(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5783805
(24)【登録日】2015年7月31日
(45)【発行日】2015年9月24日
(54)【発明の名称】疲労特性および靱性に優れた鋼
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20150907BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20150907BHJP
【FI】
C22C38/00 301A
C22C38/60
【請求項の数】1
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2011-122885(P2011-122885)
(22)【出願日】2011年5月31日
(65)【公開番号】特開2012-251184(P2012-251184A)
(43)【公開日】2012年12月20日
【審査請求日】2014年3月10日
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101085
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 健至
(74)【代理人】
【識別番号】100134131
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 知理
(72)【発明者】
【氏名】後藤 洋昭
(72)【発明者】
【氏名】橋本 和弥
【審査官】
守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】
特開平09−235654(JP,A)
【文献】
特開2001−073073(JP,A)
【文献】
特開平05−059486(JP,A)
【文献】
国際公開第2010/082454(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.22〜0.60%、Si:0.10〜0.50%、Mn:0.30〜1.20%、P:0.030%以下、S:0.005〜0.060%、Al:0.088〜0.213%、N:0.0099%以下、O:0.0020%以下を含有し、残部がFe及び不可避不純物からなり、これらのAlの含有量とNの含有量から求められる固溶Alの含有量が、これらのAl%からN%の27/14を減じた値において、0.069%以上を満足することを特徴とする疲労特性および靭性に優れた鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は自動車や各種産業機械の分野にて、所定の形状に成形した後ずぶ焼入れ、場合によっては高周波焼入れ処理により材料を硬化する部品に使用される疲労特性および靭性に優れた鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に、炭素鋼のように比較的焼入性が悪い材料は、不完全焼入れ組織が生成し易いため、これが疲労強度を低下させる要因となる可能性がある。さらに、不完全焼入れ組織が生成すると靭性の低下を招く。不完全焼入れ組織の生成を抑制し疲労強度および靭性を改善するためには、焼入性を向上させて完全焼入れ組織を得る必要がある。
【0003】
焼入性の向上ならびに疲労特性の向上に関する従来の技術として、鋼成分中のSi、Mn、P、S、およびO量を低減することにより、球状化焼なまし材の冷間鍛造性の尺度である変形抵抗を低下させ、Bを添加した成分系における、CrとMoの複合添加量をCr+Moで0.30〜0.80%の範囲内として高周波焼入性、ねじり疲労強度および転動疲労寿命の向上を図ることができるとした冷間鍛造用鋼が提案されている(例えば、特許文献1参照。)。さらに、被削性改善のために、Si含有量を低減し、焼ならし硬さを下げるとともに、焼入性向上元素であるBを添加することにより、Si含有量の低減による焼入性の低下を補い、安定した高周波焼入性を確保した高強度高周波焼入用鋼が提案されている(例えば、特許文献2参照。)。また、冷間鍛造性を向上させるために、Si、Mn、および固溶N量を低減し、Alを0.10%以上含有させることで球状化焼なましを施した鋼の高周波焼入れによる短時間加熱における均一オーステナイト化を促進し、高周波焼入性を向上した冷間鍛造用鋼が提案されている(例えば、特許文献3参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平5−59486号公報
