特許第5806593号(P5806593)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5806593
(24)【登録日】2015年9月11日
(45)【発行日】2015年11月10日
(54)【発明の名称】酒種の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A21D 8/04 20060101AFI20151021BHJP
【FI】
   A21D8/04
【請求項の数】3
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2011-246653(P2011-246653)
(22)【出願日】2011年11月10日
(65)【公開番号】特開2013-102701(P2013-102701A)
(43)【公開日】2013年5月30日
【審査請求日】2014年4月24日
(73)【特許権者】
【識別番号】301049777
【氏名又は名称】日清製粉株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】特許業務法人アルガ特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100077562
【弁理士】
【氏名又は名称】高野 登志雄
(74)【代理人】
【識別番号】100096736
【弁理士】
【氏名又は名称】中嶋 俊夫
(74)【代理人】
【識別番号】100117156
【弁理士】
【氏名又は名称】村田 正樹
(74)【代理人】
【識別番号】100111028
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 博人
(72)【発明者】
【氏名】山本 英二
(72)【発明者】
【氏名】秦 太郎
(72)【発明者】
【氏名】田口 託
【審査官】 田中 晴絵
(56)【参考文献】
【文献】 特開2006−042679(JP,A)
【文献】 特開昭62−239940(JP,A)
【文献】 特開昭61−202646(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A21D
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/BIOSIS/WPIDS/FROSTI/FSTA(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
麹に少なくとも水、蒸米及び米を混合した混合物において、混合5分後のpHを4.5〜5.0に調整することを含む酒種の製造方法であって、
該麹が黄麹菌による麹と白麹菌による麹との混合麹であり、
該黄麹菌がAspergillus oryzaeであり、
該白麹菌がAspergillus kawachiiまたはAspergillus shirousamiiである、
酒種の製造方法。
【請求項2】
前記混合麹における黄麹菌による麹と白麹菌による麹との質量比が、30:70〜70:30である請求項記載の方法。
【請求項3】
請求項1又は2記載の方法により得られた酒種を用いパン類の製造方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発酵力が高く、良好な膨らみと風味をパンに付与することができる酒種の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、酒種をパン生地に添加して発酵、成形、焼成して製造した酒種パンが製造されている。この酒種パンは、独特の酒様の豊かな風味を有する点で、消費者に好まれている。
酒種パンに使用される酒種は、通常、米麹と米の混合物(場合によっては清酒酵母を加えることもある)を発酵させることにより製造されている。しかしながら、このような酒種は、発酵力が十分でなく、パン生地に添加しても、製造中に生地がだれたり、ふっくらと焼き上がらないことがあった。さらに、このような酒種を使用して製造されたパンは、酒の香りではなく、しょうゆ、味噌に類する臭いや苦味、エグ味が感じられる場合があった。
【0003】
上記従来の酒種パンの欠点を克服するための技術が提案されている。例えば、特許文献1には、生きている黒麹を含む麹を用いた酒種を配合したことを特徴とするパン類が記載されている。しかし、この黒麹を用いた酒種は、発酵力がなお十分でなく、さらにパンを製造したときに異臭やエグ味を有する場合がある。さらに、黒麹はその製麹工程において、黒色の胞子を形成することがあり、パンの概観を大きく損なう恐れがある。また特許文献2には、麦麹と、小麦もしくは米と小麦の混合物を混ぜ、これに清酒酵母を添加し、発酵せしめることを特徴とするパン用酒種の製造方法が記載されている。しかしこの技術も、十分な発酵力のある酒種を得ることはできず、雑菌による異味・異臭が感じられる場合がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3701959号公報
