【実施例】
【0041】
[第1実施例]
全体組成に対するCuの含有量が及ぼすバルブガイドの特性への影響を調査した。鉄粉末と、P含有量が20質量%で残部がFeの鉄燐合金粉末と、銅粉末と、黒鉛粉末を用意し、鉄粉末に表1に示す割合の鉄燐合金粉末および銅粉末と、2質量%の黒鉛粉末を添加、混合して原料粉末を調整し、得られた原料粉末を、成形圧力650MPaで加圧圧縮して、外径11mm、内径6mm、長さ40mmの円管形状の圧粉体(摩耗試験用)、及び外径18mm、内径10mm、長さ10mmの円管形状の圧粉体(圧環強さ試験用)に成形し、得られた円管形状圧粉体をアンモニア分解ガス雰囲気中、加熱温度1000℃、保持時間を30分として焼結し、その後、上記加熱温度から室温までの冷却過程において、850℃から600℃に冷却する際の冷却速度を10℃/分として冷却し、試料番号01〜09の焼結体試料を作製した。
【0042】
また、従来例として、Sn含有量が10質量%で残部がCuの銅錫合金粉末、P含有量が20質量%で残部がFeの鉄燐合金粉末を別途用意し、鉄粉末に、5質量%の銅錫合金粉末、1.4質量%の鉄燐合金粉末、2質量%の黒鉛粉末を添加、混合して原料粉末を調整し、この原料粉末についても上記の2種類の形状に成形を行い、上記の焼結条件の下で焼結を行って試料番号10の焼結体試料を作製した。この従来例は、特許文献1に記載の焼結バルブガイド材に相当するものである。これらの試料の全体組成を表1に併せて示す。
【0043】
【表1】
【0044】
上記で得られた焼結体試料について、摩耗試験を行ってバルブガイドの摩耗量とバルブステムの摩耗量を測定するとともに、圧環試験を行って圧環強さを測定した。また、断面金属組織の観察を行って、鉄−リン−炭素化合物相の面積比および銅相の面積比を測定した。
【0045】
摩耗試験は、固定された円管形状の焼結体試料の内径にバルブのバルブステムを挿通するとともに、バルブを鉛直方向に往復動するピストンの下端部に取り付けた摩耗試験機により行い、5MPaの横荷重をピストンに加えながら、500℃の排気ガス雰囲気中で、ストローク速度3000回/分、ストローク長8mmの下でバルブを往復動させ、30時間の往復動の後、焼結体の内周面の摩耗量(μm)およびバルブステム外周の摩耗量(μm)を測定した。
【0046】
圧環試験は、JIS Z2507に規定する方法に従って行い、外径D(mm)、壁厚e(mm)、長さL(mm)の円管形状の焼結体試料を径方向に押圧し、押圧荷重を増加させて焼結体試料が破壊したときの最大荷重F(N)を測定して、下記1式により圧環強さK(N/mm
2)を算出した。
K=F×(D−e)/(L×e
2) …(1)
【0047】
銅相の面積比の測定は、試料の断面を鏡面研磨した後、ナイタールで腐食し、その金属組織を顕微鏡観察するとともに、三谷商事株式会社製WinROOFによって画像解析してその面積を測定して面積比を測定した。鉄−リン−炭素化合物相の面積比の測定は、腐食液として村上試薬(ヘキサシアノ鉄酸カリウム、水酸化カリウム各10質量%水溶液)を用いた以外は銅相の面積比の測定と同様に行った。なお、画像解析により識別される相の面積は、視野に対して0.05%以上のものである。
【0048】
これらの結果を表2に示す。なお、表中、「合計」はバルブガイドの摩耗量とバルブステムの摩耗量の合計値である。以下の検討においては、バルブガイドとして使用可能なレベルとして、圧環強さの目標値を約500MPa以上、摩耗量の目標値を合計摩耗量が75μm以下として評価を行った。
【0049】
【表2】
【0050】
