【実施例】
【0088】
本発明者らは、NOxに応答して植物の生育を促進し、バイオマス量を増加させるタンパク質をコードする遺伝子を同定するために、モデル植物のシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)の種々の遺伝子において、NOxに応答した植物の生育促進に関与している遺伝子を解析した。その結果、AT1G30250.1遺伝子(The Arabidopsis Information Resource(tair):http://www.arabidopsis.org/参照)が、NOxに応答した植物の生育促進に関与していることを発見した。AT1G30250.1遺伝子は、その遺伝子座、cDNAの全塩基配列およびCDSの全塩基配列は公知であるが、その機能については不明であり、本発明者らは該遺伝子をVita1遺伝子と名付けた。
【0089】
(実施例1)
本実施例1では、NO
2濃度とVita1遺伝子の発現量との関係について説明する。
【0090】
本発明者らは、周囲環境のNO
2濃度によるシロイヌナズナの野生株(Arabidopsis thaliana C24)のVita1遺伝子の発現量の変化について調べた。
【0091】
まず、2.5%次亜塩素酸ナトリウム溶液で滅菌したシロイヌナズナC24の野生株の種子を、滅菌水により3〜5回洗った。次に、該種子を冷蔵庫(4℃)において一晩吸水させ、その後、パーライトおよびバーミキュライトを等体積割合で入れた容器において播種、栽培した。栽培中は、1/2Murashige and Skoog培地(Murashige and Skoog, Physiol Plant 15(3): 473-497, 1962)を、1週間に2回与えた。なお、栽培は、NOx暴露チャンバー(ER-20−A、日本医化器械製作所)に移して行い、+NO
2区と−NO
2区とに分け栽培した。+NO
2区においては、NO
2濃度を200±20ppbに制御して、NO
2を多く含む空気環境で栽培を行なった。−NO
2区においては、NO
2濃度を5ppb未満に制御して、NO
2をほとんど含まない空気環境で栽培を行なった。
【0092】
栽培条件は、温度22±0.3℃、相対湿度70±4%、CO
2濃度380±40ppm、自然光下とした。両環境下(+NO
2区および−NO
2区)の植物において、それぞれ、栽培開始4日、7日および14日後に植物のシュートを採集し、液体窒素で凍結させた後、RNAを抽出するまで−80℃で保存した。以下の作業は6種類のシュートを用いて行った。
【0093】
−80℃で保存していたシュートを乳鉢と乳棒を用いてすりつぶし、すりつぶしたサンプルは、予め液体窒素で冷やしておいたファルコンチューブに移した。この後、RNeasy Plant Mini Kit(QIAGEN社)を使用し、そのプロトコールに従いRNAを抽出した。抽出したRNAの濃度を、分光光度計(ND−1000,NanoDrop Technologies Inc.)を用いて測定した。なお、RNAを抽出した後、変性ゲルを用いた電気泳動を行い、RNAが分解していないことを確認した。
【0094】
抽出したRNAを鋳型にcDNAの合成を行った。全RNA溶液(1μg)を、65℃で10分間処理し、氷上で冷却した。その後、該全RNA溶液に、Oligo(dT)
20プライマーを1.0μL(終濃度10pmol/μL)、5×バッファー(Rever Tra Aceに添付の緩衝液、東洋紡株式会社製)を4μL、dNTP(各2.5mM)を4μL、および、100U/μLの逆転写酵素(Rever Tra Ace,東洋紡株式会社製)を1μL添加し、水で総量10μLとした。得られた混合物を、42℃で55分間反応させ、cDNAを得た。
【0095】
