特許第5795963号(P5795963)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5795963
(24)【登録日】2015年8月21日
(45)【発行日】2015年10月14日
(54)【発明の名称】がん診断薬
(51)【国際特許分類】
   A61K 49/00 20060101AFI20150928BHJP
   C07D 493/10 20060101ALN20150928BHJP
【FI】
   A61K49/00 A
   !C07D493/10 C
【請求項の数】5
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2011-549976(P2011-549976)
(86)(22)【出願日】2011年1月12日
(86)【国際出願番号】JP2011050299
(87)【国際公開番号】WO2011087000
(87)【国際公開日】20110721
【審査請求日】2013年12月25日
(31)【優先権主張番号】特願2010-4797(P2010-4797)
(32)【優先日】2010年1月13日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】特許業務法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】浦野 泰照
(72)【発明者】
【氏名】長野 哲雄
(72)【発明者】
【氏名】坂部 雅世
【審査官】 六笠 紀子
(56)【参考文献】
【文献】 特表2004−527299(JP,A)
【文献】 特表2004−535371(JP,A)
【文献】 国際公開第2003/099780(WO,A1)
【文献】 特許第5588962(JP,B2)
【文献】 Biochemical Pharmacology,2006年,Vol.71,p.231-238
【文献】 坂部雅世,閉環・開環を蛍光制御原理に用いた新規酵素活性検出蛍光プローブの開発,平成21年3月修士課程修了予定者 修士論文発表要旨集(平成21年3月2,3,4,5日),日本,東京大学大学院薬学系研究科,2009年 3月,p.171-172
【文献】 URANO, Y., et al.1,Selective molecular imaging of viable cancer cells with pH-activatable fluorescence probes,nature medicine,2009年 1月,Vol.15, No.1,p.104-109
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 49/00−49/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の一般式(I):
【化1】
(式中、R1は水素原子又はベンゼン環に結合する1個ないし4個の同一又は異なる置換基を示し;R2、R3、R4、R5、R6、及びR7はそれぞれ独立に水素原子、C1-C4アルキル基、又はハロゲン原子を示し;R8及びR9はそれぞれ独立に水素原子又はC1-C4アルキル基を示し;Xはメチレン基を示す)で表される化合物又はその塩を有効成分として含むがん診断薬。
【請求項2】
R1、R2、R3、R4、R5、R6、R7、R8、及びR9が水素原子である上記の化合物又はその塩を含む請求項1に記載のがん診断薬。
【請求項3】
がん外科治療又はがん検査に用いる請求項1又は2に記載のがん診断薬。
【請求項4】
がん外科治療又はがん検査が開創手術、鏡視下手術、又は内視鏡検査である請求項3に記載のがん診断薬。
【請求項5】
術中迅速診断に用いる請求項4に記載のがん診断薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はがん診断薬に関する。より具体的には、がん組織の存在が疑われる部位に適用すると短時間にがん組織において特異的に蛍光を発するがん診断薬に関する。
【背景技術】
【0002】
がん診断法としてPETやMRIによる画像診断技術が近年汎用されているが、これらの手法では1cm以下の微小がんの発見は難しい。また、これらの手法ではイメージングに必要な機器が非常に大がかりであり、外科手術中や内視鏡検査などにおいて術者が切除すべきがん部位を特定するための診断法としては適していないという問題もある。
【0003】