【特許文献2】特開平9−241794号公報
【特許文献3】特許第3738501号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、上記の先行技術文献における、焼入性を向上させるBの添加は、複合的に添加されるTiがTiNを生成するため、疲労特性を劣化させる恐れがある。さらに焼入性を向上させるCrやMoの増量は素材の硬さを上昇させて加工性の低下を引き起こす。さらに、Moは鋼材コストを上昇させる元素であるので、Moの添加は可能な限り避けたい元素である。また、特許文献3の発明のように焼入性向上のためにAlを添加する手法があるが、合金元素量の低減、特にSiの低減は疲労特性を劣化させる。つまり、焼入性向上とともに疲労特性を確保するには、合金元素量のバランスが必要である。
【0006】
本発明はこれらの問題を解決するために、焼入性を向上させることで、疲労特性及び靱性を満足する鋼材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するための本発明の手段は、請求項1の手段では、質量%で、C:0.22〜0.60%、Si:0.10〜0.50%、Mn:0.30〜1.20%、P:0.030%以下、S:0.005%〜0.060%、Al:
0.088〜0.213%、N:
0.0099%以下、O:0.0020%以下を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなることを特徴とする鋼である。しかも、これらの鋼は上記組成のAlの含有量とNの含有量から求められる固溶Alの含有量が、上記のAl%からN%の27/14を減じた値における、
0.069%以上を満足することを特徴とする疲労特性および靱性に優れた鋼である。
【0008】
本発明における炭素鋼の化学成分の限定理由を以下に説明する。なお、以下において%は質量%を示す。
【0009】
C:0.22〜0.60%
Cは、必要な強度および焼入れ硬さを確保するために必要な元素である。しかし、0.22%未満では焼入れ後の表面硬さが確保できず、疲労寿命が低下する。一方、0.60%を超えると靭性が低下するとともに素材の硬さが上昇するため被削性や冷間加工性等の加工性の劣化は避けられない。そこで、Cは0.22〜0.60% とし、望ましくは0.32〜0.55%とする。
【0010】
Si:0.10〜0.50%
Siは、鋼の脱酸に有効な元素であり、鋼に必要な焼入性を付与し強度を高めるために添加する。さらに、Siは焼戻し軟化抵抗を向上させる、すなわち金属接触時の温度上昇による硬さ低下を抑制するため疲労特性の向上に有効な元素でもあるが、0.10%未満ではその効果は確保できない。一方、0.50%を超えると靭性が低下するとともに素材の硬さが上昇して加工性が劣化する。そこで、Siは0.10〜0.50%とし、望ましくは0.15〜0.35%とする。
【0011】
Mn:0.30〜1.20%
Mnは、鋼の脱酸に有効な元素である。さらに、鋼の焼入性を向上させるために非常に有効な元素であり、焼入性向上により不完全焼入れ組織のない完全なマルテンサイト組織を得ることは疲労特性および靱性を向上させる効果がある。鋼に必要な焼入性を付与し、強度を高めるために、0.30%以上を添加する。しかし、1.20%を超えると靭性が低下するとともに素材の硬さが上昇して加工性が劣化する。そこで、Mnは0.30〜1.20%し、望ましくは0.50〜1.00%とする。
【0012】
P:0.030%以下
Pは、不可避不純物として粒界に偏析し、0.030%を超えると靭性、疲労特性を低下させる。そこで、Pは0.030%以下とする。
【0013】
S:0.005〜0.060%
Sは、MnSの介在物を形成して被削性を改善する効果があるので0.005%以上添加する。しかし、0.060%を超えると冷間加工性、靭性を低下させる。そこで、Sは0.005〜0.060%とする。望ましくは、0.010〜0.035%とする。
【0014】
Al:
0.088〜0.213%
Alは、鋼の脱酸に有効な元素であり、さらにNと結合しAlNを生成するため、結晶粒粗大化の抑制に有効である。しかし、Alは多すぎると非金属介在物を生成して疲労強度が低下する。そこで、Alは0.03〜0.30%とし、望ましくは0.05%〜0.10%とする
としていた。しかしながら、表1の発明鋼のNo.E、No.HおよびNo.Iを削除したことに伴い、補正後の表1のAlの範囲に基づき、Alは0.088〜0.213%とする。
