(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記展伸材が板材又は線材であって、粒径が展伸材の板厚又は線の直径の(1/2)以上である結晶粒の長手方向断面における存在比率が断面積の80%以上で、前記結晶粒の平均結晶粒径が展伸材の板厚又は線の直径の0.8〜2.5倍の範囲内である請求項1から請求項4のいずれか1項に記載のCu−Al−Mn系合金材料からなる展伸材。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明のCu−Al−Mn系合金材料の展伸材は、Σ値が3以下の対応粒界存在頻度が35%以上であるように結晶性格(粒界性格)を制御することによって、安定的に良好な超弾性を奏するとともに、耐応力腐食性に優れる。
本発明のCu−Al−Mn系合金材料とは、Cu−Al−Mn系合金を塑性加工した材料を言う。本発明において、Cu−Al−Mn系合金材料の展伸材とは、圧延、押出、引抜などの加工と熱処理により得られる加工後の製品の断面形状が一定断面形状を有する加工を行った板材、棒材、線材、管材などをいい、製品の最終加工段階である冷間加工段階における鍛造などの3次元加工を含まないものである。
【0017】
<対応粒界制御>
本発明のCu−Al−Mn系合金材料の展伸材においては、Σ値が3以下、すなわちΣ1〜Σ3、の対応粒界の存在頻度が35%以上75%以下であり、この存在頻度が40%以上75%以下であることが好ましい。
また、本発明のCu−Al−Mn系合金材料の展伸材においては、Σ値が29以下、すなわちΣ1〜Σ29、の対応粒界の存在頻度が45%以上90%以下であることが好ましく、50%以上90%以下であることがより好ましく、この存在頻度が55%以上90%以下であることがさらに好ましい。
【0018】
(対応粒界)
対応粒界(coincidence site lattice grain boundary、対応格子粒界、CSL粒界ともいう)とは、結晶粒界を挟んで隣接した2つの結晶同士の片方を結晶軸の周りに回転したときに、一方の結晶粒の格子点の一部が隣接するもう一方の結晶粒の格子点にも位置して、両方の結晶に共通する副格子を構成するような粒界をいう。本発明において対応粒界とは、以下に説明するΣ値が29以下である粒界をいう。これに対して、Σ値が29を超える粒界をランダム粒界という。本発明における対応粒界としては、Σ値が3以下である低Σ値の対応粒界の存在頻度が高いことが好ましい。Σ値については、後で詳述する。
【0019】
結晶粒界の性質には、大きく分けて前記対応粒界とランダム粒界がある。この内、対応粒界は、結晶性格を表すΣ値が低く、対応格子(周期的に格子点が重なる)密度が高く、粒界エネルギーが低い。一方、ランダム粒界は、対応格子点密度が低いため、粒界エネルギーが高い。
【0020】
(結晶性格Σ値)
2つの結晶格子を仮想的に重ねると、特定の方位関係にある結晶では全体の格子の何割かが一致し、それ自体が超格子をつくる。この一致点格子の数と結晶格子点の数の比の逆数をΣ値という。なお、傾角が15°未満の結晶粒をΣ値1とする。
【0021】
(対応粒界のEBSDによる測定方法)
EBSD(Electron Back−scattering Diffraction Pattern:後方散乱電子回折像)測定装置によって、銅合金材料の結晶性格、すなわち結晶方位分布(粒界マップ)を測定、解析することで、対応粒界の状態を求める。
【0022】
まず、EBSD法の原理を概説する。
約60〜70°傾斜した試料に電子線を照射すると、試料表面から約50nm以下の領域の各結晶面で回折電子線が作られる。この後方散乱電子線回折を解析することで結晶性試料の方位解析の情報が得られる。
隣接する2つの結晶粒同士の方位のずれ角度が2°以上である場合に、粒界である、すなわち異なる結晶方位を有すると判断する。
本発明においては、対応粒界であるかどうかを、SEM−EBSDで測定する。その具体的な測定方法の例は、後述の実施例で述べるとおりである。
対応粒界の測定は、後述する対応粒界測定用試験片を、導電性樹脂に埋め込み、振動式バフ仕上げ(研磨)する。EBSD法により、約400μm×250μmの測定領域で、スキャンステップが6μmの条件で測定を行う。OIMソフトウェア(商品名、TSL社製)を用い、全測定結果から得られた結晶性格、結晶配向を粒界マップ(例えば、
図5参照)として得る。以下に説明するとおり、各々の結晶粒についてΣ値を求め、所定の対応粒界として、Σ値が3以下の対応粒界と、Σ値が29以下の対応粒界について、存在頻度を求める。
【0023】
(Σ値とその測定方法)
原点OとしたR方向に回転し、P点が対応格子とした場合、対応格子の現れる方位つまり回転軸(h k l)は、R
2=(h
2+k
2+l
2)である。対応格子点Pの座標を(x y z)、回転角をθ(°)とすると、回転角は、
θ=2tan
−1(Ry/x)
と表わされる。対応粒界は「結晶の単位胞に対する対応格子の単位胞の体積の割合の逆数」で定義されるΣ値で表わすので、
Σ=x
2+R
2y
2
と表わすことができる。
(参考文献)「セラミック材料の物理」 日刊工業新聞社 幾原雄一[編著] P83−86
【0024】
(対応粒界存在頻度)
本発明において、対応粒界存在頻度(対応粒界頻度ともいう)とは、全粒界面積に対する着目した所定の対応粒界面積の比(百分率)をいう。存在頻度1が100%である(
図5のCSLチャート参照)。
【0025】
<結晶粒径の定義とその制御>
本発明の展伸材を構成するCu−Al−Mn系銅合金材料中には、結晶粒径が小さい結晶粒がわずかに存在してもよいが、大半は結晶粒径が大きい結晶粒である。