最近、がん抗体とpH感受性蛍光プローブとを組み合わせたプローブ複合体を利用したがんイメージング方法が報告されている(Nat. Med., 15, pp.104-109, 2009)。この方法はがん組織を特異的に蛍光でイメージングすることができるという特徴を有している。しかしながら、この方法で用いられるプローブ複合体は感度が不十分であり、またプローブを投与してからがん部位を検知可能になるまで1時間以上の時間がかかるという問題もある。このため、手術中などにおいてがん組織を迅速に診断する方法としては実用化されていない。
【0004】
一方、キサンテン骨格を利用した蛍光プローブとして、即時応答性や定量性に優れたプロテアーゼ測定用の蛍光プローブが開発されており、γ-グルタミルトランスフェラーゼ(GGT)と特異的に反応して短時間に強い蛍光を与える蛍光プローブとしてγ-Glu-RhoHMも報告されている(国立大学法人東京大学大学院薬学系研究科修士論文、「開環を蛍光制御原理に用いた新規酵素活性検出蛍光プローブの開発」、坂部 雅世、平成21年3月5日修士論文発表会において発表、国立大学法人東京大学薬学部図書館において論文要旨閲覧可能)。しかしながら、この蛍光プローブをがん診断に用いることについての報告はない。
【0005】
なお、がん細胞においてγ-グルタミルトランスフェラーゼの発現亢進が認められ、この発現亢進が薬剤耐性に関連するとの報告があるが(Biochemical Pharmacology, 71, pp.231-238, 2006)、γ-グルタミルトランスフェラーゼを検出することによりがん細胞やがん組織を高精度に特定する診断方法については従来全く報告がない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Biochemical Pharmacology, 71, pp.231-238, 2006
【非特許文献2】Nat. Med., 15, pp.104-109, 2009
【非特許文献3】国立大学法人東京大学大学院薬学系研究科修士論文、坂部 雅世、平成21年3月5日修士論文発表会における発表、及び国立大学法人東京大学薬学部図書館で閲覧可能な修士論文要旨
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題はがん診断薬を提供することにある。
より具体的には、がん組織の存在が疑われる部位に適用すると短時間にがん組織において特異的に蛍光を発するがん診断薬を提供すること、及び手術や内視鏡検査などにおいて迅速ながん組織の特定を可能にするがん診断薬を提供することが本発明の課題である。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記の課題を解決すべく鋭意研究を行なった結果、γ-グルタミルトランスフェラーゼ測定のための蛍光プローブとして作用する下記一般式(I)の化合物をがん組織の存在が疑われる部位に適用すると、がん組織のみから特異的に強い蛍光が生じること、及びこの蛍光が数十秒から数分程度の短時間に十分な強度に達し、がん組織の特定を極めて容易に行えることを見出した。本発明は上記の知見を基にして完成されたものである。
【0009】
すなわち、本発明により、下記の一般式(I):
【化1】
(式中、R1は水素原子又はベンゼン環に結合する1個ないし4個の同一又は異なる置換基を示し;R2、R3、R4、R5、R6、及びR7はそれぞれ独立に水素原子、水酸基、アルキル基、又はハロゲン原子を示し;R8及びR9はそれぞれ独立に水素原子又はアルキル基を示し;XはC1-C3アルキレン基を示す)で表される化合物又はその塩を有効成分として含むがん診断薬が提供される。
【0010】
上記発明の好ましい態様によれば、R1、R2、R3、R4、R5、R6、R7、R8、及びR9が水素原子であり、Xがメチレン基である上記の化合物又はその塩を含む上記のがん診断薬が提供される。
【0011】
また、別の好ましい態様によれば、がん外科治療又はがん検査に用いる上記のがん診断薬;がん外科治療又はがん検査が開頭、開胸、若しくは開腹などの開創手術、鏡視下手術、又は内視鏡検査である上記のがん診断薬;及び術中迅速診断に用いる上記のがん診断薬が本発明により提供される。
さらに、上記のがん診断薬の製造のための上記一般式(I)で表される化合物又はその塩の使用も本発明により提供される。
【0012】
別の観点からは、本発明により、がん診断方法であって、下記の工程:
(1) 上記一般式(I)で表される化合物又はその塩をがん組織を含む生体部位に適用する工程;及び
(2) がん組織において生成する下記一般式(II):
【化2】
(式中、R1、R2、R3、R4、R5、R6、R7、R8、R9、及びXは上記定義と同義である)で表される化合物又はその塩が発する蛍光を検出することにより上記生体部位におけるがん組織を特定する工程
