特許第5789058号(P5789058)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5789058
(24)【登録日】2015年8月7日
(45)【発行日】2015年10月7日
(54)【発明の名称】光触媒体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B01J 35/02 20060101AFI20150917BHJP
   B01J 35/04 20060101ALI20150917BHJP
   B01J 35/10 20060101ALI20150917BHJP
   B01J 37/08 20060101ALI20150917BHJP
   B01J 37/12 20060101ALI20150917BHJP
   B01J 21/06 20060101ALI20150917BHJP
【FI】
   B01J35/02 JZAB
   B01J35/04 341
   B01J35/10 301H
   B01J37/08
   B01J37/12
   B01J21/06 M
【請求項の数】7
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2014-541467(P2014-541467)
(86)(22)【出願日】2014年4月8日
(86)【国際出願番号】JP2014060161
(87)【国際公開番号】WO2014168135
(87)【国際公開日】20141016
【審査請求日】2014年8月26日
(31)【優先権主張番号】特願2013-90732(P2013-90732)
(32)【優先日】2013年4月8日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】300006836
【氏名又は名称】東洋精箔株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100080012
【弁理士】
【氏名又は名称】高石 橘馬
(72)【発明者】
【氏名】藤井 佑基
(72)【発明者】
【氏名】三浦 裕太
(72)【発明者】
【氏名】宮尾 幸光
【審査官】 延平 修一
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第07/132832(WO,A1)
【文献】 特開2000−271493(JP,A)
【文献】 特開平04−128398(JP,A)
【文献】 特開平02−205698(JP,A)
【文献】 K. INDIRA et al.,Effect of anodization parameters on the structural morphology of titanium in fluoride containing electrolytes,MATERIALS CHARACTERIZATION,2012年,Vol.71,pp.58-65
【文献】 Naoya ENOMOTO et al.,Effect of ultrasonication on anodic oxidation of titanium,Journal of the Ceramic Society of Japan,2009年 3月 1日,Vol.117 No.1363,pp.369-372
【文献】 H.Z. ABDULLAH et al.,TiO2 THICK FILMS BY ANODIC OXIDATION,J. Aust. Ceram. Soc.,2007年,Vol.43 No.2,pp.125-130
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 21/00−38/74
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Science Direct
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタン又はチタン合金からなる基材の表面にアナターゼ型酸化チタンの結晶構造を含有する酸化チタン皮膜を形成した光触媒体であって、前記酸化チタン皮膜の表面に、孔幅の最大値と最小値の平均値を孔幅Wとしたときに、前記孔幅Wが50 nm〜300 nmの微細孔が密集した多孔質領域が散在しており、該多孔質領域を走査型電子顕微鏡で観察したときに、前記多孔質領域の縦横が1000 nm×1000 nmの正方形範囲内に、前記微細孔が19個以上存在している光触媒体を製造する方法であって、
前記基材の表面に酸として0.1 wt%〜3.0 wt%の酒石酸ナトリウム(C4H4Na2O6)のみを含有するとともに0.1 wt%〜5.0 wt%の過酸化水素(H2O2)を含有する電解浴を用いて陽極酸化処理を施した後、加熱処理を施す方法であり
陽極酸化処理の印加電圧を+70 V〜+140 Vとし、陽極酸化時間を15秒〜30秒間とし、陽極酸化処理の電解浴の浴温度を5℃〜20℃とし、加熱処理は酸化性雰囲気で400 ℃〜750 ℃の温度で、1〜30分行うことを特徴とする光触媒体の製造方法
【請求項2】
前記基材として長尺の基材を使用し、前記長尺の基材を連続陽極酸化装置に導いて連続的に陽極酸化処理を施した後、陽極酸化処理済みの長尺の基材に連続的に加熱処理を施すことを特徴とする請求項1に記載の光触媒体の製造方法。
【請求項3】
前記基材を用途に対応させて所定の寸法になるように切断することを特徴とする請求項2に記載の光触媒体の製造方法。
【請求項4】
前記多孔質領域は前記酸化皮膜の表面の25%以上を占めていることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の光触媒体の製造方法。
【請求項5】
前記基材が厚さ0.005 mm〜0.6 mmであることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の光触媒体の製造方法
【請求項6】
前記基材が箔状板状、パンチング状、網目状又はメッシュ状であることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の光触媒体の製造方法
【請求項7】