ここで、結晶粒径が大きい結晶粒とは、その結晶粒径が展伸材の板材又は線材における板厚又は線の直径の(1/2)以上である結晶粒をいう。本発明における展伸材では、いずれの材料においても、長手方向断面における展伸材の板厚または直径の(1/2)以上である結晶粒の存在比率がいずれも前記断面の断面積の80%以上であることが好ましい。ここで、結晶粒径の測定を行う長手方向断面とは、板材の板厚中心又は線材の円断面の中心を通る長手方向断面をいう。さらに、前記展伸材断面の中心を通過する展伸材の長手方向断面における粒径が展伸材の板厚又は線の直径の(1/2)以上である結晶粒の平均結晶粒径が展伸材の板厚又は線の直径の0.8〜2.5倍の範囲内であることが望ましい。さらに好ましくは、板厚又は線の直径以上であることが望ましい。
【0026】
また、管材であれば、管壁の厚さを、前記板材における板厚とみなして、板材と同様の平均結晶粒径であることが好ましい。
ここで、所定サイズ以上の結晶粒の平均粒径を規定することにより、組織的な特徴を規定する。
【0027】
板材は線材と異なり、形状が円断面ではなくて対称性が低いため、結晶粒径の基準は、板幅ではなく板厚を基準とした。その理由は、結晶粒が板厚又は板幅を貫通すると、その後で結晶粒による界面の成長の駆動力が減少して、大きくはなるものの板厚だけでなく板幅を貫通するものが得られにくい、という事実によるものである。
【0028】
本発明のCu−Al−Mn系合金材料からなる線材及び板材においては、母材の平均結晶粒径は前記の適正な大きさとする。これは、Cu−Al−Mn系合金材料では、平均結晶粒径が小さすぎると、変形時に周りの結晶粒から粒間拘束を受け、変形に対する抵抗が大きくなり超弾性が悪化することによる。本発明においては、前記平均結晶粒径の上限値には特に制限はない。
本発明においては、線(棒)材や板材などの展伸材において平均結晶粒径をこのように制御することで、超弾性特性を安定させることができる。
【0029】
本発明のCu−Al−Mn系合金材料からなる線材及び板材は、前記所定のサイズ以上の結晶粒が所定サイズ以上の平均結晶粒径を有する。ここで、所定サイズ以上の結晶粒の結晶粒径を規定する理由は、所定サイズ未満の結晶粒が所定サイズ以上の結晶粒に比べて著しく小さく、超弾性特性に対する影響が少ないことから、これらの所定サイズ未満の結晶粒の影響は無視できると考えられるからである。
【0030】
<展伸材の金属組織及び相の状態>
本発明のCu−Al−Mn系合金材料からなる展伸材は、再結晶組織を有する材料である。
さらに、本発明のCu−Al−Mn系合金材料からなる展伸材は、実質的にβ単相からなる。ここで、実質的にβ単相からなるとは、β相以外の例えばα相などの存在割合が2%未満であることをいう。例えば、Cu−8.1質量%Al−11.1質量%Mn合金は、900℃ではβ(BCC)単相であるが、700℃以下ではα(FCC)相+β相の2相である。
【0031】
<Cu−Al−Mn系合金の展伸材の組成>
本発明のCu−Al−Mn系合金材料からなる展伸材は、高温でβ相単相に、低温でβ+αの2相組織になる銅合金からなり、少なくともAl及びMnを含有している銅基合金である。
【0032】
本発明の展伸材を構成するCu−Al−Mn系合金材料は、5〜10質量%のAl、及び5〜20質量%のMnを含有し、残部Cuと不可避的不純物からなる組成を有する。Al元素の含有量が5質量%未満では、β単相を形成できず、また10質量%を超えると極めて脆くなる。Al元素の含有量はMn元素の含有量に応じて変化するが、好ましいAl元素の含有量は7〜9質量%である。Mn元素を含有することにより、β相の存在範囲が低Al側へ広がり、冷間加工性が著しく向上するので、成形加工が容易になる。Mn元素の添加量が5質量%未満では満足な加工性が得られず、かつβ単相の領域を形成することができない。またMn元素の添加量が20質量%を超えると、十分な形状回復特性が得られない。好ましいMnの含有量は8〜13質量%である。
【0033】
上記組成のCu−Al−Mn系合金材料は熱間加工性及び冷間加工性に富み、冷間で、中間焼鈍を適宜組み合わせることで、20%〜90%又はそれ以上の加工率が可能になる。この為、本発明の展伸材は、板(条)、棒(線)の他に、従来困難であった極細線、箔、パイプ等にも容易に成形加工することができる。
【0034】
上記必須の添加成分元素以外に、本発明の展伸材を構成するCu−Al−Mn系合金材料は、さらに任意の副添加元素として、Co、Fe、
Sn、Ti、V
、Nb、Mo、
Zr、Cr、Si、W
、Mg、P、Be、Sb、Cd、As
、Zn、及びAgからなる群より選ばれた1種又は2種以上を含有することができる。
【0035】
これらの元素は冷間加工性を維持したままCu−Al−Mn系合金材料の強度を向上させる効果を発揮する。これらの添加元素の含有量は合計で0.001〜10質量%であ
り、0.001〜5質量%が好ましい。これら元素の含有量が10質量%を超えるとマルテンサイト変態温度が低下し、β単相組織が不安定になる。これらの任意添加成分元素としては、銅合金材料の高強度化などの為に銅基合金材料に通常含有させて用いられる前記の各種元素を用いることができる。
【0036】
Co、Fe、Snは基地組織の強化に有効な元素である。CoはCoAlの形成により結晶粒を粗大化するが、過剰になると合金材料の靭性を低下させる。Coの好ましい含有量は0.001〜2質量%である。Feの好ましい含有量は0.001〜3質量%である。Snの好ましい含有量は0.001〜1質量%である。
【0037】