を含む方法が提供される。
【発明の効果】
【0013】
本発明により提供されるがん診断薬を用いると、がん組織のみから特異的に強い蛍光が生じ、がん組織を正確に特定することが可能になる。また、本発明のがん診断薬は数十秒から数分程度の短時間でがん組織において非常に強い蛍光を与えることから、手術や検査においてがん組織の特定を極めて迅速に行えるという特徴がある。さらに、本発明のがん診断薬を用いた診断は生体にとって安全な可視光により行うことができるという優れた特徴もある。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】化合物(2)(γGlu-RhoHM)とγ-グルタミルトランスペプチダーゼ(GGT)との反応による吸収及び蛍光スペクトル変化、及びγGlu-RhoHMの反応定量性を示した図である。
図2】化合物(2)を用いた体外からのイメージング画像を示した図である。
図3】化合物(2)を用いた開腹後の腹腔内イメージング画像(上)及び開腹後の腸間膜イメージング画像(下)を示した図である。各図中、左側は白色光画像を示し、右側は蛍光画像を示す。
図4】化合物(2)を用いた蛍光内視鏡によるライブイメージング画像を示した図である。図中、噴霧直後(0 sec)、30秒後、60秒後、90秒後、及び10分後の各結果において左側は白色光画像、右側は蛍光画像を示し、「白色画像」は比較のため蛍光モードではなく通常の内視鏡モードで撮影した画像である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本明細書において、アルキル基は直鎖状、分枝鎖状、環状、又はそれらの組み合わせからなるアルキル基のいずれであってもよい。アルキル基の炭素数は特に限定されないが、例えば炭素数1〜6個程度、好ましくは炭素数1〜4個程度である。本明細書において、アルキル基は任意の置換基を1個以上有していてもよい。該置換基としては、例えば、アルコキシ基、ハロゲン原子(フッ素原子、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子のいずれであってもよい)、アミノ基、モノ若しくはジ置換アミノ基、置換シリル基、又はアシル基などを挙げることができるが、これらに限定されることはない。アルキル基が2個以上の置換基を有する場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。アルキル部分を含む他の置換基(例えばアルキルオキシ基やアラルキル基など)のアルキル部分についても同様である。
【0016】
また、本明細書において、アリール基は単環性アリール基又は縮合多環性アルール基のいずれであってもよく、環構成原子としてヘテロ原子(例えば、酸素原子、窒素原子、又は硫黄原子など)を1個以上含んでいてもよい。本明細書において、アリール基はその環上に任意の置換基を1個以上有していてもよい。該置換基としては、例えば、アルコキシ基、ハロゲン原子、アミノ基、モノ若しくはジ置換アミノ基、置換シリル基、又はアシル基などを挙げることができるが、これらに限定されることはない。アリール基が2個以上の置換基を有する場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。アリール部分を含む他の置換基(例えばアリールオキシ基やアラルキル基など)のアリール部分についても同様である。
【0017】
R1は水素原子又はベンゼン環に結合する1個ないし4個の置換基を示す。置換基としては、例えば、アルキル基、アルコキシ基、ハロゲン原子、アミノ基、モノ若しくはジ置換アミノ基、置換シリル基、又はアシル基などを挙げることができるが、これらに限定されることはない。ベンゼン環上に2個以上の置換基を有する場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。R1としては水素原子が好ましい。
【0018】
R2、R3、R4、R5、R6、及びR7はそれぞれ独立に水素原子、水酸基、アルキル基、又はハロゲン原子を示す。R2及びR7が水素原子であることが好ましい。また、R3、R4、R5、及びR6が水素原子であることも好ましい。R2、R3、R4、R5、R6、及びR7がいずれも水素原子であることがさらに好ましい。
【0019】
R8及びR9はそれぞれ独立に水素原子又はアルキル基を示す。R8及びR9がともにアルキル基を示す場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。例えば、R8及びR9の両者が水素原子である場合、及びR8がアルキル基であり、かつR9が水素原子である場合が好ましく、R8及びR9の両者が水素原子である場合がさらに好ましい。
