(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記サファイア原料を融解する前に、当該サファイア原料を減圧の不活性雰囲気で熱処理することによって脱ガス処理する脱ガス工程をさらに備えることを特徴とする請求項1又は2に記載のサファイア単結晶の製造方法。
前記脱ガス工程では、前記チャンバー内を減圧の不活性雰囲気とし、前記サファイア原料の表面が500℃以上1000℃以下となるように加熱し、且つ、前記チャンバーより排出される排気ガス中の酸素濃度が0.1ppm以下になるまで脱ガス処理を続けることを特徴とする請求項3に記載のサファイア単結晶の製造方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、同じチョクラルスキー法であっても、シリコンとサファイアとでは物性が大きく異なるため、シリコン単結晶の引き上げで得られた知見をサファイア単結晶の引き上げにそのまま応用できるわけではない。むしろ、シリコン単結晶の引き上げとサファイア単結晶の引き上げは全く別の技術と捉える必要があり、シリコン単結晶の引き上げにおいては生じなかった種々の問題を解決しなければならない。
【0006】
例えば、サファイアは融点が約2323Kであり、シリコンの融点よりも大幅に高いことから、使用可能なルツボの材料もモリブデンやイリジウムなどの一部の高融点金属に限られる。このため、石英ルツボを使用するシリコン単結晶の引き上げでは生じない、サファイア単結晶の引き上げに特有の新たな問題が発生することがあり、これを解決することが必要となる。
【0007】
サファイア単結晶の引き上げに特有の問題としては、モリブデンルツボを使用した場合に生じる難溶解物の発生が挙げられる。難溶解物はサファイア融液の表面に浮かぶ不純物であり、これが多量に存在すると種結晶の着液を行うことができなくなってしまう。このため、モリブデンルツボを使用する場合には難溶解物の発生をできる限り抑制することが重要となるが、このような問題はシリコン単結晶の引き上げでは生じない問題であるため、シリコン単結晶の引き上げで得られた知見を用いて解決することは困難である。
【0008】
したがって、本発明は、モリブデンルツボを使用した場合であっても難溶解物の発生を抑制することが可能なサファイア単結晶の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、モリブデンルツボを使用した場合にサファイア融液に難溶解物が混入する原因について鋭意研究を行った結果、難溶解物の成分はモリブデンであり、ルツボ由来であることが明らかとなった。つまり、ルツボの材料であるモリブデンがサファイア融液に混入し、これが難溶解物として析出することが明らかとなった。
【0010】
さらに本発明者は、モリブデンがサファイア融液に混入する原因についても研究を行ったところ、モリブデンルツボの内壁面の酸化膜が大きく影響していることが判明した。
【0011】
本発明はこのような技術的知見に基づき成されたものであって、本発明によるサファイア単結晶の製造方法は、還元性雰囲気のチャンバー内でモリブデンルツボを熱処理し、表面の酸化膜を除去する空焼き工程と、前記モリブデンルツボにサファイア原料を投入し、当該サファイア原料を融解することによってサファイア融液を得る融解工程と、前記サファイア融液に浸漬した種結晶を引き上げることによってサファイア単結晶を得る引き上げ工程とを備えることを特徴とする。
【0012】
本発明によれば、原料融解中におけるチャンバー内の酸素分圧を低減することができ、モリブデンと酸素との反応を抑制することができる。したがって、融液の表面に浮遊する難溶解物の量を大幅に減少させることができ、高品質のサファイア単結晶を安定的に育成することが可能となる。
【0013】
本発明において、前記還元性雰囲気は、水素濃度が10ppm以上5vol%以下の水素雰囲気であることが好ましい。10ppm未満であると十分な還元効果が得られないからであり、また5vol%超であると万が一チャンバーからガスが漏れた場合に激しく燃焼おそれがあり、操業上好ましくないからである。
【0014】
本発明によるサファイア単結晶の製造方法は、前記サファイア原料を融解する前に、当該サファイア原料を減圧の不活性雰囲気で熱処理することによって脱ガス処理する脱ガス工程をさらに備えることが好ましい。この場合において、前記脱ガス工程では、前記チャンバー内を減圧の不活性雰囲気とし、前記前記サファイア原料の表面が500℃以上1000℃以下となるように加熱し、且つ、前記チャンバーより排出される排気ガス中の酸素濃度が0.1ppm以下になるまで脱ガス処理を続けることが好ましい。サファイア原料を融解する前に脱ガス処理を行うことにより、サファイア原料に起因する不純物とモリブデンとの反応を抑えることができ、融液の表面に浮遊する難溶解物の量を大幅に減少させることができる。
