電線に、これらの添加剤を含有する樹脂からなる層を積層してもよいし、これらの添加剤を含有する塗料をコーティングしてもよい。
【0027】
<密着強度>
上述のように、本発明の絶縁電線は、平角導体上に熱可塑性樹脂層を有し、該平角導体の1対の対向する辺に対する該熱可塑性樹脂層と該平角導体との密着強度と、該平角導体の他の1対の対向する辺に対する該熱可塑性樹脂層と該平角導体との密着強度とが異なる。以下、
図1を参照して本発明の作用効果について説明する。
図1において、上述のとおり、平角導体1の長辺における熱可塑性樹脂層2の平角導体1との密着強度が、平角導体1の短辺における熱可塑性樹脂層2の平角導体1に対する密着強度よりも大きくなっている。このような本発明の絶縁電線は、コイル加工時に熱可塑性樹脂層2の右側面部2bと左側面部2dはずりの力がかかると絶縁被覆層直下に、絶縁電線の性能に影響を与えない程度の微小な空隙が発生してずれるため、
図1に記載の本発明の絶縁電線は、熱可塑性樹脂層2の破断伸びを超える変形を吸収して絶縁被覆層に剥離や割れが生じるのを抑止できる。
ここで、本発明の絶縁電線において、上記「空隙」と異なり、「剥離」が発生すると実用上使用できない程絶縁電線としての性能が低下する。
なお、本発明において、平角導体が略長方形である場合、長辺に対する熱可塑性樹脂層と平角導体との密着強度が平角導体の短辺に対する熱可塑性樹脂層と平角導体との密着強度とが異なればよく、どちらが大きくてもよい。
【0028】
本発明において、平角導体の1対の対向する辺に対する熱可塑性樹脂層と平角導体との密着強度と平角導体の他の1対の対向する辺に対する熱可塑性樹脂層と平角導体との密着強度との差
は、
5gf/mm〜100gf/mmであり、10gf/mm〜50gf/mmが好ましく、20gf/mm〜40gf/mmがより好ましい。
【0029】
本発明において、平角導体の1対の対向する辺に対する熱可塑性樹脂層と平角導体との密着強度は特に制限されないが、5gf/mm〜100gf/mmの範囲内にあることが好ましい。一方、平角導体の他の1対の対向する辺に対する熱可塑性樹脂層と平角導体との密着強度は特に制限されないが、5gf/mm〜100gf/mmの範囲内にあることが好ましい。
熱可塑性樹脂層の破断伸びを超える変形を吸収するという観点から、密着強度の差および密着強度が上記範囲内にあることが好ましい。
なお、密着強度の測定法は後述する。
【0030】
<<絶縁電線の調製方法>>
絶縁電線の調製方法は、密着強度が本発明の規定を満たすようにできるものであれば特に制限されないが、例えば、下記の制御による調製方法が挙げられる。
【0031】
(1)導体の表面粗度の違いを利用した調製方法
レーザ又はプラズマ照射により、熱可塑性樹脂層との密着強度を小さくする方の平角導体の1対の対向する辺の表面に凹凸を設ける。凹凸を設けた後に熱可塑性樹脂を押出被覆することにより、凹凸を設けなかった平角導体の1対の対向する辺に対する密着強度が、凹凸を設けた平角導体の1対の対向する辺に対する密着強度よりも大きい絶縁電線を得ることができる。
(2)導体表面の温度の違いを利用した調製方法
予め加熱した平角導体に熱可塑性樹脂を押出し被覆することにより絶縁電線を作成する。
平角導体の加熱は、電熱線を内側に備えた管の中を通すことにより行う。例えば、横断面が長方形の管を用いることにより、平角導体の1対の対向する辺と電熱線との距離と、平角導体の他の1対の対向する辺と電熱線との距離は異なる。これらの距離が互いに異なることにより、平角導体の1対の対向する辺の表面温度と平角導体の他の1対の対向する辺の表面温度とを相違させることができる。このように表面温度が調節された平角導体に熱可塑性樹脂を押出し被覆することにより平角導体の1対の対向する辺に対する密着強度と、平角導体の他の1対の対向する辺に対する密着強度とが異なる絶縁電線を得ることができる。
【0032】
本発明の絶縁電線は、前記特徴を有しているから、各種電気機器(電子機器ともいう。)等、耐電圧性や耐熱性を必要とする分野に利用可能である。例えば、本発明の絶縁電線はコイル加工してモーターやトランスなどに用いられ、高性能の電気機器を構成できる。特にHV(ハイブリッドカー)やEV(電気自動車)の駆動モーター用の巻線として好適に用いられる。このように、本発明によれば、上記の絶縁電線をコイル化して用いた、電気機器、特にHVおよびEVの駆動モーターを提供できる。なお、本発明の絶縁電線がモーターコイルに用いられる場合にはモーターコイル用絶縁電線とも称する。
