特許第5794468号(P5794468)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5794468ポリアリーレンスルフィド樹脂の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5794468
(24)【登録日】2015年8月21日
(45)【発行日】2015年10月14日
(54)【発明の名称】ポリアリーレンスルフィド樹脂の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08G 75/02 20060101AFI20150928BHJP
【FI】
   C08G75/02
【請求項の数】7
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2011-159865(P2011-159865)
(22)【出願日】2011年7月21日
(65)【公開番号】特開2013-23586(P2013-23586A)
(43)【公開日】2013年2月4日
【審査請求日】2014年6月17日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002886
【氏名又は名称】DIC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100124970
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 通洋
(72)【発明者】
【氏名】深澤 啓一郎
(72)【発明者】
【氏名】檜森 俊男
【審査官】 中村 英司
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭61−220445(JP,A)
【文献】 特開2001−172387(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08G 75/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機極性溶媒中で、ポリハロ芳香族化合物と、(i)アルカリ金属硫化物とを、または、(ii)アルカリ金属水硫化物及びアルカリ金属水酸化物とを反応させてポリアリーレンスルフィド樹脂とアルカリ金属水硫化物を含む粗反応混合物を得た後、粗反応混合物から前記溶媒を固液分離させてポリアリーレンスルフィド樹脂とアルカリ金属水硫化物、硫黄原子およびその同素体並びにチオ硫酸アルカリ金属から選ばれる少なくとも一種を含む反応混合物を得、その後、該反応混合物を酸素圧力0.02〜0.2〔MPa〕の範囲にある酸素加圧条件下で水と接触させる精製工程を有すること、かつ、
該反応混合物に含まれるアルカリ金属水硫化物、硫黄原子およびその同素体並びにチオ硫酸アルカリ金属から選ばれる少なくとも一種の割合がポリアリーレンスルフィド樹脂1gに対して0.1〜300〔μmol〕の範囲であること、を特徴とするポリアリーレンスルフィド樹脂の製造方法。
【請求項2】
前記酸素加圧条件下で100℃以上からポリアリーレンスルフィド樹脂の融点未満の温度範囲にある該反応混合物を水と接触させる請求項1記載のポリアリーレンスルフィド樹脂の製造方法。
【請求項3】
前記精製工程において、水の存在量がポリアリーレンスルフィド樹脂100質量部に対して、50〜2000質量部の範囲である請求項1又は2記載のポリアリーレンスルフィド樹脂の製造方法。
【請求項4】
該反応混合物に含まれるアルカリ金属水硫化物、硫黄原子およびその同素体並びにチオ硫酸アルカリ金属から選ばれる少なくとも一種の割合がポリアリーレンスルフィド樹脂1gに対して10〜100〔μmol〕の範囲である請求項1〜3の何れか一項記載のポリアリーレンスルフィド樹脂の製造方法。
【請求項5】
該反応混合物は、前記粗反応混合物を固液分離させた後、水洗処理して得られたものである請求項1〜4の何れか一項記載のポリアリーレンスルフィド樹脂の製造方法。
【請求項6】
前記固液分離がフラッシングにより溶媒を分離し除去するものである請求項1〜5の何れか一項記載のポリアリーレンスルフィド樹脂の製造方法。
【請求項7】
