(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
固体試料において、固体試料中に存在する化学種成分のうち、ガス成分や、高い温度でガスとして脱離する成分を分析する方法として、昇温脱離分析法がある。昇温脱離分析法を行う装置を昇温脱離分析装置と呼ぶ(非特許文献1、2)。
【0003】
昇温脱離分析法は、元々、半導体材料について、半導体表面や半導体内部の汚染ガス成分や、吸着した成分を測定する分析法としての活用が主であった。ただし、近年は、鉄鋼材料について、鉄鋼の機械的特性を損なう水素などのガス成分の侵入量を測定する分析法としても活用される。
【0004】
昇温脱離分析法は、通常、真空中において、一定の昇温速度で固体試料の温度を上昇させ、温度ごとに固体試料から脱離して真空中に放出される成分を、電子衝撃などのイオン法でイオン化し、イオン化した成分を質量分析計によって、質量/電荷比ごとに分取して、検出器に導き、イオン化したガス成分の量を電流値として測定する、ないしは、イオン化したガス成分1個1個を電圧パルスとして検出し、この電圧パルスを増幅して計数する。すなわち、昇温脱離分析法で得られる信号は、ある成分に由来するある質量/電荷比を有するイオンの電流ないしは計数されたパルスである。信号強度は、一定時間の間に測定された電流量ないしは計数されたパルス数である。横軸に温度、縦軸に信号強度をとった図を昇温脱離曲線と呼ぶ。
【0005】
固体試料中に存在する成分がガスとして脱離する昇温脱離スペクトルから、該成分がガスとして脱離するためのエネルギーについて知見を得ることができ、このエネルギーは該成分の固体試料中での存在状態に密接に関係があることから、昇温脱離スペクトルを得ることによって固体試料中に存在する成分の存在状態を知ることができる。固体試料中に存在する成分がガスとして脱離するためのエネルギーを一般に活性化エネルギーと呼ぶ。たとえば、ある固体中のトラップサイトに強く束縛された存在状態の成分について、昇温脱離スペクトルを測定し、それを解析することができれば、活性化エネルギーは、弱い束縛状態におけるそれよりも高いことが示される。
【0006】
公知の技術による昇温脱離分析法では、固体試料中に存在する成分がガスとして脱離する昇温脱離曲線を測定し、昇温脱離曲線を解析することができれば、活性化エネルギーについて知見を得ることができ、固体試料中に存在する該成分の存在状態を知ることができるはずであるが、その解析を行うのは容易ではない。
【0007】
時刻t=0における固体試料中に存在する成分の量を1とし、時刻tまでにガスとして脱離した該成分の量をxとすると、化学反応論では反応速度は次式で与えられる。ただし、t=0でx=0、十分な時間の後にx=1となるものとする。
【0008】
【数1】
【0009】
ここで、g(x)は化学反応の種別によって決まるxの関数、kは速度定数である。多くの脱離反応で次式で示すアレニウスの法則が成り立つ。
【0010】
【数2】
【0011】
ここで、Aは頻度因子と呼ばれる定数、Rは気体定数、Tは試料の温度、E
aは活性化エネルギーである。
昇温脱離曲線の縦軸である信号強度I(t)は、一定の時間ごとに試料から脱離する化学種の量に比例するから、一定の時間の間隔を十分に小さくしたとき、次式に示すようにdx/dtに比例する。
【0012】
【数3】
【0013】
式1におけるg(x)はn次反応では、次式のように表される。
【0014】
【数4】
【0015】
多くの脱離反応はn=1,2で記述される。脱離反応を解析し、活性化エネルギーを求めるためには、信号強度I(t)に比例するdx/dtまたはdx/dtの積分xを時間tの関数として表すことが最も基本となる。式1、式2および式4より、式5が得られる。
【0016】
【数5】
【0017】
通常の昇温脱離分析法では、一定の昇温速度で固体試料の温度を上昇させるから、次式が成立する。
【0018】
【数6】
【0019】
ここで、式6のT
0はt=0における試料の温度、βは昇温速度である。式2および式6より、式7が成立することから明らかなように、速度定数kは時間に対して一定ではない。
【0020】
【数7】
【0021】
一定の昇温速度で固体試料の温度を上昇させる場合は、次式のようになる。