表2の試料番号01〜09の試料により、焼結バルブガイド材の全体組成におけるCu量の影響および原料粉末における銅粉末添加量の影響がわかる。Cu量(銅粉末添加量)が2.5質量%以下の試料番号01〜05の試料においては、金属組織断面における板状の鉄−リン−炭素化合物相の面積比は、Cu量の増加とともに僅かに減少する傾向はあるが、従来例(試料番号10)と同等の鉄−リン−炭素化合物が析出分散している。しかしながら、Cu量(銅粉末添加量)が2.5質量%を超えると、金属組織断面における板状の鉄−リン−炭素化合物相の面積比が急に減少する傾向を示しており、Cu量が4.0質量%の試料(試料番号08)では、板状の鉄−リン−炭素化合物相の面積比が4.5%まで減少し、Cu量が4.0質量%を超える試料(試料番号09)では、鉄−リン−炭素化合物相の面積比が2.6%まで低下している。
【0051】
銅相はCu量(銅粉末添加量)に比例して増加する傾向を示しており、Cu量(銅粉末添加量)が0.5質量%の試料(試料番号01)では金属組織断面における銅相の面積比が0.2%であり、Cu量(銅粉末添加量)が4.0質量%の試料(試料番号08)では銅相の面積比が3.3%まで増加し、Cu量(銅粉末添加量)が4.0質量%を超える試料(試料番号09)では、銅相の面積比が3.6%まで増加している。
【0052】
圧環強さは、Cu量(銅粉末添加量)が0.5質量%の試料番号01の試料においては、Cu量が少ないため基地強度が低く、圧環強さが低い値を示しているが、Cu量(銅粉末添加量)が増加するに従い、Cuによる基地強化作用が増加するため、Cu量(銅粉末添加量)に比例して圧環強さが増加する傾向を示している。ここで、Cu量(銅粉末添加量)が1.0質量%に満たない試料番号01の試料では圧環強さが低く、バルブガイドとしての使用に耐えないが、Cu(銅粉末添加量)量が1.0質量%以上の試料(試料番号02〜09)では、圧環強さが500MPa以上となり、バルブガイドとして十分使用できる強度が得られている。
【0053】
バルブステム摩耗量は、Cu量(銅粉末添加量)が0.5質量%の試料番号01の試料においては、なじみ性を改善する銅相が存在しないことから、若干量摩耗しているが、Cu量(銅粉末添加量)が1.0質量%の試料番号02の試料においては、銅相が分散することによりなじみ性が改善され、摩耗量が減少し、Cu量(銅粉末添加量)が1.5質量%以上の試料番号03〜09の試料においては、充分な量の銅相が分散することにより、バルブステム摩耗量が低く、一定の値となっている。
【0054】
バルブガイド摩耗量は、Cu量(銅粉末添加量)が0.5質量%の試料番号01の試料においては、Cu量が少ないため基地強度が低く、このため摩耗量も大きい値となっており、合計摩耗量も大きい値となっている。一方、Cu量(銅粉末添加量)が1.0質量%の試料番号02の試料においては、Cuの基地強化作用により、基地強度が向上し、バルブガイド摩耗量が低減し合計摩耗量も低減している。また、Cu量(銅粉末添加量)が1.5〜3.0質量%の試料番号03〜06では、Cuによる基地強化作用が充分に得られるとともに、板状の鉄−リン−炭素化合物の析出量が多いことから、バルブガイド摩耗量は、従来例(試料番号10)と同等であり、ほぼ一定の低い値となっており、この結果合計摩耗量も従来例(試料番号10)と同等かつ、ほぼ一定の低い値となっている。しかしながら、Cu量(銅粉末添加量)が3.5〜4.0質量%の試料番号07,08の試料では、Cuによる基地強化作用よりも板状の鉄−リン−炭素化合物が減少することによる耐摩耗性低下が大きくなって、バルブガイド摩耗量が若干増加する傾向を示している。そしてCu量(銅粉末添加量)が4.0質量%を超える試料番号09の試料においては、鉄−リン−炭素化合物が減少することによる耐摩耗性低下が顕著となり、バルブガイド摩耗量が増大して合計摩耗量が増大する傾向を示している。