有機極性溶媒中で、(i)ポリハロ芳香族化合物とアルカリ金属硫化物とを、または、(ii)ポリハロ芳香族化合物とアルカリ金属水硫化物及びアルカリ金属水酸化物とを反応させてポリアリーレンスルフィド樹脂とアルカリ金属水硫化物を含む粗反応混合物を得た後、該粗反応混合物から前記溶媒を固液分離させてポリアリーレンスルフィド樹脂とアルカリ金属水硫化物、硫黄原子およびその同素体並びにチオ硫酸アルカリ金属から選ばれる少なくとも一種を含む反応混合物を得、その後、該反応混合物を酸素圧力0.02〜0.1〔MPa〕の範囲にある酸素加圧条件下で水と接触させること、かつ、
該反応混合物に含まれるアルカリ金属水硫化物、硫黄原子およびその同素体並びにチオ硫酸アルカリ金属から選ばれる少なくとも一種の割合がポリアリーレンスルフィド樹脂1gに対して0.1〜300〔μmol〕の範囲であること、を特徴とするポリアリーレンスルフィド樹脂の精製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はポリアリーレンスルフィド樹脂(以下、PASと略称することがある)の精製工程を含むポリアリーレンスルフィド樹脂の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリアリーレンスルフィド樹脂の中でも代表的なポリフェニレンスルフィド樹脂(以下、PPSと略称することがある)は、極性有機溶媒中で、硫化ナトリウムに代表されるアルカリ金属硫化物、あるいは水硫化ナトリウムに代表されるアルカリ金属水硫化物と水酸化ナトリウムに代表されるアルカリ金属水酸化物と、p−ジクロルベンゼンに代表されるポリハロ芳香族化合物とを反応させる方法などによって得られる。
ポリアリーレンスルフィド樹脂は重合反応後に粗反応混合物を固液分離して溶媒を留去した後、樹脂中の不純物を除去する各種精製処理が行われているが、単純に水洗、濾過を行っただけではポリアリーレンスルフィド樹脂の分子末端に存在するナトリウムイオンなどの金属イオン含有量が高く、成形加工時に結晶化時間が長くなり生産性が低くなるという問題があった。
【0003】
そこでポリアリーレンスルフィド樹脂の重合反応後の粗反応混合物を固液分離した後、炭酸ガスまたは炭酸水を系内に導入して、炭酸ガスまたは炭酸水とポリアリーレンスルフィド樹脂とを接触させる精製方法が知られている(特許文献1および2参照)。しかし、この方法は二酸化炭素が水に溶解して生成した炭酸イオンを用いてポリアリーレンスルフィド樹脂の塩基性型末端(SNa型末端)を酸性型末端(SH)に変換させるものであり、処理時間が長時間に及ぶため生産性に劣る方法であった。
【0004】
またポリアリーレンスルフィド樹脂の重合反応後の粗反応混合物を固液分離した後、水ならびに無機酸および有機酸から選ばれる少なくとも1種の酸を加えて高温で酸洗浄する方法も知られている(特許文献3参照)。しかしながら、このような精製時に酸添加する方法は、原材点数や生産設備の増加によるコスト増加を招き、生産性を低下させる原因になっていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002−187949号公報
【特許文献2】特開2005−264030号公報
【特許文献3】特開2009−280637号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで本発明が解決しようとする課題は、金属イオン含有量の低いポリアリーレンスルフィド樹脂を、酸添加を行うことなく且つ短時間の精製で得ることができる、ポリアリーレンスルフィドの精製工程を含むポリアリーレンスルフィド樹脂の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者らは種々の検討を行った結果、ポリアリーレンスルフィド樹脂の重合反応後の粗反応混合物中に残留する微量の原料(アルカリ金属水硫化物およびその酸化物)を利用してポリアリーレンスルフィド樹脂分子鎖の末端変性を行うという簡便な手段により、金属イオン含有量の低いポリアリーレンスルフィド樹脂を得ることができることを見出し、本願発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は有機極性溶媒中で、ポリハロ芳香族化合物と、(i)アルカリ金属硫化物とを、または、(ii)アルカリ金属水硫化物及びアルカリ金属水酸化物とを反応させてポリアリーレンスルフィド樹脂とアルカリ金属水硫化物を含む粗反応混合物を得た後、粗反応混合物から前記溶媒を固液分離させてポリアリーレンスルフィド