【0022】
【数8】
【0023】
しかしながら、一定の昇温速度で固体試料の温度を上昇させる場合における式8の右辺は初等関数では表すことができない。この関数はドイル(Doyle)のp関数と呼ばれる関数で表される(非特許文献3、4)。
【0024】
これまでの実際の解析では、ドイルのp関数自体ではなく、p関数の近似式が用いられ、ある積分範囲の上限xにおいて式8の左辺が一定であることを利用して、昇温速度βを変えた測定を幾度か行い、式8の値が等しくなるtの値とβの組み合わせを幾つか得て、活性化エネルギーを求めることが行われる(非特許文献5)。
【0025】
しかしながら、近似の方法によって異なる近似式が用いられることもあり、解析の方法は一律ではない。近似である以上、近似が成立する条件は限定されており、精度も限定される。
【0026】
また、昇温速度βを変化させた条件での実験をたとえば3回行う場合、当該固体試料中に存在する成分が同一の存在状態とみなせる試料(以下、同一とみなせる試料)を3個用意しなければならない。3回の実験では、1回ごとに試料を装置に入れ、装置を測定が可能な程度の高真空状態にしなければならない。3回のうち、昇温速度がもっとも小さい条件では、測定時間が3時間以上になることもしばしばである。また、各実験の間に、装置の温度を室温程度にまで下げる必要があるが、装置の温度を下げるには通常1時間程度必要である。すなわち、すべての測定を行うのには時間がかかり、1日がかりとなることもある。
【0027】
また、同一とみなせる試料を3個用意するという条件は、人工制御して試料を作製する場合は一応可能ではあるが、試料が自然界から得られたものや、人工物であっても環境中に暴露した後、該環境から取り出されたものである場合、当該試料は1個しか存在せず、上記条件を満たすことは不可能である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
[発明の原理]
本発明では、温度を時間の関数とする温度プログラムに従って試料の温度を制御し、一定の時間ごとに試料から脱離する化学種の量に比例する信号強度を計測し記録する昇温脱離分析法において、前記信号強度に変換を施した変換信号強度を縦軸とし、時間または一般化時間の定数倍を横軸とする作図を行う。これにより、本発明では、ある存在状態のある成分についての昇温脱離曲線を、近似することなく直接的に、かつ、簡便に解析することができる。
【0038】
以下に、本発明の原理を記す。一般化時間θは次式で定義される。
【0040】
本発明は、温度を時間の関数とする温度プログラムに従って試料の温度を制御し、一定の時間ごとに試料から脱離する化学種の量に比例する信号強度を計測し記録する昇温脱離分析法において、前記信号強度に変換を施した変換信号強度を縦軸とし、時間tまたは一般化時間θの定数倍を横軸とする作図を行う昇温脱離分析法を提供するものであり、具体的な一般化時間θの定数倍として、頻度因子Aと一般化時間θとの積を用いれば、この積の値は式5の値となる。
【0046】
ゆえに、n=1のとき、式13が成立し、n≠1のとき、式14が成立する。
【0049】
式13および式14は、本発明における昇温脱離分析法において、信号強度に施す変換として時間積分を施し、変換信号強度を縦軸とし、頻度因子Aと一般化時間θとの積Aθを横軸とする作図を行った場合に、変換信号強度とAθとの関係を解析する式となる。このように、頻度因子Aと一般化時間θとの積Aθを用いることで、縦軸と横軸との関係は簡便な関係となる。
【0050】
ここで、実際に作図をする横軸となるAθを求めるための具体的な例として、本発明における時間tの関数である温度Tを、次式に示すように時間tの一次式に反比例する関数とする。
【0052】
このとき、式2より、式16が得られる。
【0056】
このとき、式10の右辺は、式18のようになり、Aθを初等関数であらわすことができる。
【0058】
ここで、さらに式19に示す無次元数γを導入すると、式18は式20に示すようになる。
【0061】
n=1のとき、式13より、式21、式22が成立する。
【0064】
n≠1のとき、式14より、式23、式24が成立する。
【0067】