【実施例】
【0033】
以下に、本発明を実施例に基づいて、さらに詳細に説明するが、これは本発明を制限するものではない。
【0034】
[実施例1]
図2に示す絶縁電線を製造した。
導体1には断面平角(長辺3.0mm×短辺1.7mmで、四隅の面取りの曲率半径r=0.3mm)の平角導体(酸素含有量5ppmの銅)を用いた。
電熱線を内側に備えた横断面が長方形の管を用いて、平角導体の短辺の表面の温度が、平角導体の長辺の表面の温度より高くなるように平角導体を加熱した。
この平角導体に、熱可塑性樹脂であるポリエーテルエーテルケトン(PEEK)(商品名:PEEK381G、ビクトレックスジャパン社製)を押出し被覆することにより、熱可塑性樹脂層2の平角導体の長辺に対する密着強度が、熱可塑性樹脂層2の平角導体の短辺に対する密着強度よりも小さいPEEK被覆導体からなる絶縁電線を得た。
PEEK被覆層の厚みは0.03mmであった。また、平角導体の短辺に対する熱可塑性樹脂層2の右側面部22bと左側面部22dの密着強度の値は互いに同じであり、平角導体の長辺に対する熱可塑性樹脂層2の上部22aと下部22cの密着強度も互いに同じ値であった。また、平角導体のコーナー部に対する熱可塑性樹脂層2の密着強度は、平角導体の長辺に対する熱可塑性樹脂層2の上部22aの密着強度と同じであった。
なお、密着強度の測定方法は後述する。
【0035】
[実施例2〜19、比較例1]
導体1として断面平角(長辺3.0mm×短辺1.7mmで、四隅の面取りの曲率半径r=0.3mm)の平角導体(酸素含有量5ppmの銅)を用いた。熱可塑性樹脂層、平角導体の長辺に対する熱可塑性樹脂層と平角導体との密着強度、平角導体の短辺に対する熱可塑性樹脂層と平角導体との密着強度を下記表1に記載されるように変更した以外は、実施例1と同様にして、熱可塑性樹脂被覆導体からなる
図1または
図2に示す絶縁電線を得た。
なお、
図1で表される絶縁電線おいて、平角導体の短辺に対する熱可塑性樹脂層2の右側面部2bと左側面部2dの密着強度の値は互いに同じであり、平角導体の長辺に対する熱可塑性樹脂層2の上部2aと下部2cの密着強度も互いに同じ値であった。また、平角導体のコーナー部に対する熱可塑性樹脂層2の密着強度は、平角導体の短辺に対する熱可塑性樹脂層2の右側面部2bの密着強度と同じであった。
【0036】
一方、
図2で表される絶縁電線おいて、平角導体の短辺に対する熱可塑性樹脂層2の右側面部22bと左側面部22dの密着強度の値は互いに同じであり、平角導体の長辺に対する熱可塑性樹脂層2の上部22aと下部22cの密着強度も互いに同じ値であった。また、平角導体のコーナー部に対する熱可塑性樹脂層2の密着強度は、平角導体の長辺に対する熱可塑性樹脂層2の上部22aの密着強度と同じであった。
【0037】
(密着強度の測定法)
熱可塑性樹脂層を一部剥離した絶縁電線を引張試験機(島津製作所社製、装置名「オートグラフAG−X」)にセットし、4mm/minの速度で熱可塑性樹脂層を上方へ引き剥がした(180°剥離)。その際に読み取った引張荷重を密着強度(gf/mm)とした。
【0038】
上記のようにして作製した各絶縁電線に対して、電線引き抜き試験を行った。
【0039】
−電線引き抜き試験(剥離および割れの評価)−
図3で示す内部が空洞のジグ内に各絶縁電線を通し、端部を持ち引き抜き、引き抜き後の各絶縁電線を目視で確認し、絶縁層に皮膜の剥離もしくは亀裂(割れ)の発生の有無を目視で確認した。具体的な試験方法を以下に記載する。
【0040】
各実施例および比較例で作成した絶縁電線から切り出した長さ400mmの電線試料を
図3(a)に示す内部が空洞のジグの3a側から通しジグの3c側から電線試料の一方の端部が150mm出た状態で、ジグの3c側が下になるように引張試験機(島津製作所社製、装置名「オートグラフAG−X」)にジグと一緒にセットした。ジグの3c側から出ている電線試料の3c側の端部を100mm/minで3aから3cの方向に3bと平行に引っ張り、電線試料とジグを接触(こすれ)させ、絶縁被覆層に剥離もしくは亀裂が発生したか否かを観察した。次に、3aを下にして、上記と同様にジグの3a側から150mm出た状態の電線試料の3a側の端部を引っ張り、電線試料とジグを接触させ、絶縁被覆層に剥離もしくは亀裂が発生したか否かを観察した。