樹脂とアルカリ金属水硫化物、硫黄原子およびその同素体並びにチオ硫酸アルカリ金属から選ばれる少なくとも一種を含む反応混合物を得、その後、該反応混合物を酸素圧力0.02〜0.2〔MPa〕の範囲にある酸素加圧条件下で水と接触させる精製工程を有することを特徴とするポリアリーレンスルフィド樹脂の製造方法に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、金属イオン含有量の低いポリアリーレンスルフィド樹脂を、酸添加を行うことなく且つ短時間の精製で得ることができる、ポリアリーレンスルフィドの精製工程を含むポリアリーレンスルフィド樹脂の製造方法を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、有機極性溶媒中で、ポリハロ芳香族化合物とアルカリ金属硫化物とを反応させてポリアリーレンスルフィド樹脂とアルカリ金属水硫化物を含む粗反応混合物を得るか、または、ポリハロ芳香族化合物とアルカリ金属水硫化物及びアルカリ金属水酸化物とを反応させてポリアリーレンスルフィド樹脂とアルカリ金属水硫化物を含む粗反応混合物を得る。
【0011】
本発明で用いられるポリハロ芳香族化合物は、例えば、芳香族環に直接結合した2個以上のハロゲン原子を有するハロゲン化芳香族化合物であり、具体的には、p−ジクロルベンゼン、o−ジクロルベンゼン、m−ジクロルベンゼン、トリクロルベンゼン、テトラクロルベンゼン、ジブロムベンゼン、ジヨードベンゼン、トリブロムベンゼン、ジブロムナフタレン、トリヨードベンゼン、ジクロルジフェニルベンゼン、ジブロムジフェニルベンゼン、ジクロルベンゾフェノン、ジブロムベンゾフェノン、ジクロルジフェニルエーテル、ジブロムジフェニルエーテル、ジクロルジフェニルスルフィド、ジブロムジフェニルスルフィド、ジクロルビフェニル、ジブロムビフェニル等のジハロ芳香族化合物及びこれらの混合物が挙げられ、これらの化合物をブロック共重合してもよい。これらの中でも好ましいのはジハロゲン化ベンゼン類であり、特に好ましいのはp−ジクロルベンゼンを80モル%以上含むものである。
【0012】
また、枝分かれ構造とすることによってポリアリーレンスルフィド樹脂の粘度増大を図る目的で、1分子中に3個以上のハロゲン置換基を有するポリハロ芳香族化合物を分岐剤として所望に応じて用いてもよい。このようなポリハロ芳香族化合物としては、例えば、1,2,4−トリクロルベンゼン、1,3,5−トリクロルベンゼン、1,4,6−トリクロルナフタレン等が挙げられる。
【0013】
更に、アミノ基、チオール基、ヒドロキシル基等の活性水素を持つ官能基を有するポリハロ芳香族化合物を挙げることが出来、具体的には、2,6−ジクロルアニリン、2,5−ジクロルアニリン、2,4−ジクロルアニリン、2,3−ジクロルアニリン等のジハロアニリン類;2,3,4−トリクロルアニリン、2,3,5−トリクロルアニリン、2,4,6−トリクロルアニリン、3,4,5−トリクロルアニリン等のトリハロアニリン類;2,2’−ジアミノ−4,4’−ジクロルジフェニルエーテル、2,4’−ジアミノ−2’,4−ジクロルジフェニルエーテル等のジハロアミノジフェニルエーテル類およびこれらの混合物においてアミノ基がチオール基やヒドロキシル基に置き換えられた化合物などが例示される。
【0014】
また、これらの活性水素含有ポリハロ芳香族化合物中の芳香族環を形成する炭素原子に結合した水素原子が他の不活性基、例えばアルキル基などの炭化水素基に置換している活性水素含有ポリハロ芳香族化合物も使用出来る。
【0015】
これらの各種活性水素含有ポリハロ芳香族化合物の中でも、好ましいのは活性水素含有ジハロ芳香族化合物であり、特に好ましいのはジクロルアニリンである。
【0016】
ニトロ基を有するポリハロ芳香族化合物としては、例えば、2,4−ジニトロクロルベンゼン、2,5−ジクロルニトロベンゼン等のモノまたはジハロニトロベンゼン類;2−ニトロ−4,4’−ジクロルジフェニルエーテル等のジハロニトロジフェニルエーテル類;3,3’−ジニトロ−4,4’−ジクロルジフェニルスルホン等のジハロニトロジフェニルスルホン類;2,5−ジクロル−3−ニトロピリジン、2−クロル−3,5−ジニトロピリジン等のモノまたはジハロニトロピリジン類;あるいは各種ジハロニトロナフタレン類などが挙げられる。
【0017】