式24は、n=1の場合の式22も包含する。式24は、本発明における昇温脱離分析法において、信号強度の対数をとり、さらに時間微分を施した変換信号強度を縦軸とし、頻度因子Aと一般化時間θとの積Aθを横軸とする作図を行った場合に、変換信号強度とAθとの関係を解析する式となる。式24において、n=1の場合である式22は一次関数を表し、n≠1のとき、式24は双曲線を表す。このような操作により、変換信号強度とAθとの間に簡便な関係を得る。
【0068】
本発明における作図を行い、変換信号強度とAθとの関係の解析を行うことで、式24を用いて、γおよびk
0を得る。式19において、αは予め実施しておく実験で設定する定数であり、Rは既知の定数であるから、活性化エネルギーE
aを容易に得ることが可能となる。
【0069】
[実施の形態]
次に、本発明の実施の形態について図を参照して説明する。
【0070】
図1に従来の方法による昇温脱離曲線の例を示す。実験で得られる昇温脱離曲線は、縦軸が信号強度I(t)、横軸が時間tであって、温度Tと時間tとの関係は式6で与えられる。このとき、信号強度I(t)と時間tとの関係についても、信号強度I(t)と温度Tとの関係についても、初等関数で表すことはできないため、昇温脱離曲線を解析して活性化エネルギーE
aを得ることは困難である。
【0071】
図2に本実施の形態で用いる昇温脱離曲線の例を示す。実験で得られる昇温脱離曲線は、縦軸が信号強度I(t)、横軸が時間tであって、温度Tと時間tとの関係を例えば式15で与えれば、信号強度I(t)と時間tとの関係についても、信号強度I(t)と温度Tとの関係についても、初等関数で表すことができる。したがって、
図2を直接解析することも不可能ではないが、反応の次数nをあらかじめ仮定する必要がある。
【0072】
反応の次数nを誤った場合でも、活性化エネルギーE
aとして何らかの値が得られてしまうため、結果として、誤った活性化エネルギーE
aを得てしまう。すなわち、反応の次数nと活性化エネルギーE
aとの組が複数得られるが、どの組が正しいか判定することはこの解析だけでは不可能である。本実施の形態では、さらに時間tまたは一般化時間θの定数倍を横軸とする作図を用いることで、反応の次数nを誤ることなく、活性化エネルギーE
aを容易に得ることができる。
【0073】
図2のように、昇温脱離曲線の信号強度I(t)が極値を持つとき、dx/dtはある時間t=t
p>0において極値を持つ。このとき、t=t
pにおいてln(dx/dt)も極値を持ち、ln(dx/dt)の時間微分は0となる。t=t
pにおいてθ=θ
pとすれば、式24より、式25、式26が得られる。
【0076】
昇温脱離曲線の信号強度I(t)が極値を持つには、γ>nの条件であればよく、ほとんどの反応の次数nは4以下なので、定数αの設定により、γ>nの条件を実現できる。このとき、実験的にt
pを得ることができる。
次式に示すように式3の比例定数をaとする。
【0080】
実際の式28の積分範囲は、信号が計測される時間の範囲で十分で、
図2の例であれば、t
1とt
2の範囲で十分である。
式27と式24から、式29が成立する。
【0082】
これまで自然対数で記述してきたが、次式に示すように常用対数の場合も係数の違いのみで同様に扱うことができる。
【0084】
一般化時間θの定義である式9からt=0のときθ=0で、このとき、式29から式31を得る。
【0086】
この式31の値をbとする。
図3に、本実施の形態による作図の例として、信号強度I(t)の対数をとって時間微分を施した変換信号強度d/dt(lnI(t))を縦軸に、時間tを横軸にとった図を示す。式31の値bは、
図3のt→0の極限での縦軸の変換信号強度の値、すなわち縦軸の切片として実験的に得られる。
【0088】
図3における横軸の切片はt
pであり、式26の式の値を与える。b,t
pが実験的に得られたことから、γ,k
0を求める問題は式26と式32をγとk
0の連立方程式として解く問題に帰結される。
式26と式32からk
0を消去して、次式が得られる。
【0090】
このとき、γ>nであるので、式33の右辺は単調増加関数であり、すでに実験的に求められたb,t
pに加えて、nが決まれば、γは一意に決まる。
n=1の場合に式33で求められるγをγ1とすると、式32によりk
0が得られる。このとき、式19から活性化エネルギーE