JIS R1702に準拠した光触媒抗菌性試験により得られる前記光触媒体の抗菌活性値(R)が2.0以上であることを特徴とする請求項1〜のいずれかに記載の光触媒体の製造方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チタン又はチタン合金からなり、薄い基材に陽極酸化処理と加熱処理を施すことにより特に紫外光の照射に対して優れた抗菌性を発揮できる光触媒体製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化チタン(TiO2)、特にアナターゼ型の結晶構造を備えた酸化チタンは、紫外線(紫外光)などの特定の波長の光を照射すると光触媒活性を発揮するので、抗菌(殺菌)、防臭、防汚染などを目的として、従来から各種の部材(基材)に応用されている。
【0003】
各種部材に光触媒活性を発揮させる方法としては、従来から、光触媒活性を有する酸化チタン微粉末を溶剤に溶解させた酸化チタン含有溶液を部材の表面に塗布する方法(塗料型光触媒)と、チタン又はチタン合金からなる基材に陽極酸化処理を施してこの基材に酸化チタンを含有する皮膜を形成した後に、この基材を所定温度に加熱処理することによりその表面に光触媒活性を発揮するアナターゼ型の結晶構造を含有する酸化チタン皮膜を形成した基材を得る方法(陽極酸化型光触媒)が行われている。
【0004】
上記の塗料型光触媒は、各種の部材に対して容易に、かつ安価に光触媒活性を発揮させることができるので広く実用化されているが、基材に酸化チタン含有溶液を塗布したときの塗布膜とこの基材との密着力が低いために、基材が光触媒活性を発揮することができる寿命が短く、酸化チタン含有溶液を再塗布する必要が生じるという大きな不具合がある。さらに、光触媒活性を有する酸化チタンの微粉末を溶剤に分散させているので光触媒活性が阻害され、その活性が低下するという不具合を有している。
【0005】
一方、上記の陽極酸化型光触媒及びその製造技術については、チタン又はチタン合金からなる基材と光触媒活性を発揮する酸化チタン皮膜との密着力が高く、さらに光触媒活性の耐久性とその安定性が高く、チタン自体も無害な金属であることから、近年、陽極酸化型光触媒の応用が見直されている。
【0006】
陽極酸化型光触媒については、従来から種々の発明が提案されている。例えば、下記の特許文献に記載の発明が提案されている。
【0007】
特開昭63-297592号公報は、装飾品、建材、機械部品等の表面に陽極酸化処理により形成する酸化皮膜の耐摩耗性を向上させるために、0.1〜20%の過酸化水素水に、0.1〜30%の無機酸又は0.1〜30%の有機酸を添加した2液タイプの電解浴中においてチタン及びチタン合金に陽極酸化処理を施すことにより酸化皮膜を形成する方法を開示している。特開昭63-297592号公報の明細書第3ページの左上欄には、電解浴の温度は10〜50℃に、浴電圧は100 V以上にすることが望ましく、また、過酸化水素水に添加する添加物の種類や添加量を変え、又は浴電圧を低電圧にすることによりアナターゼ型の酸化皮膜を重点的に形成することができることが記載されている。また浴電圧を100 V以下では2000Å以下の酸化皮膜しか得られないが、150 V以上にすることによりミクロン単位の厚い酸化皮膜を形成することができることが記載されている。各実施例では、陽極酸化処理を20分〜30分行っている。
【0008】
特開8-246192号公報は、チタン又はチタン基合金基材の表面に、アナターゼ型酸化チタンを含有する厚さが0.1μm以上の酸化物層を形成し、酸化物層中に含まれるアナターゼ型酸化チタンの含有量が1体積%以上である光触媒活性を有する酸化処理チタン又はチタン基合金材を開示している。さらにその酸化処理チタン又はチタン基合金材を形成する方法として、チタン又はチタン基合金基材を、希薄酸性溶液中で50〜150 Vの電位で陽極酸化した後、酸化性雰囲気中で300〜800℃で5〜20分の加熱処理する方法を開示している。
【0009】
特開2009-215621号公報は、チタン又はチタン合金の表面に陽極酸化処理を施して、光触媒活性と超親水性機能に優れたアナターゼ型二酸化チタンを形成する方法を開示している。特開2009-215621号公報に記載されている製造方法は、チタン又はチタン合金からなる基材の表面に、高電圧を印加して陽極酸化を施す方法、あるいは高電流密度条件下に陽極酸化を施すことにより、結晶性に優れたアナターゼ型二酸化チタンを製造する方法である。さらに、陽極酸化処理は、0.08 wt%〜1.0 wt%の濃度の硫酸水溶液中で行うこと、この高電圧が225 V以上、高電流密度条件が25 mA/cm2以上、陽極酸化処理時間が2分間以上、陽極酸化処理を行って形成した皮膜を400℃〜600℃の温度で4時間以上熱処理を行うことが開示されている。また、チタン又はチタン合金からなる基材の表面に形成された二酸化チタンは、X線回折[XRD(X-Ray Diffraction)]におけるアナターゼ101回折線の半価幅が0.4未満のアナターゼ型二酸化チタンを90%以上含有することが開示されている。
【0010】
特開2011-183240号公報は、片面又は両面から非周期的パターンによるエッチング処理を施して表裏を貫通する多数の微細流路が形成された非周期性海綿構造を有するチタン箔の表面に、陽極酸化処理により厚さ70〜150 nmの皮膜からなる酸化チタンベースを形成し、この酸化チタンベースにアナターゼ型酸化チタン粒子を焼き付けてなる光触媒シートを開示している。アナターゼ型酸化チタン粒子の焼き付けは、酸化チタンベースを形成したチタン箔を、アナターゼ型酸化チタン粒子を分散したスラリー中にディッピングした後、550℃で3時間加熱することにより行っている。
【0011】
特開2011-19786号公報には、高骨伝導性を有する酸化チタン皮膜材料及びその製造方法に関する発明が提案されている。特開2011-19786号公報に記載の酸化チタン皮膜材料は、チタンを含むチタン部と、低結晶性のアナターゼ型の酸化チタンを含む厚さが100 nm〜200 nm程度の被覆部とを備え、酸化チタンは、X線回折において半値幅が7.0度以上のアナターゼ型のピークを有する。さらに、4M以上のリン酸濃度の電解溶液を用い、火花放電が生じない条件で印加電圧を経時的に上昇させつつ、少なくとも表層にチタンを含むチタン部を備える材料を陽極酸化する酸化チタン皮膜材料の製造方法を開示している。
【0012】
特開2008-220557号公報は、抗菌機能を備えた飲食物用容器等に用いる抗菌表面の構造であって、粉体噴射又は気相反応により母材の表面に酸化チタン層あるいは酸化チタン合金層を形成した後、この表面層の表面を陽極酸化処理してなり、JISに規定の抗菌力試験により得られる抗菌活性値が2.0以上である抗菌表面構造を開示している。
【0013】