得られたcDNA(4μL)を鋳型として用い、反応溶液20μL中において、Applied Biosystems 7300リアルタイムPCRシステム(アプライドバイオシステムズジャパン株式会社製)を用いてリアルタイムPCRを行なった。反応溶液の組成は、SYBR Grenn I Master mix(アプライドバイオシステムズジャパン株式会社製)が10μL、367Sプライマーが0.4μL(終濃度0.2μM)、367ASプライマーが0.4μL(終濃度0.2μM)であり、残部は水である。なお、リアルタイムPCR解析には、フォワードプライマーとして367Sプライマー(配列番号4:5'-tctcacctcaaccacggactc-3')、リバースプライマーとして367ASプライマー(配列番号5:5'-ggcactgtcgtatggctgtag-3')を用いた。このリアルタイムPCRの結果得られたCt値をもとに、比較Ct法(2
−ΔΔCt)でVita1遺伝子の発現量の相対値を求めた。
【0096】
図1は、実施例1に係るNO
2濃度とVita1遺伝子の発現量との関係を示す図である。すなわち、各栽培期間(日)の植物において、−NO
2区で栽培した場合のVita1遺伝子の発現量を1としたときの、+NO
2区で栽培した場合の該遺伝子の発現量の相対値を示している。
図1に示すように、いずれの栽培期間においても+NO
2区のVita1遺伝子の発現量の相対値が1より大きく、28日においては3倍近くにもなっていた。
【0097】
この結果から、野生株の植物において、周囲環境のNOx(NO
2)濃度を200±20ppb程度に増加することによって、Vita1遺伝子の発現量が増加することがわかった。すなわち、Vita1遺伝子に係るタンパク質が、NOx(NO
2)濃度増加に伴う植物の生育促進およびバイオマス量の増加に関与しているということが示唆された。
【0098】
(実施例2)
本実施例2では、Vita1遺伝子とNOxに応答した植物の生育促進およびバイオマス量の増加との関連に係る実施例について説明する。
【0099】
本発明者らは、Vita1遺伝子とNOxに応答した植物の生育促進およびバイオマス量の増加との関連性を実証するため、シロイヌナズナの野生株(Arabidopsis thaliana Columbia)と該シロイヌナズナのVita1遺伝子のノックアウト株(以下、Vita1変異株)とを用い、NO
2存在下または非存在下での個体のシュートバイオマス比率について調べた。なお、Vita1遺伝子のノックアウト株は、Woodyらの方法(Woody ST, et. Al., J Plant Res. 2006; 120(1):157-165.)に従って作出されたVita1コーディング領域にT−DNAが挿入されたシロイヌナズナ遺伝子ノックアウト変異体であり、アラビドプシスバイオロジカルリソースセンター(ABRC)から入手した。
【0100】
まず、野生株およびVita1変異株のそれぞれの種子を、2.5%次亜塩素酸ナトリウム溶液で滅菌を行った後、滅菌水で5回洗った。次いで、冷蔵庫(4℃、暗所)で一晩吸水させた後、播種した。播種は、パーライトおよびバーミキュライトを等体積割合で入れた容器において、滅菌洗浄した当該吸水させた各種子を、等間隔に並べて行った。
【0101】
播種後すぐに、NOx暴露チャンバー(株式会社日本医化器械製作所NOx-1130−SCII)に移し、栽培した。栽培条件は、温度22℃、照度40μEm
−2s
−1(16h明所/8h暗所)、相対湿度70%、CO
2濃度380±40ppm、NO
2濃度5ppb未満とした。栽培中は、1/2Murashige and Skoog培地を、1週間に2回与えた。栽培開始1週間後、野生株およびVita1変異株のそれぞれの株について、+NO
2区と−NO
2区とに分けさらに栽培した。+NO
2区においては、NO
2濃度を50±10ppbに制御して、NO
2を含む空気環境で栽培を行なった。−NO
2区においては、NO
2濃度を5ppb未満にて栽培を続けた。
【0102】
播種後28日間栽培した各株および各区のシロイヌナズナ植物体をシュートと根とに切り分けた後、凍結乾燥した。次いで、凍結乾燥させたシュートの乾燥重量を、電子天秤で測定した。この測定したシュートの乾燥重量の値(個体のシュートバイオマス)から、野生株およびVita1変異株における+NO
2区と−NO
2区との比率を算出した。
【0103】
図2は、実施例2に係るVita1変異株のNO
