特許第5780960号(P5780960)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5780960抗ウイルス性材料とそれを用いた膜および製品
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5780960
(24)【登録日】2015年7月24日
(45)【発行日】2015年9月16日
(54)【発明の名称】抗ウイルス性材料とそれを用いた膜および製品
(51)【国際特許分類】
   A61K 33/24 20060101AFI20150827BHJP
   A61K 41/00 20060101ALI20150827BHJP
   A61P 31/12 20060101ALI20150827BHJP
   A61P 31/16 20060101ALI20150827BHJP
   A61L 31/00 20060101ALI20150827BHJP
   B01J 35/02 20060101ALI20150827BHJP
   D06M 11/48 20060101ALN20150827BHJP
【FI】
   A61K33/24
   A61K41/00
   A61P31/12
   A61P31/16
   A61L31/00 B
   B01J35/02 J
   !D06M11/48
【請求項の数】12
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2011-526690(P2011-526690)
(86)(22)【出願日】2010年8月12日
(86)【国際出願番号】JP2010005052
(87)【国際公開番号】WO2011018899
(87)【国際公開日】20110217
【審査請求日】2013年4月26日
(31)【優先権主張番号】特願2009-187560(P2009-187560)
(32)【優先日】2009年8月12日
(33)【優先権主張国】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(73)【特許権者】
【識別番号】303058328
【氏名又は名称】東芝マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001092
【氏名又は名称】特許業務法人サクラ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中野 佳代
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 光
(72)【発明者】
【氏名】日下 隆夫
(72)【発明者】
【氏名】笠松 伸矢
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 亮人
(72)【発明者】
【氏名】福士 大輔
【審査官】 鳥居 福代
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2009/096177(WO,A1)
【文献】 国際公開第2009/031317(WO,A1)
【文献】 国際公開第2009/031316(WO,A1)
【文献】 特開2008−106342(JP,A)
【文献】 特開2000−041667(JP,A)
【文献】 国際公開第2009/022100(WO,A1)
【文献】 特表2009−526828(JP,A)
【文献】 国際公開第2009/110233(WO,A1)
【文献】 国際公開第2010/032445(WO,A1)
【文献】 橋本和仁 他,光触媒技術の可能性 生活空間にあるリスクの低減をめざして,クリーンテクノロジー,2009年 6月,Vol.19, No.6,p.1-5
【文献】 垰田 博史,光触媒技術の開発と応用展開−持続可能な環境浄化技術の産業化−,Synthesiology,2008年,Vol.1, No. 4,p.287-295
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 33/24
A61K 41/00
A61L 31/00
B01J 35/02
D06M 11/48
CAplus/REGISTRY(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化タングステン微粒子および酸化タングステン複合材微粒子から選ばれる少なくとも1種の微粒子を具備する抗ウイルス性材料であって、
前記微粒子の平均一次粒子径(D50)が1nm以上200nm以下の範囲であると共に、前記微粒子のBET比表面積が4.1m/g以上820m/g以下の範囲であり、かつ前記微粒子は一次粒子径が40nm以下の粒子を15%以上含み、
前記微粒子は、X線回折法で測定したとき
)2θが22.5°以上25°以下の範囲に第1ピークおよび第2ピークを有し、ピークの谷間の強度が第1のピークの強度比の10%以上45%以下である、
)2θが22.5°以上25°以下の範囲に第1ピーク、第2ピーク、および第3ピークを有し、各ピークの谷間のうち最も低い谷間の強度が第1のピークの強度比の10%以上45%以下である、
のいずれかの条件を満足し、
前記微粒子は、JIS−R−1702(2006)の光照射下での光触媒抗菌加工製品の抗菌性試験方法・抗菌効果に準じた方法において、0.01mg/cm以上40mg/cm以下の範囲で前記微粒子を付着させた試験片に、低病原性鳥インフルエンザウイルス(H9N2)、高病原性鳥インフルエンザウイルス(H5N1)、および豚インフルエンザウイルスから選ばれる少なくとも1種のウイルスを接種し、白色蛍光灯と紫外線カットフィルタを使用して、波長が380nm以上のみで照度が6000lxの可視光を24時間照射した後のウイルス力価を評価したとき、
R=logC−logA
(式中、Cは無加工試験片を可視光下で24時間保存した後のウイルス力価TCID50、Aは前記微粒子を付着させた前記試験片を可視光下24時間保存した後のウイルス力価TCID50である)
で表される不活化効果Rが2以上であり、
前記試験において照度が1000lxの可視光を24時間照射したときの前記不活化効果Rが1以上であることを特徴とする抗ウイルス性材料。
【請求項2】
請求項1記載の抗ウイルス性材料において、
前記試験における前記可視光の照射時間を4時間としたときの前記不活化効果Rが0.5以上であることを特徴とする抗ウイルス性材料。
【請求項3】
請求項1または請求項2記載の抗ウイルス性材料において、
前記酸化タングステン複合材は、遷移金属元素を0.01質量%以上50質量%以下の範囲で含むことを特徴とする抗ウイルス性材料。
【請求項4】
請求項1または請求項2記載の抗ウイルス性材料において、
前記酸化タングステン複合材は、Ti、Zr、Mn、Fe、Pd、Pt、Cu、Ag、Zn、Al、およびCeから選ばれる少なくとも1種の金属元素を0.01質量%以上50質量%以下の範囲で含むことを特徴とする抗ウイルス性材料。
【請求項5】
請求項1または請求項2項記載の抗ウイルス性材料において、
前記酸化タングステン複合材は、Cu、Ag、およびZnから選ばれる少なくとも1種の金属元素を0.01質量%以上1質量%以下の範囲で含むことを特徴とする抗ウイルス性材料。
【請求項6】
請求項3ないし請求項5のいずれか1項記載の抗ウイルス性材料において、
前記金属元素は、単体、化合物、および酸化タングステンとの複合化合物から選ばれる少なくとも1種の形態で、前記酸化タングステン複合材に含まれることを特徴とする抗ウイルス性材料。
【請求項7】
請求項1ないし請求項6のいずれか1項記載の抗ウイルス性材料を具備することを特徴とする抗ウイルス性膜。
【請求項8】
請求項7記載の抗ウイルス性膜において、
無機バインダを5質量%以上95質量%以下の範囲で含有することを特徴とする抗ウイルス性膜。
【請求項9】
請求項7または請求項8記載の抗ウイルス性膜において、
膜厚が2nm以上1000nm以下の範囲であることを特徴とする抗ウイルス性膜。
【請求項10】
請求項1ないし請求項6のいずれか1項記載の抗ウイルス性材料、または請求項7ないし請求項9のいずれか1項記載の抗ウイルス性膜具備することを特徴とする抗ウイルス性製品。
【請求項11】
請求項10記載の抗ウイルス性製品において、
照度が1000lx以下の可視光の照射下で用いられることを特徴とする抗ウイルス性製品。
【請求項12】
請求項10または請求項11記載の抗ウイルス性製品において、