Tiは阻害元素であるN及びOと結合し酸窒化物を形成する。Tiの好ましい含有量は0.001〜2質量%である。V、Nb、Mo、Zrは硬さを高める効果を有し、耐摩耗性を向上させる。またこれらの元素はほとんど基地に固溶しないので、β相(bcc結晶)として析出して強度を向上させる。V、Nb、Mo、Zrの好ましい含有量はそれぞれ0.001〜1質量%である。
【0038】
Crは耐摩耗性及び耐食性を維持するのに有効な元素である。Crの好ましい含有量は0.001〜2質量%である。Siは耐食性を向上させる効果を有する。Siの好ましい含有量は0.001〜2質量%である。Wは基地にほとんど固溶しないので、析出強化の効果がある。Wの好ましい含有量は0.001〜1質量%である。
【0039】
Mgは阻害元素であるN及びOを除去するとともに、阻害元素であるSを硫化物として固定し、熱間加工性や靭性の向上に効果がある。多量の添加は粒界偏析を招き、脆化の原因となる。Mgの好ましい含有量は0.001〜0.5質量%である。Pは脱酸剤として作用し、靭性向上の効果を有する。Pの好ましい含有量は0.01〜0.5質量%である。Be、Sb、Cd、Asは基地組織を強化する効果を有する。Be、Sb、Cd、Asの好ましい含有量はそれぞれ0.001〜1質量%である。
【0040】
Znは形状記憶処理温度を上昇させる効果を有する。Znの好ましい含有量は0.001〜5質量%である。Agは冷間加工性向上させる効果がある。Agの好ましい含有量は0.001〜2質量%である。
【0041】
なお、本発明の展伸材を構成するCu−Al−Mn系合金材料の組成は、Niを2質量%以下の含有量で含んでもよい。Ni含有量はより好ましくは0.15質量%以下であり、Niを全く含有しないことが特に好ましい。Niを多量に含有すると焼入れ性が低下するためである。ここで、焼き入れ性(あるいは焼入れ感受性)とは、焼入れ時の冷却速度と焼入れ直前の組織の焼入れ過程での安定性の関係をいい、具体的には焼入れ後の冷却速度が遅いと、α相が析出して超弾性特性に劣ることを焼入れ性が敏感であるという。Ni含有銅合金においては、より高温でα相が析出し始めるため、線径が太くなる等で冷却時間が多少長くなっただけでも焼き入れ性に劣り、良好な超弾性特性が得られない。
【0042】
<Cu−Al−Mn系合金材料からなる展伸材の製造方法>
本発明のCu−Al−Mn系合金材料からなる銅基合金材料の展伸材を得るための好ましい製造方法とその製造条件について説明する。例えば、下記のような製造工程を挙げることができる。また、好ましい製造プロセスの例を
図2(a)及び
図2(b)に示した。
製造工程全体の中で、特に、形状記憶熱処理の最初に(α+β)相温度域まで加熱して一旦(α+β)相温度域に保持することと、これに加えて、形状記憶熱処理における(α+β)相温度域からβ単相温度域までの昇温速度を所定の遅い範囲に制御する(本特許では、これを徐昇温ともいう)ことにより、安定的に良好な超弾性特性を奏し、かつ、耐応力腐食性が良好なCu−Al−Mn系合金材料の展伸材が得られる。
【0043】
好ましい一例として、
図2(a)に示した次のような製造工程が挙げられる。
溶解・鋳造[工程1]、熱間圧延又は熱間鍛造による熱間加工[工程2]の後、400〜600℃で1分〜120分の中間焼鈍[工程3]と、その後に、加工率30%以上の冷間圧延又は冷間伸線による冷間加工[工程4]とを行う。ここで、中間焼鈍[工程3]と冷間加工[工程4]とはこの順で1回ずつ行ってもよく、この順で2回以上繰り返して行ってもよい。その後、形状記憶熱処理[工程5]を行った後に、時効処理[工程6]を行う。また、冷間加工度によっては、中間焼鈍[工程3]を省略することもできる。
【0044】
前記形状記憶熱処理[工程5]は、室温から(α+β)相温度域まで加熱により昇温する熱処理[工程5−1]、(α+β)相温度域での保持[工程5−2]、(α+β)相温度域からβ単相温度域まで所定の遅い昇温速度で加熱(徐昇温)する熱処理[工程5−3]、β単相温度域での保持[工程5−4](これが溶体化処理に相当する)、及びβ単相温度域からの急冷[工程5−9]からなる。本発明においては、[工程5−2]の保持を行うもので、これにより、(α+β)相温度域からβ単相温度域まで所定の遅い昇温速度で加熱することで対応粒界の存在頻度を多くすることができる。
【0045】
ここで、熱処理[工程5−3]においては、(α+β)相温度域からβ単相温度域まで加熱する昇温速度(前記の徐昇温)は20℃/分以下、好ましくは10℃/分以下、さらに好ましくは5℃/分以下である。この下限値には特に制限はないが、通常1℃/分以上とする。(α+β)相温度域は、合金材料の組成に応じて変わるが、400℃〜700℃である。また、β単相温度域は、合金材料の組成に応じて変わるが、700℃〜950℃、好ましくは800〜900℃である。
また、前記急冷[工程5−9]では、いわゆる焼き入れを行う。この急冷は、例えば、前記形状記憶熱処理に付したCu−Al−Mn系合金材料の展伸材を冷却水中に投入する水冷によって行うことができる。
【0046】
前記熱処理[工程5]の後には、80〜250℃で5〜60分の時効熱処理[工程6]を施す。時効温度が低すぎるとβ相は不安定であり、室温に放置しているとマルテンサイト変態温度が変化することがある。逆に時効温度が250℃超であるとα相の析出が起こり、形状記憶特性や超弾性特性が著しく低下する傾向がある。
【0047】
中間焼鈍[工程3]と冷間加工[工程4]を繰り返し行うことで、所望の対応粒界をより好ましく達成することができる。中間焼鈍[工程3]と冷間加工[工程4]の繰り返し数は、好ましくは2回以上である。