2に対する応答性を示す図である。すなわち、
図2は、シロイヌナズナの野生株およびVita1変異株の、+NO
2区と−NO
2区とでの個体のシュートバイオマス比率を示している。
図2に示すように、野生株では該シュートバイオマス比率は約1.5程度であり、やはり、NOx(NO
2)が植物の生育に関連するシグナルとして働き、植物の生育を促進していることが確認された(特許文献4参照)。一方、Vita1変異株においては、該シュートバイオマス比率は野生株よりも低く、より1に近い値となっていた。
【0104】
本実施例2の結果から、Vita1遺伝子をノックアウトするとNO
2に応答した植物生育促進およびバイオマス量の増加効果がほとんど認められなくなることがわかった。すなわち、やはり、Vita1遺伝子に係るタンパク質が、NOx(NO
2)濃度増加に伴う植物の生育の促進およびバイオマス量の増加に関与しているということが実証された。
【0105】
(実施例3)
本実施例3では、Vita1遺伝子過剰発現シロイヌナズナに係る実施例について説明する。
【0106】
本発明者らは、実施例1および実施例2に示したように、Vita1遺伝子がNOxに応答した植物の生育促進及びバイオマス量の増加に関与していることを発見した。そこで、シロイヌナズナの野生株(Arabidopsis thaliana Columbia)とシロイヌナズナのVita1遺伝子過剰発現体の生育について比較した。
【0107】
(Vita1遺伝子過剰発現体作製のためのベクターの構築)
まず、Vita1遺伝子のクローニング、および該遺伝子を用いたアグロバクテリウムの形質転換について説明する。シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana ecotype C24)の全RNA溶液(250ng/μL)4μLを、65℃で10分間処理し、氷上で冷却した。その後、この全RNA溶液に、Oligo(dT)
20プライマーを1.0μL(終濃度0.5μM)、5×バッファー(商品名:Rever Tra Aceに添付の緩衝液、東洋紡株式会社製)を4μL、dNTP(各2.5mM)を4μL、100U/μLの逆転写酵素(商品名:Rever Tra Ace、東洋紡株式会社製)を1μL添加した。得られた混合物を、42℃で45分間反応させ、cDNAを得た。
【0108】
得られたcDNA(1μL)を鋳型として用い、反応溶液50μL中においてPCRにより、Vita1遺伝子のタンパク質のコーディング領域(配列番号1)およびcDNA断片(配列番号2)を増幅した。該反応溶液の組成は、10×PCRバッファー(プロメガ株式会社製、Pfu DNAポリメラーゼに添付の緩衝液)が1μL、dNTP(各2.5mM)が4.0μL、フォワードプライマーが5μL(終濃度1μM)、リバースプライマーが5μL(終濃度1μM)、3U/μLのPfu DNAポリメラーゼ(プロメガ株式会社製)が1μL、残部は水である。
【0109】
なお、Vita1遺伝子のタンパク質のコーディング領域増幅用のフォワードプライマーとして、Vita1 f1Aプライマー(配列番号6:5'-ccctctagaatggttgatatccaaagcac-3')、リバースプライマーとして、Vita1 r1Aプライマー(配列番号7:5'-aaagagctcctagaaacaagaggtcaccg-3')を用いた。Vita1遺伝子のcDNA断片増幅用のフォワードプライマーとして、Vita1 f1Bプライマー(配列番号8:5'-ccctctagatttgataaaaatggttgatatccaaagc-3')、リバースプライマーとして、Vita1 r1Bプライマー(配列番号9:5'-aaagagctcaacagaagtaaattcttattaattcaac-3')を用いた。
【0110】
また、PCRは、95℃で5分のインキュベーション後、変性を95℃で30秒、アニーリングを60℃ で1分、伸長を72℃で1分を1サイクルとする反応サイクルを、35回繰り返し、最後に72℃で7分のインキュベーションする条件で行った。
【0111】
