特許第5831563号(P5831563)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2015.5.11 β版

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  • 特許5831563-炭素繊維 図000007
  • 特許5831563-炭素繊維 図000008
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5831563
(24)【登録日】2015年11月6日
(45)【発行日】2015年12月9日
(54)【発明の名称】炭素繊維
(51)【国際特許分類】
   D01F 9/22 20060101AFI20151119BHJP
【FI】
   D01F9/22
【請求項の数】1
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2014-2357(P2014-2357)
(22)【出願日】2014年1月9日
(62)【分割の表示】特願2009-96391(P2009-96391)の分割
【原出願日】2009年4月10日
(65)【公開番号】特開2014-80719(P2014-80719A)
(43)【公開日】2014年5月8日
【審査請求日】2014年1月9日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006035
【氏名又は名称】三菱レイヨン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100064908
【弁理士】
【氏名又は名称】志賀 正武
(74)【代理人】
【識別番号】100108578
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 詔男
(74)【代理人】
【識別番号】100094400
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 三義
(72)【発明者】
【氏名】國澤 考彦
(72)【発明者】
【氏名】杉浦 直樹
【審査官】 岩本 昌大
(56)【参考文献】
【文献】 特開2000−336529(JP,A)
【文献】 特開2007−154371(JP,A)
【文献】 特開平08−260253(JP,A)
【文献】 特開平11−229241(JP,A)
【文献】 特開昭57−133232(JP,A)
【文献】 特開昭59−100742(JP,A)
【文献】 特開平06−081223(JP,A)
【文献】 特開2001−279537(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01F 9/08− 9/22
D02G 1/00− 3/48
D02J 1/00−13/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
総繊度が60,000〜1,000,000dtexのアクリル繊維トウを焼成して得られる炭素繊維であって、
単糸切れがなく、毛羽の発生箇所が1mにつき3箇所以下である、炭素繊維。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素繊維に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は、通常、フィラメント数1,000〜30,000本の少数のフィラメントからなり、その前駆体であるアクリル繊維トウの梱包形態は、ボビン巻きが一般的である。そこで炭素繊維の製造過程においては、ボビンに巻き取られた前駆体をボビンから巻き戻した後、フィラメント密度を110〜5,500dtex/mmとなるように、櫛ガイドまたは溝ロールで規制して耐炎化工程を含む焼成工程に供給する方法が提案されている。
炭素繊維の製造コストを下げるためには、一般にフィラメント数が40,000本以上である、いわゆるラージトウを使用すれば生産能力が上がり効果的である。しかし、ラージトウはボビン巻きすることが困難なため、トラバースしながら収納容器に振り込んで梱包するのが一般的である。