本発明で用いられるアルカリ金属硫化物としては、硫化リチウム、硫化ナトリウム、硫化ルビジウム、硫化セシウム及びこれらの混合物が含まれる。かかるアルカリ金属硫化物は、水和物あるいは水性混合物あるいは無水物として使用することができる。また、アルカリ金属硫化物はアルカリ金属水硫化物とアルカリ金属水酸化物との反応によっても導くことができる。
【0018】
尚、通常、アルカリ金属硫化物中に微量存在するアルカリ金属水硫化物、チオ硫酸アルカリ金属と反応させるために、少量のアルカリ金属水酸化物を加えても差し支えない。
【0019】
本発明で用いられる有機極性溶媒としては、ホルムアミド、アセトアミド、N−メチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、テトラメチル尿素、N−メチル−2−ピロリドン、2−ピロリドン、N−メチル−ε−カプロラクタム、ε−カプロラクタム、ヘキサメチルホスホルアミド、N−ジメチルプロピレン尿素、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン酸などのアミド、尿素及びラクタム類;スルホラン、ジメチルスルホラン等のスルホラン類;ベンゾニトリル等のニトリル類;メチルフェニルケトン等のケトン類及びこれらの混合物を挙げることができ、これらの中でもN−メチル−2−ピロリドン、2−ピロリドン、N−メチル−ε−カプロラクタム、ε−カプロラクタム、ヘキサメチルホスホルアミド、N−ジメチルプロピレン尿素、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン酸の脂肪族系環状構造を有するアミドが好ましい。
【0020】
ポリアリーレンスルフィド樹脂の重合反応は、これらの有機極性溶媒の存在下、いわゆるスルフィド化剤と呼ばれる上記のアルカリ金属硫化物またはアルカリ金属水硫化物及びアルカリ金属水酸化物と、ポリハロ芳香族化合物とを反応させる。重合条件は一般に、温度200〜330℃の範囲であり、圧力は重合溶媒及び重合モノマーであるポリハロ芳香族化合物を実質的に液層に保持するような範囲であるべきであり、一般には0.1〜20MPaの範囲、好ましくは0.1〜2MPaの範囲より選択される。
【0021】
本発明で用いるポリアリーレンスルフィド樹脂の製造方法の具体的態様の一つとして、例えば、ポリハロ芳香族化合物の存在下、アルカリ金属硫化物、又は、含水アルカリ金属水硫化物及びアルカリ金属水酸化物と、脂肪族環状構造を有するアミド、尿素またはラクタムとを、脱水させながら反応させて固形のアルカリ金属硫化物を含むスラリーを製造する工程、該スラリーを製造した後、更にNMPなどの極性有機溶媒を加え、水を留去して脱水を行う工程、次いで、脱水工程を経て得られたスラリー中で、ポリハロ芳香族化合物と、アルカリ金属水硫化物と、前記脂肪族環状構造を有するアミド、尿素またはラクタムの加水分解物のアルカリ金属塩とを、NMPなどの極性有機溶媒1モルに対して反応系内に現存する水分量が0.02モル以下で反応させて重合を行う工程を必須の製造工程として有するポリアリーレンスルフィド樹脂の製造方法が挙げられる。
【0022】
本発明においては、粗反応生成物がスルフィド化剤及び有機極性溶媒の存在下に、ポリハロ芳香族化合物及び有機極性溶媒を連続的ないし断続的に加えながら反応させる形態も包含する。
【0023】
ポリアリーレンスルフィド樹脂の重合終了後に、重合体、副生成物、アルカリ金属塩やアルカリ金属水硫化物を始めとする未反応物質、溶媒などを含む粗反応混合物を固液分離して、ポリアリーレンスルフィド樹脂およびアルカリ金属水硫化物を含む反応混合物を回収する。回収方法には大きく分けて、後述するフラッシュ法とクウェンチ法の2種類がある。フラッシュ法は、溶媒を蒸発させて溶媒回収し、同時に固形物を回収する方法であり、一方、クウェンチ法は、重合反応物を、除冷して粒子状のポリアリーレンスルフィド樹脂を回収する方法である。フラッシュ法は、固形物を比較的簡便に回収することができる点で好ましく、クウェンチ法は、ポリアリーレンスルフィド樹脂の粒度を制御しやすい点で好ましい。
【0024】