低病原性鳥インフルエンザウイルス(H9N2)、高病原性鳥インフルエンザウイルス(H5N1)、および豚インフルエンザウイルスから選ばれる少なくとも1種のウイルスに対して抗ウイルス性能を示す製品であることを特徴とする抗ウイルス性製品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は抗ウイルス性材料とそれを用いた膜および製品に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、新型インフルエンザ等の様々なウイルスやO157等の細菌による感染症は、人間の生命を脅かすことから、世界的にその対策が急がれている。このような観点から、抗菌・抗ウイルス性の材料の需要は高まる一方であり、あらゆる製品において抗菌・抗ウイルス性が求められている。現在、抗ウイルス性に関しては応用が進んでいるが、抗ウイルス性については十分な性能を有する材料を開発するには至っていない。
【0003】
光触媒は光を照射することにより有機物を分解する機能を有し、抗菌・抗ウイルス性といった効果が期待されている材料であり、酸化チタン系光触媒を混ぜ込んだ抗ウイルス性の製品等が実用化されている。ただし、酸化チタンからなる光触媒は紫外線でしか励起されないため、紫外線が少ない屋内環境では十分な性能が得られない。例えば、特許文献1に酸化チタンを用いたフィルタの抗ウイルス性能が記載されているが、蛍光灯に含まれる紫外線を利用したものであり、実用的な照度下やシェード等により紫外線がカットされた室内空間では十分な効果を発揮できず、その性能は不十分である。
【0004】
酸化チタンの可視光応答性を高めるために、可視光でも性能を発揮する白金化合物を担持した酸化チタン、窒素や硫黄をドープした酸化チタン等の可視光応答型光触媒が開発されている。しかし、酸化チタンをベースにした可視光応答型光触媒は励起波長の範囲が狭く、一般的な屋内照明のように低い照度の下では十分な性能が得られていない。また、抗ウイルス性に関しても、同様に実用的な製品は得られていないのが現状である。
【0005】
抗ウイルス性が要求される製品は、人が触れたり、また人が存在する環境で用いられるものであり、屋外や屋内にかかわらず、その性能を発揮するものが好ましい。光触媒は光の照射により性能が発現されるものであるが、使用環境の光の照射量にかかわらず抗ウイルス性能を発揮する材料がより好ましい。アルコールによりウイルスは不活化されるとされているが、これはアルコールを塗布した時点での一時的な効果であり、その製品自体がウイルスを不活化するわけではなく、ウイルスは再び付着する可能性がある。また、ウイルスの種類によっても効果に差がある。Agイオン等もウイルスの不活化に効果があるとされているものの、効果の持続性が低いという問題がある。
【0006】
酸化タングステンはバンドギャップが酸化チタンに比べて狭いため、可視光で光触媒作用を得ることが可能な材料として注目されている。酸化タングステンの抗ウイルス作用については、例えば非特許文献1にpH2.5の環境下で硫黄酸化細菌の生育が阻害されることが記載されている。さらに、酸化チタンと混合して光触媒作用による抗ウイルス性が得られることも知られている。しかしながら、酸化タングステンをベースとする抗ウイルス性材料は知られていない。このように、従来の抗ウイルス性材料はその効果の評価が困難であることも一因として、これまで実用的なものは得られていない。屋外や屋内といった環境にかかわらず、その効果を有する抗ウイルス性材料の開発が期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平10−33921号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】「下水道協会誌 論文集」2005 No.507 Vol.42
【発明の概要】
【0009】
本発明の目的は、一般的な屋内環境においても実用的な抗ウイルス性能を示す抗ウイルス性材料とそれを用いた膜および製品を提供することにある。
【0010】
実施形態の抗ウイルス性材料は、酸化タングステン微粒子および酸化タングステン複合材微粒子から選ばれる少なくとも1種の微粒子を具備している。実施形態の抗ウイルス性材料において、微粒子の平均一次粒子径(D50)が1nm以上200nm以下の範囲であると共に、微粒子のBET比表面積が4.1m/g以上820m/g以下の範囲である。さらに、微粒子は一次粒子径が40nm以下の粒子を15%以上含む。微粒子はX線回折法で測定したとき)2θが22.5°以上25°以下の範囲に第1ピークおよび第2ピークを有し、ピークの谷間の強度が第1のピークの強度比の10%以上45%以下である、()2θが22.5°以上25°以下の範囲に第1ピーク、第2ピーク、および第3ピークを有し、各ピークの谷間のうち最も低い谷間の強度が第1のピークの強度比の10%以上45%以下である、のいずれかの条件を満足する。抗ウイルス性材料を構成する微粒子は、JIS−R−1702(2006)の光照射下での光触媒抗菌加工製品の抗菌性試験方法・抗菌効果に準じた方法において、0.01mg/cm以上40mg/cm以下の範囲で前記微粒子を付着させた試験片に、低病原性鳥インフルエンザウイルス(H9N2)、高病原性鳥インフルエンザウイルス(H5N1)、および豚インフルエンザウイルスから選ばれる少なくとも1種のウイルスを接種し、白色蛍光灯と紫外線カットフィルタを使用して、波長が380nm以上のみで照度が6000lxの可視光を24時間照射した後のウイルス力価を評価したとき、
R=logC−logA
(式中、Cは無加工試験片を可視光下で24時間保存した後のウイルス力価TCID50、Aは前記微粒子を付着させた前記試験片を可視光下24時間保存した後のウイルス力価TCID50である)
で表される不活化効果Rが2以上であり、前記試験において照度が1000lxの可視光を24時間照射したときの不活化効果Rが1以上である。
【0011】
実施形態の膜は、実施形態の抗ウイルス性材料を具備している。実施形態の繊維および製品は、実施形態の抗ウイルス性材料、または実施形態の膜を具備している。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、実施形態の抗ウイルス性材料について説明する。実施形態による抗ウイルス性材料は、酸化タングステン微粒子および酸化タングステン複合材微粒子から選ばれる少なくとも1種の微粒子(以下、酸化タングステン系微粒子と記す)を具備する。酸化タングステン系微粒子は、試験片に当該微粒子を付着させて抗ウイルス性の評価試験を行ったとき、不活化効果Rが1以上の特性を有するものである。さらに、酸化タングステン系微粒子は不活化効果Rが2以上の特性を有することが好ましい。
【0013】
抗ウイルス性能を評価する試験は、JIS−R−1702(2006)の光照射下での光触媒抗菌加工製品の抗菌性試験方法・抗菌効果に準じた方法で実施するものとする。不活化効果Rは、評価対象となる酸化タングステン系微粒子を0.01mg/cm以上40mg/cm以下の範囲で付着させた試験片に、低病原性鳥インフルエンザウイルス(H9N2)、高病原性鳥インフルエンザウイルス(H5N1)、および豚インフルエンザウイルスから選ばれる少なくとも1種のウイルスを接種し、白色蛍光灯と紫外線カットフィルタを使用して、波長が380nm以上のみで照度が6000lxの可視光を24時間照射した後のウイルス力価Aと、無加工試験片に同様なウイルスを接種し、同様な光源からの可視光を24時間照射した後のウイルス力価Cとを評価し、これらウイルス力価A、Cから以下の式(1)に基づいて求められる。
R=logC−logA …(1)
【0014】
なお、ウイルス力価の評価は、下記の方法にて実施する。試料にウイルスを接種し、光照射後にウイルス液を生理食塩水で希釈して回収し、測定を行う。回収したウイルスを10倍に希釈し、それぞれ培養したMDCK細胞(イヌ腎臓由来株化細胞)に感染させ、37℃、CO濃度5%で5日間培養する。培養後、細胞の形態変化(細胞変性効果)の有無を観察し、50%培養細胞に感染した量を算出することによって、1ml当たりのウイルス力価(TCID50/ml)を求める。
【0015】
ここで、一般に可視光とは波長が380nm〜830nmの領域の光を指すものである。可視光照射下における性能を評価するために、この実施形態の評価では波長が380nm以上のみの可視光を用いるものとする。具体的には、光源としてJIS−Z−9112で規定されている白色蛍光灯を使用し、波長が380nm未満の光をカットする紫外線カットフィルタを用いて、波長が380nm以上のみの可視光を照射して評価を行うことが好ましい。白色蛍光灯としては、例えば東芝ライテック社製FL20SS・W/18もしくはそれと同等品が用いられる。紫外線カットフィルタとしては、例えば日東樹脂工業社製クラレックスN−169(商品名)もしくはそれと同等品が用いられる。
【0016】
酸化タングステン系微粒子の抗ウイルス性を評価するにあたって、まず微粒子(微粉末)を水等の分散媒と混合し、超音波分散機、湿式ジェットミル、ビーズミル等により分散処理を行って分散液を作製する。得られた分散液をガラス板等の試験片に、滴下、スピンコート、ディップ、スプレー等の一般的な方法で塗布して試料を作製する。このような試料にウイルスを接種して抗ウイルス性を評価する。酸化タングステン系微粒子が光触媒性能を有する場合、試験片の表面に塗布した状態で光触媒性能を発揮させるために、分散処理で粉末に歪を与えすぎないような条件を設定することが好ましい。