【0003】
従来、収納容器からトウを引き上げる技術としては、衣料用繊維トウの分野で用いられる整トウ技術を用いるのが一般的である。該整トウ技術では、トウを長手方向に沿ってほぼ平行に重ねて切断工程へ供給することができればよく、トウを均一に、かつシート状に拡げたり、小トウへ分割したりする必要はない。
しかし、炭素繊維の前駆体として用いられるトウを収納容器から引き上げる際に、先の整トウ技術を用いると、捩れ(撚り)、折れ、トウの厚み斑等が発生することがあった。その結果、耐炎化工程において反応熱が蓄積することでトウが部分的に破損し、その破片によってロールに巻き付きが生じるなどといった問題があった。
【0004】
そこで、例えば特許文献1には、トウの立上げ工程において収納容器中でのトラバース幅Xと収納容器から整トウガイドまでの立上げ高さYとの関係を規定することにより、捩れ(撚り)や折れを生じさせることなく、品位の優れた炭素繊維を得る方法が開示されている。
また、特許文献2には、収納容器から取り出され、ガイドを経て耐炎化炉に供給されるまでの工程に存在するトウについて、付加される最大テンション、ガイドとの総接触角、およびガイド数を規定することにより、品位の良好な炭素繊維を得る方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平11−229241号公報
【特許文献2】特開2007−154371号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の方法では、必ずしも安定してトウの捩れや折れを抑制することはできなかった。特にトウが非捲縮糸である場合は、安定してトウの捩れや折れを抑制することは困難であった。
また、特許文献2に記載の方法では、安定してトウの捩れや折れを抑制することは困難であった。
【0007】
本発明は上記事情に鑑みてなされたもので、品質・品位の優れた炭素繊維の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の炭素繊維は、総繊度が60,000〜1,000,000dtexのアクリル繊維トウを焼成して得られる炭素繊維であって、単糸切れがなく、毛羽の発生箇所が1mにつき3箇所以下であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明の炭素繊維は、品質・品位に優れる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明に用いられる炭素繊維の製造装置の一例を示す概略図である。
図2】アクリル繊維トウのトラバース幅を説明するための収納容器からのアクリル繊維トウの立ち上がり部分の一例を示す概略側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態の一例について、図1を用いて詳細に説明する。
図1は、本発明に用いられる炭素繊維の製造装置の一例を示す概略図である。この例の炭素繊維の製造装置1は、収納容器10にトラバースされ収納されたアクリル繊維トウ20を鉛直方向に引き上げる引き出し手段30と、アクリル繊維トウ30を焼成する焼成手段40とを有する。
なお、本発明において「鉛直方向」とは、鉛直方向上向きおよび鉛直方向下向きの両方向を指し、「鉛直方向に引き上げる」とは、鉛直方向上向きに引き上げることを意味する。
【0012】
収納容器10としては、アクリル繊維トウ20を収納できるものであれば、特に限定されない。アクリル繊維トウ20が収納された収納容器10は、前駆体製造段階から焼成工程を経る炭素繊維製造段階へ移送され、例えば直置き、または台車やペレット等に積み替えられて静置される。
収納容器10の個数は特に限定されず、1つであってもよく2つ以上であってもよい。
【0013】
本発明に用いられるアクリル繊維トウ20は、炭素繊維の前駆体として用いられ、アクリロニトリル単位90〜99.9質量%に対し、アクリロニトリルと共重合可能な他の単量体単位を0.1〜10質量%の割合で共重合させたアクリロニトリル共重合体を紡糸して得られる。