【0020】
XはC1-C3アルキレン基を示す。アルキレン基は直鎖状アルキレン基又は分枝鎖状アルキレン基のいずれであってもよい。例えば、メチレン基(-CH2-)、エチレン基(-CH2-CH2-)、プロピレン基(-CH2-CH2-CH2-)のほか、分枝鎖状アルキレン基として-CH(CH3)-、-CH2-CH(CH3)-、-CH(CH2CH3)-なども使用することができる。これらのうち、メチレン基又はエチレン基が好ましく、メチレン基がさらに好ましい。
【0021】
上記一般式(I)で表される化合物は塩として存在する場合がある。塩としては、塩基付加塩、酸付加塩、アミノ酸塩などを挙げることができる。塩基付加塩としては、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩などの金属塩、アンモニウム塩、又はトリエチルアミン塩、ピペリジン塩、モルホリン塩などの有機アミン塩を挙げることができ、酸付加塩としては、例えば、塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩などの鉱酸塩、メタンスルホン酸塩、パラトルエンスルホン酸塩、クエン酸塩、シュウ酸塩などの有機酸塩を挙げることができる。アミノ酸塩としてはグリシン塩などを例示することができる。もっとも、本発明の化合物の塩はこれらに限定されることはない。
【0022】
一般式(I)で表される化合物は、置換基の種類に応じて1個または2個以上の不斉炭素を有する場合があり、光学異性体又はジアステレオ異性体などの立体異性体が存在する場合がある。純粋な形態の立体異性体、立体異性体の任意の混合物、ラセミ体などはいずれも本発明の範囲に包含される。
【0023】
一般式(I)で表される化合物又はその塩は、水和物又は溶媒和物として存在する場合もあるが、これらの物質はいずれも本発明の範囲に包含される。溶媒和物を形成する溶媒の種類は特に限定されないが、例えば、エタノール、アセトン、イソプロパノールなどの溶媒を例示することができる。
【0024】
一般式(I)で表される化合物は、例えば、3位及び6位にアミノ基を有し、9位に2-カルボキシフェニル基又は2-アルコキシカルボニルフェニル基を有するキサンテン化合物などを原料として用い、9位の2-カルボキシフェニル基又は2-アルコキシカルボニルフェニル基をヒドロキシアルキル基に変換した後に3位のアミノ基をアシル化することにより容易に製造することができる。原料として使用可能な3,6-ジアミノキサンテン化合物としては、例えば、いずれも市販されているローダミン110やローダミン123などを例示することができるが、これらに限定されることはなく目的化合物の構造に応じて適宜のキサンテン化合物を選択することができる。
【0025】
本明細書の実施例には、一般式(I)で表される本発明の化合物に包含される代表的化合物についての製造方法が具体的に示されているので、当業者は本明細書の開示を参照することにより、及び必要に応じて出発原料や試薬、反応条件などを適宜選択することにより、一般式(I)に包含される任意の化合物を容易に製造することができる。
【0026】
一般式(I)で表される化合物はそれ自体は実質的に無蛍光であり、一方、γ-グルタミル基がγ-グルタミルトランスフェラーゼにより加水分解されると速やかに開環した互変異性体となって強蛍光性の一般式(II)で表される化合物を与える。従って、一般式(I)で表される化合物又はその塩を有効成分として含む本発明のがん診断薬は、がん組織において特異的に強発現しているγ-グルタミルトランスフェラーゼにより加水分解され、がん組織において強い蛍光を発する一般式(II)で表される化合物を与える性質を有しており、がん組織の存在が疑われる部位に適用することにより、数十秒から数分でがん組織のみが特異的に強い蛍光を発するようになる。
【0027】
例えば、一般式(I)で表される化合物又はその塩は、中性領域において例えば440〜500 nm程度の励起光を照射した場合にはほとんど蛍光を発しないが、一般式(II)で表される合物は同じ条件下において極めて強い蛍光 (例えばemission: 524 nm) を発する性質を有している。従って、本発明のがん診断薬を用いて診断を行う場合には、通常は440〜500 nm程度の可視光、好ましくは445〜490 nm程度、さらに好ましくは450〜480 nm程度の可視光を照射すればよい。環即すべき蛍光波長は通常は510〜800 nm程度であり、例えば516〜556 nm程度の蛍光を観測することが好ましい。