【特許文献2】特許第2534870号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、酵母を添加しなくとも十分な発酵力を有し、パンに良好なボリュームと酒様の風味とを付与することができる酒種の提供を課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、酒種を仕込む際に、麹と水と蒸米、米等とを混合した混合物において、混合5分後のpHを4.5〜5.0に調整することによって、製造された酒種が良好な酵母の発酵力を有することができ、当該酒種を用いることにより、良好なボリュームと酒様の風味とを有するパン類が得られることを見出し、本発明を完成した。
【0007】
すなわち、本発明は、麹に少なくとも水、蒸米及び米を混合した混合物において、混合5分後のpHを4.5〜5.0に調整することを特徴とする酒種の製造方法を提供することにより、上記課題を解決したものである。
また本発明は、上記製造方法により得られた酒種を用いて製造されたパン類を提供することにより、上記課題を解決したものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明により製造された酒種は発酵力が高く、酵母をさらに添加しなくとも生地を良好に膨張させることができるので、当該酒種を用いることによりボリュームのあるパン類を製造することができる。また当該酒種を用いて製造されたパン類は、良好な酒様の風味を呈することができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の酒種の製造方法において使用される麹の形態としては、生麹、乾燥麹、凍結麹等が挙げられ、特に限定されない。上記麹の種類としては、特に限定されないが、黄麹菌による麹と白麹菌による麹を混合して使用することが好ましい。
黄麹菌としては、Aspergillus oryzaeAspergillus sojae等が挙げられ、白麹菌としては、Aspergillus kawachiiAspergillus shirousamii等が挙げられ、このうち、好ましい黄麹菌はAspergillus oryzaeであり、好ましい白麹菌はAspergillus kawachiiである。よって、本発明の方法で使用されるより好ましい麹は、Aspergillus oryzaeによる麹とAspergillus kawachiiによる麹を混合した麹である。
本発明の方法で使用される麹には、上記黄麹菌及び白麹菌以外の他の麹菌が含まれていてもよいが、好ましくは黒麹(例えば、Aspergillus awamoriAspergillus saitoi等)、特にその生菌は、実質的に含まれていない。
【0010】
本発明の方法においては、上記麹に、水と、米、もち米、小麦、大麦、それらを蒸したもの、又はそれらの組み合わせ等の仕込み材料とを混合して混合物を得る。好ましくは、上記麹に、少なくとも水、蒸米及び米を混合して混合物を得る。当該混合は、通常の酒種の仕込みにおける麹と米等の材料との混合と同様の手順で行えばよい。この混合物における麹と水と蒸米及び米等の材料との質量比は、麹:水:蒸米及び米の合計として、1:0.5〜4:1〜4、好ましくは1:2〜3:1.5〜2.5であればよい。
【0011】
本発明の方法においては、上記で得られた混合物のpHを、混合5分後、より具体的には混合を終えてから5分後において4.5〜5.0、好ましくは4.5〜4.8の範囲になるように調整する。pHの測定は、ガラス電極法等の方法によって行うことができる。
pH調整は、例えば、当該混合物に添加する麹の種類や量、又は麹の質量混合比を調節することによって行うことができる。例えば、黄麹菌による麹と白麹菌による麹を使用する場合、該麹混合物中の黄麹菌による麹と白麹菌による麹との質量比を30:70〜70:30の範囲、好ましくは40:60〜60:40の範囲にすることで、上記混合物の混合5分後のpHを上記の値に調整することができる。
【0012】