アクリロニトリルと共重合可能な他の単量体としては、例えばアクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸等の不飽和カルボン酸又はその塩、メチルアクリレート、エチルアクリレート、メチルメタクリレート、アクリルアミド、メタクリルアミド、2−ヒドロキシエチルアクリロニトリル、クロロアクリルニトリル等が挙げられる。
【0014】
アクリル繊維トウ20としては、1本のトウ形態のものを用いることができる。また、1本のトウ形態を保ちながら、2本以上の複数の小トウに分割できるアクリル繊維トウや、主に焼成手段40の耐炎化炉(図示略)を通過後に得られる耐炎繊維として供されるアクリル繊維トウを用いることもできる。特に、複数の小トウに分割可能なアクリル繊維トウとしては、所定数の複数の糸条群が平行してなるトウを、各糸条群の側端部(耳部)で互いに弱く交絡し合い、シート状に保持させた形態であることが好ましい。
さらに、アクリル繊維トウ20としては、その総繊度が14,000〜9,900,000dtexのトウを用いることが好ましい。
【0015】
アクリル繊維トウ20の収納方法は特に限定されないが、トラバースされ収納されることが好ましい。
本発明において「トラバースされ収納される」とは、収納容器の前後方向に振られながら、左右方向にも振られながら収納容器に振り込まれることを意味する。
【0016】
引き出し手段30は、1つ以上のガイドを有する整トウガイド31を備え、アクリル繊維トウに振動を加えながら、整トウガイド31のうち、引き上げられたアクリル繊維トウ20が最初に接触するガイド(すなわち、最上流に位置するガイド)Aまで鉛直方向に引き上げる。その際のガイドAの駆動は限定されない。
アクリル繊維トウに振動を加えることで、そのときの衝撃により、トウが非捲縮糸であっても、トウの捩れ、折れ、厚み斑の発生を抑制しつつ収納容器からトウを引き上げることができる。
なお、本発明において「振動」とは、任意の位置のアクリル繊維トウが、その位置から所定の方向に移動する動きと、逆方向に移動する動きとを交互に繰り返しながら、周期的に移動することである。
【0017】
整トウガイド31は、収納容器10から引き上げたアクリル繊維トウ20を整トウし、焼成手段40に送るものである。
整トウガイド31は、1つ以上のガイドを有し、かつ、往復動してアクリル繊維トウに振動を加えるガイドを最上流に備える。
【0018】
整トウガイド31のうち、最上流に位置するガイドAの往復動は、ガイドAの周期的な移動により行われる。ガイドAの周期的な移動とは、例えば図1に示すように、往復動が停止したときのガイドAの位置を定位置としたときに、定位置のガイドAが鉛直方向上向きに任意の位置まで移動する動きと、移動したガイドA’が定位置に戻る動きとが交互に繰り返されることを示す。なお、本発明においては、このような向きに往復動する場合を「鉛直上向き」という。また、鉛直上向きとは逆向きに往復動する場合(すなわち、定位置のガイドAが鉛直方向下向きに任意の位置まで移動する場合)を「鉛直下向き」とする。
【0019】
ガイドAの往復動の向きは特に限定されず、鉛直方向(鉛直上向きおよび鉛直下向き)、水平方向、斜め方向のいずれでもよいが、アクリル繊維トウの引き出し方向と同じ方向が好ましい。図1に示すように、アクリル繊維トウが鉛直方向に引き上げられる場合、アクリル繊維トウに無理な力を加えることなく安定した振動を付与できる点で、ガイドAの往復動の向きは鉛直方向または水平方向が好ましく、中でも鉛直上向きがより好ましい。
【0020】
ガイドAの定位置は、アクリル繊維トウ20を引き出す長さ(図1の場合、引き上げ高さH)に等しく、収納容器10から引き上げられるアクリル繊維トウ20の総繊度や引き上げ速度、アクリル繊維トウがトラバースされ収納容器10に収納される場合はそのトラバース幅X(図2参照。)、収納容器10の数に応じて適宜設定される。具体的には、アクリル繊維トウ20が収納容器10から引き上げられ、ガイドAに到達するまでの間に、5〜1000回の振動が付与できる高さに設定するのが好ましい。