また陽極酸化型光触媒ではないが、特開2000-51712号公報は、SUS、Ti又はその合金、Cu又はその合金、あるいはAl又はその合金からなる線材で形成された平織金網と各線材の表面に、SUS、Ti又はその合金、Cu又はその合金あるいはAl又はその合金からなる金属粒子が焼結された多孔質層を有する基板を有し、この多孔質層の表面に光触媒機能層を形成した光触媒体を開示している。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
特開昭63-297592号公報に記載のチタン及びチタン合金の陽極酸化処理方法は、装飾品、建材、機械部品等に用いる酸化皮膜の耐摩耗性を向上させるために、0.1〜20%の過酸化水素水に、0.1〜30%の無機酸又は0.1〜30%の有機酸を添加した2液タイプの電解浴を用いてチタンからなる基材の表面にアナターゼ型又はルチル型の陽極酸化皮膜を形成する方法であって、この方法により得られる陽極酸化皮膜は光触媒機能、特に抗菌性が十分でない。
【0015】
特開8-246192号公報に記載の光触媒活性を有する酸化処理チタンは、チタン又はチタン基合金材の表面に陽極酸化処理により、厚さが0.1μm以上であってアナターゼ型酸化チタンの含有量が1体積%以上とした酸化処理チタンからなる皮膜を形成した光触媒活性を有するチタン基材(チタン板)であるが、光触媒活性は十分でない。
【0016】
特開2009-215621号公報に記載の二酸化チタンの製造方法は、チタン又はチタン合金の表面に高電圧で長時間陽極酸化処理を施した後、熱処理を施しており、結晶性に優れたアナターゼ型二酸化チタンが得られるが、光触媒活性は十分でない。
【0017】
特開2011-183240号公報に記載の光触媒シートは、表面にエッチング処理を施して表裏を貫通する多数の微細流路を形成したチタン箔の表面に、陽極酸化処理により厚さ70〜150 nmの皮膜からなる酸化チタンベースを形成し、さらに、このチタン箔をアナターゼ型酸化チタン粒子を分散したスラリー中にディッピングした後、これを550℃で焼き付けることによりチタン箔の表裏両面及び微細流路の内壁面に光触媒層を形成したチタン箔である。このチタン箔からなる光触媒シートは、エッチング処理と、陽極酸化処理と、アナターゼ型酸化チタン粒子を分散したスラリー中にディッピングする処理と、加熱(焼き付け)処理とを必要とするために、製造工程が極めて複雑になるとともに製造コストが高くなる。
【0018】
特開2011-19786号公報に記載の酸化チタン被覆材料は、チタン基材の表面に厚さが100 nm〜200 nm程度の低結晶性のアナターゼ型の酸化チタンを含む酸化チタン皮膜を形成した材料であるが、この被覆材料は、主として骨代替材料などの生体材料として使用することを目的とした酸化チタン被覆材料である。
【0019】
特開2008-220557号公報に記載の抗菌部材は、母材の表面を気相反応により酸化チタン層あるいは酸化チタン合金層を形成した後、この表面層の表面を陽極酸化処理し、JISに規定の抗菌力試験により得られる抗菌活性値を2.0以上とした抗菌表面を備えた部材であって、長尺のチタン箔を連続して陽極酸化処理し、さらに加熱処理を行って抗菌性を持たせるようにした抗菌部材ではない。
【0020】
特開2000-51712号公報に記載の光触媒体は、金網の線材、あるいはパンチンメタルからなる基材の表面に光触媒機能を発揮する金属粒子を担持させた光触媒体であって、基材に陽極酸化処理を施すことによりこの基材に光触媒機能を発揮させるようにした光触媒体ではない。
【0021】
本発明の目的は、チタン又はチタン合金からなるチタン基材の表面に陽極酸化処理を施した後、この陽極酸化処理を施した基材加熱処理を施すことにより、基材の表面に、光触媒機能、特に抗菌性に優れたアナターゼ型酸化チタンの結晶構造を含有し、表面に微細孔が密集した多孔質領域が散在している酸化チタン皮膜を形成した光触媒体を製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0022】
従って、本発明の光触媒体の製造方法は、チタン又はチタン合金からなる基材の表面にアナターゼ型酸化チタンの結晶構造を含有する酸化チタン皮膜を形成した光触媒体であって、前記酸化チタン皮膜の表面に、孔幅の最大値と最小値の平均値を孔幅Wとしたときに、前記孔幅Wが50 nm〜300 nmの微細孔が密集した多孔質領域が散在しており、該多孔質領域を走査型電子顕微鏡で観察したときに、前記多孔質領域の縦横が1000 nm×1000 nmの正方形範囲内に、前記微細孔が19個以上存在している光触媒体を製造する方法であって、前記基材の表面に酸として0.1 wt%〜3.0 wt%の酒石酸ナトリウム(C4H4Na2O6)のみを含有するとともに0.1 wt%〜5.0 wt%の過酸化水素(H2O2)を含有する電解浴を用いて陽極酸化処理を施した後、加熱処理を施す方法であり陽極酸化処理の印加電圧を+70 V〜+140 Vとし、陽極酸化時間を15秒〜30秒間とし、陽極酸化処理の電解浴の浴温度を5℃〜20℃とし、加熱処理は酸化性雰囲気で400 ℃〜750 ℃の温度で、1〜30分行うことを特徴とする
【0023】
前記多孔質領域は前記酸化皮膜の表面の25%以上を占めているのが好ましい。
【0024】
【0025】
【0026】
前記基材として長尺の基材を使用し、前記長尺の基材を連続陽極酸化装置に導いて連続的に陽極酸化処理を施した後、陽極酸化処理済みの長尺の基材に連続的に加熱処理を施すのが好ましい。長尺の基材に上記陽極酸化処理及び加熱処理を施した後、用途に対応させて所定の寸法になるように切断しても良い。
【0027】
前記基材は厚さ0.005 mm〜0.6 mmであるのが好ましく、箔状、板状、パンチング状又は網目状であるのが好ましい。前記基材はチタン又はチタン合金からなる線材をメッシュ状に平織りすることにより形成しても良い。
【0028】
JIS R1702に準拠した光触媒抗菌性試験により得られる抗菌活性値(R)が2.0以上であるのが好ましい。
【0029】
【0030】
【0031】
【発明の効果】
【0032】
本発明の製造方法により得られた光触媒体は、次の効果を奏することができる。
(1)本発明の製造方法により得られた光触媒体は、チタン又はチタン合金からなる基材の表面に形成したアナターゼ型酸化チタンの結晶構造を含有する酸化チタン皮膜はその表面に、微小な孔が密集した多孔質に形成された領域が、この酸化チタン皮膜表面の全領域に散在している。これにより光触媒体、JIS R1702に準拠した光触媒抗菌性試験において、抗菌活性値(R)が2.0以上の優れた抗菌性を発揮することができる。さらに、チタン又はチタン合金からなる長尺の基材を連続陽極酸化装置に順次導いて、この長尺の基材の始端部近傍から終端部近傍までを連続的に陽極酸化処理を施し、さらにこの陽極酸化処理済みの長尺の基材についても同様に連続的に加熱処理を行うことにより、安定した光触媒機能、特に安定した抗菌性を有する長尺の光触媒体を安価かつ容易に提供することができる。使用用途に合わせて適切な長さと幅を有するように切断することが可能である。