次いで、この混合物を発酵させることにより、酒種を得ることができる。発酵は、通常の手順に従って行えばよい。例えば、上記混合物を、10〜25℃、好ましくは15〜20℃の温度下で約24〜48時間、好ましくは約48時間、約12時間毎に攪拌しながら静置し、発酵させればよい。発酵は、発酵室等の温度管理可能な環境下で行うことが好ましい。必要に応じて、上記の手順で得られた酒種を一番種として、順次仕込みと発酵を繰り返し、酒種を製造してもよい。例えば、一番種の発酵が終了したら、この一番種の一部もしくは全量に、麹、水、蒸米等を加えて二番種を仕込み、約12時間毎に攪拌しながら24時間程度発酵させてもよい。またはさらに、発酵が終了した二番種から同様の手順で三番種を仕込んで発酵させ、あるいは、同様にさらなる仕込みと発酵の手順を適宜繰り返して、酒種を製造することができる。
【0013】
上記麹と酒種材料との混合物には、さらに酵母を添加してもよいが、酵母の取り扱いが難しい(誤ると雑菌を持ち込むことになる)。本発明では、酵母を添加しなくとも、上記材料等とともに持ち込まれる酵母で発酵を進めることができる。酵母を添加する場合、酵母の種類としては、Saccharomyces cerevisiaeが好適な例として挙げられるが、特に限定されない。
【0014】
上記本発明の方法で製造された酒種は、パン類の製造に用いることができる。本発明の方法で製造された酒種を用いて製造することができるパン類としては、従来酒種発酵又はイースト発酵を利用して製造されている生地から得られるものであれば、特に限定されない。例えば、当該パン類としては、酒種入りパンの元祖である「あんぱん」、フランスパン(フィセル、バタール等)、ドイツパン(カイザーゼンメル、ライ麦パン等)、食パン(イギリスパン等)、リッチパン(バターロール、デニッシュ等)、イタリアパン(フォカッチャ、パネトーネ等)、ベルギーパン(ワッフル等)、中近東パン(ナン、ピタパン等)などのパン;豚まん、花巻等の中華まん及び中華パン;酒饅頭等の和菓子;ケーキ;蒸しパン;ピザ等が挙げられる。上記パン類は、菓子パンや総菜パン等の具材とともに焼成されたものであってもよい。当該具材としては、あんぱんに使用される小豆餡の他、白餡、うぐいす餡等の豆の餡、ジャム、クリーム、チョコレート、ソース類、魚肉類、野菜類、果実類等、各種菓子パンや総菜パン等に通常使用されている多様な材料を用いることができる。
【0015】
上記パン類は、生地に従来の酒種やイーストの代わりに本発明の方法で製造された酒種を添加する以外は、通常のパン類の製造方法に従って製造すればよい。例えば、上記パン類は、本発明の酒種を添加した生地を、通常の製造方法に従って混練、発酵、成形、焼成することによって製造することができる。
さらに、本発明の方法で製造された酒種は、上記パン類に限られることなく、パン酵母などを用いたあらゆる食品に応用することが可能である。
【0016】
次に実施例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0017】
実施例1及び比較例1〜2
表1記載の材料を合わせ、混合物を調製した。5分間放置した後、ガラス電極法によって混合物のpHを測定した。次いで、混合物を18℃で48時間発酵させ、酒種の一番種を作った。
【0018】
【表1】
【0019】
試験例1
実施例1及び比較例1〜2の一番種として、これに黄麹菌(A. oryzae)による麹、蒸米、米、水をさらに加えて発酵させ二番種を製造した。同様の手順で、三番種、四番種を製造し、四番種を表2記載の材料と混合し、パンを製造した。
製造されたパンについて、10人のパネルで表3の基準に従って外観、内相、食感及び風味の評価を行い、その平均値を求めた。
【0020】
【表2】
【0021】
【表3】
【0022】
結果を表4に示す。実施例1の酒種を用いて製造されたパンは、外観・内相・食感及び風味がよく、良好に発酵が進んだが、比較例1の酒種を用いて製造されたパンは、膨らみが小さく、酒様の香気にも乏しかった。比較例2の酒種は、発酵中に不快臭が発生し、最終的に腐敗が確認された。
【0023】
【表4】
【0024】
試験例2
実施例1と同様の手順で表5に記載の材料を合わせて混合物を調製し、5分間放置した後、pHを測定し、次いで発酵させ、酒種を製造した。得られた酒種を一番種として、試験例1と同様の手順で二番種、三番種、四番種を製造し、得られた四番種からパンを製造して、その外観、内相、食感及び風味を評価した。結果を表5に示す。なお、表5に実施例1の結果を再掲する。
【0025】
【表5】
【0026】
試験例3
上記実施例1及び比較例1〜2の酒種を製造する過程で経時的にpHを測定した結果を下記表6に示す。実施例1と比べて比較例1や2では、発酵中の種のpHが酸性に傾く傾向にあったが、48時間後には、特に実施例1と比較例1との間で、同等のpH値となった。従って、酒種の発酵力増強のためには、仕込初期のpH値の調整が重要である。
【0027】
【表6】