【0021】
また、ガイドAが、定位置から鉛直方向上向き若しくは下向き、または水平方向に移動するときの移動距離(以下、「振動振幅Y」という。)は、0.5〜10cmが好ましく、より好ましくは1〜8cmであり、さらに好ましくは1〜5cmである。振動振幅Yが0.5cm以上であれば、アクリル繊維トウに効率よく振動を付与できる。従って、トウの捩れ、折れ、厚み斑の発生を効果的に抑制しつつ収納容器からトウを引き上げることができる。その結果、耐炎化工程において反応熱がより蓄積しにくくなるので、糸切れや毛羽発生といったトウの部分的破損を抑制できる。従って、破片による巻き付きを防止できる。一方、振動振幅Yが10cm以下であれば、設備投資に対する効果が効率的に得られやすくなる。
【0022】
ガイドAの往復動は、公知のカム機構(主として原動節の回転を従動節の直線往復運動や揺動運動へ変換する機構)を用いることで実施できる。カム機構としては、例えば中心からある距離だけ離れた位置にある点を中心に回転させると円板は偏心回転を行い、この時円板の円周面上に設けられた従動節に周期的な運動を与える円板カム、回転円板の円周側面に従動節を設けた板カム、エンジンのカムシャフト等に実用されている従動節の運動を往復ともに強制的に駆動する確動カム、回転球体の表面や三次元形状による変位を利用して従動節を駆動する立体カム、回転体の平面部分に設けた溝や突起を利用して従動節に変位を与える平面カム等が挙げられる。
【0023】
整トウガイド31を構成するガイドとしては、ガイドバーやガイドロールなどが挙げられる。ガイドバーとしては、図2に示すような軸方向に対して直線状である平ガイドバー32や、糸道規制ガイドバー等が挙げられる。
整トウガイド31は、ガイドとして平ガイドバーと糸道規制ガイドバーを併用することが好ましい。特に、最上流に位置するガイドAが、平ガイドバーであることが好ましい。ガイドAが平ガイドバーであれば、アクリル繊維トウ20に振動を円滑に付与でき、かつ焼成手段40にアクリル繊維トウ20を安定して送ることができる。
【0024】
図1に示す整トウガイド31は、5つのガイドA〜Eを有し、各ガイドA〜Eは、平ガイドバーと糸道規制ガイドバーから構成される。その組み合わせとしては、例えばガイドA〜Cを平ガイドバー、ガイドD〜Eを糸道規制ガイドバーとする組み合わせや、ガイドA、C、Eを平ガイドバー、ガイドB、Dを糸道規制ガイドバーとする組み合わせが挙げられるが、これらに限定されない。
図1に示す例では、ガイドA、C、Eが平ガイドバーであり、ガイドB、Dが糸道規制ガイドバーである。糸道規制ガイドバーは、図1に示すように、湾曲ガイドバー(軸方向に対して、ある曲率で湾曲したガイドバー)B1、D1と、該湾曲ガイドバーの上流に位置する補助ガイドバー(軸方向に対して直線状のガイドバー)B2、D2とから構成される。
【0025】
糸道規制ガイドバーが湾曲ガイドバーのみから構成される場合、アクリル繊維トウが供給されたときに湾曲ガイドバーでのアクリル繊維トウの張力差によりトウ側部が折れたり、焼成手段40にアクリル繊維トウを安定して供給することが困難になったりしやすい。トウの折れを防止するには、整トウガイドでのアクリル繊維トウの張力を高めればよいが、アクリル繊維トウ全体の張力を高める必要があり、毛羽発生の原因になりやすい。
糸道規制ガイドバーが、湾曲ガイドバーとその上流に位置する補助ガイドバーとから構成されれば、毛羽の発生を抑制しつつアクリル繊維トウの張力を高めることができるので、トウの折れを効果的に防止できる。
【0026】
湾曲ガイドバーと補助ガイドバーの間隔は、50〜500mmであることが好ましく、より好ましくは100〜400mmであり、さらに好ましくは200〜300mmである。両ガイドバーの間隔が上記範囲内であれば、トウに均一な張力を局部的に付与することができる。従って、毛羽の発生を抑制しつつ、アクリル繊維トウの張力を高めることができるので、トウの折れを防止できる。
【0027】
整トウガイド31のガイドの数は、図1に示すものに限定されず、トウの走行状態等から適宜その構成本数を決定すればよい。