得られたPCR産物を、1%アガロースゲルで電気泳動し、目的の約0.3kbまたは0.5kbのDNA断片を精製した。DNA精製にはGL Science社のMonoFas DNA精製キットIを用いた。精製した各DNA断片をpGEM−T Easy(プロメガ社製)に連結した。その後、得られた産物を用いて、大腸菌DH5αを形質転換した。次いで、菌体を100μg/mLアンピシリン、0.5mM X−gal、および、80mg/L IPTGを含有したLB寒天培地上で、37℃で培養することにより形質転換体を選抜した。
【0112】
LB寒天培地の組成は、0.01重量%トリプトン(DIFCO社製)、0.005重量%酵母エキス(DIFCO社製)、0.005重量%NaCl、および、1.5重量% 寒天(和光純薬工業株式会社製)であり、pH7.0である。得られた各コロニーよりプラスミドを回収し、該プラスミド中に含まれるPCR産物の塩基配列を確認し、正しい塩基配列を保持しているものを選別した。
【0113】
得られたプラスミドを、制限酵素XbaIとSacIとにより切断して、配列番号1のVita1遺伝子のCDSの塩基配列、または、配列番号2のVita1遺伝子のcDNAの塩基配列を含む断片を得た。また、組み換えベクターpIGHm121をXbaIとSacIとにより切断して、CaMV35SプロモーターとNOSターミネーター等を含有するベクター由来の断片を得た。その後、前述したVita1遺伝子のCDSの塩基配列、または、Vita1遺伝子のcDNAの塩基配列を含む断片と、ベクター由来断片とをそれぞれ連結した。
【0114】
図3は、実施例3および後述する実施例4に係る組み換えベクターの構造を示す模式図である。すなわち、前述したように各断片を連結させた、プラスミドベクター(組み換えベクター)の構造図を示す。
図3において、NOS-proはNOSプロモーター、NPTIIはカナマイシン耐性遺伝子、NOS-terはNOSターミネーター、P35SはCaMV35Sプロモーター、HPTはハイグロマイシン耐性遺伝子、ORFはVita1遺伝子のCDSの塩基配列またはVita1遺伝子のcDNAの塩基配列を含む断片である。このようなプラスミドベクターを用いて植物細胞を形質転換する場合、ベクター上にあるLB配列とRB配列より成るボーダー配列で囲まれた部分のDNAを、植物核内DNAに組み込むことができる。
【0115】
これらのプラスミドベクターを用いて、大腸菌DH5αを形質転換した。次いで、当該菌体を、ハイグロマイシン(50μg/mL)とカナマイシン(50μg/mL)とを含有したLB寒天培地上で37℃ で培養することにより、形質転換体を選抜した。得られた各コロニーからプラスミドを回収し、制限酵素XbaIとSacIとで処理することにより、それぞれのVita1遺伝子の塩基配列の存在を確認した。なお、以下、Vita1遺伝子のCDSの塩基配列(配列番号1)を含むプラスミドベクターをpVita1A、Vita1遺伝子のcDNAの塩基配列(配列番号2)を含むプラスミドベクターをpVita1Bとする。
【0116】
プラスミドベクターpVita1AまたはpVita1B各1μgDNAを、アグロバクテリウムGV3101(pMP90)コンピテント細胞100μLに加えた。氷上で5分間静置した後、5分間ヒートショック処理(37℃)を行った。その後、LB培地1mLを加え、2時間〜4時間、150rpm、室温で振とう培養した。9,500×gで1分間遠心して集菌した。上清1mLを捨て、残りの培養液100μLに沈殿したアグロバクテリウムを再懸濁した。この形質転換したアグロバクテリウムGV3101(pMP90)(pVita1AまたはpVita1Bが導入されているもの)は、カナマイシン50mg/Lおよびハイグロマシン50mg/Lおよびリファアンピシリン50mg/Lを含むLB培地で培養して維持した。この形質転換したアグロバクテリウムGV3101(pMP90)(pVita1AまたはpVita1Bが導入されているもの)をシロイヌナズナの形質転換に用いた。
【0117】
(Vita1遺伝子過剰発現シロイヌナズナの作出)