本発明に用いる反応混合物は、前記粗反応混合物を固液分離させた後、水洗処理して得られたものであってもよく、例えば、固液分離により回収されたポリアリーレンスルフィド樹脂およびアルカリ金属水硫化物を、水でスラリー化した後、必要に応じて、水洗浄を行ってえられたものであってもよい。水洗浄は、窒素ないし空気雰囲気下、20〜100℃の範囲の条件下において、一回または複数回繰り返し行うことができる。複数回繰り返し水洗浄する場合、前記雰囲気・温度条件は同一でも異なっていても良い。なお、空気雰囲気下で水洗浄を行うと、アルカリ金属水硫化物(MSH)の一部が酸化されて、硫黄原子(S)、その同素体(Sなど)、チオ硫酸アルカリ金属(M)などの酸化物を生成することがある。アルカリ金属水硫化物またはその酸化物は、後述する精製工程において活物質の前駆体となるため、前記固液分離および水洗浄工程は、アルカリ金属塩を極力除去しつつ、有効成分量のアルカリ金属水硫化物またはその酸化物(S、S、Mなど)が残留するよう調整しながら行う。アルカリ金属水硫化物またはその酸化物の残留量は、所定の精製効果を得られる範囲であれば特に限定されるものではないが、該残留量が少ないと所定の精製効果を得にくく、一方、該残留量が多いとポリアリーレンスルフィド樹脂が分解するため、ポリアリーレンスルフィド樹脂1gに対して0.1〜300〔μmol〕の範囲、好ましくは1〜200〔μmol〕の範囲、さらに好ましくは10〜100〔μmol〕の範囲となるよう調整する。
【0025】
上記の固液分離および必要に応じて水洗浄を行って得られたポリアリーレンスルフィド樹脂とアルカリ金属水硫化物またはその酸化物を含む反応混合物は、続いて、酸素圧力0.02〜0.1〔MPa〕の範囲の酸素加圧条件下で水と接触させ、ポリアリーレンスルフィド樹脂を精製する。
【0026】
加圧する酸素は、酸素(O)のみを用いても良いし、安全性の面から窒素ガス、アルゴンガス、ネオンガス等の不活性ガスとの混合ガスを用いても良いが、経済性の面から、空気を用いることが最も好ましい。酸素加圧条件下でポリアリーレンスルフィド樹脂と水を接触させる際の温度は、ポリアリーレンスルフィド樹脂中の金属イオンの含有量の低減効果を奏する室温(23℃)以上であれば特に限定されないが、具体的にはポリアリーレンスルフィド樹脂中の金属イオンの含有量の低減効果が顕著であることから、100℃以上、好ましくは130℃以上、より好ましくは170℃以上、より好ましくは210℃以上である。また、この際の温度の上限は特に限定されないが、ポリアリーレンスルフィド樹脂の融点未満が好ましい。
また酸素加圧条件下でポリアリーレンスルフィド樹脂と水を接触させる際に用いる水の量についても、水分子が液体として存在する量であれば特に制限は無い。酸素加圧条件下、密閉系内の水の圧力が、その温度での飽和蒸気圧に達していれば、水が液体として存在するが、本発明においては、ポリアリーレンスルフィド樹脂粒子と水に溶解した酸素との接触が良好に行われ、精製効率がさらに好適となることから、ポリアリーレンスルフィド樹脂100質量部に対して、50〜2000質量部の範囲が好ましく、さらに100〜1000質量部の範囲がより好ましく、200〜800質量部の範囲がさらに好ましい。
【0027】
本発明のポリアリーレンスルフィド樹脂の精製条件において、加えるべき酸素の量については、精製対象となるポリアリーレンスルフィド樹脂の種類あるいは合成条件等によっても異なるし、また、ポリアリーレンスルフィド樹脂と水に溶解した酸素との接触温度・時間等によっても異なる為、一概に規定できないが、接触させる水溶液中に酸素が飽和していることが好ましい。従って、接触させている温度における水の蒸気圧よりも高い圧力になるように酸素で圧力を高めていることが好ましく、その際の高めるべき圧力は、0.02MPa〜0.2MPaの範囲である。さらに、優れた所定の精製効果を発揮しつつ、かつ結晶化速度の速いポリアリーレンスルフィド樹脂が得られることから、酸素圧力の下限値は0.021MPaより大きいことが好ましく、さらには0.04MPa以上がより好ましく、0.06MPa以上がもっとも好ましい。一方、その上限値は特に限定されないが経済的な観点から、0.1MPa以下が好ましい。酸素源として空気を用いる場合は、酸素分圧が上記範囲となるよう調整すればよいが、空気中の酸素含有量を考慮して、通常、0.1MPaより大きいことが好ましく、さらに0.2MPa以上がより好ましく、0.3MPaがもっとも好ましく、一方、上限値は1MPa以下が好ましく、0.5MPa以下がより好ましい。
【0028】
本発明においては、酸素加圧条件下でのポリアリーレンスルフィド樹脂と水との接触は連続的に行っても良いし、バッチ式に行ってもいずれでも良い。
【0029】