中間焼鈍[工程3]と冷間加工[工程4]を繰り返して行う場合、冷間加工[工程4]での加工率は、全加工を通じての加工率(以下、累積加工率ともいう)が所定の30%以上の加工率となっていることが望ましい。
【0048】
各工程の好ましい条件は次の通りである。
中間焼鈍[工程3]は、400〜600℃で1分〜120分とする。この中間焼鈍温度はこの範囲内でより低い温度とすることが好ましいが、好ましくは450〜550℃、特に好ましくは450〜500℃とする。焼鈍時間は1分〜120分が好ましく、試料サイズの影響を考慮してもφ20mmの丸棒ならば120分で十分である。なお、中間焼鈍[工程3]を省略することができることは上記のとおりである。
冷間加工[工程4]は加工率30%以上とすることが好ましい。好ましくは40%以上、さらに好ましくは50%以上〜95%以下、特に好ましくは60%以上〜90%以下の加工率である。ここで、加工率は次の式で定義される値である。
加工率(%) = (A
1−A
2)/A
1 × 100
A
1は冷間圧延もしくは冷間伸線などの冷間加工前の断面積(mm
2)であり、A
2は冷間圧延もしくは冷間伸線などの冷間加工後の断面積(mm
2)である。
【0049】
中間焼鈍[工程3]と冷間加工[工程4]を繰り返して行う場合、全ての冷間加工[工程4]を通じての累積加工率が、前記範囲内となっていればよい。
前記熱処理[工程5−1]で加熱する際には、[工程5−2]の(α+β)相温度域に保持する温度域に昇温により到達すれば良いので、この際の昇温速度には、特に制限はない。前記保持[工程5−2]においては、(α+β)相温度域での保持時間は好ましくは20分〜120分、さらに好ましくは30分〜120分である。このように、(α+β)相温度域での保持を行い、この保持時間を十分長くすることが必要で、保持時間を長くすることで、結果として対応粒界の形成を促進することができる。
【0050】
前記熱処理[工程5−3]で徐昇温にて加熱する際の昇温速度は20℃/分以下、好ましくは10℃/分以下、さらに好ましくは5℃/分以下である。この下限値には特に制限はないが、通常1℃/分以上とする。この昇温速度を所定の遅い速度(徐昇温)とすることで、対応粒界を安定して形成することができる。
前記保持[工程5−4]においては、β単相温度域での保持時間は好ましくは2分〜120分、さらに好ましくは10分〜120分である。
急冷[工程5−9]時の冷却速度は、通常30℃/秒以上、好ましくは100℃/秒以上、さらに好ましくは1000℃/秒以上とする。
【0051】
時効処理[工程6]は、300℃未満、好ましくは80〜250℃で5〜60分行うことが好ましい。時効処理[工程6]後には、通常空冷によって冷却すればよい。
【0052】
好ましい別の一例として、
図2(b)に示した次のような製造工程が挙げられる。
図2(b)に示した製造工程は、形状記憶熱処理[工程5]が、以下に述べる点で
図2(a)に示した製造工程とは異なる以外は、溶解・鋳造[工程1]、熱間加工[工程2]、中間焼鈍[工程3]と冷間加工[工程4](この順で1回ずつ又はこの順で2回以上繰り返し)、及び最後の時効処理[工程6]は、前記
図2(a)に示した製造工程と同様であり、その好ましい加工熱処理条件も同様である。なお、中間焼鈍[工程3]を省略することができることは上記と同様である。
【0053】
図2(b)に示した製造工程における形状記憶熱処理[工程5]は、室温から(α+β)相温度域まで加熱により昇温する熱処理[工程5−1]、(α+β)相温度域での保持[工程5−2]、(α+β)相温度域からβ単相温度域まで所定の遅い昇温速度で加熱(徐昇温)する熱処理[工程5−3]、β単相温度域での保持[工程5−4]、及び最後のβ単相温度域からの急冷[工程5−9]は、前記
図2(a)に示した製造工程と同様であり、その好ましい加工熱処理条件も同様であるが、保持[工程5−4]の後、急冷[工程5−9]までの工程が
図2(a)に示した製造工程とは異なる。
すなわち、前記保持[工程5−4]の後、β単相温度域から(α+β)相温度域まで冷却により降温する冷却処理[工程5−5]、(α+β)相温度域での保持[工程5−6]、(α+β)相温度域からβ単相温度域まで所定の遅い昇温速度で加熱(徐昇温)する熱処理[工程5−7]、β単相温度域での保持[工程5−8]を施した後に、前記急冷[工程5−9]を行う。
【0054】
ここで、冷却処理[工程5−5]においては、β単相温度域から(α+β)相温度域まで冷却する降温速度(本件特許においては、徐降温もしくは徐冷ともいう)は20℃/分以下、好ましくは10℃/分以下、さらに好ましくは5℃/分以下である。この下限値には特に制限はないが、通常1℃/分以上とする。
熱処理[工程5−7]においては、(α+β)相温度域からβ単相温度域まで加熱する昇温速度を前記と同様の徐昇温とすることが好ましく、その好ましい条件も同様である。
この製造プロセスの例においては、前記冷却処理[工程5−5]における徐冷と熱処理[工程5−7]における徐昇温とにより、結晶粒が粗大化する。この為、対応粒界と超弾性を好ましく制御することができると考えられる。
【0055】
[工程5−5]から[工程5−8]の各工程の好ましい条件は次の通りである。
冷却[工程5−5]時の徐冷速度は、20℃/分以下、好ましくは10℃/分以下、さらに好ましくは5℃/分以下である。この下限値には特に制限はないが、通常1℃/分以上とする。
前記保持[工程5−6]においては、(α+β)相温度域での保持時間は好ましくは5分〜120分、さらに好ましくは30分〜120分である。