【0033】
(2)本発明の製造方法により得られた光触媒体は、厚さが0.005 mm〜0.6 mmの箔状又は板状、厚さが0.005 mm〜0.6 mmのパンチング状又は網目状、あるいは、基材を線材としその厚さが薄いメッシュ状構造からなり、安定した抗菌性を有することができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
図1】基材をチタン製箔とした本発明の一実施態様である製造方法により得られた光触媒体の表面部に形成した酸化チタン皮膜に対してX線回析(XRD)を行った結果のプロファイルを示す図である。
図2】本発明の一実施態様である製造方法により得られた光触媒体の表面部に形成した酸化チタン皮膜の表面を走査型電子顕微鏡で撮像した写真(倍率5000倍)である。
図3(a)】実施例2の光触媒体の抗菌活性値(R)と陽極酸化処理の印加電圧の関係を示すグラフである。
図3(b)】実施例2の光触媒体の抗菌活性値(R)と陽極酸化処理時間の関係を示すグラフである。
図3(c)】実施例2の光触媒体の抗菌活性値(R)と陽極酸化処理の電解浴温度の関係を示すグラフである。
図4】実施例3の光触媒体の基礎実験結果を示す図であって、光触媒体の抗菌活性値(R)と加熱処理温度との関係を示す。
図5】実施例4の光触媒体について、電解浴の温度を10℃に設定して陽極酸化処理を行った酸化チタン皮膜の表面を、走査型電子顕微鏡で撮像したときの写真(倍率30,000倍)である。
図6】実施例4の光触媒体について、電解浴の温度を30℃に設定して陽極酸化処理を行った光触媒体に形成された酸化チタン皮膜の表面を、走査型電子顕微鏡で撮像した写真(倍率30,000倍)である。
図7(a)】実施例4の光触媒体についてJIS R1702に準拠した光触媒抗菌性試験の結果を示す写真である。
図7(b)】陽極酸化処理を行っていない基材についてJIS R1702に準拠した光触媒抗菌性試験の結果を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
[1] 光触媒体
本発明の製造方法により得られた光触媒体は、基材と、該基材の表面に形成され、アナターゼ型酸化チタンの結晶構造を含有する酸化チタン皮膜とを有する。酸化チタン皮膜は光触媒としての機能、特に紫外光に対して抗菌機能(抗菌性)を発揮する。本発明に用いる基材の材質は、JIS規格で規定されている純チタン(1種〜4種)、もしくはPd、Ni、Cr等を含有するチタン合金である。以下の説明において、純チタン又はチタン合金のことを総称して「チタン製」と記載する場合がある。上記「基材」は「基体」と表現する場合もあるが、以下の説明においては「基材」という語彙に統一して記載する。
【0036】
本発明に用いる基材として、チタン製の箔状又は薄板状の基材、チタン製の箔状又は板状の基材に多数の孔を穿孔したパンチング状又は網目状の基材、もしくはチタン製の線材を網目状に平織りしてなるメッシュ状の基材を用いることができる。パンチング状又は網目状の隙間の幅は0.1〜0.2 mm以上が望ましい。メッシュ状の基材は空気清浄機や廃水処理装置のフィルタ部材等に用いる光触媒体を製造する際に用いるのが望ましい。
【0037】
チタン製の箔状又は薄板状の基材(以下、「チタン製箔」と記載する。)として、チタン製の板材を冷間圧延により厚さが0.2 mm〜1.0 mm程度に圧延した後、さらに冷間圧延により0.005 mm〜0.6 mm(5μm〜600μm)程度の厚さに圧延した長尺(「帯状」又は「コイル状」とも呼ぶ。)のチタン製箔を用いることができる。
【0038】
[2] 光触媒体の製造方法
本発明の光触媒体の製造工程において、長尺のチタン製箔に光触媒としての機能を有する酸化チタン皮膜を形成する方法の一例を以下説明する。
【0039】
(1) 脱脂処理及び酸洗処理
長尺のチタン製箔の表面に陽極酸化処理を施す前に、脱脂処理及び酸洗処理を施す。脱脂処理及び酸洗処理は従来の手段で行うことができる。
【0040】
(2) 陽極酸化処理
脱脂処理及び酸洗処理を施したチタン製箔を電解浴が充填されている陽極酸化装置内に導いて所定の速度で走行させながら、このチタン製箔の表面に陽極酸化処理を施す。この陽極酸化装置は、コイル状の長尺のチタン製箔の始端部から終端部までを、順次装置内を走行させながら連続して陽極酸化処理を行うことができる装置(連続陽極酸化装置)である。この連続陽極酸化装置内の電解浴中にチタン製箔を走行させながらチタン製箔に給電して所定時間の陽極酸化処理を行うことにより、チタン製箔の表面に酸化チタン皮膜が形成される。
【0041】
電解浴は、0.01M〜0.5Mの濃度の硫酸水溶液、0.1 wt%〜5.0 wt%の濃度のリン酸水溶液やその混合溶液を用いることができる。過酸化水素水に有機酸及びその塩、無機酸及びその塩、又はそれらの混合物を添加した水溶液を電解浴として用いても良い。具体的には、0.1 wt%〜5.0 wt%の濃度の過酸化水素水と0.1 wt%〜3.0 wt%の酒石酸ナトリウム(C4H4Na2O6)、硫酸又はリン酸の2液タイプの水溶液や、0.1 wt%〜5.0 wt%の濃度の過酸化水素水と0.1 wt%〜3.0 wt%の酒石酸ナトリウム(C4H4Na2O6)と1.0 wt%〜2.0 wt%の硫酸又はリン酸の3液タイプの水溶液等が挙げられる。
【0042】
陽極酸化時間は15秒〜30秒間とする。電解浴の浴温度は10℃〜20℃であるのが好ましく、10〜15℃であるのがより好ましい。この範囲であるとチタン製箔からなる基材の表面に形成される微細孔を一層密集状態で形成させて、2.0以上の抗菌活性値(R)を有する酸化チタン皮膜が安定して得られる。
【0043】
陽極酸化処理においてチタン製箔に電圧を印加する方法(給電方法)は、下記の(手段1)及び(手段2)のいずれかを採用することができる。
【0044】
(手段1)
この手段は従来から広く採用されている方法であって、陽極酸化装置内においてチタン製箔を移動させるために使用する送りローラを導電性部材から構成し、陽極酸化処理用電源装置の陽極をこの送りローラに接続し、送りローラから長尺のチタン製箔に電圧を印加する方法である。なお、陰極は電解浴内においてチタン製箔から所定の間隔をおいた適切な場所に設置する。
【0045】
(手段2)