【0015】
[Al%−(27/14)×N%]≧
0.069%
固溶Al、すなわち[Al%−(27/14)×N%]は焼入性が向上し、焼入れ時の不完全焼入れ組織を抑制する効果があるので0.020%以上とする。望ましくは0.035%以上で、より望ましくは0.050%とする
としていた。しかしながら、表1の発明鋼のNo.E、No.HおよびNo.Iを削除したことに伴い、補正後の表1の発明鋼のAlの最小値であるNo.FのAlの含有量の0.088%と同じく補正後の表1の発明鋼のNの最大値であるNo.Bの0.0099%を固溶Alの式[Al%−(27/14)×N%]に当て嵌めて得られた値である0.069%以上とする。
【0016】
N:
0.0099%以下
Nは、Alと結合してAlNを生成するため結晶粒粗大化の抑制に有効である。しかし、Nは多すぎると、固溶Al%を確保するためにAlを増量させる必要があるため、Nは0.0150%以下とし、望ましくは0.0100%以下とする
としていた。しかしながら、表1の発明鋼のNo.E、No.HおよびNo.Iを削除したことに伴い、補正後の表1のNの範囲に基づき、Nは0.0099%以下とする。
【0017】
O:0.0020%以下
Oは、0.0020%を超えて含有すると、疲労寿命を低下させる酸化物系介在物を生成する。そこで、疲労寿命を低下させる酸化物系介在物の生成を抑制するために、Oは0.0020%以下とし、望ましくは0.0015%以下とする。
【発明の効果】
【0018】
上記の手段の化学成分の合金組成の鋼材とすることで、焼入性が向上でき、かつ疲労特性および靱性の点で満足できる鋼材を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図2】シャルピー衝撃試験片を示し、(a)は平面図、(b)は側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
表1に示す化学組成の鋼を100kg真空溶解炉で溶製した。得られた鋼を1150℃〜1250℃で熱間鍛造し、直径32mmおよび直径20mmの棒鋼を作製した。
【0022】
なお、表1において、固溶Alは、次式の
固溶Al=Al%−(27/14)×N%
から求めた値である。
また、表1の網掛け部は本発明の請求項から外れることを示している。
【0023】
ジョミニ一端焼入性試験
上記で作製した直径32mmの棒鋼を、ジョミニ一端焼入試験片に加工し、焼ならし温度870℃、焼入れ温度845℃から水冷の条件で焼入性を評価した。
【0024】
回転曲げ疲労試験
上記で作製した直径20mmの棒鋼を、865℃で60分の焼ならし処理を施した後、回転曲げ疲労試験片に粗加工し、845℃で20分の水焼入れ、150℃で90分の焼戻し処理を施し、
図1の通り、仕上げ加工を行って回転曲げ疲労試験片1とした。疲労強度については、回転曲げ疲労試験の1×10
7サイクル到達時の強度を採用した。
【0025】
シャルピー衝撃試験
さらに上記で作製した直径20mmの棒鋼を、865℃で60分の焼ならし処理を施した後、シャルピー衝撃試験片に粗加工し、845℃で水焼入れ、150℃で90分の焼戻し処理を施し、
図2の通り、仕上げ加工を行ってシャルピー衝撃試験片2とした。
【0026】
以上の、ジョミニ一端焼入性試験、回転曲げ疲労試験およびシャルピー衝撃試験の結果として、焼入端からの硬さ、ジョミニ距離、曲げ疲労試験、室温での衝撃値について表2に記載する。
【0028】
表2において、ジョミニ距離
1)は、焼入端からジョミニ曲線における軟化の変曲点までの距離である。さらに、表2の焼入端からの硬さ、ジョミニ距離、曲げ疲労試験、室温での衝撃値における、それぞれの目標値は、焼入端からの硬さ:450Hv以上、ジョミニ距離:5.0mm以上、曲げ疲労強度:500MPa以上、室温での衝撃値:50J/cm
2以上である。
【0029】
上記の表2において説明した目標値に関して、発明鋼のNo.A〜No.
D、No.FおよびNo.Gまでと、比較鋼のNo.J〜No.Qについて、説明すると、発明鋼No.A〜
No.D、No.FおよびNo.Gは、焼入端からの硬さ、ジョミニ距離、曲げ疲労強度、室温での衝撃値が目標値を満足している。一方、比較鋼のNo.J〜No.Qは、表1に示すように化学成分において請求項から外れたものがあるために、表2に網掛けで示すものは、焼入端からの硬さ、ジョミニ距離、曲げ疲労強度、室温での衝撃値において、目標値に未達である。
【符号の説明】
【0030】
1 回転曲げ疲労試験片
2 シャルピー衝撃試験片