各ガイドの材質は特に限定されないが、耐久性、及びコストを考慮すれば、鉄、ステンレス等の金属、セラミックが好ましい。
また、各ガイドの大きさについては特に限定されないが、直径が10〜50mm程度のものが好適である。
【0028】
焼成手段40は、引き出し手段30により収納容器10から引き上げられたアクリル繊維トウ20を焼成する手段である。焼成手段40としては、炭素繊維の製造において用いられる公知の焼成手段を使用でき、通常、耐炎化炉および炭素化炉(いずれも図示略)を備える。
【0029】
本発明に用いられる炭素繊維の製造装置は、図1に示すものに限定されず、収納容器に収納されたアクリル繊維トウを例えば鉛直方向下向き、水平方向、斜め方向に引き出すように引き出し手段を設置してもよい。
【0030】
図1に示す炭素繊維の製造装置1を用いた炭素繊維の製造方法では、まず、引き出し手段30により、収納容器10にトラバースされ収納されたアクリル繊維トウ20に、振動を加えながらガイドAまで鉛直方向に引き上げる。
アクリル繊維トウ20に振動を加えることで、そのときの衝撃により、トウが非捲縮糸であっても、トウの捩れ、折れ、厚み斑の発生を抑制しつつ収納容器からトウを引き上げることができる。その結果、耐炎化工程において反応熱が蓄積しにくくなるので、糸切れや毛羽発生を抑制でき、巻き付きを防止できる。
【0031】
アクリル繊維トウの振動方向は特に限定されず、鉛直方向、水平方向、斜め方向のいずれでもよい。ただし、効率よくトウに衝撃を与えることができ、かつトウに無理な力を加えることなく振動を付与できる点で、鉛直方向に振動させるのが特に好ましい。
【0032】
アクリル繊維トウ20への振動の付与は、ガイドAを往復動させることで達成できる。図1に示すガイドAは、収納容器10の鉛直線上に位置し、整トウガイド31のうち、引き上げられたアクリル繊維トウ20が最初に接触するガイドであるため、ガイドAが往復動することで、その動きに連動してアクリル繊維トウ20が振動する。
上述したように、ガイドAはアクリル繊維トウの引き出し方向と同じ方向に往復動することが好ましい。図1に示すように、アクリル繊維トウが鉛直方向に引き上げられる場合、ガイドAは鉛直方向(鉛直上向きおよび鉛直下向き)に往復動することが好ましく、より好ましくは鉛直上向きである。ガイドAが鉛直方向に往復動することで、その動きに連動してアクリル繊維トウ20が鉛直方向に振動する。
【0033】
ガイドAの往復動の速度は、収納容器10から引き上げられるアクリル繊維トウ20の総繊度、アクリル繊維トウがトラバースされ収納容器10に収納される場合はそのトラバース幅X(図2参照。)、収納容器10の数に応じて適宜決定される。
なお、本発明において「トラバースされ収納される」とは、上述したように、収納容器の前後方向に振られながら、左右方向にも振られながら収納容器に振り込まれることを意味する。このようにして収納されたアクリル繊維トウを収納容器から引き出すと、アクリル繊維トウは前後方向に走行するので、このときの左右方向を「トラバース幅」とする。図1、2に示す例の場合、図2における収納容器10の側面の幅方向(平ガイドバー32の軸方向と同じ方向)が「左右方向、すなわちトラバース幅X」であり、図1における収納容器10の正面の幅方向が「前後方向」である。
【0034】
具体的には、図1に示すようにガイドAの往復動が鉛直上向きの場合、定位置のガイドAがガイドA’の位置まで鉛直方向上向きに移動し、アクリル繊維トウ20を引き上げるときのガイドAの移動速度は特に制限されず、ガイドAとアクリル繊維トウの搾過でトウのダメージを与えない範囲で設定すればよい。
【0035】
一方、ガイドAがガイドA’の位置から定位置に戻り、アクリル繊維トウ20が自重で落下するときのガイドAの移動速度は、自由落下近傍の速度が好ましい。自由落下近傍の速度であれば、効率よくアクリル繊維トウに衝撃を与えることができ、捩れや折れの発生を抑制しやすくなる。