長尺の基材を連続的に陽極酸化処理することが可能な連続陽極酸化装置内において、チタン製箔を電解浴の上面に対して垂直方向に配置し、チタン製箔の幅方向の一端側を電解浴の上面から突出させる。電解浴の上面から突出したチタン製箔の幅方向の一端側を所定の間隔で着脱自在に把持でき、チタン製箔の移動と同期させて移動する複数個の導電性クリップを設置する。導電性クリップは陽極酸化処理用電源装置の陽極と接続し、陰極は電解浴内の適切な場所に設置する。陰極は、例えば、電解浴内を移動するチタン製箔の表面と所定の距離を設け、チタン製箔の幅より若干長い幅を有する陰極板とする。陽極酸化装置内にチタン製箔が浸入するとチタン製箔の幅方向の一端側を順次導電性クリップで把持し、導電性クリップが陽極酸化装置の出口近傍に達すると把持を解除する。これにより、陽極酸化装置内に浸入したチタン製箔には所定の電圧が印加されるので、陽極酸化処理が施されて、その表面に酸化チタンからなる皮膜を形成することが可能になる。
【0046】
上記電圧を印加する(手段1)と(手段2)のうち、(手段2)の方がチタン製箔に対して確実に、かつ、安定した電圧を印加することができるので本発明の光触媒体の製造方法においては、(手段2)を採用することが望ましい。なお、陽極酸化装置の電解浴内に配置する陰極板の配置位置を変えることにより、基材となるチタン製箔の両面又は片面を陽極酸化することが可能になる。
【0047】
印加電圧は+70 V〜+140 Vであるのが好ましく、+80 V〜+100 Vであるのがより好ましい。この範囲であると安定かつ良好な抗菌活性値を有する酸化チタン皮膜が得られる。
【0048】
(3) 洗浄・乾燥処理
陽極酸化処理を施した長尺のチタン製箔の表面を洗浄・乾燥する。洗浄・乾燥処理は従来の手段で行うことができる。
【0049】
(4) 加熱処理
洗浄・乾燥処理を施した長尺のチタン製箔を連続加熱装置に導いて所定の速度で装置内を走行させながら、所定の温度及び時間で加熱処理を施す。この加熱処理により、長尺のチタン箔の表面に形成された酸化チタン皮膜は、光触媒機能、特に抗菌性を発揮するアナターゼ型の結晶構造を含有する酸化チタン皮膜が得られる。加熱処理を施した長尺のチタン製箔(光触媒体)は、必要に応じて、その用途に対応させて所定の寸法になるように切断する。
【0050】
加熱処理の温度は、400℃〜750℃であるのが好ましく、430℃〜500℃であるのがより好ましく、440℃〜460℃であるのが最も好ましい。加熱温度が400℃未満であると光触媒機能が不十分であり、加熱温度が750℃超であると酸化チタン皮膜の剥離が無視できない程度に大きくなるため好ましくない。加熱処理は酸素が存在する酸化性雰囲気で行うのが好ましく、簡便な大気雰囲気で行うのが特に好ましい。加熱処理の時間は1分〜30分であ、1分〜3分であるのが好ましい。
【0051】
上記長尺のチタン製箔を基材とした光触媒体の製造において、長尺のチタン製箔の脱脂処理、酸洗処理、陽極酸化処理、洗浄・乾燥処理及び加熱処理は、これらの処理を行う各処理装置を接続した製造ラインを用いて、各処理を連続して行っても良い。それにより長尺の光触媒体の製造効率を向上させ、製造コストを大幅に低下させることができる。これらの処理を施す製造工程のうち、長尺のチタン製箔の脱脂処理から洗浄・乾燥処理までの装置をライン化し、長尺のチタン製箔を加熱処理する装置は別ラインとしても良い。
【0052】
光触媒体の基材となる一つの長尺のチタン製箔(コイル)は、その長さが数m〜数百mであるのが好ましく、50 m〜500 mであるのがより好ましい。このチタン製箔の幅(長手方向と直交する方向の幅)は、各装置の仕様に基づくが80 mm〜400 mm程度であるのが望ましい。
【0053】
上記方法により製造された長尺の光触媒体は、その使用用途に応じて適切な長さと幅を有するように切断しても良い。従って、本発明の製造方法により得られる光触媒体は、長尺の光触媒体、もしくは適切な寸法に切断された光触媒体の双方を含む。
【0054】
[3] 実施態様
本発明の実施態様による光触媒体製造方法を以下に示す。チタン製箔からなる基材を温度60℃のアルカリ系洗浄剤で脱脂し、フッ酸(HF)を1wt%、過酸化水素(H2O2)を5wt%、硝酸(HNO3)を15 wt%、残部を水とした40℃の酸洗液に浸漬して酸洗した。チタン製箔に陽極酸化処理を行う電解浴(電解溶液)は、酒石酸ナトリウム(C4H4Na2O6)を1wt%、過酸化水素(H2O2)を2wt%、残部を水とした。電解浴の温度を10℃とし、基材となる厚さが80μm、幅が125 mm、長さが50 mの長尺のチタン製箔を上記電解浴を満たした連続陽極酸化装置内を走行させながら、このチタン製箔に印加する電圧を+100 Vとして30秒間陽極酸化処理を施した。この陽極酸化処理を施した長尺のチタン製箔(陽極酸化処理済みチタン製箔)を、450℃に加熱した連続加熱装置内を走行させて加熱処理を大気雰囲気で60秒間行うことにより、基材の両面に光触媒機能を有する光触媒体を製造した。
【0055】
図1は、得られた光触媒体の表面部に形成した酸化チタン皮膜に対してX線回折(XRD)を行った結果のプロファイルを示す。このX線回折は、上記長尺のチタン製箔のうち陽極酸化処理及び加熱処理を施した部分(光触媒体)の終端から約5mに位置する一方の表面における幅方向の中央部近傍にて行った。
【0056】
図1に示すように、横軸を示す回折角(2θ/θ)の値が25°付近においてアナターゼ型酸化チタンのピークが現れていた。アナターゼ型酸化チタンの101面のピークは2θ=25.28°において現れることが知られているので、上記光触媒体の表面に形成した酸化チタン皮膜には、光触媒機能、すなわち、抗菌機能を発揮するアナターゼ型酸化チタンの結晶構造が含まれていることが確認できた。
【0057】
上記光触媒体の表面部を走査型電子顕微鏡で撮像して表面部の状態を観察した。図2は、この表面部に形成された酸化チタン皮膜を走査型電子顕微鏡で撮像した写真(倍率5000倍)を示す。図2の写真において符号「1」で示すように、酸化チタン皮膜の表面部には、略円形、楕円形状等の微細な凹状の窪み(微細孔)が密集した領域(以下、「多孔質領域」と記載する)が、随所に無数に散在していることが観察された。
【0058】
図2に示した光触媒体から3個の試料を採取して、JIS R 1702(フィルム密着法)による光触媒抗菌性試験を行った結果、3個の試料の抗菌活性値(R)の平均値は「2.21」と優れた値が得られた。酸化チタン皮膜の表面部はその表面積が大きくなるとともに、無数の微小な孔が密に形成されていることにより、酸化チタン皮膜に向けて紫外光を照射すると光触媒機能、特に抗菌性の機能がより高く発揮されたためと推測される。
【0059】