まず、それぞれの植物体の調製を行った。バーミキュライトおよびパーライトを等体積割合で入れた混合土50gをポットに入れ、さらに、該混合土に、1000倍希釈したハイポネックス((株)ハイポネックスジャパン社製)50mLを添加した。シロイヌナズナの野生株(Arabidopsis thaliana ecotype columbia)の種子を4℃で一晩吸水させたものを、1ポットあたり、5〜6粒ずつ蒔いた。その後、1ポットずつラップで覆い、温度22℃、光条件16h明所/8h暗所のインキュベーターで維持し、発芽させた。徐々にラップを外していき、10日目までに完全に外した。また、週に2度、1000倍希釈したハイポネックス50mLを供給した。
【0118】
小さい個体を間引き、1ポット当たり3個体にした。花茎が伸びてきたら、花茎の付け根から数えて1枚目の葉を残し、花茎を切り取り、脇芽を誘導させた。蕾がつき始めた個体を、アグロバクテリウムの感染に用いた。
【0119】
次に、減圧浸潤法により、Vita1遺伝子のCDSの塩基配列(配列番号1)を含むプラスミドベクターpVita1Aを有するアグロバクテリウムをシロイヌナズナに感染させた。具体的には、リファンピシン(100μg/mL)とゲンタマイシン(25μg/mL)とカナマイシン(50μg/mL)とを含有したLB液体培地3mLにアグロバクテリウムを播種し、30℃で1〜2日間培養した。得られた培養物を、リファンピシン(100μg/mL)とゲンタマイシン(25μg/mL)とカナマイシン(50μg/mL)とを含有したLB液体培地250mLに移し、OD600=1.2〜1.6になるまで培養した。得られた培養物を、遠心管(アシスト社製)に移し、該遠心管を、4℃、5000rpmにおいて15分の遠心分離に供し、菌体を回収した。
【0120】
得られた菌体を、Infiltration medium(組成:1/2希釈MS salts(Murashige, T., et al., Physiol.Plant.,15: 473 (1962))、pH5.6、和光純薬工業株式会社製、商品名:ムラシゲ・スクーブ培地用混合塩類)、50μg/mLミオイノシトール、5μg/mLチアミン−HCl、0.5μg/mLニコチン酸、0.5μg/mLピリドキシン−HCl、5重量%シュークロース、10ng/mLベンジルアミノプリン(BAP)、0.00004重量%Silwet L-77(商標)(日本ユニカー株式会社製)、0.05重量%MES/KOH(pH5.7))に、OD600=0.6となるように懸濁し、得られた懸濁物を500mL容ビーカーに移した。
【0121】
シロイヌナズナのポットを逆さまにして、前記ビーカー中のアグロバクテリウムと接触させ、減圧装置中で、50.6625Paに減圧し、10分間維持し、シロイヌナズナにアグロバクテリウムを感染させた。なお、減圧装置は、シバタ株式会社製のデシケーターに中村理化工業株式会社製の真空ポンプを連結させたものである。
【0122】
感染させたシロイヌナズナのポットを、キムタオル(登録商標)を敷いたバット上に横向けに静置させ、ラップで覆い、インキュベーターに移した。その後、ラップをはずしてポットを起こし、温度22℃、光条件16h明所/8h暗所の栽培条件で生育させた。なお、感染後、1週間は水を供給せず、根が腐らないようにした。その後、1週間に2度、1000倍希釈したハイポネックス50mLを供給した。
【0123】
次に、形質転換体の選抜を行った。種子を採取し、2週間以上乾燥させた。得られた種子約3000粒ずつを、1.5mL容エッペンドルフチューブ(グライナー社製)に入れ、該種子を2.5体積%次亜塩素酸ナトリウムで滅菌した。
【0124】
クリーンベンチにおいて、0.2重量%滅菌済液状LO3(タカラバイオ社製)を1mL取り、試験管に移し、前記種子を滅菌水1mLと共に該試験管に入れ、よく混合した。次いで、上記種子を、9cmディッシュ中、ハイグロマイシン(50μg/mL)とカナマイシン(50μg/mL)とを含む選抜培地(組成:ビタミン類を含有しないMS基本培地(Murashige,T., et al., Physiol.Plant., 15: 473 (1962))、pH5.6、0.8重量%寒天)上に播種した。前記選抜培地の表面が乾燥した後、前記ディッシュをパラフィルムで覆い、温度22℃、光条件16h明所/8h暗所で目的の植物体を選抜した。