ここで、重力gによる自由落下運動における物体が、距離h[m]を落下するときの速度V[m/s]は、空気抵抗を無視した場合、下記式(1)により求めることができる。なお、本発明において「自由落下近傍の速度」とは、下記式(1)により算出される値の30%以上の速度であり、好ましくは50%以上であり、より好ましくは100%(すなわち、自由落下の速度)である。
【0036】
【数1】
【0037】
アクリル繊維トウ20を引き出す際は、収納容器10から引き出され、ガイドAに到達するまでの間に、5〜1000回の振動をアクリル繊維トウ20に加えることが好ましく、より好ましくは30〜800回であり、さらに好ましくは60〜600回である。振動の回数が5回以上であれば、アクリル繊維トウに効率よく振動を付与できる。従って、トウの捩れ、折れ、厚み斑の発生を効果的に抑制しつつ収納容器からトウを引き出すことができる。その結果、耐炎化工程において反応熱がより蓄積しにくくなるので、糸切れや毛羽発生を抑制でき、巻き付きを防止できる。一方、振動の回数が1000回以下であれば、設備投資に対する効果が効率的に得られやすくなる。
【0038】
また、アクリル繊維トウ20に付与される振動の周期は、0.1〜20回/秒であることが好ましく、より好ましくは0.5回〜15回/秒であり、さらに好ましくは1〜10回である。振動の周期が0.1回/秒以上であれば、アクリル繊維トウに効率よく振動を付与できる。従って、トウの捩れ、折れ、厚み斑の発生を効果的に抑制しつつ収納容器からトウを引き出すことができる。その結果、耐炎化工程において反応熱がより蓄積しにくくなるので、糸切れや毛羽発生を抑制でき、巻き付きを防止できる。一方、振動の周期が20回/秒以下であれば、設備投資に対する効果が効率的に得られやすくなる。
【0039】
また、アクリル繊維トウ20に付与される振動の振幅は、0.5〜10cmが好ましく、1〜8cmがより好ましく、1〜5cmがさらに好ましい。振動の振幅が0.5cm以上であれば、アクリル繊維トウに効率よく振動を付与できる。従って、トウの捩れ、折れ、厚み斑の発生を効果的に抑制しつつ収納容器からトウを引き出すことができる。その結果、耐炎化工程において反応熱がより蓄積しにくくなるので、糸切れや毛羽発生を抑制でき、巻き付きを防止できる。一方、振動の振幅が10cm以下であれば、設備投資に対する効果が効率的に得られやすくなる。
なお、アクリル繊維トウ20に付与される振動は、ガイドAの往復動に連動しているので、アクリル繊維トウ20に付与される振動の振幅は、ガイドAが定位置から鉛直方向上向き若しくは下向き、または水平方向に移動するときの移動距離(振動振幅Y)と同じである。
【0040】
引き出し手段30により引き上げられたアクリル繊維トウ20は、整トウガイド31を通過することで整トウされる。整トウされたアクリル繊維トウ20の張力は、0.1〜3.5kg/本が好ましく、より好ましくは0.3〜3.0kg/本であり、さらに好ましくは0.5〜2.5kg/本である。張力が上記範囲内であれば、整トウ効果が得られやすく、毛羽が発生しにくくなる。
【0041】
整トウガイド31により整トウされたアクリル繊維トウ20は、焼成手段40に送られ、焼成され、炭素繊維となる。
焼成方法としては、耐炎化炉(図示略)で耐炎化処理し、ついで炭素化炉(図示略)で前炭素化処理および炭素化処理する方法を用いることができる。
【0042】
上述した炭素繊維の製造方法においては、収納容器に収納されたアクリル繊維トウの引き出し方向については特に限定されず、例えば鉛直方向下向き、水平方向、斜め方向等、いずれの方向でもよい。ただし、効率よくアクリル繊維トウを引き出し、かつ振動を加えることができる観点から、引き出し方向は図1に示すように鉛直方向上向きが好ましい。
【0043】
また、本発明においては、必要に応じて、整トウガイド31によりアクリル繊維トウ20を整トウした後、焼成手段40により焼成する前に、ピンガイド(図示略)等を用いてアクリル繊維トウ20を小トウ単位に分割する工程を設けてもよい。
また、焼成手段40により得られた炭素繊維を表面処理する工程を設けてもよい。表面処理することで、マトリックス樹脂に対して優れた接着性を炭素繊維に付与できる。表面処理の方法としては、オゾン酸化等の乾式法や、電解液中で電解表面処理する湿式法などが挙げられる。