aが得られる。ただし、n=1が正しいかどうかを検証する必要がある。そこで、式20を用いて、次式のように時間tからAθへの変換を行う。
【0092】
図4に、本実施の形態による作図の例として、信号強度I(t)の対数をとって時間微分を施した変換信号強度d/dt(lnI(t))を縦軸に、頻度因子Aと一般化時間θとの積Aθを横軸にとった図を示す。n=1が正しければ、式22により、変換信号強度d/dt(lnI(t))とAθとの関係は図中の直線で表される。変換信号強度d/dt(lnI(t))とAθとの関係が直線であれば、n=1が適切であることが示される。n≠1の場合は、変換信号強度d/dt(lnI(t))とAθとの関係は双曲線で表される。n≠1なるnの場合に、あるnを代入して、式33で求められるγをγ
nとすると、式32によりk
0が得られる。式20を用いて、次式のように時間tからAθへの変換を行う。
【0094】
このとき、x=x(t)は理論的には式14で与えられる。一方で、式28で与えられる比例定数aを用いて、x=x(t)は実験的には次式で与えられる。
【0098】
図5に、本実施の形態による作図の例として、信号強度の時間積分の有理関数(1−x)
1-nを縦軸である変換信号強度として、一般化時間θの定数倍(n−1)Aθを横軸にとった図を示す。式37から、代入したnが正しければ、変換信号強度(1−x)
1-nと(n−1)Aθとの関係は直線で表され、その直線の傾きは1となる。以上より、正しいn,γが得られた場合、式32によりk
0が得られ、式19から活性化エネルギーE
aが得られる。
【0099】
図6に、本実施の形態の昇温脱離分析装置の構成例を示した。昇温脱離分析装置は、試料602を収容する真空チャンバ601と、赤外線ランプ603と、赤外線ランプ603の熱を試料602に伝える熱伝導ロッド604と、熱伝導ロッド604の温度を測定する熱電対605と、熱電対605によって測定された温度の値を出力する熱電対モニタ606と、熱電対605による温度の測定結果を基に試料602の温度を制御する温度コントローラ607と、試料602から脱離したガス成分をイオン化するイオン化室608と、イオン化したガス成分を質量/電荷比ごとに分取する質量分析計609と、イオン化したガス成分の量を電流値として測定するか、ないしはイオン化したガス成分1個1個を電圧パルスとして計数する検出器610と、データの表示等のための表示装置612と、試料602から脱離した成分の活性化エネルギーを算出する計算機613と、測定者が計算機613に対して指示を与えるための入力装置614とを備えている。赤外線ランプ603と熱伝導ロッド604と熱電対605と熱電対モニタ606と温度コントローラ607とは、温度制御手段を構成し、イオン化室608と質量分析計609と検出器610とは、検出手段を構成している。
【0100】
図6に示した例は、赤外線ランプ加熱によるもので、真空チャンバ601の中に置かれた固体の試料602は、赤外線ランプ603に直結された熱伝導ロッド604の上に置かれる。試料602の温度は、試料602の直近に置かれた熱電対605によって測定され、この測定結果に基づく温度の指示値が熱電対モニタ606から出力される。なお、熱電対モニタ606から得られる温度の指示値と試料602の温度に差がある場合は、予め、試料602に直付けされた熱電対(不図示)の示す温度と、熱電対モニタ606における温度の指示値との差を求めて校正すればよい。ここでは、試料602の温度は、熱電対モニタ606における温度の指示値と等しいものとする。
【0101】
温度コントローラ607は、測定者の測定前の設定に従って、指定された時刻に、試料602の温度が指定の値となるように、熱電対モニタ606から温度の指示値を読み取って、赤外線ランプ603に流す電流値を制御する。現時点を含む、ある時刻の熱電対モニタ606における温度の指示値をフィードバックして、次の時刻における試料602の温度を、所望の設定温度に制御する方法には、比例制御(P制御)、積分制御(I制御)、微分制御(D制御)と、これを統合したPID制御などがあるが、通常は、これらのうちでもっとも制御しやすいPID制御を採用する。市販の温度コントローラは、通常、PID制御に対応している。
【0102】