熱処理[工程5−7]における昇温速度は、20℃/分以下、好ましくは10℃/分以下、さらに好ましくは5℃/分以下である。この下限値には特に制限はないが、通常1℃/分以上とする。
前記保持[工程5−8]においては、β単相温度域での保持時間は好ましくは1分〜120分、さらに好ましくは30分〜120分である。
【0056】
なお、図中に示した各熱処理での処理温度と処理時間(保持時間)は、それぞれ実施例で用いた値を代表的に示したものであり、本発明に適用できる好ましい製造プロセスはこれらに限定されるものではない。
【0057】
<物性>
本発明のCu−Al−Mn系合金材料の展伸材は、以下の物性を有する。超弾性特性として、6%変形後の残留歪は、通常1.0%未満、好ましくは0.5%未満である。
【0058】
<展伸材の形状とサイズ>
本発明のCu−Al−Mn系合金材料の展伸材の形状には特に制限はなく、例えば板、線(棒)など種々の形状とすることができる。これらのサイズにも特に制限はない。例えば、板材であれば厚さ0.1mm〜15mmのサイズであってもよい。また、線(棒)材であれば直径0.1mm〜50mmであってもよく、用途によっては直径8mm〜16mmのサイズとしてもよい。また、本発明の展伸材は、中空状で管壁を有する管などの形状であってもよい。
【0059】
<適用製品>
本発明のCu−Al−Mn系合金材料の展伸材は、耐応力腐食性に優れることから、陥入爪矯正具、外反母趾補正装具、構造部材、めがねフレーム、アクチュエータ、コネクターなどとして好適に用いることができ、本発明のCu−Al−Mn系合金材料の展伸材からなる陥入爪矯正具、外反母趾補正装具、構造部材、めがねフレーム、アクチュエータ、コネクターが得られる。
【実施例】
【0060】
以下に、本発明を実施例に基づき、さらに詳細に説明するが、本発明はそれらに限定されるものではない。
【0061】
実施例1
板材及び線材(棒材)の各サンプル(供試材)は以下の条件で作製した。
表1−1及び表1−2に示す組成を与える銅合金材料を得るために、純銅、純Al、純Mn、及び他の添加元素の原料を高周波誘導炉で溶解した。
【0062】
板材の製造方法としては、溶製した銅合金
素材を冷却し、直径80mm×長さ300mmの鋳塊(インゴット)を得た。得られた鋳塊を800℃で熱間鍛造後、約18mm厚さの断面の厚板材を得た。これを5パスの板厚18mm⇒14mm⇒10mm⇒6mm⇒4mm⇒2mmのパススケジュールの熱間圧延で板圧2mmの板材に仕上げた(
図2(a)[工程2])。その後、
図2(a)の[工程3]と[工程4]に示した加工熱処理プロセスによって、表2−1に示す種々の条件で中間焼鈍と冷間圧延を少なくとも1回以上繰り返し行うことで板厚0.2mm〜1.6mmの薄板材を作製した。
ここで、板厚2mmの板材を、板厚0.2mm〜1.6mmの所定板厚まで圧延する際のリダクション(累積加工率)は、20%〜90%であり、この範囲で、冷間圧延のリダクションを決定した。表2−1に記載したとおり、本発明例3では、中間焼鈍[工程3]は省略して行わなかった。
なお板材の形状記憶処理前の[工程3]、[工程4]の加工熱処理工程は、表2−1、表2−2に示すように、焼鈍温度500℃、冷間圧延の累積加工率80%を標準工程とし、焼鈍温度を350℃から700℃、冷間圧延の累積加工率を20%〜90%の所定範囲で変更した製造条件のサンプルも作製した。
【0063】
線材の製造方法としては、溶製した銅合金
素材を冷却し、直径80mmで長さ300mmの鋳塊(インゴット)を得た。このインゴットを熱間鍛造して直径20mmの丸棒材を得た。この丸棒材を必要によりさらに(1)熱間鍛造により直径18mmにして、あるいは(2)タンデム型棒材圧延機により、直径18mm⇒14mm⇒10mm⇒7mm⇒5mm⇒4mm⇒3mm⇒2mmのパススケジュールの熱間圧延にて、線径2.0mm(φ2.0mm)の線材を得た(
図2(a)[工程2])。その後、
図2(a)の[工程3]と[工程4]に示した加工熱処理プロセスによって、表2−3に示す種々の条件で中間焼鈍と冷間圧延を少なくとも1回以上繰り返し行うことで、板材とほぼ同等の20%〜90%のリダクションを加えて、線径1.79mm、1.68mm、1.26mm、0.88mm、0.63mmの各線径の線材を得た。
なお線材の形状記憶処理前の[工程3]、[工程4]の加工熱処理工程は、表2−3、表2−4に示すように、焼鈍温度500℃、冷間圧延の累積加工率80%を標準工程とし、焼鈍温度を350℃から700℃、冷間圧延の累積加工率を20%〜90%の所定範囲で変更した製造条件のサンプルも作製した。
【0064】
板材では得られた各薄板材から圧延方向に平行に長さ150mm×幅20mmの小片を切り出し、また、線材では得られた各線材から長さ150mmの小片を切り出した。板材については、これらの各小片に、
図2(a)[工程5]に示した加工熱処理プロセスに従って各加工熱処理条件で、切り出した試験片各々12本ずつを形状記憶熱処理に施し、水冷により急冷して、それぞれβ(BCC)単相の薄板材の試料を得た。後述するが薄板材の試料は応力腐食割れ性試験用に幅20mmを幅1.5mmに加工する。線材については、これらの各小片に、
図2(a)[工程5]に示した加工熱処理プロセスに従って各加工熱処理条件で、切り出した試験片各々60本ずつを形状記憶熱処理に施し、水冷により急冷して、それぞれβ(BCC)単相の線材の試料を得た。(α+β)相温度域は500℃、β単相温度域は850℃とした。各試料に
図2(a)[工程6]200℃で15分間の時効熱処理を施して、所望の薄板材又は線材を得た。
【0065】