本発明は、酸素加圧条件下でのポリアリーレンスルフィド樹脂と水との接触を、容器内部に撹拌翼を有し、且つ、底部に濾過用フィルターが配設された密閉型あるいは密閉可能な混合機能を有す容器内で行うことができる。本発明における精製工程を実施するための酸素導入の概略構成図としては図1図2及び図3などを例示することができるが、これらに限定されない。酸素を液層に溶解可能な密閉型あるいは密閉可能な混合機能を有す装置であり、本発明の目的を達成可能なものであるなら何れのものでもよい。
【0030】
本発明は密閉容器または装置内等の密閉系に酸素を吹き込みその系内圧力と温度を制御することで酸素の水への溶解度をコントロールする。その際、酸素を溶解させた水をアルカリ金属水硫化物またはその酸化物と接触させることで、水中に溶解した硫黄源(SH、S、S2−など)が酸化されて硫酸イオン(SO2−)を生成させているものと考えられ、これをポリアリーレンスルフィド樹脂と適切な時間以上(例えば、5分以上)接触させることで分子末端を塩基性型末端(SNa型末端)から酸性型末端(SH型末端)に効率的に変換され、ポリアリーレンスルフィド樹脂の結晶化速度が向上する。
【0031】
このように本発明は、重合反応後のポリアリーレンスルフィド樹脂を含むスラリー中に残留する微量の原料(アルカリ金属水硫化物およびその酸化物)を利用してポリアリーレンスルフィド樹脂分子鎖の末端変性を行うという簡便な手段により、洗浄工程における有機酸または無機酸などの酸添加を省略することが可能であり、コスト増大や鋼材負荷を伴わずに従来品より結晶化速度の速いポリアリーレンスルフィド樹脂を得ることができる。また、炭酸水や炭酸ガスを用いた場合に比べても短時間で精製処理が可能となり、また生産性を向上させながら、従来品より結晶化速度の速いポリアリーレンスルフィド樹脂を得ることができる。
【0032】
酸素加圧条件下でポリアリーレンスルフィド樹脂と水とを接触させて塩基性型末端(SNa型末端)を酸性型末端(SH型末端)に変換させた後、該ポリアリーレンスルフィド樹脂は、一旦、固液分離する。その後、そのまま乾燥してポリアリーレンスルフィド樹脂粉末を得ても良いし、更に洗浄処理した後、固液分離し、乾燥を行ってポリアリーレンスルフィド樹脂粉末を得ても良い。
【0033】
乾燥は実質的に水等の溶媒が蒸発する温度に加熱して行う。乾燥は真空下で行っても良いし、空気中あるいは窒素のような不活性雰囲気下で行っても良い。
【0034】
洗浄処理は、例えば有機溶媒による洗浄を行っても良い。用いる溶媒としては、反応に用いた有機極性溶媒、あるいはアセトン、メチルエチルケトン等のケトン類、メタノール、エタノール等の、アルコール類などの溶媒が挙げられる。有機溶媒による洗浄は重合反応に用いた極性有機溶媒で洗浄することがオリゴマーの除去を効率的に実行できるので好ましい。なお、洗浄に使用する有機溶媒の量には特に制限は無いが、好ましくはポリアリーレンスルフィド樹脂100質量部に対して、20〜1000質量部の範囲、より好ましくは50〜700質量部の範囲、更に好ましくは100〜500質量部の範囲である。
【0035】
本発明における精製工程および乾燥工程などを経て得られたポリアリーレンスルフィド樹脂粉末は従来と同様、そのまま各種成形材料等に利用できるが、空気あるいは酸素富化空気中あるいは減圧下で熱処理することにより増粘することが可能であり、必要に応じてこのような増粘操作を行った後、各種成形材料等に利用しても良い。この熱処理温度は処理時間によっても異なるし処理する雰囲気によっても異なるので一概に規定できないが、通常は180℃以上で行うことが好ましい。熱処理温度が180℃未満では増粘速度が非常に遅く生産性が悪く好ましくない。熱処理は押出機等を用いて重合体の融点以上で、溶融状態で行っても良い。但し、重合体の劣化の可能性あるいは作業性等から、融点プラス100℃以下で行うことが好ましい。
【0036】
本発明における精製工程および乾燥工程などを経て得られたポリアリーレンスルフィド樹脂粉末は、従来のポリアリーレンスルフィド樹脂の製造方法と同様に、そのまま射出成形、押出成形、圧縮成形、ブロー成形のごとき各種溶融加工法により、耐熱性、成形加工性、寸法安定性等に優れた成形物にすることができる。しかしながら強度、耐熱性、寸法安定性等の性能をさらに改善するために、本発明の目的を損なわない範囲で各種充填材と組み合わせて使用することも可能である。充填材としては、繊維状充填材、無機充填材等が挙げられる。