【0017】
酸化タングステン系微粒子を具備する抗ウイルス性材料は、酸化タングステン系微粒子のみに限らず、微粒子を基材に塗布した材料、微粒子を基材や繊維に練り込んだ材料、基材の成形工程で微粒子を含有する表面層を形成した材料等、既知の方法で作製された材料を含む。このような材料の抗ウイルス性能を評価する場合には、当該材料から切り出した試験片を用いて評価試験を実施する。微粒子を基材に塗布する方法としては、微粒子の抗ウイルス性評価試験と同様に、粉末と分散媒と必要に応じて分散剤との混合物に分散処理を行って作製した分散液を用いる方法が挙げられる。膜の均一性が要求される場合には、塗布法としてスピンコート、ディップ、スプレー等の方法を適用することが好ましい。
【0018】
この実施形態で用いられる酸化タングステン微粒子および酸化タングステン複合材微粒子から選ばれる少なくとも1種の微粒子は、分散性が非常に高いため、抗ウイルス性能を発揮する膜を形成することができる。これまでの粒径が大きな酸化タングステン粒子を用いた場合には、基材上に膜を形成することができないため、抗ウイルス性を評価することができない。またそれだけでなく、従来の粒径が大きな酸化タングステン粒子を用いた場合には、抗ウイルス性能を示す膜は得られていない。
【0019】
この実施形態の抗ウイルス性材料に用いられる酸化タングステン系微粒子は、照度が6000lxの可視光を24時間照射する条件下で、不活化効果Rが1以上の特性を有している。すなわち、酸化タングステン系微粒子は試験片に対する当該微粒子の付着量を0.01〜40mg/cmの範囲とした場合に、低病原性鳥インフルエンザウイルス(H9N2)、高病原性鳥インフルエンザウイルス(H5N1)、および豚インフルエンザウイルスから選ばれる少なくとも1種のウイルスに対して良好な抗ウイルス性能を示す。
【0020】
酸化タングステン系微粒子の抗ウイルス性能は、屋外や屋内にかかわらず発揮され、さらに比較的低照度の室内環境においても発揮されるものである。このように、抗ウイルス性材料に用いられる酸化タングステン系微粒子は、可視光の照射下で抗ウイルス性能を発揮するものである。従って、そのような酸化タングステン系微粒子を具備する抗ウイルス性材料を、屋内の天井、壁、床、家具、家電製品等、照度が低い室内環境で用いられる製品に適用した場合においても、実用的な抗ウイルス性能を得ることができる。
【0021】
抗ウイルス性材料に用いられる酸化タングステン系微粒子は、照度が6000lxの可視光を24時間照射した場合において、不活化効果Rが1以上、さらには2以上であることが好ましい。また、可視光の照射時間を4時間と下場合において、不活化効果Rが0.5以上であることが好ましい。さらに、照度が1000lxの可視光を24時間照射した場合において、不活化効果Rが1以上であることがより好ましい。このような条件を満足する酸化タングステン系微粒子を用いることで、より高い抗ウイルス性能を有する材料を実現することができる。このような酸化タングステン系微粒子を用いた材料は、使用される環境の照度に影響を受けることなく、高い抗ウイルス性能を発揮させることができる。
【0022】
この実施形態による抗ウイルス性材料は、使用される酸化タングステン系微粒子の粒径が小さく、光触媒活性が高いことから、インフルエンザウイルス以外にも、エンベロープのないアデノウイルス、ノロウイルス、エンベロープを有するヘルペスウイルス、SARSウイルス等の様々なウイルスと接触しやすく、さらにウイルスのたんぱく質を分解することにより不活化することができる。
【0023】
上述した抗ウイルス性材料は、酸化タングステン系微粒子の粒径(比表面積)や結晶構造等を制御することにより得ることができる。抗ウイルス性材料に用いる微粒子は、酸化タングステンの微粒子に限られるものではなく、酸化タングステン複合材の微粒子であってもよい。酸化タングステン複合材とは、主成分としての酸化タングステンに、遷移金属元素や他の金属元素を含有させたものである。遷移金属元素とは原子番号21〜29、39〜47、57〜79、89〜109の元素である。酸化タングステン複合材はTi、Zr、Mn、Fe、Pd、Pt、Cu、Ag、Zn、AlおよびCeから選ばれる少なくとも1種の金属元素を含むことが好ましい。Cu、AgおよびZnから選ばれる少なくとも1種の金属元素は有効であり、少量で抗ウイルス性能を向上させることができる。
【0024】
酸化タングステン複合材における遷移金属元素等の金属元素の含有量は0.01〜50質量%の範囲とすることが好ましい。金属元素の含有量が50質量%を超えると、抗ウイルス性材料としての特性が低下するおそれがある。金属元素の含有量は10質量%以下であることがより好ましく、さらに好ましくは2質量%以下である。金属元素の含有量の下限値は特に限定されるものではないが、その含有量は0.01質量%以上とすることが好ましい。Cu、AgおよびZnから選ばれる少なくとも1種の金属元素の含有量は、酸化タングステン微粒子が有する効果と金属元素の添加効果とを考慮して0.01〜1質量%の範囲とすることが好ましい。
【0025】
抗ウイルス性材料に用いられる酸化タングステン複合材において、金属元素は各種の形態で存在させることができる。酸化タングステン複合材は、金属元素の単体、金属元素を含む化合物(酸化物を含む化合物)、酸化タングステンとの複合化合物等の形態として、金属元素を含有することができる。酸化タングステン複合材に含有される金属元素は、それ自体が他の元素と化合物を形成していてもよい。金属元素の典型的な形態としては酸化物が挙げられる。金属元素は単体、化合物、複合化合物等の形態で、例えば酸化タングステン粉末と混合される。金属元素は酸化タングステンに担持されていてもよい。
【0026】
酸化タングステン複合材の具体例としては、酸化銅粉末を0.01〜5質量%の範囲で含有する混合粉末が挙げられる。酸化銅粉末以外の金属酸化物粉末(酸化チタン粉末、酸化鉄粉末等)については、酸化タングステン複合材中に0.01〜10質量%の範囲で含有させることが好ましい。酸化タングステン複合材は酸化物以外のタングステン化合物、例えば炭化タングステンを含有していてもよい。炭化タングステンはその粉末として0.01〜5質量%の範囲で酸化タングステン粉末と混合することが好ましい。
【0027】
酸化タングステンと金属元素(具体的にはTi、Zr、Mn、Fe、Pd、Pt、Cu、Ag、Zn、AlおよびCeから選ばれる少なくとも1種の元素の単体、化合物、複合化合物)との複合方法は特に限定されるものではなく、粉末同士を混合する混合法、含浸法、担持法等の種々の複合法を適用することが可能である。代表的な複合法を以下に記載する。酸化タングステンに銅を複合させる方法としては、酸化タングステン粉末と酸化銅粉末とを混合する方法が挙げられる。硝酸銅や硫酸銅の水溶液やエタノール溶液に酸化タングステン粉末を加えて混合した後、70〜80℃の温度で乾燥させてから500〜550℃の温度で焼成する方法も有効である。
【0028】
また、例えば塩化銅水溶液や硫酸銅水溶液に酸化タングステン粉末を分散させ、この分散液を乾燥させる方法(含浸法)を適用することも可能である。含浸法は銅の複合方法に限らず、塩化鉄水溶液を用いた鉄の複合方法、塩化銀水溶液を用いた銀の複合方法、塩化白金酸水溶液を用いた白金の複合方法、塩化パラジウム水溶液を用いたパラジウムの複合方法等にも応用することができる。さらに、酸化チタンゾルやアルミナゾル等の酸化物ゾルを用いて、酸化タングステンと金属元素(酸化物)とを複合させてもよい。これら以外にも各種の複合方法の適用が可能である。
【0029】
抗ウイルス性材料に用いる酸化タングステン系微粒子は、平均一次粒子径として1〜200nmの範囲の平均粒子径(D50)を有することが好ましい。また、酸化タングステン系微粒子は4.1〜820m/gの範囲のBET比表面積を有することが好ましい。平均粒子径はSEMやTEM等の写真の画像解析からn=50個以上の粒子の体積基準の積算径における平均粒子径(D50)に基づいて求めるものとする。平均粒子径(D50)は比表面積から換算した平均粒子径と一致していてもよい。
【0030】
抗ウイルス性を有する微粒子の性能は、比表面積が大きく、粒径が小さい方が高くなる。酸化タングステン系微粒子の平均一次粒子径が200nmを超える場合やBET比表面積が4.1m/g未満の場合、均一で安定な膜の形成が困難となり、十分な抗ウイルス性能が得られないおそれがある。酸化タングステン系微粒子の平均一次粒子径が1nm未満の場合やBET比表面積が820m/gを超える場合、粒子が小さくなりすぎて取扱い性(粉末としての取扱い性)が劣るため、抗ウイルス性材料の実用性が低下する。酸化タングステン系微粒子のBET比表面積は8.2〜410m/gの範囲であることがより好ましく、平均一次粒子径は2〜100nmの範囲であることがより好ましい。