【0125】
3〜4週間後、上記選抜により、生存していた植物体を、アグリポットに入れたMS培地(組成:MS基本培地、pH5.6、1重量%シュークロース、0.8重量%寒天)、または、バーミキュライトおよびパーライトを等体積割合で入れた混合土に移し、5ppb未満のNOx濃度環境下で生育させた。なお、得られた植物体をT0世代とする。得られた植物体はPCRで解析した。
【0126】
生育させた野生株またはVita1遺伝子過剰発現体のシロイヌナズナ植物体を、シュートと根に切り分けた後、凍結乾燥した。凍結乾燥させたシュートの乾燥重量は、実施例2と同様、電子天秤で測定した。また、各植物体の葉数についても測定した。
【0127】
図4は、実施例3に係るシロイヌナズナのVita1遺伝子過剰発現体の生育を示す図である。すなわち、シロイヌナズナの野生株(Col WT)とシロイヌナズナのVita1遺伝子過剰発現体(Vita1B−3)とにおける、両植物体の生育の比較を示す。なお、
図4において、nは個体数を示す。両植物体の比較は、シュートバイオマス(mg)および葉数(枚)において行っている。
図4に示すように、Col WTと比較するとVita1B-3の方が、シュートバイオマスについては重く、かつ葉数についても多かった。
【0128】
当該結果および実施例1ならびに実施例2の結果から、Vita1遺伝子に係るタンパク質は、植物の生育を促進し、かつバイオマス量を増加させる機能を有することがわかった。さらに、Vita1遺伝子を過剰発現させると、植物の生育が促進し、その収量も増加することが明らかとなった。
【0129】
次に、野生株およびVita1遺伝子を過剰発現したシロイヌナズナ植物体を50ppbのNOx濃度下で生育させて、上記と同様に両者のシュートバイオマスを比較した。この比較は、シロイヌナズナの野生株(Arabidopsis thaliana C24)とそのVita1遺伝子過剰発現株とを用いて行った。なお、Vita1遺伝子過剰発現株の作製は、上記のArabidopsis thaliana Columbiaと同様の方法で行った。また、栽培条件も上記のArabidopsis thaliana Columbiaと同様である。
その結果、
図5に示すように、Vita1遺伝子を過剰発現した植物体では、野生株に比べてシュートバイオマスが増加することが分かった。
これらの結果から、環境中のNOx濃度に関わらず、Vita1遺伝子の発現が増強された植物体は、野生株と比べて生育が促進され、そのバイオマス量が増加することが明らかとなった。
【0130】
(参考例1)
トマト(Solanum lycopersicum)の野生株のNOx応答性について検討した。
トマト(Solanum lycopersicum)の野生株がNOxに応答して、そのバイオマス量が増加することを確認するために、トマト(品種:Micro−Tom、Solanum lycopersicum)の野生株を50ppb±10ppbのNOx濃度環境下および5ppb未満のNOx濃度環境下で栽培した。栽培条件は、実施例2と同様である。
その結果、
図6に示すように、トマト(Solanum lycopersicum)を50ppb±10ppbのNOx濃度環境下で96日間栽培すると、5ppb未満のNOx濃度環境下で栽培した場合に比べて、果実収量(個体あたりの総果実数)が約1.4倍に増加した。これにより、トマト(Solanum lycopersicum)についてもNOxに応答して、そのバイオマス量が増加することが確認された。
また、詳述したように、NOxによる植物の生育促進およびバイオマス量の増加には、Vita1遺伝子が関与していることから、NOxに応答してバイオマス量が増加するトマトについても、Vita1遺伝子を導入することにより、バイオマス量を増加させるものと推測される。
【0131】
(参考例2)