【0015】
本発明においては、前記サファイア原料の脱ガス処理から融解までを前記モリブデンルツボ内で連続的に実施することが好ましい。これによれば、高品質のサファイア単結晶を効率よく製造することができる。
【発明の効果】
【0016】
このように、本発明によれば、モリブデンルツボに起因するサファイア融液中の難溶解物の発生を抑制することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、添付図面を参照しながら、本発明の好ましい実施の形態について詳細に説明する。
【0019】
図1は、本発明の好ましい実施形態によるサファイア単結晶の製造装置の構成を示す模式図である。
【0020】
図1に示すサファイア単結晶の製造装置10は、チャンバー11と、チャンバー11の底部中央を貫通して鉛直方向に設けられた支持回転軸12と、支持回転軸12の上端部に固定された支持台13と、支持台13によって支持されたモリブデンルツボ14と、モリブデンルツボ14を囲繞する抵抗加熱ヒーター15と、支持回転軸12を回転させるための支持軸回転機構16と、先端に種結晶が取り付けられたシード棒18と、シード棒18を引き上げる引き上げ機構19と、各部を制御するコントローラ23とを備えている。
【0021】
チャンバー11内には断熱材22が設けられており、抵抗加熱ヒーター15の外側の周囲は分厚い断熱材22に囲まれている。サファイアの融点は約2323Kと非常に高いが、断熱材22が抵抗加熱ヒーター15の側方のみならず上方や下方にも設けられているので、十分な保温性を確保することができ、モリブデンルツボ14内のサファイア原料を効率よく加熱することができる。さらに、チャンバー11には覗き窓17が設けられており、サファイア単結晶の引き上げの状態を確認することができる。
【0022】
チャンバー11の上部には、アルゴンガス(Ar)等の不活性ガスや水素ガス(H
2)をチャンバー11内に導入するためのガス導入口24が設けられている。Arガスはガス管25を介してガス導入口24からチャンバー11内に導入され、その導入量はコンダクタンスバルブ26により制御される。
【0023】
サファイア単結晶の引き上げ中においてはガス導入口24からArガスが供給され、チャンバー11内はArガス雰囲気に設定される。また、後述するルツボの空焼き工程においては、ガス導入口24から微量の水素ガスを含むArガスが供給され、チャンバー内は微量水素雰囲気に設定される。
【0024】
チャンバー11の底部であってガス導入口24と対向する位置には、チャンバー11内のガスを排気するためのガス排出口27が設けられている。密閉したチャンバー11内のガスはガス排出口27から排ガス管28を経由して外部へ排出される。排ガス管28の途中にはコンダクタンスバルブ29及び真空ポンプ30が設置されており、真空ポンプ30でチャンバー11内のガスを吸引しながらコンダクタンスバルブ29でその流量を制御することでチャンバー11内の気圧が制御される。
【0025】
さらに、排ガス管28の途中には酸素濃度計31が設けられている。酸素濃度計31は、後述する脱ガス処理中において排気ガス中の酸素濃度を測定するために用いられる。脱ガス処理の終了タイミングは、排気ガス中の酸素濃度が所定レベル以下になったかどうかで判断される。
【0026】
図2は、サファイア単結晶20の製造方法を説明するためのフローチャートである。
【0027】
図2に示すように、本実施形態によるサファイア単結晶の製造では、まずモリブデンルツボ14を還元性雰囲気で熱処理(空焼き)する(ステップS1)。具体的には、サファイア原料が投入されていないモリブデンルツボ14をチャンバー11内に設置した後、チャンバー11内に微量の水素を含むアルゴンガスを導入して微量水素雰囲気とした後、ヒーターを加熱してチャンバー内を1000℃〜1500℃に設定する。
【0028】
空焼きの温度を1000〜1500℃とする理由は、1000℃未満の温度では、ルツボ表面の酸化モリブデン(MoO
2)が分解しない(MoO
2→Mo+MoO
3の反応が進行しない)からであり、1500℃を超える温度になると、真空下でモリブデン(Mo)そのものが蒸発する恐れがあるからである。つまりこの温度範囲内であれば、MoO
3を昇華させてMoのみを残存させることができる。
【0029】
本実施形態において微量水素雰囲気の水素濃度は10ppm以上5vol%以下であることが好ましい。10ppm未満であると十分な還元効果が得られないからであり、また5vol%超であると万が一チャンバーからガスが漏れた場合に激しく燃焼するおそれがあり、操業上好ましくないからである。空焼きは数時間実施され、これによりルツボ表面の酸化膜が除去される。なお、空焼き後のルツボはその表面の光沢度が向上しており、酸化物が還元されていることを容易に把握できる。