【0031】
酸化タングステン系微粒子の平均一次粒子径は2.7〜75nmの範囲であることがより好ましく、さらに好ましくは5.5〜51nmの範囲である。BET比表面積は11〜300m/gの範囲であることがより好ましく、さらに好ましくは16〜150m/gの範囲である。酸化タングステン系微粒子を抗ウイルス性を有する塗料に用いたり、基材に練り込んで使用する場合、微粒子の粒子径が小さすぎると微粒子の分散性が低下する。このような点を改善するためには、平均一次粒子径が5.5nm以上の酸化タングステン系微粒子を用いることが好ましい。
【0032】
酸化タングステン系微粒子は、一次粒子径が40nm以下の粒子を15%以上含むことが好ましい。細菌のサイズは0.5〜2μm程度であるのに対し、ウイルスは数10〜300nm程度と小さく、細菌と比較して1/10〜1/100のサイズである。このため、ウイルスを不活化するためには、より細かい粒子が多く存在することが効果的である。さらに、均一で細かい粒子を多く含むことが好ましいが、大きめの粒子を含んでいても細かい粒子を多く含むことで効果を発揮させることができる。特に、エンベローブを表面に有する形態のウイルスに対しては、粒径が小さい粒子が多く存在している場合に、高い抗ウイルス性能を発揮させることができる。
【0033】
酸化タングステン微粒子や酸化タングステン複合材微粒子を構成する酸化タングステンは、三酸化タングステンの単斜晶および三斜晶から選ばれる少なくとも1種の結晶構造、あるいは前記単斜晶および三斜晶から選ばれる少なくとも1種に斜方晶が混入した結晶構造を有することが好ましい。このような結晶構造を有する酸化タングステンを用いた酸化タングステン微粒子や酸化タングステン複合材微粒子は、優れた抗ウイルス性能を安定して発揮させることができる。三酸化タングステンの各結晶相の存在比率を同定することは困難であるものの、X線回折法で測定した際に下記の(1)および(2)の条件を満足する場合に、上記した結晶構造を有するものと推定することができる。
【0034】
(1)X線回折チャートにおいて、2θが22.5〜25°の範囲に第1ピーク(全ピークのうち強度が最大の回折ピーク)、第2ピーク(強度が2番目に大きい回折ピーク)、および第3ピーク(強度が3番目に大きい回折ピーク)を有する。
(2)X線回折チャートにおいて、2θが22.8〜23.4°の範囲に存在するピークをA、2θが23.4〜23.8°の範囲に存在するピークをB、2θが24.0〜24.25°の範囲に存在するピークをC、2θが24.25〜24.5°の範囲に存在するピークをDとしたとき、ピークDに対するピークAの強度比(A/D)およびピークDに対するピークBの強度比(B/D)がそれぞれ0.5〜2.0の範囲であり、かつピークDに対するピークCの強度比(C/D)が0.04〜2.5の範囲である。
【0035】
X線回折の測定および解析について説明する。X線回折測定はCuターゲット、Niフィルタを使用して行い、解析が処理条件の違いの影響を受けないように、平滑化処理とバックグラウンド除去のみを行い、Kα2除去を行わずにピーク強度の測定を行うものとする。ここで、X線回折チャートのそれぞれの2θ範囲内でのピーク強度の読み取り方は、山が明確な場合にはその範囲内での山の高い位置をピークとし、その高さを読み取るものとする。山が明確でないが肩がある場合には、肩の部分をその範囲内のピークとし、肩の部分の高さを読み取るものとする。山や肩がない勾配の場合には、その範囲の中間での高さを読み取って、その範囲内のピーク強度と見なすものとする。
【0036】
酸化タングステン系微粒子の結晶性が低い場合、あるいは酸化タングステン系微粒子の粒子径が非常に小さい場合には、X線回折法で測定した際に下記の(1)〜(3)のいずれかとなることがある。このような場合、より細かい粒子が多く存在していることを示し、高い抗ウイルス性能を得ることができる。
【0037】
(1)X線回折チャートにおいて、2θが22.5〜25°の範囲に第1ピークのみを有し、半値幅が1°以上である。
(2)X線回折チャートにおいて、2θが22.5°以上25°以下の範囲に第1および第2ピークを有し、ピークの谷間の強度が第1のピークの強度比の10%以上である。
(3)X線回折チャートにおいて、2θが22.5°以上25°以下の範囲に第1、第2および第3ピークを有し、各ピークの谷間のうち最も低い谷間の強度が第1のピークの強度比の10%以上である。
【0038】
さらに、酸化タングステン系微粒子のX線回折チャートにおいて、2θが22.5〜25°の範囲に第1ピーク、第2ピーク、および第3ピークを有し、かつ各ピークの谷間が第1ピークに対する強度比の10%以上である場合に、より細かい粒子が多く存在していることを示す。従って、そのような酸化タングステン系微粒子を使用することによって、高い抗ウイルス性能を得ることができる。
【0039】
上述したような粒子径(比表面積)や結晶構造を有する酸化タングステン系微粒子を用いることによって、抗ウイルス性能を示す材料を実現することができる。このような抗ウイルス性材料を屋内の天井、壁、床、家具、家電製品等、照度が低い室内環境で用いられる製品に適用することによって、照度が低い環境下においても実用的な抗ウイルス性能を得ることができる。
【0040】
酸化タングステンは光触媒作用を有することが知られている。この実施形態の抗ウイルス性材料に用いられる酸化タングステン系微粒子は、上述した粒径(比表面積)や結晶構造を満足させ、さらには酸化タングステンや酸化タングステン複合材の結晶性を高めることによって、光の照射が少ない可視光照射下においても高い抗ウイルス性能を発揮させることを可能にしたものである。例えば、前述したX線回折チャートにおけるピーク強度比において、ピークDに対するピークAの強度比(A/D)およびピークDに対するピークBの強度比(B/D)がそれぞれ0.7〜2.0の範囲であり、かつピークDに対するピークCの強度比(C/D)が0.5〜2.5の範囲であるときに光触媒活性が高くなり、より一層良好な抗ウイルス性能を発揮させることができる。
【0041】
酸化チタン系光触媒の場合、窒素や硫黄をドープして可視光の吸収性能を高めることによって、可視光応答性を向上させることができる。さらに、熱処理温度を制御して結晶性を向上させたり、あるいは金属を担持させることによって、電子や正孔の再結合を防いで光触媒活性を高めることができる。しかしながら、著しく高い照度の下では高い性能を発揮する酸化チタンも、照度の低下に伴って性能が低下し、日常的な低い照度の下では実用的な光触媒性能を示すものは得られていない。
【0042】
上述したような条件を満足する酸化タングステン系微粒子を用いることで、通常の屋内環境において、より高い抗ウイルス性能を有する材料を得ることが可能となる。抗ウイルス性材料に照射する可視光としては、上記した白色蛍光灯の光のみならず、太陽光、白色LED、電球、ハロゲンランプ、キセノンランプ等の一般照明、青色発光ダイオード、青色レーザ等を光源とする光であってもよい。さらに、抗ウイルス性材料に照度の高い可視光を照射することで、より高い抗ウイルス性能を発揮させることが可能となる。
【0043】
この実施形態の抗ウイルス性材料が高い抗ウイルス性能を発揮するのは、酸化タングステン系微粒子の比表面積を大きくし、さらにより細かい粒子を多く含有させることで、ウイルスとの接触面積が増加し、これにより活性サイトを増加させることができることに加えて、結晶性の向上により電子や正孔の再結合の確立が低下するためである。
【0044】
酸化タングステンのバンドギャップは2.5〜2.8eVであり、酸化チタンより小さいために可視光を吸収する。従って、優れた可視光応答性が実現できる。さらに、酸化タングステンの代表的な結晶構造はReO構造であることから、表面最外層に酸素を持つ反応活性が高い結晶面が露出しやすい。このため、水を吸着することにより高い親水性を発揮する。あるいは、吸着した水を酸化することでOHラジカルを生成し、それにより分子や化合物を酸化することができるため、酸化チタンのアナターゼやルチル結晶より優れた光触媒性能を発揮させることが可能となる。加えて、この実施形態による酸化タングステン系微粒子はpH1〜7の水溶液中でのゼータ電位がマイナスであるために分散性に優れ、これにより基材等に薄くむらなく塗布することができる。
【0045】
なお、抗ウイルス性材料に用いられる酸化タングステン系微粒子(粉末)は、不純物として金属元素を含有していてもよい。不純物元素としての金属元素の含有量は2質量%以下であることが好ましい。不純物金属元素としては、タングステン鉱石中に一般的に含まれる元素や原料として使用するタングステン化合物等を製造する際に混入する汚染元素等があり、例えばFe、Mo、Mn、Cu、Ti、Al、Ca、Ni、Cr、Mg等が挙げられる。これらの元素を複合材の構成元素として用いる場合には、この限りではない。
【0046】