次に、レタス(Lactuca sativa)、ヒマワリ(Helianthus annuus)、キュウリ(Cucumis sativus)、カボチャ(Cucurbita moschata)、ニコチアナ・プランバジニフォーリア(Nicotiana plumbaginifolia)、ケナフ(Hibiscus cannabinus)およびシロイヌナズナC24(Arabidopsis thaliana C24)の野生株それぞれについて、NOx応答性を検討した。
【0132】
これら植物の野生株がNOxに応答して、そのバイオマス量が増加することを確認するために、これら植物の野生株を50ppb±10ppb〜200ppb±50ppbのNOx濃度環境下(+NOx)および対照として5ppb未満のNOx濃度環境下(−NOx)で5〜10週間、栽培した。
具体的には、レタス(Lactuca sativa)およびシロイヌナズナC24(Arabidopsis thaliana C24)の野生株は、50ppb±10ppbのNO
2濃度環境下で栽培した。キュウリ(Cucumis sativus)およびケナフ(Hibiscus cannabinus)の野生株は、100ppb±50ppbのNO
2濃度環境下で栽培した。ニコチアナ・プランバジニフォーリア(Nicotiana plumbaginifolia)の野生株は、150ppb±50ppbのNO
2濃度環境下で栽培した。ヒマワリ(Helianthus annuus)およびカボチャ(Cucurbita moschata)の野生株は、200ppb±50ppbのNO
2濃度環境下で栽培した。
【0133】
それぞれの培養条件は、キュウリ(Cucumis sativus)には1mM硝酸カリウムを含む1/2Murashige and Skoog培地を、1週間に2回与え、ニコチアナ・プランバジニフォーリア(Nicotiana plumbaginifolia)には、栽培中、10nm硝酸カリウムを含むCoic and Lesaint培地を、4日に1回与えた点を除いて、実施例2と同様である。
【0134】
図6には、各植物を栽培した期間と、−NOx下で栽培した植物のバイオマス量に対する+NOx下で栽培したときのバイオマス量の増加率を示す。その結果、評価した全ての植物において、50〜200ppbのNOx濃度環境下で栽培することによって、バイオマス量が1.6倍〜2.4倍に増加することが確認された。
以上の結果から、レタス(Lactuca sativa)、ヒマワリ(Helianthus annuus)、キュウリ(Cucumis sativus)、カボチャ(Cucurbita moschata)、ニコチアナ・プランバジニフォーリア(Nicotiana plumbaginifolia)、ケナフ(Hibiscus cannabinus)およびシロイヌナズナC24(Arabidopsis thaliana C24)といった、トマト以外の野菜等の植物でも、Vita1遺伝子を導入することにより、そのバイオマス量および作物の収量を増加するものと推測される。
【0135】
(実施例4)
本実施例4では、Vita1遺伝子組み換えトマト(Solanum lycopersicum)に係る実施例について説明する。上記の実施例3で作製した、pVita1AまたはpVita1Bを保持するアグロバクテリウムGV2260を用いたVita1遺伝子組み換えトマト(形質転換植物体)の作出について説明する。
【0136】
プラスミドベクターpVita1AまたはpVita1Bを用いて、アグロバクテリウムGV2260をエレクトロポーレーション法により形質転換した。この形質転換したアグロバクテリウムGV2260(pVita1AまたはpVita1Bが導入されているもの)は、カナマイシン100mg/Lを含むLB培地で培養してpVita1AまたはpVita1Bを維持した。
【0137】