【0055】
以上の結果より、Cu量(銅粉末添加量)は1.0〜4.0質量%の範囲で、特許文献1の焼結バルブガイド材とほぼ同等の耐摩耗性を示すとともに、この範囲でバルブガイドとして使用できる強度であることが確認された。また、上記範囲で金属組織断面における銅相の面積比は0.5〜3.3%であることが確認された。さらに、金属組織断面における板状の鉄−リン−炭素化合物相の面積比は約3%以上必要であることが確認された。
【0056】
[第2実施例]
全体組成に対するCの含有量が及ぼすバルブガイドの特性への影響を調査した。第1実施例で用いた鉄粉末と、鉄燐合金粉末と、銅粉末と、黒鉛粉末とを用意し、鉄粉末に表3に示す割合の鉄燐合金粉末、銅粉末、および黒鉛粉末を添加、混合して原料粉末を調整し、得られた原料粉末を、第1実施例と同じ条件で成形、焼結して試料番号11〜16の試料を作製した。これらの試料の全体組成を表3に併せて示す。また、これらの試料について、第1実施例と同様にして摩耗試験、圧環試験を行うとともに、鉄−リン−炭素化合物相の面積比および銅相の面積比を測定した。この結果を表4に示す。なお、表3および表4には、黒鉛粉末の添加量が2.0質量%の例として第1実施例の試料番号04の試料の値を併せて示した。
【0057】
【表3】
【0058】
【表4】
【0059】
表4の試料番号04、11〜16の試料により、焼結バルブガイド材の全体組成におけるC量の影響および原料粉末における黒鉛粉末添加量の影響がわかる。C量(黒鉛粉末添加量)が1質量%の試料番号11の試料においては基地に拡散するCが乏しく、板状の鉄−リン−炭素化合物相が析出しない。一方、C量(黒鉛粉末添加量)が1.3質量%の試料番号12の試料においては、基地に拡散するCが十分となり、金属組織断面における板状の鉄−リン−炭素化合物相の面積比が3.1%となっている。そして、C量(黒鉛粉末添加量)が増加するにしたがい、金属組織断面における板状の鉄−リン−炭素化合物相の面積比は増加する傾向を示しており、C量(黒鉛粉末添加量)が3質量%の試料番号15の試料では、板状の鉄−リン−炭素化合物相の面積比が25.0%、C量(黒鉛粉末添加量)が3質量%を超える試料番号16の試料では、板状の鉄−リン−炭素化合物相の面積比が28.0%まで増加している。一方、銅相は、Cu量(銅粉末添加量)が一定であり、焼結条件が一定であることから、C量(黒鉛粉末添加量)によらず、金属組織断面における面積比がほぼ一定の値となっている。
【0060】
圧環強さは、基地中に板状の鉄−リン−炭素化合物相が析出しない試料番号11の試料が最も高く、C量(黒鉛粉末添加量)が増加して基地中に析出する鉄−リン−炭素化合物相の量が増加するに従い、低下する傾向を示している。ただし、C量(黒鉛粉末添加量)が3質量%の試料(試料番号15)は、圧環強さは502MPaであり、C量(黒鉛粉末添加量)が3質量%までであれば、バルブガイドとして十分使用できる強度が得られている。
【0061】