この実施形態による抗ウイルス性材料に用いられる酸化タングステン系微粒子(粉末)は以下に示す方法で作製することが好ましいが、これに限定されるものではない。酸化タングステン微粒子は昇華工程を適用して作製することが好ましい。また、昇華工程に熱処理工程を組合せることも有効である。このような方法で作製した三酸化タングステン系微粒子によれば、上述した平均一次粒子径やBET比表面積、結晶構造を安定して実現することができる。さらに、平均一次粒子径がBET比表面積から換算した値に近似し、粒径ばらつきが小さい微粒子(微粉末)を安定して提供することができる。
【0047】
まず、昇華工程について述べる。昇華工程は、金属タングステン粉末、タングステン化合物粉末、またはタングステン化合物溶液を、酸素雰囲気中で昇華させることによって、三酸化タングステン微粒子を得る工程である。昇華とは固相から気相、あるいは気相から固相への状態変化が、液相を経ずに起こる現象である。原料としての金属タングステン粉末、タングステン化合物粉末、またはタングステン化合物溶液を、昇華させながら酸化させることによって、微粒子状態の酸化タングステン粉末を得ることができる。
【0048】
昇華工程の原料(タングステン原料)には、金属タングステン粉末、タングステン化合物粉末、またはタングステン化合物溶液のいずれを使用してもよい。原料として使用するタングステン化合物としては、例えば三酸化タングステン(WO)、二酸化タングステン(WO)、低級酸化物等の酸化タングステン、炭化タングステン、タングステン酸アンモニウム、タングステン酸カルシウム、タングステン酸等が挙げられる。
【0049】
上述したようなタングステン原料の昇華工程を酸素雰囲気中で行うことで、金属タングステン粉末やタングステン化合物粉末を瞬時に固相から気相とし、さらに気相となった金属タングステン蒸気を酸化することによって、酸化タングステン微粒子が得られる。溶液を使用した場合でも、タングステン酸化物あるいは化合物を経て気相となる。このように、気相での酸化反応を利用することによって、酸化タングステン微粒子を得ることができる。さらに、酸化タングステン微粒子の結晶構造を制御することができる。
【0050】
昇華工程の原料としては、酸素雰囲気中で昇華して得られる酸化タングステン微粒子に不純物が含まれにくいことから、金属タングステン粉末、酸化タングステン粉末、炭化タングステン粉末、およびタングステン酸アンモニウム粉末から選ばれる少なくとも1種を使用することが好ましい。金属タングステン粉末や酸化タングステン粉末は、昇華工程で形成される副生成物(酸化タングステン以外の物質)として有害なものが含まれないことから、特に昇華工程の原料として好ましい。
【0051】
原料に用いるタングステン化合物としては、その構成元素としてタングステン(W)と酸素(O)を含む化合物が好ましい。構成成分としてWおよびOを含んでいると、昇華工程で後述する誘導結合型プラズマ処理等を適用した際に瞬時に昇華されやすくなる。このようなタングステン化合物としては、WO、W2058、W1849、WO等が挙げられる。また、タングステン酸、パラタングステン酸アンモニウム、メタタングステン酸アンモニウムの溶液あるいは塩等も有効である。
【0052】
酸化タングステン複合材微粒子を作製する際には、タングステン原料に加えて遷移金属元素やその他の元素を、金属、酸化物を含む化合物、複合化合物等の形態で混ぜてもよい。酸化タングステンを他の元素と同時に処理することによって、酸化タングステンと他の元素との複合酸化物等の複合化合物微粒子を得ることができる。酸化タングステン複合材微粒子は、酸化タングステン微粒子を他の金属元素の単体粒子や化合物粒子と混合、担持させることによっても得ることができる。酸化タングステンと他の金属元素との複合方法は特に限定されるものではなく、各種公知の方法を適用することが可能である。
【0053】
タングステン原料としての金属タングステン粉末やタングステン化合物粉末は0.1〜100μmの範囲の平均粒子径を有することが好ましい。タングステン原料の平均粒子径は0.3μm〜10μmの範囲がより好ましくは、さらに好ましくは0.3μm〜3μmの範囲、望ましくは0.3μm〜1.5μmの範囲である。上記範囲内の平均粒子径を有する金属タングステン粉末やタングステン化合物粉末を用いると、昇華が生じやすい。
【0054】
タングステン原料の平均粒子径が0.1μm未満の場合には原料粉が微細すぎるため、原料粉の事前調整が必要になったり、取扱い性が低下することに加えて、高価になるために工業的に好ましくない。タングステン原料の平均粒子径が100μmを超えると均一な昇華反応が起きにくくなる。平均粒子径が大きくても大きなエネルギー量で処理すれば均一な昇華反応を生じさせることができるが、工業的には好ましくない。
【0055】
抗ウイルス性能を高めるためには、粒径のバラツキが小さく、小さい粒径を多く含むものが好ましい。このような微粒子を得るためには、処理量やエネルギー投入量を適切にコントロールすることが好ましい。一般的に、微細で均一な粒子を作製する場合、粒子生成や熱処理等の処理量を少なくする方がよい。しかし、工業的には生産性も考慮する必要があり、処理量を多くせざるを得ない。その場合、粒子の粒径や結晶性のばらつきが大きくなりやすい。ただし、粒子生成および熱処理の温度、時間、雰囲気等の条件を最適化することで、活性が高い微粒子が多く含まれることから、粒子の特性ばらつきを有していても高い光触媒活性を発揮することが可能となる。
【0056】
昇華工程でタングステン原料を酸素雰囲気中で昇華させる方法としては、誘導結合型プラズマ処理、アーク放電処理、レーザ処理、電子線処理、およびガスバーナー処理から選ばれる少なくとも1種の処理が挙げられる。これらのうち、レーザ処理や電子線処理ではレーザまたは電子線を照射して昇華工程を行う。レーザや電子線は照射スポット径が小さいため、一度に大量の原料を処理するためには時間がかかるものの、原料粉の粒径や供給量の安定性を厳しく制御する必要がないという長所がある。
【0057】
誘導結合型プラズマ処理やアーク放電処理は、プラズマやアーク放電の発生領域の調整が必要であるものの、一度に大量の原料粉を酸素雰囲気中で酸化反応させることができる。また、一度に処理できる原料の量を制御することができる。ガスバーナー処理は動力費が比較的安いものの、原料粉や原料溶液を多量に処理することが難しい。このため、ガスバーナー処理は生産性の点で劣る。なお、ガスバーナー処理は昇華させるのに十分なエネルギーを有するものであればよく、特に限定されるものではない。プロパンガスバーナーやアセチレンガスバーナー等が用いられる。
【0058】
昇華工程に誘導結合型プラズマ処理を適用する場合、通常アルゴンガスや酸素ガスを用いてプラズマを発生させ、このプラズマ中に金属タングステン粉末やタングステン化合物粉末を供給する方法が用いられる。プラズマ中にタングステン原料を供給する方法としては、例えば金属タングステン粉末やタングステン化合物粉末をキャリアガスと共に吹き込む方法、金属タングステン粉末やタングステン化合物粉末を所定の液状分散媒中に分散させた分散液を吹き込む方法等が挙げられる。
【0059】
金属タングステン粉末やタングステン化合物粉末をプラズマ中に吹き込む場合に用いられるキャリアガスとしては、例えば空気、酸素、酸素を含有した不活性ガス等が挙げられる。これらのうち、空気は低コストであるために好ましく用いられる。キャリアガスの他に酸素を含む反応ガスを流入する場合や、タングステン化合物粉末が三酸化タングステンの場合等、反応場中に酸素が十分に含まれているときには、キャリアガスとしてアルゴンやヘリウム等の不活性ガスを用いてもよい。反応ガスには酸素や酸素を含む不活性ガス等を用いることが好ましい。酸素を含む不活性ガスを用いる場合、酸化反応に必要な酸素量を十分に供給することが可能なように、酸素量を設定することが好ましい。
【0060】
金属タングステン粉末やタングステン化合物粉末をキャリアガスと共に吹き込む方法を適用すると共に、ガス流量や反応容器内の圧力等を調整することによって、三酸化タングステン微粒子の結晶構造を制御しやすい。具体的には、単斜晶および三斜晶から選ばれる少なくとも1種(単斜晶、三斜晶、または単斜晶と三斜晶との混晶)、あるいはそれに斜方晶を混在させた結晶構造を有する三酸化タングステン微粒子が得られやすい。三酸化タングステン微粒子の結晶構造は、単斜晶と三斜晶との混晶、あるいは単斜晶と三斜晶と斜方晶の混晶であることがより好ましい。
【0061】
金属タングステン粉末やタングステン化合物粉末の分散液の作製に用いられる分散媒としては、分子中に酸素原子を有する液状分散媒が挙げられる。分散液を用いると原料粉の取扱いが容易になる。分子中に酸素原子を有する液状分散媒としては、例えば水およびアルコールから選ばれる少なくとも1種を20容量%以上含むものが用いられる。液状分散媒として用いるアルコールとしては、例えばメタノール、エタノール、1−プロパノールおよび2−プロパノールから選ばれる少なくとも1種が好ましい。水やアルコールはプラズマの熱で容易に揮発しやすいため、原料粉の昇華反応や酸化反応を妨害することはなく、分子中に酸素を含有していることから酸化反応を促進しやすい。