pVita1AまたはpVita1Bを保持するアグロバクテリウムGV2260を用い、リーフディスク法により、トマト(品種:Micro−Tom、Solanum lycopersicum)にVita1遺伝子を導入した。具体的には、pVita1AまたはpVita1Bを保持するアグロバクテリウムを、100mg/Lのカナマイシンを含んだLB培地中で一晩振とう培養し、遠心洗浄を行った。次いで、アセトシリンゴン200μMとメルカプトエタノール10μMとを含むMS液体培地に、OD600が0.1になるようにアグロバクテリウムを懸濁した。このアグロバクテリウム菌液に、播種後7日目の無菌のトマト子葉切片を浸漬させた。
【0138】
アグロバクテリウムを感染させたトマト子葉切片は、1.5mg/Lのゼアチン(Zeatin)を含むMS培地で3日間共存培養した。その後、1mg/Lのゼアチン、100mg/Lのカナマイシンを含む選抜MS培地に移し、2週間ごとに培地を交換しながら培養した。培養により伸びたシュートを、50mg/Lのカナマイシンを含む発根MS培地に移した。この培地で根を形成した個体から形質転換個体を選抜した。発根MS培地で根を形成した形質転換個体の葉からゲノムDNAを抽出しPCR解析を行い、Vita1遺伝子(Vita1遺伝子のCDSの塩基配列、または、Vita1遺伝子のcDNAの塩基配列)が導入されていることを確かめた。
【0139】
図7は、実施例4に係るVita1遺伝子組み換えトマトの花の数を示す図である。すなわち、前述した形質転換個体の花の数を示している。
図7に示すように、野生株(Control)と比較すると、Vita1遺伝子のCDSの塩基配列が導入されている個体(pVita1A)およびVita1遺伝子のcDNAの塩基配列が導入されている個体(pVita1B)はいずれも花の数が多くなった。すなわち、これは収穫されるトマトの数が多くなるということを意味する。
【0140】
上記の結果から、Vita1遺伝子のCDSの塩基配列またはVita1遺伝子のcDNAの塩基配列のいずれを導入しても、トマトの花の数が増加することが分かった。そこで、以下の検証では、Vita1遺伝子のCDS配列を導入した個体について評価した。
【0141】
図8は、実施例4に係るVita1遺伝子組み換えトマト(pVita1A)の果実の数を示す図である。すなわち、前述した形質転換個体の果実の数を示している。
図8に示すように、Vita1遺伝子のCDSの塩基配列が導入されている個体(pVita1A)では、赤色果実の数および赤色以外の果実も含めた全ての果実の数(総果実数)ともに、野生株と比較して多くなっていることが明らかとなった。
【0142】
図9は、実施例4に係るVita1遺伝子組み換えトマト(pVita1A)の果実の重量を示す図である。すなわち、前述した形質転換個体の果実の重量を示している。
図9に示すように、Vita1遺伝子のCDSの塩基配列が導入されている個体(pVita1A)では、赤色果実の重量、及び赤色以外の果実も含めた全ての果実の重量(総果実重量)ともに、野生株と比較して増加することが明らかとなった。
このように、Vita1遺伝子の発現を増強することによって、トマトの果実の数及び重量ともに増加し、トマトの収量が増加することが明らかとなった。
【0143】
本実施例4に係る結果から、トマトにおいてもVita1遺伝子の発現を増強することで、植物の生育が促進し、かつトマトの収量が向上することがわかった。さらに、導入するVita1遺伝子のDNA配列は、Vita1遺伝子のCDSの塩基配列またはVita1遺伝子のcDNAの塩基配列のいずれでも構わないこともわかった。
【0144】
以上の結果から、NOx応答による植物の生育促進およびバイオマス量の増加効果は、Vita1遺伝子の発現が増加することによってもたらされるものであることが分かった。また、Vita1遺伝子の発現を増強することにより、環境中のNOx濃度に関わらず、植物の生育を促進し、かつバイオマス量を増加させることができることが明らかとなった。
さらに、NOxに応答して植物体の生育が促進されかつ収量が増加するシロイヌナズナおよびトマトはともに、Vita1遺伝子の発現を増強することによって植物の生育が促進され、かつバイオマス量が増加したことから、NOxに応答して植物の生育が促進される他の植物においても同様にVita1遺伝子の発現を増強することによって植物の生育が促進され、かつバイオマス量が増加するものと推察される。