【0037】
また、成形加工の際に添加剤として本発明の目的を逸脱しない範囲で少量の、離型剤、着色剤、耐熱安定剤、紫外線安定剤、発泡剤、防錆剤、難燃剤、滑剤、カップリング剤を含有せしめることができる。更に、同様に下記のごとき合成樹脂及びエラストマーを混合して使用できる。これら合成樹脂としては、ポリエステル、ポリアミド、ポリイミド、ポリエーテルイミド、ポリカーボネート、ポリフェニレンエーテル、ポリスルフォン、ポリエーテルスルフォン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトン、ポリアリーレン、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ四弗化エチレン、ポリ二弗化エチレン、ポリスチレン、ABS樹脂、エポキシ樹脂、シリコーン樹脂、フェノール樹脂、ウレタン樹脂、液晶ポリマー等が挙げられ、エラストマーとしては、ポリオレフィン系ゴム、弗素ゴム、シリコーンゴム等が挙げられる。
【0038】
本発明のポリアリーレンスルフィド樹脂及びその組成物は、従来の方法で得られるポリアリーレンスルフィド樹脂同様耐熱性、寸法安定性等が優れるので、例えば、コネクタ・プリント基板・封止成形品などの電気・電子部品、ランプリフレクター・各種電装部品などの自動車部品、各種建築物や航空機・自動車などの内装用材料、あるいはOA機器部品・カメラ部品・時計部品などの精密部品等の射出成形・圧縮成形品、あるいは繊維・フィルム・シート・パイプなどの押出成形・引抜成形品等として幅広く利用可能である。
【実施例】
【0039】
〔合成例1〕 ポリフェニレンスルフィド樹脂の重合工程
圧力計、温度計、コンデンサー、デカンター、精留塔を連結した撹拌翼付き150リットルオートクレーブにp−ジクロロベンゼン(以下、p−DCBと略す)33.222kg(226モル)、NMP2.280kg(23モル)、47.23質量%NaSH水溶液27.300kg(230モル)、及び49.21質量%NaOH水溶液18.533kg(228モル)を仕込み、撹拌しながら窒素雰囲気下で173℃まで5時間掛けて昇温して、水27.300kgを留出させた後、釜を密閉した。脱水時に共沸により留出したDCBはデカンターで分離して、随時釜内に戻した。脱水終了後の釜内は微粒子状の無水硫化ナトリウム組成物がp−DCB中に分散した状態であった。
【0040】
上記工程終了後に、内温を160℃に冷却し、NMP47.492kg(479モル)を仕込み、185℃まで昇温した。圧力が0.00MPaに到達した時点で、精留塔を連結したバルブを開放し、内温200℃まで1時間掛けて昇温した。この際、精留塔出口温度が110℃以下になる様に冷却とバルブ開度で制御した。留出したDCBと水の混合蒸気はコンデンサーで凝縮し、デカンターで分離して、DCBは釜へ戻した。留出水量は179gであった。
【0041】
次に、内温200℃から230℃まで3時間掛けて昇温し、1時間攪拌した後、250℃まで昇温し、1時間攪拌した。最終圧力は0.48MPaであった。
〔実施例1〕 ポリフェニレンスルフィド樹脂の精製工程
合成例1で得られたスラリーを冷却し、冷却後に得られたスラリー260g中に含まれるNMPを、真空乾燥機で150℃、2時間減圧留去した。この混合物に70℃のイオン交換水360gを加えて10分間攪拌した後にろ過し、ろ過後のケーキに70℃のイオン交換水480gを加えケーキ洗浄を行った。得られた含水ケーキとイオン交換水180gを0.5リッターオートクレーブに仕込み70℃で30分間攪拌を行った。室温まで冷却した後、ろ過し、ろ過後のケーキに70℃のイオン交換水480gを加えケーキ洗浄を行った。スラリー中に残留するNaSH及びその酸化物(Na等)の総量はPPS樹脂1gに対し73μmolであった。得られた含水ケーキとイオン交換水180gを0.5リッターオートクレーブに仕込み、0.4MPaの空気加圧(酸素圧力0.084MPa)下、220℃で30分間攪拌を行った。室温まで冷却して得たpH6.5のスラリーを、ろ過し、ろ過後のケーキに70℃のイオン交換水480gを加えケーキ洗浄を行った。その後、120℃で4時間乾燥し、溶融粘度45Pa・s、Na量150ppm、Tc239℃のPPS樹脂を得た。
【0042】
〔実施例2〕 ポリフェニレンスルフィド樹脂の精製工程