【0062】
金属タングステン粉末やタングステン化合物粉末を分散媒に分散させて分散液を作製する場合、金属タングステン粉末やタングステン化合物粉末は分散液中に10〜95質量%の範囲で含ませることが好ましく、さらに好ましくは40〜80質量%の範囲である。このような範囲で分散液中の分散させることで、金属タングステン粉末やタングステン化合物粉末を分散液中に均一に分散させることができる。均一に分散していると原料粉の昇華反応が均一に生じやすい。分散液中の含有量が10質量%未満では原料粉の量が少なすぎて効率よく製造ができない。95質量%を超えると分散液が少なく、原料粉の粘性が増大することで、容器にこびりつき易くなるために取扱い性が低下する。
【0063】
金属タングステン粉末やタングステン化合物粉末を分散液にしてプラズマ中に吹き込む方法を適用することによって、三酸化タングステン微粒子の結晶構造を制御しやすい。具体的には、単斜晶および三斜晶から選ばれる少なくとも1種、またはそれに斜方晶を混在させた結晶構造を有する三酸化タングステン微粒子が得られやすい。さらに、タングステン化合物溶液を原料として用いることによっても、昇華反応を均一に行うことができ、さらに三酸化タングステン微粒子の結晶構造の制御性が向上する。上記したような分散液を用いる方法は、アーク放電処理にも適用することができる。
【0064】
レーザや電子線を照射して昇華工程を実施する場合は、金属タングステンやタングステン化合物をペレット状にしたものを原料として使用することが好ましい。レーザや電子線は照射スポット径が小さいため、金属タングステン粉末、タングステン化合物粉末を用いると供給が困難になるが、ペレット状にした金属タングステンやタングステン化合物を用いることで効率よく昇華させることができる。レーザは金属タングステンやタングステン化合物を昇華させるのに十分なエネルギーを有するものであればよく、特に限定されるものではないが、COレーザが高エネルギーであるために好ましい。
【0065】
レーザや電子線をペレットに照射する際に、レーザ光や電子線の照射源またはペレットの少なくとも一方を移動させると、ある程度の大きさを有するペレットの全面を有効に昇華することができる。これによって、単斜晶および三斜晶から選ばれる少なくとも1種に斜方晶を混在させた結晶構造を有する三酸化タングステン粉末が得られやくなる。上記したようなペレットは誘導結合型プラズマ処理やアーク放電処理にも適用可能である。
【0066】
この実施形態の抗ウイルス性材料に用いられる酸化タングステン系微粒子は、上述したような昇華工程のみによっても得ることができるが、昇華工程で作製した酸化タングステン系微粒子に熱処理工程を実施することも有効である。熱処理工程は、昇華工程で得られた三酸化タングステン系微粒子を、酸化雰囲気中にて所定の温度と時間で熱処理するものである。昇華工程の条件制御等で三酸化タングステン微粒子を十分に形成することができない場合でも、熱処理を施すことで酸化タングステン微粒子中の三酸化タングステン微粒子の割合を99%以上、実質的には100%にすることができる。さらに、熱処理工程で三酸化タングステン微粒子の結晶構造を所定の構造に調整することができる。
【0067】
熱処理工程で用いられる酸化雰囲気としては、例えば空気や酸素含有ガスが挙げられる。酸素含有ガスとは酸素を含有した不活性ガスを意味する。熱処理温度は200〜1000℃の範囲とすることが好ましく、さらに好ましくは400〜700℃である。熱処理時間は10分〜5時間とすることが好ましく、さらに好ましくは30分〜2時間である。熱処理工程の温度および時間を上記範囲内にすることによって、三酸化タングステン以外の酸化タングステンから三酸化タングステンを形成しやすい。また、欠陥が少ない結晶性の良い粉末を得るためには、熱処理時の昇温や降温を緩やかに実施することが好ましい。熱処理時の急激な加熱や急冷は結晶性の低下を招くことになる。
【0068】
熱処理温度が200℃未満の場合には、昇華工程で三酸化タングステンにならなかった粉末を三酸化タングステンにするための酸化効果を十分に得ることができないおそれがある。熱処理温度が1000℃を超えると酸化タングステン微粒子が急激に粒成長するため、得られる酸化タングステン微粉末の比表面積が低下しやすい。さらに、上記したような温度と時間で熱処理工程を行うことによって、三酸化タングステン微粉末の結晶構造や結晶性を調整することが可能となる。
【0069】
この実施形態の抗ウイルス性材料は、各種の抗ウイルス性膜、抗ウイルス性繊維、抗ウイルス性製品に適用することができる。抗ウイルス性材料は、上述したような製造方法で作製した酸化タングステン系微粒子を基材の表面に付着させたり、あるいは基材中に練り込むことによって使用される。酸化タングステン系微粒子を基材表面に付着させる方法としては、例えば酸化タングステン系微粒子を水やアルコール等の分散媒中に分散させた分散液や塗料を基材の表面に塗布する方法が挙げられる。このような方法を適用することによって、酸化タングステン系微粒子を含有する被膜や塗膜等の膜(抗ウイルス性膜)を有する抗ウイルス性繊維や抗ウイルス性製品を得ることができる。
【0070】
抗ウイルス性膜は、抗ウイルス性材料(酸化タングステン系微粒子)を0.1〜90質量%の範囲で含有することが好ましい。抗ウイルス性材料の含有量が0.1質量%未満であると、抗ウイルス性能を十分に得ることができないおそれがある。抗ウイルス性材料の含有量が90質量%を超える場合には、膜としての特性が低下するおそれがある。抗ウイルス性膜の膜厚は2〜1000nmの範囲であること好ましい。抗ウイルス性膜の膜厚が2nm未満であると抗ウイルス性材料の量が不足し、抗ウイルス性能を十分に得ることができないおそれがある。抗ウイルス性膜の膜厚が1000nmを超える場合、抗ウイルス性能は得られるものの、膜としての強度が低下しやすい。抗ウイルス性膜の膜厚は2〜400nmの範囲であることがより好ましい。
【0071】
抗ウイルス性膜は酸化タングステン系微粒子を用いた抗ウイルス性材料以外に、無機バインダ等を含有していてもよい。無機バインダとしてはSi、Ti、Al、WおよびZrから選ばれる少なくとも1種の元素のアモルファス酸化物が挙げられる。アモルファス酸化物からなる無機バインダは、例えば酸化タングステン系微粒子を用いた塗料中にコロイダルシリカ、アルミナゾル、チタニアゾル、ジルコニアゾル等として添加することにより用いられる。無機バインダの含有量は5〜95質量%の範囲とすることが好ましい。抗ウイルス性膜の無機バインダの含有量が95質量%を超えると、所望の抗ウイルス性能を得ることができないおそれがある。無機バインダの含有量が5質量%未満の場合には十分な結合力が得られないおそれがある。
【0072】
この実施形態の抗ウイルス性繊維や抗ウイルス性製品は、上述した抗ウイルス性材料を具備するものである。抗ウイルス性繊維や抗ウイルス性製品の具体的な形態としては、基材に抗ウイルス性材料を付着もしくは含浸させた形態、基材に抗ウイルス性材料を含有する分散液や塗料を基材に塗布した形態等が挙げられる。抗ウイルス性材料は酸化タングステン系粒子を活性炭やゼオライト等の吸着性能を有する材料と混合、担持、含浸等の処理を行って使用してもよい。抗ウイルス性膜や抗ウイルス性製品は照度が1000lx以下の可視光の照射下で用いることができる。
【0073】
抗ウイルス性材料、抗ウイルス性膜、抗ウイルス性繊維、および抗ウイルス性製品は、低病原性鳥インフルエンザウイルス(H9N2)、高病原性鳥インフルエンザウイルス(H5N1)、および豚インフルエンザウイルスから選ばれる少なくとも1種のウイルスに対する抗ウイルスを目的として使用される。ただし、これら以外のウイルスに対する抗ウイルスを目的として使用することも可能である。
【0074】
抗ウイルス性材料、抗ウイルス性膜、および抗ウイルス性繊維を用いた製品としては、エアコン、空気清浄機、扇風機、冷蔵庫、電子レンジ、食器洗浄乾燥機、炊飯器、ポット、鍋蓋、IHヒータ、洗濯機、掃除機、照明器具(ランプ、器具本体、シェード等)、衛生用品、便器、洗面台、鏡、浴室(壁、天井、床等)、建材(室内壁、天井材、床、外壁等)、インテリア用品(カーテン、絨毯、テーブル、椅子、ソファ、棚、ベッド、寝具等)、ガラス、サッシ、手すり、ドア、ノブ、衣服、家電製品等に使用されるフィルタ、文房具、台所用品、医療用品(白衣、マスク、手袋等)、医療用器具および装置、自動車の車内、列車の車両内、航空機の機内、船舶の船内等で用いられる材料等、抗ウイルス性が要求される製品が挙げられる。基材としてはガラス、セラミックス、プラスチック、アクリル等の樹脂、紙、繊維、金属、木材等が挙げられる。樹脂や繊維では塗布、付着、練り込みによる適用が可能である。