ある時刻ごとに試料602から脱離して真空中に放出されるガス成分の一部を、イオン化室608において電子衝撃などのイオン法でイオン化し、イオン化したガス成分を質量分析計609によって、質量/電荷比ごとに分取して、検出器610に導く。検出器610は、イオン化したガス成分の量を電流値として測定するか、ないしはイオン化したガス成分1個1個を電圧パルスとして検出し、この電圧パルスを増幅して計数する。あるガス成分に由来するある質量/電荷比を有するイオンの電流ないしは計数されたパルスが信号であり、横軸に時間(開始時刻を0とする経過時間)、縦軸に信号強度をとった
図611が、本実施の形態で解析されるべき昇温脱離スペクトルの一例となる。昇温脱離スペクトルは、表示装置612で表示可能であり、計算機613の内部の記録装置(不図示)に記録したり、または必要に応じて、磁性体や半導体メモリを用いた記録媒体(不図示)に記録したりすることが可能である。
【0103】
通常の昇温脱離分析装置は、温度を時間の関数とする温度プログラムに従って試料の温度を制御し、一定の時間ごとに試料から脱離する化学種の量に比例する信号強度を計測し記録する。本実施の形態の昇温脱離分析装置において、前記信号強度に変換を施した変換信号強度を縦軸とし、時間または一般化時間の定数倍を横軸とする作図を行う機能は、具体的には、四則演算機能、微分積分演算機能、データの一時保持機能、データの記録機能、データのノイズ除去機能、データのバックグラウンド差し引き機能、データのスムージング機能、データの補間、データの外挿機能、グラフ描画機能、表示機能などを計算機613および表示装置612に内在させることで可能とすることができる。
【0104】
次に、本実施の形態の計算機613の構成および動作について説明する。
図7は計算機613の構成を示す機能ブロック図、
図8は計算機613の動作を示すフローチャートである。計算機613は、データ記憶部6130と、第1の関係算出部6131と、第1の変数算出部6132と、第2の変数算出部6133と、第2の関係算出部6134と、判定部6135と、第3の関係算出部6136と、第3の変数算出部6137と、活性化エネルギー算出部6138と、制御目標値記憶部6139とを備えている。
【0105】
制御目標値記憶部6139は、試料602の温度Tの目標値を予め記憶している。具体的には、制御目標値記憶部6139は、温度Tを時間tの一次式に反比例する関数とする式15を記憶しているか、あるいは式15に則った温度Tの目標値を時間t毎に記憶している。温度コントローラ607は、制御目標値記憶部6139に記憶されている温度Tの目標値と熱電対モニタ606からの温度の指示値に基づいて、赤外線ランプ603に流す電流値を制御することで、試料602の温度Tが目標値と一致するように制御する。こうして、試料602の温度Tは、式15に従うように制御される。
【0106】
検出器610によって検出された信号強度I(t)のデータは、データ記憶部6130に格納される。この信号強度I(t)のデータは、言うまでもなく時間tと対応付けられて記憶されるデータである。測定終了後、第1の関係算出部6131は、信号強度I(t)の対数をとって時間微分を施した変換信号強度d/dt(lnI(t))と時間tとの関係を求める(
図8ステップS1)。この処理は、変換信号強度d/dt(lnI(t))を縦軸に、時間tを横軸にとった
図3のようなグラフを作図する処理に相当する。第1の関係算出部6131の算出結果はデータ記憶部6130に格納される。第1の関係算出部6131は、自身の算出結果を基に
図3に示したようなグラフを表示装置612に表示させてもよい。ただし、本発明において、
図3のようなグラフを作図することは必須の構成用件ではない。
【0107】
続いて、第1の変数算出部6132は、第1の関係算出部6131の算出結果から、時間tを0に近づけた極限における変換信号強度d/dt(lnI(t))の値b(
図3の縦軸の切片)を算出すると共に(
図8ステップS2)、変換信号強度d/dt(lnI(t))が0となる時間t
p(
図3の横軸の切片)を算出する(
図8ステップS3)。ここで、t=0は試料602の昇温開始時刻である。第1の変数算出部6132の算出結果はデータ記憶部6130に格納される。
【0108】