さらに、必要に応じて、表面処理した炭素繊維をサイジング剤でコート処理する工程を設けてもよい。コート処理することで、炭素繊維の取り扱い性やマトリックス樹脂との親和性を向上させることができる。サイジング剤としては、エポキシ樹脂、ポリエーテル樹脂、エポキシ変性ウレタン樹脂、ポリエステル樹脂等が挙げられる。
【0044】
このように、本発明によれば、アクリル繊維トウに振動を加えながら引き出すので、そのときの衝撃により、トウが非捲縮糸であっても、トウの捩れ、折れ、厚み斑の発生を抑制しつつ収納容器からトウを引き出すことができる。その結果、耐炎化工程において反応熱が蓄積しにくくなるので、糸切れや毛羽発生を抑制でき、巻き付きを防止できる。
従って、本発明によればアクリル繊維トウから、品位、品質、物性に優れた炭素繊維を生産性よく製造できる。具体的には、単糸切れがなく、毛羽の発生箇所が1mにつき10箇所以下である炭素繊維を生産性よく製造できる。
さらに、本発明は、非捲縮糸であるアクリル繊維トウや、複数本の小トウに分割可能な幅方向における分割能を有するアクリル繊維トウにも適用できる。
【0045】
また、本発明の炭素繊維は、単糸切れがなく、毛羽の発生箇所が1mにつき10箇所以下であり、品質・品位に優れる。従って、高品質、高品位であることが要求される航空宇宙、自動車、建築、スポーツ・レジャー、圧力容器などの工業用素材等の用途に特に好適に用いることができる。
【実施例】
【0046】
以下、本発明について実施例を挙げて具体的に説明する。ただし、本発明はこれらに限定されるものではない。
なお、各実施例、参考例および比較例で用いた炭素繊維の製造装置、および各評価方法は以下の通りである。
【0047】
<炭素繊維の製造装置>
製造装置としては、図1に示す炭素繊維の製造装置を用いた。整トウガイド31としては、ガイドA,C,Eを平ガイドバー(表面粗度:Ra=3.2a)、ガイドB、Dを糸道規制ガイドバーとした。ガイドB、Dは、それぞれ湾曲ガイドバー(曲率半径:600mm、表面粗度:Ra=3.2a)B1、D1と、補助ガイドバー(表面粗度:Ra=3.2a)B2、D2とから構成され、湾曲ガイドバーと補助ガイドバーの間隔を0.3mとした。
なお、アクリル繊維トウ20は、収納容器10にトラバースされ収納されたものを用いた。また、整トウガイド31を通過したアクリル繊維トウ20の張力が1.0kg/本となるように調整した。
【0048】
<評価>
(工程通過性の評価)
引き出し手段により10,000mのアクリル繊維トウを収納容器から引き出し、焼成手段により焼成する工程の間に、トウの捩れ(撚り)や、折れ等が焼成手段の耐炎化炉に供給される回数を数え、以下の評価基準にて評価した。
◎:2回以下。
○:3〜5回。
△:6〜10回。
×:11回以上。
【0049】
(製品品質の評価)
得られた炭素繊維について、毛羽の発生および単糸切れの有無を目視にて観察し、以下の評価基準にて評価した。
◎:単糸切れは確認されないが、毛羽の発生が炭素繊維1mにつき3箇所以下。
○:単糸切れは確認されないが、毛羽の発生が炭素繊維1mにつき4〜10箇所。
△:単糸切れは確認されないが、毛羽の発生が炭素繊維1mにつき11箇所以上。
×:単糸切れが確認された。
【0050】
(総合評価)
工程通過性の評価および製品品質の評価より、以下の評価基準にて評価した。
◎:工程通過性の評価および製品品質の評価が、いずれも「◎」である。
○:工程通過性の評価および製品品質の評価のうち、少なくとも一方に「○」または「△」があり、かつ両方に「×」がない。
×:工程通過性の評価および製品品質の評価に、1つ以上の「×」がある。
【0051】
<参考例1>
図2に示す収納容器10に、トラバース幅Xが1.5mになるように、総繊度14,400dtexのアクリル繊維トウ20を振り込んで収納した。
ついで、表1に示す引き出し条件により、アクリル繊維トウ20を収納容器10から鉛直方向に引き上げ、炭素繊維を製造した。結果を表1に示す。
なお、表1に示す「速度」はトウの振動を加味した、見かけ上のトウの引き上げ速度であり、「振動方向」はガイドAの往復動の向きであり、「落下速度」はガイドAがガイドA’から定位置に戻るときの速度である。また、参考例1の落下速度は「自由落下」である。