C量(黒鉛粉末添加量)が1質量%の試料番号11の試料においては、耐摩耗性の向上に寄与する鉄−リン−炭素化合物相が基地中に析出しないことから、バルブガイド摩耗量は大きい値となっている。一方、C量(黒鉛粉末添加量)が1.3質量%の試料番号12の試料では、基地中に板状の鉄−リン−炭素化合物が析出してバルブガイド摩耗量が低減されており、C量(黒鉛粉末添加量)が増加するにしたがい基地中に析出する板状の鉄−リン−炭素化合物相の量が増加して、板状の鉄−リン−炭素化合物相による耐摩耗性向上の効果によりバルブガイド摩耗量が低減されている。この傾向はC量(黒鉛粉末添加量)が2.5質量%の試料番号14の試料まで認められる。しかしながら、C量(黒鉛粉末添加量)が3質量%の試料番号15の試料においては、板状の鉄−リン−炭素化合物が増加することにより焼結体試料の強度が低下することから、バルブガイド摩耗量は若干増加し、C量(黒鉛粉末添加量)が3質量%を超える試料番号16の試料においては、バルブガイド摩耗量が増大している。バルブステム摩耗量は、C量(黒鉛粉末添加量)が2.5質量%から増加するに従い基地中に析出する硬質な板状の鉄−リン−炭素化合物相の量が増加することから、C量(黒鉛粉末添加量)が増加するに従い増加する傾向を示している。これらの摩耗状況から、合計摩耗量は、C量(黒鉛粉末添加量)が1.3〜3質量%の範囲で低減されていることが確認された。
【0062】
以上の結果より、C量(黒鉛粉末添加量)は1.3〜3質量%の範囲で、特許文献1の焼結バルブガイド材とほぼ同等の耐摩耗性を示すとともに、この範囲でバルブガイドとして使用できる強度であることが確認された。また、上記範囲で金属組織断面における鉄−リン−炭素化合物相の面積比は3〜25%であることが確認された。
【0063】
[第3実施例]
全体組成に対するPの含有量が及ぼすバルブガイドの特性への影響を調査した。第1実施例で用いた鉄粉末と、鉄燐合金粉末と、銅粉末と、黒鉛粉末を用意し、鉄粉末に表5に示す割合の鉄燐合金粉末、銅粉末、および2質量%の黒鉛粉末を添加、混合して原料粉末を調整し、得られた原料粉末を、第1実施例と同じ条件で成形、焼結して試料番号17〜24の試料を作製した。これらの試料の全体組成を表5に併せて示す。また、これらの試料について、第1実施例と同様にして摩耗試験、圧環試験を行うとともに、鉄−リン−炭素化合物相の面積比および銅相の面積比を測定した。この結果を表6に示す。なお、表5および表6には、鉄燐合金粉末の添加量が0.8質量%の例として第1実施例の試料番号04の試料の値を併せて示した。
【0064】
【表5】
【0065】
【表6】
【0066】
表6の試料番号04、17〜24の試料により、焼結バルブガイド材の全体組成におけるP量の影響が判る。P量が0.30質量%以下の試料番号04、17〜23の試料においては、金属組織断面における板状の鉄−リン−炭素化合物相の面積比は、ほぼ一定であり、従来例(試料番号10)と同等量の鉄−リン−炭素化合物が析出分散している。また、圧環強さとバルブガイドおよびバルブステムの摩耗量も従来例と同等の結果が得られている。このように、Pの含有量を低減しても低コストと耐摩耗性の維持を両立することが確認された。
【0067】
[第4実施例]
焼結温度が及ぼすバルブガイドの特性への影響を調査した。第1実施例で用いた鉄粉末と、鉄燐合金粉末と、銅粉末と、黒鉛粉末とを用意し、鉄粉末に表7に示す割合の鉄燐合金粉末、銅粉末、および黒鉛粉末を添加、混合して原料粉末を調整し、得られた原料粉末を、第1実施例と同じ条件で成形し、表7に示す温度で30分間保持する焼結を行い、その後冷却して試料番号25〜29の試料を作製した。加熱温度から常温までの冷却に際し、850℃から600℃までの温度域の冷却速度は10℃/分とした。これらの試料の全体組成を表7に併せて示す。また、これらの試料について、第1実施例と同様にして摩耗試験、圧環試験を行うとともに、鉄−リン−炭素化合物相の面積比および銅相の面積比を測定した。この結果を表8に示す。なお、表7および表8には、焼結温度が1000℃の例として第1実施例の試料番号04の試料の値を併せて示した。