【0075】
この実施形態の抗ウイルス性材料、抗ウイルス性膜、抗ウイルス性繊維、および抗ウイルス性製品は、実用的な抗ウイルス性能を発揮するものであるため、通常の居住空間や車両等の室内空間のような低照度の可視光照射下で使用された場合においても、抗ウイルス性能を得ることができる。例えば、自動車の室内空間においては、光の少ない夜間であっても抗ウイルス性能を発揮させることができる。従来から使用されている抗ウイルス性金属イオンを利用した抗ウイルス剤のように、変質による性能の低下がなく、実用的な抗ウイルス性能を安定的に発揮させることが可能である。
【実施例】
【0076】
次に、本発明の具体的な実施例およびその評価結果について述べる。
【0077】
(実施例1)
原料として密度4.7g/cmの酸化タングステンのペレットを用意した。これを反応容器に設置し、酸素を10L/minの流量で流しながら圧力を3.5kPaに保持しつつ、COレーザを照射した。レーザ処理により作製した酸化タングステン微粒子を大気中にて900℃、0.5hの条件下で熱処理して実施例1の微粒子を得た。
【0078】
得られた微粒子の平均一次粒子径(D50)とBET比表面積を測定した。平均一次粒子径はTEM写真の画像解析により測定した。TEM観察には日立社製H−7100FAを使用し、拡大写真を画像解析にかけて粒子50個以上を抽出し、体積基準の積算径を求めてD50を算出した。また、40nm以下の大きさの粒子の累積頻度から含有比率を算出した。BET比表面積の測定はマウンテック社製比表面積測定装置Macsorb1201を用いて行った。前処理は窒素中にて200℃×20分の条件で実施した。平均一次粒子径(D50)と40nm以下の粒子の比率とBET比表面積を表1に示す。
【0079】
さらに、得られた微粒子のX線回折を実施した。X線回折はリガク社製X線回折装置RINT−2000を用いて、Cuターゲット、Niフィルタ、グラファイト(002)モノクロメータを使用して行った。測定条件は、管球電圧:40kV、管球電流:40mA、発散スリット:1/2°、散乱スリット:自動、受光スリット:0.15mm、2θ測定範囲:20〜70°、走査速度:0.5°/min、サンプリング幅:0.004°である。ピーク強度の測定にあたり、Kα2除去は行わずに、平滑化とバックグラウンド除去の処理のみを行った。平滑化はSavizky−Golay(最小二乗法)を用いて、フィルタポイント11として実施した。バックグラウンド除去は、測定範囲内で直線フィット、閾値σ3.0として行った。X線回折結果に基づく微粒子の2θが22.5〜25°の間に存在するピークの数、および第3ピークまで有する場合にはピークの谷間の強度の第1ピークに対する強度比を求めた。それらの結果を表1に示す。
【0080】
次に、得られた微粒子の抗ウイルス性能の評価を行った。まず、微粒子を水と混合した後に、超音波分散処理を行って分散液を作製した。このとき、試験片用基材への微粒子の固着を強固にするために微粒子に対する質量比で0.1のコロイダルシリカを混合した。この分散液を5×5cmのガラス板に広げ、200℃で30分間乾燥させることによって、10mgの酸化タングステン微粒子を塗布した試料を作製した。微粒子の付着量は0.4mg/cmである。ここで、無加工試験片として、試料と同一量のコロイダルシリカのみを塗布したガラス板を作製した。
【0081】
試験片の抗ウイルス性評価は、JIS−R−1702(2006)の「光照射下での光触媒抗菌加工製品の抗菌性試験方法・抗菌効果」に準じて実施した。ただし、光源には白色蛍光灯(東芝ライテック社製、FL20SS・W/18)を使用し、紫外線カットフィルタ(日東樹脂工業社製、クラレックスN−169)を用いて380nm未満の波長の光をカットし、照度を6000lxに調整した。細菌に代えて低病原性鳥インフルエンザウイルス(H9N2 亜型)を用いて、ウイルス力価(ウイルス感染価)を測定した。
【0082】
具体的な評価手順は以下の通りである。まず、評価対象の試験片および無加工試験片にインフルエンザウイルスをそれぞれ100μL接種し、各表面をフィルムでカバーし、35±1℃、相対湿度90%の条件下に静置した。次に、蛍光灯から照度6000lxの可視光を照射し、一定の反応時間(0hおよび24h)経過した後、ウイルス液を生理食塩水で希釈して回収した。さらに、回収液を10倍段階希釈し、培養したMDCK細胞(イヌ腎臓由来株化細胞)に感染させ、37℃、CO2濃度5%で5日間培養した。培養後、細胞の形態変化(細胞変性効果)の有無を観察し、50%培養細胞に感染した量を算出することによって、1mL当たりのウイルス力価(TCID50/mL)を求めた。
【0083】
ウイルス力価は3回の評価試験の平均値として求めた。さらに、照度が6000lxの可視光を24時間照射した後の無加工試験片のウイルス力価から、照度が6000lxの可視光を24時間照射した後の試験片(微粒子を付着させた試験片)のウイルス力価を差し引いて不活化効果R<6000lx、24h>を求めた。同様にして、照度が1000lxの可視光を24時間照射した後のウイルス力価から不活化効果R<1000lx、24h>、照度が6000lxの可視光を4時間照射した後のウイルス力価から不活化効果R<6000lx、4h>を求めた。それらの結果を表1に示す。
【0084】
無加工試験片の可視光照射前および6000lxの可視光を24時間照射した後においては、ウイルス力価の対数値(logTCID50)で約1の減少があった。これは単にガラス板のみで光照射なしの場合と同等の減少範囲であり、自然減少の範囲といえる。実施例1による酸化タングステン微粒子は粒径がやや大きいため、抗ウイルス性を示したものの、不活化効果の値Rは小さいものであった。6000lxの可視光を4時間照射した場合の不活化効果Rが1以下であり、より効果が小さいものであった。これらの結果は、酸化タングステン微粒子の粒径がやや大きいため、ウイルスと接触しにくく、光触媒効果によるタンパク質の分解がすすみにくかったためと考えられる。
【0085】
(実施例2)
原料粉末として平均粒子径が0.5μmの三酸化タングステン粉末を用意した。この原料粉末をキャリアガス(Ar)と共にRFプラズマに噴霧し、さらに反応ガスとして酸素を80L/minの流量で流した。この際、反応容器内の圧力は20kPaに調整した。このようにして、原料粉末を昇華させながら酸化反応させる昇華工程を経て、酸化タングステン微粒子を作製した。得られた酸化タングステン微粒子の平均粒子径(D80)と40nm以下の粒子の比率とBET比表面積等の粉末特性を実施例1と同様にして測定した。さらに、X線回折結果に基づく微粒子の2θが22.5〜25°の間に存在するピークの数、および第3ピークまで有する場合にはピークの谷間の第1ピークに対する強度比等のX線回折評価を実施例1と同様にして行った。それら結果を表1に示す。
【0086】
実施例1と同様にして、ガラス板上に酸化タングステン微粒子を塗布して試験片を作製し、6000lxの可視光を24時間照射した後のウイルス力価、1000lxの可視光を24時間照射した後のウイルス力価、6000lxの可視光を4時間照射した後のウイルス力価を評価し、それぞれの不活化効果Rを求めた。それら結果を表1に示す。実施例2の微粒子はいずれの場合も高い不活化効果を示した。
【0087】
(実施例3〜5)
反応ガスとしてアルゴンを40L/min、空気を40L/minの流量で流し、反応容器内の圧力を40kPaに調整する以外は、実施例2と同様にして昇華工程を実施して酸化タングステン微粒子を作製した。ただし、実施例5のみは実施例2や他の条件より原料投入速度を1.4倍に設定した。さらに、得られた微粒子を実施例3は550℃で1h、実施例4は750℃で1h、実施例5は800℃で0.25hの条件で熱処理を施した。このようにして得られた実施例3〜5の微粒子の粉末特性およびX線回折評価の結果を表1に示す。また、得られた微粒子について、実施例1と同様にしてウイルス力価を評価し、不活化効果Rを求めた。それら結果を表1に示す。
【0088】
実施例3〜5はいずれも高い不活化効果を示し、粒径が小さい方がより効果が高かった。また、平均一次粒子径がほぼ同じ場合、粒径が40nm以下の小さい粒子を多く含む方が不活化効果が高かった。これは粒径がウイルスの大きさに対して十分に小さく、さらに小さい粒子が多く含まれる方がより接触面積が多くなるため、不活化効果が大きくなったと考えられる。実施例3が実施例2より粒径が大きいにもかかわらず高い抗ウイルス性能を示したのは、酸化タングステン微粒子の結晶性が向上し、欠陥等が少ないために、有機物分解性等の光触媒性能が向上したためであると考えられる。
【0089】
(実施例6〜13)
実施例6においては、プラズマに投入する原料としてFeやMo等の不純物が多い酸化タングステン粉末を用いる以外は実施例3と同様の昇華工程と熱処理工程を実施し、Feを500ppm含有する酸化タングステン複合材微粒子を作製した。実施例7では、実施例3で得られた酸化タングステン微粒子に酸化銅(CuO)粉末を0.5質量%混合して複合材微粒子を作製した。実施例8では、実施例3で得られた酸化タングステン微粒子に酸化チタン粉末を10質量%の割合で混合して複合材微粒子を作製した。