【0028】
本明細書において、「がん組織」の用語はがん細胞を含む任意の組織を意味している。「組織」の用語は臓器の一部又は全体を含めて最も広義に解釈しなければならず、いかなる意味においても限定的に解釈してはならない。本発明のがん診断薬は、がん組織において特異的に強発現しているγ-グルタミルトランスフェラーゼを検出する作用を有していることから、がん組織としてはγ-グルタミルトランスフェラーゼを高発現している組織が好ましい。このようながん組織は、例えばBiochemical Pharmacology, 71, pp.231-238, 2006に説明されている。また、本明細書において「診断」の用語は任意の生体部位においてがん組織の存在を肉眼的又は顕微鏡下に確認することを含めて最も広義に解釈する必要がある。
【0029】
本発明のがん診断薬は、例えば手術中又は検査中に使用することができる。本明細書において「手術」の用語は、例えば開創を伴う開頭手術、開胸手術、若しくは開腹手術、又は皮膚手術などのほか、胃内視鏡、大腸内視鏡、腹腔鏡、又は胸腔鏡などの鏡視下手術などを含めて、がんの治療のために適用される任意の手術を包含する。また、「検査」の用語は、胃内視鏡や大腸内視鏡などの内視鏡を用いた検査及び検査に伴う組織の切除や採取などの処置のほか、生体から分離・採取された組織に対して行う検査などを包含する。これらの用語は最も広義に解釈しなければならず、いかなる意味においても限定的に解釈してはならない。
【0030】
本発明のがん診断薬により診断可能ながんは特に限定されず、肉腫を含め任意の悪性腫瘍を包含するが、好ましくは固形がんの診断に用いることが好ましい。好ましい態様の一つとして、例えば、肉眼下又は鏡視下における手術野の一部又は全体に本発明のがん診断薬を噴霧、塗布、又は注入などの適宜の方法により適用し、数十秒から数分後に500 nm程度の波長の光を適用部位に照射することができる。その適用部位にがん組織が含まれる場合には、その組織が蛍光を発するようになるので、その組織をがん組織であると特定してそこを含めて周囲組織と共に切除する。例えば、胃癌、肺癌、乳癌、大腸癌、肝臓癌、胆のう癌、膵臓癌などの典型的な癌腫の外科治療に際して、肉眼的に確認できる癌種組織に対して確定診断を行うほか、リンパ節などのリンパ組織並びに周囲臓器及び組織への浸潤及び転移などを診断することができ、術中迅速診断を行って切除範囲を確定することが可能になる。
【0031】
また、その他の好ましい態様として、例えば、胃内視鏡又は大腸内視鏡検査において検査部位に本発明のがん診断薬を噴霧、塗布、又は注入などの適宜の方法により適用し、数十秒から数分後に500 nm程度の波長の光を適用部位に照射し、蛍光を発する組織が確認された場合にはそこをがん組織と特定することができる。内視鏡検査においてがん組織が確認できた場合には、その組織について検査切除や治療的な切除を行うこともできる。
【0032】
本発明のがん診断薬の適用濃度は特に限定されないが、がん組織の存在が疑われる組織に対して、例えば1〜1,000μM程度の濃度の溶液を適用することができ、一般的には中性条件下で適用することが好ましい。例えば、pH 5.0〜9.0 の範囲、好ましくはpH 6.0〜8.0 の範囲、より好ましくはpH 6.8〜7.6 の範囲で使用することができる。本発明のがん診断薬としては、上記一般式(I)で表される化合物又はその塩をそのまま用いてもよいが、必要に応じて、試薬の調製に通常用いられる添加剤を配合して組成物として用いてもよい。例えば、生理的環境で試薬を用いるための添加剤として、溶解補助剤、pH調節剤、緩衝剤、等張化剤などの添加剤を用いることができ、これらの配合量は当業者に適宜選択可能である。これらの組成物は、一般的には、粉末形態の混合物、凍結乾燥物、顆粒剤、錠剤、液剤など適宜の形態の組成物として提供されるが、使用時に注射用蒸留水や適宜の緩衝液に溶解して適用すればよい。
【実施例】
【0033】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されることはない。
例1
以下のスキームで化合物(2)を製造した。
【化3】
【0034】
(a)化合物(1)(RhoHM)の合成