【0052】
<参考例2〜4、実施例5〜12>
アクリル繊維トウの総繊度、トラバース幅X、ガイドAに対する収納容器の数、および引き出し条件を表1、2に示すように変更した以外は、参考例1と同様にして炭素繊維を製造した。結果を表1、2に示す。なお、参考例2〜4、実施例5〜12の落下速度は「自由落下」である。
【0053】
<参考例13〜17>
収納容器10に、トラバース幅Xが0.72mになるように、総繊度36,000dtexの二つの小トウに分割可能な、総繊度72,000dtexのアクリル繊維トウを振り込んで収納し、ガイドAに対する収納容器の数、および引き出し条件を表2に示すように変更した以外は、参考例1と同様にして炭素繊維を製造した。結果を表2に示す。なお、参考例13〜17の落下速度は「自由落下」である。
【0054】
<実施例18〜21>
収納容器10に、トラバース幅Xが0.72mになるように、総繊度60,000dtexの三つの小トウに分割可能な、総繊度180,000dtexのアクリル繊維トウを振り込んで収納し、ガイドAに対する収納容器の数、および引き出し条件を表2、3に示すように変更した以外は、参考例1と同様にして炭素繊維を製造した。結果を表2、3に示す。なお、実施例18〜21の落下速度は「自由落下」である。
【0055】
<実施例22〜24、29、31、参考例25〜28、30、32>
アクリル繊維トウの総繊度、トラバース幅X、ガイドAに対する収納容器の数、および引き出し条件を表3、4に示すように変更した以外は、参考例1と同様にして炭素繊維を製造した。結果を表3、4に示す。なお、実施例23、24、29、31、参考例30、32の落下速度は「自由落下」である。
【0056】
<比較例1〜5>
アクリル繊維トウ20に振動を加えず、アクリル繊維トウの総繊度、トラバース幅X、ガイドAに対する収納容器の数、および引き出し条件を表4に示すように変更した以外は、参考例1と同様にして炭素繊維を製造した。結果を表4に示す。
【0057】
【表1】
【0058】
【表2】
【0059】
【表3】
【0060】
【表4】
【0061】
表1〜4から明らかなように、実施例5〜12、18〜24、29、31、参考例1〜4、13〜17、25〜28、30、32は工程通過性が良好であり、各実施例で得られた炭素繊維は製品品質・品位に優れていた。
特に、振動方向を鉛直上向きにした場合(実施例7)と、鉛直下向きにした場合(参考例25)と、水平方向にした場合(参考例26)を比べると、振動方向を鉛直上向きにした場合が最も評価結果が良好であり、ついで鉛直下向きにした場合であった。
また、落下速度を自由落下にした場合(実施例7)と、自由落下の40%にした場合(参考例27)と、自由落下の10%にした場合(参考例28)を比べると、落下速度を自由落下にした場合が最も評価結果が良好であり、ついで自由落下の40%にした場合であった。
また、振動周期を3回/秒にした場合(実施例7)と、0.05回/秒にした場合(参考例30)を比べると、3回/秒にした場合の方が、評価結果が良好であった。
また、振動振幅を1.5cmにした場合(実施例7)と、0.2cmにした場合(参考例32)を比べると、1.5cmにした場合の方が、評価結果が良好であった。
さらに、ガイドAに対する収納容器の数を増やしたり(実施例7と11、実施例8と12)、複数本の小トウに分割可能な幅方向における分割能を有するアクリル繊維トウを用いたり(参考例13〜17、実施例18〜21)しても、工程通過性が良好であり、製品品質・品位に優れた炭素繊維を得ることができた。
【0062】
一方、振動を加えずにアクリル繊維トウを鉛直方向に引き上げた比較例1〜5は、工程通過性が低下し、各比較例で得られた炭素繊維は製品品質・品位が各実施例に比べて劣っていた。
【符号の説明】
【0063】
1:炭素繊維の製造装置、
10:収納容器、
20:アクリル繊維トウ、
30:引き出し手段、
31:整トウガイド、
40:焼成手段、
A〜E:ガイド、
X:トラバース幅、
Y:振動振幅、
H:引き上げ高さ。
図1
図2