【0068】
【表7】
【0069】
【表8】
【0070】
表8の試料番号04、25〜29の試料により、焼結時の加熱温度の影響がわかる。金属組織断面における銅相の面積比は、焼結時の加熱温度が高くなるにしたがい、基地中へのCuの拡散量が増加することから銅相として残留する量が減少して低下する傾向を示し、Cuの融点(1085℃)を超える加熱温度が1100℃の試料番号29の試料では、銅粉末として添加したCuが殆ど基地中へ拡散して銅相は僅か0.4%となっている。
【0071】
加熱温度が920℃の試料(試料番号25)では、焼結時の加熱温度が低く、Cの拡散が不充分となって板状の鉄−リン−炭素化合物相がほとんど析出しない。一方、加熱温度が970〜1070℃の試料(試料番号04、26〜28)では十分なCの拡散が得られ、金属組織断面における板状の鉄−リン−炭素化合物相の面積比が、従来例(試料番号10)とほぼ同等もしくは充分な量となっている。しかしながら、加熱温度が高くなると、基地に拡散するCu量が増加して板状の鉄−リン−炭素化合物相が形成され難くなることから、板状の鉄−リン−炭素化合物相の析出量が低下して金属組織断面における板状の鉄−リン−炭素化合物相の面積比は減少する。そして、Cuの融点(1085℃)を超える加熱温度が1100℃の試料(試料番号29)では、Cuが基地中に均一に拡散した結果、大きな板状の鉄−リン−炭素化合物相として析出できず、ほとんどがパーライト状に析出して金属組織断面における板状の鉄−リン−炭素化合物相の面積比が極めて少なくなっている。
【0072】
圧環強さは、焼結時の加熱温度が高くなるにしたがい、基地の強化に寄与するCuが基地に拡散する量が増加するため、増加する傾向を示している。しかしながら、加熱温度が920℃の試料(試料番号25)では、Cuの拡散が不充分であるため、圧環強さは500MPaを下回っており、バルブガイドとして必要な強度が得られていない。一方、加熱温度が970℃以上の試料(試料番号04、26〜29)では、基地へのCuの拡散量が増加する結果、500MPa以上の圧環強さが得られ、バルブガイドとして十分な強度が得られている。
【0073】
加熱温度が920℃の試料(試料番号25)においては、Cの拡散が不充分で、耐摩耗性に寄与する板状の鉄−リン−炭素化合物相が殆ど析出しないことから、バルブガイド摩耗量は大きい値となっている。一方、加熱温度が970℃の試料(試料番号26)においては、Cの拡散が十分に行われ、板状の鉄−リン−炭素化合物相の析出量が従来例(試料番号10)とほぼ同等となり、バルブガイド摩耗量が低減している。また、加熱温度が1000〜1070℃の試料(試料番号04、27、28)では上記の作用によりバルブガイド摩耗量がさらに低い値を示す。しかしながら、加熱温度が高くなるにしたがい、基地へのCuの拡散量も増加することから、加熱温度が1100℃の試料(試料番号29)では、析出する板状の鉄−リン−炭素化合物相の量が著しく減少して耐摩耗性が低下し、バルブガイド摩耗量が増大している。バルブステム摩耗量は、加熱温度によらずほぼ一定となっている。このため、合計摩耗量は、加熱温度が970〜1070℃の範囲で低減されている。
【0074】
以上の結果より、焼結バルブガイド材を鉄−銅−炭素焼結合金で構成する場合、焼結時の加熱温度は、970〜1070℃の範囲で良好な耐摩耗性を示すとともに、この範囲でバルブガイドとして使用できる強度であることが確認された。
【0075】
[第5実施例]