上記実施態様からも分かるように本発明の製造方法により得られた光触媒体は、その表面に形成した酸化チタン皮膜の表面部には、図1に示すように光触媒機能を発揮するアナターゼ型酸化チタンの結晶構造を含有しているとともに、図2に示すように微細孔が密集した多孔質領域が散在している。多孔質領域を構成する微細孔1の深さは酸化チタン皮膜の厚さとほぼ同じ程度であるのが好ましい。光触媒機能を十分に発揮することができるように、多孔質領域は酸化チタン皮膜の表面の25%以上を占めているのが好ましく、30%以上を占めているのがより好ましく、50%以上であるのがさらに好ましい。
【0060】
「多孔質領域」は、本発明の製造方法により得られた光触媒体の酸化チタン皮膜の表面部を走査型電子顕微鏡で観察したときに、その観察視野における縦横が1000 nm×1000 nmの正方形範囲内に孔幅Wが50 nm〜300 nmの微細孔の数(微細孔の密度)が10個以上観察される領域と定義できる。ここで孔幅Wは各微細孔の孔幅の最大値と最小値の平均値とする。その際、多孔質領域における微細孔の密度の平均値が15個以上であるのが好ましい。また「多孔質領域」は同様の条件で微細孔が19個以上観察される領域と定義しても良い。その際、多孔質領域における微細孔の密度の平均値が25個以上であるのが好ましい。
【実施例】
【0061】
図2に示すように、酸化チタン皮膜の表面部に無数の微細孔が密に形成されている要因は、前記した製造方法において、陽極酸化処理を行うための製造条件、すなわち、電解浴の組成と電解浴の温度、チタン製箔に印加する電圧、陽極酸化処理の時間、及び、陽極酸化処理済みの基材に実施する加熱処理の温度とその加熱時間、等が影響するものと考えられる。そこで、本願の発明者らは、優れた光触媒機能、特に優れた抗菌性を安定して発揮することができる長尺のチタン製箔を基材とした光触媒体を製造するための製造条件を見出すために、製造条件を代えた以下の基礎実験を行った。
【0062】
実施例1
光触媒体の基材として、アルカリ系洗浄剤で洗浄した厚さが80μm、幅が125 mm、長さが10 mの長尺のチタン製箔(材質:JIS規格規定の純チタン1種)を4つ準備し、上記実施態様と同様に脱脂・酸洗処理を行った。表1に示す組成が異なる4種の電解浴(電解浴No.1〜4)を用い、それぞれ4つのチタン製箔に陽極酸化処理を施した。この陽極酸化処理では、チタン製箔を連続陽極酸化装置の10℃の電解浴内を走行させながら+100 Vの電圧を印加して30秒間の陽極酸化処理を施した。陽極酸化処理においてチタン製箔に電圧を印加する方法は(手段2)を採用した。陽極酸化処理を施した4つの長尺のチタン製箔は、連続加熱装置を用いて、加熱装置内を走行させながら450℃の大気中雰囲気で60秒間の加熱処理をそれぞれ施した。得られた4つの光触媒体をサンプル1-1〜1-4とする。
【0063】
サンプル1-1〜1-4について、JIS R 1702(フィルム密着法)による光触媒抗菌性試験を行うために、それぞれの光触媒体から3つの試験用試料(サンプル片)を作製して、光触媒抗菌性試験を行った。この光触媒抗菌性試験の結果を表1の抗菌活性値(R)欄に示す。表1の抗菌活性値(R)は、それぞれの光触媒体についてその3つの試験用試料から得られた抗菌活性値(R)の平均値である。表1の「外観」欄には、加熱処理を施して得た光触媒体の表面を目視による外観結果を示しており、「○」は表面に色ムラ等の異常が生じていない場合、「×」は色ムラが発生して、外観上好ましくない場合を示す。
【0064】
【表1】
(注):「wt%」は重量%、「M」はモル数を示し、各電解浴の残部は水である。
【0065】
表1に示す基礎実験1の結果から、電解浴No.4を用いたサンプル1-4の抗菌活性値(R)が最も高い値である「3.36」であった。これにより、表1に示す4種の電解浴のうちでC4H4Na2O61wt%とH2O22wt%の2液からなる電解浴No.4が好ましい電解浴であることが分かった。
【0066】
実施例2
陽極酸化処理において、陽極酸化処理の実施条件(陽極酸化条件)となるチタン製箔に印加する電圧(印加電圧)、陽極酸化処理の時間(陽極酸化時間)、及び電解浴の温度(浴温度)と、JIS R 1702(フィルム密着法)による光触媒抗菌性試験により得た抗菌活性値(R)との関係を確認する基礎実験を行った。実施例2では、上記した陽極酸化条件の印加電圧、陽極酸化時間、浴温度の設定値をそれぞれ変えた実験を行うとともに、これら設定値ごとに複数のチタン製箔について基礎実験を行った。なおチタン製箔の仕様(厚さ、長さ、幅、材質)は実施例1に用いた仕様と同一である。陽極酸化時間は、長尺のチタン製箔を陽極酸化装置の電解浴内を所定の電圧を印加しながら流すラインスピード(チタン製箔の走行速度)を調節することにより変化させた。
【0067】
実施例2において長尺のチタン製箔に印加する印加電圧の設定値は、それぞれ直流の+80 V、+100 V、+120 V、+130 Vの4種に設定し、陽極酸化時間の設定値は20秒、25秒、30秒、35秒の4種に設定し、浴温度は10℃、20℃、30℃の3種に設定した実験を行った。なお、長尺のチタン箔に電圧を印加する方法(給電手段)として(手段2)を採用し、長尺のチタン製箔の両面に陽極酸化処理を施した。また、実施例2において陽極酸化処理済みの長尺のチタン製箔の加熱処理は、全てのチタン製箔に対して同一の条件で加熱処理装置内を走行させながら450℃の大気雰囲気で60秒間行った。光触媒体の抗菌活性値(R)を確認するための試料は、サンプルごとに6〜12個を採取した。
【0068】
陽極酸化時間を30秒に設定し、浴温度を10℃に設定し、印加電圧はそれぞれ80 V、100 V、120 V、130 Vに設定し、光触媒体を作製した。その他の製造条件は実施例1と同じである。得られた光触媒体の抗菌活性値(R)と印加電圧との関係を図3(a)に示す。図3(a)に示すように、印加電圧が+80 V〜+100 V程度の範囲に設定した陽極酸化処理を行うと、2.0以上の安定した抗菌活性値(R)が得られた。
【0069】
印加電圧を+100 Vに設定し、浴温度を10℃に設定し、陽極酸化時間を20秒、25秒、30秒、35秒の4種に設定し、光触媒体を作製した。その他の製造条件は実施例1と同じである。得られた光触媒体の抗菌活性値(R)と陽極酸化時間との関係を図3(b) に示す。図3(b)に示すように、陽極酸化時間を短い時間である20秒〜25秒間としたとき、長尺の光触媒体は2.0以上の抗菌活性値(R)を得られた。
【0070】
印加電圧を100 Vに設定し、陽極酸化時間を30秒に設定し、浴温度を10℃、20℃、30℃の3種に設定し、光触媒体を作製した。その他の製造条件は実施例1と同じである。得られた光触媒体の抗菌活性値(R)と浴温度との関係を図3(c) に示す。図3(c)に示すように浴温度を10℃に設定した陽極酸化処理を行うと、抗菌活性値(R)が2.0〜4.0の範囲であって、さらに最も高い抗菌活性値(R)が得られた。なお上記光触媒体に形成された酸化チタンの皮膜の厚さを確認したところ、いずれも100 nm程度であった。