次に、第2の変数算出部6133は、第1の変数算出部6132の算出結果から、活性化エネルギーE
aの算出式に係る変数γ,k
0を算出する。具体的には、第2の変数算出部6133は、脱離反応の次数nを1とし(
図8ステップS4)、n=1と第1の変数算出部6132が算出したb,t
pを式26と式32に代入して、式26と式32の連立方程式を解いてγ,k
0を算出する(
図8ステップS5)。第2の変数算出部6133の算出結果はデータ記憶部6130に格納される。
【0109】
次に、第2の関係算出部6134は、信号強度I(t)の対数をとって時間微分を施した変換信号強度d/dt(lnI(t))と一般化時間θの定数倍Aθとの関係を求める(
図8ステップS6)。具体的には、第2の関係算出部6134は、第2の変数算出部6133が算出した変数γ,k
0を式34に代入して時間tからAθへの変換を行い、第1の関係算出部6131の算出結果を、変換信号強度d/dt(lnI(t))とAθとの関係に変換する。この処理は、変換信号強度d/dt(lnI(t))を縦軸に、一般化時間θの定数倍Aθを横軸にとった
図4のようなグラフを作図する処理に相当する。第2の関係算出部6134の算出結果はデータ記憶部6130に格納される。
【0110】
図9は、本実施の形態の信号強度I(t)の実験結果から得られた、変換信号強度d/dt(lnI(t))を縦軸に一般化時間θの定数倍Aθを横軸にとった図である。
図9において、90は理論上の特性を示し、91は実験結果を示す。第2の関係算出部6134は、自身の算出結果を基に
図4または
図9に示したようなグラフを表示装置612に表示させてもよい。ただし、本発明において、
図4または
図9のようなグラフを作図することは必須の構成用件ではない。
【0111】
続いて、判定部6135は、第2の関係算出部6134の算出結果に基づいて、一般化時間θの定数倍Aθに対する変換信号強度d/dt(lnI(t))の変化率が一定かどうか(すなわち、変換信号強度d/dt(lnI(t))と一般化時間θの定数倍Aθとの関係が直線かどうか)を判定する(
図8ステップS7)。この処理は、
図4のグラフの傾きが一定かどうかを判定する処理に相当する。
【0112】
一般化時間θの定数倍Aθに対する変換信号強度d/dt(lnI(t))の変化率が完全に一定である必要はなく、例えば変換信号強度d/dt(lnI(t))の変化率が代表的な値(例えば平均値)を中心とする所定の範囲内にあれば、変換信号強度d/dt(lnI(t))の変化率が略一定であるとしてステップS7において判定YESとしてもよい。
【0113】
次に、活性化エネルギー算出部6138は、一般化時間θの定数倍Aθに対する変換信号強度d/dt(lnI(t))の変化率が一定と判定された場合(ステップS7においてYES)、第2の変数算出部6133が算出した変数γ,k
0を活性化エネルギーE
aの算出式(式19)に代入して活性化エネルギーE
aを算出する(
図8ステップS8)。活性化エネルギー算出部6138の算出結果はデータ記憶部6130に格納される。活性化エネルギー算出部6138は、算出した活性化エネルギーE
aの値を表示装置612に表示させてもよい。
【0114】
一方、一般化時間θの定数倍Aθに対する変換信号強度d/dt(lnI(t))の変化率が一定でないと判定された場合(ステップS7においてNO)、第3の変数算出部6137は、n≧2の脱離反応の次数nと第1の変数算出部6132が算出したb,t
pを式26と式32に代入して、式26と式32の連立方程式を解いてγ,k
0を算出する。
【0115】
具体的には、第3の変数算出部6137は、式28により比例定数aを算出し(
図8ステップS9)、脱離反応の次数n=1に1加算してn=2とし(
図8ステップS10)、この脱離反応の次数nと第1の変数算出部6132が算出したb,t
pを式26と式32に代入して、式26と式32の連立方程式を解いてγ,k
0を算出する(
図8ステップS11)。第3の変数算出部6137の算出結果はデータ記憶部6130に格納される。
【0116】
次に、第3の関係算出部6136は、信号強度I(t)の時間積分の有理関数である変換信号強度(1−x)
1-nと一般化時間θの定数倍(n−1)Aθとの関係を求め、一般化時間θの定数倍(n−1)Aθに対する変換信号強度(1−x)