焼結の加熱温度から室温までの冷却過程において、850℃から600℃に冷却する際の冷却速度が及ぼすバルブガイドの特性への影響を調査した。第1実施例で用いた鉄粉末と、鉄燐合金粉末と、銅粉末と、黒鉛粉末とを用意し、鉄粉末に表9に示す割合の鉄燐合金粉末、銅粉末、および黒鉛粉末を添加、混合して原料粉末を調整し、得られた原料粉末を、第1実施例と同じ条件で成形し、1000℃で30分間保持する焼結を行い、850℃から600℃に冷却する際の冷却速度を表9に示す速度で冷却して試料番号30〜34の試料を作製した。これらの試料の全体組成を表9に併せて示す。また、これらの試料について、第1実施例と同様にして摩耗試験、圧環試験を行うとともに、鉄−リン−炭素化合物相の面積比および銅相の面積比を測定した。この結果を表10に示す。なお、表9および表10には、上記温度域における冷却速度が10℃/分の例として第1実施例の試料番号04の試料の値を併せて示した。
【0076】
【表9】
【0077】
【表10】
【0078】
850℃から600℃まで冷却する際のその温度域における冷却速度が遅いほど金属組織断面における鉄−リン−炭素化合物相の面積比は増加し、冷却速度が速いほど鉄−リン−炭素化合物相の面積比が減少する傾向がある。すなわち、常温で過飽和なCが、焼結時の加熱温度域ではオーステナイト中に溶け込んでいるが、この温度域において過飽和なCが鉄炭化物(Fe
3C)として析出する。この温度域をゆっくり通過すれば析出した鉄炭化物が成長して鉄−リン−炭素化合物相の量が増加し、この温度域を素早く通過すれば析出した鉄炭化物が成長する時間がなく、微細な鉄炭化物が分散するパーライト組織の割合が多くなって鉄−リン−炭素化合物の量が減少する。ここで、850℃から600℃まで冷却する際のその温度域における冷却速度が25℃/分まで早くなると、金属組織断面における鉄−リン−炭素化合物相の面積比が5.7%となり、それより早くなると鉄−リン−炭素化合物相の面積比が3%を下回る。
【0079】
一方、銅相は過飽和なCuが析出して分散するものではなく、未拡散の銅粉末が銅相として残留することから、金属組織断面における銅相の面積比は、冷却速度によらずほぼ一定の値となる。
【0080】
圧環強さは、850℃から600℃まで冷却する際のその温度域における冷却速度が早いほど、微細な鉄炭化物が増加して板状の鉄−リン−炭素化合物相の量が減少することから、増加する傾向を示す。また、バルブガイド摩耗量は、850℃から600℃まで冷却する際のその温度域における冷却速度が早いほど、耐摩耗性に寄与する鉄−リン−炭素化合物相の量が減少することから微増する傾向を示し、850℃から600℃まで冷却する際のその温度域における冷却速度が25℃/分を超えて早くなると、鉄−リン−炭素化合物相の面積比が3%を下回り、バルブガイド摩耗量は急激に増加している。
【0081】
以上の結果より、850℃から600℃まで冷却する際のその温度域における冷却速度を制御することにより、板状の鉄−リン−炭素化合物相の量を調整することができ、850℃から600℃まで冷却する際のその温度域における冷却速度を25℃/分以下とすることで、金属組織断面における板状の鉄−リン−炭素化合物相の面積比を3%以上として、耐摩耗性を良好なものとすることができることが確認された。なお、850℃から600℃まで冷却する際のその温度域における冷却速度をあまりに遅くすると、加熱温度から室温までの冷却時間が長くなり、その分製造コストが増加するため、850℃から600℃まで冷却する際のその温度域における冷却速度は5℃/分以上とすることが好ましい。
【0082】
[第6実施例]