ローダミン110 285 mg (0.8 mmol 1eq.) をメタノール 10 mLに溶かし硫酸を加えてアルゴン雰囲気下に80℃で10時間攪拌した。反応溶媒を減圧除去し、残渣を飽和重曹水および水で洗浄した。得られた固体をテトラヒドロフラン(THF) 10 mL に溶解させ、アルゴン雰囲気下に0℃で5 M ナトリウムメトキシド溶液(メタノール中) 400μL (0.8 mmol 1eq.)を加えて10分間攪拌した。続いてリチウムアルミニウムハイドライド 333 mg (8 mmol, 10eq.) を加えて3時間攪拌した。飽和塩化アンモニウム水溶液 を5 mL加え、溶媒を減圧除去し、得られた固体をジクロルメタン及び酒石酸4水和物カリウム・ナトリウム塩の飽和水溶液で抽出した。有機層に硫酸ナトリウムを加えてろ過した後、溶媒を除去し、固体を得た。得られた固体をジクロルメタンに溶解し、クロラニル 196 mg (1mmol 1eq.) を加えて30分間室温で攪拌した。溶媒を減圧下で除去し、残渣をシリカゲルクロマトグラフィーで精製して(ジクロルメタン/メタノール=10 : 1)目的化合物 (104 mg, 41%) を得た。
【0035】
1H NMR (300 MHz, CD3OD): δ 7.64 (d, 1H, J = 7.7 Hz), 7.56 (t, 1H, J = 7.6 Hz), 7.44 (t, 1H, J = 7.5 Hz), 7.17 (d, 1H, J = 7.5 Hz), 7.03 - 7.00 (m, 2H), 6.71-6.74 (m, 4H), 4.23 (s, 2H)
13C NMR (400 MHz, CD3OD): δ 161.5, 159.9, 159.6, 141.0, 133.4, 132.2, 131.3, 130.3, 129.5, 128.8, 118.0, 115.0, 98.4, 62.8
HRMS (ESI+) Calcd for [M+H]+, 317.12900, Found, 317.12862 ( - 0.38 mmu)
【0036】
(b)化合物(2)(γGlu-RhoHM)の合成
化合物(1)(0.05 mmol 1eq.)、HATU (0.11 mmol 2eq.)、及びN,N-ジイソプロピルエチルアミン (0.11 mmol 2eq.) をジメチルホルムアミド(DMF) 2 mLに溶解し、アルゴン雰囲気下に0℃で10分間攪拌した。続いてBoc-Glu-OtBu (0.05 mmol 1eq.) を溶解したDMF 0.5 mLを加え15時間攪拌した。反応溶媒を減圧除去した後に得られた固体をジクロルメタン 2 mL とトリフルオロ酢酸(TFA) 2 mLに溶かし、30分間攪拌した。溶媒を除去しHPLCを用いて精製を行い(eluent A: H2O 0.1% TFA及びeluent B: CH3CN 80%, H2O 20% 0.1% TFA; A / B = 80 / 20 to 0 / 100 for 40 min.)、目的化合物を得た。
【0037】
化合物(2)
1H NMR (400 MHz, CD3OD): δ 8.39 (s, 1H), 7.62-7.61 (m, 2H), 7.50-7.47 (m, 1H), 7.39 (d, 1H, J = 7.8 Hz), 7.24 -7.22 (m, 3H), 6.94 (d, 1H, J = 8.3 Hz), 6.86 (s, 1H), 4.25 (s, 2H), 3.96 (t, 1H, J = 6.3 Hz), 2.71-2.69 (m, 2H), 2.30-2.27 (m, 2H)
13C NMR (400 MHz,CD3OD): δ173.4, 171.8, 164.5, 163.1, 160.7, 157.1, 148.7, 141.2, 134.9, 131.9, 131.7, 130.5, 129.8, 129.0, 121.4, 119.4, 118.5, 106.9, 98.5, 63.1, 53.5, 33.4, 26.6
HRMS (ESI+) Calcd for [M+H]+, 446.17160, Found, 446.17195 ( + 0.36 mmu).
【0038】
例2
グルタミン酸由来のアシル残基を化合物(1)(RhoHM)の一方のアミノ基に結合させた化合物(2)(γGlu-RhoHM)を中性リン酸バッファーに溶解して、γ-グルタミルトランスペプチダーゼ(GGT, equine kidney, SIGMA G9270-100UN)を作用させた。化合物の5 μM ジメチルスルホキシド(DMSO)溶液 3 μLを3 mL の0.1 M リン酸ナトリウムバッファー(pH 7.4) に最終濃度 5 μMとなるように溶解し、GGT (1.1 U) を加えて37℃で酵素反応を行った。励起波長は501 nmとした。この結果、アシル基の加水分解により開環体を与え即時に吸収及び蛍光強度の顕著な上昇が認められた(図1)。