1-nの変化率が1となる脱離反応の次数nを確定する。
【0117】
具体的には、第3の関係算出部6136は、第3の変数算出部6137が直前のステップS11で算出した変数γ,k
0を式35に代入して時間tからAθへの変換を行い(
図8ステップS12)、式36によりxを算出して、さらに第3の変数算出部6137が直前のステップS11で用いた次数nを用いてAθを(n−1)Aθに変換し、変換信号強度(1−x)
1-nと一般化時間θの定数倍(n−1)Aθとの関係を求め(
図8ステップS13)、一般化時間θの定数倍(n−1)Aθに対する変換信号強度(1−x)
1-nの変化率が1かどうかを判定する(
図8ステップS14)。こうして、第3の変数算出部6137と第3の関係算出部6136とは、ステップS10〜S14の処理を繰り返して、脱離反応の次数nを1ずつ増やしていき、一般化時間θの定数倍(n−1)Aθに対する変換信号強度(1−x)
1-nの変化率が1となる脱離反応の次数nを求める。
【0118】
ステップS12,S13の処理は、変換信号強度(1−x)
1-nを縦軸に、一般化時間θの定数倍(n−1)Aθを横軸にとった
図5のようなグラフを作図する処理に相当し、ステップS14の処理は、
図5のグラフの傾きが1かどうかを判定する処理に相当する。第3の関係算出部6136の算出結果はデータ記憶部6130に格納される。第3の関係算出部6136は、自身の算出結果を基に
図5に示したようなグラフを表示装置612に表示させてもよい。ただし、本発明において、
図5のようなグラフを作図することは必須の構成用件ではない。
【0119】
一般化時間θの定数倍(n−1)Aθに対する変換信号強度(1−x)
1-nの変化率が完全に1である必要はなく、例えば変換信号強度(1−x)
1-nの変化率が1を中心とする所定の範囲内にあれば、変換信号強度(1−x)
1-nの変化率が略1であるとしてステップS12において判定YESとしてもよい。
【0120】
なお、ステップS9において比例定数aを求めている理由は、xを求めて、一般化時間θの定数倍(n−1)Aθに対する変換信号強度(1−x)
1-nの変化率が1かどうかの判定を行うためである。比例定数aを求めることなく、直接、変換信号強度(1−x)
1-nと一般化時間θの定数倍(n−1)Aθとの関係から脱離反応の次数nを求めたり、変換信号強度(1−x)
1-nと一般化時間θの定数倍(n−1)Aθとの関係を直線に直して(逆数を取って)脱離反応の次数nを求めたりすることも可能である。
【0121】
次に、活性化エネルギー算出部6138は、ステップS14において判定YES、すなわち一般化時間θの定数倍(n−1)Aθに対する変換信号強度(1−x)
1-nの変化率が1となり、脱離反応の次数nが確定したとき、この脱離反応の次数nに基づいて第3の変数算出部6137が算出した変数γ,k
0を活性化エネルギーE
aの算出式(式19)に代入して活性化エネルギーE
aを算出する(
図8ステップS8)。活性化エネルギー算出部6138の算出結果はデータ記憶部6130に格納される。活性化エネルギー算出部6138は、算出した活性化エネルギーE
aの値を表示装置612に表示させてもよい。以上で、昇温脱離分析装置の処理が終了する。
【0122】
なお、本発明は以上に説明した実施の形態に限定されるものではなく、真空中での昇温脱離分析法と昇温脱離分析装置以外の、熱分析法と熱分析装置に適用が可能であるように、本発明の技術的思想内で、当分野における通常の知識を有する者により、多くの変形が可能であることは明白である。
【0123】
本実施の形態の計算機613は、CPU、記憶装置およびインタフェースを備えたコンピュータとこれらのハードウェア資源を制御するプログラムによって実現することができる。このようなコンピュータにおいて、本発明の昇温脱離分析法を実現する昇温脱離分析プログラムは、フレキシブルディスク、CD−ROM、DVD−ROM、メモリカードなどの記録媒体に記録された状態で提供される。CPUは、記録媒体から読み込んだプログラムを記憶装置に書き込み、このプログラムに従って本実施の形態で説明した処理を実行する。また、昇温脱離分析プログラムをネットワークを通して提供することも可能である。