さらに、電線試料をジグの3a側から通しジグの3c側から電線試料の一方の端部が150mm電線試料が出た状態で、ジグの3d側が下になるように引張試験機(島津製作所社製、装置名「オートグラフAG−X」)にジグと一緒にセットした。ジグの3c側から出ている電線試料の3c側の端部を100mm/minで3aから3cの方向に3bと平行に引っ張り、電線試料とジグを接触させ、絶縁被覆層に剥離もしくは亀裂が発生したか否かを観察した。次に、3bを下にして、上記と同様にジグの3a側から150mm出た状態の電線試料の3a側の端部を引っ張り、電線試料とジグを接触させ、絶縁被覆層に剥離もしくは亀裂が発生したか否かを観察した。
ここまでの工程を1回の引き抜き試験として、各電線試料につきこの引き抜き試験を4回繰り返し実施した。
【0041】
引き抜き試験を4回行っても剥離もしくは割れのいずれも確認できなかった場合を「◎」、3回引き抜きを行っても剥離もしくは割れのいずれも確認できなかった場合を「○」、2回引き抜きを行っても剥離もしくは割れのいずれも確認できなかった場合を「●」、1回引き抜きを行っても剥離もしくは割れのいずれも確認できなかった場合を「△」、1回引き抜きを行って剥離もしくは割れが確認できた場合を「×」とした。
「◎」、「○」、「●」が合格であり、「△」、「×」が不合格である。
得られた結果を下記表1〜3に示す。
【0042】
【表1】
【0043】
[表1注]
PEEK:ビクトレックスジャパン社製のPEEK381G(商品名)
PPS:ポリプラスチックス社製のジュラファイド0220A9(商品名)
TPI:三井化学社製のオーラムPL450C(商品名)
PES:住友化学株式会社製のスミカエクセル3600G(商品名)
PEI:サビックイノベーティブプラスチックス社製のウルテム1000(商品名)
PET:帝人化成社製のTR−8550T1(商品名)
【0044】
平角導体の1対の対向する辺に対する熱可塑性樹脂層と平角導体との密着強度と、平角導体の他の1対の対向する辺に対する熱可塑性樹脂層と平角導体との密着強度が異なる実施例1〜22の絶縁電線は、電線引き抜き試験において全て合格レベルであった。これに対して、平角導体の1対の対向する辺に対する熱可塑性樹脂層と平角導体との密着強度と、平角導体の他の1対の対向する辺に対する熱可塑性樹脂層と平角導体との密着強度が異らない比較例1は電線引き抜き試験において不合格であった。
さらに、実施例1〜22の中でも、実施例1〜3、5、7〜12、14、16〜18、20および21が、より高水準で機械的特性(電線引き抜き試験結果)を満たすことがわかる。
【0045】
さらに、実施例1〜22の絶縁電線について、下記2項目の試験を行った。
【0046】
−キシレン浸漬後折り曲げ試験(耐溶剤性の評価)−
キシレン浸漬後の折り曲げ試験を次のように評価した。1%伸張した直線状の各絶縁電線をキシレン溶液に10秒浸漬させた。浸漬後取出し、絶縁電線を半径が2mmの鉄芯を軸に180°折り曲げ試験を行った。絶縁被覆層に剥離もしくは亀裂のいずれも確認できなかった場合を合格とし、剥離もしくは亀裂のいずれかが発生し目視で確認できた場合を不合格とした。
【0047】
−耐熱老化特性の評価−
JIS C 3216−6 「巻線試験方法−第1部:全般事項」の「3.耐熱衝撃(エナメル線及びテープ巻線に適用)」を参照して、1%伸張した直状の各絶縁電線を200℃の恒温槽内に500時間静置した後に、絶縁層に亀裂が発生しているか否かを目視にて確認した。亀裂が確認できなかった場合を合格とし、亀裂が確認できた場合を不合格とした。
【0048】
以上の試験結果において、実施例1〜19の絶縁電線は、前記のように電線引き抜き試験が合格レベルであって、かつ、耐溶剤性および耐熱老化特性にも優れた。また、実施例20〜22の絶縁電線は、この耐溶剤性または耐熱老化特性のいずれかの結果が劣ったが、電線引き抜き試験の結果は合格レベルであった。
【0049】
上記の結果から、本発明の絶縁電線は、コイル、特にモーターコイルなどの電気・電子機器に好ましく適用できることがわかる。
【解決手段】平角導体上に熱可塑性樹脂層を有し、該平角導体の1対の対向する辺に対する該熱可塑性樹脂層と該平角導体との密着強度と該平角導体の他の1対の対向する辺に対する該熱可塑性樹脂層と該平角導体との密着強度とが互いに異なる絶縁電線。