【0039】
上記化合物のDMSO溶液 (5 mM) のうち3 μLを3 mL の0.1 M リン酸ナトリウムバッファー(pH 7.4) に最終濃度 5 μMとなるように溶解して 37℃で酵素反応を行った。各酵素量において酵素添加から9分後に蛍光強度の値をプロットした。励起波長は501 nm、蛍光波長は524 nmとした。この結果、GGT添加量に依存したリニアな蛍光強度増加を与えた(図1)。
【0040】
例3
化合物(2)の酵素特異性を検討した。DMSO溶液 (5 mM) のうち3 μLを3 mL の0.1 M リン酸ナトリウムバッファー(pH 7.4) に最終濃度 5 μMとなるように溶解し、LAP(0.4 U)を加えて 37℃で酵素反応を行った。この結果、化合物(2)(γGlu-RhoHM)とLAPとを反応させた場合には蛍光強度の増強が認められなかった。一方、化合物(2)はGGTと反応して顕著な蛍光強度を与えたことから(例2)、γGlu-RhoHMはGGTを特異的に検出するものと考えられた。
【0041】
例4:がんモデルマウスを用いた蛍光イメージング
散在性腹膜転移は卵巣がんにおいて一般的に起こる致死的な合併症として知られている。このような腹膜転移は卵巣がんの比較的早い段階で起こり始め、腫瘍が漿膜を浸し、腹腔内に落ち込む結果、腹腔内の他の臓器に種を播くように転移する(播種転移)。この現象を実験的に再現すべく、卵巣がん由来のSHIN3細胞を胸腺欠損マウスに腹腔内投与し、腹膜播種モデルを作製した(Neoplasia, 8, pp.607-612, 2006)。
【0042】
ヒト卵巣がん由来のSHIN3細胞を10% FBS及び100 U/mLペニシリン、100 μg/mLストレプトマイシンを含むRPMI 1640培地で5% CO2下に37℃で培養した。細胞がサブコンフルエントに達した後にPBS(リン酸緩衝生理食塩水)で洗浄し、Trypsin-EDTAを用いて個々の細胞がばらばらになるよう細胞を剥がした。処理した細胞を遠心し(100 × g, 4℃、3 min)、上澄みを捨てた後、1×106 cells/300 μLの細胞密度になるように氷冷したPBSを加えて懸濁させた。即座に、調製した細胞懸濁液を8週齢程度の胸腺欠損マウスに1匹あたり300 μL(1×106 cells)腹腔内投与した。処置したマウスを5〜10日程度飼育した。概ねこの期間で膵臓及び脾臓に隣接する部位、並びに腸管膜上に0.1 mm〜数mm程度の多数の腫瘍の形成が確認された。
【0043】
300 μLの化合物(2)(γGlu-RhoHM)のPBS溶液(50 μM)を腹膜播種モデルマウスに腹腔内(i.p.)投与した。i.p.投与30分後に麻酔下でマウス体外から450-480 nmの励起光を照射し、516 nm-556 nmの蛍光を観測して蛍光イメージングを行った。また、マウスをCO2ガスで処理して全採血を行った後、小動物用外科手術用器具を用いて開腹して腹腔を露出し、445-490 nmの励起光を照射して、520 nmから800 nmの蛍光を10 nmごとに取得して蛍光スペクトル画像を得た。
【0044】
その結果、がん部位選択的に強い緑色蛍光が観測された。図2に開腹前の体外からのイメージング画像を示す(化合物(2)投与後30分)。図3の上図は開腹後の腹腔内イメージング画像(化合物(2)投与後30分)を示し、下図は開腹後の腸間膜イメージング画像(化合物(2)投与後30分)を示す。図中、左側は白色光画像を示し、右側は蛍光画像を示す。
【0045】
例5:がんモデルマウスを用いた蛍光内視鏡によるライブイメージング
イソフルラン麻酔下、腹膜播種モデルマウスの腹部に小さな穴をあけて蛍光内視鏡を腹腔内に挿入し、300 μLの化合物(2)(γGlu-RhoHM)のPBS溶液(50 μM)を内視鏡の先端から霧状に散布した。その後、450-480 nmの励起光を照射し、516 nm-556 nmの蛍光を経時的に観測して蛍光内視鏡動画及び画像を得た。図4に結果を示す。図中、噴霧直後(0 sec)、30秒後、60秒後、90秒後の各結果において左側は白色光画像、右側は蛍光画像を示し、「白色画像」は比較のため蛍光モードではなく通常の内視鏡モードで撮影した画像である。蛍光像において噴霧直後から90秒後までにがん組織増が鮮明化してくる様子が確認できる。また、10分後においても明確にがん組織がイメージングされていた(同様に「白色画像」は比較のため蛍光モードではなく通常の内視鏡モードで撮影した画像である)。この結果、本発明のがん診断薬を用いることにより数分以内にがん部位が選択的に蛍光を発するようになることが確認できた。
図1
図2
図3
図4