実施例1で、0.4MPaの空気加圧(酸素圧力0.084MPa)を、0.2MPaの空気加圧(酸素圧力0.042MPa)下で行ったこと以外は、同様の操作を行った。その結果、pH7.5のスラリーから、溶融粘度43Pa・s、Na量250ppm、Tc222℃のポリフェニレンスルフィド樹脂を得た。
【0043】
〔実施例3〕 ポリフェニレンスルフィド樹脂の精製工程
合成例1で得られたスラリーに、70℃のイオン交換水360gを加えて10分間攪拌した後にろ過し、ろ過後のケーキに70℃のイオン交換水480gを加えケーキ洗浄を行った。得られた含水ケーキとイオン交換水180gを0.5リッターオートクレーブに仕込み70℃で30分間攪拌を行った。室温まで冷却した後、ろ過し、ろ過後のケーキに70℃のイオン交換水480gを加えケーキ洗浄を行った。スラリー中に残留するNaSH及びその酸化物(Na等)の総量はPPS樹脂1gに対し25μmolであった。得られた含水ケーキとイオン交換水180gを0.5リッターオートクレーブに仕込み、0.4MPaの空気加圧(酸素圧力0.084MPa)下、150℃で30分間攪拌を行った。室温まで冷却して得たpH5.0のスラリーを、ろ過し、ろ過後のケーキに70℃のイオン交換水480gを加えケーキ洗浄を行った。その後、120℃で4時間乾燥し、溶融粘度45Pa・s、Na量200ppm、Tc220℃のPPS樹脂を得た。
【0044】
〔実施例4〕ポリアリーレンスルフィド樹脂の精製工程
実施例1で、空気加圧洗浄前の2度の水洗を40℃で行ったこと以外は、同様の操作を行った。その結果、空気加圧洗浄直前のスラリー中に残留するNaSH及びその酸化物(Na)の総量はPPS樹脂1gに対し125μmolとなり、pH5.5のスラリーから、溶融粘度46Pa・s、Na量170ppm、Tc230℃のポリフェニレンスルフィド樹脂を得た。
【0045】
〔実施例5〕ポリアリーレンスルフィド樹脂の精製工程
実施例2で、0.4MPaの空気加圧(酸素圧力0.084MPa)を、70℃下で行ったこと以外は、同様の操作を行った。その結果、pH8.0のスラリーから、溶融粘度45Pa・s、Na量350ppm、Tc209℃のポリフェニレンスルフィド樹脂を得た。
【0046】
〔実施例6〕ポリアリーレンスルフィド樹脂の精製工程
実施例2で、空気加圧洗浄前の70℃水洗を3度行ったこと以外は、同様の操作を行った。その結果、空気加圧洗浄直前のスラリー中に残留するNaSH及びその酸化物(Na等)の総量はPPS樹脂1gに対し5μmolとなり、pH7.0のスラリーから、溶融粘度46Pa・s、Na量250ppm、Tc211℃のポリフェニレンスルフィド樹脂を得た。
【0047】
〔比較例1〕ポリアリーレンスルフィド樹脂の精製工程
実施例1で、0.4MPaの空気加圧(酸素圧力0.084MPa)を、0.3MPaの窒素加圧(酸素圧力0MPa)で行ったこと以外は、同様の操作を行った。その結果、pH9.0のスラリーから、溶融粘度46Pa・s、Na量520ppm、Tc199℃のポリフェニレンスルフィド樹脂を得た。
【0048】
〔比較例2〕ポリアリーレンスルフィド樹脂の精製工程
0.4MPaの空気加圧(酸素圧力0.084MPa)下、220℃で30分間攪拌を行った精製処理を、0.3MPaの炭酸ガス加圧(酸素圧力0MPa)下、160℃で4時間行ったこと以外は、実施例1と同様の操作を行った。その結果、溶融粘度46Pa・s、Na量400ppm、Tc203℃のポリフェニレンスルフィド樹脂を得た。
【0049】
参考〕ポリアリーレンスルフィド樹脂の精製工程
0.4MPaの空気加圧(酸素圧力0.084MPa)下、220℃で30分間攪拌を行った精製処理を、0.5質量%酢酸を加え、180℃で1時間行ったこと以外は、実施例1と同様の操作を行った。その結果、溶融粘度46Pa・s、Na量180ppm、Tc231℃のポリフェニレンスルフィド樹脂を得た。
【0050】
[溶融粘度測定]
島津製作所製フローテスター CFT−500Cと、孔長10.00mm、孔直径1.00mmのダイスを用い、試験温度300℃、予熱時間6分、試験加重20kgf/cmで溶融粘度の測定を行った。
[Na含有量]
得られたポリアリーレンスルフィド樹脂のナトリウム含有量(Na含有量)は、樹脂を焼成した残留物を水溶液とし、原子吸光光度計にて測定した。
[結晶化測定]
パーキンエルマー製DSC装置 Pyris Diamondを用い、350℃で3分間溶融した後、20℃/minで降温した時に現れる発熱ピークのピーク温度(Tc)を測定した。