図2(a)は、代表例のプロセスを示すチャートであって、中間焼鈍の温度と時間、冷間加工の加工率(複数回行っていれば累積加工率)、(α+β)相温度域での保持時間、(α+β)相温度域からβ単相温度域への昇温速度、β単相温度域での保持時間は、表2−1、表2−3に示したように変更して実施した。ここで、冷間圧延や伸線は、表2−1と表2−3に記載の加工率(特に明記のないものは、各表に示した標準条件の累積加工率)で冷間圧延や伸線を行った。また、各冷間圧延や伸線の前に、表2−1と表2−3に記載の中間焼鈍温度(特に明記のないものは、各表に示した標準条件の焼鈍温度)で中間焼鈍熱処理を行った。
【0066】
以下に、複数回の中間焼鈍及び冷間圧延を行って薄板材とした場合の加工プロセス例を、板厚と加工率と合わせて示す。中間焼鈍条件は、各回で同一の焼鈍温度と焼鈍時間であり、上記説明の通りとした。
【0067】
〔板材試験片の加工プロセス例〕
引張試験、応力腐食割れ性の試験、EBSDによる対応粒界解析は、
図2(a)[工程6]に示すように所定長さに調整した板材に時効処理を施した。その後、板厚1.6mm、1.4mm、0.8mm、0.4mm、0.2mmの5種の板材を、機械加工と研磨により板厚0.2mmの一定板厚に揃えて、板厚0.2mm×幅20mm×長さ150mmの試験片とした。なお応力腐食割れ性の試験には上記試験片を幅1.5mmに切断した試験片を用いた。
結晶粒径の測定は、冷間加工度の影響を受けるため、上記時効処理を施した材料である板厚1.6mm、1.4mm、0.8mm、0.4mm、0.2mm×幅20mm×長さ150mmの試験片をそのまま用いた。
【0068】
〔線材試験片の加工プロセス例〕
引張試験、応力腐食割れ性の試験、EBSDによる対応粒界解析は、
図2(a)[工程6]に示すように所定長さに調整した板材に時効処理を施した。その後、線径1.79mm、1.68mm、1.26mm、0.88mm、0.63mmの5種の線材を、センタレス研磨後、バフ研磨にて直径0.60mmに揃えて、線径0.6mm×長さ150mmの試験片とした。
結晶粒径の測定は、冷間加工度の影響を受けるため、上記時効処理を施した材料である線径1.79mm、1.68mm、1.26mm、0.88mm、0.63mm×長さ150mmの試験片をそのまま用いた。
【0069】
組織観察には光学顕微鏡、対応粒界解析にはEBSDをそれぞれ用いた。対応粒界解析と結晶粒径測定には、それぞれ1つの供試材から各1本(N=1)の試験片を切り出して試験した。
超弾性特性の評価は、引張試験による応力負荷−除荷を行って、応力−歪曲線(S−Sカーブ)を求め、残留歪を求めて評価した。引張試験は、1つの供試材から5本(N=5)の試験片を切り出して試験した。以下の試験結果で、残留ひずみは5本の平均値である。
【0070】
別に、表2−2に記載の比較例(板材)を、前記板材の本発明例と同様にして、但し、合金材料としては表1−1と表1−2に示す合金材料を表2−2のとおり用いて、かつ、
図2(a)に示したプロセス・チャートに従って、但し、中間焼鈍の温度と時間、冷間加工の加工率(複数回行っていれば累積加工率)、(α+β)相温度域での保持時間、(α+β)相温度域からβ単相温度域への昇温速度、β単相温度域での保持時間は、表2−2に示したように変更して実施して得た。ここで、冷間圧延は、表2−2に記載の加工率(特に明記のないものは、各表に示した標準条件の累積加工率)で冷間圧延を行った。また、各冷間圧延の前に、表2−2に記載の中間焼鈍温度(特に明記のないものは、各表に示した標準条件の焼鈍温度)で中間焼鈍熱処理を行った。
表2−4に記載の比較例(線材)についても、前記線材の本発明例と同様にして、但し、合金材料としては表1−1と表1−2に示す合金材料を表2−4のとおり用いて、かつ、
図2(a)に示したプロセス・チャートに従って、但し、中間焼鈍の温度と時間、冷間加工の加工率(複数回行っていれば累積加工率)、(α+β)相温度域での保持時間、(α+β)相温度域からβ単相温度域への昇温速度、β単相温度域での保持時間は、表2−4に示したように変更して実施して得た。ここで、冷間圧延は、表2−4に記載の加工率(特に明記のないものは、各表に示した標準条件の累積加工率)で冷間圧延を行った。また、各冷間圧延の前に、表2−4に記載の中間焼鈍温度(特に明記のないものは、各表に示した標準条件の焼鈍温度)で中間焼鈍熱処理を行った。
【0071】
得られたCu−Al−Mn系合金材料からなる板材及び線材について、各種の特性を試験、評価した。
以下に各試験及び評価の方法について詳述する。
また、表2−1〜表2−4に、本発明の実施例、比較例(板材、線材)の試験及び評価の結果を、合金材料の種類とプロセス条件と並べてまとめて示す。
【0072】
a.対応粒界の評価
試験片中心部を25mm切断して導電性樹脂に埋め込み、バフ研磨した後に化学研磨で仕上げた。EBSD法により、約400μm×250μmの測定領域で、スキャンステップが6μmの条件で測定を行った。OIMソフトウェア(商品名、TSL社製)を用い、全測定結果から得られた結晶性格、結晶配向を粒界マップ(例えば、
図5参照)として得た。
各々の結晶粒についてΣ値を求め、Σ値が3以下の対応粒界と、Σ値が29以下の対応粒界について、全粒界面積に対する所定の対応粒界面積の比を計算し、得られた比率(%)を存在頻度とした。本発明の実施例、比較例(板材、線材)の対応粒界の存在頻度評価の結果を、表2−1〜表2−4に示す。
【0073】
b.耐応力腐食性
耐応力腐食性は、以下の試験によって評価した。
試験片1aの模式図を
図3(a)示す。板材の試験片は、前記のように、厚さ(T)0.2mm×幅(W)1.5mm×長さ(L)150mmの試験片を切り出し、線材の試験片も、前記のように、線径(φ)0.6mm×長さ(L)150mmの試験片を用いた。