【0030】
次に、モリブデンルツボ14内にサファイア原料を投入する(ステップS2)。サファイア原料としては高純度アルミナ粉末を用いることができる。モリブデンルツボ14へのサファイア原料の投入は、チャンバー11からルツボを一度取り出してから投入してもよく、あるいはチャンバー11に原料ホッパーを設け、ルツボをチャンバー11から取り出すことなく投入してもよい。
【0031】
次に、サファイア原料の脱ガス処理を行う(ステップS3)。使用するサファイア原料が平均粒径100μm以下の粉末形態の場合、原料の総表面積が大きくなり、その結果、原料に吸着される不純物成分が増加する。不純物成分の一部はサファイア原料が製品として出荷される前の焼成過程で除去されるが、粉末に吸着している不純物成分は完全には除去できていない。またサファイア原料の仕込み時には大気に曝されるため、空気中の水分や不純物ガス(N
2ガスやO
2ガス)が再吸着されてしまう。このような不純物を除去するため、本実施形態においては脱ガス処理を実施する。
【0032】
脱ガス処理は比較的低温の減圧雰囲気で長時間をかけて行われる。具体的には、チャンバー内を減圧のAr雰囲気とし、サファイア原料の表面温度が500℃〜1000℃、より好ましくは780℃近辺になるように、IR温度計で表面温度を測定しながらヒーターのパワーを制御する。500℃以下では完全には不純物ガスの脱離が行われず、1000℃を超えると酸化モリブデンガスが発生し、難溶解物が形成されてしまうからである。
【0033】
脱ガス中は常に排気ガス中の酸素濃度をモニターし、酸素濃度が0.1ppm以下になるまで脱ガス処理を継続する(ステップS4N)。排気ガス中の酸素濃度が0.1ppm以下であれば、モリブデンの酸化は進行せず、その結果、難溶解物は発生しないからである。なお、サファイア原料の投入量にもよるが、このような処理に要する時間は例えば12時間前後である。脱ガス処理を行うと、チャンバーの覗き窓17が白く曇る現象が見られ、このことからもチャンバー11内で明らかに何らかのガスが発生していることを確認できる。
【0034】
次に、サファイア原料の融解を行う(ステップS4Y、S5)。融解工程は比較的高温の減圧雰囲気で行われる。具体的には、チャンバー11内を減圧のAr雰囲気に維持したまま、サファイア原料の表面温度が2250℃以上となるようにヒーター15のパワーを制御する。なお、脱ガス処理時のパワーが8kW程度であるのに対し、融解時のパワーは40kW程度である。
【0035】
サファイア原料が完全に融解したら、チャンバー11内を減圧のAr雰囲気に維持したまま、種結晶の着液を行う(ステップS6)。種結晶を着液させる地点は、サファイア融液21が正しく露出している必要があり、難溶解物が浮いている場合、これを避けて着液を行わなければならない。しかしながら、本実施形態においては、モリブデンルツボの空焼き工程(ステップS1)及びサファイア原料の脱ガス処理(ステップS3)によってモリブデンの混入が抑制されているため、サファイア融液21の表面に浮いている難溶解物の数は非常に少なくなる。このため、容易に着液を行うことが可能となる。
【0036】
そして着液を行った後は、ヒーターパワーの制御によって所定の温度勾配を保ったまま、引き上げ機構19によってサファイア単結晶20をゆっくりと引き上げる(ステップS7)。以上により、サファイア単結晶20が作製される。
【0037】
単結晶成長が終了した後、モリブデンルツボは100℃以下まで十分に冷却された後で取り出しをする(ステップS8)。これにより、ルツボ取り出し時における表面の酸化を抑制することができ、次回のサファイア単結晶の引き上げに使用する際、空焼き工程(ステップS2)に要する時間を短くすることができ、結晶コストの低減を実現できる。
【0038】
以上説明したように、本発明によるサファイア単結晶の製造方法は、モリブデンルツボの空焼きを実施してルツボの表面の酸化膜を除去するので、原料融解工程中におけるチャンバー内の酸素分圧を低減することができる。その結果、モリブデンと酸素との反応を抑制することができ、融液の表面に浮遊する難溶解物の量を大幅に減少させることができる。したがって、高品質のサファイア単結晶を安定的に育成することが可能となる。
【0039】
また、本実施形態によるサファイア単結晶の製造方法は、サファイア原料の脱ガス処理を行った後に融解するので、サファイア原料に起因する不純物とモリブデンとの反応を抑えることができ、融液の表面に浮遊する難溶解物の量を大幅に減少させることができる。したがって、高品質のサファイア単結晶を安定的に育成することが可能となる。