【0090】
実施例9では、プラズマに投入する原料として酸化タングステン粉末に酸化ジルコニウム粉末を混合して使用する以外は実施例3と同様に昇華工程と熱処理工程とを実施し、ジルコニウム(Zr)を0.2質量%含有する酸化タングステン複合材微粒子を作製した。実施例10では、実施例3で得られた酸化タングステン微粒子を塩化パラジウム水溶液に分散させた。この分散液を遠心分離し、上澄みの除去と水の追加による洗浄を2回行った後、上澄み除去後の粉末を110℃で12時間乾燥させることによって、パラジウム(Pd)を0.5質量%含有する酸化タングステン複合材微粒子を作製した。
【0091】
実施例11では、実施例3で得られた酸化タングステン微粒子を塩化マンガン水溶液に分散させた。この分散液を遠心分離し、上澄み液の除去と水の追加による洗浄を2回以上行った後、上澄み除去後の微粒子を110℃で12時間乾燥させることによって、マンガン(Mn)を0.05質量%含有する酸化タングステン複合材微粒子を作製した。
【0092】
実施例12では、実施例3で得られた酸化タングステン微粒子を塩化白金酸水溶液に分散させ、可視光照射とメタノール投入を行い、光析出法による担持を行った。遠心分離を実施し、上澄みの除去と水の追加による洗浄を2回行った後、上澄み除去後の粉末を110℃で12時間乾燥させることによって、白金(Pt)を0.2質量%含有する酸化タングステン複合材微粒子を作製した。
【0093】
実施例13では、実施例3で得られた酸化タングステン微粒子を硝酸銀水溶液に分散させ、光還元処理により担持を行った。遠心分離を実施し、上澄みの除去と水の追加による洗浄を2回行った後、上澄み除去後の粉末を110℃で12時間乾燥させることによって、銀(Ag)を0.01質量%含有する酸化タングステン複合材微粒子を作製した。
【0094】
このようにして得た微粒子の粉末特性およびX線回折評価の結果を表1に示す。また、得られた微粒子のウイルス力価を実施例1と同様にして評価し、不活化効果Rを求めた。それらの結果を表1に示す。実施例6〜13で得られた複合材微粒子は、実施例3と同等あるいは同等以上の不活化効果Rを示し、高い抗ウイルス性を有していた。
【0095】
(実施例14〜15)
実施例14では、実施例3で得られた酸化タングステン微粒子をアルミナゾルに分散させ、この分散液を110℃で12時間乾燥させることによって、アルミナ(Al)を2質量%含有する酸化タングステン複合材微粒子を作製した。実施例15では、実施例3で得られた酸化タングステン微粒子を塩化セリウム水溶液に分散させた。この分散液を遠心分離し、上澄みの除去と水の追加による洗浄を2回行った後、上澄み除去後の粉末を110℃で12時間乾燥させることによって、Ceを0.1質量%含有する酸化タングステン複合材微粒子を作製した。これら微粒子の特性を表1に示す。
【0096】
(比較例1)
試薬等として市販されている酸化タングステン粉末(レアメタリック社製)を用いて、実施例1と同様の測定、評価を行った。粉末特性を表1に示す。さらに、実施例1と同様にしてガラス板上に酸化タングステン微粒子を塗布したが、粒径が著しく大きいために膜を形成することができず、ウイルス力価を評価することはできなかった。
【0097】
(比較例2)
可視光応答型光触媒としての窒素ドープ型酸化チタン粉末を用いて、実施例1と同様にしてウイルス力価を評価した。粉末特性および不活化効果を表1に示す。窒素ドープ型酸化チタン粉末は、照度が6000lxの可視光を24時間照射した後の不活化効果は0.1と小さく、低照度、短時間光照射ではほとんど抗ウイルス性能が得られなかった。
【0098】
(比較例3)
一般に除菌用に使用されているアルコールとウイルスを同時に5×5cmのガラス板に接種し、ウイルス力価の評価を行った。その結果を表1に示す。ウイルスの不活化効果は得られた。しかし、試験に使用したガラス板を再度評価に使用した場合には、不活化効果は得られず、当然のことながらアルコールが揮発した後には効果がなかった。
【0099】
(実施例16〜17)
実施例16においては、実施例3で得られた酸化タングステン微粒子5質量%を、アモルファスZrO0.5質量%と水を混合して分散させて水系塗料を調整した。この水系塗料をセラミックス板に塗布して酸化タングステン複合材膜を形成した。膜厚は約200nmである。このような微粒子膜を具備する部材から5×5cmの試験片を切り出して、微粒子の評価と同様にして抗ウイルス性を評価した。なお、このときの無加工試験片としては、無加工のセラミックス板を用いた。
【0100】
実施例17においては、実施例3で得られた酸化タングステン微粒子を水中で分散させて水分散液を調整し、SiOバインダを用いて木綿繊維の目付け90g/mの布に付着させた。微粒子の付着量は0.4mg/cmである。このような微粒子を付着させた繊維布から5×5cmの試験片を切り出して、微粒子同様にして抗ウイルス性を評価した。なお、このときの無加工試験片としては、試料と同一量のSiOバインダのみを付着させた布を用いた。
【0101】
実施例16および実施例17で使用した微粒子の粉末特性およびX線回折評価の結果を表1に示す。また、作製した膜および繊維について、実施例1と同様にしてウイルス力価を評価し、不活化効果Rを求めた。その結果を表1に示す。実施例16および実施例17ともに、微粒子での評価と同様不活化効果Rが高く、膜を形成したり、また繊維に付着させても高い抗ウイルス性を有していた。
【0102】
(実施例18)
抗ウイルス性能の持続性を評価するために、実施例14の部材のウイルス力価を成膜直後と通常環境下で6ヶ月保存した後に評価した。不活化効果R(6000lx、24h)はそれぞれ4.5および4.4であり、6ヵ月の保存後においても高い抗ウイルス性が維持されていることが確認された。
【0103】
(比較例4)
Ag系抗菌剤を5×5cmのガラス板に塗布し、ウイルス力価の評価を行った。その結果を表1に示す。高い抗ウイルス性を示した。しかし、Ag系抗菌剤は高価であることに加えて、金属アレルギーを発生する可能性がある。さらに、塗布したガラス板を6ヶ月間放置した後、ウイルス力価の評価を行った結果、不活化効果がほとんどなくなっていた。抗菌剤は、性能の持続期間が短いことが確認された。
【0104】
【表1】
【0105】
(実施例19)
実施例3で得られた酸化タングステン微粒子2.5mgを5×5cmのガラス板に塗布して試料を作製する以外は、実施例3と同様にしてウイルス力価を評価した。酸化タングステン微粒子の付着量は0.1mg/cmであり、このとき形成された膜の膜厚は約50nmである。この結果、照度6000lxの可視光を24時間照射した後の不活化効果Rは1.5であり、塗布量の減少により値は低下したが、抗ウイルス性を有することが確認された。これは酸化タングステン粉末の粒径が小さく、均一な塗布層を形成することが可能であることから、少量の粉末でも高い抗ウイルス性が得られたものと考えられる。
【0106】
以上のように酸化タングステン微粒子や酸化タングステン複合材微粒子を用いた抗ウイルス性材料、さらにそれを用いた抗ウイルス性膜、抗ウイルス性繊維、抗ウイルス性製品は、いずれも実用的な抗ウイルス性能を長期間に渡って発揮することができることが分かる。さらに、低照度の可視光下でも高い抗ウイルス性を示すものである。
【0107】
また、ゼオライト、活性炭、多孔質セラミックス、珪藻土等に酸化タングステン微粒子や酸化タングステン複合材微粒子を含有させ、これらをフィルタや建材に用いたところ、住空間のウイルスを低減するだけでなく、菌やカビの発生を低減できることが確認された。従って、そのような抗ウイルス材料を適用することによって、実用的な抗ウイルス性能を長期間発揮する膜、繊維や製品を提供することが可能となる。
【0108】
さらに、酸化タングステン微粒子や酸化タングステン複合材微粒子を用いて水系分散液を作製し、バインダを用いてマスクや白衣に付着させることによって、基材となる繊維を劣化させることなく、院内感染につながるウイルスや菌を抑制することができる。また、アセトアルデヒド等の有機ガスの分解性能も得ることができる。この他、自動車の室内空間で使用される部材、工場、商店、学校、公共施設、病院、福祉施設、宿泊施設、住宅等で使用される建材、内装材、家電、衣服、医療用品等にも好適に用いることができる。
【0109】
なお、本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施し得るものであり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると共に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。