この板材および線材の試験片に、曲げ歪(負荷歪)が2%になるように適宜調整した、片端に半径R(アール)付いて、板厚が2Rのプラスチック製の板2aを這わせ、プラスチックバンド2bで縛りU字に曲げた(
図3(b))。図中、1bは、U字に曲げられた試験片である。
この状態の試験片を、JIS B7285で規定する湿潤環境下として人工汗(乳酸5%+塩化ナトリウム10%+水)下で保持した。保持温度は55℃、保持時間は72hrとした。耐応力腐食性試験は各供試材について50本(N=50)行った。湿潤環境保持が終了した後、試験片の両端を把持具3、3で把持し、破断まで試験片を引っ張った(
図3(c))。図中、1cは、U字状から伸ばされた試験片である。破断後の試験片の破断面を、走査型電子顕微鏡(SEM)下で、60倍の倍率(×60)で観察した。耐応力腐食性は破面観察の結果により、次の3段階の基準によって評価した。
耐応力腐食性「優」(表中、◎):脆性破壊の面積率3%以下。
耐応力腐食性「良」(表中、○):脆性破壊の面積率3%を超え10%未満。
耐応力腐食性「劣」(表中、×):脆性破壊の面積率10%以上。
この評価基準に従って、本発明の実施例、比較例(板材、線材)についての耐応力腐食性に関する評価の結果を、表2−1〜表2−4に示す。
なお、粒界破壊(脆性破壊)と延性破壊は、SEM観察により粒界の形態とディンプルの存在等により区別した。
破断面の例として、延性破面から脆性破面への遷移の状態を示すために、
図4に脆性破面の面積率が異なる3種の破面を観察した結果を示す。
図4(a)に本発明例1から得た脆性破壊面積率0%の破断面のSEM写真(表中◎評価)、
図4(b)に比較例2から得た脆性破壊面積率68.6%の破断面のSEM写真(表中×評価)、
図4(c)に比較例1から得た脆性破壊面積率100%の破断面のSEM写真(表中×評価)を示す。
【0074】
c.脆性破面の面積率の求め方
比較例2を用いて、具体的な脆性破壊の面積率の測定方法を説明する。先ず、耐応力腐食性試験を行った破壊面を試験走査型電子顕微鏡(SEM)で観察・撮影した破壊面写真に縦横に0.02mmのメッシュを入れる。脆性破壊面のメッシュ数(aとする)、延性破壊面のメッシュ数(bとする)、脆性破壊面と延性破壊面が両方存在するメッシュ数(cとする)を数える。なお破壊面と背景の両方が存在するメッシュについては脆性、延性問わず1メッシュとして数えて前記cのメッシュ数に合算する。数えた各々のメッシュ数から脆性破壊面積率(dとする)は以下の計算式で算出することにした。
d =(a+c×0.5)/(a+b+c)
図4(d)は
図4(b)の写真の破壊面にメッシュを入れたものである。
脆性破壊のメッシュ数aは214、延性破壊のメッシュ数bは86、脆性破壊面と延性破壊面が両方存在するメッシュ数cは45であった。
従って、この試験片の脆性破壊面積率は
(214+45×0.5)/(214+86+45)=68.6(%)となる。
各本発明例と比較例の条件毎に耐応力腐食試験後の引張破壊面50本全ての脆性破壊の面積率を算出し、各脆性破壊面積率の総和を試験片数50で割った値を脆性破壊の面積率とした。
脆性破壊の面積率=(d1+d2+・・・・+d50)/50
【0075】
d−1.板材での結晶粒径
板材や線材の結晶粒径は、板厚や線径の影響を大きく受けるため、最終冷間加工上がり材の板厚または線径を維持した状態で、結晶粒径を測定する必要がある。そこで、各板材を長手方向の任意の位置で板厚0.2mm〜1.6mmの冷間圧延上り材の板材断面の板厚中心を通過する板材の長手方向断面にて切断して半割として試料を作成する。切断長さa(mm)は特に定めないが、板幅の5倍以上とした。試料の表面を研磨し、塩化第二鉄水溶液でエッチングして組織写真を撮影した。その模式図を
図1に示す。断面の長手方向の端線((1)および(3))と中心線((2))が結晶粒界と交差する点の個数をnとすると、結晶粒径d(mm)は次式から求められる。
d=3×a/n
【0076】
結晶粒径が板厚の(1/2)以上である結晶粒の長手方向断面における存在比率が断面積の80%(0.8倍)以上であり、かつ、結晶粒径が板厚の半分以上である板材の各結晶粒の粒径の平均値(このサイズを満たす粒子についての平均結晶粒径)が板厚以上であるものを優れるとして「◎」、前記存在比率が断面積の80%以上であり、かつ、前記平均結晶粒径が板厚の80%以上で板厚未満であるものを良好であるとして「○」、前記存在比率が断面積の80%未満であるか、及び/又は、前記平均結晶粒径が板厚の80%未満であるものを劣るとして「×」と、それぞれ判断した。
この評価基準に従って、本発明の実施例、比較例(板材)の結晶粒径に関する評価の結果を、表2−1〜表2−2に示す。
【0077】
d−2.線材での結晶粒径
板材や線材の結晶粒径は、板厚や線径の影響を大きく受けるため、最終冷間加工上がり材の板厚または線径を維持した状態で、結晶粒径を測定する必要がある。そこで、各線材を長手方向の任意の位置で、線径0.63mm〜1.79mmの冷間伸線上り材の線材断面の中心を通過する線材の長手方向断面にて切断して半割として試料を作成する。切断長さa(mm)は特に定めないが、直径の5倍以上とした。試料の断面を研磨し、塩化第二鉄水溶液でエッチングして組織写真を撮影した。前記板材と同様に、その模式図は
図1で表わされ、結晶粒径d(mm)の求め方も同様である。
【0078】