【0071】
実施例3
陽極酸化処理を施した(陽極酸化処理済みの)長尺のチタン製箔を加熱装置で加熱処理して、このチタン製箔の表面に形成した酸化チタンの皮膜に、アナターゼ型酸化チタンの結晶を生成して抗菌性を発揮させるための実験を行った。この基礎実験3では、加熱装置内の加熱温度を大気雰囲気で450℃、550℃、750℃の3種の温度に設定し、これらそれぞれの加熱温度について、陽極酸化処理済みの長尺のチタン製箔の先端から最終端までを加熱装置内を走行させながら60秒間の加熱処理を行う実験を行った。その他の実験条件は陽極酸化時間を22.5秒とした以外は実施例1と同じである。得られた光触媒体の抗菌活性値(R)を確認するための試料は、サンプルごとに6個を採取し、光触媒体の表面を走査型電子顕微鏡で撮像してその表面部の状態も確認した。
【0072】
得られた光触媒体の抗菌活性値(R)と加熱温度との関係を図4に示す。図4に示すように、いずれの設定した加熱温度においても抗菌活性値(R)が2.0以上の値が得られ、450℃から750℃へと高い温度で加熱するに従って抗菌活性値(R)が高くなることが確認された。特に、750℃に設定した温度では抗菌活性値(R)は3.0を超えた値が得られた。
【0073】
得られた光触媒体について、その表面に形成された酸化チタン皮膜についてテープ剥離試験を行って、その試験結果に基づいて光触媒体の表面の状態を走査型電子顕微鏡で撮像した。其の結果、550℃と750℃の温度で加熱処理して得た光触媒体の表面に形成された酸化チタン皮膜には、テープ剥離試験を行った後にその一部分の領域にこの皮膜の剥離が生じていることが確認された。低温の450℃で加熱処理した光触媒体には、酸化チタン皮膜の剥離の発生は確認されなかった。
【0074】
550℃又は750℃の温度で加熱処理したときに、酸化チタン皮膜の剥離が発生する原因は、次の通りであると推測できる。大気雰囲気の550℃又は750℃という高い温度で酸化チタン皮膜が加熱されると、大気雰囲気中の酸素(O2)と酸化チタン皮膜との酸化作用が促進されて、酸化チタン皮膜の剥離が発生すると考えられる。一方、これらの温度よりも低い温度である450℃で加熱処理すると、大気雰囲気中の酸素による酸化作用が発生しなくて酸化チタン皮膜の剥離が発生しなかったと推測することができる。
【0075】
実施例4
実施例1〜3の結果に基づいて、基材となる長尺のチタン製箔から、陽極酸化処理と加熱処理を施し、長尺の光触媒体を作製し、その表面に形成された酸化チタン皮膜の表面の構成と、その抗菌活性値(R)を確認するための試作を行った。この試作を行った光触媒体の基材となる長尺のチタン製箔の仕様、及び陽極酸化処理を施すまでにこの長尺のチタン製箔に下記の条件で脱脂処理と酸洗処理を行った。
チタン箔の厚さ :80μm
チタン箔の幅 :125 mm
チタン箔の長さ :100 m
チタン箔の材質 :JIS規格の純チタン(1種)
チタン箔の脱脂処理:温度60℃のアルカリ系洗浄剤で脱脂
チタン箔の酸洗処理:HFが1wt%、H2O2が5wt%、HNO3が15 wt%、
残部が水からなる40℃の酸洗液で酸洗
【0076】
陽極酸化処理は次の条件で施した。なお、上記した2つの長尺のチタン製箔(コイル)のうちの一つは浴温度を10℃に設定した下記組成の電解浴で陽極酸化処理を施し、他のチタン製箔は浴温度を30℃に設定した下記組成となる電解浴で陽極酸化処理を施した。
(陽極酸化処理の条件)
電解浴の組成 :C4H4Na2O6が1wt%、H2O2が2wt%、残部
が水からなる電解浴(表1に示す電解浴No.4)
電解浴の温度(浴温度):10℃、30℃
印加電圧 :100 V、給電手段は前記(手段2)
陽極酸化時間 :22.5秒
【0077】
上記条件で陽極酸化処理を施した2つの長尺のチタン製箔を連続加熱装置内を走行させながら下記の条件で加熱処理を施した。
(加熱処理の条件)
加熱雰囲気 :大気
加熱温度 :450℃
加熱時間 :60秒
【0078】
得られた光触媒体のうち、浴温度を10℃に設定して製造した光触媒体(サンプル4-1)の表面に形成された酸化チタン皮膜の表面部を走査型電子顕微鏡で撮像した写真(倍率30,000倍)を図5に示し、浴温度を30℃に設定して製造した光触媒体[サンプル4-2(参考例)]の表面に形成された酸化チタン皮膜の表面部を走査型電子顕微鏡で撮像した写真(倍率30,000倍)を図6に示す。
【0079】
図5及び図6に示す写真は、図2に示すように微細孔1が密集して形成されている領域(多孔質領域)を走査型電子顕微鏡で拡大して撮像したものであり、黒丸形状、あるいは黒色の細長い楕円形状などで表示されている部位が、酸化チタン皮膜の表面部に形成されている微細孔1を示している。サンプル4-1及び4-2の光触媒体に形成された酸化チタン皮膜の厚さを測定したところ、両者とも100 nm〜150 nmであった。
【0080】
図5及び図6から明らかなように、図5に示すサンプル4-1の酸化チタン皮膜のほうが、図6に示すサンプル4-2よりも微細孔がより密集状態で形成されていた。この理由は、電解浴の温度によって形成される酸化チタン皮膜の導電率が変化し、これにより酸化チタン皮膜を流れる電流密度分布が異なってくるためであると推定される。すなわち、電解浴の浴温度を10℃という低い温度に設定して陽極酸化処理を施すと、酸化チタン皮膜を流れる電流密度が低下し、チタン製箔と生成された酸化チタン皮膜において、それぞれの電解浴との界面において電気抵抗が上昇する。そのため、チタン製箔の表面の陽極酸化反応が活性化し、チタン製箔の表面に形成される酸化チタン皮膜の表面には、より微細孔が密集状態で生成されると推測される。
【0081】
サンプル4-1及び4-2の光触媒体の酸化チタン皮膜の表面部について、図5及び図6に示す走査型電子顕微鏡で撮像した画像データ(倍率30,000倍)をプリントして縦横が1000 nm×1000 nmの任意の正方形の範囲を5ケ所(領域1〜5)設定した。各領域1〜5についてその範囲内に存在する微細孔1の幅の最大値と最小値とをスケールを用いて計測して孔幅Wを算出し、孔幅Wが50 nm〜300 nmである微細孔1の個数を計測した。得られた結果を表2に示す。各領域1〜5内に存在する微細孔1の個数は、走査型電子顕微鏡で撮像した画像データを、画像解析用の別の画像処理装置を用いて計測することも可能である。
【0082】
電解浴の浴温度を10℃と30℃に設定して陽極酸化処理を施して得たそれぞれの光触媒体について、JIS R 1702(フィルム密着法)による光触媒抗菌性試験を行った。得られた抗菌活性値(R)を表2に示す。