【0040】
以上、本発明の好ましい実施形態について説明したが、本発明は、上記の実施形態に限定されることなく、本発明の主旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能であり、それらも本発明の範囲内に包含されるものであることはいうまでもない。
【0041】
例えば、上記実施形態においては、モリブデンルツボ内で脱ガス処理と原料の融解の両方を連続的に実施しているが、本発明はこのような場合に限定されず、例えば別の場所で原料の脱ガス処理を予め行った後、このサファイア原料をチャンバーに搬送し、モリブデンルツボ内に投入し、モリブデンルツボ内では原料の融解のみを行うようにしてもよい。
【0042】
また、上記実施形態においては、モリブデンルツボの空焼き工程とサファイア原料の脱ガス工程の両方を実施しているが、サファイア原料の脱ガス処理を省略しても構わない。
【実施例】
【0043】
以下、本発明の実施例について説明するが、本発明はこの実施例に何ら限定されるものではない。
【0044】
実施例1として、難溶解物の発生と水素濃度との関係を調べた。まず直径200mm、高さ225mmのモリブデンルツボを用意し、これにサファイア原料を投入する前に、種々の微量の水素を含むAr雰囲気(微量水素雰囲気)で空焼きした。このときの微量水素雰囲気は、5ppm、10ppm、0.1vol%、0.5vol%、1vol%、3vol%、5vol%の7条件(サンプルA〜G)とした。
【0045】
次に、空焼き後のルツボに所定量のサファイア原料を投入し、脱ガス処理を行うことなく、抵抗加熱方式で融解させた。原料にはスミカ製の高純度アルミナ粉末(平均粒径100μm)を使用した。また、融解中はチャンバー内をAr100%雰囲気とした。その後、サファイア融液の表面をチャンバーに設けられた覗き窓から減光フィルターを通して観察し、融液の表面に浮遊している難溶解物の直径を測定した。その結果を表1に示す。最後に種結晶を融液に接触させ、ヒーターパワーを制御しながら所定径になるまで結晶径を増径させた。
【0046】
【表1】
【0047】
表1から明らかなように、水素濃度5ppmでは難溶解物が大量に発生し、直径100mmとなった。その結果、その後の安定した結晶成長ができず結晶品質が悪くなった。水素濃度が10ppmでは水素による難溶解物の抑制効果が得られ、直径が15mmまで大幅に減少した。さらに水素濃度を高くすると、難溶解物の直径は少しずつ減少していき、1〜3%では直径が5mmまで減少した。なお、水素濃度が非常に高い場合において万が一チャンバー内に空気の流入があると、水素が激しく燃焼するおそれがあり、非常に危険であるため、本実施例では水素濃度の上限を5%とした。
【0048】
実施例2では、水素濃度3vol%の微量水素雰囲気でルツボの空焼きを実施した後、原料の融解工程の前にAr100%雰囲気で脱ガス処理を実施した。脱ガスの温度は、400℃から1100℃まで100℃刻みで8条件実施した(サンプルH〜O)。その後、実施例1と同様に、サファイア融液の表面を覗き窓から減光フィルターを通して観察し、融液の表面に浮遊している難溶解物の直径を測定した。その結果を表2に示す。最後に種結晶を融液に接触させ、ヒーターパワーを制御しながら所定径になるまで結晶径を増径させた。
【0049】
【表2】
【0050】
表2から明らかなように、脱ガス温度が400℃(サンプルH)では、難溶解物の抑制効果は得られなかった。また脱ガス温度が1100℃(サンプルO)では、難溶解物の発生量が増加した。これは吸着していた不純物ガスがモリブデンルツボと反応し、酸化モリブデンが発生し、これが難溶解物発生を促進したと考えられる。
【0051】
比較例として、空焼きしていないモリブデンルツボに所定量のサファイア原料を投入し、脱ガス処理を行うことなく、抵抗加熱方式で融解させた。融解中はチャンバー内をAr100%雰囲気とした(サンプルP)。その後、実施例1と同様に、サファイア融液の表面を覗き窓から減光フィルターを通して観察し、融液の表面に浮遊している難溶解物の直径を測定した。その結果を表3に示す。最後に種結晶を融液に接触させ、ヒーターパワーを制御しながら所定径になるまで結晶径を増径させた。
【0052】
【表3】
【0053】
表3から明らかなように、従来の原料融解方法(ルツボ空焼き無、脱ガス処理無)では、直径100mmの難溶解物が発生し、種結晶の着液が困難となった。
【0054】
以上、実施例1、2及び比較例の結果から、空焼き時の水素濃度は10ppm以上5vol%以下であることが好ましく、脱ガス温度は500℃以上1000℃以下の範囲であることが好ましく、これにより難溶解物の抑制効果が得られることがわかった。