結晶粒径が線の直径の(1/2)以上である結晶粒の長手方向断面における存在比率が断面積の80%(0.8倍)以上であり、かつ、結晶粒径が線の半径以上である線材の各結晶粒の粒径の平均値(このサイズを満たす粒子についての平均結晶粒径)が線の直径以上であるものを優れるとして「◎」、前記存在比率が断面積の80%以上であり、かつ、前記平均結晶粒径が線の直径の80%以上で直径未満であるものを良好であるとして「○」、前記存在比率が断面積の80%未満であるか、及び/又は、前記平均結晶粒径が線の直径の80%未満であるものを劣るとして「×」と、それぞれ判断した。
この評価基準に従って、本発明の実施例、比較例(線材)の結晶粒径に関する評価の結果を、表2−3〜表2−4に示す。
【0079】
e.超弾性特性[6%変形後の残留歪(%)]
引張り試験を行って、応力−歪曲線(S−Sカーブ)を求め、残留歪を求めて評価した。各供試材から長さ150mmの5本の試験片を切り出して試験に供した。6%変形後の残留歪を応力−歪曲線(S−Sカーブ)から求めた。評価基準は以下のとおりである。
【0080】
試験条件は、標点距離25mmで、歪量を1%から1%ずつ6%まで暫時増加させながら、異なる水準の所定歪を繰り返し負荷する歪の負荷と、除荷とを交互に繰り返えす引張試験を、試験速度2%/minで行った。ここでの歪負荷のサイクルは、荷重零での歪みを0MPaと記載すると、0MPa→1%→0MPa→2%→0MPa→3%→0MPa→4%→0MPa→5%→0MPa→6%→0MPaと、荷重の負荷と徐荷を交互に繰り返して、負荷時の歪みを1%からそれぞれ1%ずつ増加させながら、6%の負荷歪みを加えるまで、歪みの負荷と除荷を6回繰り返した。
残留歪が0.5%以下であった場合を超弾性特性が特に優れるとして「◎」、残留歪が1.0%以下であった場合を超弾性特性が優れるとして「○」、残留歪が1.%を超えて大きかった場合を超弾性特性が不合格であったとして「×」と、それぞれ判断した。
この評価基準に従って、本発明の実施例、比較例(板材、線材)の超弾性特性に関する評価の結果を、表2−1〜表2−4に示す。
【0081】
代表的な残留歪について、
図6に応力−歪曲線(S−Sカーブ)を示した。
図6(a)は本発明例であって、中間焼鈍温度600℃、累積冷間加工率90%で、(α+β)相温度域からβ単相温度域への昇温速度1.0℃/minの焼鈍処理を行った展伸材(板材、本発明例13)を示す。一方、
図6(b)は比較例であって、中間焼鈍温度500℃、累積冷間加工率80%で、(α+β)相温度域からβ単相温度域への昇温速度30℃/minの焼鈍処理を行った展伸材(板材、比較例1)を示す。
【0082】
【表1-1】
【0083】
【表1-2】
【0084】
【表2-1】
【0085】
【表2-2】
【0086】
【表2-3】
【0087】
【表2-4】
【0088】
本発明例1〜30は、板材の場合の試験結果である。本発明例1〜21の内、本発明例1〜16は代表組成にて板材の製造プロセスを変化させた場合の試験結果であり、本発明例17〜21は必須添加元素のみからなりその含有量(組成比)を種々変更した合金材料の組成を変化させた場合についての試験結果である。本発明例22〜30は、必須添加元素に任意添加元素(微量添加元素)を加えた場合の種々の合金材料の組成についての発明例である。
また、本発明例31〜53は、線材の場合の試験結果で、本発明例35〜48を除いた本発明例31〜34ならびに本発明例49〜53は、代表組成における製造プロセスを変化させた場合の試験結果である。本発明例35〜39は必須添加元素のみからなりその含有量(組成比)を種々変更した合金材料の組成を変化させた場合についての試験結果である。本発明例40〜48は、必須添加元素に任意添加元素(微量添加元素)を加えた場合の種々の合金材料の組成についての発明例である。
【0089】
各表に示した結果から明らかなとおり、本発明例1〜30、31〜53に示すように、本発明の好ましい製造条件とし、さらに、その材料の組成も本発明の好ましい範囲内とすることにより、本発明で規定する所定の対応粒界を満たす材料が得られ、耐応力腐食性に優れるとともに、優れた超弾性特性を奏するものとなる。また、本発明例の結晶粒径はいずれも、長手方向断面における展伸材の板厚または直径の(1/2)以上である結晶粒の存在比率がいずれも前記断面の断面積の80%以上で、さらに平均結晶粒径も本発明の範囲を満たすものであった。
【0090】
一方、各比較例は、いずれの特性も劣った結果となった。比較例1〜2、4〜5、8、
9〜10、12〜13は、所定の対応粒界の存在頻度が本発明の範囲を満たしていないため、耐応力腐食性と超弾性特性が劣った。比較例6はAl含有量が多すぎたために、比較例7はMn含有量が少なすぎたために、熱間加工できず、比較例3、11は中間焼鈍温度が低すぎたため加工割れが生じて、必要な加工率だけ冷間加工できなかった。ここで、比較例1、9に見られるように、形状記憶熱処理工程での(α+β)相からβ相への昇温速度が速いため、対応粒界が十分発達せず、比較例2、10では、中間焼鈍における焼鈍温度が高いため、対応粒界が発達しなかった。また、加工熱処理工程における累積加工率が低い比較例4、12なども同様で対応粒界が発達せずに、対応粒界の存在頻度が低かった。さらに比較例5、13は、材料組成に関して、Al量が2%と低いために、比較例8は、材料組成に関して、Mn量が24%と高いために、対応粒界が発達しなかった。
これら比較例材の結晶粒径についても、形状記憶熱処理工程での昇温速度、加工熱処理工程での焼鈍温度、累積加工率、材料組成などの影響で、本発明の好ましい範囲に入る材料は存在しなかった。
【0091】
また、試験結果の記載は省略するが、表1−1と表1−2に記載した以外の本発明の好ましい合金組成とした本発明例の展伸材の場合にも、前記の本発明例と同様の結果が得られた。