【0083】
【表2】
【0084】
表2に示すように、電解浴の浴温度を10℃に設定して陽極酸化処理を施して得た光触媒体に形成された酸化チタン皮膜の表面において、縦横が1000 nm×1000 nmの正方形内に生成された微細孔1の個数は19〜36個になり、その平均個数は25.4個になった。一方、浴温度を30℃に設定した場合には10〜19個になり、その平均個数は15.2個になり、浴温度を10℃に設定した方が生成個数は平均個数で1.6倍多くなっていることが確認された。抗菌活性値(R)については、双方とも2.0を超えた値が得られたが、浴温度を10℃に設定した場合には2.7の値になり、浴温度を30℃に設定した場合と比較して約1.3倍高くなっていた。
【0085】
このように、電解浴の浴温度を10℃に設定したサンプル4-1の光触媒体の方が、30℃に設定したサンプル4-2より優れた抗菌性を発揮することができる理由は、次の通りであると考えられる。すなわち、電解浴の浴温度をより低い温度である10℃に設定すると、陽極酸化処理の時間が極めて短い時間(例えば22.5秒)であっても、形成される酸化チタン皮膜を流れる電流密度が低下してチタン製箔と酸化チタン皮膜において、それぞれの電解浴との界面の電気抵抗が上昇するので、チタン製箔表面の陽極酸化反応がより促進される。これにより、チタン製箔の表面に表2に示すように微細孔が密に、かつ密集した状態で生成されると推定することができる。酸化チタン皮膜の表面に微細孔が密集して生成されていると、酸化チタン皮膜の表面の表面積がより広くなるので、この表面部への紫外光の照射により、電解浴の浴温度を30℃に設定したサンプル4-2よりも抗菌性の機能が向上したものと考えられる。
【0086】
サンプル4-1の光触媒体について、JIS R 1702(フィルム密着法)による光触媒抗菌性試験を行った。図7(a)の左側に示す写真は、この光触媒体を暗所に6時間保管したときの大腸菌(白丸で示されている)の状況を、図7(a)の右側に示す写真は紫外光(光源:ブラックライト蛍光灯)を6時間照射しときの大腸菌の状況を示している。図7(a)の右側に示されているように、本発明の抗菌性を有する光触媒体については目視で大腸菌の存在は確認できなかった。
【0087】
比較例として、陽極酸化処理と加熱処理を施していない状態のチタン製箔を用いて同様の光触媒抗菌性試験を行った。図7(b)の左側に示す写真は暗所に6時間保管したときの大腸菌(白丸で示されている)の状況を、図7(b)の右側に示す写真は紫外光(光源:ブラックライト蛍光灯)を6時間照射したときの大腸菌の状況を示している。陽極酸化処理を施していないチタン製箔については、抗菌作用が生じなくて大腸菌の数に変化はなかった。
【0088】
実施例5
ビーカテストにより、長さ10 cm、幅5cm、厚さ80μmのチタン製箔の基材を、実施例4と同様の陽極酸化条件(浴温度は10℃)及び加熱処理条件で陽極酸化と加熱処理を施して光触媒体を試作した。ビーカテストとは、上記チタン製箔の基材を容器内で静止状態で陽極酸化処理と加熱処理を行った試作テストを示す。試作した光触媒体に形成されている酸化チタン皮膜の表面を走査型電子顕微鏡で観察した。その結果、酸化チタン皮膜の表面に対して、ほぼ80〜90%以上の領域が微細孔が密集した多孔質領域であった。
【0089】
これに対し、前記したように長尺のチタン製箔からなる基材を走行させながら陽極酸化処理と加熱処理を行うことにより得られる長尺の光触媒体は、酸化チタン皮膜の全表面に対して多孔質構造となっている領域の比率(多孔質領域の比率)は、ビーカテストにより得た光触媒体と比較して低下する。
【0090】
そこで、長さ50 m、幅125 mm、厚さ80μmの4つの長尺のチタン製箔からなる基材(基材1〜基材4)のそれぞれを、電解浴の浴温度を37℃、30℃、20℃、10℃に設定した温度で22.5秒間の陽極酸化処理を、陽極酸化装置内を走行させながら施し、陽極酸化処理済みの基材を加熱装置内を走行させながら加熱処理して光触媒体[サンプル5-1〜5-4(サンプル5-1及び5-2は参考例)]を作製した。
【0091】
実施例5において、電解浴の浴温度を除く他の製造条件は、これら4つの長尺のチタン製箔ともに下記のように同一の条件とした。
電解浴の組成 :C4H4Na2O6が1wt%、H2O2が2wt%、残部
が水からなる電解浴
印加電圧 :100 V
陽極酸化処理時間 :22.5秒
加熱処理の温度 :450℃(大気雰囲気)
加熱時間 :60秒
【0092】
得られた4つの光触媒体を走査型電子顕微鏡で観察し、酸化チタン皮膜の表面に形成されている多孔質領域の比率と、多孔質領域を含む所定の大きさの試料(縦横が50 mm×50 mm)を作製し、JIS R1702に準拠した光触媒抗菌性試験を行って抗菌性活性値(R)を求めた。サンプル5-1〜5-3については上記手順で2回実験を行い、サンプル5-4については上記手順で3回実験を行った。得られた結果を表3に示す。表3に示す「多孔質領域の比率(%)」とは、走査型電子顕微鏡でこの試作した長尺の光触媒体のそれぞれについてその表面を任意に選択して、その複数箇所(10ケ所)を観察したときに観察された観察視野に該当する酸化チタン皮膜の表面おいて、多孔質領域が占める割合を目視で判定した結果の平均値である。
【0093】
【表3】
【0094】
表3に示すように、電解浴の浴温度をそれぞれ37℃、30℃、20℃、10℃に設定した陽極酸化処理を施して得た光触媒体は、最も高い37℃の温度で陽極酸化処理を施した場合にその多孔質領域の比率が20%以下になっている領域が観察され、その領域を含む光触媒体の抗菌活性値(R)は2.0に達していなかった。これに対して、浴温度を30℃、20℃、10℃に設定して陽極酸化処理を施して得た光触媒体は、その多孔質領域の比率が25%を超えた領域が観察され、その抗菌活性値(R)も2.0を超えていた。
【0095】
上記したように、本発明の製造方法により得られた光触媒体は、その表面にアナターゼ型酸化チタンの結晶構造を含有する酸化チタン皮膜を備えており、その酸化チタン皮膜の表面は、孔幅Wの値が50 nm〜300 nmの微細孔が密集状態で形成された多孔質領域が散在し、この多孔質領域は酸化チタン皮膜表面の25%以上の領域を占めており、かかる光触媒体はJIS R1702に準拠した光触媒抗菌性試験を行ったときに、長尺(例えば長さが100 m以上)のチタン製箔を連続陽極酸化処理して製造した場合でも、抗菌活性値(R)が2.0以上の値を安定して発揮することができる。
【符号の説明】
【0096】
1:微細孔
図1
図3(a)】
図3(b)】
図3(c)】
図4
図2
図5
図6
図7(a)】
図7(b)】