焼結の加熱温度から室温までの冷却過程において、850℃から600℃の間の領域において恒温保持する時間が及ぼすバルブガイドの特性への影響を調査した。第1実施例で用いた鉄粉末と、鉄燐合金粉末と、銅粉末と、黒鉛粉末とを用意し、鉄粉末に表11に示す割合の鉄燐合金粉末、銅粉末、および黒鉛粉末を添加、混合して原料粉末を調整し、得られた原料粉末を、第1実施例と同じ条件で成形し、1000℃で30分間保持する焼結を行い、加熱温度から常温まで冷却する際に、850℃から780℃までの温度域の冷却速度を30℃/分とし、780℃で表11に示す時間一旦恒温保持し、その後780℃から600℃までの冷却速度を30℃/分として冷却して試料番号35〜38の試料を作製した。これらの試料について、第1実施例と同様にして摩耗試験、圧環試験を行うとともに、板状の鉄−リン−炭素化合物相の面積比および銅相の面積比を測定した。この結果を表12に示す。なお、表11および表12には、この温度域の冷却速度が30℃/分で、恒温保持しない例として第5実施例の試料番号34の試料の値を併せて示した。
【0083】
【表11】
【0084】
【表12】
【0085】
加熱温度から常温まで冷却する際に、850℃から600℃の温度域において、恒温保持した試料(試料番号35〜38)では、第5実施例において金属組織断面における板状の鉄−リン−炭素化合物相の面積比が3%を下回る冷却速度の場合においても、板状の鉄−リン−炭素化合物相の面積比を3%以上に増加させることができることがわかる。また、恒温保持時間が長くなるにしたがい、板状の鉄−リン−炭素化合物相の面積比が増加することがわかる。すなわち、オーステナイト中に過飽和に溶け込んだCが鉄炭化物として析出する温度域で恒温保持することにより、析出した鉄炭化物が成長できる時間を与えることにより、板状の鉄−リン−炭素化合物相の面積比を増加させることができ、この温度域での恒温保持時間が長くなれば、その分、板状の鉄−リン−炭素化合物相の面積比を増加させることができる。したがって、この温度域で恒温保持する場合は、恒温保持する間に板状の鉄−リン−炭素化合物相が成長するため、恒温保持温度前後の冷却速度を速くしても問題とはならない。
【0086】
一方、銅相は過飽和なCuが析出して分散するものではなく、未拡散の銅粉末が銅相として残留することから、金属組織断面における銅相の面積比は、恒温保持時間によらずほぼ一定の値となる。
【0087】
850℃から600℃の温度域における恒温保持時間が短いほど板状の鉄−リン−炭素化合物相が成長する時間が少なく板状の鉄−リン−炭素化合物相の面積比が減少し、恒温保持時間が長いほど鉄炭化物が成長する時間が長く板状の鉄−リン−炭素化合物相の面積比が増加することから、圧環強さは、恒温保持時間が長くなるにしたがい低下する傾向を示している。また、バルブガイド摩耗量は、850℃から600℃の温度域における恒温保持時間が長いほど、耐摩耗性に寄与する板状の鉄−リン−炭素化合物相の量が増加することから恒温保持時間にしたがって低下する傾向を示している。
【0088】
以上の結果より、850℃から600℃の温度域において恒温保持することにより、板状の鉄−リン−炭素化合物相の量を調整することができ、恒温保持する場合に保持時間を10分以上とすることで、金属組織断面における板状の鉄−リン−炭素化合物相の面積比を5%以上として、耐摩耗性を良好なものとすることができることが確認された。なお、恒温保持時間をあまりに長くすると、加熱温度から室温までの冷却時間が長くなり、その分製造コストが増加するため、恒温保持時間は90分以下とすることが好ましい。